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平成 21 年度我が国の持続的な経済成長にむけた 企業等の出願行動等

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平成 21 年度我が国の持続的な経済成長にむけた 企業等の出願行動等
平成21年度
特許庁請負事業
平成 21 年度我が国の持続的な経済成長にむけた
企業等の出願行動等に関する調査
報告書
平成22年3月
財団法人
知的財産研究所
要
Ⅰ.
約
序論
我が国が国際競争力を高めて行く上で、知的財産の重要性はますます高まりつつある。
2008 年の金融危機に端を発する世界的な不況を打開し、持続的な経済成長を実現していく
ためには、企業等の研究開発の成果を効果的に知的財産として保護、利用し、経済的価値
を生み出すものとすることによって、技術革新を促し経済活動を活性化していく知財シス
テムの構築が極めて重要である。このような観点のもと、我が国の知的財産に関する政策
を企画立案していくにあたっては、
統計データ分析に基づく理論的な基盤を構築し、政府、
民間が理論的基盤に基づく共通認識を持って、知財システムについての議論を深めていく
ことが必要不可欠である。また、知的財産に関する施策の効果等をデータに基づき分析す
ることは、世界的にも重要視されてきている。
このような状況を踏まえて、本調査では、知的財産を経済的価値としていくための企業
等の知的財産戦略についての理論的な基盤を構築するのと同時に、我が国の持続的な経済
成長に向けた今後の政府における知的財産政策の企画立案に資する評価基準、指標を確立
し、我が国の知的財産制度・政策が与えた影響についても検討するため、
(1)職務発明制
度に関する法改正の効果、
(2)先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関するパ
ターン、(3)企業等の特許出願行動が量から質へ転換しているか、
(4)ソフトウェアに
関する特許制度変更がソフトウェア業界の構造に与える影響、
(5)特許の審判及び異議申
立の決定要因、
(6)企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性との関係とい
った合計 6 つの実証分析を行った。
さらに、知的財産政策の企画立案や企業等における知的財産戦略策定に不可欠な基礎資
料である知的財産活動調査のデータの精度向上のために、知的財産活動調査の見直しの検
討も行った。
このような調査研究の成果は、特許庁における審査・審判体制の企画立案の基礎資料と
して活用できるとともに、情報発信することにより、企業等においても、産業財産権の出
願戦略策定を支援するための有益な情報となることが今後期待される。
なお、研究の実施に当たっては特許庁企画調査課から貴重な支援を頂き、また来日して
頂いた経済協力開発機構(OECD)のドミニク・ゲレック氏及び欧州特許庁(EPO)のジェーム
ズ・ロリンソン氏には有益なコメントを頂いたことに感謝申し上げたい。
(長岡
ⅰ
貞男)
Ⅱ.
我が国企業等の出願行動等に関する調査
1.
職務発明制度に関する統計学的分析
近年の職務発明に対する対価請求訴訟の増加や 2004 年に行われた特許法第 35 条の改正
(2005 年 4 月 1 日施行)により、発明補償制度を取り巻く環境は大きく変化しつつある。
このような中、本研究では、第一に職務発明対価請求訴訟や特許法第 35 条の改正が、企業
の発明補償制度にいかなる影響を与えたのかを定量的に分析した。第二に、より根本的な
問題に立ち返り、企業の導入している発明補償制度が、その事業特性とどのように関連し
ているかを分析することで、インセンティブ契約としての役割を持っているか考察を加え
た。分析結果から以下のような結果が得られた。まず、補償金は特許法の改正を挟んだ時
期において、顕著に増加する傾向がある。推計結果を見る限り、この増加は実績補償制度
による支払額の増加ではなく、出願時補償制度による支払額の増加で良く説明できること
が明らかとなった。具体的には、出願件数 1 件あたり平均して補償費 3 万 2 千円の支出増
であったものが、特許法第 35 条改正後はさらに 1 万 3 千円増え平均 4 万 5 千円の支払増を
もたらす結果となっている。また、本研究の結果からは、事業規模や研究開発集約度など
を除いては、事業特性と補償金の支払いの間には明確な相関関係が見られなかった。この
結果からは、企業の補償費の支払いがインセンティブ効果を狙って制度設計されていると
いう可能性は明確には示唆されなかった。
(大西宏一郎・大湾秀雄)
2.
先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析
本稿では、先端技術 4 分野の特許出願技術動向調査のデータに PATSTAT、PATR を接続し、
その出願行動の特徴を統計的に分析した。それによれば、先端技術分野では米国市場の重
要性が高く、米国への国際出願が相対的に多い。また、先端分野での国内優先・仮出願や
継続的出願等の制度の利用状況は各国によって大きく異なる。米国ではこれらの制度が我
が国より遙かに頻繁に利用されており、欧州は日米の中間に位置する。我が国では大半の
場合、特定の発明を国内では 1 特許で保護する結果になっているのに対して、欧米、特に
米国では、それを複数特許で保護することがむしろ通常となっており、特許ファミリーの
概念が国内特許においても重要になっている。このような差の原因としては各国の制度設
計の差が最も重要であるが、出願人の国籍も大きな要因となっていることが見出された。
例えば、米国特許庁において欧州出願人は我が国出願人より遙かに頻繁に仮出願制度を利
用している。また米国の大学は米国企業と同様に多様な特許保護戦略を追求しているが、
ⅱ
我が国の大学にはそのような傾向は見られない。
加えて、分野間の比較では、特にバイオテクノロジーの分野において、研究開発の不確
実性の高さから、継続的出願や仮出願等の制度の重要性が高く、また、リードタイムの長
さから審査請求までのラグが長くなることが確認された。
さらに、同じ先端技術分野の中でも、重要特許と認識されるような発明は、そうでない
特許よりもグローバルに出願され、各種制度が頻繁に利用されていることが分かった。す
なわち、先端技術分野において価値ある発明を保護するうえでは、国内優先権や分割出願
といった制度が重要な役割を果たしていると言える。
最後に、先端技術分野では先行文献として科学技術文献の重要性は高く、特許審査にお
いてもこうした文献のサーチ能力と評価能力が重要になることも示唆された。
なお、本研究の分析には、近年進展著しい PATSTAT をデータソースとして用いたが、分
析の過程で PATSTAT には様々な問題点が含まれていることも明らかになった(補論参照)
。
その問題をフィードバックし、データベースの精度向上に寄与することも、本研究の意義
のひとつと考えられる。それにより、今後の特許データを用いた研究が進展することが期
待される。とりわけ、こうした特許データベースがエビデンスに基づいた政策論議を行う
際に、多大な貢献をなしうることが、本研究からも示唆されている。同時に、本稿の分析
は、現状のデータベースの限界によって制約されており、そうした意味で暫定的な要素を
含んでいることも銘記する必要がある。
また、本研究では、パテント・ファミリー単位での分析の有用性とその発展の可能性も
示されている。
ただし、本稿では時間とデータベースの制約から、計量経済学のモデルを用いた厳密な
形での実証分析を行うことができなかった。制度の利用状況の決定要因を分析するに当た
って、各国の制度の違いや出願人の属性の他にも、様々な要因をコントロールする必要が
あるだろう。また、計量モデルを用いることにより、国籍の違いや組織類型の違い等の影
響力が、それぞれどの程度の大きさであるかを把握することができるはずである。これら
の事柄については、今後の課題としたい。
(塚田尚稔・山内勇・長岡貞男)
3.
企業等の特許出願行動に関する統計学的分析-量から質への転換-
本稿の目的は、企業の特許出願行動において、1 特許出願当りのクレーム数を増加させ、
特許出願数自体を抑制するというクレーム代替行動がみられるか否かを統計的に明らかに
し、こうした行動が特許出願における「量から質への転換」を意味しているか否かを検討
することにある。統計的な分析の結果、明確なクレーム代替行動がみられ、クレームの多
ⅲ
い特許ほど価値が高いことが実証された。こうした結果は企業の特許出願行動において、
「量から質への転換」が生じていることを示唆する。また、改善多項制の導入により、単
項制下では得られない特許価値の創出が可能になったかどうかを検討するため「多項制乗
数」を推計した。多項制乗数とは、企業が多項制を利用して出願している特許の価値総額
を、その特許価値を生み出している同じ数の発明がクレーム 1 項として分割出願された場
合に実現したであろう特許の価値総額で割った数値を意味する。多項制乗数は、特許価値
のクレーム弾力性とクレーム割引率によって推計される。多項制乗数が 1 を上回るプレミ
アムのとき、改善多項制の導入に積極的な経済的意義を認めることができる。サンプル企
業全体の推計結果では、わずかなプレミアムが見出されたが、統計的に有意な数値ではな
かった。ただし、クレーム弾力性がかなり大きい技術分野もあり、こうした分野では明確
なプレミアムが見出される可能性がある。
(山田節夫)
4.
ソフトウェア特許のソフトウェア業界の構造に与える影響分析
本稿では、特定サービス実態調査(情報サービス業)と特許データ(IIP パテントデー
タベース)の接続データを用いてソフトウェア特許に関する制度改正とソフトウェア企業
の特許出願に関する実証研究を行った。ソフトウェア企業の出願構造について分析を行っ
たところ、制度改正前は製造業との兼業業者の出願であったが、制度改正後はソフトウェ
ア専業業者にも出願の可能性が拡大された。この点を実証的に示す結果として、(1)制度改
正後、年間 5 件以下という小規模の出願人が増加している、(2) 回帰分析によって、製造
事業の割合が少ないソフトウェア企業(専業に近い形態の企業)が、制度改正によってよ
り多くの特許出願を行うようになった、ということが示された。さらに、ソフトウェア専
業(ソフトウェア売上高比率が 80%以上の事業所)が出願している技術分類から、ソフト
ウェア特許の抽出が可能か検討した。結果として、1997 年の制度改正以前にも多くの特許
が出願されており、ソフトウェア専業の出願であっても相当数のハードウェアに関する特
許が含まれていることが示唆される。したがって、ソフトウェア特許の特定化においては、
発明の名称や請求項におけるテキスト検索を行うなどの手法によって抽出することが必要
であると考察される。
(元橋一之・蟹雅代)
ⅳ
5.
特許の審判及び異議申立に関する経済学的分析
本稿では、情報提供、不服審判、異議申立、無効審判が、それぞれどのような特許属性
や技術分野属性、出願人属性を反映して提起され、また成立するのかを実証的に分析する
ことで、特許権の安定性を高めるための審査、審判制度、あるいは異議申立制度の検討に
資することを目的とした。また、異議申立の匿名性と締め切り効果に着目し、何故無効審
判は異議制度を代替するに至らなかったのかを検討した。主要な結論は以下の通りである。
情報提供制度は、特許権を早期に安定した制度にする上で重要な役割を果たしている。
今回の実証分析によって、情報提供がある出願の拒絶査定率は有意に高く(推計結果によれ
ば、情報提供の拒絶確率への限界効果は約 16%)、またそうした出願の場合には拒絶査定
への不服審判が成立する確率も同様に有意に低い。異議申立が成立する確率への効果も同
様にマイナスではあるが強い関係は無い。情報提供は被引用件数などからみて技術的価値
の高い特許出願を対象としており、もし誤って特許付与された場合に影響が大きい特許を
効果的にスクリーニングしていると言える。
不服審判請求及び成立の決定要因について、以下のように、仮説を概ね支持する分析結
果が得られた。
・被引用件数、審査請求のタイミングなどからみて発明の技術価値が高い場合に、不服
審判が成立する可能性が高くなる。
・不服審判が成立した場合の特許権者の利益も発明の技術価値が高い場合に同時に高く
なるので、不服審判請求の頻度も発明の技術価値が高い場合に大きい。
・不確実性や情報の非対称性が大きい発明において(指標:特許の審査請求からの査定期
間が長い)、不服審判はより提起されやすくなるが、不服審判の結果そうした発明の特
許が成立する可能性は低い。このことは、不服審判が成立した場合にこうした特許の
価値が大きいことを示唆している。
異議申立と無効審判請求の決定要因と成立についても、以下のように仮説を支持する結
果を得ている。
・異議申立も無効審判請求も、発明の新規性、進歩性を主として問うことになるので、
発明の技術的な価値が高い場合には成立しにくくなる。
・他方で、異議申立等が成立することによる申立人等の経済的利益は、発明の技術的な
価値が高い場合にのみ存在する。したがって、
後者の影響がより重要であるとすると、
異議申立も無効審判請求も発明の技術的な価値が高い場合に高くなる。
・不確実性や情報の非対称性が大きく(指標:特許の審査請求からの査定期間が長い)、
特許庁の審査がより困難な特許においては、異議申立も無効審判請求も一度提起され
ると成立し易い。他方で、そうした特許が成立しても他社を制約するかどうかがより
不確かであり、申立、審判請求頻度は低い。
ⅴ
・異議申立が匿名であり、無効審判請求はそうでは必ずしもないことを反映して、クロ
ス・ライセンス等が可能な出願規模が大きい企業の場合に、異議申し立てと比較して
無効審判請求の頻度は小さくなる。また、無効審判請求の場合は、よりコストが高く、
かつ公開審理となる可能性があるので、無効審判請をするかどうかの発明の経済的な
価値の閾値はより高くなる。これらの結果、無効審判請求では、出願規模の大きな企
業の特許が対象となりにくく、また特許が成立すれば非常に価値が大きい少数の特許
のみが対象に絞られる結果となっている。
最後に、異議申立人に占める上場企業の割合は 28%と低水準であるのに対し、個人の割
合は 57%であり、申立人の過半数は個人である。一方、無効審判の請求人における個人の
シェアは、異議廃止前には僅か 3%であり、異議制度廃止後には 17%まで増大したものの、
異議申立人の場合と比較すると個人のシェアは大幅に少ない。このことから異議申立にお
ける個人の割合が高いほど、当該分野では匿名性が重要であり、異議は無効審判に代替さ
れにくいと予想したところ、IPC のクラスレベルの推計は、これを支持する結果を示した。
(中村健太・真保智行・長岡貞男)
6.
企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性
本研究では、発明を企業秘密(ノウハウ)として秘匿化する方法が、特許権といった知
的財産権制度を利用する方法と比較して、企業の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢
献するのかを実証的に明らかにする。
企業が事業を実施し、その事業において収益を獲得または持続的競争優位性を構築して
いく手段として、発明を企業秘密(ノウハウ)として秘匿する方法と、特許権という観念上
の権利で法律的に保護をうける方法の 2 種類が存在する。したがって、企業は企業秘密(ノ
ウハウ)による秘匿化のメリット・デメリットを比較考量して、事業の基礎となる技術や
発明を企業秘密(ノウハウ)として自社実施、または特許権として自社実施していると考え
られる。過去の研究を概観すると、本研究の知る限り、このような企業秘密(ノウハウ)を
秘匿化し事業実施する方法が、特許権といった知的財産権制度を利用する方法と比較して、
企業の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢献するのかについて、それほど明らかにな
っていない。したがって、本研究では、このような課題を実証的に明らかにした。主要な
結果は以下のとおりである。
①我が国企業が自社の持続的競争優位性や収益性を考慮するのではない。すなわち、戦
略的に、ある発明は特許化、あるいは企業秘密(ノウハウ)として秘匿化しているのでは
ない。つまり、まず特許化を前提におき、特許化するのにうまく適合しないような特質を
持つ発明については例外として企業秘密(ノウハウ)として秘匿化している可能性が高い。
ⅵ
②そのような思考回路で企業秘密(ノウハウ)として秘匿化しているため、企業秘密(ノ
ウハウ)による秘匿化が企業の持続的競争優位性や収益性につながっているといった証拠
を発見できなかった、むしろ、発明の特許化の方が企業の持続的競争優位性や収益性につ
ながっているといった結果を見いだすことができた。これは過去の研究成果と整合的であ
った。
(西村陽一郎)
7.国際招聘者とのディスカッション
本調査における分析結果について検証すると共に、国際比較が可能な新たな特許統計・
経済分析の手法の可能性を追究するため、国際機関(OECD 及び EPO)において、先進的な特
許統計及び経済分析の研究を行っている、または特許統計データベースについて豊富な知
識を持つ海外有識者(2 名)を我が国に招聘し、
本委員会においてディスカッションを行った。
具体的には、経済協力開発機構(OECD)シニアエコノミストであるドミニク・ゲレック氏
と、欧州特許庁(EPO)アドミニストレーターであるジェームズ・ロリンソン氏を招聘し、①
先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析、②企業等の特許出
願行動に関する統計学的分析-量から質への転換-、③ソフトウェア特許のソフトウェア
業界の構造に与える影響分析といった 3 テーマについて、総勢 21 名の参加の下、ディスカ
ッションを行った。
近年、PATSTAT と呼ばれる特許統計を利用した経済学的・統計学的な研究が欧州では多
数発表されている 。PATSTAT は現在、約 170 ヶ国以上の特許庁に出願され、公開された特
許が収録されている大規模でかつ世界的に有名なデータベースで欧州特許庁から提供され
ている。そして、様々な特許情報が収録された本データベースが廉価の値段で提供され、
高スペックを必要としない環境の下で、一般の大学生でも取り扱えることができるように
なっている。今後、このような有用な特許統計を活用した研究が活発にそして競争的に行
われていくだろう。
しかし、そのような学術界の状況とは異なり、世界各地の特許庁当局は、まだ十分に特
許統計を活用した研究を重視していない。その原因として、研究者が政策立案者のニーズ
に必ずしも応えていないということもあるが、政策立案者が特許統計を利用した研究に十
分に注目していないことが考えられる。そのような状況の中、我が国特許庁がその重要性
をいち早く認識していることは非常に特筆すべきことである。今後、様々な機会を通じて
研究者と政策立案者の両方が協力していくことが重要でかつ必要だと国際招聘者から指摘
がなされていた。
(西村陽一郎)
ⅶ
Ⅲ.
「知的財産活動調査」に関する検討
1.全体推計手法の見直しについて
(1)
知的財産活動を捉える業種分類の検討
知的財産活動の統計の有用性を高めるためには、適切な基準に従って産業を明確に定義
し分類することが必要である。企業の産業分類が確立していない状況にかんがみれば、産
業分類の視点が経済活動の実態をより的確に捉えることにあるとすれば、知的財産活動に
係る業種分類については、とりわけ研究開発等の活動に焦点を当てて、その実態を適切に
捉える視点が重要である。
これまでに
「知的財産活動調査」
の個票データにもとづいて業種分類の検討を行ったが、
同調査で利用できる企業数が限られていること、かつ、研究開発活動に関しての未回答の
調査事項が少なからずあることから、研究開発活動に関して類似の企業をグループ化する
に至っていない。業種分類に際して、上記の類似性の基準に従って演繹的に企業をグルー
プ化し、その妥当性を検討する、あるいは研究活動結果の指標の類似性から企業をグルー
プ化し、帰納的に分類基準を抽出する、のいずれのアプローチに拠るにせよ、分析に活用
しうるデータを拡充する必要がある。
最近になって、その条件が整えられつつある。まず、2009 年 7 月に「経済センサス-基
礎調査」において利用された法務省の商業登記簿からの法人の名称・所在地等の情報であ
る。企業の出願人の名称を「経済センサス-基礎調査」から作成される企業データベース
と突合することで、その他統計調査の結果と組み合わせて知的財産活動を総合的に分析す
ることが可能となる。
知的財産活動においては、経済活動の成果である付加価値額に対照するものとして、産
業財産権の評価額、あるいは獲得されたノウハウ等によってもたらされた利益が考えられ
る。業種分類については、こうした指標の大きさにもとづいて、分類項目を設定すること
でより有用な分類が編成できると考えられる。
さらに、知的財産活動の業種分類は企業を単位としており、企業の経営組織の違いが知
的財産活動において差異を生じさせているか否かについて、法制度上の制約の観点から検
討することも必要である。企業規模の相違も影響しているが、業種分類の検討に際しては、
事業持株会社等の企業グループの頂点にある企業の扱いを吟味することも重要である。
企業の出願人コードと経済センサスから作成される統一企業コードを照合する作業を早
急に開始することが強く求められる。
(舟岡史雄)
ⅷ
(2)小規模出願者に対する推計手法の見直し
本稿では小規模出願者に関してキャリブレーション推計を行い、実際の母集団値との比
較を行うことでその適否を検討した。その結果、調査年度において小規模出願者であった
からといって必ずしもその後の年度も小規模出願者であるとは限らないこと、したがって
調査年度の小規模出願者全ての回収データを用いてその後の年度に関して推計を行うと、
大きな誤差が生じる可能性のあることが示唆された。調査年度以外の年度に関して、小規
模出願者の回収データを用いて推計を行う際には、母集団情報に照らして適切な出願者の
データを選択するなどの作業が必要であろう。
(土屋隆裕)
2.
知的財産活動調査の調査票の見直しについて
「知的財産活動調査」は、我が国の知的財産政策を企画立案するにあたっての基礎資料
を整備するため、我が国の個人、法人、大学等公的研究機関の知的財産活動の実態を把握
することを目的として、平成 14 年度から特許庁が実施している統計調査である。
「知的財産活動調査」は、①知的財産部門の活動状況、②産業財産権制度の利用状況、
③産業財産権の実施状況など、我が国の個人、法人、大学等公的研究機関等の知的財産活
動を分析する上で、多くの有益な情報を提供している。
「知的財産活動調査」の調査項目や推計手法等については、過去数年間にわたり、特許
庁や特許庁が実施した調査研究委員会により検討が重ねられてきた。本調査における委員
会においては、小規模出願者について(四法いずれも 5 件未満の出願者)、回答負担を軽減
し回答率を上昇させ調査自体の精度を高めるため、問題点をまず整理し、次に改善案を検
討した。
(西村陽一郎)
ⅸ
はじめに
我が国の企業が国際競争力を高め、持続的な成長をはかっていく上で、知的財産の重要
性はますます高まりつつある。2008 年の金融危機に端を発する世界的な不況を打聞し、持
続的な経済成長を実現していくためには、企業等の研究開発の成果を効果的に知的財産と
して保護、利用し、経済的価値を生み出すものとすることによって、技術革新を促し経済
活動を活性化していく知財システムの構築が極めて重要である。このような観点のもと、
我が国の知的財産に関する政策を企画立案していくにあたっては、統計データ分析に基づ
く理論的な基盤を構築し、政府、民間が理論的基盤に基づく共通認識を持って、知財シス
テムについての議論を深めていくことが必要不可欠である。また、知的財産に関する施策
の効果等をデータに基づき分析することは、世界的にも重要視されてきている。そうした
中で、専門家による統計データを用いた客観的かつ厳密な分析が必要といえる。
知的財産研究所では、これまでも特許制度や市場・技術環境の変化が企業の知的財産戦
略に与える影響について、我が国を代表する経済学者からなる委員会を組織し、当分野に
おけるパイオニアとして実証的な研究を実施してきたところである。
本調査では、これまで蓄積してきた研究の成果を取り入れつつ、特許庁の実施する「知
的財産活動調査」や他のデータベースを駆使して、職務発明制度に関する法改正やソフト
ウェアに関する特許制度変更の効果、先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関
するパターン、企業等の特許出願行動パターンの転換、特許の審判及び異議申立の決定要
因、企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性との関係といった合計 6 つの
実証分析を行っている。
こうした研究成果が、学術的な貢献にとどまらず、我が国の知的財産政策、及び、企業
の知的財産戦略の策定に活用され、ひいては我が国産業の競争力強化及び持続的な成長に
貢献することができれば幸いである。
最後に、本調査の遂行に当たり、ご指導・ご協力いただいた委員各位、オブザーバー各
位には、深く感謝する次第である。さらに、研究の実施に当たっては特許庁企画調査課か
ら貴重な支援を頂き、また来日して頂いた経済協力開発機構(OECD)のドミニク・ゲレック
氏及び欧州特許庁(EPO)のジェームズ・ロリンソン氏には有益なコメントを頂いたことに感
謝申し上げたい。
平成22年3月
財団法人
知的財産研究所
平成 21 年度我が国の持続的な経済成長にむけた
企業等の出願行動等に関する調査委員会名簿
委員長
長岡
貞男
一橋大学イノベーション研究センター 教授
委員
小田切
宏之
一橋大学大学院経済学研究科 教授
舟岡
史雄
信州大学経済学部経済学科 教授
元橋
一之
東京大学工学系研究科 教授
山田
節夫
専修大学経済学部 教授
大湾
秀雄
東京大学社会科学研究所 准教授
土屋
隆裕
統計数理研究所 准教授
大西
宏一郎
大阪工業大学 知的財産部 専任講師
真保
智行
山形大学人文学部 専任講師
中村
健太
神戸大学大学院経済学研究科 専任講師
西村
陽一郎
財団法人 知的財産研究所 研究員、神奈川大学経済学部 准教授
共同研究者
蟹
雅代
帝塚山大学経済学部 講師
山内
勇
文部科学省科学技術政策研究所第2研究グループ 研究員
塚田
尚稔
一橋大学イノベーション研究センター 研究助手
オブザーバー
嶋野
邦彦
特許庁 総務部 企画調査課長
油科
壮一
特許庁 総務部 企画調査課 企画班長
北川
創
特許庁 総務部 企画調査課 技術動向班長
梶本
直樹
特許庁 総務部 企画調査課 研究班長
石丸
昌平
特許庁 総務部 企画調査課 特許戦略企画班長
依田
裕介
特許庁 総務部 企画調査課 統計係長
申
美穂
特許庁 総務部 企画調査課 工業所有権調査員
齋藤
健児
特許庁 特許審査第一部 調整課 課長補佐
島田
光子
経済産業省 経済産業政策局 調査統計部 統計企画室
石原
徹弥
経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 課長補佐
田村
傑
早稲田大学 国際情報通信研究科 准教授
国際招聘者
ドミニク
ゲレック
ジェームズ
経済協力開発機構(OECD) シニアエコノミスト
ロリンソン
欧州特許庁(EPO) アドミニストレーター
事務局
西村
陽一郎
財団法人 知的財産研究所 研究員、神奈川大学経済学部 准教授
内田
剛
財団法人 知的財産研究所 研究員
岩井
勇行
財団法人 知的財産研究所 統括研究員
早川
信秀
財団法人 知的財産研究所 主任研究員
瀧内
健夫
財団法人 知的財産研究所 研究第二部長
目
次
要約
はじめに
委員会名簿
Ⅰ.
序論 ···································································· 1
Ⅱ.
我が国企業等の出願行動等に関する調査 ···································· 5
1.
職務発明制度に関する統計学的分析······································ 5
2.
先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析 ······ 21
3.
企業等の特許出願行動に関する統計学的分析-量から質への転換- ········ 39
4.
ソフトウェア特許のソフトウェア業界の構造に与える影響分析 ············ 62
5.
特許の審判及び異議申立に関する経済学的分析··························· 80
6.
企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性 ················· 142
7.
国際招聘者とのディスカッション ······································ 157
Ⅲ.
「知的財産活動調査」に関する検討 ······································ 163
1.
全体推計手法の見直しについて ········································ 163
2.
知的財産活動調査の調査票の見直しについて···························· 172
なお、本報告書は、委員会での議論を基に各委員と事務局が分担して執筆している。執
筆の分担は以下の通りである。
Ⅰ.
長岡貞男
Ⅱ.
1.
大西宏一郎、大湾秀雄
2.
塚田尚稔、山内勇、長岡貞男
3.
山田節夫
4.
元橋一之、蟹雅代
5.
中村健太、真保智行、長岡貞男
6.
西村陽一郎
7.
西村陽一郎
Ⅲ.
1.
舟岡史雄、土屋隆裕
2.
西村陽一郎
Ⅰ.
序論
我が国が国際競争力を高めて行く上で、知的財産の重要性はますます高まりつつある。
2008 年の金融危機に端を発する世界的な不況を打開し、持続的な経済成長を実現していく
ためには、企業等の研究開発の成果を効果的に知的財産として保護、利用し、経済的価値
を生み出すものとすることによって、技術革新を促し経済活動を活性化していく知財シス
テムの構築が極めて重要である。このような観点のもと、我が国の知的財産に関する政策
を企画立案していくにあたっては、
統計データ分析に基づく理論的な基盤を構築し、政府、
民間が理論的基盤に基づく共通認識を持って、知財システムについての議論を深めていく
ことが必要不可欠である。また、知的財産に関する施策の効果等をデータに基づき分析す
ることは、世界的にも重要視されてきている。
このような状況を踏まえて、本調査では、知的財産を経済的価値としていくための企業
等の知的財産戦略についての理論的な基盤を構築するのと同時に、我が国の持続的な経済
成長に向けた今後の政府における知的財産政策の企画立案に資する評価基準、指標を確立
し、我が国の知的財産制度・政策が与えた影響についても検討するため、
(1)職務発明制
度に関する法改正の効果、
(2)先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関するパ
ターン、(3)企業等の特許出願行動が量から質へ転換しているか、
(4)ソフトウェアに
関する特許制度変更がソフトウェア業界の構造に与える影響、
(5)特許の審判及び異議申
立の決定要因、
(6)企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性との関係とい
った合計 6 つの実証分析を行った。これらの調査は従来、十分な分析が行われていないも
のであり、新たな分析対象やデータを利用することによって、より深い議論の可能性を見
出しているといえる。そして、今後のさらなる我が国の知的財産活動の理解につながるも
のだと考えられる。
さらに、知的財産政策の企画立案や企業等における知的財産戦略策定に不可欠な基礎資
料である知的財産活動調査のデータの精度向上のために、知的財産活動調査の見直しの検
討も行った。
以下では、本調査において実施された諸分析の概要を述べる。
第Ⅱ部の第1章「職務発明制度に関する統計学的分析」では、近年の職務発明に対する
対価請求訴訟の増加や 2004 年に行われた特許法第 35 条の改正により、企業の発明補償制
度にいかなる影響を与えたのかを分析した。また、企業の導入している発明補償制度がイ
ンセンティブ契約としての役割を持っているか考察を加えた。まず、補償金は特許法の改
正を挟んだ時期において、顕著に増加する傾向があり、この増加は出願時補償制度による
支払額の増加で良く説明できることが明らかとなった。また、本研究の結果からは、企業
の補償費の支払いがインセンティブ効果を狙って制度設計されているという可能性は明確
には示唆されなかった。
-1-
第2章「先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析」では、
先端技術4分野の出願行動の特徴を統計的に分析した。その結果、先端技術4分野の出願
行動は①各国の制度設計の差、②出願人の国籍、③出願人の組織類型などで説明できるこ
とを明らかにした。そして、特許データベースがエビデンスに基づいた政策論議を行う際
に、多大な貢献をなしうることが、本分析から示唆されている。
第3章「企業等の特許出願行動に関する統計学的分析-量から質への転換-」では、企
業の特許出願行動において、1 特許出願当りのクレーム数を増加させ、特許出願数自体を
抑制するというクレーム代替行動がみられるか否かを統計的に明らかにし、こうした行動
が特許出願における「量から質への転換」を意味しているか否かを検討した。統計的な分
析の結果、明確なクレーム代替行動がみられ、クレームの多い特許ほど価値が高いことが
実証された。こうした結果は企業の特許出願行動において、
「量から質への転換」が生じて
いることを示唆している。
第4章「ソフトウェア特許のソフトウェア業界の構造に与える影響分析」では、特定サ
ービス実態調査と特許データの接続データを用いてソフトウェア特許に関する制度改正と
ソフトウェア企業の特許出願に関する実証研究を行った。ソフトウェア企業の出願構造に
ついて分析を行ったところ、制度改正前は製造業との兼業業者の出願であったが、制度改
正後はソフトウェア専業業者にも出願の可能性が拡大されたことを確認した。この結果は、
ソフトウェア特許に関する制度改正がソフトウェア業界の構造に何らかの影響を与えた可
能性を示唆している。
第5章「特許の審判及び異議申立に関する経済学的分析」では、情報提供、不服審判、
異議申立、無効審判が、それぞれどのような特許属性や技術分野属性、出願人属性を反映
して提起され、また成立するのかを実証的に分析することで、特許権の安定性を高めるた
めの審査、審判制度、あるいは異議申立制度の検討に資することを目的とした。また、異
議申立の匿名性と締め切り効果に着目し、何故無効審判は異議制度を代替するに至らなか
ったのかを検討した。情報提供制度は、特許権を早期に安定した制度にする上で重要な役
割を果たしていることが明らかにされた。不服審判請求及び成立の決定要因について、①
被引用件数、審査請求のタイミングなどからみて発明の技術価値が高い場合に、不服審判
が成立する可能性が高くなる、②不服審判が成立した場合の特許権者の利益も発明の技術
価値が高い場合に同時に高くなるので、不服審判請求の頻度も発明の技術価値が高い場合
に大きい、③不確実性や情報の非対称性が大きい発明において不服審判はより提起されや
すくなるが、不服審判の結果そうした発明の特許が成立する可能性は低いことが明らかに
なった。この結果は、不服審判が成立した場合にこうした特許の価値が大きいことを示唆
している。異議申立と無効審判請求の決定要因と成立の決定要因について、①異議申立も
無効審判請求も、発明の新規性、進歩性を主として問うことになるので、発明の技術的な
価値が高い場合には成立しにくくなる、②他方で、異議申立等が成立することによる申立
-2-
人等の経済的利益は、発明の技術的な価値が高い場合にのみ存在する、③したがって、後
者の影響がより重要であるとすると、異議申立も無効審判請求も発明の技術的な価値が高
い場合に高くなる、④不確実性や情報の非対称性が大きく、特許庁の審査がより困難な特
許においては、異議申立も無効審判請求も一度提起されると成立し易い、⑤他方で、そう
した特許が成立しても他社を制約するかどうかがより不確かであり、申立、審判請求頻度
は低い、⑥無効審判請求では、出願規模の大きな企業の特許が対象となりにくく、また特
許が成立すれば非常に価値が大きい少数の特許のみが対象に絞られることが明らかになっ
た。最後に、異議申立における個人の割合が高い技術分野ほど匿名性が重要であり、異議
申立は無効審判に代替されなかったことが明らかとなった。
第6章「企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性」では、発明を企業秘
密(ノウハウ)として秘匿化する方法が、特許権といった知的財産権制度を利用する方法
と比較して、企業の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢献するのかを実証的に明らか
にした。分析結果によれば、我が国企業は特許化を前提におき、特許化するのにうまく適
合しないような特質を持つ発明について例外として企業秘密(ノウハウ)として秘匿化し
ている可能性が高い。そして、このようなプロセスを踏んで企業秘密(ノウハウ)として
秘匿化しているため、企業秘密(ノウハウ)による秘匿化が企業の持続的競争優位性や収
益性につながっているといった証拠を発見できなかった、むしろ、発明の特許化の方が企
業の持続的競争優位性や収益性につながっているといった結果を見いだすことができた。
第7章「国際招聘者とのディスカッション」では、調査における分析結果について検証
すると共に、
国際比較が可能な新たな特許統計・経済分析の手法の可能性を追究するため、
国際機関(OECD 及び EPO)において、先進的な特許統計及び経済分析の研究を行っている、
または特許統計データベースについて豊富な知識を持つ経済協力開発機構(OECD)シニアエ
コノミストであるドミニク・ゲレック氏と、欧州特許庁(EPO)アドミニストレーターである
ジェームズ・ロリンソン氏を我が国に招聘し、本委員会においてなされたディスカッショ
ン内容をまとめたものである。世界各地の特許庁当局は、まだ十分に特許統計を活用した
研究を重視していない。その原因として、研究者が政策立案者のニーズに必ずしも応えて
いないということもあるが、政策立案者が特許統計を利用した研究に十分に注目していな
いことが考えられる。そのような状況の中、我が国特許庁がその重要性をいち早く認識し
ていることは非常に特筆すべきことである。今後、様々な機会を通じて研究者と政策立案
者の両方が協力していくことが重要でかつ必要だと国際招聘者から指摘がなされていた。
第Ⅲ部では、以上の分析でも利用されている「知的財産活動調査」について、回収率や
回答率を向上し調査自体の精度を高めるため、第1章において全体推計手法、第2章にお
いて調査票の見直しを検討した。
第1章「全体推計手法の見直しについて」では、知的財産活動を捉える業種分類に必要
でかつ利用可能なデータの検討及び今後の展開を議論した。次に、小規模出願者に関して、
-3-
実際の母集団値との比較を行うことでその適否を検討した。その結果、調査年度において
小規模出願者であったからといって必ずしもその後の年度も小規模出願者であるとは限ら
ないこと、したがって調査年度の小規模出願者全ての回収データを用いてその後の年度に
関して推計を行うと、大きな誤差が生じる可能性のあることを明らかにした。したがって
調査年度以外の年度に関して、小規模出願者の回収データを用いて推計を行う際には、母
集団情報に照らして適切な出願者のデータを選択するなどの作業が必要であることが示唆
された。
第2章「知的財産活動調査の調査票の見直しについて」は、本調査における委員会にお
いて、小規模出願者について(四法いずれも 5 件未満の出願者)
、回答負担を軽減し回収率
や回答率を向上させることで調査自体の精度を高めることを目的に、
問題点をまず整理し、
次に改善案をまとめたものである。
このような調査研究の成果は、特許庁における審査・審判体制の企画立案の基礎資料と
して活用できるとともに、情報発信することにより、企業等においても、産業財産権の出
願戦略策定を支援するための有益な情報となることが今後期待される。
なお、研究の実施に当たっては特許庁企画調査課から貴重な支援を頂き、また来日して
頂いた経済協力開発機構(OECD)のドミニク・ゲレック氏及び欧州特許庁(EPO)のジェーム
ズ・ロリンソン氏には有益なコメントを頂いたことに感謝申し上げたい。
(長岡
-4-
貞男)
Ⅱ.我が国企業等の出願行動等に関する調査
1.職務発明制度に関する統計学的分析
(1)
目的
近年の職務発明に対する対価請求訴訟の増加や 2004 年に行われた特許法第 35 条の改正
により、発明補償制度を取り巻く環境は大きく変化しつつある。このような法的環境の変
化は、単なる補償制度の導入や改訂に留まらず、企業とその中で働く企業内研究者との関
係にも大きな影響を与える可能性がある。にもかかわらず、企業が導入した補償制度とイ
ンセンティブの関係を分析は少数にとどまり、
また 2004 年の制度改正に焦点を当てた分析
は、我々の知る限り存在しない。
本研究では、第一に近年の職務発明対価請求訴訟や 2004 年に改正された特許法第 35 条
の職務発明規定が、企業の発明補償制度にいかなる影響を与えたのかを定量的に分析する。
特に、研究実績に対する補償費のセンシティビティを統計的に計測することで、全体とし
てどの程度インセンティブ強度が上昇しているのか、を明らかにする。
第二に、より根本的な問題に立ち返り、企業の導入している発明補償制度が、事業特性
とどういう関係にあるのかを探索的に分析する。インセンティブ契約として発明補償制度
を見た場合、研究の不確実性や成果に対する努力の限界的効果といった要因と関連する事
業特性が契約の基本的構造に少なからぬ影響を与えるはずである。本研究では、補償費と
事業特性の関係を明らかにすることにより、発明補償制度の役割について考察を加える。
(2)
先行研究
発明報奨制度と企業内研究者のインセンティブの関係については既にいくつかの研究が
行われている。長岡・西村 (2005)は、企業の補償費の支払いが契約理論に整合的かどうか
を分析することで、報奨制度がインセンティブ制度として機能しているかどうかを検証し
ている。その結果、企業規模が大きい企業、研究リスクが相対的に高い企業で導入されて
いる等から、企業は報奨制度をインセンティブ契約と考えて積極的に導入しているという
よりはむしろ、法律に準ずる形で受動的に導入している可能性を実証している。またイン
センティブ効果をダイレクトに分析したものとして Onishi (2009)は、発明報奨制度の導
入は、企業の特許件数を増やす効果はみられたが、特許の質を高める効果は見られないこ
とを明らかにしている。発明者レベルの個票データを利用した貴重な分析として Owan and
Nagaoka (2009)は、金銭的報酬によって動機づけられた発明者が、特許件数、特許の質、
商業化のいずれの指標をとっても生産性が高いとは言えないという結果を得ている。以上
-5-
の 2 つの研究は、いずれも発明報奨制度が有意に特許の質を高めていないという結果を得
ているが、その原因として Owan and Onishi (2009)はそもそもどのような発明報奨制度を
導入しているのかについて企業側が研究者に積極的に周知していなかったためにインセン
ティブ制度として機能していなかった可能性を指摘している。
(3)
特許法第 35 条の改正と補償制度、インセンティブ設計
(ⅰ)
特許法第 35 条の改正と補償費の関係
2004 年に行われた特許法第 35 条の改正では、企業と従業者の間の事前協議、算定基準
開示、算定方法決定に際しての意見聴取の必要性を求めている。しかし、本改正の特徴は
対価としての金額の合理性ではなく、手続き自体の合理性を求めている点にある。つまり、
手続きが合理的であれば、支払額については問われないことを意味しているのであり、そ
の点で本改正が直接補償費の支払い金額の上昇に直結するものとは言えない。また、従業
員に対する非金銭的な処遇等も対価の対象となる点も補償費の上昇を抑制する可能性があ
る。
しかし、Owan and Onishi (2009)で示されたように、改正前に企業側が従業員に十分に
補償制度の概要を説明しておらず、結果的に制度が活用されていなかったとした場合、手
続きの合理性は、企業側の補償費支払いに何らかの影響を与える可能性がある。特に、過
去のおいては実質的に機能していなかった補償制度が機能することになれば、企業側の支
払い金額が上昇する可能性がある。
また、補償制度の改訂にあたって、従業員側の意見が反映される結果、先行研究とは異
なり、単なる法律順守ではなく、インセンティブ効果のある制度へ変化する可能性も考え
られる。
また、オリンパス事件以来、特許法第 35 条に基づいた従業員による職務発明対価請求訴
訟は増加傾向にあるが(図 1)、このような訴訟の増加は、企業が補償制度を導入・改訂す
る契機となる可能性がある。実際、2005 年度に行われた特許庁の企業に対するアンケート
調査では、回答企業の 88%の企業が補償制度の改訂を実施、または実施予定であると回答
している1。
1
特許庁(2006)「新職務発明制度に関するアンケート調査結果」
(http://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/pdf/shokumu_new/03.pdf)
-6-
図1
職務発明対価請求訴訟の推移
注)地裁のみ、訴訟提訴年でカウント。
(ⅱ)
インセンティブ契約としての補償制度
発明補償制度は、研究者の研究成果に対して賃金を支払う制度であるので、基本的には
インセンティブ契約と考えられる。契約理論によると、努力と成果の期待値の関係が変わ
らなければ(たとえば努力が成果分布の平均値パラメーターのみをシフトさせ、その関係
がサンプル内で変わらない場合)
、成果の不確実性とインセンティブ強度の間には負の関係
が成り立つ。しかし、多くの過去の実証研究では、そうした単純なモデルに基づく結果は
成り立たず、しばしば正の関係があることが報告されてきた(Prendergast 2002)。発明報
奨金についても、以下の理由から、不確実性とインセンティブ強度の間に負の関係が成り
立つとは必ずしも言えない。
まず第一に、業種ごとに、成果の分布や必要な経営資源(研究開発部門内外の人的資本
や情報、設備など)が異なるため、不確実性と研究開発者の努力のリターンの間の関係が
複雑である可能性が高い。第二に、発明報奨金の設計に関しては参加制約が成立している
可能性が小さい。後者について詳細に解説する。
契約理論によると、リスク回避型の労働者を仮定すると、業績指標に対して努力や能力
以外の不確定要因が大きく影響を及ぼすようになると、報酬制度のインセンティブ強度(歩
合制の場合なら、歩合の大きさ)を低下させることが企業にとって望ましくなる。これは、
業績の不確実性が高くなると、報酬の変動が大きくなるため、企業はインセンティブを弱
め、より所得の安定を図った方が、従業員に支払うリスクプレミアムが減少し、利益が増
大するためである(インセンティブと保険機能の間のトレードオフ)。しかしながら、発明
-7-
補償金制度の場合、短期的には、全社的な報酬体系の上に発明補償金が加わる形となり、
必ずしも発明補償金を足した分、通常の給与や賞与を減額して調整するということは行わ
れないのではないかと推測される。ということは、不確実性が低下した時に、発明補償金
を引き上げて、その分、給与や賞与を減額して、企業がインセンティブの改善から生じる
レントを 100%搾取することが出来ない。これは、流動性制約のある場合の契約設計に近
い。補論に示したように、契約の形を、所与の給与を保証して発明に成功した時だけ発明
補償金を支払うという制約のある形に限定した場合、平均的な成功の確率が十分に高いな
らば、不確実性とインセンティブ強度の間に正の関係が生じうる。したがって、不確実性
とインセンティブ強度の間に正の相関が見出される場合でも、インセンティブ設計として
は最適になっている可能性がある。
本研究では、不確実性を始めとする事業特性と補償費の関係を探ることにより、インセ
ンティブ契約としての側面を見いだせるか検討を行う。
(4)
データの説明
本研究では特許庁実施の承認統計『知的財産活動調査』の個票データを利用する。本統
計は、調査開始以来継続して 7 年間行われており、最大 7 年分のパネルデータが作成可能
である。しかし、調査対象や調査項目の大幅な変更、調査結果の回収状況等の違いから、
本研究では 2002 年までの 2 年間の調査結果は用いず、2003 年から 2007 年の 5 年間の調査
結果を用いた。特許法第 35 条の改正が 2004 年であるから、制度改正の影響をとられると
いう視点では、2003 年以降のデータでも十分に前後期間のサンプル数を確保できる。
もう一つ注意が必要な点として、知的財産活動調査は、2004 年度と 2007 年度に、特許
出願、実用新案登録出願、意匠出願、商標出願のいずれも 5 件未満の出願人を対象とする
サンプル調査(乙調査)を行っている。本研究では、分析対象となる母集団を年度で統一
するために、2004 年度および 2007 年度については、5 件以上の出願人を対象とする甲調査
対象企業のみを分析に用いることとした。
知的財産活動調査では、特許の出願件数や保有件数、ライセンス収入等について、国内
外の値を両方調査しているが、本研究では、基本的に国内に関するデータのみを使用する。
その理由は、海外状況に関する調査項目の回答率が国内と比較して低いこと、国内外のデ
ータを合算した推計では、分析全体の推計精度が低下したこと、による。
-8-
(5)
推計モデル
(ⅰ)インセンティブ強度の計測手法
本研究では、企業が発明者に支払った補償費を特許出願件数や特許自社実施件数、特許
ライセンス件数や営業利益、ロイヤリティ収入等の研究成果指標に回帰することにより、
発明補償制度のインセンティブ強度を計測する。また、研究成果指標および特許法第 35
条改正ダミー変数との交差項を加えることで、インセンティブ強度が時系列で変化してい
るのかどうかを検証する。
企業が実際に支払った補償費をインセンティブ強度の計測に用いることのメリットは、
企業が導入している発明補償規定が実質的に機能しているかどうかを計測できるところに
ある。他方で、各企業による補償規定の違いを考慮できないことから推計にはいくつかの
工夫が必要となる。先行研究・調査によって、企業が発明者に対して補償費を支払う場合、
その支払い対象となる成果、算定方法、基準、支払いのタイミング等が企業によって大き
く異なることがわかっている。したがって、推計にあたっては企業間の制度の違いによっ
てもたらされた差分を調整するため、固定効果を入れることが望ましい。固定効果モデル
は、成果指標の時系列変化が同一企業の補償費にどういう影響を与えているか推定するた
め、平均的な発明報奨制度のインセンティブ強度をより正確に計測することができると言
える。
個別の補償規定が観察できないことによるセレクション・バイアスにも注意を払う必要
がある。企業が実際に補償費をいくら支払うかどうかは、企業が職務発明規定を定めてい
るかどうかに依存する。ここでは、補償費を支払っていない企業は職務発明規定がないか
もしくは規定が現実には機能していないと見なして、Heckman のセレクション・モデルを
使った分析を行う。もちろん、職務発明規定そのものがない企業と、規定があるのに支払
い基準が厳しく補償費の支払いがない企業を同列に扱うのは問題がないとは言えない。特
に、企業収益やライセンスロイヤリティに応じて支払う実績補償の場合は、一定の基準を
超えないと補償金が支払われないケースが多いが、このようなケースを補償費ゼロと扱っ
た場合には、インセンティブ強度を過小推定することになる。しかし、ここではデータの
制約から、やむを得ず補償費が正であることを職務発明規定の実質的な導入と解釈する。
その結果、推計で得られた実績補償におけるインセンティブ強度は過小となっている可能
性に注意を払う必要がある。
先に述べたように、ここでは固定効果モデルを採用するが、単純に Heckman モデルに固
定効果を入れてもセレクション・バイアスを取り除くことはできない。そこで本稿では、
Wooldridge (1995)および Wooldridge (2001)の手順に従って、セレクション・バイアスを
取り除くこととした。以下ではその方法を簡単に示す。
-9-
まず、企業の補償費の決定するメカニズムを以下のような式で表す。
Cit1 = xit1β1 + ci1 + uit1
(1)
ここで、Cit1 は企業 i が t 期に支払う補償費、 xit1 は研究の実績等の説明変数、 ci1 は固定
効果、uit1 は誤差項である。次に、企業が補償費を導入するかどうかのセレクションについ
て、以下の式を想定する。
sit 2 = 1[xiϕ t 2 + vit 2 > 0]
vit 2 xi ~ Normal (0.1)
(2)
さらに以下の仮定を置く。
(
)
仮定(1) E u it1 xi , vit 2 = E (u it1 vit 2 ) = ρ t1vit 2
(
t = 1,K , T
)
仮定(2) ci1 = xiπ i + ait ここで E ait xi , vit 2 = E (ait vit 2 ) = θ t1vit 2
(1)は通常の Heckman モデルで用いられている標準的な仮定である。(2)は、固定効果がセ
レクションのメカニズムと一定の関係があると想定している。これらの仮定から、補償費
は、
E (Cit1 xi , vit ) = xit1β1 + xiπ i + γ t1vit 2
(2)
ここで、 γ t1vit 2 = (ρ t1 + θ t1 ) vit 2 である。 sit = 1 を条件とすると、
E (Cit1 xi , sit 2 = 1) = xit1 β1 + xiπ i + γ t1λ ( xiϕ t 2 )
(3)
)
となり、selection equation を t 期毎にプロビット推計して得られた逆ミルズ非 λit 2 を
(3)式に挿入し、OLS 推定をすれば、 β1 の一致推定量を得ることが可能となる。また、そ
もそもセレクションがあるかどうかを検定するには、仮定 1 を t 期毎にプロビット推定
することで得られた逆ミルズ比を(1)式に挿入し、 t 検定を行うことで調べることがで
きる。逆ミルズ比λが棄却できなければ、セレクションが認められるということになる。
以下では、上記手順に従った推計モデル(ここでは Wooldridge model とする。)を使っ
て、インセンティブ強度の計測を行う。
-10-
(ⅱ)
研究開発上の不確実性と補償の関係
長岡・西村 (2005)では、同じ知的財産活動調査を利用しクロスセクションデータを用い
て企業規模や出願性向等の企業特性から間接的に研究開発上のリスクを計算している。本
研究では、先行研究とは異なる方法で変数化する。具体的には、5 年間のパネルデータが
あることから、これらの利点を生かし、研究成果あるいは企業業績指標の期間内の変動係
数または標準偏差を計算することによって、より直接的に研究のリスクをとらえた。求め
た変動係数や標準偏差に 2007 年の補償費(対数値)を回帰させることによって、クロスセ
クション分析で研究開発上の不確実性と補償費あるいはインセンティブ強度との関係を明
らかにする。また、特許利用率(自社実施あるいはライセンス件数を保有件数で除した値)
を研究者から見たリスクの一つとして変数化した。推計に際しては、5 年間のデータがそ
ろった企業のみのサンプルを使用した。コントロール変数として、各種成果指標 (対数値
もしくは利益率)、及び研究開発費(対数値)
、研究開発集約度を利用した。このクロスセ
クション推計では、OLS と Heckman モデルでの推計を行い、業種ごとのクラスタリング
(clustered standard errors)を仮定して検定を行った。
(6)
推計結果
(ⅰ)
補償費の推移
推計結果を提示する前に、5 年間の補償費の変化を見てみたい。表 1、2 は、補償費を支
払っている企業の割合と支払い額の推移を、unbalanced panel と balanced panel(対象期
間毎年回答している企業)についてみたものである。完全回答企業 694 社では、補償費が
ゼロの企業の割合が概ね 2 割弱である。補償費を支払っている企業の割合については、大
きな変化やトレンドは認め難く、特許法改正を契機に新たに補償制度を導入した企業の数
は多くないということがわかる。
unbalanced panel については、2003 年に補償費を支払っている企業の割合が 6 割に達し
ているのに対し、2004 年から 2005 年までは 4 割 5 分弱に低下し、2007 年には再度 5 割に
上昇している。Balanced panel と比較して、unbalanced panel で支払企業割合が大きく変
動している要因の一つは、分母となる補償費項目の回答企業数が大きく変動していること
によるものと思われる。長期的には補償制度を導入している企業が増加していることを考
えれば、2003 年の調査において、補償費を支払っていない企業での無回答が多いことが考
えられ、無回答企業が補償費の支払いに対してランダムに発生していないことを示唆して
いる。
-11-
表1
補償費の支払い企業と金額の推移(unbalanced panel)
N
2003
2004
2005
2006
2007
総計
1947
3237
3613
3353
2842
14992
1社当たり平 補償費支払
均支払額
い企業数
3.65
2.74
2.94
3.19
4.46
3.33
1228
1434
1624
1472
1400
7158
%
1社当たり平均支払
額(ゼロ除く)
63.07
44.30
44.95
43.90
49.26
47.75
5.79
6.19
6.54
7.26
9.05
6.98
(金額の単位は百万円)
表2
補償費の支払い企業と金額の推移(balanced panel)
N
2003
2004
2005
2006
2007
総計
694
694
694
694
694
3470
1社当たり平 補償費支払
均支払額
い企業数
7.38
563
7.61
567
8.77
577
9.79
582
11.72
569
9.06
2858
%
81.12
81.70
83.14
83.86
81.99
82.36
1社当たり平均支払
額(ゼロ除く)
9.10
9.32
10.55
11.68
14.30
11.00
(金額の単位は百万円)
他方、補償費を支払っている企業の中での平均支払い額は、balanced panel、unbalanced
panel ともに明らかに 2005 年以降増加傾向がみられる。図 2 は 2003 年と 2007 年の補償費
の支払い金額について、相対度数を見たものである。なお、支払金額がゼロの企業は図か
ら除いている。これを見ると、支払総額が 2000 万円未満の企業の割合が相対的に減少し、
その分 2000 万円以上支払う企業が増えていることがわかる。
-12-
図2
補償費支払い金額別相対度数(2003 年および 2007 年)
60
%
50
40
30
2003年
2007年
20
10
0
0-1
(ⅱ)
1-10
10-20
20-50
50-100
100-200
200-
100万円
インセンティブ強度の推定
推計では、業種内のサンプル企業数の確保、研究開発集約度、売上高営業利益率等の変
数の意味合いを担保する観点から、大学や公的研究機関等の非営利団体を除く企業を使っ
て推計した。また、補償費の支払いが成果指標の変化に遅れて反応する可能性を考慮する
ために、すべての説明変数に一期ラグをおいて推計することとした。Wooldridge モデルで
の selection equation では研究開発集約度、売上高(対数値)、特許保有件数(対数値)、
業種別職務発明対価請求訴訟件数を説明変数として用いた。
表 3 は、線形のモデルを使って成果指標の限界効果を計測したものであり、これが平均
的な発明報奨制度の公式を反映していると解釈できる。まず、推計式(1)は補償費が正であ
る企業をサンプルとした OLS 推計、(2)は wooldridge モデルで推計した結果である。特許
出願件数が統計的に有意にプラスとなっている2。係数の値は wooldridge モデルでみると、
0.032 となっており、被説明変数である補償費が 100 万円単位であることを考えれば、特
許出願件数が 1 件増加するのに対し、平均的に補償費が 3 万 2 千円増加することを意味し
ている。
2
補償費の支払いが多いであろう製造業のみを用いた推計結果を付表 1 に提示した。
-13-
表3
成果指標の限界効果の計測
(1)
OLS
補償費
特許出願件数
特許ライセンス収入
営業利益
(2)
0.023***
(0.004)
0.008*
(0.004)
0.00005**
(0.000)
0.032***
(0.010)
0.004
(0.004)
0.0001
(0.000)
0.676
(1.143)
1.152
(1.455)
1.478
(1.331)
1.048
(1.462)
0.541
(1.211)
1.496
(1.590)
1.512
(1.422)
1.271
(1.541)
0.032**
(0.013)
0.005
(0.004)
0.0001
(0.000)
0.013***
(0.004)
0.000
(0.004)
0.000
(0.000)
-0.519
(1.176)
-3.069**
(1.487)
-2.877
(1.920)
3.837***
(1.388)
na
na
na
na
営業利益×改正後ダミー
year==2005
year==2006
Constant
業種ダミー
(大企業)
0.032***
(0.010)
0.004
(0.004)
0.0001
(0.000)
特許ライセンス収入×改正後ダミー
1.063
-0.816
0.944
-0.852
0.812
-0.778
1.898
(2.385)
yes
(5)
0.032**
(0.013)
0.005
(0.004)
0.0001
(0.000)
0.013***
(0.004)
0.000
(0.004)
0.000
(0.000)
-0.402
(1.119)
-2.993**
(1.419)
-2.663
(1.775)
3.565***
(1.351)
特許出願件数×改正後ダミー
year==2004
(3)
(4)
wooldridge model
補償費
(大企業)
Observations
1917
1505
1505
1230
R-squared
0.66
0.68
0.71
0.67
Robust standard errors in parentheses
* significant at 10%; ** significant at 5%; *** significant at 1%
selectionにはln保有特許件数、研究開発集約度、ln売上高、業種別発明対価請求訴訟
件数を用いている。
1230
0.71
特許ライセンス収入や営業利益は、OLS 推計で有意となっているが、wooldridge モデル
では有意となっていない3。これは、2005 年の時点で上場企業の約 7 割が実績報奨制度を
導入していることを明らかにした Onishi (2009)の調査に照らし合わせれば、やや奇妙な
結果である。このような成果指標と補償費との相関関係の弱さは、企業が収益やライセン
スロイヤリティなどの実績に基づいた補償金を支払う際に基準としている規定の条件が依
然厳しいものであり、実績報奨制度に基づく支払いが金額としては低水準に留まっている
可能性を示唆している4。しかし、それ以外にも推計上の問題として、①成果のタイミング
と補償金の支払いに1期以上のタイムラグが存在している、②実績補償の有無や支払い方
3
特許自社実施件数、有償ライセンス件数、クロスライセンス件数を成果指標とした推計も行ったが、結果として統計
的に有意な結果は得られなかった。
4
参考までに推計式(1)で限界効果を計算した場合、特許ライセンス収入が百万円増えた場合に、補償費が平均的に 8 千
円、営業利益の場合には 5 百円増加するという結果となる。
-14-
法が各社で異なっており、推計上の分散が大きくなり、統計的な有意性が薄れている、等
の要因も考えられよう5。
推計式(3)は各成果指標と特許法改正ダミー変数の交差項を入れて推計した結果である。
推計結果では、特許出願件数と改正ダミー変数が統計的にプラスで有意という結果となっ
た。係数は 0.13 となっており、2005 年以降、平均的に補償金の支払い金額が 1 件当たり 1
万 3 千円程度増加していることを示している。特許ライセンス収入や営業利益と改正ダミ
ー変数との交差項は統計的に有意ではなく、これら変数と補償費の間に明確な関連性は何
ら見出せない。この結果は、2005 年以降の補償費の増加の主要因は出願時の補償費の増加
である可能性が高いことを示している。なお、推計式(4)(5)は、従業員数 300 人以上の大
企業を用いて推計した結果であるが、推計結果は全サンプルを用いた推計とほぼ同様の結
果となった6。この結果は、全サンプルの推計結果が大規模企業の結果をほぼ反映したもの
であることを示している。
(ⅲ)
事業特性と補償費の関係
次に、事業特性と補償費の関連性を OLS と Heckman モデルを使いクロスセクションで推
計した。結果は表 4 に示されたとおりであるが、いくつか特筆すべき点がある。まず、売
上高の変動係数、営業利益率の標準偏差、保有特許利用率のいずれも統計的に有意ではな
い7。また、補論で示したモデルによると、不確実性とインセンティブ強度の正の関係は、
成功の確率が高い時により現れるため、保有特許利用率を成功の確率の代理変数とし、そ
の他のリスク変数との交差項を含めた推計も合わせて行ったが、統計的に有意な結果は得
られなかった。以上の結果は、本サンプルにおいて研究開発上の不確実性と補償費あるい
はインセンティブ強度の間に明確な関係が見られないことを示唆している。これは、理論
研究で示唆された正負の関係が混在するために、明確な関係が現れていない可能性があり、
これを持ってインセンティブ契約と整合的ではないとは言えない。さらに、パネル期間が
十分でなくリスク指標の信頼性が乏しいことから今後改善を図る必要があろう。
次に、セレクションの推計式の係数を見ると、売上規模が大きいほど、研究開発投資を
行っている企業ほど、あるいは発明対価訴訟件数が多い産業にある企業ほど職務発明規定
が整備されている企業が多いことがわかった。
5
ラグについては 2 期以上のタイムラグを想定した推計を行ったが、いずれの式も統計的に有意な結果を得ることはで
きなかった。
6
参考までに従業員 300 人以下の企業数は 95 社と極端に少ない。
7
この他、成果指標と保有特許利用率との交差項も推計したが結果として有意な結果を得ることができなかった。
-15-
表4
研究リスクと補償費の関係
(6)
OLS
(7)
Heckman
ln補償費
-0.224
0.036
(0.187)
(0.098)
-0.171
-0.309
(0.169)
(0.319)
0.016
-0.019
(0.020)
(0.018)
0.463***
0.365***
-0.031
-0.047
0.105***
0.183***
-0.036
-0.032
0.152**
0.211
-0.071
-0.143
0.097***
0.135***
(0.030)
-0.039
-2.296***
-3.250***
(0.287)
(0.261)
cv売上高
sd営業利益率
保有特許利用率
ln特許出願件数
ln売上高
営業利益率
lnR&D
Constant
selection equation
ln売上高
lnR&D
ln特許保有件数
業種別対価訴訟件数
Constant
Observations
R-squared
376
0.75
0.205***
(0.053)
0.238***
(0.056)
0.095
(0.067)
0.016**
(0.007)
-3.345***
(0.501)
549
Standard errors in parentheses are clustering by industry
* significant at 10%; ** significant at 5%; *** significant at 1%
(7)
おわりに
本研究では、2004 年の特許法第 35 条の改正前後において、企業の支払う発明補償費に
変化が見られたのかどうかを検証し、また、補償制度そのものがインセンティブ契約とし
て事業特性に対応した形で設計されているかその可能性をデータから検証した。得られた
結果は以下のとおりである。
(1)補償金は特許法の改正を挟んだ時期において、顕著に増加する傾向がある。推計結果
を見る限り、この増加は実績補償制度による支払額の増加ではなく、出願時補償制度によ
る支払額の増加で良く説明できる。
(2) 研究リスクと補償金の支払いの間には明確な相関関係が見られない。この結果から
は、補償費の支払いがインセンティブ理論と整合的な形で設計されているか何らかの示唆
-16-
を得ることは出来なかった。
ただし、(1)(2)ともに推計上の問題が残っており、今後さらなる研究を進める必要があ
ろう。
参考文献
特許庁 2006 「新職務発明制度に関するアンケート調査結果」
長岡貞男・西村陽一郎 2005 「職務発明による補償制度の実証分析」
『特許統計の利用促進
に関する調査研究報告書』(財)知的財産研究所、pp.26-40。
Onishi, K 2009 “The Effects of Compensation Plans for Employee Inventions on R&D
Productivity: First Evidence from Japanese Panel Data,” mimeo.
