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各国知的財産関連法令
TRIPS 協定整合性分析調査
『国際知財制度研究会』報告書
(平成 23 年度)
―各国の知的財産保護制度及び運用の問題点等に関する調査分析―
2012年 3月
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
『国際知財制度研究会』(平成 23 年度)委員名簿
委 員長
相澤 英孝
一橋大学 大学院国際企業戦略研究科 教授
委
員
粟津 卓郎
曾我法律事務所 弁護士
委
員
奥村 洋一
武田薬品工業株式会社 知的財産部長
委
員
亀井 正博
富士通株式会社 知的財産権本部長
委
員
川合 弘造
西村あさひ法律事務所 弁護士
委
員
川 村 裕一郎
本田技研工業株式会社 知的財産部長
委
員
黒瀬 雅志
協和特許法律事務所 弁理士
委
員
小寺
東京大学 大学院総合文化研究科 教授
委
員
実原 幾雄
新日本製鐵株式会社 知的財産部長
委
員
鈴木 將文
名古屋大学 大学院法学研究科 教授
委
員
鈴木 俊昭
富士フイルム株式会社取締役 執行役員 R&D 統括本部 知的財産本部長
委
員
高倉 成男
明治大学 法科大学院 教授
委
員
玉田
神戸大学 大学院 法学研究科 准教授
委
員
藤井 光夫
アステラス製薬株式会社 知的財産部 次長
委
員
守屋 文彦
ソニー株式会社 知的財産センター センター長
委
員
山根 裕子
帝京大学 法学部法学科 教授
委
員
吉松
日本電信電話株式会社 知的財産センタ 渉外担当部長
彰
大
勇
<オブザーバー>
五十棲
泉
渡辺
樫本
嶋田
横田
毅
卓也
絢子
剛
研司
之俊
経済産業省 通商政策局 通商機構部 国際知財制度調整官
経済産業省 通商政策局 通商機構部 参事官補佐
経済産業省 通商政策局 通商機構部 係員
特許庁 総務部 国際課 国際制度企画官(前 国際知財制度調整官)
特許庁 総務部 国際課 課長補佐
特許庁 総務部 国際課 係長
<事 務 局>
志
渡
小
秋
健介
真砂世
献一
卓哉
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
邨
辺
林
山
部長
副主任研究員
研究員
研究員
『国際知財制度研究会』報告書(平成 23 年度)
目 次
はじめに ..................................................................................... 1
第1章 偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)と他国法令との関係との分析
Ⅰ.目的と調査対象 ......................................................................... 2
Ⅱ.ACTA8 条(輸出禁止) .................................................................. 5
Ⅲ.ACTA9 条(損害賠償額) ............................................................... 12
Ⅳ.ACTA16 条(国境措置) ................................................................ 16
Ⅴ.ACTA22 条(情報の開示) .............................................................. 20
Ⅵ.ACTA23 条 2(不正ラベル取引) ......................................................... 22
Ⅶ.ACTA27 条 5 項・6 項(コピー・コントロール/アクセス・コントロース).................... 23
Ⅷ.まとめ ................................................................................ 26
第2章 TRIPS 協定を巡る諸論点に関する議論
Ⅰ.TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビュー ~ボリビア提案を題材に~ .............................. 27
Ⅱ.CJEU の Monsanto のケースと TRIPS 協定 ................................................. 32
Ⅲ.TRIPS 柔軟性の議論と今後の課題 ........................................................ 43
Ⅳ.TRIPS 理事会等における技術協力及び技術移転奨励措置の議論等について ..................... 51
Ⅴ.特許庁における途上国支援 .............................................................. 57
第3章 標準と知財に関する分析
Ⅰ.
「標準と特許」を巡る国際的な動向について ............................................... 61
Ⅱ.不可欠技術と強制実施権 ................................................................ 71
-電気通信に係る主な標準化団体における不可欠技術のい取扱とその問題点について-
Ⅲ.電気・電子分野からみた標準と知財 ...................................................... 80
第4章 ブラジル産業財産法等の TRIPS 協定整合性等に関する分析
Ⅰ.ブラジル産業財産権法等の運用を踏まえた TRIPS 協定整合性に関する分析 .................... 88
第5章 国際知的財産交渉の諸フォーラにおける動向等
Ⅰ.TRIPS 理事会に関する動向 ............................................................. 112
Ⅱ.TRIPS 協定に関連する紛争案件
1.TRIPS 協定に関連する紛争案件(一覧/概要).......................................... 121
2.中国の知的財産権問題に対する米国の WTO 提訴(DS362)と勧告実施状況 ................. 128
Ⅲ.中国の出版物及び音響映像娯楽製品の貿易権及び流通サービスに関する措置
に対する米国の WTO 提訴(DS363) ...................................................... 136
Ⅳ.Anti-Counterfeiting Trade Agreement(ACTA)について ...................................... 149
Ⅴ.WIPO における議論
1.WIPO 遺伝資源等政府間委員会(IGC)における議論の動向............................. 151
2.WIPO 著作権等常設委員会(SCCR)における議論の動向 ............................... 156
第6章 国際知財制度研究会まとめ ........................................................... 159
付属資料
1.TRIPS 協定のポイント ............................................................... 資-1
2.TRIPS 協定 (知的所有権の貿易関連の側面に関する協定) ............................... 資-9
はじめに
本報告書は、平成 23 年度『国際知財制度研究会』において検討を行った事項について
とりまとめたものである。
今年度の研究会では、第一に、偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)と新興国や
途上国の法令との比較研究を行った。新興国や途上国に、ACTA への参加を促すためには、
新興国や途上国の法令を ACTA の保護水準と比較して評価しておくことが重要であるとこ
ろ、本研究会においては、このような観点から検討した。
第二に、TRIPS 協定の基準を引き下げようとする動きへの対応および関連し得る事件等
について議論した。具体的には、TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビュープロセスにおける
ボリビア提案を題材に TRIPS 理事会等における議論を取り上げると共に、関連し得る事例
として EU 裁判所の Monsanto 事件を取り上げた。さらに、TRIPS 協定の基準を引き下げよ
うとする動きとも理解されることのある「TRIPS 柔軟性」について検討した。
第三に、TRIPS 理事会等における技術協力及び技術移転奨励措置義務について、特許庁
における途上国支援の内容を参照しつつ、今後の対応のあり方等について検討した。
第四に、標準化における知的財産の扱いについて、電気通信や電気・電子分野における
実状、国際協定との関係、他国の考え方等を踏まえつつ検討した。
第五に、ブラジル産業財産法等の TRIPS 協定整合性について議論した。ブラジルの産業
財産権保護について問題が指摘されている、特許・ノウハウのライセンス契約等における
制約を中心に、現地法律事務所の調査結果に基づき TRIPS 協定上の問題を検討した。
第六に、TRIPS 協定に関する動向として、TRIPS 理事会での議論を説明すると共に、
TRIPS 協定に関する紛争案件(DS362)及び中国の出版物及び音響映像娯楽製品の貿易権
及び流通サービスに関する措置に対する米国の WTO 提訴(DS363)について現状の報告
を行った。また、その他の関連動向として、WIPO 遺伝資源等政府間委員会や WIPO 著作
権等常設委員会における議論の状況、ACTA の概要や意義、署名状況について報告した。
なお、本報告書は研究会における討議を踏まえて作成されたものであるが、執筆委員の
表記がある部分については、
執筆者の意見であり、
執筆委員の表記の無い部分については、
事務局の意見によるものである。
- 1 -
第 1 章 偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)と他国法令との関係の分析 1
Ⅰ.目的と調査対象
日本の貿易および投資におけるアジア諸国の重要性はますます大きくなっている。特に
中国やインド、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシアなどのアジア諸
国は、人口規模が大きく、また近年経済成長が著しいことから、市場としての期待値が高
まってきている。一方で、これらの国々では我が国企業の製品の海賊版や模倣品が横行し
ていることもよく知られており、これらの国々で我が国企業が事業を拡大している昨今の
状況を鑑み、各国の知的財産権保護・エンフォースメントに関する法律の整備状況および
運用状況を把握することは重要である。
また、我が国企業の知的財産権を海賊版や模倣品から保護するには各国で高水準の知的
財産権保護制度が導入されることが不可欠である。求められる水準について、参照基準に
なるのが「偽造品の取引の防止に関する協定(Anti-Counterfeiting Trade Agreement: 以下
ACTA)
」である。ACTAは、TRIPS協定を前提にしつつ、TRIPS協定よりも一層強力な法執
行枠組みの構築・実施を締約国に求めている。海賊版・模倣品対策について国際的な法的
枠組みのモデルになり得る条約である 2。
ACTAを普及させることによって、相手国における我が国企業の知的財産権の保護がよ
り確実になると考えられるため、我が国から相手国に対してACTAへの加入ないしACTAと
同水準の海賊版・模倣品対策制度の導入を働きかけることが重要である。しかし、そのた
めには我々自身がまず相手国がいかなる海賊版・模倣品対策法的枠組みを有しているのか、
そしてその法的枠組みはACTAの水準に照らして十分なレベルに達しているか否かを把握
する必要がある。本調査は、相手国に高水準の海賊版・模倣品対策導入を働きかけるため
の基礎資料整備が目的である 3。
まず、本調査では、現在我が国企業が被っている模倣品・海賊版被害の規模や今後我が
国企業の進出が見込まれる等の観点から、中国、インド、インドネシア、タイの法制度整
備状況を検討する。
これらの国について言える全体的な傾向は、
法律の整備状況に関して、
各国の法律整備状況は WTO 加盟等をきっかけに近年急速に整備されてきているものの、
TRIPS 協定を上回る規律を定めた ACTA 水準には到達していないということである。
以下、
中国、インド、インドネシア、タイの法制度整備状況と我が国企業が被っている海賊版・
模倣品被害状況を概観し、これら 4 カ国を取り上げる意義を説明する。
1
以下の分析にあたっては、特許庁「外国産業財産権制度情報」 available at
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm 及び JETRO「中国 知的財産に関する情報 法令・法規」
available at http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/ip/law/ に掲載されている各国知財関連法規の邦訳分を参照した。
2
経済産業省「
『模倣品・海賊版拡散防止条約(Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)
(仮称)
』構想につい
て」2007 年、available at http://www.meti.go.jp/press/20071023001/20071023001.html
3
加えて、途上国はしばしば ACTA が非常に高い水準であるため、ACTA について何も知らないにも関わらず
闇雲に ACTA を恐れる傾向がある。本調査によって途上国の法制度の水準が一定レベルに達していることがわ
かれば、働きかけもより行いやすくなると考えられる。
- 2 -
まず、中国について、我が国企業の模倣品被害総額が最も大きいのが中国であることか
ら、中国の知的財産権保護の法制度の整備状況を把握することは急務である。特許庁の『模
倣被害調査報告書』によると、中国における 2009 年の模倣品被害総額は 264 億 7,000 万円
に達する 4。中国の知的財産権保護に関する法制度の整備状況について、WTO加盟後の法
改正により権利保護面で改善が図られたことは経済産業省の『不公正貿易報告書』も認め
るところである 5。しかし、巨額の模倣品被害総額が示すように、実効的な知的財産権保
護には、さらなる法制度の整備・改善および法制度の確実な運用が必要であるといえる 6。
しかしながら、TRIPS協定を上回る規律を定めたACTA水準には到達していない。
インドは、被害社率および被害社数で見ると我が国企業の被害は他のアジア諸国に比較
すると小さい 7。しかし、新しい市場としてインドに対する我が国企業の関心は急激に高
まっており、さらに高い経済成長率に比例してインドにおける特許出願受理件数は飛躍的
に伸びている。インドへの特許出願の特徴は、国外からの出願が全体の約 8 割を占めるこ
とにあるが、2009 年度は我が国からも 3,040 件の特許出願があり 8、この数字は今後ます
ます増加するものと思われる 9。特許出願件数の急激な伸びを鑑みるに、インドにおいて
知的財産保護は今後大きな問題になると予想される。そのため、インドの知的財産権保護
制度の把握することは重要である。インドでの我が国企業の模倣品・海賊版被害について
は、警察や税関等における取り締まり実績に関する政府統計はないものの、自動車、電機
業界等を中心とした我が国産業界から、模倣品や海賊版が他国から流入している等の問題
が指摘されている 10。また、若干古い数字ではあるが、インドにおけるソフトウェアの海
賊版被害総額は、2004 年には 5 億 1,900 万米ドルに達している。
インドネシアは、近年模倣品流通量が急激に伸びており、インドネシア模倣品対策協会
とインドネシア大学が行った 2010 年の共同調査によると、
模倣品によって関連産業が被る
損失額は約 3,700 億円で、2005 年の同様の調査から損失額は 10 倍に跳ね上がっている 11。
4
特許庁『2010 年度 模倣被害調査報告書』2011 年 3 月、available at
http://www.jpo.go.jp/torikumi/mohouhin/mohouhin2/jittai/pdf/2010_houkoku/2010shousai.pdf 20 頁。調査に対する回
答社数は 279 社。被害総額は、各被害規模の回答社数に被害額の中央値を代表値として乗じたものの積算と、
実数を記載した企業の模倣被害総額の合計とを合算した計数(注 1 より抜粋)
。
5
経済産業省通商政策局(編)
『2011 年版不公正貿易報告書―WTO 協定及び経済連携協定・投資協定から見た
主要国の貿易政策―』58 頁。同報告書は経済産業省ウェブサイトより入手できる。
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004532/2011_houkoku01.html
6
法制度上の不備として、商標権侵害に対する行政上の過料の最高額が不法経営額の 3 倍または 10 万元以下と
なっているが、過料の額が抑止力として不十分であること、税関取り締まり手続きの簡素化の必要であること、
中国で製造された模倣品が近隣アジア諸国を中心に中国国外に輸出されていること、民事上の救済について、
裁判で勝訴しても賠償金が取れないまたは不十分であるということ(賠償金の平均額は 4 万元程度)
、刑事訴
追基準に達していても地方行政機関の裁量によって刑事移送・刑事立件されないケースがあること等の問題が
『不公正貿易報告書』で指摘されている。
『2011 年版不公正貿易報告書』58-61 頁。
7
前掲注 4、特許庁(2011)
『2010 年度 模倣被害調査報告書』30 頁。
8
2009 年のインドにおける国内および国外からの特許出願件数の合計は 34,287 件で、そのうち国外からの出願
は 27.025 件である。 ジェトロ・ウェブサイト、http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/ 参照
9
ジェトロ・ウェブサイト、http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/ 参照
10
前掲注 5 『不公正貿易報告書』189 頁。
11
「模倣品流通額、12 品目で約 3,700 億円と試算」ジェトロ『通商弘報』2011 年 11 月 28 日。なお、同調査は
ジャカルタ特別州とスラバヤ市のみの調査であるため、インドネシア全体での模倣品流通額はこの数字よりも
大きいと考えられる。
- 3 -
消費市場が急速に拡大しているインドネシアには外国で製造された模倣品が大量に流れ込
んできている。
『模倣被害調査報告書』によると、我が国企業の被害は中国やタイに比較す
ると小さいものの、市場としての有望性および模倣品流通量の急激な拡大を鑑みるに、将
来的に我が国企業の模倣品被害も増加すると予想されるため、インドネシアの海賊版・模
倣品対策関連法規の把握は不可欠である。
タイは、ASEAN諸国の中で最も我が国企業の模倣被害が大きい国である。2010 年の『模
倣被害調査報告書』によると、2009 年において被害社率が 10%を超えるASEAN諸国は唯
一タイだけであり、また、被害社率は 2008 年と比較して増加している 12。加えて模倣品販
売消費が最も大きいのもタイである 13。またインドネシアやタイでは、警察や税関職員の
モラル・能力の低さや裁判所が十分な賠償額を認めない等の問題も見られる。
以上の点を踏まえ、本報告においては、中国、インド、タイ、インドネシア各国の知財
制度と、TRIPS協定から一歩進んだ法執行の枠組を提供するACTAとの整合性について概括
的な分析を加えることとする 14。
12
前掲注 4、
『2010 年度 模倣被害調査報告書』30 頁。
前掲注 4、
『2010 年度 模倣被害調査報告書』38 頁。
14
これら 4 カ国の知的財産権保護に関する法制度の整備状況に懸念を抱いているのは我が国だけではない。米
国通商代表部(USTR)の「スペシャル 301 条報告書」は、これらの国々を優先監視国(priority watch list)に
認定している。4 カ国につき、主な指摘が次の通り。
・中国:音楽ダウンロードの 99%が違法。刑事捜査のための条件が引き上げられ、模倣品販売を防ぐための
エンフォースメントが妨げられている。摘発により模倣品は押収されるが、模倣品製造機器は原則として
押収されない。
・インド:著作権改正法は WIPO インターネット条約履行には不十分。光ディスク海賊版対策が不十分。現
在の罰則では権利侵害行為抑止に不十分。裁判手続きの効率性の改善、刑法エンフォースメントの強化が
必要。
・インドネシア:海賊版や模倣品問題対策が不十分。訴追・裁判制度の改善、権利侵害行為への刑罰の強化、
裁判所が刑罰を下すことに積極的になること等を通じてエンフォースメントへの取り組みを強化すること
が必要。
・タイ:映画の違法録画(camcording)に関する法律や、税関の差押権限を認める法律など、重要法案が未成
立のまま。WIPO インターネット条約履行のための著作権法改正がなされていない。
USTR(2011)2011 Special 301 Report 参照。
13
- 4 -
Ⅱ.ACTA8 条(輸出差止)
1.ACTA8 条と TRIPS 協定 44 条の比較
ACTA 第二節は「民事上の執行」について定めるところ、脚注において「締約国は、特
許及び開示されていない情報の保護については、この節の規定の適用範囲から除外するこ
とができる」ときていしている。このため、ACTA7 条から 12 条に係る「民事上の執行」
に関する規定については、特許とノウハウは任意規定となっている。
ACTA8 条 1 項はACTA加盟国に対して、当事者に対して知的財産権を侵害しないこと、
特に侵害物品の流通経路への流入を防止することを命ずる権限を司法当局に付与すること
を義務づけている。TRIPS協定 44 条においては、
「輸入」物品についてのみ「管轄内の流
通経路への流入の防止」を命ずる権限を司法当局に付与することが義務づけられていると
ころ、ACTAにおいてはTRIPS協定 44 条の文言から “in their jurisdiction of imported goods”
という文言が削除されたことにより、
「輸入」のみならず「輸出」に関しても差止を命ずる
権限を司法当局に付与すると解釈できる点が特徴である 15。
ACTA8 条 1 項
Each Party shall provide that, in civil judicial proceedings concerning the enforcement of intellectual
property rights, its judicial authorities have the authority to issue an order against a party to desist
from an infringement, and inter alia, an order to that party or, where appropriate, to a third party over
whom the relevant judicial authority exercises jurisdiction, to prevent goods that involve the
infringement of an intellectual property right from entering into the channels of commerce.
TRIPS 協定 44 条
The judicial authorities shall have the authority to order a party to desist from an infringement, inter
alia to prevent the entry into the channels of commerce in their jurisdiction of imported goods that
involve the infringement of an intellectual property right, immediately after customs clearance of
such goods. Members are not obliged to accord such authority in respect of protected subject matter
acquired or ordered by a person prior to knowing or having reasonable grounds to know that dealing
in such subject matter would entail the infringement of an intellectual property right.
2.中国法の概要
まず商標に関しては、商標法 52 条が商標の侵害行為について規定しているところ、同
一若しくは類似商標製品の使用、販売、偽造等が侵害行為とされている。さらに侵害商標
について商標法 53 条は、
権利侵害と認められた場合、
工商行政管理部門が侵害行為の停止、
製造機器の没収、廃棄処分、さらには罰金を命じることができるとさだめている。このよ
うに、ACTA 同様、商標法は侵害行為(及びその停止)を「輸入」に限るような規定振り
とはなっていない。但し、対象に「輸出」が含まれることが明記されていない点には留意
が必要であろう。
15
ACTA の解釈については、米谷光司、矢野敏「模倣品・海賊版等の増大に対応するために策定された新たな
国際条約(ACTA)の概要」
『特許ニュース』平成 23 年 1 月を参考にしている。
- 5 -
次に著作権に関しては、著作権法第四十八条に「次の各号に掲げる権利侵害行為がある
場合には、情状により侵害の停止、影響の除去、謝罪、損害賠償等の民事責任を負わなけ
ればならない。同時に公共の利益を損害したものは、著作権行政管理部門がその権利侵害
行為の停止を命じ違法所得を没収し、権利侵害にかかる複製品を没収、破棄し、かつ罰金
に処することができる。情状が深刻な場合には、著作権行政管理部門は、更に主に権利侵
害にかかる複製品の制作に用いられた材料、工具、設備等を没収することもできる。犯罪
を構成する場合は、法により刑事責任を追及する。
一、著作権者の許諾を得ずに、その著作物を複製、発行、実演、放映、放送、編集し、
情報ネットワークを通じて公衆に伝達した場合、但し本法に別途規定がある場合はこの限
りでない。
(以下、略)
」
と規定しており、商標同様、当局の差止権限は「輸入」に限定されていないものの、
「輸
出」に及ぶことも明記されていない。
最後に特許については、特許法 11 条に特許の実施行為が規定されているところ、製造、
使用、販売の許諾、販売に加えて、
「輸入」も実施行為のひとつとして列挙されている。さ
らに特許侵害行為については、特許法 20 条に民事救済手続が定められるところ、権利侵害
行為が成立すると認められる場合には、特許事務管理部門は権利侵害行為の停止を命じる
権利が認められている。このように、商標や著作権同様、特許法も侵害行為(及びその停
止)を「輸入」に限るような規定振りとはなっていない。但し、対象に「輸出」が含まれ
ることが明記されていない点には留意が必要であろう。なお、国境措置について規定する
対外貿易法では 29 条において、知的財産権を侵害する輸入品を侵害者が生産し、販売する
関係貨物の輸入を制限するなどの措置を講じる権限を国務院対外貿易主管部門に付与する
一方、輸出品に関しては沈黙を守っている。
「中華人民共和国知的財産権税関保護条例」に
関する実施弁法第 21 条は、輸入貨物に加えて輸出貨物について、荷受発送人に対し貨物の
知的財産権状況を報告し、関連証明書類を提出するよう求めたうえで、貨物の通過を中止
させ、且つその旨を書面にて知的財産権権利者に通知する権限を与えている。
商標法第五十二条
下記の各号行為の一つがあるときは、登録商標専用権の侵害とする。
(一)商標登録権者の許諾なしに、同一の商品又は類似の商品にその登録商標と同様又は
類似する商標を使用しているとき
(二)登録商標専用権を侵害する商品を販売しているとき
(三)無断で他人の登録商標の標章を偽造、無断で製造された登録商標の標章を販売して
いるとき
(四)商標登録権者の許諾を得ずにその登録商標を変更し、変更した商標を使用する商品
を市場に流通させたとき
(五)他人の登録商標専用権にその他の損害を与えているとき
同第五十三条
本法第五十二条に定める登録商標専用権を侵害する行為の一つがある場合、当事者の協議
により解決する。協議しないか、又は協議が成立しない場合は、商標登録権者又は利害関
係人は人民法院に訴えを提起でき、
また工商行政管理部門に処理を請求することができる。
工商行政管理部門が権利侵害行為と認めた場合、即時に侵害行為の停止を命じ、権利侵害
商品及び権利侵害商品の製造のために使用する器具を没収、廃棄処分し、かつ罰金を科す
ことができる。当事者は処理に不服があるときは、処理通知を受け取った日から 15 日以
- 6 -
内に「中華人民共和国行政訴訟法」により人民法院に訴えを提起することができる。権利
侵害人が期間内に訴訟を提起せず、かつ決定を履行しないときは、工商行政管理部門は人
民法院に強制執行を請求することができる。処理を担当する工商行政管理部門は当事者の
請求により、商標専用権侵害の賠償金額について調停することができる。調停が不調の場
合、当事者は「中華人民共和国行政訴訟法」により人民法院に訴えを提起することができ
る。
著作権法 第四十八条
次の各号に掲げる権利侵害行為がある場合には、情状により侵害の停止、影響の除去、謝
罪、損害賠償等の民事責任を負わなければならない。同時に公共の利益を損害したものは、
著作権行政管理部門がその権利侵害行為の停止を命じ違法所得を没収し、権利侵害にかか
る複製品を没収、破棄し、かつ罰金に処することができる。情状が深刻な場合には、著作
権行政管理部門は、更に主に権利侵害にかかる複製品の制作に用いられた材料、工具、設
備等を没収することもできる。犯罪を構成する場合は、法により刑事責任を追及する。
一、著作権者の許諾を得ずに、その著作物を複製、発行、実演、放映、放送、編集し、情
報ネットワークを通じて公衆に伝達した場合、但し本法に別途規定がある場合はこの限り
でない。
二、他人が専用出版権を享有する図書を出版した場合
三、実演者の許諾を得ずに、その実演が収録された録音録画製品を複製、発行し、或いは
情報ネットワークを通じて公衆に伝達した場合、但し本法に別途規定がある場合はこの限
りでない。
四、録音録画製作者の許諾を得ずに、その製作した録音録画製品を複製、発行し、或いは
情報ネットワークを通じて公衆に伝達した場合、但し本法に別途規定がある場合はこの限
りでない。
五、許諾を得ずにラジオ・テレビ番組を放送又は複製した場合。但し本法に別途規定があ
る場合はこの限りでない。
六、著作権者又は著作隣接権者の許諾を得ずに、権利者がその著作物や録音録画製品等に
採用している著作権又は著作隣接権を保護するための技術的措置を故意に回避し、或いは
破壊した場合、但し法律・行政法規に別段の定めがある場合はこの限りでない。
七、著作権者又は著作隣接権者の許諾を得ずに、著作物や録音録画製品等の権利を管理す
るための電子情報を故意に削除或いは改変した場合、但し法律・行政法規に別段の定めが
ある場合はこの限りでない。
八、他人の氏名表示を詐称した著作物を製作、販売した場合
特許法 11 条
発明及び実用新案の特許権が付与された後、本法に別途規定がある場合を除き、いかなる
部門又は個人も、特許権者の許諾を受けずにその特許を実施してはならない。即ち生産経
営を目的として、その特許製品について製造、使用、販売の許諾、販売、輸入を行っては
ならず、その特許方法を使用することできず、当該特許方法により直接獲得した製品につ
いて使用、販売の許諾、販売、輸入を行ってはならない。意匠特許権が付与された後、い
かなる部門又は個人も、特許権者の許諾を受けずにその特許を実施してはならない。即ち
生産経営を目的として、その意匠特許製品を製造、販売の申し出、販売、輸入してはなら
ない。
特許法 60 条
特許権者の許諾を受けずにその特許を実施する、即ちその特許権を侵害し、紛争を引き起
こした場合、当事者が協議により解決する。協議を望まない場合又は合意することができ
なかった場合、特許権者又は利害関係者は人民法院に訴訟を提起することができ、また特
許事務管理部門に処理を求めることもできる。特許事務管理部門が処理する状況において
は、権利侵害行為が成立すると認められた場合、権利侵害者に権利侵害行為を即時に停止
するよう命ずることができる。当事者が不服の場合、処理通知を受領した日から 15 日以
内に、
『中華人民共和国行政訴訟法』に基づいて人民法院に訴訟を提起することができる。
権利侵害者が期限を過ぎても訴訟を提起せず、権利侵害行為も停止しない場合、特許事務
管理部門は人民法院に強制執行を申請することができる。
処理を行う特許事務管理部門は、
当事者の請求に基づき、特許権侵害の賠償金額について調停を行うことができ、調停が成
立しなかった場合、当事者は、
『中華人民共和国民事訴訟法』に基づいて人民法院に訴訟を
提起することができる。
- 7 -
対外貿易法第 29 条
輸入貨物が知的財産権を侵害し、対外貿易秩序に混乱を与えた場合、国務院対外貿易主管
部門は、一定の期限内において侵害者が生産し、販売する関係貨物の輸入を制限するなど
の措置を講じることができる。
「中華人民共和国知的財産権税関保護条例」に関する実施弁法第 21 条
税関は輸出入貨物に対して監督管理を実施し、輸出入貨物が税関総署に登録された知的財
産権に関わり且つ輸出入業者あるいは製造業者が関係する知的財産権を使用する状況が税
関総署に登録されていないことを発見した場合、荷受発送人に対し規定期限内に貨物の知
的財産権状況を報告し、関連証明書類を提出するよう求めることができる。
荷受発送人が前項規定に沿って貨物の知的財産権状況を報告せず、関連証明書類を提出し
ない、あるいは税関がその貨物が税関総署に登録されている知的財産権を侵害すると認識
する理由がある場合、税関は貨物の通過を中止させ、且つその旨を書面にて知的財産権権
利者に通知しなければならない。
3.インド法の概要 16
インドにおいては、まず商標については、商標法 29 条が登録商標の侵害について定める
ところ、登録所有者でない者による「輸入」及び「輸出」が侵害行為として明示されてい
る。さらに同 108 条は裁判所救済として、破棄、抹消のための引渡、損害賠償、不当利得
の返還に加えて、差止が含まれると規定している。よって ACTA に準じるかたちで、商標
法は商標侵害品の「輸出」に対する差止手続を定めている。
他方、著作権と特許については、著作権法 55 条、特許法 108 条等において、裁判所に対
して民事上の司法手続において侵害品に対する差止命令を発する権限が認められているも
のの、差止命令の対象に輸出品が含まれるか否かについては、明示的な規定は置かれてい
ない。また著作権法 51 条も侵害コピーの「輸入」行為は侵害に該当すると規定するものの、
「輸出」行為については沈黙していること、そして特許法 48 条は特許の排他権に「輸出」
を含めていないことから、輸出品は差止命令の対象には含まれないと考えられる。但し、
関税法 11 条が侵害品の輸入に加えて輸出も禁止している点には留意が必要であろう。
商標法 29 条
(6) 本条の適用上、ある者は、特に次の場合は、登録商標を使用したものとする。
(a) 商標を商品又は商品の包装に貼付する場合
(b) 登録商標の下で、商品を販売のため申出し若しくは展示し、市場に出し、又はそれら
の目的で貯蔵し、又は登録商標の下でサービスを申出し若しくは供給する場合
(c) 商標の下で商品を輸入し又は輸出する場合、又は
(d) 登録商標を営業文書又は広告に使用する場合
商標法第 135 条
(1) 第 134 条に掲げた侵害又は詐称通用に対する訴訟において、裁判所が与える救済は、
差止命令(裁判所が適当と認める条件があればそれに従う。)、並びに破棄又は抹消のため
侵害する貼札及び標章の引渡を求める命令を付すか否かを問わず、原告の選択による損害
賠償又は不当利得の返還の何れかを含む。
(2) (1)による差止命令には、次の各号の何れかについての一方的差止命令又は中間命令を
含むことができる。
16
以下、本報告におけるインド法に関する記述は、JETRO「模倣品対策マニュアル インド編」
(特許庁委託
事業)2008 年 3 月、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング「国際知財制度研究会平成 22 年度」
(特許庁委託
事業)2011 年 2 月等を参照した。
- 8 -
(a) 書類の開示
(b) 侵害商品、書類、又は訴訟対象に関係するその他の証拠の保全
(c) 最終的に原告に対して裁定される損害、費用、又はその他の金銭的救済を回収する原
告の能力に悪影響を及ぼす方法で被告が財産を処分し又は取り扱うことの制限
(3) (1)に拘らず、裁判所は、次に掲げる場合は、損害賠償(名目的損害賠償を除く。)又は不
当利得の返還による救済を与えることができない。
(a) 商標侵害訴訟において、訴えられた侵害が証明商標又は団体標章に関連する場合、又は
(b) 侵害訴訟において、被告が次に掲げることを裁判所に納得させた場合
(i) 被告が訴訟対象の商標の使用を開始したとき、被告は、原告のその商標が登録を受けて
いるものであること、又は原告が許諾された方法により登録商標を使用する登録使用者で
あることを知らず、かつ、そのことを信じる適切な理由を有していなかったこと、及び
(ii) 被告が当該商標に関する原告の権利の存在及び内容を知ったとき即座に、指定商品又
はサービスについてその商標を使用することを止めたこと、又は
(c) 詐称通用訴訟において、被告が次に掲げることを裁判所に納得させた場合
(i) 被告が訴訟対象の商標の使用を開始したとき、被告は、原告のその商標が現に使用され
ているものであることを知らず、かつ、そのことを信じる適切な理由を有していなかった
こと、及び
(ii) 被告が原告の商標の存在及び内容を知ったとき即座に、訴訟対象の商標の使用を止め
たこと"
著作権法第 55 条
(1) 著作物に対する著作権が侵害された場合には、著作権者は、本法に別段の定めある
場合を除き、差止命令、損害賠償、利益分配その他権利の侵害につき法が認めるまたは認
めうる全ての救済を受けることができるものとする。
ただし、当該著作物に対して著作権が存続することを侵害の日に被告が知らずまた信じ
る合理的な理由もなかったことを被告が証明する場合には、原告は、裁判所がその状況に
おいて合理的とみなす当該侵害に関する差止命令および侵害コピーの販売により被告が得
た利益の全部または一部の命令を除く救済を受けることはできないものとする。
著作権法 第 51 条 著作権が侵害される場合
著作物に対する著作権は、以下の場合に侵害されたものとみなす。
(中略)
(b) 著作物の侵害コピーを
(i) 販売または貸与のために作成し、または販売しもしくは貸与し、または取引により販売
もしくは貸与のために展示しもしくは供する場合、または
(ii) 取引のためにもしくは著作権者に悪影響を及ぼす程度に頒布する場合、または
(iii) 取引において公に展示する場合、または
(iv) インド国内に輸入する場合。
特許法第 108 条
(1) 如何なる侵害訴訟においても、裁判所が許与することができる救済措置は、
差止命令(裁
判所が適切と認める条件(ある場合)に従う。)及び原告の任意選択で損害賠償か又は不当利
得返還かの何れかを含む。
特許法第 48 条
本法の他の規定及び第 47 条に規定された条件に従うことを条件として、本法に基づいて
付与された特許は、特許権者に、次に掲げる権利を与える。
(a) 特許の主題が製品である場合は、その者の承認を有していない第三者がインドにおい
て当該製品を製造し、使用し、販売の申出をし、販売し又はこれらの目的で輸入する行為
を防止する排他権(以下、略)
1962 年関税法 11 条:物品の輸入若しくは輸出を禁ずる権限
(1)(2)項に定める目的のいずれかを実施するために必要であると認める場合、中央政府は、
官報に公告したうえで、明記された品目に係る物品の輸入若しくは輸出を、完全に若しく
は官報に記載された(通関前若しくは後に充足する)条件に則って、禁ずることができる。
(2)(1)項に規定された目的は以下のとおりとする:
(n)特許、商標、及び著作権の保護
- 9 -
4.インドネシア法の概要 17
インドネシアでは、商標法 76 条、著作権法 67 条、特許法 125 条等において、裁判所に
対して民事上の司法手続において侵害品に対する差止命令を発する権限が認められている。
差止命令の対象に輸出品が含まれるか否かについては、まず商標については、商標法 76
条が商標権者に対して損害賠償請求及び侵害行為の停止を訴えることができるとのみ定め
ており、差止の対象となる行為については「輸入」とも「輸出」とも規定されていない。
また著作権についても、著作権 67 条は司法当局に「輸入」を禁止する権限を認めてい
るものの、
「輸出」の扱いについては、明示的な規定は置かれていない。また特許について
は、①特許法第 16 条が特許権者の排他的権利について、製造、使用、販売、賃貸、配送、
供給に加えて、
「輸入」も含めているものの、特許法には恒久的な差止決定に関する規定が
ない 18(但し、特許法第 125 条は商務裁判所の「仮」決定の対象を特許侵害品が「輸入を
含む商業流通経路に乗ることを防ぐため」と「輸入」に限定した仮差止決定について定め
ている。
商標法 第 76 条
(1) 登録標章の所有者は、当該標章とその要部又は全体において類似した標章を商品及び
/又はサービスに不法に使用する者に対して、次の事項を訴えることができる。
(a) 損害賠償請求、及び/又は
(b) 当該標章の使用にかかるすべての行為の停止
(2) (1)にいう訴訟は、商務裁判所に対して提起される。
著作権法 第 67 条
損失を被ったものの請求により、商務裁判所の裁判官は、次の事項のために迅速かつ効果
的である決定書を発行できる。
(a) 著作権及び著作権に隣接する権利の侵害行為の継続を防止し、特に輸入を含む商業網
に著作権及び著作権に隣接する権利を侵害する疑いのある物品の侵入を防ぐため。
(b) 証拠品紛失防止の目的で、著作権と著作権に隣接する権利の侵害に関連する証拠を保
全するため。
(c) 被害を被ったものに対して、そのものが著作権と著作権に隣接する権利の保有者であ
り、その申請者の権利が実際に侵害されていることを証明する証拠を提出するよう求める
ため。
特許法 第 16 条
(1) 特許権者は、自己の所有する特許を実施し、かつ、その許諾なしに次に掲げる行為を
することを他の者に禁止する排他的権利を有する。
(a) 製品特許の場合:特許を付与された製品を製造し、使用し、販売し、輸入し、賃貸し、
配送し、又は販売、賃貸又は配送のために供給すること
(b) 方法特許の場合:製品を製造するために特許を付与された製造方法を使用すること、
及び(a)にいうその他の行為をすること
(2) 方法特許の場合には、他の者が特許権者の許諾なしに(1)にいう輸入を行うことに対す
る禁止は、当該特許方法の使用により製造される製品の輸入についてのみ適用される。
(3) 当該特許の使用が教育、研究、試験、又は分析を目的とし、特許権者が当然受ける利
益を損なわない場合、(1)及び(2)の規定の適用から除外される。
17
以下、本報告におけるインドネシア法に関する記述は、JETRO「模倣品対策マニュアル インドネシア編」
(特許庁委託事業)2008 年 3 月、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング「ASEAN 諸国における知的財産侵害
物品の水際取締り等の実態調査」
(財務省委託事業)2008 年等を参照した。
18
但し、特許法第 125 条は商務裁判所の「仮」決定の対象については、特許侵害品が「輸入を含む商業流通経
路に乗ることを防ぐため」と「輸入」に限定した仮差止決定について定めている。
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5.タイ法の概要 19
タイでは、商標法 116 条、著作権法 65 条、特許法 77 条 2 等において、裁判所に対して
民事上の司法手続において侵害品に対する差止命令を発する権限が認められている。差止
命令の対象に輸出品が含まれるか否かについては、まず商標については、商標法 44 条は、
商標権者は商標を使用する排他権を有すると規定する。しかしながら、
「使用」に「輸出」
が含まれるかは明らかではない。また著作権についても、著作権法 15 条には著作権者の排
他権について「
(作品を)複製及び編集」する権利と記載するのみであり、
「輸出」が含ま
れるか否かについて明示的な規定は置かれていない。さらに特許についても、特許法 36
条は特許の排他権に「輸入」を禁じる権利を含める一方、
「輸出」については明示的な規定
が置かれていない。
商標法 44 条
第 27 条及び第 68 条に従うことを条件として、商標の所有者として登録される者は、登録
が付与された商品に関してその商標を使用する排他権を有するものとする。
商標法第 116 条
第 108 条、第 109 条又は第 110 条に規定した行為をある者が行っているか又は行おうとし
ている明白な証拠がある場合、その商標、サービスマーク、証明標章又は団体標章の所有
者は、裁判所にその行為の中止又は留保を請求することができる。
著作権法 15 条
9 条、10 条、14 条に基づく著作権者は、以下の排他的権利を有する:
(1) 複製若しくは編集すること;
(2) 公開すること(以下、省略)
著作権法第 65 条
著作権または実演者の権利の侵害となる行為がある、あるいはそうした行為がありそうな
はっきりとした証拠がある場合、著作権または実演者の権利の所有者は、裁判所に対し当
該人物による当該行為の中止または抑止を命じるよう申し立てることができる。
第一段に基づく裁判所の命令は、著作権または実演者の権利の所有者の第六四条に基づく
損害賠償請求権を損なうものではない。
特許法第 36 条
特許権者以外の何人も次の権利を有さない。
(1) 特許の主題が製品である場合において、特許製品を製造し、使用し、販売し、販売の
ため所持し、販売のため供給し、かつ輸入する権利(以下、略)
特許法第 77 条の 2
何人かが第 36 条、第 63 条、又は第 36 条を準用する第 65 条の 10 に基づく特許又は小特許
の所有者の権利を侵害する行為を行っているか又は行おうとしている明らかな証拠がある
場合、特許又は小特許の所有者は、かかる者に侵害行為の中止又は停止を命じるよう裁判
所に請求することができる。かかる裁判所の命令により、特許又は小特許の所有者は、第
77 条の 3 に基づく損害賠償の請求を妨げられるものではない。
19
以下、本報告におけるタイ法に関する記述は、JETRO「模倣品対策マニュアル タイ編」
(特許庁委託事業)
2008 年 3 月、プラユーン・シャオワッタナー「タイにおける知的財産に係る取組」
『特許研究』47 号、2009
年 3 月、JETRO「タイ税関の役割」2004 年等を参照した。
- 11 -
Ⅲ.ACTA9 条(損害賠償額)
1.ACTA9 条と TRIPS 協定 45 条
TRIPS協定 45 条は権利侵害に対する損害賠償について「知的所有権の侵害によって権利
者が被った損害を補償するために適当な賠償を当該権利者に支払うよう命じる権限を有す
る」と定める一方、
「適当な賠償」額の算定方法については沈黙を守っている。他方、ACTA9
条 1 項は「適正な価値の基準」を算定するにあたり、
「逸失利益、市場価格によって評価さ
れる侵害物品若しくは侵害サービスの価値又は希望小売価格」などを考慮する権限を、司
法当局に与えることを義務づけている。さらに同条 2 項では著作権侵害及び商標の不正使
用に関して、「侵害者に対し侵害に帰すべき当該侵害者の利益を権利者に支払うよう命ず
る」権限を司法当局に与えると規定すると同時に、侵害者が得た利益を損害額と推定して
もよいと規定している 20。
ACTA9 条
Each Party shall provide that, in civil judicial proceedings concerning the enforcement of intellectual
property rights, its judicial authorities have the authority to order the infringer who, knowingly or
with reasonable grounds to know, engaged in infringing activity to pay the right holder damages
adequate to compensate for the injury the right holder has suffered as a result of the infringement. In
determining the amount of damages for infringement of intellectual property rights, a Party’s
judicial authorities shall have the authority to consider, inter alia, any legitimate measure of value
the right holder submits, which may include lost profits, the value of the infringed goods or services
measured by the market price, or the suggested retail price.
2. At least in cases of copyright or related rights infringement and trademark counterfeiting, each
Party shall provide that, in civil judicial proceedings, its judicial authorities have the authority to
order the infringer to pay the right holder the infringermark count that are attributable to the
infringement. A Party may presume those profits to be the amount of damages referred to in
paragraph 1.
TRIPS 協定 45 条
The judicial authorities shall have the authority to order the infringer to pay the right holder damages
adequate to compensate for the injury the right holder has suffered because of an infringement of
that person's intellectual property right by an infringer who knowingly, or with reasonable grounds
to know, engaged in infringing activity.
20
前掲注 15 米谷参照。
- 12 -
2.中国法の概要
損害賠償額については、中央政府レベル及び地方政府レベルともに ACTA の保護水準を
概ね満たす規定が置かれている。まず中央政府レベルでは知的財産権の種類毎に異なる基
準が示されている。まず商標については、商標法 56 条において「賠償金額は、侵害者が侵
害期間中に侵害により得た利益又は被侵害者が侵害された期間中に侵害により受けた損失
とする。被侵害者が侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含む」と規定さ
れている。
次に著作権に関しては、著作権法 48 条に「権利侵害者は権利者の実際の損害を賠償し
なければならない。実際の損害を計算できないときには、権利侵害者の違法所得に基づき
賠償させることができる。賠償額には更に、権利者が権利侵害行為を阻止するために支払
った合理的な支出を含めるものとする」と規定している。
特許に関しては特許法 65 条において、
「賠償額は、権利者が権利侵害に起因して受けた
実際の損失によって確定し、実際の損失の確定が難しい場合は、権利侵害者が権利侵害に
起因して得た利益によって確定することができる。権利者の損失又は権利侵害者の得た利
益の確定が難しい場合は、当該特許の使用許諾料の倍数を参照して合理的に確定する。賠
償額には更に、権利者が権利侵害行為を阻止するために支払った合理的な支出を含めなけ
ればならない」と定めたうえで、
「権利者の損失、権利侵害者の得た利益及び特許の使用許
諾料の確定がいずれも難しい場合は、人民法院は特許権の類型、権利侵害行為の性質及び
情状等の要素に基づき、1 万元以上 100 万元以下の賠償を確定することができる」旨の規
定が置かれている。
商標法 56 条(損害賠償)
商標専用権を侵害した場合の賠償金額は、侵害者が侵害期間中に侵害により得た利益又
は被侵害者が侵害された期間中に侵害により受けた損失とする。被侵害者が侵害行為を差
し止めるために支払った合理的な支出を含む。
前項にいう
「侵害者が侵害により得た利益」
、
又は「被侵害者が侵害により受けた損失」を定めることが難しい場合は、人民法院が権利
侵害行為の情状に応じて 50 万元以下の賠償を判決により命じる。登録商標専用権の侵害
商品であることを知らずに販売した場合、当該商品を合法的に取得したことが証明でき、
かつ提供者を証明することができた場合は、賠償責任を負わないものとする。
著作権法 48 条(損害の賠償)
著作権又は著作権に隣接する権利を侵害したときには、権利侵害者は権利者の実際の損
害を賠償しなければならない。実際の損害を計算できないときは、権利侵害者の違法所得
に基づき賠償させることができる。賠償額には更に、権利者が権利侵害行為を阻止するた
めに支払った合理的な支出を含めるものとする。
特許法 65 条
特許権侵害の賠償金額は、
権利者が権利侵害によって被った実際の損失に応じて確定する。
実際の損失を確定することが困難である場合、権利侵害者が権利侵害によって取得した利
益によって確定することができる。権利者の損失又は権利侵害者が取得した利益を確定す
ることが困難である場合、当該特許の使用許諾料の倍数に応じて確定する。賠償金額には、
権利者が権利侵害行為を制止するために支払った合理的な支出も含むものとする。
権利者の損失、権利侵害者の取得した利益、特許使用許諾料を確定することがいずれも困
難である場合、人民法院は特許権の種類、権利侵害行為の性質及び情状等の要素に基づき、
1 万元以上 100 万元以下の賠償を認定することができる。
- 13 -
3.インド法の概要
インドは、商標法 135 条、著作権法 55 条、特許法 111 条等において、民事上の司法手続
として損害賠償認めているものの、TRIPS 協定 45 条と同様に、損害賠償額の算定方法に関
する明示的な規定は置かれていない。
商標法第 135 条
(1) 第 134 条に掲げた侵害又は詐称通用に対する訴訟において、裁判所が与える救済は、
差止命令(裁判所が適当と認める条件があればそれに従う。)、並びに破棄又は抹消のため
侵害する貼札及び標章の引渡を求める命令を付すか否かを問わず、原告の選択による損害
賠償又は不当利得の返還の何れかを含む。
(2) (1)による差止命令には、次の各号の何れかについての一方的差止命令又は中間命令を
含むことができる。
(a) 書類の開示
(b) 侵害商品、書類、又は訴訟対象に関係するその他の証拠の保全
(c) 最終的に原告に対して裁定される損害、費用、又はその他の金銭的救済を回収する原
告の能力に悪影響を及ぼす方法で被告が財産を処分し又は取り扱うことの制限
(3) (1)に拘らず、裁判所は、次に掲げる場合は、損害賠償(名目的損害賠償を除く。)又は不
当利得の返還による救済を与えることができない。
(a) 商標侵害訴訟において、訴えられた侵害が証明商標又は団体標章に関連する場合、又
は
(b) 侵害訴訟において、被告が次に掲げることを裁判所に納得させた場合
(i) 被告が訴訟対象の商標の使用を開始したとき、被告は、原告のその商標が登録を受けて
いるものであること、又は原告が許諾された方法により登録商標を使用する登録使用者で
あることを知らず、かつ、そのことを信じる適切な理由を有していなかったこと、及び
(ii) 被告が当該商標に関する原告の権利の存在及び内容を知ったとき即座に、指定商品又
はサービスについてその商標を使用することを止めたこと、又は
(c) 詐称通用訴訟において、被告が次に掲げることを裁判所に納得させた場合
(i) 被告が訴訟対象の商標の使用を開始したとき、被告は、原告のその商標が現に使用され
ているものであることを知らず、かつ、そのことを信じる適切な理由を有していなかった
こと、及び
(ii) 被告が原告の商標の存在及び内容を知ったとき即座に、訴訟対象の商標の使用を止め
たこと"
著作権法第 55 条
(1) 著作物に対する著作権が侵害された場合には、著作権者は、本法に別段の定めある
場合を除き、差止命令、損害賠償、利益分配その他権利の侵害につき法が認めるまたは認
めうる全ての救済を受けることができるものとする。
ただし、当該著作物に対して著作権が存続することを侵害の日に被告が知らずまた信じ
る合理的な理由もなかったことを被告が証明する場合には、原告は、裁判所がその状況に
おいて合理的とみなす当該侵害に関する差止命令および侵害コピーの販売により被告が得
た利益の全部または一部の命令を除く救済を受けることはできないものとする。"
特許法第 108 条
(1) 如何なる侵害訴訟においても、裁判所が許与することができる救済措置は、
差止命令(裁
判所が適切と認める条件(ある場合)に従う。)及び原告の任意選択で損害賠償か又は不当利
得返還かの何れかを含む。"
4.インドネシア法の概要
インドネシアは、商標法 76 条、著作権法 56 条、特許法 118 条等において、民事上の司
法手続として損害賠償認めているものの、インド同様に、損害賠償額の算定方法に関する
明示的な規定は置かれていない。
- 14 -
商標法 第 76 条
(1) 登録標章の所有者は、当該標章とその要部又は全体において類似した標章を商品及び
/又はサービスに不法に使用する者に対して、次の事項を訴えることができる。
(a) 損害賠償請求、及び/又は
(b) 当該標章の使用にかかるすべての行為の停止
(2) (1)にいう訴訟は、商務裁判所に対して提起される。
著作権法第 56 条
著作権者は自らの著作権侵害に対する損害賠償訴訟を商業裁判所に対して申し立て、作品
の出版物若しくは複製物の差し押さえを求める権利を有する。
特許法 第 118 条
(1) 特許権者又は実施権者は、故意にかつ権限なくして第 16 条にいう行為をなした何人に
対しても、損害賠償の訴訟を商務裁判所に提起する権利を有する。
(2) (1)にいう行為に対する損害賠償の訴訟は、その製品又は方法が特許を付与された発明
を利用することによってできたことが証明されたときにのみ承認される。
(3) 当該訴訟に関する商務裁判所の判決内容は、判決の日から遅くとも 14 日以内に総局に
送達され、その後記録され、かつ、公告される。
5.タイ法の概要
タイは、商標法は 46 条において「何人も、登録されていない商標の侵害に対して使用の
差止又は損害賠償の訴訟を裁判所に提起することはできない」と定めるのみであり、反対
解釈から登録商標については損害賠償訴訟の提起が認められるとは解されるものの、損害
額の算定方法については特段の定めはない。
また、著作権については、著作権法 64 条において、損害賠償額は「裁判所が適当と判断し
た額」とされているのみであり、インドやインドネシア同様、ACTA に対応する算定方法
について明示的な規定は置かれていない。他方、特許法 77 条 3 項において特許侵害による
損害額を「裁判所が逸失利益及び特許又は小特許の所有者の権利行使に必要な費用等の損
害の度合いを斟酌して妥当と判断する金額」とする旨を規定しているが、損害賠償額の算
定において逸失利益を斟酌するだけであり、侵害者の利益を損害の額と推定する等の
ACTA に対応する損害額の算定方法を示しているわけではない。
商標法 46 条
何人も、登録されていない商標の侵害に対して使用の差止又は損害賠償の訴訟を裁判所に
提起することはできない。 本条の規定は、登録されていない商標の所有者が、商標所有者
の商品として商品を詐称した者に対して訴訟を提起する権利に影響するものではない。
著作権法第 64 条
著作権または実演者の権利の侵害があった場合、裁判所は侵害者に対し、裁判所が適当と
判断した額に従って著作権または実演者の権利の所有者に損害賠償を支払うよう命じる権
限を有する。ここにおいて損害の重度、著作権または実演者の権利の所有者の権利に基づ
く利益逸失及び必要経費を考慮する。
特許法第 77 条 3
第 36 条、第 63 条、又は第 36 条を準用する第 65 条の 10 に基づく特許又は小特許の所有者
の権利を侵害する行為があった場合、裁判所は、侵害人に対し、裁判所が逸失利益及び特
許又は小特許の所有者の権利行使に必要な費用等の損害の度合いを斟酌して妥当と判断す
る金額を損害賠償として特許又は小特許の所有者に支払うよう命じる権限を有する。"
- 15 -
Ⅳ.ACTA16 条(国境措置)
1.ACTA16 条と TRIPS 協定 51 条
ACTA16 条は、知的財産権侵害物品の輸出入に対する税関の取締義務について規定して
いる。具体的には、輸入及び輸出貨物について各締約国に対して税関が職権により疑義物
品解放の停止をする手続を設けること(第 16 条 1(a))、また適当な場合に権利者が権限のあ
る当局に疑義物品の解放の停止を申し立てる手続を設けること(第 16 条 1(b))をそれぞれ義
務づけている。なお、通過貨物について同様の手続を設けるかどうかは各国の任意とされ
一方、
同じく税関の取締義務について定めるTRIPS協定 51 条は、
ている(第 16 条 2(a)(b))21。
権利者の申立てに応じた取締手続を設けることを義務づけているものの、対象は「輸入」
に限定され、輸出貨物の取締は任意とされている 22。職権による取り締まりについては、
TRIPS協定 58 条に言及があるものの、そのような取り締まり権限の付与を義務づけるもの
ではない。
ACTA16 条
1. Each Party shall adopt or maintain procedures with respect to import and export shipments under
which:
(a) its customs authorities may act upon their own initiative to suspend the release of suspect goods;
and
(b) where appropriate、a right holder may request its competent authorities to suspend the release of
suspect goods.
TRIPS 協定 51 条
Members shall, in conformity with the provisions set out below, adopt procedures to enable a right
holder, who has valid grounds for suspecting that the importation of counterfeit trademark or pirated
copyright goods may take place, to lodge an application in writing with competent authorities,
administrative or judicial, for the suspension by the customs authorities of the release into free
circulation of such goods. Members may enable such an application to be made in respect of goods
which involve other infringements of intellectual property rights, provided that the requirements of
this Section are met. Members may also provide for corresponding procedures concerning the
suspension by the customs authorities of the release of infringing goods destined for exportation
from their territories.
TRIPS 協定 58 条
Where Members require competent authorities to act upon their own initiative and to suspend the
release of goods in respect of which they have acquired prima facie evidence that an intellectual
property right is being infringed:
(a) the competent authorities may at any time seek from the right holder any information that may
assist them to exercise these powers;
(b) the importer and the right holder shall be promptly notified of the suspension. Where the
importer has lodged an appeal against the suspension with the competent authorities, the suspension
shall be subject to the conditions, mutatis mutandis, set out at Article 55;
(c) Members shall only exempt both public authorities and officials from liability to appropriate
remedial measures where actions are taken or intended in good faith.
