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身近な遊具等の工学的解析
千葉大学教育学部研究紀要 第6 1巻 4 6 3∼4 7 1頁(2 0 1 3) 身近な遊具等の工学的解析 (その2:バドミントン用シャトルコックのダイナミクス) 板倉嘉哉1)* 1) 千葉大学教育学部 古村文音2) 2) 千葉大学教育学部・学部生(現千葉県松戸市立高木第二小学校教諭) Engineering Analysis of a Familiar Plaything (2nd Report: Dynamics of Badminton Shuttlecock) ITAKURA Yoshiya KOMURA Ayane Chiba University, Faculty of Education バドミントンには,オリンピック正式種目としての「競技」である面と,ラケットとシャトルコックさえあれば小 さい子どもからお年寄りまで,誰でも気軽に楽しめる「遊戯」としての一面も併せ持っており,非常に奥深く面白い スポーツである。シャトルコックの運動は,スマッシュ時に旅客機の離陸速度並みの2 5 0∼3 0 0km/hにも達するが, 激しい減速特性によりコート内で最終速度は0近くなる等,広範囲な速度変化に特徴がある。シャトルコックを航空 工学的視点から見ると,非常に大きな抵抗係数を有する飛行体と捉えることができ,その抵抗発生のメカニズムや飛 行特性の解明等,工学的に興味の尽きない対象であるが,その空気力学的特性は十分には解明されていない。本論文 では,身近にある遊具としてバドミントンで使用されるシャトルコックを取り上げ,筆者らがこれまでに解明してき た水鳥球の空気力学的特性に加え,樹脂製シャトルコック対する静的空気力測定,静圧・総圧測定及び流れ場の可視 化を実施することにより,両シャトルコック間の空気力学的特性の相違点を明らかにした。また,風洞実験から得ら れた空力係数を基に,競技における代表的打法であるスマッシュ及びハイクリアにおけるシャトルコックの軌道解析 も実施し,両シャトルコック間の飛行特性の違いについても検討した。 キーワード:バドミントン(Badminton) シャトルコック(Shuttlecock) 空力特性(Aerodynamic characteristics) 軌道解析(Trajectory analysis) 1.緒 論 バドミントンはテニスとともに良く知られたネット型 球技であり,その起源はイギリス植民地時代のインドで 1 8世紀頃に行われていた羽根突き遊びプーナ(Poona) にあると言われている1)。その後,3世紀を経てバドミ ントンは世界各国で親しまれるようになり,1 9 9 2年のバ ルセロナ大会よりオリンピックの正式競技種目に採用さ れるに至っている。バドミントンには,オリンピック種 目としての「競技」 である面と,ラケットとシャトルコッ クさえあれば,小さい子どもでも気軽に楽しめる「遊戯」 としての一面も併せ持っており,非常に奥深く面白いス ポーツであると言える。 競技におけるシャトルコックの運動は,スマッシュ時 の速度は旅客機の離陸速度並みである2 5 0∼3 0 0km/h (2 0 1 0年のギネス記録では4 2 1km/h)にも達する。しか し,激しい減速特性によりコート内(コート長1 3. 4m) での飛行で最終速度はほぼ0となる等,その広範囲な速 度変化に特徴がある。競技で使用しているシャトルコッ クを航空工学的視点から見ると,非常に大きな抵抗係数 を有する飛行体と捉えることができ,その抵抗発生のメ カニズムや飛行特性の解明等,工学的に興味の尽きない 対象である。これまでにも,シャトルコックをスポーツ * 連絡先著者:板倉嘉哉 4 6 3 工学的に扱った国内外の研究報告は存在するが,その数 はあまり多くは無い。古くは幾徳工業大学(現神奈川工 科大学)の榊原2)が風洞実験により,抵抗の速度依存性, 羽根破折や羽根変形の影響を調べている。東京大学の綿 貫3)はYONEX社からの受託研究として,水鳥球と樹脂 球の力学的特性の相違点を明らかにしている。両者とも, シャトルコックの抵抗係数を定量的に評価しており,非 常に大きな抵抗係数であることを確認している。