Owan, H. and S. Nagaoka 2009 “Intrinsic and Extrinsic Motivation for Inventors,”
mimeo.
Owan, H. and K. Onishi 2009 “Incentive Pay or Windfalls: Remuneration for Employee
Inventions in Japan,” mimeo.
Prendergast, C. 2002 “On the Tenuous Tradeoff between Risk and Incenitves,” Journal
of Political Economy, Vol. 110 Issue 5: 1071.
Wooldridge, J. 1995 “Selection Corrections for Panel Data Models under Conditional
Mean Independence Assumptions,” Journal of Econometrics 68, 115-132.
Wooldridge, J. 2002 Econometrics Analysis of Cross Section and Panel Data, Cambridge,
MA: MIT Press.
(大西宏一郎・大湾秀雄)
-17-
補論
不確実性とインセンティブの間の正の相関を予測するモデル
ここで着目する研究開発プロジェクトには、成功と失敗の二つの結果があり、成功す
るとπ = R の収入が企業にもたらされ、失敗するとπ = 0 となる。成功する確率は、研究
開発者の努力水準 e に依存し、F(e)という関数で表わされる。企業は、研究開発者に対し、
その携わっているプロジェクトが成功したら w + B を払い、失敗したら w を払う。つまり、
B が発明補償金である。今、w は与件であり、発明補償金制度の設計者は B のみを最適な
水準に設定するものとする。別な言い方をすれば、流動性制約があり、企業は最低 w を支
払う必要があると仮定してもよい。
まず、研究開発者の問題は、彼の努力コストを c(e)とすると、以下のように提示でき
る。
Max ( w + B ) F (e) + w(1 − F (e)) − c (e)
e
ここで一階の条件は、F(e)の導関数を f(e)とおくと、
Bf (e) = c '(e)
となる。
次に企業の問題は、
Max ( R − w − B) F (e) + (− w)(1 − F (e)) s.t. Bf (e) = c '(e)
B ,e
となり、一階の条件は、
( R − B ) f (e) +
F (e)
( Bf '(e) − c ''(e)) = 0
f (e)
(1)
Bf (e) = c '(e)
(2)
となる。
今、研究開発に伴う不確実性を次のように定義しよう。ある確率変数ε と定数μ が存
在し、e + ε ≥ μ が成り立つ時、プロジェクトは成功するとする。ここで、ε は平均値が
0で、標準偏差をσとする正規分布に従うとする。つまり、仮に努力して e > μ だったと
しても、運悪くε が低ければ、プロジェクトは失敗する。ここで、σが不確実性のパラメー
ターである。
標準正規分布関数とその確率密度関数をΦおよびφとおくと、成功の確率とその導関数
は以下のように表現できる。
F (e) = Pr(e + ε ≥ μ ) = Pr(e − μ ≥ −ε ) = Φ (
f (e) =
1
σ
φ(
e−μ
σ
e−μ
σ
)
)
-18-
また確率密度関数の導関数は、 f '(e) = −
e−μ
σ
3
φ(
e−μ
σ
) となることが容易に示せる。
さて、ここでは、不確実性とインセンティブの間に正の相関が生まれるモデルを提示
することが目的なので、場合分けが必要でない単純な結果を導き出すため、以下の仮定を
置く。
仮定1: c(e) = ce
仮定 2:最適契約の下での努力水準 e* は、μ を上回る。
仮定2は、研究開発の成功の確率が1/2を上回ることを意味する。
我々の最初の結果は、発明補償金制度を不変とした時の、不確実性と努力水準の間の
関係である。
命題1:
de*
2σ 2 e* − μ
c
de*
=− *
+
。 こ の 時 、 σ + 2 log σ > log(
) ならば、
<0 、
dσ
e −μ
σ
dσ
2π B
σ + 2 log σ < log(
de*
c
> 0 となる。
) ならば、
dσ
2π B
次の結果は、不確実性が増すと発明補償金が増加することを意味する。
命題2:
dB
=
dσ
2c
R−B 2
2σ 2
σ + [ BF (e* ) + B (e* − μ ) f (e* )] *
B
e −μ
>0
cR 3
*
*
σ + (e − μ ) F (e )
B2
なぜ、不確実性が増すと、発明報奨金を増額することが望ましくなるのか、説明を加え
る。不確実性がない時、たとえば σ = 0 の時、研究発明者が e = μ という努力水準を選べば
確実にプロジェクトは成功するため、B > c(e) と設定されている限り、企業と従業員であ
る研究開発者の間に利益の相反はない。不確実性が増すに連れ、企業にとっては成功をよ
り確実にするためより高い努力水準が望ましい一方、研究開発者にとっては、B が一定な
ら、努力に対するリターンは限界的に低下する。したがって、企業は、利益の相反の拡大
を部分的に埋めるため、より高い発明報奨金を提示してインセンティブの向上を図ること
が必要となる。
-19-
付表1
成果指標の限界効果の計測(製造業のみ)
(1)
OLS
補償費
特許出願件数
特許ライセンス収入
営業利益
(2)
0.022***
(0.004)
0.008*
(0.004)
0.0001*
(0.000)
0.027***
(0.007)
0.005
(0.004)
0.0002
(0.000)
1.062
(0.891)
0.913
(0.927)
0.623
(0.859)
-0.013
(0.891)
0.644
(1.259)
0.862
(1.567)
1.038
(1.624)
0.797
(1.534)
0.426
(1.316)
1.135
(1.727)
1.319
(1.867)
1.122
(1.619)
(0.000)
-0.66
(1.275)
-3.402*
(1.747)
-3.45
(2.723)
3.724**
(1.506)
yes
na
na
na
na
営業利益×改正後ダミー
year==2006
Constant
業種ダミー
(大企業)
0.027***
(0.007)
0.005
(0.004)
0.0002
(0.000)
特許ライセンス収入×改正後ダミー
year==2005
(5)
0.026***
(0.009)
0.006
(0.004)
0.0002
(0.000)
0.014***
(0.004)
-0.001
(0.003)
0.000
(0.000)
-0.549
(1.254)
-3.164*
(1.672)
-3.131
(2.331)
3.364**
(1.498)
特許出願件数×改正後ダミー
year==2004
(3)
(4)
wooldridge model
補償費
(大企業)
Observations
1706
1297
1297
1052
R-squared
0.66
0.7
0.73
0.69
Robust standard errors in parentheses
* significant at 10%; ** significant at 5%; *** significant at 1%
selectionにはln保有特許件数、研究開発集約度、ln売上高、業種別発明対価請求訴訟
件数を用いている。
-20-
0.026***
(0.009)
0.006
(0.004)
0.0002
(0.000)
0.014***
(0.004)
0.000
(0.003)
1052
0.73
2.先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析
(1)
はじめに
バイオテクノロジー分野あるいは IT 関連分野などの先端技術分野では、特許保護が果た
す役割が大きい。先端技術分野では、新しい技術が往々にして新事業創造のベースとなる
ので、有効な特許保護が得られるかどうかが、研究開発や事業開発投資の専有可能性に重
要な役割を果たすからである(一橋大学、2006)1。スタートアップ企業の場合には特許保
護が投資資金の呼び込みに重要な役割を果たす。したがって、今後の特許制度のあり方を
検討していく上で、先端技術分野で企業がどのような特許出願を行っているかを、国際的
な観点を含めて実証的に検討していくことが非常に重要である。
先端技術分野では、その研究開発の特徴からして、サイエンス・リンケージが強く、先
行公知文献が科学技術論文である場合が多いと考えられる。また先行文献もグローバルに
存在すると考えられる。
したがって、特許審査における先行文献のサーチ範囲については、
他分野とは異なった特徴を有している可能性が高い。
また、こうした先端分野では、発明した技術の用途が出願時点で確定していないことが
多く、研究開発の進展に応じて新しい成果が持続的に得られることも多い。このため、米
国における継続的出願、仮出願といった制度や、我が国における国内優先権などの制度が
重要な役割を果たすと考えられる。
さらに、先端技術分野では国際出願の頻度や審査請求のタイミングの面でも、他分野と
は異なる特徴が見られると考えられる。例えば、特許保護が専有可能性の確保に重要な役
割を果たす観点からは、国際出願や早期の審査請求への需要が大きいと考えられるが、他
方で事業化までの道のりが長い分野では逆の傾向が見られる可能性もある。
本研究では、三極特許庁における日米欧の出願人の出願行動について、4 つの先端技術
分野に着目してその特徴を明らかにする。そして、先端技術分野における特許出願が、ど
のような構造的特徴を持っており、その適切な保護を図るには特許審査等でどのような配
慮が必要となるかを検討する。
本稿では、特許庁による平成 20 年度特許出願技術動向調査のデータを活用し、バイオテ
クノロジー分野から、マイクロアレイ関連技術(1983-2006)及び再生医療技術(2002-2006)
を、IT 関連分野から、インターネット社会における検索技術(1990-2006)及びデジタルカ
メラ装置(1998-2006)を対象として分析を進める。その上で、分野間の比較及び各分野にお
ける一般的な特許と重要特許との比較を行う。
1
一橋大学(2006)
『リサーチツールなど上流技術の特許保護のあり方の研究』平成 17 年度特許庁研究事業、一橋大学、
研究代表者 長岡貞男。
-21-
(2)
データの説明
(ⅰ)
各国の国内優先権・分割出願制度
我が国における国内優先権主張制度は、基本的な発明が出願された後に改良発明がなさ
れた場合に、両者を包括的な発明として、先の出願に基づく優先権を主張して出願できる
制度である。米国では、類似した制度として仮出願制度が存在する。米国の仮出願制度は、
12 か月以内に正規の出願を行うことを前提として優先権を主張した出願が行える制度で
ある。仮出願制度は、請求の範囲は記載不要で明細書の形式が自由である等、出願人にと
っては、我が国における国内優先権主張制度よりも利用しやすい制度と言える。
また、我が国には分割出願制度が存在し、2 つ以上の発明を含む特許出願を複数の出願
に分けて権利化を図ることができる。米国でこれに対応する制度として、継続出願、一部
継続出願、分割出願制度がある。一部継続出願はクレームに新規事項を追加できる点が我
が国の分割出願制度との大きな違いである。
これらの制度については、各国で制度上・手続上の細かい差異が多数存在するが、本稿
で国際比較を行う際には、米国の仮出願制度と我が国の国内優先権主張制度との比較を、
米国の継続・分割出願制度と我が国の分割出願制度との比較を行うこととする。
(ⅱ)
データセットの構築
本稿では次の 3 種類のデータソースを利用する。すなわち、平成 20 年度特許出願技術動
向調査(マイクロアレイ関連技術(1983-2006)、再生医療(2002-2006)、インターネット社会
における検索技術(1990-2006)、デジタルカメラ装置(1998-2006))の特許・論文データ、EPO
Worldwide Patent Statistical Database (PATSTAT 2009 年 9 月版)、人工生命研究所が整
理標準化データベースから作成した研究者用データベース(PATR 2008 年 11 月版)の 3 つ
のデータベースを利用する。
まず、特許出願技術動向調査の対象となった特許・論文リストを PATSTAT と接続する。
このとき、特許については、我が国特許庁、米国特許商標庁、欧州特許庁に出願された発
明のみを分析対象とする。その後、技術動向調査の対象特許を含むパテント・ファミリー
(INPADOC の定義に基づく)を抽出し、そのファミリーを本稿の分析単位とする(以下、
分析ファミリーと呼ぶ)
。出願人は、特に断らない限り、出願件数の多い我が国、米国、ド
イツ、フランス、イギリス、オランダ、オーストリア、スイス、スエーデンに居住する出
願人による特許に限る。
PATSTAT から、分析ファミリーに含まれる各特許に対して、仮出願、継続出願、分割出
願の利用状況を取得する。なお、PATSTAT には我が国のデータも含まれているが、欠損が
-22-
多いため我が国のデータについては PATR を利用して対応するデータを取得する。ただし、
PATR には国内優先権のデータが含まれていない。そこで、本稿では便宜的に、
「優先権主
張がされており、国際出願ではなく、かつ通常出願である(分割出願や変更出願などでは
ない)」ものを国内優先権を利用した出願として扱っている。なお、データベースの接続作
業や、データベースの抱える問題点については補論に詳細を記述する。
こうして構築されたデータセットを用い、各分野における制度利用状況の違いを、出願
人属性や特許の重要性等に着目して分析を進める。
(3)
基本統計による実証分析
(ⅰ)
検討仮説
本稿では、以下の仮説を基に、先端分野の特許出願行動について統計的な検証を行う。
仮説1(国際出願):先端技術分野の発明はグローバルな市場に潜在的な展開可能性が高く、
特許による保護が重要であるが、他方で、市場化までの時間が長いため、国際的な出願
は必ずしも多いとは限らない。なお、先端技術分野の市場が大きく、また競争も厳しい
米国市場においては、特許出願の重要性が相対的に高い。
仮説2-1(出願人国籍と継続的出願)
:継続的出願や国内優先・仮出願の利用状況は、各
国の制度的要因だけでなく、出願人の国籍にも依るところが大きい。
仮説2-2(組織類型と継続的出願)
:同様に、継続的出願や国内優先・仮出願の利用状況
は、各国の制度的要因だけでなく、出願人の組織類型にも依るところが大きい。
仮説3(技術分野と継続的出願):先端技術分野では(特にバイオテクノロジー分野では)、
技術成果が持続的に得られ、同時に市場が未確定であることが多いため、継続的な出願
が重要な役割を果たす。また、仮出願等も多く利用される。
仮説4(審査請求):先端技術分野では特許保護の重要性が高く、また技術進歩の速度が速
いため、早期の審査請求が行われる。しかしその半面、市場化への距離が長く不確定性
も大きいため、審査請求はむしろ遅い可能性もある。
仮説5(サイエンス・リンケージ):先端技術分野の発明は、科学進歩に依存している場合
が多いので、科学技術論文が先行文献となっている特許が多く出願されている。
-23-
次節では、これらの仮説が成立するかどうかをデータにより検証していく。
(ⅱ)
①
実証分析
国際出願
本稿では、技術動向調査の対象特許を含むパテント・ファミリーを分析単位としている。
表1は、技術動向調査の対象特許の中で、我が国特許庁、米国特許商標庁、欧州特許庁の
各特許庁に出願された発明を含むパテント・ファミリーについて、サンプルファミリー数、
PCT を利用したファミリーの割合、優先権主張年の範囲を示したものである。
表1を見ると、日米欧ともに、バイオテクノロジー分野(再生医療とマイクロアレイ)
では IT 関連分野(検索技術とデジタルカメラ)よりも PCT を利用する割合が高いことが確
認できる。
また、再生医療・マイクロアレイの分野では米国特許を含むパテント・ファミリーが我
が国、欧州のそれよりも多いことが分かる。さらに、どの分野においても、我が国特許を
含むファミリーと比較して米国特許を含むファミリーは、PCT を利用した国際出願をより
多く行っていることが見て取れる。欧州特許を含むファミリーでは PCT の利用割合がさら
に高いが、ファミリー数は米国より少ない。これは、先端技術の市場が大きい米国で、よ
り特許取得の必要性が高いことを反映している可能性がある。
米国市場の重要性は、日米欧の三極以外の出願人が三極特許庁の何処に出願しているか
を見ることでより直接的に評価することが出来る。図1は、4 つの技術分野を統合して、
三極以外の出願人が日米欧のそれぞれの特許庁のみに、あるいはその特許庁を含んで出願
する頻度(%)を示している。この図によれば、米国のみに出願している割合は 43%、米国
を含めて出願している割合は 88%である。これに対して、我が国のみに出願している割合
は 6%、我が国を含めて出願している割合は 41%に過ぎず、欧州特許庁にのみ出願してい
る割合は 4%、欧州特許庁を含めて出願している割合は 39%に過ぎない。この結果は、先
端分野における米国市場の重要性を示唆している(仮説1)。
表1
サンプル数
日本
米国
ファミリー数
ファミリー数
優先権主張年
1,315
2,070
15,650
19,382
1.1%
2.9%
0.7%
0.1%
ファミリー数
優先権主張年
PCT利用割合
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
欧州
優先権主張年
PCT利用割合
1998-2005
1988-2006
1996-2006
1998-2005
2,028
2,124
6,271
6,405
-24-
86%
54%
26%
11%
PCT利用割合
1994-2007
1984-2006
1986-2008
1995-2006
1,713
1,438
2,497
1,803
88%
70%
48%
35%
1994-2007
1984-2006
1987-2007
1995-2006
図1
米国、日本及び欧州以外の出願人が日米欧の特許庁に出願する頻度(%)
100.0%
90.0%
80.0%
70.0%
60.0%
50.0%
のみ
40.0%
含む
30.0%
20.0%
10.0%
0.0%
JPO(%)
USPTO(%)
EPO(%)
注)4 つの分野の総計、パテント・ファミリーベース。
②
国際比較(国籍による違い)
表2は、各国における国内優先権や継続的出願等の制度が、自国の出願人によってどの
程度利用されているかを示したものである。
まず分野別の違いを見てみると、特にバイオテクノロジー分野(再生医療とマイクロア
レイ)で、国内優先権・仮出願制度の重要性が高いことが分かる。
また、表2からは、同じ先端技術分野でも、我が国に比べて米国は仮出願制度や継続出
願制度の利用が非常に多いことが確認できる。例えば、再生医療分野を見てみると、我が
国で国内優先権制度を利用しているファミリーはわずか 12%であるのに対し、米国では実
に 78%のファミリーが仮出願制度を利用している。また、我が国では分割出願が利用され
る割合は 1.3%にすぎず、欧州でも分割出願が利用されている割合は 5.8%に過ぎないが、
米国で継続・一部継続・分割出願のいずれかを利用するファミリーの割合は 29%に及ぶ。
なお、米国の全特許を利用して様々な要因をコントロールした Tsukada(2009)2の分析に
よれば、こうした継続的出願の利用は、当該パテント・ファミリーの価値(被引用件数で
評価)を高める効果を持つことが確認されている。
さらに、表2には、各国における国内特許のファミリーサイズ(各国特許庁の特許のみ
を数えたファミリー内の国内特許件数)を示している。当然ながら、各国における制度利
用の違いが、
各国のファミリーサイズにも大きな違いを生じさせていることが見て取れる。
2
Tsukada, Naotoshi (2009) “Continuing Applications and Quality of Inventions”, mimeo
-25-
ただし、こうした制度の利用状況の違いが、出願人の属性によるものなのか、特許制度
(制度の利用しやすさ)の違いによるものなのかは、この表だけからは分からない。
表2
自国企業による制度利用状況
日本
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
注 1:[
米国
欧州
国内優先権
分割出願 ファミリーサ
仮出願
継続+一部継続 ファミリーサ
分割出願
(日本出願人) (日本出願人)
イズ
(米国出願人) +分割出願
イズ
(欧州出願人)
(日本出願人)
(米国出願人) (米国出願人)
12%
1.3%
1.04
78%
29% [16%]
3.09
5.8%
15%
2.9%
1.1
55%
48% [21%]
6.52
8.4%
6%
2.1%
1.04
30%
29% [12%]
3.17
2.1%
7%
1.5%
1.06
11%
16% [6%]
1.62
1.4%
ファミリーサ
イズ
(欧州出願人)
1.72
2.19
1.58
1.43
]内は一部継続出願のみ
注 2:この表のファミリーサイズは、各国特許庁の特許のみをカウントした国内特許の
ファミリー数である(国際出願を含まない、また仮出願も含まない)。
そこで、出願人の国籍による違いに着目した制度利用状況を、表3、表4及び表5によ
って確認する。出願先の国(特許庁)を固定して、その国から見て外国となる各国の出願
人がそれぞれどの程度国内優先や分割出願を利用しているかを見れば、特許制度の影響を
取り除いた出願人国籍の効果を把握することができる。
表3は、我が国において国内優先権及び分割出願を利用したパテント・ファミリーの割
合を、出願人の国籍別に見たものである。同様に表4は、米国において仮出願と継続的出
願を利用したファミリーの割合を、表5は、欧州において分割出願を利用したファミリー
の割合を、それぞれ出願人国籍別に見たものである。
表3からは、米国出願人と欧州出願人が外国特許庁(我が国)の出願制度をどの程度利
用しているかが分かる。分割出願については、米国出願人も欧州出願人も利用頻度が高く
(特にバイオ分野で)、しかもホーム(我が国)出願人よりも利用頻度が高い傾向にある。
しかし、米欧の国籍の効果は分野によって異なり、はっきりとした傾向は見て取れない。
なお米国出願人も欧州出願人も我が国では国内優先権制度をほとんど利用していないが、
これはこれらの出願人の原出願のほとんどは我が国ではないので当然の結果である。
一方、表4(米国特許商標庁への出願)によって欧州出願人と我が国出願人との国籍によ
る効果を見てみると、欧州出願人は我が国出願人に比べて、仮出願や一部継続出願を頻繁
に利用していることが分かる。特に仮出願において差が大きい。
したがって、国籍の観点からは、米国出願人と欧州出願人との違いは明確ではないが、
我が国出願人は欧州出願人に比べて仮出願や継続的出願をあまり利用しない傾向があると
言える(仮説2-1)。
表5(欧州特許庁への出願)では、日米の出願人で分割出願の利用頻度のより高い分野は
異なり(米国出願人はバイオ、我が国出願人は IT)、出願人国籍による制度利用の違いが分
-26-
野によっても異なることを示唆している。
続いて、表3と表4の欧州出願人に焦点を当てることで、制度利用に関するホームアド
バンテージ効果を除いた上で、先端技術分野間での比較を行う。すなわち、欧州出願人に
とっては我が国と米国はともに外国であるため、出願人の国籍と各国の制度を固定した上
で、先端技術分野間の違いを確認する。すると、バイオテクノロジー分野(再生医療・マ
イクロアレイ)では IT 関連分野(検索技術・デジタルカメラ)よりも、仮出願や継続的(分
割)出願の利用頻度が高いことが分かる。また、米国出願人による我が国、欧州での分割
出願の利用傾向は似通っており、バイオテクノロジー分野での頻度が高い。
したがって、研究開発の不確実性が高い分野ほど、仮出願や継続的出願などの制度の重
要性が高いことが示唆される(仮説3)。しかしながら、表4・表5から我が国出願人の
IT 分野(特にデジタルカメラ)での米国での継続的出願、及び欧州での分割出願の利用頻
度はバイオテクノロジー分野と比較しても決して低くはなく、特許制度の効果的な利用が
我が国のデジタルカメラの分野での競争力の強化につながっている可能性も示唆される。
他にも表4から、我が国出願人と欧州出願人のいずれも、自国である米国企業ほどには
制度を利用していないことが見て取れる。このことは、仮出願や継続的出願等の制度利用
について、ホームアドバンテージ効果があることを示唆している。
その一方で、欧州出願人は我が国よりも米国で積極的に制度を利用していることから、
制度の利用しやすさ自体が利用状況の違いをもたらしている可能性もある。それは、分割
出願に関して、我が国企業が自国よりも米国で頻繁に制度を利用していることからも伺え
る。
表3
我が国特許庁への国内優先権・分割出願利用割合(国籍別)
日本特許庁への国内優先・分割出願
国内優先権
分割
米国出願人 欧州出願人 日本出願人
米国出願人 欧州出願人 日本出願人
再生医療
0.0%
0.0%
11.9%
5.0%
15.0%
1.3%
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
0.0%
0.8%
1.0%
0.0%
0.0%
0.0%
15.2%
6.0%
7.0%
41.0%
6.7%
1.4%
17.9%
7.0%
0.0%
2.9%
2.1%
1.5%
-27-
表4
米国特許商標庁への仮出願・継続的出願利用割合(国籍別)
米国特許商標庁への仮出願・継続的出願
仮出願
継続・一部継続・分割
米国出願人 欧州出願人 日本出願人
米国出願人 欧州出願人 日本出願人
再生医療
78%
26%
6%
29% [16%]
14% [4%]
9% [2%]
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
55%
30%
11%
24%
13%
11%
3%
2%
0%
48% [21%]
29% [12%]
16% [6%]
19% [7%]
10% [3%]
7% [3%]
18% [2%]
12% [1%]
11% [0.5%]
注:[
]内は一部継続出願のみ
表5
欧州特許庁への分割出願利用割合(国籍別)
欧州特許庁への分割出願
米国出願人 欧州出願人 日本出願人
③
再生医療
3.1%
5.8%
2.5%
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
10.0%
4.3%
1.3%
8.4%
2.1%
1.4%
5.9%
6.9%
5.0%
国際比較(組織による違い)
表6、表7、表8はそれぞれ、我が国、米国及び欧州における国内優先権や分割等の利
用状況を、出願人の組織類型別に示したものである。なお、技術動向調査のデータには筆
頭出願人の組織しか入力されていないため、ここでは単独出願のみを集計の対象としてい
る。
表6を見ると、国内優先権出願については明確な傾向は見て取れないが、分割出願につ
いては、我が国では公的研究機関が企業と同程度に利用していることが分かる。また、大
学については他の組織に比べてあまり分割出願を利用していない傾向が見て取れる。
それに対して、表7を見ると、米国では大学が最も活発に仮出願を行っており、継続的
出願についてはどの組織においても頻繁に利用されている。
表8の欧州の分割出願については、企業による利用が研究機関や大学による利用を若干
上回っている傾向にある。
このように、各国における制度の利用状況は出願人の組織類型によって異なり(仮説2
-2)
、その違いは国によって大きく異なる。とりわけ、日米間の大学の出願行動の違いは
際立っている。
-28-
表6
我が国特許庁への国内優先権・分割出願利用割合(組織類型別)
日本特許庁への国内優先・分割出願
国内優先権
分割
企業
公的研究機関
大学
企業
公的研究機関
大学
再生医療
1.9%
0.8%
0.9%
11.1%
13.5%
4.5%
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
5.6%
2.5%
1.5%
6.1%
0.0%
0.0%
7.5%
0.0%
0.0%
14.6%
4.9%
6.9%
13.1%
8.3%
5.3%
10.0%
0.0%
14.3%
注:薄く色の付いている箇所はサンプル数が 20 件未満
表7
米国特許商標庁への仮出願・継続的出願利用割合(組織類型別)
米国特許商標庁への仮出願・継続的出願
仮出願
継続・一部継続・分割
企業
公的研究機関
大学
企業
公的研究機関
大学
再生医療
73%
87%
92%
37% [20%]
29% [16%]
23% [13%]
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
49%
29%
10%
76%
25%
0%
74%
60%
80%
57% [22%]
30% [11%]
16% [6%]
35% [14%]
0% [0%]
0% [0%]
50% [27%]
48% [24%]
0% [0%]
注1:[
]内は一部継続出願のみ
注2:薄く色の付いている箇所はサンプル数が 20 件未満
表8
欧州特許庁への分割出願利用割合(組織類型別)
欧州特許庁への分割出願
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
企業
4.1%
8.2%
3.7%
4.3%
研究機関
3.7%
6.7%
0.0%
大学
2.0%
5.7%
0.0%
0.0%
注1:薄く色の付いている個所はサンプル数が 20 件未満。- はサンプル数が 0 件。
④
審査請求に関する特徴
表9は、我が国特許を含むファミリーについて、先端技術分野別の審査請求率と、出願
日(優先日)から審査請求日までの平均期間を見たものである。なお、我が国では 2001
年 10 月以降の特許出願については審査請求期間が 7 年間から 3 年間に短縮されており、ま
た、技術動向調査における再生医療技術のサンプル期間が 2002 年以降であることから、こ
-29-
こでは 2002 年から 2005 年までの期間を対象に集計を行っている。
表9によれば、審査請求率についてはデジタルカメラの分野で低いが、他の分野間では
さほど大きな違いは見られない。一方、審査請求までの期間については、IT 関連分野に比
べてバイオテクノロジー分野では審査請求が若干遅い傾向が見られる。すなわち、バイオ
分野では市場化までの道のりが長いため、審査請求が遅くなっていることが示唆される(仮
説4)。
表9
⑤
審査請求率と審査請求までの期間(2002 年から 2005 年)
ファミリー数
審査請求率
審査請求までの
月数
再生医療
1080
64.5%
29.9
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
1182
5784
10099
62.7%
63.2%
55.6%
28.2
25.6
28.1
重要特許の特徴
ここでは、再生医療とデジタルカメラの先端技術分野に焦点を当て、特許出願技術動向
調査で「重要特許」として挙げられている発明と、それ以外の発明(以下では「一般特許」
と呼ぶ)に関する特許出願行動を比較する。
なお、特許出願技術動向調査による重要特許の定義は技術分野ごとに異なり、再生医療
分野では、
「調査時点で、いずれかの国で登録され特許として成立しているもの、ライセン
ス供与等、特許権の活用が図られているもの、特許係争に係わるもの、文献等でその重要
性が指摘されているものを中心に「注目特許」という視点で選択を行った」とある。また、
デジタルカメラ分野では、
「成書、雑誌、カメラ工業会、大学などの公的機関ホームページ
情報から、当該技術の歴史、開発時期、開発機関、開発者氏名などの断片的情報を得て、
特許データベースで検索を繰り返す方法を採用し、当該技術で最初に出現した特許を基本
特許・重要特許とする」とあり、公的な技術表彰の有無や業界からの発信情報、ファミリ
ー数や訴訟件数などの要素を加味して重要性を判断している。
表 10、表 11 は、それぞれ我が国と米国における、重要特許と一般特許のサンプルファ
ミリー数及びその PCT 利用割合を見たものである(重要特許は定義上、一般特許の調査対
象範囲よりも古い特許が多く含まれている)。
我が国特許のデータを示した表 10 では、重要特許の選定基準によるところも大きいが、
どちらの分野においても、重要特許は一般特許よりも PCT の利用割合が高く、よりグロー
バルな権利化が図られている。分野により重要特許の定義が異なるため単純な比較はでき
-30-
ないが、特に再生医療分野でその傾向が顕著であることが示唆される。
一方、米国特許のデータを示した表 11 では、逆にどちらの分野でも重要特許の PCT 出願
利用割合が一般特許よりも低い。
表 10
我が国における重要特許のサンプル数及び PCT 利用割合
重要特許
一般特許
ファミリー数
ファミリー数
優先権主張年
優先権主張年
PCT利用割合
再生医療
デジタルカメラ
19
102
表 11
68.4%
5.9%
PCT利用割合
1976-2001
1971-2008
1342
19671
1.2%
0.1%
米国における重要特許のサンプル数及び PCT 利用割合
重要特許
一般特許
ファミリー数
ファミリー数
優先権主張年
優先権主張年
PCT利用割合
再生医療
デジタルカメラ
1995-2006
1996-2006
28
75
17.9%
5.3%
PCT利用割合
1975-2008
1934-2007
2452
7139
71.1%
9.6%
1994-2007
1995-2006
表 12 は、米国特許を含むファミリーについて、最も早い優先権主張出願の出願国の分布
を示したものである(サンプル数は表 11 と同じ)。再生医療の分野の重要特許では 89%(デ
ジタルカメラでは 41%)のファミリーが米国に最初に出願しているが、一般の特許では
69%に低下している(同 18%)。また、重要特許の優先権主張年の期間は米国特許を含む
ファミリーの方が表 10 に示した我が国特許を含むファミリーよりも古いことからも、多く
の基本特許がまず米国で出願されていることがうかがえる。各特許の出願人を調べてみて
も、重要特許では米国の出願人が大部分を占めており、まず自国に出願した上で PCT 出願
を用いて他国に出願することが多い。表 10 で示した我が国の再生医療分野での PCT 出願利
用割合の高さは、こうした出願人のグローバルな権利化行動が反映している。
-31-
表 12
再生医療
デジタルカメラ
米国特許を含むファミリーの最先の優先権主張出願の出願国
USPTO
89%
41%
重要特許
JPO
7%
52%
Other
4%
USPTO
69%
7%
18%
一般特許
JPO
13%
73%
Other
18%
10%
ここでの我々の関心は、重要特許と一般特許との間で、分割出願等の制度利用に構造的
な差があるかどうかにある。表 13、表 14 はそれぞれ、我が国と米国における制度利用状
況を重要特許と一般特許の間で比較したものである。
表 13 を見ると、再生医療、デジタルカメラの両分野において、重要特許の国内優先権及
び分割出願制度の利用率は高く、それに応じてファミリーサイズも大きいことが分かる。
また、再生医療分野における重要な発明は分割出願を頻繁に利用しており、デジタルカメ
ラ分野の重要発明にとっては、特に国内優先権制度の重要性が高いことが見て取れる。こ
れは、事業化までのリードタイムが長い再生医療分野の中で、重要と認識されるような発
明については用途の開発とその保護が必要であり、それにより分割出願の制度の重要性が
高いことを示唆している。
また、技術進歩の速度が速いデジタルカメラ分野では、追加的な改良を加えた発明ほど
特許としての重要度が高くなり、そしてまた、そうした改良発明が頻繁に生じる分野では
国内優先権制度が多く利用されることを示唆している。
米国特許を含むファミリーでの米国における仮出願、継続的出願の利用状況を示した表
14 においても、我が国特許のファミリーと同様に、どちらの分野でも重要特許では継続的
出願を多用しており、ファミリーサイズも一般特許よりも大きいことが分かる。仮出願の
利用頻度は重要特許の方が少ないが、仮出願制度が導入されたのは 1995 年であり、重要特
許では制度導入以前の発明が一般特許に比べて多いことが理由である可能性がある。
表 13
我が国における重要特許と一般特許の制度利用状況
重要特許
国内優先権
分割出願
再生医療
16%
デジタルカメラ
71%
一般特許
国内優先権
分割出願
26.3%
ファミリー
サイズ
2.58
11%
1.6%
ファミリー
サイズ
1.06
3.9%
1.30
7%
1.5%
1.06
-32-
表 14
米国における重要特許と一般特許の制度利用状況
重要特許
仮出願
再生医療
25.0%
デジタルカメラ
2.7%
一般特許
継続+一部継続 ファミリー
+分割出願
サイズ
64.3%
9.46
22.7%
表 15
2.24
仮出願
55.8%
継続+一部継続 ファミリー
+分割出願
サイズ
22.3%
2.43
2.4%
11.2%
1.43
審査請求までの平均期間(月数)
デジタルカメラ
重要特許
一般特許
26.4
27.6
表 15 は、重要特許と一般特許の審査請求までの期間を比較したものである。ただし、我
が国では審査請求期間が 2001 年に短縮されていることから、ここでは 2002 年から 2005
年の間に出願された発明のみを分析対象としている。この期間は再生医療の重要特許の対
象範囲外であるため、デジタルカメラ分野のみを取り上げる。
表 15 からは、重要特許ほど審査請求期間が短くなるという傾向が見て取れる。したがっ
て、重要特許ほど早期の権利化が図られていることが示唆される。
⑥
サイエンス・リンケージ
最後に、表 16 は、米国特許において特許が先行文献として引用している非特許文献(主
に科学技術文献である)及び特許文献数の平均を示している。ファミリー単位の文献数で
あり、同じファミリーで同じ特許文献を複数特許が引用している場合には、重複を排除し
ている。
デジタルカメラではサイエンス・リンケージは低く、全文献に占める非特許文献の割合
は 10%を下回っている。しかし他の分野では 20%を超えており、先端的な技術分野では先
行文献として科学技術文献が重要であることが示唆されている。
我が国出願人と全出願人を比較すると、引用の絶対数が特にバイオテクノロジーの分野
で低いが(半分よりも少ない)、被引用文献における科学技術文献のシェアは全体と大きな
差は無い。特許文献における米国特許文献の割合は、全出願人と比べるとかなり小さくな
る。我が国の発明者の引用文献には米国特許でも我が国特許がある程度のシェアを占める
-33-
ことを示唆している。次に、大学出願人と全出願人を比較すると、大学出願人の非特許文
献の割合はかなり高い。デジタルカメラの分野でも約 3 分の 1 が非特許文献である。
表 16
技術分野
全出願人
日本出願人
大学のみ(全国籍)
(4)
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
総計
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
再生医療
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
特許の後方引用文献数
A:非特許文
献の引用数
(NPL cite、
ファミリー単
位の平均値)
B: 特許文献の
引用数 (from US
pat to Global
patents、ファミ
リー単位)
26.4
13.8
6.0
1.1
5.7
10.2
3.5
3.2
0.9
35.0
23.0
11.5
6.0
28.0
26.2
24.6
14.2
20.5
10.5
10.6
16.3
12.4
17.7
28.7
24.6
10.8
C:米国特許の引
特許文献
用数(ファミリー単 非特許文献数 中の米国
位のBkCite、
/全文献数
特許文献
from US pat to (A/(A+B))
の割合
US patents)
(C/B)
23.2
19.9
22.2
10.7
17.0
4.6
6.9
12.5
8.4
13.1
21.3
24.1
9.6
0.49
0.34
0.20
0.07
0.22
0.49
0.25
0.16
0.07
0.66
0.44
0.32
0.36
0.83
0.76
0.90
0.75
0.83
0.44
0.65
0.77
