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地方創生×α - マッセOSAKA

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地方創生×α - マッセOSAKA
寄稿論文
地方創生×α
1.地方創生×大阪
「
『地方創生』は大阪の時代 -発想の転換で新時代の『大阪創生』を」
総務省自治税務局固定資産税課 課長 佐 藤 啓太郎 …………… 1
2.地方創生×財政
「地方創生×財政」
おおさか市町村職員研修研究センター 所長 齊 藤 愼 …………… 11
3.地方創生×地域活性化
「今ある『場所の力』で地方創生を! 商店街再生の+αを考える」
和歌山大学経済学部 教授 足 立 基 浩 …………… 19
4.地方創生×まちづくり
「地方創生×まちづくり:協働による地方創生を考える」
近畿大学総合社会学部 教授 久 隆 浩 …………… 33
5.地方創生×シティプロモーション
「地方創生とシティプロモーション
-地域魅力創造サイクルと修正地域参画総量指標(mGAP)の提案を基礎に-」
東海大学文学部 教授 河 井 孝 仁 …………… 43
6.地方創生×女性の活躍
「女性・住民(消費者)視点の活用による地域創生」
大阪市立大学大学院創造都市研究科 准教授 永 田 潤 子 …………… 53
1.地方創生×大阪
「地方創生」は大阪の時代
-発想の転換で新時代の「大阪創生」を
第 1 章
佐藤 啓太郎 Keitarou Satou
総務省自治税務局固定資産税課課長
元大阪府財政課長
寄稿論文「地方創生×α」
1.はじめに
大阪府市町村振興協会(マッセOSAKA)から地方創生について寄稿の依頼をいただい
た。私は現在、地方税制の担当であり地方創生を直接所管する立場ではない。まち・ひと・
しごと創生本部の施策「地方創生コンシェルジュ」の大阪府担当に総務省で唯一人選任さ
れているからであろうか。このコンシェルジュ制度は、その地域に勤務した経験のある職
員や出身者又はその地域に愛着があると志願した職員が選任されることになっている。ま
た、本来は将来有望な若手の課長補佐級以下の職員が選ばれ、地方版総合戦略策定に向け
ての相談窓口になるものと聞いていた。既に齢五十を過ぎた私の出る幕ではないと思って
いたが、白羽の矢が立った(?)理由は平成14年~15年の2年間府の財政課長とした経歴
によるようであるが、個人的な大阪との関わりはそれにとどまらない。
自らの血が繋がる親戚が関西に一人もいないにもかかわらず、なぜか私は総務省(旧自
治省採用)の職員の中で大阪を含め関西エリアに少なくとも現役では最多の赴任歴を有す
るようだ。入省直後の昭和63年~平成2年の和歌山県庁勤務、平成5年~7年の姫路市役
所勤務、前述の大阪府庁勤務、そして直近が平成22年~26年の兵庫県庁勤務と4度のべ
10年以上関西に赴かせていただき、大阪及び大阪を取り巻く自治体で勤務する機会を得て
きた。
言うまでもなく大阪は関西の要であり、勤務者として仕事の面でも、また生活者として
プライベートの面でも大阪と関わる機会に恵まれてきた。
和歌山時代は、時間を見つけては愛車を駆って和泉山脈を越え泉南・大阪に遠征した。
孝子峠、雄ノ山峠、風吹峠、犬鳴山越え、あらゆるルートを試みた。雄ノ山峠はワインディ
ングロードもある難所だが運転を体で覚えるほど走った。春の山中渓の桜の美しさは目に
焼き付いている。冬の夕暮れ時に犬鳴山を越えたときは急にどう猛な犬に吠えかけられ
「これが本当の犬鳴山か」と妙に納得した記憶がある。大阪といえども泉南は自然に恵ま
れた地域である。また当時は、高速道路が未開通で阪南~堺間は一般道第二阪和を走らね
ばならず、関空バブルに沸く中、渋滞の抜け道として泉南の漁業集落の狭い道を走ったの
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
も懐かしい。後にりんくうタウンの再建策を担当したときも土地勘には恵まれた。泉州の
海岸線は我が国では貴重なウェストコースト、サンセットビーチでとても魅力的だ。地方
創生の動きの中で泉佐野市、阪南市や岬町など泉州の市町が移住者の受け入れに積極的に
取り組まれているが、泉州沖に沈む夕日を見ながらゆったりとした人生をおくる、ミナミ
に出るにも1時間、今、時代のニーズは高いであろう。
姫路時代は、家庭の事情で和歌山との間を2年余りの間、50回程度行き来をしたが、既
に阪和道も開通しており、中国道から近畿道、阪和道と高速が全通、大変便利になってい
た。関空開港(平成6年)の時期でもあり、見違えるほどインフラが整備された(ととも
に借金も残った)大阪の変化を見続けることができた。
府庁勤務時代は、法人2税の大幅な減収や厳しい府債発行環境のもと財政課長として大
変苦労した記憶があるが、生活の本拠を阿倍野に得て「世界の大都市・大阪」の都心生活
を満喫した。もっとも不況の影響か治安悪化が著しい時期であり、ひったくり犯の増加や
隣家が炎上した連続放火事件の発生など身の危険を感じることすらあった。余談ではある
がこの時は夕刊の1面で報道されるほど大阪市南部エリアを震撼させた連続放火犯の逮捕
に一役買った記憶がある。
直近の神戸時代は、梅田三宮間は新快速でわずか20分、単身赴任の身軽さもあり、勤務
地である兵庫県内はもちろんであることを断りつつ、梅田や難波そしてキューズモールや
ハルカスのオープンで見違えるほど変貌した阿倍野などに出没する機会に恵まれた。
このように中央省庁に籍を置く立場ではあるが大阪と接する機会を多くいただいてき
た。こうした経験を踏まえ思いを述べていきたい。
2.今般の地方創生の議論の出発点=「消滅可能性自治体」雑感
我が国の自治体はこれまで人口減少対策に手をこまねいてきたわけではない。我が国の
地方部における人口減少対策の歴史は古く、1970年に最初の対策法が制定された「過疎対
策」をはじめ、昭和の終わりから平成初期にかけての「ふるさと創生」
、その後の種々の
地域活性化対策など、人口減少による地域の疲弊に対して多くの自治体が定住促進策など
の取り組みを進めてきた。
今般、「地方創生(まち・ひと・しごと創生)
」が一大テーマとなった契機は言うまでも
なく2014年5月に日本創成会議が提示したいわゆる「消滅可能性自治体」論である。出産
可能年齢(20歳~39歳)の女性が2010年以後30年間で半分以下に減少する自治体を「消滅
可能性自治体」と定義した。ネーミングが強烈なメッセージを与えるのみならず、この条
件に該当する地域が過疎地域のような条件不利地域だけでなく東京都練馬区のような首都
東京の23区にも存在するという点で、
地方のみならず大都市にも大変なショックを与えた。
大阪においても、大阪市中央区や住之江区、能勢町などが「消滅可能性自治体」とされる
など衝撃が走ったことであろう。
この議論を聞いて、私は兵庫県の環境部長として鳥獣被害対策を担当していた時分の話
を思い出した。我が国の農山村はシカをはじめとした鳥獣被害を受け、
深刻な状況にある。
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おおさか市町村職員研修研究センター
1.地方創生×大阪
人口減少と超高齢化でヒトと動物の力関係のバランスが崩れた結果であろうか、
「日本の
過疎地域は野生動物に止めを刺されるぞ」と、私は過疎の市町村長に会う度に警鐘を鳴ら
している。
さて、消滅可能性自治体の議論で思い起こしたのは、ニホンザルの群れの存続確率に関
第 1 章
する推計である。これは、兵庫県森林動物研究センター(丹波市旧青垣町にある国内唯一
の自治体立野生鳥獣の研究センター)で兵庫県立大学の坂田先生らが2013年にまとめられ
た「モンテカルロシミュレーションによるニホンザル群の存続確率の推定」である。兵庫
県内にはサルの生息区域が6カ所あり各地域に1~4の群れを形成している。大阪に近い
ところでは丹波篠山で、群れは人里に近く農家の庭先の農作物を中心に被害が深刻化して
寄稿論文「地方創生×α」
いる。当然人間心理としてはサルを捕獲してくれ(殺してくれ)という悲鳴のような要望
が出てくる。しかしヒトの都合で一方的にサルの群れを絶滅させてはならない。そこでサ
ルの出産率、出産成否、死亡率の確率変動から「オトナメス(6歳以上)
」の個体数に応
じて群れの存続、絶滅確率を見込んで個体数管理を行うこととした。誤解を恐れずに「オ
トナメス」のサル=20~39歳の「オトナヒト(女性)
」と読み替えれば創成会議のロジッ
クに繋がる。研究結果では、オトナメスの個体数が15頭以下になると群れが絶滅するケー
スが出始め、10頭では絶滅する確率は2%程度であるが、それを下回ると存続確率は急激
に低くなると示唆している。これを元に兵庫県や地元市町では、オトナメスの数が10頭を
下回らない範囲でサルの個体数管理(捕獲)を行う方針とした。
吉野川・紀の川の源流にある奈良県川上村。2010年に73名である出産可能年齢の女性人
口が人口減少が収束しない場合には2040年には8名まで減少する(減少率89%は群馬県南
牧村と並んでほぼ全国で最も高い)推計である。仮にサルであれば10以下なので「消滅!」
ということになるのか(!?)
。しかし、人間はサルとは違う。ヒトは群れの中だけで生息
しているわけではない、外部との交流がある、絶滅を防ぐ知恵がある。
3.地方創生のポイント「外部人材の活用」
(
「地域おこし協力隊」の活動事例から)
全国の隊員数が2,600人を超えるほどにまで広まった「地域おこし協力隊」の活躍が日
本の地域を元気づけている。
「地域おこし協力隊」とはどのような制度か。都市から地方へ住民票を移して生活の拠
点を置いた人を地方自治体が「地域おこし協力隊員」として委嘱、
「地域協力活動」に取
り組んでもらう仕組みである。
「地域協力活動」とは、地域ブランドや地場産品の開発・
販売・プロモーション、地域行事やイベント、都市住民の移住・交流の支援といった地域
おこし活動、農林水産業への従事、住民の生活維持のための支援など幅広い取り組みを指
す。隊員は自治体に雇用されるか、地域おこしに関係する団体に雇用され、任期は1年以
上3年まで、報酬として年間200万円、また活動費として年間200万円をそれぞれ上限に総
務省が自治体に特別交付税措置を講じている。また、任期終了後の定住に向け起業に要す
る経費も財政支援の対象にしている。
協力隊及びその活動について強い期待を寄せる安倍総理からも「地域で汗を流して、地
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
域の皆さんと一緒になって地域の活性化に大きな役割を果たしている」地域おこし協力隊
の全国の隊員数を約1,000名(平成25年度)から3年間で3倍に増やすよう総務大臣に指
示がなされている。
人口減少対策として、
かつての過疎対策は、
地方から都市部へ人口が流出しないよう「都
市にあって地方にないものを地方につくる」考え方であった。しかし現在では、都市には
ない地域資源が地方にあって、その魅力に惹かれる人材を都市から地方に還流する時代で
ある。「地域おこし協力隊」の制度創設当初は、田舎に関心のある若者の漠然とした「田
舎を体験したい」
、
「田舎で暮らしてみたい」といった動機に基づく参加が多いと考えられ
ていたが、実際に地域に移り住んだ隊員の意識は大変高い。任期中に斬新な感性で地域の
優れた資源を見つめ直し、任期の終了後も地域で起業、就農・就業して約6割が引き続き
活動地域に定住している。地域の人口減対策、経済の活性化に大きな役割を果たしつつあ
る。
「地域おこし協力隊」に対する国の財政支援の対象は三大都市圏内では条件不利地域を
有する市町村に限られており、府内では過疎地域の指定を受けた千早赤坂村だけである。
地域振興に関する国の財政支援には三大都市圏の都市地域を原則対象外としているものも
多く、大阪の皆様からは厳しいご意見をいただく。三大都市圏とそれ以外に線を引く考え
方に依っているが、地方創生の議論の中では東京VS非東京という発想も見られるところ
である。しかし、財政支援がないから取り組めないなどと言うことなかれ。国・地方挙げ
て取り組んでいる有意義な施策の取組事例にふれ、その意義について考えることで、対策
の方向性を考えていただく一助としていただければありがたい。
地域おこし協力隊を自治体消滅を防止する知恵などと申し上げる気は無い。しかし、現
実として前項で述べた人口1,300人余り(平成27年推計人口)の奈良県川上村では地域お
こし協力隊として男性6名、女性4名の若者が活躍している。平成25年以後隊員として村
に移住した若者の数は創成会議の消滅可能性自治体の推計の前提条件に織り込まれておら
ず、推計の前提条件がこの事実によってだけでも変化しているのではなかろうか。
かつて吉野林業のメッカとして栄えた奈良県川上村。過疎化が進行し、現在では大滝ダ
ムも完成、ダムに依存した村づくりからの脱皮と林業の再生が求められている。その対策
として栗山村長は外部人材の活用を重視し「地域おこし協力隊」を導入した。当初、村で
は、採用した隊員に最初の1年間は何をやりたいか村の各地域を隅々まで自ら見て考えよ
という方針を掲げた。結果、空き家を活用して村で育まれてきた文化や知見をつなぐ「農
家民宿HANARE」の立ち上げ、吉野杉の原木丸太一本を購入し林業女子として自ら広告
塔になり吉野林業の素晴らしさをアピールする「恋する丸太プロジェクト」
、洞窟探検ツ
アーなどのエコツアーを通じて山の暮らしや文化を伝える「エコツアーyoiyoiかわかみ」
、
村の気候が育む柔らかで仏料理にも向く源流白菜など地元農家の生産した野菜をお金に循
環させる「やまいき市」など隊員発案のプロジェクトが隊員自らの手で軌道に乗ってきた。
その中の一人、林業女子として「恋する丸太プロジェクト」に取り組む鳥居さんは東大阪
市出身だ。林業女子などというと田舎大好きな素朴な女子を想像するかもしれないが、鳥
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おおさか市町村職員研修研究センター
1.地方創生×大阪
居さんは東大阪で生まれ育ち学生時代から八重山の海に10年余り通い続けるほど海好きの
「都会女子」でもある。海に通う中「豊かな海があるのは山のおかげ。豊かな海を作るた
め山林を守る林業に関わりたい」と山を想ったそうである。今の林業は山仕事だけではな
く、知恵を出し合い売れる製品にしていかなければならない時代。ブログやSNSでの情報
第 1 章
発信活動をはじめ、都会的な価値観や情報を村に伝え、村に生きる技と知恵を合わせて活
動している。
また、大阪圏内には特別交付税措置の対象とならずとも「地域おこし協力隊」に取り組
んでいる自治体がある。兵庫県加西市である。加西市でも外部人材の活用の重要性を西村
市長自ら強く提唱し、特交対象外と承知しつつ地域おこし協力隊員を採用、活躍の場を創
寄稿論文「地方創生×α」
出している。
加西市では平成27年度より男女1名ずつ2名の隊員を採用した。
女性隊員の立花さんは、
若い女性の感性を活かして、女性目線でお薦めのデートコースを紹介する小冊子「加西お
さんぽ帖」の発刊、歴史ある町並み「北条町」の探索マップ作成、市内で働く「人」と一
押しのランチを紹介する「私のヒトサラ」の作成などに取り組んでいる。また、男性隊員
の下江さん(大阪市から移住)は、空き店舗をワークショップ型で改修した「若者が集ま
るターミナルスポットづくり」
、DASH村的地域づくりとしての「かさいみんなの開拓団
事業」を進めるほか、
2016年加西市成人式実行委員長として成人式をコーディネートした。
ここでさらに「地域おこし協力隊」は農山漁村地域のためのもの、大阪のような大都市
圏域にはマッチしないという声も聞こえてきそうだ。しかし協力隊の活躍のフィールドは
幅広いと考えている。全国のこれまでの活用事例を見ても、商店街活性化のマネージャー
や観光・交流体験プランの策定、移住者の受け入れのコーディネーター、伝統工芸の後継
者など多種多様な分野で活用されている。人口減少と高齢化が加速する中で、農林水産業
のみならず商工業の世界、例えば中小企業の町工場の後継者、商店の後継者なども協力隊
員から生まれてくると考えている。もちろん自分の子や孫が事業を承継してくれることが
望ましいことには違いないが、それがかなわないのであれば「地域おこし協力隊」のよう
な形で地域に入ってくれる若者に次代を任せる、そんな発想も人口減少社会下では必要で
はなかろうか。
大阪府内の自治体が協力隊に取り組むとした場合、首都圏からの転入や関西圏以外の都
市地域から転入した若者などを対象にした仕組みとして考えられないだろうか。地域を担
う外部の若い力「地域おこし協力隊」
、この発想を「大阪創生」にも活かしてほしい。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000380187.pdf
「外部人材の活用」についてもう一つ紹介したい。三大都市圏に勤務する大企業の社員
に一定期間、地方自治体において、有するノウハウや人脈を活かして地域独自の魅力や価
値の向上、安心・安全につながる業務などに従事してもらい、地方圏へのひとの流れを創
出する「地域おこし企業人交流プログラム」である。農業分野の国家戦略特区、兵庫県養
父市が、このプログラムを活用して特区推進のコーディネーターとして三井物産から商社
マンを受け入れた。
商社のネットワークを活用しての農産物の販路開拓はもちろんのこと、
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
ドローンの林業分野や医療分野への活用も提案されるなど大活躍である。このプログラム
は、地域には無論、若手の人材育成や中高年社員の有効活用の面で企業にもメリットが多
いウインウインの仕組みと評価されている。三大都市圏の内外を問わず参考にできる仕組
みだ。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000349596.pdf
4.
