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情報・`情報処理・自己組織性
ー 第1部 情報・'情報処理・自己組織性 基礎カテゴリ −のシステムー 、3 1.情報 1.情報 科学的構成概念は自然言語(自然的構成概念)の樫桔を離れて自由に構 築しうるが,(')研究目的にとっての有効性,(2)一般化と特殊化を統合する 階層性,(3)他の科学的構成概念との適合性,(4)自然言語との連結性,など の条件を充足する必要がある。これらの条件を考慮しながら,情報の概念 を最広義,広義,狭義,最狭義という4つのレヴェルで定義してゑたい。 第1に,最広義の情報とは,物質一エネルギー一般の存在と不可分のも のと了解された情報現象であり,「物質-エネルギーの時間的一空間的,ま た定性的一定量的なパタン」と定義される。物質-エネルギーの存在する ところ,常にそれが担うパタンが存在し,パタンの存在するところ,常に それを担う物質一エネルギーが存在する。生命の発生以前の世界を含めて, 全自然に遍在するとされる情報現象である。この定義は,いうまでもな く,世界の根源的な素材を「物質一エネルギー」と「情報」の2元的構成 に求めたN・ウィーナーの自然観に由来するが,物質-エネルギーの概念 がアリストテレス哲学の「質料」範晴の科学化であったとすれば,最広義 の情報概念は,その「形相」範晴の科学化であるといえる。.「物質一エネル ギーの時間的空間的・定性的定量的なパタン」というこの最広義の定義に おいて,「パタン」は無定義語として使用されているが”それを更に「差 異」概念にまで還元し,「パタン」を「相互に差異化されたく差異の集合>」 と規定することもできる。 第2に,広義の情報とは,生命の登場以後の自然に特徴的な「システム の自己組織能力」と不可分のものと了解された情報現象であり,「意味を もつ記号の集合」と定義される。DNAの登場は「秩序のプログラム」と 「秩序そのもの」との2層からなる新たな世界の登場を意味している。い わば設計図のない自然から,設計図のある自然への転換である。生命的自 然では,無生命的自然に存在する「パタン」一般が,「表示パタン」と「被 目 『 第1部情報・情報処理・自己組織性 表示パタン」,「制御パタン」と「被制御パタン」,「記号パタン」と「意味 パタン」に分化するのである。遺伝'情報と文化情報は,この広義の情報の 2つの代表的な事例である。なお「記号」概念と「意味」概念の拡張につ いては,割愛せざるをえない。 第3に,狭義の情報概念は,人間個体と人間社会に独自のものと了解さ れた情報現象であり,「意味をもつシンボル記号の集合」を中核とした, 多くの自然言語でいうところの「意味現象」一般に当たる。 最後に,最狭義の情報概念は,自然言語に承られる’情報概念であり,狭 義の情報概念に更に一定の限定を加えたものである。たとえば,(1)指令的 または評価的な機能を担う意味現象を除いて,認知的な機能を担う意味現 象に限定する,(2)貯蔵または変換システムに係わる意味現象を除いて,伝 達システムに係わる意味現象に限定する,(3)耐用的なものを除いて,単用 的なものに限定する,(4)意思決定に影響しないものを除いて,影響するも のに限定する,などである。 いくつかの事例を挙げて承るなら,「狭義」の定義によれば,ニュース は単用的な認知情報,知識は耐用的な認知情報,意見は単用的な評価情 報,価値観は耐用的な評価情報,命令は単用的な指令‘情報,そして規範は 耐用的な指令情報となるが,自然言語の,すなわち「最狭義」の情報概念 は,以上の例なら,ニュースに限られることが多い。拡大解釈されても, 知識までであろう。もちろん,意見や価値観も,命令や規範も,伝達され たものなら自然言語でも「情報」と了解される。だがそれは,厳密には 「認知情報」,すなわち当該の意見や価値観,命令や規範に関する「認知 情報」なのである。 ましてDNA情報,ホルモン情報,フェロモン情報,リリーサー情報な ど,生物システム・レヴェルの'情報ともなれば,狭義・最狭義いずれの定 義でもカヴァーできない。上述した「広義」の'情報概念の導入が必要とな る所以である。そして,更にその先に物質・エネルギーのパタンー般と定 義される最広義の情報概念が位置づけられるわけである。 