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内外の建築積算の歴史的経緯に関する調査(平成23年度) 1 概要

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内外の建築積算の歴史的経緯に関する調査(平成23年度) 1 概要
内外の建築積算の歴史的経緯に関する調査(平成23年度)
主席研究員
岩松 準
1 概要
1.1 研究の目的
今日の建築積算の経緯を知ることは、この分野の今後のあり方を見通すために必要である。こう
した知識へのニーズは、当研究所の機関誌「建築コスト研究」の読者にも多いと考えられる。とくに
現代の問題につながるテーマについての歴史的探求という視点が求められる。それはそれぞれの
問題について考えるための具体的視座を提供するものである。また、国内のみではなく、近代的な
積算の発祥である英国等を中心に、積算技術の発展についての歴史的経緯を知ることも有意義と
考えられる。
上記の目的に照らして、長期的な見通しのもと、内外の建築積算の歴史的経緯に関する適切な
テーマを設定し、関係する歴史的文献・資料の収集を徹底して行い、ビジュアルな資料を添付す
ることなどにも留意しつつ、読みやすい文書としてまとめる。その成果は当研究所の季刊誌「建築コ
スト研究」(建築コスト遊学)へ寄稿するかたちで公表することとする。
1.2 これまでの成果のリスト
これまでの研究成果は次の7つのテーマに関するものであり、「建築コスト研究」の第60号(2008
年1月発行)より、「建築コスト遊学」というタイトルで連載を開始している。本報告では最近の4号分
をとりあげる。
既報分は下記の通りである。

「日本建築積算略史――その起源と展開」60 号, 2008.1.

「法律 171 号と予定価格――官の積算の意味」61 号,2008.4.

「建築経済学と建築コスト研究史」62 号, 2008.7.
(以上は平成 19 年度版報告書に掲載)

「物価史にみる建築職人賃金の推移」63 号, 2008.10.

「建設統計の成立と展開」64 号, 2009.1.

「原価計算基準と建築コスト」65 号, 2009.4.

「新しい業務報酬基準と積算:数量公開論争 100 年」67 号 1, 2009.10.
(以上は平成 20 年度版報告書に掲載)

「コストプランニングのための部分別数量書式」67 号, 2009.10.

「米 国 の公 共 調 達 にお ける「フェ アー でリー ズナブルな価 格 」 をめぐって」 68 号 ,
2010.1

「日米構造問題協議と建設内外価格差問題」69 号, 2010.4

「近世初期建築書「愚子見記」の中の積算資料」70 号, 2010.7.
(以上は平成 21 年度版報告書に掲載)
1
予定稿段階では 66 号掲載予定だったが、67 号に特集記事の一つとして一部稿を改めて掲載された。
- 24 -

「 明 治 初 期 の 建 築 工 事 紛 争 ~ 名 古 屋 鎮 台 兵 営 建 築 増 費 請 求 事 件 ~ 」 71 号 ,
2010.10.

「建設工事のリスクのコスト~危険負担と履行保証を例に~」72 号, 2011.1.

「WLC(Whole Life Costing)をめぐる日英の違い」73 号, 2011.4.
(以上は平成 22 年度版報告書に掲載)
平成 23 年度は下記の 3 テーマを取り扱った。