また, 羽根基部に設けられた隙間(スロット)を塞ぐと抵抗係 数が減少することを明らかにしているが,その空気力学 的メカニズムの解明にまでは至っていなかった。そこで 筆者らは,スロットの存在が抵抗特性に与える影響を検 証するために,風洞実験により水鳥球内部の静圧分布測 定及び内部流れの可視化を実施し,スロットによる抵抗 の発生メカニズムを解明した4)。また,実験の過程で特 異な揚力特性を示すことも発見し,その原因が羽根毛部 形状の個体差によることを明らかにした5)。国外におい ても,水鳥球の代替となる樹脂球の開発に向けて,ケン ブリッジ大学のCooke6)が風洞及び水槽を使用した試験 を実施し,その動的な空気力学的特性を取得している。 また,ロイヤルメルボルン工科大学のAlam7)らは高レイ ノルズ数領域での水鳥球と樹脂球の風洞実験を行い,羽 根の構造的変形が抵抗特性に与える影響を明らかにして いる。以上のように,バドミントン用シャトルコックの 空気力学的特性は解明されつつあるものの,未だ未解明 千葉大学教育学部研究紀要 第6 1巻 Á:自然科学系 なる部分が数多く残されているのが現状である。 本論文では,身近にある遊具として誰もが一度は遊ん だことがあるバドミントンで使用されるシャトルコック を取り上げ,筆者らがこれまでに風洞実験等により工学 的な視点から検証してきた水鳥球の空気力学的特性に加 え,樹脂製シャトルコックに対する静的空気力測定,静 圧・総圧測定及び流れ場の可視化実験を実施することに より,両シャトルコック間の空気力学的特性の相違点を 明らかにした。また,風洞実験から得られた空力係数を 基に,競技における代表的打法であるスマッシュ及びハ イクリアにおけるシャトルコックの軌道解析も実施し, 両シャトルコック間の飛行特性の違いについても検討し た。 主な記号等 CA :軸力係数(機体軸座標系) CN :法線力係数(機体軸座標系) Cp :静圧係数 Cpt :総圧係数 dCA:局所軸力係数 ,N FA :軸力(機体軸座標系) ,N FN :法線力(機体軸座標系) H :高度,m m :質量,kg p :静圧,Pa pt :総圧,Pa q :動圧,Pa S :面積,m2 t :時間,sec u :流速,m/s x :水平位置,m z :後流位置,m α :迎角,degree ρ :密度,kg/m3 ∞ :一様流状態 2.実験の概要 2. 1 供試模型 使用した供試体は,いずれもYONEX社製の水鳥球及 び樹脂球の実物を使用した。シャトルコックは気温や湿 度の変化により飛距離が変化するため,適性使用温度ご とに番手により分類されている。本実験では,水鳥球4 番(適正使用温度1 7∼2 3℃)及び樹脂球青(適正使用温 度1 2∼2 3℃)を使用した。図1に,使用したシャトル コックの形状及び各部の寸法を示す。水鳥球は1 6枚の羽 根が交互に重なるようにコルク製ノーズ部に植え込まれ ており,形状が崩れないように羽根骨部の2箇所が糸で 固定されている。羽根が交互に重なるように製作するこ とにより,ロールモーメントが発生し,シャトルコック は飛行方向に対して反時計方向に回転することになる。 樹脂球では,羽根補強部に設けられた小翼(Roll fin) と羽根メッシュ部のピッチを非対称にすることにより, ロールモーメントを発生させ,シャトルコック飛行時に 反時計方向に回転するように製作されている。 実際の風洞実験には,図1の実物のシャトルコックを 使用し,実験内容に合わせた加工を施した。力測定およ び後流の静圧・総圧測定用には全機模型を,内部流の可 視化,内部静圧の測定には正中面で切断した半裁模型を 製作した。 (1―A)水鳥球(YONEX,Training #4) 5 0) (1―B)樹脂球(YONEX,MAVIS3 図1 シャトルコック各部の寸法 2. 2 風洞実験 風洞実験では,千葉大学教育学部機械工学研究室が所 有する測定部寸法2 5 0mm角の吹き出し型低速風洞を使 用した。なお,風洞は自作であるが,最大風速2 3m/s, 最大乱れは0. 8%以下の性能を有している。 模型に作用する空気力は,模型支持用支柱後端に接続 された汎用6軸力覚センサー(ニッタ`,IFS―2 0E1 2A 1 5―I2 5―EX)により検出され,DSPレシーバーボード (ニッタ`,IFS―PCI―2 1 8 4S)を介してパーソナルコン ピュータに取り込まれ処理される。