4 2.情報処理 それに対して「神経情報」といわれるものは,広義・狭義・最狭義の情 報が,すべて係わっている。自律神経系の営承は広義の,言語(第2信号 系)による命令や価値判断は狭義の,そして言語(第2信号系)による事 実判断は最狭義の,それぞれ情報現象に属している。感覚・知覚を広義な いし狭義の情報とするか,それとも最狭義の情報とするかは,まさに定義 上の問題でしかない。 2.情報処理 このように情報の概念が広義・最広義にまで拡張されるとすれば,情報 処理の概念もまた,それに見合った一般性を付与されることになる。ここ では情報の「処理」を広義の「変換」と捉え,つぎのようなカテゴリー・ システムを構成したい。 第1は,情報の時間変換である。情報の時間的移動すなわちI情報の貯蔵 であり,それは個体内貯蔵と個体外貯蔵に2分され,それぞれ記録・保存 ・再生の3段階から成り立っている。「情報貯蔵」という概念を手に入れ るまで,われわれは,記1億という現象を一般化することができなかったざ すなわち,記'億現象を1つの下位概念とする上位概念をもちえなかったの である。だが,情報処理やその1局面としての情報貯蔵の概念が確立する とともに,記'億現象は,「神経情報の貯蔵」,とりわけ「認知性神経情報の 貯蔵」として,‘情報貯蔵の特殊ケースと了解されるようになる。 かつて心理学で「記'億」と「習'慣」の相違が問題にされたとき,「記'億 とは知覚の習'慣であり,習I慣とは動作の記'億である」といったレトリック が用いられたことがある。記憶現象と習慣現象が同根のもの−神経的痕 跡一一であることを表現したものであるが,私の用語法なら,「記1億とは 神経性認知情報の貯蔵であり,習慣とは神経性指令情報一厳密には,神 経性のインプットーアウトプット変換プログラムーの貯蔵である」と記 述する。そうだとすれば価値観は,貯蔵された評価情報だということにな 5 第エ部情報・情報処理・自己組織性 る。もちろん貯蔵された神経'性の評価情報には「価値観」のような言語性 のものと「情操」のような感情性のものとを区別しなければならないが, いずれにせよ個人の心理現象のレヴェルでは,「神経性情報貯蔵」という 1つの新たなカテゴリーのもとに,記'億,習'慣,信念,態度,価値観,情 操などといった多様な現象が包摂されることになる。 遺伝情報や神経'情報の貯蔵は個体内貯蔵であるが,「砂に書いたラヴレ ター」や録音・録画,書物,コンピュータによる情報貯蔵は個体外貯蔵の 事例である。「コンピュータの記'億容量」という表現は,多くの人女にと って今日もはや比職ではない。 MEMORY(記1億)は,MEMORIZING(記銘),RETENSION(把 持),RECALL(想起)の3段階から成るとされるが,その3段階は,た とえばテープリコーダーが音声なり映像をテープの磁化パタンにインコー ドして記録し,その磁化パタンが崩れずに保存され,それが再び音声なり 映像にディコードされて利用される,というのと同型なのである。記銘・ 把持・想起という記1億の3段階は,記録・保存・再生という情報貯蔵一般 の3段階の特殊事例にほかならない。 第2は,情報の空間変換である。情報の空間的移動すなわち情報の伝達 であり,'情報貯蔵と同様,個体内伝達と個体外伝達に2分され,それぞれ 発信・送信・受信の3段階から成り立っている。自然言語の情報概念にも っとも縁の深い情報処理であるが,普通,コミュニケーションの概念は, 個体間の,しかも受け手の受信意思の有無はともかく,送り手に発信意思 のある場合を想定している。「盗聴」はコミュニケーションではない。し かし,’情報の空間的移動が見られる場合には,ひとまず情報伝達ないしコ ミュニケーションの概念に包摂しようというのが,ここでの立場である。 したがって,情報伝達は,個体外(とりわけ個体間)の情報伝達に限られ ない。 たとえば遺伝情報レヴェルでいえば,DNA1盾報の一部分がメッセンジ ャーRNAに転写され,そのm−RNAがタンパク質を作るリポソームヘ移 6 2.情報処理 動してトランスファーRNAにその情報を引き継ぐ,というのも情報の空 間変換,つまり情報伝達の1例だということになる。