「大阪創生」に向けて移住促進への一層の取り組みを(地方財政措置の対象経費化)
総務省がまとめた2014年の「住民基本台帳人口移動報告」によれば全国の圏域間の人口
移動の状況は大阪圏、大阪にとってショッキングだ。大阪府が4年ぶりに転出超過に転じ
たほか、圏域単位でみても大阪圏から東京圏への転出超過が大幅に増加している。
府がまとめた「大阪府人口ビジョン」でも、
「東京一極集中の影響は、大阪府にも大き
く及んでおり、東京圏への転出超過(2010~2014年の5年間で37,902人)の状況が続いて
います。経済機能等の流出ともあいまって大阪の活力低下を招いているとの指摘もありま
す。」としている。
「指摘もあります」とは若干他人事のような言いぶりではあるが危機感
が滲み出ている。
国の戦略の中でも東京圏への転入超過が年間11万人という数字が強調されている。その
内容として、実は三大都市圏(イコール大阪圏、名古屋圏ということになる)以外の地方
圏から東京圏への転出はピークアウトしつつあり、大阪圏から東京圏への転出超過が加速
している状況にある。大阪が結果として東京一極集中を助長しているということになる。
これは大変な問題である。東京を人一倍意識し、日本の2極の一つとして副首都の位置づ
けを得ようとしている大阪圏が実は東京への人口流出を許す大圏域になっているという事
実だ。
私がお付き合いしてきた関西の方の多くは、関西に残っておられる方だから当然そうな
のかもしれないが、基本、東京及び東京の空気には馴染めないという方が多い。それなの
に関西から東京への流出が増加している。私見では3つの要素が影響していると感じてい
る。1つには企業の行動。関西の拠点の集約化と東京への移転を図っていること。個人と
しては如何ともし難い理由か(?)
、2つには、親が関東など他地域の出身であるなど純
粋関西人でない方の東京への流出、東京の高等教育機関に敢えて進学する学生にはこのパ
ターンが多い。3つには、進学、就職で一人暮らしをしてみたいという子どもに関西での
一人暮らしを親が認めないために東京に流出させているパターンである。しかし、そうし
て関東に進学、就職した若者たちも「やっぱ大阪(関西)がええわ」としばしば帰省して
いる。関西には多くの高等教育機関もある。簡単に子ども達を関東に流出させてはいけな
い。また、流出させないだけでなく、いまやブームとなった移住促進について全国の他の
地域に負けずに大阪も積極的に取り組むことが必要だ。
近隣の大都市でも移住促進への試みがスタートしている。神戸市は、新しい試みとして
「LIVE LOVE KOBE(リブ・ラブ 神戸)
」事業を始めた。これは、神戸市内への移
住を考えている20~49歳の兵庫県外在住者を対象に、
3泊から14泊、
北野のレトロマンショ
6
おおさか市町村職員研修研究センター
1.地方創生×大阪
ンに「試住体験(無料)
」しながら「衣」
「食」
「住」
「遊」などテーマ別の各種「神戸暮ら
し体験ツアー(有料)
」に参加して神戸の魅力を感じてもらい移住につなげようという取
り組みである。兵庫県も東京からのUターン、Iターンの移住相談窓口として大手町のパ
ソナ本部ビルの地下1階に「カムバックひょうご東京センター」を開設した。
第 1 章
この原稿を書いている平成28年1月16日、東京ビックサイトで全国の都道府県が出展す
る「JOIN移住・定住&地域おこしフェア~地域の魅力発信編~」が開催された。私も当
初このイベントを企画した立場でもあり会場を訪れたが、大阪府の設置したブースも「大
阪で働こう!」というキャッチで売り込みを熱心に行っていてとても感心した。ただ、担
当者の話では、東京からの移住となると大阪よりももっと田舎にという方が多いとのこと
寄稿論文「地方創生×α」
であった。しかし、大阪の移住受け入れの戦略は2つのパターンで成り立ち得ると私は考
えている。まず、私の感覚では大阪市中心部は「究極のコンパクトシティ」である。なぜ
か?梅田と難波の2大都心が自転車移動圏内である。府庁からちょっと天六まで自転車で
足を伸ばして、などという生活も可能である。自転車移動可能圏の中に百貨店もあれば安
売りスーパーもある。繁華街も住宅街もある。あらゆる機能が集中している。自転車で
ちょっと法善寺横丁に寄って水掛不動尊に参ろうか、みたいな東京では味わえない便利か
つ粋な暮らしがある(京都にもありそうだ)
。大都市でこんな街はなかなかない。私も12
年ほど前、大阪から東京に異動した際に渋谷区から霞ヶ関への自転車通勤を試みたことも
あるが、坂が多くて閉口した。大阪市内なら上町台地さえクリアすれば問題なく歩いて又
自転車で、快適な都心ライフが可能である。
もちろん移住の可能性が高いのは大阪市だけではない。徳島県神山町が移住先として全
国から注目されている。今や空き家の数も不足し待機児童ならぬ待機移住希望者が100人
以上いると聞く。筆者も以前視察させていただいたが、情報通信インフラが整備された同
町では空き家を活用して映像素材の制作などのIT関連企業が立地、地域の若者の雇用を
生みだし都会からの移住希望者も殺到している。また、大阪の企業も在庫の保管コストが
低いことに目を付け、古民家を住居兼倉庫として活用、田舎暮らしをしながら注文をネッ
トで受け付け全国に配送するといったビジネスモデルも生まれている。確かに神山町は自
然豊かだ。その一方、実は県庁所在市で一定のインフラが整う徳島市内まで車で1時間足
らずの通勤可能な場所にある。大阪の企業はわざわざ明石海峡大橋も大鳴門橋も渡り時間
コスト・金銭コストを払ってでも神山に立地している。しかし、大阪府内でも神山に負け
ない魅力的な地域もあるのではないか。これは千早赤坂村の村長さんにも申し上げたこと
があるが、神山と競争しても勝てるはずだということである。千早赤坂村に限らず大阪府
内でも自然豊かな地域で空き家が増加している地域はある。もちろん交通条件は神山より
有利であろう。大阪市内への通勤も可能だ。徳島まで行かずとも自然豊かな暮らしは可能
でありビジネスモデルも創造可能だ。都市圏域にある田舎のメリットは大いにあるはずで
ある。灯台もと暗し、府内の「田舎」をクローズアップしよう。
なお、三大都市圏への財政措置が限定的と先に述べたが、移住定住推進施策については
平成27年度から地域要件なしで地方財政措置が講じられることとなった(
「地方自治体が
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
実施する移住・定住対策の推進について」[総行応第379号平成27年12月14日総務省地域力
創造グループ地域自立応援課長通知]参照)
。この財政措置は財政力による補正を行うこと
としつつも地域限定なしで講ずることとされている。すなわち大阪府内の自治体も対象と
いうことである。例えば、①移住相談窓口の設置、移住相談会、移住セミナー等の開催、
移住関連イベント等への相談ブースの出展、各自治体のホームページや東京事務所等にお
ける情報発信、移住促進のためのプロモーション動画の制作などの「移住希望者への情報
提供」、②いわゆる「お試し移住」や「移住体験ツアー」等の実施、移住希望者に対する
就職支援、住宅支援(空き家バンクの運営、住宅改修への助成)
、移住体験の実施や受入
地域における移住者の受入環境の整備など「移住体験の実施や受入地域における移住者の
受入環境の整備」
、③移住希望者に対する情報提供・相談対応等や移住者の定住・定着に
向けた人的支援としての「移住コーディネーター」や「定住支援員」設置などが支援対象
となり得るので、内容をご確認いただき活用していただければ幸いである。
また、総務省では、地方への移住関連情報の提供・相談支援の一元的な窓口として「移
住・交流情報ガーデン」を平成27年3月に東京駅近くの八重洲に開設した。移住・交流関
連情報の発信拠点として、また各自治体による移住・交流に関する相談会やセミナー、フェ
ア等の開催の場として活用可能である。新幹線の東京駅近で大阪の自治体にもとても便利
な場所に立地しているので是非活用いただきたい(要予約、使用料不要)
。
https://www.iju-navi.soumu.go.jp/ijunavi/garden/
5.おわりに 間違いなく世界に通用する「大阪」
最後に「東京を過剰に意識しなくても良いのでは」という思いから一言述べておきたい。
大阪の人気女流漫才の鉄板ネタにこういうものがある。Y世「やっぱね、愛の告白の仕
方も東京と大阪ではちゃいます」
、T子「そや、東京は「僕は、君のことを愛しています」
やて、あはは、笑ろてまう、東京気取っちゃってさ、は!」みたいな東京と大阪の文化を
比較したパターン。もう漫才のテクニックは抜群なのだが・・・。
「東西2極ではなく大阪独自の道を追求すべき」
、このような意見も既に地方創生戦略
を検討する府の審議会の中で発言されているとも聞き及んでいる。全国各地では既に東京
を意識することなく東京にないものを生かした地域づくりに自然体で取り組む地域が増え
ている。この際、
「東京はこうやけど・・・大阪は・・」と東京との違いを強調せず、
「世
界の中の大阪」として大阪のあるべき姿を追求すべきではないだろうか。結果首都東京で
は出てこない発想で東京を凌駕するようなものが生まれてくるのではないか。そもそも大
阪人はそのアピール力などから、世界に通用する日本人としてオンリーワンだとの格言?
もある。
「神戸・阪神間で生まれ育ち、京都で学び、大阪で働く」が関西人の理想、などという
話も聞いたことがあるが、
「大阪で生まれ育ち、関西のどこかで学び、大阪で働く」
、また、
大阪以外の人たちにも大阪で働きたい、住みたいと思ってもらえるような「大阪」が創生
されることを願う。世界の大都市としてのオンリーワンの大阪として、
より魅力ある街へ、
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おおさか市町村職員研修研究センター
1.地方創生×大阪
地域へ邁進されることを祈念して本稿が一助となれば幸いである。
第 1 章
Profile
佐藤 啓太郎(さとう けいたろう)
総務省自治税務局固定資産税課課長
元大阪府財政課長
寄稿論文「地方創生×α」
昭和63年自治省入省。和歌山県、姫路市などの地方勤務を経て
平成14年 大阪府財政課長
平成16年 総務省自治財政局財政制度調整官
平成17年 総務大臣秘書官
平成19年 総務省過疎対策室長
平成22年~兵庫県環境部長、産業労働部長、企画県民部長
平成26年 総務省地域自立応援課長
平成27年 総務省固定資産税課長(現在)
おおさか市町村職員研修研究センター
9
2.地方創生×財政
地方創生×財政
第 1 章
齊藤 愼 Shin Saito
おおさか市町村職員研修研究センター所長
大阪学院大学経済学部教授・大阪大学名誉教授
寄稿論文「地方創生×α」
1.地方創生とその背景
平成24年12月26日に発足した第2次安倍内閣は、当初は主としてマクロ経済状況改善を
その狙いとしていた。
「どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならない」という日本経
済の課題を克服するため、安倍政権は、
「デフレからの脱却」と「富の拡大」を目指して
アベノミクス「3本の矢」と呼ばれる政策手段を指向するかに思われた。1)具体的には、
第1の矢「大胆な金融政策」
、第2の矢「機動的な財政政策」と第3の矢「民間投資を喚
起する成長戦略」からなる。このうちでは、第1の矢と呼ばれる「大胆な金融政策」が本
格的に実施され、その効果も大きかったように思われる。2)
しかし、このようなマクロ経済重視の方向に転機をもたらしたのが、日本創成会議・人
口減少問題検討分科会(座長・増田寛也元総務相)による人口減少・自治体消滅への警鐘
だった。平成25年12月に発行された『中央公論』に掲載された「戦慄のシミュレーション、
3)
2040年地方消滅。
「極点社会」が到来する」では「消滅可能性」
の高い市町村は523であり、
市町村全体の29.1%が消滅する可能性があるという結果が示され、自治体関係者に衝撃を
もたらしたといわれている。
このような中、第2次安倍改造内閣発足時の総理大臣記者会見で表明されたのが、
「地
方創生」である。この会見で安倍総理は、
「
(前略)改造内閣の最大の課題の一つが、元気
で豊かな地方の創生であります。人口減少や超高齢化といった地方が直面する構造的な課
題に真正面から取り組み、若者が将来に夢や希望を持つことができる魅力あふれる地方を
創り上げてまいります(後略)
」4)と述べ、新たに地方創生担当大臣を創設することを表
明した。それ以前のアベノミクスに地方創生の観点が加えられた意味でローカル・アベノ
ミクスともいわれるが、雇用創出や地域産業の競争力強化などのマクロ経済重視の視点も
盛り込まれていることに注意が必要である。
具体的には、2060(平成72)年に1億人程度の人口を確保する中長期展望を示す「国の
長期ビジョン」と2015~2019年度(5か年)の政策目標・施策を策定した「国の総合戦
5)
略」
をベースとして地方公共団体が「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を策定し、
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
施策を推進することになった。これまでのこの種の計画と異なると思われるのは、
「地方
が自立につながるよう自らが考え、責任を持って戦略を推進」し、
「国は「情報支援」
、
「人
的支援」、「財政支援」を切れ目なく展開」6)することである。人口減少への対策が重視さ
れているが、都市部と地方部の格差是正の側面も有する。税制・地方財政措置として、企
業の地方拠点強化に関する取組を促進するための税制措置、地方創生の取組に要する経費
について地方財政計画に計上し、地方交付税を含む地方の一般財源確保などが取られる。
地方の積極的な取組を支援する自由度の高い交付金が26年度補正予算で先行的に創設され
た。今後の動向との関連で注目されるのは、
「
「まち・ひと・しごと創生事業費」について、
少なくとも総合戦略の期間である5年間は継続し、1兆程度の額を維持」7)すると明示さ
れている点である。
その後、第3次安倍内閣発足時には、アベノミクスの第2ステージとして「一億総活躍
社会」を目差すものとされ、新たに一億総活躍担当大臣が創設された。その目的は、
「少
子高齢化の流れに歯止めをかける、そして一人一人が活躍できる「一億総活躍」の社会を
作り上げていく」8)とされているが、国の政策の位置づけとして地方創生の影が相対的に
薄くなった感は否めない。
2.人口減少と国の政策の方向性
既述した「戦慄のシミュレーション 2040年、
地方消滅。
「極点社会」が到来する」では、
人口が減少し続けることを指摘し、さらには、地域間の人口移動率が一定とならないこと
を考慮すると、
全国が「限界自治体化」する危機を迎えると警鐘を鳴らした。引き続いて、
翌2014年6月には「提言 ストップ「人口急減社会」
」において、
「消滅する市町村523」
の具体名を挙げて、地方部だけではなく、都市部の地方自治体にも影響が及ぶことを警告
した。
このような状況の下で、2014年1月30日には経済財政諮問会議に「選択する未来」委員
会が設置され、同年4月末には、日本創成会議に人口減少問題検討分科会が立ち上げられ
た。「選択する未来」委員会の中間整理として『未来への選択 -人口急減・超高齢社会
を超えて、日本発成長・発展モデルを構築-』が5月にまとめられ、
「危機意識を共有し、
50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持することを目指す」との方向が打ち出され
た。この報告書の特徴は、
「
(前略)様々な経済活動や社会的機能の担い手となる人口を、
将来においてもある程度の規模で保持することが必要である。国民の希望どおりに子ども
を産み育てることができる環境をつくることによって、人口が50年後においても1億人程
度の規模を有し、将来的に安定した人口構造を保持する国であり続けることを目指してい
く(後略)
」9)ことにあり、政策目標として初めて人口減少の抑制を明確にした点にある。
これを受け、同年6月24日に閣議決定された『経済財政運営と改革の基本方針2014~デフ
レから好循環拡大へ~』にも「50年後に1億人程度の安定した人口構造の保持を目指す」
と明記された。
日本が直面する人口減少に加えて地方創生という構造的な課題に取り組むために、2014
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おおさか市町村職員研修研究センター
2.地方創生×財政
年9月3日付で閣議決定により、まち・ひと・しごと創生本部(以下「創生本部と呼ぶ」
)
が設置され、12月2日からは同法に基づく法定の本部となった。創生本部は第2次安倍改
造内閣の全閣僚で構成される。50年後に1億人程度の人口を維持するために、以下の3つ
を基本的視点としている。それは、
(1)若い世代の就労、結婚、子育ての希望実現(2)
第 1 章
東京一極集中の歯止め(3)地域の特性に即した課題の解決、である。すべての女性が輝
く社会づくり本部の行う政策や成長政策、などとともに内閣の目標を実現しようとしてい
る。
それでは、この目標を達成した場合の日本の将来像としてどのような姿が描かれている
のであろうか。
「選択する未来」委員会の報告書『未来への選択』では、
「改革・変革を経
寄稿論文「地方創生×α」
た未来」として、
「○50年後-1億人程度の安定した人口構造、○50年後-実質GDP成長
率 1.5~2%維持、○東京一極集中の反転、地域の特色を活かした豊かな成長・発展」
としている。人口が減少するにもかかわらず実質成長を達成するためにはイノベーション
が必要としている。人口減少および生産性向上の想定と実質成長率の関係が興味深く、生
産性がかなり向上しない場合には、人口減少が実質GDP成長率を2040年代にマイナスに
導く可能性があることを指摘している。
3.変化しつつある地方財政
これまで述べてきたように地方創生の背景として人口減少があることは間違いないが、
もう一つの大きな要因として市町村の役割がより重要となってきている点も挙げられる。
市町村は福祉・教育・環境衛生などの住民に身近な行政を多く担っており、高齢化や少子
化等により、その役割がさらに重要になってきている。
最近10年間程度の地方歳出の動向を示した(図-1)から見て取れるように、2009(平
成21)年度に、それまでの縮減の傾向が一転して急増している。その後2011年度頃からは
市町村歳出が徐々に増加し今日に至っている。2009年度歳出の急増は、
2008年9月15日に、
アメリカでリーマン・ブラザーズが破綻したことなどを契機とする、いわゆる「リーマン
ショック」への国・地方の対応が大きな要因である。ただし、この時の国当初予算の
37.6%が公債発行によるものであることには注意が必要である10)。その後の2011年度頃か
らの歳出増加は、景気対策に加えて、その後の景気回復による税収増加と2014年4月から
の消費税率(地方消費税を含む)アップに支えられている。その結果、2014年度には市町
村歳出は56兆円、都道府県との単純合計で106兆円にも達し、2003年度に比して7兆円程
度増加している11)。
しかし、2009年度以降の最近の増加については注意が必要である。
(図-1)に折れ線
グラフで示されている地方歳出純計対GDP比から見て取れるように、経済活動と比較す
るとそれほどは増加していない。もう少し詳しくみると、
近年はむしろやや減少している。
つまり、経済規模の拡大にほぼ応じた歳出増加となっており、高齢化等の財政需要の要因
が歳出総額にどの程度影響しているかは明確ではないことである。これは財政のメカニズ
ムを歳入面から考えると分かりやすい。公債増加あるいは増税などの増収策を何らかの形
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
で考えない限り、経済活動に対応した税収が得られ、経済規模に応じた歳出規模になるか
らである。地方財政全体としてはこのようになるが、地域別に考えると税収は偏在する傾
向がある。法人課税に代表されるように、経済活動の活発な地域の税収が著しく増加し、
地域間の格差が偏りがちになる。
しかし一方で、社会保障関係費の増加を背景に民生費が増加し続け、市町村歳出に占め
