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7~9月期GDP、前期比下げ幅が拡大(PDF 601KB)
Dec 14, 2016 No.2016-062 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected] ブラジル経済 UPDATE:7~9 月期 GDP、前期比下げ幅が拡大 ブラジルの 7~9 月期実質 GDP 成長率は前期比 0.8%減となり、7 四半期連続のマイナス成長となった。 マイナス幅は 5 四半期ぶりに拡大に転じており、内需・外需とも厳しい状況が続く。他方、インフレが急 速に収束してきたことから、ブラジル中銀は 10、11 月と 2 カ月連続して利下げを実施した。また、テメ ル政権が推進する歳出上限設定のための憲法改正案が成立、新たに年金改革のための憲法改正案も発表さ れるなど、経済構造改革は着実に前進している。ブラジル政界は依然として汚職絡みで揺れているが、こ の先、痛みを伴う改革を断行していくためには、これまで以上に国民の支持が重要となろう。 7~9 月期 GDP は内需全滅 7~9 月期の実質 GDP 成長率は前期比 0.8%減となり、7 四 2.0 1.0 に拡大に転じた。また、内需 3 項目(家計消費、固定資本形 0.0 成、政府消費)すべてがマイナスとなった。外需は、輸出、 -1.0 輸入ともにマイナスとなったが、差し引きでわずかに GDP -2.0 純輸出 固定資本形成 政府消費 家計消費 GDP 2016.Ⅲ 2016.I 2016.Ⅱ 2015.Ⅳ 2015.II 2015.Ⅲ 2015.Ⅰ 2014.Ⅳ 2014.Ⅲ 2014.I 2014.II 2013.III 2013.IV 2013.I 2013.II 2012.III 2012.IV 2012.I -5.0 2012.II ラジル中銀は 10、11 月と連続して利下げを実施した。経常収 誤差等 2011.III インフレ率については、9 月以降急速に低下しており、ブ -4.0 2011.I にプラス寄与となった(+0.02%Pt)。 -3.0 2011.IV は 4 四半期連続で縮小していたが、7~9 月期に 5 四半期ぶり 2011.II 半期連続のマイナスとなった。マイナス幅は、4~6 月期まで 実質GDP成長率(寄与度、前期比、%) 3.0 (出所)ブラジル地理統計院 支赤字も、縮小傾向が維持されている。政治情勢については、 テメル大統領に新たな汚職疑惑が浮上するなど政局は安定しないものの、連立与党が議会の多数を握って 議事運営を支配、経済構造改革が進み始めている。 このように GDP 等の経済統計からみれば経済実態は悪化に向かっているが、他方において、インフレ など改善してきている部分もあり、これらが経済構造改革等先行きへの希望と合わせて市場の支えとなり、 「ブラジル売り」を抑えている状況にあるといえる。 家計消費:頼みの消費者マインド改善に陰り 7~9 月期の GDP を需要項目ごとにみると、家計消費は前期比で 0.6%減少した。前期比マイナスは 7 四半期連続となるが、マイナス幅は 2 四半期連続で縮小している。雇用・所得環境は、依然として悪化が 続く。足元 10 月の就労者数は前年同月比 2.6%減少しており、マイナスは昨年 9 月から 14 カ月連続、し かも減少幅は 5 カ月連続で拡大している。その結果、失業率も 10 月は前年同月比 2.9%Pt 上昇して 11.8% となった。 改善傾向にあった消費者マインドにも、陰りが見えてきた。消費者信頼感指数(2010 年 7 月~2015 年 6 月平均=100)をみると、昨年後半に 65 前後で下げ止まり、その後、今年の 5 月からは上昇に転じてい た。しかし、11 月には前月比 3.3Pt 減の 79.1 となり、7 カ月ぶりの低下となった。