なお,模型に作用す る空気力の測定には図2に示す機体軸座標系を採用し, 得られた空力データから式¸及び¹で定義される法線力 及び軸力係数として整理した。その際,基準面積には ノーズ部の投影面積を使用した。 図2 4 6 4 機体軸座標系及び模型に作用する空気力 身近な遊具等の工学的解析 CA = FA ( / q ∞S ) CN = FN ( / q ∞S ) ¸ ¹ シャトルコック内部の静圧分布は,正中面に埋設され た4 7個の検知孔からビニールチューブで導かれた静圧を 圧 力 ス キ ャ ナ ー(SCANIVALVE,CTLRS/S2―S6)で 切り替え,直流歪増幅器(TEAC,SA5 5)及びA/D変 換器を介してパーソナルコンピュータに取り込まれる。 後流の静圧および総圧分布の測定では,SUSパイプ(外 径1mm,内径0. 8mm)を5mm間隔で2 5本並べた櫛形 静圧及び総圧管を,シャトル模型後端の後方1 0,6 0, 1 1 0mmの位置で,主流に対して垂直な面内でトラバー スさせ,圧力データはパーソナルコンピュータに取り込 まれる。また,取得した圧力データは式º及び»で定義 される静圧及び総圧係数に変換され,その空間分布はコ ンピュータグラフィックスにより可視化される。 Cp =(p − p ∞)/ q ∞ Cpt =(pt − p ∞)/ q ∞ º » シャトルコック周り及び内部流れの可視化では,風洞 吹き出し口近傍に流動パラフィンを塗布したニクロム線 0 5) を設置し,スモーク発生装置(菅原製作所,MS―4 により線状煙を発生させ,主流に対して垂直に照射した レーザーシート光により渦断面を可視化し,高速度カメ ラ(Ditect,HAS―2 2 0)で映像を記録した。 実験条件としては,空気力及び静圧・総圧測定では, 主 流 の 風 速 を2 2m/sに 固 定 し,シ ャ ト ル の 迎 角 を −1 0° ∼1 0° まで1° 間隔で変角させて計測を行った。こ のとき,全長を基準としたレイノルズ数は1. 4×1 05とな る。また,流れの可視化では,風速を3m/sに設定し高 速度カメラにより流れ場の撮影を行った。この場合,レ イノルズ数は1. 9×1 04であり,空気力測定よりも約一桁 小さい値となる。 3.結果及び考察 3. 1 静的空気力特性 3. 1. 1 軸力特性 図3に,水鳥球(Feather)及び樹脂球(Synthetic) 図3 における,軸力特性の迎角依存性を示す。両シャトル コックとも迎角0° で軸力係数は最大値を取り,その値 は水鳥球で3. 5 8,樹脂球で3. 7 2となっており,樹脂球の 方が少し大きい値になっている。球8)の軸力係数が0. 4 7, 半球面8)では0. 3 8となることを考えると,シャトルコッ クには非常に大きな軸力が作用しているのがわかる。ま た,迎角の変化に対して軸力係数は,水鳥球及び樹脂球 ともに原点を中心とした緩やかな山形分布を形成してお り,その迎角依存は鈍いと言える。この軸力特性こそが, シャトルコックの激しい減速特性を生み出しており,大 きな軸力発生のメカニズムについては,次節以降に述べ る内部圧力測定及び可視化結果から説明することができ る。 3. 1. 2 法線力特性 図4は,水鳥球及び樹脂球における迎角変化に対する 法線力特性を示したものである。シャトルコックは周期 的軸対称構造をしており,迎角の変化に対して法線力は 対称な特性を示すものと予想され,樹脂球では原点を通 る直線的な変化となっているのが確認できる。しかし, 水鳥球では零揚力角が0° にならないとともに,非線形 に変化する迎角域(−4° ∼−1° )が存在することが明 らかになった5)。水鳥球で法線力曲線が原点を通らない 原因としては,シャトルコック形状細部の非対称性,す なわち,羽根固定用糸の結び目,骨部の断面形状,羽根 形状,羽毛重なり部の隙間の影響が考えられる。 この特異な揚力特性を解明するために,同じ水鳥球で 糸の結び目及び骨部の形状を整形し実験したが,法線力 特性に大きな変化は無かった。次に,羽根毛間の隙間を 全て塞いだシャトルコックを製作し実験したところ,零 揚力角がほぼ0° となることがわかった5)。