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バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究

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バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究
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広島国際学院大学研究報告,第39巻(2006),47∼53
バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究
山 嵜 勝 弘,中 村 格 芳
佐々木 健,遠 藤 敏 郎
(平成18年
月20日受理)
A study of waterproofing wood trays with biomass
Katsuhiro YAMASAKI, Masayoshi NAKAMURA,
Ken SASAKI and Toshiro ENDO
(Received September 20, 2006)
A plastic food tray made of expanded polystyrene has been widely
used in the world. A part of the used trays are recycled, but most of
them are thrown into fire or buried in the ground as household waste.
At present, wooden trays made of thin woods are being developed, as a
substitute for the plastic tray However, the woody tray absorbs moisture
from the food and desiccates it. Therefore, there is a practical difficulty
with the wooden tray.
In this study, a waterproof wooden tray with biomass is manufactured,
and its quality is evaluated.
Keyword:recycle, wooden tray, waterproof, biomass
食品容器として発泡スチロール製等のプラスチックトレーが多用されてお
り,一部はリサイクルされているが,その多くは家庭ゴミとして焼却,埋立
されている。プラスチックトレーの代替品として,一部に間伐材の薄板を原
料とした木質トレーが市販されているが,水分を吸収し食品が乾燥する等の
ため,その使用には制約がある。本研究においては,有機天然物の塗布によ
り防水機能を付与した防水木質トレーを試作し,その実用性を評価した。
1.緒 言
現在,スーパーマーケット等の食品売り場においては,透明・白色・黒色,光沢・木目フィルム
をラミネートしたもの等々,多種多様な発泡スチロール,塩化ビニール等のプラスチック製の食品
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山嵜 勝弘,中村 格芳,佐々木 健,遠藤 敏郎
包装用トレーが,中身の食品に合わせた形で多用されている。
日本国内で使用されている食品販売用の発泡スチロール製トレーの年間生産量は約300億枚であ
り,一人平均年間250枚程度を消費している計算になる。一部はリサイクルされているが,その他
は埋め立てや焼却処分されており,炭酸ガス発生源の一つとなっている。昨今の原油高,化石燃料
に起因する地球温暖化防止等の観点からも,プラスチックトレーは減少させなければならない。
国内の発泡スチロールトレーメーカー約40社中8社が回収をしているが,リサイクルに熱心な大
手 A 社の回収率でさえ,おおよそ19%といわれている。また,リサイクルトレーと称していても
食品の安全・衛生面から,リサイクル品をバージン材でサンドイッチして製造しているのが現状で
あり,コスト高となるところから,大幅な普及が難しいのが現状である。
これらプラスチックトレーに対応する代替品として,国内の数社が,天然木材を薄くスライスし
た薄板(突板と称する)を原料とし,プレス成形した木質トレーを市販しているが,木質トレーは
プラスチックトレーの2∼3倍価格が高い上に,吸水性が強いため食品が乾燥する。突板加工時に
木粉が発生し食品に付着したり,間伐材の杉材等の木材特有の臭いが食品に移る等の欠点があり,
食品容器としての使用可能範囲が限られたものになっている。
これらの欠点を解決するため,元来木質トレーは,地球温暖化の原因となる炭酸ガスの排出源と
してカウントされないカーボンニュートラルであるところから,防水剤についても同様に,有機天
然物を由来とするものを探索することとし,環境性,安全性,経済性,加工性を検討した。