信頼感指数のうち現 状指数は、今年の底となった 6 月の 64.7 からピークの 8 月の 69.5 まで、4.8Pt の上昇にとどまったのに 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 消費者信頼感指数(2010年7月~2015年6月平均=100) 対して、将来指数は今年の底となった 4 月の 65.8 からピーク 120 の 10 月の 92.6 まで、26.8Pt 上昇した。このように、これま 110 での消費者マインド改善はまさに期待先行で生じたものであ ったが、所得雇用環境をはじめとして経済環境が一向に好転 100 信頼感指数 せず、11 月には「期待疲れ」が表れて、ついに低下に転じた 90 形である。 80 現在指数 将来指数 経済実態に対しては遅行する傾向のある所得雇用環境の改 70 善は当面は見込めず、頼みの消費者マインドまで低下するこ とになると、縮小してきていた家計消費のマイナス幅が 10~ 60 2006 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:Getulio Vargas Foundation) 12 月期以降、拡大に転じる恐れもある。 固定資本形成:大幅減、先行きもマイナス傾向 7~9 月期の固定資本形成(設備投資、住宅投資等の合計)は、前期比 3.1%減少した。4~6 月期には 11 四半期ぶりにプラス(同 0.5%増)となったが、1 四半期 資本財の生産・輸入の推移 (数量指数、前月比(3カ月移動平均)、%) 30 だけですぐにマイナスに逆戻りした。 20 設備投資に利用される資本財の生産は、今年 1 月から 6 10 カ月連続で前月比プラスとなり、また、資本財輸入も 5~6 月は 2 カ月連続の増加、特に 6 月は前月比ほぼ倍増と急伸 生産 して、4~6 月期 GDP の固定資本形成プラスに貢献した。し -10 かし、7 月以降は資本財生産が 4 か月連続でマイナス、資本 -20 財輸入も 3 か月連続のマイナスとなった。このように、7 月 -30 以降トレンドが変わり、設備投資の基調は再び弱まってい 輸入 0 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル地理統計院) る。 外需:輸出入ともに減少 最後に外需(純輸出)についてみると、7~9 月期 GDP 成長への寄与度は+0.02%Pt となり、2 四半期 ぶりでプラス寄与に戻った。輸出、輸入がともに減少したが、減少幅の差から純輸出はわずかにプラス寄 与となった。 輸出は、前期比 2.8%減で 2 四半期連続のマイナス。為替相場は昨年は大幅にレアル安が進んだが、今 年に入ってからはほぼ一貫してレアル安の修正(レアル高)となっており、これが輸出には逆風となって いる。主要品目のここ数か月の動向をみると(貿易統計・前年同月比) 、大豆・大豆粕の輸出が大幅に減 少している。ブラジルでの不作にレアル高も影響した模様。 輸入は、前期比 3.1%減。4~6 月期には、設備投資のための資本財輸入が牽引して同 2.8%増と 7 四半 期ぶりにプラスに転じたが、7~9 月期は設備投資の大幅減と歩調を合わせて資本財輸入も減少し、全体で もマイナスに転落した。国内で十分な資本財を製造できずに設備投資と(資本財)輸入が連動して動く状 況は変わっていない。 今後の外需については、輸出は引き続きレアル高の逆風を受け続けることとなり、回復を見込みにくい 2 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 状況が続く。トランプ当選後はレアル安に振れており、この傾向が維持されれば、タイムラグの後に逆風 が順風へと変わる可能性がある。輸入は、設備投資をはじめ内需の減退が続いており、同様に不振が続く ことが見込まれる。総じて、貿易取引は縮小傾向になることが考えられる。 インフレ率が 9~11 月に連続して鎮静化 政策金利、物価上昇率およびレアル相場の推移 物価状況については、インフレ率がここ数か月で急速に (%) 16 前月比 0.5%から 9 月同 0.1%、10 月同 0.2%、11 月同 0.1% 14 と 3 カ月連続して鎮静化している。