(参考)ACTA13 条
In providing, as appropriate, and consistent with its domestic system of intellectual property rights
21
22
前掲注 15 米谷参照
尾島 明『逐条解説 TRIPS 協定』日本輸出組合, 1999 年, 234 頁以下参照。
- 16 -
protection and without prejudice to the requirements of the TRIPS Agreement, for effective border
enforcement of intellectual property rights, a Party should do so in a manner that does not
discriminate unjustifiably between intellectual property rights and that avoids the creation of barriers
to legitimate trade.
Note: The Parties agree that patents and protection of undisclosed information do not fall within the
scope of this Section.
2.中国法の概要
知的財産権税関保護条例 3 条は「知的財産権を侵害する貨物の輸出入を禁止する」と規
定し、輸入のみではなく輸出に関しても知的財産権侵害貨物を取り締まり対象とすること
を明記している。さらに同条例は 16 条において、
「税関が職権により疑義物品解放の停止
をする手続」についても、輸入及び輸出双方を対象に取締手続を規定している。
知的財産権税関保護条例 3 条(国及び税関の責務)
国は、知的財産権を侵害する貨物の輸出入を禁止する。税関は、関連法律及び本条例の規
定に基づき、知的財産権保護を実施し、
「中華人民共和国税関法」に定める関連権限を行使
する。
知的財産権税関保護条例 16 条(税関が知的財産権侵害の疑いに気付いた場合の手続)
税関が輸出入貨物に登録された知的財産権を侵害する疑いがあることに気付いた場合、直
ちに書面で知的財産権者に通知しなければならない。知的財産権者が通知送達日から 3 執
務日以内に本条例第 13 条の規定に従い申請を提出し、かつ本条例第 14 条の規定に従い担
保を提供したときは、税関は、権利侵害の疑いのある貨物を差し押さえ、書面で知的財産
権者に通知し、かつ税関差押証明書を荷受人又は荷送人に送達しなければならない。知的
財産権者が期間内に申請を提出しない、又は担保を提供しないときは、税関は貨物を差し
押さえてはならない。
3.インド法の概要
1962 年関税法第 11 条は、税関当局に知的財産権侵害品の輸出入を禁止する職権を付与
している。中央政府は 1962 年関税法第 11 条(2)項(n)号に基づき、商標、特許および著作
権を侵害する商品の輸出入を制限/禁止することができる 23。他方、ACTA16 条が義務づ
けるもう一方の権利者の申立権の付与については、輸入については商標法 140 条、著作権
法 53 条において権利者の申立権が認められている。特許については、特許法 48 条に特許
の排他権に侵害品の「輸入」を禁じることが認められているものの、商標法や著作権法の
ように申立権について触れた記述はない。他方、輸出に対する申立措置については、商標
法、著作権法、特許法ともに対応する規定は存在しない。
23
なお侵害品の輸入に関しては、1962 年関税法に基づき 2007 年知的財産権(輸入品)施行規則が施行されて
いる。同規則が輸入を禁止する商品は以下のとおりである。
① 虚偽商標または虚偽の取引表示を付した商品
② インド国外で製造または生産された販売目的の商品で意匠法により権利を有する意匠を付したもの
③ インド国外で製造または生産された販売目的の製品で特許法により特許が有効であるもの
④ インド国外で考案または創出された方法によって直接得られた販売目的の製品で特許法によりその方法
の特許が有効であるもの
⑤ 虚偽の地理的表示を付した商品
⑥ 著作権法第 53 条に定める著作権登録官による命令発行により輸入を禁止される商品
- 17 -
商標法 140 条
(1) 登録商標の所有者又はその使用権者は、商品の輸入が第 29 条(6)(c)により侵害を構成す
るときは、その商品の輸入を禁止すべき旨を関税徴収官に対して書面により通知すること
ができる。
(2) 商標保護のため 1962 年関税法第 11 条(2)(n)による中央政府の告示により輸入を禁止さ
れており、輸入されれば、同法により没収されるべき商品がインドに輸入された場合にお
いて、税関長は、申立に基づき、申立対象商標が虚偽商標として使用されているものと認
めるに足りる理由を有するときは、その商品の輸入者又はその者の代理人に対して、その
商品に関してその者が所持する書類を提出すべき旨を命じ、かつ、その商品のインド向け
の出荷人及びインドにおける受取人の名称及び住所に関する情報を提出すべき旨を命じる
ことができる。
(3) 輸入者又はその者の代理人は、14 日以内に、前項の命令に従わなければならず、従わ
ないときは、その者は、500 ルピー以下の罰金に処する。
(4) 本条に基づく商品の輸入者又はその者の代理人から入手した情報については、税関長
は、虚偽商標として使用されたものと申し立てられた商標の登録所有者又は登録使用者に
通知することができる。
著作権法第 53 条
(1) 著作権局長は、著作物の著作権者またはその適法に授権された代理人の申請および所
定の費用の支払があれば、その適切とみなす審問を行った後に、当該著作物のインド国外
で作成されたコピーであって、インド国内で作成されたとすれば著作権を侵害することと
なるものを輸入してはならないと命じることができる。
(2) 本法に基づき制定される規則を条件として、著作権局長またはその代理人として授権
された者は、第(1)項にいうコピーが発見されうる船舶、埠頭または施設に立入ることがで
き、また、かかるコピーを審査することができる。
(3) 第(1)項に基づき行われる命令が適用される全てのコピーは、1962 年関税法(1962 年第
51 号)第 11 条に基づき輸入が禁止または制限される物品とみなし、同法の全ての規定は
これに効力を有するものとする。
ただし、同法の規定に基づき差押さえられた全ての当該コピーは、政府に帰属せず、当
該著作物の著作権者に引渡されるものとする。
第 48 条 特許権者の権利
本法の他の規定及び第 47 条に規定された条件に従うことを条件として、本法に基づいて
付与された特許は、特許権者に、次に掲げる権利を与える。
(a) 特許の主題が製品である場合は、その者の承認を有していない第三者がインドにおい
て当該製品を製造し、使用し、販売の申出をし、販売し又はこれらの目的で輸入する行為
を防止する排他権
(b) 特許の主題が方法である場合は、その者の承認を有していない第三者が同方法を使用
する行為、及びインドにおいて同方法により直接得られた製品を使用し、販売の申出をし、
販売し又はこれらの目的で輸入する行為を防止する排他権
1962 年関税法第 11 条 物品の輸入若しくは輸出を禁ずる権限
(1)(2)項に定める目的のいずれかを実施するために必要であると認める場合、中央政府は、
官報に公告したうえで、明記された品目に係る物品の輸入若しくは輸出を、完全に若しく
は官報に記載された(通関前若しくは後に充足する)条件に則って、禁ずることができる。
(2)(1)項に規定された目的は以下のとおりとする:
(n)特許、商標、及び著作権の保護
4.インドネシア法概要
インドネシア関税法(1995 年法律第 10 号)は、商標権と著作権を侵害する輸入及び輸
出物品の差し止めを税関に認めており、当局への職権差止権限の付与についてはACTA16
条の規定に沿った内容となっている 24。他方、ACTA16 条の定めるもう一方の義務につい
24
税関への申請手続きに関する施行規則が未だ制定されていないうえ、水際差止請求に必要な裁判所命令に関
する裁判所手続が不備である等、差止の運用手続に関する問題点も指摘されている。
- 18 -
ては、商標及び著作権については、関税法 54 条により、輸入及び輸出についても権利者に
よる申立が認められている 25。
関税法第 54 条
商標又は著作権の所有者からの申請に基づき、地方裁判所長は税関職員に対して、インド
ネシアにおいて保護される商標又は著作権を侵害した製品であると、十分な証拠の基づい
て疑われる輸入又は輸出貨物を税関において一時的に差し止めるように命令を発すること
ができる。
関税法第 62 条
輸入又は輸出貨物が商標又は著作権の侵害によって生産されたか、又はそれ自体が侵害す
るとき、税関職員は職権によって当該貨物の差し止めを行うことができる。
5.タイ法の概要
タイ税関法 27 条は「タイ国から脱税品、禁制品あるいは税関を通関しない貨物を輸出
入」することを禁じている。同法に基づいて、輸出入品に関する商務省告示 1987 年や関税
局一般指導第 27 号 1993 年 1 項等は、商標や著作権等の知的財産権を侵害する輸出入品を
税関が差し止めることを認めており、当局への職権差止権限の付与については ACTA16 条
の規定に沿った内容となっている。また、インドやインドネシアと異なり、ACTA16 条の
もう一方の義務である権利者の申請権の確保についても、
「1987 年タイ王国への輸出入品
に関する商務省告示」や「1993 年関税局一般指導第 27 号(他人の著作権を侵害している
貨物についての実施規則)第 1 項」等において、その権利が確保されている。
税関法第 27 条
何人も、タイ国から脱税品、禁制品あるいは税関を通関しない貨物を輸出入しようとした
場合、あるいは当該貨物を輸出入した場合、あるいはいずれかの方法で輸出入することを
幇助した場合、公的な権限なく船舶、波止場、倉庫、保管倉庫、秘密の隠し場所あるいは
店から、当該のいずれかの貨物を取り除いたり又は取り除きを幇助した場合、あるいは当
該のいずれかの貨物を停泊、保管、秘匿、秘匿を許可した場合、あるいは当該のいずれか
の貨物をいずれかの方法で運んだり、移動した場合、あるいは当該のいずれかの貨物を、
輸入、輸出、荷揚げ、倉庫保管、輸送に関する税関法やその他の関連するすべての法規に
関して回避する場合、あるいは当該のいずれかの貨物の禁止や制限を回避した場合、その
者は、当該貨物の支払うべき税金の 4 倍に相当する額の罰金を支払うか、もしくは 10 年を
超えない懲役、又はその両方を科せられる。
1987 年タイ王国への輸出入品に関する商務省告示
第 4 項 商標権者が第 5 項のもとに商標保護を申し立てたとき、偽造もしくは模倣商標を
つけた貨物の輸出又は輸入は禁じられる。
第 5 項 自己の商標の保護を申し立てる者は、以下の行為を行わなければならない。
5.1 商標登録官が定める条件、原則、方法に従って証拠を提出するとともに商業局の商標
登録官に申し立てを行う。
5.2 自己の商標が偽造あるいは模倣されているという妥当な根拠がある場合には、税関の
担当官が輸出あるいは輸入者に貨物の引渡しを許可する前に、各回ごとに商標の検査を申
請する。
25
但し、関税法に定められる商務裁判所の命令による差止を実行するためには、裁判所が仮処分命令を発出す
ることが必要となるが、その仮処分を発出するための規定がないため、裁判所は仮処分を発出できていない。
特許庁『平成 22 年度「国際知財制度研究会」報告書』2011 年 3 月、81 頁参照。
- 19 -
1993 年関税局一般指導第 27 号(他人の著作権を侵害している貨物についての実施規則) 第 1 項
著作権者あるいはそのライセンシーが、輸出あるいは輸入された貨物が自己の著作権を侵害し
ているか、あるいは著作権者から許可を得た作品を複製あるいは改造した貨物である、という
妥当な理由があり、税関の担当官に対してその貨物の差し止めと検査を申請した場合、局の長、
税関の長、あるいは権限を委任された者は、その輸出入貿易地において差し止めをするべきか
どうかについて決定をする権限を有する。もし差し止めをするべきであると判断した場合、申
請人、輸出業者あるいは輸入者に対し直ちにその旨を通知し、申請人は申請書を提出した時点
から 24 時間以内にその貨物の検査に立ち会わなければならない。
Ⅴ.ACTA22 条(情報の開示)
1.概要
ACTA第 22 条は、権限のある当局から権利者に対する情報開示について規定する。具体
的には、同条(a) は物品検査を補助するための情報開示、同(b)は知的財産権侵害を判断す
るための情報開示、同(c)は差押え又は侵害判断から 30 日以内の情報開示の権限について
それぞれ規定している。当局が権利者に開示できる情報は、(a)では物品の品名や数量、(b)
及び(c)においてはこれらに加えて荷送人、輸入者、輸出者又は荷受人並びに原産国及び物
品製造者の住所・氏名といった情報とされる。なお(a) 及び(b) は任意規定であるが、締約
国が(b)の情報開示権限を当局に与えていない場合には、(c)は強制規定となっている。なお、
同じく権利者に対する情報開示について定めるTRIPS57 条は「当該物品の荷送人、輸入者
及び荷受人の名称及び住所並びに当該物品の数量」について権利者に通報することを認め
ているものの、あくまでも任意規定となっている 26。
ACTA22 条
Without prejudice to a Party’s laws pertaining to the privacy or confidentiality of information:
(a) a Party may authorize its competent authorities to provide a right holder with information about
specific shipments of goods, including the description and quantity of the goods, to assist in the
detection of infringing goods;
(b) a Party may authorize its competent authorities to provide a right holder with information about
goods, including, but not limited to, the description and quantity of the goods, the name and address
of the consignor, importer, exporter, or consignee, and, if known, the country of origin of the goods,
and the name and address of the manufacturer of the goods, to assist in the determination referred to
in Article 19 (Determination as to Infringement);
(c) unless a Party has provided its competent authorities with the authority described in
subparagraph (b), at least in cases of imported goods, where its competent authorities have seized
suspect goods or, in the alternative, made a determination referred to in Article 19 (Determination as
to Infringement) that the goods are infringing, the Party shall authorize its competent authorities to
provide a right holder, within thirty days of the seizure or determination, with information about
such goods, including, but not limited to, the description and quantity of the goods, the name, and
address of the consignor, importer, exporter, or consignee, and, if known, the country of origin of the
goods, and the name and address of the manufacturer of the goods.
TRIPS 協定 57 条
Without prejudice to the protection of confidential information, Members shall provide the competent
authorities the authority to give the right holder sufficient opportunity to have any goods detained by the
customs authorities inspected in order to substantiate the right holder's claims. The competent authorities
26
前掲注 15 米谷参照。
- 20 -
shall also have authority to give the importer an equivalent opportunity to have any such goods inspected.
Where a positive determination has been made on the merits of a case, Members may provide the
competent authorities the authority to inform the right holder of the names and addresses of the
consignor, the importer and the consignee and of the quantity of the goods in question.
2.中国法の概要
中国知的財産権税関保護条例に関する実施弁法 17 条は
「税関は権利侵害疑義貨物を差し
押さえた場合、貨物の名称、数量、価値、荷受発送人の名称、輸出入申告日、税関の差し
押さえ日などを書面にて知的財産権権利者に通知しなければならない」
と規定したうえで、
「知的財産権の権利者及び荷受人又は荷送人は、海関の同意を経た後であれば関連貨物を
調べることができる」と規定している。このように中国法のもとでは、ACTA で義務づけ
られている荷送人、輸入者、輸出者等の「名称」については情報開示の対象となっている
一方、
「住所」が含まれるか明らかとなっていない点がその特色としてあげられる。
「中国知的財産権税関保護条例」に関する実施弁法第 17 条
税関は権利侵害疑義貨物を差し押さえた場合、貨物の名称、数量、価値、荷受発送人の名称、
輸出入申告日、税関の差し押さえ日などを書面にて知的財産権権利者に通知しなければならない。
知的財産権権利者は税関の同意を得て、税関により差し押さえられた貨物を調べることができる。
3.インド法の概要
ACTA22 条の「情報の開示」に該当する規定は見当たらなかった。
4.インドネシア法の概要
ACTA22 条の「情報の開示」に該当する規定は見当たらなかった。
5.タイ法の概要
タイでは、1993 年タイ王国への輸出入品に関する商務省告示(第 95 集)第 7 項により、
貨物の差し止め申請人に対して「輸出入者の氏名及び住所、荷受人名、及び貨物の数量を
知る権利」を認めたうえで、関税局告示第 28 号 1993 年(他人の著作権を侵害している貨
物についての実施規則)第 3 項により、
「申請人が、輸入者や輸出業者の住所、氏名、貨物
の数を知らせるよう求めた場合、税関の担当官は、その情報を与えなければならない」と
規定している。この情報開示が、知的財産権侵害を判断するための情報に対応するのか、
差押え又は侵害判断から 30 日以内に開示される情報に対応するのかは明らかではないが、
ACTA22 条(b)及び(c)と対比すると「、
「物品の品名」については、タイの国内規定では開
示の対象となっていない。
1993 年タイ王国への輸出入品に関する商務省告示(第 95 集)第 7 項
第 4 項に基づく貨物の差し止め及び検査申請人は、輸出入者の氏名及び住所、荷受人名、
及び貨物の数量を知る権利を有する
1993 年関税局告示第 28 号(他人の著作権を侵害している貨物についての実施規則) 第 3 項
もし申請人が、輸入者や輸出業者の住所、氏名、貨物の数を知らせるよう求めた場合、税
関の担当官は、その情報を与えなければならない。
- 21 -
Ⅵ.ACTA23 条 2(不正ラベル取引)
1.概要
ACTA第 23 条 2 (a) 及び(b) は、不正ラベル取引について規定し、各締約国に対して、商
業的規模の不正ラベル又は包装の故意による輸入及び国内使用に対する刑事手続と刑罰規
定を設けることを義務づけている。ここで規制対象となるラベル等の取引は、自国の領域
において登録されている権利者の登録商標と同一又は識別不能である標章が許諾なしに当
該ラベル等に付され、かつ、当該商標が登録されている商品又はサービスと同一の商品取
引やサービスに関連して当該ラベル等を使用する意図を有しているものとされている。な
おTRIPSには対応する規定は存在しない 27。
ACTA23 条 2(a)及び(b)
Each Party shall provide for criminal procedures and penalties to be applied in cases of wilful
importation (Note 1) and domestic use, in the course of trade and on a commercial scale, of labels or
packaging: (Note 2)
(a) to which a mark has been applied without authorization which is identical to, or cannot be
distinguished from, a trademark registered in its territory; and
(b) which are intended to be used in the course of trade on goods or in relation to services which are
identical to goods or services for which such trademark is registered.
Note 1: A Party may comply with its obligation relating to importation of labels or packaging
through its measures concerning distribution.
Note 2: A Party may comply with its obligations under this paragraph by providing for criminal
procedures and penalties to be applied to attempts to commit a trademark offence.
2.中国法の概要
中央政府レベルでは、ACTA のように「ラベル」若しくは「包装」に特定した規定はみ
られないものの、刑法 215 条において登録商標標識の不法製造、不法製造登録商標標識販
売を禁止している。
商標法 52 条(登録商標専用権の侵害行為)
次の各号に掲げる行為のいずれかに該当する場合は、いずれも登録商標専用権の侵害に該
当する。
(略)
(3)他人の登録商標の標章を偽造しもしくは無断で製造し、又は偽造しもしくは無断で製
造した他人の登録商標の標章を販売した場合(略)
刑法 215 条(登録商標標識の不法製造、不法製造登録商標標識販売罪)
他人の登録商標標識を偽造し、もしくは無断で製造し、又は偽造され、もしくは無断で製
造された登録商標標識を販売し、情状が重い者は、3 年以下の有期懲役、拘留もしくは保
護観察に処し、罰金を併科し、又は罰金を単科する。情状が特に重い場合には、3 年以上
年以下の有期懲役を処し、罰金を併科する。
3.インド法の概要
インドにおいては「包装」自体の流通を禁じる規定は存在しない。すなわち、商標法 103
27
前掲注 15 米谷参照。
- 22 -
条(b)により「商品又はサービスに商標を不正使用した者」は刑事罰の対象となるところ、
同 102 条は「商品若しくはサービス又は商品の包装に他人の商標又はこれと酷似する標章
を使用する者」及び「商標の所有者の真正な商品以外の商品を包み、詰め込み、又は覆う
目的で、所有者の商標と同一又は酷似する標章を付した包装を使用する者」を「商標を不
正使用する者」とみなす旨が規定されているものの、あくまでも禁止の対象は商品の包装
に商標を付す等の行為であり、
「包装」自体の流通は禁じられていない。
インド商標法 102 条:商標の偽造及び不正使用
(1) 次に掲げる何れかの者は、商標を偽造する者とみなす。
(a) 商標の所有者の同意を得ずにその商標又はこれと類似の標章を作成する者、又は(b) 変
更、追加、消去、又はその他の方法により真正の商標を偽造する者
(2) 次に掲げる者であって、商標の所有者の同意を得ていない者は、商品又はサービスに
商標を不正使用する者とみなす。
(a) 商品若しくはサービス又は商品の包装に他人の商標又はこれと酷似する標章を使用す
る者
(b) 商標の所有者の真正な商品以外の商品を包み、詰め込み、又は覆う目的で、所有者の
商標と同一又は酷似する標章を付した包装を使用する者
第 103 条 虚偽商標、取引表示等の使用の罰則
次に掲げる者については、詐欺の意思を有さなかったことを立証しない限り、6 月以上、3
年以下の禁固に処し、かつ、50,000 ルピー以上、200,000 ルピー以下の罰金を併科する。
(a) 商標を偽造した者、又は
(b) 商品又はサービスに商標を不正使用した者
4.インドネシア法の概要
ACTA23 条 2 の「不正ラベル取引」に対して刑事罰を課すことを求める規定は見当たら
なかった。
5.タイ法の概要
タイにおいては、ACTA23 条 2 が求める「不正ラベル取引」に対する刑事罰に関する規
定は見当たらなかった。
Ⅶ.ACTA27 条 5 項・6 項(コピー・コントロール/アクセス・コントロール)
1.概要
ACTA 第 27 条 5 及び 6 は、効果的な技術的手段の回避(circumvention of effective
technological measures) の規制に関する規定となっている。第 27 条 5 は、著作物、実演及
びレコードの侵害行為を抑制するための効果的な技術的手段の回避を防ぐための適当な法
的保護及び法的救済を与えなければならないことを定める。なお、ACTA は、脚注におい
て「効果的な技術的手段」の内容について「通常の活動において、著作者、実演家又はレ
コード製作者によって許諾されていない行為であって締約国の国内法令に定めるものが、
その著作物、実演又はレコードについて実行されることを防止し、又は抑制するために設
- 23 -
計される技術、装置又は構成品をいう」と規定している。
さらに第 27 条 6 は、適当な法的保護及び効果的な法的救済の具体的内容について規定
するところ、特に第 27 条 6(a) は、自国法令の範囲内で、(i) 故意かつ許諾なしに効果的な
技術的手段の回避、及び(ii)効果的な技術的手段の回避に用いるコンピュータ・プログラム
を含む機器の公衆への提供を規制することを、加盟国に義務づけている。
なお、これらに対応する規定はTRIPS協定には存在しない。一方、効果的な技術的手段
の回避に関しては、「著作権に関する世界知的所有権機関条約(WIPO)Copyright Treaty、
WCT)」の第 11 条及び'「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WIPO
Performances and Phonograms Treaty、WPPT)
」の第 18 条に規定がある。28。
ACTA27 条 5 項・6 項
5. Each Party shall provide adequate legal protection and effective legal remedies against the
circumvention of effective technological measures (Note) that are used by authors, performers or
producers of phonograms in connection with the exercise of their rights in, and that restrict acts in
respect of, their works, performances, and phonograms, which are not authorized by the authors, the
performers or the producers of phonograms concerned or permitted by law.
Note: For the purposes of this Article, technological measures means any technology, device, or
component that, in the normal course of its operation, is designed to prevent or restrict acts, in
respect of works, performances, or phonograms, which are not authorized by authors, performers or
producers of phonograms, as provided for by a Party’s law. Without prejudice to the scope of
copyright or related rights contained in a Party’s law, technological measures shall be deemed
effective where the use of protected works, performances, or phonograms is controlled by authors,
performers or producers of phonograms through the application of a relevant access control or
protection process, such as encryption or scrambling, or a copy control mechanism, which achieves
the objective of protection.
6. In order to provide the adequate legal protection and effective legal remedies referred to in
paragraph 5, each Party shall provide protection at least against:
(a) to the extent provided by its law:
(i) the unauthorized circumvention of an effective technological measure carried out knowingly or
with reasonable grounds to know; and
(ii) the offering to the public by marketing of a device or product, including computer programs, or a
service, as a means of circumventing an effective technological measure; and
(b) the manufacture, importation, or distribution of a device or product, including computer
programs, or provision of a service that:
(i) is primarily designed or produced for the purpose of circumventing an effective technological
measure; or
(ii) has only a limited commercially significant purpose other than circumventing an effective
technological measure.
2.中国法の概要
効果的な技術的手段の回避に関しては、中国著作権法、中国コンピュータソフト保護条
例、情報ネットワーク伝達権保護条例において民事責任の対象とされている。なお、中国
国内法規においては、ACTA では明示的に言及されていない「故意性」が求められており、
立証の要件が増える点には留意が必要である。
まず中国著作権法では 48 条において、
「権利者がその著作物や録音録画製品等に採用し
ている著作権又は著作隣接権を保護するための技術的措置を故意に回避」する行為につい
て、権利侵害行為であるとするともに、侵害の停止、影響の除去、謝罪、損害賠償等の民
28
前掲注 15 米谷参照。
- 24 -
事責任を課している。また中国コンピュータソフト保護条例においても同旨の規定が置か
れている。さらに情報ネットワーク伝達権保護条例では 4 条において、
「情報ネットワーク
伝達権を保護するために、権利者は技術措置を取ることができる」と著作権者の権利を認
めたうえで、
「任意の組織や個人は技術措置を故意に回避または破壊してはならず、技術措
置を回避または破壊するために主に用いられる装置や部品を故意に製造、輸入あるいは公
衆に提供してはならず、故意に他人のために技術措置を回避または破壊する技術的サービ
スを提供してはならない」と規定している。なお、技術措置を故意に回避または破壊した
場合には、
「状況に基づいて侵害の停止、影響の取消、謝罪、損害賠償といった民事責任を
負う」ものとされている。
中国著作権法 第四十八条
次の各号に掲げる権利侵害行為がある場合には、情状により侵害の停止、影響の除去、謝
罪、損害賠償等の民事責任を負わなければならない。
(略)
六、著作権者又は著作隣接権者の許諾を得ずに、権利者がその著作物や録音録画製品等に
採用している著作権又は著作隣接権を保護するための技術的措置を故意に回避し、或いは
破壊した場合、但し法律・行政法規に別段の定めがある場合はこの限りでない。
中国コンピュータソフト保護条例 第二十四条
「中華人民共和国著作権法」
、この条例又はその他の法律、行政法規に別途の規定がある場
合を除き、ソフトウェア著作権者の許可なしに以下に掲げる侵害行為がある場合には、状
況に応じて侵害行為の差止、影響の排除、謝罪、損害賠償などの民事責任を負わなければ
ならない。
(略)
(3)
著作権者がソフトウェア著作権を保護するために講じた技術的措置を故意に解除又は
破壊すること。
情報ネットワーク伝達権保護条例 第四条
情報ネットワーク伝達権を保護するために、権利者は技術措置を取ることができる。
任意の組織や個人は技術措置を故意に回避または破壊してはならず、技術措置を回避また
は破壊するために主に用いられる装置や部品を故意に製造、輸入あるいは公衆に提供して
はならず、故意に他人のために技術措置を回避または破壊する技術的サービスを提供して
はならない。しかし、法律や行政法規に回避が可能と規定されているものは除く。
情報ネットワーク伝達権保護条例 第十八条
本条例の規定に違反し、以下の権利侵害行為の一つが見られる場合、状況に基づいて侵害
の停止、影響の取消、謝罪、損害賠償といった民事責任を負う。
(略)
(二)技術措置を故意に回避または破壊した場合。
3.インド法の概要
ACTA 第 27 条の定める効果的な技術的手段の回避の規制に関する明示的な規定は設け
られていない。但し、インド IT 法 72 条は、電子記録、書籍、情報等について権利者の同
意なしにアクセスし(has secured access)公開する(discloses)者に対する罰則規定(禁固
2 年以内/罰金 10 万ルビー以内)を置いており、
「電子記録、書籍、登録記録(register)
、
書簡(correspondence)
、情報、書類、若しくはその他資料(material)に対するアクセスを
確保している者が、当該権利者の同意なしに、当該電子記録、書籍、登録記録(register)
、
書簡(correspondence)
、情報、書類、若しくはその他資料(material)を公開」した場合に
は処罰の対象となる。
- 25 -
IT 法第 72 条
本法及びその他関連法の他の条文に規定しない限り、本法及び関連規則に基づき権限を付
与された者は、すべて電子記録、書籍、登録、情報、書類、その他にアクセス権利を保護
される。また関係者の許諾なしに、当該電子記録、書籍、登録、情報、書類、その他を他
の人に開示する者は、最高 2 年間の禁固若しくは 10 万ルーピーを上限とする罰金、若しく
はその両方を課される。
4.インドネシア法の概要
ACTA27 条の定める効果的な技術的手段の回避の規制に関する規定は見当たらなかった 29。
5.タイ法の概要
ACTA27 条の定める効果的な技術的手段の回避の規制に関する規定は見当たらなかった。
Ⅷ.まとめ
ACTA を普及させることによって諸外国における我が国企業の知的財産権の保護がより
確実になると考えられるところ、我が国から諸外国、特に我が国企業が積極的に進出して
いるアジア諸国に対して ACTA への加入を働きかけることが重要である。本調査において
は、この認識に基づいて、相手国がいかなる海賊版・模倣品対策法的枠組みを有している
のか、そしてその法的枠組みは ACTA の水準に照らして十分なレベルに達しているか否か
を把握することを目的として実施した。調査対象とした中国、インド、インドネシア、タ
イの知的財産権関連法令をみる限り、ACTA の求める保護水準をすでに満たしている条項
も散見されるものの、ACTA の保護水準に達していないと考えられるものが多くみられた。
今後、この調査結果を有効活用し、我が国企業の海外における経済活動の保護向上のため
に、今次調査対象国を含む、ACTA 未加盟国への ACTA 加入への積極的な働きかけが必要
と考えられる。
29
インドネシアは WCT、WPPT に加盟しており、コピー・コントロール回避行為規制等に関する何らかの国内
規制は存在する可能性が高いことから、更なる調査が必要と考えられる。
- 26 -
第2章 TRIPS 協定を巡る諸論点に関する議論
Ⅰ.TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビュー ~ボリビア提案を題材に~
1.はじめに
TRIPS 協定のビルト・イン・アジェンダの一つである TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビュ
ーは、その当初の目的である動植物等の特許対象のレビュー等について、ここ数年、TRIPS
理事会で目立って検討されることはなかった。そのため、本国際知財制度研究会及び前身
の TRIPS 研究会においても、動植物等の特許対象のレビュー等に関しては近年、議題とし
て採り上げられてこなかった。
しかし、2010 年に入り、突如、微生物を含めて生命体を特許対象から除外すべきとする
ボリビア提案 1がTRIPS理事会に提出された。この提案に賛同する国は現時点ではほとんど
ないものの、動植物等の特許対象のレビューに関する問題が再提起された今、これまでの
経緯と現況を整理することは、我が国の今後の対応を検討する上で重要といえよう。した
がって以下では、最近のボリビア提案を題材としつつ、TRIPS協定 27 条 3 項(b)のレビュー
を巡る経緯と各国の反応、更には今後、我が国が留意すべき点についてまとめることとす
る。
なお、TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビューの対象は、
(a)微生物以外の一般動植物は特
許対象から除外してよいとの除外規定、
(b)非生物学的方法・微生物学的方法以外の動植
物の生物医学的生産方法も除外してよいとの除外規定、
(c)植物品種の保護は義務である
が、その保護は特許法/特別法/両者の組み合わせの何れでもよいとの規定、の3点であ
るが、ボリビア提案が上述の(a)と(b)に密接に関連していることから、今回の検討対
象についてもそれらに限定することとする。
2.TRIPS 協定発効以降の経緯
(1)ドーハ閣僚宣言まで
上述のとおり、TRIPS協定 27 条 3 項(b)はビルト・イン・アジェンダであり、WTO協定
発効(1995 年)から 4 年後にレビューすることが規定されている。微生物以外の一般動植
物は特許対象から除外してよいという規定に不満を持ち、発効後に再度議論したいと望ん
だ米国がビルト・イン・アジェンダを盛り込んだのであるが、その後、バイオテクノロジ
ーの保護水準の見直しなどを途上国が積極的に求めるようになったため、米国は現状維持
でよいとの方針に転換したとされる 2。
レビューの議論は予定通り 1999 年に開始されたが、当初から本格的な議論が行われた
訳ではなかった。レビューの議論の範囲が生物多様性条約(CBD)を含むものへと大きく
1
2
IP/C/W/545 and 554.
高倉成男、知的財産法制と国際政策、有斐閣(2001)
、164 頁。
- 27 -
変貌したのは、同年 4 月のTRIPS理事会において、インドが「動植物等の特許対象」とい
う議題に加え、TRIPSとCBDの関係(以下、
「TRIPS/CBD」という)を採り上げることを提
案 3したことに依る。その後、2000 年 3 月のTRIPS理事会において、議長が 6 つの論点に
議論を整理することを提案したが、そこにはTRIPS/CBDが論点に含まれていた。6 つの論
点は以下の通りである。
(i) TRIPS 協定 27 条 3 項(b)と開発の関係(特許対象の拡大は途上国の発展に悪影響を
与えるのではないか等)
(ii) TRIPS 協定 27 条 3 項(b)の下での特許保護に関連する技術的問題(微生物は発明に
該当するのか等)
(iii) 植物品種保護のための sui generis 制度に関連する技術的問題(途上国に有利な sui
generis 制度とするために、旧 UPOV でも十分とすべき。農民の育種の自由を認める
べき)
(iv) 生命体の特許性に関連する倫理的問題(生命体への特許付与は倫理上問題。特許制
度はエコロジーに反する)
(v) 遺伝資源の保全と持続可能な利用との関係(TRIPS 協定は CBD と整合性しない。
特許出願において遺伝資源・伝統的知識の出所表示を義務化する。遺伝資源を利用
した発明からの利益配分機構を WTO レベルで構築する)
(vi) 伝統的知識や農民の権利との関係(伝統的知識を IP として保護する。農民の自家採
取や品種改良の権利を種苗権から守る)
なお、TRIPS協定 27 条 3 項(b)のレビューの範囲についても累次議論が行われたものの、
最終的には議長提示の 6 つの論点に関する実質的議論が開始されることとなった 4。
(2)ドーハ閣僚宣言後
ドーハ閣僚宣言のパラグラフ 195では、TRIPS理事会に対して、TRIPS協定 27 条 3 項(b)
及び 71.1 に従って、特に、TRIPS/CBDや伝統的知識・フォークロアの保護について検討す
ることが指示されている。これを受け、TRIPS理事会においては、TRIPS協定 27 条 3 項(b)
のレビュー、TRIPS/CBD、伝統的知識・フォークロアの保護について議論されてきている。
実際の議論においては、これら 3 つは関連が強いとしてまとめて議論されているものの、
議論の多くの時間はTRIPS/CBDに費やされている。現時点において、これら 3 つの議題に
関するTRIPS理事会における議論が収れんする気配は見られない。
3
IP/C/M/23, para.91.
平成 12 年 TRIPS 研究会報告書の 71 頁において詳しく述べられている。
5
WT/MIN(01)/DEC/1, Para. 19.
19. We instruct the Council for TRIPS, in pursuing its work programme including under the review of Article 27.3(b), the
review of the implementation of the TRIPS Agreement under Article 71.1 and the work foreseen pursuant to paragraph 12
of this Declaration, to examine, inter alia, the relationship between the TRIPS Agreement and the Convention on
Biological Diversity, the protection of traditional knowledge and folklore, and other relevant new developments raised by
Members pursuant to Article 71.1. In undertaking this work, the TRIPS Council shall be guided by the objectives and
principles set out in Articles 7 and 8 of the TRIPS Agreement and shall take fully into account the development dimension.
(下線追加)
4
- 28 -
なお、TRIPS/CBDに関連する動きは、TRIPS理事会以外にも見られる。香港閣僚宣言に
おいて、TRIPS/CBDと地理的表示の追加的保護対象産品の拡大(GI拡大)の二つの実施問
題の協議について、WTO事務局長にマンデートが付与された 6ことを受けて、その後、WTO
事務局長の下で何度も協議が行われているが、これについても議論は収れんしていない。
このように、ドーハ閣僚宣言後は、TRIPS/CBD の議論は盛んに行われているものの、
「1.
はじめに」における(a)から(c)の論点についてはあまり議論されていない状況にある。
TRIPS 理事会、貿易交渉委員会及び一般理事会に提出された各国・地域の提案文書を見て
も、2008 年以降の文書はボリビア提案を除き、全て TRIPS/CBD に関するものである。
3.ボリビア提案とそれに対する各国の反応
(1)ボリビア提案概要
上述の状況下にも拘わらず、2010 年 2 月及び 2011 年 3 月、ボリビアは突如、TRIPS協定
27 条 3 項(b)のレビューに関する提案を提出した 7。この提案において、ボリビアは、①生
命体への特許、②植物品種の保護、③伝統的知識と先住民集団の権利について検討すべき
との考えを示している。このような領域の議論を通じて、ボリビアは、①動物、植物、そ
れらの一部、遺伝子配列、微生物を含む全ての生命体、及び、生物学的、微生物学的、非
生物学的な生命体やその一部の生産方法は、特許してはならない、②先住民農業手段の技
術革新を保護すること、及び、種子を保存し、種子を交換し、そこからの収穫物の販売を
含む伝統的な農業継続を確保する、③途上国の食糧主権を脅かす反競争行為を妨げる、④
先住民集団の権利を保護し、伝統的知識に知的財産権を設定することを妨げる、という結
論に至ることを求めている。
(2)ボリビア提案に対する反応
TRIPS理事会において、ボリビアが提案の趣旨を説明した後、同じくアンデス共同体の
ベネズエラとエクアドルが提案を支持する発言をしている 8。ベネズエラは、憲法や法律
が遺伝資源や伝統的知識に特許を付与することを禁じていると述べ、生命体には特許を付
6
WT/MIN(05)/DEC, para. 39.
39. We reiterate the instruction in the Decision adopted by the General Council on 1 August 2004 to the TNC, negotiating
bodies and other WTO bodies concerned to redouble their efforts to find appropriate solutions as a priority to outstanding
implementation-related issues. We take note of the work undertaken by the Director-General in his consultative process on
all outstanding implementation issues under paragraph 12(b) of the Doha Ministerial Declaration, including on issues
related to the extension of the protection of geographical indications provided for in Article 23 of the TRIPS Agreement to
products other than wines and spirits and those related to the relationship between the TRIPS Agreement and the
Convention on Biological Diversity. We request the Director-General, without prejudice to the positions of Members, to
intensify his consultative process on all outstanding implementation issues under paragraph 12(b), if need be by appointing
Chairpersons of concerned WTO bodies as his Friends and/or by holding dedicated consultations. The Director-General
shall report to each regular meeting of the TNC and the General Council. The Council shall review progress and take any
appropriate action no later than 31 July 2006.(下線追加)
7
ボリビア提案のタイトルは、
TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビューであるが、
その提案内容は広範なものであり、
全てがレビュー対象とは限らないことに留意しなければならない。
8
IP/C/M/64, paras. 26 and 28. IP/C/M/65, paras. 40, 56 and 57.
- 29 -
与すべきではない旨主張している 9。エクアドルは、原則としてボリビア提案を支持して
いると表明しつつも、その発言の多くの部分はTRIPS/CBDに関するものであり、
TRIPS/CBDへの関心がより上回っているといえる 10。
他方、インド、ブラジル、中国は、ボリビア提案と距離を置きつつ、発言の多くの時間
を、遺伝資源の出所開示要件の義務化の主張に費やしている 11。例えば、インドは、自国
の特許法が微生物を特許対象にしていることに言及し、同提案はバイオテクノロジー技術
の発展を阻害する可能性があることを指摘している 12。ブラジルは、同提案に言及しつつ
も、ブラジルでは生命体への特許は、遺伝子改変された生物に限ると述べるにとどまって
いる 13。中国は、ボリビア提案を重要な論点と指摘しつつ、その問題は遺伝資源の出所開
示を義務づけるTRIPS協定改正で実現できるとしている 14。
これに対し先進国は、ボリビア提案に対し、生命体への特許付与といっても特許要件を
満たしたものだけが特許になるのであり、自然に存在するものを発見するだけでは特許に
ならないことや、バイオテクノロジー分野における技術の発展のインセンティブを阻害す
ることを指摘している 15。なお、TRIPS/CBDに関しては従来と同様、遺伝資源の出所開示
の義務づけに反対している。
このように、微生物も含む生命体全体を特許対象から除外することを義務づけるボリビ
ア提案は、先進国・途上国を問わず、多くの支持を集める状況には至っていない。
TRIPS/CBD の問題に関心が高いインド等の国々は、その発言からすると、ボリビア提案に
賛成しているとは必ずしもいえないであろう。したがって、ボリビア提案は、ドーハ閣僚
宣言後の大きな流れ、すなわち、微生物以外の一般動植物は特許対象から除外してよいと
の除外規定に関するレビューはあまり議論されず、TRIPS/CBD の議論が盛んであるという
流れを変えるものではないといえよう。
4.今後の留意点
3.(2)で述べたように、ボリビア提案への支持はこれまでのところ、途上国の間に
もほとんど広がっていない。その背景には、微生物を含め全ての動植物を特許対象から除
外してしまうと、遺伝資源の利用から生じる利益の配分に悪影響が出ることへの懸念があ
ると考えられる。その証拠に、専門家によるWIPOへの報告によれば、ブラジルとアルゼ
ンチンでは、自然物からの抽出物であっても特許対象としていないところ、このような運
用に対して、遺伝資源が多い国の利益に反するとの意見があることを紹介している 16。
こうした途上国の姿勢は、先進国企業が遺伝資源に関連する発明の特許を取得し、当該
9
IP/C/M/64, para. 26.
IP/C/M/64, para. 28.
11
IP/C/M/64, para. 16, 19-24, 37,
12
IP/C/M/64, para. 19.
13
IP/C/M/64, para. 37.
14
IP/C/N/64, para. 19.
15
例えば、IP/C/M/64, para. 43 や IP/C/M/65, paras. 93, 100 など。
16
Denis Borges Barbosa and Karin Grau-Kuntz, SCP/15/3 Annex III, p42 and footnote 131.
10
- 30 -
特許に関連する市場が大きくなることによって、その利益を配分することへの期待を示し
ているものともいえよう。したがって、
「全ての動植物を特許対象から除外」というボリビ
ア提案が今後においても支持を広げる可能性は低いと思われるが、他の途上国が「全ての
動植物を特許対象から除外」という主張にどのように対応するかは、各国の微妙な立場の
違いを明らかにする可能性があるといえ、我が国としては引き続き注意を払っていく必要
があろう。
- 31 -
Ⅱ.CJEU の Monsanto のケースと TRIPS 協定
アステラス製薬株式会社
藤井 光夫
1.初めに
欧州連合司法裁判所(CJEU: Court of Justice of European Union、以下欧州裁判所と記載す
る)は、2010 年 7 月 6 日にDNA配列特許の権利範囲に関する判断をした 1。
1998 年に採択されたバイオテクノロジー発明の法的保護に関する指令(98/44/EC)
(バ
イオ指令)の第 9 条の解釈に関するものであり、権利化された DNA 配列をその製品が含
んでいたとしても、DNA 配列による機能を発揮しない状態の製品に対しては権利行使をす
ることができない、と判断した。
以下、その概略を述べるとともに、筆者の所属する製薬産業及び TRIPS 協定の観点から
その判断について考察する。
2.バイオテクノロジー発明の法的保護に関する指令(98/44/EC)2
1998 年 7 月に EU は「バイオテクノロジー発明の法的保護に関する EU 指令(バイオ指
令)
」を制定した。それは、EU 加盟国の、遺伝子情報を含む「生物学的素材」に関する特
許保護の調和及び明確化を目的とするものである。また、特定の動植物品種に限定されな
いのであれば、微生物、品種に限定されない特許による保護を加盟国に義務化した。2000
年 7 月までに、EU 加盟国は、この指令に沿うように法改正をしなければならなかった。
以下、バイオ指令より Monsanto のケースの関係する部分を抜粋する。
前文
(22) 遺伝子の配列又は部分的配列の特許性については賛否両論がある。本指令に従えば、
遺伝子の配列又は部分的配列に関する発明の特許の付与は、他のあらゆる技術分野と同
じ特許性の基準、すなわち新規性、進歩性、産業上の利用性を適用すべきである。遺伝
子の配列又は部分的配列の産業上の利用は、特許を出願する際に開示しなければならな
い。
(23) 機能の特定を伴わない単なる DNA 配列は、技術情報を含まないので特許性のある
発明ではない。
(24) 産業上の利用可能性という基準に適合するためには、遺伝子の配列又は部分的配列
が蛋白質や蛋白質の一部を作るのに使われる場合は、どの蛋白質やどの蛋白質の部分を
作るのか、又はそれが果たす機能がどのようなものかを特定する必要がある。
1
2
Monsant Technology LLC v Cefetra BV and others, Case C-428/08, 6 July 2010.
Directive 98/44/EC of the European Parliament and of the Council of 6 July 1998 on the legal protection of
biotechonology inventions, OJ 1998 L213.
- 32 -
(25) 特許により与えられる権利の解釈において、発明に本質的でない部分のみで配列が
重なる場合は、特許法の条件から各配列は、独立した配列とみなされる。
(36) TRIPS 協定は、発明について、世界貿易機構の加盟国が人間や動物又は植物の生命
や健康を保護したり、環境への重大な損害を避けることを含めて、公序良俗を保護する
上で発明の商業上の実施を妨げる必要がある場合は、各領域内でその発明を特許の対象
から外す可能性を規定している。ただし、自国の法律で実施が禁じられているという理
由だけで除外しないことが条件となっている。
第5条
(1)その形成及び発生の種々の段階における人体及び遺伝子の配列若しくは部分的配列
を含むその要素の 1 つの単純な発見は、特許性のある発明を構成し得ない。
(2)人体から単離された要素又は遺伝子の配列若しくは部分的配列を含むその他技術方
法により作られた要素は、その要素の構造が天然の要素の構造と同一であっても特許性
のある発明を構成し得る。
(3)遺伝子の配列若しくは部分的配列の産業上の利用性は、当該特許出願に開示されてい
なければならない。
第9条
遺伝子情報を含む若しくは遺伝子情報からなる物質(筆者注:典型的には DNA 配列)
が特許により受ける保護の範囲は、第 5 条(1)で規定する場合を除き、その物質が組込ま
れる及びその遺伝子情報が含まれる、且つその機能を果たす材料(筆者注:文言は「材
料」となっているが、実際のケースを考える場合には、
「材料」を含む製品に対応して
いると考えると分かりやすい)の全てに及ぶものとする。
前述したように、欧州裁判所は、第 9 条について、権利化された DNA 配列をその製品
が含んでいたとしても、DNA 配列による機能を発揮しない状態の製品に対しては権利行使
をすることができない、と判断したが、条文の解釈としては妥当なものであると考えられ
るが、モンサント事件を通じて種々の問題点が指摘された。
3.モンサント事件経緯
(1)モンサント事件経緯
モンサントは、モンサント自身が開発した除草剤であるグリホセート(Roundup)に対する
耐性を発揮する DNA 配列(クラス II EPSPS 酵素をコード)に関する欧州特許
(EP546090B2)を、バイオ指令より前の 1991 年 8 月 28 日に出願し、1996 年 6 月 19 日に
取得した。
グリホセートはホスホエノールピルビン酸から 5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸
を合成する(シキミ酸経路)酵素(EPSPS)の阻害剤である。植物体内での 5-エノールピル
ビルシキミ酸-3-リン酸の合成を阻害することで、アミノ酸(トリプトファン、フェニルア
- 33 -
ラニン、チロシン)やこれらのアミノ酸を含むタンパク質や代謝産物の合成を阻害する。
接触した植物の全体を枯らすので、ほとんどの植物にダメージを与えることができる。
グリホセート耐性酵素(クラスⅡ EPSPS 酵素)は、グリホセートとは反応せず、遺伝子
組換植物では植物本来の EPSPS 酵素に代わり、 5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸を
合成することができる。
グリホセート耐性酵素(クラスⅡ EPSPS 酵素)をコードする DNA 配列を含む遺伝子組
換大豆(Roundup ready)は、グリホセート耐性の酵素を発現し、グリホセート存在下でも大
豆の収穫量を減らすことなく雑草を除去することができため、農家の手間を省くが可能と
なり、結果として生産コストを下げることが可能となる。
当時のアルゼンチンでは当該発明は特許の対象ではないと考えられ、モンサントは特許
を取得できなかった。
アルゼンチンではモンサントの遺伝子組換大豆の大規模な栽培が行われ、大豆の粉末に
加工され、中国、スペイン、イギリス、デンマーク、オランダ等に粉末大豆が輸出された。
粉末大豆中に、グリホセート耐性酵素をコードする DNA 配列が見つかったため、モン
サントは、スペイン、イギリス、オランダ等で EP0546090 特許権の侵害に基づき提訴した。
スペインのマドリッド商事裁判所(2007 年 12 月)は、粉末大豆中のDNA配列は、その
機能を発揮しないため、バイオ指令第 9 条の基づき非侵害と判断した 3。
これに対して、イギリスの高等裁判所(2007 年 10 月)は、欧州特許(EP546090B2)は、
バイオ指令発効前の出願(1991 年 8 月 28 日)であるためバイオ指令は適用されないとし、従
来の物の発明に関するクレーム解釈を適用した 4。イギリスの高等裁判所は、請求項 1 の
「単離された(isolated)
」は、文字どおりの単離されたDNA配列を意味し、粉末大豆には
単離された態様でDNA配列が存在しないことから非侵害とした。請求項6については、
「ク
ラスⅡ」について厳格な解釈を行い非侵害とした。即ち、クラスⅡ EPSPS酵素は、クラス
Ⅰ抗体とは反応しないことで公知のクラスⅠ EPSPS酵素と区別されなければならないと
し、モンサントはこの証明ができず、クラスⅡ EPSPS酵素をコードするDNA配列がクラス
I EPSPS酵素をコードするDNA配列と異なることを証明できなかったため非侵害とされた。
以下に、イギリスの高等裁判所で議論された EP546090B2 の請求項を抜粋する。
1. An isolated DNA sequence encoding a Class II EPSPS enzyme, said enzyme being an EPSPS
enzyme having a Km for phosphoenolpyruvate (PEP) between 1-150 PM and a
Ki(glyphosate)/Km(PEP) ratio between 3-500, which enzyme is capable of reacting with
antibodies raised against a Class II EPSPS enzyme selected from the group consisting of the
enzymes of SEQ ID NO:3 and SEO ID NO:5.
6. A DNA sequence encoding a Class II EPSPS enzyme selected from the group consisting of SEQ
ID NO:3 and SEQ ID NO:5.
3
4
Commercial Court Madrid, 27 July 2007, 40 IIC 233 [2009].
Monsant Technology LLC v Cargill International, English High Court, 10 October 2007, [2008] F.S.R. 7.
- 34 -
なお、実際の遺伝子組換大豆の DNA は明細書に記載されていない種由来で、酵素タン
パクの1アミノ酸分配列が異なるようである。
(2)オランダ:ハーグ裁判所 5
2005 年から 2006 年にかけて、Cefetra 社と Toepfer 社がこの遺伝子組換え大豆の粉末を
アルゼンチンからオランダに輸入した。
モンサントの提訴に対し、当初ハーグ裁判所は、イギリス高等裁判所の判断を適用して
非侵害とした。製法のクレームについても議論されたが、粉末大豆が製法クレームにより
製造できるものではないとされ、こちらも非侵害となった。
一方で、裁判の中でも議論されたバイオ指令第 9 条の適用の可否及び解釈が不明確であ
るために、2008 年 9 月 29 日にハーグ裁判所は、粉末大豆に特許によって保護されている
DNA 配列が単に含まれているだけの場合、特許権侵害を構成するのに十分であるか否か、
欧州連合司法裁判所に対してバイオ指令第 9 条の解釈について 4 件の諮問をした。
4.ハーグ裁判所による諮問事項
ハーグ裁判所が、欧州連合司法裁判所に対して諮問した 4 件の質問は以下の様なもので
ある。
(1)物質(DNA 配列)が EU に輸入された材料(粉末大豆)の一部を構成する時に、侵害
が疑われた時点において機能を発揮しないが、過去には機能を発揮していた、または、
物質が材料から抽出されて細胞に組み込まれることによって再び機能を発揮するで
あろう条件においても、バイオ指令第 9 条は、特許権の行使が可能であることを意味
するか。
(2) 欧州特許 EP0546090 のクレーム 6 に記載の DNA が Cafetra 社と Toepfer 社とにより
EU へ輸入された粉末大豆の中に存在し、その DNA はバイオ指令第 9 条の目的のため
に粉末大豆に組み込まれており、その DNA がその機能を果たさない場合、バイオ指
令の第 9 条は、DNA が機能を果たすか否かに関わらず、このような物質に対する完全
な特許保護を国内の特許制度が認めることを妨げるか。
(3) 欧州特許 EP0546090 がバイオ指令の採択前に出願および登録され、そのような物質
の完全な保護が本指令の採択前に国内特許制度によって認められていたことによっ
て、何らかの差異が生じるか。
(4) TRIPS 合意の特に第 27 条と第 30 条を考慮することは可能か。
要約すれば、侵害時点で機能を発揮することが必須か、バイオ指令第 9 条は機能を発揮
しない DNA 配列の保護を許容しているか、遡及適応の可否、TRIPS との整合性、につい
ての質問である。
5
Decision of the Hague District Court, 19 March and 24 September 2008, 40 IIC 228 [2009].
- 35 -
5.欧州裁判所の判断(2010 年 7 月 6 日)
上記質問に対する欧州裁判所の判断は以下の様なものである。
(1) 特許された物質(DNA 配列)が粉末大豆に含まれていて、物質が特許された機能を
果たさないが、その物質は食品へと加工された大豆の中で過去には機能を果たし、ま
た、その物質が粉末大豆から抽出され生命体の細胞に組み込まれた後で再び機能を発
揮するであろう状況において、バイオ指令の第 9 条は、特許権の保護を与えるものと
して解釈されない。
(2)バイオ指令第 9 条は、本条文による保護の完全な調和をもたらすものであり、その結
果、同条は、物質が材料の中で機能を果たすか否かに関わらず、国内法制がそのよう
な特許された物質に対する完全な保護を与える可能性を排除する。
(3)バイオ指令第 9 条は、本指令の採択前に取得した特許の権利者が、その時に適用され
ていた国内法制のもとでふさわしいとされて特許されていた物質に対する完全な保
護に依拠することを排除する。
(4)TRIPS 合意の第 27 条および第 30 条は、バイオ指令第 9 条に対する解釈に影響を与え
ない。明細書記載の機能発現を要件とすることでは、TRIPS 違反にはならない。
要約すれば、侵害時点で機能を発現することが必須、機能を発揮しない DNA 配列を保
護してはならない、遡及適応される、TRIPS と整合する、と判断した。
6.欧州裁判所のバイオ指令に基づく判断の解釈
欧州裁判所のバイオ指令に基づく判断の解釈は、権利化された DNA 配列を含み且つ機
能を発現していれば権利行使できるとしたものである。また、この場合の機能とは、バイ
オ指令の前文(24)
、第5条第2項の記載から明細書記載の機能のみを意味していると考え
るのが妥当であろう。また、本件とは異なり大豆の種子のような機能を発現させることを
目的としていれば権利行使できると考えられる。
権利化された DNA 配列
- 36 -
この解釈については、特定の構成要素に付与された特許は、特定の構成要素が有機的に
結合された化合物には、物が異なるという理由で、権利が及ばないという考え方との対比
で整理すべきである。このような考え方に従えば、権利化された DNA 配列を部分構造と
して含んでいても通常権利は及ばないことになる。
権利化された DNA 配列
そのため、本件のような場合には、考えられる使用形態も含めてクレームするのが通常
であり、使用形態も含めてクレームしておけば、明細書記載の機能を発現するか否かにか
かわらず権利行使をすることが可能である。モンサントも、このような解釈に基づいて、
以下のように DNA 配列、DNA 配列を含む組換遺伝子、DNA 配列を含む植物細胞、DNA
配列を含む植物、DNA 配列を含む植物の製造方法等を権利化していた。
モンサント欧州特許 EP546090(B2)の主要請求項
1. An isolated DNA sequence encoding a Class II EPSPS enzyme, said enzyme being an EPSPS
enzyme having a Km for phosphoenolpyruvate (PEP) between 1-150 PM and a
Ki(glyphosate)/Km(PEP) ratio between 3-500, which enzyme is capable of reacting with
antibodies raised against a Class II EPSPS enzyme selected from the group consisting of the
enzymes of SEQ ID NO:3 and SEO ID NO:5.