0.68
0.74
0.74
0.98
0.89
まとめと今後の課題
本稿では、先端技術 4 分野の特許出願技術動向調査のデータに PATSTAT、PATR を接続し、
その出願行動の特徴を統計的に分析した。それによれば、先端技術分野では米国市場の重
要性が高く、米国への国際出願が相対的に多い。また、先端分野での国内優先・仮出願や
継続的出願等の制度の利用状況は各国によって大きく異なる。米国ではこれらの制度が我
が国より遙かに頻繁に利用されており、欧州は日米の中間に位置する。我が国では大半の
場合、特定の発明を国内では 1 特許で保護する結果になっているのに対して、欧米、特に
米国では、それを複数特許で保護することがむしろ通常となっており、特許ファミリーの
概念が国内特許においても重要になっている。このような差の原因としては各国の制度設
計の差が最も重要であるが、出願人の国籍も大きな要因となっていることが見出された。
例えば、米国特許庁において欧州出願人は我が国出願人より遙かに頻繁に仮出願制度を利
用している。また米国の大学は米国企業と同様に多様な特許保護戦略を追求しているが、
我が国の大学にはそのような傾向は見られない。
加えて、分野間の比較では、特にバイオテクノロジーの分野において、研究開発の不確
実性の高さから、継続的出願や仮出願等の制度の重要性が高く、また、リードタイムの長
-34-
さから審査請求までのラグが長くなることが確認された。
さらに、同じ先端技術分野の中でも、重要特許と認識されるような発明は、そうでない
特許よりもグローバルに出願され、各種制度が頻繁に利用されていることが分かった。す
なわち、先端技術分野において価値ある発明を保護するうえでは、国内優先権や分割出願
といった制度が重要な役割を果たしていると言える。
最後に、先端技術分野では先行文献として科学技術文献の重要性は高く、特許審査にお
いてもこうした文献のサーチ能力と評価能力が重要になることも示唆された。
なお、本研究の分析には、近年進展著しい PATSTAT をデータソースとして用いたが、分
析の過程で PATSTAT には様々な問題点が含まれていることも明らかになった(補論参照)
。
その問題をフィードバックし、データベースの精度向上に寄与することも、本研究の意義
のひとつと考えられる。それにより、今後の特許データを用いた研究が進展することが期
待される。とりわけ、こうした特許データベースがエビデンスに基づいた政策論議を行う
際に、多大な貢献をなしうることが、本研究からも示唆されている。同時に、本稿の分析
は、現状のデータベースの限界によって制約されており、そうした意味で暫定的な要素を
含んでいることも銘記する必要がある。
また、本研究では、パテント・ファミリー単位での分析の有用性とその発展の可能性も
示されている。
ただし、本稿では時間とデータベースの制約から、計量経済学のモデルを用いた厳密な
形での実証分析を行うことができなかった。制度の利用状況の決定要因を分析するに当た
って、各国の制度の違いや出願人の属性の他にも、様々な要因をコントロールする必要が
あるだろう。また、計量モデルを用いることにより、国籍の違いや組織類型の違い等の影
響力が、それぞれどの程度の大きさであるかを把握することができるはずである。これら
の事柄については、今後の課題としたい。
参考文献
Tsukada, Naotoshi (2009) “Continuing Applications and Quality of Inventions”,
mimeo
一橋大学(2006)『リサーチツールなど上流技術の特許保護のあり方の研究』平成 17 年度
特許庁研究事業、一橋大学、研究代表者
長岡貞男。
(塚田尚稔、山内勇、長岡貞男)
-35-
補論
(1)
データベースの接続
平成 20 年度特許出願技術動向調査において調査対象となった先端 4 分野(マイクロアレ
イ、再生医療、検索技術、デジタルカメラ)の特許リストのデータを特許庁より提供を受
けた。このファイルに収録されているデータのうち、本稿では、解析文献番号、出願人国
籍コード、出願人属性のデータを利用している。データファイルには、解析文献番号とし
て世界各国の約 7 万件の特許番号が収録されているが、我が国、米国、欧州特許庁の特許
番号のみを抜き出して、米国特許、欧州特許については EPO Worldwide Patent Statistical
Database (PATSTAT
2009 年 9 月版)に接続し、また、我が国特許については、まず人工
生命研究所が整理標準化データから作成している研究者用データベース PATR(2008 年第
11 月版)に接続し、最終的に両者を統合してサンプルを作成した。これらを一般特許サン
プルとして扱っている(下表にそのサンプル数を示す)。
重要特許サンプルは、
平成 20 年度特許出願技術動向調査報告書に記載されている特許番
号を抜き出して、一般特許サンプルと同様に PATSTAT、PATR に接続して各種データを抽出
した。
補論
日本の出願人
による日本特
許庁への出願
表1
米国の出願人によ
る米国特許商標庁
への出願
本稿におけるサンプル数
米国の出願人
による日本特
許庁への出願
欧州の出願人
による日本特
許庁への出願
日本の出願人によ 欧州の出願人によ
る米国特許商標庁 る米国特許商標庁
への出願
への出願
再生医療
1255
1367
40
20
347
314
マイクロアレイ
検索技術
デジタルカメラ
1909
14806
18832
1291
3686
1078
122
773
508
39
71
42
597
2237
5187
236
348
140
(2)
データベースの問題点
(ⅰ)
PATSTAT、PATR における PCT 出願に関わる出願番号の収録状況
最初に我が国特許庁に通常の出願を行い、これを優先権主張して PCT 出願し、かつ我が
国も指定国となっている場合は、最初の出願は見なし取り下げされる。その後、PCT 出願
が国内段階に移行した時に出願番号の 6 桁部分が 50 万番台(または 60 万番台)の番号が
我が国特許庁により付与される。以下はそのような状況を具体例で表した図である。
-36-
補論
最初の出願
2001-243046
2001-311808
2001-398708
2001-187105
PATR
PATSTAT
4件とも無し
4件とも有り
図1
PCT 出願の例
国際出願番号
─ ─ ───────── ─ →
⇒
┐
PCT/JP2002/08119
│
国際出願番号
┼ → PCT/JP2002/02683 ─ →
┴→
┬→
PCT/JP2002/06141
│
└ ─ ───────── ⇒
1件目×, 2件目○
2件とも有り
有り
有り
国内移行
登録番号
2003-521226
4331595
国内移行
2003-507084
登録番号
4128138
2件とも有り
1件目×, 2件目○
2件とも有り
1件目×, 2件目○
PATR は取り下げられた出願番号は収録していない3ため、最初の出願の番号は存在しな
いが、PATSTAT には収録されている(こうした番号を網羅しているのか否かは確認できて
いない)
。国内移行時の出願番号は、上図の例では、PATR では 2 件とも収録されているが、
PATSTAT では 1 件しか収録されていない。
PCT 出願に基づく我が国出願のデータの両データ
ベースでの収録件数を補論表2に示した4。
両データベースの収録件数を比較すると、2005 年までの合計で PATSTAT の方が 8 万 6 千
件ほどレコードが少ない。ただし、1993-1996 年では PATR の方がむしろ少なく、両データ
ベースともにデータの欠損が存在すると考えられる。
本稿では PATSTAT に収録されている INPADOC ファミリー単位での分析を行っているため、
我が国サンプルに関しては PCT 出願に基づく特許を含むファミリーが過小である可能性が
ある。また、こうしたデータの欠落により INPADOC ファミリー自体も正確性に欠けている
可能性も指摘しておきたい。
3
国内優先権制度を利用した場合も先の出願は見なし取り下げされるため、PATR には出願番号が収録されていない。
データ作成方法:PATR の出願経過テーブルより、国際出願番号 is not Null の条件で抽出。PATSTAT の tls201_appln
テーブルから appln_auth = ‘JP’ and internat_appln_id != 0 and (appln_kind = ‘A’ or appln_kind = ‘T’)
の条件で抽出した。
4
-37-
補論
表2
PCT 出願に基づく我が国への出願―PATR と PATSTAT での収録件数
出願年
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
合計(2005年まで)
総計
PATR
PATSTAT
206
1,447
2,062
2,161
2,273
2,600
2,867
3,698
4,227
4,739
6,109
7,022
9,020
10,568
11,570
12,797
15,064
18,401
22,326
25,551
29,875
33,728
36,594
38,090
40,018
43,327
46,962
49,264
8,522
115
482,566
491,203
-38-
166
15
112
50
129
944
372
762
911
812
932
1,013
1,986
6,837
10,978
13,149
15,605
18,466
22,795
24,265
27,339
30,373
32,309
33,848
35,718
37,148
38,482
40,785
41,006
1,975
159
2
396,301
439,443
PATR - PATSTAT
40
1,432
1,950
2,111
2,144
1,656
2,495
2,936
3,316
3,927
5,177
6,009
7,034
3,731
592
-352
-541
-65
-469
1,286
2,536
3,355
4,285
4,242
4,300
6,179
8,480
8,479
-32,484
-1,860
86,265
51,921
3.企業等の特許出願行動に関する統計学的分析―量から質への転換―
(1)
はじめに
本稿の目的は、企業の特許出願行動において、1特許出願当たりの質や価値を高め、特
許出願数自体を抑制するという出願行動がみられるか否かを統計的に明らかにことにある。
1987 年特許法改正に伴う改善多項制の採用以来、1 特許出願当たりのクレーム数は趨勢
的な増加基調を示している。一方、特許出願数自体は 2000 年代に入り趨勢的には絶対数が
減少する傾向にある。特許出願数の絶対的減少は、研究開発活動の停滞を意味しているよ
うに思えるが、実質研究開発費の推移自体は 2000 年代においても趨勢的な増加基調を維持
している。すなわち、これまで観察されてきた実質研究開発費と特許出願数の関係に、大
きな構造変化がみられるようになった。もし、企業等が複数の発明を1特許出願に集約さ
せる行動をとるようになったとすれば、実質研究開発費と特許出願数の間のこうした不安
定な関係を整合的に説明することができる。
そこで本稿ではまず、1 特許出願当たりのクレーム数の増加は、一定の発明を1特許出
願に集約させ、特許出願数自体を抑制するという「クレーム代替」を意味しているのかど
うかを検証する。次に、
「クレーム代替」がなぜ生じたのかについて、改善多項制の利用に
よる「費用節約仮説」と「特許価値向上仮説」を検討する。「クレーム代替」が確認され、
多くのクレームを包含している特許ほど価値が高いこと(「特許価値向上仮説」)が実証さ
れれば、我が国企業等の特許出願行動において、量から質への転換が進んでいると判断さ
れる。
また、企業等のクレーム代替行動を検討することは、特許出願数を研究開発活動の成果
指標として利用する際に重要な含意をもたらす。研究開発活動の成果を観察するデータが
限られていたため、多くの研究者は特許出願数や登録数に着目するようになり、特許生産
関数や知識生産関数の計測が試みられるようになった(Pakes and Griliches(1984)、
Jaffe(1986)、Acs and Audretsch(1989)、Hall,Griliches and Hausman(1986))。ところが、
もし、クレーム代替行動が持続的に生じているなら、特許出願数は研究開発活動の成果指
標としての有用性を失うことになる。そこで本稿では、企業等のクレーム代替行動を考慮
した特許生産関数の推計モデルを提案する。
さらに本稿では、
「多項制乗数」の計測を通して、改善多項制の利用が単項制下では創出
することのできない特許価値を生成させているか否かを検討する。ここで、「多項制乗数」
とは、企業等が多項制を利用して出願している特許の価値総額を、その特許価値を生み出
している同じ数のイノベーション(発明)がクレーム 1 項として分割出願された場合に実現
されたであろう特許の価値総額で割った数値を意味する。多項制乗数が 1 より大きいとき
「多項制プレミアム(Premium)」、1 に等しいとき「多項制ニュートラル(Neutral)」
、1 より
-39-
小さいとき「多項制ディスカウント(Discount)」と呼ぶ。
もし、多項制乗数がプレミアムであれば、企業等は改善多項制の利用によって単項制下
では実現されない特許価値を創出できるので、改善多項制利用の普及原因が明らかになる
とともに、改善多項制という特許制度自体に積極的な経済的存在意義を認めることができ
る。
他方、多項制乗数がニュートラルやディスカウントであれば、分割出願と改善多項制の
利用が特許価値に対して無差別であったり、分割出願した方が逆に特許価値を高めること
ができたりするので、改善多項制により企業は特許価値を高められる機会を得たとは言え
ない。このように、多項制乗数の推計は、近年の企業の特許出願行動の変化の要因を明ら
かにする上で、有用な情報をもたらすと考えられるし、改善多項制の経済的評価を行う上
でも有用であると考えられる。
(2)
クレーム代替
本稿では、一定のイノベーションを1特許出願に集約させ、特許出願数を抑制する出願
行動を「クレーム代替」と呼ぶ。
図 1 は、マクロベースにおける特許出願数と平均クレーム数の相関を観察したものであ
る。図 1 によると、1990 年代は特許出願数の増加と平均クレーム数の増加が同時に観察さ
れるが、2000 年代に入りこの関係は大きく変化し、特許出願数の減少と平均クレーム数の
増加が観察される。
図1
特許出願件数と平均クレーム数の相関
願数
特許出願数(万件)
数
44
関
2000年
42
40
1999年
2007年
38
36
1989年
34
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
平均クレーム数
資料:『特許行政年次報告』
-40-
2000 年代における特許出願数の絶対数の減少は、企業等の研究開発活動の著しい停滞を
意味しているようにみえるが、実はそうではない。図 2 は総務省統計局の科学技術研究調
査において作成された実質研究開発費と、特許出願数の推移を比較したものである。それ
によると、2000 年代においても、2008 年を除き、実質研究開発費は増勢傾向を維持してお
り、研究開発活動が著しく停滞しているとは言えない。それにもかかわらず、特許出願数
は 2000 年代において趨勢的には減少傾向を示している。こうしたある種の矛盾は、企業の
特許出願行動における「クレーム代替」を考慮すれば整合的に説明することができる。
図2
19
特許出願数と実質研究開発費
兆円
万件
18.5
45
実質研究開発費(目盛左)
44
18
17.5
43
17
42
16.5
16
41
15.5
特許出願数(目盛右)
15
40
14.5
39
14
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
資料:『特許行政年次報告』,『科学技術研究調査報告』
ところで、図 1 によれば、2000 年代に特許出願数の減少と平均クレーム数の増加が観察
されており、図 2 によれば、この期間にも実質研究開発費の増加が観察されているので、
クレーム代替は 2000 年代から生じた現象であるかのように思える。しかし、特許出願数と
平均クレーム数の観察される相関関係は、いわゆる「代替効果」と「所得効果」の複合さ
れた結果なので、必ずしも 1990 年代にクレーム代替は生じていなかったとは言えない。こ
うした「代替効果」と「所得効果」は、図 3 のように識別されると考えられる。図 3 の縦
軸には特許出願数が、横軸には 1 特許出願当りの平均クレーム数が測られてある。現行の
改善多項制下では、企業は一定数の発明を多くの特許出願で出願するか、あるいは 1 つの
特許出願に複数の発明を集約させて出願するかの選択を行うことができる。図 3 における
原点に対して凸の曲線(等量線)は、一定の発明数を実現する特許出願数と 1 特許出願当り
の平均クレーム数の関係を示している。また、研究開発費が増加したり、研究開発の生産
-41-
性が向上したりすると、この等量線は右上方に移動する。
いま、ある企業が一定数の発明を a 点のような組合せで出願したとしよう。図 3 におい
て、企業のクレーム代替行動は、a 点から b 点の移動によって表わされる。研究開発活動
が活発で、等量線が大きく右上方へ移動しているときには、クレーム代替が生じていても、
特許出願数とクレーム数の組合せは、a 点から d 点のような移動として観察されやすい。
逆に、研究開発活動がそれほど活発でないときには、a 点から c 点のような移動として観
察されやすい。しかし、どちらの場合にもクレーム代替は生じている。
このように、研究開発活動に関する「所得効果」を十分に考慮しないと、現実に観察さ
れるデータから企業のクレーム代替行動を識別することができない。
図3
特許出願数とクレームの関係
特許出願数
研究開発活動大a →d
特許出願数の増加+クレーム数の増加
研究開発活動小a →c
特許出願数の減少とクレーム数の増加
d
a
c
研究開発費の
増大,生産性
の向上
b
0
(3)
1出願当たりのクレーム数
クレーム代替行動の推計
ここでは、(2)での考察から、研究開発活動に関する「所得効果」を考慮した特許生産関
数を推計し、クレーム代替の有無を統計的に検証する。
まず、ある企業のクレームに関する相対度数分布を g (c;γ ) のような連続的な密度関数に
よって近似する。ここで、 c はクレーム数、 γ は密度関数の期待値を意味する。ただし、
改善多項制の導入移行、複数の発明を 1 特許出願で出願できるようになったとはいえ、1
特許出願に含まれるクレームのすべてが発明数に対応していると考えるわけにはいかない。
そこで、 β1 ( 0 < β1 < 1 )を「クレーム割引率」と呼び、クレーム c に対応する発明数は c β1 で
-42-
あると考える。したがって、クレーム c の中で発明が占める割合は c β1 −1 ×100%となる。こ
のような仮定の下で、ある企業の発明数 k は、特許出願数を p として、
∞
k = p ∫ g (c; γ )c β1 dc
(1)
1
と表わすことができる。関数 c β1 を γ でテーラー展開すれば、
∞
(
)
k = p ∫ γ β1 − β 1γ β1 + β 1γ β1 −1c g (c, γ )dc
1
となるので、発明数 k は、
k = pγ β1
(2)
と単純化される。(2)式は、一定の発明数 k を実現する特許出願数 p と 1 特許出願当りの平
均クレーム数の関係を表している。
すなわち、(2)式は先の図 3 における等量線に対応する。
次に、発明数 k は、研究開発費、研究開発生産性(スピルオーバー・プール)に依存する
とし、次のような知識生産関数を考える。
k = β 0 ⋅ rd β 2 sp β3
(3)
ここで、 rd は研究開発費、 sp はスピルオーバー・プールを意味する。また、実際の推計
では、産業によるイノベーションコストや特許性向の違いをダミーで説明し、特許出願関
数と知識生産関数を次のように定式化する。
⎛ n
⎞
pit = γ it− β1 k it exp⎜ ∑ ω c d ic ⎟
⎝ c =1
⎠
(4)
⎛ n
⎞
k it = rd itβ 2 spitβ3 exp⎜ ∑ φ c d ic ⎟
⎝ c =1
⎠
(5)
(5)式を(4)式に代入し、次の特許生産関数を得る。
n
ln pit = − β1 ln γ it + β 2 ln rd it + β 3 ln spit + ∑ (ωc + φc )d ic + ηi + eit
(6)
c =1
ここで、(6)式をパネル推計し、平均クレーム数の対数値 ln γ it のパラメータが負のとき、
平均クレーム数は年代を通して増加傾向にあるので、
「クレーム代替」が確認されることに
なる。推計は、サンプル企業全体、医薬品、化学、電気について行う。
実際の推計にあたり、我が国の大手企業 79 社が 1988~2000 年に出願した特許出願数と
出願時クレーム数を『IIP 特許データベース』から取得した。また、研究開発費は『日経
ニーズデータ』より所得した。スピルオーバー・プールは、
sp it = ∑ j ≠i ρ ij R jt , ρ i , j =
(∑
∑
n
k =1
Fik F jk
F2
F2
k =1 ik ∑k =1 jk
n
n
)
1/ 2
として計算した。ここで、 spit は企業 i のスピルオーバー・プール、 R j は企業 j の実質研究
開発費、 Fik は企業 i が技術分野 k に投下した研究開発資源の割合を意味する。一般的な経
-43-
済データから、個別企業ベースで Fik を測ることはできないが、企業が出願したすべての特
許の合計数で、技術分野ごとの特許数を割れば、近似的にその企業の技術ポジションを計
測できる。ここでは、個々の企業が 1985~2000 年に出願した特許の 33 分類の itc コード
(IIP 特許データベース)から Fik を計算した。
表 1 に、統計的有意性が確認されなかった変数を除いた推計結果を示した。まず、サン
プル全体の推計結果をみると、全ての変数が理論的な符合条件を満たし、統計的有意性も
確認された。平均クレーム数の対数値 ln γ it のパラメータが有意に負となっており、明確な
クレーム代替行動が確認された。産業別の推計では、医薬品と電気においてスピルオーバ
ー・プールの有意性は確認されなかったが、平均クレーム数、研究開発費は有意に特許出
願数を説明した。すべての産業において、平均クレーム数の対数値 ln γ it のパラメータが有
意に負となっており、クレーム代替行動は産業に共通した行動であることが確認される。
また、平均クレーム数の対数値 ln γ it のパラメータ β1 はクレーム割引率を意味していた。
β1 の定量的大きさについては、産業によってあまり大きな違いが見出せず、複数のクレー
ムを従えた 1 特許出願には、どの産業においても、同程度の発明が内包されて可能性のあ
ることを示唆した。
特許生産関数の推計において、平均クレーム数が有意で負の効果を持つということは、
特許出願数を研究開発活動の成果指標とみなす場合、十分な注意が必要であることを意味
している。すなわち、我が国の企業の特許出願行動において、クレーム代替が進んでいる
ので、仮に特許出願数の減少が観察されたとしても、それは必ずしも研究開発活動の停滞
やその生産性の低下を意味しているわけではない。
-44-
表1
1988~2000
サンプル全体
特許生産関数の推計結果
医薬品
化学
電気
-3.025
(1.432)
**
4.775
(0.517)
**
**
-0.133
(0.050)
**
-0.140
(0.039)
**
**
0.165
(0.029)
**
0.239
(0.059)
**
0.573
(0.111)
**
conat
-0.460
(1.220)
-0.164
(0.034)
**
ln γ
-0.110
(0.056)
0.187
(0.028)
**
ln rd
0.299
(0.096)
0.348
(0.092)
**
ln sp
Adjusted Rsquared
0.964
0.793
0.946
0.961
946
143
414
402
sample
1.410
(0.921)
-
-
注:( )内は標準誤差,*は10%,**は5%有意を意味する.推計には固定効果,産業ダミーを含む.
(4)
特許費用節約仮説
これまでみてきたような1特許出願当たりのクレーム数の増加傾向は、改善多項制の利
用による特許費用の節約により説明できるかもしれない。特許費用は、出願時、審査請求
時、権利登録時、登録更新時の各段階で課される。このうち、審査請求時の審査請求料、
権利登録時の設定納付金、登録更新時の維持年金については、1 特許出願当りのクレーム
数が多いほど特許料も高額になる仕組みとなっている。ここでは、各種特許料のうち、ウ
ェイトの大きい設定納付金や維持年金に注目する。たとえば、2000 年出願の特許で、クレ
ーム数が 7、登録期間が 9 年の平均的な特許について、出願料、審査請求料、設定納付金・
維持年金の累計を計算してみると、累計特許料は 46 万 4900 円となった。このうち、出願
料と審査請求料の累計は 11 万 9600 円、設定納付金・維持年金の累計が 34 万 5600 円とな
り、設定納付金・維持年金の累計が全体に占める割合は 74%となった。したがって、特許
費用の節約において、設定納付金・維持年金が重要であることがわかる。
我が国の設定納付金・維持年金は、固定部分とクレーム比例部分から構成され、登録期
間が長くなるにつれ、それぞれの特許料が幾何級数的に増加する仕組みとなっている。そ
こで、登録期間を t として、維持年金の固定部分を A1 exp(φ1t ) 、クレーム比例部分を
A2 exp(φ 2 t ) と表わす。したがって、企業が支払う設定納付金・維持年金の総額 I は、
-45-
∞
{∫
I = ∫ pg (c; γ )
1
t (c )
0
}
A1 exp(φ1t )dt dc
{∫
∞
+ ∫ pg (c; γ )
1
t (c )
0
}
A2 exp(φ 2 t )cdt dc
(7)
と表わされる。ここで、 p は登録特許数、 g (c;γ ) はクレームに関する相対度数分布を意味
する。また、クレームの多い特許ほど登録期間は長いと仮定する( t (c ), t ′(c ) > 0 )。クレーム
数と登録期間の関係を t (c ) = c θ のように特定化し、 1 + v ≅ exp(v ) とすれば、(7)式は次のよ
うに単純化される。
∫
∫
t (c )
0
t (c )
0
A1 exp(φ1t )dt =
A1
φ1
A2 exp(φ 2 t )cdt =
{exp(φ c ) − 1 } = A c
A2
φ1
1
{ (
θ
1
θ
) }
c exp φ 2 c θ − 1 = A2 c1+θ
したがって、企業が支払う設定納付金・維持年金の総額 I も、
∞
∞
I = ∫ pg (c; γ ) A1c θ dc + ∫ pg (c; γ ) A2 c1+θ dc = A1 pγ θ + A2 pγ 1+θ
1
1
(8)
のように単純化される。
先の(2)式より、 k = pγ β1 という制約のもとで、特許費用 I を最小化する γ は、
⎛A ⎞
β1 − θ
γ * = π ⎜⎜ 1 ⎟⎟ , π =
>0
1 − (β 1 − θ )
⎝ A2 ⎠
(9)
と計算される。すなわち、一定のイノベーションのもとで、特許費用を最小化する平均ク
レーム数は、設定納付金の固定部分をクレーム比例部分でわった相対費用によって決定さ
れる。すなわち、設定納付金の固定部分が比例部分に対して高くなると、企業は特許費用
を節約するために、1 特許出願に多くのクレームを包含させると考えられる。そこで、実
際の設定納付金の相対費用がどのように改訂されているかを調べてみた。図 4 は、その結
果を示したものであるが,固定部分は比例部分に対して増加していることが確認された。
-46-
図4
維持年金のクレーム比例部分に対する固定部分の比率
相対費用
15
14
1~3年
4~6年
13
7~9年
12
11
10
9
8
1988
1991
1994
1997
2000
暦年
資料:特許庁年報,特許行政年次報告書.
特許費用節約仮説を統計的に検証するため、
クレームに関する確率密度関数を特定化し、
その分布の期待値に設定納付金の相対費用が影響しているかどうかを観察した。クレーム
に関する確率密度関数には、自由度の高いワイブル分布を仮定し、相対費用 A1t / A2t がこれ
らの分布の期待値に有意なプラスの影響をもたらしているかどうかを観察する。 cit を t 年
に出願された i 番目の特許のクレーム数とすれば、推計のための対数尤度関数は次のよう
になる。
te
nt
{
Lw = ∑∑ ln σ − σ ln μ it + (σ − 1) ln cit − (cit / μ it )
t =t s i =1
σ
}
μ it = π o + π 1 ( A1t / A2t ) , E (cit A1t / A2t , σ ) = {π o + π 1 ( A1t / A2t )}Γ(σ −1 + 1)
(10)
ここで、 nt は t 年に出願された特許数を意味する。
実際の推計にあたり、我が国の大手メーカー22 社(医薬 11 社、化学 8 社、電気 3 社)が
1995~2005 年に出願した特許のクレーム数を、インテクストラ株式会社“StraVision”か
ら取得した。(10)式で表わされる対数尤度を最大化するパラメータの推計結果を表 2 に示
した。推計によると、どの産業においても、相対費用(固定部分/比例部分)の上昇は、クレ
ーム分布の期待値に対して正の有意な効果をもたらしていることがわかる。(9)式から、相
対費用が期待値に与える影響は、クレーム割引率やクレーム数と登録期間の関係を規定す
るパラメータなどに規定されるので、産業によって異なる可能性がある。実際、推計され
た π 1 の大きさは、医薬、化学、電気の順に大きかった。医薬では特に π 1 が大きく推計され
ているので、相対費用の上昇に対してより多くクレームを増加させる傾向にあることがわ
-47-
かる。
表2
ワイブル分布の推計結果
1995~2005
医薬
πo
-13.862
(0.877)
化学
**
電気
-2.996
(0.094)
**
-
π1
2.449 **
(0.086)
0.801 **
(0.009)
0.670
(0.005)
**
σ
1.124 **
(0.010)
1.345 **
(0.003)
1.331
(0.006)
**
11
8
3
6858
63121
215683
-24082.4
-162666
企業数
サンプル数
Log likelihood
-609650.3
注)カッコ内は標準誤差、**は5%有意、*は10%有意を意味する.
(5)
特許価値向上仮説
クレーム数の増加傾向を説明するもう 1 つの仮説は、1 特許出願に多くのクレームを包
含させることで、特許価値を高めることができる、というものである。企業の出願行動に
おいて、
「量から質へ」の転換が起きていることを証明するには、クレーム数の多い特許ほ
ど特許の私的価値が高いことを証明する必要がある。
一般に、多くのクレームを包含している特許ほど価値は高いと考えられている。それは、
研究開発費が単純な特許出願数よりもクレーム数で加重された特許出願数と高い相関を示
すことや(Tong and Fame(1994))、クレーム数の多い特許出願ほど審査請求される確率が高
い(山内・長岡(2007))ことなどが知られているからである。しかし、こうした間接的な実
証の方法では、具体的に特許価値とクレーム数の間に成立している定量的関係を把握する
ことができない。そこで、本稿では特許登録期間のデータから特許価値を推測し、クレー
ム数との定量的関係を明らかにする。
そもそも、特許価値とクレーム数の関係を明らかにするためには、特許価値が把握され
なければならない。しかし、企業の出願する特許の価値を客観的に示すデータは存在しな
い。ただし、我が国の特許制度では、特許登録の更新に維持年金が課されるので、特許価
値の高いものほど登録更新回数は増加すると考えられる。すなわち、登録更新情報には、
-48-
特許の価値に係る情報が含まれていると考えられるのである。この点に着目した、Lanjouw
and Schankerman(1999)は登録特許を 5 年目以上権利が継続した特許とそれ以前に権利が消
滅した特許に分割して、登録更新確率をクレーム数や被引用回数などで説明するバイナリ
ー・プロビット推計を行っている。ところが、我が国の特許制度は米国に比較して複雑な
だけでなく、単純なプロビット分析では特許価値とクレーム数の間の具体的な定量的関係
を計測できない。我が国において、こうした定量的関係を的確に推定するには、以下の点
に留意する必要がある(山田(2010))。
まず第 1 に、かつての我が国では、登録期間は登録日ではなく公告日からカウントされ
ていた。公告日とは他者による異議申立の受付を可能とする期間の始まりを意味する。後
に詳しく述べるように、本稿では 1995 に登録された特許データを利用するので、登録期間
を正確にカウントするには公告日を調べなければならない。
第 2 に、我が国では出願・登録(公告)ラグが米国に比べて著しく長いため,出願年から
公告年までの経過年数に応じた特許価値の陳腐化を無視するわけにいかない。Lanjouw and
Schankerman(1999)は、5 年目も登録が更新される確率を推計しているが、米国では出願・
登録ラグが短いので(平均 2 年程度)、出願からの経過年数に応じた登録時の価値減衰は考
慮されてない。しかし、我が国では出願から公告まで 10 年を超える特許も少なくないし、
出願・公告ラグの分散も大きい。
第 3 に、我が国では登録時クレーム数に応じて設定納付金や維持年金が定められている
ので、特許によって登録維持のための費用負担が異なっている。したがって、登録時クレ
ーム数の多い特許ほど維持年金が高額になるので、他の条件が等しい限り登録更新確率は
低下すると考えなければならない。そこで、本稿では以上のような留意点を考慮して、次
のような推計モデルを考案した。
ある企業が出願した i 番目の特許を pi としよう。この特許の出願時の価値 vi は、ある確
率分布に従うと仮定する。
v i ~ f ( vi μ , σ )
(11)
ここで、 μ , σ は確率分布を規定するパラメータを意味する。
特許価値は出願時から δ で陳腐化していくとする。また、特許 pi の出願年を si 、公告年
を d i とする。出願・公告ラグ d i − si は特許によって異なっている。
企業は、登録更新時の特許価値と維持年金を比較して登録更新を決定する。我が国の特
許制度における維持年金は、固定額部分とクレーム比例部分から構成されている。そこで、
登録時クレーム数を gci とし、公告年から j 年目の維持年金を α j + β j ⋅ gci ( j = 4 or 7)と
表す。特許 pi が j 年目も登録を継続する条件は,維持年金より特許の残存価値が上回るこ
となので,
v i (1 − δ )
d i − s i + j −1
> α j + β j ⋅ gc i
(12)
となる。(12)式を変形すれば、
-49-
α j + β j ⋅ cgi
(1 − δ )d − s + j −1
vi > z j ,i , z j ,i =
i
(13)
i
となる。 (13)式は、閾値(threshold value) z j ,i を上回る特許価値をもつものだけが、 j 年
目にも登録が更新されることを意味している。
特許価値の確率分布は、歪度(skewness)の大きい左に偏った分布を示すことが知られて
いる。そこで、(11)式の確率分布を自由度の高いワイブル分布(Wibull distribution)に特
定化する。
{
f (vi μ , σ ) = σ μ −σ viσ −1 exp − (vi / μ )
σ
}
(14)
ワイブル分布を規定するパラメータ μ は、クレーム数の増加関数であると仮定し、
μ (ci ) = θ 0 ciθ
(15)
1
とする。したがって、ワイブル分布の期待値は、
(
)
E (vi ci , σ ) = θ 0 Γ σ −1 + 1 ⋅ ciθ1
(16)
となるので、(16)式の θ1 は特許価値の期待値に関するクレーム弾力性を意味することにな
る。
次に、特許 pi の公告年から権利消滅年までの経過年数を li とし、離散変数 y i* を次のよう
に定義する。
⎧1 if l i < 4
⎪
y = ⎨2 if 4 ≤ l i < 7
⎪3 if l ≥ 7
i
⎩
*
i
(17)
特許 pi の公告年から権利消滅年までの経過年数が 3 年以下、3 年超 6 年以下、6 年超とな
{
}
る確率は、ワイブル分布の累積密度関数は 1 − exp − (vi / μ ) σ なので、
[
Pr [y
Pr [y
]
{ (
)}
= 2] = exp{− (z / θ c ) }− exp{− (z
= 3] = exp{− (z / θ c ) }
θ1 σ
Pr y = 1 = 1 − exp − z 4,i / θ 0 ci
*
i
*
i
*
i
θ1 σ
4 ,i
0 i
7 ,i
0 i
7 ,i
/ θ 0 ciθ1
)}
σ
(18)
θ1 σ
と表わされる。
(18)式より対数尤度関数が、
n
3
{ [
]} (
l (θ o , θ 1 , δ , σ ) = ∑∑ ln Pr y i* = j ⋅ψ y i* = q
i =1 q =1
)
(19)
と書ける。ここで、ψ ( ) はインジケーター関数で引数が真のときは 1、偽のときは 0 とな
る関数である。本稿では、(19)式の対数尤度関数を最大化するパラメータ θ o ,θ1 , δ , σ を最尤
法によって推計する。
ところで、このモデルでは、特許価値をクレームのみで説明しているので、できるだけ
産業分野や技術分野を細分化して推計するのが望ましい。そこで本稿では、特許価値のク
レーム弾力性を推計するにあたり、我が国の主要産業に属する東証一部上場企業 28 社が
-50-
1995 年に登録した特許の属性データ(出願日、登録日、出願時クレーム数、登録時クレー
ム数、権利消滅日)を知的財産研究所「IIP 特許データベース」から取得した。
「IIP 特許デ
ータベース」では、出願日が 1964 年~2004 年 1 月までの特許データを収集している。し
たがって、1995 年出願の特許の中には、最長期間が 20 年なので、まだ権利が存続し権利
消滅日が刻まれていない特許も存在する可能性がある。先に説明した推計モデルにおいて、
権利消滅期間の最後のインターバルを 6 年超としたのはこのためである。
また、我が国の出願登録ラグは米国などと比較して著しく長いので、1995 年登録の特許
のなかには、単項制時代に出願された特許も含まれている。そこで,単項制時代に出願さ
れた特許はデータベースから削除した。登録データ取得時点をあまり古くすると,単項制
時代に出願された特許が増加してしまうし,かといって取得時点を新しくするとまだ権利
消滅日が刻まれていない特許データが増加して望ましくない。データ取得時点を 1995 年と
したのはこのような理由による。なお,
「IIP 特許データベース」には公告日が収録されて
いないので,インテクストラ株式会社“StraVision”を用いて公告日を補完した。1995 年
登録特許がその後支払った設定納付金や維持年金は、特許庁編集による「工業所有権法沿
革」から取得した1。
表 3 は、9 の技術分野とサンプル全体について、(19)式の対数尤度関数を最大化するパ
ラメータを推計した結果である。特許価値に関するクレーム弾力性 θ1 の推計結果に注目す
ると、すべての技術分野において正で有意性が確認された。技術分野において弾力性の大
きさは異なっているが、クレームの多い特許ほど特許価値は高いという安定的な関係が見
出された。
1
1998 年以降に出願され 1995 年登録となった特許が支払った設定納付金および維持年金は,1~3 年:13000 円+1クレー
ム当り 1400 円,4~6 年:23000 円+1 クレーム当り 2100 円,7~9 年:40600 円+1 クレーム当り 4200 円,であった.
-51-
-52-
32
表示・音響・情報記録
時計・制御・計算機
測定・光学・写真・複写機
照明、加熱
高分子
サンプル全体
H03~H04
電子回路・通信技術
H01~H02、H05 電気・電子部品、半導体
G09~G12
29
31
G04~G08
G01~G03
27
28
F21~F28
25
C08
無機化学、肥料
切断、材料加工、積層体
内容
注:( )内は標準誤差,*は10%,**は5%有意を意味する.