年率換算すると、9 月 1.7%、10 月 2.9%、11 月は 1.2%となり、ブラジル中央銀 行の物価目標水準(4.5±2%)の中央値を大きく下回る。 政策金利(SELIC) -30 レ -20 ア ル 安 -10 12 10 8 0 6 4 品、家電製品のみならず、教育、通信など、物価上昇率が 2 幅広く低下してきている。昨年、物価を大きく押し上げた 0 10 物価上昇率(IPCA) (前年同月比) レ ア 20 ル 高 → 品目別にみると、3 カ月連続で前月比マイナスとなった飲食 旱魃による電力価格上昇や、補助金廃止の影響は今年は無 (%) -40 ← 低下している。消費者物価指数(IPCA)上昇率が、8 月の 30 レアル相場(実質実効指数)(前年同月比)(右軸) 40 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル中央銀行) くなっており、そこにレアル安修正と景気縮小という 2 つのデフレ圧力が加わり、ようやくインフレが鎮 静化してきたものと考えられる。 利下げ継続にトランプの壁か こうしたインフレ率の急低下によりブラジル中央銀行は利下げが可能となり、10、11 月と 2 カ月連続 して政策金利の引き下げを実施した。ただし、利下げは市場の反応を見ながら、0.25%Pt ずつの小刻みな ものとなっており、現状の 13.75%という高金利はブラジル経済の回復にとっては依然として重い負担と なっている。 特に 2 度目の利下げの際には、米国でトランプ政権が誕生した後であり、市場の地合いが 1 度目の利下 げ時から大きく変化していた。具体的には、トランプ氏が当選した 11 月 8 日以降、トランプ氏の掲げる 成長志向の政策と財政赤字拡大見通しから米国株・金利・ドルレートが急上昇、その半面、新興国通貨は 売られることとなり、レアルは 1 週間で 3.17 レアル/$から 3.43 レアル/$まで下落した。市場は大きく振 れやすくなっており、何かきっかけがあれば新興国通貨が売り込まれるような不安定な状況となっている。 11 月 30 日の 2 度目の利下げの際にも、3.39 レアル/$から翌日には 3.46 レアル/$まで売られた。 ただし、ブラジル経済のファンダメンタルズは、対外収支面で は改善傾向を維持し、一定のバッファーを維持している。具体的 経常収支(貿易収支、所得収支)の推移(百万ドル) 6,000 4,000 には、外貨準備高は直近の 10 月末時点で 3,754 億ドルを保有し 2,000 ており、近年の厳しい経済状態にもかかわらず、短期対外債務の -2,000 0 3 倍以上にあたる水準を保持している。また、経常収支は、内需 の縮小とともに輸入が縮小したためという面もあるが、赤字幅が -4,000 -6,000 -8,000 2015 年年初以降、急速に縮小し、2016 年の 1~10 月累計では前 -10,000 -12,000 貿易収支 年比 3 分の 1 程度になっている(対 GDP 比では通年で 1%程度 -14,000 経常収支 となるペース)。対内直接投資流入額も、月間 50~60 億ドル程 度で概ね安定して推移している。こうした対外収支状況が、レア 3 所得収支 -16,000 2011 2012 2013 (出所)CEIC(原資料:ブラジル中央銀行) 2014 2015 2016 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 ルを支えている。 国際金融市場は来年にかけても不安定な状況が続くことが見込まれる。米国が 12 月に利上げを行い、 さらに来年誕生するトランプ政権が想定通り、あるいは想定以上に減税やインフラ投資を実施して景気拡 大を加速させようとすれば、利上げペースもまた加速し、新興国から米国への資金還流も加速していくこ とが考えられる。その場合には、レアル売りが強まり、レアル安からインフレ懸念が台頭して、ブラジル 中銀としても利下げを継続しにくくなることが想定される。現在の 13.75%という金利水準は経済を回復 させるためには如何にも高く、金利引き下げ継続が必須である。