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失われた20 年~資本市場停滞の要因 ⑧

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失われた20 年~資本市場停滞の要因 ⑧
金融資本市場
2012 年 11 月 5 日
全 10 頁
失われた 20 年~資本市場停滞の要因 ⑧
日本人の経済行動に内在する要因~家計はなぜリスク回避的か
金融調査部1
[要約]

バブル崩壊後、日本経済は成長が滞り、「失われた 20 年」と評されることも多い。そ
の中でも、資本市場の停滞は目を覆うばかりである。資本市場の活性化の必要性につい
ては、幾度となく問題意識が提起されたにもかかわらず、いまだ抜本的な解決策は見つ
け出せていない。

今回、大和総研金融調査部では、資本市場における「失われた 20 年」を振り返り、停
滞要因の整理を試みた。本質的な問題点を洗い出し、今後、実効性のある活性化策を議
論する際の土台とすることが目的である。

第3章5節では、かねて指摘されてきた、家計のリスク回避志向や、起業家精神の欠如
など、資本市場への参加を阻んでいるとされる日本人の行動形態を探る。家計のリスク
回避傾向の背景には、①期待収益率の低迷、②所得環境の悪化、③高齢化の進展、とい
った 90 年代以降の環境変化によるものと、④日本特有の富裕層の性質、⑤土地本位主
義の発展、⑥終身雇用システムの存在、など長い時間をかけて形成されてきた社会構造
における要因が指摘される。さらに、預貯金選好の背景として、⑦金融知識の欠如、あ
るいは⑧歴史的な政策誘導、の存在を指摘している。

さらに、ベンチャー活性化が図られない要因とも指摘される「アニマルスピリット」の
欠如について、若干の考察を行った。
1
執筆者は、保志泰、中里幸聖、菅野泰夫、太田珠美、奥谷貴彦、佐川あぐり、矢作大祐(以上、金融調査部金
融調査課)、鳥毛拓馬(金融調査部制度調査課)、島津洋隆(調査提言企画室兼金融調査部金融調査課)
株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー
このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する
ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和
証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。
2 / 10
[レポートの構成]
第1章
序論
1-1.
資本市場の現状に対する問題意識
(保志
1-2.
資本市場活性化の必要性
泰) ··················(①)
第2章
(保志
泰) ··········(①)
資本市場の「失われた 20 年」を振り返る
2-1.
資本市場および経済環境の変化
(佐川
2-2.
市場参加者の行動変化
大祐) ··················(②)
2-3.
リスクマネー供給停滞の影響
2-4.
政策対応の足取り
第3章
(矢作
(鳥毛
(奥谷
あぐり) ········(②)
貴彦) ············(②)
拓馬) ······················(③)
「失われた 20 年」の原因を探る
3-1.
マクロ経済的な背景
3-2.
金融機関行動が引き起こした影響
(菅野
泰夫) ········(⑤)
3-3.
公的金融システムが及ぼした影響
(島津
洋隆) ········(⑥)
3-4.
政策立案における問題
3-5.