水鳥球では正 中面の上側と下側に位置する羽根で,重なり部の隙間に 微妙な違いがあるため,その間を貫ける流れの圧力分布 に差が生じ,非対称な法線力特性となることが特定でき た。しかし,隙間を塞いだとしても,迎角−4° ∼−1° で観察される法線力の非線形な変化は依然として残って おり,隙間の不均一とは異なる発生源が考えられる。そ こで,第3スロットを塞いでみたところ,この非線形な 変化が消失することが明らかになった5)。第3スロット 部へ到達した流れは,羽毛部先端が前縁となり,羽根毛 内・外へ行くものに分かれることになる。しかし,この 図4 水鳥球及び樹脂球の軸力特性 4 6 5 水鳥球及び樹脂球の法線力特性 千葉大学教育学部研究紀要 第6 1巻 Á:自然科学系 前縁部は,固定用接着剤の仕上げ精度や羽根取り付け角 の誤差により,羽根ごとに微妙に形状が異なっている。 その影響が主因となり,シャトル上側と下側の羽根でそ の空力的状態に違いが生じ,このような特性を示すもの と考えられる。羽根毛部の工作精度が,シャトルコック の法線力特性に与える影響は大きいと言える。 3. 2 流れの可視化 3. 2. 1 シャトルコック周りの流れ 図5は,迎角0° における水鳥球及び樹脂球周り正中 面における流れ場を可視化した結果である。図5―Aの 水鳥球では,ノーズ部を過ぎた流れは剥離することなく, 第1及び第2スロットから吸い込まれるようにシャトル コック内部へ流れ込んでいるのがわかる。また,それよ りも上方を過ぎた流れは,第3スロットから羽根内側へ いくものと,外側に沿って流れるものとに分かれており, その羽根内外の圧力差により,シャトルを回転させる反 時計回りのロールモーメントを生み出している。図5― Bの樹脂球においても,水鳥球と同様にノーズ部を周っ た流れは剥離すること無く第1及び第2スロットから内 部へ流れ込んでいるが,ノーズ部後端と羽根付け根に段 差が有るため,小さな死水域を形成しているのがわかる。 死水域内では圧力は低くなり,軸力増大の一因となる。 また,水鳥球では羽根毛部で流れは羽根に平行になっ ているが,羽根半分がメッシュ状になっている樹脂球の 場合,流れの一部は羽根メッシュ面を貫きシャトル内部 へ流れ込んでおり,これも軸力を増大させる一因となる。 正中面で切断した半裁模型(正中面は透明アクリル板に より遮蔽)による,迎角0° における可視化結果を図6 に示す。シャトル内部の流れ場は3次元旋回流(シャト ル後方から見て時計回り)となるため,このような半裁 模型では実際の流れ場を忠実に再現することはできない が,第3スロットより前方の流れ場では基本的な構造に 大きな差異は無いと考えられる。 図6―Aの水鳥球では,第1スロットからの流れは中 心軸方向へ引き込まれるようになり,スロット前端から の分離流線により,ノーズ部背後に三角錐状の死水域が 形成されているのがわかる。第2スロットからの流れは 羽根方向と中心軸方向へ向かうものに分かれるが,あま り大きく方向を変化させることは無く,下流へと流れ 去っている。また,第3スロットからの流れは,第2ス ロットからの流れと合流するものと,羽根方向へ流れる ものとに分かれ,羽根面に沿った旋回流を形成している。 一方,図6―Bの樹脂球では第1及び第2スロットか らの流れは中心軸方向へ大きく向きを変えることなく, 主流とほぼ平行に下流へ向けて流れ去っており,ノーズ 部背後に死水域は形成されていない。また,羽根メッ シュ部を貫く流れも主流方向へ向きを変え,下流へと流 れている。樹脂球の場合,羽根がメッシュ構造になって いるため,シャトル内外の圧力差が小さく,中心軸方向 への圧力勾配が弱まるため,流れ場の構造は水鳥球と大 きく異なることになる。 (6―A)水鳥球 (5―A)水鳥球 (6―B)樹脂球 図6 シャトルコック内部の流れ (5―B)樹脂球 3. 3 シャトルコック内部の静圧分布 図7は正中面に4 7個の圧力孔を設けた半裁模型により, 迎角0° における両シャトルコック内部の静圧分布を測 3. 2. 2 シャトルコック内部の流れ シャトルコック内部の流れ場の構造を検証するために, 定した結果である。なお,図7―Aのノーズ部後方にあ 図5 シャトルコック周りの流れ 4 6 6 身近な遊具等の工学的解析 る2本の白い縦線は羽根固定用糸の位置を示しており, 図7―Bの白線はそれぞれRoll fin取り付け位置及び第2 スロット後端(羽根メッシュ部前端)を示している。 