2.検討内容
2.1 検討項目
①無公害・無毒の自然環境に優しい有機天然物として,膠,植物油,蝋,ゲル化剤等を原料とし
た,撥水性の良い加工の容易な防水剤を探索した。
②防水加工処理した試作品の接触角を測定し,撥水性を評価した。
③量産を前提として,探索した防水剤の木質トレーへの塗布方法を検討した。
3.試験方法
3.1 試験片の作成
板厚1mmの杉板に,37種類の防水剤のうち,液体のものは原液のまま,又は5%液(表示)を
刷毛塗りで塗布する。
蝋・ワックス類等の固形・粉末等の防水剤は杉板上に散布し180℃で溶解した。
3.2 評価方法
図1に接触角測定時の模式図を示す。防水処
理加工及び乾燥後に固体と液体が接触するとき
の為す角θ(接触角)を測定することにより,
固体表面の液体に対する濡れ性・親和性の評価
を行った。
3.3 接触角の測定条件
液滴約2μ を滴下後,1秒後,60秒後の平
均接触角(測定箇所3箇所)及び液滴がトレー
に吸収・蒸発して消滅するまでの時間を計測し
図1 接触角
バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究
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た。測定方法は,CCDカメラによる撮影と画像処理とによる液滴法・拡張収縮法解析方法(θ/ 2
法・接線法)を用いた。試験条件を表1に示す。
表1.試験条件
試験室温度,湿度
計
型 式
20℃,55% R.H
協和界面科学(株)
DropMaster 700
測
測定可能範囲
0∼180°
仕
測定精度
±1°
器
様
試料台寸法
50mm×150mm
固定試料最大高さ
30mm
⒜ セラックB ⒝ ライスワックス36F
図2 液滴の観察結果
4.試験結果
図2⒜にセラックB,⒝にライスワックス36F の液滴の観察結果を示す。各種防水剤に対する平
均接触角と水滴の消滅時間を表2に示す。これらの結果より次の点が明らかとなった。
①杉材表面には春材と秋材による硬度や吸込み易さの差があるため,同一試験片の3カ所において
液滴の滴下場所による接触角のバラツキが大きく,断定しにくい面がある。
②測定結果から蝋・ワックス類の撥水性が,植物油類よりも大きく,蝋・ワックス類は固形の方が
半練り加工品よりも撥水性が大きい傾向にある。
③柿渋,セラック,三千本膠等は,独特の臭気のため実用性に乏しい。
④水滴を殆ど吸収しないアルミニウム箔に滴下した蒸留水が蒸発によって消滅する迄の時間は平均
42分であった。これより早い時間で消滅するのは,素地への吸収と考えられる。
3カ所の平均接触角,滴下した2μ の蒸留水が消失するまでの時間,作業性,乾燥性,臭気,
単価,一般消費者の使用原材料に対する安全意識等を相互的に比較検討した結果,粉末状のライス
ワックスを最適と判断した。
5.防水剤の塗布方法の検討
実用化を図るためには,粉末状ライスワックス の具体的な塗布方法・加工方法・生産コスト等
も検討する必要がある。粉末状ライスワックスは購入単価が高いため,撥水性を保つ範囲で,出来
る限り薄く塗布する必要がある。
木材薄板にライスワックスを塗布する方法として,溶融して液状としたものを噴霧,刷毛塗り,
浸漬などを試みた。工程数が増えるとともに塗布量が多くなり高価につくので,プラスチックト
レーとの経済的比較で不利である。このため,コストダウンを目的とし,杉板の状態で塗布し,プ
レス成形時の180℃の温度で溶融させ,成形と防水加工を同時に行うことを検討した。この方法で
は,杉板に付着した粉末状ライスワックスが,プレス加工までの工程でコンベアーの振動や風等に
より脱落しないことが必要不可欠である。これらの条件を満たす方法として,静電粉体塗装装置の
利用を検討した。
6.防水剤の塗布加工実験結果
金属製品,自動車部品等の金属面に対してエポキシ樹脂・アクリル樹脂・ポリエステル樹脂な
どの粉体塗料を塗布する静電粉体塗装装置を利用する実験を試みた。図3に静電粉体塗装機の外
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山嵜 勝弘,中村 格芳,佐々木 健,遠藤 敏郎
観,図4に吹きつけ時の様子を示す。
静電粉体塗装機を使用した結果,ライ
スワックス微粉末の粒子が静電粉体塗
装ガン先端の−70kV の電極針側面を
通過することで,マイナスの電荷を帯
び,粒子同士が反発することから均一
に広がりながら接地(アース)された
図3 静電粉体塗装機
図4 吹付中
木材薄板上に,極めて薄く付着させる
ことが可能である事が明らかとなっ
た。図5に塗装前後の薄板の様子を示
す。
静電気的引力の効果で,塗装した薄
板を逆さにしても木材薄板表面からラ
イスワックスが脱落しないため,搬送
が簡単であることも確認できた。
木材薄板の面積に対して広めにスプ
レーするところから,必然的にオー
バースプレー分である付着しなかった
ライスワックス微粉末が生ずるが,こ
の微粉末は回収して再使用が出来ると
ころから,塗布量に対する無駄は発生