日本人の経済行動に内在する要因
第4章
(太田
珠美) ····················(④)
(中里
幸聖) ··················(⑦)
(保志
泰) ···············3
突破口に関する検討
突破口を探る上で重要な視点(保志
泰) ················(⑨)
(当レポートは分割版であり、ページ番号に括弧書きをしているものは、当該番号のレポートを参照されたい)
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3-5.日本人の経済行動に内在する要因
資本市場の活性化には、最終投資家である家計からの資金供給が必要というのは一致した考
え方であろう。「失われた 20 年」の間も、ほぼ一貫して家計の資金誘導の必要性が議論されて
きた。「貯蓄から投資へ」のキャッチフレーズも、預貯金選好の強い家計の資金をリスク資産
投資へと誘導すべく作られた言葉である。しかし、いまだに本格的なシフトが起きる気配がな
いばかりか、リーマン・ショック後は、一段とリスク資産投資、とくに株式投資離れが進んだ
感がある。また、家計による直接的投資の停滞を所与として「市場型間接金融」こそが目指す
べき理想形と唱える向きもあったが、やはりリーマン・ショック後の証券化市場の収縮を経て、
現時点では、その議論も沈静化している。
(1)日本の家計はリスク資金の出し手(投資家)になり得るか
日本の家計金融資産に占めるリスク資産(株式・出資金、債券、投資信託など)の割合はバ
ブル絶頂期のピークには 3 割を超えた時期もあったが、1990 年代以降は、株価の下落に伴うか
たちで低下し、リーマン・ショック以降は 1 割強の水準で推移している(2012 年 6 月末 12.1%、
日銀資金循環統計)。欧米先進国の家計におけるリスク資産運用の比率は、概ね 3 割から 5 割
である(英国では直接のリスク資産保有は 1 割強にとどまるも、年金・保険の比率が 5 割を超
える)。中でも米国では 53.3%(2012 年 6 月末、FRB “Flow of Funds”)と、家計のリスク
資産選好が際立って強い。こうした内外の家計のビヘイビアの差は何に起因するのであろうか。
日本の家計は、このままリスク資産投資を敬遠し続け、資本市場への資金供給者とはなり得な
いのだろうか。まずは、リスク資産投資を遠ざけている要因を整理してみたい。アプローチと
して、(a)1990 年代以降の経済環境変化によるもの、(b)日本社会特有の構造によるもの、
という二面からの整理に加え、とくに(c)預貯金偏向の背景、について検討を加えた。なお、
家計からの視点は、第 2 章 2 節あるいは第 3 章 1 節においても議論しているが、本節では、さ
らに包括的に捉えてみたい。
(a)1990 年代以降の経済環境変化によるもの
①期待収益率の低迷
日本の家計の資産選択動機として、かねてより「安全性」や「流動性(換金性)」の優先度
が高いと考えられてきた。しかし、バブル崩壊後にリスク回避傾向が強まった最大の要因は、
やはり収益性の低下であろう(図表 3-5-1 左図)。TOPIX など市場指数が大幅に下落する中では、
バイ・アンド・ホールドの投資スタイルで収益を獲得するのは容易でなかった。2000 年代前半
などに収益性が高まる時期もあったが、リーマン・ショックによる株価急落と、その後の株価
回復の鈍さは、投資家の期待収益率を激しく悪化させ、株式離れを加速させたと考えられる。
1990 年代以降、株価低迷の時期があまりに長期化したことを背景に、株式投資による「成功体
験」が不足しているため、理論的・客観的な期待収益率が高まったとしても、投資家の期待感
4 / 10
が高まらない状態に陥っている可能性がある。ただし、アンケート調査からは、最近において
「安全性」や「流動性」を挙げる比率は安定もしくは低下しており、それに対して「収益性」を
挙げる割合が僅かながら高まっているところは、若干の変化の兆しと捉えられるかもしれない。
図表 3-5-1 安全性・流動性偏重で来た 20 年
金融商品の選択基準の経年変化
60
(%)
世帯主年齢別の金融商品選択基準
安
全
性
40
流
動
性
収
益
性
20
0
77 80 83 86 89 92 95 98 01 04 07 10