6. A DNA sequence encoding a Class II EPSPS enzyme selected from the group consisting of SEQ
ID NO:3 and SEQ ID NO:5.
7. A recombinant, double-stranded DNA molecule compnsing in sequence:
a) a promoter which functions in plant cells to cause the production of an RNA sequence;
b) a structural DNA sequence that causes the production of an RNA sequence which encodes a
Class II EPSPS enzyme capable of reacting with antibodies raised against a Class II EPSPS
- 37 -
enzyme selected from the group consisting of the enzymes of SEQ ID No:3 and SEQ ID No:5:
and
c) a 3’ non-translated region which functions in plant cells to cause the addition of a stretch of
polyadenyl nucleotides to the 3’ end of the RNA sequence
where the promoter is heterologous with respect to the structural DNA sequence and adapted to
cause sufficient expression of the fusion polypeptide to enhance the glyphosate tolerance of a
plant cell transformed with said DNA molecule.
8. The DNA molecule of Claim 7 in which said structural DNA sequence encodes a fusion
polypeptide comprising an amino-terminal chloroplast transit peptide and a Class II EPSPS
enzyme.
14. A method of producing genetically transformed plants which are tolerant toward glyphosate
herbicide, comprising the steps of.
a) inserting into the genome of a plant cell a recombinant, double-_stranded DNA molecule
comprising:
i) a promoter which functions in plant cells to cause the production of an RNA sequence,
ii) a structural DNA sequence that causes the production of an RNA sequence which encodes a
5 fusion polypeptide comprising an amino terminal chloroplast transit peptide and a Class II
EPSPS enzyme capable of reacting with antibodies raised against a Class II EPSPS enzyme
selected from the group consisting of the enzymes of SEQ ID NO:_3 and SEQ ID NO:_5,
iii) a 3’ non-_translated DNA sequence which functions in plant cells to cause the addition of a
stretch of polyadenyl nucleotides to the 3’ end of the RNA sequence
where the promoter is heterologous with respect to the structural DNA sequence and adapted to
cause sufficient expression of the fusion polypeptide to enhance the glyphosate tolerance of a
plant cell transformed with said gene;
b) obtaining a transformed plant cell; and
c) regenerating from the transformed plant cell a genetically transformed plant which has
increased tolerance to glyphosate herbicide.
20. A glyphosate tolerant plant cell comprising a DNA molecule of Claims 8, 9, 12 or 13.
23. A glyphosate tolerant plant cell of Claim 20 selected from the group consisting of com, wheat,
rice, soybean, cotton, sugarbeet, oilseed rape, canola, flax, sunflower, potato, tobacco, tomato,
alfalfa, poplar, pine, apple and grape.
24. A glyphosate tolerant plant comprising plant cells of Claim 20.
結果として、本件については英国高等裁判所、ハーグ裁判所では、遺伝子組換大豆のDNA
配列が、権利化されたDNA配列と同じものであることの証明ができていないと判断された
ため、バイオ指令の適用・不適用とは関係なく非侵害となる。しかしながら、本欧州裁判
所の判断は、モンサントのような遺伝子組換植物メーカーにとっては問題のある判決であ
ると言われている。さらに、本判断は以下のTRIPS第 27 条及び第 30 条に違反している疑
- 38 -
いがあるとの意見もある 6。
TRIPS 第 27 条及び第 30 条
第 27 条 特許の対象
(1)(2)及び(3)の規定に従うことを条件として、特許は、新規性、進歩性及び産業上の
利用可能性(注)のあるすべての技術分野の発明(物であるか方法であるかを問わない。)につ
いて与えられる。第 65 条(4)、第 70 条(8)及びこの条の(3)の規定に従うことを条件として、
発明地及び技術分野並びに物が輸入されたものであるか国内で生産されたものであるかに
ついて差別することなく、特許が与えられ、及び特許権が享受される。
第 30 条 与えられる権利の例外
加盟国は、第三者の正当な利益を考慮し、特許により与えられる排他的権利について限
定的な例外を定めることができる。ただし、特許の通常の実施を不当に妨げず、かつ、特
許権者の正当な利益を不当に害さないことを条件とする。
また、特許料を支払う必要のないアルゼンチン農家が生産した遺伝子組換植物の加工品
が欧州に輸入されることは、特許料を支払わなければ生産できない又は生産コストの高い
通常の植物を生産している欧州の農家が不利な立場になる判断であるとも考えられる。
7.バイオテクノロジー発明の適切な保護
上述の様に欧州裁判所のバイオ指令の解釈について TRIPS 違反等の批判的な意見がある。
一方で、差別ではなく区別であり適切であれば、発明ごとに異なる権利解釈は必要であろ
う。本論の趣旨ではないが、バイオテクノロジーと情報技術では、特許の活用方法に大き
な違いがあり、別の特許法があっても良いと考えられる様な場合もある。
バイオテクノロジーの権利解釈において、権利化された構造を部分構造として含んでい
れば、明細書記載機能の発現に関係なく権利行使可能とするような解釈は現実的であろう
か。
たぶんここまで、広い権利を認めてしまえば、特許制度が健全に機能しなくなる可能性
がある。第三者権利の調査が極めて困難になり、事業化後に始めて他者の権利に抵触して
いることが判明するようなことが多発するであろう。また、バイオテクノロジーに特有の
事情を加味した区別ではなく、他の発明に対する差別に該当し、TRIPS の違反となる可能
性もある。
それでは、バイオテクノロジー発明の適切な保護として、DNA 配列の権利であっても、
機能を発現するという条件を満たせば、それを含む製品であれば権利が及ぶというバイオ
指令の解釈と DNA 配列が有機的に結合している製品には権利が及ばないが、DNA 配列を
6
VID MOHAN-RAM, RICHARD PEET & PHILIPPE VLAEMMINCK, BIOTECH PATENT INFRINGEMENT IN
EUROPE:THE “FUNCTIONALITY” GATEKEEPER, THE JOHN MARSHALL REVIEW OF INTELLECTUAL
PROPERTY LAW, 10, 540-552 (2011).
- 39 -
含む製品をクレームしておけば、明細書記載の機能を発現するか否かにかかわらず当該製
品に権利が及ぶという解釈のどちらが良いであろうか。
製薬産業にとっては、バイオ指令が望ましいと考えられる。それは、遺伝子・核酸医薬、
抗体医薬の生産、発酵生産物の生産、スクリーニングツール又はスクリーニング方法に代
表されるように実際の実施において遺伝子の機能発現を伴わないことが考えにくいからで
ある。全ての使用形態を明細書に記載することは困難であることから、その核となる DNA
配列と機能の権利があれば、それを含んでさえいれば権利行使できるのであれば、出願人
の負担は軽くなる。また、生産物であるバイオ指令の対象にはならない抗体医薬及び発酵
生産物は、後述の遺伝子組換植物の加工品とは異なり、新規な物として権利化できる場合
がほとんどである。
遺伝子組換植物メーカーについては、本件事件の様に最終製品が機能発現しない場合が
あるため明細書記載の機能の発現を条件としない解釈が望ましい場合もあるだろう。
しかしながら、この極めて近い技術分野で発明ごとに異なる権利解釈は現実的ではない
と考えられる。
さらに付け加えれば、モンサント事件で議論の対象となった粉末大豆は、製品としての
必要性から考えればグリホセート耐性酵素をコードする DNA 配列は全く必要無いもので
ある。仮に DNA 配列が不純物程度以下に除かれた粉末大豆又は大豆の加工品が流通して
いたとすれば、それはバイオ指令の対象にはならならなくなるが、物としての新規性はな
いと判断される可能性が高いので、そのような物まで含めて権利化が必要な場合は、製造
方法を権利化することで、その製造方法で製造された物を権利化することができる。
モンサントは、ハーグ裁判所の判断にもあるように、権利化されている製造方法では、
当該粉末大豆は製造できないと判断されたことから、企業の知財担当者である筆者の正直
な印象は、モンサントの出願戦略の失敗である。遺伝子組換大豆の DNA 配列が、権利化
された DNA 配列と異なると判断された点も含めて、モンサント自身が製造・販売した遺
伝子組換大豆であるならば、その製造過程を大豆収穫後の一般的な加工方法も含めて権利
化すること及び適切な DNA 配列の権利化は、モンサントにとっては可能であったと考え
られる。
8.欧州裁判所の判断・バイオ指令の問題点
研究開発型企業の立場から、特許権はグローバルに高いレベルで均一且つ安定な権利で
あることが望ましい。
その観点からみると、欧州裁判所の判断・バイオ指令の問題点は、
・バイオ指令により権利の解釈が大きく変わったので経過規定を設けるべき。
・欧州のみ異なる解釈をしている。
くらいである。これら点については、上述の様に製薬企業の立場から考えると、むしろバ
イオ指令の解釈の方が望ましい場合が多いと考えられるので、それ程問題ではない。
TRIPS 第 27 条及び第 30 条違反かどうかについても、製薬産業からら見ればバイオ指令
- 40 -
は発明による差別というよりは区別の範疇であると考えられる。また、特許権者の正当な
利益を不当に害するとは考えにくい。
遺伝子組換植物メーカーにとっても、前述の様に製造方法の権利により加工品を保護す
ることも可能であり、むしろそのような出願戦略を考えるべきである。また、加工品と異
なり、種子のように機能を発現するものであり生産を目的としていればバイオ指令の解釈
又は従来の物の解釈のどちらでも権利行使は可能と考えられる。
結局、バイオテクノロジー発明の適切な保護として、DNA 配列の権利であっても、機能
を発現するという条件を満たせば、それを含む製品であれば権利が及ぶというバイオ指令
の解釈と DNA 配列が有機的に結合している製品には権利が及ばないが、DNA 配列を含む
製品をクレームしておけば、明細書記載の機能を発現するか否かにかかわらず当該製品に
権利が及ぶという解釈のどちらが良いかについては、ケースバイケースであり、いずれで
あっても、企業の知財担当者の適切な出願戦略により多くの場合、解決できる範囲である
と考えられる。
上述の様に、特許権により輸入を差し止めできず、特許料を支払う必要のない他国の農
家が生産した遺伝子組換植物の加工品が欧州に輸入された場合、欧州の農家が不利な立場
になる。しかしながら、欧州の農家、場合により消費者を保護することが主目的であれば、
安全性等の特許法の目的とは異なる側面を持つ枠組みで解決する方が良いのではないだろ
うか。
なお、以下に現在のアルゼンチン特許法第6及び7条の抜粋を示すが、自然界に存在す
る DNA 配列そのものは特許の対象外であるが、その DNA 配列を含む組換遺伝子及びそれ
を含む遺伝子組換植物ならば、特許対象として認められる可能性があると考えられる。農
家の権利を守るべきとの意見がグローバルに強く叫ばれてはいるが、アルゼンチンの特許
制度上では、モンサント事件のような問題は解決しているようである。
第6条
本法の適用上,次に掲げる事項は発明とみなさない。
(g) 自然界に既存の何らかの種類の生命体又は生物
第
第7条
次に掲げる事項は、特許を受けられない。
(b) すべての生物及び遺伝子物質であって自然界に存在するもの、又は、動物、植物及び
人間の生殖に係る生物学的方法(当該物質に適用され、自然界におけると同様の態様で常態
の自由な複製をもたらす能力のある遺伝子的方法を含む)により自然界から獲得できるも
の
一方で、本論の趣旨ではないがアルゼンチンの特許制度では、有用性のある天然の微生
物又は天然物等を始めて見出した場合、特許の対象であるとは解釈できない点は問題であ
ろう。
- 41 -
9.まとめ
以上述べてきたように、バイオ指令及び欧州裁判所のバイオ指令の解釈には、医薬品産
業界から見て、TRIPS 協定の観点からも大きな問題は無く妥当な範囲であると考える。
TRIPS 協定違反の疑いがあるとの意見もあるが、
やや強引な議論であるとの感は否めない。
一方で、バイオ指令に関する解釈は、DNA 配列の権利であっても、機能を発現するとい
う条件を満たせば、それを含む製品であれば権利が及ぶとしており、この解釈・議論がど
のように展開していくか興味深い点である。
- 42 -
Ⅲ.TRIPS 柔軟性の議論と今後の課題
1.目的
2001 年の「TRIPS協定と公衆衛生に関する宣言」1のパラグラフ 5 に、強制実施権について、
「TRIPS柔軟性(flexibility)
」という記載がなされた。この「TRIPS柔軟性(flexibility)
」が何
を意味するのか明確とは言いがたいが、
「TRIPS柔軟性」は、上記宣言に記載された事項以外
に対しても用いられることがある 2。さらに、TRIPS協定が規定する保護水準の実施方法の決
定に柔軟性を与えるTRIPS協定 1 条1 項についても、
「TRIPS柔軟性」
に言及する議論がある 3。
そこで、どのような文脈で「TRIPS柔軟性」が用いられているのかを、国際機関において
採択された文書に記載された例、及び、国際会合において加盟国の発言や提案として使用さ
れた例を紹介することによって、その状況を明らかにしたい。その中で、WIPO事務局の予
「TRIPS
備的研究 4についても紹介することとする。また、WTO紛争解決の際の解釈において、
柔軟性」が機能しているかいないかも明らかにしたい。
なお、この「TRIPS 柔軟性」については、研究会で議論がなされたけれども、十分に議論
の整理をするまでにはいたらず、本稿は暫定的なものにとどまっている。
2.TRIPS 柔軟性という文言の使用例
TRIPS 協定をみると、柔軟性(flexibility)という文言は、TRIPS 協定 66 条 1 項で、
「後発
開発途上加盟国は、その特別のニーズ及び要求、経済上、財政上及び行政上の制約並びに存
立可能な技術的基礎を創設するための柔軟性に関する必要にかんがみ・・・この協定を適用
する日から 10 年の期間、この協定・・・を適用することを要求されない」と規定されており、
それに対応するように、同協定前文のパラグラフ 6 には、
「後発開発途上加盟国が健全かつ存
立可能な技術的基礎を創設することを可能とするために、国内における法令の実施の際の最
大限の柔軟性に関するこれらの諸国の特別のニーズを認め」と記載されているにとどまる。
TRIPS 協定において、柔軟性の文言は、TRIPS 協定の義務を軽減するような意味では使用さ
れていない。
WTO閣僚会合で採択された「TRIPS協定と公衆衛生に関する宣言」5のパラグラフ 5 をみる
と、TRIPS協定におけるコミットメントを維持しつつ、
「TRIPS協定の柔軟性」に次の事項が
含まれることを認識するとしている。
(a)TRIPS 協定の解釈においては、国際法上の慣習的規則、TRIPS 協定の目的を参照する、
1
WT/MIN(01)/DEC/2.
Hiroko Yamane, Interpreting TRIPS –Globalization of Intellectual Property Rights and Access to Medicines, Hart
Publishing (2011), p246.
3
Carlos M. Correa, Trade Related Aspects of Intellectual Property Rights (A Commentary on the TRIPS Agreement),
Oxford University Press (2007), p28.
4
CDIP/5/4 と CDIP/7/3 の2つあり。
5
WT/MIN(01)/DEC/2.
2
- 43 -
(b)各加盟国は、強制実施権を許諾する権利及び当該強制実施権が許諾される理由を決定
する自由を有している、
(c)何が国家的緊急事態かは各国が決定可能であり、HIV/AIDS、結核、マラリアや他の
感染症は国家的緊急事態と見なすことがあり得る、
(d)知的所有権の消尽に関して、提訴されることなく、各国が制度を作ることができる 6。
ここで、上記宣言には「TRIPS協定におけるコミットメントを維持しつつ」との記載があ
ることからも、同宣言のパラグラフ 5 は確認的な宣言にとどまり、TRIPS協定の権利義務を
変更するものではない。
同宣言を実施上の含意を持つ重要な政治的宣言と捉えてられている 7。
2008 年の第 61 回WHO総会で採択された「公衆衛生、イノベーション、及び、知的財産に
関する世界戦略と行動計画」8における別添のパラグラフ 12 には、世界戦略の文脈として、
国際知的財産条約は、途上国による医薬品アクセスを促進しうる柔軟性を含むが、柔軟性の
活用にあたり、途上国は困難に直面しているので、技術協力が必要であるとの記述がある。
しかしながら、TRIPS協定の義務を軽減するとの記載はない。
UNFCCC 下の交渉における提案文書に、柔軟性の文言が用いられている。2009 年のボリ
ビア提案では、既存の知的財産権の枠組みには、柔軟性があり、技術移転の障壁になりうる
ような知的財産の影響を小さくできるように設計できるとしているが、TRIPS 協定の義務を
軽減するための具体的な措置は明記していない。
TRIPS理事会において、豪州のたばこプレーンパッケージ規制に関する議題の下、インド
は、TRIPS協定 8 条は、加盟国が公衆衛生に必要な措置を採用できる程度に十分な柔軟性を
規定していると発言している 9。また、ニュージーランドは、豪州のたばこプレーンパッケ
ージ規制について、公衆衛生を保護し、柔軟性を最大限活用する加盟国の権利を支持するよ
うな方法で、協定が解釈されるべきであると述べている 10。しかしながら、公衆衛生保護に
必要な措置について、TRIPS協定の義務が緩和される、又は、緩和されるべきとは述べてい
ない。
「TRIPS 柔軟性」は、政策的方向性を示す概念として使用されているにすぎない。
3.WIPO 事務局の助言
(1)総論
WTO とは異なる組織であり、TRIPS 協定の解釈権限を有するものではない WIPO におい
て、同盟国に対して法的拘束力を有しない事務局による予備的研究で「TRIPS 柔軟性」が触
れられているので、紹介する。
6
日本語訳は外務省ホームページより入手(最終訪問日:2 月 10 日)
。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/wto_4/trips.html
7
脚注 2, p307.
8
WHA61.21.
9
IP/C/M/66, para. 198.
10
脚注 9, para. 200.
- 44 -
WIPO開発アジェンダの下の 45 の勧告はWIPO一般総会で採択され、開発と知財に関する
委員会(Committee on Development and Intellectual Property(CDIP)
)においても、同勧告は加
盟国に了承されている 11。その勧告の中には、WIPOは、TRIPS協定に含まれる柔軟性の理解
と活用に関して、開発途上国と後発開発途上国に対して助言するという記載がある 12。2009
年のCDIPにおいて、加盟国が事務局に対して、柔軟性に関する文書を準備するよう要請し、
この要請を受け、事務局は 2010 及び 2011 年に予備的研究をCDIPに提出した 13。
WIPO事務局は、予備的研究において、TRIPS柔軟性を、
「国益を折り込みつつTRIPS協定
の義務と整合するように国内実施することが可能な複数の選択肢が存在すること」と定義し
「TRIPS協定上の明らかな義務の履拒否を正当化する口実
ている 14。また、TRIPS柔軟性を、
と特徴付けられることがあるが、このような意見はTRIPS柔軟性の政策的側面(political
aspect)を反映したものである」とも述べている 15。
この WIPO 事務局の予備的研究は、それぞれの制度の意義を説明することにより政策的議
論を行い、論文等を引用しながら法的議論を進め、各国のプラクティスを紹介するという構
成になっている。法的議論は、論文等を紹介しつつ、解釈の可能性を示しているにすぎない。
また、各国のプラクティスを紹介しているが、各国のプラクティスが TRIPS 協定整合的か否
かの議論には触れていない。
以下、同予備的研究の、強制実施権と反競争行為規制の柔軟性について紹介する。
(2)強制実施権
WIPO事務局の予備的研究(CDIP/5/4)の第五節(a)
(パラグラフ 46 から 52)は、強制実
施権について記載している。一般論として、強制実施権は特許権に内在する排他性の濫用を
抑止する制度であると説明している 16。そして、合理的な条件によるライセンス契約を促す
など特許権の公正な使用を確保する重要な道具であると主張する論者がいることを紹介して
いる。他方で、強制実施権は将来のライセンシーの交渉ポジションを高めるために利用され
るべきではないとの主張があることも紹介している 17。法的議論については、強制実施権の
設定にあたり、
加盟国は、
TRIPS協定31 条の条件を満たさなければならないと述べる一方で、
予備的研究は多くの強制実施権設定理由を提示している。例えば、特許発明の不実施又は不
十分な実施、反競争行為、公衆衛生を含む公共の利益、合理的期間内の合理的条件でのライ
センス契約不成立及び利用関係にある特許、を挙げている。
この予備的研究は TRIPS 協定の解釈に対して、何ら法的意味を有するものではないが、知
的財産に関する国際的機関による法的議論として、誤解を与える虞なしとしない。例えば、
強制実施権設定理由の例示にあたり、合理的期間内の合理的条件でのライセンス契約不成立
11
12
13
14
15
16
17
http://www.wipo.int/ip-development/en/agenda/
http://www.wipo.int/ip-development/en/agenda/recommendations.html
脚注 4。
CDIP/5/4, para. 34.
CDIP/5/4, para. 32.
CDIP/5/4, para. 46.
CDIP/5/4, para. 47.
- 45 -
を、特許発明の不実施等と同列に扱うことに見られるように、特許発明の不実施を、合理的
期間内の合理的条件でのライセンス契約不成立と独立した理由のように説明しており、正確
さを欠いている。TRIPS 協定 31 条(b)
、
(k)に規定されているように、国家緊急事態その他
の極度の緊急事態や反競争行為を除き、商業的に合理的期間内の合理的条件でのライセンス
契約不成立の場合にのみ、強制実施権を設定できるのであり、特許発明の不実施の場合であ
っても、商業的なライセンスを求めなければならない。
(3)反競争行為規制
WIPO 事務局の予備的研究(CDIP/7/3)の第 6 節(パラグラフ 97 から 111)は、特許ライ
センス契約における反競争行為条項に対する知的財産当局による職権規制について記載して
いる。この節は、導入部、国際的な法的枠組み、国内の法的枠組みの三つから構成されてい
る。
導入部において、特許政策と競争政策と間の一般的な関係と知的財産当局による関与の類
型を説明している。特許制度が排他権を生み出す一方で、競争政策が市場の障壁を除くこと
を目的としているが、いずれも消費者の厚生を増加させるという共通の目標を持っているこ
とを指摘し、特許ライセンス契約には、特許制度に内在すると考えられる制限条項と競争法
違反を問われる可能性がある条項があると説明している。例えば、グラント・バック条項が
競争法違反を構成しうることを述べている。知的財産当局が関与可能な方法を、ライセンス
契約の事前規制という方法、反競争行為条項の可能性がある場合に知的財産当局から競争当
局に情報を送付する方法、及び、特許法に特定の条項を反競争行為として無効と規定する方
法、の三つに分類している 18。
国際的な法的枠組みとして、TRIPS協定 8 条 2 項、40 条 2 項、及び、28 条 2 項を説明して
いる。8 条 2 項は、
「加盟国は、権利者による知的所有権の濫用の防止又は貿易を不当に制限
し若しくは技術の国際的移転に悪影響を及ぼす慣行の利用の防止のために必要とされる適当
な措置を、これらの措置がこの協定に適合する限りにおいて、とることができる」と規定さ
れている。この規定について、WIPO事務局は、一般的な規定であり、実施方法を操作でき
る(maneuver)できる余地が大きいと記載している。40 条 2 項については、特定の行為を反
競争的としていないが、反競争行為となりうる行為として、排他的なグラント・バック条件、
有効性の不争条件及び強制的な一括実施許諾を例示していることに言及している。これら三
つの例示行為がアプリオリに反競争行為とみなされる可能性があるとしても、ケース・バイ・
ケースで反競争行為か否かを判断しなければならないことには変わりないという意見を引用
している。28 条 2 項については、特許ライセンス契約に関する条件を規定していないことか
ら、加盟国が実体規定や方式規定を決めることが可能であり、反競争行為条項の事前スクリ
ーニングの制度を取る国があることを紹介している。最後に、加盟国の反競争行為の取り締
まりの自由度の存在に言及しつつも、一般的抽象的ではなく、競争環境への現実的影響を詳
細に分析することが求められるべきことを指摘して、国際的な枠組みの説明を締めくくって
18
以上、CDIP/7/3, paras. 97-102.
- 46 -
いる 19。
そして、国内の法的枠組みとしては、先進国では競争法がカバーしていることが多いが、
反競争行為条項が無効となることを特許法に規定している場合もあると述べている。開発途
上国や後発開発途上国では、反競争行為の問題に対処できる機関がいつも存在するわけでは
ないという背景に言及し、TRIPS協定 28 条 2 項と 40 条 2 項の柔軟性を活用し、反競争行為
条項をリスト化し、特許ライセンスの登録義務を課すという方法を示している。最後に、知
的財産当局による反競争行為規制が地理的にも広く採用されているとしている 20。
この予備的研究は、ケース・バイ・ケースで反競争行為か否かを判断しなければならない
ことには変わりないという学者の意見を引用し、さらに、加盟国の反競争行為の取り締まり
の自由度の存在に言及しつつも、一般的抽象的ではなく、競争環境への現実的影響を詳細に
分析することが求められると述べていることから、反競争行為規制のためには、ケース・バ
イ・ケースで、競争環境への現実的影響を詳細に分析し、反競争行為条項が含まれていない
ライセンス契約を無効にしないだけの能力を競争当局又は知的財産当局が備えている必要が
あるとした上で、後段では、競争当局の能力が十分ではないから、反競争行為をリスト化し、
ライセンス契約に登録義務を課して取り締まることが柔軟性であるかのような指摘をしてい
る。現実の市場競争への影響を分析せず、単にリストとの比較のみによって、市場競争への
影響がないライセンス契約を無効にした場合に、TRIPS 協定 28 条 2 項の義務を果たさない可
能性があることを指摘していないので、
誤解を招くおそれのある不正確な記載となっている。
また、予備的研究は、知的財産当局のよる反競争行為規制が地理的に広く採用されていると
指摘するが、反競争行為をケース・バイ・ケースで的確に分析できている国がどの程度ある
かには言及していないので、誤解を招くおそれのある不正確な記載となっている。
4.WTO紛争解決 21
(1)米国-著作権法第 110 条第 5 項 22
米国著作権法第 110 条第 5 項は、著作権者の排他的権利を、一定の条件の下で制限する規
定である。同条 5(a)は家庭用免除(
“homestyle exemption”
)
、同 5(b)は業務用免除(
“business
exemption”
)を規定している。家庭用免除とは、演劇用音楽著作物(dramatic musical work)
の演奏等を、家庭で一般に使用される受信装置を用いて受信する場合には著作権の侵害とな
らないとするものである。また、業務用免除とは、非演劇的音楽著作物(nondoramatic musical
work)の演奏等をレストランやバー、店舗などの公共の場で流したとしても、一定の総床面
積及びスピーカーなど実演装置が一定のサイズ、台数を満たすものであれば、著作権の侵害
とならないとするものである 23。
19
20
21
22
23
以上、CDIP/7/3, paras. 103-07.
以上、CDIP/7/3, paras. 108-11.
脚注 2, p248-57 を参考にまとめている。
WT/DS160/R.
措置の概要は、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングによる、平成 15 年度 WTO 等における紛争処理ルール活
- 47 -
これらの例外措置が、TRIPS 協定 13 条(制限及び例外)で規定されているように、排他的
権利の制限又は例外を著作物の通常の利用を妨げず、かつ、権利者の正当な利益を不当に害
しない特別な場合に限定されているか否かが論点になった。
このうちの「特別な場合(certain special case)
」に限定されているか否かの論点の議論にお
いて、米国は、TRIPS協定がspecialの基準を明確にしていないことから、特定のケースがTRIPS
協定 13 条の例外のための適当な基礎を構成しているか否かの決定については加盟国に柔軟
性があると主張した
24
。しかしながら、パネルは、TRIPS協定における「特別な場合」の要
点は、
例外が的確に定義されていることであると米国自身が認めた箇所を引用するとともに、
WTOの解釈ルールに従って、通常の意味、文脈等を検討し、
「特別な場合」という条件は、
国内制度における制限や例外を明確に定めており、すなわち、範囲が狭いことを要求してい
ると述べている 25。そして、業務用免除については、レストラン、喫茶店など人々が集まる
場所において、権利者が著作物の使用を許諾する権利を与えるというベルヌ条約起草時の目
的に言及しつつ、本件においては、大多数のレストランが業務用免除を受けることになるか
ら、パネルは「特別の場合」には該当するものではないと判断している 26。他方、家庭用免
除については、潜在的な著作物使用者の範囲が、数量的な観点から限定されていると考えら
れ、十分に狭い範囲で適用されてきたことから、パネルは「特別の場合」の要件を満たすと
判断している
27
。このようなパネル意見からは、TRIPS協定は例外を規定しているのであっ
て、加盟国の裁量を規定しているのではないといえるであろう 28。
(2)中国-知的財産権の保護・実施に関する措置 29
商標権侵害や著作権侵害に対する刑事罰の適用に関して閾値を設けた措置が、TRIPS協定
61 条に整合的か否かが争われた。刑事罰の閾値については、商標権者に無断で、登録商標と
同一の商標を指定商品と同種の商品に使用する行為につき、
「情状が深刻である場合」
、3 年
以下の有期禁固、刑事拘禁又は罰金に処しと規定し、この「情状が深刻である場合」につい
て、
「違法な事業経営の規模が 5 万元以上(2 つ以上の登録商標の不正使用の場合は 3 万元
以上)
」
、
「違法な利得の額が 3 万元以上(2 つ以上の登録商標の不正使用の場合は 2 万元以
上)
」
、
「その他深刻な情状」がこれに当たるとした 2004 年に定められた最高人民法院の司法
解釈が争点とされた。30, 31
用の効果に関する調査研究を参考にしている。
(http://www.rieti.go.jp/wto-c/061020/061020-7.pdf)
(最終訪問日:
2012 年 2 月 12 日)
24
脚注 22, para. 6.103.
25
脚注 22, para. 6.112.
26
脚注 22, para. 6.133. 道垣内 正人、
「米国著作権法 110 条(5)」パネル報告、WTO パネル・上級委員会報告書に
関する調査研究報告書【2000 年度版】を参考にしている。
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/wto_bunseki/data/00doukakinai.pdf (最終訪問日:2012 年 3 月 15 日)
27
脚注 22, para. 6.143-45. 同様に、
「米国著作権法 110 条(5)」パネル報告を参考にしている。
28
脚注 2, p252.
29
WT/DS362/R.
30
脚注 29, paras. 7.396-415.
31
措置の概要等については、鈴木 將文、
【WTO パネル・上級委員会報告書解説②】中国-知的財産権の保護・
実施に関する措置(WT/DS362/R)―TRIPS 協定の権利行使に係る規律をめぐって―、RIETIRIETI Policy Discussion
- 48 -
TRIPS協定 61 条第1文の義務の性質について、当事国である中国や第三国参加したアルゼ
ンチンとタイからはTRIPS柔軟性に関連する主張がなされた。中国は、TRIPS協定 61 条第1
文の「商業的規模」とは、侵害行為が相当程度大きいことを指しているのであり、各国の裁
量に従う幅の広いある基準であるとし、TRIPS協定 1 条 1 項や 41 条 5 項に照らすと、各国は
エンフォースメントに関して相当の裁量があり、TRIPS協定 61 条について定義付けることが
できると主張した 32。アルゼンチンは、TRIPS協定 1 条 1 項は、既存の憲法や規制枠組みに
整合的にTRIPSのエンフォースメント規定を実施する柔軟性を認めていると主張した
33
。タ
イは、
「商業的規模」の定義はTRIPS協定になく、柔軟性がビルトインされており、各国は適
当と考える解釈を採用することができると主張した 34。
これに対して、パネルは、義務の性質について、TRIPS協定 1 条 1 項第 3 文 35は、低い基
準で実施する自由を加盟国に与えているわけではなく、適当な方法を決定する自由を与える
にすぎないのであり、TRIPS協定のエンフォースメント規定の義務の制限を正当化するよう
な実施を許容しているわけではなく、TRIPS協定 61 条は、TRIPS協定の義務に従っていない
「
「商業的
刑事罰の定義に関する国内実施を尊重するものではないと述べている 36。そして、
規模」とは、典型的な又は通常の商業活動の規模又は程度(the magnitude or extent of typical or
usual commercial activity)を意味すると解」し、
「従って、
「商業的規模の」商標の不正使用又
は著作物の違法複製とは、ある市場のある商品に関して、典型的な又は通常の商業活動の規
模又は程度により不正使用又は違法複製が行われる場合を指す」のであり、
「よって、ある市
場のある商品に関する典型的な又は通常の商業活動の規模又は程度が、TRIPS 協定 61 条 1
文の義務を課す基準となる」と判示している 37。この基準に従い、パネルは、刑事罰の閾値
が「商業的規模」よりも高いと認める十分な証拠が提示されなかったことから、TRIPS協定
61 条 1 文の違反について、米国が一応の立証をしていないと判断した 38。つまり、パネルは、
「商業的規模」の意味の決定に関して加盟国に裁量があるとは判断せず、個々の市場の特性
に依存することを強調することにより、加盟国の義務を軽減するために「TRIPS柔軟性」を
認めていない 39。
5.今後の課題
研究会では、議論の対象の明確化、政策論の整理、個々の柔軟性の議論における慎重な対
Paper Series 11-P-011 (2011)を参考にしている。
脚注 29, para. 7.481.
33
脚注 29, para. 7.484.
34
脚注 29, para. 7.493.
35
加盟国は、国内の法制及び法律上の慣行の範囲内でこの協定を実施するための適当な方法を決定することがで
きる。
36
脚注 29, paras. 7.513-14.
37
脚注 31 を参考にしている。
38
脚注 29, paras. 7.669 等.
39
脚注 2, p257.
32
- 49 -
応の三点について指摘がなされた。
議論の対象としている柔軟性(flexibility)が、国内実施の際の柔軟性なのか、一般の条約
の解釈の問題なのか、区別すべきであるとの指摘があった。TRIPS 協定 1 条 1 項第 1 文には
「加盟国は、この協定を実施する」とあり、TRIPS 協定上の義務を履行することを規定し、
TRIPS 協定 1 条 1 項第三文は国内履行として国内法を斟酌して手段を選んでよいと規定して
いる。そこで、
「TRIPS 柔軟性」の概念を用いて、実施の柔軟性を意図的に解釈の柔軟性に持
っていこうとする議論があるので、解釈の柔軟性と実施の柔軟性をしっかりと区別する必要
がある。また、解釈の問題については、TRIPS 協定 7、8 条も勘案しながら、丁寧に議論して
いく必要がある。
「TRIPS 柔軟性」に関する政策論の整理について、TRIPS 協定の実施に関する柔軟性を十
分確保することは我が国にとって望ましいのか否かを検討する必要がある。
個々の規定の解釈についても、慎重な対応が必要である。
その上で、①国際会合等における文書についても、配慮することが必要である。「TRIPS
柔軟性」の文言が国際機関において採択された文書に反映される例、及び、国際会合におい
て加盟国の発言や提案として使用される例では、TRIPS 柔軟性に関する記述や言及があるも
のの、政策的方向性が示されるにとどまっていた。今後の国際会合等においては、「TRIPS
柔軟性」に言及する文書や発言が、政策的なものか、義務を軽減することまで踏み込んでい
るかを見極めて対応していく必要がある。
②WIPO事務局の予備的研究についても、配慮することが必要である。WTO紛争解決事例
を見る限り、義務を軽減するような「TRIPS柔軟性」の主張は認められていない。また、WIPO
はWTOとは別の国際機関であり、WTOの附属協定であるTRIPS協定についての解釈権限を持
つものではない。また、事務局は、WIPO加盟国を拘束するような法的意見を述べる権限を
有するものではない。そもそも、事務局の予備的研究は、加盟国の要請に従って作成した議
論のための資料に過ぎないものである。ただ、この予備的研究は、将来的に、一定の影響力
を持つ虞はないとは言えないので、WIPO事務局の法的議論について、意見を述べていくべ
きものと考えられる。例えば、特許対象に関する予備的研究において、精製抽出された物質
は「発明」に該当しないという主張を紹介しつつも、WIPO事務局自身が、解釈が割れてい
ること、及び、今後争いうること 40を明示しており、文書の内容を正確なものとする。
③FTA や ACTA などの国際条約によって、
「TRIPS 柔軟性」が主張されることによる不利
益を受ける虞を軽減することができる。また、WTO 加盟国の貿易政策レビュー(Trade Policy
Review)や知的財産法改正時の通報の際に意見を述べることにより、
「TRIPS 柔軟性」によ
る不利益を軽減することができる。
40
特許対象に関する予備的研究においては、既存の生物のみならず非生物の既存物質から精製抽出された物質が
「発明」に該当しないため TRIPS 協定上の保護の対象に含める必要はないとの主張が紹介されているが、同予備
的研究においては、この点についてパネル解釈がない中、この主張への批判があることも同時に紹介している
(CDIP/7/3, para. 46)
。
- 50 -
Ⅳ.TRIPS 理事会等における技術協力及び技術移転奨励措置の議論等について
1. はじめに
TRIPS 協定には、技術協力及び技術移転奨励措置に関する先進国の義務が規定されてお
り、日米欧等の先進国は、この義務の履行に関する取組を TRIPS 理事会に報告している。
これに対し、後発開発途上国(以下、
「LDC」ともいう。
)は、先進国の取組が必ずしも十
分ではないとして、更なる技術協力を求めるとともに、TRIPS 理事会に報告された取組が
TRIPS 協定上の技術移転奨励措置の義務を履行しているか否かについて、モニタリングを
容易にするための方策を提案するに至っている。
このような状況の下、我が国が今後、適切な対応を講じていくには、技術協力及び技術
移転奨励措置の義務及び求められる取組について、改めて把握することが重要である。し
たがって、本稿では、TRIPS 協定上の義務等について明らかにしつつ、日米欧がいかなる
取組を通じて義務を履行しているかを確認し、それに対する LDC 側の指摘を見ることと
する。そして、これら米欧の取組や LDC の指摘を踏まえた今後の我が国の留意点につい
て、考察することとしたい。
2. TRIPS 協定上の先進国の義務等
(1)技術協力
TRIPS 協定 67 条には、
「この協定の実施を促進するため、先進加盟国は、開発途上加盟
国及び後発開発途上加盟国のために、要請に応じ、かつ、相互に合意した条件により、技
術協力及び資金協力を提供する。その協力には、知的所有権の保護及び行使並びにその濫
用の防止に関する法令の準備についての支援並びにこれらの事項に関連する国内の事務所
及び機関の設立又は強化についての支援(人材の養成を含む。
) を含む」
と規定されている。
TRIPS 理事会議長は、毎年 6 月の TRIPS 理事会において、その次の TRIPS 理事会(概ねそ
の年の 10 月)における技術協力に関する年次レビューを提案し、加盟国および国際機関に
対して取組報告を慫慂している。
この技術協力に関しては、LDCの経過措置延長時の決定事項に留意する必要がある。す
なわち、LDCの経過措置延長を決定したTRIPS理事会決定 1のパラグラフ 2~4 には、①LDC
は、優先的なニーズを特定し、TRIPS理事会に報告する、②TRIPS協定 67 条に従い、先進
国は、優先的なニーズに効果的に対応するような技術協力を提供する、③WTOはWIPOと
の協力を強化する、との要素からなる「強化された(enhanced)技術協力」の必要性が言
及されている;。
このうち、①の LDC の優先的なニーズについては、シエラレオネ、ウガンダ、バング
ラデシュ、ルワンダ、タンザニア、セネガルの 6 カ国が既に報告を終えている。例えば、
ウガンダは優先的なニーズとして、知財政策形成の支援、政策立案者の育成、中小企業等
1
IP/C/40. 2005 年 11 月の TRIPS 理事会の決定。2013 年 7 月 1 日まで TRIPS 協定 3~5 条を除き LDC は TRIPS
協定上の義務を負わない。
- 51 -
に対する知財に関する啓発、
商標や特許登録の電子化、
消費者に対する知財に関する啓発、
海外のエンフォースメント機関との協力強化などを挙げている。
(2)技術移転奨励措置
技術移転奨励措置義務については、TRIPS協定 66.2 条に、
「先進加盟国は、後発開発途上
加盟国が健全かつ存立可能な技術的基盤を創設することができるように技術の移転を促進
し及び奨励するため、先進加盟国の領域内の企業及び機関に奨励措置を提供する」と規定
されている。これに関連し、2003 年 2 月のTRIPS理事会では、技術移転奨励措置義務(TRIPS
協定 66.2 条)の実施に関する決定がなされた 2。この決定のパラグラフ 1 では、先進国に
対して、3 年に一度、技術移転奨励措置義務の実施に関する詳細な情報を、その他の年は
当該詳細な情報の更新情報を、それぞれTRIPS理事会に報告することが義務づけられてい
る。また、同決定のパラグラフ 2 では、毎年最後のTRIPS理事会(概ね 10 月開催)におい
て、技術移転奨励措置義務に関して、年次レビューを行うことが定められている。
3. 日米欧の取組
(1)我が国の取組
我が国は技術協力の取組として、主にWIPOを通じた技術協力や特許庁等による技術協
力についてTRIPS理事会に報告している 3。
1987 年以来、我が国は WIPO ジャパン・トラスト・ファンド(2011 年度は、183 万スイ
スフラン)を通じて、シンポジウムの開催、研修生の受け入れ、知的財産に関する研究生
の受け入れ、特許庁の専門家派遣、知的財産庁業務の機械化等の近代化に貢献してきてお
り、2008 年以降は、知的財産のための法的枠組みの強化、日本の専門家の経験共有、人材
育成などを狙いとした WIPO アフリカ・ファンドも提供している。中でも、特許庁による
技術協力は多岐にわたるが、その詳細は、本章のⅤ.特許庁における途上国支援を参照さ
れたい。
その他、マレーシアの知的財産分野における人材育成やフィリピンにおける知的財産行
政の近代化の援助といったJICA技術協力プロジェクト、シンポジウムの開催や研修生の受
入といった文化庁のアジア地域著作権制度普及促進事業、国境措置に関する研修などを提
供している。また、TRIPS理事会に対する技術協力の報告には記述されていないが、司法、
警察、税関当局に対する真贋判定セミナーの開催なども行っている 4。このことからも分
かるように、我が国の技術協力は規模も大きく、広範なものであるといえよう。
他方、技術移転奨励措置についても、TRIPS理事会に我が国の取組を報告している。我
2
IP/C/28
最近の報告は、IP/C/W/560/Add.1。
4
昨年 8 月には、インドネシアのスラバヤで真贋判定セミナーが開催されている。このセミナーの目的は模倣
品取締実施機関職員の模倣品判別能力の向上への支援と、インドネシアで知的財産権を有する日本企業とイン
ドネシア・スラバヤの取締実施機関との協力関係強化である。参加企業が 15 分から 30 分程度のプレゼンテー
ションを行い、真贋判定のポイントを教えている。
3
- 52 -
が国の技術移転奨励措置の基本的な考え方は、技術的インフラの向上のみならず知的財産
権の適切な保護が、海外投資に必要なビジネス環境を整えるものであり、ビジネス環境整
備に資する知的財産権保護に関する協力は、海外投資を通じたさらなる技術移転のインセ
ンティブとして機能するというものである 5。こうした考え方に従い、報告書には、JICA
の技術協力、AOTSによる人材育成、医薬品分野における人材育成等のみならず、WIPOと
協力して提供している知財制度に関する人材育成等を通じた事業環境整備などを含めてい
る。
(2)米国の取組
LDCを含む多くの途上国を対象とした、
米国も広範な技術協力の取組を報告している 6。
USPTOの知財アカデミーにおける知財法制全般の教育の提供、途上国の審査官を育成する
プログラムの提供、エンフォースメントに関するワークショップの開催といった取組につ
いて報告を行っている。なお、GI保護については、商標による保護を選好する米国と、独
自制度による保護を選好するEUが、FTAなどを通じてそれぞれの選好する法制度を拡布し
ようと取り組んでいるところであるが、米国はそうした国際交渉のみならず、ARIPOメン
バー国に対する技術協力においても、商標によるGI保護を働きかけている。
また、技術移転奨励措置の義務に関しては、基本的な考え方は我が国と類似している。
米国は、環境分野や公衆衛生分野における資金貢献等について報告を行っているが、技術
移転の主役は民間企業であることから、民間企業の投資意欲を高めるために、知的財産制
度を含む投資環境整備が重要であることを報告の中で強調している 7。例えば、商業に関
連する法整備支援(知的財産保護制度を含む)が報告されており、具体的には、米国にお
ける地理的マーク登録に関してマリを支援したプログラムが報告されている。この中で、
証明商標や団体商標としての登録の方法、登録手続き、マリのエシャロット生産者が直面
する困難と実務的解決策などを提供している。
(3)EU の取組
EUおよびEU加盟国も、広範な技術協力の取組をTRIPS理事会に報告している 8。技術協
力報告書には事実が簡潔に記載されているのみであり、知財分野におけるEUの技術協力の
基本的な考え方が記載されているわけではないが、LDCの優先的なニーズを意識した技術
協力・人材育成や法制度整備支援を行っていることが特徴である。例えば、優先的なニー
ズを既に提出しているウガンダに対しては、TRIPS義務履行を目的としたプロジェクトを
提供しており、その中には、既存の知財法制度のレビュー、ウガンダ国内のステークホル
ダーとの協議(ワークショップの開催等)
、適当な場合には知財分野の法律のドラフト、改
5
6
7
8
IP/C/W/558/Add.1, para. 2.
IP/C/W/550/Add. 6
IP/C/W/558/Add.6
IP/C/W/550/Add. 5
- 53 -
正等が含まれている 9。ザンビアに対しては、遺伝資源、伝統的知識等を含む新たな知財
の保護法制の提案やドラフトを行うことを目的とした技術協力を提供している。中国に対
しては、法的枠組み、能力構築、情報へのアクセス、エンフォースメント、権利者の支援、
意匠と商標の6つの観点から技術協力(IPR2)を提供している 10。
技術移転奨励措置については、直接投資や技術ライセンスの促進、技術へのアクセス改
善、共同研究の支援、技術に関する教育、技術習得能力の向上、技術貿易の促進といった
目的と関連している措置を報告している 11。協力分野は、公衆衛生、食糧・農業、インフ
ラ整備などが中心である。日米が知的財産制度を含む投資環境整備を強調しているのに対
し、EUはこの点に関して控えめである。ただ、技術習得能力の向上に関連して、サブサハ
ラにおける臨床試験能力の向上などを目的とするEuropean & Developing Countries Clinical
Trail Partnershipというプログラムが報告されており、このプログラムの中では、能力構築
以外に、臨床実務に関するベストプラクティスや規制枠組も提供していることから、投資
環境整備に関心がない訳ではなく、
報告書の作成アプローチが異なるとの捉え方もあろう。
4. TRIPS 理事会等における LDC の指摘
(1)技術協力
LDCはTRIPS理事会において、これまで 6 カ国のLDCが優先的なニーズを提出している
ものの、当該ニーズに応える支援が為されていないと指摘するとともに、世界経済が厳し
い状況ではあるが、先進国の支援を期待すると述べている 12。また、先進国からの支援が
十分でないことに触れつつ、経過措置の再延長を暗に求めてきている 13。この経過措置の
再延長に関しては、2011 年 12 月の第 8 回WTO閣僚会合において、TRIPS協定 66 条 1 項に
規定されている正当な理由に基づいたLDCからの要請を真摯に検討することがTRIPS理事
会に要請されることとなった
14
。今後、TRIPS理事会にLDCからの要請が為されれば、経
過措置の再延長について検討することとなる。
(2)技術移転奨励措置
9
Inter Press Service(1964 年設立。ニュース提供を中心とする国際的なコミュニケーションサービスを提供。開
発、グローバル化、人権、環境といった論点に関する声を届けることを目的とする)は、EU が資金協力して
ドラフトした模倣品法(Counterfeit Goods Bill)の刑事罰規定が TRIPS 協定以上であり、医薬品アクセスを阻
害するとの批判があると報じている(http://ipsnews.net/news.asp?idnews=50661)
(最終訪問日:2012 年 1 月 31
日)
。他国が法案ドラフティングまで関与する場合の教訓である。
10
IPR2 のホームページによれば、地理的表示についても技術協力している。中国は TRIPS 理事会において GI
拡大を強く主張している。
11
IP/C/W/551/Add.7
12
IP/C/M/67, para. 337.
13
IP/C/M/63, para. 154 では、バングラデシュが経過措置の再延長は本意でないとしながら、選択肢の一つであ
ると述べている。また、IP/C/M/67, para. 338 では、アンゴラが、LDC を代表して、2020 年までの経過措置の延
長を検討することについて言及している。
14
WT/L/845
- 54 -
先進国の報告書に対し、LDCから、技術移転が進まないとの認識を背景にした懸念が示
されている。例えば、2010 年 10 月のTRIPS理事会においては、報告書における技術移転の
定義が明確でないこと、報告書にはLDCに特化したプログラム以外が含まれていること、
技術協力の報告との違いが明確ではないこと、報告フォーマットが様々であることを問題
視する指摘がLDCよりなされた。これに関連し、2011 年 10 月、LDCは、報告書のフォー
マット案に関する作業文書を回付した 15。このフォーマット共通化提案は、義務履行のモ
ニタリングの促進を意図するものである 16。
このようなLDCの議論に関連し(あるいは先導的な役割を担うため)
、International Centre
(Meaningful Technology
for Trade and Sustainable Development(ICTSD)17のポリシー・ブリーフ
Transfer to the LDCs: A Proposal for a Monitoring Mechanism for TRIPS Article 66.2、2011 年 4
月)では、TRIPS協定 66.2 条の義務履行のモニタリング・メカニズムの強化が主張されて
いる。具体的には、報告書を統一し、TRIPS協定 66.2 条に規定しているインセンティブに
該当する措置の理解を正確にすることの重要性が指摘されている。
(3)
「貿易と技術移転に関する作業部会」における議論
貿易と技術移転に関する作業部会は、ドーハ閣僚宣言により設置されたものであり、先
進国と途上国との間の技術移転と貿易の関係や技術移転を促進する方策について検討がな
されている。したがって、TRIPS理事会に代わってTRIPS協定 66.2 条の技術移転奨励措置
を議論する場ではないが、関連はあるといえよう。2011 年 6 月の会合においては、複数の
途上国がICTSDのポリシー・ブリーフ(前掲)に言及し、TRIPS理事会に報告された 384
プログラムのうち 42 プログラムのみがTRIPS協定 66.2 条を満たすとの箇所を引用して、技
術移転奨励措置の不足を主張している 18。
5. 今後の留意点
ここまで概観してきた内容を踏まえつつ、今後、我が国が取組を為す上で留意すべき点
について考察を行うこととする。
(1)技術協力
まず、技術協力に関する LDC の指摘に対しては、LDC の経過措置延長を決定した TRIPS
理事会決定のパラグラフ 2 および 3 の文脈を考慮しつつ、冷静に対応することが重要であ
る。2.で述べた通り、上記決定のパラグラフ 2 には、LDC は優先的なニーズを特定し
TRIPS 理事会に報告するとあり、同パラグラフ 3 には、TRIPS 協定 67 条に従い、
先進国は、
優先ニーズに効果的に対応するような技術協力を提供するとあるが、
ここで注意すべきは、
15
IP/C/W/561
IP/C/M/63, para. 135.
17
1996 年にジュネーブに設立された NGO。持続可能な国際貿易体制実現のために活動している。UNCTAD や
WIPO のオブザーバーステータスを持つが、TRIPS 理事会のオブザーバーではない。TRIPS 協定の実施に関す
る途上国向けの書籍(Resource Book on TRIPS and Development)を UNCTAD とともにまとめている。
18
WT/WG/GTTT/M/36, para. 4.