図5 塗装済み(左),未塗装(右)
しない。
水滴をこぼすと,無処理の木質ト
レーはすぐに吸い込んで濡れ色になる
が,図6に示す通り,防水処理した木
質トレーは水滴が丸くなり,コロコロ
と表面を転がる撥水性が認められた。
7.量産を想定した塗装工程の検討
以上の結果を踏まえ,量産を想定し
た塗装工程を検討した。次にその工程
を示す。
①木質トレーを同時に成形・塗装する
ために,抜き型によりプレスされ,
図6 含侵したライスワックスの撥水性
トリミング加工された木材の薄板を使用する。
②図7のように,導電性付与装置,静電粉体塗装装置(高圧発生器,流動粉体供給装置,空気圧縮
機,静電スプレーガン),搬送用メッシュベルトコンベアー,粉体回収用塗装室等の設備を必要
とする。
③木材薄板が削られて時間が経過し,乾燥して含水率が8%以下になると,導電性が低下しマイナ
スに帯電した微粉末が静電気の力で付着しにくくなるため,導電性付与装置により水を噴霧す
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バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究
表2.各種防水剤における試験結果
平 均 接 触 角
No
防 水 剤 の 種 類
1秒後の角度
水滴の
消滅時間
平均 (分)
60秒後の角度
最小
最大
平均
最小
最大
0 無処理の杉薄板素地
59.9
86.8
75
50.4
76.7
65
12
1 椿油(原液):椿の種子
74.5
85.0
79
39.3
60.1
53
15
2 菜種油(原液):菜種の種子
65.6
73.5
74
45.9
57.7
53
20
3 荏胡麻油(原液):荏胡麻(シソ科)の種子
66.4
70.1
68
49.4
55.6
52
14
4 桐油(原液):アブラギリの種子
86.3
93.1
89
83.0
90.0
86
30
5 煮亜麻仁油(原液):亜麻の種子
64.5
73.0
69
53.7
59.8
56
18
6 植物油加工市販品−(リモネン−LA9010)
−(原液)
79.3
87.1
83
62.3
72.0
66
9
7 植物油加工市販品−(リモネン−L1000)
−(原液)
90.5
96.4
93
59.8
68.1
64
21
8 カルナバ蝋(粉末):カルナバヤシの種子
99.7
116.2
110
95.2
113.4
107
37
9 木蝋(固形):ハゼの木の果皮
120.4 127.5
125
114.0 122.0
117
36
10 白蝋(固形):木蝋の漂白品
112.4 125.0
120
109.0 119.2
115
34
11 蜜蝋(固形):蜜蜂の巣
113.4 120.3
116
109.4 118.2
113
30
12 イボタ蝋(固形):イボタロウムシの分泌物
116.9 123.1
121
114.1 122.0
119
35
13 ライスワックス−(3P1)
−(顆粒):米ぬか加工品
111.1 113.0
112
108.1 110.7
110
39
14 ライスワックス−(36F)
−(粉末):米ぬか加工品
101.8 114.0
110
100.5 112.8
109
35
15 ライスワックス−(37F)
−(粉末):米ぬか加工品
103.6 109.7
108
100.2 106.9
104
34
16 蜜蝋ワックス(蜜蝋を原料とした固練り市販品)
101.0 112.0
105
93.3
109.0
99
43
17 木蝋ワックス(木蝋を原料とした半練り市販品)
85.9
86
76.1
77.7
77
26
18 乾性油植物ワックス(半練り市販品)
73.2
86.8
78
61.8
79.3
69
27
19 粉末ゼラチン−(A)−(5%水溶液):動物性コラーゲン
98.9
104.7
103
79.2
91.1
84
16
20 粉末ゼラチン−(B)−(5%水溶液):動物性コラーゲン 100.8 106.8
104
98.6
103.5
101
28
87.2
21 粉末寒天−(A)
−(5%水溶液):海藻(テングサ)
96.3
100.2
98
64.0
179.3
110
11
22 粉末寒天−(B)
−(5%水溶液):海藻(テングサ)
105.1 118.1
112
89.5
103.2
98
13
31
0
0
0
0
23 粉末カラギーナン(5%水溶液)
:海藻(スギノリ・ツノマタ) 25.9
37.3
24 粉末ペクチン(5%水溶液):コロイド性多糖類
65.1
85.0
78
18.4
30.0
26
3
25 ジュランガム−(A)−(5%水溶液):微生物発酵多糖類
95.7
117.4
107
51.0
87.0
73
17
26 ジュランガム−(B)−(5%水溶液):微生物発酵多糖類
66.8
72.8
70
51.5
53.1
53
12
27 ジュランガム半練り加工市販品−(AFT)
−(原液)
84.8
95.7
89
71.8
81.1
76
36
28 ジュランガム半練り加工市販品−(GP2)
−(原液)
67.8
84.4
77
38.7
