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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System

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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System
熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
肝移植施行後長期経過したトランスサイレチン型家族性
アミロイドポリニューロパチーに生じる病態変化の解析
Author(s)
大嶋, 俊範
Citation
Issue date
2014-03-25
Type
Thesis or Dissertation
URL
http://hdl.handle.net/2298/29958
Right
学位論文
Doctoral Thesis
肝移植施行後長期経過したトランスサイレチン型
家族性アミロイドポリニューロパチーに生じる病態変化の解析
(Analyses of the pathogenesis in familial amyloidotic polyneuropathy (FAP)
Val30Met cases with a long duration after liver transplantation )
大嶋俊範
Toshinori Ohshima
熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻神経内科学
指導教員
安東由喜雄教授
熊本大学大学院医学研究部博士課程医学専攻神経内科学
2014 年 3 月
学
位
論
文
Doctoral Thesis
論文題名: 肝移植施行後長期経過したトランスサイレチン型家族性アミロイド
ポリニューロパチーに生じる病態変化の解析
(Analyses of the pathogenesis in familial amyloidotic polyneuropathy (FAP)
Val30Met cases with a long duration after liver transplantation)
著者名: 大嶋 俊範
Toshinori Ohshima
指導教員名: 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻神経内科学教授
安東 由喜雄
審査委員名:
機能病理学担当教授
眼科学担当教授
消化器内科学担当教授
細胞病理学担当教授
2014年3月
伊藤 隆明
谷原 秀信
佐々木 裕
竹屋 元裕
目次
1. 要旨
1
2. 発表論文リスト
3
3. 謝辞
4
4. 略号一覧
5
5. 研究の背景と目的
6
5-1.
アミロイドーシスの歴史
5-2.
アミロイドーシスの定義
5-3.
アミロイドーシスの分類
5-4.
トランスサイレチン (TTR) 型家族性アミロイドポリニューロパチー (FAP) の
概念
5-5.
集積地と集積地以外の TTR 型 FAP
5-6.
TTR の特徴
5-7.
老人性全身性アミロイドーシス (SSA) の特徴
5-8.
断片化 TTR について
5-9.
TTR 型 FAP に対する肝移植治療
5-10.
肝移植後の TTR 型 FAP における症状の進行
5-11. 本研究の目的
第一章 組織沈着アミロイドの量とその構成成分の比率解析
12
6. 研究方法
6-1. 解析対象症例
6-2. 組織染色
6-3. 凍結組織からのアミロイド前駆タンパク質の抽出
6-4. ゲル内消化と質量分析装置による解析
7. 実験結果
15
7-1. 病理組織所見
7-2. アミロイドの構成成分である野生型と変異型の TTR の割合
第二章 組織沈着アミロイドの断片化 TTR の解析
8. 研究方法
17
8-1. 解析対象症例
8-2. ホルマリン固定組織からのアミロイド前駆タンパク質の抽出
8-3. ウエスタンブロッティング法による断片化 TTR の解析
9. 実験結果
19
アミロイドの構成成分としての断片化 TTR の検出
10. 考察
20
11. 今後の展望
23
12. 結語
24
13. 参考文献
25
14. 表と図
33
1. 要旨
研究目的
トランスサイレチン (TTR) 遺伝子の変異によって生じる TTR 型家族性アミロイドポ
リニューロパチー (FAP) は、全身の諸臓器にアミロイド沈着を引き起こす予後不良の遺
伝性疾患である。肝移植は、TTR 型 FAP に有効な治療法であるが、一部の症例で、肝移
植後も野生型 TTR が何らかの修飾を受け、心臓でアミロイドを形成し、病態が進行する
ことが報告されている。本研究の目的は、肝移植後に長期生存し死亡した FAP Val30Met 4
例の剖検例を中心に、病理組織学的および生化学的な検討を行い、移植後の病態変化につ
いて検証することである。
研究方法
肝移植を施行し、長期生存後に死亡に至った FAP Val30Met 4 例と、肝移植を施行せず
に死亡に至った FAP Val30Met 7 例の剖検組織を用い、病理組織学的にアミロイド沈着の
特徴を検証した。また、各組織に沈着したアミロイドから TTR を抽出し、変異型 TTR と
野生型 TTR の全身各臓器における構成比率を明らかにするために質量分析装置を用い
て分析を行った。さらに、FAP Val30Met 29 症例について、何らかの修飾を受け、アミロ
イドを構成している TTR の断片化 (50-127) の有無について解析した。
研究結果
肝移植後に長期経過した症例では、心臓、舌、脊髄軟膜など一部の臓器に重度のアミロ
イド沈着を認めたが、消化管、腎臓、甲状腺など大部分の臓器のアミロイド沈着は、肝移
植が行われていない自然経過の TTR 型 FAP に比べて著しく軽度であった。各組織に沈
着したアミロイドの変異型 TTR と野生型 TTR の構成比率は、肝移植未施行の症例では、
心臓、舌などでは腎臓や甲状腺と比較し、野生型 TTR の割合が高い傾向にあり、各臓器
によって異なっていたが、肝移植後に長期経過した症例では、脊髄髄膜以外の臓器でアミ
ロイド沈着量に関わらず、野生型 TTR が主体であった。また、アミロイドを構成してい
る TTR の断片化は、肝移植施行例にも未施行例にも認められたが、非集積地の症例の多
くに認められた。
考察
心臓、舌など一部の臓器では、他の臓器と比べ、野生型 TTR が沈着しやすく、肝移植
後長期経過した症例では、野生型 TTR によるアミロイド沈着が進行していた。一方、腎
1
臓、甲状腺など大部分の臓器では、野生型 TTR が沈着しにくく、肝移植後長期経過した
症例では、野生型 TTR によるアミロイド沈着が進みにくいものと考えられた。肝移植後
長期経過した TTR 型 FAP 患者の病態は、肝移植未施行の TTR 型 FAP 患者の病態とは
異なっており、その違いをさらに検証することがアミロイド沈着機構の解明につながるも
のと考えられた。また、全長が断片化した TTR は、肝移植の有無や TTR の性質、臓器
の違いによる影響は低く、非集積地の TTR 型 FAP においてその検出が、優位に高かっ
た。
結論
肝移植後長期経過した TTR 型 FAP は、野生型 TTR による全身性のアミロイド沈着を
認めるものの、アミロイドの沈着量は、臓器によって異なっていた。野生型 TTR が中心
となり、心臓や舌など一部の臓器ではアミロイド沈着が進行する可能性が考えられたが、
断片化 TTR の有無は、肝移植の有無によっては規定されなかった。肝移植後の病態をさ
らに検証することが、アミロイド沈着機構の解明につながるものと考えられる。
2
2. 発表論文リスト
関連論文
1. Oshima T, Kawahara S, Ueda M, Kawakami Y, Tanaka R, Okazaki T, Misumi Y, Obayashi K,
Yamashita T, Ohya Y, Ihse E, Shinriki S, Tasaki M, Jono H, Asonuma K, Inomata Y, Westermark P,
Ando Y. Changes in pathological and biochemical findings of systemic tissue sites in familial
amyloid polyneuropathy more than 10 years after liver transplantation.
J Neurol Neurosurg Psychiatry 2013, in press
その他の論文
1. Ueda M, Horibata Y, Shono M, Misumi Y, Ohshima T, Su Y, Tasaki M, Shinriki S, Kawahara S, Jono
H, Obayashi K, Ogawa H, Ando Y. Clinicopathological features of senile systemic amyloidosis: an
ante-and postmortem study.
Mod Pathol 24: 1533-1544, 2011
2. Obayashi K, Ueda M, Oshima T, Kawahara S, Misumi Y, Yamashita T, Jono H, Yazaki M, Kametoni F,
Ikeda S, Ohya Y, Asonuma K, Inomata Y, Ando Y. Pathological changes long after liver
transplantation in a familial amyloidotic polyneuropathy patient.
BMJ Case Rep, doi: 10.1136/bcr-2012-006593 (Epub), 2012
3. Misumi Y, Ueda M, Obayashi K, Jono H, Su Y, Yamashita T, Ohshima T, Ando Y, Uchino M.
Relationship between amyloid deposition and intracellular structural changes in familial amyloidotic
polyneuropathy.
Hum Pathol 43: 96-104, 2012
4. Tasaki M, Ueda M, Obayashi K, Koike H, Kitagawa K, Ogi Y, Jono H, Su Y, Suenaga G, Oshima T,
Misumi Y, Yoshida M, Yamashita T, Sobude G, Ando Y. Effect of age and sex differences on wild-type
transthyretin amyloid formation in familial amyloidotic polyneuropathy: A proteomic approach.
Int J Cardiol 2013, in press
5. Usuku H, Obayashi K, Shono M, Ohshima T, Tasaki M, Yasuda H, Ogawa H, Ando Y. Usefulness of
plasma B-type natriuretic peptide as a prognostic marker of cardiac function in senile systemic
amyloidosis and in familial amyloidotic polyneuropathy.