16
- 55 -
「TRIPS 協定 67 条に従(う)
」点である。すなわち、TRIPS 協定 67 条に記された「要請に
応じ、かつ、相互に合意した条件により」技術協力を提供することが重要なのであって、
優先的なニーズ全てに応えることが必ずしも求められている訳ではない。
既に述べた通り、我が国は大規模で広範な技術協力を提供し、TRIPS 協定の義務を果た
していることから、たとえ今後、LDC が経過措置を再延長する理由として先進国による支
援の不十分さを挙げたとしても、我が国の取組が TRIPS 協定 67 条に従った適切かつ十分
なものであることを説明していくことが重要であるといえよう。
また、他国の取組を参考に、多様な技術協力の可能性について検討することも必要であ
ろう。3.では米欧の取組を概観したが、TRIPS 理事会への報告書を見る限り、EU は法
案のドラフト等に積極的である点で、日米とは異なるアプローチを選択している。このよ
うな EU の取組が優れているか否かは精査を要するが、日本の技術協力は人材育成、情報
化協力が中心であるところ、法案のドラフトといった種類の支援は既存の協力事項と複合
的な効果を生む可能性もあるといえ、
今後の検討事項として注目に値するものといえよう。
(2)技術移転奨励措置
技術移転奨励措置については、その義務の性質について我が国の基本的な考え方を維持
しつつ、TRIPS 理事会で取組の背景を適切に紹介していくことが重要である。
我が国の基本的な考え方は、米国と同様、技術移転の主役は民間企業であり、民間企業
の投資意欲を高めるために、知的財産制度を含む投資環境整備が重要ということにある。
2008 年までの我が国のTRIPS理事会に対する報告書は、
「報告書に知的財産制度整備を含め
ている」と記載しているのみであったが 19、2009 年以降の報告書では、知的財産制度整備
を含めて報告している理由を、投資環境整備と関連づけて説明しており、義務の性質に関
する理解を明らかにしている。
モニタリングを強化すべきという LDC の主張の背景には、技術移転奨励措置の義務の
性質に関する異なった理解があるが、その懸隔を埋めるためにも、
TRIPS 理事会において、
我が国の基本的な考え方に沿った取組を説得力ある形で報告していくことが求められる。
19
IP/C/W/519 の冒頭。
- 56 -
Ⅴ.特許庁における途上国支援
1.途上国支援の方針
途上国における知的財産権制度の整備および運用の改善のための支援は、我が国からの
輸出品を輸出先国の模倣品による不当な競争から守るとともに、投資資産である知的財産
を適切に保護することに寄与する。また、知的財産制度の整備等に関する途上国への支援
は、これらの国における知的創造サイクルの確立を助けるとともに、直接投資を促進する
ことにより途上国経済の活性化に寄与する。このように、知的財産分野における途上国支
援は、貿易・投資環境の改善という通商政策課題の解決の側面を持つとともに、途上国を
含む世界経済の持続的な成長に寄与するものである。このような観点から、特許庁は、従
来アジア地域を中心とする途上国に対して、知的財産権の保護強化のための人材育成や情
報化等を積極的に支援してきた。
2000 年 1 月以降、途上国はTRIPS協定の義務を負っている。また、我が国が途上国と締
結した経済連携協定の中にはTRIPS協定を上回るルールを含むものがあり、これらのルー
ルについても途上国は履行しなければならない 1。すなわち、途上国の知的財産制度は整
備されつつある。図表 1 は、アジア地域における条約加盟状況・法整備状況を示したもの
であるが、制度が整備されつつあることをよく表している。
図表 1
注 1:WIPO(世界知的所有権機関)
注 2:マドプロ:マドリッド協定議定書(商標について、WIPO に対して国際登
録を行うことにより、
指定国においてその保護を確保できることを内容とする条約)
注 3:台湾は、国連未加盟のため、WIPO、パリ条約、PCT 条約、マドプロについ
ては、加盟できない。
1
刑事罰対象権利の拡大(TRIPS 協定:商標および著作権→知的財産全般)
(インドネシア、フィリピン、タイ)
など。
- 57 -
他方、途上国の知的財産制度の運用は不十分であることから、運用を担う人材育成等を
中心とした途上国支援を通じた改善が不可欠である。知的財産推進計画 2011 には、途上国
の知的財産庁における人材育成および審査能力の向上、研修生の受け入れと専門家派遣、
フォローアップセミナー開催やネットワーク構築・維持を通じて、途上国の知的財産環境
を整備することが掲げられている。また、特許庁がまとめた国際知財戦略(Global IP
Initiative)では、アジア新興国などとの連携強化の方策として、知財専門家を新興国に派
遣することよる審査協力、ASEAN特許審査実務研修の充実、我が国審査結果情報の更なる
活用が挙げられている 2。このように、現在の途上国支援は、人材育成等を通じた知的財
産制度の運用改善が中心となる。
以下では、特許庁における途上国人材育成について経時的に概観するとともに、現在の
途上国支援の概要を説明することにより、国際知財制度研究会における議論の土台とした
い。
2.特許庁における途上国人材育成の経時的概観
(1) TRIPS 協定履行期限に向けた制度整備段階(1999 年以前)
特許庁による人材育成協力は 1979 年に始まり、90 年代中盤からは TRIPS 協定履行に向
けたアジア太平洋地域諸国における制度整備支援に重点を置いて実施してきた。
とりわけ、
1995 年の APEC 大阪会合において 1000 人研修構想を立ち上げ、アジア太平洋地域を始め
とした途上国への支援を本格的に開始した。
(2) TRIPS 協定履行担保のための制度運用向上段階(2000 年以降)
2000 年 1 月 1 日に途上国に義務が発生した TRIPS 協定の履行担保へ資するべく、
途上国
支援を更なる制度運用の向上へと力点を移した。支援内容も当初の知的財産制度に関する
一般的事項から、情報技術分野、エンフォースメントに拡大した。2008 年には、これまで
のアジア太平洋地域を中心とした途上国支援に加え、アフリカおよび後発開発途上国への
自立的経済発展を促進するための人材育成協力を開始した。また、インド特許庁が、特許
協力条約(PCT)の国際調査機関および国際予備審査機関に指定されたことを受け、2009
年以降は、PCT における国際調査機関等に新たに指定された特許庁の支援を目指した審査
官向けの実践的な研修等を提供している。従来の人材育成等に加え、新興国が国際的知財
制度の一翼を担う時代に対応することが重要である。
3.現在の途上国支援事業の概要
(1) 招へい研修
知的財産権の保護強化のための人材育成を目的とし、審査、行政、IT、執行等の短期研
修を実施している。また、2009 年度から特許審査における検索・審査実務能力の向上を目
2
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/tizai_bukai_16_paper/siryou_01.pdf
- 58 -
的とした特許審査実践研修プログラムを開始し、これまで、PCT の国際調査機関および国
際予備審査機関に指定されたインドの特許審査官を対象として実施している。これら短期
研修及び特許審査実践研修プログラムを利用して、1996 年 4 月から 2011 年 3 月までに、
アジア太平洋地域を中心とした 57 カ国 1 地域から官民合わせて 3,451 名の研修生を招へい
した。さらに、途上国において知的財産権の指導的立場にある者や今後そのような立場に
なる者を長期研究生として招へいし、6 ヶ月にわたり自主的な研究活動の場を提供してい
る。2010 年度は、中国、インド、ベトナム、ブラジル、マレーシアよりそれぞれ 1 名の研
究生を招へいした。また、研修修了生で組織される同窓会組織を通じて、我が国と途上国
との人的なネットワークの構築・維持に努めている。
(2) WIPO ジャパン・トラスト・ファンド
我が国は、途上国の産業財産権分野の開発協力のため、1987 年度より、WIPO に任意拠
出金を支出している。TRIPS 協定の発効における国際協力の重要性の拡大と更なる国際貢
献の観点から、拠出金を増額し、途上国への協力の一層の充実を図ってきた。更に、2008
年度からは、当初のアジア太平洋地域を中心とした協力に加え、アフリカ諸国へも支援対
象を拡大した。
WIPO では、この拠出金に基づいて信託基金「WIPO ジャパン・トラスト・ファンド」
が組まれ、国連アジア太平洋経済社会委員会地域の WIPO 加盟途上国を対象に、シンポジ
ウム等の開催、研修生および知的財産研究生の受入れ、専門家派遣、各国特許庁の近代化
などの各種プログラムが実施されている。2008 年度からのアフリカへの支援拡大に伴い、
新たにアフリカ・後発開発途上国を対象とした開発協力として、アフリカ地域の教育機関
における知的財産修士コースへの就学支援等を開始した。
特許庁は、WIPO ジャパン・トラスト・ファンドを活用し、特許庁職員や日本の専門家
を途上国に派遣し、シンポジウム等において日本の経験を伝えるとともに、途上国のニー
ズに沿った支援を行うために、専門的知見から助言および指導を行っている。
(3) JICA 技術協力プロジェクト等
特許庁では、政府開発援助(ODA)の実施機関である独立行政法人国際協力機構(JICA)
の技術協力プロジェクトを通じて、途上国に長期専門家を派遣し、知的財産制度整備の支
援、人材育成協力、普及啓発活動を行っている。この技術協力プロジェクトは、専門家の
派遣、
研修生の受入れ、
機材の供与という 3 つの協力手段を組み合わせて実施されている。
技術協力プロジェクトは、知的財産分野における途上国のニーズは様々であるところ、相
手国政府の要請に基づき、計画策定調査および相手国政府との協議を経て、具体的協力内
容が決定される。
これまで数多くのプロジェクトが実施されてきた。知財行政改善/知財保護強化を目的
として、インドネシアに対して「知的財産行政改善プロジェクト(2005 年から 2010 年)
」
、
中国に対して「知的財産権保護プロジェクト(2005 年から 2010 年)
」
、マレーシアに対し
て「知財人材育成にかかるマレーシア知的財産庁の行政能力向上プロジェクト(2007 年か
- 59 -
ら 2010 年)
」がそれぞれ実施された。また、機械化支援として、インドネシアに対して「知
財行政 IT 化計画(2005 年から 2007 年)
、フィリピンに対して「工業所有権近代化プロジ
ェクトおよびフォローアップ(1999 年から 2007 年)
、タイに対して「工業所有権情報セン
タープロジェクト(1995 年から 2000 年)
、ベトナムに対して「工業所有権業務近代化プロ
ジェクト(2000 年から 2004 年)
、知的財産権情報活用プロジェクト(2005 年から 2009 年)
がそれぞれ実施されてきた。
2012 年 3 月時点では、インドネシアにおける「知的財産権保護強化プロジェクト(2011
から 2015 年)
」が進行中である。このインドネシアのプロジェクトは、エンフォースメン
ト強化や審査能力の向上を目的としている。
- 60 -
第3章 標準と知財に関する分析
Ⅰ.
「標準と特許」を巡る国際的な動向について
1. はじめに
「標準と特許」の問題は、長年にわたって議論されてきたテーマであるが、この議論に
おける主な論点の一つとして、標準策定機関やパテントプール(以下、
「標準策定機関等」
と示す場合がある。
)
における標準策定後に必須特許に関して特許権侵害が主張される等に
より、継続的な標準の使用が妨げられることがある。特に、情報通信機器など、一つの製
品に多くの特許権が存在する場合には、このような問題が生じる可能性が高いとされる。
係る問題を回避するため、標準策定機関等はパテントポリシーを策定して一定の対処を行
うものの、通常は必須特許の認定や個々のライセンス契約には関与しない。すなわち、主
たる利害調整は市場のプレイヤーによって行われることとなるため、こうしたアプローチ
は、いわゆる「市場アプローチ」又は「契約アプローチ」と整理することができよう 1。
これら「市場アプローチ」又は「契約アプローチ」の特徴としては、個々のケースに対応
できる柔軟性があるといえる。
これに対し、継続的な標準の使用をより確実に行うとの意識の下、いわゆる「法令アプ
ローチ」2による対処が中国から提案されている。2009 年 6 月に公表された「特許権侵害
紛争の審理における法律適用についての若干問題に関する最高人民法院の解釈(意見募集
稿)
」及び同年 12 月に公表された「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規
定(暫定施行)
(意見募集稿)
」が主たるものであるが、双方ともその内容につき国際的な
懸念が示されたため、現時点において施行されていない。
これら中国国内の動きに加え、WIPOや欧州でも「標準と特許」の議論が行われている。
2009 年に行われたWIPOの特許法常設委員会(SCP: Standing Committee on the Law of
Patents)では、ブラジルが「標準と特許」の議論を公衆衛生分野へ展開する可能性を主張
している 3。また、欧州では 2011 年、独マックスプランク研究所のクーア教授らが、TRIPS
協定改正私案を公表している 4。この私案は、知財で保護されている技術が競争に不可欠
な場合、継続的に使用ができるよう措置を設ける義務を提案するものであるが、競争法の
適用を通じた「法令アプローチ」を目指すものと整理することもできよう。
このように、
「標準と特許」の問題については国際的に広く議論され、その論点の一つと
して近年「法令アプローチ」が提起されているところ、今後、我が国が適切な対応を図っ
ていくためには、広く国内外の動向を把握することが不可欠である。したがって、以下で
1
WIPO, SCP13/2, 139.においては、contractual solutions と述べられている。
なお、2009 年 2 月 18 日付け WIPO, SCP13/2, 141.においては、標準の実施に不可欠な特許権の制限に係る法
令は存在しないと報告されていた。
3
WIPO, SCP13/8, 166-188.
4
Annette Kur, et. al., Intellectual Property Rights in a Fair World Trade System –Proposals for Reform of TRIPS (2011).
この私案はマックスプランク研究所としての意見ではない。
2
- 61 -
は「標準と特許」に関連するTRIPS協定の規定及びTBT委員会での議論を見つつ、中国の
動向、ブラジル・米国のスタンス 5、我が国工業標準調査会の手続き、クーア教授等(独
マックスプランク研究所)のTRIPS協定改正私案について整理することとする。なお、本
国際知財制度研究会において、本稿に基づく発表は、本章の他の報告(Ⅱ. 不可欠技術と
強制実施権、Ⅲ. 電気・電子分野からみた標準と知財)と併せて検討されたところ、それ
らの報告内容についても参照されたい。
2. TRIPS 協定の規定
標準策定機関等における標準策定後に必須特許に関して特許権侵害が主張される等によ
り、継続的な標準の使用が妨げられる事態について、TRIPS協定はどのように関与してく
るであろうか。多くの規定が関係するものと推察されるが、ここでは採り上げられること
の多い強制実施権及び差止命令制限(権利の制限)について、概観することとしたい 6。
(1)強制実施権
強制実施権について、TRIPS 協定 31 条(b)では、合理的な商業上の条件の下で特許権
者から許諾が得る努力をしたが、合理的な期間内に成功しなかった場合にのみ認められる
と規定されている。したがって、標準の使用を中断なく確保しようとすれば、これらの規
定を満たすことは難しくなる。
他方、TRIPS 協定には、上に述べた合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾が得
る努力をしたが、合理的な期間内に成功しなかった場合という条件が免除される場合も規
定されている。それは、国家緊急事態(31 条(b)
)
、公的な非商業的使用(同左)及び反
競争行為の是正(31 条(k)
)である。標準の継続的使用は、通常、国家緊急事態に該当す
るとは考えられず、非商業的使用についても想定されないことから、実質的に関連するの
は反競争行為の是正であるといえよう。
そうした立場を採る制度として、中国改正特許法の第六章(特許実施の強制許諾)第 48
条がある。同条には、
「以下のいずれかの状況に該当する場合、国務院専利行政部門は実施
条件を具備した部門又は個人の請求により、発明特許又は実用新案特許の実施を強制許諾
することができる」と規定され、そのうちの一つの状況が「特許権者による特許権の行使
行為が法に基づき独占行為であると認定され、当該行為によってもたらされる競争上の不
利な影響を解消するか、又は減少させる場合」とされている。すなわち、標準策定後に必
須特許に関して特許権侵害が主張される等により、
継続的な標準の使用が妨げられる結果、
競争法上の問題があれば強制実施権を設定するというアプローチを採用している。
5
6
WIPO の SCP において、中国、ブラジル、米国が熱心に議論しているため、この三カ国を取り上げた。
Lawrence A. Kogan は、TRIPS 協定 8 にも言及しているが、
「この協定に適合する限り」という部分を強調して
おり、
「標準と特許」の積極的調整に資するとまでは考えていないようである。Lawrence A. Kogan, The
Complementary of Patent and Standard, ITSSD (2011).
- 62 -
(2)差止命令制限(権利の制限)
標準策定後に必須特許に関して特許権侵害を主張したり、ライセンス契約締結を要求し
たりするという状況において、裁判所が差止請求を認めないことも考えられる 7。しかし
ながら、特定ケースにおいて排他権を制限することになるため、第三者の正当な利益を考
慮し、特許の通常の実施を妨げず、特許権者の正当な利益を不当に害さないような限定的
な例外でなければならない(TRIPS協定 30 条)
。反競争行為を含め、標準と特許の調整に
おいて具体的にどのようなカテゴリーの行為が差止請求を認めない場合に該当するかは、
必ずしも明らかとはなっていない。
なお、米国では、特定の特許権者が、黙示の場合も含め、標準策定団体を誤解させ、こ
の特許権者の特許を含む標準採択に至らせた場合には、衡平法上のエストッペル 8やラッ
チェス 9がホールドアップ行為を抑制するという意見があり、特にエストッペルが有力で
あるとの主張がみられる 10。
3. TBT 委員会における議論
TBT協定は強制規格等に関するルールであり、標準策定機関等における標準策定後に必
須特許に関して特許権侵害が主張される等により、継続的な標準の使用が妨げられる事態
に関連する規定を定めているわけではない。しかし、TBT協定 2.4 条には、原則として、
国家標準は国際規格を基礎に定めなければならないと規定していることから 11、途上国の
中には、そのような国際規格に先進国の特許が埋め込まれていれば、国家標準を通じて間
接的に使用を強制させられるものであり、何らかの対処が必要であると考える向きがあ
る 12。その背景には、途上国側に、専門家不足などの理由により国際規格策定に関与でき
7
TRIPS 協定 44 条は「知的所有権を侵害しないこと・・・を通関後直ちに防止することを命ずる権限を有する」
と規定しているのみであるから、システマティックに差止命令を拒絶すれば格別、そうでない場合には権限を
有しているとして肯定的に捉える見解もある。Daniel Gervais, The TRIPs Agreement - Drafting History and Analysis
- (3rd Ed.) (2008), 447, 453.
8
禁反言。何らかの行為によってある事実の存在を表示した者に対し、 それを信じて自己の利害関係を変更し
た者を保護するため、表示した事実に反する主張を禁止する原則へと発展し、コモン・ロー、エクイティを問
わず適用される法理となった(以上、財団法人東京大学出版会 英米法辞典より)
。A.C. Aukerman Co. v. R. L.
Chaides Construction Co. (960 F.2d 1020 (Fed. Cir. 1992 (en banc))によれば、
(1)作為、不作為、黙示にかかわら
ず、特許権者による誤解を生じさせる行為を通じて、特許権者が権利行使する意図がないことについて、被疑
侵害者が合理的に推論する(infer)に至ったこと、
(2)被疑侵害者がそのような行為を信用したこと、
(3)
その結果、被疑侵害者が重大な損害を被ったことを示す必要があり、この三つが示された場合、裁判所は特許
権者の請求(差止請求を含む)の一部又は全てについて認めなくてもよい。
9
エクイティ上の請求権についての消滅時効(財団法人東京大学出版会 英米法辞典より)
。A.C. Aukerman Co.
v. R. L. Chaides Construction Co. (960 F.2d 1020 (Fed. Cir. 1992 (en banc))によれば、
(1)侵害訴訟開始の不合理な
遅延と(2)当該遅延による被疑侵害者の不利益を示す必要があり、この二つが示された場合、裁判所は訴訟
開始前の損害賠償請求を認めなくてもよい。
10
Thomas Cotter, Invention, Creation, & Public Policy Symposium: Innovation & Competition Policy: Patent Holdup,
Patent Remedies, and Antitrust, 34 Iowa J. Corp. L. 1151, footnote 140 (2009). (Citing some cases and articles such as,
Mark Lemley, Intellectual Property Rights and Standard-Setting Organizations, 90 Cal. L. Rev. 1889, 1918-23 (2002)).
11
日本工業標準調査会のように TBT 協定附属書三の適正実施規準を受け入れた団体も同様の義務を負う
(http://www.jisc.go.jp/eng/wto-tbt/pdf/scd2006-07-en.pdf)
。
12
江藤学、知的財産と標準化-マルチスタンダードによる WTO/TBT 協定の形骸化、国際ビジネスと技術標準
第 5 章(2007)
、196 頁。
- 63 -
ないことが多く、先進国が策定した国際規格に従わされているという意識があることが挙
げられよう。中国が 2005 年と 2006 年に、TBT委員会において「標準と特許」について議
論するよう提案 13, 14した背景にも、同様の問題意識があったと考えられる。
こうした問題の直接的な解決方法としては、国際規格の策定に際して、途上国の参画を
促すことが挙げられる。中国についてみると、国際規格の幹事国の引受数が近年増加して
おり(図 1 参照)
、更に電気電子分野における国際標準提案数は日本を上回ってきているこ
とから(図 2 参照)
、今後は上述の問題意識が緩和されていくこととなろう。
図 1(標準部会資料より 15)
図 2(標準部会資料より 16)
13
G/TBT/W/251, and add.1.
前掲江藤の第 4 節において、中国の主張を取り入れるとすれば、①WTO 自身が特許調査を行い、全世界で
ホールドアップが起こる可能性を無くす、②ホールドアップが起こった場合、WTO が各国特許庁に対し、当
該特許の実施に関する裁定を要請する、③WTO がリーズナブルな特許料についての上限を設定するなどが考
えられるが、WTO 事務局のリソースや自由貿易の理念からみて、合意に至ることはないと言及しつつ、中国
提案の具体的な狙いが不明なことも指摘している。
15
基準認証政策課より提供。
14
- 64 -
なお、
「標準と特許」の問題に関し、TBT協定自身が積極的に関与するよう図ることは、理
論的に不可能とまではいえない。例えば、TBT協定には「国際標準化機関」の定義がない
が、
「国際標準化機関」に該当するための要件に特定のパテントポリシーの採用を加入する
ことも考えられよう 17。しかしながら、国際的な標準化機関は、他の標準化機関と意見交
換しつつ各々パテントポリシーを採択しており、上述の対応による効果は限定的と予想さ
れる。さらに、国際規格と認められるための原則に関するTBT委員会の決定はあるが
18
、
米国と欧州の間に基本的な考え方に違いがあることを踏まえると、更に詳細に原則を定め
ることは現実的には難しいであろう。
4. 中国における議論の動向
3.のTBT委員会における議論と前後して、中国は第三次特許法の改正作業を行ってい
「国家の強制的標準と特許権の関
た。2005 年の特許法改正の研究課題ガイダンス 19では、
係の問題」に関し、次のように述べている。
近年、特許保護と国家標準との間の関係についての議論が各方面から大きく注
目されている。特許法第十一条では、如何なる単位又は個人も特許権者の許諾を
受けずに、その特許を実施することはできないと規定されている。一般的な状況
では、公衆は選択を行う権利を持ち、特許権者の許可を経てから特許技術を実施
することができ、またその他の技術、特許技術より遅れた該当技術であっても実
施することができる。そのため、もしある有効的な特許技術が強制的な国家標準
に組み入れられた場合、公衆が関連技術を実施することが必然的な選択となる。
この場合、特許権者と公衆の利益との合理的な均衡をとり、公衆が関連の許可を
得る条件と方法を規範化する必要がある。
(下線追加)
この後、2009 年 6 月 18 日に公布された「特許侵害紛争の審理における法律適用につい
ての若干問題に関する最高人民法院の解釈(意見募集稿)」20の 20 条においては、次のような
規定案が提示された。
第二十条 特許権者の同意を経て、特許が国家、業界または地方の標準制定組織
が公布した標準に組み込まれ、かつ該標準が当該特許を公表していない場合、人
民法院は、他人が当該標準を実施すると同時に当該特許を実施することを特許権
者が許諾したと認定することができる。ただし法に基づき、標準に定められた形
式によってのみ実施可能な特許はこの限りではない。特許権者が標準の実施者に
16
同上。
UNCTAD, Addressing the Interface between Patents and Technical Standards in International Trade Discussion, Policy
Brief Number 3 (2009)の第 9 頁には、
「標準と特許」の調査委に関するベストプラクティスを附属書三の適正実
施規準に加えるという案が示されている。
17
18
19
20
G/TBT/1/Rev.9, pp. 37-39.
http://www.jetro-pkip.org/html/ztshow_BID_122.html
日本語訳は JETRO 北京の HP より入手。
- 65 -
対し、実施料の支払いを要求する場合、人民法院は特許の革新性及びその標準内
における役割、標準の属する技術分野、標準の性質、標準の実施範囲などの要素
を総合的に考慮した上で、実施料の金額を合理的に確定しなければならない。た
だし特許権者が実施料の放棄を承諾した場合はこのかぎりではない。
標準が当該特許およびその実施許諾条件を公表し、他人が公表された条件に従
わずに当該特許を実施し、当事者が公表された実施許諾条件に従い実施するよう
主張した場合、人民法院はこれを支持しなければならない。公表された実施許諾
条件が明らかに不合理である場合、人民法院は当事者の申請を経た上で適切な調
整を行うことができる。実施許諾条件が未公表または公表されている実施許諾条
件が不明確な場合、当事者同士が協議を行い解決することができる。協議が成立
しない場合、人民法院に対して確定するよう申請することができる。
法律、行政法規に実施標準における特許に関して別途規定がある場合、その規
定に従う。
この規定案は、次のような経緯で出されたものとされる 21。
標準に含まれる特許をどのように処理するかについて、現在の中国の法律体系
においては関連の規定が欠けています。近年、中国国内において標準に含まれる
特許の特許権者が標準実施者の不法行為を訴える事件が発生し、司法機関の注目
を引いています。そのため、最高人民裁判所は、2008 年 7 月は遼寧省朝陽興諾
公司が建設部が公布した業界標準「複合キャリヤー杭打ち機設計規程」に基づき設
計、施工を行うのと同時に標準における特許を実施する行為は、特許権の侵害行
為に該当するか否かの問題について回答 22を行いました。同回答書において、「特
許権者が標準の制定に参加し、又はその同意を得て、その特許を国家、業界、又
は地方標準へ盛り込む場合は、特許権者は、他者が標準を実施するのと同時に、
その特許を実施することを許可したものとみなし、他者の関連実施行為は特許法
第 11 条に定める特許権の侵害行為に当たらない。特許権者は実施者に対し、一
定の使用費の支払を要求することはできるが、その金額は正常のライセンス料よ
り明らかに低額であるべきである。特許権者が特許使用費の放棄を承諾する場合
は、その承諾により処理する・・・・。」と記載しています。
(下線追加)
さらに、2009 年 11 月 2 日には「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規
定(暫定施行)
(意見募集稿)
」23が発表された。第 13 条には、以下のような規定が見られ
る。
21
2009 年度国際知財制度研究会における調査結果より(中国弁護士から得た回答)
。
22
2008 年 7 月 8 日「朝陽興諾公司が建設部が公布した業界基準「複合キャリヤー杭打ち機設計規程」に基づ
き設計、施工するのと同時に標準における特許を実施した行為は特許権の侵害に該当するか否かの問題に関す
る最高裁判所の回答」
[2008]民三他字第 4 号)を参照。
23
日本語訳は JETRO 北京の HP より。
- 66 -
第十三条 強制国家標準が確実に特許に係る必要がある場合、
特許権者から無料
使用の許諾を得るかまたは国家標準化行政主管部門が関連部門と特許権者に対し
て共同で特許の処置について協議するよう要請を行わなければならない。関連部
門と特許権者が特許の処置について合意に達しなかった場合、対応する国家標準
については暫時公布を許可しないか、または法に基づいて強制許諾を与える。
このような動きはあったものの、結局、第三次改正特許法には標準と特許に関する研究
結果は反映されず、
「特許侵害紛争の審理における法律適用についての若干問題に関する最
高人民法院の解釈(意見募集稿)」及び「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理
規定(暫定施行)
(意見募集稿)
」も施行されるには至っていない。このような状況に関し、
中国は WIPO の会議において次のように述べている。
特許法改正作業の間に、特許法が標準に関する条項を含むか否かについて様々
な意見を受け取った。国務院と全人代は最終的に特許法には標準に関する条項を
含めないと決断した。そのため、この問題は標準化法制における改正において議
論されることになる 24。
加えて、中国の反独占法についても触れておきたい。反独占法第 55 条には、
「事業者が
知的財産権に係る法律、行政法規の規定に基づき知的財産権を行使する行為は、本法を準
用しない。但し、事業者が知的財産権を濫用し、競争を排除、制限する行為には、本法を
準用する」と規定されている。現在、知的財産権領域における反独占法執行のガイドライ
ンが検討されていると言われており、今後の動向を注視する必要がある。
ここまで見てきたとおり、中国では近年、法改正等の大きな動きがあり、
「標準と特許」
についても相当の注意を払ってきたものと考えられる。他方、2009 年 12 月以降は、
「標準
と特許」について中国から強い主張は見られない。こうした変化の背後には、ISO 等にお
ける幹事国引受数が増えるとともに、DVD 特許使用料の問題などが過去のものとなってい
ること等があるといえよう。しかしながら、中国が今後も法令アプローチに沿った提案を
する可能性は消え去っていないといえ、引き続き動向の把握に努めることが重要である。
5. ブラジルのスタンス
ブラジルは 2009 年、WIPOにおいて「標準と特許」を議論すべきとの主張を行った 25。
その後の議論において、ブラジルは、情報通信機器が中心となる相互運用性の問題とは別
に、公衆衛生分野の「標準と特許」についても議論すべきであると指摘している 26。
24
WIPO, SCP13/8, 172. ただし、中国は同じ WIPO の会議において、解決を急がないとも述べており、どの程
度深刻な対応を考えているかは不明である。
25
WIPO, SCP12/5, 90.
26
WIPO, SCP13/8, 168.
- 67 -
ブラジルは、WIPO や TRIPS 理事会での発言等からすると、特に公衆衛生の分野におい
て特許権の効力を制限することに非常に関心が高い。そのような一般的な関心事項からみ
て、
「標準と特許」の議論におけるブラジルの関心は、公衆衛生分野の特許の効力を制限す
ることに「応用」できるかという点に重きがあるといえよう。
6. 米国のスタンス
2009 年のWIPO・SCPの場において、米国は、先進国グループの代表として発言したド
イツとは別に、標準に関する発言を行った。その要旨は、標準策定は市場主導で自発的な
ものであるべきで、不必要に政府が介入すべきではなく、市場が機能するように競争法を
適用すれば良いというものである。米国は明確に、
「市場アプローチ」又は「契約アプロー
チ」を採っていることの表れといえよう 27。
7. 日本工業標準調査会の手続き
2006 年に、
「特許権等を含むJISの制定等に関する手続きについて」が公表されている。
その中では、JISの適切な利用が妨げられている場合やJISで新たに関連する特許権等が含
まれることが判明した場合に、日本工業標準調査会が必要に応じてJIS改正・廃止による公
共の福祉への影響調査を実施・公表し、標準の使用により特許等の実施者になる者が「裁
定制度の運用要領」の要件に該当することとなる場合には、特許法に従って特許発明等の
実施に係る裁定を申し立てることができる、と記述されている 28。これは、新たな法的ア
プローチを提示するものではなく、既存の枠組みの可能性を記載したものといえる。
8. クーア教授等(独マックスプランク研究所)の TRIPS 協定改正私案
独マックスプランク研究所のクーア教授等は、2011 年 5 月にTRIPS協定改正私案を公表
している 29。この私案の根底には、知財法と競争法の何れかを優位とすることは好ましく
なく、技術革新に資するように知財法と競争法のバランスを積極的に確保すべきという考
「標準と特許」に関連する改正私案条項として、以下のものがある。
え方に基づいている 30。
第 8 条 b 知的財産権と競争法のインターフェース
1.知的財産権と自由競争の公正なバランスを維持するために、(a)研究と開発へ
の投資インセンティブに著しく悪影響を及ぼさない限り、知的財産権によって保
護されている産品の使用が関連市場における競争に不可欠な場合に、加盟国は、
27
SCP13/8, 171.
当初は日本工業標準調査会が裁定申立できるようにする手続きの可能性を考えたものの、日本工業標準調査
会は実施者ではないため、公共の福祉への影響調査にとどめ、あくまで裁定申立者は実施を予定している者に
したという。前掲、江藤、220 頁。
29
http://www.ip.mpg.de/ww/en/pub/news/amendment_of_trips.cfm
30
Annette Kur, et. al., Intellectual Property Rights in a Fair World Trade System –Proposals for Reform of TRIPS (2011),
308-58, 552-55.
28
- 68 -
権利の制限、強制実施権などの態様の立法的又は行政的措置を提供する。
Article 8b [NEW]
Interface Between Intellectual Property Rights and Competition Law
1. For the purposes of maintaining a fair balance between intellectual property rights and
free competition:
(a) Members shall provide for legislative or administrative measures, in particular, in the
form of limitations of the rights or in the form of compulsory licences, if the use of the
product protected by an intellectual property right is indispensable for competition in the
relevant market, unless the application of such measures would have a significantly
negative effect on the incentives to invest in research and development;
彼らは、Intellectual Property Rights in a Fair World Trade System という書籍の中で、この条
項の趣旨を説明している。
すなわち、第 8 条 b.1 は、競争法が特許権の制限や例外に取って代わるものではなく、
インターフェースの保護のような特定の市場において権利者がマーケットパワーを確保す
るような希な場合に競争法が適用されることを規定するというものである。シャポーの特
徴的な部分の一つとして、加盟国の権利ではなく、義務であるという点が挙げられる。
また、第 8 条b.1 (a)は、技術的な側面からみて不可欠な技術の使用を想定しているので
あり、単に代替品よりも優れているとか人気があるという理由だけでは不十分であること
を示している。特許権等の使用が特定の経済活動に不可欠な場合には知財権者のマーケッ
トパワーは強く、希であるが、そのような制限をする場面がある。そのような状況として、
アフターマーケットを知財権によりブロックする場合や互換性のある製品間のインターフ
ェースを支配する場合がある。この条項は詳細な基準を提示するものではなく、具体的な
適用は各国の裁量に委ねられる。この不可欠テストは、EU法を基礎としたものであるが、
新製品に限られない点でEU不可欠テストよりも対象が広く、研究開発投資への悪影響を加
えている点でEU不可欠テストよりも要件が厳しい 31。
この提案が今後どのように評価されるかは必ずしも明らかではないが、具体的な文言が
提案されたことによって更なる議論が惹起される可能性があるため、注意が必要である。
9. 考察(国際知財制度研究会における指摘等)
本稿が対象とする「標準と特許」については、国際知財制度研究会において様々な指摘
がなされた。それらを紹介しながら、今後の検討課題を考察することとしたい。
まず、「標準と特許」について検討するに当たっては、具体的な問題を特定するととも
に、それらの問題がそれぞれの国の問題なのか、国際的なルールメイキングの話なのかを
整理する必要があるとの指摘があった。また、
「標準と特許」は複雑な問題であるから、す
31
同上。
- 69 -
ぐに国際ルールができると考えるのではなく、様々な立場の企業が戦略を立てやすい環境
整備を重視すべきであり、多様な立場があることを踏まえると、各々の立場を損なわない
ような「市場アプローチ」や「契約アプローチ」がよいということになるのではないかと
の意見があった。さらに、競争法には国際的な統一ルールが存在しない中で、特許を弱め
る道具として競争法を活用しようとする議論がある点には留意すべきという旨の指摘があ
った。
また、各国の動向に関し、中国については、
「標準と特許」に関して意見募集がある場
合に適切に対応できるよう、事前に準備しておくべきとの指摘があった。また、本稿で述
べた通り、ブラジルについては公衆衛生の観点から特許の効力を弱めようとする狙いがあ
る点に留意すべきことが指摘された。
これらの指摘を踏まえると、今後は主要国の動向を注視しつつ、論点整理を図っていく
とともに、マックスプランク研究所のクーア教授等の私案の理論的背景なども精査しなが
ら、我が国にとってどのようなルールが最善かを、引き続き検討していくことが必要であ
る。
- 70 -
Ⅱ.不可欠技術と強制実施権
-電気通信に係る主な標準化団体における不可欠技術の取扱とその問題点について–
日本電信電話株式会社
知的財産センタ
吉松 勇
1.はじめに
国内あるいは国境をまたいで安定した電気通信サービスを提供するためには、通信方式
や通信手順および通信装置に求められる基本的な仕様や性能が、国際的に統一され、標準
化された技術内容として定められている必要がある。このような技術の標準化は、ISO(国
際標準化機構)1、IEC(国際電気標準会議)2 あるいは国連の下部組織である ITU(国際電気通
信連合)3 などの国際的な標準化機関で行われている。ここで承認された標準化技術は国際
標準規格として公開され、WTO4 加盟国においては、TBT 協定 5 に基づき、その規格の受
入れ及びそれに準拠した国内標準規格の策定が行なわれている。
現在では、電気通信サービス内容の多様化に伴い、音声や映像等のデジタル符号化方式な
どといった特許発明に係るような複雑な技術内容についても国際標準規格化が行なわれて
いる。このような国際標準規格を実施、実装しようとした際、特許発明の実施が必要不可
欠となる事態が生じてきた。すなわち、標準規格として誰でも実施できるべきである技術
の中に、他人の実施を拒否できる特許技術が存在するという矛盾したような状態が起こっ
てきた。このため、国際的な標準化機関においては、特許権に係る技術を標準規格に含め
る場合の考え方やそのときの手続規則が定められている。この手続規則によると、標準規
格として提案中または審議中の技術の実施にあたり、
必要不可欠な特許権が存在する場合、
その特許権のライセンス方針が標準規格の実施や普及に支障を及ぼすものではないと判断
できた場合に限り、標準規格として承認できるとしている。
本稿においては、標準規格の実施にあたり必要不可欠な特許権の取扱手続を具体的に紹介
するとともにその手続が抱える課題についても紹介する。
--------------------------------------------------------------1.
2.
3.
4.
5.
International Organization for Standardization.
http://www.iso.org/iso/home.html (最終アクセス日:2012 年 2 月 8 日)
International Electrotechnical Commission.
http://www.iec.ch/ (最終アクセス日: 2012 年 2 月 8 日)
International Telecommunication Union.
http://www.itu.int/en/Pages/default.aspx (最終アクセス日:2012 年 2 月 8 日)
http://www.wto.org/ (最終アクセス日: 2012 年 2 月 8 日)
日本工業標準調査会のホームページより、概要を理解することができる。
http://www.jisc.go.jp/cooperation/wto-tbt-guide.html (最終アクセス日:2012 年 2 月 8 日)
- 71 -
2.ITU(国際電気通信連合)
(1)組織と IPR 規則
ITU とは、主に国際間での電気通信サービスの成立に必要とされる技術標準規格を ITU
勧告(以下、”勧告”)として制定し、普及させるための国連の下部組織である。昨今の勧告
の中には、勧告に定められた標準規格を実施、実装するためには、必然的に特許権の実施
許諾が必要不可欠となるものが多い。勧告の実施、実装に際し、必要不可欠となる特許発
明に係る技術を確実に実施、実装できることを目的として、そのような特許発明の取扱手
続がガイドラインとして定められている。これを ITU/ISO/IEC 共通特許ガイドライン 6(以
下、”特許ガイドライン”)という。
(2)ITU/ISO/IEC 共通特許ガイドライン
この特許ガイドラインでは、勧告の実施、実装に必要不可欠な特許、すなわち必須特許
を所有すると判断した特許権者が、その特許権について無償または有償の実施許諾方針を
書面で ITU に提出した場合に限り、その特許に係る技術内容を勧告に含めることができる
としている。
(3)必須特許の宣誓
特許権利者が勧告の実施、実装にあたり必要不可欠すなわち必須であると判断した特許
権の許諾方針を表明し、ITU に提出する書面が”特許宣誓書”(または”特許声明書”ともいう)
である。
この書面で表明される許諾方針は、三者択一式となっている。これは許諾の方針を決定
する者が必ずしも知的財産の取扱に精通する者とは限らないことに配慮したためである。
三者択一式における 3 つの選択肢とは、以下を指す。
(1) 必須特許について、勧告の実施、実装に限り、如何なる者に対しても非差別的に無
償で許諾する(用意がある)。
(2) 必須特許について、勧告の実施、実装に限り、如何なる者に対しても非差別的に
合理的条件(RAND)で許諾する(用意がある)。RAND(ランド)とは、Reasonable And
Non-Discriminatory の頭文字を取ったものであり、(1)選択肢の無償に対して、有償での
許諾を意味するものとなっている。
(3) 以上のどれでもない。
これらのうち(3)の選択肢が選ばれた場合には、その特許が非必須となるように、勧告の
該当する部分が修正または削除される。
---------------------------------------------------------------6.
ITU の以下のページより入手することができる。
http://www.itu.int/oth/T0404000001/en
(最終確認日: 2012 年 2 月 8 日)
また、日本工業標準調査会のホームページより、日本語の意味を対訳形式で理解することができる。
http://www.jisc.go.jp/policy/kenkyuukai/ipr/pdf/PatentPolicy_taiyaku.pdf (最終確認日:
2012 年 2 月 8 日)
- 72 -
(4)必須特許の定義
特許ガイドラインによれば、必須特許とは、”would be required・・・”と記述されており、
勧告の実施、実装に必要とされる特許を指す、と解されている。 ここで、”essential”とい
う言葉が用いられていないのは、ITU に独占禁止法上の責任が及ぶことを回避するためと
されている。
すなわち、多くの国の独占禁止法上では、標準規格の実施、実装にあたり”essential”な特
許とともに”essential”ではないものが許諾されることを、
「抱き合わせ」として公正取引上
問題があると指摘している 7 ところ、ITU ではこの”essential”に係る判断は特許権利者に委
ねられていることとし ITU 自体は、独占禁止法上の懸念から一切免責されたいとの意図の
表れであると思われる。
(5)特許宣誓書の提出
特許宣誓書は、それが対象とする勧告の審議中はもちろん、勧告に正式承認され、公開
された後でも ITU に提出可能である。具体的には勧告の審議中であれば、勧告作成のため
の作業グループの参加者に対して会合の都度、定期的に特許宣誓書の提出予定があるか否
かについて作業グループ議長が問い掛けを行い、その問い掛けがなされたことを議事録に
留めておくべきことが特許ガイドラインに記載されている。
また、勧告が公開された後であっても、作業グループに参加していなかった者が、勧告
に必須な特許を所有しているとの情報が ITU に届けられた場合には、ITU からその特許権
利者に対して、勧告に必須な特許を所有していると判断できたならば、特許ガイドライン
にしたがって特許宣誓書を提出するようにとの要請が出されるとされている。
(6)特許宣誓書の提出状況 (1980 年~2011 年 12 月時点)
ITU への特許宣誓書の提出状況は、ITU のホームページ 8 を通じて調べることができる。
1980 年~2011 年 12 月時点での提出状況は以下の通りであった。
(1) 非差別的に無償で許諾する・・・144 通、5.8%、
(2) RAND で許諾する・・・・・・2,351 通、94.0%、
(3) 以上のいずれでもない・・・・・・6通、0.2%
これらのうち、(3)を選択した特許宣誓書が提出されたのは、光ファイバの埋設方法に関す
る勧告であった。この特許宣誓書の提出に基づき、勧告案の修正が行われたかどうかにつ
いて、当該勧告の策定作業を知る ITU 関係者にヒアリングしたところ、そのような修正が
行なわれたという事実をつかむことはできなかった。
特許ガイドラインの規定では、(3)の宣誓書が提出された場合には、その宣誓内容が作業
グループ議長に報告されるとしている。その結果、実施許諾が必ず得られるとは限らない
-------------------------------------------------------------7.
8.
日本では、
「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(平成 17 年 6 月 29 日、
改正平成 19 年 2 月 28 日、公正取引委員会) 第 3、2、(1)、イを参照。
http://www.itu.int/ipr/IPRSearch.aspx?iprtype=PS (最終確認日: 2012 年 2 月 9 日)
- 73 -
必須特許が存在することを作業部グループのメンバーが知るところとなった。しかし、勧
告案が修正された記録はない。これに関し、作業グループに詳しい会員から「作業グルー
プとしてはその特許は必須特許ではない、と判断したものではないか。
」との口頭見解を
得ることができた。
(7)特許宣誓後のライセンス交渉
特許ガイドラインでは、勧告の実施、実装を行なう者が自らの判断と責任において、特
許宣誓書に記載された情報を頼りに特許権利者、すなわち特許宣誓書を提出した者に対し
て、直接に特許実施許諾に係る交渉を申し入れるとしている。このとき、ITU は何らの関
与も行なわない。すなわち ITU において、勧告に必須な特許発明の強制実施に関する取決
めはないと言える。その他、この特許実施許諾に係る紛争についても ITU は何ら関与する
ことなく、ITU の外で裁判や仲裁等の通常の解決方法が取られているのが実態である。
(8)ライセンス交渉に係る紛争事例
(1) モトローラ vs ロックウェル事件 9 (1994 年~1997 年)
【概要】
モトローラ社(米)は、ITU の通信モデム(変復調装置)関連の勧告の実装に必須な特許を所
有しているとして ITU に RAND の特許宣誓書を提出していた。これに基づき、ロックウ
ェル社(米)が特許の実施許諾を申し込み、交渉がスタートした。しかし、実施料などの具
体的条件が合意に至らず結局交渉は決裂し、モトローラ社は既に勧告を製品に実装し始め
ていたロックウェル社に対して、
特許侵害に基づく実装の差し止めを求めて訴訟を起こし、
訴訟の行方に注目が集まった。ところが、訴訟中に双方がモデムの共同開発を行なうこと
を合意し、訴訟は取り下げられてしまった。
【影響】
このように RAND といっても具体的な許諾条件が把握できないことを問題視するとこ
ろから、特許宣誓の時点で特許権利者が自発的かつ一方的に実施料などの具体的な条件を
明示しようとする考え方が起こった。これがライセンス条件の事前開示すなわちエグザン
テディスクロージャという手続である。この手続により、具体的で最も安価な特許技術を
必須として含むような勧告のみが承認されるものと期待された。
しかし、実際の勧告にはひとつの勧告の中に、互いに競合関係にある複数方式が承認さ
れる場合の方が多く、この場合には必ずしも実施料が安価になるとは限らず、実施料の高
止まりが起こる場合もある。
具体的な例示を示すと、複数方式の規格 A および規格 B に対して必須な特許を、権利者
αと権利者βがそれぞれ所有しており、権利者αは、規格 A を普及させたいと考え、権利
者βは規格 B を普及させたいと考えている場合である。
-------------------------------------------------------------------9. C. Shapio, “Competition Policy and Innovation”, OECD iLibrary available at
http://www.oecd-ilibrary.org/science-and-technology/competition-policy-and-innovation_037574528284
認日: 2012 年 1 月 27 日)
- 74 -
(最終確
権利者αは、規格 A に係る自己の必須特許について、低額な実施料を事前開示すること
が想定される。その一方で、権利者βは、規格 B に係る自己の必須特許について、低額な
実施料を事前開示すると想定される。実施料の低さをアピールする代わりに、普及してほ
しくない規格に必須な特許の実施料については相対的に高額な実施料を設定することとな
る。
つまり、権利者αが規格 A の普及のために、自己が所有する必須特許の許諾料を下げる
ほど、対峙する規格を普及させたい権利者βに対しては、規格 B に含まれる自己の必須特
許の実施料の低額化を引き起こさせると同時に、権利者βの所有する規格 A に必須な特許
の実施料の高額化を引き起こさせてしまい、規格 A のための実施料全体額は低くならない
のである。
このような推定に基づく効果が作用することを懸念するためか、実際にこの事前開示手
続を有する標準化団体においてこの制度が活用され、実施料の具体化と低額化が実現され
たという例は未だ現れていない。
(2) クァルコム vs ブロードコム事件 10 (2005 年~2008 年)
【概要】
米国クァルコム社は、ブロードコム社が ITU の H.264 勧告に準拠した通信サービスにお
いて、その勧告に必須なクァルコム社特許を無許諾で実施していることを理由として、損
害賠償の訴えを起こした。
訴えられたブロードコム社は、クァルコム社の技術者が H.264 の作業グループに参加し
ながら、特許宣誓書を提出しなかったことは、ITU の特許ガイドライン違反であり、特許
宣誓すべきであった必須特許については、もはや実施料の請求等の権利主張はできないと
主張した。
連邦地裁判決では、ブロードコム社のこの主張を認め、クァルコム社に特許情報開示義
務違反があったと判決し、特許権の行使は認められないとした。これは CAFC11 でも支持
された。
【影響】
米国でのこの判決を通じて、特許ガイドラインはそこで明示されているように、明確な
法的拘束力を有する契約と同じとは解せないが、以下の要因に照らし合わせて、ITU への
参加者を拘束するものとして解釈されることが定着した。
(1)
ITU に参加する者の認識、期待及び行為
(2)
勧告の作成中に参加者により共有された情報
(3)
業界、特にこの場合には電気通信業界における慣習、及び
(4)
ITU の設立、活動目的
------------------------------------------------------------------10. Qualcomm Inc. v. Broadcom Corp. (Fed. Cir., Dec.1,2008), available at
http://www.cafc.uscourts.gov/images/stories/opinions-orders/07-1545.pdf (最終確認日: 2012 年 1 月 27 日)
11. 連 邦 巡 回 区 控 訴 裁 判 所 (United States Courts of Appeals for the Federal Circuit, CAFC)
http://www.cafc.uscourts.gov/ (最終確認日: 2012 年 2 月 9 日)
- 75 -
この判決後、特許ガイドラインの改定案の立案作業においては、作業参加者は、特許ガ
イドラインが契約に準ずるものであると理解し、慎重に立案作業に関わるようになってい
る。
3.ETSI (欧州電気通信標準化機構)12
(1)組織と IPR13 規則
ETSI とは、欧州における IT 標準に係る規格(ETSI 規格)の策定とその欧州域内での普及
を促進するために、
EU 委員会などにより正式認定されている非営利の標準化団体である。
代表的な規格として、第 2 世代携帯電話用に策定された GSM 規格が有名である。
ETSI においても標準規格の実施、実装に必須とされる特許の取扱手続きについては、
2006 年に IPR ポリシー14 として制定済みである。この IPR ポリシーは、ITU における
ITU/ISO/IEC 共通特許ガイドラインに相当する。
(2)IPR ポリシー
この IPR ポリシーでは、ETSI の標準規格(案を含む)の実施、実装に必要不可欠であると
判断した特許を所有する者に対し、その特許の許諾方針を特許宣誓書形式で ETSI に提出
することを求めている。
この特許宣誓書は ITU における特許宣誓書と異なり以下の二者択一式となっている。
(1) 無償の場合を含み、非差別的に合理的条件で許諾する。
(2) 上記にはよらない。
この(2)が選択された場合には、特許宣誓書に記載された特許技術に該当する規格部分が、
修正または削除されて、その特許技術は非必須なものとされる。
(3)必須特許の定義
IPR ポリシーによると、必須特許とはその特許を侵害することなく ETSI 標準準拠品の製
造販売等が技術的に不可能なものとされている。この規定から以下の二点を理解すること
ができる。
(1) ITU の特許ガイドラインと同様に、特許の必須性の判定については、一切を特許権
利者に委ねている。
(2) 代替技術の存在を確認する際にその代替技術がその実施、実装を行なう時点の技術
レベルにおいて、コストや手間といった商業的視点から見て実装不可と考えられる
場合であっても、技術的に可能ならば、代替技術が存在しているとする。
--------------------------------------------------------------------12. European Telecommunications Standards Institute.
http://www.etsi.org/website/homepage.aspx (最終確認日: 2012 年 2 月 9 日)
13. IPR とは、Intellectual Property Rights の略。
14. 以下のページより入手することができる。
http://www.etsi.org/WebSite/document/Legal/ETSI_IPR-Policy.pdf (最終確認日: 2012 年 2 月 9 日)
- 76 -
特に(2)において、ETSI では商業的視点での必須性判断の余地を排除しているという点で
は、ITU の特許ガイドラインよりも明確であるといえる。
一方、我が国においては、公正取引委員会による「標準化に伴うパテントプールの形成
「費用・性能等の観
等に関する独占禁止法上の考え方」15 の中で、必須特許の定義として、
点から実質的には選択できないことが明らかなものを指す。
」とも説明していることから、
商業的視点も加味しているものと解することができる。
産業のグローバル化に伴って、ISO などの国際規格が日本工業規格などの国内規格とし
て追認されるケースが多くなっている実情を考えると、必須の定義についてもグローバル
に統一しておくことが、国内規格への展開時のトラブル回避に有効であると考えられる。
(4)特許宣誓書の ETSI への提出
ITU と同じく、特許宣誓書はいつでも提出できる。また、ETSI 会員以外の者が必
須特許を所有しているとの情報が ETSI に提出された場合には、ETSI 事務局は、その情報
に基づき、その特許を所有する者(ETSI 非会員)に対して特許宣誓書の提出を求める。
(5)特許宣誓書の提出状況
ETSI の特許宣誓書データベースを調査した報告書 16 によると、以下の通りである。
(1) 無償の場合を含み、非差別的に合理的条件で許諾するもの 58,933 通、99.84%。
(2) 上記にはよらないもの 90 通、0.16%
(6)特許宣誓後のライセンス交渉
ITU と同様に、ETSI 規格を実施、実装する者が直接に、特許宣誓者である特許権利者に
特許実施許諾の交渉を申し入れることとされ、ETSI はその交渉に一切関与しないとされて
いる。
すなわち、ETSI においても、標準規格に必須な特許発明の強制実施に関する規定はない。
その他、この特許実施許諾に係る紛争についても、ETSI は何ら関与することないとされて
いるが、ETSI 会員同士での紛争については、フランス法に基づく解決が図られるとしている。
(7)フランス法に基づく強制実施に係る考察
フランスには、2005 年まで”License of Rights”制度があった。この制度は、特許権利に基
づく差止請求権の行使を放棄する代わりに、特許の手続費用が減免されるというものであ
る。特許権利者の費用負担を軽減するとともに、特許実施許諾の促進を目的として定めら
れたとされる。
一方、特許宣誓とは、差止請求権を行使しないという宣誓にも解釈できるところから、
特許宣誓の意志を法的に意味のあるものにするために、特許宣誓書の提出者に対
し”License of Rights”制度の適用申請を働きかけることが考えられる。
-------------------------------------------------------------------15. 公正取引委員会の次のページより入手することができる。http://www.jftc.go.jp/dk/patent.html (最終確認: 2012 年 2 月 9 日)
16. 平成 20 年度 経済産業省委託事業「先端技術分野における技術開発と標準化の関係・問題に関する調査報
告書」(2009 年 3 月、委託先: 株式会社三菱総合研究所) 4―1―6―1 特許声明の状況より。
日本工業標準調査会の以下のページより入手することができる。
http://www.jisc.go.jp/policy/kenkyuukai/ipr/ipr_houkoku.html (最終確認: 2012 年 2 月 9 日)
- 77 -
実際のところ、IPR ポリシーでは特許宣誓は特許実施許諾契約ではないと示しているた
め、宣誓後にその宣誓を無視した行為、例えば ETSI 規格を実施する者に対して、必須特
許に係る差止請求権を行使しても何ら法的な問題は生じない。
これでは、ETSI 規格を安心して実施、実装することができない。そのため、特許宣誓を
行なうことで差止請求権を放棄することを自覚させ、保証させるために、この制度の適用
を申請することとすれば、特許宣誓の信憑性を高めることが期待できる。
しかし、特許宣誓に”License of Rights”制度が組み合わされたという前例はない。ETSI の法
律顧問によると、差止請求権の放棄が、特許権の本質的価値を失うものと理解されている
ようであるとのことであった。
結局、フランスにおけるこの制度は、制度適用の申請者が少ないことを理由として。2005
年 7 月に廃止されてしまった。17
(8)“License of Rights”に関する WIPO 担当者との打ち合わせ
2009 年 7 月 16 日、ジュネーブ WIPO ビルにおいて、WIPO 特許法部門シニアカウンセ
ラーと、特許宣誓と”License of Rights”制度との併用に関する意見交換を行なった。カウン
セラーからのコメントとして、以下の4点を頂いた。
(1) 特許宣誓にこの制度を組み合わせることは有意義と考えられる。WIPO としてもこ
の点について議論、整理し、2008 年 2 月 18 日付けで SCP/13/218 として報告書をまと
めたことがある。この中では、以下の2点が述べられている。
①
併用による特許権利者の利点として特許料の減免、標準規格実施者の利点と
して差止請求権の行使を受ける可能性の回避がある。
②
その一方で差止請求権の行使がないことが交渉の長期化につながるという
懸念もあるが、意図的に交渉を引き延ばした標準規格実施者に対しては、通
常の許諾料の2倍額までを損害賠償額として課すという懲罰的要素を取り
入れることが有効と考えられる。
(2) 実際にこの制度を有する国はあるものの、その制度の適用申請により、その特許を
実施するすべてのケースについて、差止請求権の行使が禁止されるため、特許権利
者としては、その適用申請に二の足を踏むという実態がある。
(3) したがって、標準規格を実施、実装する場合に限り、差止請求権の行使が禁止また
は制限されるといった条件付きの放棄が有効ではなかろうか。
(4) 各国政府、特許庁等の WIPO セクター会員からの要望がまとまれば、WIPO 内部会
議などで、特許宣誓と”License of Rights”制度との組み合わせについて議題提案する
ことは可能である。
-------------------------------------------------------------------17. 2005 年 7 月 26 日の法律第 2005-842 号に基づき廃止された(Manual Industrial Property IV 巻 AIPPI 日本部会発行)
18. WIPO の以下のページより入手することができる。
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/scp/en/scp_13/scp_13_2.pdf#search='Wipo%20SCP%2013/2'
(最終確認: 2012 年 2 月 9 日)
- 78 -
(9)各国の標準化団体への”License of Rights”制度の紹介
2009 年 7 月 15 日にジュネーブで開催された GSC-14 会合 19 にて、”License of Rights”制度
の紹介を行なってその反響を探った。主な反響として以下の二点が得られた。
(1) 差止請求権の放棄または制限は、規格を実施、実装する者の特許実施許諾交渉への参
加意欲を衰退させる危険性があり、また、交渉が長期化した場合の救済手続きとして
の仲裁機関の利用についても、費用負担の追加的増加及び交渉期間のさらなる長期化
が懸念される。
(2) ドイツにてこの制度適用を受けた特許と、この制度の適用を受けていない特許とのク
ロスライセンス契約がこじれて裁判になった例があり、判決は制度適用を受けていた
特許の権利者側にとって不利な内容であったことから、欧州ではこの制度適用につい
ては慎重に判断する傾向が強い。
4.まとめ
(1)
電気通信にかかわる標準化団体としての ITU と ETSI においては、標準規格の実
施、実装に必須な特許の取扱について、明確な手続ルールが定められている。
(2)
ただし、特許の必須判断は、特許権利者にのみ委ねられている。
(3)
また、必須特許の実施許諾に関する交渉自体も、特許権利者と標準規格実施者間
の直接交渉に委ねられ標準化団体は関与しない。すなわち、強制実施に係る規則
はない。
(4)
法的な拘束力に乏しいとされる特許宣誓に関し、”License of Rights”制度を有する
国においては、特許宣誓にこの制度を組み合わせることによって、特許宣誓に法
的な拘束力が付与できるものと期待される。
(5)
この制度を悪用し、特許実施許諾に係る交渉の引き延ばしを図る者に対しては、
通常の実施料額の倍額までの損害賠償請求を認めるといった懲罰的賠償の設定が
効果的であるという考え方もある。
------------------------------------------------------------------19. Global Standardization Collaboration の略。地域の電気通信標準規格を制定する団体(日本では、(社)情報通信
技術委員会(TTC)及び(社)電波産業会(ARIB)が相当)が定期的に情報交換や意見交換を行なう会合。
- 79 -
Ⅲ.電気・電子分野からみた標準と知財
ソニー株式会社
守屋 文彦 1
1.技術の進化と複雑化
半導体の集積度が約二年で倍になる、というムーアの法則 2が識られているが、電気・
電子分野の技術は年を追うごとに進化し、電気・電子分野の機器のシステムは色々な機能
が追加され複雑化している。就中、情報通信機器では、携帯電話のこの数年の進化を追う
だけでも、採用技術の複雑化の傾向が明らかである。
電気・電子分野の機器に組み込まれて使用される、組込みソフトウエア・プログラムの
規模を見ると、経産省の「組込ソフトウエア産業実態調査報告書 3」に拠れば組込ソフト
ウエア・プログラムの規模は、平均約 100 万行で、6 年間で約二倍の規模 4となっている。
色々な機能を組み込んでいる今日の組込ソフトウエアの規模は、TV受信機で 200 万行、携
帯電話で 500 万行に及んでおり、このようなソフトウエアを一年間で開発するためには、
数十人から数百人規模のソフトウエア・エンジニアが必要となる。
現状の情報通信分野における技術の進化、複雑化の傾向は一時的ではなく、今後ますま
す増加する。以下に詳述するが、この進化、複雑化による電気・電子分野の機器のシステ
ムの大規模化が、標準化の必要性を高め、かつ一つの製品に関係する標準規格不可欠特許
の増大をもたらしている。我々の直面している一つの製品に関係する標準規格不可欠特許
の増大という現象は、特定の技術規格のみで起こる特異な一時的な問題でなく、電気・電
子分野の機器全般に起こり得ることであり、今後も増々顕現してくると思われる。一方、
医薬品や化学業界では、
特許制度が本来企図した1特許=1事業の事業構造が多くみられ、
例えば医薬産業では数千億円の年間売り上げの事業が、一件の特許で守られているという
ことも稀ではない。電気・電子分野の一つの機器に、数千件の特許が関係することと比べ
ると、医薬産業とは特許を取り巻くビジネスモデルにおいて全く異なる情景が存在してい
る。この違いは将来に向かって更に広がる。特許と云う制度は、既に医薬産業と電気・電
子産業の二つの違う生き物を胚胎している 5。
1
本稿は、筆者の所属する組織の意見を表明するものではない。
ムーアの法則「半導体に組み込まれるトランジスタの数は、約 24 か月で倍になる」インテル社の HP より(2012
年 2 月 25 日最終アクセス)http://www.intel.com/about/companyinfo/museum/exhibits/moore.htm?wapkw=moore
3
「2010 年版組込ソフトウエア産業実態調査報告書」 平成 22 年 6 月経産省商務情報政策局 (2012 年 2 月
25 日最終アクセス)http://www.meti.go.jp/press/20100129002/20100129002-3.pdf
4
「2010 年版組込ソフトウエア産業実態調査報告書」平均プログラム行数と 2004 年版行数との比較。
5
Dan L. Burk, Mark A. Lemly “The Patent Crisis and How The Courts Can Solve It” 49 頁~ The University Chicago
Press 2009 (一つの特許制度下での裁判所の役割を強調している), European Patent Office “Scenarios for the future”
84 頁~ BLUE SKIES(差止請求権の無い soft patent 軟式特許を示唆)
2
- 80 -
2.モジュール化
6
おそらく、多くの組織においても経験されることだが、業務が増えて構成員の人数が増
えると、係、課、部、部門、事業部、事業本部という塊になったモジュールが増えていく。
これは、例えば人事部と云った特定の機能を担うモジュールを作り、組織内の人事に関す
る業務の連携を集中した方が効率的だからである。
今日の情報通信機器においては、共通した機能を構成する要素を一つのモジュールとし
てまとめ、色々な機能のモジュールを組み合わせて、これらのモジュール間で相互に連携
することによって、一つのシステムが成り立っている。個々のモジュールは基本的に独立
しており、他のモジュールに大きな影響を与えることなく、交換可能な、システムを設計
することができる。このモジュール化という仕組みにより、大規模、複雑なシステムも、
個々のモジュール毎に開発を行え、また並行して各モジュールの開発を行うことや、特定
のモジュールを外部に開発を委託したり、あるいは外部が開発した既成のモジュールをシ
ステムに採用することが容易になった。
3.標準化の必要性
モジュール化の普及によって、新製品の開発において、自社が過去に開発したモジュー
ルの流用することや他社の開発したモジュールの導入することの可能性が広がった。しか
し、自社ですべてのモジュールを開発する場合を除き、モジュールはそのインターフェー
スや働きが他社との間で標準化されて初めて、業界全体としての集合知としての効能を高
めることができる。標準化によって、従前の開発物の流用や、他者製のモジュールを採用
できることになった。標準化されたモジュールを活用することにより、開発の工数を大幅
に削減でき、短期間での製品の開発が可能となる。組込ソフトウエアにおいては、共通化
が求められる一方、製品の差異化にはつながりにくい通信プロトコル、OS、デバイスドラ
イバーといった機能は他社のソフトウエア・モジュールを利用するケースが多い 7。技術
の進化、複雑化が進んだ電気・電子分野においては、モジュール化された技術の流通とし
ての「Open Innovation8」は必然である。
相互接続されるモジュールが増えることにより、これらモジュールを繋ぐインターフェ
ースの数は、指数関数的に増加 9する。30 数年前に標準化されたビデオカセットでは、基
本的に標準化の重要な要素はビデオカセットの物理形状自体と、記録される信号方式程度
であったが、現在の光ビデオディスクの規格である「ブルーレイディスク」においては、
物理規格とアプリ規格に分かれ、はるかに複雑な構成となっている。しかも、今日におい
ては、一つの製品に多くの標準化された規格が組み込まれることが多い。例えば、Windows
パソコンでは 200 件の標準規格をサポートしている 10。
6
キム・クラーク、カーリス・ボールドウィン「デザイン・ルール―モジュール化パワー」東洋経済新報社(2004/3/26)
7
前掲「2010 年版組込ソフトウエア産業実態調査報告書」31 頁
ヘンリー・チェスブロー “Open Innovation” 産能大出版部 (2004/11/10)
9
モジュールの数を n とすると、n×(n-1)÷2=インターフェースの数
10
“Google: Please Don’t Kill Video on the Web.” (最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
http://blogs.technet.com/b/microsoft_on_the_issues/archive/2012/02/08/microsoft-s-support-for-industry-standards.aspx
8
- 81 -
標準化技術は、いわゆるデファクトやデジュールであるかを問わず、標準規格決定の過
程において、各社の技術提案の審議経て選りすぐられた、最も適した色々な技術の集積で
ある。標準化された時点で、標準化技術は(ライセンスが拒否されている特許技術は除き)
標準策定した時代の最高の技術の組み合わせであると言える。
一方、標準化されたインターフェースを通じて、他のモジュールを利用するということ
は、取りも直さず電子機器においては、他者の技術を利用する可能性が増加すると云うこ
とである。
4.