る民生費の比率は35.3%ともっとも大きな比率を占める。民生費の内訳は、児童福祉費が
最大の割合(民生費総額の35.7%)を占め、総合的な福祉対策に要する経費である社会福
祉費(同25.1%)
、老人福祉費(同18.2%)
、生活保護費(同19.2%)
、災害救助費(同1.8%)
の順となっている12)。特に都市部では民生費の割合が著しく高くなり、結果として他の歳
出が抑制されることになる。
どの地域でも標準的な公共サービスを行うことができるためには、地域間格差が大きく
なり過ぎないことと、歳出の効率化が必要であるが、それだけでは税収の乏しい地域での
サービス提供に十分ではない。このため、地方交付税を中心とする地域間の財政調整が長
くなされてきた。2014年度の市町村歳入58兆1,305億円中で地方税収は32.7%に過ぎず、地
方交付税・地方特例交付金・譲与税および国庫支出金などの移転が34.6%を占め13)、地方
税を上回る。しかし、これでも格差縮小が十分ではないとの判断から、近年では税制度に
まで踏み込んだ格差縮小政策が強化されている。このため、都市部の市町村は経済力に応
じた税収を確保し難くなっている。税と財政調整の役割分担をどのように考えるかについ
ての議論が必要である。
4.地方創生に求められるもの
今後の人口減少社会を考えると、市町村が「特徴を活かした自律的で持続的な社会を創
生」14)しようとすることが重要であることはいうまでも無い。それぞれの地域の「創意工
15)
夫」
で地域社会をよりよくすることは望ましいが、市町村だけの力でできるわけでは無
い。地域社会は住民・企業・その他の組織等と市町村から構成されており、公的部門であ
る市町村があまりにも大きな役割を果たすことは問題である。ちなみに日本経済全体とし
てみると、国・地方等の公的部門の果たしている割合はほぼ4分の1である12)。もちろん、
この割合は地域によって異なるし、都市部では相対的に低い。
なんらかの事業を市町村が直接行うこともあってよいが、これまでの経験を踏まえる
と16)、どちらかといえばソフト事業を中心とし、地域振興の枠組み作りや住民・企業への
サポート、さらには情報提供や教育・研修など中期的な視点からの事業を主体とすること
を考えて良いように思われる。
しかし、すべての市町村が自立することは難しいように思われるし、現実的でない。歳
入に占める税収比率は市町村ごとに大きく異なる。
都市部と地方部の市町村がそれぞれ
「自
律的」に活動できるような枠組みが必要である。
財政面では地方交付税が重要な役割を担っ
ているが、都市部の市町村と地方部の市町村では依存度がかなり異なる。
今後の人口減少社会で、社会経済全体の活力を維持するためにどのような税制度および
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おおさか市町村職員研修研究センター
2.地方創生×財政
財政調整制度が望ましいかを都市部の市町村の観点からも議論することが必要であるが、
それは各地域がどの程度「自律的で持続的な社会」になっているかにも依存する。
【注】
第 1 章
*)本研究に際しては、日本学術振興会科学研究費補助金26380383(地方歳出の効率化と地方財政調整制度)の
助成を受けた。
1)首相官邸HP 「アベノミクス「3本の矢」
」を参照した。
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html
2)どの程度の効果であるかについては見解が分かれる。この点については、
「異次元緩和1年、評価は本田悦
寄稿論文「地方創生×α」
朗氏と池尾和人氏に聞く」(2014年3月30日付日本経済新聞)を参照されたい。
3)2040年に人口が1万人未満になる市町村を「消滅可能性」がある市町村と定義したことには異論もあり得る。
4)首相官邸HP http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0903kaiken.html
5)総合戦略において、地方移住の推進(年間移住あっせん件数 11,000件)など具体的な数値目標が重要業績評
価指標(KPI:Key Performance Indicator)として、日本再興戦略(平成25年6月)に引き続き取り入れ
られたことが注目される。
6)「地方創生の推進について」(平成27年1月9日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kyouginoba/h26/dai3/siryou3.pdf
7)「地方創生関連概算要求(平成28年度当初予算)等について」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/pdf/h27-09-yosan.pdf
8)「加藤大臣挨拶(第1回「一億総活躍社会」づくりに関する関係府省庁連絡会議)
」
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/daijin_aisatsu.html
9)内閣府HP http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/chuukanseiri/01.pdf から一部を引
用した。
10)平成27年度地方財政対策においては、このような危機対応モードは「平時モードへの切替えを進める」とさ
れていることに注意されたい。
11)ここでは普通会計の数値を用いているが、地方独立行政法人化や民営化などの制度改正によって普通会計の
守備範囲が異なってきていることに注意が必要である。
12)『・平成28年版地方財政白書』を参照した(数値は2014年度)
。
13)移転総額は臨時財政対策債を加えると38.2%になる。
14)「まち・ひと・しごと創生本部」HP https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/
15)ふるさと創生事業(1988年から1989年)でも用いられた用語である。
16)過去にもさまざまな地域活性化の政策が採られてきたが、政策の結果がどのようであったかの事後的な評価
が公的になされていないことは問題である。
【参考文献】
赤井伸郎・山下耕治・佐藤主光(2003)『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』
,有斐閣.
河野稠果(2007) 『人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか』
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
中央公論新社.
加藤久和(2011) 『世代間格差:人口減少社会を問いなおす』 筑摩書房.
齊藤愼(2012) 『地方分権化への挑戦-「新しい公共」の経済分析-』
、大阪大学出版会.
齊藤愼(1997) 「転換期を迎えた地方交付税」
『都市問題研究』 第49巻第10号.
齊藤愼・中井英雄(1995) 「後進地域の地方団体に対する保護政策」 八田達夫・八代尚宏編 『
「弱者」保
護政策の経済分析』(日本経済新聞社)所収.
田近栄治・宮崎毅(2006) 「地方交付税と地方自治体の財政改善努力:全国市町村データによる分析」
,
Graduate School of Economics and Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, 20.
玉村雅敏・小島敏明(2016) 『東川スタイル―人口8000人のまちが共創する未来の価値基準』 産学社.
中井英雄(2012) 「州間財政調整制度の国際比較:大らかな基準による限界責任の発揮」
『地方財政』51(4)
.
奈良県税制調査会(2014) 『望ましい地方税のあり方 奈良県税制調査会からの発信』 清文社.
林正義(2002) 「自治体特性と非効率性」,明治学院大学産業経済研究所年報,N0.19.
山下耕治・赤井伸郎・佐藤主光(2002) 「地方交付税制度に潜むインセンティブ効果」フィナンシャル・レビュー.
Shin Saito, and others(2007), Investigation on the reconstruction of national and local government finance in
aging population combined with the diminishing number of children,Meeting of International Collaboration
Projects 2006,Economic and Social Research Institute, Cabinet Office.
【参考資料】
大阪府HP 「地方創生について」
http://www.pref.osaka.lg.jp/shichoson/jichi/tokusyu1.html
国立社会保障・人口問題研究所 『日本の将来推計人口(平成24年1月推計)
―――― 平成23(2011)年~平成72(2060)年 ――――』
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401top.html
毎日新聞論説委員 人羅 格 「地方創生」の背景と論点 平成26年09月
全国知事会HP http://www.nga.gr.jp/data/report/report26/14090102.html
増田寬也・人口減少問題研究会 「戦慄のシミュレーション、2040年地方消滅。
「極点社会」が到来する」
『中央公論』2013年12月。
増田寬也+日本創成会議・人口減少問題検討分科会 「提言 ストップ「人口急減社会」
」
『中央公論』2014年6月。
まち・ひと・しごと創生 『地方創生事例まとめ』
http://www.gov-online.go.jp/cam/chihou_sousei/kouhou/case_matome/index.html
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おおさか市町村職員研修研究センター
2.地方創生×財政
第 1 章
寄稿論文「地方創生×α」
Profile
齊藤 愼(さいとう しん)
おおさか市町村職員研修研究センター(マッセOSAKA)所長
大阪学院大学経済学部教授・大阪大学名誉教授
1948年大津市生まれ。1972年大阪大学経済学部卒、1989年経済学博士(大阪
大学)
。現在、大阪学院大学経済学部教授、おおさか市町村職員研修研究セ
ンター所長。大阪府行財政改革有識者会議座長、豊中市行財政改革推進市民
会議委員長代理、内閣府「21世紀型行財政システムの構築」有識者研究会座
長、日本地方財政学会理事長などを歴任。
主な著書:
『政府行動の経済分析』
(創文社,
1989年)
『地方財政改革−ニュー・
、
パブリック・マネジメント手法の適用−』
(有斐閣,
2001年,
共著)
、
『地方分権化への挑戦 「新しい公共」の経済分析』
(大阪大学出
版会,2012年,編著)など。
おおさか市町村職員研修研究センター
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3.地方創生×地域活性化
今ある「場所の力」で地方創生を!
商店街再生の+αを考える
第 1 章
足立 基浩 Motohiro Adachi
和歌山大学経済学部教授 学部長
寄稿論文「地方創生×α」
ここ数年、失業率の低下など日本全体での経済がやや上向きといわれる一方、地方都市
の経済状態は健全とは言い難い。特に本稿が対象としている地方都市のシャッター通り問
題は深刻である。
中小企業庁の調査(2012年)によると商店街の空き店舗数は7.31%(2003年)から
14.62%(2012年)へと特にこの10年ほどで急増している。かつてはまちの顔でもあった
中心市街地の商店街なども今はシャッター通りと揶揄される始末である。
大阪市内においては2007年には400を上回っていた商店街数も減少傾向にあり、約1%
程度の大型店が売り上げシェアの4割を占める状況である(大阪市都市型産業振興セン
ター(2013年)
。商店街においては、消費者の購買動向の変化や、車社会の到来、高齢化
する商店主など、問題は山積している。長年かかって衰退した町を一夜にして再生するの
は簡単なことではない。
地方再生には様々な視座が存在するが、なかでも商業空間の衰退は特に目に見えるもの
でもあり日本の地方創生にとって最も気なる部分だ。
一方で、海外の事例、特にイギリスなどを見ると中心市街地は実に元気である。1994年
から2011年までの間に中心市街地への商業投資は格段に増加した(14%から42%へ)
。イ
ギリスでは「
(郊外地に比べ)中心市街地での開発を基本的に優先させる」というルール
(PPS4と呼ばれている計画指針)が確立している。また、まちづくりを貫く精神は「持
続可能なまちづくり」であり、
「今ある資源の有効活用」をベースとしている。
まちの再生に今ある施設や地域の資源をうまく活かすことは、予算の限られた昨今では
実に重要な視点である。
本稿では、地方都市の商店街再生をメインテーマに最近私が注目している「4つのA
(Agriculture(農業との連携)
、Art(アートによる再生)
、そしてArchitecture(建築再
生 リノベーション)
、Avenue(通りの活用・再生)
)
」について紹介を行いたい。
以下に述べる上記の事例はいずれも再開発せずしても「今そこにある場所の力」を有効
活用することで低予算でも実現が可能なものばかりである。
省エネの時代にふさわしい
「4
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
つのA」でのまちおこしを期待したい。
第1のA) Agriculture 農業と関連した商店街の再生
最初のA(=農業)だが、農地の役割に注目し、新しい中心市街地、商店街の方向性を
探るものである。
例えば宮崎県日南市油津の中心市街地では、商店街に存在した空き地を一部農地化し、
地元の子供たちがそこで作物を育て、収穫期には商店街で販売するという試みが行われて
いる。以下その詳細についてみてみよう。
・商店街に農業空間を 宮崎県日南市油津商店街の事例1
日南市の人口は54,929人(平成26年4月1日現在)であるが、中心市街地の商店街地区
は衰退し、かつて80店舗ほど存在した店舗が現在では30店舗ほどになっている。いわゆる
シャッター通り化が進んでいるが一方で新しい動きもみられるようになった。
前市長である谷口義幸氏の時代(2015年3月現在の日南市の市長は﨑田恭平氏)
、①給
料月額90万円を出す、②油津への移住(期間限定でも良い)
、そして20店舗のシャッター
を開ける(4年以内)
、ことを条件に商店街再生を請け負う人材の公募がされ、福岡のコ
ンサル業に勤務していた木藤亮太氏が選ばれた。
同氏は、主にリノベーションという手法により商店街内でカフェレストランなどを次々
とオープンさせることに成功している(2015年6月時点では既に10店舗近くの店舗が開業
に成功)。同氏の手法は基本的に店舗のリノベーションと市民参加にある。市民に再生計
画などに参加してもらうことで再生案そのものに親近感を感じてもらい、実際に実施者と
顧客が同一主体となる。
中でも特に注目したのが、
商店街の一部に農園
「油津アーケード農園
(広さ約100㎡程度)
」
を設けた点にある。商店街の一部農地化・公園化については、かねてからその必要性が叫
ばれていたが、ここでは日南市の農政課の指導を得て地元小学校の参加のもと、ニンジン
やじゃがいもなどを栽培してきた。商店街の土地に「農業」という付加価値を加えている
がこのことが街全体に大きな付加価値をもたらす。
さらに、農作業に関わる人口を増やすことで商店街の交流人口も増える(写真1参照)
。
交流型の都市農業の一形態ともいえる。
1 2015年2月27日NHK宮崎放送局の特別番組「GOGO商店街」で専門家の立場から招聘を受けた著者が木藤
氏とインタビュー形式で取材を行った。
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3.地方創生×地域活性化
第 1 章
寄稿論文「地方創生×α」
図1 油津商店街での取り組み
出典:油津商店街のホームページ参照 http://aburatsu.jimdo.com/
具体的には同市のまちづくり会社(日南まちづくり株式会社)が中心になって、農園に
関わる人集めを実施した。同社は農園キッズと称した子どもたちを中心とするサポート部
隊を編成し、同時に大人サポーターも募集した。その後、地元小学校の理科の授業を活か
しながら、
収穫祭では野菜でスムージー販売なども行われた。
この野菜を使ったサンドイッ
チショップも出展された。親子で体験型学習を行い、商店街との連動・再生を実現するね
らいである。
意外ともいえる商業空間の農業空間化に加え、地産地消と6次産業化、地域住民の巻き
込む動きは商店街の再生に新たな付加価値を生み出している。
図2 商店街の空き地に農園(開発オプション付き農園)
出典:著者撮影
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
・土地におけるオプションという発想
さらに注目したいのが、
「オプション型の土地利用」と呼ばれる考え方が採用されている
点である。この「オプション型の土地利用」とは、少子高齢化や大型店の出店などを背景
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に空き地や空き店舗が増加する中で、空き地で一時的に何らかの利用を行い、必要に応じ
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て将来的に転用・開発を行うというものである。オプションは「選択肢」という意味である。
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将来、必要に応じて「土地利用を変化させること」自体が、選択肢としての価値を生み
出す。例えば、何も開発されていない更地には将来における様々な土地利用の可能性があ
り、その意味でオプション価値を有する。住宅市場が飽和していれば、更地のままで良い。
「開発する」権利を放棄すればよい。ここでは、農地として利用しているが、
「開発する可
能性」をオプションとしてとらえれば開発を実行してもよいし、実行しない場合は開発オ
プション(=権利)の放棄となる。
同市油津の商店街では、①空き地の緑地化・農地化、そして②その後の選択肢(=オ
プション)として必要に応じて転用・開発を行う、がまさに実現されている。実際、こ
の農地は2016年の11月に一部再開発がなされ、新しい複合施設が誕生した。「学ぶ」「食
べる」「遊ぶ」
「飲む」
「くつろぐ」などのコンセプトが構想されたあたらしい油津の商店
街となった。
図3 空き地等を用いたオプション型の油津商店街の再生構想
出典:木藤氏からいただいた同商店街の再生イメージ資料を一部転載
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3.地方創生×地域活性化
土地を公園などに転用した場合には、将来的に農地の利用に戻すことも可能である。
このように、空き地を農業空間として利用しつつ、将来的には別の利用も考える・・。
駐車場や箱もの再開発とは違う戦略が垣間見える。
第 1 章
続いて、農業を活かした地域再生について興味深い事例を紹介したい。商店街のケース
ではないものの、農業地区を活かした土地利用の再生事例としては商店街区域にも参考に
なる事例と思われる。
・農地を結婚式場へ 福岡県遠賀郡岡垣町 ブドウの樹のケース2
寄稿論文「地方創生×α」
さらなる「付加価値化」というテーマで挑戦しているのは福岡県遠賀郡岡垣町に位置す
るブドウ農園「ぶどうの樹(法人名はグラノ24(グラノはスペイン語で種・実の意味)
)
」
である。ここは観光地ではなく、農業も一般にコメ作や小麦栽培が中心であった。その土
地を改良し、20,000㎡ほどのブドウ農園に用途変換しその農園の雰囲気を活かしつつ、屋
外レストラン、結婚式場、お土産広場など「農業(=ぶどう)
」を中心に施設型産業へと
展開している総合型リゾート施設である。
