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Jリーグを救う50のアイディア

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Jリーグを救う50のアイディア
「 スポーツビジネス も ビ ジ ネ
ス 」。アメリ カのプロサッカ ー
リ ー グ MLS(
Major
League
)( ※ 表 1と
) FC B
(FC
Soccer
バルセロナ)で 働 い て き た 8
年間で私が実感 し た こ と は こ
の一言に集約さ れ る 。
MLSは1996年の開幕
から 年が経過 し た 。 M L S
が兄貴分として 見 て い る J リ
ーグは開幕して か ら 年 、 年
齢で見ればさほ ど 変 わ ら な い 。
しかし、MLS が 歩 ん で き た
この 年間はJ リ ー グ の そ れ
念をしてきたの で あ る 。 以 下
にそれらの具体 例 を 幾 つ か ご
紹介したい。
【 経 営 哲 学 そ の 1】
長期的な視野で 投資家を募る
とはかなり異なるものだ。
アメリカと言えば、多くの
人々が「サッカー不毛の地」
という言葉を連想するかもし
れないが、これは正しくない。
厳密に言えば「MLSだけに
限れば人気はないが、サッカ
ーというスポーツ自体はとて
も人気がある」だ。この理由
は後述するが、アメリカにお
いてサッカーは広く認知され
ており、また人気も確立して
いる。ただ、MLSがその熱
気に追いつくまで至っていな
アメリカのスポーツに関して
言えば、投資回収性が非常に
重要視されている。それ故、
アメリカのプロスポーツでは
チームの売買が頻繁に行われ
る。つまり立ち上げから数年
でリーグが成熟することは難
しいMLSにとって、それを
理解したうえで長期的なビジ
ョンを持つ投資家の存在がど
うしても必要だったのだ。こ
こで言うMLSの投資家とは
「クラブのオーナー」を指す。
MLSのクラブを保有するた
めにはまずMLSに投資をし、
承認されれば、MLSクラブ
を保有・運営できる権利をリ
いのが現状なのだ。
その理由の1つに、MLS
はこの 年間、海外の大物指
導者や外国人助っ人に大金を
投入してこなかったことが挙
げられる。また選手の給与を
情緒的に支払うこともなかっ
た。
「ピッチ上の商品」とも
いえる選手に投資し、大成し
ている華やかなリーグが多々
ある中で、なぜMLSは選手
たちに投資をしてこなかった
のだろうか?
その理由はMLSがサッカ
ーグから付帯されるという仕
組みだ。
MLSはリーグを長期的な
スパンで成長をさせるため、
リーグ運営のビジョンを理解
してくれる出資者たちを募る
ことに日々腐心した。具体的
にはコミッショナー、及びM
LS社長マーク・アボット氏
などが、MLSのリーグ運営
の 事 業 計 画 書 を 元 に、
「ML
Sに新フランチャイズ(クラ
ブ ) を 持 ち ま せ ん か? そ し
てともにMLSを育てません
か?」というような呼びかけ
で、投資家へ営業活動を行っ
ている。もちろん、闇雲にで
レッドブル・ニューヨーク(ニューヨーク)、D.C. ユナイテッド(ワシントン D.C.)、
シカゴ・ファイアー(シカゴ)、ニューイングランド・レボリューション(ボストン、プロビデンス)、
コロンバス・クルー(コロンバス)、カンザスシティ・ウィザーズ(カンザスシティ)、
※カナダ)
トロント FC(トロント 、フィラデルフィア・ユニオン(フィラデルフィア)、
■ウェスタンカンファレンス
ヒューストン・ダイナモ(ヒューストン)、ロサンゼルス・ギャラクシー(ロサンゼルス)、
クラブ・デポルティボ・チーヴァス・USA(ロサンゼルス)、FCダラス(ダラス)、
コロラド・ラピッズ(デンバー)、レアル・ソルトレイク(ソルトレイクシティ)、
サンノゼ・アースクエイクス(サンノゼ)、シアトル・サウンダーズFC(シアトル)
め の 投 資 を す る「 事 業 立 上
期」として捉えていたのだ。
「不毛の地」とのレッテルも
気 に せ ず、
「MLSはつまら
ない」と言われてもひたすら
我慢し、将来を見据えて着実
にリーグ経営の土台作りに専
■イースタンカンファレンス
ーという競技に注力するので
はなく、一般ビジネスと同じ
哲学・感覚で経営してきたこ
とにある。MLSの目標はあ
くまで世界のトップリーグに
肩を並べること。それ故にこ
の 年間は経営基盤強化のた
はなく、MLSの成長にとっ