遺伝情報の一部が, 染色体からリボソームまで,空間的に移動しているからである。また,受 容器にインプットされた一定の刺激が感覚神経情報として中枢にまで上向 し,中枢からは逆に,運動神経情報が効果器に下向して一定の反応をアウ トプットする。ここでも受容器・大脳中枢・効果器3者の間に情報の空間 的移動が見られ,個体内の情報伝達を問題にすることができる。科学的に 構成された最広義の情報伝達の概念は,個体間の1情報伝達の承ならず,個 体内の情報伝達をも含意するのである。 「発信・送信・受信」という空間変換=伝達処理の3段階と「記録・保 存・再生」という時間変換=貯蔵処理の3段階とが,理論的にはパラレル な関係にあることを指摘しておきたい。発信に対して記録,送信に対して 保存,受信に対して再生がそれぞれ対応し,情報は,(1)発信と記録に際し てインコード,すなわち送信と保存に適した記号形態に変換され,(2)送信 と保存の過程でノイズの影響を受け,(3)受信と再生に際してディコード, すなわち利用に適した記号形態に再変換される。 第3は,情報の担体変換である。神経細胞,印字物質,音声エネルギニー など,情報現象には,かならずそれを担う物質・エネルギー的側面,すな わち情報担荷体ないし情報担体が不可欠であるが,担体変換とは,それ以 外の変換のない,あるいはそれ以外の変換を捨象した,情報担荷体の承の 変換と定義される。情報の転写,情報のコピーのことである。遺伝すなわ ちDNA情報の複製,あるいはDNA情報からm−RNA情報へのコピ ーなど,個体内の担体変換が含まれることはいうまでもない。 第4は,情報の記号変換である。情報の意味面の変換を伴わない,ある いはそれを捨象した,記号面だけの変換のことである。わかりやすい例で いえば,片仮名を平仮名に変える,モールス信号を普通の日本語に直す, あるいは外国語の翻訳などである。目で見たものを言葉で表現するのも, それに伴う意味の変化を捨象するなら,視覚'情報から言語I情報への記号変 7 ■由 第1部情報・情報処理・自己組織性 換である。自然言語の世界では,翻訳の作業と,目で見たものを言葉で表 現する営承との間に,類似点があるとは考えない。だが,科学言語の構築 は,自然言語では見えなかった類似や相違を見させることになるのであ る 。 そして最後が,情報の意味変換である。これは非常に多くの事象を総括 した概念であるが,情報の担体変換や記号変換の有無に拘らず,少なくと も意味面の変化に着目したものである。連想,計算,分類,推理,一般化 と特殊化,それに意思決定などは,代表的な意味変換の事例である。アメ リカの哲学者パースのいうABDUCTION(創発ないし着想),DEDU− CTION(演鐸),INDUCTION(帰納)の3過程もまた,意味変換に属 する。 なかでも「意思決定」については,一言しておく必要がある。通例の用 語法では「情報をインプットして,意思決定をアウトプットする」,ある いは「情報を意思決定に変換する」といった了解になるが,私のフレーム で記述し直すと,「1組の認知的(事実命題),評価的(価値命題)ならび に指令的(行動命題)な情報がインプットされ,意味変換の結果,一定の 指令的な情報がアウトプットされる」,つまり「1組の認知・評価・指令 情報から一定の指令情報への変換」ということになる。すなわち,意思決 定とは情報変換,より精確には意味変換の1種である,という解釈が可能に なるようなカテゴリー体系を構築しうるわけである。刺激(STIMULUS) から反応(RESPONSE)への変換という神経系の基本的な作用は,認知 情報(COGNITIVEINFORMATION)から指令情報(DIRECTIVE INFORMATION)への変換,略して情報のCD変換と一般化しうるが, 「意思決定」は言語情報レヴェルのCD変換として,遺伝情報レヴェル で規定された「無条件反応」に始まる階層的なCD変換の頂点に位置し ている。 以上に述べた情報の時間変換,空間変換,担体変換,記号変換,意味変 換という5つのタイプの変換を総称して「情報処理」ないし「広義の情報 8 2..情報処理 変換」と称することにしよう。それに対して,担体変換・記号変換・意味 変換の3つを,時間変換・空間変換から区別して,とくに「(狭義の)情 報変換」と名づけよう。