Amyloid 2013, in press
3
3. 謝辞
本研究を行うにあたり、ご懇篤なるご指導を賜り、本稿作成にあたりましても多大なる
御教示、御校閲を賜りました熊本大学大学院生命科学研究部神経内科学分野教授、安東由
喜雄先生に深謝いたします。
終始御指導、御鞭撻を賜り、本稿作成にあたり、多大なる御教示、御援助を賜りました
熊本大学大学院生命科学研究部神経内科学分野講師、植田光晴先生に心から感謝の意を表
します。
本研究に対し、多くの面で大変お世話になりました熊本大学大学院生命科学研究部病態
情報解析学分野 (現独立行政法人国立病院機構長崎病院検査技師)、川原理美先生に深く感
謝いたします。
終始御指導、ご鞭撻を賜りました、熊本大学大学院生命科学研究部神経内科学分野講師
(現独立行政法人国立病院機構熊本南病院副院長)、山下太郎先生、熊本大学医学部附属病
院中央検査部アミロイドーシス診療体制構築事業特任教授、大林光念先生、同助教、神力
悟先生、熊本大学大学院病態情報解析学分野講師 (現熊本大学大学院薬学教育部臨床薬物
動態学分野准教授)、城野博史先生、Uppsala 大学免疫・遺伝子・病理学分野教授 Westermark
Per 先生、同分野 Ihse Elisabet 先生に心よりお礼申し上げます。
また、日夜、研究に際し御協力いただきました熊本大学大学院神経内科学分野分子神経
治療学特任教授、前田寧先生、同分野特任助教、三隅洋平先生、熊本大学大学院神経内科
学分野講師、山下賢先生、同分野、蘇宇氏、郭建エイ氏、田崎雅義先生、末永元輝氏、小
川千穂氏、川上賢祐氏、北川敬資氏、荻泰裕氏、井上泰輝先生、永利聡仁先生、俵望先生、
米持康寛先生、黄冠男氏、奥山明日香氏、西上朋氏、酒井峻氏、桂浩子氏、熊本大学大学
院整形外科分野、末吉貴直先生、柳澤哲大先生、熊本大学大学院移植・小児外科学分野助
教、大矢雄希先生、同分野、磯野香織先生、熊本大学大学院顎口腔病態学分野、中村拓哉
先生、熊本大学乳腺内分泌外科分野、林光博先生、熊本大学視機能病態分野、榮木大輔先
生、熊本大学製剤設計学分野、林祐也氏、熊本大学保健学科成人看護学分野、柊中智恵子
先生、熊本大学医学部 4 年、岡崎孝広氏、同 6 年、川上裕史氏、田中里奈氏には多くの御
助言、御協力を賜り、誠にありがとうございました。
最後になりましたが、研究にご理解をいただき、快くご協力いただきました FAP 患者
および家族会の皆様方に深く感謝いたします。
4
4. 略語一覧
AApoA Ⅰ: Amyloidogenic apolipoprotein A1 (異型アポリポタンパク A1)
ACN: Acetonitrile (アセトニトリル)
AGel: Amyloidogenic gelsolin (異型ゲルソリン)
ATTR: Amyloidogenic transthyretin (異型トランスサイレチン)
BSA: Bovine serum albumin (ウシ血清アルブミン)
CHCO: α-cyano-4-hydroxycinnamic acid
DAB : 3, 3 -diamino-benzidine hydrochloride
DTT: Dithiothreitol (ジチオスレイトール)
DW: Distilled water (蒸留水)
FAP: Familial amyloidotic polyneuropathy (家族性アミロイドポリニューロパチー)
FAPWTR: Familial Amyloidotic Polyneuropathy World Transplant Registry
(http://www.fapwtr.org/)
IAA: Iodoacetamide (ヨードアセトアミド)
PBS: Phosphate buffered saline (リン酸緩衝生理食塩水)
SSA: Senile systemic amyloidosis (老人性全身性アミロイドーシス)
TFA: Trifluoroacetic acid (トリフルオロ酢酸)
TTR: Transthyretin (トランスサイレチン)
5
5. 研究の背景と目的
5-1. アミロイドーシスの歴史
1853 年、ドイツの病理学者 Virchow により、アミロイドーシスという疾患概念が提唱
された。この沈着物がヨードデンプン反応を呈することから、澱粉を意味するラテン語
の ”amylum” 、ギリシャ語の ”amylon” から、”amyloid (類澱粉質) ” と命名された。しか
し、1859 年、Freidrich と Kekule により、アミロイドの本体が、特異なタンパク質である
ことが示された。1968 年、Pras らによるアミロイド抽出法の発明、抽出したアミロイド前
駆タンパク質のアミノ酸配列の解析により、次々とアミロイドの由来となるタンパク質
(アミロイド前駆タンパク質) が同定され、現在までに、30 種類が明らかとなっている (表
1) (Sipe et al. , 2012)。
5-2. アミロイドーシスの定義
アミロイドーシスは、通常は可溶性であるタンパク質が、様々な原因により線維構造を
持つ不溶性タンパク質であるアミロイドへと変化し、各臓器の細胞外に沈着することで、
機能障害を引き起こす疾患群として定義される (Glenner, 1980)。また、病理学的には、ア
ミロイドは、ヘマトキシリンエオジン染色で見るとエオジンで淡いピンク色に染まる細胞
外沈着物であるが、コンゴ・レッド染色で赤橙色に染まり、偏光顕微鏡観察下で緑色偏光
を呈し、電子顕微鏡では 8-15 nm の枝分かれのない線維構造の物質として定義される。
5-3. アミロイドーシスの分類
アミロイドーシスは、全身の諸臓器にアミロイドが沈着し臓器障害を引き起こす、全身
性アミロイドーシスと限局した臓器にのみアミロイドが沈着する限局性アミロイドーシス
に大別される (表 1)。全身性アミロイドーシスには、家族性アミロイドポリニューロパチ
ー (familial amyloidotic polyneuropathy: FAP) や老人性全身性アミロイドーシス (senile
systemic amyloidosis: SSA)、AA アミロイドーシス、AL アミロイドーシス、透析アミロイ
ドーシスなどが含まれる。一方、アルツハイマー型認知症やプリオン病、2 型糖尿病など
では、限局した単一の臓器にのみアミロイド沈着を生じるため、これらの疾患は、限局性
アミロイドーシスとして分類される (表 1)。
アミロイドーシスを生じるタンパク質の同定に続き、種々のアミロイド前駆タンパク質
がアミロイド線維へと形態を変化させる要因についても解明されてきた。主な原因として、
1) アミロイド前駆タンパク質の増加、2) アミロイド前駆タンパク質の遺伝子変異、3) ア
ミロイド前駆タンパク質の異常な断片化などがアミロイド線維形成に関与していると考え
6
られている。現在、主にアミロイド前駆タンパク質の種類により、アミロイドーシスの分
類が行われている (表 1)。本疾患群は、遺伝子変異、老化、炎症、腫瘍などを契機として
発症し、脳、神経、心臓、消化管、腎臓、眼、横紋筋など様々な臓器障害を生じる。
5-4. TTR 型 FAP の概念
FAP は、多発神経障害を主徴とする常染色体優性遺伝の全身性アミロイドーシスである。
当初、FAP は臨床的にⅠ~Ⅳ型に分類されたが、その後の前駆タンパク質の解明により、
タイプⅠ、Ⅱは異型トランスサイレチン (amyloidogenic transthyretin: ATTR)、タイプⅢは異
型アポリポタンパク A1 (ApoA1)、タイプⅣは異型ゲルソリン (AGel) が、組織沈着アミロ
イドの原因タンパク質になることが明らかとなった。
タイプⅠ、Ⅱのトランスサイレチン (TTR) 型 FAP は、現在までに 120 種類以上の遺伝
子変異が報告されている。その中で、日本を含め、世界各地で最も多い TTR の変異は、
30 番目のアミノ酸であるバリンがメチオニンに変異した FAP ATTR Val30Met である
(Ando et al. , 2005)。
TTR 型 FAP は、1952 年、ポルトガルの医師 Andrade により、アミロイド沈着による
末梢神経障害、自律神経障害、消化器症状を主徴とし、心伝導障害、腎不全、低栄養を呈
する予後不良の遺伝性疾患として世界で初めて報告された (Andrade, 1952)。現在、世界的
には、ポルトガル、スウェーデン、日本が三大集積地として知られているが、ブラジルや
アメリカ、ヨーロッパなどにも多くの患者が見つかっている。本邦においては、1968 年、
Araki らによって熊本県北部で初めて患者が報告され (Araki et al. , 1968)、その後 TTR の
変異が、ATTR Val30Met であることが報告された (Tawara et al. , 1983)。また、長野県にも
TTR 型 FAP の大きな患者集積地があることが Kito らによって報告されたが (Kito et al. ,
1980)、近年、これら 2 つの集積地に加え、能登半島など石川県にも大きな集積地があるこ
とが報告された (Kato-Motozaki et al. , 2008)。また、近年では、集積地以外の孤発例も多数
報告されている (Ando et al. , 2005) (図 1)。
TTR 型 FAP のアミロイド沈着臓器および臨床症状、経過は、遺伝子変異の違いによっ
て異なる (Alves et al, 1996, Connors et al, 2003)。本邦の FAP ATTR Val30Met の典型例は、20
歳代後半から 30 歳代にかけて発症し、多発神経障害による下肢遠位部の異常感覚、温痛覚