「ぶどうの樹」は1984年に現在のオーナーであ
る小役丸秀一氏の発案のもと、開業した。
先述のように、当初はブドウ農園だったが、ブドウ農園を味わいつつ屋外型のレストラ
ン施設、また結婚式場、そして最近では地元の住民を巻き込んだ「ほっこり農園」の経営
など幅広い展開を行っている。また、グラノグループとしてフランチャイズ化され福岡市
博多区などをはじめ全国に姉妹店32店舗を有している。
同社社長の小役丸氏の理念は「地産地消」であり、地元のものを地元の人たちが食べる
「地元重視」の経営がなされている。
・結婚式場 ブドウ園を結婚式場化させることに成功
同地は特に観光では知られた場所ではなく、温泉も出ない。しかし、この地にほぼ1年
間予約でいっぱいになるほどの顧客を呼び寄せたのが農園型の結婚式場ビジネスである。
これは、ブドウ園があった場所を簡易加工して、実際のぶどう農園と結婚式場が一体と
なったものである(図4参照)
。さらに、宿泊施設も完備しており、都会のホテルなどで
は味わえない魅力の差別化に成功している。現在では、年間250組のカップルがここを利
用して結婚式を行っている。
2 2015年3月8日、9日、現地取材を行った。
おおさか市町村職員研修研究センター
23
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
図4 ブドウ農園内部を結婚式場化
出典:著者撮影
・畑併設型レストラン
さらに注目に値するのがビュッフェ型レストラン「野の葡萄」である。同施設内にある
レストランだが、興味深いのはその空間配置である。
ここでは、レストランに併設する形で目の前に菜園があり、この菜園で採れた野菜をレ
ストランを訪れた顧客に提供している(図5参照)
。
こうして、顧客が目で見て実際に食することで自然観を味わいつつ、新鮮さを体感する
ことが可能となる。先の商店街の空き地利用などにも応用が可能なものといえる。
図5 レストランの前にある菜園
出典:著者撮影
24
おおさか市町村職員研修研究センター
3.地方創生×地域活性化
・地域と施設を結ぶほっこり農園とは
同社が近年力を入れている事業に「ほっこり農園」事業というものがある。この「ほっ
こり農園」は2013年よりスタートした体験型農業複合施設である。
「食育体験教室」
「農業
収穫体験」
、
「自然冒険体験」などをはじめ、多様な農業に関する体験型の取り組みがある。
第 1 章
内容としては「手作りソーセージ教室」
「フライパンdeパン教室」
「旬の生菓子教室」
「エ
コかまど教室」などがある。こうした取り組みの中でも「循環型農業」について小学校低
学年から教育がなされ、レストランから出た生ごみをたい肥押として使用している。
既存の何気ない農地を活かして、新たな利用展開を図ったところ、年間30万人の観光客
が訪れるようになった。
現在では社員数135名に加え、
地域の大学生アルバイトを取り入れ、
寄稿論文「地方創生×α」
また地元の農家30件、漁業関連業者20件と提携するに至っており、地域活性化の役割を十
分に果たしているといえるだろう。商店街においてもこうした農園や田園空間をほどこす
ことで、付加価値を作ることは可能である。
第2のA) Art(アート)による再生
さらに2番目のA(=Art)による空間再生について紹介を行いたい。
温泉地として全国的に著名な大分県別府市であるが、
2015年時点で人口約12万人である。
中心市街地の人口は約10,430人を占める(8.6%)
。この別府市では「芸術家を商店街の空
き店舗に誘致したアートのまちづくり」が過去10年にわたり継続的に実施されている。温
泉街での知名度が高い別府市だがここに「空き店舗にアーティスト誘致」という新しいま
ちづくりが行われている。話題性を呼び宣伝効果だけでも30億円近くになるという。
・開き空間の演出で中心市街地に別機能を付加
2005年からNPO法人BEPPU PROJECT(代表、山出淳也氏)と呼ばれるアート系のま
ちづくり実践プロジェクトが立ち上がり、現在までに数々のアートと連動した中心市街地
活性化の取り組みを展開している。2006年11月には「アートNPOフォーラム」を開催、
また2007年には創造都市国際シンポジウムを開催し、2008年8月には空き家等の改装工事
を行うPlatform整備事業(駅のプラットホームの様に様々な人々が集い、交流する場づく
り)を実施した。
これら一連の試みは中心市街地活性化を基本目的としているものの、特筆すべきはその
空き店舗・空き空間の演出にある。一部空き店舗・空間を利用してアーティストのアトリ
エを整備している。
実行組織として同NPO法人を柱とし、中心市街地の空き店舗におけるアート化事業が
本格的にスタートし、顧客の集客に成功している。
・巡行型ダンス公演
この事業は2008年11月15日、16日に実施された。同企画は空き店舗においてダンスをモ
チーフに一般市民に開放し、中心市街地を練り歩くものである。2日間の集客数は約430
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
名だが、別府以外の誘客が8割近くと「外部」からの集客に成功している点に特徴がある。
この企画もまた中心市街地を商業空間以外の視点から光を与えたものといえよう。
・別府現代芸術フェスティバル 「混浴温泉世界」企画
この企画は、2009年4月11日から6月14日までに実施されたもので主催は別府市、そし
て「別府現代芸術フェスティバル2009実行委員会」となっている。アーティストがまちに
滞在してアート製作を行い、地域資源とアートを融合させるものである。対象となるアー
トは空き店舗、空き屋の表壁部分、ダンス、集合写真など、様々なものから構成されてい
る。まさに、中心市街地の路地裏を演出した企画とも言える。
この企画は2009年以降、2012年、2015年と3回にわたり継続され、2015年は7月、8月、
9月に実施された。この年はアート拠点など巡り歩きのツアー形式なども新しく実施して
いる。また、アートマンスと呼ばれる市民参加型のイベントも実施され、2015年は「混浴
温泉世界」とこの「アートマンス」の動員数が10万人を超えている。
・アートを用いた地方再生を支える非営利団体BEPPU PROJECT(別府プロジェクト)
こうしたいくつかのアート関連企画を支えるのが先述のBEPPU PROJECTと呼ばれる
非営利団体である。行政などの支援はもとより、自己資金としてショップ経営などを行い
経営に必要な費用を捻出している。スタートから10年継続しているが、費用対効果の面で
は、十分にプラスの便益をもたらしているものと思われる。
・その他のアート事業 和歌山県湯浅町 行燈によるアート
和歌山県湯浅町(人口約1万人)の湯浅商工会では、2004年度から5カ年計画で商店街
街路灯整備事業を実施した。湯浅町が道路整備に関連し、石畳風コンクリートブロック舗
装化に合せ既設街路灯を撤去し、約120メートルの通りに石畳風舗装の雰囲気とマッチし
た行灯(あんどん)型街路灯10基を新設する取り組みである。また、商店街振興会から街
並みにあったデザインの街灯を設置したいという申し出があったため、同町のTMO(ま
ちづくり会社)が後方支援し整備に取り組んでいる。事業費の3分の2を商店街復興会の
自主財源で補ったが、
同会によると「まちづくりへの参画意識が大きく変化した」という。
湯浅町のこうした取り組みは後に伝統的建造物群保存地区への指定へと繋がり、行燈
アート展は2007年以降、2015年 のゴールデンウイーク期での開催(第9回目)にいたる
まで実施され、大勢の観光客でにぎわった。
・上記取り組みの特徴
これらの取り組みの特徴はアートをまちづくりにうまく利用している点である。
中心市街地や商店街などは回遊性・滞留性という視点が重要であるが、アート空間があ
ることでこうした機能の充実に貢献している。
この取り組みは、今そこにある場所・空間を有効に活用し、ひいては伝統・歴史の連続
26
おおさか市町村職員研修研究センター
3.地方創生×地域活性化
性を断たないための文化的取り組みとも言えよう。そのためにはアートをまちづくりに関
連させる仕組みづくりは有効といえよう。
第3のA) Architecture(リノベーション)について
第 1 章
続いて近年勢いのある建築再生(リノベーション事業の名前で親しまれている)北九州
市小倉地区の事例について紹介をしたい。
北九州市は人口が減少傾向にあり、1979年には約107万人を有した人口が2005年には99
万人、そして2014年時点では96万人となった。オフィスの空室率も北九州は約16%で、東
京(8%)
、大阪(10%)
、福岡(11%)と比べ高い水準となっている。
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寄稿論文「地方創生×α」
こうしたなか、かつての産業(主に製造業)からの脱却とサービス産業の再生を目標に
3
「北九州家守(やもり)構想検討委員会」と呼ばれる会議が2010年7月より開催された(メ
ンバーは商店街組合、まちづくり関係者、学識経験者)
。
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家守とは、既存の空き店舗に改修を施し、付加価値を付した形で仲介する新しいタイプ
のまちづくりの組織である。つまり、この組織は建物を借りたい顧客の希望・意見などを
考慮しつつ、新しい空間を創造し、貸し手の側(つまり、不動産のオーナー)にリノベー
ション(店舗の改修)を求める。注目に値するのはこのシステムでは補助金が基本的には
不要である、という点だ。リノベーションを行い、新たな投資を行うのは不動産の所有者
の側だからだ。
十分なマーケティングを行ったうえで「今、必要とされている店舗」によみがえらせる
ことで、事業リスクを低減させ、土地の所有者は安定的な収益が確保できる。
この地域では、行政と民間との協働の下、事業が行われた。当初は「遊休不動産の活用」
が主目的とされ、区域対象は小倉の中心市街地の約80ヘクタールとなった。中でも、家守
構想対象エリアは200メートル四方に限定された(魚町、鍛治町など7町地区)
。
・重要な視点
ところで、この事業には①一部の小さなエリアを事業エリアとして想定すること、②志
の高い不動産オーナーを発掘すること、
③リノベーション事業を知ってもらうための教育、
などが必要である。
北九州では「北九州家守舎」と呼ばれる事業体がこうした事業を実施している。資本金
約460万円(2015年現在)
、立ち上げスタッフ4人が約50万円ずつ出資し、残りは寄付など
で集めた。
従来は、不動産会社が現存する空き店舗を仲介するだけであったが、家守は上記理念を
ベースに、
「ちょっとした工夫」を行うのである。例えば、空き地にコンテナを置いただ
けでもおしゃれな空間に大きく変わるが、こうした「空間の料理人」もいえるのが家守だ
(図6参照)
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
図6 空き地を利用して作った空間に、コンテナを利用した
店舗(レストラン)を展開 おしゃれな風景に
出典:著者撮影
また、一般にビルなどはワンフロアが区画ごとに分かれているケースが多いが、その壁
を撤去して、
広々とした雰囲気を創出したり
(図7参照)
、
逆に広すぎる空間を細かく区切っ
たりすることで賃料を下げるなどの工夫も可能である。その地域にあった建築物としてリ
ノベーションを行うのである。
図7 ビルの共有スペースをリノベーション 東京からの顧客が入居
出典:著者撮影
こうした個別事業に加え、こういったシステムの賛同者を増やすことも重要である。
北九州市役所主催で「まちのプロディユーサーを育てる」と銘打って2010年10月13日か
ら14日にかけて小倉家守講座なるものが開催された。これは、先述の「家守」事業を行う
人材を育てる組織である。
・リノベーションシステムの効果
これまで、この事業を実施してから商店街の歩行者数は着実に増加している。具体的に
は①歩行者交通量が増えた、②雇用が385人に達した(2015年12月時点)
、等の効果が観測
されている。特に歩行者交通量はリノベーション物件の多い魚町では2009年から2013年ま
でで約3000人増加している(ほかのリノベーションを行っていない通りでは、歩行者交通
量が下落)
。さらに、波及効果として市内ほかの地区の中心部である若松中川町や門司港
地区など、ほかの中心市街地にも波及している。
また、この事例で家守舎と北九州市とがほどよく連携している。互いに信頼し、税金は
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おおさか市町村職員研修研究センター
3.地方創生×地域活性化
なるべく使わない形で事業が展開されている。さらに、歩行者交通量が増加していること
から経済効果は注目に値する。こうした「古い物件」について「家守」の視点で再生させ
れば、地方都市の中心市街地も活力をとり戻すかもしれない。今後最も注目する事例の一
つである。
第 1 章
第4のA) Avenueの再生
最後に、4番目のA(=通り(=Avenue))であるプロムナードや通りの活用につい
て紹介を行いたい。まず、この分野で著名な事例として高知市の日曜朝市がある。
高知市では毎週日曜日に4車線道路の一部を利用して朝市を開催し、毎週15,000人程度
寄稿論文「地方創生×α」
の集客に成功している。さらに注目したいのは市場に来た客が高知城に回遊するための回
遊導線を張っている点である。人口が減少し、道路空間にゆとりが生まれた地方都市では
通りの再生が脚光を浴びている。最近では、各地で路面を利用したオープンカフェなども
増えてきている。
以下、著者自身がこの10年間関わり続けた和歌山市の中心市街地(ぶらくり丁商店街)
におけるアーケード内の通りを利用した学生主体のレストランカフェWithの取り組みに
ついて簡単に紹介を行いたい。
・カフェWithについて
カフェWithは2005年の春に一部の大学生が「中心市街地でまちづくりを実践したい」との
思いから始まったカフェ経営事業である。その主な目的は中心市街地の歩行空間に賑わいを
もたらすことであり、また、少し元気をなくしている商店街に笑顔を取り戻すことであった。
計画案を早急に作成するとともに、各種許認可などの点で大人のパワーも必要というこ
とで、地元のまちづくりの会のHCA(ヒューマンカレッジアフターの会)の協力のもと、
プロムナードを利用した10月限定のオープンカフェを実施した。必要資金についてはこの
年に和歌山市がスタートさせた「市民の底力事業」補助金に応募し、審査の結果約50万円
を獲得するにいたった。
図8 2015年12月のクリスマスカフェ(カフェWith, 和歌山市)
出典:著者撮影
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
その後、学生が主体としてカフェ事業を実施する一方、様々な事務手続きや後方支援に
ついては大人のまちづくり集団であるこのHCAが協力を行い、2005年から2015年10月現
在までこのオープンカフェ事業は継続している。
この事業を実施した結果、市内の回遊性(一部区間の歩行者交通量)については改善が
見られた。また、近年では付近商店街内でのイベントは増えたように思われる。2005年で
は市民参加型のイベントは少なかったように思うが、市民パワーも加わり、
「紀州よさこ
い祭り」、ぶらくり丁の婦人の祭り「ぶらハハ祭り」
、
「ジャズフェスタ」
、
「クリスマスイ
ベント」、
「JCによる和歌山の食に関するイベント」
、和歌山城の 「食祭」、又JR和歌山駅
からぶらくり丁への導線のけやき大通りにおける「わぁと和歌山」
(アートのフリーマー
ケット)など、現在ではイベントが盛りだくさんの町との印象が定着した様に思う。つま
り、この取り組みがきっかけになり、イベントを通じた 「市民力」 がついた可能性は高い。
プロムナードやちょっとした空き地を利用してできるイベントは多い。イベントのみで街
が再生するとは限らないが、元気な街にはイベントが多いのも事実である。低コストで人
を巻き込むAvenue(アベニュー=通り)から始まる再生策、は「今、そこにある資源を
活かすまちづくり」にふさわしい。
おわりに
今回、4つのAというタイトルで地方都市の商店街再生についていくつかの事例を紹介
させていただいた。ここでの事例は、基本的には、今日から、明日からできる事業であり、
シャッター通り再生へのファーストステップを示している。
各地に調査に訪れて思うのは、衰退が顕著ないくつかの地域において、多くの住民が心
の中で「どうせだめだろう」と再生をあきらめてしまっており、
「だめ」な理由探しを始
めてしまう。
「人がいない」
「お金がない」
「やる気がない」などダメな理由を挙げるのは
簡単である。
確かに、商店街を例にとれば、効率的な経営がなされている郊外の大型ショッピングセ
ンターと比較して、商店街はマーケティング力も資本力も弱い。
しかし、郊外のシッピングセンターではできないサービスも存在する。
その一つが場の持つ力である。商店街の場合は周辺の顧客をつかむことが重要である。
例えば近所の500メートル圏内の顧客は基本的には近い場所での購入を望む。飲食や日用
品を中心に「場の力」を十分に活かせばよい。
大阪には魅力的な商店街がまだたくさんある。魚の煙が目に染みる商店街と表現したく
なるような、
「場の力」を持っている。
大阪市旭区の千林商店街、北区の天満橋筋商店街、東大阪市の瓢箪山商店街、中央区の
空堀商店街・・。中心部から離れた商店街でも「場の魅力」と「その最大限の活用」を考
えればおのずと今何をすべきかがわかる。
人が不足しているなら各種支援・派遣事業も国レベルでメニュー化されている。行政は
もちろん、商工会議所や商工会などと協力をすればよい。お金についても各種サービスは
30
おおさか市町村職員研修研究センター
3.地方創生×地域活性化
存在するのだ。
やる気のある数名が集まれば町は再生する可能性があるということをここで紹介した事
例は示してくれている。今日からできるまちづくり。是非皆さんの場所でも、ご無理ない
範囲で奮闘していただければ幸いである。
第 1 章
【参考文献】
①「シャッター通り再生計画」足立基浩 ミネルヴァ書房 2010年
②「イギリスに学ぶ商店街再生計画」足立基浩 ミネルヴァ書房 2013年
③「大阪の経済2013年版」のポイント、徳田裕平
寄稿論文「地方創生×α」
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/1949/00004348/130131-3.pdf
Profile
足立 基浩(あだち もとひろ)
和歌山大学経済学部教授 学部長
専門:まちづくりの経済学
1968年東京生まれ。現在47歳。慶應義塾大学経済学部卒業後、新聞社記者を
経て1994年ロンドン大学SOASディプロマ修了。2001年ケンブリッジ大学大
学院土地経済学研究科にて博士号(Ph. D)を取得。現在、和歌山大学経済
学部教授(2010年4月より)
。2007年よりフランス・ユーロメッドビジネス
スクール客員講師(集中講義担当)
。
主要著書
『イギリスに学ぶ商店街再生計画―シャッター通りを変えるヒント―』
ミネルヴァ書房 2013年(2013年 朝日新聞書評「隈研吾氏」に掲載(11月9日))
『シャッター通り再生計画』 ミネルヴァ書房 2010年(2011年 不動産協
会賞を受賞)
『まちづくりの個性と価値』 日本経済評論社 2009年
おおさか市町村職員研修研究センター
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4.地方創生×まちづくり
地方創生×まちづくり:
協働による地方創生を考える
第 1 章
久 隆浩 Takahiro Hisa
近畿大学総合社会学部教授
寄稿論文「地方創生×α」
人口が増えれば活性化するか
先日、2015年の国勢調査の速報値が発表され、大阪府が68年ぶりに人口減少に転じたと
報じられた。この件について、私も複数のメディア取材を受け、その要因についてコメン
トを求められた。大阪府の中でも、大阪市や吹田市、茨木市では人口が増加しており、守
口市や門真市では人口が減少している。この原因は何なのか。端的に言って、この5年間
にどれだけ住宅開発が行われたかの違いである。吹田市では、
東部の千里丘地域を中心に、
