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BEPS 行動13 移転価格文書化の再検討
Tax update BEPS 行動13 移転価格文書化の再検討 パートナー 高浜 学 EY税理士法人 移転価格部 税理士 • Manabu Takahama 2000年3月EY税理士法人に入所後、自動車、電機、電子部品、商社、エンターテインメント業界などの二国間APA案件のほか、移転価 格調査対応、主にアジア各国の文書化案件に多数関与。近年では日系企業の移転価格ポリシー構築案件を主に担当。10年11月よりEY中 国に出向し、移転価格調査対応、文書作成案件に多数関与し、15年1月EY税理士法人に帰任。 Ⅰ はじめに 経済協力開発機構(OECD)で議論が進められてき た「税源浸食と利益移転(Base Erosion and Profit Shifting:BEPS)」プロジェクトで、移転価格文書化 の再検討(以下、行動13)についての「移転価格文 書化及び国別報告書に関するガイダンス」が2014年 9月に、また「移転価格文書と国別報告書の実施ガイ ダンス」が15年2月にOECDより公表されました。今 Ⅲ 行動計画とは BEPSプロジェクトはOECDの租税委員会を中心に 議論され、その議論にはOECD非加盟のG20メンバー 8カ国(アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、イン ドネシア、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ)が 参画しています。この議論の結果、13年7月にBEPS に対処すべき主要15項目を定めたBEPS行動計画が <表1>の通り、公表されました。 後、これらを受け各国での移転価格文書化の法令化が 進められることになりますが、OECDが公表した行動 13の概要を本稿でまとめます。 Ⅳ 行動13とは 行動13とは、このBEPS行動計画の主要15項目の Ⅱ BEPSとは 一つであり、税務執行の透明性を高めるために従来の 移転価格文書化のOECDガイドラインを再検討し、新 近年、欧米系の多国籍企業が、各国税制の隙間を突 いて実際の経済活動が行われている国と異なる低税率 たに国別報告書、マスターファイル、ローカルファイ ルの3層構造の移転価格文書の作成を求めたものです。 国または優遇税制措置国にその経済活動で得た利益を 移すことで、実際の経済活動国で課税できない状況や、 いずれの国からも課税されない状況(二重非課税)を Ⅴ 国別報告書 生み出しているのでは、との懸念が先進国の議会で取 り上げられ、報道されました。このため、G20諸国は OECDにこの問題への対処を要請し、OECDはOECD /G20共同でBEPSプロジェクトを始動しました。 1. 目的と概要 国別報告書は、多国籍企業の究極の親会社※1(以下、 親会社)に対して、その親会社の所在国の税務当局に 国ごとのグループ所得(利益)及び税額等の配分状況 ※1 多国籍企業構造の最上位の会社 2 情報センサー Vol.105 June 2015 ▶表1 BEPS行動計画と策定期限 報告書等 策定期限 行動計画 1. 電子経済に係る税務上の課題への対応 2014年9月 2. ハイブリッド・ミスマッチの無効化 2014年9月 3. CFC税制(外国子会社合算税制)の強化 2015年9月 4. 金融費用の損金算入による税源浸食の制限 2015年9月、12月 5. 有害な租税慣行へのより効果的な対応 2014年9月 2015年9月、12月 6. 租税条約の濫用の防止 7. PE(恒久的施設)ステータスの人為的な回 避行為の防止 8. TP(移転価格)の結果と価値創出の整合性 確保:無形資産 報告書等 策定期限 行動計画 9. TPの結果と価値創出の整合性確保:リス クと資本 10. TPの結果と価値創出の整合性確保:その 他取引 11. データ収集と分析のための手段の確立 2015年9月 2015年9月 2015年9月 12. 納税者の税務プランニングの開示の義 務化 2015年9月 13. 移転価格文書化の再検討 2014年9月 2014年9月 14. 紛争解決制度の有効性の向上 2015年9月 2015年9月 15. 多国間協定の開発 2014年9月 2015年12月 課税ルール 2014年9月 2015年12月 執行ルール その他ルール 出典:EY税理士法人作成 ▶表2 国別報告書様式−税務管轄単位 多国籍企業グループ名: 対象事業年度: 税務管轄 収入 非関連者 関連者 合計 税引前利益 発生法人税 支払法人税 (損失) (当期) 資本金 利益剰余金 有形資産 従業員数 (現金/現金 同等物除く) や各国で活動する事業体※2(以下、子会社等)の名 各国ごとの子会社の名称と、その子会社ごとの主な事 称や果たしている機能に関する情報を、親会社の事業 業内容にチェックマークを入れるとしています。 年度終了日から1年以内に報告(提出)させるもので 国別報告書は16年1月1日以降に開始される事業年 す。