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「博士論文(要約)」 東京大学博士論文 経済グローバル化による米国対外

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「博士論文(要約)」 東京大学博士論文 経済グローバル化による米国対外
「博士論文(要約)」
東京大学博士論文
総合文化研究科
国際社会科学専攻
経済グローバル化による米国対外経済政策決定過程の変容
労働組合の分析を中心に
2014 年 5 月
冨 田
晃
正
米国の通商政策は、グローバルな貿易システムにおける中心的地位を占めている。それ
は米国経済の規模と、米国の国際自由化のリーダーとしての伝統的な役割に起因する。そ
うした国際通商システムに対して、最も大きな影響を与える米国通商政策で、1990 年代以
降、経済グローバル化の進展により、通商政策の形成過程において影響力を行使するアク
ターが、労働組合や環境団体、そして人権団体等にまで拡大したことによる、通商政策の
決定過程の変化が見られる。これは、民間アクターの中では企業が最も影響力があった米
国の通商政策に変革をもたらした。同時にまたこのことが、1934 年の互恵通商協定法の成
立以降、議会から大統領への貿易交渉権限の委譲、いわゆるファスト・トラック権限とい
う、米国の自由貿易政策を支えた通商制度を揺るがす要因ともなっている。しかしながら
既存の米国通商政策研究の多くは、通商政策に影響する民間アクターとして、「企業」に
のみ分析対象を絞る傾向があり、上記のような変化をその分析対象に含んでいない。
1950 年代中期、経済学者サイモン・クズネッツ(Simon S. Kuznets)は、経済発展と所
得格差の関係を有名な逆 U 字型曲線で示した。これは経済が成熟していくと、所得格差も
縮小するとの理論である。経済の初期段階では、人々は自給自足農業から産業へ移行する
につれて、不平等の度合いが増す。しかしながら、その後社会が成熟すると地方と都市の
所得の差が減少し、政府がより再分配を多く実施することで、不平等度が下がっていくと
いうことである。以後、このグスネッツ曲線は、不平等を理解するための経済学者達の指
針となった。ところがレーガノミクスの洗礼を受けて以降、米国では逆 U 字型曲線が反転
し、所得格差の拡大がはじまった。中間階層の崩壊がはじまり、格差拡大は耐え難いレベ
ルに達している。そうした状況の中、「雇用」の問題に直結する通商政策に対して、米国
国民の注目度はますます増大していくことが考えられる。そうした観点からも、米国通商
政策の適切な理解の必要性は増している。
よって本稿では、新しく通商政策の形成過程において影響力を行使しているアクターの
中でも、近年、特に米国通商政策において影響力を示している労働組合に着目することで、
経済グローバル化の進展によって米国通商政策に生じた変容を考察している。
ここでは、組織率の漸進的な低下等の、影響力を示す上で一見不利な状況下にあると考
えられる米国労働組合が、通商政策において「影響力」を示すことができるのはなぜか?