そ
の
他
0%
20%
20歳代
14.9
30歳代
17.5
(2011年)
40%
60%
44.7
43.7
80%
23.4
25.3
100%
17.0
13.5
40歳代
21.0
46.8
21.6
10.6
50歳代
19.2
48.8
22.9
9.1
60歳代
18.2
49.6
23.6
8.6
70歳以上
18.2
48.5
25.2
8.1
収益性
安全性
流動性
その他
(出所)金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」(平成 23 年、平成 24 年)より大和総研作成
②所得環境の悪化
デフレが長期化し、家計の所得環境が悪化する中、家計の貯蓄において、予備的動機が強ま
っていると考えられる。すなわち、賃金(収入)の伸び悩みや雇用不安が広がる中、将来の所
得不安定化に備える貯蓄、言い換えれば将来の必需的消費を支えるための貯蓄が志向されてき
た可能性がある。そうした貯蓄については、安全性が優先され、リスク資産投資には振り向け
られにくい。リスク資産投資に向かう資金は、必ずしも必需的消費に回すことを想定していな
い貯蓄であり、現状および将来の生活について余裕がない状態では、増加を期待し難いと言え
る。
③高齢化の進展
1990 年代以降の経済停滞の一因として人口高齢化が挙げられる。日本の老年(65 歳以上)人
口およびその比率は戦後一貫して上昇を続けており、直近では 20%を超えている。この人口高
齢化の中で、家計金融資産も高齢世帯に偏在している。
一般的に、高齢者は金融資産選択においてハイリスク・ハイリターンを志向するよりも、安
全性を重視する傾向があるとされるが、実態として、アンケート調査の結果などからもそれが
確認できる(図表 3-5-1 右図)。相対的にリスクを許容できる中年・若年層の保有する金融資
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産の割合が少ないことが、家計全体としてのリスク選好度を低めている、という推論ができる
だろう。
もっとも、年齢階層別の金融資産ポートフォリオを確認すると、むしろ高齢世帯層のほうが
リスク資産割合が高いという、逆の傾向も読み取れる(図表 3-5-2)。これは、高齢世帯では保
険や年金のウエイトが低下することに加え、一定以上の金融資産を保有する富裕層が、高齢世
帯に偏っていることが背景に指摘できるだろう。金融資産を一定額以上保有していなければ、
リスク資産投資をほとんど行えないためだ。
図表 3-5-2 高齢者層への金融資産の偏在とリスク資産選好の状況
世帯主年齢別貯蓄分布
(2011年平均)
30~39
歳
5.0% 40~49
歳
12.2%
~29歳
0.4%
70歳~
30.3%
50~59
歳
17.8%
60~69
歳
34.3%
世帯主年齢別貯蓄構成(2011年平均)
100%
19.1
80%
26.7
4.6
34.5
33.4
5.9
60%
40%
76.2
23.7
12.9
8.9
10.6
56.6
55.9
67.4
18.6
その
他
16.0
有価
証券
63.3
65.4
20%
預貯
金
0%
~29歳 30~39歳40~49歳50~59歳60~69歳 70歳~
(出所)総務省家計調査より大和総研作成
(b)日本社会特有の構造によるもの
①富裕層の性質
一般に、保有金融資産総額が大きい富裕層において、リスク許容度が増し、リスク資産投資
の割合も高まることが指摘される。世界の典型的な富裕層をイメージした場合、成功した事業
家として、金融資産に占める自社株式の割合が高いか、もしくは自社株式を売却した後にエン
ジェル投資家として、ベンチャー株投資家になっているケースも多いとみられる。事業家もし
くは起業家は、リスク資産投資のリスク・リターンの特性を理解し、投資行動が身についてい
るものと考えられる。
近年の日本では、2000 万円程度以上の金融資産を保有する世帯は少なくないが、事業リスク
を熟知した事業家や起業家は必ずしも多くはないのではないだろうか。むしろ、相続や土地の
売却などによって金融資産を得たために、事業リスクの理解が少ない富裕層も少なくないと考
えられる。米国などと比較して企業経営者の報酬も低く抑えられていると言われ、いわゆるエ
