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Ras (中田隼嗣) 神戸大学大学院医学研究科 分子生物学分野 中田隼嗣 1.概論 Rasタンパク質は、細胞の増殖、接着、細胞骨格の維持、生存や分化などの細胞内シグナル伝達経路を制御している。Rasタンパク質は、低分子量GTPaseのRasス ラット肉腫ウイルスのゲノムから癌遺伝子として発見されている。Ras研究においての記念碑的な出来事は、1980年代、ヒトの腫瘍から、恒常的に活性化を起こ この10年間、Rasシグナル伝達における研究は、Rasのエフェクター、シグナル経路、そして多様な細胞のプロセスを調整するそれらの分子のクロストークの解 2.分類、構造と生化学的特徴 Rasタンパク質は、低分子量GTP結合タンパク質のスーパーファミリーとして数えられている。Rasタンパク質に共通する特徴は、細胞外からのシグナルを、細胞 ここで起こるであろう疑問は、これだけ多くの異なる機能を達成するためには、どれだけのRasファミリーメンバーが関与しているのかということである。哺乳 調節する機能 Ras 細胞の増殖と分化 Rho アクチン細胞骨格の調節、細胞の増殖 Rab 細胞内小胞輸送 Arf PLDの活性化、小胞の形成 Ran 細胞核内外への輸送 Ras様タンパク質のいくつかは複数の機能を担っているとみられ、発現している細胞の種類や細胞内における局在によって機能が決まる場合もあると考えられて Rasは、細胞表面のシグナルを細胞内に伝える、switch分子として働く。Rasは、GTP結合型が活性型(On state)、GDP結合型が不活性型(Off state)と呼ばれ、この2つの構造の間を往復している。Mg 2+ イオンの存在下で、グアニンヌクレオチドと低分子量Gタンパク質は強固に結合している。GDPおよびGTPの解離定数K D はおよそ10~100 pMであり、Gタンパク質は通常、GDPもしくはGTPと複合体を形成している。 Rasの活性は、活性状態と不活性状態の変換に影響を与える、2種類のシグナルタンパクによって調節されている。1つはグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)で min -1 )、これはとても低い値であるので、生理的レベルに関与することはない。この事実は、Rasタンパク質のOnとOffの変換には、GTP加水分解速度を加速させるタ 3.Rasとそのエフェクター 1980年代中盤、いくつかの研究室が、増殖と生存を特定の因子によって制御されている細胞に対し、成長因子を排除した実験を行うことによって、増殖因子/サ Rasエフェクターは、Ras-GTPに強い親和性をもったタンパク質であると定義され、その結合能力はコアエフェクター領域の変異によって損なわれる。Rasエフェ 1993年に、RafキナーゼがRalGDSとPI3Kの下流にあるRasエフェクターとして最初に発見された。現在ではRasエフェクターには、Raf,PI3K,RalGDS,p120 GAP の他に、Rin1,Tiam,Af6,Nore1,PLCε,PKCζなど、10を超えるRasエフェクターが存在し、それぞれ機能的に関連性のあるアイソフォームを持っていることが分 つのRBDが知られており、(1)RafとTiam1のRBD、(2)PI3KからのRBD、(3)RalGDSとAf6のRas association(RA)domainである。 ここでは、主要なRasエフェクターについて概説していくことにする。 1)Raf20年以上前、Ulf R.Rappとその共同研究者は、レトロウイルス3611-MSVによって獲得されるがん原遺伝子ν-rafを単離し、そのホモログをC-Rafと名付けた。続いて つのRafアイソフォーム、A-RafとB-Rafが単離された。これら つのRafアイソフォームには、N末側のCR1およびCR2が存在し、C末側にはキナーゼドメインをコードするCR3領域が存在する。RafはMAPK経路における最初のキナ 2)PI3K Rafに加えて、RasとPI3Kの相互作用と、その様々な細胞プロセスはよく知られている。PI3Kは、その活性型において、p85調節サブユニットと、p110触媒サブユ Downwardらによって活性型RasがPI3Kの触媒サブユニットと直接に結合することが示された。RasによるPI3Kの活性化によって、セカンドメッセンジャーである 3 が産生される。PIP 3 はホスファチジルイノシトール依存的キナーゼ1(PDK1)およびPKB/Aktを細胞膜に移行させ、そこでPDK1は活性化をうけ、これによりAktが活性化される。Aktに 3 のホスファターゼであるPTENの不活化による。PTENはPIP 3 の脱リン酸化を行うことによってその下流のシグナルをストップさせる腫瘍抑制因子で、今ではヒトの腫瘍において、P53についでもっとも変異を受けている因 3)Ral GEFs Ral(Ras-Like) family GTPaseは、Rasとの配列的相同性に基づいて同定された。2つのRal遺伝子、RalAとRalBは、ヒトのいたるところに存在し、80%の相同性を有している。Ras-GEFは domainを介してRasのエフェクターとして働くRal-GEFには、Ral-GDS,RGL,RGl2/Rlf,RGl3の 種類がある。NIH 3T3 繊維芽細胞の先行研究によって、形質転換へのRal-GEFの関与は知られていたが、最近の研究によってヒト細胞におけるRal-GEFの重要な役割が明らかとなった 3T3繊維芽細胞の形質転換に十分であるのに対し、Ras経路単独の活性化はヒトBJ繊維芽細胞、MCF-10Aヒト胸部上皮細胞、RIEラット腸上皮細胞に対して形質転 vitroで形質転換を行うためには、Rafではなく、Ral-GEFとPI3Kの特異的な活性化が必要であることを突き止めた。このことから、ヒト細胞の形質転換における 4.Rasシグナル経路を標的とした癌治療 ras はヒトの癌、特に大腸癌や膵臓癌などにおいて、高頻度に活性化が認められる最も普遍的な癌遺伝子であり、その産物である低分子量G蛋白質Rasは抗癌剤開発 初期の研究によって、ファルネシル化、C末端ペプチドの分解、カルボキシメチル化といった翻訳後修飾が、変異型Rasによる発癌に必要不可欠であることがわ GTP加水分解に必要な側鎖を付加したGTP誘導体によって、変異型RasのGTPase活性を回復させるという研究も報告されている。しかしながらこの誘導体は、特異 Rasとそのエフェクター同士の相互作用を阻害する薬品の開発、免疫学的アプローチそして変異型Ras特異的なsiRNAの手法は、まだまだ円熟期にあるとはいえな NRasを発現している細胞では、増殖の停止が見られた。また、MEKの阻害は、V600E B-Raf変異を持つ細胞に対しても同様の効力を発揮した。しかしある種の腫瘍細胞では、内因性のKRasの発現を高めることによって、CI-1040に対する耐性を獲 5.Rasと癌幹細胞 精巧なマウス腫瘍モデルは、ras遺伝子のアイソフォーム特異的な働き、また包括的な理解に貢献してきた。種の違いや、ヒトの表現系との完全な一致は望めな Jacksらは、細気管支肺胞上皮幹細胞(BASC)においてG12D KRasを発現させると、BASCの数が増え、肺胞への分化が促進されることを明らかにした。彼らは微小環境が活性型のKRasと相互作用すると、BCSAの幹細胞性を 6.おわりに 1982年にras遺伝子が単離されてから25年以上にもなる。「親しき仲にも礼儀あり」という諺があるが、Ras研究についてはそれは当てはまらないだろう。ここ 7.References 1) K. Rajalingam et al./Biochimica et Biophysica Acta 1773 (2007) 1177-1195 2) シグナル伝達 生命システムの情報ネットワーク (2004/05 メディカル・サイエンス・インターナショナル発行)