てプラスになる投資家たちを
選定のうえだ。1996年当
初はわずか5名程度しかいな
かった投資家たち(1996
年当時、1人のオーナーが複
数のクラブを保有していた)
も、この 年間で計画的に
名近くまで増やすことに成功。
リーグ設立当初の出資額は一
口約 億円以下であったが、
今では一口約 億円(弊誌推
定総額約380億円)近くに
まで膨らんでいる。
自前のスタジアム建設
【
経営哲学その2】 Photo : アフロ
ビジネスを展 開 す る た め に
資金を必要とす る の は 基 本 で
あ り、
「 リ ー グ 運 営 」と い う
ビ ジ ネ ス に お い て は「 投 資
家」の存在が必 要 不 可 欠 だ 。
とはいえ、慈善 事 業 の 寄 付 や
広告宣伝費では な く 、 あ く ま
で「投資」なの で 、 見 返 り の
ないものに投資 家 た ち が 出 資
をすることはほ ぼ な い 。 特 に
20
2007年に木村光佑がコロラド・ラピッズへ入団し、日本人初の
MLSプレーヤーとなった。現在は主力選手として活躍している。
【MLS 所属チーム】
くなる。またスケジュール管
MLSの大事な目標の1つ
に自前のサッカースタジアム
を保有することがある。これ
は平均観客が1万5000人
前後であるのに、観客収容人
員8万人もあるアメリカンフ
ットボールのスタジアムを借
りて試合を開催すると、どう
しても閑散としてしまい、T
V映りをはじめ、来場客も、
選手も、スポンサーもすべて
が盛り上がりに欠けてしまう。
また試合毎にスタジアムの使
用料を払わなければならず、
スタジアムの所有者の都合も
優先されるため、信じられな
いことにピッチ上にはアメフ
トのラインが引いたままの試
合もあった。
そこで、MLSはリーグ主
導で、各クラブへ2万人前後
のスタジアム建設を強く奨励
した(リーグに加入するには
スタジアムを保有しているか、
建設予定が必要とされる。た
だし、リーグがスタジアムの
建設費用を持つことはない)
。
そうすることで満員の臨場感
を演出でき、スタジアム使用
料を試合毎に支払う必要もな
シーズンは 3 月下旬から11月上旬まで。全16チームを東西8チームず
つのディビジョンに分けて、ホーム・アンド・アウェイ方式で2試合ず
つ戦う。両ディビジョンの上位 2チームずつと、ディビジョンに関係な
く残りのチームから勝ち点上位の4チームの計8チームが
「MLSカップ」
にコマを進める。このカップ戦の上位 2 チームは
(CONCACAF 北中米
カリブ海サッカー連盟)
チャンピオンズリーグへの出場権が与えられる。
40
15
明確なビジョンのもと徹底してリーグ経営の基盤強化を図ってきたMLS
所属クラブ
15
10.5.25 0:03:38 AM
P036-043.indd 36-37
MLS(Major League Soccer)の概要と
15
[ 表1]
Wat
Koji 文◎
中
滋
渡辺航
写真 ◎
IDEA ?
フロント陣もクラブのために利益を上げる
「選手」とみなし、プロ契約とする
17
メリ
ペレ
開幕
かつて ーが在籍し、ア リーグだが、 しまっ
ー
て
タ
カ
し
ス
ッ
ろ
ー
サ
パ
北米
幕を降 かし、
「ス
た
に
め
由
高
理
人気を 年で経営難を
験を生 ス」
い
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い
7
苦
ネ と
わずか1
た。その ジネスもビジ は強固
S
L
ポーツビ 則のもと、M ある。
つ
原
つ
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を築き に肩を並べる
盤
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ジョン
ップリー
世界のト 指す MLS のビ ウに迫
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IDEA ?
自治体によるチームの
フランチャイズ誘致を奨励
のもと
ン
ョ
ジ
明確なビ リーグ経営の S
L
徹底して を図ってきたM
指し
基盤強化 グ&クラブを目
で経営
IDEA ?
サッカー関連事業を一括管理することで
効率化。戦略的なビジネス展開を行う
10
続くリー
ー
学・感覚
未来永劫 ネスと同じ哲 アーといったス
ー
カ
ジ
ウ
ッ
ビ
バ
サ
般
一
ケン
カ国内の
やベッ
から
IDEA ?