障害、自律神経障害による下痢、便秘、嘔気、嘔吐などの消化器症状、起立性低血圧、陰
萎などが初発症状であることが多い。硝子体混濁や緑内障における視力障害、心臓の刺激
伝導系や心筋へのアミロイド沈着による不整脈や心不全、慢性腎不全などの臓器障害も加
わり、肝移植を行わない場合は、約 10 年で死に至る難病である (Ando et al. , 2005)。これ
らの症状の進行を客観的に表す指標として、FAP 臨床スコアが汎用されている (表 2)
7
(Tashima et al. , 1997)。
5-5. 集積地と集積地以外の TTR 型 FAP
FAP ATTR Val30Met の世界的な集積地である、ポルトガル、スウェーデン、日本におけ
る患者のそれぞれの特徴は発症年齢に違いを認めることである。ポルトガルと日本の集積
地における発症年齢は、
前述のように 20 歳代後半から30 歳代発症と若年発症が多い一方、
北部スウェーデンにおける発症年齢は、多くの症例が 50 歳代と高齢発症である (Holmgren
et al. , 1994)。本邦における非集積地の症例は、集積地の症例とは異なり、高齢の男性に多
く発症することが知られている。神経では、大径線維障害が多く、感覚優位のポリニュー
ロパチーを呈し、高度の自律神経障害は来しにくく、心臓では心伝導障害よりも心肥大を
来しやすいといった特徴を有している (Misu et al. , 1999, Koike et al. , 2002, 2004, 2008,
Ando et al. , 2005)。同一の遺伝子変異でありながら、このように発症年齢や症状に違いを認
めるために、環境因子の関与も考えられているが (Ando et al. , 1998, Sakashita et al. , 1998,
Ando et al. , 2000, Kawaji et al. , 2004)、このような違いが生じるメカニズムについては不明
な点も多く、今後の研究課題のひとつである。
5-6. TTR の特徴
TTR は、127 個のアミノ酸からなる分子量 13,761 の血清タンパク質である。血中では四
量体を形成し、サイロキシン (T4)、レチノール結合タンパク質を介したレチノール輸送を
担っている。TTR の健常人における血中濃度は 20-40 mg/dl であるが、炎症や低栄養、腫
瘍などで血中濃度は低下し、血中半減期は約 1.9 日と短く、鋭敏な栄養状態の指標として
も有効に利用されている (Ingenbleek. , 1972, Ingenbleek. , 2002)。血中の TTR は主に肝臓か
ら産生されるが、脳脈絡叢でも産生され、髄液中の濃度は、0.2-20 mg/dl であるとされてい
る。その他にも、TTR は、網膜色素上皮、膵臓ランゲルハンス島 α 細胞でも産生される
ことが知られている (Richardson, 2009, Schreiber et al. , 1990)。
TTR の単量体中には、8 個の β-ストランドが存在し、逆並行の β-シート構造を形成して
おり、元来の構造的性質としてアミロイド原性が高いと考えられている (Blake et al. , 1978)。
TTR 遺伝子は、18 番目の長腕 (18q11.2-q12.1) にあり、4 個のエクソンで構成される
(Wallace et al. , 1985)。現在までに 120 ヶ所以上の点変異が報告されており、その多くがア
ミロイド原性を持ち、TTR 型 FAP を引き起こすことが明らかとなっている (Westermark
et al. , 2002, Connors et al. , 2003, Benson et al. , 2007 )。
8
5-7. 老人性全身性アミロイドーシス (SSA) の特徴
TTR が原因タンパク質であるアミロイドーシスには、前述の FAP と老人性全身性アミ
ロイドーシス (senile systemic amyloidosis: SSA) がある。SSA は、遺伝性変異を持たない野
生型 TTR が前駆タンパク質となり、高齢者の心臓を中心にアミロイド沈着を生じる。欧
米での剖検例を用いた解析によると、80 歳以上の高齢者の 25%程度に野生型 TTR に由来
するアミロイド沈着が確認されている (Westermark et al. , 1979, Cornwell et al. , 1983,
Tanskanen et al., 2008)。また、我々が日本人を対象にして行った同様の解析では、80 歳以上
の 11.5%に野生型 TTR によるアミロイド沈着が確認された (Ueda et al. , 2011)。SSA と
TTR 型 FAP は同じ TTR から生じる全身性アミロイドーシスであるが、アミロイドの沈
着部位や特徴など、両者で違いが観察されている (図 2)。TTR 型 FAP のアミロイド沈着
は、心臓や腎臓、甲状腺、肺、末梢神経、消化管など全身臓器に重度に認めるのに対し、
SSA では、特に心臓、肺、手根管などの靭帯、全身の血管を中心にアミロイド沈着を認め
る (Sueyoshi et al. , 2011)。
5-8. 断片化 TTR について
TTR 型 FAP や SSA のアミロイド形成機構に断片化した TTR が関連しているのでは
ないかという仮説から、以前よりアミロイド中の断片化 TTR についてアミノ酸シークエ
ンスや高速クロマトグラフィーなどにより解析されてきた (Pras. , 1983, Francis. , 1984,
Westermark. , 1990, Gustavsson. , 1994)。また、断片化 TTR の存在が明らかになると、各種
断片化 TTR を用いてのアミロイド形成能や β シート構造の変化についても解析が進めら
れてきた (Pras. , 1983, Gustavsson. , 1994)。その後、臨床的に、高齢発症のスウェーデンに
おける FAP ATTR Val30Met のアミロイド線維には、
全長の TTR のみからなるものと C 末
端を中心とした TTR の断片が混じったものが存在し、コンゴ・レッドによるアミロイド
の染色性や偏光下観察での見え方、またアミロイド中の野生型 TTR の割合に違いがある
ことなどが報告された(Ihse et al. , 2008, 2011, Bergstrom et al. ,2004, 2005, Benson et al. , 2009)。
また、最近では、断片化 TTR を有する症例では肝移植後の心機能が低下しやすく、予後
が悪い可能性があるという報告も行われた (Gustafsson et al. , 2012) 一方で、SSA のアミロ
イド線維は、野生型 TTR によるアミロイド中に全長の TTR のほか、C 末端 46-52 の断
片化 TTR を有することが、いくつかの報告で示されている (Westermark et al. , 2003,
Westermark et al. , 1990, Bergstrom et al. , 2005)。しかし、断片化 TTR の機能や病理学的役割
についてはわかっておらず、断片化 TTR が生じる機構に関しては、いまだ不明な点も数
多く残されている。
9
5-9. TTR 型 FAP に対する肝移植治療
TTR 型 FAP の進行を阻止するために、血中 TTR の主たる産生部位である肝臓からの
変異型 TTR の産生を抑制する目的で肝移植が行われてきた。本治療法は、1990 年、スウ
ェーデンの Holmgrem によって考案され、Ericzon らによって第 1 例目が施行された
(Holmgrem et al, 1993)。病態の進行を抑制する効果が確認され (Adams , 2001)、さらに移植
の適応が徐々に明らかになるにつれ、世界中の多くの施設において、TTR 型 FAP の治療
法として肝移植がこれまでに施行されてきた。Familial Amyloidotic Polyneuropathy World
Transplant Registry (FAPWTR: http://www.fapwtr.org/) によると、
2011 年 12 月 31 日現在、
1984
例の肝移植が行われている。熊本大学でも、48 例の TTR 型 FAP 患者に対して肝移植が
施行されており、そのほとんどの症例で良好な経過をたどっている (Ando et al. , 2004,
Ohya et al. , 2011, Yamashita et al. , 2011)。しかし、8 例の TTR 型 FAP 患者は、肝移植後長
期生存し、死に至っている。
肝移植が開始され始めた当初の 5 年間は、すべての TTR 型 FAP 患者を対象に肝移植
が行われてきた。しかし、肝移植後の予後が不良であった一部の患者では、栄養状態が不
良であることが判明した (Suhr et al. , 1995)。この報告以降、肝移植後の TTR 型 FAP 患
者の予後を規定する因子の検討が進められ、発症から移植までの期間が長いこと
(Herlenius et al. , 2004, Yamamoto et al. , 2007)、移植時の年齢が高いこと (Yamamoto et al. ,
2007)、そして TTR の遺伝子変異型が Val30Met 以外であること (Pomfret et al. , 1998,
Stangou et al. , 1998, Herlenius et al. , 2004) などが予後を悪化させる要因として明らかにな
ってきた。これらの報告をもとに、本邦でも独自に TTR 型 FAP 患者に対する肝移植の