スポンによる建築費の国際比較・その後

コストプランニングの起源

建設費の国際比較の方法
以下では、既発表分に一部加筆しつつ掲載する。
2 スポンによる建築費の国際比較・その後
1993年秋の本誌第3号に、当時コスト研理事長だった古川修が「スポンによる建築費の国際比
較」という文章を書いている。スポンというのはイギリスの出版社で、現在発売中の2012年版が137
版という伝統ある年刊のプライスブック(「建築家と建設業の価格ブック」)で知られる。この時、古川
が紹介したのは「ヨーロッパ建設コストハンドブック」というヨーロッパばかりでなく、アメリカや日本も
比較対象国に含む本である。その後、アジア太平洋、中東、アフリカ、ラテンアメリカ等の各版が追
加され、数年おきに出版されている。ここで紹介するのは2010年4月刊行のアジア太平洋地域・第
4版(図2.1)である。
*
*
*
【解説】
アジア太平洋地域版は1993年が初版で、その後1996年
に第2版、2000年に第3版、そして2010年に第4版。イギリス
本国を含め20ヶ国(図2.2参照)を扱う。8月末時点でアマゾ
ンの建設分野の洋書では販売数100位以内にランクインし
ている。スポンのプライスブックは基本的にイギリス系の大
手 QS 企業の責任編集が多い。この本は Davis Langdon &
Seah International 社のシンガポール子会社が担当。なお、
SPON Press は大手学術出版社 Taylor & Francis により買
収されたが、伝統ブランドを引き継いでいる。
図2.1 「アジア太平洋建設コストハンドブック」第4版
1993年当時は日米構造問題協議後の建設分野の合意に基づき、いくつかの大型公共プロジェ
クトに海外建設企業が入りはじめた頃だった。また、諸外国に比べて物価水準(とりわけ建設コス
- 25 -
ト)が高いのではないかという批判が出はじめていた。これを受け、翌年 5月に建設省内外価格差
検討委員会が設置され、年末の報告書でアメリカに比べて日本の工事費は3割高いという結論を
出している。
古川の文章では、当時日本国内に2~3の調査報告があることに言及して、「こうした比較建築コ
スト論は、その意味・資料・方法・背景説明などの点でまだ十分であるとはいえず、事実関係も必ず
しもあきらかでない。この研究領域に資料を追加するのがこの稿の目的である」として、スポンの本
のデータを引いて論じたものだ。
日本の建築コストについての結論は、材料単価や労務単価がイギリスやアメリカと比べてもそう
大差がないのに、「できあがりの建築単価はすこぶる高い」というものだった。アメリカとは3割どころ
ではなく、購買力平価で3倍の差(建築物は1ドルが500~600円に相当)と書いている。その原因に
ついて、本誌第4号の鼎談で「ちょうどあれを比較しているのはバブル末期で落ちてきているところ
なんだけれども、十分まだ落ち切らないところで比較しているから、あの数字じゃないかと思うんで
す。」(古川)と語られているが・・・。
筆者は、80年代末の日米構造問題協議とその後社会問題となった建設の内外価格差のことを
連載 No.9(本誌69号、2010年4月)で書いた。1998年と2003年に実施された国土交通省のフォロ
ーアップ調査では、日・米間の内外価格差は解消されたことになっている。今回は、欧米やアジア
との比較における日本の建築コストの位置づけを、新しいスポンの本でみていくことにしたい。
*
*
*
スポンのデータによる結論は図2.2のとおり。巻末に通貨交換レートによる日本円換算で延床面
積当たりの単価数値がまとめられており、それを拾った。以下はその数字で話を進める。図 2は建
物用途と比較対象国の両軸項目の平均値でソートした。各国おしなべて倉庫や工場が安く、劇場
や高級ホテルや本社オフィスが高い。また、建物用途で凸凹はあるものの、日本はアメリカ、イギリ
スと同レベルであり、古川が指摘した欧米の3倍という差はどうやら解消されたようだ。ただ、アジアと
の比較では高い位置にある。
スポンの本から比 較上の留意点を書いておこう。数値比較は基本的に 2008年第4四 半期。1
£=150円、1Euro=126円、1US$=96円の換算で、アジア各国通貨もこの時期の平均値。なお、
リーマンショック後で、とくに£、Euro が急落(円高)した後だということにも留意。延床㎡当り単価は
消費税抜き、施主との契約価格を元にしたもの。延床面積は日本で一般的な壁心ではなく内法で
計測し、内壁や柱等は無視。なお、この比較では設計モデルは存在せず、各国での各建物用途
の典型プロジェクトに関するもので、仕様・グレード等は同一とはいえない。つまり、やや抽象的比
較である。
*
*
*
次に施工単価、材料単価、労務単価の代表例について、日本価格を基準とした指数で比較し
た(図2.3)。これらの図で直感的にも判断できるが、変動係数の値を調べると、全体での各国比較
のバラツキ程度は大きい方から、労務単価>施工単価>材料単価>建築単価の順に並んでい
る。
材工共の施工単価は、スポンの原著では63工種が比較されている。2~3行の説明で規格・仕
様・施工条件の同定がはかられているが、その同一性確保は単価の中では最も難しいと思える。
日本の施工単価はアメリカとオーストラリアに比べてかなり安く、イギリス、香港、シンガポール、台
- 26 -
湾とはほぼ同レベル、そして、それ以外の国々と比べ高い。
倉庫
(円/延床㎡)
工場
戸建住宅
700,000
中等学校
集合住宅
600,000
賃貸オフィス
体育館
500,000
中級ホテル
一般病院
400,000
本社オフィス
高級ホテル
300,000
中規模劇場
200,000
100,000
中規模劇場
高級ホテル
本社オフィス
一般病院
中級ホテル
体育館
賃貸オフィス
集合住宅
中等学校
戸建住宅
工場
倉庫
0
(注) 「アジア太平洋建設コストハンドブック」第 4 版(Davis Langdon & Seah International, SPON's Asia-Pacific
Construction Costs Handbook, 4th Edition, 2010)pp.461-466 より作成。なお、表 2.1 に一部を示す。
図2.2 スポンによる主要用途別建築コストの国際比較(2008年第4四半期時点)
材料単価は、それに比べると同定が楽にみえる。そして各国間の違いも比較的少ない。概して
日本より安いのは韓国、中国、タイ、マレーシア、インドで、他は平均してほぼ同じかせいぜい1.5倍
程度に収まっている。日本の材料が高いのはレンガ、セメント、コンクリートブロックで、逆にプラスタ
ーボード、ビニルフロアタイルは日本がかなり安い。
労務単価は最もバラつく。各国各職種の技能の同定が難しいのは言うまでもない。単純なデー
タの比較からいえることは、オーストラリア、アメリカ、イギリスは日本よりかなり高めである一方、アジ
ア各国に対しては日本がかなり高めとなる。面白いことに、日本より高い国々は概して労働時間が
短く(オーストラリアは年間約1550時間、イギリスは約1800時間)、安い国々はそれが長い(韓国は
約3100時間、インド約2500時間)傾向もみえる。日本は約2230時間である。なお、中国は約2080
時間で、この法則には当てはまらない国もいくつかある。
*
*
*
建築単価の大部分を構成するのが施工単価で、その大部分が労務単価と材料単価と考えると、
常識的に相互の関係が整合的にはみえない国がある。たとえばオーストラリアは建築単価が日本
の半分程度なのに、施工・材料・労務の各単価は2倍程度もある。アメリカ、イギリスもこれとよく似て
いる。一方、アジア各国との差は労務単価の違いである程度の説明が可能にみえる。もちろん、こ
れらの差の説明には、気候風土や技術基準の違い等に起因する、そもそも比較対象とする典型建
築物の設計差、各国での建築生産における機械化や労働集約の程度(すなわち、生産性)、換算
レートの妥当性(レートの選択で結果は変わる。さらに、長期の物価上昇率のちがいも評価すべ
- 27 -
き。)、スポンの本における様々な調査誤差、・・・等を考慮する必要がある。
以上はスポンの本にある建築費の数字の単なる要約に過ぎず、その背景や意味解釈は今後の
研究課題である。とくにアジアの建設市場は拡大と変化の渦中にあり、獲得すべき知識が埋もれて
いるようにみえる。
741
598
アメリカ
1,194
600
イギリス
872
香港
シンガポール
365
500
365
420
400
422
オーストラリア
韓国
273
349
227
300
379
台湾
中国
334
200
タイ
マレーシア
100
インド
参考・建築家(有資格)
アメリカ
イギリス
香港
シンガポール
オーストラリア
韓国
台湾
中国
タイ
マレーシア
インド
参考・現場監督
石工・煉瓦工
ビニールフロアタイル
板ガラス
材料単価
不熟練工(普通作業員)
施工単価=材+工+経費
プラスターボード9-12mm
木材(造作材)
コンクリートブロック
鉄筋
レンガ
骨材
生コン
セメント
木部オイルペイント
壁白角タイル・プラスター下地
プラスチック配水管
コンセント13アンペア
鉄骨
3層アスファルト防水
型枠(壁)
鉄筋(壁)
根切り(機械)
コンクリート(壁)
0
労務単価
