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手のひら静脈認証技術 - ITU-AJ

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手のひら静脈認証技術 - ITU-AJ
手のひら静脈認証技術
はま
富士通研究所 認証&IoTセキュリティプロジェクト シニアリサーチャー
そういち
浜 壮一
1.はじめに
る第三者が本人に気付かれることなく認証特徴を盗むこと
生体認証は、顔、指紋、虹彩など個人の身体的特徴や、
が困難であることを意味している。この点は、高いセキュ
声紋、筆跡などの行動的特徴に基づいて個人を識別する
リティが求められる認証分野では非常に重要な特長であ
本人認証技術である。パスワードやIDカードを用いるほか
る。さらに三つ目としては、静脈認証は非接触で認証を行
の本人認証技術では、盗難や紛失、他人への貸与などによ
うことができる点である。利用者は認証装置本体に手を触
りセキュリティ上のリスクがある一方、生体認証は盗用や偽
れることなく認証することが可能である。これは、不特定
造によるなりすましが困難という特長を持つ。近年のセキュ
多数が利用するような認証装置の場合、衛生面及び心理的
リティ意識の高まりとともに、生体認証技術は様々な分野
安心感の面から大きな利点である。
で利用されるようになっており、今後も適用範囲が拡大す
つぎに、静脈のパターンを撮影する方式として近赤外光
ることが予想されている。次章から年々利用が拡大してい
を利用した技術について説明する。可視光は生体を構成す
る手のひら静脈認証技術について説明する。
る物質による吸収が大きく、皮膚の下まで到達する光は非
2.静脈認証技術
常に少ない。また、中赤外以上の長い波長の光はH 2 Oによ
る吸収が大きく、生体内に光が届かない。この中間の650
静脈認証では、皮膚の下を走行している静脈のパターン
~ 1,000ナノメートルの近赤外帯域の光は、生体の深い位
が個人個人で異なる性質を利用している。この静脈認証は、
置まで到達できることから「生体の窓」と呼ばれており静
静脈パターンが生体内部に存在していることによって次に
脈の撮影に適している。近赤外光を生体に照射して撮影を
あげる特長を持つ。一つ目として、皮膚の汚れなどの利用
行ったとき、光は皮下の生体組織内を散乱しながら進み、
者の手の状態や環境変化からの影響を受けにくい点であ
一部は表面に戻ってくる、あるいは透過する領域は明るく
る。これにより安定な運用を実現できる。二つ目としては、
映る。血液中に含まれるヘモグロビンは近赤外線光を吸収
認証特徴である静脈パターンが通常人間が見ている可視光
する性質があり、静脈が存在する領域は周辺と比べて輝度
では見ることができないという点である。これは悪意のあ
値が相対的に下がるため暗く映る。例として、写真1に可視
■写真1.手のひら静脈画像例(左:可視光、右:近赤外光)
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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特 集 バイオメトリクス
光で撮影した手のひらの画像と、近赤外線を用いた実験系
手のひら静脈認証技術は、2000年頃から研究開発が始
で同じ手のひらを撮影した画像を示す。可視光を用いると
まり、2004年には銀行ATM用の認証技術として世界で初
ほとんど判別できない静脈パターンが、近赤外光を用いる
めて実用化された(写真2)
。これは銀行預金を引き出す際
ことによってはっきりと映ることが分かる。
の本人確認手段として手のひら静脈認証を用いるもので、
静脈を撮影するためのセンサーの構成は、主に透過型と
手のひら静脈認証が持つ、非接触・高精度といった特性
反射型に大別できる。透過型はカメラと照明の間に手のひ
が活かされている。認証精度に関しては、手のひら静脈認
らなどの生体を置き、生体を透過してきた光をカメラで撮
証は他人受入れ率0.00008%以下、本人拒否率0.01%とい
影する。一方、反射型は照明とカメラをほぼ同じ位置に配
う非常に高い精度を示す。
置し、照明を生体に当てて反射してきた光をカメラで撮影
銀行ATMに続き、入退室管理(写真3)やPCログイン
する。一般に手のひら静脈認証センサーでは、反射型を採
(写真4)など様々な分野で手のひら静脈の利用が広がっ
用している。
ている。近年では、銀行をはじめとして海外でも多くの用
静脈認証を行う手順としては、まず前述のように近赤外
途に利用されている。特に新興国の場合、個人を識別でき
光を用いて画像を撮影し、この画像中の静脈パターンを画
る確実な社会基盤が確立されていないケースでは,これま
像処理技術によって抽出したものを登録テンプレートとして
で述べてきた種々の利点を持つ手のひら静脈認証に対する
保存する。照合時には、同じ手順によって撮影・抽出した
期待が高まっている。現在、世界中で7000万人以上が手
パターンと、保存してある登録テンプレートを比較すること
のひら静脈認証を利用しており、今後さらに利用者の数が
により本人であるかどうかを確認する。
増えていく見込みである。
3.静脈認証技術の適用事例
適用事例について、手のひら静脈認証を例に説明する。
手のひら静脈は他の部位と比較すると以下のような利点が
ある。まず、指と比較すると手のひらは面積が広く、走行
している血管パターンのランダム性が高い。また、指と比較
すると手のひらは寒冷時でも冷えの影響を受けにくい。そ
の結果、環境条件に依存せず、高い認証精度を安定して
実現することが可能である。手の甲と比較した場合、手の
ひらの方が認証動作を自然な動きで行えるメリットがある。
また、手の甲は多量の体毛で光が遮られて認証されにくく
なることがあるが、手のひらではそのようなことがないため、
誰でも利用できる。
■写真2.手のひら静脈認証を用いたATM装置
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■写真3.手のひら静脈認証を用いた入退室管理装置面