適応基準を他国のものと比較して厳しく設定し、これまで数多くの肝移植が施行されてき
た (表 3)。肝移植後に、移植前の症候の大部分は移植後も残存する一方 (Adams et al. , 2000,
Sharma et al. , 2003)、臨床症候の一部改善が認められ、移植を受けていない患者と比較して、
病態の進行を抑制する結果が数多くの研究で報告されている (Adams et al. , 2000, Herlenius
et al. , 2004, Shimojima et al. , 2008, Hara et al. , 2010, Ohya et al. , 2011, Yamashita et al. , 2011)。
しかし、TTR 型 FAP 患者の肝移植後の病態に迫る報告はほとんどなく、肝移植後の TTR
型 FAP の病態については、不明な点も数多く残されている。
5-10. 肝移植後の TTR 型 FAP における症状の進行
肝移植は、TTR 型 FAP 患者の生命予後を改善する一方、一部の患者では移植後に心ア
ミロイドーシスの進行を認めることが、FAP ATTR Val30Met 以外の患者で報告されてきた
(Dubrey et al. , 1997, Stangou et al. , 1998)。その後、ATTR Val30Met 患者でも同様に肝移植後
に心アミロイドーシスの進行を認める症例が報告された (Olofsson et al. , 2002)。FAPWTR
10
の報告によると肝移植後の TTR 型 FAP 患者の死因は、22%が心臓関連死、22%が敗血
症、14%が肝臓の障害に関連した合併症によるものである。
肝移植後のアミロイドの構成成分を解析した研究によると、肝移植後 1 年後に心アミロ
イドーシスの進行により死亡した患者組織の解析にて、約 80%が野生型 TTR 由来である
ことが報告されている (Yazaki et al. , 2000)。また、その後、いくつかの研究で、肝移植後
の症例のみならず、肝移植を受けていない症例でもアミロイドを構成している TTR の構
成成分が検討されてきた (Yazaki et al. , 2000, 2003, 2007, Liepnieks et al. , 2006, 2007, 2010,
Tsuchiya et al. , 2008., 2010, Ihse et al. , 2009, 2010)。しかし、これらの報告は、心臓、坐骨神
経、腹壁脂肪、硝子体、腎臓といったごく一部の臓器に限られている上、肝移植後長期経
過した症例における解析は、ほとんど行われていない。
5-11. 本研究の目的
本研究の目的は、第一章において、肝移植を受け長期生存後に死亡した FAP ATTR
Val30Met 患者の剖検組織と肝移植を施行せずに死亡した FAP ATTR Val30Met 患者の剖
検組織を用いて、全身臓器における病理学的、生化学的な解析を行い、それらを比較検討
することにより、肝移植施行後、長期経過した TTR 型 FAP の病態を明らかにすること
である。また、第二章においては、肝移植後の TTR 型 FAP も SSA と同様に肝臓から産
生される TTR が野生型であることから、TTR アミロイドに断片化 TTR を有意に認める
SSA のように、肝移植後の TTR 型 FAP でも断片化 TTR がアミロイド形成に関与して
いるのではないかという仮説のもと、TTR 型 FAP における断片化 TTR の有無について
解析を行った。
11
第一章 組織沈着アミロイドの量とその構成成分の比率解析
6. 研究方法
6-1. 解析対象症例
対象には、肝移植後に長期生存し死亡した FAP ATTR Val30Met 症例 4 名、肝移植を施行
せずに死亡した FAP ATTR Val30Met 症例 7 名の全身剖検組織を用いた (表 4)。FAP ATTR
Val30Met の診断は、臨床所見、組織におけるアミロイド沈着の証明および遺伝子診断によ
って行った。また、本研究は熊本大学倫理委員会の承認を得て行った。
6-2. 組織染色
剖検組織は、10%中性ホルムアルデヒドで固定後、パラフィンに包埋し、3 µm に薄切し
た。
6-2-1. フェノール・コンゴ・レッド法
コンゴ・レッド原末 (MERCK, Darmstadt, Germany) 0.2 g を蒸留水 100 ml に完全に溶解
し、撹拌しながら 9 g の NaCl を添加した。さらに撹拌を続け、100 ml の 100% エタノー
ルを加えて 10 ℃ で冷却後、ろ過した。このコンゴ・レッド原液 50 ml に対して、2.5 ml の
90% フェノールと 0.5 ml の酢酸をゆっくりと撹拌しながら添加し、コンゴ・レッド染色
液とした。
脱パラフィン、流水水洗後、コンゴ・レッド染色液で 1 時間染色し、流水水洗した。核
染のためにヘマトキシリン染色液で 1 分間染色を行い、流水水洗後、エタノール脱水、マ
リノールで包埋し、明視野、偏光下で観察した (Puchtler et al. , 1962)。
6-2-2. 免疫組織化学染色
脱パラフィン、リン酸緩衝生理食塩水 (phosphate buffered saline: PBS) で洗浄後、過ヨウ
素酸第二水和物 114 mg を PBS 100 ml に溶解して作成した、過ヨウ素酸第二水和物溶液
に室温で 15 分間浸した。PBS で 3 回洗浄後、5%正常血清にて室温で 1 時間ブロッキング
を行った。PBS で 3 回洗浄後、抗ヒト TTR 抗体 (Dako, Glostrup, Denmark) を PBS を溶液
とした 0.5% BSA 溶液で 100 倍希釈し、1 次抗体として 4℃で一晩インキュベートを行っ
た。PBS で 3 回洗浄後、2 次抗体として HRP 標識抗ウサギ Ig 抗体 (Dako) を PBS を溶
液とした 0.5% BSA 溶液で 100 倍希釈し、1 時間室温で反応させた。PBS で洗浄後、3, 3
-diamino-benzidine hydrochloride (DAB) (同仁化学研究所、熊本、日本) 溶液を用いて発色し
12
た。DAB 溶液は、50 mM Tris-HCl (pH7.6) 溶液 100 ml に DAB 30 mg、アジ化ナトリウム
65 mg を溶解後、過酸化水素水 200 µl を加え作成した。発色後は、PBS に浸透させるこ
とで発色を停止させた後、ヘマトキシリン染色、流水水洗後、エタノール脱水、透徹、包
埋し、光学顕微鏡で観察した。
6-3. 凍結組織からのアミロイド前駆タンパク質の抽出
凍結剖検組織を解凍し、はさみで細かく破砕した後、組織 100 mg に対し 10 ml の PBS
を添加した。剖検組織中の可溶性成分を取り除くため、細氷内で、テフロン型ホモジナイ
ザー (アズワン株式会社、大阪、日本) を用いてホモジナイズを 5 分間行い、14000 g、10
分間、4℃ で遠心した。上清の吸光度を分光光度計 (U-2000、日立、東京、日本) 280 nm で
測定し、光学濃度 (optical density: OD) が 0.2 以下になるようにホモジナイズと遠心の操作
を繰り返した。その後、組織ペレットに対し、0.1%トリフルオロ酢酸 (trifluoroacetic acid:
TFA) を含む 20%アセトニトリル溶液 (acetonitrile: ACN) (Sigma, St. Louis, MO) を加え、ホ
モジナイズ後、室温で 5 時間振盪した。振盪後、14000 g、10 分間、4℃で遠心し、上清を
回収後、凍結乾燥し、TTR の生化学的解析を行った。
6-4. ゲル内消化と質量分析装置による解析
前述の凍結乾燥したサンプルを 50 µl の Sample buffer (Bio-Rad, Herclules, California,
USA) に溶解後、95℃、15 分間ボイリングし、12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて
SDS-PAGE を行った。電気泳動後、銀染色キット (Sigma) を用いて付属のプロトコールに
従い、ゲルを発色した。正常ヒト血清から精製した TTR を陽性コントロールとして使用
し、分子量が 15,000 Da の位置に検出された TTR 由来のバンドを外科用のメスで切り取
った。さらに、1~2 mm3 程度のサイコロ状に細く切り、エッペンドルフチューブに回収
した。銀染色キット (Sigma) の脱色剤 100 µl をエッペンドルフチューブに取り、脱色を
確認した後、脱色液を廃棄した。ゲルを洗浄するために、DW を 200 µl を添加後、5 分間
振盪という操作を 2 回繰り返した。DW を廃棄し、100% ACN (Sigma) を 100 µl 加え、5
分間振盪し、ゲルから水分を取り除いた。ACN を取り除き、遠心濃縮機 (Savant SpeedVac
RT100A; Savant Instruments Inc. , Hicksville, NY) で 15 分間処理し、ゲルを完全に乾燥させた。
DW 965 µl に 1 M ジチオスレイトール (dithiothreitol: DTT) を 10 µl、1 M 重炭酸アンモ
ニウム (NH4HCO3) を 25 µl 添加した還元液を、乾燥させたゲル片に 100 µl 添加し、56℃
で 60 分振盪した。室温に戻した後、還元液を捨て洗浄液として 25 mM NH4HCO3 を 100 µl
添加し室温で 10 分振盪した。
洗浄液を廃棄した後、25 mM NH4HCO3 1 ml にヨードアセトアミド (ICH2COOH: IAA)