リート階層であっても、金融資産の大きな割合をリスク資産投資に振り向けられるような高所
6 / 10
得者は多くはないと考えられる(図表 3-5-3)。
図表 3-5-3 富裕層においても預貯金偏向の状況変わらず
貯蓄高別の貯蓄分布
(全体に占める割合、2011年平均)
~200
1%
~400
2%
貯蓄高階級別世帯割合
(2011年平均)
~800
3%
~600
3%
4000~
10.2%
~1000
4% ~1200
4%
~1600
7%
4000~
42%
~3000
8%
~400
10.4%
~2500
6.2%
~2000
6%
~4000
12%
~200
17.5%
~4000
6.1%
~3000
4.8%
~2000
6.0%
~1600
8.8%
~1200
5.9%
~2500
8%
(単位)万円
~600
9.4%
~1000
6.8%
~800
8.0%
(単位)万円
貯蓄高別の貯蓄構成(2011年平均)
100%
23.4
80%
1.6
60%
40%
75.0
29.8 30.9 32.8 30.1
2.4
2.8
3.5
4.9
67.8 66.3 63.7 65.0
25.9 25.0 24.4 22.2
32.5 30.7 28.5
6.1
7.4
8.0
9.4
その他
9.4 12.3 18.8
有価証券
61.5 61.9 63.4 64.7 65.7 63.3 59.1
20%
預貯金
0%
~
~
200 400
万円
~
600
~
~
~
~
~
~
~
~ 4000
800 1000 1200 1600 2000 2500 3000 4000 ~
(出所)総務省家計調査より大和総研作成
②土地本位主義
日本は古来より農耕民族であり、土地こそが資本であった。明治期は「地租」として土地を
基準とした税金納付のシステムが確立された時期もあり、政策においても土地を基軸とした考
え方が根強くあったと思われる。このため、国民の中にも、土地(不動産)保有に対する特別
な意識が強く、戦後のサラリーマン社会においても「いつかはマイホーム」を目指して邁進す
る姿が多く見られた。こうした意識に、高度成長期・インフレの中で土地価格が上昇を続けた
ことも加わり、80 年代の地価バブルが醸成されることとなったが、当時は、貯蓄をして建てた
「マイホーム」自体が、高収益のリスク資産投資であった。その結果、日本の家計は、保有資産
の多くの割合が「不動産」で構成されるという、バランスの欠いた資産構成となった。当然、
その中で、リスク資産投資への理解も深まらなかった。
7 / 10
こうした「マイホーム」投資への偏重は、様々な面からの後押しもあった。その一つは、相
続時における宅地財産の評価システムであろう。金融資産と比べて優遇されている状況は明ら
かである。また、金融機関の融資担保として、不動産は絶大な存在であり続けてきた。企業を
興すときも、経営者個人の保有不動産は強力な武器となったと考えられる。そして、必ずしも
人々がマイホーム取得を目標においていない現代社会においても、「土地(不動産)」本位の
システムは大きくは変わっていないように思われ、リスクのある金融資産投資に対する阻害要
因として働いている可能性が指摘できよう。
③終身雇用システム
戦後日本の終身雇用のシステムは、高度成長期において非常に効果的に機能したと言える。
従業員は不安を抱えることなく、忠誠心を持ったサラリーマン社会が醸成された。このシステ
ムにおいては、定年退職時の退職金支給が、貯蓄形成において大きなイベントとなった。定年
までは十分な貯蓄を行えない、もしくはマイホームの借金を抱えていたとしても、退職金によ
って、大幅に貯蓄が増える、もしくは借金が完済できる、というのが一般的なライフスタイル
として形成されたのである。ある意味、従業員は毎年の報酬から一定部分を会社に投資し、退
職時にまとめてもらうようなものである。また、長く勤めれば、年功序列型に給料が増えたた
め、高齢になればなるほど生活にも余裕が生まれて貯蓄も可能になるというパターンであった。
さらに大企業では、社内預金などの社内における貯蓄制度も充実していた。こうした中、特に
社外で金融資産投資を行おうというインセンティブは働かず、金融資産投資に対する知識も希
薄なままであった。