子会社等の所在国の税務当局が、親会社の所在国 度から適用され、適用事業年度の前年度の連結グルー の税務当局と国別報告書を共有する方法は、租税条約 プ年間売上高が7億5千万ユーロ(約1,000億円)を の自動情報交換規定によるとしています。ただし、こ 下回る多国籍企業については、提出を免除するとして の自動情報交換規定による共有ができない場合、現地 います。 子会社による提出や親会社の次の段階の会社の居住地 国との情報交換等の方法を認めるべきとしています。 2. 企業の課題 国別報告書を作成するための使用データは監査済み 14年9月に公表された指針には国別報告書の様式 が2種類添付されており、<表2>のような第一の様 財務諸表の数値に限らず、一貫性があるデータであれ 式には、各国ごとの収入等の記載項目があり、各国の各 ば、内部管理用の情報、連結用パッケージ、各子会社 子会社等の財務情報の合算値を記載するとしています。 の財務諸表の情報でもよいとしています。 また、次ページの<表3>のような第二の様式には、 ただし、連結パッケージ等から情報を入手する場合、 ※2 財務報告目的の連結グループに含まれる法人、信託、パートナーシップ等 情報センサー Vol.105 June 2015 3 Tax update ▶表3 国別報告書様式−企業単位 多国籍企業グループ名: 対象事業年度: その他 休眠 株式等の保有 保険 金融サービス グループファイナンス サービス︵非関連者向︶ 管理・経営・ サポートサービス 販売・マーケティング・ 物流 製造・生産 購買・調達 税務管轄が事業体の 所在地とは異なる場 合の税務管轄 知的財産の保有管理 税務管轄に所 在する事業体 研究開発 税務管轄 主な事業活動 1 2 3 1 2 3 必要と考えられる追加の情報及びCbC(Country by Country)レポートの記載必須情報に関する説明等を記載 例えば支払法人税や、サブ連結の内訳を把握できない ローバル事業の内容、グループ内の移転価格設定ポリ など、データ入手の可能性への懸念が出てきます。ま シー、所得及び経済活動のグローバルな配分等につい た、国別報告書によって国別の子会社の財務状況が親 ての概要を記載したマスターファイルの作成が、行動 会社もこれまで把握してこなかった観点(例:従業員 13で求められました。 一人当たりの税前利益)で、各税務当局に「透明化」 されることになります。 マスターファイルで求められる情報は、<図1>の 通りです。 従って、国別報告書で求められる財務情報の入手可 マスターファイルは親会社の税務申告書提出期限ま 能性の確認に加え、主要な複数の財務情報を16年の でに見直され、必要に応じて更新し、親会社及び子会 適用初年度開始前に入手し、この情報を用いて複数の 社が所在する各国の税務当局から要求があった場合に 財務指標を試算し、それらの指標で国別に大きな差異 提出することが推奨されています。また、マスター があるか、あるとすれば説明可能かどうかを事前に把 ファイルは、事業ラインごとの作成が妥当な場合※3 握する必要があります。 は各事業ラインで作成し、それらをまとめる形でもよ いとされています。 Ⅵ マスターファイル 2. 企業の課題 多国籍企業の親会社がこのマスターファイルを作成 1. 目的と概要 税務当局はBEPSに対処する上で、従来の移転価格 する上では、今後どのように記載するかを決定するた 文書化では必要な多国籍企業の事業の「全体像」が把 籍企業の事業における利益の重要な源泉について記載 握できないとしています。税務当局が重要な移転価格 が求められていますが、企業の利益が製品開発、マー リスクの有無を評価するために、グループ全体のグ ケティング、資金力等々、企業のさまざまな要素が複 めの内部議論が必要な内容があります。例えば、多国 ※3 例えば、最近買収した事業ラインがある場合、事業ライン間の関連性がない場合 4 情報センサー Vol.105 June 2015 ▶図1 「マスターファイル」の記載事項の概要 多国籍企業の組織構造 多国籍企業の有する無形資産(続き) • 法的関係及び資本関係のストラクチャーと事業体の所在地を示 • 研究開発と無形資産に関するグループ内移転価格ポリシーの した図 説明 • 対象年度内における無形資産の重要な持分のグループ内譲渡に 多国籍企業の主要事業の概要 • 事業における利益の重要な源泉 • サプライチェーンを示す図(商流及び物流) ※グループの売上上位五つ及びグループの売上の5 %以上を 占める製品及び/又は役務提供 • 研究開発以外の関連者間役務提供に係る取決めのリスト及び 説明 • 上記2番目の項目に関する主要な地理的マーケットの説明 • 付加価値創出への各法人の貢献に係る機能分析 • 対象年度における事業再編、事業買収、及び事業売却の説明 多国籍企業の有する無形資産 • 無形資産の開発、所有、運用に関する包括的戦略の説明(研究 関する説明(関係する法人、所在地国及び対価を含む) 多国籍企業のグループ内金融活動 • グループの資金調達方法の説明(非関連者である貸主との重要 な取決めを含む) • 中心的な金融機能を果たす法人の特定(設立地及び運営してい る場所を含む) • 金融取決めにかかるグループ内の移転価格ポリシーの説明 多国籍企業の財務状態と納税状況 • 対象年度の連結財務諸表 • グループが取得しているユニラテラルAPA及び国家間の所得 配分に関する税務上のルーリングのリスト及びその説明 開発を行っている施設及び研究開発の管理を行っている部門 の所在地を含む) • 重要な無形資産及びそれらの所有法人のリスト • 無形資産に関する関連者間契約、取決めのリスト 出典:EY税理士法人作成 合的に結合して生み出されている場合、企業としてど 税務当局は納税者の作成負担を軽減させるために、 のように利益の源泉を定義付け、記載するかを決定す 比較対象会社の選定を3年ごととし、財務データのみ ることは時間がかかる作業になります。 