という作業上の「問い」を、経済グローバル化の進展が、労働組合に与えた影響の観点か
ら考察した。これにより、グローバル化が進んだ 1990 年代以降、議会から大統領への貿易
交渉権限の委譲という、長年、米国の自由貿易を支えてきた制度が揺らいでいるのはなぜ
か、という本稿の問いに対して、通商政策決定過程に影響力を行使するアクターの拡大が
最大の要因であることを提示したのだった。
具体的には、米国労働組合にとって最大の目的である、雇用確保を実現するための行動
が、経済グローバル化の進展により変化していることが、労働組合の影響力の確保に貢献
していることを示した。その変化とは、①政策選好の変化、②連携相手の変化、の二つで
ある。第一に、経済グローバル化の進展により、労働組合と企業間の通商選好の亀裂が拡
大し、労働組合は以前のように、同一産業の企業と連携しての通商政策への働きかけが困
難になったことを指摘した(「政策選好の変化」)。第二に、経済グローバル化の進展に
より、企業との連携を解消した労働組合が、NGO、特に環境団体と連携活動を行っていく、
「連携相手の変化」に着目して、米国労働組合が通商政策において影響力を示す上で貢献
していることを明らかにした。
ここでとりあげた、1997 年から 98 年にかけてのファスト・トラック権限承認問題を観
察すると、ファスト・トラック権限獲得を推進する企業側に対して、労働組合や環境団体
の反対派は勝利し、自らの選好反映を実現していることが明らかになった。また、そうし
た勝利の背景には、経済グローバル化の進展により、従来までの企業との連携を解消せざ
るをえなくなった労働組合が、新たな連携相手として選んだ、環境団体等との連携活動が
効果的に働いていることも分かった。こうした企業や農業団体以外の民間アクターが、通
商政策の決定過程で影響力を示すことが、議会から大統領への貿易交渉権限の委譲という、
自由貿易政策を支えてきた米国の通商制度を揺るがしている要因であることが示された。
なお、米国内において大統領に貿易交渉権限が不在であることの、国際的な影響力は大
きい。ファスト・トラック権限法案が争点となった時に、ニューヨーク・タイムズが「他
の国が今回の米国議会の行動を自らの市場閉鎖をそのままにしておくことの言い訳に用い
る可能性がある」と警鐘を鳴らしていたが、それは現在でも当てはまる。つまりは、議会
の保護貿易勢力から守られなくなった米国通商政策決定過程は、自由貿易政策の実施が困
難になることに加えて、保護貿易的な政策を展開する可能性も高めているのである。過去、
米国は何度も保護貿易への誘因に打ち勝ち、自由貿易の旗手として開放的な国際通商体制
を作り出してきた。今後も、そうした行動を取れるかどうかの最重要ファクターとして、
労働組合や環境団体といった団体がある。そうした団体にどのように対応していくのかが、
今後の米国通商政策、そして国際通商体制をも大きく左右するだろう。
さらに、今後は、より企業集団と、労働組合や環境団体等の自由貿易反対派の対立が、
激化することが予測できる。今日の米国企業は、激しいグローバル競争に晒され(ライシ
ュは「超資本主義」と呼ぶ)、今まで以上に利益を上げることに厳しい状況下に置かれて
いる。このような状況においては、企業は自らのコストとなる労働組合や環境団体の言い
分を考慮することが益々困難になっていくことが予見される。それゆえ、今後自由貿易的
な通商政策を展開していこうとすれば、両陣営の落としどころを見つけるためにも、大統
領を初めとする政治家達に極めて繊細な政治的手腕が必要となってくるだろう。
また、グローバルな通商システムを先導してきた米国の通商政策が、どのような方向に
進むかは、今後のグローバル化の行く末を考察する上でも非常に重要である。2008 年に発
生したリーマン危機による世界的な経済縮小により、2008 年から 09 年にかけて国家間の
貿易や資本移動が急に落ち込んで打撃を被り、北米とヨーロッパの企業のうち 4 分の1近
くがサプライチェーンの活動を減速させた。このように現在は、一時的にグローバル化を
停滞させるような状況が生じているが、依然としてグローバル化を下支えする様々な力は
衰えていない。企業は、世界に広がるサプライチェーンを頼りに競争力を維持し、海外市
場に進出して収益を伸ばしている。
このように、基本的にはグローバル化を促進する勢力及び流れは堅固なものであるが、
こうした流れを一時的、もしくはより強い勢いで逆向させる可能性が、議会から大統領へ
の貿易交渉権限委譲を妨げた、米国の労働組合及びそれに代表される反自由貿易連合には
ある。それは、本稿で見てきたような 2009 年のバイ・アメリカン条項や、対中タイヤ・セ
ーフガード発動といった、保護貿易勢力の力によって米国の対外政策が決定づけられたい
くつかの事例からも明らかであろう。また、実際に、グローバル化を抑制するような動き