(注) 「アジア太平洋建設コストハンドブック」第 4 版(前掲)より作成。ここでの比較は主な 11 ヶ国のみ。
表 2.1 をもとに日本価格を 100 とする指数で示した。判読を容易にするため Z 軸は 600 までとした。
それを超える値があることに留意。
図2.3 スポンによる施工単価、材料単価、労務単価の国際比較(2008年第4四半期時点)(日本=100とする指数)
参考文献
1.
古川修「スポンによる建築費の国際比較」建築コスト研究, No.3, pp.5-7, 1993.10.
2.
岩松準「建築コスト遊学 09:日米構造問題協議と建設内外価格差」建築コスト研究, No.69, pp.51-56, 2010.4.
- 28 -
表2.1 スポンによる建築単価、施工単価、材料単価、労務単価の国際比較(2008年第4四半期時点)
日本
通貨単位
レート
アメリカ
イギリス
円
1.00
US$
96.00
£
150.00
シンガポー
香港
オーストラリア
ル
HK$
S$
A$
12.36
64.52
63.29
(単位:円)
韓国
台湾
中国
タイ
マレーシア
インド
Won
0.09
NT$
2.81
Rmb
13.99
Bt
2.61
RM
26.95
Rs
1.99
(A)建築単価
工場
中等学校
集合住宅
㎡
㎡
㎡
160,000
220,000
210,000
138,817
259,140
351,720
102,836
254,328
205,075
105,068
122,373
140,915
103,226
109,677
209,677
31,646
126,582
170,886
70,632
90,149
138,476
76,490
102,081
102,081
60,140
50,350
48,951
43,252
39,083
62,011
40,431
31,267
45,013
26,713
13,903
33,366
本社オフィス(AC 付)
㎡
350,000
416,452
437,761
244,747
196,774
202,532
169,145
153,121
104,895
77,124
101,348
47,071
高級ホテル
㎡
400,000
361,343
289,246
293,548
218,354
241,636
185,039
145,455
153,726
207,547
96,226
APPROXIMATE ESTIMATING
(B)施工単価=材+工+経費
Factories for owner occupation
Secondary/middle schools
Private sector apartment building
Prestige/headquarters office high rise,
air-conditioned
Hotel, 5 star, city centre
UNIT RATES
- 29 -
根切り(機械)
立米
900
1,728
1,083
1,669
1,484
5,380
372
2,039
280
391
755
596
コンクリート(壁)
型枠(壁)
鉄筋(壁)
立米
㎡
t
12,100
3,950
140,000
44,160
14,400
230,400
18,558
5,271
148,050
11,125
1,854
111,248
12,581
2,677
122,581
20,253
8,861
177,215
6,506
2,788
83,643
8,015
1,462
64,679
5,874
559
72,727
7,556
990
78,166
7,547
943
102,426
8,421
695
89,374
鉄骨
t
174,000
336,000
230,400
296,663
322,581
430,380
153,346
140,607
167,832
143,304
161,725
139,027
3 層アスファルト防水
㎡
4,050
5,280
2,135
2,225
2,323
7,911
2,788 -
プラスチック配水管
m
1,230
9,120
771
1,236
1,290
2,215
1,301 -
コンセント 13 アンペア
壁白角タイル・プラスター下地
木部オイルペイント
個
㎡
㎡
3,490
5,900 -
1,230
4,032
4,079
1,854
989
1,419
1,613 -
606
3,671 -
3,360
2,331
2,064
890
-
4,461 -
279 -
t
40,000
18,280
立米
3,450
4,452
立米
11,750
13,441
t
109,000 100,000
千個
257,000
45,161
千個
215,000 161,290
立米
80,000 152,330
㎡ -
-
㎡
1,330
5,591
㎡
145
258
㎡
700
2,957
57,493
5,650
14,549
140,016
32,230
241,940
33,310
593
3,287
273
1,006
6,922
766
8,653
74,166
14,833
24,722
40,791
680
1,224
1,731
865
(C)材料単価
セメント
骨材
生コン
鉄筋
レンガ
コンクリートブロック
木材(造作材)
断熱材 100mm
板ガラス
プラスターボード 9-12mm
ビニールフロアタイル
備 考
2,215
7,935 -
3,858 -
7,806
10,063
70,387
79,114
14,194
32,595
45,161
10,000
43,011
91,772
452
570
2,581
3,101
323
506
1,290
1,266
490 -
-
159
-
-
556
769
1,399 -
420
521 -
-
261
248
953
119
-
175
Mechanical excavation of foundation
trenches
Reinforced in site concrete in walls
Softwood formwork to concrete walls
Reinforcement in concrete walls
Fabricate, supply and erect steel framed
structure
3 layers glass-fibre based bitumen felt
roof covering
High pressure plastic pipes for cold water
distribution
13 amp unswitched socket outlet
White glazed tiles on plaster walls
Oil paint on timber
MATERIAL COSTS
7,830
9,843
4,196
6,774
7,817
8,818 Cement
1,626
1,969
1,673
1,172
1,078
3,540 Aggregate for concrete
4,561
7,593 -
6,774
5,795
6,951 Ready mixed concrete
55,112
47,244
63,636
63,835
59,299
71,500 Mild steel reinforcement
4,182
6,749 -
2,606
8,086
4,965 Common bricks
55,762 132,171
26,294
10,422
61,995
55,611 Hollow concrete blocks
Softwood for joinery
97,388 -
27,273
78,166 -
-
807
28,121
490 -
-
1,450 Quilt insulation 100mm
443 -
490
1,172
1,078
2,383 Sheet/float glass
178
1,265
364
261
485
348 Plasterboard 9-12mm
595
970
559
782
863
596 Vinyl floor tiles
(D)労務単価
石工・煉瓦工
時
2,588
3,451 -
1,367
427
5,380
1,116
1,019
不熟練工(普通作業員)
時
1,338
2,498 -
958 -
5,063
782
808
参考・現場監督
時
5,650
9,371
6,332
3,708
2,321
8,861
3,023
1,611
参考・建築家(有資格)
時
4,788 -
4,835
2,967
2,040
10,759
3,758
3,245
(注) 「アジア太平洋建設コストハンドブック」第 4 版(前掲)による。建築単価、材料単価、労務単価は同書巻末
に合わせた。
LABOUR COSTS
101
163
303
79 Mason/bricklayer
Unskilled labour
65
114
168 -
510
752
1,123
894 Site manager
466
501
913
447 Qualified architect
Part3 資料より。施工単価の比較アイテムについては古川(1993)
3 コストプランニングの起源