■写真4.手のひら静脈認証センサーを内蔵したマウス
4.手のひら静脈センサーの小型化
学系の設計が重要なポイントとなる。そこで、コンピュータ
・
手のひら静脈認証技術の実用化以来,用途の広がりに
シミュレーションを利用して、小型・薄型化した場合でも従
伴い、センサーは小型化が進められている(写真5)
。一番
来と同等の画角を得る低歪広画角対応の専用レンズ及び照
左のものは最初に銀行ATM向けに実用化されたセンサー、
明部品が開発された。照明部品は、LEDの配置や導光体
中央が現在の主力センサー、右の二つがモバイル向けに開
形状などを工夫し、小型であっても広い照射範囲と照明強
発された小型センサーである。
度を両立できるように設計・開発されている。さらに、小
今後、生体認証の適用が期待される分野の一つにモバイ
型センサーで撮影した画像の特性に合わせて認証アルゴリ
ル用途があげられる。ノートPCやタブレット端末など、従
ズムも進化している。
来のデスクトップコンピュータと遜色の無いレベルの処理能
こうした技術開発により、従来センサーよりも大幅に薄
力や機能を持つモバイル端末が開発されている。ビジネス
型化及び小型化した手のひら静脈認証センサーが実用化さ
の最前線でモバイル端末を利用する機会が増えてきており、
れており(写真6)
、現在では、タブレットや薄型ノートPC
モバイル端末のセキュリティへの関心が高くなっている。
といったモバイル端末にも手のひら静脈認証センサーが搭
モバイル端末の場合、持ち運んで利用することが主たる
載されたモデルが商品化されている(写真7、8)
。
利用方法であるため、盗難や紛失の危険性が高い。モバイ
今後、モバイル端末はビジネスの現場で重要性を高めて行
ル端末に顧客情報や機密情報等を保存して利用する業務で
くと考えられる。その中で安全・安心を提供するセキュリティ
は、モバイル端末のセキュリティは非常に重要なものになる。
技術として、手のひら静脈認証技術の適用範囲が広がってい
手のひら静脈認証は、反射型撮影方式を採用しており、
くと考えられる。また、ネットショッピングの決済やオンライン
カメラと照明装置を一体化することができるため、センサー
バンキングなど、サービス利用時の本人確認などでも生体認
の小型化・薄型化に適している。高認証精度を実現する小
証の利用用途が拡大していくと予想でき、今後は、このよう
型・薄型の手のひら静脈センサーを実現するためには、光
な場面での手のひら静脈認証技術の利用が期待される。
■写真5.手のひら静脈センサーの変遷
■写真6.新小型センサー
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特 集 バイオメトリクス
を共同開発し、2008年に発行するなど連携した標準化活動
を行っている。
静脈認証は、顔・指紋など他の認証方式と比べると新し
い技術であり、SC37の発足当時は世界的な認知度も高く
なかった。そこで静脈認証を開発する日本企業が中心とな
り、静脈認証に関連する国際標準規格の開発を推進してい
る。例えば、生体認証アプリケーションのための標準API
を規 定する19784シリーズ(ISO/IEC 19784 Information
technolog y-Biometr ic application prog ra mming
interface:BioAPI)や生体情報データを格納する枠組み
を規定する19 78 5シリーズ(I nformation technolog y■写真7.手のひら静脈センサー搭載タブレット
Common Biometric Exchange Formats Framework:
CBEFF)に対する静脈認証の対応を進め、既に発行済み
の国際標準に反映されている。また、システム相互運用の
ためのデータ交換フォーマットの規格化においては、筆者
が静脈画像データフォーマットのプロジェクトエディターに就
任して規格開発を進め、2011年にISO/IEC19794-9:2011
Information technology-Biometric data interchange
formats-Part 9:Vascular image dataが 発行された。こ
の規格は、2007年に発行された第一世代を改版した第二世
代の規格であり、指紋、顔、虹彩などのデータを定義する
他の19794パートとの調和を強化するために共通ヘッダへの
対応を行うなど、より使いやすいものとなっている。
■写真8.手のひら静脈センサー搭載の薄型ノートPC
6.今後の展開
手のひら静脈認証技術について概要から技術開発の最
5.国際標準化への取組み
新動向、標準化活動まで説明してきた。手のひら静脈認
証は指紋認証のように歴史のある生体認証技術と比較する
静脈認証は、技術開発とともに国際標準化も進められて
と新しい技術であると言える。そのため、技術的な進歩の
いる。一般的な生体認証に関する国際標準 化は、ISO/
余地はまだ多く残されていると考えられる。今後は、一層
IEC JTC1/SC37(以降、SC37と呼ぶ)が 担当しており、
の高精度化による大規模な社会基盤システムとの連携が進
用語、API、データ交換フォーマット、運用仕様プロファイル、
む一方、センサーの小型化、低価格化が進み、より広い
性能試験などの技術項目と、相互裁判権や社会事象など六
用途で利用されるようになると考えられる。また、日本だ
つのワーキンググループで構成されている。またSC37は、
けでなく、グローバルでのアプリケーションもますます増え
通信環境へのその適用に主眼を置いたITU-T SG17のテレ・
ていくことが予想され、今後の発展が期待されている。こ
バイオメトリクス(Telebiometrics)とリエゾン関係を締結し
れに伴い、国際社会において積極的に手のひら静脈認証
ており、生体認証の情報交換に関わる勧告X.1083:ISO/
技術が活用されるよう、新しい規格への対応など継続的な
IEC24708(Biometrics-BioAPI interworking protocol)
取組みが重要である。
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