63.6
54
9
29 柿渋−A
(原液):柿の実発酵液
65.8
69.9
67
62.1
66.0
64
23
30 柿渋−B(原液):柿の実発酵液
69.0
73.5
71
66.2
70.5
68
27
31 無臭柿渋−C(原液):柿の実発酵液
87.1
99.4
94
79.4
97.1
90
26
32 三千本膠−(5%水溶液)−牛皮コラーゲン
74.8
93.3
89
68.7
79.6
73
24
33 セラック−A
(アルコール溶液市販品)
−(原液)
73.0
83.2
75
67.2
73.5
70
29
34 セラック−B(アルコール溶液市販品)
−(原液)
77.2
83.2
80
68.6
74.9
71
21
35 セラック−C(アルコール溶液市販品)
−(原液)
79.7
82.6
81
66.5
75.7
72
12
36 珪酸塩系無機質透明塗料(市販品原液)
83.3
105.8
91
68.7
92.0
80
27
52
山嵜 勝弘,中村 格芳,佐々木 健,遠藤 敏郎
る。但し8%以上の場合はこの工程
は省略できる。
④粉体供給装置内部で圧縮空気の力で
流動状態になった微粉末がホースに
よって静電スプレーガン先端に供給
され,先端部の電極の側を通って噴
霧されることにより,−70kV の静
電気により微粒子表面がマイナスに
帯電する。
⑤マイナス同士に帯電している微粒子
は,静電気の反発により拡散し,電
図7 木質防水トレーの加工設備
磁力線に沿って,接地(アース)されたメッシュベルトコンベアーに乗った木材薄板表面に付着
する。
⑥木材薄板に付着する微粉末の量は,空気圧,供給装置内の流動状態,エアーホースへの供給量,
静電スプレーガンの吐出量,コンベアースピードなどを操作することにより調整可能である。
⑦ライスワックス微粉末を薄く均一に塗布された木材薄板を,ホットプレスにより熱圧成形する。
⑧木材薄板の厚さ,樹種にもよるが,一般的には温度 160∼220℃,圧力1∼3kg/cm2,圧締時間
60secで熱圧成型する。金型の伝導熱により塗布されていたライスワックスの微粉末が溶融し,
木材表面に均一に含浸する。
⑨熱圧成形後,金型から取り出し放冷することにより,木質トレーに含侵したライスワックスは固
化・薄膜化し,撥水性を付与できる。
図8に出来上がった木質トレーの外観を示す。
8.結 言
有機天然物の塗布により防水機能を付
与した防水木質トレーを試作し,その実
用性を評価した。その結果,次のことが
明らかとなった。
①天然物由来の防水剤の防水能力を検討
した結果,表2中の試験片№8∼№15
の動植物性蝋・ワックス類の撥水性が
優れていることが確認された。
②動植物性蝋・ワックス類の中で,撥水
性と水滴消滅性が優れていること,粉
末状として市販していること,由来が
食品であること,日本人の感性として
嫌悪感が少ないことなどから,米ぬか
図8 防水処理した木質トレー
を出発原料としたライスワックスが最適と判断した。
③粉末状のライスワックスは 2,000円/kg 前後と高価であるところから,出来るだけ薄く塗布する
必要がある。
バイオマスを利活用した木質防水トレーの研究
53
④木質単板を接地し,静電粉体塗装装置により微粉末をマイナスに帯電させ,マイナス同士の反
発力を利用して,薄く均一に塗布する実験を試みたところ,木材薄板の面積15cm×20cmに対し
て,ライスワックス微粉末( 0.15∼0.2g(0.5∼0.7g/dm2)の塗布量で十分な撥水性を付与でき
た。この塗布量は目視では確認し難い程度の量である。
⑤防水加工に要するコストは,15cm×20cm程度の標準トレーで,1円前後と思われる。
⑥ホットメルト接着剤と同様に,有機溶剤を使用していないため,冷えると同時に固化・乾燥する
ところから,木質トレーを重ねても付着する心配もないため,乾燥場所,保存場所などが狭くて
も支障がない。
⑦ライスワックスの含侵薄膜処理は,無処理と比較して色調が変わらず,木材そのままの手触り,
外観である。水滴をこぼすと,無処理の木質トレーはすぐに吸い込んで濡れ色になるが,防水処
理した木質トレーは水滴が丸くなり,コロコロと表面を転がる撥水性である。30分経過しても一
部は吸い込んでいるが,撥水性の効果は持続している。
⑧食品容器用トレーは,通常液体を入れる用途に使用することはなくて,例えば精肉を入れた場合
に,水分の吸収による肉の乾燥・変色を防ぐことができれば,食品トレーとしての機能は一応達
していると思われる。
謝 辞
本研究は,平成17年度広島市新技術・産学官共同研究助成金を受けた,広島市内の木質トレー
メーカー(有)ブルースターからの受託研究として実施したものである。また,接触角の測定は広
島市工業技術センターの協力を得た。ここに記して謝意を表する。
参 考 文 献
日本木材学会編,木質バイオマスの利用技術,文永堂出版,1991, pp.19−20.
府瀬川健蔵,ワックスの性質と応用,幸書房,1993, 2. 4, pp.19−24.
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