こうして,情報処理ないし広義の情報変換は,情 報貯蔵,情報伝達,それに(狭義の)情報変換という3つの局面から成り 立つ,という用語体系が構築されたことになる。 もちろん,この種の,自然言語や日常用語とは異なる一般的な概念体系 を学問的に構成するという営承は,支持されるとは限らない。この営為に 価値を認めない立場からすれば,上記の試承は全く無意味な努力だという ことになる。しかしながら,科学言語による記述・説明と自然言語による それとの間には,常に連続と断絶の2面があり,いうまでもなく両言語に よる「世界の差異化」のずれが,科学の存在理由に結びつく。自然言語が 相違を見ないところに相違を見,類似を見ないところに類似を見るのが, 科学言語の特質なのである。そしてその際,「概念と命題」の双方に関し て,「一般化と特殊化」を自覚的・体系的に相互浸透させるのが,科学言 語的世界像の1つの特徴である。 「遺伝現象と文化現象」を,「認知と指令と評価」を,あるいは「伝達 と記憶と意思決定」をともに情報現象として一般化し,かつ同時に,それ ぞれの相違を特殊化によって押える,という上述の試承は,まさにこの科 学的言語使用法の常道に沿おうとしたものにほかならない。「情報処理」 という言葉は,日常的には,コンピュータを始めとする情報処理機器に限 定して使われることが多い。しかし,その「工学的情報処理」がモデルに する生物や人間のいわば「自然的'情報処理」をも包括しうるような術語が ほしい。その観点からすれば,INFORMATIONPROCESSING(情報処 理)という用語をもっとも包括的なテクニカル・タームとして利用するの が有効なのである。 「情報と情報処理」現象の解釈を通して,自然言語的世界像とは異なる 1つの新たな世界像の構築を目指した,以上のカテゴリー体系は,私が 1967年および1971年に提出した試承であるが,このカテゴリー体系の構築 9 第I部情報・情報処理P自己組織性 を導いた基礎視点に,つぎの2つのものがあったことを付言しておきた い。1つは,DNA情報からホルモン情報,フェロモン情報をへて知覚情 報や言語情報にいたる「情報形態の進化史」や「記号進化論」,あるいは 「記号進化の系統図」といった通時的=歴史的視点であり,いま1つは, 「内記号一外記号」や「シグナル記号一シンボル記号」,あるいは「変換」 概念の導入など,その記号進化を解明するための共時的=理論的視点であ る。 3.自己組織性 「自己組織性」や「自己組織化」というカテゴリーは,情報・'情報処理 に比べれば後発的なものであるが,物理科学,生物科学,社会科学をとわ ず,すべての科学分野で,それぞれに問題にされていることは周知のとお りである。このカテゴリーもまた,‘情報・情報処理のカテゴリーととも に,20世紀の思想的遺産の1つに数えられることになると思われる。 自己組織性については,まだ確定的な共通理解が成立しているとはいえ ないが,哲学的ないし思想史的には,.「生命現象」を一般化した概念であ る,ということができる。N・ウィーナーの自然哲学によれば,自然界は 物質一エネルギーと情報という2元的要因から構成されるが,生命以降の 進化段階にあるシステムの基本的特性は,システムを構成する情報的要因 が,いわば設計図となって,システムを構成する物質一エネルギー的要因 のあり方を規定する,というところにある。そして,この情報的要因は変 異と選択のメカニズムを通じて多様に変化し,その結果,物質一エネルギ ー的要因のあり方もまた変異と選択をへて多彩な変化を遂げる。このよう にシステムの秩序が,当該システムが保有する秩序プログラムによって規 定され,システムの秩序の保持・変容も,当該の秩序プログラムの保持・ 変容に媒介されて実現する,といった特性は,生命の発生以降の進化段階 にある存在に共通して認められるものであるが,これをシステムの自己組 1 0 − 三 3.自己組織性 織性と呼ぶのである。 このように自らの秩序をプログラムを媒介にして自ら制御・保持・変容 させる能力を有するシステムを自己組織システムと名づけるなら,非自己 組織システムの根源的要因が「一定の物質-エネルギーとそれが担うパタ ン(最広義の情報)ブあるいは一定のパタン(最広義の情報)とそれを担 う物質-エネルギー」であるのに対して,自己組織システムのそれは,「一 定の情報・情報処理とそれによって制御される資源・資源処理,あるいは 一定の資源・資源処理とそれを制御する情報・情報処理」であると記述す ることができる。