建築コストに関わる古今東西の事実を追うのが連載の趣旨である。しかし国内ならばともかく、外
国の歴史にまで立ち入ることにどれほどの意味があるのかと問われる読者もいることだろう。だが今
回はそれを試みたい。現在の日本の「建築コスト管理システム」には外国、とりわけ近代以後の英
国の影響が少なからずあるためだ。
*
*
*
今回の話は、連載 No.7「コストプランニングのための部分別数量書式」(2008年秋号)で触れた
こととも重なる。そこでは、欧米主要国では工種別内訳に加え、部分別内訳が建築コスト管理に必
須のツールとして普及していること、その一方、日本では1968(昭和43)年に建設工業経営研究会
を中心とした関係者の努力により、官民合同で定めた「部分別内訳書式」はあるが、実務的にあま
り活用されていないこと等を書いた。
表3.1 日本語で書かれた主なコストプランニングの書籍(発行年順)
1
コストプランニング入門 (1968 年)
2
3
6
デザイナーのためのビルタイプ別コストプランニング(1971 年)
建築積算概論―数量算出からコストプランニングまで (1971 年)
建築計画と設計システム―コンピューターによるコストプランニ
ング (1977 年)
デザイナーのための見積チェックリスト―合成価格分析による概算見積コスト
プランニング・ガイド付
これだけは知っておきたい木造住宅のコストプランニング
7
建築のコスト・プランニング
8
建築プロジェクトのコストプランニング
9
建築プロジェクトのコストプランニング
4
5
デザイナーのための見積チェックリスト―特別記事コンピューターによるコストプランニ
ング入門
11 コストプランニングの知識―これだけは知っておきたい
12 建築プロジェクトのコストプランニング (建築コストシリーズ)
13 インテリアリフォームのコストプランニング
14 木造住宅のコストプランニング―これだけは知っておきたい
15 これだけは知っておきたいコストプランニングの知識
建築決断のコスト―プロジェクトマネジメントのための芸術・工
16
学・環境
17 新築・リフォームのための住空間のコストプランニング
(注)amazon.co.jp 等の検索結果。同名タイトルは改版されたもの。
10
C.D.ブロウニング、長倉康彦、八木
沢壮一、越部毅
彰国社
黒田隆
1968
1971
1971
宇都宮崇
1977
彰国社
1985
高橋照男
D.J.フェリー、P.S.ブランドン、
成沢潔水
黒田隆、高橋照男、田村誠邦、
冨谷豪
黒田隆、高橋照男、田村誠邦、
富谷豪
1987
彰国社
1990
高橋照男
黒田隆、高橋照男、田村誠邦
橋本真一
高橋照男
高橋照男
1992
1993
1996
1996
1997
黒田隆、高橋照男
1999
橋本真一
2005
1988
1988
1990
しかしその後、当研究所では次の事実を確認した。一部大手の建築設計事務所やゼネコンで
は、独自の改良を加えた部分別内訳によってコスト管理を実施していること。そのための工種別・
部分別間の変換が可能なパッケージ・ソフトウェアが存在すること。また、今後の企業会計の IFRS
(国際財務報告基準)への対応として、施設利用者側にイニシャルコストを部分(コンポーネント)で
扱うニーズが増えると予想されること等である。このように日本でも、建築コストの部分別内訳に絡
んだ先進欧米諸国と似たことが、おそらく一部で取り入れられている。
今回は戦後英国で発達しその後、世界的ブームを呼んだ「コストプランニング」の起源に迫り、日
本ではあまり知られていない事実を示しつつ、その意味を考えてみたい。
*
*
- 30 -
*
表3.1、表3.2は現在、日・英で手に入る(であろう)建築のコストプランニングに関する書籍リスト
である。「コストプランニング」という言葉や考え方が日本に紹介されたのは1960年頃で、英国から
だったと法政大学名誉教授の岩下秀男氏が本誌2000年秋号の「ろんだん」に書いている。書籍点
数や発行年を比較しつつ見ていくと、そのような事実を追認できる。表 2の代表的な英文2冊は日
本語訳されている。そのうちの1冊、Douglas J. Ferry が最初の著者であった“Cost Planning of
Buildings(建築のコスト・プランニング)”は初版が1964年。数年おきに改訂・増補され、著者を交代
しながら約半世紀もつづく息の長い教科書である。(図3.1)
表3.2 英国における建築のコストプランニング関係の書籍(発行年順)
1 Estimating And Cost Control
2 Building Economics and Cost Planning(日本語訳あり)
3 Cost Planning of Buildings
Cost Planning Mechanical and Electrical Engineering Services in
4
Buildings
1961
1961
1964
5
1969
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
James Nisbet
Clive Desmond Browning
Douglas J Ferry
Publisher: Royal Institution of
Chartered Surveyors
National Building Agency and Ministry
Cost Planning for Housing: NBA/Mhlg One Day Cost Planning Seminar of Housing and Local Government Great
Britain
Cost Planning of Buildings
Douglas J. Ferry
Cost and planning factors in engineering education: A report to the
H. L Manning
administrative unit of the Southeastern Section of ASEE
Cost Planning of Buildings
Douglas J Ferry
Cost Planning and Building Economics
Duncan P. Cartlidge
Introduction to Cost Planning
Junior Organisation Quantity Surveyors
Cost Planning of Buildings(日本語訳あり)
Douglas J. Ferry and Peter S. Brandon
Property Services Agency and
Cost Planning and Computers: a Research Study
Department of Construction
Management University of Reading
Practical Cost Planning: Guide for Surveyors
Duncan Cartlidge and Ian Mehrtens
Precontract Cost Control and Cost Planning (Quantity surveyors
-
practice pamphlet)
Low cost planning techniques for assessing rural transportation needs Hannah M Worthington
Cost Planning and Estimating Techniques Employed By the Quantity
N.a.D Morrison
Surveying Profession
Design Economics for Building Services Offices: a Cost Planning Guide Building Economics Bureau Ltd
Life Cycle Cost Planning: a Guide to Life Cycle Costing and Financial G.a.J Smith, D Hoar, B Jervis and R
Appraisal of Local Authority Property and New Construction
Neville
Cost Planning of Buildings
Douglas J. Ferry and Peter S. Brandon
Cost Planning of Buildings
Douglas J Ferry
Time-cost planning of construction
B L Atkin
Cost Planning of Buildings
Douglas J Ferry
Costs in Planning Proceedings (Practitioner Series)
Martin Walker and Mark V. Reynard
Higher Civil Engineering Professional Materials Engineering Cost
TENG YONG JIAN HU LIU XING
Planning Series: construction project management