しかし、バブル崩壊以降、この終身雇用システムは変質した。日本企業の抱える問題点の一
つとして「過剰雇用」が挙げられ、人員リストラが頻繁に行われるようになる一方、非正規雇
用が増えるなど、雇用慣行は企業側の論理で変質した。高齢化の中で、企業は年功序列型の賃
金体系も維持できなくなった。さらに、コスト削減の意識が強まる中、高利の社内預金制度の
廃止や、さらには、退職後の年金付加を行う確定給付型の企業年金制度を取りやめる企業も相
次ぐこととなった。従業員の側からみれば、定年まで同じ企業で働き続けるインセンティブが
薄れたのである。
こうした構造変化が起き、確定拠出年金(日本版 401k)の導入が増えるなど、個人は、自ら
が資産形成を行うスタイルに変えなくてはならない状況に、半ば強制的に追い込まれている。
にもかかわらず、これまで、そうした習慣がなく、知識も形成されていない中で、急にリスク
資産投資を増やすことはできなかったと捉えられよう。
(c)預貯金偏向の背景
①金融知識(リテラシー)の欠如
日本人がリスク資産投資を行わない背景として、「知識が少ない」という要因が指摘される。
8 / 10
アンケート調査においても、それが見て取れる(図表 3-5-4)。リスクが高い商品に関して、知
識がなければ、多額のカネを振り向けるなど出来ようはずがないのは、自明である。例えば、
預金であれば、全くリスクがないわけではないものの、画一的な金融商品であり、必要な情報
は多くはいらない。一方で、株式投資を考えてみると、そもそもどこで購入できるのか、手続
きには何が必要かから始まって、個別株式であれば、その企業の情報も調べなければわからな
い。加えて、投資収益を獲得した場合の税務申告手続きも知っておかなくてはならない。高齢
者も多い高額金融資産保有層で、新たに多くの知識を身に付ける必要がある行為を広めること
は容易ではないだろう。本来なら、若いときから実践を重ねて知識を蓄えるべき経済行動だと
言えるが、前述したような社会的背景の中で、知識の蓄積なしに老年になった人々が多いので
はないかと推察される。
また、金融知識の醸成については、証券会社など仲介者の努力不足も指摘されるところであ
る。その時々の人気商品の販売に集中するなど短期的な販売拡大を優先し、超長期に影響が及
ぶ金融教育・啓発活動には必ずしも注力してこなかったことは反省すべき点ではないだろうか。
個々の企業が行うべきかどうかは議論が分かれるところだが、個々の企業でも行えることはあ
るはずだ。
それは金融仲介機関だけの問題ではない。それが端的に表れているのが、前述した確定拠出
年金(日本版 401k)である。確定拠出年金の資産選択において、ほとんど収益を生まない安全
資産への投資が多く、資産の入れ替えを行うような加入者は多くないと言われる。それは何よ
り知識の欠如が最大の理由だろう。本来、確定拠出年金を導入する企業には、従業員の投資教
育を行う努力義務があるが、継続的に教育プログラムを準備する企業は多くないとみられる。
図表 3-5-4 リスク回避の最大の理由は知識の欠如
【株式保有未経験者】株式非購入の理由(複数回答) (%)
必要な資
株価の動
買えるほ
賭博のよ
損したとい 値下がり
金が準備
きなどに
ど知識を
うなものだ
う人の話 の危険が
できなかっ
神経を使
まだ持っ
と思った
を聞いた
ある
た
うのが嫌
ていない
55.0
24.3
23.4
22.5
21.4
どの銘柄
証券会社
株価が高
配当が少
の人が勧
を買えば 家族に反
くなりすぎ
なく利回り
よいかわ 対された
めに来な
た
が低い
からない
かった
17.1
2.8
1.6
1.1
0.9
20.4
その他
13.7
(出所)日本証券業協会「平成 21 年度 証券投資に関する全国調査」より大和総研
作成
②預貯金誘導の歴史的背景
戦後日本の高度成長期時代には、産業発展を図るために、家計貯蓄を実物投資に振り向ける
9 / 10
ような政策を行った。その一つが郵便貯金で吸い上げた資金を財投融資に回す仕組みと、もう
ひとつは民間金融機関の預金で集めた資金を企業融資へと回す仕組み、さらに長期信用銀行を
経由して長期資金を企業に回す仕組みである。こうした仕組みをうまく回すために、第一に「預
貯金=安全」を既成事実化させるような施策をとった。具体的には銀行業界において、後に護