レアルの防御力を高めるためには、遠回 りなようでも、やはりテメル政権の改革加速によって投資家の信頼感を少しでも高めていくしかない。 歳出上限設定の憲法改正案が成立 実際に、テメル政権は、改革を着実に前進させている。足元での動きとしては、歳出上限設定のための 憲法改正案が議会で可決された。憲法改正のためには下院で 2 回、上院で 2 回の可決が必要となるが、下 院の 2 回の採決を済ませ、上院の 2 回目の採決でも 12 月 13 日に、必要となる 49 票(全体の 3 分の 2) を上回る 53 票の賛成票を獲得し、可決された。 この歳出上限設定は、連邦政府支出の増加率を前年のインフレ率以下に抑えることを義務付けるもので あり、原則 20 年間続く。医療・教育費は 2018 年度からの適用となり、国債の利払いや地方予算関連など 適用外となる項目もあるが、その他は政府各部門の支出を基本的に全てカバーすることになる。この上限 設定により、連邦政府がインフレ率を超えて支出を増加させることはできなくなる。具体的には、歳出増 加率がインフレ率を超えそうになれば、公務員給与引き上げや最低賃金の水準調整などにも制限がかかる ことになる。これまで、各種給付水準を引き上げてきたことは貧困層削減に貢献した一方で、高インフレ 体質の一因ともなってきたことから、歳出上限設定の施行により、低所得層にはダメージとなる半面、イ ンフレ鎮静化は進むことが見込まれる。 歳出上限設定に続く構造改革として、テメル大統領は、12 月 5 日、年金改革に関する憲法改正案を発 表した。この法案では、既に年金給付を受けている国民は現状のままとするが、50 歳未満の男性、45 歳 未満の女性については年金受給の条件を 65 歳以上かつ 25 年間以上の保険料支払い期間と厳格化し、それ 以外の国民については移行措置を設けるとしている。また、教師や政治家、警官などへの特例を廃止し、 さらには、平均余命が伸びた場合には、その分だけ受給開始年齢を引き上げられるような仕組みも導入、 年金負担増を防止する。これによって、10 年間で 7,000 億レアルの歳出が削減される見通しとなる(2015 年度の連邦財政赤字は 5,139 億ドル) 。 年金改革法案もまた憲法の改正となるため、両院で 3 分の 2 以上の賛成票による採決が必要となる。し かし、法案内容は極めて野心的と言え、与党内からも異論が出る可能性がある。可決することが簡単でな いのはテメル政権も十分に認識しており、議会に特別委員会を設置し、来年 2 月から改革の中身について の議論を開始するとしている。上記内容そのままでの憲法改正案成立はハードルが高く、一定の譲歩が必 要となることも考えられる。年金改革の先行きはまだ見えないが、歳出上限設定とともにこちらも可決で きれば、ブラジルが抱える財政赤字と高インフレという 2 大懸念材料の解消に大きく前進することになる。 テメル大統領の政治リスク浮上が止まらず しかしその一方で、テメル大統領自身を含む政界全体には、依然として汚職などの疑惑がつきまとって 4 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 いる。11 月上旬には、2014 年の大統領選挙(ルセフ前大統領が大統領候補、テメル現大統領が副大統領 候補で、セットで立候補)の際の不正献金問題が提訴され、また、11 月下旬には、ビル建設認可をめぐり、 テメル大統領が圧力をかけたという疑いが浮上、12 月に入ってからも 2014 年の大統領選挙時の大規模な 贈収賄疑惑が報じられている。 このほかにも、政治家の汚職検挙や疑惑はとどまることがなく、これに対して議会側は、襟を正すので はなく、汚職防止法を弱める法改正を下院で可決して対抗している。国民は政治不信をさらに深めてデモ を組織、当然ながら、テメル大統領の支持率も上がらない。汚職追及をかわしつつポピュリズムからの離 脱を図る政府・議会と、これに怒る国民との間で、亀裂が広がっている。テメル政権が議会とうまく調整 を取り、経済構造改革を進めている点は評価できるが、この先、痛みを伴う改革を断行していくためには、 これまで以上に国民の支持を得ることが重要となろう。 5