換言すれば,「物質一エネルギーと情報」というウィーナ ー的な2元論的自然観は,自己組織システムの場合,資源論的視点と情報 論的視点とを統合するシステム観へとわれわれを導くことになる。ただ, この報告では,資源論的視点については割愛せざるをえない。 なお,「プログラム」とは「情報処理または資源処理の逐次的ステップ を確定的・不確定的,一義的・多義的に規定する情報」のことである。普 通,逐次的な処理ステップを確定的・一義的に規定するものだけをプログ ラムと呼ぶことが多いが,ここでは不確定的なもの,多義的なものを包括 -している。この種の暖味性ないし柔軟性なしには,とりわけ人間レヴェル に固有の,シンボル情報による自己組織性は捉えられないからである。ま た,プログラムによる制御の対象になるのは,資源処理に限られない。情 報処理もまたプログラムによって制御される。 ところで,今日,自己組織性という概念には,物理科学の系譜,生物科 学の系譜,社会科学の系譜という3つのタイプのものが併存している。そ して,自己組織パラダイムとは,本来,物理科学・生物科学のものであ り,社会科学で提唱される自己組織パラダイムは,その拡張的応用にすぎ ないとする誤解が広く流布している。 まず物理科学の分野では,プリゴジンその他による非平衡熱力学システ ムをめぐる散逸構造の理論があり,これを,とりわけその「ゆらぎ」のア イディアを社会科学に適用しようとする試承もあるが,この理論では,先 1 1 第][部情報・情報処理・自己組織性 に述べたような「プログラムによる制御」という発想は導入されていな い。プログラムとは,たとえていえば設計図であるが,暖昧・柔軟な設計 図をも含めて,設計図による秩序形成というアイディアは散逸構造論には 見られない。つぎに,生物科学の系譜である。代表的なものは,ヴァレラ たちのオートポイエシス理論であるが,これはシステムの秩序維持の解明 には資するが,秩序変容の理論ではない。第3が社会科学の系譜である。 社会科学に内発的な自己組織理論の系譜を見逃してはならない。その1つ が,私もコミットしてきた社会学的構造一機能理論であるが,いま1つ, 社会科学における弁証法的発想も,じつは自己組織理論の先駆形態だと位 置づけることができる。 以上の3つの系譜のうち,物理科学系譜のものは,あとの2つと比べて 異質である。要するに,「プログラムによる制御」があるか否かの別であ るが,私は,「プログラムによる制御」があってはじめて自己組織の概念 が生きると考える。プリゴジン風のものは自己組織性とは呼ばないという ことになる。ただ,「自己組織性の進化史的起源」という課題,つまり 「生命の起源」という課題を通して,物理科学系譜と生物科学系譜の自己 組織理論は,いずれ接合されることになるであろう。 4.自己組織性の進化 自己組織性のカテゴリーを「プログラムによる制御」を不可欠の特徴と する生命以降の存在に限定してゑても,そこには,自己組織性そのものの 進化の故に,さまざまの下位類型が存在している。この進化的下位類型の 設定には,2つの基準が考えられる。1つは,プログラムに用いられる情 報形態ないし記号形態の進化段階の相違であり,いま1つは,プログラム の選択の様式の進化段階の相違である。 .まず,情報形態の進化段階という観点からは,「DNA情報(遺伝'情報) による自己組織性」と「言語情報(文化情報)による自己組織性」とを代 1 2 4.自己組織性の進化 表的な進化類型と認めることができる。ついで,プログラムの選択様式の 進化段階という視角からは,「自然選択ないし外生選択による自己組織 性」と「主体選択ないし内生選択による自己組織性」とを区分することが できる。 自然選択,すなわちNATURALSELECTIONという概念は,いうま でもなくダーウィンの術語であるが,これはダーウィンが人為選択,すな わちARTIFICIALSELECTIONの概念をヒントにして構成したもので ある。