「特許の藪 11」
標準化されたインターフェースやモジュールには、各社の優れた技術を取り入れた結果、
多くの不可欠特許が関係することとなる。そして、標準規格に不可欠な特許の件数は、技
術の世代を経るごとに非常に増えている 12。例えば、アナログのビデオテープレコーダー
の時代には不可欠特許は数十件で有ったが、二十年後に標準化されたDVDデジタルビデオ
に関しては、数千件に膨れ上がっている。
また、夙に喧伝されていることであるが、LTE13規格においては、不可欠特許宣言されて
いる特許の件数を合計すると一万件を超えると言われている。一つの製品という観点で見
れば、必要な技術が増えることにより、結果的に特許技術の断片化 14が生じ、その利用に
は多くの調整が必要となることとなった。
15
11
Carl Shapiro “Navigating the Patent Thicket: Cross Licenses, Patent Pools, and Standard Setting” Innovation Policy and
the Economy, Volume 1 MIT Press January 2001
12
加藤恒「パテントプール概説」改訂版 146 頁~149 頁 発明協会 2009 年
13
LTE: Long Time Evolution, 3.9 世代無線通信規格 「エルティーイー」と読む
14
Checkerboarding Michael Heller “Gridlock Economy” P.125 Basic Books 2008
15
ITU-T LTE 宣言数から調査した結果 2011 年 10 月時点 http://ipr.etsi.org/SearchIPRD.aspx
- 82 -
5.RAND16宣言と差止請求権
1.
RAND 宣言をした規格不可欠特許に関して、特許権の本然的な効力である差止権を認
めるべきかに関して、色々と議論がある。以下のようなケースが想定される。
(1)RAND 宣言をした規格不可欠特許に基づいては、いかなる場合でも、差し止め
請求権を認めるべきでない、
(2)RAND宣言の特許料が高く、実質的にライセンスを取得できない様な場合は差
し止め請求権を認めるべきでない 17、
(3)RAND 宣言下の、合理的な特許料のライセンスすら取得しない会社に対しては、
差し止め請求権を行使できる、あるいは
(4)RAND 宣言の有無に係わらず、差し止め請求権は制限を受けない等である。
2.
米国の例では、標準化の過程で特許の存否に関して虚偽の申告をしていた場合に関し
ては、特許権の行使自体に対して制限が議論されることが多いようである
18
。
Qualcomm社のH.264 規格や、Dell社のVESAのVL規格での問題が挙げられる。
3.
2012 年 2 月 8 日付で、米Microsoftは自身が関与した不可欠特許の扱いに関して、以下
の発表をした 19。また、CiscoおよびAppleも同旨の宣言を行っている。
(1) Microsoft は、標準化団体に対して行った不可欠特許を FRAND で提供す
るとした約束を必ず遵守する。
(2) このことは、Microsoft が不可欠特許に基づいて差止請求を行わないこと
を意味する。
(3) 更に、Microsoft は、ライセンシーに対して同様の不可欠特許を除いて、
ライセンスする保有する特許のグラントバックを求めないことを意味す
る。
(4) Microsoft は、この宣言を遵守しない他社に対して、不可欠特許の譲渡を
行わない。
米国司法省およびEU委員会は、最近の声明 20の中でも、情報通信機器に関する標準化
において、FRANDが重要であることを改めて強調している。
4.
特許の流通が活発になるに従って、不可欠特許がオークションに掛けられるなど、第
三者に譲渡されるケースが多く見受けられるようになった。不可欠特許が譲渡された
16
Reasonable And Non Discriminatory 「ランド」と読む。Fair, Reasonable And Non Discriminatory の略称として
FRAND「フランド」とも言う。
17
前掲“Google: Please Don’t Kill Video on the Web.” IEEE H.264(MPEG4 AVC)規格を採用した製品について、パテ
ントプールでは、一台当たり 2¢の負担(2300 件の特許が合計 20¢でライセンスされている)だが、50 件の
特許で 2.25%の特許料の請求を行っている会社があると主張している。
18
CAFC 2007-1545、2008-1162 Qualcomm v. Broadcom, 平成 20 年度経産省委託事業 「先端技術分野におけ
る技術開発と標準化の関係・問題に関する調査 報告書」S-3 頁 2009 年
19
“Microsoft’s Support for Industry Standards” (最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
http://www.microsoft.com/about/legal/en/us/IntellectualProperty/iplicensing/ip2.aspx
20
US DOJ http://www.justice.gov/atr/public/press_releases/2012/280190.htm (最終アクセス日:2012 年 2 月 29 日),
EU Commission HP より(最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/12/129&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLangu
age=en#footnote-1
- 83 -
場合、譲受人はRAND義務を自動的に承継する訳ではない。ETSIでは、Directives21に
おいて、「メンバーがETSIに申告した不可欠特許の権利を譲渡あるいは移転する場合
は、当該メンバーは、当該不可欠特許についてETSI規定に基づき約定を行っているこ
とを、譲受人または被移転者に対して通知することについて、合理的な努力を果たさ
なければならない。
」と、不可欠特許の譲渡の際もRAND義務が譲受人に通知されるよ
うに規定している。米国連邦取引委員会は、In the Matter of Negotiated Data Solutions
LLC事件において、前権利者が1ライセンス千ドルの約束をして標準規格に組み込ま
れた技術に関する不可欠特許を、これを知りながら譲り受けた会社が高額の条件でラ
イセンスすることについて、競争を阻害する行為として阻止した 22。
6.規格策定に参加せず RAND 宣言をしていない特許権利者
1.
NPE23 : Non Practicing Entity
米国で特許侵害訴訟の提訴件数は、年間 3 千件程度 あり、引き続き増加傾向にあ
る。NPEの脅威は、衰えることなく増し、多くの企業が訴訟に巻き込まれるケー
スが増え、年間延べ数千社が被告となっていると言われている。NPEの目的は、
特許を使った訴訟と云う金融商品への投資の回収であり、特許に基づく独占では
ない。NPEが攻撃の道具とする特許は、必ずしも標準規格の不可欠特許ではない
が、例えばIEEE802.11 規格(いわゆる無線LAN規格)の不可欠特許に関連して幾
つかのNPEの活動がある
24
。このようなNPEの殆どは、規格不可欠特許を譲り受
けており、被告はRANDを援用した防御が難しい。
2.
標準化機関によっては、標準化作業の期間中にこのような不可欠特許が判明した
時、権利者に対してライセンスの可否を照会する。ライセンスが拒絶されること
が分かった場合は、この特許の回避を検討するようである 25。業界における技術
開発の大きな傾向は一致しているし、また技術の発展は従前の技術開発を踏まえ
て、累進的に行われることが多いので、規格策定に参加しない企業が、不可欠特
許を保有するケースは稀ではない 26。
21
The European Telecommunications Standards Institute ETSI Directives Version 29 January 2012 ETSI Intellectual
Property Rights Policy Clause 6 http://portal.etsi.org/directives/home.asp (最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
22
http://www.ftc.gov/opa/2008/01/ethernet.shtm (最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
23
NPE: 米国パテントトローの典型例は、①数十%の利回りを想定して投資家を募り、②この投資を元に LLC
を設立した上で特許を買収し、③この特許を文言上実施していると推測され得る会社を、流通や販売業者など
も含めてできるだけ多く、④原告の勝率の高い連邦地裁裁判所に陪審裁判を求めて提訴し、⑤通常 3 年以上も
かかる判決を待たず、比較的早期に被告各社と和解するケースである。これらの NPE は特許権の行使を一種
の金融商品にして、短期に現金化を図り、投資回収ビジネスを行っているともいえる。最近、連邦地方裁判所
の継続案件増による遅延等の理由で、NPE による ITC(国際貿易委員会、通常二年以内に審理を終え、輸入差
し止めの可否が判断される)提訴が、2011 年から増加している。
24
「特許で揺らぐ無線LAN」 日経エレクトロニクス, 2009/03/09 号, 44~49 ページ掲載
25
Common Patent Policy for ITU-T/ITU-R/ISO/IE (最終アクセス日:2012 年 2 月 26 日)
http://www.itu.int/en/ITU-T/ipr/Pages/policy.aspx
26
Lemley, Mark A., The Myth of the Sole Inventor (July 21, 2011). Stanford Public Law Working Paper No. 1856610.
Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1856610
- 84 -
3.
米国ではeBay判決
27
以後、NPEが原告で特許侵害による差止を認められたケース
は少ないようであるが 28、日本では、民法第 1 条第 3 項の「権利濫用」法理に基
づいて、不可欠特許に基づく差止請求権が制限を受ける可能性はある。差止請求
権が特許本来の権利であることを考慮すると、数多くの標準化技術のすべての不
可欠特許権の行使を、短絡的に一律制限すべき問題ではないと思われる。一方、
例えば地上デジタル放送規格にかかわる不可欠特許のように、公共性の高い(不
可欠施設 essential facility)標準化技術では、差止請求権を抑制すべきかとの議論
もある。不可欠特許の権利者が、RAND義務を負わないケースでも差止請求権を
検討すべき事例があるかもしれない。
7.差止を制限する場合の金銭的補填
米国では、特許に基づく差止を認めない場合、その分損害賠償金や将来の金銭的補填が
増額されたケースがある。不可欠特許に基づく、差止を認めない場合でも金銭的補償レベ
ルについて、立法での対応が必要と思われる。米国連邦取引委員会は “The Evolving IP
Marketplace – Aligning patent notice and remedies with competition”報告書において、一歩踏み
込んで製品化後の特許権の行使に対して慎重な見解を示しているに加え
29
、RAND不可欠
特許に基づく損害賠償について標準策定時の代替技術に対する超過価値に留め 30、将来分
の補償についてもWilling Licensor/Willing Licenseeルールに従って 31、裁判所が決定するこ
とを促している。先に述べた通り、我が国の不可欠特許の差止制限の議論においては、民
法の「権利濫用」の適用を以てこの解決を図るべきとの意見がある。しかしながら、標準
化技術関して、研究開発を行った成果としての特許権について、差止請求権のみならず対
価請求権まで制限することは、特許権者に対して二重の負荷を与えることになる可能性が
ある。裁定制度の活用も視野に入れて、差止を制限する場合の権利者への金銭的補填が如
何にあるべきかの議論が重要である 32。
27
eBay Inc. v. MercExchange LLC, 547 US 388 2006 差止を認容すべき 4 つの要件を示す①回復不能の損害、②
金銭的な法律上の救済手段たる補償が不適切、③当事者の負担のバランスの考慮、④公共利益が差止によって
害されないこと。
28
The eBay Effect: Tougher Standards but Courts Return to the Prior Practice of Granting Injunctions for Patent
Infringement By Stacy Streur Fall 2009 Northwestern Journal of Technology and Intellectual Property 例外として、
Commonwealth Scientific & Indus. Research Org. v. Buffalo Tech Inc., 429 F. Supp. 2d 600 (E.D. Tex. 2007)
29
米国連邦取引委員会“Evolving IP Marketplace – Aligning patent notice and remedies with competition” 8 頁 2011
年3月
30
同 23 頁
31
同 29 頁
32
加藤恒 「パテントプールの現状と将来像」知財管理, 59 巻 3 号(2009 年)
特許法 93 条の「公共の利益」による裁定実施権を、要件の緩和により適用することを示唆。現在の実務上の要件は、
国民の生命、財産の保全、公共施設の建設等国民生活に直接関係する分野で特に必要である場合。当該特許
発明の通常実施権の許諾をしないことにより当該産業全般の健全な発展を阻害し、その結果国民生活に実質的弊害
が認められる場合。である。
- 85 -
8.解法としてのパテントプール
RAND 義務のある規格不可欠特許のライセンスについて、パテントプールが活用されて
いる。近代的パテントプールの嚆矢となった、MPEG2 Video 画像圧縮技術に関する不可欠
特許プールが設立されて、既に十数年を過ぎ色々なパテントプールが形成されている。一
方、以下のような課題が顕在化している。
(1) プールの形成について課題:ライセンサー間の合意形成が極めて難しい。多数決
で多くの事項は決定されるが、パテントプールに参加するかどうかの判断は、個々
のライセンサーの裁量である。ライセンサー候補には、その不可欠特許を実施し
た事業を行っている会社と行っていない会社が存在する。事業を行わない会社に
してみれば、プールの特許料は高い方が良いが、逆に事業を行う企業にとっては、
プールの特許料は合理的なレベルに留まって欲しい。現実には、この両者の調整
が旨く行かず、パテントプールの成立に時間が掛かったり、パテントプールの試
み自体が頓挫するケースもあるようだ。
(2) プールの仕組みについての課題
① 無効となるべき特許が、無効審判等を申し立てられることなく生き延びる 33。
② 特許料分配の価値評価は、従来特許の件数に拠っている例が多い。単に件数
だけでなく、特許の価値に拠って、重みづけを行うパテントプールもある。
例えば、基礎機能の特許とオプション機能の特許におおける価値の違い。
③ しかしながら、パテントプールの特許料分配ルールは、個々において異なる
が、米国特許で Terminal Disclaimer のある特許も一件分の収入が分配される
ために分割出願の増加、また一件の特許出願から数百件に分割するような常
識を超える特許分割などの問題が生じているケースもある。
④ 特許実施国における価値配分、販売国と製造国で特許の価値を同等と考える
のか、重みづけを与えるのか。
⑤ ライセンサーがライセンスを取得しないケースが見受けられ、ライセンシー
にとっては、衡平の観点から議論が生じることもあると思われる。
⑥ ライセンシーのいる多くの国では、特許料の支払いに関して源泉税を課して
おり、ライセンサーは納税証明書を自国の税務当局に提出することにより、
外国税控除を受けることができる。パテントプールのエージェントを経由す
ると、外国税控除が難しい例もあるようだ。
⑦ パテントプールが成立しても、プールに含まれている特許の質や量が少ない
ケースでは、ライセンス活動に困難を来す例もあるようだ。訴訟のコストの
負担等ライセンサー間で調整が難しい課題もある。
33
加藤恒「パテントプール概説」改訂版 20 頁 発明協会 2009 年
- 86 -
(3) 技術の複雑化にともなう課題:技術の複雑化に伴い、一つの製品に多くの技術が
関連するため、既に一つの製品に対して、いくつものパテントプールライセンス
を取得する必要が生じている。one-stop-shoppingの実現への施策が必要となってい
る。34
(4) アウトサイダーの問題:パテントプールの形成により、不合理な特許料の高騰は
おさえられるが、一方、プールに参加しない企業が、その分高額な特許料を要求
するケースもあるようだ。パテントプールへの参加の強制や、パテントプールが
存在する場合の不可欠特許に基づく損害賠償金の基準をパテントプールの特許料
にするなどの議論も行われている。
規格不可欠特許権の差止制限を議論するのであれば、その金銭的補償としてパテントプ
ールの活用は重要であると思われる。しかしながら、現在のパテントプールは上記のよう
な問題を抱えている。標準化団体も含めて、新たな仕組みの構築が必要と思われる。
34
加藤恒「パテントプール概説」改訂版 157 頁~174 頁 発明協会 2009 年
- 87 -
第4章 ブラジル産業財産法等の TRIPS 協定整合性等に関する分析
Ⅰ.ブラジル産業財産法等の運用を踏まえた TRIPS 協定整合性に関する分析
1.はじめに
本章では、ブラジルの Dannemann Siemsen 法律事務所(以下、「現地法律事務所」とす
る)
の調査や見解を参考にしつつ、
ブラジル産業財産法等の運用を明らかにするとともに、
同法の TRIPS 協定整合性等に関して分析を行う。
まず、ブラジル産業財産法(Law No. 9279/96)を概観する 1。同法は、図表 1 で示すよ
うに、8 編から構成され、特許のほか、意匠、標章、地理的表示等について規定されてい
る。第 1 編「特許」では、第 1 章「所有権」に続き、第 2 章において「特許性」として、
特許要件(8 条)が規定されているほか、「発明又は実用新案とみなされない事項」(10
条)及び「特許を受けることができない発明及び実用新案」(18 条)がネガティブリスト
方式で規定されている。特許権の内容については第 5 章「特許によって付与される保護」
において規定されている。さらに第 8 章「ライセンス」では、任意ライセンス及び強制ラ
イセンスについて規定されている。ノウハウ移転契約については、産業財産法上は「技術
移転契約」として第 6 編「技術移転及びフランチャイズ」に規定が置かれている。ノウハ
ウについては、ブラジルには、「ライセンス」の概念はなく、いわゆる“渡し切り”の移
転(譲渡)のみが認められている。「ライセンス」ではなく「技術移転」という文言の使
用に、その考えが反映されている。ノウハウは情報であり、移転先がその情報を保持した
後に移転元に返却することはできないため、「ライセンス」を観念できないというのが、
ブラジルにおける考え方のようである。
図表 1 ブラジル産業財産法の構成
序
第 1 編 特許
第1章
所有権
第2章
特許性
第1節
特許を受けることができる発明及び実用新案
第2節
優先権
第3節
特許を受けることができない発明及び実用新案
第3章
特許出願
第1節
出願
第2節
出願の条件
第3節
出願の処理及び審査
第4章
特許の付与及び存続期間
第1節
特許の付与
第2節
特許存続期間
1
以下、ブラジル特許法の翻訳については、特許庁『ブラジル産業財産法 2001 年 2 月 14 日法律第 10.196 号
により改正された 1996 年 5 月 14 日法律第 9.279 号』
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/brazil/sanzai.pdf
に依った。
- 88 -
第5章
特許によって付与される保護
第1節
権利
第2節
先使用者
第6章
特許の無効
第1節
総則
第2節
行政上の無効手続
第3節
司法上の無効手続
第7章
譲渡及び登録
第8章
ライセンス
第1節
任意ライセンス
第2節
実施許諾用意
第3節
強制ライセンス
第9章
国防上の利害に係わる特許
第 10 章 発明の追加証明書
第 11 章 特許の消滅
第 12 章 年次手数料
第 13 章 回復
第 14 章 従業者又は役務提供者が創出した発明及び実用新案
第 2 編 意匠
※章以下省略
第 3 編 標章
※章以下省略
第 4 編 地理的表示
※章以下省略
第 5 編 産業財産権の侵害
※章以下省略
第 6 編 技術移転及びフランチャイズ
第 7 編 総則
第1章
審判請求
第2章
当事者による手続
第3章
期間
第4章
出訴期間
第5章
INPI の行為
第6章
分類
第7章
手数料
第 8 編 経過規定及び最終規定
本報告書のために作成
以下「2.」以降では、「技術ライセンス等規制」、「競争法の適用」、「衛生当局に
よる特許審査」、「生命体物質に係わる特許とその例外」、「特許審査期間」、「強制ラ
イセンス」、「国境措置」、「医薬品・農薬データ保護」、「著作権法改正」の各テーマ
について、ブラジル制度・運用の実態を整理し、一部のテーマに関しては TRIPS 協定整合
性について分析する。
2.技術ライセンス等規制
ブラジルにおける技術ライセンスに関する規制の制度・運用の実態について整理したう
えで、TRIPS 協定整合性について分析する。なお、ここでいう技術ライセンスとは、特許、
商標のライセンスをいう(産業財産法 61 条、139 条)。ノウハウについては、ブラジルで
- 89 -
は既述のように「ライセンス」の概念はなく、「移転」のみが認められ、産業財産法上は
「技術移転」(211 条)として取扱われている。ただし、以降で整理している制度・運用
のなかには、技術ライセンスのみならず技術移転にも適用されるものがあり、その場合に
はその旨を言及している。また、以降で、「技術ライセンス等」、「技術ライセンス契約
等」と表記する場合には、技術ライセンス(契約)及び技術移転(契約)を指すものとす
る。
ブラジルでは一定の場合に技術ライセンス契約等の登録が必要とされているが、外国企
業からブラジル企業への技術ライセンス契約等の場合には、登録が外為規制及び内国税の
取扱から事実上義務付けられることとなっており、さらに、登録時に契約内容に一定の規
制が課されているとの指摘が、昨年度の国際知財制度研究会報告書においてもなされたと
いう経緯がある 2。この問題は、TRIPS協定整合性からも検討すべき点があり、我が国企業
のビジネスへの影響も大きいと考えられることから、昨年度から着目されてきた個別の事
項、①「海外送金に関わる技術ライセンス契約等の登録制度と審査」、②「技術ライセン
ス契約のロイヤリティ料率規制」、「守秘義務期間規制」、③「ライセンシーの行為を制
限する条項の規制」、④「PCT出願に係る技術に関するライセンス契約の登録可能性」に
ついて、制度・運用の実態を整理したうえで、その一部についてTRIPS整合性分析を行っ
たものである。
(1)海外送金に関わる技術ライセンス契約等の登録制度と審査
①本調査で確認された制度・運用
ア)登録制度について
ブラジルにおいては、技術ライセンス契約等について、次の効果を生じさせたい場合、
国立工業所有権院(INPI) 等への登録が必要となる。
①第三者対抗力の具備の効果である 3。これは、産業財産法(Law No. 9279/96)に根拠
規定があり(特許ライセンス契約について 62 条、商標ライセンス契約について 140 条、技
術移転契約について 211 条)、登録先はINPIである。技術ライセンス契約等は、当該当事
者間ではその締結により拘束力を生じるが、第三者効についてはINPI登録が要件とされて
いる。第三者効が生じる日は、INPI登録後、公報における公告がなされた日とされている
(産業財産法 62 条、140 条、226 条)。
②技術ライセンス契約等に基づく海外へのロイヤリティ等対価送金を可能とすること
2
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社「『国際知財制度研究会』報告書(平成 22 年度─各国の知的
財産保護制度及び運用の問題点等に関する調査分析)(2011 年 2 月)」p.30 以降の「1. ブラジル・インド・
中国における実施許諾契約制限」、p.54 以降の「2. ブラジル、インド、中国における実施許諾制限の実例紹
介」を参照されたい。
3
第三者対抗力を具備するための INPI 登録の対象となる契約については、INPI が制定した Normative Act
No.135/97 において、特許ライセンス契約、商標ライセンス契約、技術移転契約(ノウハウ移転契約)、科学
技術協力契約、
フランチャイズ契約であることが規定されている。
この規定の原型は、
1975 年には Normative Act
No.15/75(廃止)に存在していた。
- 90 -
である。これは、外国投資法(Law No.4131/62)3 条及びLaw No.8383/91 に規定されてお
り、INPIへの登録後、ブラジル中央銀行(BACEN)へも登録する必要がある 4。
③海外へのロイヤリティ送金について、 Ordinance No.436/58 の規定で許容される範囲
内での損金算入を可能化することであり、登録先はINPIである 5。所得税規則(Decree
No.3000/00 の 351 条・355 条)は、契約がINPIに登録された後でなければ海外送金を損金
算入できないと規定している。
外国企業からブラジル企業への技術ライセンス等の場合、有償契約であれば、海外への
ロイヤリティ送金が必要となるので、INPI登録は必須となる。他方、ブラジル企業間の技
術ライセンス契約等は、国境を越えた支払いが不要であることから、ロイヤリティ送金の
ためのINPI登録は必要ない。また、海外送金を伴わないロイヤリティの損金算入について
も、技術ライセンス等に係る損金算入について規定するLaw No.4506/64 の 52 条及び 71 条
の解釈に基づき、INPI登録は必要とされていない 6。また、第三者対抗力がなくとも当該
技術ライセンス契約等は当事者間では有効であり、実務上の支障は限定的である。そのた
め、ブラジル企業間の技術ライセンス契約等の場合には、登録必要性が低く、実際には、
ブラジル企業間の技術ライセンス契約等はINPIに登録されない場合が多い。
技術ライセンス契約等の INPI 登録にかかる期間については、形式的には最短 30~40 日
となるものとされている。INPI 登録の手続きが過度に遅延することを避けるため、産業財
産法 211 条補項に「本条にいう種類の契約に係わる登録申請に関しては、登録申請の日か
ら 30 日の期間内に決定するものとする」
との規定があり、
また Resolution No.94/03 により、
産業財産法 211 条補項に規定される期間(30 日以内)は、申請者が登録申請を行ってから
約 1 週間後に受理番号が交付された日から算定されることとなっているからである。
しかしながら、産業財産法 211 条補項に規定される期間は、INPI 登録の手続き過程で要
求される何らかの申請を行うごとに起算日が更新される。また、実際には、登録過程にお
いては通常 INPI によりオフィスアクションがとられ、契約当事者が応答するための期間と
して 60 日間が認められており、当該応答に対して INPI には、登録を認めるか更に照会を
要求するかを決定するための分析期間として 30 日間が認められることとなっている。INPI
により 1 件の契約登録申請あたり少なくとも 1 回のオフィスアクションがとられることが
4
外国投資法(Law No.4131/62)制定時では、①海外送金は BACEN(旧 SUMOC)により管理されること、②
技術移転に係る費用を損金算入することについては、5 年の期間制限(ただし、更に 5 年延長が可能)を課す
こと、③ブラジルの支社/子会社から海外の本社/親会社へ、技術ライセンスに係る海外送金を禁止すること
が規定されていた。1990 年代にブラジル経済の規制緩和が始まり、1992 年に、Law No.8383/92 によって技術
ライセンス契約及び技術移転契約に基づいて子会社から海外の親会社へ海外送金を行うことができるように
なった。ただし、ブラジル支社から海外本社への海外送金は現在も行えない。なお、「子会社」とは親会社と
は別個の会社であり、「支社」とは本社と同じ会社で、大統領令によりブラジルにおいて活動することが認め
られているものである。
5
1958 年までは、外国の技術に関する契約について、政府の介入はなかったが、1958 年以降、所得税法(Law
No.3470/58)及び Ordinance No.436/58 により、技術ライセンス契約等に係る損金算入について規定が明確化
された。
6
ただし、この点については、対価の支払いが国内で完結する場合であっても、当該対価を損金算入するため
には INPI への契約登録が必要であるという議論がある。しかしながら、契約登録を不要とする INPI による決
定が複数あり、現地法律事務所の見解としては、契約登録は不要である。
- 91 -
通常となっている状況から、上記最短期間で済むケースはほとんどなく、INPI 登録にかか
る期間は平均して 4~6 ヶ月となっており、1 年を超えることもある。なお、契約の登録が
認められてから、公告されるまでの期間は約 2 週間である。
INPIに対して発生する登録申請費用は、契約 1 件あたり約 1、300USドルであり、INPI
の要求(オフィスアクション)への応答を提出するためには約 70USドル、一旦登録され
た内容を変更・追加するためには約 550USドルがかかる。これに加えて、法律事務所等へ
の依頼費用が発生することとなる 7。
イ)INPI による審査について
上記ア)の技術ライセンス契約等のINPI登録の際に、INPIが契約内容の一部の修正を指
示する場合がある。この修正指示に関して、INPIの権限の法的根拠はないと言われている。
現地法律事務所は、INPIによる修正指示の法的根拠が仮にあるとすれば、ロイヤリティ海
外送金については、BACENから管理権限を委任されており、BACENを支援することにな
っていること(Bulletin FIRCE No.19/72)、損金算入については、その上限が遵守されてい
るか否かについて、連邦国税庁を支援することになっていること(Decree No. 1718/79)8が
挙げられると指摘している。なお、INPIが契約内容の一部の修正を指示する法的根拠につ
いては、更なる調査が必要である。INPIが技術ライセンス契約等の内容について不適当と
判断した場合には、当事者間で一旦合意した内容であっても、見直すよう指示されたり、
規定趣旨の釈明を要求されたりすることがある。INPIの指示の例としては、ロイヤリティ
料率に上限を課す、守秘義務期間に上限を課す、といったことが挙げられる。契約改定を
求める指示があった場合には、基本的には、技術ライセンス契約等の内容を変更しなけれ
ば、当該ライセンス契約等をINPIに登録できない。もっとも、契約内容の釈明により、改
定せずに済む場合がないではない。
INPI における技術ライセンス契約等の審査官は 25 名おり、そのほとんどがエコノミス
トである。技術ライセンス契約等に関する INPI 審査のガイドラインは公表されていないが、
INPI 審査の実情を踏まえると、INPI 審査方針として以下が指摘できる。
i)
外国の親会社から国内子会社への技術ライセンス契約等の場合、Ordinance
No.436/58 で規定される損金算入比率の上限を、契約上のロイヤリティ対価
料率の上限として適用する。
ii)
Law No.4131/62 の 12 条 3 項で規定される、技術支援等の対価に係る損金
算入期間の上限(基本は 5 年で、更に 5 年延長可能)を、技術移転契約の
有効期間の上限として適用する。
iii)
技術移転契約における守秘義務期間の上限を 19 年とする。
iv)
技術移転契約終了後のノウハウの返却は認めず、譲渡のみとする。
7
現地法律事務所からは、契約を INPI に申請し、登録までの手続きを処理するための依頼費用について、当該
事務所の場合の目安として、約 2、000US ドルとの額が示された。
8
海外送金の管理及び損金算入上限規制については、次の法令(本文及び脚注において言及しているもの)も
関連する:Law No.3470/58、Ordinance No.436/58、Law No.4131/62、Law No.5648/70、Law No.8383/91 等
- 92 -
v)
複数の権利から同時に対価をうること(例えば、商標ライセンスと技術移
転の双方について対価をうることなど)を認めない。
vi)
ロイヤリティ算定の基準となる販売価格から輸入材料費等を除外すること
を要求する。
vii)
特段の正当化理由がない限り、ライセンシーによる輸出に対する制限を認
めない。
viii)
契約上の途中解約条項に基づいてライセンサーにより途中解約がなされた
場合、当該契約の登録解消にはライセンシーの同意を必要とする。
ix)
外国本社と、ブラジル支社との間での有償契約を認めない。
x)
PCT 出願においてブラジルを移行予定国に指定しただけでは、当該技術に
関するライセンス契約は認めない。
このうち、後述の(2)以降では、昨年度の国際知財制度研究会において既に問題が指摘
されていた i)、iii)、vii)、x)について、検討している。
②TRIPS 協定との整合性
上述のように、ブラジル企業間の技術ライセンス契約等については、登録が必要になる
場合が限られており、実際に登録される割合は相対的に低い。他方で、外国企業からブラ
ジル企業へのライセンス契約については、ロイヤリティ等対価の海外送金が必要とること
から、技術ライセンス契約等の登録が必要となる。これらの事情を踏まえると、ライセン
サーがブラジル企業であれば技術ライセンス契約を INPI に登録する必要がない場合であ
っても、外国企業であれば INPI に登録せねばならず、同じくブラジル特許権を有している
企業がブラジル企業か外国企業かの違いにより待遇に違いがあるとも評価でき、TRIPS 協
定 3 条 1 項の内国民待遇違反であるか否かが問題となりうる。TRIPS 協定 3 条 1 項は、以
下のとおり、規定している。
第 3 条 内国民待遇
(1) 各加盟国は、知的所有権の保護(注)に関し、自国民に与える待遇よりも不利でな
い待遇を他の加盟国の国民に与える。ただし、1967 年のパリ条約、1971 年のベ
ルヌ条約、ローマ条約及び集積回路についての知的所有権に関する条約に既に
規定する例外については、この限りでない。実演家、レコード製作者及び放送
機関については、そのような義務は、この協定に規定する権利についてのみ適
用する。
ベルヌ条約第 6 条及びローマ条約第 16 条(1)(b)の規定を用いる加盟国は、
貿易関連知的所有権理事会に対し、これらの規定に定めるような通告を行う。
(注)第 3 条及び第 4 条に規定する「保護」には、知的所有権の取得可能性、取得、
範囲、維持及び行使に関する事項並びにこの協定において特に取り扱われる知
的所有権の使用に関する事項を含む。
- 93 -
INPI 登録が契約対価の海外送金のために必須とされている制度、あるいは海外送金され
た対価の損金算入のために必須とされている制度自体の TRIPS 協定 3 条 1 項整合性を検討
することは今後の課題として考えられる。その場合、内外差別を示すためには、EC の農
産品及び食品の商標及び地理的表示の保護に関するパネル報告(WT/DS174/R)で言及さ
れるように、INPI 登録制度が知的所有権の保護に関する措置か否か、ブラジル企業対する
取り扱いよりも不利な待遇を外国企業に付与しているかという点を整理する必要がある。
(2)技術ライセンス契約のロイヤリティ料率規制
①本調査で確認された制度・運用
外国の親会社に対して、ブラジルの現地子会社から、親子企業間の技術ライセンス契約
に基づくロイヤリティを送金しようとする場合で、当事者間で合意したロイヤリティ料率
が、上記 Ordinance No.436/58 により規定される損金算入比率の上限を超えるときには、当
該ライセンス契約におけるロイヤリティ料率を、損金算入比率の上限まで下げるよう、INPI
が修正を指示する。現地法律事務所によれば、Ordinance No.436/58 により規定される海外
送金の損金算入比率の上限は、外国企業により直接的又は間接的に統制される企業が当事
者となる契約に基づく海外送金料率の上限についても規制するとの INPI の解釈に基づく
ということである。また、現地法律事務所によれば、INPI は、技術ライセンス契約当事者
である外国企業とブラジル企業が独立関係の場合(親子関係がない場合)には、技術ライ
センス契約の対価の上限を設定する法的根拠はないことを認めているとのことである。な
お、Ordinance No.436/58 に規定される損金算入比率の上限値は、技術分野に応じて 1%か
ら 5%の範囲内で規定されているが、
制定時の 1950 年代の経済・市場環境を反映しており、
現在の経済実態には合わないものが少なくないと、現地法律事務所が指摘している。
上記のような料率規制は、親子企業間のロイヤリティ海外送金の場合にのみ適用され、
国内ライセンスの場合及び非親子の国際ライセンスの場合では、ロイヤリティ料率は市場
慣行に合致することが求められるにとどまる。ただ、市場慣行基準と Ordinance No.436/58
に規定される損金算入比率との関係は明らかではない。
なお、ブラジル知的財産権協会(ABPI)が、ロイヤリティの海外送金における損金算入
の上限を売上高の 10%まで引き上げ、ロイヤリティ料率が 10%以内であれば INPI は技術
ライセンス契約の内容に介入しない、という内容の法改正の提言を 2010 年に行った。改正
の見通しは立っていないが、ABPI は議員への働きかけを継続している。
②TRIPS 協定との整合性
上記のような INPI のロイヤリティ料率規制については、TRIPS 協定のいくつかの条項に
ついて整合性が問題となりうる。
- 94 -
<TRIPS 協定 3 条 1 項について>
まず、TRIPS 協定 3 条 1 項で規定される内国民待遇違反の可能性が考えられる。外国企
業・ブラジル企業間の技術ライセンス契約の場合には、海外送金のために INPI 登録が必要
であるため、当事者間で一旦合意したロイヤリティ料率が、規定の料率上限を超える場合
には INPI の介入により修正されるのに対して、ブラジル企業間の技術ライセンス契約の場
合は、INPI の介入は、第三者に対抗するために当事者が INPI 登録を申請する場合に限定
されているのが実態である。よって、ブラジル特許を有する企業が、同一の状況において、
外国企業かブラジル企業かの違いにより差別されている、つまり、INPI によるロイヤリテ
ィ料率上限規制は TRIPS 協定 3.1 条の内国民待遇違反となる可能性がある。
現地法律事務所には、ロイヤリティ料率への制限の実態や海外送金や損金算入などのブ
ラジルの事情をどのように考慮すべきか見解を聞いた。現地法律事務所によれば、実態と
して INPI による規制を受ける割合は国際ライセンスの方が多くなっているが、INPI への
登録申請があれば、独立関係にある企業間での技術ライセンス契約に関するロイヤリティ
料率規制について INPI の審査基準に内外差別はなく、国際ライセンスの場合・国内ライセ
ンスの場合とも、原則として「当該技術分野の市場慣行に合致しているかどうか」で判断
される(但し、上述したとおり、市場慣行の合致をどのように評価しているかは明らかで
はない)。また、親子関係にある企業間の技術ライセンスの場合、外国企業・ブラジル企
業間の場合には、ロイヤリティ料率は損金算入比率の上限以下となるよう規制され、国内
企業間の場合には当該規制はないため、ブラジル特許を有する「親企業」の国籍による内
外差別だという議論は可能であるとのことである。しかしながら、現地法律事務所は、移
転価格規制の観点から規制に必要性があること、規制に法的根拠があること等の事情によ
り正当化されうると指摘している。
国際知財制度研究会においては、GATT3 条の内国民待遇違反が問題となった日本の酒
税格差に関するパネル報告(WT/DS8/R)・上級委員会報告(WT/DS8/AB/R)において、
ウォッカと焼酎は「同種の産品」ではないとの日本の主張が採用されずに「同種の産品」
と判断されたことを踏まえると、INPI が外国の親会社・ブラジル子会社間の技術ライセン
ス契約に限ってロイヤリティ料率規制を行うことの妥当性を移転価格規制の観点から説明
できるとしても、当該規制を実質的な内国民待遇違反と評価する余地があると考えられる
ので、更なる検討を行うことが重要であるとの指摘があった。また、上記実態を踏まえる
と、ロイヤリティ料率規制については事実上の内国民差別があると言える可能性が想定さ
れるが、移転価格規制としての側面の特殊性を TRIPS 協定の解釈においてどのように勘案
すべきか、慎重に検討する必要があるとの指摘もあった。加えて、問題提起をするにあた
っては、ロイヤリティ料率規制に関して、具体的な INPI の規制行動と、それにより技術ラ
イセンス契約が登録できなかったという結果に因果関係が認められる事例等を具体的に摘
示できる資料を準備することが重要であることについて指摘があった。
今後はこれらの指摘を踏まえて、検討を深めていく必要がある。なお、今回の検討では、
ブラジルの事情等に焦点を当てたが、内外差別を示すためには、EC の農産品及び食品の
商標及び地理的表示の保護に関するパネル報告(WT/DS174/R)で言及されるように、「対
- 95 -
象措置が「知的財産権の保護」に関するものであること」、「自国の国民に対する取り扱
いよりも「不利な待遇」をその他の国民に付与していること」の二つの要素の証明が必要
である点に留意しなければならない。
<TRIPS 協定 27 条 1 項について>
TRIPS27 条 1 項の整合性も問題となる。上述のとおりライセンサーが外国企業である場
合にロイヤリティ料率が規制されるケースが多い傾向がみられ、また、一般に外国企業の
発明地が当該企業の所在地と密接に関係していると考えられることから、TRIPS 協定 27
条 1 項で禁止される特許権の享受についての発明地による差別に該当する可能性が考えら
れる。
TRIPS 協定 27 条 1 項は、以下のとおり、規定する。
第 27 条 特許の対象
(1) (2)及び(3)の規定に従うことを条件として、特許は、新規性、進歩性及び産業上
の利用可能性(注)のあるすべての技術分野の発明(物であるか方法であるかを問
わない。)について与えられる。第 65 条(4)、第 70 条(8)及びこの条の(3)の規定に
従うことを条件として、発明地及び技術分野並びに物が輸入されたものである
か国内で生産されたものであるかについて差別することなく、特許が与えられ、
及び特許権が享受される。
前述したとおり、外国企業の発明地が当該企業の所在地と密接に関係していることから、
企業所在地による差別の問題とみて、
内国民待遇と同様の議論を展開しうる。
その際には、
ロイヤリティ料率の設定が特許権の享受に該当するか否かについて、更に検討を深めてい
く必要がある。
<TRIPS 協定 28 条 2 項について>
更に、ロイヤリティ料率規制については、TRIPS 協定 28 条 2 項との整合性も問題となり
うる。即ち、INPI の審査により、特許ライセンス契約のロイヤリティ料率に制限を加える
ことが、
TRIPS 協定 28 条 2 項で規定される実施許諾契約を締結する権利を確保していない
ことになるのか否かという点である。TRIPS 協定 28 条 2 項は、以下のとおり規定する。
第 28 条 与えられる権利
(2) 特許権者は、また、特許を譲渡し又は承継により移転する権利及び実施許諾契
約を締結する権利を有する。
TRIPS 協定 28 条 2 項は、
特許権者に実施許諾契約を締結する権利を保証することを加盟
国に義務付ける一方、同権利の具体的な内容については特段の定めをしていない。現地法
律事務所は、INPI の規制は、実施許諾契約の締結そのものを禁止するものではないことに
- 96 -
言及し、28 条 2 項違反とはならない可能性を指摘している。しかし、ロイヤリティ料率の
制限により、事実上、特許ライセンス締結が困難になる場合も想定される。そのため、締
結そのものを禁止しなければ 28 条 2 項違反とならないのか、
という論点について検討が必
要と考えられる。
なお、TRIPS 協定 27 条や 28 条違反である場合には、INPI によるロイヤリティ料率規制
は TRIPS 協定 30 条により正当化されるか否か、TRIPS 協定 8 条や 40 条をどのように考慮
するのかという論点を更に検討すべきこととなる。
<参考情報>
INPI による技術ライセンス契約内容への介入の正統性について、国内裁判所で係争中の
事案が複数ある。連邦控訴裁判所における判断が事案により分かれており、数年のうちに
示されるであろう最高裁判所の判断が注目される。
事案の概要:
Koninklijke Phillips Electronics 社が CD-R の製造に関し、資本関係のないブラジル国内企
業とノウハウ及び特許のライセンス契約を締結した。当該契約を INPI 登録しようとしたと
ころ、INPI により、市場状況を踏まえ、ロイヤリティ料率を販売価格の 5%にすべきとの
規制を受けた。Koninklijke は、ロイヤリティ料率は当事者間で当初合意した 20%相当とす
べきであり、資本関係のない国際ライセンスにおけるロイヤリティ料率の上限規制はブラ
ジル法で規定されていないとして、同様の事案複数について INPI を提訴した。ある事案で
は、控訴裁判所において INPI による契約内容への介入は正当であるとされた。他方、別の
事案では、同じ控訴裁判所において、(i)INPI は開発産業貿易省に属しており、契約内容
に介入するために必要な中立性を有していない、(ii)資本関係のない国際ライセンスの
ロイヤリティ料率に上限を課すことについて法的根拠がない、との理由により、INPI によ
る契約内容への介入は正当ではないとの判断が示された。
(3)守秘義務期間規制
①制度・運用
現地法律事務所によれば、INPI は、守秘義務期間の上限を、当該秘密情報が開示されて
から 19 年として運用している。期間を 19 年としている理由を、現地事務所は次のように
説明している。技術移転契約の有効期間は、INPI の規制により、対価の損金算入期間の上
限(基本は 5 年で、更に 5 年の延長が可能。Law No.4131/62 の 12 条 3 項による)が適用
されるため、実務上、最大 10 年とされている。更に、多くの技術移転契約において、守秘
義務期間は、当事者により「当該契約期間+10 年未満」と設定されている。両期間を合計
すると最大で 19 年程度となる。守秘義務期間を最大で 19 年程度に抑制する背景には、ノ
ウハウ等の秘密情報は INPI の見解としては財産(property)ではなく、その秘密を守る期
間は、産業財産法上の財産として保護されている特許の保護期間(20 年)を超えてはなら
- 97 -
ないという INPI の理論があるとされている。研究会では、両者を対比させて議論している
点につき、法の趣旨が異なることから、そもそも対比することに問題があるとの指摘もあ
った。
現地法律事務所によれば、国内企業間契約か国際契約か、親子間契約か独立関係にある
企業間契約かにかかわらず、INPI に登録可能な守秘義務期間は最大で 19 年となるように
修正されるようであるが、実際には、国内企業間契約の場合には、INPI 登録をする必要が
ないため、上記期間よりも長い守秘義務期間の設定が可能である。なお、産業財産法 195
条は、「次の行為をする者は不正競争の罪を犯すことになる。」としたうえで、(XI)項
で次のように規定しているが、産業財産法上で期間制限は設けられていない。
第 195 条
(XI) 契約関係又は雇用関係により知得した秘密の知識、情報又は資料であって、公
知のもの又は当該分野の熟練者にとって自明のものを除き、工業、商業、又は
サービス提供において使用し得たものを、契約の終了後も含めて、許可を得る
ことなく漏洩し、利用し又は使用すること
②TRIPS 協定との整合性
守秘義務期間規制は、TRIPS 協定 39 条 2 項との整合性が問題となりうる。TRIPS 協定
39 条 2 項は、以下のとおり規定する。
第 7 節 開示されていない情報の保護
第 39 条
(1) 1967 年のパリ条約第 10 条の 2 に規定する不正競争からの有効な保護を確保する
ために、加盟国は、開示されていない情報を(2)の規定に従って保護し、及び政
府又は政府機関に提出されるデータを(3)の規定に従って保護する。(2) 自然人又
は法人は、合法的に自己の管理する情報が次の(a)から(c)までの規定に該当する
場合には、公正な商慣習に反する方法(注)により自己の承諾を得ないで他の者が
当該情報を開示し、取得し又は使用することを防止することができるものとする。
(a) 当該情報が一体として又はその構成要素の正確な配列及び組立てとして、当該
情報に類する情報を通常扱う集団に属する者に一般的に知られておらず又は容易
に知ることができないという意味において秘密であること
(b) 秘密であることにより商業的価値があること
(c) 当該情報を合法的に管理する者により、当該情報を秘密として保持するための、
状況に応じた合理的な措置がとられていること
(注)この(2)の規定の適用上、「公正な商慣習に反する方法」とは、少なくとも契約
違反、信義則違反、違反の教唆等の行為をいい、情報の取得の際にこれらの行
為があったことを知っているか又は知らないことについて重大な過失がある第
三者による開示されていない当該情報の取得を含む。
- 98 -
TRIPS協定 39 条では、秘密情報が保護されるべき期間については規定されていない。現
地法律事務所は、ブラジル産業財産法において、秘密情報の保護期間に制限は設けられて
おらず、例えば、195 条の不正競争の罪は期間にかかわらず成立することとされているこ
とに言及しつつ、ノウハウ等の秘密情報は(a)(b)及び(c)に該当する限り保護される
のが相当であり、守秘義務期間規制は、TRIPS協定 39 条 2 項が求める保護を満たしていな
いと評価しうる可能性について指摘している。しかしながら、1990 年 7 月 23 日のウルグ
アイラウンド交渉の現状に関する議長報告には、(a)(b)及び(c)に該当する限り保護
期間を制限してはならないとの提案があったことが記されているが、その後、保護期間制
限禁止提案は合意に至っていないことから、実質的にノウハウ等の秘密情報が保護されて
いると評価できるのであれば、一定程度、期間を制限することが許容されるとも考えられ
る 9。このような点について慎重に検討を進める必要がある。
また、この守秘義務規制についても、上述のロイヤリティ料率規制と同様に、TRIPS 協
定 3 条 1 項の内国民待遇との整合性も問題となりうる。外国企業・ブラジル企業間の技術
移転契約の場合には、海外送金のために INPI 登録が必要であるため、守秘義務期間が INPI
の介入により上限を下回るよう規制されるのに対して、ブラジル企業間の技術ライセンス
契約の場合は、当事者が INPI 登録を申請する必要が必ずしもないため、INPI が介入する
場合は限定されている。よって、ブラジル特許を有する企業が、同一の状況において、ブ
ラジル企業か外国企業かの違いにより差別されている、つまり、INPI による守秘義務期間
規制は TRIPS 協定 3 条 1 項の内国民待遇違反となる可能性がある。
(4)ライセンシーの行為を制限する条項の規制
かつて、INPI は、技術ライセンス契約の審査において、ライセンシーに対して技術の使
用範囲を制限する条項(製造ライン限定、製品の輸出制限/等)を削除するよう行政指導
していた。しかしながら、最近では、当該条項の趣旨について釈明を求め、当該条項を正
当化する事情が契約当事者から示されれば、当該条項を削除せずに済まされるようになっ
てきている。この規制についても、現地法律事務所によれば、国内ライセンスか国際ライ
センスか、親子ライセンスか非親子ライセンスかにかかわらず、適用されるとのことであ
るが、実際には、国内ライセンスの場合には、INPI 登録をする必要がないため、結果的に
制限を受けない場合が多い。従って、国際ライセンスの場合よりも、ライセンシーの行為
を制限する条項の設定について自由度があるといえる。実際に当該規制を受ける例がある
ことから、TRIPS 協定 3 条 1 項で禁止される内外差別にあたる可能性が考えられる。既述
の他の INPI 規制についてと同様に、TRIPS 協定 3 条 1 項整合性を検討することは今後の課
題として考えられる。
9
Nuno Pires de Carvalho, The TRIPS Regime of Antitrust and Undisclosed Information, Kluwer Law International (2008),
p. 222-23 に、そのときの交渉状況が簡潔に記されている。ここで引用した議長報告は、MTN.GNG/NG11/W/76
である。
- 99 -
(5)PCT 出願に係る技術に関するライセンス契約の登録可能性
産業財産法 61 条は、「特許所有者又は出願人は、ライセンス契約を締結することがで
きる」と規定しているところ、ブラジル国内における登録特許および出願中の特許につい
てのみ、ライセンス契約として INPI に登録できる。PCT11 条 3 項は「国際出願日の認め
られた国際出願は、国際出願日から各指定国における正規の国内出願の効果を有するもの
とし、国際出願日は、各指定国における実際の出願日とみなす。」と規定しており、通常
の国内出願と PCT 出願における移行予定国の指定は同じ効果を持つものとして、同等の地
位を有することが想定されるが、ブラジル国内では、PCT 出願においてブラジルを移行予
定国に指定しただけでは足りないとの運用がなされている。
現地法律事務所によれば、考えられる理由は、PCT 出願における移行予定国の指定では
すべての国を自動的に指定することが可能な仕組みとなっているので、その指定だけで将
来的にブラジル国内の出願フェーズに移行するものと考えることが難しいこと、移行予定
国の指定を正規の国内出願と全く同じく扱うことは、指定日(出願日)の記載等の事務手
続きの煩雑化を招くこと等があるとのことである。
今後、出願国による差別が存在するのか否か、TRIPS 協定 3 条 1 項に従って内国民待遇
を確保しなければならない知的所有権の保護に関する措置に該当するか否かについて検討
する必要がある。
3.競争法の適用
競争法(Law No.8884/94)の知的財産分野への適用について、調査された制度・運用に
ついて整理する。
現在の競争当局の体制と、昨年成立した新競争法(Law.No.12529/11)が施行される 2012
年 5 月 29 日以降の新体制について整理する。
現在のブラジルの競争当局は次の 3 つの組織
により構成されている:①財務省・経済監視事務局(以下、「SEAE」)、②司法省・経
済法事務局(以下、「SDE」)、③経済擁護行政委員会(以下、「CADE」)。①SEAE は、
経済的な観点からの企業合併の分析、企業合併や反競争的行為の経済効果に関して SDE 及
び CADE への情報提供を行う機関である。加えて、潜在的な反競争的行動についての調査
を行う権限を有し、SDE に通報する。②SDE は、捜査機関であり、企業合併や競争法違反
行為についての判断に必要な情報収集を担当している。SDE は、全ての証拠を分析し、最