を毎年更新することを認めるかもしれないとしていま す。また、作成免除規定等を設けるべきとしています が、これらは今後の各国の法令化に委ねられています。 Ⅶ ローカルファイル 2. 企業の課題 1. 目的と概要 ローカルファイルは、各国における従来の移転価格 マスターファイルを補完し、特定の国外関連者間取 文書化規定での記載内容と、おおむね同じ内容になっ 引に係る詳細情報を記載するローカルファイルの作成 ています。従来の各国の移転価格文書を各子会社で作 が、行動13で求められました。 成していた日系企業では、ローカルファイルの作成も ローカルファイルの記載内容としては、現地企業が 各子会社が担うこととする企業も少なくないかと思わ 関与した重要な関連者間取引に係る取引概要、取引金 れます。ただし、その場合でも、各子会社が作成した 額、選定した移転価格算定方法、納税者及び関連者間 ローカルファイルとマスターファイル、国別報告書と 取引に関連する関連企業の詳細な比較可能性と機能分 の整合性※4についての確認等を親会社で行う必要性 析、選定した比較対象会社の選定過程、関連者間取引 が出てくると思われます。更に、各子会社での文書作 が独立企業間原則にのっとって行われたとする結論に 成の進 管理や文書作成後の保管等、親会社での文書 関する説明、使用した財務データ等となっています。 の一元管理が必要となると思われます。 しんちょく ローカルファイルは子会社の対象事業年度の税務申 告書提出期限までに作成し、親会社及び子会社が所在 以上の「Ⅴ 国別報告書」から「Ⅶ ローカルファ する各国の税務当局から要求があった場合には提出す イル」について、OECDのガイドラインで推奨された移 ることが推奨されています。 転価格文書の概要は、次ページの<表4>の通りです。 ※4 例えば、マスターファイルとローカルファイルの機能分析が同じかどうか等 情報センサー Vol.105 June 2015 5 Tax update ▶表4 OECDのガイドラインで推奨された移転価格文書の作成・提出に関する概要まとめ 提出期限 国別報告書 マスターファイル ローカルファイル 親会社の事業年度終了日から一年以内 親会社及び各子会社が所在する税務当 局から要求に応じて直接提出される 親会社及び各子会社が所在する税務当 局から要求に応じて直接提出される 同上 作成期限 提出先 親会社が所在する国の税務当局 (各子会社の所在国の税務当局と親会 社の所在国との税務当局との租税条約 の自動交換規定によって共有) 親会社の税務申告書の提出期限までに 子会社の税務申告書の提出期限までに 内容が見直され、必要に応じて更新さ 作成を推奨 れることを推奨 (ただし、各国の法令化に委ねられる) (ただし、各国の法令化に委ねられる) 親会社及び子会社が所在する各税務 当局 親会社及び子会社が所在する各税務 当局 適用事業年度の前年度の連結グループ 明記なし 年間売上高が7億5,000万ユーロ(約 (各国の法令化に委ねられる) 1,000億円)未満の会社 明記なし (各国の法令化に委ねられる) 2016年1月1日以降に開始される事業 明記なし 年度 (各国の法令化に委ねられる) 適用開始事業年度 例:3月期決算会社:2017年3月期 12月期決算会社:2016年12月期 (ただし、各国の法令化に委ねられる) 明記なし (各国の法令化に委ねられる) 作成免除規定 Ⅷ 今後の対応 行動13で示された3層構造の移転価格文書の内容 及び様式は、OECDから各国へ推奨されたものであり、 その導入時期をはじめ実務で必要となる詳細かつ具体 的内容は、今後各国での法令化を待つことになります。 このため、各企業は今後の日本及び各国の法令化の状 況を注視しておく必要があります。 また、3層構造の移転価格文書で「透明化」される グローバル事業の内容を、制度導入後も把握・管理で きない状況のままにしている企業は、思わぬ移転価格 課税リスクを内在化する恐れがあります。従って、無 用な課税リスクを避けるためにも、国別報告書で求め られるデータ収集が可能かどうかの確認に加え、国外 関連者間取引の移転価格設定の現状及び利益の配分状 況の把握、価格設定ポリシーの作成又は既存の価格設 定ポリシーがある場合は、必要に応じたポリシーの更 新等を現時点から開始しておくことが望まれます。 お問い合わせ先 EY税理士法人 移転価格部 Tel: 03 3506 2693 E-mail:[email protected] 6 情報センサー Vol.105 June 2015