選手との契約はすべてリーグが管理し、
クラブのコストコントロールを徹底する
●4
CASE
方
り
作
の
いクラブ
つぶれな
15
15
036
SOCCER CRITIQUE
SOCCER CRITIQUE
037
MLS
つぶれないクラブの作り方
は違い、リーグの収入に見合
った投資、あるいはコストと
してサラリーキャップ制度を
導入し、リーグが選手の年俸
をコントロール(平均年俸約
1000万円)する。各クラ
冒頭で述べた通り、アメリ
カ全土におけるサッカー人気
は非常に高い。それはアメリ
カという国が人種の坩堝と言
われ、様々な人種の移民及び、
2 世、 3 世 た ち が、
「アメリ
カ人」として生活しているた
め だ。 た と え ば、 海 外 ク ラ
ブ・代表チームのアメリカツ
アーや各種国際大会などを実
施すると、瞬く間に完売とな
る。また世界中のサッカーの
試合がTVで観戦でき、重要
な試合ともなればサッカーバ
ーなどに行列ができる。
「隠れたサッカー大国」に
この
着眼したMLSは、2002
年にサッカーマネジメントを主
とし たSUM
( Soccer United
)を設立し、MLS
Marketing
はもちろん、アメリカサッカ
ー協会、メキシコサッカー協
会、FCB [※1な
] ど、 ア メ リ
カ国内におけるすべてのサッ
カー関連事業をSUMが一括
効率化され、マーケティング
(CMや広告)素材や放映権、
マッチメイキングなど戦略的
にMLS事業へと繋げること
が可能となった。また、アメ
リカ国内にとどまらず、SU
Mと事業展開をしたいという
海外のビッグクラブや協会と
も積極的に連携をはかった結
果、ブンデスリーガ、北中米
ジェンシーにまで成長したの
カリブ海地域サッカー連盟な
だった。
ど多くの業務提携(興行権や
【
経営哲学その4】 マーケティング権、放映権な
サラリーキャップ制度
ど)
が実現 [※3し
] 、設立からわ
ずか8年もの時間でSUMは
MLSの有名な経営指針に
世界でも屈指のサッカーエー
「シングルエンテティシステ
果を出せば待遇も上がる。そ
の極例がMLSコミッショナ
ー代理のアイヴェン・ガジダ
スがアーセナルのCEOとし
て引き抜かれたことだ。各ク
ラブの社長もビジネスマンと
しての実績を持つ人間が採用
され、その下に事業のトップ
となる人間と、強化のトップ
となるGMが就く。現在ML
S クラブのGMでプロ選手
経験者は8名。GMには経営
者としての資質が求められる
ため、彼らは引退後、何かし
らのビジネス経験を積んでお
り、サッカーにだけ詳しいわ
けではないのが特徴だ。GM
の役割は選手獲得などのコス
ト(キャンプ費、強化部人件
費、スカウト費)センターだ
けにとどまらず、監督及び強
化部長と選手の給与管理を厳
密に協議し、英語やスペイン
語を駆使して海外の代理人と
交渉を行い、また海外クラブ
と積極的に提携して利益を生
む海外ツアーやキャンプを実
施するなど、
プロフィット
(プ
レシーズンツアー収益、海外
クラブとの親善試合収益、選
[※5]2008、2009 年に MLS、Aリーグ(オーストラリア・ニュージーランド)
、J リーグ(日本)
、K リーグ(韓国)
、中国スーパーリーグ(中国)のトップ
チームを集めて開催されたカップ戦。第1回大会は 2008 年にホノルルで行われ、日本からはガンバ大阪が参加。第2回大会は 2009 年にロサ
ンゼルスで開催され、大分トリニータが出場。
で管理 [※2]
することで、ファ
ン、スポンサー、放送局のサ
ッカーへのアクセスが大幅に
円に設定され(1クラブあた
、サ
り 名の選手まで保有)
ラリーキャップ内で収まるよ
うに選手の給与がリーグによ
って決められる。当然ビジネ
スという観点であり、支出が
収入を超過するわけにはいか
ないのだ。
もちろん選手から反発が出
て訴訟問題に発展したケー
ス も あ る が、 M L S の ス タ
ン ス と し て は、
「提示額が気
に入らなければ、米国国外で
より良いオファーを探して下
さい。オファーがないのであ
れば、MLSの提示があなた
の市場価値となります。まだ
歳のMLSに欧州並の給料
を要求しても現実的ではあり
ません」となっており、実際、
アメリカ国外でプレーをする
アメリカ人選手は 名ほどい