13
を 10 mg 加えて作製したアルキル化液 100 µl を添加した。遮光し、室温で 45 分振盪する
ことでアルキル化を行い、その後、ゲル片を残し、アルキル化液を廃棄、洗浄液を添加し
室温で 10 分振盪した。洗浄液を廃棄した後、50% ACN と 25 mM NH4HCO3 の混合溶液を
脱水液とし、この脱水液を 200 µl 添加し、室温で 10 分間振盪した。脱水液 200 µl を入れ
替え、さらに室温で 10 分間振盪した後、脱水液を取り除き、遠心濃縮機で 15 分間ゲル片
を乾燥させた。
乾燥したゲルにトリプシン溶液 25 µl を添加し、37℃で一晩反応させた。トリプシン溶
液は、1 バイアル (20 µg) の Sequencing modified trypsin (V511A: Promega, Madison, WI) を
キットに添付されている Trypsin Resuspension Buffer 0.1 ml で溶解し、トリプシン保存液と
してあらかじめ調整し、使用時に、トリプシン保存液 2.5 µl にトリプシン消化バッファー
(30% ACN, 50 mM NH4HCO3) を 97.5 µl を添加し作成した。
一晩、反応させたトリプシン溶液に DW 450 µl、100% ACN 500 µl、100% TFA 50 µl を混
和して作成した抽出液を 50 µl 加え、
室温で 30 分間振盪した。
TTR 抽出液を回収した後、
ゲル片に 25 µl の抽出液をさらに添加し、室温で 30 分間振盪し、ゲル内に残存する TTR
を回収した。回収した TTR 抽出液を遠心濃縮機で約 10 µl に濃縮した。
このサンプルをプロテインチップ (PS-20) (Bio-Rad) 上のスポットに 1.0 µl 滴下し乾燥
させた後、さらに同様にサンプルを 1.0 µl 滴下した後、乾燥させた。次に、同じスポット
にマトリックス剤の CHCO (α-cyano-4-hydroxycinnamic acid) を 1.0 µl 滴下したあと乾燥さ
せ、さらに同様に CHCO を 1.0 µl 滴下後、乾燥させた。その後、表面増強レーザー脱離イ
オン化飛行時間質量分析装置 (SELDI-TOF MS) で測定した。測定条件は、Focus Mass が
1,300 Da、Mass Range が 0-10,000 Da、Shot/Pixel が 5、Laser Energy が 3,000 nJ、Matrix
Attenuation が 0 Da、Sampling Rate が 800 MHz で行った。
14
7. 実験結果
7-1. 肝移植後長期生存した症例の臨床および剖検所見
肝移植後に長期生存した症例と肝移植を施行せずに死亡した症例の FAP スコアおよび
剖検所見を示す (表 5)。肝移植を施行した症例では、エンドステージの FAP 臨床スコア
が、肝移植を施行していない症例と比較し、軽度であった。項目別では、感覚障害のスコ
アが、すべての肝移植を施行した症例肝移植を施行していない症例よりも軽度であった。
また、肝移植を施行した LT 4 以外の 4 例中 3 例で、運動障害に関するスコアは 0 であり、
運動障害を認めなかった。死因として、肝移植を施行した症例では、LT 1 以外の 4 例中 3
例が心不全であり、LT 4 の心重量は、1,044 g と著明な心肥大と来した。肝移植を施行し
ていない症例の死因は、心不全に加え、NL 5 の 1 例を除きネフローゼ症候群や腎障害も認
めた。
7-2. 肝移植後に長期生存した症例の病理組織所見
肝移植後に長期生存した FAP 症例において、解析した全身諸臓器の中で、心臓、舌、
脊髄では、肝移植を施行していない症例と同様に、重度のアミロイド沈着を認めた。一方
で、神経、甲状腺、腎臓、消化管といった他の大部分の臓器では、肝移植を施行した症例
で肝移植を受けていない症例と比較し、アミロイド沈着量は有意に少なかった (表 6、図
3)。肝臓におけるアミロイド沈着は、肝移植を施行していない症例でも、肝実質にアミロ
イド沈着は認めず、血管壁にわずかなアミロイド沈着を認めるのみであったが、肝移植を
施行した症例では、血管壁周囲のアミロイド沈着すら認めなかった。
また、症例 LT 1 では、診断時に消化管生検を施行され、重度のアミロイド沈着が検出
されていたが、肝移植後 14 年経過した剖検組織では、血管壁にわずかなアミロイド沈着を
認めるのみであった (図 4)。
7-3. アミロイドの構成成分である野生型と変異型の TTR の割合
質量分析装置を用いて、タンパク質の違いを質量の違いとして分離した。変異型 TTR
(Val30Met) は、野生型 TTR と比べ、質量が 32 Da 増加することから、質量分析では野生
型 TTR と変異型 TTR は、異なるピークとして検出され、タンパク質の存在量をピーク
強度から推定することができた。トリプシンで切断された TTR ペプチド (30 番目のアミ
ノ酸を含む 22-34 のペプチド) を解析対象とし、野生型 TTR と変異型 TTR の存在比率を
算定した(図 5)。
各臓器の凍結組織から沈着したアミロイドの成分を抽出し、前述の質量分析法でアミロ
15
イドを構成する変異型 TTR および野生型 TTR の存在比率を解析した (表 7)。肝移植後
長期生存した症例では、ほとんどの臓器で約 90% が野生型 TTR によって構成されてお
り、脊髄を除いた各臓器で野生型 TTR が主体となりアミロイドを生じていることが判明
した。また、移植を施行していない症例では、変異型 TTR のみならず、野生型 TTR が
アミロイド構成成分として検出され、臓器によりその割合が異なることも明らかとなった。
16
第二章 組織沈着アミロイド中の断片化 TTR の解析
8. 研究方法
8-1. 解析対象症例
対象には、TTR 型 FAP 患者の集積地のひとつである荒尾市出身の FAP ATTR Val30Met
患者と荒尾市以外出身の FAP ATTR Val30Met 患者の剖検および生検のホルマリン固定組
織を用いた (表 8)。TTR 型 FAP の診断は、臨床所見、組織におけるアミロイド沈着の証
明および遺伝子診断によって行った。また、本研究は熊本大学倫理委員会の承認を得て行
った。
8-2. ホルマリン固定組織からのアミロイド前駆タンパク質の抽出
ホルマリン固定組織は、パラフィンにより包埋し、3 µm に薄切した。薄切した切片は、
アミロイドの沈着量に応じて、5-20 枚準備した。脱パラフィン、リン酸緩衝生理食塩水
(phosphate buffered saline: PBS) で洗浄後、軽くスライドグラスを乾燥させた。カバーガラ
スの一辺をスライドグラスの上に押し当て、滑らせるようにしながら切片をスライドグラ
スから剥がし、エッペンドルフチューブに集めた。エッペンドルフチューブの蓋を開けた
まま、40℃でインキュベートし、完全に乾燥させた。あらかじめ 2 M Tris-HCL pH 8.8 を 5
ml に bromo phenol blue を 0.1 g、スクロースを 36 g、SDS を 4 g 添加し、DW で 100 ml に
メスアップしてサンプルバッファーを作成した。サンプルバッファー 950 µl に対し 50 µl
の β-mercaptoethanol を添加し、泳動バッファーとし、8 M 尿素となるように、泳動バッフ
ァー に尿素を溶解し、タンパク抽出液とした。乾燥した切片の入ったエッペンドルフチュ
ーブにタンパク抽出液を 50 µl 添加し、90℃で 15 分間のインキュベートを行った。
8-3. ウエスタンブロッティング法による断片化 TTR の解析
前述の操作に引き続き、100℃で 10 分間のインキュベートを行った。その後、74 mg の
IAA を 200 µl の DW に溶解して IAA 溶液を作成し、エッペンドルフチューブに IAA 溶
液を 1 µl 添加し、室温暗所で 20 分間インキュベートを行い、12.5%ポリアクリルアミドゲ
ルを使用した SDS-PAGE を行った。ニトロセルロース膜 (Bio-Rad) に転写をし、5%スキ
ムミルクでブロッキングを 4℃で一晩行った後、TTR の 50-127 残基に対するウサギポリク
ローナル抗体を 2000 倍に希釈し、一次抗体として 4℃でさらに一晩反応させた。その後、
2 次抗体として HRP 標識抗ウサギ Ig 抗体 (Dako) を 5000 倍希釈し、室温でインキュベ
ートを行った。ウエスタンブロッティングの発色キットとして ECL-Prime (GE Healthcare,
17
Buckinghamshire, UK) を用い、5 分間反応させた後、検出器 (Bio-Rad) で検出した。
18
9. 実験結果
アミロイド沈着における断片化 TTR の解析
野生型 TTR によるアミロイド沈着には、断片化 TTR が関与しているという仮説のも
と、まず、剖検心臓を用いた解析をおこなった。しかし、断片化 TTR の有無は、肝移植
施行の有無とは関連性がなく、肝移植施行例で、断片化 TTR を優位に有するわけではな
かった。集積地の症例では断片化を認めず、非集積地の症例で、断片化 TTR を認めたこ
とから出身地に関連性があると考えられた (図 6, A)。生検組織の解析でも、非集積地の全
例で断片化 TTR を認める一方、集積地の症例では、超高齢発症の症例 29 の 1 例に認める
のみで、その他の集積地の症例では、断片化 TTR を認めなかった (図 6, B)。また、統計
学的にも、断片化 TTR の有無は、肝移植施行の有無とは関連性がなく、性別、年齢、出