終的な分析や決定を行う CADE に事案を送るかどうかを決定する。③CADE は、SEAE 及
び SDE の意見を分析したうえで、企業合併や反競争的行為について行政機関としての最終
決定を下す機関である。CADE は、6 名の委員で構成され、現在は弁護士 4 名、エコノミ
スト 2 名の陣容となっている。新競争法施行により、競争当局は現状から大きく異なる新
体制となる。新体制では、CADE が SEAE と SDE の権限の大部分を吸収し、これまでより
所掌範囲の広い「新 CADE」となる。新 CADE は、経済研究局(以下、「DEE」)、総監、
- 100 -
経済擁護行政裁判所(以下、「TADE」)の 3 組織からなる。DEE は現在の SEAE の機能
を概ね引き継ぐ組織である。SEAE は組織としては維持され、新体制では競争促進を図る
ための意見表明や法改正提案を行う機関となる。総監は、企業合併や競争法違反行為に関
する捜査を行う組織である。TADE は、現在の CADE の機能を引き継ぐ組織である。2012
年 2 月時点では、新体制移行後に関して、知的財産ライセンスに関する問題や、新 CADE
と INPI の連携についての情報は公表されていない。
以下では、現在の競争当局、とりわけ CADE における制度運用実態について整理してい
る。
競争法 21 条は、知的財産の濫用が競争法違反となることを規定し、競争法違反となる
行為を例示列挙している。競争当局から、幾つかの文書は公表されているが、いずれも一
般的な内容のガイドラインであり、
競争法 21 条についての詳細なガイドラインは出されて
いない。反競争的行為を分析する際の幾つかの指針が、CADE の Resolution No.20/99 に記
載・公表されており、事案をとりまく事情や経済的合理性等を勘案して判断すべきことが
記載されている程度である。
知的財産関連の反競争的行為の防止を目的として、競争当局と INPI は協力文書を交わし
ている(有効期限は 2012 年 6 月 7 日)。この協力文書の下、競争当局と INPI は共同研究
や情報交換等を進めている。また、INPI は技術ライセンス契約の審査において反競争的行
為を確認したときには SDE に公式に通知することとなっている。その場合、SDE は反競
争的行為と疑われる事案について第一次審査を行い、反競争的行為が行われたことの証拠
が確認された場合には、更に詳細な捜査を行うための行政手続きを進めることとなる。そ
の報告書は CADE に回付され、分析されることとなる。捜査段階では、INPI は、競争当局
の求めに応じて、SDE 及び CADE が反競争的行為の可能性がある事案の捜査を遂行するう
えで必要となるすべての技術情報を提供することとなっている。競争当局と INPI の協力関
係は、幾つかの事案を経て改善されてきており、新体制移行後もこのような協力関係は継
続すると考えられる。
上記のような競争当局・INPI の協力関係が構築されているが、実際には、INPI から提供
された技術ライセンス契約等の情報をもとに競争当局が決定を下した事案は確認できない。
競争法 54 条では、市場への影響が大きいと考えられる契約(競争を制限する可能性がある
契約、財・サービス市場の 20%を左右する結果となる契約等)の CADE への提出が義務付
けられており、違反すると過料が課されることとなっている。CADE が技術ライセンス契
約の競争法違反について判断するケースの大部分は、
この競争法 54 条に基づいて契約当事
者から CADE に提出された契約についてである。CADE が知的財産関連の契約を審査する
機会は多いが、その大部分は、会社や事業の合併・提携等に伴う商標ライセンス契約であ
り、合併等の大きな事案の「付属品」的な位置づけとして扱われているものと考えられ、
独自に分析対象となっているとは考えにくい。
近年、競争当局の関心分野は、医薬品業界である。例えば、SDE の Web サイトによれ
- 101 -
ば、2010 年 1 月に、計 37 の製薬会社に対して企業活動に関する情報提供の依頼を行って
いる。ブラジル政府は、長年にわたり、海外医薬品への依存度を抑制し、ブラジル国民の
医薬品アクセスを容易にする政策を展開してきている。1999 年にジェネリック法(Law
No.9787/99)が制定され、高価な医薬品やブラジルで幅広く使用されることが想定される
医薬品については、地域での製造が可能となるよう、官民連携により技術を獲得する試み
が進められている。このような政策的な動きを受けて、知的財産権者側は、従来よりはっ
きりとしたやり方で権利保護にあたっている。また、他方で後発メーカー側は、経済的な
成長や政策の後押しにより、後発品市場を拡大させ、知的財産権者の排他的権利の影響を
最小限に抑えられるよう試みている。その結果、先発メーカー・後発メーカー間の競争法
関連の議論が活発化している。実際に、医薬品メーカーの競争法違反に関する捜査が数件
進行中である。こういった事案の多くは、後発メーカーの団体である PRO GENERICOS(以
下、「PG」)により告発されたものである。PG は、先発メーカーは根拠に乏しい不当提
訴(sham litigation)により後発品市場の発展を阻害しているといった主張を展開している。
SDE は、数件の捜査を経て、先発メーカーが、特定の後発メーカーに対して多数の提訴を
行うこと、虚偽の主張により有利な結論を得ようとすることなど、権利濫用とも考えられ
る行為について懸念を示している。
現地法律事務所により確認された知財関連事案(技術ライセンスに限らない)で、CADE
が判断済みのもののうち、是正を求めた事案の割合は 2 割程度であった(4/21 件)。近年、
CADE が扱っている事案の一部を図表 2 で紹介している。現地法律事務所によれば、CADE
の法適用と企業の国籍(国内企業か海外企業か)に相関は見られない。
図表 2 近年、CADE が扱った知財関連事案例
事 案
CADE 判断等
医薬品企業に関する事案(複数) 競争当局として関心を持っており、複数の捜査が進行中であるが、C
ADE による判断が示された事案はまだない。
Alcoa aluminium profile 事案
Alcoa 社の意匠権の濫用が問題となった事案で、CADE は意匠権の濫
用はなく、Alcoa 社による提訴は不当提訴には当たらないと判断。
ANFAPE 事案
自動車業界における意匠権に関する不当提訴が問題となった事案。有
名自動車メーカー数社が、アフターサービス部品メーカーを排除する
ためにこれら部品メーカーを意匠権に基づいて不当提訴したとされ
た。SDE による捜査中であり、CADE の判断はまだ出されていない。
SIM カード事案
SIM カード市場における企業合併により、当該企業が独占的地位を有
することになると判断し、SIM カード市場における競争を維持するた
め、関連特許技術のライセンス条件を緩和すべきとの判断を行った。
Monsanto-Cargill 事案
Monsanto 社のタネと除草剤の抱き合わせ販売が問題となった事案。C
ADE は Monsanto 社に対して、当局により認可された他社の除草剤を
用いても Monsanto 社の種は育つことを取引先に周知するよう求めた。
- 102 -
Monsanto 除草剤耐性農作物事案 Monsanto 社の除草剤耐性農作物のライセンシーが、他社の同様の技術
を利用できないとするライセンス契約条項が問題となった事案。CAD
(複数)
E は、Monsanto 社の独占をもたらす効果が認められた一部の事案につ
いては、当該条項を削除すべきと判断した(複数事案があり、事案に
より判断が分かれた)。
本報告書のために作成
4.衛生当局による特許審査
(1)本調査で確認された制度・運用
産業財産法 229C 条は、「医薬品の製品及び方法に関する特許の付与は、国家衛生監督
庁(ANVISA)の事前の同意を必要とする」と規定しており(Law No.10196/01 により追加
された規定)、ブラジルでは医薬品関連特許だけは INPI による特許審査に加えて、ANVISA
による審査も実施されている。ANVISA は、健康省と関連が深い連邦政府機関で、国家の
基本的な衛生監視を実施するために Law No.9782/99 により設置された。衛生監視とは、健
康に害のある製品の流通を防止することにより病気等が拡散することを防ぐための調査・
審査活動である。
ANVISA による審査が追加された理由については、上記 Law No.10196/01 に関する
Executive Oder No.2005-15/01 によれば、医薬品に関する迅速でより良い技術審査の保証と
説明されていたが、実際には、現地法律事務所の見解としては、医薬品アクセス問題への
対応として医薬品特許については特別な審査が必要と考えられたからである。
INPI審査では新規性・進歩性・産業上利用可能性が認められて登録査定となったが、
ANVISAで拒絶された、という事例のANVISA拒絶理由と件数について以下のようなデー
タがある。2001 年から 2009 年の間、ANVISAは 988 件の事前同意と 125 件の拒絶を行っ
ており、その拒絶の理由と件数を示したもので、ANVISAにより 2009 年に公表された 10。
図表 3 ANVSA による特許拒絶理由
ANVISA 拒絶理由
件 数
新規性の欠如
57
進歩性の欠如
27
明細を説明するデータの欠如
19
出願の変更、クレームの追加
2
時宜を逸した登録
1
自然物質であるため
7
治療方法に該当するため
6
クレームが不明瞭
6
合計
125
ANVISA 公表データをもとに作成
10
ANVISA “Parecer técnico relative ao PL 3.709/2008” 2009
- 103 -
ANVISA による拒絶例として、割合が比較的高いのは、第二医薬用途特許及び AIDS 関
連医薬品である。第二医薬用途特許については、ブラジルでは制度上、その用途に新規性・
進歩性があれば特許性が認められると考えられる(ただし、第二医薬用途特許を禁止する
法案が議会で審議中である)が、ANVISA によれば、第二医薬用途特許は新規性・進歩性
要件を満たさないとされる。また、第二医薬用途特許を認めると、公衆衛生や経済に害が
あるとの主張も ANVISA によりなされている。現地法律事務所の見解として、ANVISA の
主張は、本来特許審査に持ち込むべきではない政治的議論に影響されている面があるとし
ている。AIDS 関連医薬品については、近年 ANVISA により 6 件審査され、拒絶されなか
ったのは 1 件のみであったことが確認された。いずれも、特許要件を満たさないことが理
由とされていた。
ANVISA 及び INPI による審査には、通常 8 年程度かかる。現地法律事務所の見解によれ
ば、
審査期間の長さについて、
医薬品分野と他の技術分野との差は見られない状況であり、
ANVISA の審査結果からは、審査基準について内外差別は認められない。
なお、既出の表で示した ANVISA の拒絶理由をみると、ANVISA は INPI が判断すべき
特許要件に対して重複的に判断を加えていると考えられる。このような ANVISA の審査は、
ANVISA の組織目的(衛生監視権限の行使)を超えており、行政機関が組織目的の範囲内
で活動すべきことを定めたブラジル憲法 14 条に抵触する可能性が国内において議論され
ている。
そのほか、ANVISA の審査をめぐっては、INPI 審査と重畳的に行われる必要があるとす
る見解と ANVISA 固有の観点からの審査(健康に害を及ぼさないかどうか)に限定される
べきであるとする見解が、検察官・司法長官や先発メーカー・後発メーカー等から主張さ
れ、議論となっており、この問題を議論するため、開発産業貿易省、健康省、司法長官局、
ANVISA、INPI の各代表で構成される審議会が 2011 年に設置された。ANVISA は固有の
観点からの審査(健康に害を及ぼさないかどうか)に限定して審査すべきであるとする立
場をとっているキーパーソンとしては司法長官が挙げられ、その旨を提言する報告書を
2009 年にまとめている。この立場は、弁理士事務所や法律事務所により支持されている。
それに対して、連邦検事が、ANVISA 審査は INPI 審査と重畳的に特許要件等について実施
されるべきであるとする立場から反論し、
論争が続いている。
後者の立場を支持するのは、
既出の PG 等の後発メーカー団体である。
また、ANVISA審査の対象をパイプライン特許(産業財産法 230 条、231 条)11に限定す
る改正法案が議会で審議中である。
11
TRIPS 協定 70 条 8 項(「加盟国が世界貿易機関協定の効力発生の日に第 27 条の規定に基づく義務に応じた
医薬品及び農業用の化学品の特許の保護を認めていない場合には、当該加盟国は、(a)第 6 部の規定にかか
わらず、同協定の効力発生の日から、医薬品及び農業用の化学品の発明の特許出願をすることができるよう措
置をとる。」)を受け、産業財産法 230 条・231 条が設けられた。これにより医薬品等の発明について物質特
許の出願ができるようになり、その出願には、外国においてした最初の特許出願の出願日が与えられることと
なった。
- 104 -
(2)TRIPS 協定との整合性
ANVISA による審査は、技術分野による差別をしていると評価されうるとの観点から、
TRIPS 協定 27 条との整合性が問題となりうる。TRIPS 協定 27 条 1 項・2 項は、以下のと
おり規定する。
第 27 条 特許の対象
(1) (2)及び(3)の規定に従うことを条件として、特許は、新規性、進歩性及び産業上
の利用可能性(注)のあるすべての技術分野の発明(物であるか方法であるかを問
わない。)について与えられる。第 65 条(4)、第 70 条(8)及びこの条の(3)の規定に
従うことを条件として、発明地及び技術分野並びに物が輸入されたものである
か国内で生産されたものであるかについて差別することなく、特許が与えられ、
及び特許権が享受される。
(注)この条の規定の適用上、加盟国は、「進歩性」及び「産業上の利用可能性」の
用語を、それぞれ「自明のものではないこと」及び「有用性」と同一の意義を
有するとみなすことができる。
(2) 加盟国は、公の秩序又は善良の風俗を守ること(人、動物若しくは植物の生命若
しくは健康を保護し又は環境に対する重大な損害を回避することを含む。)を目
的として、商業的な実施を自国の領域内において防止する必要がある発明を特
許の対象から除外することができる。ただし、その除外が、単に当該加盟国の
国内法令によって当該実施が禁止されていることを理由として行われたもので
ないことを条件とする。
上述の ANVISA 公表データからも分かるように、ANVISA の審査は新規性・進歩性等の
特許要件についても多く行われており、INPI の審査結果が特許要件を具備しているとの結
論であっても ANVISA により特許要件を具備していないとの理由で拒絶されるケースが
少なくないことから、医薬品関連分野だけ、「新規性・進歩性・産業上利用可能性の要件
を満たす」かどうかの基準が他分野と異なり、特許の与えられる範囲が不当に狭められて
いるとの評価が成立する余地があるとも考えられる。
研究会では、
①TRIPS 協定は複数の機関による特許審査を禁止している訳ではないこと、
②他の特許分野と比較して医薬品分野の特許審査期間が長期化しているとの事実が確認さ
れないのであれば、ANVISA の審査により期間が長期化しているとの側面では出願者に負
担がかかっている訳ではないこと、③医薬品等の特定分野の特許を「特別扱い」すること
については、例えば特許保護期間の延長制度等があり、そのような制度を念頭に置きつつ
整理しなければならないこと、④ANVISA による審査には政治的考慮が加味されていると
の産業界からの指摘に対応する事案があればそれを特定したうえで参照すべきこと、⑤二
つの機関による審査が、他の分野と比べて、どのような負担を出願人に負わせているのか
等を踏まえることが重要と指摘されている。今後は、現地法律事務所の見解や国際知財制
- 105 -
度研究会における指摘を踏まえ、ANVISA による審査制度の TRIPS 協定 27 条 1 項整合性
について検討を深める必要がある。
なお、TRIPS 協定 27 条 2 項は、「加盟国は、…公の秩序又は善良の風俗を守ること(…
健康を保護…することを含む。)を目的として、商業的な実施を自国の領域内において防止
する必要がある発明を特許の対象から除外することができる」と規定しており、産業財産
法 18 条 1 項で「特許を受けることができない」ものとして掲げられている「道徳、善良の
風俗、並びに公共の安全、公の秩序及び公衆の衛生に反するもの」に該当するかどうかを
ANVISA が公衆衛生の観点から審査しているとの整理も可能である。しかしながら、上述
の ANVISA の拒絶理由のデータからも分かるように、ANVISA が「公衆衛生に反するかど
うか」という観点に限定して審査しているとは評価しがたいというのが、現地法律事務所
の見解である。
5.生命体物質に係わる特許とその例外
生命体物質に係わる特許とその例外について、調査された制度・運用について整理する。
(1)微生物の特許性について
微生物の特許性について、産業財産法 18 条は次のように規定する。
産業財産法 18 条
次に掲げるものは、特許を受けることができない。
(III)生物の全体又は一部分。ただし、第 8 条に規定した特許を受けるための 3 要
件、すなわち、新規性、進歩性及び産業上の利用可能性の要件を充たし、かつ、
単なる発見ではない遺伝子組換え微生物を除く。
補項 本法の規定の適用上、遺伝子組み換え微生物とは、植物又は動物の全体又は
一部を除いた有機体であって、その遺伝子構成への直接の人的介入により、通
常自然の常態では到達し得ない特性を有しているものをいう。
すなわち、生物の全体又は一部分は特許を受けることができないが、遺伝子組み換え微
生物に限って特許を認める制度となっている。
(2)生命体物質に係わる特許に関する制限
産業財産法 42 条では、特許権者の排他的権利について規定されている。そして続く 43
条により、生命体物質に係わる特許については、一定の場合に 42 条が適用されないことと
なっている。
- 106 -
第 43 条
前条の規定は、次に掲げる事項には適用しない。
(V) 生命体物質に係わる特許の場合であって、経済的意図を有さず、他の製品を
取得するための変種又は増殖の出発物質として特許製品を使用する第三者
(VI) 生命体物質に係わる特許の場合であって、特許所有者又は実施権者により適法
に商業化された特許製品を使用し、流通させ又は販売する第三者。ただし、特
許製品が当該生命体物質の商業的増殖のために使用されないことを条件とする。
43 条(II)には特許全般に関する排他的権利の例外として「許可を得ていない第三者が、
科学的若しくは技術的研究又は調査に関連して、実験の目的で行う行為」が規定されてお
り、現地法律事務所の見解によれば、生命体物質に係わる特許に限定して規定する(V)
の「経済的意図を有さず」は、同(II)の「科学的若しくは技術的研究又は調査に関連し
て」よりも狭い概念と解釈されており、43 条(VI)は、権利消尽について規定する同(IV)
の「方法特許又は製品特許によって製造され、特許所有者による直接に又は特許所有者の
同意を得て、国内市場に出された製品」を、生命体物質に係わる特許の場合に当てはめて
詳細化した規定であるとのことである。
6.特許審査期間
ここでは、長期化問題が指摘されるブラジルの特許審査期間・滞貨について、調査され
た制度・運用について整理する。
ブラジルにおいて、滞貨の問題はすべての技術分野に共通しており、現在審査されてい
る出願は、平均して 8~10 年前になされたものである。
現地法律事務所が INPI 及びブラジル知的財産協会(ABPI)に対して行ったヒアリング
調査によれば、INPI 等による特許審査期間短縮のための取組みとしては、
- 審査官の教育研修
- オンライン出願の促進
- オンラインでの技術的意見の聴取
- 審査官に対する成果主義評価
- IT システムの改良
- 諸外国の特許庁との連携
等が進められており、2011 年になされた出願の審査を今後 5 年以内に行うことが目標とさ
れているが、現地法律事務所は、実現は困難と予想している。
- 107 -
7.強制ライセンス
(1)本調査で確認された制度・運用と関連する紛争
産業財産法 68 条は強制ライセンス付与の事由について、以下のように定める。
産業財産法第 68 条
特許所有者が特許によって得られた権利を濫用したこと、又はその権利を使用
して経済力を濫用したことが、行政上若しくは司法上の決定によって証明され
た場合は、特許所有者は、その特許に関して強制ライセンスが付与されること
に従わなければならない。
(1) 次の場合も、強制ライセンス付与の事由となる
(I)特許製品を製造せず、若しくは不十分に製造すること、又は特許方法を完全に
は使用しないことにより、特許対象がブラジル国内において実施されない
(non-exploitation)場合。
ただし、この規定は、実施が経済的に実行不可能な場合を対象外とし、その場
合は、輸入を認めるものとする。
(II)商業化が、ブラジル市場の需要を満たす程度には行われていない場合
「実施が経済的に実行不可能な場合」に該当しなければ、特許製品が輸入・販売されて
いても、国内で製造がなされていないことが強制実施権付与事由にあたることとなる。
産業財産法 68 条について、2000 年 5 月、米国は協議要請した。その際に、米国は、ブ
ラジルにおける「国内実施(local working)」条件により、当該特許がブラジル国内で実施
されていなければ強制ライセンスの対象となることを指摘し、ブラジルが「実施されない
(failure to be worked)」という文言を「特許製品を製造せず、若しくは不十分に製造する
こと」又は「特許方法を完全には使用しないこと」と明確に定義していると指摘したうえ
で、そのような条件は TRIPS 協定 27 条及び 28 条による義務に非整合であると主張した
(WT/DS199/1)。そして、2001 年 1 月には、パネル設置を求めた。パネル設置要請にお
いて、米国は、産業財産法 68 条が、当該特許製品をブラジル国内で生産せずに輸入してい
る米国人のブラジル特許権者を差別し、また、特許により与えられる排他的権利を毀損し
ていることを指摘したうえで、ブラジルの国内実施要件は TRIPS 協定 27 条 1 項及び 28 条
1 項に整合しないと主張した(WT/DS199/3)。その後、米国企業に対して産業財産法 68
条を適用しようとする際には両政府で事前に話し合う(talk)することについてブラジル政
府が同意したことを受けて、米国によるパネル設置要請は取り下げられた(WT/DS199/4)。
- 108 -
(2)TRIPS 協定との整合性
上記の産業財産法 68 条
(1)はTRIPS協定 27 条との整合性が問題となりうる。
即ち、TRIPS
協定 27 条 1 項は
「物が輸入されたものであるか国内で生産されたものであるかについて差
別することなく、特許権が与えられ及び特許権が享受される」と規定しているが、ブラジ
ル制度は輸入品・国産品について禁止される差別に該当するのではないか、との問題意識
である。なお、この点に関連して、尾島・逐条解説 12では、「物が輸入されたものである
か国内で生産されたものであるかについての差別の禁止は、例えば、特許対象物を国内で
生産しないで輸入している場合に、特許の実施をしていないと見て(輸入を特許の実施と
見ない法制をとり)それを理由に強制実施権を設定する等の措置をとることを禁止する。
そのような措置は、輸入品の特許権の享受に関する差別となるからである。」との記述が
ある。
現地法律事務所は、Adrian Otten 教授及び HannuWager 教授の論文「Compliance with
TRIPS: The emerging world view」(Vand. J. Transnat’l L. Vol.29:391、 1996、p.396)を引用
し、「強制ライセンスにおいて、技術分野、発明地及び物が輸入されたものであるか国内
で生産されたものであるかで差別することを禁止することが含まれる」、「強制ライセン
ス制度は、特許権者が市場への製品提供を輸入品にて行うか国内生産品にて行うかにより
異なる取り扱いを設けてはならない」という、上述の尾島・逐条解説と同趣旨の見解を述
べている。
今後は、産業財産法 68 条(1)について、「実施が経済的に実行不可能な場合」に、外
国企業が経済合理性に基づいてブラジル国内で実施することが極めて困難と判断した場合
も含まれるか否か等について検討を深める必要がある。
8.国境措置
ここでは、ブラジルの国境措置について、調査された制度・運用について整理する。
TRIPS 協定 51 条以下の
「国境措置に関する特別の要件」
に対応するブラジル国内制度は、
大統領令の税関規則(Decree No. 6759/09)である。
税関当局による物品の開放の停止について、TRIPS 協定 51 条第 1 文は、「権利者が、こ
れらの物品の自由な流通への開放を税関当局が停止するよう、行政上又は司法上の権限の
ある当局に対し書面により申し立てを提出することができる手続きを採用する」と規定し
ている。これに対して、税関規則では、商標権者ないし著作権者は、侵害物品の輸入が行
われていると信じるに足る徴候がある場合、当該物品を差し押さえるよう税関当局に要請
する権利を有すると規定されている(商標について税関規則 608 条、著作権について 610
条により 608 条準用)。この税関規則の規定は、TRIPS 協定 51 条第 1 文に対応している。
実際に通関停止の実績はあるが、個別の案件について税関当局に対応してもらうため、権
12
尾島 明、逐条解説 TRIPS 協定~WTO 知的知的財産権協定のコンメンタール~、日本機械輸出組合(1999)
- 109 -
利者側の具体的な情報提供や日頃の情報交換等の努力が重要となっている。TRIPS 協定 51
条は申立権を定めているので、上記のブラジルの措置が申立権を認めているのかを精査す
る必要がある。
TRIPS 協定 51 条第 2 文は、商標権及び著作権以外の知的財産権についての通関停止の申
立権を付与できると規定しているところ、ブラジルでは明文上の規定はないが、Decree No.
6759/09 の類推適用によって実務上対応されている。通関停止実績について知的財産の種
類別のデータは税関当局から公表されていないが、現地法律事務所が把握している状況か
ら、特許権者の申立に基づく特許侵害品の通関停止についても実績があり、ただしその割
合は知的財産侵害品全体の 1 割に満たないと考えられるのことである。
TRIPS 協定 51 条第 3 文は、輸出についての通関停止の申立権を付与できると規定してい
るところ、ブラジルにおいては、上記の輸入に関する条文が輸出についても同様に規定し
ているが、輸出についての通関停止の実績は、現地法律事務所の見解によれば少ないとの
ことである。TRIPS 協定 51 条の注には、「権利者によって若しくはその承諾を得て他の国
の市場に提供された物品の輸入又は通過中の物品については、この手続きを適用する義務
は生じない」との言及があるが、ブラジルでは、Decree No. 6759/09 の 325 条 4 項により、
上記の輸入・輸出に関する制度が通過中の物品についても適用されることとなっている。
TRIPS54 条は、「輸入者及び申立人は、第 51 条の規定による物品の解放の停止について
速やかに通知を受ける」と規定している。これに対してブラジルの制度では、まず申立人
については、Decree No. 6759/09 の 606 条により、通関停止について通知を受け、10 日以
内に侵害確認することを求められる。また、輸入者については、実務上、通関停止後すぐ
に通知がなされ(ただし、この通知について根拠となる規定はない)、権利者による侵害
確認後に再度通知を受ける(同 606 条に基づく)。
TRIPS 協定 53 条では、
申立人による権利濫用に対する措置について規定されているとこ
ろ、ブラジルでは、Decree No. 6759/09 の 606 条において、税関当局が輸出入者保護及び権
利濫用防止のための保証金を要求することができると規定されている。しかしながら、現
地法律事務所は、保証金が要求された実績を確認できなかった。同事務所によれば、税関
当局にとって額の査定が困難であることが背景にあるという。
9.医薬品・農薬データ保護
ここでは、ブラジルにおける医薬品・農薬データ保護について、調査された制度・運用
について整理する。
ブラジルでは、Law No.10603/02 により、家畜用・農業用の薬品については、10 年のデ
ータ保護期間が設定されており、データ保護期間中は、当局は、当該データに依拠して後
発薬品の販売許可を出すことはできない。10 年のデータ保護期間の起算点は、販売許可が
あったとき、又はいずれかの国において当該データ情報が初めて公表されたときのいずれ
か早い方とされている。
- 110 -
なお、ヒト向けの医薬品については、上記の家畜用・農業用薬品と同様のデータ保護期
間は規定されていない。また、立法の見通しは今のところないとのことである。TRIPS 協
定 39 条 3 項第 1 文は、医薬品等のデータ保護を加盟国に義務付けているが、第 2 文におい
て「加盟国は、公衆の保護に必要な場合・・・を除くほか、開示されることから当該デー
タを保護する」と規定されており、ブラジルの措置の評価については、今後の検討課題で
ある。
10.著作権法改正
ブラジルでは、2 つの著作権法改正案が議会で審議されているが、成立の可能性や時期
についての見通しは立っていない。現地法律事務所の見解としては、WCT や ACTA と同
じ方向性を持つ改正案であり、インターネットにおける不正流通問題の解決を図る目的で
改正条項が多く盛り込まれている。改正案には、権利制限規定だけではなく、デジタル環
境における著作権保護に関する規定が含まれている。
権利制限については、第 1 の改正案に、権利制限範囲を拡大する内容がいくつか含まれ
ている。現地法律事務所の見解によれば、例えば、①私的複製に関する規定の拡充は、TRIPS
協定 13 条の「権利者の正当な利益を不当に害しない」という要件を満たすか疑問があり、
②文化省により認められた映画同好会における映画の非商業的な上映や、③小規模事業者
による上演等も、TRIPS に違反する可能性があるとしている。③は、小規模事業者が著作
権管理団体に使用料を支払わずに済むよう改正案に盛り込まれたという経緯がある。
また、
第 2 の改正案には、上記に加えて、3 ステップテストの条文をほぼそのまま一般規定とし
て盛り込んでいる。このような情報を踏まえて、改正案の動向を注視する必要がある。
次に、デジタル環境における著作権保護については、第 2 の改正案に、ISP 免責規定が
盛り込まれている。侵害について ISP が権利者から通知を受けた場合に、アップローダー
へ通知して合理的な期間内に当該コンテンツを削除するか、アップローダーが発生しうる
損害に対して責任をとることを保証した場合(この場合、当該コンテンツは維持される)
には、ISP が免責されることが規定された。権利管理情報については特に改正はなく、技
術的保護手段の回避については、上記権利制限規定との関係について調整規定が導入され
ている。
- 111 -
第5章
国際知的財産交渉の諸フォーラにおける動向
Ⅰ.TRIPS 理事会に関する動向
TRIPS理事会では、2011年に通常会合が3回開催され、TRIPS協定と生物多様性条約(CBD)
の関係の論点に関する議論や、TRIPS協定と公衆衛生に係るドーハ閣僚宣言のパラグラフ6の実
施に係る決定のレビューなどが行われた。同理事会特別会合においては、昨年までと同様に
協定中で更に議論を行うことが規定されているワイン・スピリッツの地理的表示の多国間通
報登録制度(ビルトイン・アジェンダ)について議論された。2011年1月より少数国グループ
非公式協議において、単一のテキスト作成に向けた交渉が行われ、3月の特別会合において、
その結果概要が加盟国に共有された。そして、2011年4月21日には、交渉の現況をまとめた合
成テキストを添付した議長報告書が公表された。その後、2011年10月に非公式特別会合が開催
されたものの、各国がこれまでのスタンスを確認するにとどまり、議論は収れんしていない。
また、ドーハ閣僚宣言において検討することとされた地理的表示の追加的保護の対象産品拡
大及び TRIPS 協定と CBD の関係については、2011 年 1 月より再開されたラミー事務局長によ
る少数国首席代表レベル非公式協議において議論されてきたが、議論は収れんせず、2011 年 4
月、各国の立場の隔たりが依然として大きいことを述べたラミー事務局長の現状評価をまとめ
た報告書が発出されるにとどまっている。
(1)既加盟国に対する協定実施のレビューと中国に対する経過的レビュー
(作業の概要)
TRIPS 協定は、1995 年 1 月 1 日に発効し、先進国には 1 年間の経過期間を経て 1996
年 1 月 1 日から、また、発展途上国には 5 年間の経過期間を経て 2000 年 1 月 1 日から、
協定の履行義務が発生している<表1>。
<表1> TRIPS 協定の適用時期(経過期間)
内国民待遇
最恵国待遇
先進国
途上国
後発途上国
1996.1.1
全体
物質特許
医薬品等の
(医薬品等)
補完措置(*1)
1996.1.1
--
2000.1.1
2005.1.1
*
2006.1.1( 3)
1995.1.1
2006.1.1(*2)
(*1) ウルグアイ・ラウンドの結果、途上国等には、物質特許制度の導入について 2006
年までの経過期間が認められたが、その補完措置として、TRIPS 協定発効日
(1995 年 1 月 1 日)から、①医薬品及び農業用化学品の特許出願を受けつける
こと、②一定の条件の下に医薬品等に排他的販売権を認めることが義務とされ
ている(第 70 条 8 項、9 項)。
(*2) 2001 年 11 月にドーハにて開催された第4回閣僚会議で合意された「TRIPS と公
衆衛生に関する特別宣言」により、後発途上国の医薬品に関連する物質特許制度
の導入及び開示されない情報(営業秘密)について、更に 10 年間、2016 年 1 月
1 日までの経過期間が認められた。
(*3) 2005 年 11 月の TRIPS 理事会において、2013 年 7 月 1 日まで後発開発途上国の
経過期間を延長することが決定された。
- 112 -
協定実施のレビュー(各加盟国の法令の実施状況の相互チェック)は、各国から通報
された国内法令に基づいて、加盟国間で質問/回答を行うレビュー方式で進められ、
1996 年以降、先進国、開発途上国の経過期間である 1999 年末までに前倒しで国内法制
の整備を完了した一部の途上国、その他の開発途上国、新規に加盟した国に対して順次
行われた。
<表2> 国内法令レビュー実施状況
法令レビューの対象国
1999 年末まで
日本、米国、カナダ、豪州、ニュージーランド、EU、ドイツ、イタリ
ア、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、英国、デンマー
ク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、オーストリア、
スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシ
ュタイン、スイス、チェッコ、スロヴァキア、スロベニア、南アフリカ、
ハンガリー、ポーランド(一部のみ*)、ブルガリア、ルーマニア、エ
クアドル、モンゴル、パナマ、ラトヴィア、キルギス
2000 年 6 月
ベリーズ、サイプラス、エルサルヴァドル、中国・香港、インドネシア、
イスラエル、韓国、マカオ、マルタ、メキシコ、ポーランド(前回未了
分のみ*)、シンガポール、トリニダード・トバゴ
2000 年 12 月
チリ、コロンビア、エストニア、グアテマラ、クウェート、パラグアイ、
ペルー、トルコ、
2001 年 4 月
ボリビア、カメルーン、コンゴ、グレナダ、ガイアナ、ジョルダン、ナ
ミビア、パプアニューギニア、セントルシア、スリナム、ヴェネズエラ
2001 年 6 月
アルバニア、アルゼンチン、バーレーン、ボツワナ、コスタリカ、象牙
海岸、クロアチア、ドミニカ、ドミニカ共和国、エジプト、フィジー、
グルジア、ホンデュラス、ジャマイカ、ケニア、モーリシャス、モロッ
コ、ニカラグア、オマーン、フィリピン、セントキッズ・アンド・ネー
ビス、アラブ首長国連邦
アンチグア・アンド・バーブーダ、バルバドス、ブラジル、ブルネイ、
キューバ、ガボン、ガーナ、インド、リトアニア、マレイシア、パキス
タン、スリランカ、タイ、テュニジア、ウルグアイ、ジンバブエ
*セネガル(後発開発途上国扱いとなりレビューを延期)
2001 年 11 月
2002 年 3 月
モルドバ、ナイジェリア
*セントビンセント・クレナディーン(レビューを延期)
6月
カタール
9月
中国、台湾
2004 年 3 月
マケドニア
6月
アルメニア
2007 年 2 月
サウジアラビア
2008 年 3 月
ベトナム
10 月
2009 年 10 月
ウクライナ
トンガ
- 113 -
(2)地理的表示(GI)
(A)概要
(イ)ワイン・蒸留酒の地理的表示の多国間通報登録制度創設(交渉項目)
香港閣僚宣言(WT/MIN(05)/DEC)パラ 29 において、ドーハ閣僚宣言におい
て予測された交渉終結の期間内に交渉を完了すべく、交渉を強化することが合
意されている。
(ロ)地理的表示の追加的保護の対象産品の拡大(交渉項目ではない)
実施問題に関する香港閣僚宣言パラ 39 において、協議プロセスを加速化し、
一般理事会は、進展を検討し、遅くとも 2006 年 7 月 31 日までに適切な行動を
とることとされている。
※その他、EC は農業交渉で、特定の品目の地理的表示について保護の遡及(ロール
バック)を提案している。
(B)各国提案
(イ)ワイン・蒸留酒の地理的表示の多数国間通報登録制度創設
・主要論点は、WTO に通報登録された地理的表示(GI)が各国に及ぼす法的効果の
有無・強弱、制度非参加国に及ぶ法的効果の有無、の 2 点。
・<日米加豪等共同提案(TN/IP/W/10)>
過度の負担がかかる制度を創設すべきではなく、WTO に各国の地理的表
示を通報登録する DB を作成する。国内での法的効果は各国が決定する。制
度への参加は任意。
・<EC 提案(TN/IP/W/11)>
通報された地理的表示は公示から一定期間後に登録され、制度への参加
/非参加に拘わらず全加盟国で自動的に地理的表示としての法的保護を受
けるようにする。地理的表示の拡大も包含。
・<香港提案(TN/IP/W/8)>
上記 2 提案の折衷案。通報登録された地理的表示を保護するかどうかは各
国の判断に任されるが、一部緩い法的効果を自動的に認める。制度への参加
は任意。
(ロ)追加的保護の対象産品の拡大
・ワイン・蒸留酒の地理的表示にのみ認められている追加的保護を、食品等の他
の産品に拡大するか否かの議論。
・<EC・スイス・インド等>対象産品に制限を設けない。
EC(TN/IP/W/11)
印・EC 等(TN/C/W/14/Add.2)
・<米・豪・ラ米等新大陸諸国>拡大には反対。
- 114 -
(C)TRIPS 理事会等での議論
(イ)ワイン・蒸留酒の地理的表示の多数国間通報登録制度創設
・日米加豪チリ等の共同提案国と EC との間の主張が対立し、依然として立場に
大きな隔たりがある。
・<EC 譲歩案>
2007 年 10 月に EC が GI 多国間通報登録制度の譲歩案(参加、
法的効力等、
一部の項目についての譲歩案)を TRIPS 理事会特別会合非公式協議にて口頭
で提案。
・<モダリティテキスト案(TN/IP/W/52)>
2008 年 7 月の閣僚プロセスにおいて、追加的保護の対象産品の拡大を支持
するグループと、TRIPS 協定と生物多様性条約(CBD)との関係について途
上国の立場を支持するグループとの譲歩案として、3 つの議論を一括してテ
キスト交渉化する提案が示された。
GI 多国間通報登録制度についての主な点は以下の通り。
a) 商標、GI の保護、登録の判断の際には、国内手続に従って、登録を参
照し考慮する規定を設ける。
b) 登録された GI については、以下の法的効果が生じる。
1)GI としての定義を満たすこと(TRIPS 協定第 22 条 1 項)につ
いて、疎明な証拠(prima facie evidence)とする
2) 一般名称でないこと(TRIPS 協定第 24 条 6 項)について、立証
される場合のみ一般名称であるとする例外の主張が認められる。
・EC 譲歩案、モダリティテキスト案に関し、各国での異議手続を経ずに自動的
に法的効果を発生させる点(ある意味譲歩とは言えないとの指摘)
、EC の提案
それぞれの関係が明確でない点について、米、加、豪等から強い懸念が示され
ている。
・<クラーク議長報告書(TN/IP/19)>
2009 年 11 月に退任した TRIPS 理事会特別会合クラーク前議長が、特別会
合の作業状況及び従うべき原則(Guiding Principle)について議長報告をまと
めた。この従うべき原則には、①登録簿の目的は、保護の向上ではなく、保
護の促進である、②登録簿は通報国と参照国の両者にとって意味のあるもの
であるべき、③知的財産権の属地主義の性質は維持されるべき、④加盟国に
過剰な資金的・行政的負担をかけるべきではない、⑤特別かつ異なる扱いは
正確で効果的であるべきである、という 5 つのポイントが示されている。
・<ムワペ議長報告書(TN/IP/20)>
TRIPS理事会特別会合ムワペ議長が、これまでの交渉のストックテイキン
グを目的として 3 月のTNC会合に提出した報告書。本議長報告は、法的効果
と参加の問題が交渉上の障害となっていること、また、加盟国間の異なる立
場に加え、俎上に載っている提案の性質が異なることが交渉上の問題と指摘。
- 115 -
その上で、3-4-5 アプローチ(①3 つのクラスター 1 に従って議論する、②4
つの質問 2 を用いる、③5 つの従うべき原則 3 を念頭に置く)が有益であり、
シングル・テキストへの収斂は可能としている。
・<2010 年 12 月オープンエンド会合>
2011 年 11 月の TNC 会合において、ラミー事務局長が、全ての交渉分野で
2011 年第一四半期までにテキストを作成することを指示。これを受け、同年
12 月のオープンエンド会合において、ムワペ議長より、2011 年 1 月以降の交
渉の進め方について、①通報、②登録、③法的効果・結果、④手数料・コス
ト、⑤特別のかつ異なる待遇(S&D)
、⑥参加の 6 つの要素を順に議論し、シ
ングル・テキストの作成を目指すことが説明された。
・ 議長から示された作業スケジュールに従い、2011 年 1 月よりシングル・テキ
スト作成に向けた交渉が続けられた
・<2011 年 4 月ムワペ議長報告書(TN/IP/21)>
2011年3月のTRIPS理事会特別会合において、これまでのシングル・テキスト作
成に向けた交渉結果概要が加盟国に共有され、2011年4月に、交渉の現況をまと
めた合成テキストを添付した議長報告書を公表。議長報告書では、通報登録制度
の対象品目の交渉範囲については、ワイン及び蒸留酒に限定されるという見解を
示し、また、登録についての法的効果・参加義務については、法的効果を持たせ、
参加を義務的とするW52提案(EU途上国等)と、通報登録制度に法的効果を持
たせず、参加を任意とする共同提案(日米加豪NZ等)があり、2つの立場には
大きな隔たりがあるとの報告がなされた。
・ 2011年10月にTRIPS理事会特別非公式会合が開催されたが、これまでのスタンス
を確認するにとどまり、議論は収束には至っていない。
(ロ)追加的保護の対象産品の拡大
・EC を含む拡大推進派より、ワイン・スピリッツから全産品へ拡大するという
提案がなされているが、豪・米をはじめとする拡大反対派は、拡大の必要性、
GI の定義(範囲)、拡大に伴う負担コスト増等を問題視して激しく議論が対立
し、完全に膠着。
・2010 年 3 月まで開催された WTO 事務局長主催による非公式協議及び同年 9
月から 12 月にかけて開催された少数国大使級ブレイン・ストーミング会合に
おいて議論されたものの、大きな進展は見られなかった。
1
①法的効果及び制度への参加、②通報と登録、③制度実施によるコスト及び負担と途上国に対する特別かつ
異なる扱い。
2
①法的効果(GI登録について、どのような最小限の法的効果であれば受け入れられるか)、②審査時の通
報登録簿の参照(各国機関がGI登録を考慮することとなれば、各国機関は何に基づき、登録された情報に
どのような重要性を認めるのか)、③参加(強制と任意以外の選択肢はないか)、及び④特別かつ異なる扱
い(S&Dにはどのような形式がありえるか)。
3
クラーク議長報告書(TN/IP/19)で示された 5 つのポイントを参照。
- 116 -
・2011 年 1 月以降再開されたラミー事務局長による少数国首席代表レベル非公式協
議において議論されてきたが、議論は収れんせず、2011 年 4 月、各国の立場の隔
たりが依然として大きいことを述べたラミー事務局長の現状評価をまとめた報告
(WT/GC/W/633、TN/C/W/61)
書が発出されるにとどまっている。
(3) TRIPS 協定と生物多様性条約(CBD)との関係、伝統的知識・フォークロアの保護
(A)概要
・実施問題に関する香港閣僚宣言パラ 39 において、協議プロセスを加速化し、一般理
事会は、進展を検討し、遅くとも 2006 年 7 月 31 日までに適切な行動をとること。
また、パラ 44 において TRIPS 理事会の作業を継続することとされている。
(B)各国提案
・インド・ブラジル・ペルー等途上国から、遺伝資源等の出所、遺伝資源等の利用に
係る事前の同意の証拠、公正・衡平な利益配分の証拠の特許出願中への開示を義務
づけるための TRIPS 協定の改正が主張されており、テキストベースの議論を主張し
ているのに対し、米、我が方、豪、加、NZ 等はテキストベースの議論は尚早であ
り問題の所在を明らかにすべく、まずは各国の経験の分析等事例ベースの議論を行
うべきとしている。
・インド、ブラジル等の開示フレンズ(WT/GC/W/564/Rev.2、TN/C/W/41/Rev.2、
IP/C/W/474)、ノルウェー(WT/GC/W/566、TN/C/W/42、IP/C/W/473)は 2006 年 6
月に協定改正テキスト案を提出。
・我が方は WIPO に提出した文書を提出(IP/C/W/472)し、「誤った特許」の問題は
出所開示によっては解決できず、データベースの改善を図るべきであること等を主
張。
・EC は遺伝資源等の出所のみの開示を方式的な義務とし、特許無効の理由とはしな
い案を提示。
(C)TRIPS 理事会等での議論
・2007 年に入り、アフリカングループ及び LDC グループが開示フレンズの TRIPS 協
定改正提案の共同提案国となる旨表明。
・2007 年 10 月 TRIPS 理事会において、ブラジルからもう1つの未解決実施問題であ
る GI 拡大に関する支持と開示フレンズの間での連携を示唆するような発言があっ
たが、米・加・豪等は両者のリンクはより議論の進展を困難にするとの立場。
・<モダリティテキスト案(TN/IP/W/52)>
遺伝資源等の利用に係る事前の同意や公正・衡平な利益配分の参照条件等について、
検討事項として留保。
・本件関連事項は、他フォーラ(CBD、WIPO 等)でも議論が行われている。
- 117 -
・2010 年 3 月まで開催された WTO 事務局長主催による非公式協議及び同年 9 月から
12 月にかけて開催された少数国大使級ブレイン・ストーミング会合において議論さ
れたものの、大きな進展は見られなかった。
・2011 年 1 月以降再開されたラミー事務局長による少数国首席代表レベル非公式協議にお
いて議論されてきたが、議論は収れんせず、2011 年 4 月、各国の立場の隔たりが依然と
して大きいことを述べたラミー事務局長の現状評価をまとめた報告書が発出されるにと
(WT/GC/W/633、TN/C/W/61)
どまっている。
(4)EC エンフォースメント提案
・EC は、2005 年 6 月に TRIPS 協定に係るエンフォースメントに関してベストプラク
ティスの交換等の議論を TRIPS 理事会で行うことを提案(IP/C/W/448)、その後も
水際措置に焦点を当てて当該議論を行うことを提案(IP/C/W/468 及び IP/C/W/471)
したが、ブラジル、アルゼンチン、中国、インド等の途上国から TRIPS 理事会の議
題として取り扱うことに対して強固な反対が示された。
・上記経緯を踏まえ、2006 年 10 月通常会合において、TRIPS 協定のエンフォースメ
ントに係る条項のより効率的な実施のための方法に関する議論を行うこと等を求
める EC、我が国、米、スイスを共同提案国とする共同声明(IP/C/W/485)が提出
され、豪、加等から好意的な反応が示されたが、ブラジル、アルゼンチン、中国、
インド等の途上国から TRIPS 理事会のマンデートを超える等の理由で TRIPS 理事
会において議題として取り上げること自体に対して引き続き強く反対が示された。
・その後 2007 年 2 月通常会合において米国、6 月通常会合においてスイス、そして
10 月通常会合において我が国が、それぞれ知的財産権のエンフォースメントに関す
る議題要請を行ったところ、議題採択に際し中国、インド、アルゼンチン、南アフ
リカ等から永続的な議題として含めることは認められない等の発言が各会合にお
いてなされたものの、各会合の議題とすること自体がブロックされることはなく、
それぞれ議題要請国から水際措置に関する税関の取り組みについて紹介が行われた。
・2008 年以降の会合では、議論されていない。
(5)エンフォースメント・トレンド
・2010 年 6 月の TRIPS 理事会において、インド・中国を中心とする途上国が、「エ
ンドースメント・トレンド」という議題の追加を要請。ACTA 交渉をはじめとす
る先進国によるエンフォースメント強化の動きに対し懸念が表明された。
・他方、我が国、米国、EU 等先進国側は途上国側からエンフォースメントについて
の議論が要請されたことを歓迎しつつ、エンフォースメントの重要性につき反論
がなされた。
・また、2011 年 10 月の TRIPS 理事会通常会合において、同年 10 月 1 日に開催された
ACTA 署名式の報告をはじめ、途上国の ACTA に対する誤解を解くべく、我が国、米
- 118 -
国、EU 等の ACTA 参加国が、「エンフォースメント・トレンド」という議題を追加
し、ACTA の意義・必要性・現実性について説明を行った。
(6)TRIPS 協定と公衆衛生
・2001 年のドーハ閣僚宣言に基づき、医薬品を製造する能力のない開発途上国によ
る特許の強制実施権の活用方法に関する具体的解決策につき、2003 年 8 月 30 日、
一般理事会は TRIPS 協定と公衆衛生に係るドーハ閣僚宣言のパラグラフ 6 の実施に
係る決定を採択。一定の要件を満たす場合に TRIPS 協定第 31 条(f)及び(h)の
義務の一時免除(ウェーバー)が認められ、強制実施権にかかる技術よって製造さ
れた医薬品を、製造能力のない開発途上国に輸出することが可能となった(所謂、
パラ 6 システム)
。さらに、2005 年 12 月 6 日の一般理事会において、上記決定の内
容を反映した TRIPS 協定第 31 条の 2 及び協定改正議定書が採択された。
・2011 年 10 月の TRIPS 理事会における年次レビューでは、中国、インド等の途上国が、
2010 年の会合に引き続き、パラ 6 システムの僅かな利用実績は当該システムの欠陥に
起因するとし、NGO や関連企業等全ての関係者を招聘したワークショップの開催を主
張する一方、我が国含む先進国からは、従来同様、同システムに問題があることは十分
に実証されておらず、引き続き通常会合の枠内で加盟国の具体的事例に基づく分析的か
つ論理的な議論を行うべきとして、途上国と先進国の間で議論は平行線をたどった。
・TRIPS 協定の改正については WTO 加盟国の 3 分の 2 の受諾が必要である。当初の
TRIPS 協定改正議定書の受諾期限は、2007 年 12 月 1 日であったが、各加盟国の受諾
状況を踏まえ、TRIPS 理事会の提案により受諾期限は、一般理事会の承認を得て、2009
年 12 月 31 日、2011 年 12 月 31 日までと 2 度延長された。そして、2011 年 10 月の TRIPS
理事会では、さらに受諾期間を 2 年間延長し、2013 年 12 月 31 日とする合意がなされ、
一般理事会で受諾期間の延長が決定された。(なお、2011 年 12 月末時点で 41 カ国
及び EU が受諾している。我が国は 2007 年に受諾済み。)
(7)ノン・バイオレーション
・協定上の義務には違反しないものの、他の加盟国の措置の結果として自国の利益
が侵害されるため、GATT において紛争解決手段の対象とされているノン・バイオ
レーションについては、その範囲及び態様についての検討作業を、2001 年のドーハ
閣僚宣言では第 5 回閣僚会議まで、2004 年 7 月の一般理事会では第 6 回閣僚会議ま
で、2005 年 12 月の第 6 回閣僚会議(香港閣僚会議)では第 7 回閣僚会議まで、2009
年 12 月の第 7 回閣僚会議では 2011 年に開催予定の次回閣僚会合まで、
そして、2011
年 12 月の第 8 回閣僚会議(ジュネーブ閣僚会議)では 2013 年に開催予定の次回閣僚会
合まで延長することが決定されるとともに、ノン・バイオレーション適用猶予期間も
延長されている。TRIPS 理事会では、ノン・バイオレーションの範囲及び態様につい
て、検討作業が進められることになる。
- 119 -
(8)その他
・2008 年、2009 年、2010 年、2011 年それぞれの 10 月会合に前後して、LDCと先
進国との間でワークショップが開催され、TRIPS協定 66.2 条の報告書の説明と、改
善点に関する議論が行われた。2010 年 10 月のワークショップにおいては、我が国
の報告書に対して、ザンビアから、知的財産権保護に関する技術協力が技術移転の
インセンティブ措置になる理由が理解できず、66.2 条の報告書と 67 条の報告書に
載せる措置は分けるべきとの指摘がなされた。これに対し、我が国からは、知的財
産権に関する協力により確立された知的財産権の適切な保護は、技術移転のインセ
ンティブとして機能することから、2 つの側面を有する措置を両者の報告書に記載
することは問題ないと考える旨回答を行った。また、2011 年 11 月のワークショッ
プにおいても同様の質問が想定されたところ、知的財産権の適切な保護は、海外投
資に必要なビジネス環境を整えるものであるから、ビジネス環境整備に資する知的
財産権保護に関する協力は、海外投資を通じたさらなる技術移転のインセンティブ
として機能するとの立場でワークショップに臨んだ 4。
・2008 年 6、10 月会合において、シエラレオネ、ウガンダから提出された優先ニー
ズに関する文書(IP/C/W/499、IP/C/W/500、IP/C/W/510)について、ドナーである先進
国との間で議論が行われ、2009 年 10 月会合後には、LDC の優先ニーズに関するワ
ークショップが開催された。その後、ウガンダ、バングラデシュ、セネガルで地域
ワークショップが開催され、2011 年には、一連のワークショップの集大成として、
10 月会合前にジュネーブにて 3 日間のワークショップが開催され、WTO 事務局等
よりこれらの技術協力について報告されている(IP/C/W/557, Para. 4)。なお、優先
ニーズの報告については、シエラレオネ、ウガンダ、バングラデシュ、ルワンダ、
タンザニア、セネガルの6ヶ国が終えている。
・2011 年 12 月の第 8 回WTO閣僚会合において、経過措置の延長について、TRIPS
協定 66 条 1 項に規定されている正当な理由に基づいたLDCからの要請を真摯に検
討することがTRIPS理事会に要請された 5。今後、LDCから正当な理由に基づいた
要請があれば、TRIPS理事会で検討されることになる。
4
このような考え方は、我が国の報告書(例えば、IP/C/W/558/Add.1)で明らかにされている。
5
WT/L/845.