る [※表3。
]
フロントもプロ契約
【
経営哲学その5】 MLSのフロント陣もプロ
契 約 だ。
「ピッチ外の選手」
と言われるように、フロント
【3】独占禁止法に違反しない(独占禁止法とは
2 つ以上の事業主が恣意的に価格操作をし、コン
シューマーに不利な状況になる場合に罰せられるも
の)
。過去に MLS を訴えた選手もいたが、シングル
エンテティシステムは 1 つの団体として見なされて
いる。
つまり、MLS という大きな団体の中に LA ギャラク
シーという部署、DC ユナイテッドという部署、と
いうような扱いになる。選手の移籍は部署間の異動
と捉えられ、給与を MLS という会社内で決定する
ことには何ら問題がない、という認識になっている。
手売却益 [※4]
など)センター
[※4]リーグ契約の選手が海外のクラブへ移籍した場合、売却益の 80%は所属クラブに還元される。
【1】MLS が選手の年俸を決定するため、選手の競
りがおきない。選手がそれに不満であれば、MLS 以
外のリーグへ移籍するしかなくなる。
陣もクラブに利益をもたらす
「選手」として見なされ、成
GK:ティム・ハワード(イングランド・エバートン)
GK:ブラッド・フリーデル(イングランド・アストン・ヴィラ)
DF:カルロス・ボカネグラ(フランス・レンヌ)
MF:ダマルカス・ビーズリー(スコットランド・レンジャーズ)
MF:マイケル・ブラッドリー(ドイツ・ボルシア MG)
MF:クリント・デンプシー(イングランド・フラム)
MF:モーリス・エドゥ(スコットランド・レンジャーズ)
FW:フレディー・アドゥー(スペイン・ベンフィカ※ギリシャ・AS アリスへレンタル移籍中)
FW:エディ・ジョンソン(イングランド・フラム※ギリシャ・AS アリスへレンタル移籍中)
FW:ジョジー・アルティドール(スペイン・ビジャレアル※イングランド・ハル・シティへレンタル移籍中)
[※3]FCB と SUM の提携の例では、FCB のアメリカ国内における興行権(運営・チケット販売)
、マーケティング権(スポンサー販売)
、放映権のすべ
てを SUM が独占的に複数年間にわたって取得。FCB は数年間のうちで数試合は必ずアメリカで実施しなくてはならない。その引き換えに各権
利料を SUM が FCB に支払う。
つけることができた。
理が容易になり 、 サ ッ カ ー の
試合以外の日に は 他 団 体 に 貸
し出すことで賃 貸 料 、 売 店 売
上、駐車場売上 を 計 上 で き 、
スポンサー費の 上 昇 ( 例 : ネ
ー ミ ン グ ラ イ ツ の 導 入 )、 地
元行政との関係 強 化 ( 例 : フ
ランチャイズ誘 致 に よ る ス タ
ジアムの建設費 用 の 軽 減 ) な
ど、多くの利益 を 生 み 出 す こ
とが可能となっ た 。 M L S 設
立当初は自前の ス タ ジ ア ム を
保有するクラブ は わ ず か 1 つ
であったのに対 し 、 今 で は
クラブ以上が保 有 、 あ る い は
建設中という状 況 に ま で こ ぎ
ブ と も 合 計 給 与 額 が 2・5 億
アメリカ国外でプレーするアメリカ人選手
[※2]日本ではJFAとW杯放映権は代理店 A、Jリーグは代理店 B、Jリーグのグッズやライセンスは別会社、海外クラブなどの日本ツアーは個別興行
主など、サッカー関連事業においてはばらばらになっている。
【 経 営 哲 学 そ の 3】
U M( Soccer United Marketing
設
)立
ム」[※表2が
] あ る。 こ れ は リ ー
グのコストコントロールに
欠かせないシステムなのだ
が、選手の契約 も 例 外 で は な
く、すべてリー グ に 集 約 し 管
理されている。 ク ラ ブ が 情 緒
[ 表3 ]
[※1]人種の坩堝であるアメリカには、さまざまなサッカー協会、クラブが活動の拠点を置いている。
シングルエンテティシステム
とは
的に選手へ給料 を 支 払 う の と
Photo : AFLO
【2】クラブに雇用の機能はないので、選手雇用の
予算もない。MLS が一括してすべて契約し、各クラ
ブ 24 名まで選手を保有することが許され、各クラ
ブ合計給与額(サラリーキャップ)は 2.5 億円まで