身地の違いによるものと考えられた (表 9)。
同一症例での全身諸臓器における断片化 TTR の有無は、臓器による違いは認めなかっ
た。前述の結果のように、肝移植を施行していない症例におけるアミロイド中の野生型
TTR の割合は、臓器によって異なっているが、断片化 TTR の有無に関して、臓器間での
違いは認めなかった。変異型 TTR が優位に沈着していた脊髄においても、TTR の断片化
を認めた (図 7)。
19
10. 考察
本研究では、肝移植後に 10 年以上長期生存し死亡した FAP ATTR Val30Met 剖検症例の
全身諸臓器における病理組織学的検索と組織沈着アミロイドの構成成分に関する生化学
的な解析を行い、肝移植を施行せずに死亡した FAP ATTR Val30Met 剖検症例の解析結果
とを比較した。肝臓から産生される TTR がともに野生型 TTR である肝移植後の TTR
型 FAP と SSA との間に、何らかの病理学的な関連性があるのではないかという仮説の
もと、TTR アミロイド中の断片化 TTR の有無に対する検証も行った。
肝移植後長期経過した TTR 型 FAP の組織学的特徴は、肝移植を施行していない TTR
型 FAP の特徴と大きく異なっていた。肝移植後長期経過した TTR 型 FAP 症例では、
SSA においてアミロイド沈着を認める心臓など一部の臓器で、アミロイド沈着が増加する
傾向にあった。脊髄周囲のアミロイド沈着は、SSA では認めないものの、肝移植後長期経
過した TTR 型 FAP 症例では著明に認めた。
肝移植未施行の症例は、腎臓におけるアミロイド沈着が中等度から高度であったが、非
集積地の症例である NL5 は、肝移植未施行の症例であるにもかかわらず、腎臓でのアミ
ロイド沈着をほとんど認めなかった。NL5 より高齢の集積地の症例 (NL6, NL7) でも、高
度のアミロイド沈着を認めた。非集積地の高齢発症の FAP ATTR Val30Met では、腎臓で
軽度のアミロイド沈着しか認めないという報告が認められるが (Koike et al. , 2004)、今回
の結果より、FAP ATTR Val30Met 症例の腎臓におけるアミロイド沈着は、発症年齢に関係
するのではなく、腎臓における TTR アミロイド形成に対する遺伝的、環境的な要因によ
る可能性が高いと考えられた。
質量分析装置による解析において、肝移植後長期経過した症例では、脊髄を除くほとん
どの全身組織における TTR アミロイドが、肝移植後の正常の肝臓から産生される野生型
TTR から構成されていた。過去の報告でも、肝移植後の症例にて心臓や末梢神経、腹壁
脂肪など一部の臓器における解析結果で同様の傾向を示していた (Liepnieks et al. , 2007,
Tuchiya et al. , 2008, Liepnieks et al. , 2010, Ihse et al. , 2011)。これらの結果から、肝移植後長
期経過した FAP ATTR Val30Met では、全身諸臓器におけるアミロイド沈着の病理組織学的
な側面と野生型 TTR の割合から、SSA と同様の機構でアミロイド沈着が生じている可能
性が考えられた。
また、FAP ATTR Val30Met の心臓における TTR の比率解析で野生型 TTR の割合が肝
移植後 3.8 年の症例で 80%、1.5 年で 65%という報告や、肝移植後 7 年で 96%といった報
告がある (Liepnieks et al. , 2007, Ihse et al. , 2011)。今回の肝移植後長期経過した FAP
ATTR Val30Met の心臓における野生型 TTR の比率解析では、発病から肝移植までの期間
20
が 7.1 年と長かった LT3 症例において、野生型 TTR の割合が 86%と他の症例と比較し
やや低かった。他の症例の発病から肝移植までの期間は、0.6~2.5 年と短く、野生型 TTR
の割合は 90%以上であった (表 7)。これらの結果から、肝移植前のアミロイド沈着は、徐々
に解離したり代謝回転が進んだりしながら、肝移植後に、野生型 TTR が新たにアミロイ
ドを形成することが示唆された。
さらに肝移植を施行していない症例における比率解析で、心臓や舌など一部の症例では、
他の臓器に比べ、野生型 TTR の割合が高い一方、神経や腎臓、甲状腺などの臓器では、
野生型 TTR の割合が低かった。このように、肝移植未施行の症例でアミロイド中の野生
型 TTR の割合が比較的高い心臓や舌といった臓器において、肝移植後長期経過した症例
では比較的高度な野生型 TTR によるアミロイド沈着を認めた。一方、神経や腎臓、甲状
腺などの臓器では、肝移植未施行の症例で野生型 TTR の割合が低く、肝移植後長期経過
した症例で軽度のアミロイド沈着しか認めなかった。脊髄は、肝移植未施行の症例で野生
型 TTR の割合が低かったが、肝移植後長期経過した症例でも著明なアミロイド沈着が認
められた。以上のことから、野生型 TTR が沈着しやすく、肝移植後長期経過した症例で
も、アミロイド沈着が高度である心臓や舌など一部の臓器では、変異型 TTR によるアミ
ロイドが組織に沈着する機構とは異なる何らかの臓器側の要因が考えられた。その一つの
可能性として、SSA におけるアミロイド沈着の要因と考えられている加齢によって進行す
る機械的ストレスが挙げられる (Ueda et al. , 2011)。
中枢神経系のアミロイド沈着を考える際に、脊髄のアミロイド沈着の検討が重要である。
脊髄のアミロイドは、肝移植未施行の症例も肝移植後長期経過した症例も変異型 TTR が
主体となって構成されていたが、これは、肝移植後も引き続き脳脈絡叢から分泌される変
異型 TTR が、アミロイドを構成しているものと考えられた。アミロイド沈着量も高度で
あったことから、肝移植は中枢神経系のアミロイド沈着を抑制する効果に乏しいと思われ
た。
SSA は、高齢者に認められる疾患である一方、肝移植後長期経過した TTR 型 FAP は、
SSA よりも若年例であるにもかかわらず、肝移植後に野生型 TTR によるアミロイド沈着
を認めていた。その原因の可能性のひとつとして、肝移植前の変異型 TTR が核やシード
となり、肝移植後に野生型 TTR によるアミロイド沈着が進行した可能性が挙げられる
(Ganowiak et al. , 1994, Kisilevsky, et al. , 1995, Lundmark et al. , 2002)。しかしながら、このよ
うな線維核依存重合モデルは、他のアミロイド前駆タンパク質では、実証されているもの
の (Higuchi et al. , 1998, Lundmark et al. , 2002, Ridley et al. , 2006, Naiki et al. , 1995, 2005)、
TTR では in vitro の実験でも、アミロイドの核伸長反応は確認されていない (Hurshman et
al. , 2004, Wei et al. , 2004)。もうひとつの可能性として、当研究室より、肝移植未施行の FAP
21
ATTR Val30Met 症例のアミロイド沈着部位では、基底膜などの細胞外マトリクスの増加が
示されていることから (Misumi et al, 2009, 2012) 、肝移植前に変異型 TTR によるアミロ
イドが増加する際に、細胞外マトリクスが過剰に増加することで、肝移植後に野生型 TTR
によるアミロイド沈着を進行させたという可能性が考えられた。少なくとも肝移植前の病
態が、肝移植後の野生型 TTR によるアミロイド沈着の進行に関連しているものと考えら
れた。
SSA では、野生型 TTR によるアミロイド中に全長の TTR のほか、C 末端 46-52 の
断片化 TTR を有している(Westermark et al. , 2003, Westermark et al. , 1990, Bergstrom et
al. ,2005)。いくつかの研究において、高齢発症のスウェーデンにおける FAP ATTR Val30Met
症例の一部は、断片化 TTR を有することが報告されている (Ihse et al. , 2008, 2011,
Bergstrom et al. , 2005, Benson et al. , 2009)。また、最近、断片化 TTR の有無と肝移植後の
心臓の形状や機能、予後との関連性についての報告も行われた(Gustaffson et al. , 2012)。し
かし、断片化 TTR の特定の機能や病理学的役割についてはわかっていなかった。本研究
では、断片化 TTR の有無と肝移植の有無に関連性は認めなかったが、断片化 TTR を有
する FAP ATTR Val30Met は、ほとんどが日本の非集積地の症例であることが明らかにさ
れた。集積地の症例と非集積地の症例は、その特徴が異なっており、断片化 TTR の有無
にまだ知られていない遺伝的、環境的要因の関与が疑われた (Ohmori et al. , 2004)。
肝移植後長期経過した TTR 型 FAP の病態は、肝移植未施行の TTR 型 FAP の病態と
は異なっており、断片化 TTR を有する FAP ATTR Va30Met の病態と有さない FAP ATTR
Va30Met の病態も異なっているものと考えられた。症例を集め、それらの違いについてさ
らに検証することが TTR 型 FAP におけるアミロイド沈着機構の解明につながるものと
考えられた。
22
11. 今後の展望
本研究により、肝移植後長期経過した TTR 型 FAP の病理組織学的、生化学的な特徴