Awards of Costs in Planning Proceedings, Following Late Cancellation
Great Britain
of an Inquiry or Hearing (Circular)
Occupancy Cost Planning: a Life Cycle Approach to Planning and
Building Maintenance Information
Budgeting for Property Occupancy
Time Cost Planning of Construction (RICS Research Paper)
Brian Atkin and etc.
Cost Planning and Estimating for Facilities Maintenance
R. S. Means
Building Cost Planning for the Design Team
Jim Smith and David Jaggar
Development Department Research
Costs of the planning service in Scotland
Programme research findings
Douglas J. Ferry, Peter S. Brandon and
Cost Planning of Buildings
Jonathan D. Ferry
Building Cost Planning in Action
Peter Love and Jim Smith
Kitchen & Bath Project Costs: Planning & Estimating Successful
Publisher: R.S. Means Company
Projects
Home Addition & Renovation Project Costs: Planning & Estimating
Publisher: R.S. Means Company
Successful Projects
- 31 -
1968
1970
1972
1972
1973
1976
1980
1981
1982
1982
1983
1983
1984
1984
1984
1987
1988
1990
1990
1991
1991
1992
1993
1996
1998
1999
1999
2000
2005
2006
35
36
37
38
Building Cost Planning for the Design Team
Jim Smith and David Jaggar
2006
Cost Planning of PFI and PPP Building Projects
Abdelhalim Boussabaine
2006
construction cost planning and control
SUN HUI
2007
Ferry and Brandon's Cost Planning of Buildings
Richard Kirkham
2007
Operation And Costs: Planning And Filling Orders, Cost-Keeping
39 Methods, Controlling Your Operations, Standardizing Material And
Anon
2008
Labor Costs
40 Construction Cost Management: Learning from Case Studies
Keith Potts
2008
41 Cost Planning and Estimating Facilities Maintenance
Editors
2009
42 Cost Planning of PFI and PPP Building Projects
Abdelhalim Boussabaine
2009
Capital Cost Planning: Topically Orientated Trend Adjustment on the
43
Ibrahim Filiz
2009
Swedish Market: From January 1995 through December 20 08
(注)amazon.co.uk の検索結果。タイトル名から判断。建築以外も一部含む。英語以外やプラント関係(least cost
planning)等は除外。
英国規格協会(BSi)の土木建築用語集では、コストプランニングを「設計段階におけるコストコン
トロールのこと」と定義する。いまやコストプランニングは建築関係者の中では世界共通に理解され
る概念となっている。これが第二次世界大戦後に、英国で生み出された背景・事情は何だったの
か――。
*
*
*
第二次世界大戦の戦場となった欧州諸都市は大被害を受けた。英国ではこうした戦災と戦中か
らのベビーブームとを原因として学校建築が極端に不足した。たとえば、ロンドン北郊の地方政府
Hertfordshire County Council(HCC)では、財政難のなか1946年からの15年間で小・中学校を175
も作る必要があった。
【解説】
1964年初版で、1970, 72, 80, 84, 91, 99,
2007年に改訂・増補。本のタイトルに Ferry
and Brandon’s と書かれているが、これは原
著者の D.J. Ferry と80年版から加わった
P.S. Brandon を指す。英国内の大学をはじ
め世界の建築・不動産関係学科で、よく教
科書に採用されている。
図3.1 Cost Planning of Buildings Richard Kirkham 著、第8版、2007
このような建築プロジェクトの遂行において、当時の QS(積算士)は特殊な状況に置かれていた。
戦後の経済的混乱、工業化技術(軽量鉄骨プレハブ)等の伝統的でない設計の使用 2 、設備技術
等の登場による建築コストの上昇は、設計数量書の作成と工事の資金管理を行うという QS の伝統
学校建築をテーマに第二次世界大戦中(1942.1-1943.12)に行われたウッド委員会の報告書(1944 年)では、8’3”
モデュール・グリッドによるプレハブ軽量鉄骨建築を推奨していた。
2
- 32 -
的業務を困難にしていた。一方、公共建築の発注者には、空間と品質の標準に基づく高い精度で
の初期コストの予測が必要だった。同様に建築家側も初期設計段階でのコストアドバイスを QS に
求めた。このように QS には建築家との共働や、科学的分析に基づく、より総合的なコスト管理サー
ビスが求められていた。
ところで、ロンドン北郊の Hertfordshire は近くに建築関係のいくつかの研究機関があり、新しい
学校建築建設のためには、若く有能な人材が集まりやすい環境があった。ここで活躍した QS の一
人が James Nisbet(写真)である。彼はコストプランニングを最初に思いつき、広めた人物とされてい
る。
*
*
*
【解説】
Elemental Cost Planning を着想・
開 発 し た QS で 、 Ministry of
Education(1951),
“Cost
Study”,
Building Bulletin, No.4 , HMSO の著
者(写真は www.building.co.uk 及び
dalryburnsclub.org.uk)。専門誌が選
ん だ 60 年 代 の 代 表 的 業 界 人
(Building Hall of Fame)。
写真 James Nisbet (1920-2009)
Nisbet の QS としてのキャリアはスコットランドの地方政府からだが、1946年6月に HCC の QS ア
シスタントに採用される。そこで彼が携わった様々な学校のコストデータの詳細を集めてみると、標
準的方法で建てられる Hertfordshire の学校がなぜそんなにもコストが違うのかと疑問に思った。
「もし建物を設計や利用上の一般的パーツやエレメントに分解できたなら、それらエレメントのコスト
比較が可能になるに違いない!」。Nisbet は HCC での実務経験を経て、1949年12月には文部省
(MOE)の建築チームに参加する。MOE には HCC の同僚建築家 S.J. Marshall もいた。
文部省の学校建築予算の作成では、戦前は設計と積算に基づき、「容積法」による概算を用い
ていた。ところが1949年に変更となり、1席当りの建築費制限が設けられた。1950年に小学校では
195£、中学校で320£に設定された。そして翌年にはそれぞれ170£、290£、その翌年には140
£、240£へと削減された 3 。物価が高騰する時期に重なったため、この措置は50%のコスト削減に
等しかったという。だがそれが実際には達成されてしまった。ケンブリッジ大学の史家(N. Bullock)
は、達成できた理由の一つに、Nisbet ら文部省の建築チームが学校建築のコスト研究に成功し、
エレメンタル・コストプランニングが実現したことをあげている。
*
*
*
1951年3月に Nisbet が中心になり“コストスタディ”という24頁の短い公式報告が作られた。2年前