と決められている(選手一人当たり約 1000 万円)
。
クラブが独自にスカウトをして選手を発掘し、自ク
ラブのサラリーキャップ内に収まる年俸で選手と仮
合意できれば、MLS がその選手と契約する。
60
[ 表2]
明確なビジョンのもと徹底してリーグ経営の基盤強化を図ってきたMLS
プレシーズン中はイングランドやスペインなどのビッグクラブがツアーでアメリカを訪れる。これも SUM が契約・
管理をしている事業の一環だ。
S
10.5.25 0:03:40 AM
P036-043.indd 38-39
24
15
16
MLS は、
「北米リーグ」
(ペレなどがプレー)
の倒産理由を、また他のプロリーグで最
も苦しめられる経費を研究し尽した結
果、
「選手の給与の高騰」だと分析した。
そこで選手の給与を抑えるために現 MLS
社長のマーク・アボット氏が編み出した
のが「シングルエンテティシステム」だ。
選手の市場価値が高騰するのは、クラブ
同士による「競り」の状態があるため。
例えば年俸 500 万円の選手が、競りに
よって 4000 万円にまで膨れ上がってし
まうと、3500 万円が余分な支出になる。
また 500 万円分の予算で組んでいたクラ
ブは手が出なくなる。これでは富豪のク
ラブが利益を独占していく構図になって
しまう。
そこで MLS は選手の契約をクラブでは
なく、リーグと結ぶ形式にした。すると
どうなるのか―――
10
038
SOCCER CRITIQUE
SOCCER CRITIQUE
039
MLS
つぶれないクラブの作り方
明確なビジョンのもと徹底してリーグ経営の基盤強化を図ってきたMLS
としての役割も 担 う 。 い わ ば
「完全なるビジ ネ ス マ ン 」 が
採用されている の だ 。 そ の た
め、選手よりも フ ロ ン ト ス タ
ッフの年俸が良 い 場 合 も あ り 、
ピッチ内外問わ ず 、 ク ラ ブ の
ために利益を上 げ る 選 手 と し
て見なされてい る 。
まで)
」 の 導 入、 そ し て 拡 張
(2010年シーズンから1
チーム2人まで。また枠の売
買 も で き、 上 限 は 3 人 ま で )
。
はたまた選手協会との団体協
約更改による選手の給与向上
や育成システムへの追加投資
など。これまで散々「アメリ
カはサッカー人気がない」と
言われても「MLSは未来永
劫続かなくてはいけない」
と い う 考 え の も と、 ゆ っ く
り、そして堅調にその成長を
進めてきた。2012年には
合計 クラブへとチーム数が
増加する。クラブ価値も当初
約 億円程度であったLAギ
ャラクシーが、約100億円
を超える(フォーブス調べ)
ま で に な っ て 成 長 し た。
「ス
ポーツビジネスもビジネス」
との観点を軸にすえるMLS
19
も、 年後には「サッカー大
国のプロサッカーリーグ」に
なっている可能性は非常に大
きい。今ではそのように認識
され、欧州など世界各地から
注目を浴びるリーグへと変貌
を遂げつつある。
クラブが被った多額の 借入金にファンが激怒
人オーナーがマンUを所有し
たことはなく、ましてやサッ
カーをほとんど知らない人間
がクラブを買収するとなれば、
黙っていられないというのが
本音だ。
2005年の買収時には猛
烈な反対運動が勃発。しかし
チームは
– シーズンから
プレミアリーグ3連覇。UE
FAチャンピオンズリーグ
(以下CL)も 年から3年
間はベスト4、優勝、準優勝
の成績で、 年は欧州制覇を
果 た し た。 ま さ に 黄 金 時 代
(1999年のトレブルを頂
点とする 年代)に匹敵する
強さを発揮し、サポーターの
グレイザー一家に対する敵愾
心は影を潜めていった。
ところが今年1月、マンU
サポーターが忘れかけていた
アメリカ人オーナー一家に対
する敵意を一瞬にして、それ
も倍加して燃え上がらせる報
道が流れた。
これは 年1月 日付の英
高級紙『テレグラフ』電子版
の記事である。
見 出 し は『 Bond issue to
』( 債 券 で
tackle Man U debt
13
L.A. ギャラクシーに在籍するデイビット・ベッカム。彼の加入から、サラリーキャップを超える特別指定選手枠の緩和が始まった。これからはさらなるビ