H
G
F
14
C01~C05
12
C
B24~B32
8
B
対応IPC
itc
IPCセク
ション
**
(82872)
315864
(50773)
119461
**
**
(0.020)
0.174
(0.046)
0.241
(0.047)
0.087
396792
(266627)
(0.057)
0.170
(0.131)
(27569)
59848
(21043226)
0.255
0.208
2740722
8276174
(0.073)
(122456)
(0.084)
0.165
149781
(5340254)
(0.105)
(508252)
(0.179)
(6130915)
0.242
0.303
1516625
352250
(0.349)
(2649918)
0.666
809940
**
**
*
**
*
**
**
**
*
*
パラメータ
θ1
θ0
(0.017)
0.901
(0.030)
0.955
(0.041)
0.890
(0.033)
1.017
(0.129)
0.706
(0.108)
0.760
(0.054)
0.956
(0.092)
0.892
(0.236)
0.785
(0.197)
0.838
δ
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
(0.104)
1.549
(0.359)
2.512
(0.229)
1.419
(0.619)
2.901
(0.365)
1.013
(0.374)
1.156
(0.489)
1.878
(0.539)
1.474
(1.035)
1.328
(0.531)
0.825
σ
**
**
**
**
**
**
**
**
-4930.4
-606.3
-1066.7
-251.5
-371.7
-473.2
-322.3
-274.3
-93.0
-220.0
対数尤度
6556
849
1382
392
501
618
457
375
129
260
サンプル
表3
特許価値に関するクレーム弾力性の推計結果
(6)
(ⅰ)
多項制乗数の推計による改善多項制の経済的評価
改善多項制の導入
我が国の特許法は大正 10 年(1921)法より「一発明一出願主義」が規定され2、長い間「単
項制」を採用してきた。単項制下では、クレームは「発明の内容の正確な記載」としか理
解されず、発明の単一性の範囲も狭く解釈される傾向にあり,特許出願数をいたずらに増
大させる要因になっているという批判がなされていた(土肥(2007))。昭和 50(1975)年には,
特許協力条約(PCT)に加盟するため,1 出願に複数のクレームの記載が認められ「多項制」
が採用されるようになった。しかし,この改定は必須要件項の他に複数の実施態様項の記
載を認めただけで,しかも,実施態様項は必須要件項を引用する形式が要求されていたた
め,従来の「一発明一出願主義」という考え方が大きく変更されたわけではなく、実質的
には単項制の域を出るものではなかった(図 5 参照)。
単項制が持つ問題や矛盾は、1970 年に米国ウェスタン・エレクトリック社(Western
Electric Company)の Spencer(1970)が発表した論文が契機となり、広く理解されるように
なったといわれている(竹田(2006))。Spencer(1970)は、次のような事例を挙げて我が国の
単項制は発明を十分に保護していないと指摘した。
いま、3 つのクレーム、すなわち、クレーム 1「特定の送信機(transmitter)と特定の受
信機(receiver)から成る電送システム(transmission system)」、クレーム 2「特定の送信
機」、クレーム 3「特定の受信機」を考えよう。単項制を採用していた当時の我が国では、
この 3 つのうち1つを必須要件項として特許出願する他はない。ところが、クレーム 1 が
特許された場合、送信機や受信機を単体で販売することはこの特許の侵害には当らない。
そこで、クレーム 2 とクレーム 3 を記載して特許出願すると出願の単一性に抵触するとし
て拒絶されてしまう3。かといって、それらを分割出願するとクレーム 2 やクレーム 3 は、
クレーム 1 と実質的に同一発明だとして拒絶される4。すなわち、Spenser(1970)は単項制
下では発明の内容を多面的に明細書に記載することができないので、特許保護の実効性は
きわめて低いと指摘したのである。こうした問題を克服すべく、昭和 62 年(1987 年)に特
2
大正 10 年特施 38 条では,
「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ欠クヘカラサル事項ノミヲ一項ニ記載スヘシ」と定めら
れていた。
3
出願の単一性について,従来特許法第 38 条ただし書き第1号では「特定発明の構成に欠くことができない事項の全部
又は主要部をその構成に欠くことができない事項の主要部としている」という要件を課していた。したがって,クレー
ム 2 又はクレーム 3 はいずれもクレーム 1(特定発明)の構成に欠くことのできない事項の主要部をその構成に欠くことが
できない事項の全部としているため,この要件を満たしていない。
4
こうした単項制の持つ問題は,
「コンビネーションとサブコンビネーション」の問題といわれている。コンビネーショ
ンは全体装置あるいは全体工程を意味し,サブコンビネーションはそれを形成するように結合した部分装置あるいは部
分工程を意味する。本稿の事例でいえば,電送システムがコンビネーション,受信機あるいは送信機がサブコンビネー
ションに相当する。コンビネーションとサブコンビネーションの問題以外にも,単項制下では,物・改良物・それらの
製法を 1 特許出願することができないという問題も指摘されていた。詳細は小栗(1992)の第 1 章Ⅱ-2。を参照。
-53-
許法第 36 条、第 37 条、第 123 条等が改定され、我が国の特許法は同一の発明を複数の表
現で明細書に記載できる「改善多項制」を採用した。
改善多項制を採用している現行特許法第 36 条の⑤では、「一の請求項に係る発明と他の
請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない」としている。この条文は、
先に示した Spencer(1970)の例でいえば、電送システムという発明に、送信機や受信機と
いった複数のクレームの記載が可能であることを意味している。
また、特許法第 37 条では、「二以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関
係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願
書で特許出願することができる」と定めている。これは、互いに類似する複数の発明を、
相互の関係が一定の条件を満たせば、1 つの特許出願で行えることを意味している。ここ
で、一定の条件とは、特許法施行規則 25 条において「二以上の発明が同一のまたは対応す
る特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形
成するように連関している」場合と規定されている。
こうした特許法や特許法施行規則の規定から、改善多項制の下での 1 特許出願における
発明とクレームとの関係を示せば、図 5 のようになると考えられる。すなわち、一群の発
明が一般的発明概念を形成すると考えられるときには、1 特許出願に複数の発明(イノベー
ション)が包含されている場合があり、しかも、それぞれの発明についてはその発明を多面
的に表現するための複数のクレーム(独立クレームや従属クレーム5)を記載することがで
きる。
図5
改善多項制
一般的発明概念
発明とクレームの関係
1出願による特許
請求の範囲
クレーム1
単項制
発明
1出願による特許
請求の範囲
必須要件項
クレーム2
発明A
発明B
クレーム3
クレーム4
クレーム5
5
多項制
発明
1出願による特許
請求の範囲
必須要件項
実施態様項
従属クレームとは,他のクレームを引用して表現する形式のクレームを指す。従属クレームは,文章の重複表現を避
けて請求項の記載を簡潔にするために活用されている。
-54-
(ⅱ)
改善多項制の経済効果
改善多項制の導入は、特許保護の範囲を広げ、特許価値の向上を通して研究開発活動を
促進させる経済効果があると期待された。
改善多項目導入に伴うこうした経済効果の有無を実証的に分析した唯一の先行研究に
Sakakibara and Branstetter(2001)がある。この先行研究では、製造業に分類される 307
企業の個票データをプールし、企業の実施する研究開発投資を、トービンの q、企業規模、
産業ダミーなどでコントロールしたうえで、1988 年前後における時間ダミーの変化を観察
した。推計の結果、時間ダミーに大きな変化はみられず、1988 年の改善多項制の導入は、
研究開発活動に有意な影響をもたらさなかったと結論づけている。
ここでの目的は、改善多項制が企業の出願する特許の私的価値を高める作用をしている
か否かを「多項制乗数」の推計を通して実証的に明らかにすることにある。ここで定義さ
れる多項制乗数とは、企業が多項制を利用して出願している特許の価値総額を、その特許
価値を生み出している同じ数のイノベーション(発明)がクレーム 1 項として分割出願され
た場合に実現したであろう特許の価値総額で割った数値を意味する。本稿では、多項制乗
数が 1 より大きいとき「多項制プレミアム(Premium)」、1 に等しいとき「多項制ニュート
ラル(Neutral)」
、1 より小さいとき「多項制ディスカウント(Discount)」と呼ぶ。
もし、多項制乗数がプレミアムであれば、企業は改善多項制の利用によって単項制下で
は実現されない特許価値を創出できるので、改善多項制に積極的な経済的存在意義を認め
ることができる。他方、多項制乗数がニュートラルやディスカウントであれば、分割出願
と改善多項制の利用が特許価値に対して無差別であったり、分割出願した方が逆に特許価
値を高めることができたりするので、改善多項制により企業は特許価値を高められる機会
を得たとは言えない。このように、多項制乗数の推計は、改善多項制の経済的評価を行う
上できわめて有用な情報をもたらす。
本稿は、先行研究のように、改善多項制採用前後で企業の研究開発活動に変化が見られ
たかどうかを問題にするのではなく、より直接的に改善多項制が企業の出願する特許の価
値の向上を可能にしたかどうかを問題にする。したがって本稿は、改善多項制の評価方法
が大きく異なるという点で、先行研究とは差別化される。
(ⅲ)
改善多項制の評価モデル
ここでは、改善多項制の利用により、単項制下では実現することのできない特許価値の
創出が可能になっているかどうかを検証するための評価モデルについて解説する。改善多
項制の経済的評価は、すでに推計した「特許価値のクレーム弾力性」と「クレーム割引率」
を用いれば検証可能になると考えられる。以下ではその理由を述べる。
-55-
一般に、1 特許出願当りに記載されているクレーム数の度数分布は、極端に左に偏った
規則的な分布を示す。こうしたクレームに関する相対度数分布を g (c; γ ) のような連続的な
密度関数によって近似する。ここで、 c は 1 特許出願当りのクレーム数、 γ は密度関数の
期待値を意味する。また、出願時における特許の私的価値(以下では、単に特許価値とする)
は、クレームの増加関数であると仮定し、これを v(c ) と表わす( v′(c ) > 0 )。したがって、あ
る年に企業が出願した特許の価値総額 VM は、
∞
VM = p ∫ g (c; γ )v(c )dc ,
1
∞
∫ g (c; γ )dc = 1
1
(20)
と表わされる。ここで、 p は特許出願数を意味する。関数 v(c ) を期待値 γ でテーラー展開
して線形近似すれば、(20)式は、
∞
VM = p ∫ g (c; γ ){ v(γ ) − v ′(γ )γ + v ′(γ )c }dc = pv(γ )
1
(21)
のように単純化される。すなわち、特許価値の総額は特許出願数と密度関数の期待値がも
たらす特許価値の積によって表わされる。
次に、特許価値の総額 VM を生成させている発明数 k を考えよう。特許価値の総額 VM を
生成させている総クレーム数は pγ であるが、観察されるすべてのクレームが発明に対応し
ているわけではない。そこで、先にみたように、 β1 を「クレーム割引率」とし、観察され
たクレーム数を β1 で割り引いた c β1 が発明数に対応していると考える。すでにみたように、
特許価値の総額 VM を生成させている発明数 k は、
∞
k = p ∫ g (c; γ ) c β1 dc , 0 < β1 < 1
1
と表わされた。先と同様に c β1 を期待値 γ でテーラー展開し線形近似すれば、イノベーショ
ン数 k は、
∞
{
}
k = p ∫ g (c; γ ) γ β1 − β1γ β1 + β1γ β1 −1c dc = pγ β1
1
と単純化される。
いま、単項制下での特許出願を想定し、企業が k 個のイノベーションをすべて分割出願
してクレームも 1 項しか記載しなかったとすれば、特許価値の総額 VS は、
VS = k v(1) = pγ β1 v(1)
(22)
と表わされる。(22)式は、企業が単項制のもとで特許出願した場合に実現したであろう特
許価値総額を意味している。
さらに、特許価値とクレームの関係を、 v(c ) = a c θ1 のように特定化する。ここで、 θ1 は
特許価値のクレーム弾力性を意味する。本稿では、VM を VS で割った数値 λ = VM / VS を「多
項制乗数」と呼ぶ。多項制乗数は(20)式と(22)式より、
-56-
λ=
VM
v(γ )
= β1
= γ ρ , ρ = θ1 − β 1
VS
γ v(1)
(23)
と表わされる。多項制乗数は、2 つの構造パラメータ、すなわち特許価値のクレーム弾力
性 θ1 とクレーム割引率 β1 に規定される。また、多項制乗数 λ は,企業が多項制を利用して
特許出願している特許価値の総額 VM と,その特許価値を生み出している同数のイノベーシ
ョン k がクレーム 1 項として分割出願されたときに実現したであろう特許価値の総額 VS を
比較したものである。言いかえれば,多項制乗数は、クレームを 1 項として分割出願した
場合に、改善多項制の利用によって得られる特許価値と同じ特許価値を得られるか否かを
判別する指標を意味する。本稿では、多項制乗数 λ が 1 より大きいとき「多項制プレミア
ム(Premium)」、1 に等しいとき「多項制ニュートラル(Neutral)」、1 より小さいとき「多項
制ディスカウント(Discount)」と呼ぶ。
多項制プレミアムは、改善多項制により企業は単項制のもとでは得られない特許価値を
得ていることを意味するので、それが見出された場合には改善多項制の導入に積極的な経
済的存在意義を認めることができる。他方、多項制ニュートラルや多項制ディスカウント
は、分割出願と多項制の利用が特許価値に対して無差別であったり、分割出願した方が特
許価値を高められたりすることを意味するので、改善多項制導入により企業は特許価値を
向上させられる機会を得たとは言えない。
なぜ、特許価値のクレーム弾力性 θ1 とクレーム割引率 β1 によって改善多項制の評価が可
能になるのかを図示すれば、図 6 のようになる。図 6 の縦軸は特許価値が、横軸はクレー
ム数、あるいは発明数が測られる。特許価値のクレーム弾力性 θ1 は 1 を下回るので、特許
価値とクレーム数の関係は右上がりの逓減的な線として表わされる。いま、クレーム数 C1
の特許価値が A であったとしよう。しかし、クレーム数 C1 のすべてが発明数に対応してい
るわけではない。クレーム数 C1 に包含されている平均的な発明数は、クレーム割引率 β1 か
ら割り出すことができる。もし、発明数が I 2 なら、クレームを 1 項として分割出願したと
きの特許価値と同じになるので多項制乗数は Neutral、 I1 なら Premium、 I 3 なら Discount
と評価されることになる。したがって、特許価値のクレーム弾力性が大きいほど、クレー
ム割引率が小さいほど、多項制乗数は Premium と評価される可能性が高くなる。
-57-
図6
多項制と特許価値
特許価値
45゜線
Discount
特許価値の
クレーム弾力性<1
Neutral
Premium
A
v (1)
1
I1
I2
I3
C1
クレーム,発明数
(ⅳ)
多項制乗数の推計結果
本稿では、データの制約上、クレーム割引率は産業ごとに、クレーム弾力性は技術分野
ごとに推計を行ったので、両者に対応関係を持たせることは難しい。そこで、サンプル全
体について、多項制乗数の推計を行った。表 4 はその結果を示したものである。クレーム
弾力性は 0.174、クレーム割引率は 0.164 なので、僅かであるがクレーム弾力性がクレー
ム割引率を上回った。そこで、サンプル企業が 1998 年、1995 年、2000 年に出願した特許
の平均クレーム数を用いて多項制乗数を計算した((23)式)。その結果、多項制乗数は僅か
であるが 1 を上回り、多項制プレミアムが見出された。ただし、推計された数値はかなり
近接しているので、クレーム弾力性とクレーム割引率は等しいという帰無仮説をワルド検
定により検定した。検定の結果、この帰無仮説は棄却されなかった。したがって、ワルド
検定によれば、多項制乗数はニュートラルということになる。
本稿では、データの制約から技術分野別の推計は行えなかったが、無機化学・肥料のよ
うに、クレーム弾力性がかなり大きい技術分野もあり、こうした分野では頑健なプレミア
ムが見出される可能性がある。
-58-
表4
多項制乗数の推計結果
推定結果
産業全体
特許価値のクレーム弾力性 ; θ1
0.174
クレーム割引率 ; β1
0.164
ρ=θ1-β1
0.010
多項制乗数 ; λ
Wald検定
帰無仮説(θ1=β1)
1998年
1.006
1995年
1.017
2000年
1.021
標準誤差
0.020
χ2検定量
0.235
判定
Accept
Neutral
(7)
まとめ
近年、我が国企業の出願行動には大きな変化がみられる。我が国の企業は、1特許出願
に多くのクレームを記載し、複数の発明を集約させるようになっている。本稿では、こう
した出願行動を「クレーム代替」と呼んだ。我が国企業が特許出願に際し、こうしたクレ
ーム代替を行っているかどうかは、説明変数に平均クレーム数を加えた「特許生産関数」
の計測によって明らかになると考えられる。特許生産関数の推計により、明確なクレーム
代替が確認された。また、特許料(維持年金)の改訂は、クレーム代替を促している 1 つの
要因となっていることも確認された。
クレーム代替が確認されても、クレーム数の多い特許ほど価値が高くなければ、
「量から
質へ」の転換が進んでいるとは言えない。そこで、価値の高い特許ほど、登録更新回数は
多い、という点に着目し、クレーム数と特許価値の関係を推計した。その結果、特許価値
のクレーム弾力性は正で有意に推計された。
また、改善多項制の導入により、単項制では得られない特許価値の創出が可能になった
かどうかを検討するため、
「多項制乗数」を推計した。多項制乗数とは、企業が多項制を利
-59-
用して出願している特許の価値総額を、その特許価値を生み出している同じ数の発明がク
レーム 1 項として分割出願された場合に実現したであろう特許の価値総額で割った数値を
意味する。多項制乗数は、特許価値のクレーム弾力性とクレーム割引率によって推計され
る。多項制乗数が 1 を上回るプレミアムのとき、改善多項制の採用に積極的な経済的意義
を認めることができる。サンプル企業全体の推計結果では、わずかなプレミアムが見出さ
れたが、統計的に有意な数値ではなかった。ただし、クレーム弾力性がかなり大きい技術
分野もあり、こうした分野では明確なプレミアムが見出される可能性がある。
参考文献
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Vol.23,
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改善多項制・特許権の存続期間の延長制度』社団法人発明協
会。
竹田和彦(2006)『特許の知識:第 8 版』ダイヤモンド社。
土肥一史(2007)『知的財産法入門:第 10 版』中央経済社。
-60-
山内勇・長岡貞男(2007)「審査請求制度の経済分析」
、知的財産研究所編『特許の経営・経
済分析』、第 14 章、雄松堂。
山田節夫(2010)「審査官引用は重要か-特許価値判別指標としての被引用回数の有用性-」
『経済研究』一橋大学経済研究所、第 61 巻第 3 号掲載予定。
(山田節夫)
-61-
4.ソフトウェア特許のソフトウェア業界の構造に与える影響分析
(1)
ソフトウェア特許とイノベーション
ソフトウェアを特許で保護すべきかどうかについては賛否両論あるが、ソフトウェア特
許を認める動きは米国において進んできた。1981 年の最高裁判決(Diamond v. Diehr)に
おいて、アルゴリズムやソフトウェアに対する特許性は否定されるものではなく、装置や
プロセスと一体となっているものについては、ソフトウェア部分に対しても特許を認める
という判決が示された。
また 1994 年には連邦巡回控訴裁判所は Alappat 事件などにおいて、
装置やプロセスと一体となっていなくても、ソフトウェアそのものの新規性や進歩性を判
断した上で特許としうるという判決を出し、これをうけて USPTO は 1996 年に「コンピュー
タ関連発明審査指針」を公表し、ソフトウェアを特別なものとして扱うのではなく、それ
自体を他の発明と同様の基準にて審査を行うことを明確化した。これによって、米国にお
いてソフトウェア特許の出願が急増した1。また、1998 年には State Street Bank 事件に
おいて、CAFC はコンピュータによらないビジネス方法に対して特許を認める判決を下した
ことからビジネスモデル特許の出願ブームが起きた。
このような米国の動きを受けて、我が国においてもソフトウェアに対する特許が徐々に
認められるようになった。まず、1993 年に公表された審査基準において、ソフトウェアに
対する特許に対する考え方が示された。ただし、我が国においても当初はハードウェアと
一体的な発明のみ特許として認められるという内容であった。ソフトウェア単体としての
特許性を認めるようになったのは、1997 年から適用された審査基準によって、ソフトウェ
アが記録された媒体を特許として認めるようになってからである。2000 年 12 月には、コ
ンピュータソフトウェア関連発明の審査基準が改訂され、ハードウェアとソフトウェアを
一体として用い、あるアイデアを具体的に実現しようとする場合には、そのソフトウェア
の創作は特許法上の「発明」に該当することとし、
「媒体に記録されていなコンピュータプ
ログラム」についても「物の発明」として取り扱うこととされた。これによって、オンラ
インで提供されるソフトウェアについても特許として認められるようになった。
更に、2002
年 9 月に施行された特許法等の改正によってプログラム等が特許法上の「物」に含まれる
ことが明記され、ソフトウェア特許に対する制度が整った。なお、ビジネスモデル特許に
ついては、State Street Bank 事件以来、出願件数が急増し、進歩性の低い特許によって
特許制度の安定性が失われるという懸念が広がったことから、2000 年の日米欧 3 極合意の
結果、米国政府に対して審査厳格化の要求がなされた。
このようにソフトウェアに対する特許の広がりは日米両国において見られるが、その一
1
Bessen, J. and R. M. Hunt (2004), The Software Patent Experiment, Research on Innovation, Philadelphia, USA
-62-
方でソフトウェア特許に対する批判の声もある。まず、ソフトウェアに関する発明につい
ては、新規性や進歩性の判断が難しいという指摘がある。また、物や製法に関する特許と
比べて内容が抽象的で、クレームの幅が曖昧になり、特許侵害の対象になりやすいとも言
われている。更に、ソフトウェア特許の急増によって、特許の薮が IT 産業のイノベーショ
ンを阻害しているという批判もある。ソフトウェア関係特許の出願が増えていることによ
って、大手の IT 企業を中心に特許侵害の危険度を下げ、研究開発や事業の自由度を確保す
るための防衛的な目的で特許出願を増やしているといも言われている2。
このように価値が低い発明に特許権を与えることが累積的なイノベーションを阻害して
いるという声が聞かれる一方で、ソフトウェア特許は通常の特許よりも経済的な価値が高
いという研究成果も存在する。Hall and MacGarbie(2006)3は特許が企業価値(トービン Q)
に与える計量分析を行い、ソフトウェア特許は一般的な特許以上に企業価値の向上に貢献
しているとしている。また、ソフトウェア特許の保有は、IT バブル崩壊後のネットベンチ
ャーの生存率と正の関係にあるという研究結果もある4。ソフトウェアに関する特許出願は
大手 IT 企業によるものが中心ではあるが、ソフトウェア特許が可能になることによって、
ソフトウェアベンチャーが活性化するという効果も考えられる。このようにソフトウェア
特許は、イノベーションや経済活動に対して正と負の両面の効果が考えられ、その効果に
ついて詳細な分析を行って行くことの意義は高い。
このようにソフトウェアという無形資産に対して特許権が明示的に認められるようにな
ってきたが、このような制度改正以前においてもソフトウェアはハードウェアと一体の機
能として記述することによって特許権の付与はなされてきた。従って、エレクトロニクス
企業などハードウェアの製造業者においては、ソフトウェアに関する発明もクレームを工
夫することによって特許による権利の保護を受けることは可能であった。しかし、ソフト
ウェアに関する専門業者においては、特許権を受けることは困難であった。ソフトウェア
は著作権法における保護対象物とされてきたが、著作権はプログラムなどの「表現」に対
して権利保護がなされるものであり、発明(アイデア)そのものが保護されるわけではな
い。従って、ソフトウェアに対する特許権の広がりはソフトウェア専業企業に対して特に
大きな影響を与えているものと思われる。
(2)
データ
今回の分析では、経済産業省『特定サービス産業実態調査』及び IIP パテントデータベ
2
Graham, S. and D. Mowery (2003), Intellectual Property Protection in the U.S. Software Industry, in Patents
in the Knowledge Based Economy, National Academy of Science, Washington D.C. USA
3
Hall, B. and M. MacGarvie (2006), The Private Value of Software Patent, NBER Working Paper #12195
4
Cockburn, I. and S. Wagner (2007), Patents and the Survival of Internet Related IPOs, NBER Working Paper #13146
-63-
ース(2009 年度第 15 回提供分まで)を接続したデータベースを用いている。特定サービ
ス産業実態調査は、1973 年から経済産業省によって実施されている指定統計であり、サー
ビス産業に属する業種を調査対象とする事業所単位の全数調査である。このうち、今回利
用するデータは、「情報サービス業(2006 年調査以降「ソフトウェア業」と「情報処理・
提供サービス業」に分割)」の個票データ(1993 年から 2007 年)である5。また、IIP パテ
ントデータベースは、特許庁の整理標準化データを研究者用の特許分析データベースに変
換したもので、各特許出願に関する出願人・発明者・技術分類・引用情報などが収録され
ている。詳細については Goto and Motohashi (2007)6を参照されたい。
『特定サービス産業実態調査』と IIP パテントデータベースを接続した事業所単位のア
ンバランスドパネルデータ(unbalanced panel data)7を構築し、分析に用いる。事業所
データのパネル化では、
『特定サービス産業実態調査』の名簿情報を用いる。これには、住
所だけでなく、コード化された住所情報として都道府県コード(2 桁)と市区町村コード
(3 桁)がある。なお、市区町村コードは調査時点のものであり、地方自治体の再編があ
ると変化する。さらに、都道府県コードと市区町村コード毎に、事業所番号(4 桁)が付
与されている。例えば、次のようになる。
・都道府県コード 01/市区町村コード 0101,/事業所番号 0001
…
・都道府県コード 01/市区町村コード 0101,/事業所番号 0002
・都道府県コード 01/市区町村コード 0102,/事業所番号 0001
したがって、クロスセクションであれば都道府県コード・市町村コード・事業所番号で各
事業所を特定化できる。一方、パネルデータでは、時系列で事業所を追跡しなければなら
ないが、同じ事業所であっても市区町村コードと事業所番号は調査年で同じ番号を持つと
は限らない。例えば、地方自治体の再編によって、市区町村コードが変更された場合、そ
の変更に係る市区町村コードを持つ事業所で事業所番号のつけ直しが行われる。また、2005
年以前は調査対象が「情報サービス業」だったが、2006 年以降「ソフトウェア業」と「情
報処理・提供サービス業」に調査が分割された。これに伴い、事業所番号のつけ直しが行
われている。2002 年以降は前回調査の事業所番号が記載されており、2006 年の問題は処理
できるが、2001 年以前で前回調査の事業所番号がないが地方自治体の再編があると、都道
府県コード・市区町村コード・事業所番号によるパネル化は困難である。そこで、ここで
5
毎年 11 月に調査が実施され、前年 11 月から 1 年間の実績について調査される。
Goto, A., and K. Motohashi (2007), Construction of a Japanese Patent Database and a first look at Japanese
patenting activities, Research Policy, Vol. 36, Issue 9, pp. 1431-1442
7
事業所単位で 1993 年から 2007 年の事業所情報(『特定サービス産業実態調査』)と特許情報(IIPパテントデータ
ベース)を追跡したパネルデータである。ただし、期間中に参入・退出した事業所が存在するため、アンバランスドパ
ネルデータとなる。
6
-64-
は都道府県コード・市区町村コード・事業所名(表記ゆれ等を修整)でパネル化をおこな
っている。前述のように地方自治体の再編で調査年によって市区町村コードが変化する問
題に対処するため、すべての市区町村コードを 2008 年 9 月現在に置き換えている。後述の
IIPパテントデータベースの市区町村コードが 2008 年 9 月時点で表されているためであ
る。さらに、同じ市区町村コードに同名の事業所が存在した場合については(サンプル数
914 件分)、事業所名(表記ゆれ等の修整しない名簿記載のもの)で識別している。それで
も識別不可能な場合は(サンプル数 329 件分)、事業所番号(2006 年の問題は前回事業者
番号で処理)で識別している。1993 年から 2007 年の 15 年間で、事業所数 25071 か所、サ
ンプル数 110564 件の事業所単位のパネルデータを作成した。
これに特許データを接続する。IIPパテントデータベースの出願人名と出願人の都道
府県市区町村コード(2008 年 9 月現在、出願時点とは異なる)のデータを使って、特サビ
のパネルデータと接続している8。事業所 1040(4.1%)が出願人としてマッチする。II
Pパテントデータベースが 1964 年以降に出願されたすべての特許を収録しているので、対
象企業の特許出願については過去に遡ったデータを用いることが可能である。
さらに、ソフトウェア専業企業に限定するために、総売上に対するソフトウェア比率が
80%以上の企業のみを分析対象とした。1993 年から 2007 年の 15 年間のパネルデータには、
事業所数 13717 か所、サンプル数 45839 件が含まれている。このうち、特許出願がある事
業所は 598 か所(4.36%)である。表1は以上の点をまとめた表であり、調査年ごとに、
全体、そのうちソフトウェア専業、
さらにそのうち特許出願がある事業所数を示している。
8
都道府県・市区町村コードは IIP パテントデータベースに収録されていないが、今回の分析では(株)人工生命研究
所から特別に提供いただいた。データ面での協力に対して感謝の意を表したい。
-65-
表1
ソフトウェア専業
全サンプル
調査年
うち、ソフトウェア専業
うち、特許出願有
1993
6269
2392
137 (5.73%)
1994
5834
2120
130 (6.13%)
1995
5674
2000
129 (6.45%)
1996
6154
2347
152 (6.48%)
1997
5954
2325
156 (6.71%)
1998
8075
3277
213 (6.5%)
1999
7793
3203
211 (6.59%)
2000
7407
2805
182 (6.49%)
2001
7695
2901
178 (6.14%)
2002
7527
2780
162 (5.83%)
2003
7271
2615
168 (6.42%)
2004
7000
2467
153 (6.2%)
2005
6823
2386
137 (5.74%)
2006
10661
6135
242 (3.94%)
2007
10427
6086
233 (3.83%)
延べ数
110564
45839
2583 (5.63%)
事業所数
25071
13717
598 (4.36%)
備考:
「うち、ソフトウェア専業」は、事業所全体の売上高に占めるソフトウェア業務売上高(=受注ソフトウェア開発
+ソフトウェア・プロダクツ)の割合が 80%以上の事業所数を示す。
「うち、特許出願有」は、ソフトウェア専業で 2007
年以前に特許出願がある事業所数を示す。
(3)
ソフトウェア専業による特許の特性
(i)
出願件数の推移
全出願件数 11065528 件(1964 年から 2007 年に出願)のうち、ソフトウェア専業による
出願は、55322 件(0.5%)である。図1は今回の分析対象となったソフトウェア専業につ
いて、各年の特許出願件数(棒グラフ)とその年の特許出願件数に対する割合(折れ線グ
ラフ)を示している。90 年代初め(89-91 年)と 2000 年代初めに出願の山がある。
-66-
図1
ソフトウェア専業の特許出願の推移
3500
0.90%
0.80%
3000
0.70%
2500
0.60%
2000
0.50%
1500
0.40%
0.30%
1000
0.20%
500
0.10%
0.00%
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
1973
1971
0
備考:棒グラフはソフトウェア専業の特許出願件数、折れ線グラフはその年の全出願件数に占めるソフトウェア専業の
特許出願の割合を示す。出願番号の重複は除く。
それぞれの山でどのような事業所が出願しているか傾向を見る。図2はソフトウェア専
業の特許出願について、各出願年で出願件数が 5 件以下の事業所の割合を示している。図
1で見た出願件数の 2 か所の山(90 年代初めと 2000 年代初め)で、5 件以下の事業所数の
割合は大きく異なる。まず 90 年代初めでは、5 件以下の事業所数の割合が 50%前後である。
エレクトロニクス企業による出願が突出しており、このため図1の全体の出願数を大きく
している。特に、91 年では、日本電気ソフトウェアグループの出願が約 2000 件教と全体
の 3 分の 2 を占めている。一方、2000 年代では、5 件以下の事業所数の割合は約 80%と、
大きく拡大している。小規模の出願人が増加したことがわかる。
-67-
図2
出願数が 5 件以下の事業所数の推移
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
0%
備考:ソフトウェア専業の出願について、各年で出願件数が 5 件以下(共同出願も 1 件と数える)の事業所数の割合を
示している。
近年、ソフトウェアという無形資産に対して特許権が明示的に認められるようになって
きたが、このような制度改正以前においてもソフトウェアはハードウェアと一体の機能と
して記述することによって特許権の付与はなされてきた。従って、エレクトロニクス企業
などハードウェアの製造業者においては、ソフトウェアに関する発明もクレームを工夫す
ることによって特許による権利の保護を受けることは可能であった。しかし、ソフトウェ
アに関する専門業者においては、特許権を受けることは困難であった。ソフトウェアは著
作権法における保護対象物とされてきたが、著作権はプログラムなどの「表現」に対して
権利保護がなされるものであり、発明(アイデア)そのものが保護されるわけではない。
従って、ソフトウェアに対する特許権の広がりはソフトウェア専業に対して特に大きな影
響を与えているものと思われる。
図3はソフトウェア企業の出願特許が実際にどの程度権利化されたのかを見たものであ
る。出願年別に特許登録されたものの数と未登録数に分けてグラフ化している。出願数で
みると 1991 年をピークとした大きな山が見られたが、登録数でみると特許数の増減が平準
化されている。登録特許数の動きは 1987 年に一つの山が見られ、その後いったん落ち込み、
2000 年にかけて再び増加傾向にある。2000 年 10 月 1 日の出願特許から審査請求期間が 3
年に短縮されたが、それ以前は 7 年であった。特許登録までは審査請求後、特許の審査に
も時間を要するため 2000 年以降の登録特許数の減少はまだ審査を終えていない特許が存
在することも影響していると考えられる。1991 年をピークとする出願数の増加はマクロ経
済の動向が影響しているものと考えられる。一方でこの時期に出願した特許を審査請求す
るタイミングではバブル経済が崩壊しており、出願数に対する登録特許の割合が大きく落
-68-
ち込んだのではないかと推察できる。一方、2000 年をピークとする出願数の増加は、IT
バブルの影響を受けていると考えられるが、登録特許数の割合は減少していない。また、
ビジネスモデル特許の出願数が急増したタイミングとも重なるが、図3をみる限りこのビ
ジネスモデル特許ブームによる安易な特許出願の影響がでているとは考えにくい(その影
響が大きい場合は特許登録割合が低下するはずである)。従って、この 2000 年にかけての
特許出願数や登録数の増加はソフトウェア特許に対する制度改正が影響している可能性が
高い。
図3
ソフトウェ企業の特許出願数と特許登録状況
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
登録件数
(ⅱ)
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
1973
1971
0
未登録件数
出願特許の内容
図2や図3で見たようにソフトウェア企業における特許出願は 1990 年代後半の制度改
正前から行われている。ここではソフトウェア企業をソフトウェアの売上高比率 80%以上
のものに限定して分析を行っているが、ソフトウェア以外の売上高(特に製造業部分)に
関する特許を出願していたものと思われる。そこで、ソフトウェア企業が出願した特許の
技術分類からソフトウェア特許の抽出が可能かどうかについて検証する。表2は今回対象
とした企業が出願した特許についてその IPC 分類の分布を見たものである。
-69-
表2
ソフトウェア企業における頻出 IPC コード
IPCコード
G06F17/60
A63F13/00
G06F13/00
G06F12/00
G07D9/00
G06F15/30
H01L23/12
G06F9/06
G06F15/21
G06F15/20
H04B7/26
A63F9/22
G06F15/00
G06F15/62
G06F17/30
G06K17/00
G05B19/05
G06T1/00
H04L11/00
H04L13/00
H04M3/42
H04M11/00
A63F13/10
G06F9/44
G06F15/16
A63F7/02
H04L11/20
G07F7/08
G06F19/00
G06F9/46
特許数 特許数 特許数
2000年前 2000年後 合計
163
2491
2654
8
2481
2489
1087
1085
2172
1268
511
1779
1133
529
1662
1557
102
1659
490
944
1434
1080
338
1418
1260
133
1393
1226
89
1315
349
954
1303
410
803
1213
564
436
1000
628
363
991
148
745
893
397
452
849
282
557
839
147
649
796
595
171
766
566
199
765
293
423
716
275
439
714
2
696
698
540
140
680
584
88
672
129
510
639
315
310
625
535
83
618
254
352
606
469
131
600
内容
商務目的デジタルデータ処理
ゲーム
コンピュータ内部情報システム
コンピュータ内部情報システム
ATM認証
データの認識・表示
半導体装置用パッケージの製造方法
プログラム制御
商務目的デジタルデータ処理
商務目的デジタルデータ処理
無線通信
ゲーム
データ処理装置
G06T1/00
情報検索・データベース
データの認識・表示
制御・調整
画像技術
交換機
各種符号を送受信する装置または回路の細部
自動リダイアル装置
電話通信による遠隔監
ゲーム
プログラム制御
プロセッサ並列処理
パチンコ
通信交換方式
暗証カード
商務目的デジタルデータ処理(特定の目的)
マルチプログラミング装置
以下の関係の特許に関する出願の多いことが分かった。
x
管理目的、商業目的、金融目的などに適合したデータ処理システム(電子商取引や
ビジネスモデル特許を含む):G06F17/60、G06F15/20,21(第 4 版)
x
コンピュータゲーム関係:A63F13/(第 8 版~)
x
コンピュータ内部情報システム・制御:G06F12/、G06F13/
x
情報検索、そのためのデータベース構造:G06F17/30、G06F15/40(第 4 版)
x
プログラム制御:G06F9/
x
デジタル計算機一般:G06F15/
x
エラー検出:G06F/11
なお、無線通信や半導体装置関係のソフトウェアとは関係ない特許も多数含まれている。
表3は、ここで定義したソフトウェア企業から受注ソフトの売り上げが 90%以上のもの
(受注ソフト企業)とパッケージソフトの売上が 50%以上のもの(パッケージソフト企業)
を取り出して、それぞれについて出願特許の技術特性を見たものである。また、ここで IPC
コードは総件数の多いものから順に並べてある。たとえば、半導体パッケージ関係、デー
タの表示方法、画像処理などは出願件数が少なくなっており、これらはハード関係の特許
である場合が多いのではないかと予想できる。受注ソフト企業で多い技術分類は、コンピ
-70-
ュータ内部情報システム、データ処理装置、商務目的デジタルデータ処理(おそらく金融
機関向けなど受注ソフト開発に関する技術)となっている。一方、パッケージソフト企業
においては、ゲーム関係や商務目的デジタルデータ処理(おそらく業務パッケージソフト)
が多くなっている。
表3
IPCコード
G06F17/60
G06F12/00
A63F13/00
G06F13/00
G06F15/21
G06F9/06
G06F15/30
G07D9/00
G06F15/20
A63F9/22
H01L23/12
G06F15/00
G05B19/05
A63F7/02
G07B15/00
G06F9/46
G06F11/28
G07G1/12
G06F17/30
H04L12/56
G06F17/50
A63F13/10
H01L23/50
A63F9/00
G06F15/60
G06F3/02
G06F15/16
H04L12/28
A63F13/12
(ⅲ)
IPC コード(受注ソフト企業とパッケージ企業の比較)
受注ソフト パッケージ
552
166 商務目的デジタルデータ処理
652
29 コンピュータ内部情報システム
11
278 ゲーム
343
63 コンピュータ内部情報システム
99
5 商務目的デジタルデータ処理
315
17 プログラム制御
27
0 データの認識・表示
60
0 ATM認証
193
17 商務目的デジタルデータ処理
4
206 ゲーム
0
0 半導体装置用パッケージの製造方法
246
35 データ処理装置
31
0 制御・調整
16
32 パチンコ
11
9 画像技術
169
5 マルチプログラミング装置
136
8 制御・調整
31
3 暗証カード
119
27 情報検索・データベース
92
0 通信交換方式
78
61 情報検索・データベース
1
92 ゲーム
3
1 半導体装置用パッケージの製造方法
0
46 パチンコ
100
1 データの認識・表示
92
6 商務目的デジタルデータ処理(特定の目的)
143
2 プロセッサ並列処理
47
5 通信交換方式
3
84 ゲーム
ソフトウェア企業の属性と特許出願
ここではソフトウェア企業の属性によって特許出願の状況がどのように違うかより詳細
に見る。まず、図1でみたマクロレベルの特許出願数は、特許を大量に出願している企業
の動向に左右されてしまう。従って、個々の企業において制度変化の影響を受けているど
うかについて検証するため、特許数に関する DI(Diffusion Index:増加=1、不変=0、
減少=-1として毎年の動向を集計したもの)を作成した。この DI の推移を見たものが図
-71-
4である。1991 年のバブル崩壊以降、DI はマイナスになっているが、1995 年に一度プラ
スになりまたマイナスになっている。2000 年には大きくプラスになりその反動で一旦マイ
ナスになるが、2005 年にはプラスと DI は大きく上限している。このように DI はマクロ経
済の動きに対する影響を受けて大きく上下しており、ここからソフトウェア特許に関する
制度改正の影響を読み取ることは難しい。
図4
出願特許数に関するディフージョンインデックス
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
-0.02
-0.04
-0.06
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
少なくとも 1 件以上の特許出願を行っている 598 のソフトウェア企業については、最初
に特許を出した年(特許出願開始年)の分布状況を見る。ソフトウェア特許とイノベーシ
ョンの関係については、①特許権のソフトウェアに対する範囲の広がり→②ソフトウェア
会社におけるイノベーションに対する投資インセンティブの高まり→③イノベーションの
活性化、というメカニズムが想定される。このメカニズムに従って現実が動いていたとす
ると制度改正によって特許出願が可能になった企業が増加するというパターンが見えるは
ずである。結果は図5のとおりであるが、90 年代中旬まで特許出願開始企業数がスムーズ
に上昇しており、2000 年にその数が急増している。これは前述した IT バブルやビジネス
モデル特許ブームの影響が表れている可能性があるが、この年にすべてのソフトウェアに
関する特許が正式に認められたことも影響していると思われる。
-72-
図5
特許出願開始年ごとの企業数分布
80
70
60
50
40
30
20
10
0
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1979
1977
1971
最後に図6は最初に特許を出願した年が 1997 年以前とそれ以降の企業について、そのア
ウトプット属性の違いを見たものである。ソフトウェア特許に関する制度改正が始まった
1997 年以降の初めて特許出願を行った企業を抽出し、制度改正と特許出願の関係について
ヒントを得るためにグラフ化した。結果として、両者のアウトプット特性には大きな違い
がないことが分かった。両者とも受注ソフトの割合が 4 分の 3 程度を占めており、残りが
パッケージソフトとなっている。1997 年以降に初めて特許出願を行った企業は、その他の
売上の割合が若干大きく、その一方で受注ソフトの売上割合が小さい。
-73-
図6
最初の出願年(1997 年前後)による企業の属性比較
After 1997
74%
Before 1996
76%
1% 16%
4% 4%
2% 16%
5%
1%
0%
10%
20%
Custom
(4)
30%
OS
40%
50%
Package
60%
Game
70%
80%
90%
100%
Other
ソフトウェア制度改正と特許出願に関する回帰分析
ここでは回帰分析によってソフトウェア企業の特許出願に関する要因分析を行う。特定
サービス産業実態調査のデータと特許データ(IIP パテントデータベース)の接続パネル
データ(1993 年~2007 年の 15 年間)の特許出願数(及び特許出願ダミー変数)を被説明
変数として、以下の説明変数を用いて回帰分析を行った。
x
Log(EMP):企業の従業員数(対数値)
x
RD 比率:
x
SE 比率
x
プログラマー比率
x
パッケージソフト比率:パッケージソフト売上比率
x
基本ソフト比率:基本ソフト売上比率
x
業務用パッケージ比率:業務用パッケージ売上比率
x
ゲームソフト比率:ゲームソフト売上比率
x
同業者売上比率:情報処理サービス業者に対する売上比率
x
同業者外注比率:ソフトウェア開発外注費の売上高に対する比率
x
製造業売上比率:製造業に関する売上の比率
x
政策変化ダミー:1997 年以降=1のダミー変数
これらの変数の補完関係について調べるため、同業者売上比率と同業者外注比率の交
差項と製造業売上比率と政策変化ダミーの交差項も説明変数として用いた。回帰分析は特
-74-
許出願ダミーに関してはパネルプロビットモデルで、特許出願数については Negative
Binominal モデルを用いた。それぞれの推計結果を表4と表5に掲げる。
表4
回帰分析結果(被説明変数:特許ダミー、パネルプロビット回帰)
log(EMP)
RD比率
SE比率
Programmer比率
パッケージソフト比率
(1)
0.339
(15.14)**
0.829
(2.97)**
0.024
(0.36)
-0.035
(0.28)
0.152
(2.58)**
(2)
1.055
(15.43)**
1.499
(1.66)
-0.110
(0.35)
0.026
(0.07)
(3)
0.340
(15.17)**
0.786
(2.83)**
0.046
(0.79)
0.049
(0.42)
0.143
(2.37)*
(4)
0.434
(17.46)**
0.994
(3.49)**
0.023
(0.32)
-0.048
(0.37)
0.091
(1.38)
1.476
(1.68)
2.482
(5.73)**
3.563
(4.97)**
基本ソフト比率
業務用パッケージ比率
ゲームソフト比率
-0.435
(3.42)**
-0.196
(1.00)
0.333
(0.73)
同業者売上比率
同業者外注比率
同業者売上*外注
製造業売上比率
政策変化ダミー
製造業比率*政策変化
-7.435
-13.549
(70.17)** (46.80)**
59818
31159
サンプル数
22546
9849
グループ数
Absolute value of z statistics in parentheses
* significant at 5%; ** significant at 1%
定数項
-75-
-7.338
(68.46)**
59818
22546
2.562
(3.42)**
0.037
(0.38)
-2.599
(3.46)**
-7.291
(45.34)**
58639
22425
表5
回帰分析結果(被説明変数:特許数、パネル Negative Binominal)
log(EMP)
RD比率
SE比率
Programmer比率
パッケージソフト比率
(1)
0.055
(4.79)**
0.061
(0.44)
0.011
(0.79)
0.017
(0.39)
0.000
(0.01)
(2)
0.031
(2.54)*
0.089
(0.49)
0.040
(0.71)
0.032
(0.47)
(3)
0.055
(4.79)**
0.055
(0.40)
0.011
(0.78)
0.017
(0.37)
-0.001
(0.11)
(4)
0.068
(5.21)**
0.059
(0.42)
0.013
(0.90)
0.013
(0.26)
-0.005
(0.33)
0.018
(0.14)
-0.015
(0.16)
0.148
(1.84)
基本ソフト比率
業務用パッケージ比率
ゲームソフト比率
-0.021
(0.46)
0.003
(0.08)
-0.040
(0.24)
同業者売上比率
同業者外注比率
同業者売上*外注
製造業売上比率
政策変化ダミー
製造業比率*政策変化
5.607
6.126
(25.51)** (20.56)**
59818
31159
サンプル数
22546
9849
グループ数
Absolute value of z statistics in parentheses
* significant at 5%; ** significant at 1%
定数項
5.609
(25.49)**
59818
22546
-0.018
(0.22)
-0.008
(0.35)
0.013
(0.16)
5.308
(23.63)**
58639
22425
表4をみるとモデル(1)~モデル(4)のいずれのケースにおいても Log(EMP)と RD
比率が正で統計的有意となった。ソフトウェア企業の人材に関しては、調査研究要員の比
率が高いほど特許出願を行う確率が高くなるが、それ以外の SE やプログラマーの比率は特
許出願とは関係がないことが分かった。モデル(1)とモデル(2)はソフトウェア企業
の製品タイプと特許出願の関係をみたものである。モデル(1)のとおりパッケージソフ
トの売り上げが大きい企業は特許出願を行う確率が高い。我が国のソフトウェア産業が受
-76-
注ソフト中心モデルからパッケージソフト型に転換するために、ソフトウェア特許に関す
る権利強化が影響する可能性を示唆している。モデル(2)のとおり、パッケージソフト
の中でも特に業務用パッケージやゲームソフトの売り上げが特許出願との関係が強い。
モデル(3)はソフトウェア企業の外注・下請け関係と特許出願の関係をみたものであ
る。我が国のソフトウェア産業は大規模な受注システムを開発するために重層的な下請け
構造となっており、ソフトウェア産業の生産性が低い要因となっている
(峰滝・元橋、2008)。
ここではソフトウェア企業の重層的な階層におけるポジション(元請け、中間下請け、最
終下請けなど)と特許出願の関係をみている。同業者に対する売上比率(ソフトウェア開
発に関する業務下請け度)が高いほど特許出願を行う確率が低くなっている。なお、同業
者に対する外注比率(元請け度の代理変数)や両者の交差項(下請けを行いながら外注を
行っているいわゆる中間下請け度の代理変数)については統計的有意な係数は得られなか
った。ソフトウェアの下請け業務は発注元の仕様に従ってソフトウェア開発を行うことが
中心となるため、独自の技術を開発して特許化することが行われないことによるものと考
えられる。
最後に 1997 年以降のソフトウェアパテントに関する制度改正の影響についての分析で
あるが、ソフトウェア企業全体でみた特許出願数については図2でみたように 2000 年に急
増した。しかし、これは IT バブルなど制度改正とは関係ない要因も影響していると考えら
れる。そこでここでは製造業に関する売上高比率を用いて、IT バブルなどのマクロ経済に
関する要因をコントロールすることとした。ソフトウェア特許に関する制度改正は、ソフ
トウェア専業企業における特許出願を容易にするものであるが、製造業との兼業事業者(総
合エレクトロニクス企業など)においては製品と一体的な発明内容とすることによって、
それ以前も特許出願は可能であった。従って、制度改正の前後の製造業との兼業事業者に
おける特許出願数の変化とソフトウェア専業業者の変化の差(Difference in Difference
Estimator)によって、制度改正による変化をより正確に取り出すことができる。これは、
モデル(4)においては製造事業売上比率と制度改正ダミーの交差項の係数によって評価
することができる。推計結果をみるとまず製造事業売上比率は正で統計的有意となってお
り、製造事業を行っている企業は特許出願を行いやすいという仮説をサポートしている。
また、制度改正ダミーとの交差項は負で統計的有意となったが、製造事業の割合が少ない
ソフトウェア企業(専業に近い形態の企業)において、制度改正によってより多くの特許
出願を行うようになったことを示しており、ソフトウェアに関するプロパテントと出願数
の関係をサポートする結果となった。
表4は被説明変数を特許出願数として、パネル Negative Binominal モデルによって推計
を行ったものである。係数の符号についてはおおむね表3と一致しているが、ほとんどの
係数で統計的有意とならなった。第 2 節でみたように今回のサンプルにおいて特許出願を
行っている企業は全体の 5%程度にとどまっており、かつ特許出願数の分散が非常に大き
-77-
くなっていることが影響していると考えられる。今後推計モデルを改良することが必要で
ある。
(5)
まとめ
ここでは特定サービス実態調査(情報サービス業)と特許データ(IIP パテントデータ
ベース)の接続データを用いてソフトウェア特許に関する制度改正とソフトウェア企業の
特許出願に関する実証研究を行った。我が国においてソフトウェアに関する特許は 1997
年から徐々に認められるようになった。2000 年にはオンラインで供給されるソフトウェア
についても特許出願をすることが可能になり、この制度改正によってソフトウェア専業企
業において特許出願を行うことが可能となり、これらの企業のイノベーション活動の活性
化につながったのではないかと考えられる。我が国のソフトウェア産業は受注ソフトウェ
ア開発が中心で、重層的な下請け構造になっていることが、生産性が低い原因といわれて
いる。ソフトウェアに関する特許が認められることによって、パッケージソフトの開発に
対するインセンティブが高まり、下請け体質からの脱却に弾みがつくことが期待できる。
ソフトウェア企業における特許出願の動向をみると 1991 年と 2000 年に出願数のピーク
があり、マクロ経済の変動の影響を大きく受けていることが分かった。また、ソフトウェ
ア特許が認められる 1997 年以前にも多くの特許が出願されており、特許の内容についてよ
り精査することが必要と考えられる。ただし、特許登録数でみると 1991 年のピークはなく
なり、1990 年代後半から登録特許の上昇がみられる。2000 年を中心とした特許登録数のピ
ークは IT バブルやビジネスモデル特許ブームが考えられるが、ソフトウェア特許に関する
制度改正の影響あるのではないかと考えられる。
この点については、計量的に明らかにするために、特許出願の有無に関するダミー変数
と特許出願数を被説明変数とする回帰分析を行った。特許出願の有無に関するダミー変数
に関する分析結果において、以下の各点が明らかになった。
x
パッケージソフトの売上比率(パッケージソフトの中でも特に業務用ソフトとゲー
ムソフトの売上比率)が高い企業において特許出願を行う確率が高い。
x
同業社に対する売上が大きい企業(下請け比率が高い企業)においては特許出願を
行う確率が低い。
x
1997 年以降のソフトウェア特許に関する制度改正によって、ソフトウェア売上比率
が高い企業(ソフトウェア専業度が高い企業)において、出願確率がより高まって
いる。
このように、ソフトウェア制度改正とソフトウェアの専業企業のイノベーションの関係
においては、ある程度仮説通りの結果が得られたが、いくつかの課題について引き続き検
討することが必要である。まず、ソフトウェア特許の抽出の必要性である。ここで分析対
-78-
象としたのはソフトウェア売上高比率が 80%以上の企業が出願したすべての特許である
が、図2のとおり 1997 年の制度改正以前にも多くの特許が出願されている。このように分
析対象とした特許において相当数のハードウェアに関する特許が含まれていることが考え
られ、発明の名称や請求項におけるテキスト検索を行うなどの手法によって、ソフトウェ
ア特許の抽出を行うことが必要である。
また、ここでは制度改正と特許出願の関係については一定の結果を得ることができたが、
これがソフトウェア企業のイノベーション活動との関係について分析を進めることが重要
である。特許出願によって受注ソフトの下請け構造から脱却し、パッケージソフトを開発
することによって独立性を確保することに弾みがつくという効果が考えられるが、今後は
特許取得とこのようなソフトウェア企業の事業活動の関係について分析を進めていきたい。
参考文献
Bessen, J. and R. M. Hunt (2004), The Software Patent Experiment, Research on
Innovation, Philadelphia, USA
Cockburn, I. and M. MacGarvie (2006), Entry, Exit and Patenting in the Software
Industry, NBER Working Paper #12563
Cockburn, I. and S. Wagner (2007), Patents and the Survival of Internet Related IPOs,
NBER Working Paper #13146
Hall, B. and M. MacGarvie (2006), The Private Value of Software Patent, NBER Working
Paper #12195
Goto, A., and K. Motohashi (2007), Construction of a Japanese Patent Database and
a first look at Japanese patenting activities, Research Policy, Vol. 36, Issue
9, pp. 1431-1442
Graham, S. and D. Mowery (2003), Intellectual Property Protection in the U.S. Software
Industry, in Patents in the Knowledge Based Economy, National Academy of
Science, Washington D.C. USA
峰滝和典・元橋一之(2008)、
「ソフトウェア産業の重層的下請構造:イノベーションと生産
性に関する実証分析」、RIETI Discussion Paper Series 09-J -002
(元橋一之、蟹雅代)
-79-
5.特許の審判及び異議申立に関する経済学的分析
(1)
はじめに
特許審査には、①特許性のある発明を誤って拒絶する場合、②特許性のない発明を誤っ
て特許査定する場合の 2 つの過誤が生じる可能性があり、いずれの過誤も特許制度がイノ
ベーションを促進する効果を弱めることにつながる。また、近年の特許権重視の政策にも
かかわらず、特許侵害訴訟の件数は増加しておらず、その原因としては侵害訴訟に伴う特
許無効抗弁の容認による権利者敗訴の重要性が高まっていることにあり、今後は、先行文
献サーチの充実等による特許権の安定性を高めることが重要だという指摘もある(高倉,
2008)1。特許権の安定性を高めるために、的確な特許審査が行われるとともに、当事者及
び第三者の参加によって、審査段階での情報の不足や誤りが早期に且つ確実に修正される
制度を構築していくことが非常に重要である。
本研究は、昨年度(2008 年度)の知的財産研究所における研究(長岡・真保, 2009)を
基礎に、不服審判、無効審判、異議申立等が、それぞれどのような特許特性や出願人の特
性を反映して提起されまた成立するのか、その決定要因を実証的に分析し、今後の特許の
安定性を高めるための、審査や審判制度あるいは異議申立制度のあり方の検討に資するこ
とを目的とする2。2003 年の特許法改正によって付与後異議申立制度は廃止され、無効審
判制度に一本化されたが、その対象となる特許件数が大きく減少しており、産業界を中心
に異議申立制度の復活を望む声も強い。本研究で異議申立制度及び無効審判制度の利用を
決定する要因をそれぞれ計量的に分析し、何故、無効審判が異議制度を代替することにな
らなかったか、その原因と帰結を明らかにしていきたい。また近年利用頻度が高まってい
る情報提供制度について、その利用の決定要因、その影響などを検討する。
本研究では特許庁提供の「異議申立データ(1996 年から 2003 年まで)
」、「審判(不服・
無効)データ(1990 年から 2008 年まで)」、
「情報提供データ(1990 年から 2008 年まで)
」、
「査定データ(1987 年から 2009 年 8 月まで)」、及び、
「IIP パテントデータベース」
(知的
財産研究所)
、「整理標準化データベース」
、「公報データベース」(ともに人工生命研究所)
を用いた3,4。以下の分析は、いずれもこれらを接続したデータセットを使用している。
以下では、
(2)節で情報提供制度の利用及びその効果、(3)節で不服審判請求及び成
立の決定要因、
(4)節で異議申立と無効審判請求の決定要因とこれらの成立要因及び(5)
1
高倉成男 (2008)「イノベーションの観点から最近の特許権侵害訴訟の動向について考える」RIETI コラム 242.
2
長岡貞男・真保智行(2009)「特許の実体審査と企業の出願行動」、『平成 20 年度我が国における産業財産権等に関す
る調査報告書』、財団法人知的財産研究所.
3
Goto, A. and Motohashi, K. (2007) "Construction of a Japanese Patent Database and a First Look at Japanese
Patenting Activities," Research Policy, 36, 1431-1442.
4
データの利用にあたり、特許庁から多大な助力を得た。記して感謝したい。
-80-
節で異議申立てと無効審判請求との比較:匿名性と締切りの効果をそれぞれ分析する。補
論では、異議申立などの理論モデルの骨子を説明している。
(2)
情報提供制度の利用及びその効果
情報提供制度は、審査の的確性及び迅速性の向上に資することを目的として、特許法施
行規則に規定されたものである(特許庁, 2009)5。同制度は、特許出願に係る発明が新規
性・進歩性を有していない、あるいは、記載要件を満たしていないなどの審査に有益な情
報を提供するものであるが、匿名での提供も可能なため、通常は、競争企業の特許成立を
阻止する目的で利用されていると考えられる。また、特許法の 2003 年改正において、異議
申立制度を廃止し特許無効審判制度に統合されたことから、特許性のない発明に対して特
許が付与されている事態を簡便に是正するための方策として、2004 年から特許付与後の情
報提供制度が導入された。
(ⅰ)
情報提供件数の推移・概要
図1は特許付与前及び付与後の情報提供件数(特許件数ではない)を受付年別に示した
ものである。ここでは、三つの点に注目したい。第一に、2004 年に特許付与後の情報提供
制度が導入されたものの、情報提供件数は年あたり 100 件に満たない。また、審判におい
て、付与後の情報提供に基づき無効が確定したケースは 2 件(2009 年 11 月現在)と少な
い。つまり、付与後の情報提供制度は実際には殆ど活用されていないと言える6。そこで以
下では、付与前の情報提供に限定して議論を進める。また、特段の断りがなく「情報提供」
と記した場合、「付与後」ではなく「付与前」の情報提供を指すものとする。
第二に、1996 年に(付与前)情報提供件数が年 3000 件程度まで倍増していることが分
かる。1996 年以前は、出願公告後三か月以内に、異議申立が可能であったが、1996 年以降、
公告制度の廃止に伴い、異議申立は付与前から付与後異議申立に変更された。つまり、情
報提供は、権利化前に他者の特許成立を阻止できる唯一の制度となり、その重要性が増し
たものと理解できる。
第三に、2004 年に再度件数が大きく増加している点を挙げることができる。これは、異
議申立制度が廃止されたことによる。権利成立後に特許を取り消す手段が当事者系の無効
5
特許庁(2009)
「特許・実用新案 審査ハンドブック」
(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/handbook_shinsa/11.pdf 2010 年 2 月 1 日アクセス).