送船団方式と呼ばれる、破綻させない施策が挙げられる。もう一つは、「マル優」によるイン
センティブである。今から振り返れば高金利の預金に与えられた非課税措置は、預貯金の奨励
策として優れた機能を発揮した。
1980 年代以前は、定期預金や定額貯金の利率が高かったこともあり、預貯金に預けて放って
おけば、十分なリターンが得られたことから、人々は何も考えずに預け入れていた、という時
代であった。
しかし現状の金利水準では、「放っておけば増える」ことはないのである。“デフレの時代
だから元本が確保されれば大丈夫”という考え方は、実質金利が高い場合には間違っていると
は言えない。しかし、その状態が永続するわけではない。また現在は、護送船団方式が放棄さ
れ、ペイオフも発動され得る時代である。要するに預貯金に極度に集中させる合理的な理由は
なくなっているはずだ。
現状の日本の金融構造全体を俯瞰したとき、家計貯蓄が預貯金に集中しているからこそ、金
融機関が国債投資を増やして、国の財政が安定的状態を保てるのだ、という見方がある。確か
に現状のバランスから言えばその通りだろう。しかし、そもそも家計の貯蓄がきちんと企業の
投資に回り、経済成長を高めていれば、これほど国家債務が膨らむことはなかったかもしれな
いし、株価も下落を続けることはなく、リスク資産投資へのインセンティブも高まるという、
好循環が生まれていたかもしれない。
(2)日本人にアニマルスピリットはあるか
ケインズは著書『雇用、利子および貨幣の一般理論』の中で、「アニマルスピリット(血気)」
という言葉を用いた。人々が企業を興したり投資をしたりする際には、何か確率的な計算のも
とでの合理性では説明し切れない、「人間本来の衝動」が働くものであると。「もし血気が衰
え、人間本来の楽観が萎えしぼんで、数学的期待値に頼るほかわれわれに途が無いとしたら、
企業活動は色あせ、やがて死滅してしまうだろう」2とも述べている。
近年の日本は、この「アニマルスピリット」が希薄なのではないかとすら感じさせる状況で
ある。事業を興すという点に関しては、「起業家精神」と言い換えることができるだろうが、
IPO の停滞、開業率の低迷にみられるように、力強いものは感じられない。最近の大学生は「安
定志向」でベンチャー起業を目指す若者が少ないとも言われる。
前述したように、日本人の多くは土地を資本に、地道に農作物を育てる生活を送ってきてお
り、冒険心を持って道を切り開いた民族ではなかったかもしれない。「金儲け」は決して美徳
2
ケインズ(間宮陽介訳)『雇用、利子および貨幣の一般理論(上)』
10 / 10
ではなく、投資による収益は「不労所得」として嫌悪の対象でさえあった。
もっとも、明治維新以降、そして戦後における急速な経済発展は、まさに「アニマルスピリ
ット」無しには、成し得なかったのではないだろうか。巨大財閥を作り上げた人々も、はたま
た世界の代表的な自動車メーカー、家電メーカーを興した人々も、血気盛んなベンチャー起業
家である。
むしろ、バブル崩壊後、そうした楽観的な意識が何らかの理由で抑え込まれてしまっている
のではないか。その背景として考えられることの一つに、80 年代以前の高度成長期時代の成功
体験が挙げられる。成功体験が、旧態依然としたモデルからの脱却を阻んでいる可能性である。
これは企業、行政、政治の各段階で定着していると言えるだろう。個人の意識に落とし込めば、
リスクを取って行動するより、自己を抑制して失敗を防いだほうがよいという意識が定着して
いる感がある。そして、それをマスコミも助長しているように見受けられる。「出る杭は打た
れる」とばかりに、成功者の不祥事はことさらバッシングされる風潮を感じる人は少なくない
のではないか(ゴシップ好きは日本に限ったことではないが)。もちろん、違法行為は非難さ
れるべきだが、チャレンジャーに寛容でない社会が形成されているとすれば、甚だ悲しいこと
である。「アニマルスピリット」は決して「強欲(greed)」を意味するものではない。誰もが
持っている「人間本来の衝動」なのである。日本人にも、楽観的な期待に基づく投資行動を行
うDNAは埋め込まれているはずだ。
(保志
泰)
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