から不定期に文部省の建築チームがまとめた一連の報告書(Building Bulletin)の第4号である。彼
が HCC 時代に着想したエレメンタル・コストプランニングを事例分析と共に表すものだった。この報
告が英国内の建築専門誌 Architect’s Journal(AJ 誌)で注目された。以後、エレメンタル・コストプ
3
当時、インフにもかかわらず 1961 年までこのレベルは維持された。
- 33 -
ランニング関連の記事が盛んに書かれた。
エレメンタル・コストプランニングの真髄は、「もし建築家がある建物種類のコスト/空間/仕様の
関係に精通していれば、スケッチプランが即、最初のコストプランニングになる」というものだ。これに
よって QS の役割は、プロジェクトの初期段階でのコスト算出をより現実的なものにすること、調査終
了時のコスト計画(cost plan)立案、各設計プロセスでのコストチェック等に変わることになる。このよ
うな QS の活躍によって建築家は「ターゲットコストでの設計(designing to a target cost)」が可能に
なる。これは従来の工種別積算を担ってきた QS の業務を変えることを意味していた。
*
*
*
【解説】
英国の BCIS 社(RICS 傘下の情報提供会社)が
1969年以降作った概算用コスト情報を収集するた
めの書式を収めた82頁の薄い冊子。現在は第3版
(2008年)。RICS のメンバーQS の協力で実例情報
がこの書式に基づいて集められ、分析・活用される。
データベースには現在約17000物件の情報を収め
る。
図3.2 SFCA (Standard Form of Cost Analysis)
1955、56年の建築家の職能団体である RIBA 主催のカンファレンスは、コストプランニングの話題
で盛り上がったようだ。QS の職能団体 RICS に対し、早くこのシステムを取り入れるよう説く論者もい
たという。
しかし、AJ 誌や文部省の建築家主導で進むコストプランニングに対して、当初の QS の反応は冷
ややかなものだった。コストプランニングを QS の業務にされると、時間がとられそうなことや書類が
確実に増えることで、QS フィーの儲けが飛んでしまうことを懸念していた。1950年代まで QS の仕事
は工種別数量内訳の作成とそれへの値入れだけだったからだ。エレメント別の集計表では、同じ
項目がいくつかにまたがって出てきてしまう不合理を考える QS も多かった。1957年の RICS の「コス
ト研究パネル」では、Nisbet らがいう Elemental Bill やコストプランニングの手法を拒否する決議をし
ている。
*
*
*
1957年3月に“コストスタディ”の改訂版が出たが、153頁に増え事例も豊富 になっていた。翌
1958年9月の RIBA ジャーナルでは、内部委員会によるコスト研究が進行中とレポートした。このよう
に時代の要請はコストプランニングに向かっていた。日本にコストプランニングが紹介されたのはち
ょうどこの頃である。
ついに1961年、RICS の「コスト研究パネル」はエレメンタルなコスト分析やコストプランニングが標
- 34 -
準的な QS 業務になったことを認めた。そして組織傘下にコスト情報センターの BCIS 社(Building
Cost Informatin Service)を設立するに至った。1969年初版の図3.2 冊子は、BCIS 社が QS を通じ
てコスト情報を収集するための書式であり、コストプランニングには欠かせない存在になっている。
旧時代の QS から異端視されていた Nisbet は、やや遅れて1969-1970年に RICS の QS 部門
トップに就任したのだった。
参考文献
1.
Keith Potts, “The first estimate should equal the final account:quantity surveying and the development of
elemental cost analysis and cost planning”, COBRA2010, RICS, Sep.2010
2.
Nicholas Bullock, ‘Building the Post-War World: Modern architecture and reconstruction in Britain’,
Routledge, Taylor & Francis Group, 2002
3.
岩松準「建築コスト遊学 07:コストプランニングのための部分別数量書式」建築コスト研究 67, pp.44-48,
2009.10.
4 建設費の国際比較の方法(77号, 2012.4)
ふしぎなことに、建物は一般の貿易品とちがって海外との直接取引がないにもかかわらず、建設
コストの国際比較は古くからやられている。筆者が知るかぎりもっとも古いのは、「建築文化」1964年
8月号(no.214)に巽和夫氏(京大名誉教授)が書いた「日本の建築費は高いか」(建築経済 67) 4で
ある。その冒頭に次の一節がある。
「日本の建築費は諸外国に比べて高いのか安いのか」という議論をときどき聞くことがある。
高い派と安い派とが互いに自分の経験と感覚とを傾けてやりあう形になるが、いずれも論拠が
薄弱なのでうやむやのうちに終わることが多い。(中略)研究の蓄積は貧弱である。雑談に持
ち出すのには格好の話題であっても、実務上の切実な問題ではないとみられている。建築物
に国際的な流通、つまり輸出や輸入が行われないからである。
しかし当時は、「建築生産の近代化ないし工業化」が建設業界の向かうテーマとなり、「建築の生
産性を比較するとか、生産体制を調べるという仕事」の経路上に「建築費の比較分析」が必要と捉
えられていた。上のごとき「雑談的国際比較論」ではなく、「研究としてまともに取りあげねばならぬ
気運になってきた」と書いている。
世界的にも建築コストの国際比較研究は本格的にはこのころからのようだ。建築研究国際協議
会(CIB)という建築学者の伝統ある国際学会がある。「コスト比較の方法論」という第44作業委員会
5
が1963年に立ち上がっている。イギリス建築研究所の P.A.ストーン氏がアメリカとイギリスの国際比
較レポートをつくっていたことや国連委員会で欧州9ヶ国の住宅建設費調査報告(1963年)があっ
たことも巽氏は記述している。
*
*
*
巽氏は「国際比較のむずかしさ」について、①比較相手国(たとえばアメリカ)と日本を同じモデ
雑誌・建築文化の「建築経済コラム」は、1959.2~1983.12 の 24 年 10 ヶ月もの長期にわたるバラエティに富む連載
である。徳永勇雄、古川修、城谷豊、下総薫、巽和夫、土谷耕介、田島学、菊岡倶也、藤上輝之という建築経済学
のパイオニアを中心に、交代で執筆に当たった。建築コスト関連のテーマも多く取りあげられている。
5 CIB Working Commission W44: Methodology of Cost Comparisons が英文名。座長のイギリス人 E.Danter 氏
(Building Research Station)のレポートによれば、W44 は住宅建設コストの国際比較のため、欧州経済委員会
(ECE)の要請で設立。1963.11 から 1970 年頃まで活動。その後は W55 Building Economics が引き継ぐ。
4
- 35 -
ルで比較するのが普通の考えだが、実際には両国に同じ建築はない、②建築費を経済生活の体
系から評価して比較することが必要、③建築費単価が建築の質の高低と絡みやすい(あの建築は
金がかかっている、あるいは安物だ)等、雑談的国際比較論が陥りやすい欠点をいくつかあげてい
る。また、建築はがんらい個別性が極めて強いこと、各国の建築生産の諸条件(風土・技術・材料・
労働・伝統)を踏まえるべきこと、床面積のはかり方が違うこと(欧州系は内法、日本は心心が一般
的)等も指摘している。
巽氏は「材料費と労務費のみから構成される建築費の単純化されたモデル」による国際比較を
試みた。アメリカを100とすると日本の建築費は66~77の水準となるが、他の物価水準よりは高めと
いうのを一応の結論にしている。このことから、「つまり建築費が消費者物価水準と比較して高いの
はとりも直さず経済生活の体系からみて高いことを意味する。(中略)結局は面積の切りつめと質の
引き下げを伴う建築の貧弱化によってバランスをとることにならざるを得ない」と述べた。これは建築
費の水準を他の物価水準と比較することの大切さ(上述の②)とともに、その国際比較研究の意味
や意義にふれていると考えてよい。
*
*
*
本格的比較レポートは巽氏や古川修氏が建設省建築研究所でその当時取り組んだ日・米・英
比較のもの等があるようだ。その後のものはやや時代が下るが、「日仏工業化住宅のコスト比較」
(日本住宅公団建築部調査研究課、昭和48(1973)年6月)が手元にある。これは1970年パリ開催
の日仏建築工業化会議で日本側の提案で実現した国際調査のまとめである。報告書冒頭にある
フランス建築科学技術センター(CSTB)の M. Noel の言葉「一つの国においてさえ、厳密なコスト比
較が出来ると思うのは utopique-空想的-である」が印象的だ。主査は古川修・建設省建築研究