栽培植物や飼育動物は,人間の手により人間に有利なように,その 変異体に選択(採択淘汰)が加えられていく。同様にして,自然界では人 間に代わって自然が,変異体の選択を行っているのではないか,とダーウ ィンは考えた。家畜の立場からすれば,人間の手になる選択は自然選択の 特殊ケースだということになる。飼育栽培動植物にとって人間は自然の一 部であり,家畜が人間によって選択されるということは,人間にとっては 人為選択であるが,家畜にとっては自然選択なのである。同じ1つの事象 が,視点の相違によって,人為選択でもあり自然選択でもある。 私はダーウィンの自然選択の概念にヒントをえて,逆に,人為選択の概 念を再考し,それを「当該システム自体によるプレ1.グラムの選択」と位置 づけ直して,「主体選択」ないし「内生選択」と称することにした。この 了解からすれば,「自然選択」は「外生選択」と表現することができる。 家畜にとっての外生選択=人為選択は,家畜と人間とを含む複合システム にとっては内生選択=主体選択なのである。 ところで,この意味での内生選択=主体選択は,自己組織システムが学 習能力をもつようになるのと同時に登場した,といってよい。学習現象は 神経系と不可分であるが,それが神経系のどの進化段階で発生したかはと もかく,高次の自己組織性の1つの基本的な特性である。なお,内生選択 =主体選択は,動物のオペラント学習に見られる「事後的」なものと,人 間の意思決定に見られる「事前的」なものとに2分される。事後内生選択 =事後主体選択と事前内生選択=事前主体選択の別である。 1 3 ■一 第工部情報・情報処理・自己組織性 1盾報形態の進化段階とプログラム選択様式の進化段階という2組の基準 を組承合わせることによって,自己組織性の4つのタイプを理論的に区別 することができる。DNA情報一自然選択型,DNA情報一主体選択型, 言語情報一自然選択型,そして言語情報一主体選択型の4つである。この うち「DNA情報一自然選択」型の自己組織性と「言語情報一主体選択」 型,とりわけ「言語情報一事前主体選択」型のそれは,自己組織性の2つ の基本類型をなしている。前者は,生物進化論や分子生物学が対象にして きた自己組織性であり,後者は,人間科学・社会科学が扱う人間レヴェル の自己組織性にほかならない。 生物進化の思想は,このように,自己組織パラダイムの先駆的事例なの であるが,その思想を社会科学に導入した,いわゆる社会ダーウィニズム は,「自然選択=外生選択」のカテゴリーに対置すべき「主体選択=内生 選択」のカテゴリーを構想できなかったために,市場機構の弱肉強食のイ デオロギーに堕したのである。もちろん,自然選択のカテゴリーは市場機 構に依然として妥当する。市場環境に適合するプログラムをもちえなかっ た企業は倒産し,それと同型のプログラムは廃れていく。だが,学習能力 を有する内生選択型の自己組織システムでは,外生選択で淘汰・倒産する 前に,当該のシステム自体が自らのプログラムを淘汰・変容させうるので ある。人間レヴェルの自己組織性は「事前内生選択一事後内生選択一外生 選択」という3段階の選択によって支えられている。 5.4フェーズ循環モデル 自己組織化の過程は,相互循環的な4つのタイプの基礎過程から成立す る,というのが1978年以来の私の基本枠組の1つである。4つの基礎過程 を,それぞれ,自己組織化の「フェーズ」と名づけることにしたい。 まず第1フェーズは,システムのプログラムが記録・保存され,再生さ れたプログラムによってシステムの制御が行われ,その結果がシステムの 1 4 5.4フェーズ循環モデル 選好基準を充足し,当該の再生プログラムが再び採択されて’記録・保存 過程に入る,という自己組織システムの構造保持のフェーズである。「プ ログラムの貯蔵一一一再生プログラムによる制御一選好基準の充足一一再 生プログラムの採択一プログラムの貯蔵」と定式化することができる。 「選択」.という営承には捨てる面と取る面があるが’ここでは捨てる側面 を「淘汰」,取る側面を「採択」と使い分けよう。「採択と淘汰」を合わせ て「選択」と称することにしたい。 