社宅や福利厚生のためのグラウンドなどの所有地を企業が売却し、そこに集合住宅が建っ
ている。また、茨木市では工場が移転したあとに住宅開発が行われたり、彩都の丘陵開発
で住宅供給が行われてきた。一方、門真市などは密集住宅市街地で大規模な新規住宅供給
が行われず、高齢化が進んで空き家が発生している。こうした住宅供給の状況が、ここ5
年間の人口増減につながっている。同じ北大阪でも高槻市で人口が伸び悩んだのは、JR
高槻駅前の開発等がその前の5年で行われたために、今回の統計には反映されなかったと
いうことである。
地方創生の重要な柱に人口増があるが、はたして人口が増加すれば地域は元気になるの
か、その点について改めて考えてみたい。人口増は、自然増と社会増の二面から考えてい
くことができる。自然増のためには出生率を上げることが重要とのことで、安心して子育
てができるような施策を検討することになる。
そのターゲットが20歳~39歳の女性である。
また、社会増には、魅力的な地域にし、巧みなPRで移住を促そうとする戦略が求められる。
しかし、日本全体の人口が減少するなか、人の争奪戦が起こり、すべての地域で人口が増
えるとは考えられない。そのために日本全体の人口を増やせ、というのが出生率の向上策
であるのだが、これもそう簡単なことではない。そこで、改めて人口増を前提とした活性
化を考え直してみたい。
定住人口・交流人口・活動人口
明治のはじめ、日本の人口は3,300万人であった。この100年に4倍にも膨らんでいる。
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
私の専門は「環境」でもあるが、環境問題の視点で考えると人口は少ない方がいいとの見
方もできる。人が増えると必要な資源・エネルギーも増えるし、廃棄物の量も増えていく。
そもそも江戸時代の200年余り、人口が3,000万人を維持してきたのは、鎖国によって国内
の資源・エネルギーのみに依存してきたためでもある。寒村では「間引き」という哀しい
ことが行われていたが、生まれてきても与える食糧がないとのことで、生後すぐに殺して
しまったのである。江戸時代のように、成長を前提としない社会を考えることで、人口増
によらない方策が見いだせるかもしれない。
たとえば、
徳島県神山町では現状の5,000人を維持しながら「創造的過疎」を掲げている。
神山町は徳島市から西へ車で約40分の山間部にある。昭和31年(1956年)3月時点で
20,916人であった人口が、平成27年(2015年)2月では5,967人となっている。いわゆる過
疎地であるが、地域活性化の核となっているNPOグリーンバレーの大南信也理事長は「創
造的過疎」と呼んでいる。創造的過疎は「過疎化の現状を受け入れ、外部から若者やクリ
エイティブな人材を誘致することによって人口構成を健全化させたり、多様な働き方を実
現できるビジネスの場としての価値を高め、農林業だけに頼らない、バランスのとれた、
持続可能な地域を目指すもの」である。
人口は計画や開発のひとつの指標となる。人口一人あたりの施設数やサービス量などを
基準としていく考え方で計画はつくられる。それは定住人口であることが多いが、交流人
口という考え方もある。交流人口という考え方は、1980年代の兵庫県・但馬地域の計画づ
くりの際に用いられたものである。2,133平方キロ、兵庫県の1/4の面積をもつ但馬地
域であるが、人口は20万人弱である。ここにさまざまな施設を整備するためには、定住人
口では少なすぎる。そこで観光客も含めた交流人口が使用するという口実で、但馬ドーム
などの大型施設整備が行われていった。
こうした考え方をさらに進化させ、
2010年に策定した「第4次交野市総合計画」では「
“か
たの”では人口をこれまでの『量』的なとらえ方だけではなく、
『質』や「時間」という
視点から、活力源とすることをめざします」としている。市内でどれだけの人が活動に関
わるのかといった「活動人口」や「活動時間」を指標にしようとする考え方である。定住
人口が少なくても、活動に関わる人が多ければ地域は活性化する、そうした考えが背景に
ある。
地域にこだわる人に住んでもらう
冒頭で国勢調査の速報値に触れたが、ここ5年のみの増減で一喜一憂するのではなく、
もっと中長期的な視点で読み取ることが必要である。今回人口増加となった市町村が、次
の5年も人口増となる保証は何もない。新規の住宅供給がなされないと、一転して人口減
少に転じてしまう。
中期的に見てどのような傾向が見えるのかを分析しなければならない。
また、住宅供給で新たに転入してきた人々が、ほんとうにこれからもそこに住み続ける
のかも考えておかなければならない。転居者が何を基準に現在の居住地を選択したのか、
そこに関心を向けることでこれからのまちづくりのあり方も見えてくる。ひと・まち・し
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おおさか市町村職員研修研究センター
4.地方創生×まちづくり
ごと創生のための総合戦略でも、
子育てサービスの充実やさまざまな補助金を出すことで、
子育て層の転入を促進させる方策がとられることが多い。こうしたサービスや補助金によ
る誘致は、より充実させたものを提供してくれる地域が現れた場合に、またそちらに移住
してしまう。
「金の切れ目が縁の切れ目」ということである。
第 1 章
地域が持つ魅力、それを理解し自らも魅力の向上に尽力してくれる人に移住してもらう
方策が重要といえる。また、生まれ育った地域に愛着を持ち、住み続ける人をどれだけ増
やすのかも大切である。人口という量の問題ではなく、どんな人に住み続けてもらうかと
いう質の観点から評価したほうがいい。
明治大学農学部の小田切徳美教授は地域の空洞化の根底には「誇りの空洞化」があると
寄稿論文「地方創生×α」
指摘している。中山間地域ではさまざまな空洞化が起こっている。まずはじめに「人の空
洞化」が起こる。若い人を中心にムラから人が出て行ってしまう。そこで「土地の空洞化」
が起こる。田畑を耕したり山の手入れをする人がいなくなり、耕作放棄地や荒れた山林が
生まれる状態である。そして、ついには人が減りすぎてムラの機能が維持できなくなって
「ムラの空洞化」が起こる。目に見えるこうした空洞化の背景に、もっと深刻な「誇りの
空洞化」があると小田切教授は指摘する。
若者が出て行くのは親の言動を見ているからである。
「この地域には未来がない」
「農業
では食っていけない」そんな言葉を聞けば、
若者たちが出て行きたくなるのも当然である。
また、親も子ども達に都会に出て行くことを推奨する。つまり自分が生まれ育った地域に
誇りを持てなくなったことが、
人の空洞化や土地の空洞化を生み、
ムラの空洞化につながっ
ているのである。
誇りの空洞化を回避する
こうした状況は中山間地域だけの話ではない。まちなかの商店街でも同じことが起こっ
ている。後継者がいないから店舗の維持ができず空き店舗が発生する。
「商売がうまくい
かない」
「この店には未来がない」などと言っていれば、
当然子どもは継ごうとしなくなる。
また親もいい大学に行かせ、公務員など安定した職業に就かせようとする。これでは商店
街に明るい未来はやって来ない。
じつは、ニュータウンの空き家問題も同じ構造である。子ども達が、生まれ育った家や
地域から出て行ってしまった結果、空き家が生まれていく。河内長野市では旧村とニュー
タウンがひとつの小学校区になっているところが多い。そこでまちづくり井戸端会議が行
われているが、あるとき旧村の人が次のような発言をされた。
「市に空き家対策を要望し
ているが、
それは筋違いだ。自分の子どもが出て行ってしまっているのが問題なのだから、
家族の問題ではないのか。旧村では家を守っていかなければならないので、長男は職業選
択をするときには家から通えるところを探さないといけない。子どもが自由に仕事を選ん
で、家に戻ってこなくなる、その結果空き家になる。その責任を市に取らせるというのは
納得いかない」ある意味正論である。
逆に、自分が生まれ育った地域に愛着や誇りを持ち続けることが空洞化を回避し、まち
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
づくりにつながる。多くの人が都会へ出てしまう状況の中にあっても、
地域に残る人々は、
何とか地域を元気にしようと頑張っている。こうした人々は、自らの意思で残る人もいれ
ば、残らざるをえない人もいる。きっかけはどのようでも、地域に残ったかぎり、地域を
よくしようと頑張るはずである。
『里山資本主義』にも紹介されている岡山県庄原市総領町に住む和田芳治氏もそのひと
りである。
「過疎を逆手にとる会」
(現・逆手塾)の代表でもあった和田氏は、1962年に高
校を卒業した。当時の同級生58人のうち56人は広島市や関西地方など都会に就職するが、
役場に就職した和田さんと郵便局に就職した友人だけが総領町に残った。都会にはない田
舎の魅力を使い地域にふさわしい暮らしを続ける和田さんには、地域へのこだわりが感じ
られる。
世界遺産に登録された石見銀山のある島根県大田市大森町に本社を構える「中村ブレイ
ス株式会社」の中村俊郎社長も地域への思いを強くもった人である。義肢の分野では世界
のトップメーカーであり、雑誌Forbesにも取り上げられた有名人であるが、家庭の経済
状況で大学進学の希望が叶わず、高校卒業後京都にある「大井義肢製作所」に就職する。
しかし、どうしても大学に通いたいということで通信教育制の近畿大学短期大学部に入学
し、働きながら勉学に励んだ。その後、アメリカに渡り最新の義肢技術を得て、弱冠26歳
で郷里の大森町で創業する。
母校でもある近畿大学の講演会のおり、会場から「義肢の会社ならば松江や米子のよう
な都市部のほうが病院もあり経営的にも好都合ではないのか。大森町に会社をつくるメ
リットは何かあったのか」という質問に対して、中村氏の答えは明快であった。
「大森町
に本社を置いて経営的にうまくいくかどうかはわからない。しかし、自分が生まれ育った
大森町に帰り、会社を興す、それが私の思いだった」との回答であった。
「生まれ育った
ところからみんな出て行ってしまうから過疎になる。一度都会に出てもやがて帰ってくれ
ば人口減少にはならない」というのが中村氏の考えである。オンリーワンの製品を作り続
けているから、海外からも大森町の本社を訪れてくれる。
また、石見銀山の世界遺産登録への運動も中村氏が中心となって行われた。これは彼が
島根県の教育委員長になったときに「教育委員長として故郷へ何が恩返しできるか」と考
えたのが石見銀山の世界遺産登録だったのである。個人資産を使い、散逸していた石見銀
山の資料を収集した結果、みごと世界遺産の登録を成し遂げた。また、空き家となってい
た古民家を買収、40件近くの家屋を改修し、社宅や工房、土産物店などに活用している。
大森町の人口は400人強。中村ブレイスの社員が52名。中村氏が1人帰郷するのではなく、
会社を大きくすることで、町の活性化に多大な貢献をしている。
地域における社会関係資本
グローバル経済の問題点を指摘したD. コーテンの『グローバル経済という怪物』には
次のような文章がある。
「パットナムは、成功した政府と失敗した政府の決定的な違いを
一つだけ発見した。強く活動的な市民社会があるかどうか、具体的には『投票率や新聞購
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おおさか市町村職員研修研究センター
4.地方創生×まちづくり
読率、合唱団、文芸クラブ、ライオンズクラブ、サッカークラブへの参加率』が高いかど
うかという点である。これらの率が高い地域では、パットナムがいう社会資本が高度に発
達していた。市場の外のネットワークが豊かであればあるほど、信頼感と助け合いの精神
が広がり、有効な人間関係が機能するのだ」地域にこだわり、地域で活動する人が多けれ
第 1 章
ば多いほど、地域は元気になる。
「私たちは、健全な社会が機能するために社会資本がどれほど重要であるかをほとんど
顧みず、その形成や衰退に経済構造や経済政策がどれだけ大きく影響するかも考えようと
しない。その影響は、たとえば次のような問いを立ててみるとよくわかる。店主の名前を
知っている小さな地元の商店で買い物するか、それとも巨大なショッピングモールや大手
寄稿論文「地方創生×α」
チェーンストアへ行くか。生鮮食料の市へ行くか、スーパーマーケットへ行くか。農場は
個人所有の家族経営か、それとも巨大会社が経営し、土地を持たない季節労働者が働いて
いるか。余暇をリトルリーグ野球、共同菜園、コミュニティ劇団や聖歌隊、コミュニティ
センター、学校PTAなどで過ごすか、商業テレビを見て過ごすか。町には地元の会社を
支援する信用組合や地方銀行があるか、それとも国際金融市場のことしか頭にない大手都
市銀行の支店だけか。住民がそこを永住の地と考えているか、一時的に住んで働くだけの
場所と考えているか。生産資本を所有しているのは地元の人々か、それとも遠く離れた大
会社か。地元の企業が森林を枯渇させないよう考えて伐採した木を地場産業が使っている
のか、それとも遠く離れた大会社が40~60年おきに森林を丸裸にして木材を外国へ輸出し
てしまうのか。
これらの問いに答えれば、その地域の人々がどれだけの尊厳、自由、責任、繁栄、安全
を感じているか、そして信頼と共有と協力に基づく人間関係がどれだけ確立しているかが
わかるはずだ。
」
ここで登場するパットナムはソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を提唱したR. パッ
トナムのことである。信頼と絆でつながった人的ネットワークをソーシャル・キャピタル
と考えた。
元気な人が地域を元気にする
元気な人がつながり、さまざまな活動を展開しながら地域を元気にしていく。そうした
事例のひとつに京都府美山町(現・南丹市美山町)がある。役場の職員であった小馬勝美
氏を中心に、1976年から時間をかけて地域を変えていった。小馬氏は産業振興課に配属に
なったとき、住民主体の農業振興を本気になって行っていった。すべての集落を最低3回
は周り、膝をつき合わせて住民と話をしようと考えた。しかし、当初は「お前何しに来た
んや、若造が何ぬかしとるんや、偉そうなことぬかすな、金持ってこい、町長連れて来い、
そしたら話聞いたろ」とどなられた。しかし、めげずに根気強く話をしていった。
圃場整備を集落全員で考える体制にならなければ、補助金をつけないと言い放った。ム
ラはどこでもそうだが、戸主が実権を握っており、女性や若者には発言権がない。こうし
た組織体制を変えていかない限り、地域の活性化はないとの判断だった。3年かかったが
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
56の集落のうち、20の集落がまとまった。
続いて、1992年には、定住促進のために土地や住宅をあっせんする第3セクター「美山
ふるさと株式会社」を設立し、転入者に対する受入体制を整備した。仕事は自らが用意す
ること、ムラの慣習に合わせて生活すること、などの条件をつけて転入者を応募したが、
100件以上の転入があった。
小馬氏は2010年に亡くなったが、その遺志は今も引き継がれている。エコツーリズムや
移住支援を行っている「株式会社野生復帰計画」もそのひとつである。野生復帰計画は、
移住を、自ら手に職をつけていく「丁稚型移住」
、暮らしや仕事の拠点を美山に置く「職
人型移住」
、自らの力で切り開いていく「野人型移住」に整理している。農業や自然観察
などのスキルを教えてもらいながら仕事にしていく丁稚型、デザイナーやIT関係、翻訳、
作家、料理人などすでに持っている自らのスキルを使って仕事をしていく職人型、温めて
きたアイデアをもとに起業していく野人型、どれも自分の力で仕事を生み出すことが前提
となっている。
また、先ほども紹介した徳島県神山町も好事例だろう。神山町は、ITや映像、デザイ
ンなど働く場所を選ばない企業の誘致で注目されている。平成27年(2015年)2月現在で、
12社がサテライトオフィスを設置したり、
本社の移転や新会社を設立している。その結果、
30名の新規雇用が生み出された。
神山町のサテライトオフィスの先駆けは2010年に開設されたSansan株式会社の「神山
ラボ」である。名刺管理のクラウドサービスを手がけるこの会社を立ち上げた寺田親弘氏
は、三井物産を退職したあと起業したが、三井物産時代にシリコンバレーへ駐在した経験
を持つ。シリコンバレーには豊かな自然があり、そのなかでのびのびと仕事をしている
IT技術者を見てきた。こうした働き方を日本でも実現したいという思いと、神山町を創
造的にしたいと願う大南氏たちの思いが一致した。寺田氏はワーク・ライフ・バランスで
はなく、ワークとライフの一致と言う。ワーク・ライフ・バランスは、分離したワークと
ライフのバランスをとることだが、そうではなくてワークとライフが一体化する暮らし方
を実現することが大切であり、神山町ではそれが可能だと言う。
今まで働く場所は都会に集中していた。田舎には仕事がない、だから若者が都会へ出て
行く、これが従来の構図である。しかし、インターネットの普及により状況は激変した。
光ファイバーケーブルでインターネットに接続できれば、
どんなところでも仕事ができる、
そんな時代がやってきた。神山町はまわりを山に囲まれているため、テレビの難視聴地域
である。そこで、難視聴対策のため光ファイバーケーブルを全戸に引き込んだ。それが功
を奏し、空き家が発生したとしてもそこまで光ファイバーが来ている。そこでITや映像、
デザインなど情報を扱う人々が移住しても、仕事が可能となる。
美山町や神山町の事例から改めてまち・ひと・しごと創生を考えてみると、ヒトが元気
になり、そのヒトがシゴトを生み出す、そしてマチが元気になる、その循環を確保するこ
とが地域活性化には重要であるといえよう。
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4.地方創生×まちづくり
人のせいにしないまちづくり
古市憲寿氏は『だから日本はズレている』で次のように述べている。
「一向に実現しない公務員制度改革、原発事故でもクローズアップされた天下り問題、
不可解な規制の数々。確かにそれらの批判はもっともだ。予測不可能なことが次々に起こ
第 1 章
る現代社会と、100年以上前にその原型が作られた官僚制の相性が良いわけがない。
しかし問題は、官僚を批判した後だ。なぜか既存のシステムの批判が「強いリーダー」
の要請に直結してしまうのである。
「そんな仕事まで行政がやる必要はない。
俺たちに回せ」
というのならわかる。それがどうしてか「官僚はダメだ、これからは政治の時代だ」と国
政への期待や、国政がダメだとわかると「これからは地方自治の時代だ」と知事や市長へ
寄稿論文「地方創生×α」
の期待になってしまうのだ。
他人任せもいいところだ。しかも、そんな人ほど「強いリーダー」を欲したりするから
たちが悪い。
「強いリーダー」を求めずとも自分がリーダーになればいいのに。
というか、これからの社会はそんな風にしか動いていかない。少子高齢化とか、社会保
障費の増大とか、エネルギー問題とか、あらゆることを「国」単位で考えて、一億数千万
人を一気に救うような解決策を考えてしまうと、それが解決困難な難問に見えてしまう。
確かに貧困や飢餓などの「昔ながらの社会問題」ならば、国や地方自治体などの「古くて
大きな組織」単位で対応していけばいい。
だけど、行政の対応を待つのではなくて、
「自分たち」で勝手に解決できる社会問題も
多い。たとえば病児保育問題の解決にはNPOフローレンスの活躍が有名だし、食の安全
を求める消費者のためには生協などのネットワークや、最近では都会のファーマーズマー
ケットも盛んだ」
じつは行政が社会問題を解決すればするほど、人々は行政依存になってしまう。そのこ
とをA. トクヴィルは180年前に気づき、
『アメリカの民主政治』でこう記している。
「…政
治権力が団体の代わりをすればするほど、個々人は協力し合おうとは思わなくなり、権力
の助けを必要とするようになる。…… もしも政府がいたるところで団体にとって代わろ
うとするなら、民主的人民の事業や産業だけでなく、道徳性と知性までもが、大きな危険
にさらされるだろう。人々が互いに働きかけることではじめて、感情と思想は自らを刷新
し、心は広がり、人間の精神は発展するのだ」こうしたトクヴィルの考えを受けて、N.