は、野生型 TTR によってアミロイドが生じる SSA と類似した特徴を有していることが示
唆されたが、両者の年齢的な違いや断片化 TTR の有無の違いなど、詳細な特徴は異なる
部分も多く、各々のアミロイド沈着機構の詳細は不明である。今後、症例をさらに増やし、
肝移植後の TTR 型 FAP と SSA および断片化 TTR を有する FAP ATTR Va30Met と有
さない FAP ATTR Va30Met の病態の違いについて検証することがアミロイド沈着機構の
解明につながるものと思われる。
また、肝移植未施行の TTR 型 FAP と肝移植後の TTR 型 FAP、SSA におけるアミロ
イド沈着臓器にはそれぞれの特徴があり、これらのアミロイド線維形成およびアミロイド
沈着に関する臓器側の要因についての解析も今後の検討課題である。
23
12. 結語
TTR 型 FAP は、肝移植後に野生型 TTR による全身性のアミロイド沈着を認め、その
アミロイド沈着機構は、SSA に類似しているものと考えられた。しかし、肝移植後の野生
型 TTR の沈着は、SSA とは異なり、肝移植前の変異型 TTR によるアミロイド沈着の影
響が大きく関与していると考えられた。TTR 型 FAP における断片化 TTR の有無は、肝
移植の有無によって規定されず、断片化 TTR を有する症例は、ほとんどが日本の非集積
地の症例であることから、遺伝的、環境的要因による可能性が示された。
24
13. 参考文献
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32
表 1. アミロイドーシスの分類
病型
前駆タンパク質
全身性/限局性
標的臓器
AL
免疫グロブリン L 鎖
全身性、限局性
中枢神経系以外のすべての臓器
AH
免疫グロブリン H 鎖
全身性、限局性
中枢神経系以外のすべての臓器
Aβ2M
野生型 β2 ミクログロブリン
限局性
筋骨格筋系
変異型 β2 ミクログロブリン
全身性
ANS
野生型トランスサイレチン
全身性、限局性
主に男性の心臓、手根管
変異型トランスサイレチン
全身性
PNS,ANS、心、眼、髄膜
AA
血清 アミロイド A
全身性
中枢神経系以外のすべての臓器
AApo AⅠ
変異型アポリポタンパク AⅠ
全身性
心、肝、腎、PNS、喉頭、皮膚など
AApo AⅡ
変異型アポリポタンパク AⅡ
全身性
腎
AApo AⅣ
野生型アポリポタンパク AⅣ
全身性
腎髄質、全身性
AGel
変異型ゲルソリン
全身性
PNS、角膜
ALys
変異型リゾチーム
全身性
腎
ALect2
Leukocyte chemotactic factor 2
全身性
腎
AFib
変異型フィブリノゲン α 鎖
全身性
腎
ACys
変異型シスタチン C
全身性
PNS,皮膚
ABri
変異型 ABri タンパク
全身性
中枢神経系
Aβ
野生型 Aβ タンパク
限局性
中枢神経系
変異型 Aβ タンパク
限局性
中枢神経系
野生型プリオンタンパク
限局性
クロイツフェルト・ヤコブ病
変異型プリオンタンパク
限局性
クロイツフェルト・ヤコブ病
ACal
カルシトニン
限局性
甲状腺髄様癌
AIAPP
アミリン
限局性
ランゲルハンス島、インスリノーマ
AANF
心房ナトリウムペプチド
限局性
心房
Apro
プロラクチン
限局性
プロラクチン産生下垂体腫瘍
ATTR
APrP
高齢者の下垂体
AIns
インスリン
限局性
インスリン投与部位
医原性アミロイドーシス
ASPC
肺サーファクタントタンパク
限局性
肺
AGal7
ガレクチン 7
限局性
皮膚
ACor
コルネオデスミン
限局性
Cornified epithelia 毛包
AMed
ラクタへドリン
限局性
高齢者の大動脈中膜
AKer
ケラトエピセリン
限局性
角膜
ALac
ラクトフェリン
限局性
角膜
AOaaP
歯原性エナメル芽細胞関連蛋白
限局性
歯原性腫瘍
ASem1
セメノゲリン 1
限局性
精嚢
(Sipe et al. , 2012 より引用、一部改変)
33
表 2. FAP 臨床スコア
感覚障害
もっとも障害の強い範囲でマークしてください。
下肢
冷覚 (1. つま先、2. 下腿、3. 大腿)
痛覚 (1. つま先、2. 下腿、3. 大腿)
触覚 (1. つま先、2. 下腿、3. 大腿)
上肢
冷覚 (1. 手指、2. 肘、3. 肩)
痛覚 (1. 手指、2. 肘、3. 肩)
触覚 (1. 手指、2. 肘、3. 肩)
胴体と頭
冷覚 (1. 臍部、2. 鎖骨、3. 首と顔)
痛覚 (1. 臍部、2. 鎖骨、3. 首と顔)
自律神経障害
下痢 (2. 交代性の下痢便秘、4. 下痢が多い、6. 激しい下痢)
起立性低血圧 (2. 収縮期血圧の 20 mmHg 未満の低下
4. 収縮期血圧の 20 mmHg 以上の低下
6. 意識が遠のく感じを伴う激しいもの)
排尿障害 (2. 軽度、4. 不完全尿閉、6. 失禁や尿閉)
ドライアイ (0. なし、3. あり)
口腔乾燥 (0. なし、3. あり)
運動機能障害 (筋力低下)
徒手筋力テスト (MMT)で評価
(Normal (MMT 5 相当)、Good (MMT 4 相当)、Fair (MMT 3 相当)、
Poor (MMT 2 相当)、Trace (MMT 1 相当)、Zero (MMT 0 相当))
前脛骨筋 (0. Normal、2. Good、3. Fair、4. Poor、5. Trace、6. Zero)
大腿四頭筋 (0. Normal、2. Good、4. Fair、6. Poor to Zero)
手関節屈筋群 (0. Normal、2. Good、3. Fair、4. Poor、5. Trace、6. Zero)
上腕二頭筋 (0. Normal、2. Good、4. Fair、6. Poor to Zero
臓器障害
心臓 (4. Ⅰ度房室ブロック、6. Ⅱ、Ⅲ度房室ブロックや洞不全症候群、
12. 完全房室ブロック)
腎臓 (4. 蛋白尿あり、8 ネフローゼ症候群、12. 腎不全)
(Tashima et al. , 1997)
34
表 3. 本邦における肝移植の適応基準
1.
年齢が 60 歳以下であること。
2.
発症からの期間が 5 年以下であること。
3.
クレアチニンクリアランスが 70 ml/min 以上であること。
4.
Modified body mass index (mBMI) が 600 以上であること。
5.
有意な心肥大がないこと。
6.
歩行可能であること。
(Ohya et al. , 2011)
35
表 4. 解析に用いた症例の臨床的背景
症例番号
LT
1
LT
2
LT
3
LT
4
NL
1
NL
2
NL
3
NL
4
NL
5
NL
6
NL
7
性別
男
男
女
男
男
男
女
女
男
男
女
発症年齢 (歳)
26
27
40
47
22
23
27
34
56
60
63
移植時年齢 (歳)
29
28
47
49
na
na
na
na
na
na
na
死亡年齢 (歳)
42
44
57
59
34
38
42
43
63
67
69
発症から移植
までの期間 (年)
2.5
0.6
7.1
2.2
na
na
na
na
na
na
na
移植から死亡
までの期間 (年)
13
16
10
10
na
na
na
na
na
na
na
発症から死亡まで
の期間 (年)
16
17
17
12
12
15
14
9
8
7
6
LT: 肝移植施行後に長期生存した FAP 症例
NL: 肝移植を受けずに死亡した FAP 症例
na: 該当なし
36
表 5. 解析に用いた症例のエンドステージにおける FAP スコアと剖検時所見
LT
1
LT
2
LT
3
LT
4
NL
1
NL
2
NL
3
NL
4
NL
5
NL
6
NL
7
感覚障害
5
7
4
10
16
20
22
22
21
16
20
自律神経障害
6
16
2
16
18
22
22
19
8
18
16
運動機能障害
0
0
0
13
16
17
20
18
19
13
11
臓器障害
12
12
12
18
20
20
20
24
16
24
20
14.7
15.8
14.7
10.4
11.3
14.5
13.5
9
6.9
7
6
430
510
340
1044
490
390
320
NE
560
438
240
VF,
HF
CF
CF
CF,
SD,
SD,
CF,
CF
CF,
CF,
NS
CF,
CF,
RF
RF
NS,
NS
NS
症例番号
FAP 臨床スコア
上記スコア時の
発症からの期間
(年)
剖検時心重量
(g)
死因
HK
Pne
VF: 心室細動、HK: 低 K 血症 (アルコール多飲による)、HF: 肝不全、CF: 心不全
NS: ネフローゼ症候群、SD: 突然死、RF: 腎不全、Pne: 肺炎
NE: 未調査
LT: 肝移植施行後に長期生存した FAP 症例
NL: 肝移植を受けずに死亡した FAP 症例
37
表 6. 全身諸臓器におけるアミロイド沈着量の評価
LT1
LT2
LT3
LT4
NL1
NL2
NL3
NL4
NL5
NL6
NL7
坐骨神経
2
3
2
2
NE
NE
NE
NE
4
5
4
腓腹神経
0
2
1
0
NE
NE
4
NE
2
NE
NE
交感神経
4
3
NE
4
NE
NE
NE
NE
2
NE
NE
脊髄
4
5
4
3
v+
4
4
NE
v+
NE
v+
糸球体
0
0
1
0
4
4
3
NE
0
4
4
髄質
2
2
3
2
4
4
4
NE
v+
4
5
甲状腺
1
1
2
1
NE
5
4
NE
4
5
NE
小腸
v+
v+
v+
4
4
4
2