が、政治的な流れとして現在出現してきている。一例として 2012 年度の大統領選挙におけ
る、民主党のオバマ候補(現大統領)による、製造業の国内回帰政策の打ち出しがある。
彼は、国内に拠点を置く企業の優遇措置などで、4 年間で 100 万人の製造業の雇用拡大を目
指すと述べている。同時にまた、2012 年共和党大統領候補のミット・ロムニー(Mitt Romey)
の過去の投資ファンド時代の活動を、「中国への雇用移転の先駆者」と批判するなど、グ
ローバル化を抑制するような政策を提唱している。他にも、2012 年 12 月には、1990 年代
半ばから海外(特に中国)への直接投資を増大させ、当地を Mac の生産工場の中心として
きたアップル社が、今後はその生産拠点を米国国内に戻すことを決定するなど、製造業の
国内回帰の動きも見られるようになってきているのである。
今後、グローバル化はどのような道を辿るのだろうか。更なる隆盛を迎えるのか、一気
に衰退することはないが、一時的には後退をしながらも進んでいくのか、それとも停滞を
迎えるのだろうか。そうしたグローバル化の行く末においても、今回見てきたような労働
組合や、環境団体等の反グローバリゼーションを唱える団体が果たす役割は、無視できな
いものであり、今後の活動を見守る必要がある。
さらに、通商政策における反自由貿易連合の拡大は、集合行為理論に基づく古典的な通
商政策理解にも疑問を投げかける。シャットシュナイダー以来、自由貿易による恩恵は広
く国内に分散されるのに対して、その不利益は特定の人たち及び集団に集中するため、ロ
ビー活動を活発に実施するのは、自由貿易に反対する集団である。そのため、多元主義の
国家ではどうしても保護主義的な政策が採用される傾向があるので、自由貿易を推進する
にはそうした勢力から通商政策を「保護」するような制度的な対応が必要である、との前
提に立ってきた(こうした前提を基に、議会から大統領に貿易交渉権限を委譲するファス
ト・トラック権限の制度も設立されている)。ここで前提とされているのは、例え明示的
ではなくても、多数の人々は自由貿易を支持しているということである。
しかしながら、通商政策に労働や環境といった、従来貿易とは関係ないと思われていた
イシューが関連を有するようになってきたことで、労働組合をはじめ、環境団体、そして
消費者団体が、自由貿易の進展に異議を唱える米国の現状は、上記前提に疑問を投げかけ
る。現在の米国において、自由貿易の進展が阻害される状況というのは、従来のような一
部の産業による政治的ロビー活動の結果ではなく、世の中に広く自由貿易への懸念が存在
しており、そうした声を労働組合や環境団体が吸い上げている可能性があるからである。
こうした考えを裏付けるように、近年の世論調査において、自由貿易の推進に対する警戒
心が高まっている様子が見てとれる。例えば、2009 年に CBS が実施した世論調査による
と、自由貿易を支持する割合 28%、何らかの規制が必要であるとの立場 60%、分からない
12%との結果が出ている。また、1993 年以来、貿易が米国経済の成長にとって有用である
と考えるか、それとも脅威であると考えるか、という世論調査をギャロップ社が実施して
いる。それによると 2004 年には、
米国経済にとって有用である(49%)、脅威である(41%)、
その他(10%)だったものが、2006 年には、有用である(44%)、脅威である(48%)、
その他(8%)となり、貿易を脅威と考える人の割合が有用であると考える人の割合を超え
ている。さらに 2008 年の調査においても、有用である(41%)、脅威である(51%)、そ
の他(8%)と、こうした傾向は続いている様子が見てとれ、限定的ではあるが世の中に自
由貿易に対する懐疑が広まっている可能性を示唆する。
なお、こうした自由貿易に対する警戒心の高まりは、組織率の低下に苦しむ労働組合が
なぜ、通商政策の領域で影響力を行使できるのか、という疑問の解決にも繋がっている可
能性をも示す。それは、組織率の低下を理由に、様々の領域でその政治的影響力の低下を
叫ばれている米国労働組合だが、こと通商政策の分野に限っては、自由貿易の拡大に懐疑
的な世論と自らの選好が一致していることが、彼らの影響力を高めているということであ
る。つまりは、自由貿易に懐疑的な声が主流となっていることが、労働組合の政治的影響
力の向上に役立っている可能性があるのである。
勿論、現時点では確定的なことは言えないが、もし、こうした考えが正しいのならば、
集合行為理論に基づく従来の通商政策研究の枠組みは、再考を余儀なくされることも想定
できる。その意味でも、米国通商政策における、労働組合や環境団体の活動に注視してい
く必要があろう。
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