ッグネームの MLS へ移籍・加入が予測される。
Photo : ロイター / アフロ
ま ずマンUの 昨 年 の 利
益 は 4 1 9 0 万 ポ ン ド( 約
マン U 借 入 金 に 対 応 )
。記 事
は、
「7億ポンド(約980億
円)を超えるクラブ買収の際
に生じた借入金に対応する
ため、マンUオーナーのグレ
イザー一家が5億ポンド(約
700億円)の債券を売り出
す」という書き出しで始まり、
以後、 年度のマンUの収支
と現在のクラブの財政状態を
淡々と明らかにしている。
高級紙であるテレグラフは、
感情を抑えた事実報道に徹し
ているが、この記事に載った
数字の羅列を見れば、マンU
サポーターならすぐさま暗澹
とした気分になるはずだ。
09
億6600万円 )とこの記
事は指 摘する。なんだ黒 字じ
ゃないかという人もいるかも知
れないが、昨年夏、マンUは誰
をいくらで売ったのか。そう、
世界一の選手と謳われる選手ク
リスチアーノ・ロナウドをレア
ル・マドリードへ史上最高額の
移 籍 金8000万ポンド( 約
112億円 )で 売 却。さらに、
この4190万ポンドの利益の
中には、4年間で6000万ポ
10.5.25 0:03:43 AM
P036-043.indd 40-41
07
07
ル・マドリードが言う「銀河
系軍団(ビジネスの鍵は有名
選手を保有すること)
」を批
判し、管理可能な収支のバラ
ンスがなくてはならないと指
摘している。自分自身も“ビ
ジネス”としての考え方に直
面する場面(パンパシフィック
チャンピオンシップ [※5の
] 立
ち上げ時に、チケットやスポ
ンサーなどの収入を増やすこ
と、チーム招聘費や施設利用
料などで支出を減らすこと)
が多くあった。勝敗やスター
選手を経営基盤としているこ
とは「ギャンブル」あるいは
「スターショー」に過ぎず、
ビジネスとの棲み分けの重要
性はMLSでもFCBでも共
通認識だったのだ。
昌利
10
15
もともとアメリカ人実業家
オーナー、マルコム・グレイ
ザーとその一家に対するマン
チェスター・ユナイテッド
(以
下マンU)サポーターの反発
心は強かった。これまでに個
58
06
08
90
10
この 年間の経営努力が実
り、利益を生み出せる強固な
経営基盤を構築したMLSは
ようやく、ピッチ上の商品に
投資できる時期へと移行し始
めた。一例としては「ベッカ
ムルール(特別指定選手枠:
1チーム1人だけ、サラリー
キャップを超える高額年俸の
選手を保有でき、またこの枠
を 売 買 で き る。 上 限 は 2 人
文◎森
このように、 こ こ ま で の
年間、MLSは 一 切 と 言 っ て
いいほど、ピッ チ 上 の 商 品 に
は投資をせず、 ピ ッ チ 外 の 経
営基盤強化に専 念 し て き た と
言える。これは 一 重 に 「 ス ポ
ーツビジネスも ビ ジ ネ ス 」 と
いう言葉に集約 さ れ て い る 。
スポーツだから 勝 つ チ ー ム が
利益を得られる と 考 え が ち だ
が、あくまで勝 敗 は 水 物 で あ
る。だからこそ 、 経 営 管 理 で
きない「水物」 を 経 営 基 盤 に
しなくても済む こ と が ス ポ ー
ツビジネスの肝 で あ り 、 M L
Sは勝敗に関係 な く フ ァ ン の
購買(観戦)意 欲 を そ そ る 経
営基盤作りに専 念 し て き た の
だ。元FCBの フ ェ ラ ン ・ ソ
リアーノ氏の著 書 『 ゴ ー ル は
偶 然 の 産 物 で は な い 』( ア チ
ーブメント出版 ) 内 に も レ ア
IDEA ?
採算を度外視したクラブ運営を
反面教師にする
M
hi Masatos
15
って
ブに
とい
栄華を誇 ここにきてクラ クラブに買収 集団
の
ー
ドだが、 発覚。倒産寸前 んとサポータ 本で
な
が
が
。
だ 日 ナ
ること を伸ばしたの 騎士たち)
い
手
レッド
赤
の
(
救い
イツ」
要因と、
ナ
の
ド
動
ッ
騒
の「レ れないこの大
は考えら きを追った。
ori
イツの動
15
が
ポーター うべく、
サ
ぐ
注
救
愛情を の窮地から す
ッ
債務超過 買収に乗り出 ター・ユナイテ あ
の
ス
が
ブ
ェ
金
ラ
チ
入
ク
きたマン
多額の借
う
IDEA ?