所(当時)である。
この研究では、3つのグループ作業が行われた。①建築材料価格、労賃の比較、②実例による
積算値の比較、③生産性に関する比較指標の検討。このうち①では、鉄鋼製品・化学製品・窯業
製品は日本がかなり安く、天然材料はほぼ同じ、石材・プラスター・塗料はフランスがかなり安いと
なった。価格を交換レートで換算することなく、主要材料品目の日仏それぞれの等価となる購買レ
ート(円/フラン)を算出し比較している。比較時点(1971年7月)の為替レート63円/フランのラインを石
材・プラスター・塗料を除く、大半の資材が下回っている。
表4.1 日仏比較の方法(実例による積算値の比較)
積 算
モデル
日 本 モ デ ル
仏 モ デ ル
日 本 積 算
仏 積 算
○
質
の
差
●
条件の差
○
○ 既存の積算
● 新しく実施した積算
←→ 比較検討の内容
ここで分析結果の詳細は語らないが、比較の考え方としておもしろいと感じるのは②である。日
仏両国で実際に建てられた中層の工業化住宅(建物モデル)をそれぞれ用意した。そして、日本
- 36 -
のモデルを日本で積算したもの<日本モデル-日本積算>、仏のモデルを仏側で積算したもの
<仏モデル-仏積算>、仏のモデルを日本で建設すると想定した場合の日本での積算<仏モデ
ル-日本積算>の3積算を実施した。当然、最後の積算がもっとも難しい作業になる。表 4.1のよう
に、1番目と2番目は住宅の質の差を建設費の差に代替させることで把握、つまり両国の設計や仕
様の差に注目し分析している(躯体に大差はないが、仕上は日本がキメ細かいなど)。また、2番目
と3番目は住宅を生産するための社会的条件の差(材料・労務等経済環境、生産技術、生産組
織・体制)の把握が行われた。なお、各々の積算では各内訳項目を材料と労務の構成比を示して
いることや、壁・屋根・床等の部位別にも内訳を作り、そのレベルで検討していることも参考になる。
*
*
*
90年代に入ったころ、日米の建設摩擦問題から、いくつかの国際比較調査が行われた。その経
緯については連載 No.9「日米構造問題協議と建設内外価格差」でふれた。この時は国、業団体、
調査機関が数多くの調査レポートを作成している 6。
1994年12月公表の建設省報告書での比較方法は、上述の用語でいえば、住宅と非住宅という
2つの日本モデルに対し、日米それぞれで積算をして単純比較したものである。今、その報告書を
眺めると、問題背景や時代気分のせいか、アメリカと比べて何がどれほど高いか低いかに強い焦
点が向けられていることに気づく。その後ほぼ5年おきに行われたフォローアップ調査も基本的には
同じ方法が採られた。
*
*
*
以 上 は、日 本 を対 象 に研 究 的 レベル
で実施された建設 費の国 際比較調 査を
テーブル1 コストモデルの概要
みた。しかし海外では民間建設コンサル
タントや出版社がこの種の情報を頻繁に
平屋建て工場・自己建設・自己所有
規 模
事務所部分
工場部分
合計
取り扱 う。よく知られたものに、アメリカの
建 設 コンサルタント Hanscomb 社 (のち
Faithful+Gould と社名変更)が、建設コス
ト ブ ッ ク の 出 版 社 R.S. Means と 共 に
主な仕様
事務所部分
工場部分
“international construction intelligence”
というニューズレターを出していた 7 。その
中で不定期だが継続的に、事務所や集
合住宅や工場等の建設コスト比較記事が
ある。“値入モデル”は図 4.1のようなもの
で、工場建築の例を示す。事務所部分と
工場部分からなる13,900㎡の建物で、規
図4.1 コストモデルの例(言葉と数字で説明される)
出典:Faithful+Gould with RSMeans, International Construction
Intelligence, Vol.20, Issue 2, March/April 2008
模・仕様・設備等が言葉と数字のみで説
明される。このモデルに彼ら独自の情報ルートを使い、仮定の値入れを行って税金等を除く建設
建設物価調査会「建設生産物価格の国際比較調査報告書」
(平成 4(1992)年 4 月;研究会委員長:徳永勇雄・明治
大学教授)のほか、BCS 会員企業やシンクタンクの報告がある。この頃までにはゼネコンも海外の経験を深めており、
内外実態に踏み込んだ報告がある。
7 1990 年の発刊当初から Vol.17(2005 年)までは“Hanscomb/Means Report( HMR )”と称していた。編集は Thomas
E. Wiggins 氏ら。2009 年の Vol.21, No.2 以後は郵便廃止し、Faithful+Gould 社のウェッブページ上でのみ公表。
Quarterly の Parity Index 等がある。
6
- 37 -
工事費を算出し、欧州・米大陸・環太平洋の約30ヶ国を比較する。この時はアメリカを100とすると
日本は133.6という結果だった(なぜか、常に日本の数字は高めに出ている)。
そのほか、イギリスの出版社 SPON の積算書籍(Spon’s European Construction Cost Handbook
ほか)に は、代 表 タ イプの 建 物 の 価 格 帯 が 示 され る 。同 じイギリ ス系 の会 社 ・ 機 関 と なるが 、
Gardiner and Theobald の International Construction Cost Survey、EC Harris の International
Building Costs、BCIS の Asia Building Construction Survey 等のレポートには、床面積当り単価の
国際比較結果が載る。これらは主な建物タイプとグレード別に、価格帯を示す方法を採る。各国の
建設コストの“相場観”がつかめるから、厳密な比較ではなく投資先の検討に使う程度ならば、じゅ
うぶん実用的ともいえよう。
*
*
*
国際機関が絡み、一定の方法論のもとに大規模かつ継続的に実施されるものとして、世界銀行
や 経 済 開 発 協 力 機 構 ( OECD)が 行 う“国 際 比 較 プログ ラム ”( ICP: International Comparison
Program)をあげるべきだろう 8 。これは多国間・多分野の物価比較事業であり、建設分野はその一
部ということになる9。ICP はそもそも、1950年代に国際間の真の GDP ボリュームの把握や通貨価値
の比較のために、欧州で経験的アプローチから取り組まれ始めたものである。為替レートではなく、
購買力平価(PPPs: Purchasing Power Parities)の算出が目的である。
方法論的な確立をみたのは、1960年代にフォード財産と世界銀行のバックアップのもと、ペンシ
ルバニア大学の経済学者 Irving Kravis 博士や国連統計局(UNSD)が取り組んだ研究である。公
式の ICP は1970年から先進10ヶ国を対象に始められた。以後、3~5年のインターバルで行われて
いる10 。日本は第3期事業(1975年)からの参加であり、総務省統計局を中心に関係府省の協力の
欧州を中心とした先進国に限ったものは「Eurostat-OECD PPP Programme」と呼ぶ。日本はこちらも参加。1980
年以後の実施だが、両者は緊密に行われている。(表 4.2 参照)
9 世界 146 ヶ国が参加した ICP2005 年ラウンドの結果によれば、建設業は対 GDP 比 11.9%(平均)で、世界経済に
占める割合は大きい。146 ヶ国の 2/3 は 9~18%に入り、ナイジェリアが 1.6%で最も低く、ブータンが 38.7%で最も
高い。世界の建設投資シェアでは中国が 29.8%、続いてアメリカ 15.2%、日本はインドと並ぶ 5.6%で 3 位。総額は
8.81 兆 international$。(P. McCarthy(2011) p.3 & p.14)。なお、こうした果実とは別に、比較結果の建設コスト水
準の国際比較精度に関し、建設分野の研究者からの批判がないわけではない。
8
表 EU 諸国と日本の大手建設企業「売上高」の比較(2009 年度)
企業数 売上高(単位 10 億円:1Euro=130 円で換算)
(社) 合 計 最小値 中央値 平均値 最大値
1 Austria
6
2,832
57
275
472
1,693
2 Belgium
5
1,000
85
208
200
273
3 Czech Republic
1
144
144
144
144
144
4 Denmark
3
339
85
95
113
159
5 Finland
4
842
50
171
210
449
6 France
37
19,865
50
123
537
4,220
7 Germany
16
6,055
49
105
378
2,674
8 Greece
1
123
123
123
123
123
9 Hungary
1
58
58
58
58
58
10 Italy
18
1,851
53
84
103
352
11 Netherlands
10
3,411
94
231
341
1,086
12 Norway
3
470