図7―Aの水鳥球で特徴的なのは,ノーズ部背後に圧 力係数−0. 5程度の低圧領域が形成されることと,中心 軸上に圧力上昇領域が存在することである。これらは, 可視化結果から得たれたノーズ部背後に形成される三角 錐形状の死水域の底面と頂点に対応している。第1ス ロット前端から剥離した流れは加速され内部へと流れ込 み,ノーズ部背後に低圧領域を形成するとともに,中心 軸上に集中するため圧力は上昇し,このような静圧分布 が形成されると考えられる。 樹脂球においては,明確に閉じた死水域は形成されな いもの,ノーズ部背後の圧力は−0. 4 5程度を示しており, やはり大きな軸力の発生源となっている。また,第2ス ロット後端は鋭いエッジ状前縁であるため流れは剥離し, その背後に圧力−1. 1となる強い低圧領域を形成してい る。この低圧領域も軸力の増大をもたらすが,前縁部分 はノーズ部背後の面積と比較して小さく,主流に対して 傾角を持つため,全軸力への寄与は小さいと思われる。 第2スロット後端及びノーズ部背後で低圧領域が形成さ れる以外は,全体的に大きな圧力変化は無く,圧力約 −0. 3の領域がシャトルコック中心軸周辺から,下流へ 向けて羽根側へ拡がっている。前述した可視化結果で得 られた,スロットから流れ込んだシャトルコック内部の 主流に平行な流れに対応した圧力分布であり,圧力の値 からもその流速は比較的速い流れであることがわかる。 水鳥球と樹脂球では,シャトルコック内部の圧力分布が 全く異なることが明らかになった。 (7―A)水鳥球 (7―B)樹脂球 図7 シャトルコック内部正中面の静圧分布 榊原2)は,シャトルコックの大きな軸力の発生原因を 羽根骨部や固定用糸からの渦発生によるものと推測して いた。しかし,シャトルコック内部の圧力分布の計測か ら,スロットを貫く加速した流れがノーズ部背後につく る低圧領域の存在こそが,大きな軸力発生の主因である ことが明らかになった。 3. 4 シャトルコックの後流構造 3. 4. 1 後流の静圧構造 迎角0° で,水鳥球及び樹脂球を使用してシャトル コック後方z=1 0,6 0及び1 1 0mmの断面において静圧 分布を測定した結果を図8に示す。なお,図中の2本の 白線円は,ノーズ部及びシャトルコック羽根後端の輪郭 を示している。 水鳥球では羽根毛部が外部流れとの遮蔽壁となってお り,図8―Aの1 0mmの断面で観察されるように羽根後 端円内部での静圧は全体的に低くなっている。特に, ノーズ部を周り第1および第2スロットを通り抜け中心 軸方向へ集まる流れで静圧が低くなっており,加速され た流れが存在しているのがわかる。その加速した流れも 6 0,1 1 0mmと下流へと進むに従い,外周部の主流と混 合しながら徐々に静圧を回復しているのがわかる。 一方,図8―Bの樹脂球では羽根がメッシュ状になっ ているため,羽根内外の圧力差は小さく,羽根後端直後 1 0mmの断面で水鳥球に比べて静圧は全体的に高めに なっている。しかし,羽根内外の圧力差が小さいことか ら羽根後端の合流部で渦の巻き上がりが弱まり,外周部 からの流れとの混合が阻害されるため,静圧の回復は遅 れることになる。その結果,水鳥球ではシャトルコック 直後の静圧は樹脂球よりも低いが,下流1 1 0mm断面で は樹脂球の方が水鳥球よりも静圧は全体的に低くなって いる。 3. 4. 2 後流の総圧構造 同じく迎角0° における,両シャトルコック後流の総 圧分布を図9に示す。なお,全ての図で中央を横断する 総圧が低い領域が存在するが,これは模型支持用支柱の 影響による総圧損失である。 総圧は流体の保有する単位体積あたりの全エネルギで あり,図9全てに見ることができるシャトルコック外部 の総圧係数がおよそ1の部分は,ほぼ一様流状態と見な せるエネルギ損失が極めて小さい領域である。シャトル コック内部の領域では,軸力が作用するため総圧損失が 発生し,その値は1以下となる。図9―Aの水鳥球z= 1 0mmの 断 面 で は,中 心 部 に 総 圧 が0. 3程 度 の 境 界 が はっきりした円状領域が形成されており,第1及び第2 スロットからの流れが中心軸方向へ集中するように下流 へと流れている事を示している。