経済顧問が中心となって
クラブの買収策を検討
イングランドの情念が生んだクラブを救う赤い騎士たち
生んだ
が
念
情
ンドの
イングラ う赤い騎士たち
救
クラブを
040
SOCCER CRITIQUE
SOCCER CRITIQUE
0 41
5
ASE ●
り方 C
作
の
ブ
いクラ
つぶれな
つぶれないクラブの作り方
MLS
Manchester United
つぶれないクラブの作り方
ンド( 約 億 円 )という、来
季からの新胸スポンサー『AO
N』からの前払金3600万ポ
ンド( 億4000万円 )も
含まれている。
しかもマンUは欧 州でも 希
少な黒字をあげるクラブ。 莫
大なテレビ放 映 権 料、そして
常に満員となるオールド・トラ
ッドフォード(7万5000人
収容)の入場料収入。またアメ
リカ、東南アジアをはじめ、世
界各地にファン組織を持ち、ユ
ニフォーム等のクラブ商品の売
り上げも膨大。そういった定期
収入に加えて、前述したC・ロ
ナウドの売却、そしてAONを
はじめとした新スポンサーから
の前払金でトータル9600万
ポンド(134 億 4000万
円)という副収入もあったのだ。
それにもかかわらず、申告さ
れた利益はわずかに4190万
ポンド。実際 年は2140万
ポンド(約 億9600万円)
の赤字だった。
こういった事態に陥ってい
る の は、 借 入 金
(ローン)の
支払いによるところが大きい。
(280億円)が年利率 ・
%という高率の投資銀行か
らの借金。2006年の段階
でこの借金は1億3800万
ポンド(193億2000万
円)
だったという。それが過去
4年間、利息を下回る返済し
かできず、今の2億ポンドに
まで膨らんだらしい。グレイ
ザー一家がこのまま現状のペ
ースで支払いを続けると、こ
の高利息の借入金は2017
年には5億8900万ポンド
(824億6000万円)ま
で、まさに雪だるまのように
膨らむということだ。
となればなりふり構わず債
券でも売り出したくなる。
ビジネスか愛情か? 騒動の原因は考え方の相違
ーとは、クラブの成功を心の
底から祈り、深い文化的な関
わりを持つ。クラブの財政問
題を直接左右する権利はなく
とも、意見を表明する権利は
ある」と発言した。
そう、このトリズマン会長
の発言にこそ、今回のレッド
ナイツ騒動の要因が隠されて
いるのだ。
確かにグレイザー一家にし
てみれば、2005年のマン
U買収は、故国アメリカでの
NFLチームの買収、経営と
同じく、スポーツを対象とし
た投資だ。最終的に利益を得
ることが目的であり、それな
ら借入金を資産であるクラブ
にかぶせ、個人にその責任が
及ばない処置をするのも当然
だろう。
ところが、このサッカー発
祥国ではサッカーは「フット
ボール」と呼ばれる国技であ
り、スポーツを超えた存在。
トリズマン会長が言うように、
この国ではサポーターとクラ
ブの関係は非常に情熱的で生
活に密着したもの。この人た
いた」という報道も流れた。
が、クラ ブが「 すでに断って
なしには成立しないのだ。
レッドナイツが「シーズン
終了までは動かない」と発言
したことで、最近レッドナイ
ツ報道は沈静化している。し
かし、彼らがどういった形で
買収資金全額を集めるのかは
不透明だ。野村証券からの融
資が無利息なこともあるまい。
また、どういった経営形態
を整えるのかも未発表で、見
えないものも多いが、レッド
ナイツが望むのはクラブの繁
栄と栄光だ。そこが最終的に
は利益を望むグレイザー一家
と一線を画しているところだ
ろう。
5月9日、ホームで行われ
たプレミアの最終戦も、優勝
の望みがわずかに残っていた
にもかかわらず、試合前にグ
レイザー一家に対する大規模
な抗議集会が行われた。
そ う し た 中、 中 東 か ら レ
ッドナイツが見積もった買収
額 億ポンドの5割増となる
億ポンド
(約2100億円)
のオファーがマンUに届いた
けることだろう。
つ、予断の許さない展開を続
たレッドナイツからの買収オ
ファー。しかしそういった猛
烈な逆風にもかかわらず、命
を削るような高額のポーカー
ゲームの最中であるとでもい
う よ う に、
「売らない」の一
点張りでグレイザー一家はそ
の本音をまだ見せていない。
昨季まではトロフィーが借
金の姿を隠してくれた。しか
しC・ロナウドが去り、膨大
な借金の存在が明らかになる
と、カーリング杯(FAカッ
プ)の輝きだけではマンUサ
ポーターの心を満たせない。
ようするにこれは、イング
ランドのフットボールに対す
る情念とアメリカ人の徹底し
た利益追求精神の戦いなので
はないか。
愛するクラブを買い戻した
くて仕方がない買い手と、す
さまじい反発を味方のサポー
ターから浴びながらもさらな
る高値を求めて耐える売り手。
レッドナイツとグレイザー一
家の買収抗争は、今後もイン
グランドならではのサッカー
に関わる激しい感情を含みつ
サポーターはこの記事が出
て以来、すかさず『グレイザ
ー追い出し運動』を開始。マ
ンUの前身ニュートン・ヒー
スのシンボルだった金と緑の
スカーフを巻き、サポーター