- 120 -
Ⅱ.TRIPS 協定に関連する紛争案件
1.TRIPS 協定に関連する紛争案件(一覧/概要)
(1)紛争案件一覧
TRIPS 協定発効から 2012 年 12 月までの紛争処理案件は、28 件の協議要請がなされ、
うち 11 件のパネルが設置された。
2000 年までの案件は、経過期間が満了していた先進国相互間の事案、協定発効と同時
に全ての加盟国に履行義務が生じた内国民待遇・最恵国待遇についての先進国から途上
国への事案が占めていたが、TRIPS 協定を取り巻く激しい議論のもと、近年の TRIPS 協
定関連の紛争処理案件の申立は鈍化してきている。
申立国
米国(DS28)
EU(DS42)
米国(DS36)
現 状
終了
終了
終了
5 インドネシアの自動車関連措置
米国(DS37)
米国(DS50)
EU(DS79)
米国(DS59)
終了
終了
終了
終了
6 アイルランド及びEUの著作権及び著作隣接権
米国(DS82)
終了
7 デンマークの知的財産権の権利行使
米国(DS83)
終了
8 スウェーデンの知的財産権の権利行使
米国(DS86)
終了
9 カナダの医薬品の特許保護
EU(DS114)
終了
10 EUの著作隣接権付与に係る措置
EU(DS115)
米国(DS124)
米国(DS125)
カナダ(DS153)
EU(DS160)
米国(DS170)
終了
終了
終了
協議
終了
終了
17 米国の 1998 年オムニバス法 211 条
米国(DS171)
米国(DS174)
豪州(DS290)
EU(DS176)
終了
終了
終了
終了
18 米国の 1930 年関税法 337 条
EU(DS186)
協議
19 アルゼンチンの特許保護及びデータ保護
米国(DS196)
終了
20 ブラジルの特許保護
米国(DS199)
終了
ブラジル(DS224)
米国(DS372)
EU(DS373)
米国(DS362)
インド(DS408)
ブラジル(DS409)
協議
№
案
件
1 日本の外国レコードの遡及保護
2 パキスタンの医薬品農業用化学品の特許保護
3 ポルトガルの工業所有権法の特許保護
4 インドの医薬品及び農業用化学品の特許保護
11 EU及びギリシャの知的財産権の権利行使
12 EUの医薬品及び農薬品の特許保護
13 米国の著作権法110条5
14 カナダの特許保護期間
15 アルゼンチンの医薬品特許保護及び農業化学品のデータ保護
16 EUの農産品と食品に関する商標と地理的表示の保護
21 米国の特許法
22 中国の金融情報に係る配信規制
23 中国の知的財産の執行に関する問題
24 EU 及び加盟国のジュネリック医薬品の通過差止
- 121 -
終了
終了
協議
TRIPS 協定に関連する紛争案件のうち、日本が当事国となった案件、小委員会(パネ
ル)が設置された案件、2008 年 2 月末の時点で係争中の案件の概略につき紹介する。
〔以下の各案件の左の数字は、前記表の案件№を示す〕
1 日本の外国レコードの遡及保護(米国申立:DS28、EU 申立:DS42)
(協議要請の理由)
日本は、1971 年以前の外国音楽ソフトの著作隣接権の保護を欠いており、これは、
TRIPS 協定第 14 条(実演家、レコード製作者等の保護)に違反する。
その後日本は、政策的観点から著作権法を改正し、著作隣接権の遡及的保護範囲
を 50 年まで拡大したことにより、協定解釈を行うパネルの設置に至らずに紛争処
理は終結した。
1996. 2. 9 米国が協議要請
96. 5.24 EU が協議要請(その後、DS28 と一本化)
97. 1.24 日米二国間合意により妥結
4 インドの医薬品及び農業用化学品の特許保護(米国申立:DS50)
(協議要請の理由)
インドは、医薬品及び農業用化学品の特許保護を行っておらず、また、経過期間
中の途上国の義務である医薬品等の特許出願制度及び当該製品の排他的販売権を
設けていない。これは、TRIPS 協定第 27 条(特許の対象)
、第 70 条 8 項(医薬品等
の経過期間中の特許出願)
、同 9 項(医薬品等の経過期間中の排他的販売権)に違
反する。
1996. 7. 2
96.11.20
97. 9. 5
98. 1.16
99. 1.20
米国が協議要請(EU 第三国参加)
小委員会設置(EU 第三国参加)
小委員会報告配布
上級委報告採択
米国が勧告実施のためのインドの措置を小委員会に付託
4' インドの医薬品及び農業用化学品の特許保護(EU 申立:DS79)
(協議要請の理由)
米国の理由と同じ。
1997. 4.28 EU が協議要請
97.10.16 小委員会設置(米国第三国参加)
98. 9.22 小委員会報告採択
5 インドネシアの自動車関連措置(米国申立:DS59)
(協議要請の理由)
インドネシアは、一定の現地調達率の達成と過去に登録されていない独自の商標
の使用を条件に、自動車部品の輸入関税及び奢侈税を免除する「国民車」構想を導
入した。これは、ガット第 1 条、第 3 条(最恵国待遇、内外無差別)
、TRIM(貿易
関連投資措置)協定第 2 条、TRIPS 協定第 3 条、第 20 条、第 65 条(内国民待遇、
- 122 -
商標の要件)等に違反する。
1996.10. 8 米国が協議要請
97. 7.30 小委員会設置
98. 7.23 小委員会報告採択(TRIPS 協定部分は、証拠不十分で違反の認定せず。
)
9 カナダの医薬品の特許保護(EU 申立:DS114)
(協議要請の理由)
カナダの特許法等は、医薬品の特許保護が十分でなく、TRIPS 協定第 27 条 1 項
(特許の対象)
、第 28 条(特許の権利)
、第 33 条(特許期間)に整合的でない。
その後、カナダは、パネル報告を受けて TRIPS 協定に整合的でないとされた国内
法規を改正し、紛争処理は終結した。
1997.12.19 EU が協議要請
98.11.12 EU が小委員会設置要請
99. 2. 1 小委員会設置
2000. 4. 7 小委員会報告採択
00. 6.20 勧告実施期間について仲裁に付託
00.10. 7 仲裁勧告
<参考;カナダ医薬品特許保護パネルの概要>
本件パネルで問題とされたカナダの特許法第 55 条 2 項は、以下の場合について特許
権侵害の例外とする旨を規定していた。
(1) 製品の製造、構築、使用又は販売を規制する法律により要求される情報の収集及
び提出のために特許発明を実施すること。
(2) 一定期間中に、他者の特許権満了後の販売を目的として、特許発明品を製造、貯
蔵すること。
これに対して、EU は以下のとおり主張した。
①医薬品及び農薬品の発明について他の技術分野の特許発明と異なる扱いをしており、
技術分野による差別的取り扱いを禁じた TRIPS 協定第 27 条 1 項に違反している。
②特許権者の承諾を得ていない第三者による特許製品の生産を容認するものであり、
特許権者の承諾を得ていない第三者の特許製品の生産等を禁じた TRIPS 協定第 28
条 1 項に違反している。
③特許権存続期間中に特許権者の承諾を得ていない第三者の特許製品の生産を容認し
ており、実質的に特許保護期間が短縮されているとして、特許保護期間を 20 年以上
とした TRIPS 協定第 33 条に違反している。
一方、カナダ側は、同国特許法第 55 条の規定は、医薬品を可能な限り早く、安価に
拡布するという厚生政策の観点と特許権者の保護という産業政策の観点とのバランス
を取ったものであり、TRIPS 協定第 30 条で認められている正当な例外に該当し、整合
的との反論を行った。
本件については、二国間協議を経たあと、1999 年 2 月にパネルが設置された(日本
の他、米国、スイス、インド等 11 ヶ国が第三国参加した。
)
。
2000 年 4 月に採択されたパネル報告書は、カナダ特許法第 55 条 2 項(1)は、協定第
30 条の目的・文言により正当化されるとしつつ、(2)は、正当化されることはないとし、
カナダの TRIPS 協定の義務履行違反を認める内容であった。その後、カナダ及びEU
は、パネルの勧告を実施するための「合理的期間」について見解が対立し、6 月に仲裁
に付託したところ、8 月に、パネル報告書の採択から 6 ヶ月以内の 2000 年 10 月 7 日ま
でにパネル勧告を実施すべきとの仲裁結果が公表され、本件は終結した。
なお、カナダは、右仲裁勧告とは別に、2000 年 8 月の段階で、関連する国内措置を
協定整合的なものとなるべく整備した。
- 123 -
12 EU の医薬品及び農薬品の特許保護(カナダ申立:DS153)
(協議要請の理由)
欧州の医薬品特許の保護期間延長に関する EC 規則第 1768/92 号、農薬品特許の
保護期間延長に関する EC 規則第 1610/96 号が、技術分野による差別的取り扱いを
禁じた TRIPS 協定第 27 条1項(特許の対象)に違反する。
1998.12. 2 カナダが協議要請
13 米国の著作権法第 110 条5(EU 申立:DS160)
(協議要請の理由)
米国著作権法第 110 条(5)は、一定の状況下では、ロイヤリティを支払うことな
く、ラジオ、テレビ等のプログラムを流すことが許される“home style exemption”
を規定しているが、この規定はベルヌ条約第 11 条 2(1)、第 11 条(1)に整合的でな
く、ベルヌ条約第1から第 21 条の規定を尊守することを定めた TRIPS 協定第 9 条
1 項(ベルヌ条約との関係)に違反する。
1999. 1.26 EU が協議要請
99. 4.15 EU が小委員会設置要請
99. 5.26 小委員会設置
2000. 7.27 小委員会報告採択
00.11.22 勧告実施期間について仲裁に付託
01. 1.15 仲裁勧告
01.10.12 勧告実施のための米国の措置について仲裁勧告
<参考;米国著作権保護パネルの概要>
本件パネルで問題とされた米国の著作権法第 110 条(5)は、以下の場合について著作
者の公の伝達に係る権利に一定の例外を認める旨規定している。
(a) 通常使用される種類の単一の受信装置(例えばテレビ、ラジオ等)を用いた場合
(b) 床面積の小さな店舗や小規模のテレビやスピーカーのみを有する店舗の場合
これに対して、EUは以下のとおり主張した。
①TRIPS 協定第 9 条 1 は、ベルヌ条約1条から 12 条を準用しており、ベルヌ条約 11
条においては、音楽等の著作物の著作者が公の伝達を許諾する排他的権利を享有す
ると規定している。ベルヌ条約のこれらの規定については、例外として小留保(minor
reservation)の範囲内で著作権を制限することが慣習的に許容されているが、米国
著作権法の規定は、この小留保を含むベルヌ条約のいかなる例外にも合致しない。
②TRIPS 協定第 13 条は「著作物の通常の利用を妨げず、かつ、権利者の正当な利益を
不当に害しない特別な場合」には、著作者の排他的権利を制限できる旨規定してい
るが、米国著作権法の規定はこの例外に合致しない。
一方、米国側は、同国著作権法第 110 条(5)の規定は、著作物の保護と利用のバラン
スを図ったもので、ベルヌ条約の小留保に該当し、また、TRIPS 協定第 13 条で認めら
れる例外にも該当し、整合的との反論を行った。
本件については、二国間協議を経たあと、1999 年 5 月にパネルが設置された(日本
の他、オーストラリア、カナダ、スイスが第三国参加した。
)
。
2000 年 6 月に採択されたパネル報告書は、米国著作権法第 110 条(5)(a)は、ベルヌ
条約の小留保に該当し、TRIPS 協定 13 条の正当な例外にも該当するものであって、協
定整合的であるとしつつ、同条(b)は、TRIPS 協定の定める正当な例外に該当するもの
とは言えず、米国の TRIPS 協定の義務履行違反を認める内容であった。その後、7 月、
米国及びEUは、このパネルの判断を受け入れる旨を表明したものの、勧告実施のた
めの「合理的期間」について見解が対立し、11 月に仲裁に付託したところ、2001 年 1
月に、パネル報告書の採択から 12 ヶ月以内の 2001 年 7 月 27 日までにパネル勧告を実
- 124 -
施すべきとの仲裁結果が公表された。
その後、米国内で著作権法の当該条項を改正する動きは無く、米国とEUとの間で
補償に関する協議が行われたが難航し、同年 11 月、双方より、紛争解決了解第 25 条
に基づく仲裁を申し立てられたところ、2001 年 10 月に、米国が 2001 年末までにパネ
ルの判断に従わない場合には、EUは年間 110 万ドル(120 万ユーロ)の補償を請求で
きるとの仲裁結果が公表された。
2002 年 1 月 7 日、EUは米国がパネル勧告を実施していないとして WTO の義務を
一時停止するよう主張したが、米国はこれに反対、本件は仲裁に付された。2002 年 2
月 27 日、米国、EU双方からの要求により、本件解決のための取り組みが進行中であ
ることから、仲裁は一時中断された。
2003 年 6 月 23 日に、米国は欧州の音楽家を援助するEUプログラムに 330 万ドルの
財政援助をする形で賠償するという暫定的合意に達している。合意の有効期間は 2001
年 12 月 21 日から 3 年間であったが、期限である 2004 年 12 月 21 日においては、法改
正に至っていない。
14 カナダの特許保護期間(米国申立:DS170)
(協議要請の理由)
カナダ特許法は、1989 年 10 月以前の出願に関し、特許成立の日から 17 年間しか
保護しておらず、出願の日から 20 年以上の保護を与えることを義務づけた TRIPS
協定第 33 条(保護期間)と整合的でない。また、協定適用の日において係属中の
出願についても、協定に定められたより広範な保護を与えるための補正を認めるこ
とを義務づけた TRIPS 協定第 70 条 7 項(既存の保護の対象)とも整合的でない。
1999. 5. 6 米国が協議要請
99. 7.15 米国が小委員会設置要請
99. 9.22 小委員会設置
2000. 5. 5 小委員会報告配布
00. 6.19 カナダが上訴
00.10.12 上級委報告採択
16 EU の農産品と食品に関する商標と地理的表示の保護(米国申立:DS174、豪州申立:DS290)
(協議要請の理由)
欧州委員会規則 2081/92 は、地理的表示に関し内国民待遇を与えておらず、地
理的表示と同一の又は類似の、以前から存在する商標について十分な保護を与えて
いない。このような EC 規則は、TRIPS 協定第 3 条(内国民待遇)
、第 16 条(商標
について与えられる権利)
、第 24 条(地理的表示の保護により、当該地理的表示と
同一の又は類似の、地理的表示として知られる以前から存在する商標に関する保護
を害すことを禁止)の規定に違反している。
1999. 6. 1 米国が協議要請(カナダ第三国参加)
2003. 4.17 豪州により協議要請
03. 8.18 米国、豪州によりパネル設置要請
03.10. 2 小委員会設置(NZ、アルゼンチン、メキシコ、台湾、スリランカ、チ
ェコ、ハンガリー、ブルガリア等第三国参加)
05. 3.15 小委員会報告配布
05. 4.20 小委員会報告採択
- 125 -
17 米国の 1998 年オムニバス法第 211 条(EU 申立:DS176)
(協議要請の理由)
米国 1998 年オムニバス法第 211 条は、キューバにより接収された企業が保有し
ている商標の登録、更新及び権利行使を認めないことが規定されているところ、
TRIPS 協定第 2~4 条、第 15~21 条、第 41 条、第 42~62 条の義務に整合的でない。
1999. 6. 8 EU が協議要請
2000. 6.30 EU が小委員会設置要請
00. 9.26 小委員会設置(カナダ、日本、ニカラグア第三国参加)
01. 8. 6 小委員会報告配布
01.10. 4 EU が上訴(10. 19 米国も上訴)
02. 2. 1 上級委報告採択
<参考;米国の 1998 年オムニバス法第 211 条 >
本件パネルで問題とされた米国の 1998 年オムニバス法 211 条には、キューバ政府に
接収された資産に関連する商標について、米国裁判所がキューバ国籍を有する者の権
利承継者等の権利を承認し、執行することを禁止する旨を規定している。
これに対して、EU は、この規定は TRIPS 協定に違反と主張し、1999 年 7 月に、WTO
二国間協議を要請した。その後のパネル報告書に対し EU・米国ともに上級委員会に上
訴したところ、2002 年 1 月、上級委員会は、オムニバス法 211 条は米国人の権利継承
者よりも非米国人である権利承継者に不利な待遇を与える条項があり、内国民待遇及
び最恵国待遇に違反するとの判断を示した。
2002 年 2 月 1 日に同委員会報告書は採択され、米国はパネルに WTO の義務を遵守
する旨表明した。その後、EU と米国は、法制度改善のための合理的期間として同年 12
月末を期限とする旨合意したが、米国の法制度は改善されず、数次にわたり期限延長
が行われた。その後、2005 年 7 月 1 日、米 EU 間で対抗措置を発動する権利を留保す
ることが合意された。
18 米国の 1930 年関税法第 337 条(EU 申立:DS186)
(協議要請の理由)
米国関税法第 337 条は、2 度ガットのパネルで検討されている。2 度目の 1989 年
のパネルでは、ガット第 3 条で規定される輸入品に対する内国民待遇義務に違反す
るとされた。その後、同法は 1994 年ウルグアイ・ラウンド協定法により改正され
たが、米国はパネルの結論に沿った改正がなされておらず協定不整合な点が存在す
ると共に、TRIPS 協定 2、3、9、27、41、42、49、50、51 条の規定に違反している。
2000. 1.12 EU が協議要請(カナダ、日本第三国参加)
20 ブラジルの特許保護(米国申立:DS199)
(協議要請の理由)
ブラジルの 1996 年産業財産法では、強制実施権の設定に際してブラジル国内で
の実施の有無を要件として課しており、物の国内生産の有無について差別を禁じる
TRIPS 協定第 27 条、第 28 条の規定に違反している。
2000. 5.30 米国が協議要請
01. 1. 9 米国が小委員会設置要請
01. 2. 1 小委員会設置(日本、インド、ホンジュラス、ドミニカ第三国参加)
01. 7. 5 米・ブラジル二国間合意により妥結
- 126 -
21 米国の特許法(ブラジル申立:DS224)
(協議要請の理由)
米国特許法(第 8 章等)は、政府の助成を受けた発明に対する特許権について制
限を設けているが、発明地等による差別を禁じた TRIPS 協定第 27 条、特許権者に
与えられる権利を定めた第 28 条に違反する。
2001. 1.31 ブラジルが協議要請
23 中国の知的財産の執行に関する問題(米国申立:DS362)
(協議要請の理由)
中国における、①商標の不正使用及び著作物の違法な複製に係る刑事手続き及び
刑事罰の扱い、②税関において没収された知的財産権侵害物品の処理、③中国国内
での発行または流通が許可されていない作品に関する著作権及び著作隣接権の保
護及び執行の欠如、④著作物の未許可の複製あるいは未許可の頒布のいずれかのみ
を行った者に対する刑事手続き及び刑事罰の欠如、は TRIPS 協定 9.1 条、14 条、
41.1 条、46 条、59 条、61 条等に整合的でない。
2007. 4.10 米国が協議要請
07. 8.13 米国が小委員会設置要請
07. 9.25 小委員会設置(日本、EU、ブラジル、インド、カナダ等第三国参加)
2009. 1.26 小委員会報告配布
2009. 3.20 小委員会報告採択
2010. 3.19 中国が勧告履行を報告
2010. 4.8
米中がシークエンス合意
<参考;中国の知的財産権問題パネル>
詳細については事項の「2.中国の知的財産権問題に対する米国の WTO 提訴
(DS362)と勧告実施状況」を参照ありたい。
24
EU 及び加盟国のジュネリック医薬品の通過差止(インド申立:DS408、ブラジル申立:DS409)
(協議要請の理由)
ブラジル等の第三国を仕向地とするインドで製造したジェネリック医薬品が、オ
ランダ税関で通過差止された問題に関する EU 及びオランダの措置は、GATT 5 条、
10 条、TRIPS 協定 28 条、41 条、42 条、TRIPS 協定と公衆衛生に関する 2003 年 8
月の決定と TRIPS31 条等に整合的でない。
2010. 5.11 インドが協議要請
2010. 5.12 ブラジルが協議要請
<参考;EU のジュネリック医薬品通過差止>
詳細については
『国際知財制度研究会』
報告書
(平成 22 年度)
の
「第 1 章 I. DS408、
409(EU 及び加盟国-ジェネリック医薬品の通過差止)-経緯と現状-」を参照あ
りたい。
- 127 -
2.中国の知的財産権問題に対する米国の WTO 提訴(DS362)と勧告実施状況
(1)経緯
2007 年 0 4 月 10 日
8 月 13 日
00
9 月 25 日
0
12 月 13 日
米国が WTO 協定に基づき協議要請
米国がパネル設置要請
WTO 紛争解決機関会合においてパネル設置の決定
(日本、EU、メキシコ、アルゼンチン、台湾が第三国参加)
パネルの構成
2008 年
4 月 14-16 日
4 月 15 日
6 月 18-19 日
10 月 09 日
パネル討議
第三国意見聴取
パネル討議
中間報告
2009 年
1 月 26 日
3 月 20 日
4 月 15 日
6 月 29 日
パネル報告
パネル報告採択
中国が勧告を実行することを DSB に報告
勧告実施期限を 2010 年 3 月 20 日と DSB に報告
2010 年
1月7日
著作権法/知的財産権海関保護条例の改正案が審議の
ため国務院に送付されたことを DSB に報告
中国が勧告履行した旨 DSB に報告
米中がシークエンス合意 1
00
3 月 19 日
4月8日
(2)概要
A.著作権に関する論点
<結論>
(a)中国著作権法第 4(1)条は以下の TRIPS 協定の義務に整合的でない。
①TRIPS 協定第 9.1 条により援用されるベルヌ条約第 5(1)条
②TRIPS 協定第 41 条
<パネルの判断>
(a)①について
ある種の著作物が中国著作権法第 4(1)条に基づく保護を受けないことは条文上
から明らかであり、当該著作物には、検閲(contents review)で認められなかった著
作物、また、著作権が認められる場合において、検閲で認められるために編集した
際に除去された部分が含まれる。
よって、パネルは、中国著作権法、特に第 4(1)条が、TRIPS 協定第 9 条 1 項に
より援用されるベルヌ条約第 5(1)条に不整合であることは、中国著作権法の条文
上から十分に明らかであると判断した。
1
米国は、30 日ルールに縛られることなく、履行・不履行の問題を決着してから対抗措置承認申請を行えばよい。
- 128 -
(a)②について
中国は著作物の出版を永久に禁止することは、効果的な措置の1つの態様であり、
ある意味、侵害に対する執行措置の別態様であると主張しているが、出版の政府に
よる禁止措置の有効性に言及することは、論点が外れている。TRIPS 協定の第 III
章はマルチに合意された最低限の執行措置であり、
TRIPS 協定第 41 条 1 項の義務を
免れるものではない。
よって、パネルは、中国著作権法第 4(1)条が TRIPS 協定第 41 条 1 項の義務に
不整合であると判断した。
●関連条文
中国著作権法:
第 4 条 法律によって出版、伝達が禁止された著作物は本法による保護を受けな
い。
著作権者は著作権の行使に当たって、
憲法及び法律に違反してはならず、
公共の利益を害してはならない。
TRIPS 協定:
第 9 条 1.加盟国は,1971 年のベルヌ条約の第 1 条から第 21 条まで及び附属書
の規定を遵守する。ただし,加盟国は,同条約第 6 条の 2 の規定に基
づいて与えられる権利又はこれから派生する権利については,この協
定に基づく権利又は義務を有さない。
第 41 条 1.加盟国は,この部に規定する行使手続によりこの協定が対象とする知
的所有権の侵害行為に対し効果的な措置(侵害を防止するための迅速
な救済措置及び追加の侵害を抑止するための救済措置を含む。)がとら
れることを可能にするため,
当該行使手続を国内法において確保する。
このような行使手続は,
正当な貿易の新たな障害となることを回避し,
かつ,濫用に対する保障措置を提供するような態様で適用する。
ベルヌ条約:
第 5 条(1) 著作者は、この条約によって保護される著作物に関し、その著作物の
本国以外の同盟国において、その国の法令が自国民に現在与えており
又は将来与えることがある権利及びこの条約が特に与える権利を享有
する。
(2) (1)の権利の享有及び行使には、いかなる方式の履行をも要しない。
その享有及び行使は、著作物の本国における保護の存在にかかわらな
い。したがつて、保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者
に保障される救済の方法は、この条約の規定によるほか、専ら、保護
が要求される同盟国の法令の定めるところによる。
- 129 -
B.税関措置に関する論点
<結論>
(a)TRIPS 協定第 59 条は、輸出されようとする物品に適用する限りにおいて、税関措
置に適用できない。
(b)米国は、税関措置が TRIPS 協定第 46 条第一文に規定する原則を援用する TRIPS
協定第 59 条に整合的でないことを、立証できていない。
(c)税関措置は TRIPS 協定第 46 条第四文に規定する原則を援用する TRIPS 協定第 59
条に整合的でない。
<パネルの判断>
(a)について
米国は、「税関措置の如何なる側面に関しても」とする主張を取り下げなかった
ため、パネルは、輸出されようとする物品に適用する限りにおいて、TRIPS 協定第
59 条を税関措置に適用できないと判断した。
(b)について
競売の割合が非常に低いことは競売が義務ではないとの考えに整合的である。仮
に、税関で差押される商品のうち非常に多くの数量や割合において侵害的特徴部分
を除去できないのであれば、競売を行う手続きは義務的であるとする考えに整合的
であると言い得るが、そのような証拠がないところ、パネルはこの考え方を受け入
れないとした。その結果、パネルは、税関措置における侵害品を競売にかける権限
が、
TRIPS 協定第 46 条第一文で規定された原則に従う侵害品の廃棄を命じる権限を
妨げるものであるとする米国の主張は立証されなかった、と判断した。
(c)について
中国は、商標の単なる除去(simple removal)を規定するだけでなく、4 月 2 日付
税関総署公告 2007 年 16 号のとおり、競売に先行して商標権者にコメントを求めて
いる旨の主張をした。パネルは、不正商標商品(counterfeit trademark good)は真性
品(genuine good)の外観を模倣して消費者を混同させることが多く、TRIPS 協定第
46 条第一文の「侵害の抑止」
(deterrent to infringement)との目的を勘案すると、侵
害品の状態を変更することで、商標の除去が単なる除去ではなくなるのであって、
商標権者にコメントを求める手続きは、侵害品の状態を変更するものではないとし
た。
よって、パネルは、不正商標商品についての税関取締が、商品の商流への解放を
認める条件として、例外的な場合以外においても、不法に付された商標の単なる除
去で十分であると規定している点で、
TRIPS 協定第 46 条第四文に規定する原則を援
用する TRIPS 協定第 59 条に整合的でないと判断した。
- 130 -
●関連条文
中国知的財産権海関保護条例:
第 27 条 差押えられた権利侵害疑義貨物が、
海関の調査を経たのち知的財産権を
侵害していると認められた場合には、海関はこれを没収する。
海関は知的財産権侵害貨物を没収した後、知的財産権侵害貨物の関
連状況を書面により知的財産権の権利者に通知しなければならない。
没収された知的財産権侵害貨物が社会公益事業に用いることができ
る場合には、海関はこれを公益機構に交付し社会公益事業に用いなけれ
ばならない。知的財産権の権利者に購入意欲がある場合には、海関は有
償で知的財産権の権利者に譲渡することができる。没収された知的財産
権侵害貨物を社会公益事業に用いる方法がなく且つ知的財産権の権利
者に購入意思が無い場合には、海関は権利侵害の特徴を削除したのち法
により競売に付すことができる。権利侵害の特徴を削除する方法が無い
場合には、海関はそれを廃棄しなければならない。
中国知的財産権海関保護条例実施弁法:
第 30 条 海関は没収された知的財産権侵害貨物を、
下記の規定に基づき処理しな
ければならない。
(一)没収された知的財産権侵害貨物が社会公益事業に直接使用でき
る、又は知的財産権の権利者に買取意思のある場合には、海関
はこれを社会公益事業に供するため公益機構に交付し、又は知
的財産権の権利者に有償譲渡する。
(ニ)没収された知的財産権侵害貨物が(一)の規定に基づく処分が
できず、且つ権利侵害の特徴を削除することができる場合には、
権利侵害の特徴を削除したのち法により競売に付す。競売金は
国庫に納入する。
(三)没収された知的財産権侵害貨物が(一)
(ニ)の規定に基づく
処分ができない場合には、これを廃棄しなければならない。
海関が知的財産権侵害貨物を廃棄する際、知的財産権の権利
者は必要な協力を提供しなければならない。海関に没収された
知的財産権侵害貨物を公益機関が社会公益事業に使用する場
合、及び海関による知的財産権侵害貨物の廃棄に知的財産権の
権利者が協力する場合には、海関は必要な監督を行わなければ
ならない。
税関総署公告 2007 年 16 号
1.差押えられた権利侵害疑義貨物が海関で競売に付された場合には、中国知的
財産権海関保護条例第 27 条に従って、
疑義貨物及びその包装における権利侵
- 131 -
害の特徴であって、商標、意匠、特許及びその他の知的財産権侵害の特徴を
含むものを完全に削除しなければならない。権利侵害の特徴を完全に削除す
ることができない場合には、海関はそれを廃棄しなければならず、競売に付
すことはできない。
2.海関は、権利侵害疑義貨物が競売に付される前に、知的財産権の権利者に意
見を求めなければならない。
TRIPS 協定:
第 46 条 侵害を効果的に抑止するため,司法当局は,侵害していると認めた物品
を,権利者に損害を与えないような態様でいかなる補償もなく流通経路
から排除し又は,現行の憲法上の要請に反さない限り,廃棄することを
命じる権限を有する。司法当局は,また,侵害物品の生産のために主と
して使用される材料及び道具を,追加の侵害の危険を最小とするような
態様でいかなる補償もなく流通経路から排除することを命じる権限を
有する。このような申立てを検討する場合には,侵害の重大さと命ぜら
れる救済措置との間の均衡の必要性及び第三者の利益を考慮する。不正
商標商品については,例外的な場合を除くほか,違法に付された商標の
単なる除去により流通経路への商品の流入を認めることはできない。
第 59 条 権利者の他の請求権を害することなく及び司法当局による審査を求め
める被申立人の権利に服することを条件として,権限のある当局は,第
46 条に規定する原則に従って侵害物品の廃棄又は処分を命じる権限を
有する。不正商標商品については,例外的な場合を除くほか,当該権限
のある当局は,変更のない状態で侵害商品の積戻しを許容し又は異なる
税関手続に委ねてはならない。
C.刑事罰の閾値に関する論点
<結論>
(a)米国は、刑事罰の閾値が TRIPS 協定第 61 条第一文に関する義務に整合的でない
ことを立証していない。
<パネルの判断>
(a)TRIPS 協定第 61 条第一文について
【米国の主張】
中国の刑事罰の閾値は、商業的市場における不正使用(counterfeit)や違法な
複製(piracy)の影響を検討するための物理的な証拠から、商業的規模の不正使
用や違法な複製の閾値以外の要素を除外している。
「商業的規模」の活動のすべ
てを第 61 条に従わせるために、一連の量的、質的な要素をも考慮すべき。
- 132 -
【中国の主張】
中国の裁判所は半完成又は未完成製品を考慮する。証拠手続や権利者への影
響は TRIPS 協定第 61 条に関係しない。刑法は代位責任の条文において、組織
的な犯罪要素も取り扱っている。
【パネルの判断】
米国の主張は2つの部分からなり、第 1 の部分は、閾値の計算に関するレベ
ルと方法、第2の部分は、閾値の数値テストが特定の要素に限定されているこ
とであり、パネルは以下に従って判断。
(1)主張の第 1 部分に関して、
商業的規模のケースすべてを捕捉するために、
中国の閾値のレベルが高すぎないかを評価。
(2)主張の第2部分に関して、商業的規模のケースすべてを捕捉するために、
米国が取り上げたその他の要素が中国の閾値のみによって考慮され得
るかを評価。
(1)について
米国は、
「商業的規模」の解釈として、すべての商業的活動がその定義から
含まれること、
「商業的規模」は市場、商品、その他の要素により変化するこ
とを認めた上で、中国の刑事罰の閾値が、ある市場状況では商業的規模を捕捉
できないと主張したものの、米国は「商業的規模」を構成することを立証する
商品、市場もしくはその他の要素に関するデータを提供しなかった。
パネルは、以上の理由から米国は prima facie case を成立させることができな
かったと判断した。
(2)について
TRIPS 協定第 61 条は証拠を取り扱っておらず、第 61(条第一文はミニマム・
スタンダードを適用しなければいけないとの観点から侵害活動を取り扱うも
のであり、証拠については第 41 条 3 項において言及されているが、この条文
は米国の主張を構成するものでない。
よって、パネルは、米国が侵害の他の要素(indicia)
、例えば商品の部品、
包装、材料又は道具等の物理的証拠について、prima facie case を成立させるこ
とができなかったと判断した。
米国は、インターネット等の新技術に関する議論では、商標の不正使用又は
著作権の違法複製が「商業的規模」か否かを決定するに当たり、不正使用又は
違法複製による権利者への影響(impact)を考慮できることを前提としている
ように思われるが、影響は、侵害行為の一部をなすわけではなく、
「商業的規
模」の基準でもないから、考慮すべき事項として関係するものではない。
よって、パネルは、米国が商品市場(commercial marketplace)の影響につい
て、prima facie case を成立させることができなかったと判断した。
- 133 -
●関連条文(一部)
中国刑法:第 213 条
登録商標所有者の許諾を経ないで、同一種類の商品上にその登録商
標と同一の商標を使用し、情状が重大である者は、3 年以下の有期懲
役若しくは拘役に処し、罰金を併科し、又は単科する。情状が特別に
重大である場合には、3 年以上 7 年以下の有期懲役に処し、罰金を併
科する。
司法解釈1:
第1条 登録商標所有者の許諾を得ず、同一商品上にその登録商標と同
一商標を使用し、以下に掲げる情状の一つがある場合には、刑
法第 213 条規定の「情状がひどいもの」に属し、登録商標虚偽
表示罪で 3 年以下の有期懲役又は拘留し、単独にもしくは合わ
せて罰金を処する。
(一) 不法経営金額が 5 万元以上又は違法所得金額が 3 万元以
上の場合
(二) 二種類以上の登録商標を虚偽表示し、不法経営金額が
3 万元以上又は不法所得金額が 2 万元以上の場合
(三) その他の情状がひどい場合
以下に掲げる情状がある場合には、刑法第 213 条規定の「情状が
ひどい」場合に属し、登録商標虚偽表示罪で 3 年以上、7 年以下
の有期懲役、且つ、罰金を処する。
(一) 不法経営金額が 25 万元以上又は違法所得金額が 15 万元
以上の場合
(二) 二種類以上の登録商標を虚偽表示し、不法経営金額が 15
万元以上又は違法所得金額が 10 万元以上の場合
(三) その他の情状がひどい場合
TRIPS 協定:
第 61 条 加盟国は,少なくとも故意による商業的規模の商標の不正使用及び著作
物の違法な複製について適用される刑事上の手続及び刑罰を定める。制
裁には,同様の重大性を有する犯罪に適用される刑罰の程度に適合した
十分に抑止的な拘禁刑又は罰金を含む。適当な場合には,制裁には,侵
害物品並びに違反行為のために主として使用される材料及び道具の差
押え,没収及び廃棄を含む。加盟国は,知的所有権のその他の侵害の場
合,特に故意にかつ商業的規模で侵害が行われる場合において通用され
る刑事上の手続及び刑罰を定めることができる。
- 134 -
(3)勧告実施状況
2010 年 2 月 26 日第 11 期全国人民代表大買常務委員会大 13 回会議における「中華人民
共和国著作権法」改正に関する決定に基づき第二回改正が行われ、2010 年 4 月 1 日に施行
された。2001 年著作権法第 4 条 1 項の規定は「本法によって出版、伝達が禁止された著作
物は、本法により保護を受けない。著作権者は著作権の行使に当たって、憲法及び法律に
違反してはならず、公共の利益を害してはならない。
」とされていたが、今回の改正で「著
作権者は著作権の行使に当たって、憲法及び法律に違反してはならず、公共の利益を害し
てはならない。国家は法律に基づき、作品の出版、伝達に対して監督管理を行う。
」とされ、
2001 年著作権法の第一文が削除された。中国はこの改正によりパネルの勧告を履行したと
言えるが、今回の改正により中国が著作物の内容に関する審査を放棄した訳ではなく、出
版や伝達の許可をするか否かは別問題である。
2010 年 3 月 24 日に国務院の「中華人民共和国知的財産権海関保護条例」改訂に関する
決定に基づき改訂が行われ、2010 年 4 月 1 日に施行された。2004 年海関保護条例第 27 条
3 項第 3 文の規定は「没収された知的財産権を侵害する貨物を社会公益事業に用いること
ができず、かつ知的財産権者に買取の意思が無い場合は、税関は、権利侵害の特徴を取り
除いた後、法に従い競売することができる。
」とされていたが、今回の改正で「但し、商標
冒用貨物の輸入については、特別な状況を除き、貨物上の商標標識を取り去るだけではそ
れを商業ルートに入れることは認められない。
」との規定が第 27 条 3 項第 4 文に新たに挿
入された。中国はこの改正により、違法に付された商標を単に除去するだけで不正商標商
品が流通経路に解放されることは許されないと判断したパネルの勧告を履行したと言える。
- 135 -
Ⅲ.中国の出版物及び音響映像娯楽製品の貿易権及び流通サービスに関する措置
に対する米国の WTO 提訴(DS363)
1.経緯
2007 年
4 月 10 日
10 月 10 日
11 月 27 日
米国がWTO協定に基づき協議要請
(DS362 知的財産権の問題と同日)
米国がパネル設置要請
WTO 紛争解決機関会合においてパネル設置の決定
(日本、豪州、台湾、EU、韓国が第三国参加)
2008 年
3 月 27 日
7 月 22 日
7 月 23 日
9 月 23 日
パネルの構成
パネル討議
第三国意見聴取
パネル討議
2009 年
4 月 20 日
8 月 12 日
9 月 22 日
10 月 5 日
12 月 21 日
中間報告
パネル報告書配布
中国上訴通知
その他上訴通知(米国)
上級委報告書配布
2010 年
1 月 19 日
2 月 18 日
7 月 12 日
上級委報告書採択
中国が勧告を実行することを DSB に報告
勧告実施期限の 2011 年 3 月 19 日までの延長について
当事国間で合意したことを DSB に報告
2 月 19 日
米国と中国が紛争解決に向けた覚書に合意したと発表
00
2012 年
2.概要
中国は WTO 加盟に当たり、加盟後3年以内に、外資企業に対して出版物(本、新聞等)
、
音響映像製品(CD、DVD 等)に係る輸入・流通業への従事を認めることを約束したが、
依然として同事業の主体を中国国営企業及び中国資本が過半数を占める企業に限定してい
る。2007 年 4 月、米国は、中国の著作物に係る輸入・流通規制について、知的財産権制度
問題(DS362)と同じタイミングで、中国に対して WTO 協定に基づく協議を要請。その
後、二国間協議では解決に至らず、同年 10 月に米国がパネル設置を要請。11 月の WTO
紛争解決機関会合でパネルが設置された。
3.論点
A. 中国加盟議定書及び作業部会報告書に関する論点
B.GATT 第 20 条(a)に関する論点
C.サービス貿易に関する一般協定(GATS)に関する論点
D.GATT 第 3 条(内国民待遇)に関する論点
- 136 -
A.中国加盟議定書及び作業部会報告書に関する論点
<結論>
下記個別措置について、中国は貿易権を付与していないとして加盟議定書及び作業
部会報告書違反を認定。
(関連する加盟議定書及び作業部会報告書は、A節の末尾に掲
載。
)
<個別措置概要と協定整合性>
・外商投資産業指導目録(The Catalogue)第 10 条 2、10 条 3
外資事業者が、書籍・新聞・雑誌の輸入事業に従事すること(第 10 条 2)及び音響
映像製品、録音物製品、電子出版物、劇場映写用フィルムの輸入事業に従事すること
(第 10 条 3)をそれぞれ禁止。
<パネルの判断>
外商投資の方向を指導する規定(Foreign Investment Regulation)第 3 条及び第 4 条並
びにそれらに関連する外商投資産業指導目録第 10 条 2 及び第 10 条 3 は加盟議定書第
5.1 条及び加盟作業部会報告書パラ 83(d)第 1 文及び 84(a)第 2 文と不整合。
(米国の加
盟議定書第 5.2 条及び作業部会報告書パラ 84(b)に基づく主張は訴訟経済を行使し判断
せず)
。
・外商投資の方向を指導する規定(Foreign Investment Regulation)第 3 条、4 条
第 3 条が外国投資産業指導目録の機能(function)について定義し、第 4 条が同目録
に列記された外国投資プロジェクトを奨励、許可、制限及び禁止の 4 つに分類してい
る。
<パネルの判断>
第 3 条、4 条自体が合法的な輸入を外資企業が行うことを妨げる法的な効果を持つ
わけではないため、米国の主張を判断せず(上記の通り、外商投資産業指導目録との
関連で判断済)
。
・文化部、国家広電総局、新聞出版総署、国家発展改革委員会、商務部の「文化分野に
おける外資導入に関する若干意見」
(Several Opinions of the Ministry of Culture, State
Administration of Radio, Film and Television, General Administration of Press and Publication,
National Development and Reform Commission and the Ministry of Commerce on Introducing
Foreign Investment into the Cultural Sector)
(以下、若干意見)第 4 条
第 4 条は、中国政府関係機関に対し、中国国内の外資企業が書籍、新聞、雑誌、映
画及びその他の音響映像製品の輸入に従事することを禁じるように命じている。
- 137 -
<パネルの判断>
外資企業に影響を与える限りにおいて、加盟議定書第 5.1 条及び加盟作業部会報告
書パラ 83(d)第 1 文及び 84(a)第 2 文に不整合。
(米国の加盟議定書第 5.2 条及び作業部
会報告書パラ 84 に基づく主張は訴訟経済を行使し判断せず)
。
・出版管理条例(Publications Regulation)第 41 条、42 条
第 41 条は、出版物の輸入業務は、本条例により設立された出版物輸入経営組織が
行うと規定し、第 42 条は、出版物輸入経営組織を設立するための要件を課している。
具体的には、第 42 条第 1 項(2)は国有企業であること、第 42 条第 1 項(4)は出版物の輸
入業務に適応できる組織機構および国家の規定する資格に合致する専門要員を有する
こと、第 42 条第 2 項は出版物輸入経営組織の総数、構成、配置などに関する国家計画
(State Plan)に合致しなければならないことをそれぞれ要件として課している。
また、第 41 条は、新聞、雑誌の輸入業務に従事するものは、国務院出版行政部門
が指定し、指定を受けていない場合は、いかなる組織または個人も新聞、雑誌の輸入
業務に従事してはならないと規定している。
<パネルの判断>
以下の点で国有企業を除く中国国内企業に対して、関連出版物を輸入する権利(貿
易権)を付与しておらず、加盟議定書第 5.1 条及び加盟作業部会報告書パラ 83(d)及び
84(a)に不整合。

第 41 条及びそれに関連する第 42 条が、新聞および雑誌の出版物輸入経営組織を
国有企業に限定している点。

第 41 条及びそれに関連する第 42 条が、新聞および雑誌以外の出版物について、
(1)適切な組織と資格を有する人員(第 42 条第 1 項(4))
、
(2)出版物輸入経営
組織の総数、構成、配置に関する国家計画への適合性(第 42 条第 2 項)という条
件を課している点。
また、新聞又は出版物の輸入については国の指定が必要であり(第 41 条)
、当該措
置の運用を検討すると中国は貿易権付与を裁量的にせざるをえず、結果として、中国
は外資企業への貿易権付与に関して差別的な取扱を行っているため、加盟作業部会報
告書パラ 84(b)に不整合。
・電子出版物管理規則(1997 Electronic Publications Regulation)第 50~55 条
第 50 条及びそれに関連する第 51 条は、電子出版物の輸入に従事する組織の認可を
受けるための要件として、組織の総数、構成、配置に関する国家計画に適合性等を規
定している。また、第 52~55 条は電子出版物の輸入組織を設立するための申請手続
きを定めている。
- 138 -
<パネルの判断>
第 50 条及びそれに関連する第 51 条に基づいて報道出版署(GAPP)が裁量的に電
子出版物輸入組織の許可をしているとは認められず、外国企業を差別的に扱っている
ことを米国は立証できていない。また、第 52~55 条についても国営企業に比して差
別的な扱いを受けているという点も立証できていない(なお、本規定は中国の主張に
よれば既に失効したものとされているが、米国の主張を受け、上級委員会の先例等に
従ってパネルは判断することとした)
。
・映画管理条例(Film Regulation)第 5 条、第 30 条
映画制作・輸出入・流通・公開について、許可制度を設けている(第 5 条)
。また、
映画の輸入は国家広播電影電視総局(SARFT)が指定した企業が独占的に行う(第 30
条)
。
<パネルの判断>
第 5 条については、中国の加盟議定書に整合しない理由及び態様を米国は説明して
おらず、議定書不整合を立証できていない。
第 30 条について、中国は映写用フィルムの輸入権付与を裁量的にせざるをえず、
結果として、中国は映写用フィルムの輸入事業者への輸入権付与に関して差別的な取
扱を行っているため、加盟作業部会報告書パラ 84(b)に不整合。また、指定を受ける申
請手続きも存在せず、指定は SARFT 主導で行われており、実際に一企業のみにしか
輸入する権利を与えられていないことから、中国の加盟議定書第 5.1 条及び作業部会
報告書パラ 83(d)(中国企業に関して)及び 84(a)に不整合(中国企業及び外国企業に
関して)
。
<上級委員会の判断>
映画管理条例が規制しているのは内容やサービスであるのに対し、加盟議定書は物品
(goods)に関する貿易権を規定しているにすぎないからパネルの判断は誤りであると中
国は主張したが、内容、サービス、物は相互に排他的ではなく、内容と媒体が一体とな
って物を形成しているから、パネルの判断に誤りはないとした。
・映画企業規則(Film Enterprise Rule)第 3 条、第 16 条
映画管理条例と同様に、映写用フィルム輸入の許可制度(第 3 条)と映写用フィルム
輸入のための承認要件(第 16 条)を規定している。
<パネルの判断>
第 3 条については、中国の加盟議定書に整合しない理由及び態様を米国は説明してお
らず、議定書不整合を立証できていない。
第 16 条に基づき中国はすべての中国国内企業に映写用フィルムに関する貿易権を付
- 139 -
与しておらず、
中国の加盟議定書第 5.1 条及び作業部会報告書パラ 83(d)及び 84(a)に不整
合。また、第 16 条は、中国国内に登録していない企業や個人が輸入する企業を輸入に
従事できないように排除する効果があることから、作業部会報告書パラ 84(a)に不整合。
<上級委員会の判断>
映画企業規則が規制しているのは内容やサービスであるのに対し、加盟議定書は物品
(goods)に関する貿易権を規定しているにすぎないからパネルの判断は誤りであると中
国は主張したが、内容、サービス、物は相互に排他的ではなく、内容と媒体が一体とな
って物を形成しているから、パネルの判断に誤りはないとした。
・音響映像製品管理条例(2001 Audiovisual Products Regulation)第 5、27、28 条
第 5 条は、音響映像既製製品(finished audiovisual product)及び DVD 等製作用のマス
ターテープ(製作用音響映像製品(audiovisual products imported for publication)
)の輸入
に許可制度を導入している。第 27 条は、音響映像既製製品の輸入業務を行うためには、
国の指定を受ける必要があることを規定している。第 28 条は、許可を受けるための手
続きを規定している
<パネルの判断>
第 5 条については、指定や承認の申請手続が存在せず、承認の基準も存在しない。中
国は製作用音響映像製品の輸入権付与を裁量的にせざるをえず、結果として、中国は外
国企業への貿易権付与に関して差別的な取扱を行っているため、作業部会報告書パラ
84(b)に不整合。
第 27 条については、指定は文化部主導で行われ、裁量的であり、音響映像既製製品
の輸入に従事する外資企業への貿易権付与に関して差別的な取扱を行っているため、作
業部会報告書パラ 84(b)に不整合。
第 28 条については、中国の加盟議定書に整合しない理由及び態様を米国は説明して
おらず、議定書不整合を立証できていない。
・音響映像製品輸入管理規則(Audiovisual Products Importation Rule)第 7、8 条
第 7 条は、製作用音響映像製品の輸入に関する許可制度を規定している。また、第 8
条は、指定なしに音響映像既製製品の輸入に従事することを禁止している。
<パネルの判断>
第 7 条について、許可申請手続が存在せず、基準も存在しないことを踏まえ、中国は
外国企業への貿易権付与に関して差別的な取扱を行っているとし、作業部会報告書パラ
84(b)に不整合と判断した。
第 8 条について、指定は文化部主導で行われ、裁量的であり、輸入に従事する外資企
業への貿易権付与に関して差別的な取扱を行っているため、作業部会報告書パラ 84(b)
に不整合。
- 140 -
・音響映像製品流通規則(Audiovisual (sub-) Distribution Rule)第 21 条
外内資合弁企業は音響映像製品の輸入に従事することができない。
<パネルの判断>
中国は、音響映像製品の流通のための外内資合弁企業の輸入業を禁止していることか
ら、すべての中国国内企業に対して輸入権を付与していないこととなり、中国の加盟議
定書第 5.1 条及び作業部会報告書パラ 83(d)及び 84(a)に不整合。
●関連条文
中国加盟議定書:
第 5 条 貿易権
1. 「WTO 協定」と適合した態様で貿易を規制することについての中国の
権利を害することなく、中国は、貿易権の入手可能性と範囲を漸進的に
自由化し、加入後 3 年以内に、中国内のすべての企業が中国の関税地域
全体において、すべての物品についての貿易権を有するようにする。
(以
下、略)
2. この議定書に別段の定めがある場合を除くほか、すべての外国人および
外国企業(中国に投資も登録もしていない個人及び企業を含む)は、貿
易権に関し、中国内の企業に与えられる待遇より不利でない待遇を与え
られる。
中国加盟作業部会報告書:
パラ 83 中国代表は、3 年間の経過期間中、中国が貿易権の範囲および取得可能
性を段階的に自由化していくことを確認した。
(a)-(c) 略
(d)中国代表はさらに、加入後 3 年以内に、中国におけるすべての企業は貿
易権を供与されることを確認した。外国投資企業は、輸出入を行うため
に特定の形態でまたは別個の事業体として設立することを要求されず、
輸出入を行うために流通業についての新たな事業許可を必要とされない。
この議定書に別段の定めがある場合を除くほか、すべての外国人および
外国企業(中国に投資も登録もしていない個人及び企業を含む)は、貿
易権に関し、中国内の企業に与えられる待遇より不利でない待遇を与え
られる。
パラ 84
(a) 中国代表は、中国が加入後 3 年以内に貿易権に関する審査および承認
の制度を撤廃することを再確認した。その時点で、中国は、中国におけ
- 141 -
るすべての企業ならびに外国企業および外国人(WTO 加盟国の個人事
業者を含む)に対し、すべての物品(ただし、議定書案の附属書 2A に
列挙された品目について、国家貿易企業による輸出入のために留保され
た割合の部分を除く)を中国の関税地域内において輸出し、また、輸入
する権利を認めることとなる。ただし、この権利は、輸入者が物品を中
国内で流通させることを認めるものではない。流通サービスの提供は、
「GATS」に基づく中国の約束表に従って行われる。
(b) 外国企業および外国人(WTO 加盟国の個人事業者を含む)に対する貿
易権の供与に関し、中国代表は、当該権利が無差別かつ裁量の入らない
方法で供与されることを確認した。同代表はさらに、貿易権を取得する
ためのすべての要件は関税および財政目的のみのものであり、貿易障壁
を構成しないことを確認した。中国代表は、貿易権を有する外国企業お
よび外国人が輸入許可、TBT および SPS に関する要件といった、輸出入
に関係する「WTO 協定」と合致した要件を遵守しなければならないこ
とを強調したが、最低資本および事前経験に関する要件は適用しないこ
とを確認した。
B.GATT 第 20 条(a)に関する論点
<結論>
いずれの措置も GATT 第 20 条(a)により正当化されない。
<検討対象の措置>
・外商投資産業指導目録
・外商投資の方向を指導する規定
・若干意見
・出版管理条例
・音響映像製品管理条例
・音響映像製品輸入管理規則
・音響映像製品流通規則
<論点>
上述の対象措置は、加盟議定書第 5.1 条にいう「
「WTO 協定」と適合した態様で貿易
を規制することについての中国の権利」として認められた範囲で実施したものであり、
具体的には GATT 第 20 条(a)(公徳の保護のために必要な措置)により正当化されるか
否か。
- 142 -
<パネルの判断>
中国加盟議定書に対して GATT 第 20 条の例外規定が適用可能か否かの論点について
パネルは判断せず、関連性および必要性の論点について判断し、関連性または必要性に
ついて中国の措置は正当化されないとした。
関連性の論点について、外商投資産業指導目録、外商投資の方向を指導する規定、若
干意見、音響映像製品流通規則には内容審査に関する条項が含まれていないことから、
公徳の保護との関連性は認められないとした一方、出版管理条例、音響映像製品管理条
例、音響映像製品輸入管理規則には特定の内容を禁止する規定が含まれていることから、
公徳の保護との関連性があることを前提に必要性の論点を検討すると判断した。
必要性の論点について、パネルは、出版管理条例、音響映像製品管理条例、音響映像
製品輸入管理規則の諸条項を(1)基準条項、
(2)裁量条項、
(3)排除条項に区分し、
公徳の保護に対する条項の寄与と貿易に与える制限的影響について比較衡量し、より貿
易非制限的な代替措置の可能性について検討した。裁量条項および排除条項については、
裁量または法令により輸入に従事できる企業を限定しており、公徳の保護に対する条項
の寄与と貿易に与える制限的影響についての比較衡量の結果、必要性を否定した。
他方、基準条項については、比較衡量の結果、より貿易非制限的な代替措置がない場
合には、必要性が認められるとした。しかし、中国政府が内容審査を行うという米国主
張の代替措置が、公徳の保護水準を維持しつつ、より貿易非制限的と認められるため、
基準条項についても必要性を否定した。
<上級委員会の判断>
GATT 第 20 条(a)により中国の措置は正当化されないという結論を支持した。なお、出
版物管理条例第 42 条で規定されている輸入組織の配置、構成等を定めた国家計画への
適合性要件が、公徳の保護に実質的に寄与しているとしたパネルの判断については、実
際の寄与の程度について証拠に基づいて議論しておらず、パネルの判断は誤りであると
結論づけた。
また、中国加盟議定書に対する GATT 第 20 条(a)の例外規定の適用可能性について、
上級委員会は、中国加盟議定書第 5.1 条の導入節(すなわち、
「WTO 協定」と適合した
態様で貿易を規制することについての中国の権利を害することなく)を根拠とし、物品
に関する貿易権と明白で、区別可能で、客観的な関連がある措置について、GATT 第 20
条(a)の公徳の保護のための必要な措置としての正当化を求めることができると解釈し
た。
●関連条文
GATT:
第 20 条 一般的例外
この協定の規定は、締約国が次のいずれかの措置を採用すること又は