79
138
157
252
13 Poland
7
682
50
104
97
159
14 Portugal
7
878
61
104
125
277
15 Spain
23
9,739
47
119
423
2,029
16 Sweden
4
3,044
306
532
761
1,674
17 Switzerland
8
675
47
67
84
220
18 UK
46
9,091
47
133
198
1,508
EU 諸国合計
200
61,099
47
115
306
4,220
日本(上位 50 社計)
50
16,005
102
202
320
1,412
日本(上位 100 社計)
100
19,161
29
107
192
1,412
日本(上位 150 社計)
150
20,264
3
59
135
1,412
国名
10
(注)為替換算値は外為法に基づく 2010 年 3 月中適
用の裁定外国為替相場(日本銀行、財務大臣)
また、データ出典は次の通りで、筆者集計値。
欧州:Building Magazine2011.1.21 記事: ”European
League Table”。N=200。
日本:日刊建設工業新聞社まとめ 2010 年 3 月期の主
要建設会社の単独決算。日本は 169 社のデータから
売上高上位 50, 100, 150 社の集計値を計算。
OECD のプログラムはほぼ 3 年毎。一方、世界銀行が中心の ICP はやや不規則。進行中の ICP2011 年ラウンドは
- 38 -
下で進められた。
ICP の作業は基本的に物価測定と似ており、国際機関が用意する約3,000のリストの中から各国
の GDP を構成するバスケット(買い物かご)の代表品目を選定し、その価格とウェイトの調査が行わ
れる。建設分野は総固定資本形成の一部という位置づけであり、集計単位(ベーシック・ヘッディン
グスという)は国際標準産業分類(ISIC)に従い3つ(住宅・非住宅・土木)である。それぞれに対し
複数個の“数量書モデル”が用意され 11 、これに日本の調査した価格データを入れ提出する。この
方法を「数量書(BOQ: Bills of Quantities)アプローチ」とか「標準プロジェクト法(SPM: Standard
Project Method)」と呼び、長らくこの方法が採られてきた。
表4.2 日本の内外価格差(OECD 平均=100)の推移(Eurostat-OECD PPP Programme の各ラウンドのまとめ)
総生産(GDP)
消費(CONSUMPTION)
総固定資本形成(GFCF)
うち建設(Construction)
うち住宅(Residential)
うち非住宅(Non-residential)
うち土木(Civil engineering)
うち機械・設備(Equipment)
80 年
(18)
106
109
110
-
-
-
-
-
85 年
(22)
110
105
126
-
-
-
-
-
90 年
(24)
119
122
116
130
133
112
145
103
93 年
(24)
147
150
146
155
148
119
195
134
96 年
99 年
02 年
05 年
08 年
(32)
(43)
(41)
(55)
(50)
138
143
144
126
110
144
153
146
127
112
127
129
151
127
110
136
146
149
118
108
非公表 非公表 非公表 非公表 非公表
非公表 非公表 非公表 非公表 非公表
非公表 非公表 非公表 非公表 非公表
115
115
153
142
114
(注) OECD の Purchasing Power Parities and Expenditures(http://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=PPP2008
から最新の数値は入手可)から、Comparative price levels of final expenditure on GDP at international prices
(OECD=100)表等より抽出。80、85 年は長岡貞男『内外価格差の経済分析:生産性からのアプローチ』 , NTT
出版, 1999.11.15, p.22 より。年代の下の括弧書きは比較参加国数(02 年は別文献からの推定)。数値は OECD
平均を 100 としたときの日本の各区分の物価水準を示す。近年、建設分野は健闘している。
*
*
*
ところがこのやり方は手間がかかる欠点があった。1つの数量書モデルで数頁の数量内訳書へ
の値入れが必要だった。参加国は全てのモデルに値入れする必要はないが、他の財の調査に比
べると手の込んだ作業を必要とした。そこで、2002年3月にワシントンの世界銀行において、建設分
野の ICP 測定法に関する国際会議が開催された。
180 ヶ国余が参加。
11 ICP2005 年ラウンドの建設分野の数量書モデルは 16 個。モデルの内容や数はしばしば変更される。①住宅:01.
European single-family house, 02. Portuguese single-family house, 03. Nordic single-family house, 04. Apartment in
a multi-apartment building, 05. North American single-family house, 06. Japanese single-family house, 07.
Australasian house, ②非住宅:08. Agricultural shed, 09. European factory building, 10. Office building, 11.
Primary school, 12. Japanese factory building, ③土木:13. Asphalt road, 14. Concrete road, 15. Bridge, 16. Concrete
main sewer。
- 39 -
会議では欧州連合統計局(Eurostat)からいくつかの提案があった。ひとつは、全ての内訳項目
でなくても、主要な40%のアイテムだけの値入れで建物価格の85-95%がカバーできる(従って、残
り60%の値入作業をやっても5-15%の価格を説明するに過ぎない)との主張である(図4.2)。もう一つ
は、世界で一律に設定された“数量書モデル”が指し示す建設工事の内容が、アフリカや環太平
洋や西アジアの諸国では一般的ではなく、それら諸国が値入れするためには複雑な作業が必要と
いう問題があった。要するに、複雑な数量書に値入れできる技量をもつ国がそう多くはないのだ。
そ こ で 提 案 さ れ た の が 「 建 設 コ ン ポ ー ネ ン ト の バ ス ケ ッ ト ( BOCC: Basket of Construction
Components ) 」 と い う 方 法 で あ
る。
これは一般消費財の物価測
Value
100%
定法とある意味で似ている。消
75%
費財は無限にあるといってよい
ほど多 い ので 、物 価 指 数 の 測
50%
定では全体での購買ウェイトの
大きなものを選び価格調査を行
25%
っている。同様に、建設 ICP の
価 格 調 査 は 22 の 材 工 単 価
0%
0%
25%
( composite component ) と 、 材
料費6、機械設備費4、労務費2
50%
75%
100%
Ite ms
図4.2 値入れアイテム数と総額のパレート図(Stapel(2002))
か ら な る 合 計 12 の 基 礎 単 価
(basic input component)だけを行い、これらのコンポーネントを3つのベーシック・ヘッディングスに
対応する組み合わせでウェイト付けして集計する。BOQ アプローチに比べ、シンプルでコストレスな
方法になっている。
2つの提案のうち、最初の提案は基本的に BOQ アプローチを採る OECD の作業で、また後者の
BOCC はより多くの国々が参加する世界銀行の ICP 作業で2005年から取り入れられた。
*
*
*
以上のように、建設費の国際比較はいろいろなところがいろいろな考え方で実施していることが
おわかりいただけたと思う。
参考文献
1.
Paul McCarthy, “Chapter 13: Construction”, ICP Book: Measuring the Size of the Wo rld Economy, Edited by
World Bank, 2011
2.
Silke Stapel, "The Eurostat construction price surveys: History, current methodology and new ways for the
future". International conference on ICP, World Bank, Washington, DC, March 11 –13, 2002.(会議論文)
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