ファーガソンは『劣化国家』の中で次のように述べている。
「わたしはトクヴィルと同様、
地域住民の自発的で能動的な活動が、集権的な国家の活動に優ると信じている。それは単
によりよい成果をもたらすだけでなく、もっと重要なことに、市民としてのわたしたちに
も、よりよい影響を与えてくれるはずだ。なぜなら真の市民権とは、ただ単に票を投じ、
金を儲け、
法の正しい側にとどまるだけのことではないからだ。それは行動の規範を育み、
順守することを学ぶ場である、家族を超えた幅広い集団、つまり「部隊」troopsに加わる
ことでもある。そこでわたしたちは、ひと言でいえば、自らを治めることを学ぶ。子ども
たちを教育し、無力な人を思いやり、犯罪と戦い、通りをきれいに保つことを学ぶのだ」
ファーガソンが言う「劣化国家」とは、国家というシステムが劣化しているという意味で
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
ある。古市氏が言う「予測不可能なことが次々に起こる現代社会と、100年以上前にその
原型が作られた官僚制の相性が良いわけがない」ということと軌を一にする。
3つのシステム
私たちの暮らす時代は「近代」である。J. ハーバーマスが指摘するように、近代は「経
済システム」と「国家・行政システム」という2つのシステムによって社会秩序を形成し
てきた。近代以前の社会、とくにヨーロッパ社会には、カトリック教会や国王という絶対
的権力があり、それが秩序を成り立たせていた。しかし、教会や国王の権力にかわり、私
たち住民が社会を動かすようになったときに、どのようにして秩序を形成しておけばよい
のか、を考えた。17世紀末から18世紀にかけての
「啓蒙思想」
がその思考実験であった。ホッ
ブスやロック、ルソーの社会契約説、モンテスキューの三権分立論は国家・行政システム
のあり方を提起したものである。一方、アダム・スミスの「見えざる手」は、経済システ
ムのあり方を唱えたものである。
システムが機能することで社会秩序を形成する、それが近代の特徴といえる。これは、
さまざまな問題に私たち一人ひとりが当事者として関与しなくてもシステムが自動的に秩
序を形成してくれるわけだから、とてもいいしくみのはずである。しかし、そうはうまく
はいかない。システムが巨大化、複雑化してくると、私たちが操作できないものになって
しまい、私たちの生活を支配するようになっていく。これをハーバーマスは「生活世界の
植民地化」
と呼んだ。世界的な経済不況を考えてみればよくわかるだろう。私たちがつくっ
たはずの経済システムが私たち自身でコントロールできなくなっているのである。専門家
や政治家をもってしても、解決方策が見いだせない。そこで、これからは私たちが操作で
きる規模のしくみを身近につくっていくことが求められる。
私たちが互いに支え合い、自発的に社会の課題に対応していく。そうした第3のシステ
ムが必要である。Y. ベンクラーは『協力がつくる社会』という著書を著したが、
原題は「ペ
ンギンとリヴァイアサン」である。
『リヴァイアサン』はホッブスの著書名だが、もとも
とは旧約聖書の「ヨブ記」に出てくる「水の怪物」である。
「万人の万人に対する闘争」
と彼が指摘したように、人は利己的な存在であり、放っておくと個別利害がぶつかりあい
闘争が生まれる。そこで、超越的な存在に自らの権利を信託し、それを保障してもらおう
とするものが「社会契約」であった。ヘブライ語で「集まって群れをなすもの」を意味す
る言葉から来ているリヴァイアサンを国家権力とみたて、人々の意思の集合体としての国
家を構想した。一方の「ペンギン」はLinuxのシンボルマークである。L. トーバルズがつ
くり、オープンソースにすることで世界中の技術者が改良を加えて完成度を高めている
Linuxをリヴァイアサンの対極に置いている。一人ひとりの力は小さいかもしれない。し
かし、それがネットワークすることで一定の力となる。こうしたつながりが生む協力社会
が、来るべきポスト近代社会の姿と言える。
東日本大震災から5年を経過したが、阪神淡路大震災が起こった1995年を「ボランティ
ア元年」と呼んでいる。震災が起これば、行政システム以上に人々の支え合いが重要、と
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おおさか市町村職員研修研究センター
4.地方創生×まちづくり
の意識が芽生え、ボランティア活動が活発になった。協働とはまさしくネットワークであ
り、地方創生にも地域愛を持つ人々が自律的にまちの魅力向上のために手をつなぎ、力を
出していくことが重要なのである。
他地域と比較し一喜一憂するのではなく、
アイデンティ
ティをしっかりと持ち、その地域らしいまちづくりを行っていくことが肝要である。
第 1 章
【参考文献】
小田切徳美(2014)『農山村は消滅しない』岩波書店
藻谷浩介、NHK広島取材班(2013)『里山資本主義』角川書店
寄稿論文「地方創生×α」
D. コーテン(1997)『グローバル経済という怪物』シュプリンガー・フェアラーク東京
R. パットナム(2001)『哲学する民主主義』NTT出版
古市憲寿(2014)『だから日本はズレている』新潮社
A. トクヴィル(2005)『アメリカのデモクラシー』岩波書店
N. ファーガソン(2013)『劣化国家』東洋経済新報社
J. ハーバーマス(1985)『コミュニケイション的行為の理論』未来社
Y. ベンクラー(2013)『協力がつくる社会』NTT出版
Profile
久 隆浩(ひさ たかひろ)
近畿大学総合社会学部教授
1958年高知県生まれ、大阪育ち。1986年大阪大学大学院工学研究科博士後期
課程修了。工学博士。財団法人21世紀ひょうご創造協会主任研究員、大阪大
学工学部助手、近畿大学理工学部助教授、近畿大学理工学部教授などを経て、
2010年より現職。
もともと都市計画が専門だが、近年はさまざまな分野のまちづくり活動・市
民活動の支援をおこなっている。
豊中市都市計画審議会委員、東大阪市環境審議会委員、大阪市社会教育委員、
など行政委員も多数担当している。主な著書に
『都市・まちづくり学入門』
『都
市構造と都市政策』
『21世紀の都市像』
『地方分権時代のまちづくり条例』な
どがある。
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5.地方創生×シティプロモーション
地方創生とシティプロモーション
-地域魅力創造サイクルと修正地域参画総量指標(mGAP)の提案を基礎に-
第 1 章
河井 孝仁 Takayoshi Kawai
東海大学文学部広報メディア学科教授
寄稿論文「地方創生×α」
1.はじめに
2014年11月に「まち・ひと・しごと創生法」が成立した。この法律は、概略、
「少子高
齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけ、それぞれの地域で住みよい環境
を確保」する施策実施を目的としている。そのため、
「政府は、基本理念にのっとり、まち・
ひと・しごと創生総合戦略を定めるものとする」とされる。
一方で、多くの自治体で地域魅力を発信することによって地域課題の解決を図る取り組
みが行われている。これらの取り組みは総称してシティプロモーションやシティセールス
と呼ばれている。
(以下の記述では「シティプロモーション」と述べる。
)
まち・ひと・しごと創生総合戦略は、一般的には地方創生総合戦略と呼ばれる。地方創
生総合戦略は、
都道府県及び市町村でも制定努力義務が定められている。この総合戦略は、
多くの自治体において人口増加や減少低減策が中心となっている。総合戦略の前提に、今
後の人口動向を推計する人口ビジョンを策定するとされていることも、人口増加や減少低
減を中心に置いていることを明らかにしている。
そもそも、この地方創生に係る政府による動きは、元総務大臣である増田寛也氏が座長
を務める民間シンクタンク日本創成会議の人口減少問題検討分科会が2014年5月に発表し
たレポート「成長を続ける21世紀のために ストップ少子化・地方元気戦略」が基礎となっ
ている。上記レポートは「人口の再生産を中心的に担う20~39歳の女性人口」の急激な減
少に注目し、2010年に比し2040年の上記年齢女性が50%以上減少する地方自治体では人口
の再生産が困難になると示した。
このような状況を、同レポートは「このような地域は、いくら出生率を引き上げても、
若年女性の流出によるマイナス効果がそれを上回るため、人口減少が止まらない。こうし
た地域は最終的に消滅する可能性がある」と表現している。地方創生総合戦略が人口増加
や減少低減に偏った内容となっていることは、このことが淵源となっている。
もとより、人口が加速度的に減少することは地域の存立に決定的な問題となる。
しかし、その結果、地域の魅力を発信することを基礎にしたシティプロモーションが、
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
定住人口の増加を専ら目的とすることには大きな課題があると言えるだろう。ここで注目
するべきは地域経営の発想となる。
地域経営は主権者としての住民と代理人としての行政・企業・NPOの各セクターによ
るプリンシパル・エージェント関係に基づいている。シティプロモーションを検討するた
めには、この地域経営の考え方を尊重することが必要であると考える。
2.目的
本論文では、シティプロモーションを後述する地域参画総量を増加させることを目的と
して行われるものとして考える。これは、地域経営が主権者の参画を基礎とすることから
導き出されている。
たとえ、総合戦略により人口が若干の増加や下げ止まりを示したところで、人口の基数
であるそれぞれの住民が地域に参画する意欲を失い、むしろ、行政サービスの単なる顧客
となるのであれば、地域が存立するために提供される非営利的な機能のほとんどを行政が
担わなければならない状況になる。その結果、税収の限界がある中で、行政サービスが肥
大化し、主権者によるチェックも十分に行われないことによって、不合理なサービスが継
続的に提供されるという弊害も生まれるであろう。これこそが地域の持続性への大きな不
安となる。
住民自体が地域に関わる多様な人々の持続的な幸福を支える役割を果たせるならば、非
営利の公共サービスが行政だけではなく多様に供給されることにもつながり、ひいては行
政需要が減少することにもなると考えられる。これによって、人口減少が一定の範囲に収
められるのであれば、税収減などの課題を提言させることにもなるだろう。
また、プリンシパルとしての住民が直接にサービスを供給する、あるいは自給自足する
のではなく、地域経営のエージェントである行政やNPO、企業のSR(社会的責任)活動
に向けて積極的に評価や意見提示を行うのであれば、そうしたエージェントから提供され
る公共サービスがより合理的に行われることにも繋がるだろう。
こうした問題意識を基礎に、シティプロモーションを、地域魅力創造サイクルを基礎と
して、その実現のためにメディア活用戦略モデルに基づく情報活用を行ったうえで、地方
創生における人口増加を重視しつつ、地域経営の発想を基礎とする修正地域参画総量指標
(mGAP)によって評価されるものとして明らかにすることが本論の目的となる。
3.研究手法
本論は下記の手法により研究を行い、提起をするものである。
地域創生総合戦略を担当する地方自治体担当部局及びシティプロモーション担当部局に
ヒアリングを行った。具体的には、北海道苫小牧市、岩手県北上市、栃木県那須塩原市、
埼玉県久喜市、千葉県流山市、神奈川県川崎市、神奈川県伊勢原市、大阪府、奈良県生駒
市、福岡県那珂川町がヒアリング対象である。その他、多くの自治体や地域活動団体との
グループワークを実施することで、現場での課題や課題解決手法について知見を得た。
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おおさか市町村職員研修研究センター
5.地方創生×シティプロモーション
また、筆者自身が神奈川県中井町での地域創生総合戦略策定会議の委員として議論に加
わることにより知見を深めた。さらに、地域において積極的に活動するNPO等にシティ
プロモーションについての意見聴取を行った。
あわせて、2015年度に、おおさか市町村職員研修研究センターで実施された地域の魅力
第 1 章
発信研究会において、参加自治体である茨木市、吹田市、豊中市、門真市、大東市、河内
長野市、羽曳野市、松原市、河南町、岸和田市、高石市との意見交換により、蓄積を行った。
これらにより提起した、地域魅力創造サイクル、メディア活用戦略モデル、修正地域参
画総量指標(mGAP)について、それぞれの自治体やNPO等からの評価を得た。
寄稿論文「地方創生×α」
4.地域魅力創造サイクル
シティプロモーションにおいて訴求する地域魅力は断片的なものであってはならない。
地域の魅力を総合的に提起し「語れるもの」とすることが求められる。こうした総合的な
地域魅力を提起するために必要な手順が地域魅力創造サイクルとなる。
(1)共創エンジン
この地域魅力創造サイクルを回転させる駆動力となるものが共創エンジンである。シ
ティプロモーションの目的として地域参画総量の拡大を置くのであれば、地域魅力創造サ
イクルも住民との共創により実現することが期待される。
ただし、住民の参加意欲を無前提に期待することはできない。この意欲を高めるための
方法として次章に述べるメディア活用戦略モデルがある。しかし、このメディア活用戦略
モデルも段階的に実現しなければならない。拙速に共創の拡大を図るのではなく、徐々に
共創を充実させていくことが望ましい。
(2)発散ステージ
地域魅力創造サイクルは、地域にある個々の魅力を過剰に発散させることにより、地域
の風景や歴史、暮らしのありようを異化させることを第1ステージとする。言い換えるな
らば、あたりまえに見えている自らの地域を、従来とは異なった様相、あたりまえではな
いものに見せるためのステージとなる。
ちなみに異化とは芸術理論であるロシアフォルマリズムに言うオストラネーニエという
語の訳語であり、自動化し無意識化した日常生活を支える日常言語を打破して、世界の明
視を回復する詩語のもつ機能としても考えられる。言い換えるなら脱臼作用ということも
可能であろう。
発散ステージにおける異化もそのような意味を持っている。
具体的に述べるならば、転入者など当初から一定の地域魅力発見意欲を持っている住民
少数の参加を求め、シティプロモーションを施策として担う行政職員等とともに、地域に
おける魅力をひとり100というような過剰に発見し発散することが求められる。このとき、
地域の個々の魅力を多面的に捉えるために、人物(ひと)
・歴史(かこ)
・場所(ところ)
・
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
事柄(こと)
・物品(もの)の各要素を必ず含めることが有効である。
こうした、多様な要素による過剰な発散が、日常により皮膜された地域を覆うものを剥
がすことになり、地域への明視が可能となり、異化が行われる。
このとき、地域魅力創造サイクル全体にわたって伴走する専門家が存在することも有用
であろう。特に編集ステージにおいて提起するブランドメッセージ作成については、専門
家の存在は意義を持つと考える。
(3)共有ステージ
発散ステージの次に準備されるものが共有ステージである。共有ステージでは、発散さ
れた過剰な魅力を具体的に確認し、参加者の間で共有する。このときの参加者は、発散ス
テージでの参加者に加えて、提示された地域の魅力を見聞してみたい、体験してみたい、
自らの関係者に体験させてみたいという動機での参加者が含まれることになる。
共有ステージは、地域の魅力を発見することよりも、思考としては容易なステージであ
り、それゆえに参加者の増加も図りやすい。
野中郁次郎氏が提起したSECIモデルに従えば、発散ステージが個々の暗黙知から形式
知を引き出す表出化の仕掛けであるとすれば、共有ステージは、個々の形式知を参加者間
の連携による形式知へと統合化を図る仕掛けである。SECIモデルでは表出化の前に暗黙
知と暗黙知の共同化がある。これに基づくならば、発散ステージのプレステージとして、
特に目的を定めない地域内周遊などの取り組みも有効であろう。
(4)編集ステージ
編集ステージは発散、共有ステージを基礎として、地域魅力を「語れるもの」とするた
めに重要なステージとなる。ここでは、過剰に発散され共有された個々の地域魅力が編集
される。このときに必要な手段が物語形成である。
マーケティングの手法としてストーリーマーケティングがある。ストーリーマーケティ
ングは、商品を売る以前に共感を形成し、物語という付加価値によって購入意欲をひきだ
す考え方である。
地域魅力創造サイクルにおける編集ステージでの物語形成ではペルソナ設定が必須とな
る。ペルソナは物語の主人公となるモデルである。具体的な氏名、性別、年齢、職業、居
住地、家族構成を設定し、そのペルソナがどのような希望を持ち、どのような課題を持っ
ているかを定める。そのうえで、ペルソナが当該地域に関わりながら、発散された個々の
地域魅力のうち15など一定数を用いながら、希望を実現し、課題を解決する物語を形成す
る。
ペルソナは3人以上設定し、それぞれに物語を形成することが望ましい。各物語を形成
するために用いた個々の魅力の集合を魅力群として把握する。そのうえで、それぞれの魅
力群を検討し、地域の力としての言語化を行う。これによって、当該地域の複数の優位性
を明らかにすることが可能になる。
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おおさか市町村職員研修研究センター
5.地方創生×シティプロモーション
ここまでの作業は、発散ステージの参加者を中心に行うこととなるだろう。共有ステー
ジを経て関心をもち新たに参加する者も期待できる。これらによって、地域の差別的優位
性を示す言葉である複数のブランドメッセージ案を提起することになる。
ブランドメッセージは未来志向の言葉である。つまり現在から見れば、あくまで可能態
第 1 章
であり、まだ未達成な状況を示すことになる。