実施することを妨げるものと解してはならない。ただし、それらの措置
- 143 -
を、同様の条件の下にある諸国の間において任意の若しくは正当と認め
られない差別待遇の手段となるような方法で、又は国際貿易の偽装され
た制限となるような方法で、適用しないことを条件とする。
(a)公徳の保護のために必要な措置
(b)人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置
(以下、略)
C.サービス貿易に関する一般協定(GATS)に関する論点
<結論>
出版物の流通、電子的形態の音声記録製品の流通、ビデオや DVD 等の音響映像娯楽
製品の流通に関連するいくつか措置について GATS 第 17 条(内国民待遇)違反とし、
ビデオや DVD 等の音響映像娯楽製品の流通に関連するいくつかの措置が外国資本制限
に当たるとして GATS 第 16 条(f)(外国資本の参加の制限の禁止)違反とした。
<検討対象の措置>
・出版管理条例
・輸入出版物定期購読規則(Imported Publications Subscription Rule)
・出版物市場規則(Publication Market Rule)
・出版物流通規則(Publications (Sub-)Distribution Rule)
・外商投資産業指導目録
・外商投資の方向を指導する規定
・若干意見
・電子出版物管理規則
・インターネット文化管理暫定規定(Internet Culture Rule)
・インターネット文化管理暫定規定の実施に関する通知(Circular on Internet Culture)
・ネットワーク音楽の発展及び管理に関する文化部の若干意見(以下、ネットワーク音
楽への意見)
(Network Music Opinions)
・音響映像製品流通規則
<パネルの判断>
出版物の流通と GATS 第 17 条
中国は流通(卸売、小売)サービスの内国民待遇を制限なく約束しているにもかかわ
らず、排他的出版権者(master distributor:出版物を販売しようとする際、排他的出版権
者(master distributor)の承認が必要となる流通形態)への外資企業の従事を禁止してお
り、外商投資の方向を指導する規定第 3 条及び第 4 条並びにそれらに関連する外商投資
産業指導目録第 10 条 2 の規定、
並びに、
若干意見第 4 条は GATS 第 17 条に整合しない。
また、電子的出版物の卸売について、電子出版物管理規則、並びに、出版物市場規則及
- 144 -
びそれに関連する出版物流通規則は GATS 第 17 条に整合しない。
また、輸入出版物については定期購読形態しか認められていないところ、輸入出版物
の卸売について外資企業は従事することができないのに対し、中国内サービス提供者に
はそのような制限がないので、出版管理条例及びそれに関連する輸入出版物定期購読規
則は GATS 第 17 条に整合しない。市場を通じた販売について、輸入出版物の卸売に外
資企業は従事することができないのに対し、中国内サービス提供者にはそのような制限
がないので、出版物市場規則及びそれに関連する出版物流通規則は GATS 第 17 条に整
合しない。
さらに、出版物流通規則は資本要件及び営業期間について外資企業が不利な条件を課
しており、出版物流通規則は GATS 第 17 条に整合しない。
電子的形態の音声記録製品の流通と GATS 第 17 条
まず、中国は約束表の中の「音響映像サービス」項目下で「音声記録製品配給サービ
ス(Sound recording distribution services)
」を約束しているところ、これには非有体物とし
ての音声記録製品の流通、特にインターネット等の技術を用いた電子的形態での流通も
含まれるものとパネルは解釈した。そして、外資事業者に音声記録製品の流通、特にイ
ンターネット等の技術を用いた電子的形態での流通への従事を認めないことから、イン
ターネット文化管理暫定規定、ネットワーク音楽への意見、若干意見、外商投資の方向
を指導する規定及び外商投資産業指導目録は GATS 第 17 条に整合しないと判断した。
<上級委員会の判断>
中国は、音声記録製品配給サービス(Sound recording distribution services)に電子的形
態での流通も含まれるというパネルの判断について上級委員会に上訴したが上級委員
会はパネルの判断を支持した。
ビデオや DVD 等の音響映像娯楽製品の流通と GATS 第 16、17 条
ビデオや DVD 等の音響映像娯楽製品(Audiovisual home entertainment products)の流通
について、外資過半出資形態を認めていない措置に関し、音響映像製品流通規則、外商
投資の方向を指導する規定及び外商投資産業指導目録が GATS 第 16 条(f)に整合しない
と判断した。なお、GATS 第 16 条(f)で不整合と判断した措置については訴訟経済の原則
に基づき GATS 第 17 条の整合性について検討しない。
外国パートナーが支配的地位にある合弁企業が音響映像娯楽製品の流通に従事するこ
とを禁止されているのに対し、純内資企業にはそのような制限がないことから、このよ
うなことを規定した若干意見は GATS 第 17 条に整合しないと判断した。また、音響映
像娯楽製品の流通について、外内資合弁企業には営業期間に制限があるのに対し、内資
企業にはそのような制限がないことから、このようなことを規定した音響映像製品流通
規則は GATS 第 17 条に整合しないと判断した。
- 145 -
●関連条文
GATS:
第 16 条
1 略
2 加盟国は、市場アクセスに係る約束を行った分野において、自国の約束表に
おいて別段の定めをしない限り、小地域を単位とするか自国の全領域を単位と
するかを問わず次の措置を維持し又はとってはならない。
(a)-(e) 略
(f) 外国資本の参加の制限(外国株式保有比率又は個別の若しくは全体の外国投
資の総額の比率の上限を定めるもの)
第 17 条
1 加盟国は、その約束表に記載した分野において、かつ、当該約束表に定める
条件及び制限に従い、サービスの提供に影響を及ぼすすべての措置に関し、他
の加盟国のサービス及びサービス提供者に対し、自国の同種のサービス及びサ
ービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を与える
(以下、略)
D.GATT 第 3 条(内国民待遇)に関する論点
<結論>
中国のいくつかの措置は出版物に関し内国民待遇を付与しておらず、GATT 第 3 条 4
に違反する。
<検討対象の措置>
・輸入出版物定期購読規則
・出版物市場規則
・出版物流通規則
・インターネット文化管理暫定規定
・ネットワーク音楽への意見
・映画管理条例
・映画企業規則
・映画流通公開規則
<パネルの判断>
出版物
輸入出版物定期購読規則について、国内出版物が消費者に多様な販売ルートで流通さ
れる一方、輸入出版物は販売ルートが定期購読形態に限定されており、さらに輸入新聞
- 146 -
や書籍は中国資本独占企業による流通に限定されていることから、輸入出版物が不利な
競争条件に置かれることは合理的に予見しうるものであり、
GATT 第 3 条 4 に違反する。
出版物市場規則及びそれに関連する出版物流通規則について、輸入出版物の二次販売可
能な者から外資企業が除かれており、国内出版物に比べて二次販売可能な者が少ないこ
とから、輸入出版物が不利な競争条件に置かれることは合理的に予見しうるものであり、
GATT 第 3 条 4 に違反する。
音声録音製品
インターネット文化管理暫定規定及びネットワーク音楽への意見が当該論点の検討対
象措置であるが、電子的な流通のためにデジタル化する前に課せられる輸入録音物への
内容審査に関連する手続負担及び内容審査に関連する遅延が輸入産品の競争条件に影
響を及ぼしているとの米国の立証は不十分。
映写用映画フィルム
映画管理条例、映画企業規則及び映画流通公開規則が当該論点の検討対象措置である
が、輸入映画が中国の2企業による流通しか認められていないことが法律上又は事実上
の複占であるとの米国の立証は不十分。
●関連条文
GATT:
第3条
4 いずれかの締約国の領域の産品で他の締約国の領域に輸入されるものは、そ
の国内における販売、販売のための提供、購入、輸送、分配又は使用に関する
すべての法令及び要件に関し、国内原産の同種の産品に許与される待遇より不
利でない待遇を許与される。この項の規定は、輸送手段の経済的運用にのみ基
き産品の国籍には基いていない差別的国内輸送料金の適用を妨げるものではない。
4.勧告実施状況
中国は 2010 年 2 月 18 日の紛争解決機関会合において、勧告を履行する意思があること
を表明したが、文化的側面を有する重要な規制を数多く改正する必要があることを理由に
履行期限の延長を求めた。2011 年 3 月 19 日が新たに設定された履行期限で、この期限ま
でに進展は確認されなかったが 1、2012 年 2 月 19 日に、米国は米中両国が紛争解決に向け
た覚書に合意したと発表した 2。なお、合意された覚書の内容の詳細は、2 月 21 日現在、
明らかにされていない。
1
2
http://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/cases_e/ds363_e.htm から入手可能(最終訪問日:2012 年 2 月 21 日)
http://www.ustr.gov/about-us/press-office/press-releases/2012/february/joint-statement-regarding-us-china-agreement-film
(最終訪問日:2012 年 2 月 21 日)
- 147 -
<参考>
上級委員会報告書(WT/DS363/AB/R)の第 57 頁の表をもとに作成。
中国が負う WTO 義務に整合していない
出版物
音響映像製品
とパネルが判断した措置*
映写用フィルム 電子的形態による
音声記録製品の流通
外商投資の方向を指導する規定
外商投資産業指導目録
若干意見
出版管理条例
輸入出版物定期購読規則
出版物流通規則
出版物市場規則
電子出版物管理規則
音響映像製品管理条例
音響映像製品輸入管理規則
音響映像製品流通規則
インターネット文化管理暫定規定の実施
に関する通知
ネットワーク音楽への意見
映画管理条例
映画企業規則
貿易権と GATS
貿易権のみ
GATS のみ
GATS と GATT
*上級委員会で覆されたパネルの結論はない。
(以上)
- 148 -
Ⅲ.Anti-Counterfeiting Trade Agreement(ACTA)について
1.経緯
知的財産権の執行を強化するための新しい国際的な法的枠組みである「偽造品の取引の
防止に関する協定(仮称)
」
(以下、
「ACTA」
)は、2005 年G8サミットにおいて日本が提
唱し、日本、米国、欧州連合、スイス、カナダ、韓国、オーストラリア、ニュージーラン
ド、メキシコ、シンガポール、モロッコが参加、計 11 回の交渉会合を経て、2010 年 10 月
に大筋合意に至った。ACTA は 2011 年 5 月 1 日に署名のために開放されている。2011 年
10 月には、東京にて署名式が開催され、我が国をはじめ、米国、カナダ、韓国、オースト
ラリア、ニュージーランド、シンガポール、モロッコの計 8 カ国が署名した。今年 1 月に
は、欧州連合及び欧州連合加盟国(22 カ国)が東京にて署名した。今後は、関係国と共に
早期発効を目指すことになる。
2.ACTA の背景:模倣品・海賊版の世界的な拡散と新しい国際的なアプローチ
模倣品・海賊版の世界的な拡散は、耐久性の低い自動車部品や、発火の危険のあるリチ
ウム電池の模倣品等の流通により、消費者の安全や健康の直接的な脅威となっている。更
には模倣品・海賊版の製造及び流通が、犯罪組織の安易な資金源になっている可能性があ
る点も指摘されている。これらの問題は、一つの国や二国間の取組だけでは必ずしも十分
なものとは言えず、より多くの国での取組が求められている。知的財産権保護に係る現行
のマルチの国際規律として WTO/TRIPS 協定があるものの、近年の知的財産権侵害の手法
の高度化、デジタル技術の発展等により、主に海賊版及び模倣品による知的財産権の侵害
が増大したため、知的財産権に関する執行のためのより効果的な法的枠組みの構築が必要
であるとの認識が高まった。そして 2005 年のG8グレンイーグルズ・サミットにおいて
我が国より、模倣品・海賊版防止のための法的枠組み策定の必要性を提唱、その後、日米
共同のイニシアティブとして ACTA の交渉が開始された。
3.ACTA の概要
ACTA は、TRIPS 協定における執行に関する枠組みを更に発展させた「民事上の執行」
、
「国境措置」
、
「刑事上の執行」
、
「デジタル環境における知的財産権に関する執行」につい
て規定している。例えば「国境措置」では、税関の職権による水際取締りについて、TRIPS
協定では任意規定にとどまっていたが、ACTA では、被疑侵害物品の解放を税関当局が職
権により停止する手続を不正商標商品及び著作権侵害物品の輸出入について義務づけた。
また、ACTA は、効果的な法的枠組みの構築にとどまらず、締約国の執行能力強化や締約
国間の国際協力についても規定している。
- 149 -
4.ACTA の意義と展望
ACTA の意義は、第一に、締約国自身の知的財産権保護に関する法的枠組みが強化され
る点にある。第二に、締約国間の委員会設置やベストプラクティス共有等、締約国間の協
力を通じた執行の体制強化・質の向上も期待される。第三に、ACTA の内容がエンフォー
スメントに関する国際的規律の標準モデルとなり、様々な国際協定に取り込まれていくな
ど、締約国の範囲を超えて、知的財産エンフォースメントの強化に向けた役割を果たすこ
とも期待される。
ACTA 締約国としては、非締約国に対して加入を働きかけていくことと並行して、二国
間や複数国間のEPAに ACTA の規定を盛り込むことに努力すべきと考えられる。非締約
国への波及を図る手段としては、さらに、締約国と非締約国の間のエンフォースメント関
係の執行協力を通じて、ACTA の下での締約国の経験を非締約国とも共有していくことが
考えられる。今後は、WTO/TRIPS、WIPO、EPAに加え、国際的な知的財産分野の枠
組みを議論・策定するフォーラムとして、ACTA を活用していくことが期待される。
- 150 -
Ⅴ.WIPO における議論
1.WIPO 遺伝資源等政府間委員会(IGC)における議論の動向
(1)はじめに
近年、遺伝資源、伝統的知識及び伝統的文化表現(フォークロア 1)
(以下、
「遺伝資源
等」という。
)の保護と知的財産に関する国際的な場での議論が活発に展開されている。こ
れは、主に途上国に豊富に存在しているといわれている遺伝資源等について、途上国が、
それらの価値に注目し、これら遺伝資源等を自らの強みとして活用すべく、また、いわゆ
るバイオ・パイラシーへの不満も背景として、国際的な保護の枠組みの設定を多様な場で
要求していることに帰着すると言われている。他方、先進国は、イノベーションへの負の
影響に対する懸念等から制度創設には慎重であり、先進国・途上国の意見の懸隔は大きい
状況である。
(2)WIPO 遺伝資源等政府間委員会(WIPO/IGC)の設立
IGC は、特許の手続(方式)面の調和を目指した特許法条約に関する議論の過程におい
て、一部の途上国から遺伝資源等の保護の重要性が強硬に主張されたことを受け、2000 年
9 月の WIPO 一般総会(以下、
「総会」という。
)において設置することが決定された委員
会である。IGC では、遺伝資源等の保護について、知的財産の観点から専門的かつ包括的
な議論が重ねられている。
(3)WIPO/IGC における従前の議論
IGC は、2001 年の第 1 回会合以来、これまで合計 20 回の会合が開催されている。第 11
回会合までは、伝統的知識・伝統的文化表現については、政策目的、一般原則、実体条項
の 3 つで構成された事務局作成の「草案」に基づく議論を中心に行われており、途上国は、
これらの保護に関する政策目的、一般原則だけでなく、保護の方法等が詳細に記載された
実体条項も含めて議論すべきと主張し、先進国は、実体条項の議論は時期尚早であり、
「伝
統的知識」の保護対象など基礎的な問題が重要であり、保護に関する政策目的、一般原則
について合意がなければ議論を進められないと主張していた。
こうした先進国の主張に基づき、第 11 回、第 12 回会合では伝統的知識及び伝統的文化
表現の定義や受益者の特定等の事項を含む、10 の基本的論点につき議論がなされた。しか
し、先進国からの定義に関する質問に対し、アフリカ諸国等途上国から十分な回答はなさ
れていない。第 13 回会合では、伝統的知識及び伝統的文化表現に関し、事務局が作成した
既存の保護制度では対応し得ない保護のギャップに関する文書、いわゆるギャップ分析の
1
当初「フォークロア(Folklore)」という文言が使用されていたが、現在では、より広い概念としての「伝統的文化表現
(Traditional Cultural Expressions:TCEs)」の用語が使用されている。
- 151 -
結果に基づいて議論が行われ、アフリカ諸国からは、法的拘束力のある独自の制度の創設
によりギャップを埋めるべきとの主張がなされたのに対し、まずギャップが埋めるべきも
のであるか否かについて検討を行うべきとする先進国と対立し、意見の収斂はみられなか
った。
この間、遺伝資源については、遺伝資源等の保護に関する各国の経験の共有、遺伝資源
を利用した発明の特許出願における出所等の開示、そして日本が提案を行った「誤った特
許付与」を防止するための特許審査用遺伝資源データベースの構築等について議論が行わ
れてきた。
(4)2009 年総会から 2011 年までの動き
IGCは、総会において決定されたマンデートに従って活動が行われており、概ね 2 年ご
とに更新されている。2009 年 9-10 月のWIPO加盟国総会では 2010-2011 年のマンデートに
ついて審議されたが、目立った進展のない状況に強い不満を抱いた途上国が、国際的に法
的拘束力のある文書の合意や外交会議の開催をマンデートに含むことを、これまで以上に
強く求める一方、それを認容できない先進国との間で強く対立したが、最終的に決裂寸前
で妥協が成立した。この時に合意されたマンデートが、①遺伝資源等の効果的な保護を確
保する国際的な法的文書のテキスト 2 について合意に達することを目的にテキストベース
の交渉を行うこと、
②次期マンデートの 2 年間に 4 回の会合と 3 回の会期間作業部会
(IWG)
を開催すること、③外交会議の開催(開催するか否かもオープン)については、2011 年の
加盟国総会で決定すること等であり、これまでの議論から一歩踏み込む形になった。
なお、「国際的な法的文書」の解釈について、途上国は、従来から法的拘束力のある国
際的な枠組みを作ることが必要との立場をとっていることから、法的拘束力のある文書を
作成することを意味するとの立場をとり、日本を含む先進国は、法的拘束力を有するもの
には限定されず、
文書の性質を予断することなく議論を行うことが重要であるとしており、
加盟国間でその見解がわかれている。
2009 年のマンデート更新から 2011 年までに第 15~19 回会合及び 3 回の IWG が開催さ
れ、伝統的知識及び伝統的文化表現については実体条項を中心にテキストベースの議論が
行われた。他方、遺伝資源については、議論の基となる政策目的・一般条項・実体条項の
そろったテキストが存在しておらず、目的・原則及び今後の作業のオプションについて議
論されるのみであった。
(5)2011 年総会以降の動き(2012-2013 年のマンデートの更新)
次期予算年度
(2012-2013 年)
に向けたマンデート更新が行われる 2011 年の総会を控え、
総会前最後の開催となる第 19 回会合(2011 年 7 月)においては、マンデート更新案につ
いて議論が行われた。外交会議の開催には、テキストは未成熟であるとの共通認識の下、
2
「text of an international legal instrument(or instruments) which will ensure the effective protection of GRs, TK and
TCEs」(法的拘束力があるとは明示されていない)
- 152 -
先進国、途上国双方が歩み寄った結果、引き続き国際的な法的文書のテキストベースの交
渉が継続されることで合意され、つづく 2011 年 9-10 月の総会においても特段問題なく決
定された(後掲の概要参照)
。同マンデートによれば、2012 年にはテーマごとに 3 回の IGC
が開催される予定であり、既に 2012 年 2 月には遺伝資源をテーマとした第 20 回会合が開
催されたところである。
【2012-2013 年のマンデート概要】
○国際的な法的文書のテキストの合意を目的としたテキストベースの交渉を促進する
(法的拘束力の明示は引き続き無い)
○次期マンデートの 2 年間に、4 回の会合を開催(3 回は以下のとおりテーマ別)
第 20 回:遺伝資源(8 日間) 第 21 回:伝統的知識(5 日間)
第 22 回:伝統的文化表現(5 日間)
○テキストベースの交渉は、全ての WIPO 作業文書をもとに行う
○2012 年の総会に国際的な法的文書のテキストを提出する
○2012 年の総会で
-ストックテイキング(現状評価)を行う
-外交会議の開催(開催するか否かもオープン)について、決定する
-追加会合の必要性について検討する
(6)各論
〔ⅰ〕遺伝資源
遺伝資源に関する最大の論点は、
「出所開示要件の義務化」
(以下、
「出所開示」という。
)
である。途上国は、一貫して特許出願時における遺伝資源の出所情報の特許出願への記載
義務化の導入を強く求め、遺伝資源、及びその原産国等を開示すべき情報とし、不開示・
虚偽の記載に対しては特許出願の却下・特許の無効等の制裁を科すべきとしている。
これに対し、日本をはじめとする先進国は、遺伝資源の出所情報は特許性とは関連ない
情報であって、その開示義務化はいわば特許制度の守備範囲を超えた要求であり、そのよ
うな情報の開示を義務付ける必要性を合理的に説明することができない以上、特許制度の
枠内での制裁を伴う開示義務は導入すべきでないとしている。なお、先進国の中でも、EU、
スイス、ノルウェーは他の先進国とはスタンスが若干異なっており、例えば EU は、出所
開示自体は受け入れて差し支えないとの立場である。ただし、出所情報の誤りや不足に対
する制裁は特許制度の枠外でなされるべきであるとしており、特許出願の拒絶・却下や特
許の無効といった特許出願の瑕疵として取り扱うことまで受け入れているわけではない。
しかし、これらの国が出所開示受入れ自体に柔軟性を見せてしまっていることで、先進国
がこの問題について必ずしも一枚岩ではないことを露呈する結果となっており、これが途
上国との交渉を難しくしていると言えよう。
また、遺伝資源に関しては、伝統的知識や伝統的文化表現のように、これまでの交渉を
- 153 -
通じても「実体条項」の作成には至っていなかった 3。しかし、2012 年 2 月に遺伝資源を
テーマとして開催された第 20 回会合では、これまで提案された内容の異なる種々の作業・
提案文書を 1 つのテキストに統合するとの議長の姿勢のもと、ファシリテータープロセス
を経て「目的、原則、将来の作業のオプション、実体条項」が統合された単一テキスト
(
「Consolidated Document relating to Intellectual Property and Genetic Resources」
)4が作成され
た。しかし、同文書は、依然として多数のオプション・ブラケットが乱立し、さらには当
該文書の位置付けとして、
「進行中の作業を表すものであり、参加者の立場を予断するもの
ではない」といった議長注釈も含まれていることから、同文書の内容は依然として成熟と
は程遠い状況であると言える。同文書は、2012 年の総会へ提出され、審議されることにな
っているところ、日本としては今後の総会へ向けた動きに注意が必要であると思われる。
また、同会合において、日米等は共同して、出所開示要件の義務化を含まず、遺伝資源の
防御的側面に焦点を当てることにより、どの加盟国も早期に賛同し得る内容とした早期収
穫(アーリーハーベスト)提案を提出するとともに、日本が提案したデータベース提案の
実現可能性調査や出所開示要件の義務化を導入済みの国々の実施状況の事実ベースの調査
を行うべきと提案している。これらの提案については、次に遺伝資源を扱う会合において
審議される予定である。
〔ⅱ〕伝統的知識
現在、実体規定中の各条文案について議論が重ねられており、オプションやブラケット
が付されたテキストについて、論点を絞り、公式の本会合に加え、非公式のドラフティン
ググループやファシリテータープロセスを経つつ、テキストの洗練化作業が続いている。
しかし、議論の中核となるべき基本的事項、例えば、①保護すべき対象となる伝統的知識
とは何か、②何代受け継がれれば伝統的と言えるのか、③どのような目的のために保護を
図るのか等について、未だ明確とはなっているとは言えず、先進国はまずはこうした点に
ついて明確化し、合意すべきであると幾度となく指摘してきている。しかしながら、未だ
明確になっているとは言い難く、未成熟のまま作業だけ進められているとの印象は拭えな
い。今後の予定として、2012 年 4 月に伝統的知識をテーマとした第 21 回会合が開催予定
とされており、第 19 回会合において、ファシリテーターが各国の見解を踏まえて作成した
整理も踏まえて議論されることになっている。まずは基本的事項について十分に時間をか
けて共通認識を形成することが不可欠であり、同会合においては更なる議論を積み重ねて
いく必要があると考えられる。
〔ⅲ〕伝統的文化表現(フォークロア)
伝統的知識と同様、実体規定中の各条文案について議論が継続されており、オプション
やブラケットが付されたテキストを洗練化する作業が進んでいる。これまでの会合では、
3
第 19 回会合において、同志国グループから、実体条項案を含む作業文書が提出されたが
(WIPO/GRTKF/IC/19/11)、議論はなされず次回会合で行うこととされていた。
4
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/tk/en/wipo_grtkf_ic_20/wipo_grtkf_ic_20_ref_facilitators_text.pdf
- 154 -
文書のオプションの数を減らすことにより、全体として複雑性を減らすことが必要である
旨の指摘があったところ、ファシリテーターが任命され、文書の複雑性を減らす作業、及
び関心のある関係国との議論を通じた文書のドラフティング作業が行われている。第 19
回会合では、保護対象、受益者、権利範囲、例外と制限の 4 つに論点を絞って議論された
ところであり、同会合でファシリテーターの整理した文書と、これまで議論されてきた文
書(WIPO/GRTKF/IC/19/4)と併せ、第 22 回会合(2012 年 7 月開催予定)で再び 4 つの論
点を中心に議論がなされる予定である。
以上
- 155 -
2.WIPO 著作権等常設委員会(SCCR)における議論の動向
(1)視聴覚的実演の保護に関する条約案
〔ⅰ〕目 的
既に WPPT 条約で保護されている音の実演家と同様に、視聴覚的な実演家(舞踊の実演家
や俳優等)にも著作隣接権を設定し、それを保護することを目的としており、具体的には、
DVD 等に固定されたものをネット上で利用可能とすることへの許諾権を実演家に認めたり、
技術的保護手段の回避
(コピーコントロールの解除)
を防ぐ義務を締約国に課す等である。
〔ⅱ〕検討状況
2000 年に条約策定に向けた外交会議が開催され、20 条中 19 か条まで合意されるも、第
12 条(排他的許諾権の移転及び行使)について、米国とEUとの対立により、合意に至ら
なかった。
昨年 6 月の著作権等常設委員会(SCCR)で、第 12 条について暫定合意がなされ、昨年
9~10 月に開催された第 49 回 WIPO 加盟国総会で、
外交会議の開催が承認された。
昨年 11~12
月に開催された外交会議の準備委員会で、外交会議は中国で本年 6 月に開催されることと
なっている。
(参考)視聴覚的実演の保護に関する条約案
第 1 条:他の条約との関係
第2条:定義
第3条:保護の受益者
第4条:最恵国待遇
第5条:人格権
第6条:固定されていない実演に関する実演家の財産的権利
第7条:複製権
第8条:譲渡権
第9条:商業的貸与
第10条:固定された実演を利用可能にする権利
第11条:放送及び公衆への伝達に関する権利
第12条:排他的許諾権の移転及び行使
第13条:制限と例外
第14条:保護期間
第15条:技術的手段に関する義務
第16条:権利管理情報に関する義務
第17条:方式
第18条:留保及び通告
第19条:適用の時期的範囲
第20条:権利行使の確保に関する規定
- 156 -
(2)放送機関の保護に関する条約案
〔ⅰ〕目 的
インターネット時代に対応した権利を放送機関に認め、放送の不正使用等を防止するこ
とを目的としており、具体的には、放送のインターネットでの再送信に対する許諾権を放
送機関に認めたり、技術的保護手段の回避を防ぐことを締約国に求める等である。
〔ⅱ〕検討状況
デジタル化・ネットワーク化時代に対応した放送機関の保護を目的として、1998 年より
検討を開始した。 昨年の 11 月の SCCR 期間中に非公式協議が開催され、議長の用意した
ペーパに基づき、主要論点(I.目的、II.保護の目的(定義)
、III.適用の範囲、IV.保護の範囲、
V.制限と例外、VI.その他)について議論を行った。具体的には、新条約と他の条約との関
係、シグナルベースでのアプローチの有用性、
「放送」の定義、排他的許諾権と禁止権のど
ちらにすべきか、技術的保護手段の必要性等について議論を行った。南アフリカとメキシ
コから共同提案が提出され、これ以前に提出されている提案と併せ、今後の議論を行うこ
ととなっている。
(3)権利制限と例外の動向について
〔ⅰ〕背景
知識へのアクセス向上(Access to knowledge)のために、現行の国際的な著作権保護のシ
ステムにおいて、パブリックドメインの確保等を実現するための制限と例外の措置を設定
すべき動きが途上国より発生している。また、近年のインターネット等の普及によって、
知識に容易にアクセスできる手段を得たにもかかわらず、
国際的な著作権保護システムが、
知識へのアクセスの障壁となっているとされ、より利用を重視した制度への転換が必要で
あるとの認識を途上国が抱いている。
〔ⅱ〕検討の経緯
開発と知財問題を始めて取り上げた 2000 年の「国連ミレニアム開発目標」と 2001 年の
WTO 閣僚会議(ドーハラウンド)で知財と開発問題を提案したことに端を発し、2004 年
に WIPO において採択された「開発アジェンダ」以降、議論が始まった。
具体的な検討は、2005 年の第 13 回 SCCR において、中南米諸国による「権利制限と例
外に関する提案」がなされ、2008 年の第 45 回一般総会において、SCCR におけるアジェ
ンダとして勧告されて以来、議論が加速化した。
途上国は、権利の制限と例外に関する法的な拘束力を持つ国際規範設定を目指すべきと
の考えを主張している。一方、先進国は、権利の制限と例外の導入の検討は、スリー・ス
テップ・テストによって検証する方法が既に定着していることから、これを改める必要性
はないとし、むしろ、具体的規定のあり方は、各国の国内事情を踏まえた柔軟な対応が不
可欠であり、各国に委ねられるべきであることを主張している。
- 157 -
〔ⅲ〕個別交渉課題
①視覚障害者(VIP)に関する権利制限と例外
昨年 11 月の SCCR においては、米国、EU、中南米グループ提案を統一した議長テキ
ストを基礎とし、逐条毎のコメントがなされ、次回の作業文書としてまとめられた。法
的拘束力の有無については、議論がなされなかった。次回 SCCR では、それらの提案及
びコメントについて検討・議論を行う予定である。
(参考)視覚障害者等のための権利の制限と例外に関する国際文書の議長提案
第A条:定義
第B条:受益者
第C条:アクセス可能な形式のコピーに関する国内法の制限
第D条:アクセス可能な形式のコピーの国境を越えた交換
第E条:アクセス可能な形式のコピーの輸入
第F条:技術的保護手段
第G条:契約との関係
第H条:プライバシーの尊重
②図書館・アーカイブに関する権利制限と例外
昨年 11 月の SCCR で、第 21 回 SCCR にて決定されたスケジュールに基づいて、図書
館・アーカイブに関する権利制限と例外の議論が行われ、11 の論点(保存、複製権と複
製の保護条項、法定寄託、図書館間貸借、並行輸入、国境を超えた使用、孤児作品、責
任の制限、技術的保護手段、契約、翻訳権)につき、自国の法制の紹介がなされた。ま
ずは各国の法制や経験を共有したり、目的と原則を議論すべきとする先進国側と、テキ
ストベースでの議論を進めるべきとする途上国側との間で意見の隔たりがある。次回の
SCCR において、議論を継続する予定である。
- 158 -
第6章 国際知財制度研究会まとめ
Ⅰ.はじめに
今年度の国際知財制度研究会では、
ACTA と他国法令との関係、
TRIPS 協定 27 条 3 項
(b)
に関連したボリビア提案、Monsanto をめぐる欧州裁判所(CJEU)判決、TRIPS 柔軟性、
TRIPS 理事会等における技術協力及び技術移転奨励措置、「標準と特許」を巡る議論、ブ
ラジル産業財産法等の TRIPS 整合性、WTO や WIPO における議論動向について、研究会
委員等やその他有識者等が発表を行うとともに、研究会にて議論した。本章では、2011 年
度・国際知財研究会で行われた議論を中心に振り返り、そのまとめとしたい。
Ⅱ.ACTA と他国法令との関係について
第1章の報告のとおり、ACTA 参加国拡大の基礎資料を整備することと参加を促す際の
留意点を明らかにすることを目的として、TRIPS 協定を上回るルールと考えられる、輸出
差止に関する ACTA8 条、損害賠償額算定方法に関する ACTA9 条、国境措置に関する
ACTA16 条、国境措置に付随する情報開示に関する ACTA22 条、不正ラベル取引に対する
刑事罰の適用に関する ACTA23 条 2、コピー・コントロールとアクセス・コントロールに
関する ACTA27 条 5 および 6 について、中国、インド、インドネシア、タイの法令と比較
検討した。
研究会においては、例えば、ACTA16 条の国境措置については、中国の執行レベルは改
善しているとして、中国の取り締まり状況については肯定的な評価な意見が出された。
また、知的財産権侵害行為の刑事罰適用に関しては、中国では文化的に消費財については
刑事罰の対象になりにくい点に留意すべきとの指摘がされた。
Ⅲ.TRIPS 協定 27 条 3 項(b)について
第2章Ⅰのとおり、2010 年に突然微生物を含む生命体を特許対象から除外すべきという
提案がボリビアよりなされた。TRIPS 協定 27 条 3 項(b)は、ビルト・イン・アジェンダで
あり WTO 協定発効後 4 年後にレビューすることが規定されている。しかし、生物多様性
条約と TRIPS 協定の関係が議論される一方で、TRIPS 協定 27 条 3 項(b)のレビューについ
ては、
ほとんど議論されてこなかった。
その意味でボリビアの提案は唐突なものといえる。
研究会では、ボリビア提案が他の途上国の支持をほとんど得られていない状況であり、
ボリビアの提案は孤立していることから、深刻に捉える必要はないとの意見が出された。
ボリビア提案の議論に関連して、生物多様性条約と TRIPS 協定の関係について、イノベー
ションを重視する先進国と遺伝資源の出所開示義務化を主張する途上国のそれぞれの立場
に関する議論も行われた。
- 159 -
Ⅳ.CJEU 判決と TRIPS 協定について
第2章Ⅱのとおり、2010 年 7 月 6 日、CJEU は、DNA 配列特許の権利範囲について、当
該製品に権利化された DNA 配列が含まれていたとしても、DNA 配列による機能を発揮し
ない状態の製品に対しては権利行使をすることができない、との判断を下した。このよう
な判断は TRIPS 協定上の問題とはならないと CJEU は見解を示している。
研究会では、CJEU 判決の概要を共有し、議論を行った。CJEU 判決は権利のない国にお
ける農業生産を奨励するものであり、EU 農業国にとっては歓迎できないであろうという
指摘がある一方、
権利行使を念頭においた特許クレームのあり方についても議論が及んだ。
Ⅴ.TRIPS 柔軟性の議論について
第2章Ⅲでまとめられているとおり、2001 年の「TRIPS 協定と公衆衛生に関する宣言」
パラグラフ 5 の強制実施権が許諾される理由を決定する自由等の概念は、TRIPS 柔軟性と
して考えられている。WIPO 事務局は、TRIPS 柔軟性を、「国益を折り込みつつ TRIPS 協
定の義務と整合するように国内実施することが可能な複数の選択肢が存在すること」と定
義している。
研究会では、柔軟性の議論については、法的な議論と政策的な議論に区別すべきとの指
摘があった。後者については、柔軟性が認められる程度について明確な合意はなく、我が
国としても柔軟性を広げることと狭めることのどちらが利益になるかを検討する必要があ
るとの指摘があった。
Ⅵ.TRIPS 理事会等における技術協力及び技術移転奨励措置について
第2章Ⅳでまとめられているとおり、TRIPS 協定では、技術協力及び技術移転奨励措置
に関する先進国の義務が規定されている。そして、日米欧の先進国は、この義務の履行状
況を TRIPS 理事会に報告している。我が国は、WIPO を通じたシンポジウムの開催、研修
生および研究生の受け入れ、特許庁の専門家派遣、業務の機械化支援、JICA 技術協力プロ
ジェクト、文化庁のアジア地域著作権制度普及促進事業など、積極的に技術協力に取り組
んできた。
研究会では、これまで日本が行ってきた技術協力等は相当な規模であることから、日本
の技術協力等を引き続き適切に説明していくことが重要であると指摘された。また、今後
の技術支援戦略・方針について、法制化支援は日本の得意分野ではないもののカンボジア
民法のように日本の影響で法制度が整備された事例もあるので、法制度支援にも努力すべ
きとの指摘がなされた。
- 160 -
Ⅶ.「標準と特許」をめぐる議論
第3章のとおり、「標準と特許」を巡る議論については、国際協定等との関係、電気通
信分野や電気・電子機器分野における状況等が紹介された。WIPO における議論からみて、
政府の介入をどこまで認めるかについては米国と中国は考えが異なっており、また、ブラ
ジルは「標準と特許」の問題を公衆衛生分野にも持ち込もうとしているなど、国毎に考え
方が異なっている。電気通信分野では、標準規格を作ることで相互利益が生まれるという
認識があり、標準規格作成に前向きで肯定的な環境が整っているため、標準化交渉につい
て現状大きな問題は発生していない。電気・電子機器分野では、標準化の必要性が高まっ
ており、一つの製品に関係する標準規格不可欠特許の増加が見られる。
研究会では、日本が採るべき方針について、国際的なルールメイキングは容易にできな
いという前提のもと、日本の技術力の高さを産業競争力の発展に結び付け、業界単位、製
品単位で企業が戦略を立てられる環境を作る必要があるとの提案がなされた。
Ⅷ.ブラジル産業財産法等の TRIPS 協定整合性等に関して
第4章のとおり、ブラジル企業は技術ライセンス契約を INPI に登録する必要がない場合
であっても外国企業は INPI に登録しなければならない点、INPI のロイヤルティ料率規制、
守秘義務期間規制、ANVISA による審査、産業財産法第 68 条 1 の強制ライセンス付与等
に関して、TRIPS 協定との整合性について更なる検討が必要である。
研究会では、現地法律事務所の見解だけをみれば、INPI への登録や料金規制が TRIPS
協定に整合していない可能性があるのではないかとの意見があった。ANVISA の二重審査
については、新規性・進歩性・産業上の利用可能性について審査しているのであれば、二
つの機関が審査したとしてもTRIPS 協定の問題がないのではないかという意見がある一方
で、特許取得可能性に関する技術分野別の差別があると言える可能性があるのではないか
という指摘もあった。
Ⅸ.WTO や WIPO における議論の動向について
第5章のとおり、WTO や WIPO における議論の動向を紹介した。特に、WIPO において
は、遺伝資源、伝統的知識および伝統的文化表現の保護と知的財産に関して、国際的な議
論が活発になっている。これらの資源は途上国に豊富に存在すると言われており、途上国
がこれらの資源を活用するために保護を主張している。他方、先進国は、イノベーション
にマイナスであるとの理由から国際的な保護制度の設立には消極的である。
研究会では、先進国は遺伝資源については出所開示義務化の要求には反対していること、
伝統的知識については、そもそもこの概念が意味するところが明確でないためポジション
を決められる段階ではないとの説明があった。また、伝統的知識や文化的表現は、知的財
産権問題というより文化財保護に近い話であるので、WIPO が必ずしも望ましい土俵とは
いえず、将来的にはユネスコに持ち込むという戦略があるのではないか、との指摘があった。
- 161 -
付属資料 1
TRIPS協定のポイント
資-1
資-2
TRIPS協定のポイント
第1部
一般規定及び基本原則
(1) ミニマム・スタンダード(第1条)
①TRIPS 協定が定める規範は全加盟国が一律に遵守することが要求される最低基準であり
国別の事情に応じた例外は認められないこと、
② 各国が国内法で TRIPS 協定に定める以上の水準の保護を与えることは何ら妨げられない
こと、
の最低基準原則を明示。
(2) 既存の条約との関係(第2条)
パリ条約(1967 年ストックホルム改正条約)の実体規定で定められた保護水準を最低基準と
し、それに+αするアプローチ(パリ・プラス・アプローチ)を規定。
(3) 内国民待遇(第3条)
他の加盟国国民への内国民待遇の付与が原則。パリ条約、ベルヌ条約、ローマ条約及びワシ
ントン条約中に既に規定されている例外を除く。
(4) 最恵国待遇(第4条)
従来の知的財産権条約にはなかった TRIPS 協定の特色の 1 つ。TRIPS 関連事項について、協
定の保護水準を上回る 2 国間取極を締結する場合には、他の国にもその利益を均霑しなければ
ならない。
ただし、ベルヌ条約及びローマ条約で認められているもの、著作隣接権のうち TRIPS 協定で
規定されていないもの、既存の国際条約に基づく措置、特許協力条約に規定された手続につい
ては例外となる。
(5) 消尽(第6条)
旧テキストは国際的権利消尽問題(並行輸入)について各国の自由としていたが、これに対
して米・スイスが強硬に反対した結果、TRIPS 協定上の各条項は権利消尽に関する紛争処理で
は援用できないとされた。
この結果、権利消尽問題について紛争が生じても、TRIPS 協定違反として WTO の紛争解決
手続を利用して解決することはできない。ただし、第 3 条(内国民待遇)及び第 4 条(最恵国
待遇)の原則には服する。
第2部
知的所有権の取得可能性、範囲及び使用に関する基準
1.著作権・関連の権利
(1) ベルヌ条約との関係(第9条)
①ベルヌ・プラス・アプローチ
ベルヌ条約(1971 年パリ改正条約)の実体規定で定められた保護水準をベースとし、それ
に+αするアプローチが取られている。
②著作者人格権の排除
著作者人格権については、米国が強硬に反対した結果、TRIPS 協定から除外された。(米
国はベルヌ条約に加盟しているものの、人格権の保護については明文の保護が存在しない。
人格権の導入については、映画産業界からの強硬な反対があった。)
(2) コンピュータプログラム・データベース(第 10 条)
コンピュータプログラムについて、ベルヌ条約の言語著作物 (literary works)として保護さ
れることが明記。最も重要な成果の一つ。
資-3
(3) 貸与権(第 11 条・第 14 条(4))
コンピュータプログラムについては貸与許諾権の付与が義務付けられるとともに、映画の著
作物については条件付(権利者の複製権を実質的に侵害するような広汎なコピー行為が生じて
いる場合)で貸与許諾権の付与が義務付けられた。
レコード製作者に対して、貸与許諾権を付与。但し、我が国のように TRIPS 協定採択時に
おいて、権利者に衡平な報酬請求権制度を有している国では、実質的な被害が生じていない
限り、この義務から免除される。
(4) 保護期間(第 12 条)
写真又は応用美術(ベルヌ条約上 25 年以上とされている)を除き、自然人の寿命以外を
基礎に算定されるものの保護期間は 50 年間とされた。
(5) 著作隣接権(第 14 条)
米国は、隣接権制度を持たず、レコード製作者を sound recording の著作権者として保護する
が、実演家・放送事業者には権利を付与していないため交渉が難航。
最終的に以下の通り合意。
①実演家に対し、実演の固定・固定物の複製権・放送・公衆への伝達に関する権利を認める。
②レコード製作者に対して、レコードの複製権を認める。
③放送事業者に対して、放送の固定・固定物の複製・再放送等の権利を認める。
④実演家・レコード製作者については 50 年間、放送事業者に対しては 20 年間の保護を規定。
2.商標
(1) 保護の対象(第 15 条)
商標・サービスマークの保護について、登録主義・使用主義ともに許容する規定。
(2) その他の要件(第 20 条)
商標の使用は、特別の要件(他の商標と共に使用、特別な形式で使用、出所識別能力を損な
う方法で使用等)によって不当に妨げられないことを規定。医薬品等の物品についての公益的
必要性にも配慮されている。
3.地理的表示
(1) 保護対象・保護内容(第 22 条)
①地理的表示の定義
単なる商品の出所地名ではなく、その商品の品質・名声・特性が原産地に主として起因す
る表示(名称に限られない)。
(例)ボルドー、ポルト、ピルゼン・ビール、マイセン磁器、スイス・チョコレート、
ゾリンゲン鋼製品、ペルシャ絨毯等
②公衆を誤認させるような地理的表示の使用の禁止、商標登録の拒絶・無効化
加盟国は、(a)地理的表示について公衆を誤認させる場合、これを防止するための法的手
段(民事裁判による権利行使)を利害関係人に付与しなければならず、(b)誤認を生じさせ
るような地理的表示を含む商標を、職権又は利害関係人からの申立により、登録を拒絶・無
効としなければならない。
(2) ワイン及びスピリッツの特別な保護(第 23 条)
ワイン等について、特に EC の要求を受けて、追加的な保護が講じられている。
ワインとスピリッツの場合には、第 22 条と異なり、公衆の誤認混同が要件とされず、地理
的表示と並んで正しい産出地名や「種類」「タイプ」「イミテーション」「風」等の表現を伴
っていても使用が認められない。
ただし、米国等の反対もあり、民事裁判の行使の代わりに、行政的な規制による保護でも協
定上許容されることになった(我が国は「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」に基づ
く地理的表示の表示基準の告示で実施)。
資-4
(3) 国際交渉及び例外(第 24 条)
理事会が地理的表示に関する規定の適用を検討する(1 回目の検討は WTO 協定効力発効の
日から 2 年以内)こと、地理的表示の強い保護に対する例外を規定。例外規定としては、既得
権保護(1994 年 4 月 15 日の前少なくとも 10 年間又は同日前に善意で使用)、一般名称化やぶ
どう品種の名称となっている地理的表示の例外、申立の除訴期間(不正使用が知られるように
なってから又は商標登録から 5 年以内)等を規定。
4.意匠(第 25~26 条)
新規又はオリジナルであって、独自に創作された意匠を保護。複製品等の製造、販売、輸入
防止権の付与。10 年以上の保護期間。
5.特許
(1) 保護対象(第 27 条)
①物質特許保護、発明地等による差別の禁止を規定
方法特許のみならず物質特許保護の義務を規定。また、特許権の取得又は権利行使に関し、
内国民待遇を補完するものとして発明地・技術分野・輸入品か否かによる差別の禁止を、米
等の反対にかかわらず規定。
(例)
・発明地による差別…米国特許法第 104 条(米国外での発明については先発明の立証を
認めない)
・技術分野による差別…カナダでは医薬品の特許に対し、他の技術分野の特許よりも容易
に強制実施権が設定されることを認めていた。
なお、先願主義への統一については、米国の反対によって TRIPS 協定では取り扱わないこ
ととなり、WIPO 特許ハーモナイゼーション条約で検討されることになった。
②不特許事由
極力限定しようとする先進国と医薬品を含め大幅な例外を認めようとするインド等の途
上国の間の南北対立事項となったが、最終的に
(a) 人間・動物の診断・治療・手術方法
(b) 微生物以外の動植物、非生物学的・微生物学的方法以外の動植物の生産方法
に限定。医薬品・化学物質等の特許については不特許事由としないことが義務付けられた。
但し、(b) については、4 年後(1999 年)に見直すこととなった。
(2) 権利効力(第 28 条)
物の特許の場合には、製造、使用、販売の申出、販売、以上の目的の輸入を防止する権利を
付与。方法の特許の場合には、方法の使用、その方法により直接的に得られた製品の使用、販
売の申出、販売、以上の目的の輸入を防止する権利を付与。
交渉の際には、「輸入」の防止を含めることについて、権利消尽、並行輸入との関係が問題
になったが、第 6 条が権利消尽については本協定を援用しない旨の規定となったことから問題
はなくなった。
(3) 特許権者の許諾を得ていない他の使用(第 31 条)
強制実施権や政府使用等を認めるに当たっての条件を詳細に規定。
①商業的に合理的な条件による事前交渉
②政府使用
国家緊急事態や公的な商業的使用を理由とする政府使用の場合には、事前交渉の制限が緩
和され、特許権者は合理的に実行可能な限り速やかに通知を受ける旨規定。米国が政府使用
については協定上厳しい制限を課すべきではないと強硬に主張したのに対し、他国が反対し
たため、最終的にはこの点にのみ緩和規定が置かれた。
資-5
③半導体技術の限定
半導体技術に係る特許に限っては、強制実施権等の付与は、公的・非営業的使用の場合及
び反競争的行為を是正する場合にのみ認められる。
④非排他性
付与される強制実施権は、強制実施権者以外の実施を排除しない性格のものとし、強制実
施権が付与された後も特許権者は特許発明を実施することができる。
⑤利用関係にある特許の強制実施権
米国は禁止を主張したが(我が国反対)、結局、第 2 特許が第 1 特許との関係で相当の経
済的効果をもたらす重要な技術的進歩をもつ場合に限定する等、実施権の条件が厳しくなっ
た。
(4) 保護期間(第 33 条)
出願日から 20 年以上の保護期間を明示。我が国が主張した特許期間に出願日から 20 年の上
限を設定することについては、日米包括経済協議の場において米国が同意したため問題は一応
解決されている(ただし、米国の合意不履行状態が続いている)。
6.集積回路の回路配置
半導体チップの保護については、1989 年 WIPO においてワシントン条約が締結されたが、日米
両国は保護水準が低いとして参加しておらず、今回の TRIPS 交渉においても両国はワシントン・
プラス・アプローチをとり、韓国等との対立があったが、最終的には同条約を上回る保護水準が
規定された。
(1) 保護範囲(第 36 条)、保護期間(第 38 条)
回路配置、集積回路だけでなく、違法複製物を含む製品の輸入、販売、頒布行為が規制対象
とされた。保護期間は 10 年以上と規定。
(2) 例外(第 37 条)
違法チップや当該チップ組込製品であることを知らず、かつ、知るべき合理的理由なく取得
した場合には、差止の対象とはならないが、侵害警告を受けた時点から合理的なロイヤリティ
ーを支払うべき旨が規定された。
7.非公開情報の保護(第39条)
非公開情報(Undisclosed Information)として、いわゆる営業秘密(トレード・シークレット)
と政府提出データの保護が規定された。
(1) 営業秘密
(a)一般的に知られていないこと、(b)秘密であることから商業的価値があること、(c)秘密維
持のために合理的な努力が払われていることが要件とされて、この営業秘密について公正な商
慣習に反する方法(少なくとも契約違反、信義則違反、違反の教唆等の行為をいう)で行われ
る取得・使用・開示が禁止された。
(2) 政府提出データ
医薬品・農薬に係る政府への提出データについての不公正な商業的使用・開示が禁止されて
いる。公衆保護の必要がある場合には例外が認められている。
8.反競争的行為の規制(第 40 条)
途上国の要求として、知的財産権の反競争的ライセンス契約の規制が盛り込まれ、国内法で排
他的グラントバック条項、抱合わせライセンス等の規制を行い得ることとなった。なお、これら
の反競争的行為については既に先進国において規制されている。
資-6
第3部
知的所有権の行使
知的財産権の権利行使手続について、民事手続、行政手続、刑事手続、水際手続についてそれ
ぞれの手続原則を規定。
(1) 一般的義務(第 41 条)
全ての手続の共通原則。公平かつ公正なものでなければならず、不合理な期間制限を禁止。
本案判断は、原則として書面かつ理由付記で、ヒアリングの機会を付与した証拠にのみ基づく。
(2) 民事・行政手続(第 42~49 条)
民事的司法手続の整備、手続における秘密情報の保護、証拠開示命令、差止命令、損害賠償
等について規定。民事手続の規定は行政手続に準用される。
(3) 暫定処分(第 50 条)
仮処分の手続を規定。
(4) 水際措置(税関における通関停止:第 51~60 条)
商標権・著作権については、水際措置の整備が義務付けられた。それ以外の権利については
任意であるが措置する場合には同一手続に服するとされている。
権利者が、権限ある当局(裁判所、行政機関、税関のいずれでも可)に差止めの申立をでき
るように措置することが義務付けられた(差止申立権の付与)。
第4部
知的所有権の取得及び維持並びにこれらに関連する当事者間手続(第 62 条)
知的所有権の取得及び維持の条件として、合理的な手続及び方式に従うことを要求することを
認めること、保護期間が不当に短縮されないように手続を合理的な期間内に行うことを確保する
こと等を規定。
第5部
紛争の防止及び解決(第 63 条、第 64 条)
従来、知的財産権関連条約には有効な紛争処理規定が欠けていたが、TRIPS 関連の紛争処理は、
WTO 協定が定める紛争解決手続に従って行われる。この紛争解決手続は、現行のガットの手続を
強化したものであり、手続の時間的な枠組みと手続の自動性を確保して手続の実効性を高めた。
また、クロス・リタリエーションにより、相手国の TRIPS 協定違反の行為に対してモノの分野で
対抗措置の発動が可能となっており、これによって TRIPS 協定の遵守が担保される。
第6部
経過措置(第 65~67 条)
・WTO 協定発効
・先進国への適用
・途上国・旧共産国への適用
・途上国の物質特許規定適用
・後発途上国への適用
1995.1.1
1996.1.1
2000.1.1
2005.1.1
2006.1.1
(1 年目)
(5 年目)
(10 年目)
(11 年目)
※2002 年7月の TRIPS 理事会非公式会合において、後発途上国の医薬品特許導入の義務免除
を 2016 年 1 月 1 日まで延長することが決議された。その後、後発途上国の協定の履行期間
に関し、2005 年 11 月 29 日の TRIPS 理事会で 2013 年 7 月 1 日まで延長することが決議さ
れた。
資-7
第7部
制度上の措置・最終条項
(1) TRIPS 理事会の設置(第 68 条)、国際協力(第 69 条)
(2) 既存の対象の保護(第 70 条)
①遡及的な保護の付与
加盟国において協定の適用の日に既に存在しているもの(発明、商標等)で、協定が保護
の対象としているものについては、協定が定める保護を付与すべきことを規定。著作物及び
著作隣接権者に関する保護については、ベルヌ条約第 18 条(既存の著作物についても、自国
が定める期間遡及的に適用する)のみが適用される。
②医薬品及び農業用化学品のパイプライン保護
医薬品と農業化学品が特許対象となったが、制度導入まで長期の経過期間が設けられてい
るため、医薬品等を特許対象と認めていない加盟国に対する経過期間内の義務として、WTO
設立協定発効の日(1995 年 1 月 1 日)から、(a)医薬品等の物質特許出願を受理すること、
(b)医薬品等に対して販売承認がなされたときは、販売承認の日から 5 年間排他的販売権を
付与することを規定。
資-8
2012 年 3 月発行
『国際知財制度研究会』報告書
(平成 23 年度)
―各国の知的財産保護制度及び運用の問題点等に関する調査分析―
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社
〒105-8501 東京都港区虎ノ門 5-11-2
(オランダヒルズ森タワー)
電話 (03)6733-1000
FAX (03)6733-1049
<ホームページ> http://www.murc.jp
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