6
こうした情報提供制度の利用状況の背景には、以下の理由が指摘されている(特許第 2 委員会 2005)。第一に、企業
が他社特許への攻撃を考えている場合、権利付与後の情報提供制度を利用し、無効資料を開示してしまうと、特許権者
に事前に余分な検討期間を与えることになってしまうこと。第二に、権利付与前の情報提供制度では、提出する時期が
早ければ、審査官にその内容を検討してもらえる可能性があるという利点があることである。
-81-
審判請求に限定されたため、特許を取り消す費用は大幅に上昇し、結果的に、情報提供に
よって権利成立を事前に阻止することの重要性が益々高まったと言える。
図1
情報提供件数(受付年別)
8000
付与後情報提供
7000
付与前情報提供
情報提供件数
6000
5000
4000
3000
2000
1000
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
0
受付年
図2は、出願年別に出願件数(右軸)及びそれらの出願に対してなされた情報提供件数
(左軸)の推移を示したものである。情報提供件数は 2002 年出願を境に低下しているが、
情報提供可能な期間は、出願公開(公表・再公表)から査定が確定するまでなので、出願
年の新しい特許も今後情報提供を受ける可能性がある。ただし、PCT 出願や早期審査の利
用が増加すると、公開後(公表・再公表)に情報提供を実施できる期間が短い、あるいは
公開時点で特許が成立しているといったケースが増えると考えられるため、情報提供の実
効性は低下することも考えられる7。
7
PCT 出願は国際公開されるものの、公表・再公表公報は同出願から 3 年以上経過して発行されることもある。
-82-
図2
情報提供件数と出願件数(出願年別)
7000
450000
出願件数
6000
400000
情報提供件数
350000
5000
4000
250000
3000
200000
出願件数
情報提供件数
300000
150000
2000
100000
1000
50000
0
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
0
出願年
図3は、横軸に公開日からの経過期間をとって情報提供のタイミングを調べたものであ
る8。これによれば、情報提供には二つのピークが存在する。まず、公開直後が最も多くそ
の後減少するが、審査請求期限満了後に一時増加し、再び減少する。これは、請求可能期
間満了の直前に審査請求が行われる特許が多数存在することによる。
図4は、審査請求前後で情報提供件数を比較したものである。情報提供の大部分は、審
査請求後に行われていることが分かるだろう。またこの傾向は、審査請求期間が短縮され
た後さらに強まっており、請求期間 7 年の特許では審査請求前の情報提供が 25.5%だった
のに対し、請求期間短縮後は 15.4%にまで低下している。
8
図3及び図4は、審査請求期間を満了している特許を選択する意味で、2005 年末までの出願特許を対象としている。
-83-
情報提供のタイミング
9000
100.0%
8000
90.0%
7000
6000
情報提供件数
80.0%
審査請求期間7年適用(件数)
5000
審査請求期間3年適用(件数)
70.0%
審査請求期間7年適用(累積比率)
60.0%
審査請求期間3年適用(累積比率)
50.0%
4000
40.0%
3000
30.0%
2000
20.0%
1000
10.0%
12年
公開日からの経過期間
図4
情報提供件数(審査請求前後)
60000
審査請求後
50000
審査請求前
情報提供件数
40000
30000
20000
10000
0
審査請求期間7年適用
審査請求期間3年適用
-84-
>12年
11.5年
11年
10年
10.5年
9年
9.5年
8年
8.5年
7.5年
7年
6年
6.5年
5年
5.5年
4年
4.5年
3年
3.5年
2年
2.5年
1年
1.5年
0.0%
0.5年
0
累積比率
図3
最後に、表1で IPC サブクラスレベルの情報提供件数上位 10 分類を示しておこう9。集
計に用いた特許は、1990 年以降に出願された特許全てである。技術分野が多岐に渡るので、
一言で特徴を述べることは難しいが、概ね研究開発活動・知財活動が活発だと認識されて
いる技術分野がランクインしているようにみえる。後の分析で異議申立と無効審判請求に
ついても同様の表を示すが、幾つかの技術分野が重複していることを予め指摘しておこう。
全出願に占める情報提供ありの出願比率は 0.88%であり、H01L 及び G06F の比率はこれ
を下回る。つまり、出願件数が多い分野では、情報提供を受ける平均的な確率が低いこと
が分かる。これは、特許数の多い分野ほど発明の価値の分散が大きいことによる。特許の
価値をコントロールした上で、技術分野の混雑性が情報提供とどのような関係にあるかは、
次の回帰分析で明らかにする。
表1
情報提供件数上位 10IPC サブクラス
情報提供件数
比率
ランキング
ランキング
A/B
(情報提供件数)
(比率)
95682
3.01%
1
40
2110
140917
1.50%
2
142
A:情報提供あり
記号
タイトル
A61K
医薬用,歯科用又は化粧用製剤
3713
2876
G03G
エレクトログラフィー;電子写真;マグネトグラフィー
2382
出願件数
B:全出願件数
H01L
半導体装置,他に属さない電気的固体装置
1638
1425
337952
0.42%
3
453
A23L
食品,食料品,または非アルコール性飲料
1512
1213
30555
3.97%
4
19
B32B
積層体,すなわち平らなまたは平らでない形状
1397
1239
40199
3.08%
5
34
C08L
高分子化合物の組成物
1285
1100
69214
1.59%
6
128
A63F
カードゲーム,盤上ゲーム,ルーレットゲーム
1204
984
87660
1.12%
7
228
B65D
物品または材料の保管または輸送用の容器
1133
919
70811
1.30%
8
179
G06F
電気的デジタルデータ処理
1105
986
355482
0.28%
9
515
C04B
石灰;マグネシア;スラグ;セメント;その組成物
1003
867
36890
2.35%
10
60
9
表1中のサブクラスタイトルは適宜簡略化している。正式なタイトルは、IPC 分類表を参照されたい。また、「ランキ
ング(情報提供件数)」は情報件数のランキング、
「ランキング(比率)」は比率(出願特許に占める情報提供ありの割合)
のランキングであり、最下位は 569 位(最下位に重複多数)である。
-85-
(ⅱ)
情報提供の決定要因
前述の通り、情報提供制度は、特許性の判断に出願人、審査官以外の第三者が間接的に
関与することを認めたものであり、その点で異議制度との共通点も多い。そこで異議申立
に関する代表的な研究である Harhoff and Reitzig(2004)を参考にしつつ、情報提供の
決定要因を定量的に分析する10。サンプルは、1994 年、1998 年、2002 年の全出願とする。
1994 年出願は異議制度の対象となる特許であり、他方、2002 年出願は異議制度対象外の特
許と見なせるものである11。
従属変数は、公開日あるいは公表・再公表日から特許登録査定・拒絶査定発送日までに
情報提供があった場合に 1 をとるダミー変数である。説明変数は、特許属性、技術分野属
性、出願人属性に分類される。
①
特許属性に関する変数
特許属性を表す変数としては以下のものを用いる12。
¾ 出願時の請求項数
¾ 前方引用数(発明者引用及び審査官引用)
¾ 後方引用数(発明者引用)
¾ 発明者数
¾ PCT 出願ダミー、外国優先ダミー
請求項数は、出願人が当該特許について保護されることを期待する技術領域の幅であり、
特許の保護範囲の代理変数であるといえる。前方引用件数は、当該特許が後願特許の参考
になっているという見方が可能であることから、当該特許の技術的価値を表す指標といえ
る。価値の高い特許ほど、第三者(つまり出願人以外)は、その成立を阻止するインセン
ティブが高いとすると、これらの変数は情報提供に対して正の影響を持つと推測される。
なお前方引用は、発明者による引用と審査官による引用をそれぞれ用いる。
後方引用件数は、当該特許が出願された際に参照された先願特許の数であることから、
先行研究への依存度を表す指標であるといえる。後方引用で測ったオリジナリティーの高
10
Hahoff, D. and Reitzig, M. (2004) "Determinants of Opposition against EPO Patent Grants," International Journal
of Industrial Organization, 22, 443-480.
11
厳密には、1994 年出願の登録分のうち 6.5%は、2004 年以降(異議制度廃止後)に登録されている。また、2002 年出
願の登録分の 1.6%が 2004 年以前に登録されている。
12
前方引用及び後方引用は、「公報データベース」を用いて変数を作成した。その他は、「IIP パテントデータベース」
及び「整理標準化データベース」を用いている。
-86-
い特許ほど、価値が高いと想定すれば、負の効果が予想される。ただし、後方引用には、
同一の出願人による特許間の引用(自己引用)も含まれている点は注意が必要である。Hall,
et al.(2005)が示したように、自己引用を累積的な研究開発の成果であると考えれば、
後方引用が特許の価値を示す可能性もある13。実際、Harhoff, et al.(2003)では、前方
引用と後方引用が正の相関を持つことを明らかにしている14。また、出願人が綿密に先願
特許を引用することによって、当該出願の新規性・進歩性を明確にしており、さらにそう
した出願人は、先行特許のみならず科学技術文献に関するサーチ能力も高いと考えれば、
後方引用の多い出願ほど第三者による情報提供の余地は小さいかもしれない15。
発明者数も特許の価値の代理変数と考えられるものである。例えば、後藤他(2006)は、
特許庁が毎年実施している「技術動向調査」においてリスト化されている「重要特許」は、
対照群に比して発明者数が多いことを明らかにしている16。したがって、発明者数を特許
価値を表す変数とみると、情報提供確率に対して正の効果を持つと予想される。
なお、請求項数から発明者数までの変数は、それぞれ出願年・IPC サブクラスレベルの
平均値で除した値を用いている。これは、出願年、技術分野ごとに研究開発体制や引用性
向が異なることに基づく。特に、前方引用は、時間とともに増加するため切断バイアスに
対する処置が重要である。
上記加えて PCT 出願ダミー及び外国優先ダミーを用いる。前者は、当該出願が PCT 出願
である場合に 1 をとるダミー変数である。後者は、外国に優先権を有する出願が 1 をとる
ダミー変数であり、多くの場合、出願人が外国人(外国企業)であることを表していると
考えられる17。我が国企業が海外に特許を出願する場合には、特に翻訳作業に伴うコスト
が大きいといわれている。このコストの存在のため、外国への出願の有無あるいは出願国
数は当該特許に対する出願人の主観的評価を表す指標とみなすことができる。英語圏の出
願人においては、翻訳費用を負担することなく我が国特許庁への出願が可能であるが、あ
る程度価値の高い特許を厳選して我が国へも出願していると推測される。したがって、前
述の議論と同様に、それらの変数も情報提供に対して正の効果が期待される。ただし、国
内市場においては、対外国企業との競争よりも我が国企業同士の競争が熾烈であるとすれ
ば、出願人が内国人でないことは、情報提供へのインセンティブを低下させる可能性もあ
る18。
13
Hall, B., Jaffe, A., and Trajtenberg, M. (2005) "Market Value and Patent Citations," RAND Journal of Economics,
36, 16-38.
14
Harhoff, D., Scherer, F.M., and Vopel, K. (2003) "Citations, Family Size, Opposition and the Value of Patent
Rights," Research Policy, 33, 1343-1363.
15
本研究では、情報提供の中身、すなわちその情報が特許文献か非特許文献かに関するデータは入手できなかった。
16
後藤晃・玄場公規・鈴木潤・玉田俊平太 (2006) 「重要特許の判別指標」、RIETI ディスカッションペーパー、06/J-018.
17
当該特許発明が外国へも出願されているか否かを表すダミー変数ではない点に留意されたい。
18
両変数の相関は高く、回帰分析においていずれを用いても結果に変化はなかったので、以下では、外国出願人の効果
を PCT ダミーに代表させて議論を進める。
-87-
②
技術分野属性に関する変数
技術分野属性(IPC サブクラスレベル)の変数は、IPC サブクラス・ダミーに加えて、以
下のものを用いる。
¾ 技術分野内ののべ出願人数
¾ 技術分野内の出願特許数
情報提供は同一分野で技術開発を行っている第三者からなされる可能性が高いと仮定する
と、当該技術分野に多くの出願人が存在すること(IPC ダミーを用いているため出願人数
が増加すること、以下同様)は、潜在的な情報提供者が多いことを意味する19。また、出
願人同士が激しい技術開発競争を繰り広げている可能性もある。したがって、出願人の多
い技術分野ほど情報提供を受ける確率が高いと考えられる。また先行特許が増加している
分野ほど、特許庁の審査がより困難であり、そのような分野ほど第三者による情報提供の
効果が大きいと想定されるため、技術分野内の出願件数が多いことも情報提供確率に正の
影響をもたらすだろう。
③
出願人属性に関する変数
一つの関連した技術が複数の出願から構成されている場合、情報提供によってそれら全
てを拒絶に追い込むことは困難であり、ゆえに情報提供のインセンティブは低下する可能
性がある。そうした出願ポートフォリオのサイズを表す変数として、当該特許の出願人が
一年間に行った特許出願の件数を用いる20。また、大量の出願を行っている出願人ほど、
先行技術文献のサーチ能力が高い可能性もある。こうした効果から、大規模出願を行って
いる出願人の特許ほど、情報提供の対象になりにくいものと推測される。ただし、特許出
願数は、研究開発費と高い相関を持つことが知られている。つまり出願件数の多い企業は、
大規模な研究開発を行っている企業であり、ゆえに大企業であるとも言える。大企業ほど
特許に対する補完的資産を多く保有するため、技術的に同一レベルの価値を持つ特許から
得られる収益が大きくなる。したがって他の条件が等しければ、競合他社は、企業規模の
大きな出願人の特許を拒絶に追い込むことが競争上合理的だと言える。この場合、出願規
模の変数は情報提供確率を高める方向に働くと予想される。
19
出願人数は、技術分野ごとに重複を排除して出願人コードの数を数えた値を用いている。
同一出願人に対して複数の出願人コードが付与されていることが知られているが、現時点で、中小企業や個人を含め
た全出願人の名寄せを行ったデータは存在しない。ただし、本分析では、単年の集計であり、出願人ごとの出願件数を
時系列方向に合算したものではないため、時間を通じて出願人コードが変化する問題はある程度緩和されていると考え
られる。
20
-88-
このほか、出願年ダミー(1998 年ダミー、2002 年ダミー)を追加して Logit 推定を行う21。
変数の基本統計量は附表1に示す22。
④
推定結果
推定結果は表2に示した23。まず、特許属性について見ると、発明者数、後方引用数、
及び、前方引用数(発明者、審査官ともに)の係数が有意に正に推定されており、価値の
高い特許ほど、競合他社等からの情報提供を受けやすいことが確認できる24。仮説では、
後方引用の多寡を請求範囲の明確性を表す指標と解釈した場合、後方引用数の増加が情報
提供の確率を減じる可能性を指摘したが、推定結果によればそうした効果は確認できない。
これは、多くの特許を引用することと、先行技術文献を適切に引用することが必ずしも一
致しない可能性を示唆するものである。今後、非特許文献の引用数と情報提供との関係を
明らかにすることが望まれる。
PCT ダミーの係数は有意に負を示しており、PCT ルートで出願された特許は、情報提供の
受けにくいことが分かる。PCT ダミーの代わりに外国優先ダミーを用いても分析結果に変
動はない。よって、我が国企業にとって外国企業は直接のライバルになりにくいため、あ
えて情報提供を行い特許成立を阻止するインセンティブが小さいともとれる。しかし、こ
の解釈が適当ではないことは、後に示す異議申立の決定要因分析から分かる。結果を先取
りすると、PCT 出願は異議を受ける確率を上昇させる。したがって、我が国企業と外国企
業とが競争状況にないという仮説は成り立たない。むしろ、PCT 出願の場合、国内での公
表・再公表までに時間がかかることがあるため、情報提供の機会が限られていることと関
係していると示唆される。
セクターレベルの変数(IPC 内出願人数、IPC 内出願件数)は有意ではない。これらの変数
の値が大きいことは、当該特許の属する技術分野に潜在的な情報提供者が多くなることを
意味し、ゆえに情報提供確率が高まると予想した。しかし、推定結果は逆の効果、すなわ
ち、技術分野の混雑性は、情報提供者のサーチを困難にするため、情報提供を受けにくく
するという効果も存在していることを示唆する。また、出願人の出願規模の変数は、一貫
21
技術分野ごとの固定効果が存在すると考えられるため、一致性を得るためには固定効果を含む Logit モデルによる推
定が望ましい。ただし、固定効果 Logit では、従属変数の値が全て 0 あるいは 1 である技術分野は、分析から除かれる
ため、情報提供が全くなかった技術分野の情報を利用することができない。そのため、データをプールした分析にも一
定の有益性がある(松浦・マッケンジー, 2009)。そこで以下の分析では、IPC サブクラスレベルのダミー及び出願年ダ
ミーを説明変数に加え、また、技術分野内の誤差項の相関に対して頑健な標準誤差を用いている(次節及び(4)節も
同様)。
22
以下の分析でも同様に記述統計量は附表に示す。紙面の都合上、相関係数マトリクスは、無効審判請求の決定要因分
析に用いたサンプルに関するもののみ示した。
23
説明変数の安定性を確保するため、当該特許の出願年の出願件数合計が 200 件未満の IPC サブクラスに含まれる特許
は分析対象から除いている。また、IPC サブクラス・ダミーの係数及び標準誤差は省略した。
24
請求項数も他の価値指標との併用を避けた場合に有意かつ正の係数を持つことが確認されている。
-89-
して有意に負の係数を持った。つまり、特許の価値などの条件が等しければ、大規模出願
を行っている出願人による特許ほど、情報提供を受けにくいことになるが、この背景には
二つの要因が存在する。第一に、図4に示したように、情報提供は、審査請求後になされ
ることが多い。第二に、本節(ⅲ)で示すように、出願人の出願規模が大きくなるにつれ
て、審査請求確率は低下する。つまり表2において、出願規模が情報提供確率に対して負
の影響を持ったのは、大規模出願を行う出願人の特許ほど、審査請求時点でスクリーニン
グされる可能性が高いため、そもそも情報提供の対象になりにくいと示唆される。
最後に出願年ダミーの係数を確認しておこう。1994 年を基準年としたところ、1998 年ダ
ミー、2002 年ダミーともに係数は有意且つ正であり、また、情報提供の有無に対する限界
効果も 1998 年よりも 2002 年の方が約 2 倍大きい。つまり、他の条件が同じであれば、異
議制度廃止後において情報提供を受ける確率がより高く、情報提供が異議申立を代替した
可能性が示唆された。
-90-
表2
推定結果:情報提供の決定要因
従属変数: 情報提供ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
0.00376
0.00249
0.00380
(0.0102)
(0.0117)
(0.0103)
0.196***
0.197***
0.196***
(0.0274)
(0.0312)
(0.0275)
0.0191***
0.0189***
0.0191***
(0.00327)
(0.00352)
(0.00329)
0.0370***
0.0342***
0.0370***
(0.00319)
(0.00310)
(0.00319)
0.0765***
0.0762***
0.0765***
(0.00587)
(0.00656)
(0.00585)
-0.555***
-0.579***
-0.554***
(0.123)
(0.138)
(0.123)
-0.284
-0.172
(0.189)
(0.302)
IPC内出願件数
出願規模
1998年出願ダミー
2002年出願ダミー
-0.305
-0.144
(0.188)
(0.269)
-0.0529***
-0.0536***
-0.0524***
(0.0136)
(0.0162)
(0.0138)
0.303***
0.284***
0.286***
(0.0740)
(0.0622)
(0.0844)
0.500***
0.490***
0.489***
(0.0784)
(0.0777)
(0.0887)
-3.095***
-3.921***
-2.740***
(0.824)
(1.033)
(0.972)
あり
あり
あり
観測数
1031403
895819
1031403
対数尤度
-59124
-50047
-59123
定数項
IPCダミー(サブクラスレベル)
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-91-
以下では、情報提供の持つ二つの効果について検討する。第一の効果は審査請求行動へ
の影響であり、第二の効果は特許の実体審査への影響である。
(ⅲ)
情報提供の効果Ⅰ:審査請求行動への影響
仮に情報提供を受けた出願人が、提供された情報によって拒絶査定を受けることを予見
して審査請求を控えるといった行動をとるならば、発明情報が公開された上に、特許庁の
審査コストも節約できるため、社会的に望ましい帰結をもたらすかもしれない。しかし情
報提供は、特許成立を回避したい第三者の存在を示すシグナルであると考えれば、出願人
は審査請求へのインセンティブを高める可能性もある。
表3は、情報提供の有無と審査請求率との関係をまとめたものである。結果を議論する
前に留意点を二つ述べる。第一に、表3は、情報提供が審査請求行動に及ぼす影響を分析
することを目的としたものであり、ゆえに、ここでの情報提供は、審査請求以前のものに
限っている(審査請求がなされなかった場合は、審査請求期限までの情報提供)
。第二に、
表中の①から③は、潜在的に情報提供の可能性がある出願を対象として集計を行っている。
すなわち、公開日(あるいは公表日、再公表日)以前に審査請求を行った出願や公開日以
前に審査請求期限を満了した出願は集計の対象外としている。一方、④は、全出願に関し
て審査請求の有無を調べたものである。また、表の一番下の行は、情報提供の機会がなか
った出願の比率である。審査請求期間が 7 年の出願よりも、3 年の出願において、情報提
供対象外の比率が高い。これは、近年、公開前に審査請求されるケースが増加したことや、
PCT 出願が増加したため、審査請求前に情報提供を行う機会が減少したものと推測される。
表3によれば審査請求率は、情報提供ありの出願において約 10%高い25。つまり、情報
提供によって拒絶査定が予見されるため審査請求を控えるといった傾向は見られない。む
しろ他社が権利成立を嫌がるような特許ほど専有可能性が高いため、出願人は、情報提供
によって拒絶のリスクが増したとしても成立後の期待利益が審査請求の費用を上回る可能
性があると判断したと言えよう。また、審査請求の可能性が高い特許に対してのみ第三者
が情報提供を行うといった逆の因果関係も当然想定される26。
25
分析期間を 1990 年から 2005 年出願までとしたのは、審査請求期間が満了していることを考慮したためである。
プロペンシティー・スコア・マッチング(PSM)等の手法により、セレクション・バイアスを除去した分析を行うこと
が今後の課題となるだろう。
26
-92-
表3
情報提供と審査請求率
審査請求期間7年特許
審査請求あり
A
審査請求なし
B
審査請求期間3年特許(2005年12月出願まで)
審査請求率
A/(A+B)
審査請求あり
A
審査請求なし
B
審査請求率
A/(A+B)
①情報提供なし
2258066
1968190
53.4%
688977
354342
66.0%
②情報提供あり
8030
4416
64.5%
1508
521
74.3%
③情報提供対象:①+②
2266096
1972606
53.5%
690485
354863
66.1%
④全出願
2742010
1972698
58.2%
874957
356145
71.1%
17.4%
0.0%
21.1%
0.4%
情報提供対象外比率:(④-③)/④
①
回帰分析の概要
表3において、情報提供を受けた特許ほど審査請求される割合が高いことを確認した。
ただし、当然のことながら審査請求行動は情報提供を含む様々な要因に依存する。そこで、
以下では回帰分析(Logit)により他の要因をコントロールした上で、情報提供が審査請求
に対して如何なる影響を持つかを分析する。したがって、従属変数は、審査請求ありの場
合に 1 をとるダミー変数(審査請求ダミー)であり、メインの説明変数は情報提供件数で
ある。ただし、ここでの情報提供件数は、公開日(公表日・再公表日)から審査請求日ま
での情報提供を集計したものであり、審査請求後の情報提供は含めない。また、審査請求
がなされなかった場合は、請求期限までの情報提供件数を用いている。
審査請求の有無は、発明を特許化することによって実現する価値と、審査請求費用との
大小関係で決定される。
発明の価値が高いほど、審査請求費用は相対的に小さくなるため、
審査請求確率は高いと考えられる。本節(ⅱ)の分析では、価値の高い特許ほど、情報提
供を受ける確率が高いことを確認している。したがって、情報提供の存在は審査請求確率
を高める可能性がある。
他方、審査請求の結果、拒絶査定を受ける可能性が高い場合には、特許の期待収益が低
下するため、審査請求を控えることもあり得る。情報提供は当該出願が特許性を満たさな
いことを証明するために行うものであるからして、審査に有用な情報が提供されれば、拒
絶される確率が上がると推測される(この点は、後の分析で計量的に示される)
。ゆえに、
前述の特許価値の効果よりも拒絶査定のリスクが優越するのであれば、情報提供は、審査
請求確率に対して負の効果を持つはずである。
その他の変数は、出願時の請求項数、前方引用数(発明者引用及び審査官引用)、後方引
用数(発明者引用)、発明者数、PCT 出願ダミー(外国優先ダミー)、技術分野内ののべ出
願人数、技術分野内の出願件数、当該特許出願人の出願規模である。また、コントロール
変数として、IPC サブクラスダミー、出願年ダミーを用いる。変数の詳細は、本節(ⅱ)
-93-
を参照されたい。分析対象は、1990 年から 2005 年までに出願された全特許とし、審査請
求期間 7 年適用の特許と 3 年適用の特許の二つのサンプルを用いて推定を行う。
②
推定結果
推定結果は、表4に示した。情報提供件数の係数は、審査請求期間 3 年の特許において
有意に正の係数を示しており、他の要因をコントロールしても情報提供が審査請求確率を
高める効果が認められる。
特許の価値指標の変数(請求項数、発明者数、前方引用数)はいずれも有意に審査請求
確率を高めており、仮説と整合的である。後方引用件数は、審査請求期間短縮の前後で異
なる効果を示した。後方引用数が期間短縮後に負の効果(非有意)を持つようになったの
は、2002 年 9 月から先行技術文献情報開示要件が課されたため、出願人(発明者)の引用
性向に何らかの変化をもたらしたことによると推察されるが、具体的にどのような変化が
あったのかについては、自己引用を含めた引用関係を調査していく必要があるだろう。今
後の課題としたい。
PCT ダミーも有意且つ正の係数を持った。本変数は、特許の取得を希望して国内移行し
たことを表すものであり、ゆえに審査請求率を高めるのも納得的である。
技術分野の混雑度を表す変数は、審査請求期間短縮前の(2)式で IPC 内出願件数が負
で有意になった。これは、技術機会が拡大することなどで特許出願が増大した場合、権利
化段階ではよりセレクションがなされることを示唆している。また、のべ出願人数は、技
術分野内の出願件数をコントロールした(3)式で正に有意の係数を持った。特許数で測
った混雑度が等しい場合、技術開発競争が強まると、特許取得によって他社を排除するイ
ンセンティブが高まる効果を示唆している。審査請求期間が短縮された後も、同様の効果
が確認できるが有意性は低い。請求期間が短縮されたことによって、あらゆる分野で審査
請求率が上昇したため、技術分野属性の影響が相対的に小さくなったものと理解できる。
また、当該特許の出願人の出願規模を表す変数は、有意且つ負の係数を示した。大規模
出願がすなわち大企業であると考えれば、豊富な補完的資産を有する大企業ほど、質の低
い発明からでも事業化の利益を生み出すことができるため、比較的価値の低い発明までも
特許出願するインセンティブを持つ。そうした特許は、最終的に審査請求に至らない可能
性が高いことを示している。
-94-
表4
推定結果:審査請求に対する情報提供の効果
従属変数: 審査請求ダミー
審査請求期間7年
審査請求期間3年
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
請求項数
0.0580***
0.0581***
0.0584***
0.262***
0.262***
0.262***
(0.00677)
(0.00671)
(0.00680)
(0.0196)
(0.0196)
(0.0196)
発明者数
0.215***
0.215***
0.214***
0.422***
0.422***
0.422***
(0.00968)
(0.00959)
(0.00965)
(0.0109)
(0.0109)
(0.0109)
0.123***
0.123***
0.123***
-0.00375
-0.00376
-0.00376
(0.00546)
(0.00545)
(0.00541)
(0.00383)
(0.00383)
(0.00383)
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
0.0712***
0.0712***
0.0713***
0.0317***
0.0317***
0.0317***
(0.00329)
(0.00330)
(0.00329)
(0.00224)
(0.00224)
(0.00224)
0.146***
0.146***
0.146***
0.0214***
0.0214***
0.0214***
(0.00486)
(0.00479)
(0.00485)
(0.00132)
(0.00132)
(0.00132)
PCTダミー
0.328***
0.329***
0.332***
1.172***
1.172***
1.172***
(0.0221)
(0.0212)
(0.0222)
(0.0388)
(0.0389)
(0.0388)
情報提供件数(審査請求前)
0.0517
0.0531
0.0542
0.130*
0.130*
0.130*
(0.0369)
(0.0364)
(0.0691)
IPC内出願人数
-0.0194
(0.0498)
IPC内出願件数
出願規模
定数項
IPCダミー(サブクラスレベル)
(0.0365)
(0.0691)
0.222***
-0.0215
(0.0437)
(0.0823)
(0.0691)
0.0306
(0.105)
-0.277***
-0.429***
-0.0662
-0.0819
(0.0460)
(0.0744)
(0.0798)
(0.101)
-0.0808***
-0.0804***
-0.0789***
-0.0474***
-0.0474***
-0.0474***
(0.00498)
(0.00490)
(0.00510)
(0.00870)
(0.00871)
(0.00869)
0.847*
0.102
1.662***
1.619***
0.632*
0.893*
(0.235)
(0.262)
(0.322)
(0.366)
(0.471)
(0.475)
あり
あり
あり
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
あり
あり
あり
観測数
4459086
4459086
4459086
1092417
1092417
1092417
対数尤度
-2.864e+06
-2.862e+06
-2.862e+06
-616508
-616506
-616506
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-95-
(ⅳ)
情報提供の効果Ⅱ:実体審査への影響
ここでは、情報提供が査定結果の決定に与える影響を分析する。前述の通り、情報提供
制度は、特許出願に係る発明が新規性・進歩性を有していない、あるいは、記載要件を満
たしていないなどの情報を提供するものである。したがって、第三者が審査において有用
な情報を提供していれば、情報提供の対象となった出願は、拒絶査定を受ける確率が増す
はずである。表5は、1990 年以降の出願で審査請求を行ったものに関して情報提供の有無
と査定結果の関係を示したものである27。情報提供なしの拒絶率が 42%であるのに対し、
情報提供を受けた出願は約 57%拒絶されている。つまり、情報提供は拒絶査定率を 15%上
昇させることになり、明らかに情報提供の効果が認められる。しかし見方を変えれば、情
報提供を受けても 43%は特許査定に至ることを示しており、提供される情報の質は必ずし
も高いものばかりではないとも解釈できる。
表5
情報提供と拒絶査定率
特許査定数
拒絶査定数
拒絶率
A
B
B/(A+B)
情報提供なし
1705582
1234544
42.0%
情報提供あり
19683
25938
56.9%
1725265
1260482
42.2%
合計
次に、図5で情報提供の効果が時間を通じて変化したかを調べる。1997 年以前の拒絶査
定率が不自然な挙動を示しているのは、集計に用いたデータセットが 1990 年以降の出願に
限定されているからである。したがって、ある程度の査定件数が得られる 1990 年代末以降
の動向に注目されたい。図5を見る限り、情報提供が特許成立を阻止する効果は、分析期
間を通じてほぼ一定であり、異議制度廃止後に情報の質が上昇したとは言えない。むしろ
近年では、情報提供によって拒絶査定率が上昇する割合がごくわずかに低下する傾向にあ
る。
27
ただし、公開(公表・再公表)以前に査定を受けたものは含まない。
-96-
図5
拒絶査定率の推移
情報提供なし
70%
情報提供あり
60%
拒絶率
50%
40%
30%
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
20%
査定年
①
回帰分析の概要
表5、図5において、拒絶査定の割合は、公開後に情報提供を受けた出願ほど高いこと
を示した。以下では、再び回帰分析によって、拒絶査定確率に対する情報提供の効果を検
討する。従属変数は、拒絶査定の場合に 1、特許登録査定の場合に 0 をとるダミー変数で
ある。ここでも、メインの説明変数は、情報提供件数である。ただし、今回は、公開日(公
表日・再公表日)から査定日発送日までの情報提供が分析対象である。そこで、情報提供
件数の変数として、審査請求前、審査請求後、それらの合計の 3 変数を定義する。
その他、特許属性に関する変数(出願時の請求項数、発明者数、前方引用数(発明者引
用及び審査官引用)
、後方引用数(発明者引用)、PCT 出願ダミー(外国優先ダミー)
、審査
請求ラグ)、技術分野属性の変数(当該技術分野ののべ出願人数及び出願件数)
、出願人属
性の変数(当該特許の出願人の出願件数合計)を用いる28。
審査請求ラグは、出願日から審査請求までの日数として定義されるものである。時間が
経たなければ価値が判明しない発明ほど審査請求ラグは長期化する傾向にある。その意味
で、本変数は、発明の価値の不確実性を表す変数と言える。出願人による主観的な価値判
断と、審査官の特許性判断とは相関しているものと推測されるため、審査請求ラグが長い
特許は拒絶査定を受けやすいと予想される。
28
変数の定義は本節(ⅱ)を参照されたい。
-97-
また、コントロール変数として、IPC サブクラスダミー、出願年ダミーを用いる。分析
対象は、1990 年から 2005 年までに出願された特許の中で査定発送日が得られたもの全て
とする。これを審査請求期間 7 年適用と 3 年適用のサブサンプルに分け、それぞれ推定を
行う。
②
推定結果
Logit による推定結果は、表6に示した。表の左側は、審査請求期間 7 年適用の特許、
右側は審査請求期間 3 年である。
情報提供件数の係数は、分析期間、定式化によらず有意に正の値を示しており、情報提
供が拒絶査定の決定に寄与していることが分かる。請求期間 7 年特許の(4)式を用いて
情報提供の拒絶確率への限界効果を求めると約 16%であり、表5の結果とも類似した値を
得ることができた。
次に、請求項数、発明者数、後方引用数、前方引用数(発明者・審査官)の効果を確認
する。これらの変数が拒絶確率を下げることは、5変数が特許の価値指標として有効であ
るための必要条件である。係数の符号はいずれも有意に負の値を示し、請求項数、発明者
数、後方・前方引用数が多い特許ほど拒絶される確率が小さいことが分かる。
PCT ダミーの係数は審査請求期間 7 年の特許で有意に負の値、3 年の特許では有意に正を
示している。これは近年内国人による PCT 出願が増加したことによるものかもしれない。
この場合、外国出願は価値が高いという図式が成立しない可能性がある。この点を考慮し、
PCT ダミーの代わりに外国優先ダミーを用いた推定も行ったが、結果に変化は見られなか
った。したがって、審査請求期間短縮後は、外国からの出願ほど拒絶査定を受ける確率が
高いという現象が存在するようである。その要因については、今後の検討課題としたい。
技術分野の混雑度を表すのべ出願人数は、有意に拒絶査定の確率を高めることが分かる。
技術の開発主体が多いことは、当該分野に膨大な先行特許文献や科学技術文献が存在する
ことを意味し、出願人が完璧なサーチを行うのはより困難になる。したがって、こうした
分野では、出願人が発見できなかった公知文献によって拒絶査定を受ける可能性が高いと
示唆される。
出願人の出願規模の変数は、有意に負の係数を示した。これは、特許の価値などの条件
が一定であれば、大規模な出願を行っている出願人によって出願された特許ほど、拒絶さ
れにくいことを示唆する。大規模出願を行っている出願人ほど審査請求確率が低いことを
考えると、大企業ほど審査請求段階で十分な絞り込みをしているのかもしれない。また、
知財業務に関するノウハウの蓄積が機能している可能性もある。
審査請求ラグの係数は、審査請求期間 7 年適用特許において有意に正の値を示したもの
の、審査請求期間短縮後は、拒絶査定に対する影響が見られない。これは、制度変更後、
-98-
審査請求期間を最大限利用することによって得られる特許価値に関する情報量が低下した
ため、3 年間で真の特許価値を十分に見極めることが困難になり、特許性が低い特許でも
より早期に審査請求がされるようになったようにもとれる。ただし、3 年適用の特許は、
データ取得時点では、審査が終了していないものも多い。例えば、2004 年出願では、審査
請求数に対する査定発送分は、46%である。仮に、登録査定を受けた特許ほど審査期間が
短いといった傾向があるならば(実際、そのような傾向がある)
、近年の出願分ほど、サン
プルが登録査定へ偏ることになる。そこで、サンプリング・バイアスの影響を小さくする
ため、2002 年出願(92%査定発送済み)のみを対象として再度推定を行ったのが(6)式
である。これによれば、審査請求期間短縮後も、審査請求ラグの係数は有意に正であり、
早期に審査請求された特許とそうでない特許とでは、なお、特許性に有意な差があること
が確認できる(理論分析を含めて関連した分析は、Yamauchi and Nagaoka (2010)を参照)。
-99-
表6
推定結果:拒絶査定に対する情報提供の効果
従属変数:拒絶査定ダミー
審査請求期間3年
2002年出願
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
-0.0222***
-0.0227***
-0.0226***
-0.0226***
-0.0136
-0.0159
(0.00491)
(0.00514)
(0.00490)
(0.00490)
(0.00872)
(0.0120)
-0.0268***
-0.0267***
-0.0267***
-0.0267***
-0.0440***
-0.0401**
(0.00600)
(0.00594)
(0.00595)
(0.00595)
(0.00780)
(0.0160)
-0.120***
-0.120***
-0.120***
-0.120***
-0.0339***
-0.0157**
審査請求期間7年
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
(0.00469)
(0.00469)
(0.00469)
(0.00469)
(0.00517)
(0.00684)
-0.0126***
-0.0126***
-0.0126***
-0.0126***
-0.00675***
-0.0127***
(0.00122)
(0.00121)
(0.00122)
(0.00121)
(0.000937)
(0.00325)
-0.0158***
-0.0158***
-0.0158***
-0.0157***
-0.00579***
-0.0182***
(0.00193)
(0.00193)
(0.00192)
(0.00192)
(0.000791)
(0.00349)
-0.0401
-0.0429
-0.0421
-0.0420
0.0417*
0.106**
(0.0426)
(0.0426)
(0.0418)
(0.0418)
(0.0221)
(0.0448)
情報提供件数(審査請求前)
0.577***
0.575***
0.576***
(0.0399)
(0.0397)
(0.0397)
情報提供件数(審査請求後)
0.700***
0.700***
0.701***
(0.0210)
(0.0209)
(0.0209)
0.663***
0.535***
0.521***
(0.0186)
(0.0275)
(0.0592)
0.259***
-0.00132
0.167***
(0.0180)
(0.0180)
(0.0259)
(0.0326)
0.0660
0.0659
0.653***
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
0.258***
0.260***
(0.0179)
(0.0174)
IPC内出願人数
0.194**
(0.0806)
IPC内特許数
0.260***
(0.139)
(0.139)
0.247***
0.205**
0.205**
0.0867
(0.0743)
(0.103)
(0.103)
(0.0797)
(0.0356)
-0.0327***
-0.0324***
-0.0323***
-0.0814***
-0.0803***
出願規模
-0.0314***
(0.00373)
(0.00419)
(0.00351)
(0.00351)
(0.00498)
(0.00767)
定数項
-1.965***
-2.600***
-2.631***
-2.630***
-0.621
-4.048***
(0.322)
(0.434)
(0.452)
(0.452)
(0.459)
(0.171)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
あり
あり
なし
観測数
2346735
2346735
2346735
2346735
397155
59084
対数尤度
-1.542e+06
-1.541e+06
-1.541e+06
-1.541e+06
-265141
-39296
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-100-
(3)
不服審判請求及び成立の決定要因
(ⅰ)
仮説
不服審判請求の場合、公知文献については、特許庁と出願人との間で情報が共有されて
いるため、拒絶査定に対して不服審判請求を提起するかどうかは、特許性の判断の差が出
願人と審査部との間で大きく、かつそれが審判で覆る可能性が高いかどうかに依存する。
したがって、以下の仮説が導かれる。
(3-1) 発明の技術価値が高い場合、不服審判が請求されたことを条件にそれが成立する可
能性は高くなる。
(3-2) 不服審判が成立した場合の特許権者の利益も発明の技術価値が高い場合に高くなる
ので、不服審判を提起する企業の意欲は発明の技術価値が高い場合に大きい。
(3-3) 不確実性や情報の非対称性が大きく(指標:特許の審査請求からの査定期間が長い)、
特許庁の審査がより困難な分野において、不服審判は提起されやすくなるが、提起
されても当事者によって新たに情報が付加される可能性は大きくなく、それが成立
しやすくなる訳ではない。
(ⅱ)
①
回帰分析
回帰分析の概要
従属変数は、不服審判請求を行った場合に 1 をとるダミー変数(不服審判請求の決定要
因に関する回帰分析)と不服審判請求が成立した場合に 1 をとるダミー変数(不服審判請
求の成立要因に関する回帰分析)の二種類である。ここでの不服審判成立とは、審理の結
果、登録審決を受けたものを指し、前置登録は含まないこととする29。
説明変数は、これまでの分析と同様に、特許属性、技術分野属性、及び出願人属性から
なる。変数の詳細は、前節を参照されたい30。これらの変数に加えて、新たに査定ラグの
変数を追加する。これは、各特許の審査請求日から査定発送日までの期間(日数)を同一
審査請求年・同一 IPC サブクラスにおける査定期間の平均値で除したものである。査定期
間は、拒絶理由通知やそれに対する意見書や補正書を複数回やり取りした場合に長期化す
ると考えられるため、本変数は、出願に係る発明の複雑性の指標と見ることができるだろ
う。発明の複雑性が高ければ、出願人と審査官の間で情報の非対称性は拡大するため、拒
29
30
不服審判請求後の補正の有無に関する情報が入手できなかったことによる。
情報提供件数は、審査請求前情報提供と審査請求後の合計値。以下の分析でも同様。
-101-
絶査定を不服とする確率も高いと想定される。このほか、出願年ダミー、IPC サブクラス
レベル・ダミーを用いている点はこれまでの分析と同様である。
サンプルは、1990 年から 1998 年に出願された特許のうち、2008 年末までに審査段階で
拒絶査定を受けた全出願とする31。これらを、不服審判請求確率に関する分析で用いる。
次に、前述のサンプルの中で、不服審判を請求し審決を受けたもの(つまり、前置登録査
定を受けたものは除く)をサブサンプルとして、成立確率の分析を行う。
②
推定結果:不服審判請求の決定要因
Logit による推定結果を表7に示す。まず、特許価値指標の効果を見ると、出願時の請
求項数、前方引用数(発明者引用及び審査官引用)、後方引用数(発明者引用)
、発明者数、
PCT 出願ダミーの係数は有意に正で推定されており、発明の価値が高いほど不服審判が請
求される確率が高いとした仮説は支持される。PCT 出願(あるいは外国出願人による出願)
ほど、特許取得意欲が強いという点は、審査請求確率に関する分析結果とも整合的である32。
また、情報提供件数の係数は有意且つ正であり、情報提供の対象となった特許ほど、不
服審判が請求される確率が高いことになる。これまでの分析から明らかなように、情報提
供は、特許の質の代理変数としても機能するものである。また、特許成立を回避したい第
三者の存在を示すシグナルでもあり、当該特許が競争上重要な意味を持つことを示唆する。
したがって、情報提供を受けた特許ほど不服審判を請求する意義は大きいと言えよう。
技術分野の特性(出願人数、出願件数)を示す 2 変数は(1)式、
(2)式で有意に負の係数
を持った。但し、両変数を同時に用いた(3)式では、IPC 内出願人数の係数が正に転換し
ている。技術開発競争が激しく出願人が増加している分野では、特許獲得への誘因が高い
と同時に、拒絶時点で改良技術の発明等の理由から、当該特許の経済的価値が低下してい
る可能性もある。出願件数の増加が負の係数を持つのは、そのような陳腐化効果の重要性
を示唆しているかもしれない。
当該特許の出願人の出願規模を表す変数は、審査請求とは異なって正の係数を示したも
のの非有意である。大規模出願がすなわち大企業であると考えれば、豊富な補完的資産を
有する大企業ほど、同じ技術的価値を持つ発明からより多くの収益を生み出すことができ
るため、コストを負担してでも不服審判を請求し、権利を取得するインセンティブを持つ
反面、質の低い発明でも出願をする傾向も高く、不服審判を請求しにくい効果もあると考
えられる。
31
2008 年末段階で審査請求された出願のうち約 90%が査定を受けている出願年を選択した。なお、1998 年出願で 89%が
特許登録査定あるいは拒絶査定を受けている。
32
紙面の都合上、外国優先ダミーの結果を省略したが、PCT 出願ダミーと同様の効果を示した。
-102-
審査請求ラグの係数は有意に負であり、出願から審査請求までに要した期間が長い特許
ほど、不服審判が請求される確率が低い。この結果は、審査請求ラグが長い特許ほど、発
明の価値に関する不確実性が高く、ゆえに、特許が生み出す期待収益が小さいため不服審
判請求を行わない傾向にあると解釈できる。また、こうした特許は発明から長い時間が経
過しているため、拒絶査定時点では既に陳腐化しており、不服審判を提起してまで特許を
取得する必要がないといった理由も考えられる。
他方、査定ラグは、不服請求確率に有意に正の効果を持った。査定期間の長期化も、審
査請求ラグ同様、発明の陳腐化を招くと考えられるが、そうした効果は観察されなかった。
むしろ、この結果は、発明の複雑性に起因する情報の非対称性が不服審判請求の確率を高
めると理解すべきであろう。また、拒絶理由通知に対する意見書や補正書を複数回やり取
りすることによって、当初大きかった情報の非対称性が次第に縮小するといった可能性も
あり得るが、今回の推定結果はこうした仮説を支持しない。
-103-
表7
不服審判請求の決定要因
従属変数: 不服審判成立ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
0.0120*
0.0123*
0.0126*
(0.00666)
(0.00676)
(0.00691)
-0.00859
-0.00809
-0.00842
(0.0132)
(0.0132)
(0.0133)
0.172***
0.172***
0.172***
(0.00946)
(0.00943)
(0.00942)
0.00404**
0.00408**
0.00410**
(0.00200)
(0.00199)
(0.00200)
0.0120**
0.0119**
0.0119**
(0.00526)
(0.00529)
(0.00532)
-0.0337
-0.0310
-0.0283
(0.0310)
(0.0309)
(0.0313)
-0.179***
-0.179***
-0.179***
(0.0300)
(0.0300)
(0.0301)
-0.594***
-0.597***
-0.597***
(0.0411)
(0.0402)
(0.0400)
-0.351***
-0.351***
-0.352***
(0.0458)
(0.0457)
(0.0454)
-0.0405
0.358**
(0.108)
(0.166)
IPC内特許数
出願規模
-0.257***
-0.435***
(0.0973)
(0.132)
0.0160***
0.0168***
0.0175***
(0.00374)
(0.00373)
(0.00376)
0.901*
2.227***
1.756***
(0.519)
(0.535)
(0.488)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
93529
93529
93529
対数尤度
-57711
-57693
-57682
定数項
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-104-
③
推定結果:不服審判請求成立の決定要因
Logit による推定結果は表8の通りである。特許価値指標の効果を見ると、出願時の請
求項数、後方引用数(発明者引用)
、前方引用数(発明者引用及び審査官引用)の係数はこ
こでも有意に正で推定されており、価値の高い特許ほど不服審判が請求される確率が高い
上に、審査結果が是正される確率も高いことが分かる。発明者数の係数は、非有意且つ符
号も安定しないが、価値指標に関する変数の選択如何によって、有意に正の係数を持つこ
とがあった。一方、同様の試行において、PCT ダミー(あるいは外国出願人による出願)
の係数は負で有意になることも多く、不服審判請求率に関する分析と合わせて解釈すると、
PCT 出願ほど特許取得意欲が強いものの、審査結果が覆られる可能性は低いことが分かる。
これは、PCT 出願は審査請求確率を高めるものの、拒絶率も高いことを示した前節(ⅲ)
の結果とも整合的である。つまり、外国からの出願の場合、当該出願に係る発明は、出願
人にとっての主観的価値は高いものの、我が国特許庁の特許性基準とは必ずしも合致して
いないことが多いと示唆される。
次に情報提供件数の効果を検討しよう。これまで見てきたように、情報提供件数は、質
の代理変数にもなっている。それにも関わらず、係数の符号は有意に負を示した。つまり、
第三者によってもたらされる先行技術文献が存在している出願の場合には、拒絶される確
率が有意に高く、かつ不服審判においても復活する確率が低いことを示唆する。したがっ
て、ここでも情報提供制度は有効に機能していることが確認できるだろう。
技術分野ごとの出願人数と出願件数は、不服審判請求と同じ符号の係数を持っている。
特許性の判断と当該技術が陳腐化しているか否かは直接関係は無いが、急速に出願の伸び
ている分野では、進歩性の基準が高くなる可能性を示唆しているかもしれない。
当該特許の出願人の出願規模を表す変数は、有意且つ正の係数を示した。大企業ほど同
じ技術的価値を持つ発明からより多くの収益を生み出すことができるため、不服審判を成
立させるための努力水準が高く、かつ知財スタッフ等の能力によってそのための対応能力
が高いので、審査結果が覆る確率も高いことが一つの解釈として示唆される。
審査請求ラグは、審判請求確率に対する効果と同様に、有意且つ負の係数を示した。つ
まり、発明の質についての不確実性の高い特許は不服審判においても審判成立に至る確率
が低い。また、請求成立に対する査定ラグの影響は、審判請求確率に対する効果とは逆に、
負であった。これは、発明の複雑性に起因する情報の非対称性は審判段階においても解消
されないため、不服が成立しにくいと示唆される。
-105-
表8
不服審判請求成立の決定要因
従属変数: 不服審判成立ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
0.00730*
0.00753*
0.00767*
(0.00400)
(0.00406)
(0.00414)
-0.00255
-0.00224
-0.00243
(0.00788)
(0.00788)
(0.00789)
0.0917***
0.0918***
0.0919***
(0.00613)
(0.00613)
(0.00621)
0.00263**
0.00266**
0.00267**
(0.00118)
(0.00118)
(0.00119)
0.00758**
0.00756**
0.00754**
(0.00318)
(0.00319)
(0.00322)
-0.0283
-0.0266
-0.0250
(0.0192)
(0.0192)
(0.0195)
-0.107***
-0.107***
-0.107***
(0.0176)
(0.0176)
(0.0177)
-0.371***
-0.373***
-0.373***
(0.0246)
(0.0240)
(0.0238)
-0.221***
-0.221***
-0.222***
(0.0277)
(0.0276)
(0.0274)
-0.0201
0.218**
(0.0655)
(0.101)
IPC内特許数
出願規模
定数項
-0.153**
-0.261***
(0.0593)
(0.0809)
0.0106***
0.0111***
0.0116***
(0.00227)
(0.00225)
(0.00226)
0.575*