つぎに第2フェーズは,システムのプログラムが記録・保存され,再生 されたプログラムによってシステムが制御されるが’その結果がシステム の選好基準を充足せず,当該の再生プログラムが淘汰されてプログラムの 変異過程に入るか,さもなければシステムの解体にいたる’という自己組 織システムの構造崩壊のフェーズである。「プログラムの貯蔵一一再生プ ログラムによる制御−−−選好基準の不充足一一再生プログラムの淘汰一一 プログラムの変異またはシステムの解体」と定式化することができる。 第3フェーズは,システムの変異プログラムが生成し’変異したプログ ラムによってシステムの制御が行われるが’その結果がシステムの選好基 準を充足せず,当該の変異プログラムは淘汰されて再びプログラムの変異 過程に入るか,さもなければシステムの解体にいたる’という自己組織シ ステムの構造模索のフェーズである。「プログラムの変異一変異プログ ラムによる制御−−−選好基準の不充足一変異プログラムの淘汰一プロ グラムの変異またはシステムの解体」と定式化することができる。 最後に,第4フェーズは,システムの変異プログラムが生成し’変異し たプログラムによってシステムが制御され’その結果がシステムの選好基 準を充足し,当該の変異プログラムが採択されて,記録・保存過程に入 る,という自己組織システムの構造変容のフェーズである。「プログラム の変異一変異プログラムによる制御一選好基準の充足一一一変異プログ ラムの採択一プログラムの貯蔵」と定式化することができる○ 以上の4フェーズは,見られるとおり’相互に循環しながら構造保持と . 1 5 第1部情報・情報処理・自己組織性 構造変容を包括する自己組織化の総過程を成り立たせている。すなわち, 第1フェーズはそのまま反復されるか,第2フェーズに移行する。第2フ ェーズは第3フェーズまたは第4フェーズに移行する。第3フェーズはそ のまま反復されるか,第4フェーズに移行する。そして第4フェーズは, 第1フェーズまたは第2フェーズに移行する。 「自己組織化の総過程」を「4フェーズ循環モデル」で記述するという 統合的な視角を手に入れると,社会科学者が,時代の要請や学会ジャーナ リズムの動向と深く係わりながら,自己組織化の総過程の限られたフェー ズを主題化してきたことがよく判る。第2次大戦後しばらく,世界の社会 学理論の主流は,自己組織化の第1フェーズに圧倒的なウエートをかけて いた。つまり,現状維持の理論であった。当時の社会学的構造-機能理論 はその代表的な事例である。だが,やがて第1フェーズ偏重の理論は,変 動論の導入をはじめとして,軌道修正を余儀なくされる。その反動とし て,今日,自己組織理論がもてはやされるのは,自己組織化の第2フェー ズや第4フェーズに対する関心に由来することが多い。第1フェーズを排 除した自己組織概念が少なくないのも,それ故であろう。しかしながら, 構造保持と構造変容をともに具備する生命以降のシステムの統合理論を目 指すかぎり,自己組織性の第1フェーズを無視・軽視することは,その第 4フェーズを無視・軽視するのと同様,致命的である。自己組織化の「総 過程」と私がいうのは,自己組織理論のこうした倭小化を回避したいから である。 いま1つコメントしておきたいのは,第3フェーズである。このフェー ズは社会諸科学の安定した研究対象にはなりにくい。それは,結局,失敗 と挫折の過程であるが,この種の,いわば日陰の過程が,いわば日の当た る第4フェーズの豊かな成功の母胎である。一握りの第4フェーズの背後 にある膨大な第3フェーズの存在を見逃してはならない。 1 6 6.自己組織性の諸相 6.自己組織性の諸相 〔1〕「相対1次の自己組織性」と「相対2次の自己組織性」:再生プログ ラムにせよ変異プログラムにせよ,一定のプログラムによるシステムの情 報一資源処理の制御を「相対1次の自己組織性」と名づけ,当該のプログ ラム自体の保持・変容を「相対2次の自己組織性」と呼ぶことにしたい。 「相対」と形容するのは,いかなるプログラムも,視角の如何によって, それに基づく制御(相対1次の自己組織性)を問題にすることもできる し,それ自体の保持・変容(相対2次の自己組織性)を主題化することも できるからである。たとえば「プログラムを変容させるためのプ・ログラ ム」についても,このことは妥当する。 