NE
2
3
4
大腸
v+
2
v+
3
4
3
3
NE
3
3
4
4
4
4
5
4
4
4
4
4
4
4
小唾液腺
5
5
NE
5
3
4
NE
NE
4
NE
NE
その他
3
4
NE
4
2
3
2
NE
5
3
3
顎下腺
NE
4
NE
5
NE
NE
NE
NE
5
NE
NE
肺
2
1
2
4
2
2
2
NE
5
1
3
肝臓
0
0
0
0
v+
v+
v+
NE
v+
v+
v+
膵臓
v+
v+
v+
3
4
5
3
NE
2
2
3
膀胱
1
3
NE
4
4
4
NE
NE
3
4
4
組織\症例番号
末梢神経
腎臓
消化管
心臓
舌
0: アミロイド沈着なし、1: ごく軽度のアミロイド沈着、2: 軽度のアミロイド沈着、
3: 中等度のアミロイド沈着、4; 中~高度のアミロイド沈着、5: 重度のアミロイド沈着
v+: 血管壁にのみアミロイド沈着あり、NE: 未調査
LT: 肝移植施行後に長期生存した FAP 症例
NL: 肝移植を受けずに死亡した FAP 症例
38
表 7. アミロイドを構成する野生型 TTR の占める割合 (%)
LT1
LT2
LT3
LT4
NL1
NL2
NL3
NL4
NL5
NL6
NL7
坐骨神経
97
70
76
97
NE
NE
26
NE
25
36
NE
正中神経
NE
97
NE
94
NE
NE
43
NE
NE
NE
NE
交感神経
78
89
NE
95
NE
NE
NE
NE
33
NE
NE
脊髄
6
3
24
22
NE
23
8
NE
ND
26
NE
腎臓
89
ND
76
98
25
NE
18
26
ND
20
18
甲状腺
91
51
62
96
48
NE
23
NE
42
30
NE
小腸
NE
96
85
89
NE
52
NE
57
36
50
NE
大腸
NE
99
NE
96
NE
35
NE
NE
53
43
NE
心臓
91
91
86
94
50
51
39
45
59
45
NE
舌
84
89
NE
95
NE
NE
NE
NE
53
72
NE
顎下腺
NE
87
NE
92
NE
NE
NE
NE
36
NE
NE
肺
98
94
81
94
51
66
40
NE
53
34
NE
膵臓
NE
76
57
94
NE
NE
13
NE
53
38
NE
膀胱
99
NE
NE
96
NE
NE
NE
NE
52
47
NE
腹壁脂肪
95
NE
NE
98
NE
NE
NE
NE
49
NE
NE
末梢神経
消化管
NE: 未調査、ND: 未検出
LT: 肝移植施行後に長期生存した FAP 症例
NL: 肝移植を受けずに死亡した FAP 症例
39
表 8. 解析に用いた FAP Val30Met 症例の臨床的背景
症例
発症年齢
1
22
2
解析時年齢
肝移植
出身地
性別
組織
34
-
荒尾
男
剖検
23
38
-
荒尾
男
剖検
3
25
38
-
荒尾
男
剖検
4
26
42
+
荒尾
男
剖検
5
28
42
-
荒尾
女
剖検
6
30
42
-
荒尾
男
剖検
7
34
43
-
荒尾
女
剖検
8
27
44
+
荒尾
男
剖検
9
37
46
-
荒尾
女
剖検
10
37
47
-
荒尾
女
剖検
11
40
57
+
荒尾
女
剖検
12
49
58
-
愛知
男
生検
13
47
59
+
佐賀
男
剖検
14
52
60
-
荒尾
女
剖検
15
48
61
-
荒尾
男
剖検
16
62
63
-
荒尾
女
生検
17
56
63
-
広島
男
剖検
18
63
64
-
荒尾
男
生検
19
58
64
-
愛知
男
生検
20
60
67
-
荒尾
男
剖検
21
59
68
-
荒尾
女
生検
22
63
69
-
荒尾
女
剖検
23
66
69
-
山形
男
生検
24
60
70
-
福井
男
生検
25
64
70
-
愛知
男
生検
26
67
72
-
神奈川
男
生検
27
70
75
-
荒尾
男
剖検
28
76
77
-
荒尾
女
生検
29
79
82
-
荒尾
男
生検
40
表 9. FAP ATTR Val30Met におけるアミロイド中 TTR の形態
全長 TTR を
有する症例
(20 症例)
断片化 TTR と
全長 TTR を
有する症例
(9 症例)
肝移植施行
3 (15%)
1 (11%)
肝移植未施行
17 (85%)
8 (89%)
肝移植
<0.0001
出身地
集積地 (荒尾)
非集積地
p Value
0.37
20 (100%)
1 (11%)
0 (0%)
8 (89%)
<0.0001
検査時年齢
50 歳未満
10 (50%)
2 (22%)
50 歳以上
10 (50%)
7 (78%)
<0.0001
性別
男性
10 (50%)
9 (100%)
女性
10 (50%)
0 (0%)
p Values: Pearson’s χ2 検定
41
図 1. 本邦における FAP ATTR Val30Met の地理的分布
集積地 (熊本県、長野県、石川県)
非集積地
(Ando, et al. , Arch Neurol, 2002, 2005 より一部改変)
42
図 2. FAP と SSA の臨床像およびアミロイド沈着の相違点
FAP (変異型 TTR による)
脳: アミロイドアンギオパチー
SSA (野生型 TTR による)
心臓: 不整脈、心不全
眼: 硝子体混濁、緑内障、ドライアイ
口腔: 口腔内乾燥
肺: アミロイド沈着 (無症候性)
甲状腺: 甲状腺機能低下
心臓: 不整脈、心不全
手根管: 手根管症候群
肺: 呼吸筋筋力低下
膵臓: 低血糖発作
消化管: 下痢、嘔気、便秘
消化管: 血管壁へのアミロイド沈着
(無症候性)
手根管: 手根管症候群
腎臓: ネフローゼ症候群
泌尿器: 排尿障害、勃起不全
その他: 全身の血管壁へのアミロイド沈着
(無症候性)
末梢神経: 感覚障害、温痛覚低下
運動障害
自律神経: 起立性低血圧、
発汗障害など
その他: 体重減少、皮膚潰瘍など
43
図 3. 肝移植後長期経過した FAP 症例と肝移植を受けていない FAP 症例の病理組織像
A
LT2
B
100 µm
E
LT4
LT2
F
LT1
100 µm
NL3
J
NL6
G
NL7
100 µm
D
LT2
K
LT2
H
L
LT1 P
200 µm
NL6
100 µm
100 µm
O
NL3
100 µm
100 µm
100 µm
N
LT2
100 µm
100 µm
100 µm
M
C
100 µm
100 µm
I
NL6
NL7
100 µm
NL7
100 µm
A‐T: コンゴ・レッド染色、LT: 肝移植を受け長期経過した FAP 症例、NL: 肝移植を受けていない FAP 症例、
A, B: 坐骨神経、C, D: 腓腹神経、E, F: 脊髄、G, H: 腎糸球体、I, J: 甲状腺、K, L: 小腸、M, N: 左心室心臓
壁、O, P:小唾液腺
44
図 4. 肝移植前後におけるアミロイド沈着量の変化
A
B
C
D
A-D: 症例 LT1 の十二指腸
A, B: 診断時の肝移植前生検組織、C, D: 肝移植後 14 年経過後の剖検組織
A, C: コンゴ・レッド染色、B, D: コンゴ・レッド染色偏光下観察
スケールバー: 200 μm
45
図 5. アミロイド中の野生型 TTR と変異型 TTR に由来するペプチドの検出
A.
B.
A: 127 個のアミノ酸からなる TTR のうち、検出に用いるペプチドは 22 番目から 34 番目
のペプチド。このペプチドは、野生型 TTR 由来のものと変異型 TTR 由来のものでは、
質量が 32 Da 異なる。
B: 質量分析装置で検出される TTR ペプチド由来のピークを示したもの。野生型 TTR 由来
のものと変異型 TTR 由来のものでは、ピークが 32 Da 異なる位置に検出される。
46
図 6. ウエスタンブロッティングによる断片化 TTR の検出
A.
kD
250
150
100
75
症例 症例 症例 症例 症例 症例 症例 症例 症例 症例
4
8
11 13
1
3
5
7
17
20
症例
13*
50
37
25
20
15
10
B.
250
150
100
75
症例
12
症例
19
症例
23
症例
24
症例
25
症例
26
症例
29
50
37
25
20
15
10
矢印: 全長 TTR、矢頭: 断片化 TTR
A: 心臓をサンプルとした解析
症例 4, 8, 11, 13: 肝移植施行例、症例 1, 3, 5, 7, 17, 20: 肝移植未施行例
症例 4, 8, 11, 1, 3, 5, 7, 20: 集積地の症例
症例 13, 17: 非集積地の症例
✽: 長時間の検出
B: 断片化 TTR を優位に有する症例 (腹壁脂肪を用いた解析)
症例 12, 19, 23, 24, 25, 26: 非集積地の症例
症例 29: 集積地の症例
47
図 7. 全身諸臓器における断片化 TTR の検出の有無の検討
A.
a
b
c
e
f
g
250 kD
150 kD
100 kD
75 kD
50 kD
37 kD
25 kD
20 kD
15 kD
10 kD
B.
a
b
c
d
e
f
g
250 kD
150 kD
100 kD
75 kD
50 kD
37 kD
25 kD
20 kD
15 kD
10 kD
A: 症例 5 (集積地)、B: 症例 13 (非集積地)
a: 健常者血清、b: 心臓、c: 肺、d: 小腸、e: 腎臓、f: 甲状腺、g: 脊髄
矢印: 全長 TTR、矢頭: 断片化 TTR
48
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