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新・百物語 その二十九 「雪中の美人の話」
新・百物語 その二十九 「雪中の美人の話」 畠山 拓 「雪女」に類する、民話・伝承は多いだろう。恐ろしいものばかりではなく、悲し い物語もある。友人のもの書きに「怪談には悲しみを入れると、味わいが深まる」 と、言うと「なるほど」と、納得してくれた。お調子者の私はさらに「ノスタルジ ーも少々」などと言ったが、煩がられたかも知れない。 男は夜道を歩いていた。冬の最中である。 ある廃寺の前に女が佇んでいる。寒さの中に薄物の着物を着ているだけだ。良く 見ると大層美しい。男は思わず足を止めて、声をかけた。 「その寺は誰も居ない。こんな夜更けに何か用事か」 女は黙ったまま、じっとしている。見れば見る程よい女だ。 「そんなところに居たら、凍えて死んでしまう」 すっかり女に興味を持った、男は親切心も働いて、自分の家に誘った。 男の貧しい家だが、雪の中よりよほど良い。温かい囲炉裏もある。 「こっちに来なされ」と、促しても、女は遠慮してか、火に近づこうとしない。 男は女の気を引こうとしたのでもないが、親切に湯を沸かし、風呂の用意をした。 冷たい体を温めたら、女も少しは元気になるだろう。火に寄れと言っても、風呂に 入れと、話し掛けても女は黙っている。ついてきていながら、用心しているのか。 自分は怖い者ではない。同情したのに用心されては心外だ。 男は何だか、自分が馬鹿にされているように感じ、腹が立ってきた。 「わしは見てのとおりの、貧乏人だ。難儀しているお前さんを見て、風呂も沸かし た。人の親切は受け入れるものだ」 「分かりました」と、女は手をついてお礼をいい、風呂場に入っていった。 女はいつまでも上がってこない。心配になった男は決心して、中をのぞいた。 女の姿はなく、湯船には女の櫛か浮いていた。 それから暫らくして、男は廃寺の前を通ると、女が佇んでいた。 何時かの女かと思わず駆け寄ってみると、身の丈ほどの氷柱が雪の中に立ってい た。軒先から折れて落ちたのだ。 男のお節介が、氷の聖を溶かしてしまった。悲しいような寂しい話だ。 夜中に大きな氷をひとつ、グラスに入れ、ロックのウイスキーを飲んだ。ほんの 悪戯で、飲み終えたグラスの氷を湯船に浮かべた。 遠い昔、水死した近所の女の子を思い出した。 「雪女」は恐ろしい話ばかりではない。 「酒を飲んで、風呂に入るのは良くないよ。死ぬよ」 下戸の友人は、私を脅した。