1.378***
1.089***
(0.314)
(0.324)
(0.292)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
93529
93529
93529
対数尤度
-57769
-57751
-57739
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-106-
(4)
異議申立と無効審判請求の決定要因とこれらの成立要因
(ⅰ)
仮説
無効審判及び付与後異議申立は、審査段階において特許性ありとされた特許に対して、
第三者が新たな公知文献あるいは特許性の新たな判断を示すことで、特許の判断が再検討
される仕組みである。そこで以下の仮説を設定する(理論的なモデルは補論を参照)。
(4-1) 異議申立も無効審判請求も、
発明の新規性、進歩性を主として問うことになるので、
発明の技術的な価値が高い場合には成立しにくくなる。
(4-2) 他方で、異議申立等が成立することによる申立人あるいは請求人の経済的利益は、
発明の技術的な価値が高い場合にのみ存在する。後者の影響がより重要であるとす
ると、異議申立も無効審判請求も発明の技術的な価値が高い場合に高くなる。
(4-3) 不確実性や情報の非対称性が大きく(特許の審査請求からの査定期間が長い)、特許
庁の審査がより困難な分野において、異議申立も無効審判請求も一度提起されると
成立し易い。他方で、こうした分野では、特許権が成立し続けても他社を制約する
かどうかがより不確かであり、申立や審判請求頻度が増えるとは限らない。
(4-4) 異議申立が匿名であり、無効審判請求はそうでは必ずしもないことを反映して、ク
ロス・ライセンス等が可能な出願規模が大きい企業の場合には、異議申立の場合と
比べて、無効審判請求の頻度は小さくなる。また、無効審判請求の場合は、よりコ
ストが高く、かつ公開審理となる可能性があるので、無効審判請求の方が発明の経
済的な価値の閾値(threshold)はより高くなる。
(4-5) 特許の混雑度が高い技術分野では、特許が抵触しやすく、異議申立や無効審判が提
起されやすくなる。企業数が多い分野でも、同様の理由からは、頻度は高くなると
予想されるが、異議申立等へのフリーライダーの動機が強くなると、逆の効果も存
在する。
(ⅱ)
異議申立と無効審判請求の利用状況
表9は各年(登録年)の異議申立件数等を示したものである。いずれの数値も概ね安定
的に推移している。登録特許の約 3%に異議申立があり、その 1/3 が取り消されたことが
分かる(一部取消を含む)。
-107-
表9
登録年
異議申立件数と取消数
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
異議申立件数
(ア)
6,246
7,507
5,841
6,036
4,557
4,093
3,887
2,076
異議対象特許数
(イ)
4,651
5,717
4,580
4,782
3,700
3,319
3,183
1,674
取消数
(ウ)
1,036
1,359
1,222
1,485
1,275
1,206
1,120
593
登録特許数
(エ)
215,088
147,670
141,442
150,059
125,879
121,741
120,016
122,506
特許あたりの異議数
(ア)/(イ)
1.34
1.31
1.28
1.26
1.23
1.23
1.22
1.24
取消率
(ウ)/(イ)
22.3%
23.8%
26.7%
31.1%
34.5%
36.3%
35.2%
35.4%
申立率
(イ)/(エ)
2.2%
3.9%
3.2%
3.2%
2.9%
2.7%
2.7%
1.4%
表10は、無効審判に関して表9と同様の集計を行ったものである。無効審判は、異議
と異なり、請求期間に定めがないため登録年が新しくなるほど累積請求数が減少していく。
請求の成立率は、概ね 50%台で推移している。異議廃止の前後を比較すると、成立率に若
干の上昇があったようにも見えるが、そもそも請求の絶対数が小さいため、明確な傾向は
読み取れない。
表10
無効審判請求数と成立数
異議制度廃止前
登録年
異議制度廃止後
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
無効審判請求数
(ア)
222
192
171
219
214
171
119
被請求特許数
(イ)
183
155
149
199
194
157
106
成立数
(ウ)
97
78
70
108
114
97
57
登録特許数
(エ)
125,879
121,741
120,016
122,506
124,183
122,940
141,394
特許あたりの請求数
(ア)/(イ)
1.21
1.24
1.15
1.10
1.10
1.09
1.12
成立率
(ウ)/(イ)
53.0%
50.3%
47.0%
54.3%
58.8%
61.8%
53.8%
請求率
(イ)/(エ)
0.15%
0.13%
0.12%
0.16%
0.16%
0.13%
0.07%
-108-
表11は技術分野別の傾向を示す。異議件数の合計が多いものから順に 10 の IPC を示し
た。この中で、H01L、A63F、C08L、G03G、A61K、B32B は情報提供件数でもトップ 10 にラ
ンクインしていた分野であり、情報提供制度と異議申立制度の利用分野は類似しているこ
とが分かるだろう。
A61K、B32B 以外は全てエレクトロニクス関連の技術である。特許の混雑度が高い分野で
は、特許侵害のリスクを低減させる目的で異議申立を活発に利用していたと示唆される。
これらエレクトロニクス関連 IPC の取消率は、30%前後であり全技術分野の傾向と近い値
を示している。一方、A61K、B32B の取消率は、それぞれ 23%、22%と低い。A61K の特許
保護が強いことは、取消率の低さからも伺える。B32B に含まれる発明の内容を見ると、材
料系の特許と思われるものが多いが、そうした発明も A61K 同様、特許発明の定義が容易で
あり、ゆえに権利の安定性が高いものと推測される。
表11
異議件数上位 10IPC サブクラス
記号
タイトル
異議件数合計
H01L
半導体装置
2446
1993
60916
3.3%
C08L
高分子化合物の組成物
1308
986
13476
7.3%
G03G
エレクトログラフィー;電子写真;マグネトグラフィー
1241
879
20441
4.3%
A63F
カードゲーム,盤上ゲーム,ルーレットゲーム
1240
953
7084
13.5%
A61K
医薬用,歯科用又は化粧用製剤
978
635
11762
5.4%
G11B
記録担体と変換器との間の相対運動に基づいた情報記録
926
733
32197
2.3%
H04N
画像通信
918
773
34044
2.3%
B32B
積層体,すなわち平らなまたは平らでない形状
835
637
7409
8.6%
G02F
光の強度,色,位相,偏光または方向の制御
805
601
11676
5.1%
B41J
プリンティング機構
793
609
15265
4.0%
G02B
光の強度,色,位相,偏光または方向の制御
772
587
16190
3.6%
-109-
異議特許件数合計
登録特許件数合計
申立率
(ⅲ)
①
異議申立及び成立の決定要因
回帰分析の概要
従属変数は、異議申立を一回以上受けた場合に 1 をとるダミー変数(異議申立の決定要
因に関する回帰分析)と異議申立の結果、取消あるいは一部取消の最終処分を受けた場合
に 1 をとるダミー変数(異議申立の成立要因に関する回帰分析)の二種類である。
説明変数は、不服審判の請求及び成立に関する分析で用いたものに次のものを加える。
まず、当該特許が不服審判請求の後に登録された場合に 1 をとる不服成立ダミーと、前置
登録査定を受けた場合に 1 をとる前置登録ダミーを追加する。その意図は、次の通りであ
る。一度拒絶査定を受けた出願を不服審判によって復活させたということは、当該特許が
出願人にとって重要な発明であり、逆に競合他社にとっては、排除すべき対象である可能
性が高い。したがって、これらのダミー変数は異議申立確率を高めると予想される。また、
審査、審判と二度のスクリーニングを経て成立した特許は、より瑕疵の少ない特許である
と考えれば、これらの変数は異議成立確率を低下させると期待される。
また、異議成立確率に関する分析では、異議申立件数を説明変数に追加する。異議申立
を複数回受けた特許について調べると、申立人が異なるにも関わらず異議申立日が集中し
ているケースが散見される。したがって、複数の企業等が協力して異議申立を行っている
のかもしれない。共同で異議申立を行うことによって、新たに提示される先行文献の質が
向上するならば、異議の成立確率は上がる可能性がある。また、独立に複数回異議申立が
なされるような特許は、明らかな瑕疵が認められるものと推測されるため、この場合も成
立確率が高くなるだろう33。
以下では、これらの変数に出願年ダミー、IPC サブクラスレベル・ダミーを加えて推定
を行う。サンプルは、1990 年以降に出願されて 1996 年から 2002 年の間に登録された全特
許である34。また、その中で実際に異議申立を受けた特許をサブサンプルとして、異議の
成立に関する分析で用いる。
33
複数の異議が同一の先行文献を提出している可能性もあるが、分析に用いたデータにはそうした可能性を検証する情
報が含まれていない。
34
異議制度廃止後(2004 年 1 月 1 日以降)は、申立期間(特許掲載公報発行の日から 6 か月以内)が満了していなくて
も異議申立ができない。2003 年登録特許を分析対象外としたのはそのためである。
-110-
②
推定結果:異議申立の決定要因
Logit による推定結果は表12に示した。特許属性、技術分野属性、出願人属性の順に
結果を確認していく。
発明者数、後方引用数(発明者引用)、前方引用数(発明者引用及び審査官引用)、PCT
ダミーの係数は有意に正で推定されており、価値の高い特許ほど異議の標的になりやすい
とした仮説は支持される。しかし、同じく価値指標として用いてきた請求項数は、有意に
負の係数を示した。つまり、他の変数で測られる特許の価値が等しければ、請求項数が多
い特許ほど異議を受けにくいことになる。この結果は、欧州特許庁の異議申立制度につい
ての研究結果(Harhoff and Reitzig, 2004)とは異なる結果である。請求項数を当該特許
によって保護される権利の幅であると解釈すれば、競合他社にとっては、請求項数が多い
特許こそ取消の効果が大きいと考えられるが、推定結果は、こうした直感とは逆の関係を
示した。これは、請求項数の多い特許ほど、請求項を減縮する等の措置により、特許の取
消を回避しやすく(本節③の分析で示すように、異議の成立確率に対する請求項数の効果
も負である)
、また、競合企業はそのことを事前に予見しているため異議申立を行わないこ
とが一つの解釈である。
情報提供件数の係数は、有意に正である。情報提供を受けたにも関わらず成立した特許
は、再び異議申立を受ける確率が高いことが分かる。
審査請求ラグが長いことは(期待値的に)価値が低いと発明者が判断した特許であり、
その符号がマイナスであることは、価値の高い特許ほど異議の標的になりやすいとした仮
説と整合的である。他方で、査定ラグが長い特許は発明の複雑性が高く、情報の非対称性
が大きいので、異議申立がされやすいと予想した。しかし推定結果は、先行研究にも反し、
査定ラグ(登録までの期間)が短いほど異議申立の確率が高いことが明らかになった。審
査請求ラグは、発明の価値に関する不確実性を表し、また、査定ラグは、発明の複雑性・
不明確性を表すとすれば、これらの値が大きいことが異議の確率を下げるという結果は合
理的と言えよう。さらに、登録までに時間を要すとその特許技術は陳腐化している可能性
もある。ただし、我々の分析でも(2)節において、PCT 出願は情報提供可能な期間が短
いため、情報提供を受けにくいこと確認しており、ゆえに、Harhoff and Reitzig(2004)
が主張するように、時間と共に新たな先行文献が発見される確率が上昇するといった効果
は存在すると考えられる。したがって、今回の分析は、異議申立を行うかの意志決定段階
において、審査・査定期間の長期化が示唆する発明価値の不確実性、発明の複雑性・不明
確性、発明の陳腐化といったネガティブな効果が、先行文献発見の効果(異議確率を高め
る効果)を上回ることを明らかにしたものと言えよう。
さらに、不服成立ダミー、前置登録ダミーの係数は有意且つ正を示しており、仮説の通
りである。以上が特許属性に関する結果である。次に、技術分野属性を見ていこう。
-111-
IPC ダミーで技術分野の観察不可能な影響をコントロールすると、各技術分野での出願
人や出願件数は、異議申立件数には有意な影響が無い。しかし、後述する無効審判請求で
は、出願人数の増大がプラス、出願件数の増加がマイナスの効果をを持っており、前者は
競争の影響、後者は陳腐化の影響を示唆しているかもしれない。最後に、出願人属性であ
るが、出願規模を表す変数は、情報提供の場合と異なって、有意且つ正の係数を示した。
この結果は、欧州特許庁においての異議申立についての、Harhoff and Reitzig(2004)の
結果とも異なる35。これは今後の検討が必要である。
35
その差の原因としては、欧州の方が匿名性が弱い可能性がある。EPC 条約(19 条、116 条)によれば、口頭審理が行わ
れる可能性があり、それは公開である。
-112-
表12
推定結果:異議申立の決定要因
従属変数: 異議申立ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
不服成立ダミー
前置登録ダミー
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
-0.0639***
-0.0641***
-0.0645***
(0.0121)
(0.0122)
(0.0123)
0.0940***
0.0942***
0.0940***
(0.0328)
(0.0328)
(0.0326)
0.0123***
0.0122***
0.0122***
(0.00431)
(0.00433)
(0.00433)
0.0151***
0.0151***
0.0151***
(0.00213)
(0.00213)
(0.00213)
0.145***
0.145***
0.145***
(0.00942)
(0.00943)
(0.00942)
0.189***
0.190***
0.187***
(0.0607)
(0.0607)
(0.0606)
1.419***
1.419***
1.419***
(0.0518)
(0.0517)
(0.0518)
-0.531***
-0.530***
-0.530***
(0.0454)
(0.0458)
(0.0456)
-0.655***
-0.654***
-0.653***
(0.0557)
(0.0558)
(0.0554)
0.353***
0.354***
0.354***
(0.0597)
(0.0596)
(0.0594)
0.0973**
0.0976**
0.0976**
(0.0384)
(0.0383)
(0.0383)
-0.0998
-0.267
(0.114)
(0.269)
IPC内出願特許数
出願規模
0.0375
0.172
(0.0706)
(0.175)
0.0345***
0.0345***
0.0340***
(0.0121)
(0.0120)
(0.0119)
-1.745***
-2.395***
-2.044***
(0.511)
(0.432)
(0.420)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
688867
688867
688867
対数尤度
-85470
-85471
-85465
定数項
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-113-
③
推定結果:異議申立の成立要因
Logit による推定結果は表13に示した。再び特許属性、技術分野属性、出願人属性の
順に結果を確認していく。
発明者数、前方引用数(発明者引用及び審査官引用)、PCT ダミーの係数は有意に負で推
定されており、価値の高い特許ほど異議申立を受けても安定的な(取り消されない)こと
が分かる。同様に請求項数も、有意に負の係数を持つ。②で述べたように、請求項数の多
い特許ほど、請求項を減縮する等の措置により、特許の取消を回避しやすいことが示唆さ
れる。後方引用数の係数は統計的に有意な水準に達しなかったものの、符号は他の価値指
標と同じく負を示した。
情報提供件数の係数は、有意性が高くないものの、異議成立率を低下させる傾向がある
ようである。つまり、情報提供を受けたにもかかわらず成立した特許は、異議申立によっ
て審査段階の査定が覆る可能性が低いことを意味する。これは、不服審判請求の成立率に
関する推定結果とも整合的であり(情報提供は不服の成立率を低下させる)
、情報提供は審
査の質を向上させ、権利の安定性を高めるのに役立っていると示唆される。
審査請求ラグ及び査定ラグの係数は有意に正を示した。この結果は、今回の推定が異議
申立を受けたことを所与としたコンディショナルなものであることを考慮すると次のよう
に読むことができる。審査請求ラグが長い特許は発明の技術的価値が低く、異議申立をさ
れると異議が成立する可能性が高い。また、審査請求から登録までの期間が長い特許は、
発明価値の不確実性、発明の複雑性・不明確性が大きく、さらにより広い範囲の先行文献
が認識されるようになり、出願人や特許庁が予想していない先行文献などが、異議申立に
おいて示され、その結果、異議申立が成立する確率が上昇すると言える。
不服成立ダミーの係数は、有意且つ正に推定された。また、非有意ながら前置登録ダミ
ーも同様の効果を示しており、不服審判(あるいは前置登録)の結果、復活した権利は、
登録の経緯から考えても特許性の判断が困難であったと想像されるが、審判を経てもその
困難性は解消しておらず、異議の対象になると、再び権利が消滅する確率が高いことが分
かる。
次に、技術分野属性(出願人数、出願件数)の効果を検討する。出願件数の伸びが大き
く特許庁の審査がより困難な分野では、異議が成立しやすいことが示された。ただし、出
願人数の変数は、ここでも有意に負であり、当該分野の出願人の数が多いと、異議の成立
確率が低下するという結果が導かれた。このような結果に対して明確な解釈を与えるには、
更なる調査・研究が必要であるが、
出願人数が多いとフリーライドの問題が発生するため、
十分なサーチを行わずに異議を申し立てている等の理由が考えられるだろう。
その他の変数としては、異議件数の係数が有意に正の値を示しており、当該特許が複数
の異議を受けた場合、最終的に特許が取り消される確率は上昇することが分かる。また、
-114-
出願規模の変数は有意な係数を持たなかった。つまり、企業の出願規模は異議申立の決定
要因ではあるが、異議が成立するか否かには影響がない。
-115-
表13
推定結果:異議成立(特許取消)の決定要因
従属変数: 異議成立ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
不服成立ダミー
前置登録ダミー
異議件数
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
-0.0342**
-0.0349**
-0.0354**
(0.0141)
(0.0141)
(0.0141)
-0.127***
-0.126***
-0.125***
(0.0357)
(0.0355)
(0.0356)
-0.00175
-0.00199
-0.00185
(0.00546)
(0.00537)
(0.00539)
-0.0189***
-0.0190***
-0.0190***
(0.00373)
(0.00372)
(0.00373)
-0.0396***
-0.0397***
-0.0398***
(0.00591)
(0.00587)
(0.00585)
-0.397***
-0.399***
-0.404***
(0.101)
(0.101)
(0.102)
-0.0413
-0.0405
-0.0407
(0.0478)
(0.0478)
(0.0478)
0.597***
0.605***
0.605***
(0.0629)
(0.0629)
(0.0621)
0.410***
0.410***
0.408***
(0.0615)
(0.0616)
(0.0616)
0.239***
0.240***
0.239***
(0.0741)
(0.0733)
(0.0728)
0.0463
0.0485
0.0492
(0.0668)
(0.0665)
(0.0664)
0.306***
0.307***
0.307***
(0.0269)
(0.0269)
(0.0267)
-0.00886
-0.371*
(0.138)
IPC内出願特許数
(0.202)
0.185*
0.374**
(0.0961)
(0.146)
-0.00207
-0.00312
出願規模
-0.00155
(0.0106)
(0.0106)
(0.0107)
定数項
-1.261**
-2.385***
-1.905***
(0.638)
(0.597)
(0.564)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
21523
21523
21523
対数尤度
-12518
-12515
-12513
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-116-
(ⅳ)
①
無効審判請求及び成立の決定要因
回帰分析の概要
従属変数は、無効審判請求を一回以上受けた場合に 1 をとるダミー変数(無効審判請求
の決定要因に関する回帰分析)と審判成立あるいは一部成立の最終処分を受けた場合に 1
をとるダミー変数(無効審判の成立要因に関する回帰分析)の二種類である。
説明変数は、基本的に異議に関する分析と同じものを用いるが、無効審判の成立確率に
関する分析において異議件数の変数は使用しない。
サンプルは、1990 年以降に出願されて 2008 年末までに登録された全特許である。また、
その中で無効審判請求を受けた後、審決が出ている特許をサブサンプルとして、審判の成
立に関する分析で用いる。推定方法は Logit とする。
②
推定結果
異議に関する推定結果と比較しつつ説明していく。まず、請求確率に関する結果によれ
ば(表14)、PCT ダミーの符号が有意に負であること、請求項数が有意性はないものの、
正の係数を持つことを除けば、価値の高い特許が無効の標的になっている点は、異議申立
確率の決定要因と同じである。ただし、全体的に有意性は低い。
一方、相違点は技術分野ごとの出願人数・出願件数の変数と企業の出願規模にある。ま
ず前者の変数に注目すると、技術分野内の出願人数の増加は、有意に正の係数を持ち、出
願人数で見た競争の拡大が無効審判の請求確率を高めることが分かる。また、出願人数や
特許の価値が等しければ、出願数の伸びが大きい技術分野ほど、無効審判を請求されるリ
スク低いことも明らかになった。陳腐化の効果が一つの解釈である。
さらに、出願人の出願規模が、無効確率を低下させている点も異議申立を異なる。これ
は、多くの特許を有する企業は、クロス・ライセンス等によって特許侵害リスクを事前に
回避していることによると推察される。今後、知財調査等とのマッチングを行うことによ
って、クロス・ライセンスと無効リスクとの関係を定量的に明らかにしていく必要がある
だろう。
無効成立確率に関する推定式では、殆どの変数が有意性を持たなかった(表15)
。その
中で安定的に有意水準を満たしたのは、発明者による前方引用数と審査請求ラグであり、
このことから特許の価値が高いことが、無効審判の対象となる確率を上昇させる一方で、
安定的な権利として存続する確率も高めることが確認できた。
-117-
(ⅴ)
異議申立と無効審判請求の決定要因の差の源泉
両者の決定要因を比較することで、何故、無効審判請求が少ないかについて、その源泉
を分析することが可能である。分析結果によれば、企業の出願規模は両者に正反対の影響
を与えている。出願規模が大きい企業の特許は異議申立の対象となる可能性が有意に高い
が、無効審判請求では逆にその可能性が有意に低い。このように出願数が多い企業の特許
が無効審判の対象になりにくく、異議申立では逆の傾向にあることが、無効審判請求の件
数が小さくなる原因の一つである。企業規模の効果においてこのような差をもたらす原因
としては匿名性の有無が重要だと考えられる。大企業の保有する特許を無効化しようとし
た場合、当該大企業は、審判請求企業に対して侵害訴訟を逆提起する、あるいは請求企業
の保有特許の無効審判を請求するなどの対応をしてくる可能性もあり、結果としてクロ
ス・ライセンスなどによって無効審判を避ける可能性が大きくなる。なお、匿名性の効果
に関しては次節で更に詳しく分析を行う。
また、これまでの分析で示したように、発明の技術的な価値が高いことは異議申立及び
無効審判請求の確率を高める。ただし、両者に対する価値指標の限界効果は、全般的に差
が大きい36。具体的には、異議申立において限界効果が大きく、特に審査官による前方引
用件数の変数でそうした傾向が顕著である。異議申立は相対的にコストが低いので、当該
特許が申立人を強く制限するものである場合、特許が取り消される可能性が低くても、申
立がなされる可能性が高い。他方、無効審判請求の場合は、よりコストが高く、かつ公開
審理となる可能性があるので、申立人を強く制限する特許であっても、特許性を疑う根拠
が強くない限り請求を行わないと考えられる。つまり、発明の経済的価値は、異議申立及
び無効審判請求の誘因であるが、先述の理由から異議よりも無効において、その閾値はよ
り高く、ゆえに、無効審判が請求されることは少ないと言える。
36
附表 2 を参照されたい。
-118-
表14
無効審判請求の決定要因
従属変数: 無効審判請求ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
不服成立ダミー
前置登録ダミー
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
0.0147
0.0156
0.0167
(0.0129)
(0.0123)
(0.0115)
0.0954*
0.0949*
0.0944*
(0.0492)
(0.0495)
(0.0497)
0.00959
0.00971
0.0101
(0.00694)
(0.00698)
(0.00685)
0.00646*
0.00651*
0.00646*
(0.00353)
(0.00350)
(0.00352)
0.00985
0.00992
0.00993
(0.00745)
(0.00742)
(0.00747)
-0.249*
-0.250*
-0.244*
(0.141)
(0.141)
(0.141)
1.211***
1.208***
1.210***
(0.0720)
(0.0718)
(0.0719)
-0.781***
-0.783***
-0.785***
(0.0538)
(0.0534)
(0.0534)
-1.293***
-1.296***
-1.297***
(0.106)
(0.106)
(0.106)
0.459***
0.460***
0.459***
(0.113)
(0.112)
(0.112)
0.273***
0.275***
0.275***
(0.101)
(0.101)
(0.101)
0.0348
0.576***
(0.174)
(0.180)
IPC内出願特許数
出願規模
-0.261***
-0.566***
(0.0910)
(0.130)
-0.235***
-0.234***
-0.232***
(0.0165)
(0.0166)
(0.0165)
-2.239***
-0.596
-1.249**
(0.712)
(0.521)
(0.574)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
1418441
1418441
1418441
対数尤度
-12849
-12846
-12842
定数項
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-119-
表15
無効審判請求成立の決定要因
従属変数: 無効成立ダミー
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
不服成立ダミー
前置登録ダミー
IPC内出願人数
(1)
(2)
(3)
-0.0114
-0.0114
-0.0109
(0.0534)
(0.0531)
(0.0533)
-0.185
-0.184
-0.186
(0.114)
(0.114)
(0.114)
0.0134
0.0135
0.0134
(0.0246)
(0.0245)
(0.0245)
-0.0274**
-0.0274**
-0.0274**
(0.0109)
(0.0109)
(0.0109)
0.0117
0.0116
0.0117
(0.0163)
(0.0164)
(0.0163)
-0.0764
-0.0819
-0.0738
(0.241)
(0.241)
(0.239)
0.0254
0.0247
0.0257
(0.101)
(0.101)
(0.101)
0.315***
0.313***
0.314***
(0.118)
(0.117)
(0.117)
0.210
0.209
0.209
(0.179)
(0.179)
(0.179)
0.339
0.340
0.340
(0.243)
(0.242)
(0.242)
0.0606
0.0603
0.0626
(0.256)
(0.256)
(0.256)
0.182
0.272
(0.316)
(0.480)
IPC内出願特許数
出願規模
0.0535
-0.0872
(0.209)
(0.317)
0.0126
0.0122
0.0133
(0.0265)
(0.0266)
(0.0269)
-0.548
-0.102
-0.421
(1.332)
(1.181)
(1.336)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
あり
出願年ダミー
あり
あり
あり
観測数
1763
1763
1763
対数尤度
-1102
-1102
-1102
定数項
括弧内は、標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-120-
(5)
異議申立と無効審判請求との比較:匿名性と締切りの効果
(ⅰ)
全体の動向と制度上の違い
2003 年に異議申立て制度が廃止されたが、
2004 年の無効審判の請求件数は 359 件と前年
から約 100 件増加したにとどまった(図6)
。一方で、2004 年の権利付与前の情報提供件
数は 5849 件と前年から 1000 件以上増加しており、企業はこの制度をより有効に活用しよ
うとしているようである。また、
(2)節で示したように異議申立て制度を補完するために
設けられた、権利付与後の情報提供制度はあまり利用されていない。ここでは、なぜ異議
申立てが無効審判に代替されなかったのかを分析する。
まず、異議申立て制度と無効審判制度には大きく 2 つの違いがある。第一に、ダミーの
利用が困難となったことがある。ダミーによる申立とは、ある他社特許を攻撃したいと考
える企業が、自社名を隠して第三者(ダミー)の名前を使い、異議申立を行うことを意味
する。ダミーを利用することで、
「攻撃した企業から自社製品に目をつけられたり、既存の
取引相手を正面衝突したりすることを回避できる」ことが指摘されている(保坂, 2003)37。
新無効審判制度では利害関係者だけでなく、
「何人も」請求できるように改正されたが、原
則として口頭審理が採用されていることや、審決取消訴訟を起こされた場合には裁判所に
出頭する必要があることから、個人が対応するには大きな負担がかかるので、ダミーの利
用は困難とみなされている。よって、取引関係等の理由から匿名性が重要な分野では、無
効審判請求はあまり増加しないと予想される。
第二に、異議申立て制度では特許付与から 6 か月以内という請求期間が設定されていた
が、無効審判制度ではそうした制限はない。発明の価値に関する不確実性が高い場合、企
業には無効審判では請求期間の制限がないので、様子見をするインセンティブが生じると
予想される。
こうした 2 つの制度上の違い(匿名性、締切りの有無)が企業の行動に影響を及ぼし、
その結果として無効審判請求が増加しなかった可能性がある。
37
保坂延寿(2003)「「何人も」請求できる無効審判の諸問題」,『パテント』, Vol.56, No.8.
-121-
図6
異議申立、無効審判請求、情報提供の推移
8000
8000
7000
7000
6000
6000
5000
5000
4000
4000
3000
3000
2000
2000
1000
1000
0
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
異議
無効
0
1061 7199 7368 5915 5711 4348 3837 4804
106
86
99
97
115
153
124
192
244
286
296
283
261
255
359
343
274
284
292
情報提供 1162 907 1155 1165 1293 1345 2949 3378 3658 3783 3875 4498 4297 4660 5936 7222 7458 7527 7361
(ⅱ)
申立て人のタイプ
まず、匿名性の効果を検証するために、異議申立の申立人のタイプに注目する。1996~
2003 年に請求された異議申立の申立人を整理し、申立人が個人か非個人かを特定した。こ
れは企業がダミーを利用する際には、個人名を利用すると予想されるからである。図7は
申立人の内訳をまとめたものである。実際に異議申立を利用していると思われる上場企業
は 28%にとどまり、個人の割合は 57%であり、申立人の過半数は個人となっている38。勿
論、この中には企業がダミーとして利用している個人ではなく、本当に個人が申し立てて
いるものも含まれる。
次に、無効審判の請求人のタイプを異議申立制度の廃止前後に注目して見てみる(表1
6)。すると、異議廃止前の個人の割合は 3%のみとなっており、異議申立の申立人におけ
る数値よりも大幅に少ない。こうした相違は、制度的に無効審判の手続的な負担が大きい
ことだけでなく、やはりダミーの存在を示唆しているだろう39。ただし、異議申立制度の
廃止後では、個人の割合が 17%となっており、14.8%増加している。これは、新無効審判
38
申立人のマッチングには、日経 Needs data と東京証券取引所のデータを利用した。また、申立人の表記のゆれや企業
の履歴の問題に関しては、大西宏一郎講師(大阪工業大学)提供の出願人一覧表を利用することで、対応した。ここに
記して感謝申し上げたい。
39
保坂(2003) も同様の指摘をしている。
-122-
制度では「何人も」請求できるように改正され、ダミーによる請求が増加したことを示唆
しているのかもしれない。例えば、企業から依頼を受けた弁理士が無効審判を請求する可
能性が指摘されている(保坂, 2003)40。
図7
異議申立における申立人の内訳
外国企業・
外国人
2%
上場企業
28%
個人
57%
表16
その他
(非個人)
13%
無効審判の請求人の内訳
異議廃止前(96~03)
異議廃止後(04~08)
455
29.3%
変化分
上場企業
692
35.7%
-6.4%
その他(非個人)
1081
55.7%
761
49.0%
-6.7%
個人
53
2.7%
271
17.5%
14.8%
外国企業・外国人
115
5.9%
65
4.2%
-1.7%
総計
1941
100.0%
1552
100.0%
次に、技術分野別の個人の割合を見てみる。ここでは、技術分野として IPC のクラスを
利用する。表17は、個人率の高い 10 分野と低い 10 分野を示している41。G10 が 90%と
最も高く、C21 が 8.3%最も低くなっており、技術分野別にかなりのばらつきがあることが
40
弁理士は特定の企業との信頼関係を構築し、出願、審判、訴訟等の一連の業務を受託する傾向があるので、依頼人の
競合企業の特許に対して弁理士名で請求すると、ほぼその依頼人が推測されて場合が多いとも指摘されている。
41
個人と非個人の合計が 20 件以上の技術分野を対象としている。
-123-
分かる。特に、G(物理学)や H(電気)といった特許件数の多い分野で、個人率が高いよ
うである。
さらに、表18は同時期の無効審判における請求人の個人率をまとめたものである。最
も高くても 15%ほどであり、0%という分野が 12 ある。よって、個人が他社特許を攻撃す
ることはほとんどなく、異議申立の申立人のほとんどはダミーであることが推測される。
表17
IPC
G10
異議申立における技術分野別の個人率
内容
楽器;音響
個人率
個人
非個人
個人+非個人
90.1%
308
34
342
1399
A63
スポーツ;ゲーム;娯楽
88.5%
1238
161
G07
チェック装置
83.5%
152
30
182
G06
計算;計数(以下、省略)
78.6%
584
159
743
1357
H04
電気通信技術
77.7%
1055
302
C30
結晶成長(晶析による分離一般B01D9/00)③
74.7%
136
46
182
H03
基本電子回路
74.6%
200
68
268
B08
清掃
74.0%
37
13
50
B09
固体廃棄物の処理(以下、省略)
72.1%
49
19
68
G09
教育;暗号方法;表示;広告;シール
71.9%
263
103
366
⋮
E06
戸,窓,シャッタ(以下、省略)
29.9%
49
115
164
B43
筆記用または製図用の器具;机上付属具
29.7%
11
26
37
G04
時計
27.0%
10
27
37
B21
機械的金属加工(以下、省略)
27.0%
87
235
322
D01
天然または人造の糸(以下、省略)
24.1%
38
120
158
C22
冶金(鉄治金C21)(以下、省略)
22.2%
145
509
654
D03
織成
21.1%
23
86
109
G21
核物理;核工学
20.0%
13
52
65
D02
糸(以下、省略)
19.6%
19
78
97
C21
鉄冶金
8.3%
24
266
290
-124-
表18
無効審判における技術分野別の個人率
IPC
内容
個人率
個人
非個人
個人+非個人
C09
染料;ペイント(以下、省略)
G02
光学(以下、省略)
15.4%
4
22
26
12.0%
3
22
25
A01
農業;林業;畜産;狩猟;捕獲;漁業
10.0%
7
63
70
E02
水工;基礎;土砂の移送
7.0%
3
40
43
E01
道路,鉄道または橋りょうの建設(以下、省略)
5.9%
2
32
34
B23
工作機械(以下、省略)
5.7%
2
33
35
E03
上水;下水
4.8%
1
20
21
H04
電気通信技術
4.3%
1
22
23
F04
液体用容積形機械(以下、省略)
4.2%
1
23
24
B21
機械的金属加工(以下、省略)
3.3%
1
29
30
0
65
65
⋮
G01
測定(計数G06M);試験
0.0%
A63
スポーツ;ゲーム;娯楽
0.0%
0
58
58
B29
プラスチックの加工(以下、省略)
0.0%
0
44
44
F16
機械要素または単位(以下、省略)
0.0%
0
35
35
C08
有機高分子化合物(以下、省略)
0.0%
0
33
33
G03
写真;映画(以下、省略)
0.0%
0
28
28
B41
印刷;線画機(以下、省略)
0.0%
0
25
25
C07
有機化学(以下、省略)
0.0%
0
25
25
B01
物理的または化学的方法(以下、省略)
0.0%
0
24
24
E05
錠;鍵(かぎ);窓または戸の付属品;金庫
0.0%
0
22
22
B32
積層体
0.0%
0
21
21
G09
教育;暗号方法;表示;広告;シール
0.0%
0
21
21
(ⅲ)
技術分野別の無効審判請求
それでは異議申立制度の廃止後に、実際にどの分野で無効審判請求が増加、あるいは減
少したのかを見てみる。そのために、廃止前 3 年間(2001~03 年)と廃止後 3 年間(2004
~06 年)に注目する42。
表19では、無効審判請求の増加率の高い 10 分野と低い 10 分野がまとめられている。
増加率とは廃止後の請求件数を廃止前の請求件数で割ったものである。異議申立件数は
2001~03 年に申し立てられた件数である。増加率が最も高い H04 では請求件数が 7 件から
40 件へと、5.7 倍も増加している。また、増加率が高い分野は異議申立件数も多い分野と
いえる。一方、請求件数が減少した分野は全体で 16 分野ある。特に、G03 の異議申立件数
は 500 件以上あるが、無効審判請求件数は 11 件から 7 件へと減少している。
42
ここで対象となる技術分野は、01~06 年までの無効の件数の 10 件以上、かつ 01~03 年までの異議が 20 件以上であ
る 45 分野である。
-125-
表19
無効審判請求の増加率の高い分野と低い分野
IPC
H04
内容
増加率
請求件数 請求件数 異議申立て
(廃止前) (廃止後)
件数
電気通信技術
5.7
7
40
426
F23
燃焼装置;燃焼方法
3.0
3
9
39
C02
水,廃水,下水(以下、省略)
3.0
3
9
127
G02
光学(以下、省略)
2.8
11
31
460
B60
車両一般
2.5
8
20
147
G06
計算;計数(以下、省略)
2.5
6
15
214
H02
電力の発電,変換,配電
2.4
5
12
133
B22
鋳造;粉末冶金
2.3
3
7
71
B01
物理的または化学的方法(以下、省略)
2.3
6
14
192
C08
有機高分子化合物(以下、省略)
2.3
12
28
1044
⋮
B21
機械的金属加工(以下、省略)
0.7
12
8
76
A47
家具(以下、省略)
0.7
32
21
122
G03
写真;映画(以下、省略)
0.6
11
7
524
G09
教育;暗号方法;表示;広告;シール
0.6
13
8
72
C12
生化学;ビール;酒精(以下、省略)
0.6
9
5
56
F04
液体用容積形機械(以下、省略)
0.5
14
7
45
E03
上水;下水
0.5
15
7
24
C25
電気分解または電気泳動方法(以下、省略)
0.4
7
3
46
G10
楽器;音響
0.4
7
3
37
D06
繊維または類似のものの処理(以下、省略)
0.3
9
3
115
無効審判請求が増加するかどうかは、やはり異議申立件数が多いかどうかに依存するだ
ろう。そこで、異議申立件数と無効審判の変化数との関係に注目し、異議申立 1 件が無効
審判何件に代替されたのかに注目してみる(表20)。例えば、H04 の増加率は高くなって
いるが、異議申立件数も 426 件と多い。では、異議申立 1 件が無効審判何件に代替された
のかを計算してみると、0.08 件(=(40-7)/426)となる。一方、異議申立件数がそれ
ほど多くはない E(固定構造物)や F(機械工学)の分野の方が、代替率は高くなっている。
これは異議申立件数の多い分野において比例的に無効審判請求が増加したわけではないこ
とを示している。
-126-
表20
IPC
E01
内容
道路,鉄道または橋りょうの建設(以下、省略)
代替率の高い10分野
代替率
請求件数 請求件数 異議申立て
(廃止前) (廃止後)
件数
増加率
増加分
(b-a)/c
b/a
b-a
a
b
c
0.18
1.7
6
9
15
34
F23
燃焼装置;燃焼方法
0.15
3.0
6
3
9
39
E06
戸,窓,シャッタ(以下、省略)
0.15
2.0
7
7
14
48
E02
水工;基礎;土砂の移送
0.13
1.4
6
17
23
48
F16
機械要素または単位(以下、省略)
0.09
1.9
10
11
21
114
211
A01
農業;林業;畜産;狩猟;捕獲;漁業
0.09
1.6
18
29
47
B60
車両一般
0.08
2.5
12
8
20
147
H04
電気通信技術
0.08
5.7
33
7
40
426
E05
錠;鍵(かぎ);窓または戸の付属品;金庫
0.08
1.3
2
7
9
26
B22
鋳造;粉末冶金
0.06
2.3
4
3
7
71
(ⅳ)
匿名性と締切りの効果に関する回帰分析
無効審判が異議申立を代替するかどうかには技術分野ごとにばらつきがあるようである。
そこで、先に述べた匿名性と締切りの効果に注目して、技術分野レベルの回帰分析を行う。
分析単位は IPC のクラスである。ここでは、異議申立が無効審判に代替されるかどうか
に注目しているので、異議申立件数が 1 件以上の 115 分野がサンプルとなる。被説明変数
は、異議廃止後 5 年間の無効審判請求率(=5 年間の無効審判請求件数の平均/5 年間の査
定件数の平均)である43。
次に、説明変数には以下のものを利用した。第一に、異議申立における個人率(=個人
の数/(個人の数+非個人の数))である。個人の割合が高いほど、その分野では企業が匿
名性を重視する傾向が高いので、無効審判に代替されにくいと予想される。ただし、異議
申立の際に企業のダミーとしての個人ではなく、本当に個人が申し立てている可能性もあ
る。そこで、異議申立における個人率を、同時期(異議廃止前)の無効審判における個人
の割合で引いた変数も利用する44。
第二に、締切り効果の代理変数として審査請求率を利用する。これは、発明の価値に関
する不確実性が高いほど、企業は特許化に慎重であり、審査請求率が低くなると考えられ
るからである(長岡他, 2007)。つまり、そうした分野ほど不確実性が存在するために、請
求期限に定めのない無効審判の場合、審判請求を様子見するインセンティブを持つだろう。
言い換えれば、審査請求率が高く、不確実性が低い分野ほど、無効審判請求は増加すると
予想される。審査請求率として、1995~99 年の各年の特許出願を対象にして審査請求が行
われているかどうかを特定し、各年の審査請求率を算出し、さらにそれを各年の出願件数
43
各年の査定件数にもとづいて、各年の無効審判請求率を加重平均した変数でも推定を行ったが、ほぼ同じ結果となっ
た。
44
ただし、無効審判請求がない分野の場合、無効の個人率を算出できない。この場合は、実際に個人が請求しているわ
けではないことに注目し、個人率は 0%として変数を作成した。
-127-
にもとづいて加重平均した値を利用した。
第三に、本研究では異議申立てが無効審判に代替されるかどうかに注目しているので、
推定式では上記の 2 つの変数と異議申立て率(=5 年間の異議申立て件数の平均/査定件
数の平均)との交差項を利用する。
最後にコントロール変数として、異議廃止前の無効審判請求率を入れている。推定モデ
ルは以下のように定義される。i は技術分野である。仮説ではβ2 が負、β3 は正となるこ
とが予想される。表21は各変数の基本統計量と相関係数である。
廃止後無効請求率 i = α + ( β 1 + β 2 個人率 i + β 3 審査請求率 i )異議申立て率 i
+ β 4 廃止前無効請求率 + ε i
表21
基本統計量と相関係数
変数名
平均
標準偏差
最小値
最大値
廃止後無効請求率
0.002
0.002
0
0.022
廃止前無効請求率
0.002
0.002
0
0.008
異議申立て率
0.021
0.015
0.003
0.076
個人率
0.506
0.184
0
0.901
修正済み個人率
0.472
0.213
-0.500
0.901
審査請求率
0.584
0.053
0.454
0.753
注)N=115
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(1)
廃止後無効請求率
1
(2)
廃止前無効請求率
0.2159
1
(3)
異議申立て率
0.026
0.0769
1
(4)
個人率
-0.0827
0.0451
-0.0717
(5)
修正済み個人率
-0.417
0.039
-0.0397
0.8434
1
(6)
審査請求率
-0.0415
0.2194
0.2545
0.2147
0.2754
(6)
1
1
推定結果は表22にまとめられている。(1)式では廃止前無効請求率と異議申立率だけ
が含まれているが、異議申立率は統計的に有意とはなっていない。これは異議申立が頻繁
に行われていた分野がそのまま異議廃止に無効審判請求が増加したわけでないことを意味
する。
(2)式には説明変数として異議申立における個人率が入っているが、統計的に有意とは
なっていない。そこで、
(3)式に無効審判における個人率で修正した個人率を入れており、
有意に負となっている。これは、企業がダミーを利用する傾向を修正済みの個人率が代理
-128-
しており、かつ匿名性が重要な分野では異議廃止後に無効審判請求に負の影響を及ぼした
ことを意味する。また、
(4)式では審査請求率が入っているが、統計的に有意とはなって
いない。
(5)、
(6)式には、修正済み個人率、審査請求率と異議申立率との交差項が入っている。
修正済み個人率との交差項は有意に負となっており、異議申立率が廃止後無効請求率に及
ぼす影響は、修正済み個人率が低いほど大きいことを意味する。これは仮説を整合的な結
果であり、異議申立が無効審判に代替されるかどうかは、当該分野で匿名性が重要かどう
かに依存することを示唆している。ただし、審査請求率との交差項はやはり統計的に有意
とはなっておらず、締切りの効果の存在は明らかにはできなかった。
表22
無効審判請求率(異議制度廃止後)の決定要因
被説明変数:廃止後無効請求率
廃止前無効請求率
異議申立て率
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
0.301
0.308
0.326
0.318
0.327
0.319
(2.33)**
(2.37)**
(2.79)***
(2.64)***
(2.58)**
(2.49)**
0.001
0.000
-0.001
-0.003
0.053
0.015
(0.10)
(0.03)
(0.11)
(0.20)
(2.16)**
(0.16)
個人率
-0.001
(1.00)
修正済み個人率
-0.005
-0.005
(5.10)***
(4.97)***
審査請求率
0.001
(0.36)
修正済み個人率×異議申立て率
-0.106
-0.112
(2.58)**
(2.57)**
審査請求率×異議申立て率
0.063
(0.41)
定数項
0.001
0.002
0.003
0.003
0.001
0.001
(2.61)**
(2.30)**
(5.74)***
(1.17)
(2.46)**
(2.42)**
観測数
115
115
115
115
115
115
自由度修正済み決定係数
0.03
0.03
0.21
0.20
0.08
0.07
括弧内は、t値(絶対値)。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
-129-
以上の分析から、異議申立が無効審判に代替されなかった背景には、匿名性の効果の存
在が示唆された。ただし、無効審判請求は特許侵害訴訟と関係していることや、技術分野
の特性だけでなく、企業の特性とも関係していることを考慮すべきである。例えば、申立
人の個人率が高い分野でも、他社との取引関係を重視しない企業にとっては匿名性の効果
はあまり重要ではないだろう。また、無効審判請求は手続き的な負担が大きいので、小規
模企業よりも知財部を持つ大規模企業の方が利用しやすいだろう。よって、本来ならば企
業レベルの分析が必要といえが、そもそも申立人としてダミーが利用されているならば、
企業レベルの分析は困難になるという問題もある。
(6)
おわりに
本研究は、情報提供、不服審判、異議申立、無効審判が、それぞれどのような特許属性
や技術分野属性、出願人属性を反映して提起され、また成立するのかを実証的に分析する
ことで、特許権の安定性を高めるための審査、審判制度、あるいは異議申立制度の検討に
資することを目的とした。また、異議申立の匿名性と締め切り効果に着目し、何故無効審
判は異議制度を代替するに至らなかったのかを検討した。主要な結論は以下の通りである。
情報提供制度は、特許権を早期に安定した制度にする上で重要な役割を果たしている。
今回の実証分析によって、情報提供がある出願の拒絶査定率は有意に高く(推定結果によれ
ば、情報提供の拒絶確率への限界効果は約 16%)、またそうした出願の場合には拒絶査定
への不服審判が成立する確率も同様に有意に低い。異議申立が成立する確率への効果も同
様にマイナスではあるが強い関係は無い。情報提供は被引用件数などからみて技術的価値
の高い特許出願を対象としており、もし誤って特許付与された場合に影響が大きい特許を
効果的にスクリーニングしていると言える。
不服審判請求及び成立の決定要因について、以下のように、仮説を概ね支持する分析結
果が得られた。
¾ 被引用件数、審査請求のタイミングなどからみて発明の技術価値が高い場合に、不服
審判が成立する可能性が高くなる。
¾ 不服審判が成立した場合の特許権者の利益も発明の技術価値が高い場合に同時に高く
なるので、不服審判請求の頻度も発明の技術価値が高い場合に大きい。
¾ 情報の非対称性が大きい発明において(指標:特許の審査請求からの査定期間)、不服
審判はより提起されやすくなるが、不服審判の結果そうした発明の特許が成立する可
能性は低い。このことは、不服審判が成立した場合にこうした特許の価値が大きいこ
とを示唆している。
-130-
異議申立と無効審判請求の決定要因と成立についても、以下のように仮説を支持する結
果を得ている。
¾ 異議申立も無効審判請求も、発明の新規性、進歩性を主として問うことになるので、
発明の技術的な価値が高い場合には成立しにくくなる。
¾ 他方で、異議申立等が成立することによる申立人等の経済的利益は、発明の技術的な
価値が高い場合にのみ存在する。したがって、後者の影響がより重要であるとすると、
異議申立も無効審判請求も発明の技術的な価値が高い場合に高くなる。
¾ 不確実性(指標:出願日から審査請求までの期間)や情報の非対称性が大きく(指標:審
査請求からの査定期間)、特許庁の審査がより困難な特許においては、異議申立も無効
審判請求も一度提起されると成立し易い。他方で、そうした特許が成立しても他社を
制約するかどうかがより不確かであり、異議申立や審判請求頻度は低い。
¾ 異議申立が匿名であり、無効審判請求はそうでは必ずしもないことを反映して、クロ
ス・ライセンス等が可能な出願規模が大きい企業の場合に、異議申立と比較して無効
審判請求の頻度は小さくなる。また、無効審判請求の場合は、よりコストが高く、か
つ公開審理となる可能性があるので、無効審判請をするかどうかの発明の経済的な価
値の閾値はより高くなる。これらの結果、無効審判請求では、出願規模の大きな企業
の特許が対象となりにくく、また特許が成立すれば非常に価値が大きい少数の特許の
みが対象に絞られる結果となっている。
最後に、異議申立人に占める上場企業の割合は 28%と低水準であるのに対し、個人の割
合は 57%であり、申立人の過半数は個人である。一方、無効審判の請求人における個人の
シェアは、異議廃止前が僅か 3%であり、異議制度廃止後には 17%まで増大したものの、
異議申立人の場合と比較すると個人のシェアは大幅に少ない。このことから異議申立にお
ける個人の割合が高いほど、当該分野では匿名性が重要であり、異議は無効審判に代替さ
れにくいと予想したところ、IPC のクラスレベルの推定は、これを支持する結果を示した。
本研究では時間の制約もあって、十分な検討が出来なかった部分も多い。例えば、(2)
節では情報提供が審査請求を抑制する効果を確認できなかった。ただし、元来技術的価値
が高い特許は情報提供を受ける確率が高いため、審査請求に対する情報提供の効果は、単
に技術価値の影響を捕捉しているに過ぎない可能性もある。したがって、セレクション・
バイアスを修正した推定方法を用いて、再度、情報提供の審査請求に対する抑制効果の可
能性を探ることが望ましい。また、異議の決定要因と成立要因をサンプルセレクション・
モデルによって同時推定するといった拡張もあり得る。更に、特許属性についてはかなり
詳細な把握を行ったが、企業特性や技術特性・産業特性の把握には改善の余地がある。企
業特性は、補完的資産の規模と研究開発の能力をそれぞれ別々に把握することが重要であ
ろう。また、現状では各技術分野の観察不能な属性を IPC ダミーで吸収させているが、例
えばサイエンスリンケージの水準などを把握してモデルに反映させることも重要である。
-131-
その他、作成した変数の中には更に見直しが必要なものもある。例えば、異議申立制度に
おける締め切り効果については明確な結果が得られなかったが、申立期間制限の重要性は、
審査請求率ではなく、早期審査請求の割合の方がより妥当な変数である可能性もある。こ
れらは今後の課題としたい。
参考文献
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松浦克己・ コリン マッケンジー(2009)「ミクロ計量経済学」、東洋経済新報社.