「どうなっているのか」ではなく「どうあ
りたいのか」を示す言葉となる。この欠けている部分を示すことによって、住民の参画を
呼び込むことができる。既に到達している状況であれば、改めての参画は不要である。
また、ブランドメッセージは、
シティプロモーションにおいて述べられることがある「選
ばれるまちづくり」にとどまらない「どのようなまちを創る市民に定住してほしいのか」
寄稿論文「地方創生×α」
を示すものともなる。
編集ステージにおける共創エンジンはどのように機能するか。複数のブランドメッセー
ジ案は、先に述べたように少数の参加者及び伴走する専門家によって提起される。これだ
けでは十分な共創エンジンとはならない。共創エンジンは徐々に駆動力を高め、当事者を
増やしていかなければならない。そのため、ブランドメッセージ案は、住民が集まる多様
な場面で議論されなければならない。積極的に地域に入り、高齢者の集まり、職場や
PTAなどの学校に関わる場、自治会や町内会、生涯教育や地域スポーツの場などさまざ
まな地域現場での議論を喚起する必要がある。議論は短時間でも構わない。目的はブラン
ドメッセージをつくりだす現場に関わったという市民の当事者化であり、詳細な議論では
ない。そのため、複数のブランドメッセージを検討する際には、どのブランドメッセージ
であれば自らが関与しやすいかという触発装置としての機能に注目することが望ましいで
あろう。
これらの多様な地域現場での議論を踏まえて、最終的には首長がブランドメッセージを
決定する。これは次の研磨ステージを十分に機能させるためでもある。
(5)研磨ステージ
研磨ステージは、決定されたブランドメッセージをやすりとして、行政各施策の意図を
明確にしていくステージである。首長が自らの責任でブランドメッセージを最終決定する
ことが必要なのはこのためである。
行政各施策は多様にわたる。廃棄物処理や防犯防災、スポーツ振興、インフラ整備など、
観光施策や狭義の定住施策に比較すればシティプロモーションとの関係が薄いと捉えられ
やすい施策が数多くある。
しかし、これらの施策を含め全ての施策が、ブランドメッセージが指し示す当該地域の
未来の姿をつくりだすものとならなければならない。ブランドメッセージを基礎とするの
であれば、どの地域でも同じように行われる施策であっても、その施策意図はそれぞれの
ブランドメッセージによって異なるはずである。
行政各施策をブランドメッセージで研磨するためには、的確なインターナルコミュニ
ケーションが求められる。インターナルコミュニケーションにおいても職員の意識変容、
おおさか市町村職員研修研究センター
47
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
行動変容を図るものであることを鑑みれば、共創エンジン確立のため、あるいはブランド
メッセージに基づく地域外の人々の行動変容を図るメディア活用戦略モデルの枠組みを同
様に活用できることになる。
インターナルコミュニケーションによって行政職員の参画を確立し、さらに各施策への
住民の参画を得ることで、共創エンジンはさらに豊かになる。
(6)再び発散ステージへ
地域魅力創造サイクルがサイクルとして機能するためには、発散で始まり研磨で終わる
という直線的な展開ではなく、再び発散ステージに戻る必要がある。二度目の発散ステー
ジは、個々の地域魅力の発散という以上に、ブランドメッセージの発散が中心になる。
ブランドメッセージを発散し、
当事者を増やしていくことが求められるステージである。
行政だけではない、地域経営の他のエージェントである企業やNPOが積極的にブランド
メッセージを活用し、自らの企業活動や非営利活動を、ブランドメッセージを用いて説明
する施策展開が必要となる。さらに、住民がブランドメッセージの推奨者となる施策展開
も求められる。
これらについては、宇都宮市の「住めば愉快だ宇都宮」ロゴの企業活動への開放や「宇
都宮愉快市民証」
などが参考になるだろう。また、
各地で行われているシティプロモーショ
ン認定事業なども意義を持つ。
5.メディア活用戦略モデル
地域魅力創造サイクルへの市民参画を獲得するとともに、地域魅力の訴求によりステー
クホルダーの行動変容を実現するための連続的な手段としてメディア活用戦略モデルが提
起できる。
メディア活用戦略モデルは、環境確認及び以下に述べる各フェイズの実現状況を確認す
るための傾聴フェイズ、誘発ポイントを踏まえて広い認知を獲得するフェイズ、認知を獲
得した集団の一部をターゲットとして行う関心惹起フェイズ、関心をもった対象者を適切
に誘導する探索誘導フェイズ、探索誘導の結果として到達した者に信頼と共感を付与する
着地点整備フェイズ、着地点にゲーミフィケーションなどの機序を加える行動促進フェイ
ズ、さらに各フェイズでの情報シェアを促す情報共有支援フェイズによって成立する。
各フェイズの詳細は紙幅の関係で本論では省略する。筆者のその他の著作などを参考に
されたい。
6.修正地域参画総量指標(mGAP: modified Gross Area-Participation)
人口の増加をシティプロモーションの成功と考えることは必ずしも容易ではない。シ
ティプロモーションは確かに行動変容を促すために行われるが、移住という負担の多い行
動は、地域魅力を理解しただけでは準備段階にとどまる。シティプロモーションはこの準
備段階を実現するに過ぎない。
48
おおさか市町村職員研修研究センター
5.地方創生×シティプロモーション
また、ゼロサムゲームとなる人口獲得を指標とした場合、
当該地域のシティプロモーショ
ンが相当程度的確に行われたとしても、近隣都市がより有効な施策を打てば人口獲得は失
敗する可能性が高い。逆に当該地域のシティプロモーションが不十分であっても、近隣地
域が大きな失敗を犯したり、災害などにあえば、当該地域の人口が一時的に増えることも
ふ えん
第 1 章
考えられる。このことを敷衍すれば、一時的な人口獲得が成功指標となるのであれば、シ
ティプロモーションは近隣都市の衰退を求めるものとなる。本来必要な地域連携とは大き
く異なった結果を生む。
一方、シティプロモーションは人口増加だけではなく、住民を主権者とし、積極的な参
画による地域経営を的確に実現することも目標とする。
寄稿論文「地方創生×α」
これらを評価するために、本論では新たに修正地域参画総量指標(mGAP)という成功
指標を提案する。
修正地域参画総量指標(mGAP)は、シティプロモーションの成果としての、住民の地
域活動への参画実現、住民による地域活動への感謝・伝達実現、住民及びシティプロモー
ション対象地域住民の地域推奨意欲向上を、それぞれ定量化し、総合化するものである。
定量化にあたっては、F. ライクヘルド(2006・翻訳)が紹介するブランド評価指標で
あるネット・プロモーター・スコア(NPS)を地域に援用することを主な内容とする。
本章の冒頭で述べたように、シティプロモーションの成果指標として人口増加を置くこ
とには困難がある。このことは、第2章の目的で述べたように自ら参画を行わずに、専ら
顧客としてよりよい行政サービスを望むだけの人口が増加することが地域の持続的幸福に
はつながらないことにも関わる。
しかし、既述したように、たとえ参画が積極的に行われる住民の割合が高まったとして
も、人口そのものが加速度的に減少するのであれば、地域存立に危機が生じることについ
て、増田らの提起には十分な説得力もある。
これらを総合すれば、住民個人個人の参画量をすべて和すれば、当該地域の地域参画総
量が計測できることになる。しかし、この純地域参画総量を計測するのは事実上不可能で
ある。
また、いわゆる地域活動を行っていないが、地域活動を行っている者への有形無形の感
謝を行うことは地域に関わる人々の持続的幸福の実現にとって無意味であろうか。このこ
とは、生活状況や身体、知的、発達などの障がいによって、いわゆる地域活動を行えない
者を主権者としてどう捉えるのかという問題にも繋がる。大阪府が行う笑働OSAKAでは
「感謝するのも笑働」として、この問題に一定の解を与えている。さらに、重い障がいを
抱え、意図の伝達が的確に行えない者であっても、その者の存在によって元気づけられて
いる者がいれば、それもまたプラスに評価することが必要だと考える。
加えて、シティプロモーションが地域魅力の訴求をその内容とすることに鑑みれば、参
画だけではなく、市民による地域の推奨拡大をシティプロモーションの成果と考えること
は意義を持つ。この推奨拡大については、シティプロモーションが当該地域の魅力訴求を
地域内に止めず、地域外への訴求も重要な内容とすることにも留意しなければならない。
おおさか市町村職員研修研究センター
49
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
そのうえで、参画への感謝や地域魅力の推奨についても、参画そのものと同様に人口の
加速度的減少があれば、
その割合が高まっても地域存立への危機となることは違いがない。
こうした多様な課題を解決する提案が修正地域参画総量指標(mGAP)である。
既述したように修正地域参画総量指標(mGAP)は市民の地域活動への参画実現、住民
による地域活動への感謝・伝達実現、住民及びシティプロモーション対象地域住民の地域
推奨意欲向上を、それぞれ定量化し、総合化するものである。
このうち、推奨については企業ブランドを定量化するために提起されたライクヘルドの
NPS(ネット・プロモーター・スコア)を用いる。NPSは、対象ブランドの推奨意欲につ
いて10から0までの11段階で回答を得て、10及び9を推奨者、5以下を批判者として、推
奨者の占める比率(パーセンテージ)から批判者の比率(パーセンテージ)を差し引いた
数字として表される。
なお、インターネット上の口コミの広告機能を研究するウェブマーケティング協議会
(WOMJ)のメソッド委員会は、流山市をフィールドとした研究において推奨者を10から
8とする試案を提示している。また、川崎市シティプロモーション戦略での成果指標設定
においても、WOMJと同様な推奨者カウントを行っている。そのため、本論ではWOMJ
と同様に10から8を推奨者として考え、推奨者比率から批判者比率を減じた数値を地域推
奨スコアとする。この点については、今後の研究蓄積によっては、推奨者をライクヘルド
の原案と同様にすることが検討されるだろう。
地域参画指標及び参画活動への感謝指標についても、参画への疑問や、感謝ではなく無
視が多いのであれば、シティプロモーションは十分な成功を見ていないと考えることが適
切であろう。そのため、地域活動への参画意欲、地域活動への感謝意欲を10から0までの
11段階から選択させるアンケートを実施した上で、いずれも10から8をプラスに、5以下
をマイナスと考え、プラスからマイナスを減じた数値を、それぞれ地域参画スコア、地域
感謝スコアとする。
結果として、修正地域参画総量指標(mGAP)は次により計算することが可能となる。
「地域内人口×地域推奨スコア+地域内人口×地域参画スコア+地域内人口×地域感謝
スコア+シティプロモーション地域外ターゲット人口×地域推奨スコア」
この修正地域参画総量指標(mGAP)は地域比較を行うものではなく、当該地域でのシ
ティプロモーション施策の評価を行うものであることに留意が必要である。各地域におい
て定住者の意向の表し方が積極的か否かは地域性等にも影響されるであろうことがその論
拠にもなる。
その点を考えれば、必ずしも市民悉皆で調査する必要はなく、母集団としての市民を正
確に代表するサンプルでなくても一定の意義を持つことになる。当該サンプルから得られ
た指標がどのように変化するかを注視することで、シティプロモーション施策の意義を一
定程度評価することが可能になる。
以上、修正地域参画総量指標(mGAP)はあくまでシティプロモーションの成果を計測
ふ えん
するための提案である。しかし、本論での議論を敷衍すれば、この修正地域参画総量指標
50
おおさか市町村職員研修研究センター
5.地方創生×シティプロモーション
(mGAP)はシティプロモーションにとどまらない、地方創生の評価にも繋がると考えて
いる。今後はこれらの指標がシティプロモーション及び地方創生の評価として適切である
かを、具体的に明らかにしていきたいと考える。
第 1 章
参考文献
・河井孝仁(2009)『シティプロモーション 地域の魅力を創るしごと』東京法令出版
・日本創成会議・人口減少問題検討分科会(2014)
『成長を続ける21世紀のために ストップ少子化・地方元気
戦略』
・増田寛也(2014)『地方消滅−東京一極集中が招く人口急減』中央公論新社
寄稿論文「地方創生×α」
F. ライクヘルド(2006)『顧客ロイヤルティを知る「究極の質問」
』ランダムハウス講談社
Profile
河井 孝仁(かわい たかよし)
東海大学文学部広報メディア学科教授
博士(情報科学・名古屋大学)
。東海大学文学部広報メディア学科教授。公
共コミュニケーション学会会長理事。専門は行政広報論、地域情報論。
総務省地域情報化アドバイザー、
(社)日本広報協会広報アドバイザーなど
を務める。著書に『シティプロモーション 地域の魅力を創るしごと』
(東
京法令出版・日本広報学会賞受賞)他多数。
おおさか市町村職員研修研究センター
51
6.地方創生×女性の活躍
女性・住民(消費者)視点の
活用による地域創生
第 1 章
永田 潤子 Junko Nagata
大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
寄稿論文「地方創生×α」
はじめに
政府が2020年までに指導的地位に占める女性の割合を3割程度にする目標を掲げるな
ど、女性活躍や促進が話題となっている。ここにきて、女性の活躍がテーマとなる背景は
大きく3つに整理できよう。
ひとつは、
「少子高齢化からくる労働人口の確保」である。日本の15歳~64歳の生産年
齢人口は1995年の8,700万人をピークに減り続け、2013年10月時点で、7,900万人と8,000万
人を割り込んでいる。その生産年齢人口のうち、男性の就業率は8割に対し、女性は6割
である。労働力確保のためにはまだ余地がある女性に活躍してもらう必要がある。
二つ目は、
「市場への女性視点の導入」である。市場の成熟化に伴い、商品・サービス
開発の場に女性視点や女性マーケティングを活かすことの重要性が認識されている。マー
ケティングに関する研究では「購買決定権の7~9割を女性が持っている」と言われてお
り、女性を活用することにより新たなビジネスチャンスを創出できるからである。
三つ目は、
「女性の権利や社会的地位の向上」
である。安倍首相は2013年、
2014年とニュー
ヨークの国連総会の一般討論演説で、女性の人権にも触れ女性重視を表明しており、先進
国の中でも遅れている意思決定の場への女性参画が、日本の急務なのである。
国内では、最初の2つを合わせ「成長戦略の柱」という文脈から取り上げられることが
多く、そのため「女性は経済成長の道具ではない」
「社会で働く生き方を素晴らしいと言
われているよう」といった違和感も聞かれる。
そもそも女性の活躍促進の背景には男女共同参画社会の促進があり、英語では“gender
equality”である。内閣府では、これを“男女共同参画社会”とし、
「男女が、社会の対
等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会
が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受すること
ができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義している。
これを地域創生の文脈で考えると、
「女性がより活躍することによって、男女という性
別の違いではなく多様な視点が地域や社会にもたらされ、新たな価値が生み出される社会
おおさか市町村職員研修研究センター
53
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
を創出する」と考えられる。したがって、本稿では「
“女性・消費者(住民)視点を活か
したソーシャル・マーケティング”による価値創出や地域の問題解決」を取り上げながら、
地域創生について考えてみたい。
1.地域創生の視点
まず、地域創生を考える視点について整理する。
1. 1 地域創生と内発的発展
地域再生、地域活性化など、これまでも地域を巡る言葉は多い。地域創生の定義につい
て明確な文言はないが、
内閣府の地方創生本部の資料によれば「国と地域が一丸となって、
各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生」とあり、これは東京一
極集中の解消、地方経済を振興し地域で暮らす人を増やすこと、更には地域課題の解決を
意味していると解される。
これまでも地域創生は多くの地域の課題であり、さまざまな取組みがなされているが、
成功事例といわれるものは少ないことから容易ではないことも判る。そもそも、何をもっ
て成功というのかさえも定義することは難しい。例えば、
持続可能な地域社会を考えると、
地域の文化の継承も地域の特徴を生かした取り組みであろうし、加えて地域の特産品の販
売促進などの六次産業による地域創生は全ての地域に当てはまるものでもない。寧ろ、
1970年代、地域開発の研究の中で生まれた「海外からの技術支援や資金援助に頼って近代
化を目指す開発ではなく、
途上国住民自らがコミュニティを通じ主体的な合意形成を経て、
自らの手で地域形成を行いその地域の問題の解決を図り、地域発展を目指すような発展」
という内発的発展1の視点が必要である。これを地域創生に当てはめるならば、
「地域の企
業や個人が主体になって、地域の資源や人材を利用して、地域内で付加価値を生み出し、
種々の産業の連携をつけて、社会的余剰(利益と租税)を出来るだけ地元に還元し、地域
2
の福祉・教育・文化を発展させる」
と置換できる。
1. 2 地域に根ざしたガバナンスの諸側面
内発的発展を地域に根ざした発展と考えれば、地域でのガバナンスはどのように整理で
きるであろうか。堀尾(2013)は「従来の行政依存型の市民の気風や、市民を信頼しきれ