また,その外周部から 羽根内側にかけて,第3スロットを通過した流れが存在 し,ドーナッツ状の領域が形成されている。この第3ス ロットからの流れは,第2スロットからの流れと合流す るものと,羽根方向へ流れるものとに分かれ,羽根面に 沿った旋回流を形成しており,総圧損失は大きくなる。 また,6 0,1 1 0mmと下流へと進むに従い,主流と混合 しながら,総圧も羽根外周部から緩やかに回復していく が,静圧の回復に比べて非常に遅い。 一方,図9―Bの樹脂球の総圧分布は水鳥球のものと は大きく異なり,シャトルコック後端直後の1 0mm断面 では,ノーズ部輪郭を示す白円周囲にドーナツ状の総圧 4 6 7 千葉大学教育学部研究紀要 第6 1巻 Á:自然科学系 z=1 0mm z=6 0mm z=1 1 0mm (8―A)水鳥球 z=1 0mm z=6 0mm z=1 1 0mm (8―B)樹脂球 図8 z=1 0mm 後流各断面における静圧分布 z=6 0mm z=1 1 0mm (9―A)水鳥球 z=1 0mm z=6 0mm z=1 1 0mm (9―B)樹脂球 図9 後流各断面における総圧分布 の高い領域が形成されている。この領域は,可視化結果 で述べた第1及び第2スロットを通り抜けた流れに対応 しており,羽根内側のメッシュ部を通過した流れよりも 総圧の損失が少ないことがわかる。また,樹脂球の場合 にも,外部流れとの混合により,下流へ向けて総圧は 徐々に回復するが,水鳥球よりもその回復は遅い。 3. 4. 3 運動量理論による軸力の推算 後流の静圧及び総圧分布から,運動量理論9)を適用す ることにより軸力を推算することができる。すなわち, 検査面を流出・入する主流方向の運動量損失が,物体に 作用する軸力となる。静圧が十分に回復した後流断面で の動圧(総圧と静圧の差)分布から局所軸力係数は式¼ で与えられる。 ! dCA =2/ S( q / q ∞− q / q ∞)ds ¼ 迎角0° において,ある程度静圧が回復しているz= 1 1 0mm断面での静圧及び総圧測定結果から,局所軸力 4 6 8 身近な遊具等の工学的解析 係数を算出したものが図1 0である。なお,図中央を横断 するように軸力の大きな領域が存在するが,これは模型 支持用支柱に作用する軸力を示している。 両シャトルコックとも,羽根内部から下流へ向かう流 線上で運動量損失が著しく,全体的に大きな軸力が作用 しているのがわかる。図1 0―Aの水鳥球の局所軸力分布 では,シャトルコック中心部近傍で軸力が小さい領域を 確認することができるが,これは第1及び第2スロット を経て中心部に集まった流線上であり,大きな軸力の主 因を羽根骨部や固定用糸からの渦発生によるものとする 榊原2)の推測を否定する結果になっている。また,図1 0― Bの樹脂球においても局所軸力の小さい領域が確認でき るが,やはり第1及び第2スロットを通過した流線上で あり,全軸力への羽根補強部材による寄与は小さいと考 えられる。 では逆転し水鳥球の方が大きい値になっている。これは, 樹脂球の方が静圧の回復が遅く,推算値を計算した1 1 0 mm断面において水鳥球より静圧が低くなるため,この ような結果になったと思われる。 表1 運動量理論による軸力係数の推算値 Type of shuttlecock Force measurement Momentum theory Feather 3. 5 8 4. 6 3 Synthetic 3. 7 2 4. 2 2 3. 5 シャトルコックの軌道解析 風洞実験により得られた空力係数により,バドミント ン競技における代表的打法であるスマッシュ(Smash) 及びハイクリア(High clear)の二次元軌道解析を行い, 水鳥球と樹脂球の空力特性の違いがシャトルコックの飛 行特性に与える影響を検討した。軌道解析においては, シャトルコックを質点と見なして構成した運動方程式10) を4次のRunge-Kutta法11)により数値積分した。解析に おける初期条件を表2に示す。なお,周囲環境は無風で あり,温度は2 0℃で一定と仮定した。 表2 Type of stroke (1 0―A)水鳥球 Smash High clear (1 0―B)樹脂球 全軸力は,式¼を後流断面上で積分することにより, 式½で与えられる。 ∫ wake ∬ dCA =2/ S ! ( q / q ∞− q / q ∞)ds wake Initial conditions Angle(° ) Speed (m/s) H(m) ,x(m) 0 0 −1 0 4 7. 0 3. 0 1. 0 3 6 4 7. 0 3. 0 0. 5 スマッシュはバドミントン競技の中で,最も高い打点 から相手コートに対して鋭角に打ち出す,最も攻撃的な 打法であり,落差が大きくタイミングを取りづらいと言 う特徴がある。図1 1は,スマッシュにおけるシャトル コックの飛行経路の数値解析結果であり,図中のマー カーは0. 1sec間隔での位置を示している。なお,横軸は 自コート端を原点とした水平距離を,縦軸は高度を表し ており,コート中央6. 7mの位置には高さ1. 5 2 4m(中央 高さ)のネットが描かれている。 軸力係数の大きい樹脂球は,水鳥球を追随するように 少し遅れて飛行することになるが,飛行時間0. 3秒まで は両者の経路に大きな違いは見られない。しかし,ネッ ト上方を過ぎたあたりから両者の経路に差が開き始め, 樹脂球の方が高度の低下が急になっており,その結果, 飛行距離は水鳥球よりも約4 5cm短くなっている。また, 両者の総飛行時間にも違いが現れており,水鳥球が0. 6 9 秒であるのに対し,樹脂球は0. 7 1秒と0. 0 2秒長くなって いる。軸力係数が大きな樹脂球の方が飛行距離は短いが, 水鳥球より飛行時間は長くなる結果となった。斜め下方 へ向けて打つスマッシュでは,打撃直後に鉛直方向に作 用する空気力は,軸力係数の大きい樹脂球の方が大きく, 水鳥球よりも速度は急激に低下する,しかし,空気力は 速度の二乗に比例するため,水鳥球より速度低下の著し い樹脂球では,その大小関係が逆転することになる。数 値計算では,打撃後0. 0 4秒で逆転現象を確認することが 図1 0 z=1 1 0mm断面における局所軸力係数分布 CA = 各打法における初期条件 ½ 空気力測定で得られた迎角0° における軸力係数及び シャトルコック後方1 1 0mm断面で,支持支柱の影響を 補正し,式½の積分を実行し軸力係数を推算した結果を 表1に示す。定量的な比較において,推算値は実際の力 測定結果よりも過大に見積もられているが,その原因と しては,流出検査面での静圧回復不足,後流域での旋回 流の影響,逆流の存在等が考えられる。また,力測定で は樹脂球の方が軸力係数は大きくなっているが,推算値 4 6 9 千葉大学教育学部研究紀要 第6 1巻 Á:自然科学系 できる。逆転後,樹脂球は落下速度を弱めながら水鳥球 よりも緩やかに降下し,0. 2 9秒で空気力と重力が等しく なり鉛直力が0となる点を通過する。水鳥球では0. 0 1秒 遅い0. 3秒でこの点を迎える。その後の運動は重力が支 配的となり,降下速度を速めつつ落下するが,空気力は 速度の二乗で増加するため軸力係数の大きな樹脂球と水 鳥球で,再び0. 4 4秒で鉛直力の大小が逆転することにな り,樹脂球の方が水鳥球より緩やかに降下しコート面に 到達する。これが,樹脂球の方が飛行距離は短いが,飛 行時間は長くなるメカニズムである。 また,シャトルコックの着地点は軸力係数の大きい樹 脂球の方が,水鳥球よりも9 8cmも短くなっており,樹 脂球と水鳥球の飛行特性の違いが顕著に現れている。し かし,総飛行時間は水鳥球で打撃後2. 2 8秒,樹脂球では 2. 2 3秒と,樹脂球の方が0. 0 5秒早く着地しており,ス マッシュのように飛行時間が水鳥球より長くなることは 無い。なお,今回の計算条件では,樹脂球の方がコート 面に早く到達するが,最高高度がある値以上であれば, 両シャトルコックの終端速度(水鳥球6. 7m/s,樹脂球 6. 3m/s)の違いにより,高度差は逆転し水鳥球の方が 早く着地することになる。 4.結 論 身近な遊具として,バドミントンで使用されるシャト ルコックを取り上げ,水鳥球と樹脂球の空気力学的特性 の相違点を明らかにするために,風洞実験を実施した。 また,実験により得られた空力係数を基に,シャトル コックの軌道解析を行い,水鳥球と樹脂球の飛行特性を 明らかにした。本研究の成果を以下に述べる。 ¸ 図1 1 スマッシュにおけるシャトルコックの飛行経路 次に,ハイクリアにおける樹脂球と水鳥球の飛行経路 の違いを検証する。