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-132-
補論:
異議申立などの理論モデルの骨子
以下では、異議申立あるいは無効審判請求などがどのような場合に行われるか、またそ
れがどのような場合に成立するかについて、簡単な理論モデルを提示する。
異議申立(あるいは無効審判)の過程は以下の二段階に分けることが出来る。第一段階
で、申立人などがそれを行うかどうかを決定し、第二段階で特許庁がそれに妥当性がある
かどうかを判断する。特許庁の判断はあくまでも当該発明の進歩性・新規性であるのに対
して、申立人はそれによって申立企業の利益を高めることが出来るかどうかであり、判断
の基準が異なることに注意を要する。また、第一段階の判断は当然第二段階での判断を予
想した上で行われるので、以下では先ず第二段階から説明する。
第二段階の特許庁の判断の決定要因を図1に示す。ここで q は、異議申立人などが認識
している特許の質(あるいは技術的価値)であり、新規性・進歩性の程度であると理解出
来る。この図で、異議申立の対象特許の質の範囲は ql から qh の範囲である。この範囲の
選択は第一段階の申立人の判断であるが、簡単に言えば非常に質の高い特許は異議申立の
対象としてもそれが成立する可能性が無いので、申立の期待利益がマイナスであり、また
非常に質が低い特許は存在しても申立人などに影響がないのでやはり異議申立の価値が無
い。特許庁は申立人などが保有していない情報あるいはその評価基準を保有しており、両
者の情報を総合して特許の質を判断する。特許庁が判断する特許の質(qoffice)と申立人の
認識との関係は、以下のようになる。
qoffice=q +ε
(1)
(特許庁の認識する質=申立人の認識する質+特許庁の追加情報による修正ε)
申立人の無効主張を是正する結果となるので、εは 0 またはプラスである。特許庁が判断
する特許の質(qoffice)が新規性・進歩性の最低基準(qmin)を下回れば、異議申立は成立
し、そうでない場合には、成立しない。つまり、
qoffice< qmin なら異議申立は成立する。
(2)
ここで特許庁の追加情報・評価による質の判断の修正分εの分散が q には依存していない
とすると、図から明らかなように、
命題1 特許の質(技術的な価値)が高い特許は、無効となりにくい。
命題2 もし異議申立の対象範囲が下方に広がれば(ql の減少)、異議申立対象となった
特許グループの申立成立確率は高くなる。
-133-
命題 3 異議申立人が予想しない情報が大きい場合には(εがプラスである頻度が高まる)、
異議申立の成立割合は低下する。
次に、第一段階の異議申立人の判断の決定要因を図2に示す。横軸は図1と同じく、異
議申立人などが認識している対象特許の質(あるいは技術的価値)である。縦軸は特許が無
効化された場合の申立人の利益 v(q,s)、及び無効化される可能性 P(q)を勘案した期待利益
を示している。s は申立人が保有している当該特許との補完的資産の規模である。
π(q,s)=P(q)v(q,s)
(3)
特許が無効化された場合の申立人の利益は、特許の質が低い場合はゼロであるが、一定の
水準からは質の上昇に応じて単調に増大していく。他方で、無効化される可能性は特許の
質の上昇によって単調に減少していく。質が低ければ、無効化の確率は1であり、非常に
高ければ 0 であり、両者の積である期待利益は図2に示すように、一般的には逆 U 字型に
なる。
この期待利益が異議申立などのコスト c を上回った場合にのみ、申立などがされるので、
異議申立などの対象特許の範囲は、
π(q,s)=P(q)v(q,s) > c
(4)
で決定され、この図の ql と qh が、それぞれ下限と上限を与える。
したがって、一般的には特許の質が高い方が、異議申立等の対象となる可能性が大きい
とは理論的には言えないが、
命題4 特許の価値の分布において、一般には低いものが大半であり、また価値が高い特
許でも無効理由が見つかる可能性が残るとすると、特許の価値が高い方が異議申立の対象
となりやすい。
命題5A 申立人が保有している当該特許との補完的な資産が大きければ、異議申立の対象
となる特許の質の範囲は拡大する。あるいは成立している範囲内で異議申立の対象となる
特許の割合が高まる。
証明)期待収入曲線は上昇にシフトする。
命題 5B 当該特許との補完的な資産を保有している企業が多数存在すれば、異議申立の頻
度は上昇する。
-134-
補論 図1 異議申し立てなどの成立条件
qoffice=q +ε:特許庁の認識
(45度線)
ε:特許庁による追加情報・判断
qmin
特許無効
q :特許の質あるいは
技術的価値(異議申立人などの
認識)
●
ql
qh
異議申し立て
などの対象特
許の範囲
補論 図2
異議申し立てなどの決定要因
v(q,s):特許が無効化された場合の利益
π(q,s)=P(q)v(q,s):異議申し立てなどの期待収入
C
●
●
●
qLB
●
ql
qh
異議申し立てなどの
対象特許の範囲
成立している特許の質の範囲
-135-
qUB
q :特許の質ある
いは
技術的価値
附表1
記述統計量
パネル A
変数名
観測数
情報提供ダミー
審査請求ダミー
拒絶査定ダミー
不服審判請求ダミー
従属変数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
1043324
0.011
0.106
0
1
4462546
0.581
0.493
0
1
2347397
0.455
0.498
0
1
701512
0.201
0.401
0
1
不服審判成立ダミー
93654
0.494
0.500
0
1
異議申立ダミー
689462
0.031
0.174
0
1
異議成立ダミー
21591
0.303
0.460
0
1
無効審判請求ダミー
1513182
0.001
0.036
0
1
無効審判成立ダミー
1926
0.497
0.500
0
1
パネル B
変数名
情報提供の決定要因
情報提供あり
観測数
平均値
標準偏差
情報提供なし
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
11850
1.043
1.152
0.037
41.313
1027296
1.001
1.084
0.037
発明者数
11864
1.090
0.669
0.242
5.766
1031341
0.999
0.663
0.242
142.238
6.840
後方引用件数(発明者)
11863
1.278
2.795
0
99.409
1031427
0.987
2.337
0
246.851
前方引用件数(発明者)
11863
2.804
6.938
0
198.657
1031427
0.971
3.039
0
317.235
前方引用件数(審査官)
11863
2.132
3.928
0
76.694
1031427
0.980
2.094
0
129.921
PCTダミー
11864
0.057
0.231
0
1
1031460
0.077
0.266
0
1
IPC内出願人数
11863
6.463
0.893
3.258
8.778
1031210
6.486
0.909
3.258
8.778
IPC内特許数
11864
7.467
1.045
5.298
10.094
1031460
7.720
1.168
5.298
10.094
出願規模
11864
4.950
2.492
0
9.494
1031243
5.640
2.743
0
9.494
出願年ダミー(1998年)
11864
0.330
0.470
0
1
1031460
0.340
0.474
0
1
出願年ダミー(2002年)
11864
0.424
0.494
0
1
1031460
0.355
0.479
0
1
パネル C
変数名
審査請求に対する情報提供の効果
審査請求あり
観測数
審査請求なし
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
2591470
1.061
1.219
0.036
176.883
1868508
0.916
1.024
0.036
発明者数
2592362
1.047
0.688
0.242
7.052
1868656
0.935
0.617
0.242
70.438
6.855
後方引用件数(発明者)
2592310
1.212
2.836
0
403.588
1869363
0.676
2.014
0
321.394
前方引用件数(発明者)
2592310
1.240
3.871
0
559.773
1869363
0.666
2.255
0
678.516
前方引用件数(審査官)
2592310
1.190
2.102
0
129.921
1869363
0.738
1.397
0
66.774
PCTダミー
2592368
0.072
0.258
0
1
1870178
0.047
0.211
0
1
情報提供数(審査請求前)
2592368
0.003
0.058
0
6
1870178
0.002
0.049
0
4
IPC内出願人数
2592307
6.424
0.915
2.197
9.297
1868390
6.386
0.905
2.197
9.297
IPC内特許数
2592368
7.708
1.183
5.298
10.297
1870178
7.794
1.214
5.298
10.297
出願規模
2592365
5.573
2.716
0
9.707
1869183
6.142
2.804
0
9.707
-136-
パネル D
変数名
拒絶査定に対する情報提供の効果
拒絶査定
観測数
特許登録査定
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
1066593
1.018
1.173
0.036
102.305
1280202
1.073
1.218
0.036
発明者数
1066955
1.026
0.683
0.242
6.458
1280437
1.067
0.696
0.242
176.883
7.052
後方引用件数(発明者)
1066909
0.855
2.386
0
403.588
1280433
1.586
3.176
0
331.018
前方引用件数(発明者)
1066909
1.117
3.481
0
548.206
1280433
1.387
4.242
0
511.585
前方引用件数(審査官)
1066909
1.137
2.026
0
129.921
1280433
1.277
2.163
0
122.041
PCTダミー
1066959
0.069
0.253
0
1
1280438
0.054
0.227
0
1
情報提供数(審査請求前)
1066959
0.004
0.067
0
6
1280438
0.002
0.048
0
6
情報提供数(審査請求後)
1066959
0.020
0.172
0
15
1280438
0.009
0.111
0
13
情報提供数
1066959
0.024
0.187
0
15
1280438
0.011
0.123
0
13
審査請求ラグ
1066959
1.018
0.578
0
4.732
1280438
0.956
0.574
0
3.966
IPC内出願人数
1066909
6.480
0.937
2.197
9.297
1280433
6.326
0.869
2.197
9.297
IPC内特許数
1066959
7.795
1.217
5.298
10.297
1280438
7.612
1.147
5.298
10.297
出願規模
1066959
5.523
2.802
0
9.707
1280438
5.651
2.659
0
9.707
パネル E
変数名
不服審判請求の決定要因
不服審判請求あり
観測数
不服審判請求なし
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
140983
1.256
1.618
0.071
53.914
560458
0.962
1.073
0.071
発明者数
140992
1.109
0.731
0.248
5.654
560516
1.004
0.662
0.248
47.149
6.347
後方引用件数(発明者)
140983
1.492
3.205
0
152.929
560512
0.640
1.758
0
138.346
前方引用件数(発明者)
140983
1.834
5.480
0
307.988
560512
0.939
2.909
0
548.206
前方引用件数(審査官)
140983
1.578
2.423
0
81.990
560512
1.028
1.612
0
49.982
PCTダミー
140992
0.102
0.302
0
1
560520
0.045
0.208
0
1
情報提供数
140992
0.043
0.265
0
11
560520
0.017
0.148
0
10
審査請求ラグ
140992
1.003
0.606
0
3.010
560520
1.160
0.575
0
9.457
査定ラグ
140992
1.023
0.321
0.080
3.541
560520
0.980
0.273
0.089775
3.851
IPC内出願人数
140983
6.359
0.827
3.296
8.121
560512
6.301
0.818
3.295837
8.121
IPC内特許数
140992
7.808
1.177
5.298
10.080
560520
7.696
1.175
5.298317
10.080
出願規模
140992
5.540
2.833
0
9.707
560520
5.648
2.794
パネル F
変数名
平均値
9.707
不服審判請求成立の決定要因
不服審判成立
観測数
0
標準偏差
不服審判不成立
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
46298
1.261
1.681
0.071
40.377
47351
1.173
1.552
0.064
発明者数
46300
1.108
0.725
0.248
5.684
47354
1.096
0.733
0.208
5.637
後方引用件数(発明者)
46291
1.987
3.634
0
70.086
47336
0.720
2.065
0
110.848
前方引用件数(発明者)
46294
1.953
5.755
0
285.615
47343
1.665
5.172
0
307.988
前方引用件数(審査官)
46295
1.613
2.429
0
71.780
47345
1.481
2.399
0
81.990
PCTダミー
46300
0.074
0.261
0
1
47354
0.131
0.338
0
1
情報提供数
46300
0.045
0.282
0
8
47354
0.058
0.307
0
9
審査請求ラグ
46300
0.883
0.614
0
3.010
47354
1.100
0.617
0
3.097
査定ラグ
46300
1.004
0.313
0.096
2.943
47354
1.035
0.329
0.096
3.448
IPC内出願人数
46297
6.187
0.946
0.693
8.121
47348
6.343
0.942
0.693
8.121
IPC内特許数
46300
7.640
1.377
0.693
10.080
47354
7.734
1.351
0.693
10.080
出願規模
46300
5.502
2.819
0
9.707
47354
5.276
2.934
0
9.707
-137-
44.382
パネル G
変数名
異議申立の決定要因
異議申立あり
観測数
異議申立なし
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
21590
1.081
1.375
0.040
43.013
667850
1.086
1.334
0.036
176.883
発明者数
21591
1.134
0.698
0.254
5.544
667870
1.060
0.699
0.248
7.052
後方引用件数(発明者)
21590
2.442
4.119
0
82.796
667866
2.170
3.687
0
184.315
前方引用件数(発明者)
21590
3.634
9.602
0
305.160
667866
1.414
4.301
0
511.585
前方引用件数(審査官)
21590
2.381
3.318
0
76.694
667866
1.246
1.874
0
81.738
PCTダミー
21591
0.030
0.170
0
1
667871
0.032
0.175
0
1
情報提供数
21591
0.088
0.381
0
13
667871
0.008
0.104
0
8
審査請求ラグ
21591
0.713
0.571
0
2.788
667871
0.840
0.594
0
7.925
査定ラグ
21590
0.886
0.320
0.026
2.914
667866
0.929
0.310
0.021
3.350
不服成立ダミー
21591
0.054
0.226
0
1
667871
0.030
0.171
0
1
前置登録ダミー
21591
0.054
0.225
0
1
667871
0.043
0.202
0
1
IPC内出願人数
21590
6.209
0.812
3.296
9.297
667866
6.181
0.823
2.197
9.297
IPC内特許数
21591
7.616
1.113
5.298
10.297
667871
7.609
1.168
5.298
10.297
出願規模
21591
5.639
2.509
0
9.707
667871
5.709
2.774
0
9.707
最小値
最大値
パネル H
変数名
異議成立(特許取消)の決定要因
異議申立成立
観測数
異議申立不成立
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
請求項数
6548
1.009
1.262
0.082
26.247
15042
1.113
1.421
0.040
発明者数
6548
1.090
0.692
0.281
5.544
15043
1.154
0.700
0.254
43.013
4.846
後方引用件数(発明者)
6548
2.310
3.894
0
54.367
15042
2.500
4.212
0
82.796
前方引用件数(発明者)
6548
2.743
6.765
0
185.445
15042
4.022
10.579
0
305.160
前方引用件数(審査官)
6548
2.079
2.755
0
36.485
15042
2.513
3.527
0
76.694
PCTダミー
6548
0.024
0.152
0
1
15043
0.033
0.178
0
1
情報提供数
6548
0.082
0.353
0
9
15043
0.090
0.393
0
13
審査請求ラグ
6548
0.751
0.586
0
2.788
15043
0.697
0.563
0
2.726
査定ラグ
6548
0.896
0.323
0.026
2.914
15042
0.882
0.319
0.028
2.719
不服成立ダミー
6548
0.055
0.228
0
1
15043
0.053
0.225
0
1
前置登録ダミー
6548
0.054
0.226
0
1
15043
0.053
0.225
0
1
異議件数
6548
1.340
0.822
1
15
15043
1.236
0.672
1
23
IPC内出願人数
6548
6.214
0.802
3.332
9.297
15042
6.206
0.816
3.296
9.297
IPC内特許数
6548
7.615
1.119
5.298
10.297
15043
7.616
1.111
5.298
10.297
出願規模
6548
5.677
2.581
0
9.707
15043
5.623
2.477
0
9.707
-138-
パネル I
変数名
無効審判請求の決定要因
無効審判請求あり
観測数
無効審判請求なし
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
1950
1.139
1.382
0.043
23.747
1499179
1.071
1.207
0.036
176.883
発明者数
1958
1.026
0.705
0.254
5.422
1511223
1.074
0.703
0.218
7.052
後方引用件数(発明者)
1958
1.672
2.794
0
21.703
1511173
1.575
3.092
0
331.018
前方引用件数(発明者)
1956
5.853
14.170
0
305.160
1509577
1.447
6.277
0
3535.354
前方引用件数(審査官)
1958
2.901
4.668
0
100.000
1510205
1.384
6.298
0
3490.401
PCTダミー
1958
0.054
0.225
0
1
1511224
0.051
0.221
0
1
情報提供数
1958
0.243
0.697
0
13
1511224
0.013
0.136
0
15
審査請求ラグ
1958
0.584
0.577
0
2.515
1510386
0.901
0.587
0
7.925
査定ラグ
1958
0.859
0.404
0.032
2.436
1510380
0.956
0.321
0.015
5.020
不服成立ダミー
1958
0.079
0.269
0
1
1511224
0.036
0.186
0
1
前置登録ダミー
1958
0.063
0.244
0
1
1511224
0.056
0.229
0
1
IPC内出願人数
1958
6.355
0.845
3.332
9.297
1511173
6.342
0.877
2.197
9.297
IPC内特許数
1958
7.286
1.088
5.298
10.297
1511224
7.648
1.163
5.298
10.297
出願規模
1958
3.254
2.568
0
9.637
1511224
5.700
2.661
0
9.707
パネル J
変数名
無効審判請求成立の決定要因
無効審判成立
観測数
無効審判不成立
平均値
標準偏差
最小値
最大値
観測数
平均値
標準偏差
最小値
最大値
請求項数
954
1.095
1.250
0.094
17.088
964
1.166
1.329
0.043
発明者数
957
0.987
0.656
0.302
4.187
969
1.060
0.740
0.254
12.270
5.422
後方引用件数(発明者)
957
1.594
2.802
0
21.703
969
1.773
2.816
0
20.938
前方引用件数(発明者)
956
4.265
7.765
0
92.342
968
7.330
18.316
0
305.160
前方引用件数(審査官)
957
2.607
4.718
0
100.000
969
3.176
4.564
0
37.313
PCTダミー
957
0.048
0.214
0
1
969
0.056
0.230
0
1
情報提供数
957
0.241
0.768
0
13
969
0.239
0.614
0
5
審査請求ラグ
957
0.606
0.594
0
2.515
969
0.559
0.558
0
2.490
査定ラグ
957
0.867
0.392
0.032
2.436
969
0.850
0.414
0.034
2.430
不服成立ダミー
957
0.088
0.283
0
1
969
0.069
0.254
0
1
前置登録ダミー
957
0.064
0.244
0
1
969
0.061
0.239
0
1
IPC内出願人数
957
6.297
0.807
4.127
9.102
969
6.393
0.869
3.332
9.297
IPC内特許数
957
7.189
1.012
5.303
10.259
969
7.365
1.146
5.298
10.297
出願規模
957
3.235
2.555
0
9.637
969
3.260
2.582
0
9.626
-139-
パネル K
相関係数マトリクス(パネル I に対応)
[1]
[1]
請求項数
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
1
[2]
発明者数
0.109
1
[3]
後方引用件数(発明者)
0.081
0.141
1
[4]
前方引用件数(発明者)
0.048
0.042
0.055
1
[5]
前方引用件数(審査官)
0.052
0.033
0.030
0.112
1
[6]
PCTダミー
-0.028
0.023
-0.060
-0.006
-0.050
1
[7]
情報提供数
0.008
0.012
0.009
0.050
0.032
-0.001
[8]
審査請求ラグ
-0.004
0.026
-0.042
-0.009
-0.003
0.057
[9]
査定ラグ
0.096
0.013
-0.015
-0.006
-0.008
0.081
[10] 不服成立ダミー
0.024
0.012
0.016
0.014
0.009
0.008
[11] 前置登録ダミー
0.037
0.018
-0.004
0.015
0.016
0.042
[12] IPC内出願人数
-0.003
-0.005
-0.021
-0.002
0.003
0.061
0.026
0.008
0.027
0.004
0.008
-0.012
-0.017
0.110
0.077
0.014
0.030
-0.275
[8]
[9]
[13] IPC内特許数
[14] 出願規模
[7]
[7]
情報提供数
[8]
審査請求ラグ
[9]
[10]
[11]
[12]
[13]
[14]
1
-0.006
1
査定ラグ
0.029
-0.046
1
[10] 不服成立ダミー
0.044
-0.054
0.028
1
[11] 前置登録ダミー
0.030
-0.021
0.051
-0.047
1
[12] IPC内出願人数
0.001
-0.133
-0.017
0.011
0.037
[13] IPC内特許数
-0.020
-0.093
-0.012
0.034
0.036
0.779
1
[14] 出願規模
-0.028
0.091
-0.034
-0.004
0.006
-0.008
0.257
観測数=1499688
-140-
1
1
附表2
異議申立及び無効審判請求の決定要因:限界効果の比較45
Logit推定
請求項数
発明者数
後方引用件数(発明者)
前方引用件数(発明者)
前方引用件数(審査官)
PCTダミー
情報提供件数
審査請求ラグ
査定ラグ
不服成立ダミー
前置登録ダミー
固定効果推定
(1)異議
(2)無効
(3)倍率
(4)異議
(5)無効
-0.00128***
9.00e-06
-142.22
-0.00169***
2.26e-05
(0.000243)
(7.16e-06)
(0.000340)
(3.02e-05)
0.00189***
5.46e-05*
0.00238**
-2.87e-05
(0.000655)
(2.79e-05)
(0.000964)
(5.70e-05)
0.000245***
5.58e-06
0.000223
-1.02e-05
(8.74e-05)
(4.02e-06)
(0.000163)
(9.63e-06)
0.000303***
3.75e-06*
0.00175***
0.000127***
(4.26e-05)
(2.01e-06)
(0.000184)
(3.28e-05)
0.00291***
5.70e-06
(0.000175)
(4.10e-06)
34.62
43.91
80.80
510.53
0.00415***
-0.000129**
(0.00144)
(6.40e-05)
0.0284***
0.000695***
(0.00101)
(4.14e-05)
-0.0106***
-0.000450***
(0.000910)
(3.13e-05)
-0.0131***
-0.000745***
(0.00110)
(6.26e-05)
0.00835***
0.000330***
(0.00165)
(9.75e-05)
0.00204**
0.000179**
(0.000837)
(7.46e-05)
-32.17
40.86
23.56
17.58
25.30
11.40
5.09e-05***
(0.000598)
(1.25e-05)
0.00738***
-0.000374**
(0.00178)
(0.000174)
0.139***
0.0149***
(0.00731)
(0.00155)
-0.0140***
-0.00125***
(0.00137)
(0.000101)
-0.0185***
-0.00175***
(0.00166)
(0.000182)
0.0146***
0.000818***
(0.00285)
(0.000267)
0.00217*
9.16e-05
(0.00128)
(0.000144)
-0.0167*
0.000837***
(0.00865)
(0.000254)
-5.01
0.0119
-0.00103***
(0.00819)
(0.000386)
-5.16
0.000901***
-0.000341***
IPC内出願人数
-0.000150***
0.00716***
IPC内出願特許数
0.000751
(0.00141)
(5.31e-05)
出願規模
0.000691***
-0.000134***
(0.000241)
(8.42e-06)
(0.000339)
(2.22e-05)
IPCダミー(サブクラスレベル)
あり
あり
固定効果
固定効果
出願年ダミー
あり
あり
あり
あり
観測数
688867
1418441
689427
1499688
対数尤度
-85471
-12846
0.027
0.005
決定係数
(6)倍率
-74.78
-82.93
-21.86
13.78
140.67
-19.73
9.33
11.20
10.57
17.85
23.69
-19.95
-11.55
-2.64
上段は限界効果、下段括弧内は標準誤差。*** は有意水準1%、** は5%、* は10%を表す。
(3)の倍率は、異議の限界効果を無効の限界効果で除した値。(6)も同様。
45
附表2の(1)は表12(2)式の限界効果であり、同じく(2)は表14(2)式の限界効果を表している。全て
の変数を用いた推定式(表12(3)式、表14(3))の場合、限界効果の計算に非常に長い時間を要する。代わりに
参考として、線形確率モデルに基づく固定効果推定の結果を示しておく。
-141-
6.企業秘密(ノウハウ)と企業の収益性・持続的競争優位性
(1)はじめに
本研究では、発明を企業秘密(ノウハウ)として秘匿化する方法が、特許権といった知
的財産権制度を利用する方法と比較して、企業の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢
献するのかを実証的に明らかにする1。
企業が事業を実施し、その事業において収益を獲得または持続的競争優位性を構築して
いく手段として、発明を企業秘密(ノウハウ)として秘匿する方法と、特許権(以下、特許)
という観念上の権利で法律的に保護をうける方法の 2 種類が存在する。特許出願をした場
合、特許という独占権が与えられる反面、事業の基礎となっている発明内容が出願公開制
度で公に公開されてしまうことになり、特許といった専有を可能にする手段単独では、収
益を獲得または競争優位を持続的に構築することはなかなか難しい。他方で、企業秘密(ノ
ウハウ)の方法によれば、事業の基礎となっている発明情報を外部に一切公表せず、企業秘
密(ノウハウ)として秘匿するので、情報の漏洩を完全に防止できれば、第三者の模倣を有
効に防げることが可能である。このような企業秘密(ノウハウ)による秘匿化のメリット
は事例として多くはないにしろ、よく指摘されるところである。たとえば、輸入椎茸によ
って我が国の椎茸産地は非常に劣位になっているが、雪国まいたけは、製造ラインをブラ
ックボックス化し、企業秘密(ノウハウ)を徹底して秘匿化したことにより、その出荷量
は毎年伸びている2。また、シャープは液晶の分野において特許を多数出願することで持続
的な競争優位性を確保する一方で、液晶パネルの技術については特許として出願し公開す
るのではなく、製造技術や企業秘密(ノウハウ)をブラックボックス化し、競合他社に見
えないよう社内に秘匿化するといった全く逆の知的財産戦略を採用している3。
ただし、発明情報を企業秘密(ノウハウ)による場合、様々な問題点が指摘されている。
第 1 に、企業秘密(ノウハウ)として実施していた技術につき、競合他社が適法にその発明
情報を入手した場合(たとえばリバースエンジニアリング)、不正競争防止法による保護が
及ばない可能性がある。また、特許権侵害であれば、相手方の製品が自己の特許発明の技
術的範囲に属することを立証すればよいのに対し、企業秘密(ノウハウ)の侵害については、
不正競争防止法の下、競合他社が自社の企業秘密(ノウハウ)を不正に取得したこと等を立
証しなくてはならず、立証が困難な場合が多い。
第 2 に、企業秘密(ノウハウ)として自社実施していた技術につき、競合他社が特許権を
取得した場合、特許権侵害として訴えられる可能性がある。そのため、発明情報を企業秘
1
企業秘密(ノウハウ)は、営業秘密とよばれるものである(米国ではトレードシークレットと呼ばれる)。
日経産業新聞 2003 年 6 月 5 日。
3
日経ビジネス(2003)「日本アズナンバーワン 第 1 章 -ディスプレーは譲らぬ シャープ必勝三種の神器-PDP
は日本の独壇場」『日経ビジネス』pp.36-44.
2
-142-
密(ノウハウ)として秘匿することで保護しようとする場合、研究開発段階のメモ書き、実
験データ、会議録、設計図面、仕様書などを保管し、公証人役場での証明をとっておくな
ど、先使用権の立証のための資料を確定日付を取得して準備しておく必要がある。
企業は以上までに述べるような企業秘密(ノウハウ)による秘匿化のメリット・デメリ
ットを比較考量して、事業の基礎となる技術や発明を企業秘密(ノウハウ)として自社実施、
または特許権として自社実施していると考えられる。一般に、自社や他社において実施さ
れた発明が製品から特定化できるものや競合企業の技術レベルが接近しすぐに模倣が容易
である場合には、特許出願をしたほうが有利であるといえる。これに対し、特許性がない
もの、特許性があっても拒絶容易なもの、侵害行為の確認が困難なものは、あえて特許出
願をせず、企業秘密(ノウハウ)として秘匿化することが有効である。
過去の研究を概観すると、本研究の知る限り、このような企業秘密(ノウハウ)を秘匿化
し事業実施する方法が、特許権といった知的財産権制度を利用する方法と比較して、企業
の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢献するのかについて、それほど明らかになって
いない。したがって、本研究では、このような課題を実証的に明らかにすることを目的と
する。このような分析は企業の知財戦略に対して重要な示唆を与えるとともに、不正競争
防止法や特許法の知的財産制度をどのように充実化していけばよいのかを明らかにしてく
れる。
本稿の構成は以下の通りである。第(2)節では、企業秘密(ノウハウ)について先行
研究がどのような状況になっているのかを検討する。第(3)節では、実際の事例を通し
て企業秘密(ノウハウ)として秘匿する発明の特徴を明らかにし、その決定要因を抽出す
る。第(4)節では、企業秘密(ノウハウ)として秘匿する決定要因と、企業の持続的競
争優位性や収益性の分析をする。第(5)節では、結論を述べる。
(2)企業秘密(ノウハウ)による秘匿化に関する先行研究
発明を保護する方法として、企業秘密による秘匿化を取り上げた理論的で代表的な研究
としては、Anton and Yao(2004)が挙げられる4。Anton and Yao(2004)によれば、特許化ま
たは企業秘密(ノウハウ)として秘匿化のどちらかの方法で事業を保護する決定要因とし
て、①イノベーションについての不完全情報、②特許権による保護の限界、③開示による
模倣といった 3 つの要因を指摘している。
また、特許によるイノベーションの専有可能性を高めることについて疑問を投げかけて
いる研究では、企業秘密(ノウハウ)による秘匿化は特許化と比較してより効果的にイノ
ベーションの専有可能性を高める手段であると指摘している(Levin et al.(1987)、Cohen
4
Anton, J.J., Yao, D.A., (2004) “Little patents and big secrets: managing intellectual property,” RAND Journal
of Economics 35 (1), pp.1-22.
-143-
et al.(2000)、後藤・永田(1997))5。
しかし近年、特許化の戦略的重要性がますます高まりつつある状況を鑑みて、特許によ
る専有可能性を再検討しようといった試みがなされ、そのような研究の中では企業秘密(ノ
ウハウ)による秘匿化と対比で特許化の有効性が議論されている。たとえば、Barros(2008)
は企業秘密(ノウハウ)による秘匿化と特許化とは専有可能性手段として補完的関係にあ
(1)商業化段階に至っている新製
ったことを確認している6。Hussinger(2005)によれば、
品の売上高に対して、秘匿化よりも特許化の方が統計的に正に有意にきく、秘匿化は非有
意、
(2)事実として、商業化段階に至っていない初期発明では特許化と秘匿化とは補完的
関係にあり、秘匿化が非常に重要だと回答している企業は多い、
(3)商業化段階に至って
いる発明(つまり製品イノベーション)は秘匿化よりも特許化の方が重要だと回答してい
る企業は多い、(4)「商業化段階に至っている新製品の売上高に対して、秘匿化よりも特
許化の方が統計的に正に有意にきく、秘匿化は非有意」といった推計結果に対して、①秘
匿化は発明初期段階で利用されるので直接売上高に結びついていない可能性が高い、②秘
匿化されるイノベーションの多くはプロセスイノベーションでこれも、直接売上高に結び
ついていない可能性が示唆される、としている7。
(3)企業秘密(ノウハウ)の実態
特許庁(2006)8や経済産業省(2007)9において、企業秘密(ノウハウ)として秘匿化するこ
との実態について、以下の諸点が指摘されている。
<実態>
・企業秘密(ノウハウ)として秘匿すると判断されたものは、開発・設計部署からの発明
においては 2%程度、製造事業所からの発明においては 30%程度である。
・企業秘密(ノウハウ)は発明提案の 15%である。
・企業秘密(ノウハウ)秘匿が選択されるのは年間で 20~30 件程度であり、総提案の 5%
に満たない。
5
Levin, R. C., A. K. Kevorick, R. R. Nelson, and S. G. Winter (1987), “Appropriating the Returns from Industrial
Research and Development,” Blooking Papers on Economic Activity 3, pp.783-831.
Cohen W. M., R. R. Nelson, and J. P. Walsh (2000), “Protecting Their Intellectual Assets: Appropriability
Conditions and Why U.S. Manufacturing Firms Patent (or Not),” NBER Working Paper no. 7552.
後藤晃・永田晃也 (1997),「イノベーションの専有可能性と技術機会-サーベイデータによる日米比較研究̶ 」『NISTEP
REPORT』No. 48,科学技術政策研究所.
6
Barros, Henrique M. (2008) “The interaction between patents and other appropriability mechanisms: firm-level
evidence from UK manufacturing”, Insper Working Paper WPE 112.
7
Hussinger, K. (2006) “Is Silence Golden? Patents versus Secrecy at the Firm Level. In” Economics of Innovation
and New Technology, 15 (8), pp. 735-752.
8
特許庁(2006)、
「先使用権の円滑な活用に向けて-戦略的なノウハウ管理のために-」
9
経済産業省(2007)、「戦略的な知的財産管理に向けて-技術経営力を高めるために-(知財戦略事例集)」
-144-
・技術ノウハウについては技術者が技術として捉えることができるので、発明提案書のよ
うな形で知財部に提出し把握できるが、技能ノウハウについては、技術者も技術として
捉えていないことも多く、知財部で吸い上げることが困難である。
・発明提案書として知的財産部に届けられたものは、基本的に特許出願の対象としている。
・企業秘密(ノウハウ)秘匿するようなものは多くなく、特許出願を 100 とすると、企業
秘密(ノウハウ)秘匿を選択するものは 1 以下で、1 年に 1 件あるかどうかというとこ
ろである。
・基本的に特許出願に主眼を置いてきている。
・企業秘密(ノウハウ)として秘匿することを選択し管理したものは、年間で数件であり
多くなかった。
<企業秘密(ノウハウ)として秘匿するような発明の特徴>10
・製法・部品製造装置・製造方法・製造技術・製造プロセス、製品から遠い発明や技術(最
終製品として外部に出て行くものは特許出願)
・自社製品をリバースエンジニアリングしても他社が発見できない発明(または製品に発
明の実施の痕跡が残らないもの)
・他社製品をリバースエンジニアリングしても他社の侵害が発見困難または侵害防止が困
難である発明
(他社の工場に立ち入らないと侵害しているかどうか判断のつかない技術)
・他社が特許出願する可能性が低い発明(逆に他社が同じような発明を容易に思いつくよ
うなものならば特許出願する)
・発明のレベルが他社(特定されたライバル企業の技術水準、技術動向、技術導入)の追
従を許さないほどに先行しているもの(2 年以内の追従)11
・発明の分野・内容が他社に見向きもされない・興味を示さないような非常にローカル・
ニッチなもの
・技術の陳腐化がなく、長期間有効なもの
・共同開発のパートナー・製品の仕入先との関係で秘密保持契約をしているもの
・特許性がないもの(特許出願しても拒絶されてしまう程度の発明である場合や工場内に
おける工夫)
以下では、上記の企業秘密(ノウハウ)として秘匿するような発明の特徴を決定要因と
して、実際のデータを利用して検証する。
10
重要ノウハウについても特許出願することがある。つまり、そのような発明については、特許出願し、他社の開発動
向に注意しながら、他社がキャッチアップしていないと判断した場合に、出願公開前取下げを行う。その後すぐに同じ
出願を行う。一方で、他社がキャッチアップしてきたと判断した場合には、審査請求を行い権利化し、他社を排除する
戦略といったことが可能だと指摘されている。
11
このような記述によれば、特許の引用ラグを利用して分析した方が望ましい。
-145-
(4)分析
(ⅰ)リサーチデザイン
本稿の目的は、発明を企業秘密(ノウハウ)とする方法が、特許権といった知的財産権
制度を利用する方法と比較して、企業の収益性や持続的競争優位性にどの程度貢献するの
かを実証的に明らかにすることである。この目的を達成するために本研究では次のような
アプローチを取る。
まず、最初に企業秘密(ノウハウ)を高度に利用している企業はどのような特徴をもつ
のかといったノウハウ性向の決定要因分析を企業レベルで行う。すなわち、企業別ノウハ
ウ性向を算出し、それをそのまま利用する推計サンプル(サンプル1)、そして 1 件以上企
業秘密(ノウハウ)として秘匿化する企業(上位群)とすべて特許出願する企業(下位群)
を推計サンプル(サンプル2)として抽出する12。その上で、企業別ノウハウ性向を被説
明変数として、様々な要因について影響があるのかどうかといった決定要因を分析する13。
次に、企業の持続的競争優位性または収益性に対して、企業秘密(ノウハウ)による秘
匿化の方が特許化よりも大きなインパクトがあるのかを検証する。すなわち、企業の持続
的競争優位性または収益性を被説明変数とし、企業秘密(ノウハウ)による秘匿化水準の
係数が、特許発明を自社実施やブロッキングといった特許利用の係数よりも統計的有意性
が高いのか、そして係数が大きいかを確認することになる。
(ⅱ)記述統計
図1は産業別にノウハウ性向がどのような水準になっているのかを明らかにしたもので
ある。産業全体の平均値は 4.4%である。まず、パルプ・紙・紙加工品製造業のノウハウ
性向が非常に高い(14.2%)。電子部品・デバイス・電子回路製造業のノウハウ性向が次い
で高い(9.4%)
。情報サービス業や通信業も水準として高い。
一方で、総合化学・化学繊維製造業、印刷・同関連業が低い水準となっている。運輸業・
郵便業、放送業、映像・音声・文字情報制作業について同様に非常に低い水準となってい
る。そもそも発信・受信を基本とするものは技術を秘匿することが不可能であると考える。
金融・保険業についても非常に低い水準となっている。
図2はノウハウ性向とプロセスイノベーション比率を比較したものである14。この図表
はノウハウ性向が高い産業を左から右に配置したものであるが、プロセスイノベーション
12
ここでいうノウハウ性向とはノウハウ件数を発明の届出件数で除したものである。
サンプル2において、これら 2 つの企業群におけるノウハウ性向の平均値に差があるのかを検定したところ、統計的
に差があるのが確認できた。
14
プロセスイノベーションの識別方法については説明変数の部分を参照されたい。
13
-146-
比率(=プロセスイノベーション数/総イノベーション数)も左から右へ低下しているこ
とが明らかである(図表内における直線の傾きが-0.0005 と負である)。したがって、プ
ロセスイノベーション比率が高い産業ではノウハウ性向が高いことがわかる。
図3は、プロダクトイノベーション・プロセスイノベーションとノウハウ性向を見たも
のである。この図は先ほどのデータソースとは異なり、文部科学省科学技術政策研究所(N
ISTEP)が 2004 年に実施した『全国イノベーション調査』と、特許庁『知的財産活動
調査』とを産業レベルで接続して比較したものである15。これを見る限り、先ほどとは異
なり、明確な関係はない。たとえば、工法を主な発明として出願している建設業において
プロセスイノベーションが多いことが確認できたが、プロセスイノベーションだから企業
秘密(ノウハウ)にするといった傾向は全くない。工法でもできるだけ職務発明報奨制度
との関係から特許出願するといった可能性が否めない。一方、
「プロセスイノベーション実
現企業>プロダクトイノベーション実現企業」である鉱業等については高いノウハウ性向
となっている。また、
「プロセスイノベーション実現企業<プロダクトイノベーション実現
企業」であるが、比較的プロセスイノベーション実現企業が多い業界(たとえば、金属製
品、鉄鋼業、印刷・同関連業、金融・保険業)ではノウハウ性向についてまばらである。
図1
産業別ノウハウ性向
16.0%
14.0%
12.0%
10.0%
8.0%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
不
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15
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、
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紙
・
紙
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製
造
業
全イノベーション実現企業に対するプロダクトイノベーション実現企業とプロダクトイノベーション企業の比率であ
る。
-147-
図2
ノウハウ性向とプロセスイノベーション比率との関係(左軸:ノウハウ性向、右軸:
プロセスイノベーション比率)
16%
20%
ノウハウ性向
プロセスイノベーション比率
線形 (プロセスイノベーシ ョン比率)
18%
14%
16%
12%
14%
10%
12%
8%
10%
8%
6%
6%
y = -0.0005x + 0.0983
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図3
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業
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業
各種イノベーションとノウハウ性向との関係(平成 20 年度調査、左軸:各種イノベ
ーション実現企業数比率、右軸:ノウハウ性向)
プロダクトイノベーション
プロセスイノベーション
ノウハウ性向
(平均値)
100
16.0%
90
14.0%
80
12.0%
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-148-
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(ⅲ)被説明変数
■ノウハウ性向
企業のノウハウ水準の決定要因を分析するのにあたり、企業ⅰのノウハウ性向(=ノウ
ハウ件数/発明の届出をした件数)を利用した(以下、ノウハウ性向)。また、多くの企業
が企業秘密(ノウハウ)による秘匿化していないといった実態があったため、企業秘密(ノ
ウハウ)として 1 件以上秘匿化している企業であれば 1、企業秘密(ノウハウ)として全
く秘匿化していない企業であれば 0 といったノウハウ性向のダミー変数も推計において利
用した(以下、ノウハウダミー)。
■企業の持続的競争優位性または収益性
企業の持続的競争優位性または収益性へのインパクトの分析するにあたり、企業の持続
的競争優位性として、3 年間の平均売上高成長率(幾何平均)、企業の収益性に対しては営
業利益率(=営業利益/売上高)を被説明変数とした。
(ⅳ)説明変数(ノウハウ性向の決定要因分析)
■最終製品比率
商標の機能が他人の商品と自己の商品を識別する標識であるとすれば、そのような機能
は中間製品よりむしろ、最終消費者に供給される最終製品に必要になると考えられる。し
たがって、4 つの知的財産権のうち、商標が一番最終製品に近い位置にある知的財産権と
考えられる。一方で、特許や意匠は、最終消費者に認識される必要がないため、商標と比
較すると遠い位置づけにあると考えられる。したがって、最終製品を中間製品よりも数多
く製造していれば、商標出願件数/(特許出願件数+意匠出願件数)が高くなる。しかし、
逆に中間製品を数多く生産していれば、この指標は低下する。
第(3)節のように、最終製品から遠い発明や技術について企業秘密(ノウハウ)とし
て秘匿化される。逆に、最終製品として企業外部に出ていくものについては特許出願し特
許化するとしている。したがって、企業が生み出す発明のうち、最終製品から遠いものが
発明全体に占める比率が高いほど、ノウハウ性向が高いと考えられる。予想される符号は
正である。
■プロセスイノベーション比率
特許レベルで各特許発明の「発明の名称」からプロセスイノベーションだと思われるも
のを抽出し、全特許発明に対して識別されたプロセスイノベーションの公開特許件数比率
-149-
を企業別に算出した16。すなわち、
企業ⅰのプロセスイノベーション比率=企業ⅰのプロセスイノベーションの公開特許件数
/企業ⅰの総公開特許件数
である17。
企業で生み出される発明のうち、プロセスイノベーションの占める比率が高いほど、ノ
ウハウ性向が高いと考えられるため、予想される符号は正である。
■技術ポジション
技術ポジションとして技術分野全体の出願件数に対して企業ⅰが占めている出願件数の
シェアを取った(ただし、請求項数で重み付けしてある)
。多くの企業は研究開発の多角化
を進めており、複数の技術分野に対して出願をしていたため、最も多く出願していた技術
分野の同シェアを技術ポジションとして算出した。当該企業の主要な技術分野において、
当該企業が生み出す特許発明のレベルが他社の追従を許さないほど先行している場合、当
該企業における技術市場への支配力が高くなり、当然この指標が高くなる18。予想される
符号は正である。
■他社無関心度
他社関心度を示すものとして、自社の後方特許が当該特許を引用する比率である自社被
引用性向の企業別平均値を利用した。すなわち、
当該特許の自社被引用件数/総被引用件数=1-他社被引用性向
競合他社が自社の特許発明に興味を持ち、そこから着想した場合、引用する可能性が高い。
したがって、他社が自社の特許発明に関心を持つほど、この指標は低下し、一方で他社が
自社の特許発明に無関心になるほどこの指標は高くなる。
前述の通り、発明の内容が他社に見向きもされない、または興味を示さないような非常
にローカル・ニッチなものは企業秘密(ノウハウ)になりやすい。したがって、予想され
る符号は正である。
16
財団法人知的財産研究所が提供する『IIP パテントデータベース』には、
「発明の名称」といったデータが提供されて
いない。したがって、EPO が提供する『EPO Worldwide Patent Statistical Database(September 2009 edition)』の「title」
から、{method/process}×{for/of/on}×{manufacturing/producing/なし}といった単語の組み合わせを含む特許発明を
プロセスイノベーションとして識別した。このような単語の組み合わせパターンはプロセスイノベーションが比較的多
い化学産業の企業やプロセスイノベーションだと思われる特許発明の公報を特許電子図書館で目視し、その英訳(Patent
Abstract Japan)で確認して発見したパターンである。また、両データベースの利用について、ここに感謝の意を表した
い。前者のデータの詳細は Goto and Motohashi(2007)を参照されたい。
17
総公開特許件数については財団法人知的財産研究所が提供する『IIP パテントデータベース』から抽出した。Goto,
Akira and Kazuyuki Motohashi(2007), “Construction of a Japanese Patent Database and a first look at Japanese
patenting activities,” Research Policy, Volume 36, Issue 9, November 2007, Pages 1431-1442.