は大挙してオールド・トラッ
ドフォードに入場。愛するマ
ンUを、本来なら個人でかぶ
るべき買収の際の借金をクラ
ブに押しつけ、破産の危機に
まで追いやっているアメリカ
人一家に対し、猛烈な反発を
見せた。そこで登場したのが
レッドナイツである。
彼らは、財力と社会的地位
のあるマンUサポーター5人
組で、『レッド・ナイツ』(赤い
騎士達)と自らを名乗り、オ
ーナー追い出し運動にとどま
らず、クラブ買収に乗り出し
たのだ。
3月2日付の英大衆紙ザ・
サン電子版を見ると、このレ
ッドナイツ5名のプロフィー
ルが紹介されている。
中心となっているのはジ
ム・オニール氏。有力投資銀
行の経済顧問で、グレイザー
一家がオーナーとなる前まで
のマンUの経営陣の1人。ま
ちにとって、人生はフットボ
ともかく、この債券報道以
降、 と く に タ ブ ロ イ ド は 衝
撃的な記事を連日報道した。
C・ロナウドは単なるはじま
り。来季はルーニー。借金返
済のために補強はおろか、ス
ーパースターを切り売りしな
ければならない。そんな主旨
のヒステリックで悲痛な記事
が氾濫した。
た ベ ッ カ ム は、 0 4
– の大敗
直後にもかかわらず、ピッチ
に投げ込まれた金と緑のスカ
ーフを拾って首にかけ、反グ
レイザー運動を支持。またF
A(イングランドサッカー協
会)のトリズマン会長までが、
「( サ ッ カ ー の ) サ ポ ー タ ー
を単に物を店で買う客と同じ
いって 人も経営に口出しを
したら迅速な意思決定ができ
ない」とも語り、当然のこと
ながら現在のボスを擁護した。
しかし、クラブの膨大な借
入金は事実。レッドナイツは、
「我々の新たなオーナーシッ
プは、単に財政状態を良くす
るというだけではなく、クラ
ブの真の繁栄を願うサポータ
ーの心を代弁する経営を行
う」と抱負を語り、グレイザ
ー一家に 億ポンドでの売却
を「納得させる」と強気の姿
勢を見せた。
この後もサポーターの反グ
レイザー運動は燃え上がる一
方となる。3月 日にACミ
ランの選手としてオールド・
トラッドフォードへ帰って来
たファーガソン 監 督 の 友 人 で
もある。以下、 ポ ー ル ・ マ ー
シ ャ ル 氏、 マ ー ク ・ ロ ウ リ
ン ソ ン 氏、 キ ー ス ・ ハ リ ス
氏、リチャード ・ ハ イ ト ナ ー
氏と続き、彼ら は ク ラ ブ 買 収
経験者も含めた 英 国 金 融 の 中
心街ザ・シティ の 有 力 者 た ち
だ。この5人が 、 億 ポ ン ド
(約1400億 円 ) と も 見 積
もられるマンU 買 収 金 を 集 め 、
「サポーターの も と に ク ラ ブ
を買い戻す」と 宣 言 し た の だ 。
さらにこのレ ッ ド ナ イ ツ に
日本の野村証券 が 資 金 を 提 供
するという報道 も 流 れ 、 サ ポ
ーターが 億ポ ン ド と い う 途
方もない値札が 付 い た ビ ッ グ
クラブを買い戻 す と い う 話 に 、
もしかしたら夢 物 語 で 終 わ ら
ないかも知れな い と い う 雰 囲
気も漂いはじめ た 。
こうなるとマ ン U 側 も 無 視
できない。チー フ ・ エ グ ゼ ク
ティブのディヴ ィ ッ ド ・ ジ ル
はこの野村証券 協 力 の 報 道 が
流れると、「(グレイザー一家
は)クラブを売 る 意 思 は ま っ
たくない」と声 明 を 発 表 。 さ
らにレッドナイ ツ 買 収 に 関 し 、
しかも現在、総額7億ポン
ドの借入金のうち2億ポンド
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激化する追い出し運動、ま
10
ールなしでは、愛するクラブ
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にしてはならない。サポータ
Photo : ロイター / アフロ
「( 彼 ら の 買 収 が 成 功 し た と
“グレイザーの追い出し運動”に精を出すマン U サポーター。彼らが身につけている黄色と緑色はマン U の前身であるニュートンヒース・ランカシャー・
ヨークシャー鉄道 FC のチームカラー。
「古き良き時代を思い出せ!」というメッセージが込められている。
しても)サポーターの代表と
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イングランドの情念が生んだクラブを救う赤い騎士たち
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SOCCER CRITIQUE
SOCCER CRITIQUE
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Manchester United
つぶれないクラブの作り方
※本文中のポンドは、1ポンド= 140 円で換算しています
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