ハイクリアとは,自コート後方から 相手のコート後方へ向けて高く打ち出す打法であり,相 手をコート後方に追いやるとともに,シャトルコックの 飛行時間が長いため時間を稼ぐことも可能となる。また, 落下時は垂直に近い飛行経路を描くため,返球し難いと 言う特徴も併せ持っている。 ハイクリアの飛行特性を再現するために,自コート後 方から,打ち出し初速4 7m/sで角度+3 6度方向に設定し た時の数値計算による飛行経路を図1 2に示す。なお,図 中のマーカー,ネット位置及びコート端は図1 1と同じで ある。 ¹ º » ¼ 機械的に生産される樹脂球は,水鳥球のような特異 な法線力特性を示すことは無い。 樹脂球においても,ノーズ部背後に低圧領域が形成 され,大きな軸力の発生源となる。 メッシュ状の羽根を持つ樹脂球では,羽根内外の圧 力差が緩和され,シャトルコック内部の静圧分布及 び流れ場の構造は,水鳥球と大きく異なる。 シャトルコック内部流れ場の違いは,後流での圧力 構造を変化させ,特に総圧構造が大きく影響を受け る。 樹脂球と水鳥球の空力係数の僅かな違いでも飛行特 性は変化し,斜め上方へ速く打ち出すハイクリア等 の打法で,飛行経路は大きく影響を受ける。 今回の報告は静的な空力特性であり,実際のシャトル コック飛行時とは状況が異なっている。正確な空力特性 を把握するためには,ロール運動を伴った動的な空気力 測定や可視化実験を実施する必要がある。現在,垂直風 洞を製作し,動的試験の準備を進めている。 参考文献 図1 2 ハイクリアにおけるシャトルコックの飛行経路 シャトルコックは空気力の作用により減速しながら上 昇するが,軸力係数の違いにより打撃後0. 3秒経過以降, 両者の経路の違いが顕著になっていく。最高高度には水 鳥球で打撃後0. 6 7秒,樹脂球では0. 6 4秒と樹脂球の方が 0. 0 3秒早く最高高度に到達しており,水鳥球は位置8. 2 4 mで最高高度7. 3 3m,樹脂球では位置7. 6 2mで最高高度 7. 0mを経て,落下し始める。落下時の飛行経路角は, 時間経過とともに−9 0度に漸近しており,ハイクリアの 飛行特性が良く捉えられている。 4 7 0 1)日本体育協会,現代スポーツ百科事典,大修館書店, 1 9 7 0. 2)榊原芳夫,シャトルコックの空気力学的性質につい て,幾徳工業大学研究報告,B―2,1 9 7 7. 3)綿貫忠晴,鈴木宏二郎,バドミントン用シャトル コックの基礎的空力特性,第3 8回流体力学講演会講 演論文集(日本航空宇宙学会) ,2 0 0 6. 4)板倉嘉哉,古村文音,シャトルコックの空力特性, 宇宙航空研究開発機構特別資料,JAXA SP―1 0,№ 0 1 2,2 0 1 1. 5)板倉嘉哉,古村文音,バドミントン用シャトルコッ クの特異な揚力特性,日本機械学会2 0 1 1年度年次大 会講演論文集,2 0 1 1. 身近な遊具等の工学的解析 6)Cooke, A.J., Shuttlecock Aerodynamics, Sports Engineering ,2,1999. 7)F. Alam, H. Chowdhury, C. Theppadungporn, A. Subic, Measurements of Aerodynamic Properties of Badminton Shuttlecocks, 8th Conference of the International Sports Engineering Association (ISEA) ,2 0 1 0. 8)S.F. Hoerner, Fluid -dynamic Drag , Hoerner Fluid Dynamics(Published by the author) ,1 9 6 5. 9)高野í,流体力学,岩波書店,1 9 7 7. 1 0)C.D. Perkins, R.E. Hage, Airplane Performance Stability and Control , Wiley,1949. 1 1)J. Stoer, R. Bulirsch, Introduction to Numerical Analysis , Springer-Verlag,1983. 4 7 1