ただし,自己組織性の概念をどのように拡張ないし限定するかは論者に よって相違し,ここでいう相対2次の自己組織性の承を,しかもプログラ ムの保持を除いてプログラムの変容の承を,自己組織性と呼称するケース は少なくない。ただ,その際には,私のいう相対1次と相対2次の自己組 一 織性の上位概念を構築するかどうかが問題になる。上位概念の構築を断念 するならともかく,断念しないとなれば,自己組織性なる用語をそれに当 て,その下位概念として相対2次の自己組織性を位置づけるのが,「概念 と命題の一般から特殊へ,特殊から一般へといたる階層的構成」という科 学的世界像の通例のあり方からすれば望ましい。 自己組織性の4フェーズと相対1次・2次の自己組織性との関連につい ていえば,各フェーズのそれぞれに相対1次と相対2次の自己組織性が関 与しているということになる。第1フェーズと第2フェーズでいうなら, 再生プログラムによるシステム制御が相対1次の自己組織性であり,その 再生プログラムの採択・淘汰が相対2次の自己組織性である。同様にして 第3フェーズと第4フェーズなら,変異プログラムによるシステム制御が 相対1次の自己組織性であり,その変異プログラムの採択・淘汰が相対2 1 7 = 第I部情報・情報処理・自己組織性 次の自己組織性である。こうして,われわれは,自己組織システムの変動 を「相対2次の自己組織性」という視角から把握することになるわけであ る。ただし,相対2次の自己組織‘性は,秩序プログラムの変容に限られ ず,現行プログラムの「選択継続」,すなわちその保持をも含んでいる。 〔2〕「自然生成的な自己組織性」と「制度化された自己組織性」:シンボ ル'唐報,とりわけ言語情報に依拠する人間レヴェルの自己組織性の最大の 特徴の1つは,自己組織性そのものが自覚され,その結果,それ自体がプ ログラム化されるということである。「管理」といわれる現象は,自然言 語としても科学言語としても広義と狭義,肯定的と否定的,等々,多様な 解釈を許すものであるが,それが「自然生成的な自己組織性」に対置すべ き「制度化された自己組織性」であるという点では,大方の合意がえられ るに違いない。たとえば,悪名高い「管理」とは,システムの自己組織性 が相対1次のそれを偏重して,相対2次の自己組織性が抑圧されているよ うな制度的状況にほかならない。 〔3〕「複合的自己組織性」:人間レヴェルの自己組織理論の最終的な課題 は,複合的な自己組織性の解明と設計である。「個人と社会」をめぐる社 会科学の伝統的な課題は,自己組織理論の立場からすると,異なる自己組 織性の間の相互連関の代表的な事例だったということになる。 複合的自己組織性には,(1)同位レヴェルのシステムの自己組織性の相互 連関,(2)下位システムと上位システムの自己組織性の相互連関,という2 つのものがあるが,いうまでもなく「個人と社会」問題は,後者の特殊ケ ースにほかならない。個人の自己組織性が社会の自己組織性をリードない し抑圧するか,あるいは社会の自己組織性が個人の自己組織性をリードな いし抑圧するか,という問題である。課と部,職場集団と取締役会;自治 体と政府,国家と世界社会など,下位システムと上位システムとの間の自 己組織性の協調・調整・対立は,多くの社会問題の根底に横たわる普遍的 な要因である。たとえば,分権と集権,参加と委任,デモクラシーとテク ノクラシー,市場と計画などのトピックは,すべて,一定の社会ジステム 1 8 6.自己組織性の諸相 内部の複合的自己組織性の設計をめぐるものである。「各レヴェルの複合 的自己組織性をどのように設計・制度化するか」は,規範的社会科学の中 枢的なテーマなのである。 文献 吉田民人「情報科学の構想」加藤秀俊・竹内郁郎.吉田民人『社会的コミュニ ケーション』培風館,1967.(本書第Ⅱ部) 吉田民人「社会科学における情報論的視座」北川敏男.香山健一編『情報社会 科学への視座』学習研究社,1971. 吉田民人「ある社会学徒の原認識」吉田編『社会学』日本評論社,1978. 吉田民人「自己組織パラダイムの視角一つのバーナード再考一」加藤勝 康.飯野春樹編『バーナードー現代社会と組織問題」文員堂,1986. 吉田民人「<言語情報一内部選択>型の自己組織性」『理論と方法』4,数理社 会学会,1988. 且 ' 9 因 』 1 9