ない行政側の理解などに基づいた、これまでの常識を相互発見型で打ち破っていく必要が
3
ある」
と指摘し、低炭素型社会の実現を事例として、図1の社会技術を提示している。
国家(Polity: 法、税制、財政、規制)
、国民(Community)
、市場(Economy: 技術・
産業を含む)の3つの諸側面のうち、
これまでは補助金などの財政支出、
RPS 法やFIT(固
定価格買い取り制度)などの規制といった行政分野のアクション、その枠組みでのエコポ
イント、あるいはFITに基づく事業といったアプローチ及び意識啓発が主流であったが、
これからは“国民・住民自らが主体的に取り組む顔の見えるアプローチ”
、
“川下から市場
や国・自治体に働きかける動き”が必要であると指摘している。
特に、地域コミュニティには明確なヒエラルキー組織はない。地域の住民がゆるやかに
つながり新しい方向性を模索するために、
地域を構成するさまざまなステークホルダーが、
54
おおさか市町村職員研修研究センター
6.地方創生×女性の活躍
相互学習型で解を見つけ実践する必要がある。
第 1 章
寄稿論文「地方創生×α」
図1 地域ガバナンスの諸側面
1. 3 関係性マーケティングの視点を活かす
マーケティングとは、一般的に「顧客のニーズやウォンツを把握し、それに応えていく
プロセス」を言う。同様に自治体における政策立案は、
「地域の課題や住民のニーズを把
握しそれに応えていくプロセス」であり、その実現においてマーケティング手法の活用は
有効である。1990年代に入り、マーケティングアプローチは、大きく変化した。需要が潜
在的に存在するという前提に立つのではなく、
「消費者との対話やコミュニケーションを
通じた相互作用の中でニーズや新たな価値を創出する“関係性マーケティング”
」が重視
されるようになった。企業と顧客との間で相互作用的なコミュニケーション活動により共
に価値を生み出す、共創的に価値が発生すると考えるマーケティングへと変化したのであ
る。この考え方は、自治体と住民との関係にも馴染みやすく、関係性マーケティングの視
点を活かした住民とのコミュニケーション・デザインに活用できる。
1. 4 女性視点のマーケティングを活かす
関係性マーケティングに加え、企業の商品・サービス開発の場では、女性視点や女性マー
ケティングの重要性が注目されている。これは市場が成熟した時代に入り、購買決定権の
7~9割を持っている女性の視点を取り入れることが必要になってきたからである。
(図
2)購買決定権が7割の商材とは住宅や自動車等の比較的に高価な耐久消費財であり、9
割とは日用品から白物家電(洗濯機、冷蔵庫、炊飯器等)などである。このような背景か
ら商品開発やサービスなど、購買決定権を持つ女性視点の要素を活かす必要性は高く、地
域の課題解決においても女性視点のアプローチは有効である。
一般的に、
「男性視点=事実・モノ・論理・結果」
「女性視点=感覚・イメージ・直感・
共感」というように単純化して取り上げられることも多いが、女性向け・男性向けという
のではなく、あくまでも女性視点・男性視点である。例えば、ペットボトルの商品はかつ
てゴミを出すときに、ラベルを剥したり潰したりするのが大変だった。ゴミの分別という
おおさか市町村職員研修研究センター
55
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
日々の暮らしからはペットボトルのラベルの剥がしやすさは日常の課題であり、
これは
「暮
らし目線」であり女性視点でもある。
図2 男女の購買決定
一方、CO2の削減量の大きさに目を向ければ、グリーン調達やカーボンオフセットのよ
うな社会全体での取り組みが有効であり、これは「社会目線」であり男性視点でもある。
地域での課題解決を考える場合、個人の日々の暮らしに直結した「暮らし目線」からアプ
ローチすると共感を生みやすく、共感があれば人は行動を変えていける。その共感した個
人が参画し、社会で一体となる機会や仕組み「社会目線」へとつなげることで、二つを合
わせた「地域目線」となる。
1. 5 暮らし目線からの市場を通じた社会参画
4
ここで、
“Shopping for a Better World”
について紹介したい。
これは1990年、
「企業の良心を評価する」という趣旨で書かれた、女性のハンドバッグ
に入るサイズの一冊の書籍である。例えば、ハインツという会社のページを開くと、ハイ
ンツが児童労働によって生産されたものを買っていないか、環境に配慮した行動をしてい
るか、武器輸出に関わりがないか、マイノリティや女性の登用をしているか、など企業と
社会とのかかわりに関する項目、今でいう企業の社会的責任に関する項目に関しての評価
が書かれていた。結果、5人のうち4人までが買い物を変えるという驚くべき変化が生ま
れた。まさに、購買決定権を持つ女性たちの買い物行動の変容であり、暮らし目線から社
会に参画し、企業の社会的責任という価値を創出した事例である。
56
おおさか市町村職員研修研究センター
6.地方創生×女性の活躍
2.お買い物革命プロジェクト
お買いもの革命プロジェクトとは、
JST(科学技術振興機構)社会技術開発センター「地
域に根ざした脱温暖化環境共生社会研究開発領域」に採択された研究プロジェクトで、正
式名称は「名古屋発!低炭素型買い物・販売・生産システムの実現」であり、筆者は研究
第 1 章
代表としてプロジェクトを実施した。このプロジェクトでの取り組みと成果を、
「暮らし
目線と社会目線でのアプローチ」
「関係性マーケティングを活かした参画の場の創出」の
2つの視点から紹介する。
2. 1 暮らし目線と社会目線でのアプローチ
まず、プロジェクトで調査した「ライフスタイルと環境意識・行動」に関する調査では、
寄稿論文「地方創生×α」
約60%の人が「社会や地域、環境問題の解決には“お金をかけずに貢献したい”
」との結
果になった。
(図3)残りの約20%の人が、
「お金を払っても環境に配慮したものを買いた
い」との購買意向を示しているが、実際の購買行動とアンケート結果にはかい離が見られ
る。同種の環境貢献と購買に関する他の調査でも同様の傾向が見られ、アンケート時には
「環境問題は大事だから、出来ればそうしたい、そうあるべき」という気持ちが答えとし
て回答されるが、実際の購買時には価格が購買決定要因になるのである。
一方、「家族や仲間との時間や健康管理は“お金を払っても大切にしたい”
」と考えてい
る人が84%あった。
(図3)このことは、環境を全面に出した情報表示では購買行動に変
化が見られず、寧ろ、家族の笑顔、健康、豊かな食卓といった暮らしを軸にした暮らし目
線での情報表示の有効性を示唆している。したがってプロジェクトでは、例えば、
「旬な
野菜を楽しみながら健康に!」
(旬な野菜はハウス栽培に比べ環境負荷が少ない5といった、
暮らし目線での情報により購買行動が変容し、結果として脱温暖化社会への貢献につなが
るアプローチを考えた。更には、よりよい地域や社会・環境を作ることが自らの幸せな暮
らしにつながっていくことを実感できるプロセス、地域での普及にも注力し進めた。
図3 ライフスタイルと環境意識・行動
おおさか市町村職員研修研究センター
57
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
2. 2 関係性マーケティングを活かした参画の場の創出
スーパーへの来店に関する調査では、
「お店に意見を言える場があると来店回数が増え
る」人が47%となっており、消費者(住民)は流通販売者とのコミュニケーションをより
求めていることが判った。
(図4)そこで、消費者(住民)と流通販売者とが対話し相互
に学習しながら低炭素社会の実現につながるより良いお買いものを目指す場として、
「リ
サーチャーズクラブ」を立ち上げた。
(図5) 消費は資源やエネルギーを大量に使うと
いう点で温暖化に密接に関わっているが、買う側の意思とは無関係にモノが流れ消費する
状態に置かれている。一方、流通販売者側が環境に配慮した取り組みを実施しても、消費
者(住民)にその意義や重要性が十分に理解されなければ、環境配慮型商品は実際には売
れずコストだけがかかってしまうというリスクが発生する。リサーチャーズクラブでは、
「お互いが対話を通してそれぞれの役割を認識し地域の課題解決をめざし、
特に、
消費者
(住
民)は自らの経験に基づく意見を提案し、実証する」ことを目指した。消費者(住民)に
対して一方的に教育を行うのではなく、あくまでも両者が対等な関係で対話し実際の問題
解決を目指すことが、従来の環境啓発型のアプローチとの相違点である。
更には、
「お買い物を通したゆるやかなコミュニティ形成と地域での拡がり」にも着目した。
都市部では、地方に比べて地域自治会や町内会などの活動や地域コミュニティが希薄に
なっている。多くの人が日常的に集まるスーパーマーケットや、中心駅に位置する百貨店
といった場が情報収集や社会課題の発信のコミュニティとして機能する可能性がある。し
たがってプロジェクトでは、愛知県下に店舗を展開するユニーグループホールディングス
株式会社のアピタ千代田橋店及び株式会社ジェイアール東海高島屋を社会実験の舞台と
し、幅広い年代・職業の消費者を公募で募り6、両社のバイヤーや商品開発等担当者から
なる、「相互学習の場(リサーチャーズクラブ)
」を創出した。
図4 スーパーマーケットでの取り組みと来店回数
58
おおさか市町村職員研修研究センター
6.地方創生×女性の活躍
第 1 章
寄稿論文「地方創生×α」
図5 「リサーチャーズクラブ」の創出
2. 3 取り組みの内容と成果
取り組みについては、消費者にとっては身近な暮らし目線を活かせること、流通販売者
にとっては実業を妨げることなく店舗での実証実験の実現性の高いものであることを基点
にしつつ議論を重ねた。結果、アピタ千代田橋店では「エコ商品」
「容器包装」
「野菜の購
買」の3つのテーマでの取り組みを、ジェイアール東海高島屋では、
「適正包装」
「おかい
もの基準」
の2つの取り組みを選定した。リサーチャーズクラブの活動は、
月に1回のミー
ティングを基本とし、お買い物についてのディスカッション、流通販売者によるレク
チャー、消費者による店舗リサーチなどの半年間の活動を経て、新たな情報提供スタイル
による購買行動の変化を検証するため、店舗での実験を実施した。
(図6)
まず、「消費者の意識・行動変容」については、店舗での活動体験、エコに関する情報
やデモンストレーション企画等を行う前と後で、リサーチャーズクラブメンバーの意識や
行動の変容について、
「ライフスタイルに関するアンケート」での検証を行った。結果、
リサーチャーズクラブに参加したメンバーは、活動を通して、①健康配慮商品、環境配慮
商品の購入意欲を高めたこと ②情報発信や商品選択を慎重にするようになったこと ③
性能を志向しながらも安くても高性能のものがあることに気づき、有名メーカー志向が低
下したことなどの変化が明らかになった。また、リサーチャーズクラブメンバー以外の一
般消費者は、環境配慮生活への志向を強め、有名・大手志向や簡便な消費への志向を低下
させたことも観測できた。
おおさか市町村職員研修研究センター
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地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
図6 店舗での実験
次に、「流通販売側の意識変容」に関しては、
「取り組みが消費者には十分に伝わってお
らず、消費者が欲する情報と発信している情報にギャップがある」など、今後の消費者と
のコミュニケーションの課題が明らかになっただけではなく、
「プラットホームでの活動
を通じ社内での意識改革や行動の変化に繋がった」
「相互学習型プラットホームでの活動は
消費者側と流通側がそれぞれメリットを得られるようなかたちを考えられるため取り組み
やすい」など、
継続的に続けることで売り上げの変動も含めた成果につながると評価された。
3.更なる応用展開
名古屋でのお買い物革命プロジェクトの成果を踏まえ、滝沢市と桐生市において、
「食
を通じて地域につながる」応用展開を実施している。
3. 1 「ママ・カレッジin滝沢」プロジェクト
コンセプトは、
「食から地域に繋がる」
「母親目線で食を考える」であり、
“食べて幸せ!
ママ・カレッジ(旬な食材や歴史を学ぶ場)
”を開催し、その情報を地域で発信している。
具体的には、①食べて幸せ!ママ・カレッジの開催(月に1回)
:ママ × 地域の講
師 ②ママ・カレッジ通信の発行 :ママ・カレッジ × 地域の保育園・幼稚園 ③マ
マ・カレッジ通信の店舗での展開 :ママ・カレッジ × 流通販売者 の3つの取り組
みである。ママ・カレッジで学んだ内容(旬な食材の解説とレシピ)をベースに、参加者
である母親目線で「ママ・カレ通信」を作成、滝沢市内にある保育園・幼稚園の園便りと
共に、他の母親に配布している。
(2015年は555枚)更に、ママ・カレッジ通信と連動した
情報を、連携先の流通販売者の店舗に特設コーナーを設置し、ママ・カレッジ以外の多く
のママさんや住民に発信し、食を通じて地域と繋がり健康になりながら持続可能な社会へ
の転換を目指している。
(図7)
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おおさか市町村職員研修研究センター
6.地方創生×女性の活躍
第 1 章
寄稿論文「地方創生×α」
図7 ママ・カレッジin滝沢
3. 2「親子de学ぶ!桐生版フード・ソムリエ塾」プロジェクト
コンセプトは「食から地域に繋がる」
「親子で学ぶ」であり、
“親子de学ぶ!桐生版フー
ドソムリエ塾(旬な食材や桐生の魅力ある食材や歴史を学ぶ場)
”を開催し、その情報を
地域で発信している。
具体的には、①親子で学ぶ! 桐生版フード・ソムリエ塾(月に1回)親子×地域の講
師 ②発信!持続可能な地域づくりに向けて 子供×地域 の2つの取り組みである。
特に、フードソムリエ塾に参加した子供が情報を作成し、その情報を地域の公共施設等
で発信することで情報を受け取った他の市民を巻き込み、地域全体で持続可能な社会に向
けた価値の見直しを目指している。
(図8)
図8 桐生版フードソムリエ塾
おおさか市町村職員研修研究センター
61
地方創生×α マッセOSAKA開設20周年記念誌
おわりに
お買い物革命プロジェクトは、暮らし目線からの社会参画であり、滝沢市と桐生市での
応用展開も市場を通じた広義の住民参画である。地域創生は6次産業化などの取り組みも
確かに大事であるが、それぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生するために
は、地域で暮らす人の目線を地域社会に生かす取り組みであることが大事であり、経済と
地域・社会課題の解決を目指すことが持続可能な社会をつくることになる。
地域の女性・住民(消費者)を巻き込みながら、ソーシャルマーケティングの視点を活
かした問題解決は地域創生に有効である。なぜならば、地域経済を支え強化することにな
り、また、買い物を通じ地域とのつながりを考えるよう変化がおき、地域に根差した地域
経済活性化となるからである。
(注)
1 内発的発展は地域研究ではオルタナティブな発展を求める思想として広く共有されている。
2 宮本憲一「持続可能な社会に向かって−公害は終わっていない」164頁岩波書店 2006年
3 地域に根差した脱温暖化・環境共生研究領域シンポジウム予稿集「地域が元気になる脱温暖化を!」4頁 2013年
4 Benjamin Hollister, Rosalyn Will“Shopping for Better World”Sierra Club Books 1994
5 中島寛則、大野隆史、池盛文数、高木恭子、久恒邦裕(2011)
「青果物からのGHG排出量における地産地消・
旬産旬消効果の考察 」(第6回日本LCA学会研究発表会講演要旨集)
6 ユニー㈱との取り組みでは18名のメンバーが、
㈱ジェイアール東海高島屋との取り組みでは12名が活動した。
(参考文献)
「おかいもの革命!消費者と流通販売者の相互学習型プラットホームによる低炭素型社会の創出」
おかいもの革命プロジェクト編(公人の友社、2014年)
「お買い物で社会を変えよう!」永田潤子編著(公人の友社、2014年)
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おおさか市町村職員研修研究センター
6.地方創生×女性の活躍
Profile
永田 潤子(ながた じゅんこ)
第 1 章
大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
1961年、福岡県生まれ。海上保安庁の幹部を養成する海上保安大学校初のた
だ一人の女子学生として入学。26歳で女性初・最年少で巡視船船長になる。
その後、埼玉大学大学院政策科学研究科(現:政策研究大学院大学)にて政
寄稿論文「地方創生×α」
策分析修士号を取得、大阪大学経済学研究科博士後期課程(単位取得満期退
学)にて経営学、意思決定について研鑚。1997年海上保安大学校行政官理学
講座助教授、2003年4月より現職。
専門は、公共経営論(CSRを含む。
)であり、個人・組織の関係や組織のマ
ネジメントについて研究する他、
マーケティングの視点を活かし
「名古屋発!
お買物革命」プロジェクト(社会技術開発研究センター)の研究代表を務め
るなど、社会問題の解決を目指した理論と実践を試みている。
国や地方自治体の審議会・研究会の他、関西経済同友会の若手リーダー養成
塾の担任講師や企業のCSR戦略アドバイザーなど幅広く活躍。橋下大阪府知
事時代の特別顧問、改革評価委員も務めた。
(著書)
「お買い物で社会を変えよう!」
(編著、公人の友社、2014年)
「お買い物革命!」
(共著、公人の友社、2014年)
「創造経済と都市再生2」
(共著、大阪公立大学共同出版会、2012年)
「創造経済と都市再生1」
(共著、大阪公立大学共同出版会、2011年)等
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