18
本来なら、当該企業の主要分野だけではなく、当該企業の全分野についてのノウハウ性向を考えるのであれば、企業
別技術分野別に偏差値を算出し、その平均値をとった方が適切であるかもしれない。すなわち、技術分野jの(企業ⅰ
出願件数-平均出願件数)/技術分野jの出願件数の標準偏差を算出し、企業ⅰのΣ技術分野jの偏差値/技術分野数
である。
-150-
■技術ライフサイクル
技術ライフサイクル(寿命)として、自社特許の権利維持期間の企業別平均値を利用し
た。企業は技術が陳腐化した場合、年金を支払わず、権利消滅の手続きをとることが多い。
したがって、技術ライフサイクルが長いほど、自社特許の権利維持期間は長期になると考
えられる。前述の通り、当該特許発明の技術ライフサイクルが長くなければ、わざわざ秘
匿化する意味がない。したがって、予想される符号は正である。
■技術汎用性
技術汎用性を示すものとして、自社特許を引用する後方特許の技術分野が幅広く分布し
ているのかを示す汎用度の企業別平均値を利用した。すなわち、
当該特許xの汎用度=1-Σ(技術分野別累積被引用件数のシェア)^2
の企業別平均値である。
前述の通り、発明の内容が非常にローカル・ニッチなもの(汎用度が低いもの)は他社
に見向きもされず、または興味を示されず、企業秘密(ノウハウ)になりやすい。したが
って、予想される符号は負である。
■共同研究開発性向
共同研究開発性向として、企業ⅰが生み出した特許の出願人数の企業別平均値を利用し
た19。共同研究開発を非常に多く実施している企業では、この指標が高くなると考えられ
る。前述の通り、共同研究開発ではパートナー企業と秘密保持契約を締結することが多く、
ノウハウ性向が高くなると考えられる。したがって、予想される符号は正である。
■発明の複雑度
発明の複雑度として、企業ⅰが生み出した発明の審査請求から設定登録までの特許庁に
よる審査期間を取った。発明が複雑であるほど、審査期間が長期化すると考えられる。前
述の通り、発明が複雑であるほど、自社製品をリバースエンジニアリングしても他社が発
見できない。また、他社製品をリバースエンジニアリングしても他社の侵害が発見困難ま
たは侵害防止が困難となる。したがって、そのような複雑な発明をする企業ではノウハウ
性向が高いと考えられる。したがって、予想される符号は正である。
■その他コントロール変数
知財部人数、R&D集約度、ベンチャー企業ダミー、企業規模(従業員規模または特許
出願件数)及び産業ダミーをコントロール変数として利用した。
19
本来なら、企業ⅰの共同出願件数/(単独出願件数+共同出願件数)が、適切だと考えられる。
-151-
(ⅴ)説明変数(企業の持続的競争優位性及び収益性の分析)
■ノウハウ性向またはノウハウダミー
企業ⅰのノウハウ性向(=ノウハウ件数/発明の届出をした件数)を利用した(以下、
ノウハウ性向)。また、多くの企業が企業秘密(ノウハウ)による秘匿化していないといっ
た実態があったため、企業秘密(ノウハウ)として 1 件以上秘匿化している企業であれば
1、企業秘密(ノウハウ)として全く秘匿化していない企業であれば 0 といったノウハウ性
向のダミー変数も推計において利用した(以下、ノウハウダミー)。
もし、企業秘密(ノウハウ)による秘匿化が企業の持続的競争優位性や収益性につなが
っている場合は予想される符号は正である。
■自社実施率
特許化によるインパクトを検証するため、特許による自社実施率(=自社実施件数/保
有件数)を利用した。もし、特許化によって企業の持続的競争優位性や収益性が高められ
ているのならば、ノウハウ性向またはノウハウダミーより統計的有意性や係数の大きさが
より大きい結果になると考えられる。予想される符号は正である。
■ブロッキング率
特許化によるいま 1 つのインパクトを検証するため、特許によるブロッキング率(=ブ
ロッキング特許件数/保有件数)を利用した。ブロッキング特許は、自社実施特許の目に
見えるインパクトとは異なり、目に見えないインパクトを持つと考えられる。もし、特許
化によって企業の持続的競争優位性や収益性が高められているのならば、ノウハウ性向ま
たはノウハウダミーより統計的有意性や係数の大きさがより大きい結果になると考えられ
る。予想される符号は正である。
■その他コントロール変数
R&D集約度、従業員数、技術多角化度及び産業ダミーをコントロール変数として利用
した20。
各変数の基本統計量を表1にまとめた。
20
技術多角化度は ITC33 分類にもとづいて特許件数によるハーシュマン・ハーフィンダール指数を算出し、それを 1 か
ら減算した。
-152-
表1
基本統計量
変数名
サンプル数 平均値 標準偏差
ノウハウ性向
867 0.008222 0.04282
ノウハウダミー
867 0.094579 0.292802
最終製品比率
867 0.153943 0.24048
プロセスイノベーション比率
867 0.085492 0.070224
技術ポジション
867 0.002153 0.006069
他社無関心度
867 0.162507 0.105859
技術ライフサイクル
867 12.37577 2.83441
技術汎用性
867 0.097796 0.048889
共同研究開発性向
867 1.309481 0.400367
発明の複雑度
867 2.735478 0.392017
知財部人数
867 6.846482 24.47304
R&D集約度
867 0.033148 0.071846
ベンチャー企業ダミー
867 0.021915 0.146489
従業員規模
867
1667.9 5562.918
特許出願件数
867 108.2172 554.6691
最小値
0
0
0
0
0.000000715
0
2.808219
0
1
0.8797011
0
0
0
0
0
最大値
0.5
1
1
0.5
0.093098
0.9
20.0137
0.379798
5.318965
4.763737
400
1.647563
1
99875
9215.9
(ⅵ)推計結果
表2はノウハウ性向の決定要因の推計結果である。
表2
推計結果(ノウハウ性向の決定要因)
(1)
(2)
(3)
OLS
OLS
OLS
ノウハウ性向 ノウハウ性向 ノウハウ性向
最終製品比率
-0.003
-0.003
-0.01
[0.007]
[0.007]
[0.007]
プロセスイノベーション比率
0.052**
0.052**
0.053**
[0.021]
[0.021]
[0.021]
技術ポジション
0.248
-0.029
0.432
[0.294]
[0.277]
[0.292]
他社無関心度
-0.027*
-0.031**
-0.023
[0.015]
[0.015]
[0.015]
技術ライフサイクル
0
0
0
[0.001]
[0.001]
[0.001]
技術汎用性
0.008
0.004
0.008
[0.032]
[0.032]
[0.032]
共同研究開発性向
0.005
0.006
0.004
[0.004]
[0.004]
[0.004]
発明の複雑度
-0.004
-0.004
-0.004
[0.004]
[0.004]
[0.004]
知財部人数(対数)
-0.006***
[0.002]
従業員規模(対数)
-0.002
[0.001]
特許出願件数(対数)
-0.005***
[0.001]
R&D集約度
-0.015
-0.015
-0.008
[0.022]
[0.022]
[0.022]
ベンチャー企業ダミー
0.021**
0.020*
0.019*
[0.011]
[0.011]
[0.010]
産業ダミー
24産業
24産業
24産業
定数項
0.015
[0.035]
867
0.016
[0.036]
867
0.014
[0.035]
867
Observations
Adjusted R2/
0.018
0.011
0.028
Log likelihood
Standard errors in brackets
* significant at 10%; ** significant at 5%; *** significant at 1%
-153-
(4)
(5)
(6)
(7)
Probit
Probit
Probit
OLS
(dy/dx)
(dy/dx)
(dy/dx)
ノウハウダミー ノウハウダミー ノウハウダミー ノウハウダミー
-0.1391***
-0.1363***
-0.119***
[0.0483]
[0.0482]
[0.045]
0.1955*
0.2024*
0.228
[0.1181]
[0.1179]
[0.144]
-1.6914
-1.6518
-1.9
[2.0151]
[2.0981]
[2.019]
0.0148
0.0245
0.021
[0.0972]
[0.0963]
[0.105]
0.0032
0.0033
0.003
[0.0033]
[0.0034]
[0.004]
-0.1356
-0.1294
-0.168
[0.2014]
[0.2017]
[0.219]
0.0582**
0.0593**
0.054*
[0.0257]
[0.0257]
[0.030]
-0.0189
-0.0225
-0.017
[0.0253]
[0.0259]
[0.027]
0.0186*
0.0157
0.012
0.021
[0.0113]
[0.0118]
[0.0091]
[0.013]
0.0283
[0.1159]
0.0179
[0.0707]
24産業
0.0641
[0.1155]
0.0114
[0.0702]
24産業
0.0163
[0.1147]
0.0144
[0.0691]
24産業
0.074
[0.149]
0.008
[0.072]
24産業
867
867
867
-0.044
[0.241]
867
-247.9947
-256.6875
-249.021
0.01
(1)~(3)式では、ノウハウ性向を被説明変数として、
(4)~(7)式では、ノウ
ハウダミーを被説明変数として推計した。また、
(1)~(3)式及び(7)式はOLSに
よって推計した結果、
(4)~(6)式についてはProbitによって推計した結果であ
る21。
ノウハウ性向の決定要因の推計結果によると、
(A)最終製品から遠い、たとえば中間製
品を製造販売している企業(最終製品比率の符号が負で有意)
、(B)プロセスイノベーシ
ョンが多い企業(プロセスイノベーション比率が正で有意)、(C)比較的大規模で知的財
産部のような組織を持つ企業ではなく、中小企業やベンチャー企業(
(4)式を除いて知財
部人数(対数)、特許出願件数(対数)の符号が負で有意)、といった企業ではノウハウ性
向が高いことが明らかである22。また、企業の持続的競争優位性や収益性に密接に関連す
るような要因のみ((5)式)と、そうではなく発明の特質から企業秘密(ノウハウ)にせ
ざるを得なかった要因のみ(
(6)式)を比較すると、
(5)式の変数より、
(6)式の変数
の方が有意で符号条件に一致した結果となっている。したがって、このような推計結果は、
我が国企業が自社の持続的競争優位性や収益性を考慮し、戦略的にある発明は特許化、あ
るいは企業秘密(ノウハウ)として秘匿化しているのではなく、まず特許化を前提におき、
特許化するのにうまく適合しないような特質を持つ発明については例外として企業秘密
(ノウハウ)として秘匿化している可能性を示唆する。
次に、表3は、企業の持続的競争優位性や収益性に関する推計結果である。
表3
推計結果(企業の持続的競争優位性や収益性の分析)
(1)
(2)
(3)
(4)
売上高成長率 売上高成長率 営業利益率 営業利益率
ノウハウ性向
-0.429
-0.473
[1.399]
[2.728]
ノウハウダミー
0.004
-0.488
[0.162]
[0.596]
自社実施率
0.004
0.001
1.052**
1.078**
[0.111]
[0.112]
[0.443]
[0.443]
ブロック率
0.215
0.211
1.295**
1.324**
[0.166]
[0.166]
[0.644]
[0.645]
R&D集約度
-0.003
-0.003
0.926***
0.927***
[0.010]
[0.010]
[0.041]
[0.041]
従業員規模(対数)
0.109***
0.109***
0.394***
0.401***
[0.035]
[0.035]
[0.126]
[0.126]
技術多角化度
-0.076
-0.077
-0.073
-0.076
[0.203]
[0.203]
[0.763]
[0.761]
産業ダミー
43産業
43産業
43産業
43産業
定数項
0.029
[1.224]
868
-0.016
0.029
[1.225]
868
-0.016
-2.424
[3.741]
1120
0.366
Observations
Adjusted R2
Standard errors in brackets
* significant at 10%; ** significant at 5%; *** significant at 1%
21
22
-2.471
[3.740]
1120
0.366
ただし、Probitによる推計結果は限界効果が示されている。
これは大企業が直接的に競合しない中小企業やベンチャー企業に関心がないためだと考えられる。
-154-
推計結果によると、①企業秘密(ノウハウ)による秘匿化が企業の持続的競争優位性や
収益性につながっているといった証拠を発見できなかった、一方で②発明の特許化の方が
企業の持続的競争優位性や収益性につながっているといった結果を見いだすことができた。
この結果は、我が国企業が自社の持続的競争優位性や収益性を考慮し、戦略的にある発
明は特許化、あるいは企業秘密(ノウハウ)として秘匿化しているのではないといった先
ほどの推計結果をサポートする結果となっている。また、本研究の結果は、
「商業化段階に
至っている新製品の売上高に対して、秘匿化よりも特許化の方が統計的に正に有意にきく、
秘匿化は符号は非有意」といった Hussinger(2006)の分析結果と整合的である23。
(5)結語
本研究では、発明を特許化といった手段、もしくは企業秘密(ノウハウ)として秘匿化
する手段のどちらを採用する方が、企業の収益性や持続的競争優位性に貢献するのかを実
証的に明らかにしてきた。主要な結果は以下のとおりである。
①我が国企業が自社の持続的競争優位性や収益性を考慮するのではない。すなわち、我が
国企業はある発明を特許化、あるいは企業秘密(ノウハウ)として戦略的に秘匿化してい
るのではない。つまり、まず特許化を前提におき、特許化するのにうまく適合しないよう
な特質を持つ発明については例外として企業秘密(ノウハウ)として秘匿化している可能
性が高い。
②そのような思考回路で企業秘密(ノウハウ)として秘匿化しているため、企業秘密(ノ
ウハウ)による秘匿化が企業の持続的競争優位性や収益性につながっているといった証拠
を発見できなかった、むしろ、発明の特許化の方が企業の持続的競争優位性や収益性につ
ながっているといった結果を見いだすことができた。これは過去の研究成果と整合的であ
る。
本研究の問題点として、次のような諸点が挙げられる。現在においては、データの制約
上、企業秘密(ノウハウ)となりやすい発明の特性を特許情報から抽出している。本来な
ら、特許化や企業秘密(ノウハウ)の基礎となっている発明の特性を特許情報以外から抽
出しなければならない。今後の研究課題としたい。
参考文献
Goto, Akira and Kazuyuki Motohashi(2007), “Construction of a Japanese Patent
Database and a first look at Japanese patenting activities,” Research Policy,
23
推計結果の解釈として Hussinger(2004)は次の 2 つを指摘している。①秘匿化は発明初期段階で利用されるので直接
売上高に結びついていない可能性が高い、②秘匿化されるイノベーションの多くはプロセスイノベーションでこれも、
直接売上高に結びついていない可能性が高い。Hussinger, K. (2006): Is Silence Golden? Patents versus Secrecy at
the Firm Level. In: Economics of Innovation and New Technology, 15 (8), pp. 735-752.
-155-
Volume 36, Issue 9, November 2007, pp.1431-1442.
Anton, J.J., Yao, D.A., (2004) “Little patents and big secrets: managing
intellectual property,” RAND Journal of Economics 35 (1), pp.1-22.
Barros,
Henrique
M.
(2008)
“The
interaction
between
patents
and
other
appropriability mechanisms: firm-level evidence from UK manufacturing”, Insper
Working Paper WPE 112.
Cohen W. M., R. R. Nelson, and J. P. Walsh (2000), “Protecting Their Intellectual
Assets: Appropriability Conditions and Why U.S. Manufacturing Firms Patent (or
Not),” NBER Working Paper no. 7552.
後藤晃・永田晃也 (1997),「イノベーションの専有可能性と技術機会-サーベイデータによ
る日米比較研究̶」『NISTEP REPORT』No. 48,科学技術政策研究所.
Hussinger, K. (2006) “Is Silence Golden? Patents versus Secrecy at the Firm Level”
Economics of Innovation and New Technology, 15 (8), pp. 735-752.
特許庁(2006)、「先使用権の円滑な活用に向けて-戦略的なノウハウ管理のために-」
Levin, R. C., A. K. Kevorick, R. R. Nelson, and S. G. Winter (1987), “Appropriating
the Returns from Industrial Research and Development,” Blooking Papers on Economic
Activity 3, pp.783-831.
経済産業省(2007)、
「戦略的な知的財産管理に向けて-技術経営力を高めるために-(知財
戦略事例集)
」
NISTEP(2004)『全国イノベーション調査』
日経産業新聞 2003 年 6 月 5 日。
日経ビジネス(2003)「日本アズナンバーワン
第1章
-ディスプレーは譲らぬ
シャー
プ必勝三種の神器-PDPは日本の独壇場」『日経ビジネス』pp.36-44.
(西村陽一郎)
-156-
7.国際招聘者とのディスカッション
(1)はじめに
本調査における分析結果について検証すると共に、国際比較が可能な新たな特許統計・
経済分析の手法の可能性を追究するため、国際機関(OECD 及び EPO)において、先進的な特
許統計及び経済分析の研究を行っている、または特許統計データベースについて豊富な知
識を持つ海外有識者(2 名)を我が国に招聘し、本委員会においてディスカッションを行っ
た。
具体的には、経済協力開発機構(OECD)シニアエコノミストであるドミニク・ゲレック氏
と、欧州特許庁(EPO)アドミニストレーターであるジェームズ・ロリンソン氏を招聘し、①
先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析、②企業等の特許出
願行動に関する統計学的分析-量から質への転換-、③ソフトウェア特許のソフトウェア
業界の構造に与える影響分析といった 3 テーマについて、総勢 21 名の参加の下、ディスカ
ッションを行った。
(2)ディスカッションの内容
(ⅰ)参加者
長岡
貞男
小田切
一橋大学イノベーション研究センター
宏之
一橋大学大学院経済学研究科
元橋
一之
東京大学工学系研究科
大湾
秀雄
東京大学社会科学研究所
土屋
隆裕
統計数理研究所
大西
宏一郎
大阪工業大学知的財産学部
真保
智行
山形大学人文学部
中村
健太
神戸大学大学院経済学研究科
西村
陽一郎
財団法人知的財産研究所
蟹
雅代
教授
教授
教授
准教授
准教授
専任講師
専任講師
専任講師
研究員・
神奈川大学経済学部
准教授
帝塚山大学経済学部
講師
山内
勇
文部科学省科学技術政策研究所第2研究グループ
塚田
尚稔
一橋大学イノベーション研究センター
ドミニク
ジェームズ
ゲレック
ロリンソン
経済協力開発機構(OECD)
欧州特許庁(EPO)
研究助手
シニアエコノミスト
アドミニストレーター
-157-
研究員
北川
創
特許庁
総務部
企画調査課
技術動向班長
依田
裕介
特許庁
総務部
企画調査課
統計係長
特許庁
総務部
企画調査課
工業所有権調査員
特許審査第一部
申
美穂
齋藤
健児
特許庁
調整課
課長補佐
田村
傑
早稲田大学国際情報通信研究科
柳澤
智也
経済協力開発機構(OECD)
経済専門家/政策分析専門家
枝村
一磨
財団法人知的財産研究所
特別研究員
准教授
(ⅱ)先端技術分野における企業等の出願関連行動等に関する統計学的分析
一橋大学イノベーション研究センターの長岡貞男教授は、先端技術 4 分野(マイクロア
レイ関連技術、再生医療技術、インターネット社会における検索技術及びデジタルカメラ
装置)における特許について主要な 3 つの特許庁(我が国特許庁、米国特許庁、欧州特許
庁)、そして異なる出願人についての分析報告を行った1。①先端技術 4 分野において仮出
願あるいは国内優先権といった制度が広範に使われており、特に、米国のほうが広範に使
われていること、②日米の間では、継続的出願(我が国では分割出願、米国では分割・継
続・一部継続)について、かなり有意な違いがある、③日米の特許国内ファミリーサイズ
を比較すると、米国のファミリーサイズは我が国のそれよりも大きい、④継続的出願の有
無がそのファミリー内の特許が引用される頻度に非常に大きな影響を及ぼしている、⑤我
が国特許庁における米国出願人と欧州出願人の間ではほとんど差異が認められないが、米
国特許庁における我が国出願人と欧州出願人の間では、欧州出願人は我が国出願人に比べ、
仮出願制度をより広範囲に利用している、⑥企業、公的研究機関及び大学を比較すると、
我が国の大学は、企業・公的研究機関と比べると、積極的に分割出願制度あるいは国内の
優先権制度を使っていない一方で、米国の大学は仮出願制度を非常に多く活用していると
いうことが明らかとなった。
この報告に対して、国際招聘者から①継続的出願に関する分析については、出願人のモ
チベーションによって大きく出願行動が変わるので、そのモチベーションを理解するとい
うことが重要である、②継続的出願行動を兆候として示す別の指標を探しだすことが重要
で、その意味でクレーム数は 1 つの指標となり得るかもしれない、または各国特許庁と出
願人のやりとりの記録を分析する、③出願人が法律改正前後において特許出願行動をどの
ように変えたのかを見ることも可能、④ファミリーの定義を明確にしたほうが望ましい、
⑤継続的出願の利用頻度と引用件数の問題については、特許レース中で、他社をブロック
することがうまかったといった側面も捉えていることがあるので、解釈には注意が必要で
1
本論文は文部科学省科学技術政策研究所の山内勇研究員と一橋大学イノベーション研究センターの塚田尚稔研究助手
との共同研究である。
-158-
ある、⑥特定の出願をトラッキングした方が実態を把握できるのではないか、といった質
問と意見が寄せられた。
この質問や意見に対して、報告者から①本研究のファミリーの概念としては、米国及び
我が国特許の国内ファミリーという意味を指す、②特定の特許の出願行動をトラッキング
するといった時系列分析は指摘通りに非常に重要であり、分析すべきであるといった回答
がなされた。
(ⅲ)企業等の特許出願行動に関する統計学的分析-量から質への転換-
専修大学経済学部の山田節夫教授(当日欠席のため、事務局にて報告を代理)は、企業
の特許出願行動において、1 特許出願当りのクレーム数を増加させ,特許出願数自体を抑
制するというクレーム代替行動がみられるか否かを統計的に明らかにし、こうした行動が
特許出願における「量から質への転換」を意味しているかについての分析報告を行った。
まず、近年の企業の特許出願行動において、1 特許出願当りのクレームを増加させ、特
許出願数を抑制しているか否かを統計的に検討した。その結果、特許出願数を抑制させて,
1 特許出願に複数の発明を包含させているといった「クレーム代替行動」が我が国企業に
見られることが明らかとなった。
次に、なぜ、クレーム代替行動が起きているのかについて、
「特許費用節約仮説」及び「特
許価値向上仮説」といった 2 つの仮説の検証結果を報告した。すなわち、前者の仮説は 1
特許出願当たりのクレーム数の増加傾向は、改善多項制の利用による特許費用の節約によ
るものとするもので、後者の仮説は、1 特許出願に多くのクレームを包含させることで、
特許価値を高めることができるとするものであった。
分析結果としては両仮説を支持するものであった。すなわち、まず、維持年金のクレー
ム比例費用部分に対する固定費用部分の上昇は、特許費用の節約をもたらし、クレーム代
替行動を引き起すことが確認され、
「特許費用節約仮説」を支持するものであった。また、
クレームの多い特許ほど、その私的価値が高いことが確認され、
「特許価値向上仮説」も支
持するものであった。
特に後者の分析結果が示唆するところは、我が国企業のクレーム代替行動は、
「量から質
への転換」を意味するものである。したがって、本研究による統計分析の結果、明確なク
レーム代替行動がみられ,クレームの多い特許ほど価値が高いことが実証された。こうし
た結果は企業の特許出願行動において、
「量から質への転換」が生じていることを示唆する、
といった報告で終わった。
この報告に対して、国際招聘者から①クレーム数の増加を、本当に質が改善したと解釈
したらよいのか、②特許の価値はどのように算出しているのか、③どの段階(出願時なの
か、設定登録時なのか)クレーム数を分析しているのか、④スピルオーバープールとは何
-159-
か、⑤本研究のようにクレーム数のデータは特許統計上重要であり、各国で共通認識を持
ちたい、といった質問と意見が寄せられた。
この質問や意見に対して、報告者から①特許価値の算出方法は、ペイクス&シャンカー
マンと同様に年金更新のデータを利用する方法であること、②IIPの特許データベース
の中の出願時のクレームの数を使って分析していること、③技術分野別の特許件数を計算
し、それに基づいて企業別技術ポジションを計測し、技術知識ストックに対し企業別技術
ポジションを重み付けとして掛け算をしたもので特許生産関数を推計しているといった回
答がなされた。
(ⅳ)ソフトウェア特許のソフトウェア業界の構造に与える影響分析
東京大学工学系研究科の元橋一之教授は、特定サービス実態調査(情報サービス業)と
特許データ(IIP パテントデータベース)の接続データを用いてソフトウェア特許に関す
る制度改正とソフトウェア企業の特許出願に関する実証研究についての分析報告を行った2。
まず、マクロレベルの特許出願数を見ると、1991 年のバブル崩壊以降、特許数に関する
DI(Diffusion Index:増加=1、不変=0、減少=-1 として毎年の動向を集計したもの)は
マイナスになっているが、1995 年に一度プラスになりまたマイナスになっている。2000
年には大きくプラスになりその反動で一旦マイナスになっており、山ができている。した
がって、この時点において政策変更の効果があったのでないかといった報告を行った。
次に、日米のソフトウェア産業の構造を概観した。我が国におけるソフトウェア企業で
は、いわゆる特注のカスタム注文が支配的(売上高全体の 70%を占める)であり、パッケ
ージソフトのシェアは非常に少ない。米国の場合にはパッケージソフトの割合が多くて、
カスタムソフトの割合が少ないといった構造差を明らかにした。
そのような構造差がある中で、我が国におけるソフトウェア産業がソフトウェア特許に
関する政策変更でどのような変化をとげているかについて、①下請構造からの脱却を促進
しているのか、②パッケージソフトウエアのシェアを増加させているのか、といった観点
から分析したものを報告した。
分析結果によれば、①下請構造からの脱却比率に対して、特許出願件数が正のインパク
トを与えている、②パッケージソフトウエアのシェアについては、経済産業研究所の RIETI
ディスカッション・ペーパーに詳細な分析結果が記述されているといった内容の報告があ
った。つまり、ソフトウェア特許を認めること(ソフトウェアという無形資産に対して特
許権が明示的に認められるようになってきた)によって、ソフトウェア産業の構造変化(つ
まり、脱下請構造への変化)が確認できたといった旨を報告した。
2
本論文は帝塚山大学経済学部の蟹雅代講師との共同研究である。
-160-
この報告に対して、国際招聘者から①ソフトウェア特許の特定化について、ソフトウェ
ア企業が取得した特許をソフトウェア特許としているが、より厳密な方法として、IPC
クラスを利用すれば適切である、または発明の名称についてキーワードなどで抽出する(他
の研究成果では、ソフトウェア特許の 80%はハードウェア企業が取得している)方が適切
である、②分析データの中に、我が国企業だけなのか、あるいは我が国で事業展開してい
る多国籍企業も含まれているのか、
③ソフトウェア特許が導入されたことのインパクト(他
の研究では、ソフトウェア特許を出願しない企業に比べて存続率がより高いのか等を分析
している)も研究したほうが望ましい、④PATSTATでは将来的にIPC技術分類だ
けではなく、欧州技術分類もデータとして提供するつもりなので、本研究に活用できるの
ではないか、⑤2006 年にソフトウェア特許のピークがあるが、それはなぜか、といった質
問と意見が寄せられた。
この質問や意見に対して、報告者から①分析対象は我が国企業であり、我が国企業以外
のその他企業を対象としていないこと、②ソフトウェア企業が出願した特許をすべてソフ
トウェア特許としており、そこにはソフトウェア特許以外の特許が含まれている可能性が
あるので、今後IPC(国際特許分類)や我が国のFIコードを利用してソフトウェア特
許の特定化をすること、③ソフトウェア特許の特定化に特許のフロントページにある要約
をテキストサーチしたいと考えている、④2006 年のピークについて、1 年間のみの影響な
のか、それとも構造的な影響があったのかを分析するため、原データにもどってみる、と
いった回答がなされた。
(3)まとめ
近年、PATSTAT と呼ばれる特許統計を利用した経済学的・統計学的な研究が欧州では多
数発表されている3。PATSTAT は現在、約 170 ヶ国以上の特許庁に出願され、公開された特
許が収録されている大規模でかつ世界的に有名なデータベースで欧州特許庁から廉価で提
供されている。その収録内容は、出願の基本情報(出願日・出願国・出願種別・発明の名
称・明細書の要約等・国際特許分類)、公開の基本情報(公開日・公開国・公開種別)、出
願人情報(名称・住所)
、発明者情報(氏名・住所)
、引用情報(引用関係・引用種類)、継
続的出願情報(分割出願・継続出願・一部継続的出願・仮出願・国内優先権出願)、特許フ
ァミリー情報(INPADOC ファミリー・DOCDB ファミリー)
、科学文献との関係(引用関係・
科学文献のタイトル)、優先権情報(優先権番号・優先権主張日・優先権主張国)等、非常
に多岐にわたる。そして、このような様々な特許情報が収録された本データベースが廉価
の値段で提供され、高スペックを必要としない環境の下で、普通の大学生でも取り扱える
3
正式には、『EPO Worldwide Patent Statistical Database』とよぶ。
-161-
ことができるようになっている。今後、このような有用な特許統計を活用した研究が活発
にそして競争的に行われていくだろう。
しかし、そのような学術界の状況とは異なり、世界各地の特許庁当局は、まだ十分に特
許統計を活用した研究を重視していない。その原因として、研究者が政策立案者のニーズ
に必ずしも応えていないということもあるが、政策立案者が特許統計を利用した研究に十
分に注目していないことが考えられる。そのような状況の中、我が国特許庁がその重要性
をいち早く認識していることは非常に特筆すべきことである。今後、様々な機会を通じて
研究者と政策立案者の両方が協力していくことが重要でかつ必要だと国際招聘者から指摘
がなされていた。
(西村陽一郎)
-162-
Ⅲ.「知的財産活動調査」に関する検討
1.全体推計手法の見直しについて
(1)
知的財産活動を捉える業種分類の検討
知的財産活動調査における業種分類には二つの大きな役割がある。一つは調査結果を適
切に表章する区分であり、もう一つは、統計調査を効率的に実施するための抽出情報であ
る。いずれの視点に立っても、分類した業種が類似した知的財産活動の主体の集まりから
構成されることが求められる。知的財産活動を体系的に捉えるための業種分類は、
「知的財
産活動調査」をはじめとして各種の統計調査において、日本標準産業分類に依拠している
のが現状である。日本標準産業分類は経済活動の種類別に表示するための基準であり、適
用する単位は事業所である。知的財産活動は、同一の意思決定の下で経済活動が行なわれ
るまとまりとしての企業の活動であり、企業を単位とした産業別の分類が適用されるべき
である。しかしながら、企業に関する産業分類は、国連統計委員会をはじめとして、各国
において久しく検討されてきたにもかかわらず、未だ成案を得るに至っていない。経済活
動の場所的拠点としての事業所では、概ね類似の活動が行なわれているのに対して、事業
所の集合体である企業は事業所毎に異なる事業活動を行なう形で多角化を図っていて、企
業が行なう活動の全般にわたって同質的なグループに分類することが困難であることによ
る。
知的財産活動の統計の有用性を高めるためには、適切な基準に従って産業を明確に定義
し分類することが必要である。企業の産業分類が確立していない状況にかんがみれば、産
業分類の視点が経済活動の実態をより的確に捉えることにあるとすれば、知的財産活動に
係る業種分類については、とりわけ研究開発等の活動に焦点を当てて、その実態を適切に
捉える視点が重要である。
研究開発活動に関する統計調査として、特許庁「知的財産活動調査」、総務省「科学技術
研究調査」、経済産業省「企業活動基本調査」が代表的である。これらの企業毎のデータか
ら、類似の研究開発活動を行なっている企業をグループ化して、知的財産活動を捉える業
種分類を編成し、その有効性を検討することは有力であろう。日本標準産業分類の基準と
対照すれば、知的財産活動の類似性を以下の諸点に着目して設定することが考えられる。
A.活動の成果の性質(技術分野;権利化の有無;権利の種類
等)
B.活動の成果の適用分野
C.活動に必要な資源(知識、技術、設備等)
Aについては、活動の成果としての特許、実用新案、意匠、商標等の産業財産権と著作権
の権利の種類、あるいは出願および権利取得の技術分野、研究活動の権利取得との密着度
-163-
等が類似した活動をまとまりとすることの検討が必要である。Bについては、権利がいか
なる領域・活動に主に活用されているか等の検討、Cについては、研究開発費や研究従事
者の大きさや使用する設備等の検討が必要である。A、B、Cの検討を行うことを通して、
知的財産活動の分類に適切な業種分類の基準が抽出されることが期待される。
これまでに「知的財産活動調査」
の個票データにもとづいて業種分類の検討を行ったが、
同調査で利用できる企業数が限られていること、かつ、研究開発活動に関しての未回答の
調査事項が少なからずあることから、研究開発活動に関して類似の企業をグループ化する
に至っていない。業種分類に際して、上記の類似性の基準に従って演繹的に企業をグルー
プ化し、その妥当性を検討する、あるいは研究活動結果の指標の類似性から企業をグルー
プ化し、帰納的に分類基準を抽出する、のいずれのアプローチに拠るにせよ、分析に活用
しうるデータを拡充する必要がある。
最近になって、その条件が整えられつつある。2009 年 7 月に「経済センサス-基礎調査」
が実施された。同調査は法務省の商業登記簿から法人の名称・所在地等の情報を入手し、
その活動状況について税務申告に基づく法人原簿で照合した法人情報を使用している。こ
れまで「事業所・企業統計調査」から明らかにされた法人情報は、不正確であると指摘さ
れている。近年急速に増加している SOHO 等のビル内の一室で活動している法人が調査から
脱落しがちなためである。2006 年の同調査による営利法人の数は 152 万社であり、税務の
法人原簿に依拠した「法人企業統計調査」に比べて約 120 万社程度少ない。
「経済センサス
-基礎調査」から作成される企業のデータベースについては、調査以降も、商業登記簿か
ら入手した新設法人について照会作業を経て、情報を毎月更新することとしており、シス
テムが稼動すれば最新の企業のデータベースがほぼ正確に活用できることとなる。企業の
データベースから、企業・事業所を対象とした統計調査の母集団情報が提供され、
「科学技
術研究調査」
、「企業活動基本調査」
、「法人企業統計」等の企業に係る統計調査が統一企業
コードをベースとして実施される。また、
「経済センサス-基礎調査」は従来の「事業所・
企業統計調査」とは異なり、複数事業所企業について、本社一括調査ですべての事業所情
報を調査している。その結果、本社と傘下の事業所が会社単位で名寄せされ、
「工業統計」
、
「商業統計」
、「特定サービス産業実態調査」等の事業所に係る統計調査についても統一企
業コードで統合できる仕組みとなった。他方、
「知的財産活動調査」は産業財産権の出願情
報から対象を選定している。企業の出願人の名称を「経済センサス-基礎調査」から作成
される企業データベースと突合することで、上記の統計調査の結果と組み合わせて知的財
産活動を総合的に分析することが可能となる。
「知的財産活動調査」は研究開発のアウトプットを重視した調査であるのに対して、
「科
学技術研究調査」は研究開発のインプットに焦点を当てた調査である。また「企業活動基
本調査」から企業の組織、財務、生産活動等が把握でき、
「工業統計」、
「商業統計」等から
活動の現場の状況が明らかになる。これらに産業財産権の出願・取得情報を併せて統計情
-164-
報を拡大すれば、知的財産活動のインプットからアウトプットまでの一貫した情報に加え
て、知的財産活動を支える企業の組織構造、財務状況、生産活動の実態等を網羅的に捉え
ることが可能となる。このような情報の活用によって、研究開発活動の内容と成果が類似
している活動を統合して業種を編成することへの接近が可能となる。
分類項目の実際の設定において、日本標準産業分類では原則的には経済活動の成果であ
る付加価値額の大きさに着目する。付加価値額の把握は容易ではないので、生産額または
販売額の水準、あるいは従業者数等を評価要素として利用している。知的財産活動におい
ては、役割の大きさを評価する基準は日本標準産業分類とは当然に異なって然るべきであ
る。知的財産活動においては、経済活動の成果である付加価値額に対照するものとして、
産業財産権の評価額、あるいは獲得されたノウハウ等によってもたらされた利益が考えら
れる。業種分類については、こうした指標の大きさにもとづいて、分類項目を設定するこ
とでより有用な分類が編成できると考えられる。
さらに、知的財産活動の業種分類は企業を単位としており、企業の経営組織の違いが知
的財産活動において差異を生じさせているか否かについて、法制度上の制約の観点から検
討することも必要である。企業規模の相違も影響しているが、業種分類の検討に際しては、
事業持株会社等の企業グループの頂点にある企業の扱いを吟味することも重要である。
企業の出願人コードと経済センサスから作成される統一企業コードを照合する作業を早
急に開始することが強く求められる。
(舟岡
-165-
史雄)
(2)
(ⅰ)
①
小規模出願者に対する推計手法の見直し
目的
問題
現行の知的財産活動調査は,調査の前々年に特許・実用新案・意匠・商標のいずれかが
5 件以上の出願者を全数調査の対象とし,それ以外の出願者を標本調査の対象としている。
推計の方法は,全数部分について業種 (18 業種) と出願件数階級を用いた事後層化である。
ただし事後層化に用いる出願階級は,特許に関する項目を推計するときには特許出願件数,
実用新案に関する項目を推計するときには実用新案登録件数を用いるなど,推計対象項目
に応じて異なる。そのため同一の出願者であっても推計対象の項目に応じて推計用ウェイ
トが異なり,
クロス集計など複数の項目を同時に用いた分析が行えないという難点がある。
②
キャリブレーション推計
そこで 2008 年度までの調査研究においては,
キャリブレーション推計量を用いる推計方
法を検討し,ある程度の精度の推計値が得られるとの見通しを得た。キャリブレーション
推計量は,理論的には現行の事後層化推計量をその特殊な場合として含むより一般的な推
計量であり,以下によって推計用ウェイト wic を求める。
s を回収した出願者, U を母集団として, K 個の補助変数を x(1) ,K, x( K ) とする。 K 個の
補助変数のそれぞれに関してキャリブレーション方程式
∑wx
c
i
s
i (k )
= ∑U xi ( k ) = τ x ( k ) , (k = 1,K, K )
(1)
が 成 り 立 つ と いう条件の下で,元のウェイト wi と推計用ウェイト wic との距離関 数
∑ w G(w , w ) が最小となる推計用ウェイト w
s
i
c
i
c
i
i
を求めるのである。ただし元のウェイト wi
は、標本調査であれば抽出デザインを反映したウェイトであり,全数部分については wi = 1
である。また距離関数としては
線形関数 :
∑ w G(w , w ) = ∑ w
s
i
c
i
i
s
i
( wic wi − 1) 2
2
⎧⎪ w c
⎛ w c ⎞ w c ⎪⎫
乗法関数 : ∑s wi G ( wic , wi ) = ∑s wi ⎨ i log ⎜⎜ i ⎟⎟ − i + 1⎬
⎪⎩ wi
⎝ wi ⎠ wi
⎭⎪
などが用いられる。
-166-
(2)
(3)
③
目的
ところで小規模出願者 (調査実施年の 2 年前に四法全てが 5 件未満の出願者) について
は 3 年ごとに標本調査を行っている。例えば 2007 年度は母集団である 66,381 出願者の約
7%に当たる 4,700 出願者を標本として抽出し、2,106 の出願者から回答を得ている。知的
財産活動調査の母集団は、小規模出願者に対する調査の実施の有無にかかわらず常に全て
の出願者である。したがって小規模出願者については、回収データを基にした母集団推計
が必要である。本研究では小規模出願者に関する適切な推計方法を検討する。
(ⅱ)
①
小規模出願者に関する推計
回収率
まず表1は、2007 年度の調査において、四法の出願件数別に回収率を示した結果である。
特許については、出願件数が多いほど回収率は高いようである。実用新案と意匠について
は、出願者当たりの出願件数が少ないため、明確な傾向は見出せない。
表1
四法出願件数別回収率 (2007 年度調査)
0件
1件
2件
3件
4件
合計
特許
計画標本 回収標本 回収率
2,329
982
42.2%
1,318
567
43.0%
542
266
49.1%
283
169
59.7%
228
122
53.5%
4,700
2,106
44.8%
0件
1件
2件
3件
4件
合計
意匠
計画標本 回収標本 回収率
4,314
1,943
45.0%
222
92
41.4%
93
39
41.9%
44
21
47.7%
27
11
40.7%
4,700
2,106
44.8%
0件
1件
2件
3件
4件
合計
実用新案
計画標本 回収標本 回収率
4,309
1,944
45.1%
295
124
42.0%
60
27
45.0%
24
7
29.2%
12
4
33.3%
4,700
2,106
44.8%
0件
1件
2件
3件
4件
合計
商標
計画標本 回収標本 回収率
2,231
1,026
46.0%
1,426
613
43.0%
555
227
40.9%
278
130
46.8%
210
110
52.4%
4,700
2,106
44.8%
また表2は業種別の回収率である。特に卸・小売業と個人は他の業種に比べて母集団は
大きいが、その回収率はそれぞれ 39.7%と 36.5%であり、他の業種に比べて若干低くなって
いる。
-167-
表2
小規模出願者の業種別回収率 (2007 年度調査)
建設業
食品工業
繊維・パルプ紙工業
医薬品工業
化学工業
石油石炭・プラスチック・ゴム・窯業
鉄鋼・非鉄金属工業
金属製品工業
機械工業
電気機械工業
輸送機械工業
精密機械工業
その他の工業
情報通信業
卸・小売業
その他の非製造業
教育・TLO・公的研究機関・公務
個人
合計
②
母集団 計画標本 回収標本 回収率
2,526
304
138
45.4%
2,438
336
158
47.0%
1,362
196
77
39.3%
231
102
47
46.1%
704
116
52
44.8%
1,696
196
80
40.8%
329
103
49
47.6%
1,371
141
67
47.5%
2,351
265
142
53.6%
1,810
215
120
55.8%
539
109
54
49.5%
628
114
53
46.5%
1,956
154
64
41.6%
2,876
195
85
43.6%
12,693
951
378
39.7%
8,805
647
279
43.1%
571
356
190
53.4%
23,497
200
73
36.5%
66,383
4,700
2,106
44.8%
ウェイトのキャリブレーション
本稿では、小規模出願者に関しても、大規模出願者についてと同様に推計用ウェイトの
キャリブレーションを試みる。まず (2) 式あるいは (3) 式における元のウェイト wi とし
ては、平成 19 年度調査の小規模出願者の母集団サイズ 66,383 および計画標本サイズ 4,700
を用いて wi = 66,383 4,700 とする。
次に (1) 式における補助変数 x(1) ,K, x( K ) としては、表1にある四法別の出願件数および
表2にある 18 業種を用いる。ただし小規模出願者全体における四法別の出願件数は入手で
きなかったので、表1の計画標本サイズに 66,383/4,700 を乗じることで、母集団における
出願件数の分布とした。また距離関数としては (3) 式の乗法関数を用いた。
③
推計結果
表3は、2007 年度調査の調査項目のうち、2006 年度の出願実績に関してキャリブレーシ
ョンウェイトを用いた推計値と実際の出願件数を示したものである。特許に関しては約
14,000 件、実用新案は約 6,000 件、意匠については約 13,000 件の過大な推計となってい
る。商標については約 3,000 件の過小な推計となっているが、実際の出願件数にほぼ近い
推計値が得られていると考えてよいであろう。
-168-
表3
2006 年度の四法別推計出願件数 2007 年度調査) と実際の出願件数
特許出願件数
実用新案出願件数
意匠出願件数
商標出願件数
推計値 実際の件数
51,058
36,721
14,009
7,676
18,974
6,370
46,738
49,728
表4から表7は、四法別に出願件数の分布を推計した結果である。2007 年度調査では小
規模出願者であった、すなわち 2005 年度には四法の出願件数が全て 5 件未満であった出願
者の中にも、2006 年度の出願件数が 5 件以上と回答する出願者が見られる。例えば特許に
ついては 98 件や 104 件、実用新案については 85 件などである。推計した出願件数の累積
を見ると、これらの出願者が推計値に大きく影響を与えていることが分かる。
出願件数が 5 件未満に限定すれば、特許については出願件数の推計値は 30,307 件となる。
実際の出願件数 36,721 件に近づくものの、今度は逆に実際の件数を若干下回ることになる。
同様に出願件数 5 件未満に限定すれば、実用新案は実際の出願件数 7,676 件に対し推計値
は 4,978 件、意匠は実際の出願件数 6,370 件に対し推計値は 6,283 件となり、いずれも実
際の出願件数に近い推計値が得られるものの、それらをわずかに下回る。さらに商標につ
いては出願件数が 5 件未満では、推計した出願件数の累積が 26,325 件であり、実際の出願
件数 49,728 件を大きく下回ることになる。商標について、2006 年度の出願件数が 5 件以
上となる出願者の数が推計で 2,218 と少なくないことがその一因であろう。
以上の結果は、2005 年度に小規模 (5 件未満) 出願者であったからといって、翌 2006
年度にも小規模出願者であるとは必ずしも言えず、特に特許と商標に関しては、特定年度
の小規模出願者のデータを基に翌年度あるいは翌々年度の小規模出願者に関して推計を行
うことは、危険を伴うものであることを示唆するものと言える。
-169-
表4
2006 年度の推計特許出願件数 (2007 年度調査)
0件
1件
2件
3件
4件
5件
6件
7件
8件
9件
10件
11件
12件
13件
14件
15件
16件
20件
32件
98件
104件
合計
表5
推計出願者数 推計出願件数 推計出願件数累積
47,306
0
0
8,082
8,082
8,082
4,544
9,088
17,170
3,112
9,337
26,507
950
3,800
30,307
803
4,013
34,319
553
3,317
37,637
263
1,843
39,480
216
1,730
41,210
93
840
42,050
224
2,236
44,286
36
399
44,685
16
197
44,882
52
680
45,562
19
260
45,821
32
486
46,307
20
325
46,633
2
50
46,683
21
672
47,355
20
1,999
49,354
16
1,704
51,058
66,383
51,058
2006 年度の推計実用新案出願件数 (2007 年度調査)
0件
1件
2件
3件
4件
6件
8件
85件
合計
表6
0件
1件
2件
3件
4件
5件
6件
7件
8件
9件
12件
13件
85件
合計
推計出願者数 推計出願件数 推計出願件数累積
61,936
0
0
3,258
3,258
3,258
502
1,003
4,261
163
489
4,750
57
228
4,978
373
2,238
7,216
16
128
7,344
78
6,665
14,009
66,383
14,009
2006 年度の推計意匠出願件数 (2007 年度調査)
推計出願者数 推計出願件数 推計出願件数累積
61,547
0
0
2,806
2,806
2,806
833
1,666
4,472
287
860
5,332
238
951
6,283
106
528
6,811
54
322
7,133
32
221
7,354
40
317
7,671
15
138
7,809
23
274
8,084
325
4,225
12,309
78
6,665
18,974
66,383
18,974
-170-
(ⅲ)
表7
2006 年度の推計商標出願件数 (2007 年度調査)
0件
1件
2件
3件
4件
5件
6件
7件
8件
9件
10件
11件
12件
14件
15件
32件
44件
50件
合計
推計出願者数 推計出願件数 推計出願件数累積
48,743
0
0
9,050
9,050
9,050
3,057
6,114
15,165
2,096
6,288
21,452
1,218
4,873
26,325
500
2,498
28,823
392
2,352
31,175
301
2,108
33,283
161
1,287
34,570
180
1,622
36,192
262
2,617
38,809
103
1,132
39,941
67
807
40,747
73
1,023
41,771
95
1,426
43,197
31
1,001
44,198
22
976
45,174
31
1,564
46,737
66,383
46,737
まとめ
本稿では小規模出願者に関してキャリブレーション推計を行い、実際の母集団値との比
較を行うことでその適否を検討した。その結果、調査年度において小規模出願者であった
からといって必ずしもその後の年度も小規模出願者であるとは限らないこと、したがって
調査年度の小規模出願者全ての回収データを用いてその後の年度に関して推計を行うと、
大きな誤差が生じる可能性のあることが示唆された。調査年度以外の年度に関して、小規
模出願者の回収データを用いて推計を行う際には、母集団情報に照らして適切な出願者の
データを選択するなどの作業が必要であろう。
(土屋隆裕)
-171-
2.知的財産活動調査の調査票の見直しについて
(1)はじめに
「知的財産活動調査」は、我が国の知的財産政策を企画立案するにあたっての基礎資料
を整備するため、我が国の個人、法人、大学等公的研究機関の知的財産活動の実態を把握
することを目的として、平成 14 年度から特許庁が実施している統計調査である。
「知的財産活動調査」は、①知的財産部門の活動状況、②産業財産権制度の利用状況、
③産業財産権の実施状況など、我が国の個人、法人、大学等公的研究機関等の知的財産活
動を分析する上で、多くの有益な情報を提供している。
「知的財産活動調査」の調査項目や推計手法等については、過去数年間にわたり、特許
庁や特許庁が実施した調査研究委員会により検討が重ねられてきた。本調査における委員
会においては、小規模出願者について(四法いずれも 5 件未満の出願者)、回答負担を軽減
し回答率を上昇させ調査自体の精度を高めるため、改善案を検討した。以下、
(2)で問題
点を整理し、
(3)において改善案のまとめを紹介する。
(2)調査項目について検討した事項
(ⅰ)「有無」回答
現在、
「有無」回答が設問にきめ細やかに含まれているとは言い難い。たとえば、設問Ⅱ
―2-1で国際出願や海外出願にそれぞれ有無が存在しない(図1)
。したがって、「無」
回答が数多く該当する小規模出願者にとって回答負担が少々重くなっている。
-172-
図1
設問Ⅱ-2-1
設問Ⅱ-2-1.特許出願又は審査請求実績及び見込みの有無について伺います。
有無回答欄 特許出願又は審査請求実績及び見込み「有」を選択した場合は、以下の件数を記入してくだ
(0件の項目がある場合は「0」を省略せず記入してください。)
有 無
特許出願又は審査請求実績及び見込み「無」を選択した場合は、設問Ⅱ-2-2に進んで
2009年実績
国
内
出
願
国
際
出
願
出願件数
審査請求件数※19
早期審査の申出件数
出願件数※20(PCT出願件数)
件
件
件
件
件
件
件
件
うち日本を国際調査機関
※21に選択する件数
件
件
うち日本国を指定国とし
ない件数
件
件
件
件
件
件
件
件
件
件
件
件
件
件
出願件数※22
うち米国※22
外
国
出
願
2010年見込み
うちEPC出願※23
うち欧州各国※22
うちアジア各国※22
うちその他の地域※22
(ⅱ)調査票の構成
各設問が各四法を同時に聞くスタイルになっており、四法すべてを出願している出願人
の場合、容易に記入できるスタイルとなっている。しかし、多くの小規模出願人が四法す
べてを出願しているとは限らない(表1)。その分、小規模出願者にとって回答負担が少々
重くなっている。
表1 四法出願パターン別回収率(平成 19 年度調査)
四法出願パターン
回収件数
送付件数
回収率(全)
回収率
(~5 件)
特
1773
3589
49.4%
47.6%
実
83
205
40.5%
39.0%
意
85
242
35.1%
38.8%
商
1468
4045
36.3%
42.8%
特実
102
198
51.5%
52.1%
特意
253
570
44.4%
39.2%
特商
1001
1937
51.7%
47.2%
実意
16
53
30.2%
31.8%
実商
36
94
38.3%
33.3%
意商
70
185
37.8%
47.2%
特実意
32
79
40.5%
38.9%
特実商
95
184
51.6%
47.2%
特意商
644
1060
60.8%
58.7%
実意商
18
54
33.3%
50.0%
特実意匠
145
246
58.9%
35.7%
全体
5821
12741
45.7%
44.8%
-173-
四法出願パターン
回収率
(5~10 件)
45.3%
45.0%
32.3%
30.1%
44.7%
34.5%
44.4%
26.9%
41.9%
33.0%
36.1%
41.7%
46.3%
21.4%
44.2%
38.4%
特
実
意
商
特実
特意
特商
実意
実商
意商
特実意
特実商
特意商
実意商
特実意匠
全体
回収率
(10~50 件)
57.2%
100.0%
25.0%
31.7%
62.9%
55.1%
56.6%
40.0%
35.7%
36.1%
36.8%
60.4%
57.0%
40.0%
62.7%
51.0%
回収率
(50~100 件)
74.3%
-
100.0%
37.5%
50.0%
63.3%
66.3%
-
100.0%
50.0%
50.0%
42.9%
66.1%
-
68.4%
65.1%
回収率
(100 件~)
59.5%
-
-
0.0%
100.0%
79.2%
85.7%
-
-
0.0%
100.0%
81.3%
80.6%
100.0%
80.8%
79.4%
(ⅲ)グループ内外のライセンス状況の記入負担
小規模出願者において、小規模出願者の規模や知財活動の割に、グループ内外のライセ
ンスに関する調査項目(設問Ⅲ-2、3)が非常に細かいもので多数記入するものになって
おり、記入負担が少々重いと考えられる(表2)。
表2
種類別調査項目数(平成 22 年度調査票)
知財活動別項目数
甲票
権利化前の知財活動(出願・審査請求)
103 項目(25%)
(設問Ⅱ)
権利化後の知財活動(保有・実施・知財管理)
211 項目(51%)
(設問Ⅲ)
うち、グループ内外のライセンス活動(設問Ⅲ-
140 項目(34%)
2、3)
権利化後の知財活動(権利行使)
99 項目(24%)
(設問Ⅳ)
合計
413 項目
乙票
73 項目(19%)
211 項目(55%)
140 項目(37%)
99 項目(26%)
383 項目
(ⅳ)調査票のデザイン
年々注記を充実させるにつれて密度が上がり、見やすさという点では悪化していると考
えられる。
-174-
(ⅴ)中規模出願者
問題があるのは、出願件数階級でいう 5 件未満の小規模出願者ではなく、5~10 件未満
の中規模出願者であるのではないかといった指摘があった(表3)。
表3
出願件数階級
出願件数階級別回収率(平成 19 年度調査)
回収率
回収件数
送付件数
母集団
参考:母集団
(平成 17 年度)
(平成 19 年度)
5 件未満
44.8%
2,106
4,700
66,475
59,611
5~10 件未満
38.4%
1,750
4,557
4,557
4,068
10~50 件未満
51.0%
1,347
2,641
2,641
2,677
50~100 件未満
65.1%
233
358
358
366
100 件以上
79.4%
385
485
485
517
全体
45.7%
5,821
12,741
74,516
67,239
(3)改善案
(ⅰ)詳細な検証の必要性
どの委員も詳細な検証を共通認識として持っていた。以下が指摘されていた検証項目で
ある。
①平成 14 年度から平成 21 年度まで調査票における「有無」項目と、調査票の回収率・
調査項目の回答率がどのような関係にあるのか(
(2)(ⅰ)「有無」回答との関係)。
②四法別の出願・権利保有パターンの企業数分布がどのようになっているのか、また四
法別の出願・権利保有パターンに分けた企業群がそれぞれ本調査において四法別調査項目
についてどのように回答しているのか((2)(ⅱ)調査票の構成との関係)。
③小規模出願者に純粋持株会社がどの程度含まれており、そうした純粋持株会社が本調
査のグループ内外のライセンス状況についてどのように回答しているのか((2)(ⅲ)グ
ループ内外のライセンス状況の記入負担との関係)。
④経年で調査票の項目追加・脱落により回収率や調査項目の回答率の向上又は低下につ
ながっているのか(全体に関係)。
-175-
(ⅱ)「有無」回答のさらなる徹底(
(2)(ⅰ)「有無」回答との関係)
回収率低下・回答率低下の問題の 1 つは、
(企業秘密との関係で)調査項目に回答したく
ない、あるいは回答が煩雑だから調査票を返送しない又は「無」回答をするというものだ
と考えられる。これに対して、
「有無」回答をもう少しきめ細やかに設定すれば、回答が可
能な調査項目に回答し、回答が困難又は不可能な調査項目に「無」回答することになり、
回答率や回収率の改善が見込める。したがって、「有無」回答のさらなる徹底が望ましい。
ただし、安易に「有無」回答を認めると、煩雑になると、
「無」回答すればよいといった反
作用を生み出す危険性がある。
(ⅲ)調査票の再構成・調査方法の変更((2)(ⅱ)調査票の構成との関係)
各設問が各四法を同時に聞く現状のスタイルから、四法別に設問を並べ、スキップロジ
ックを利用できるスタイルに変更するといった調査票の再構成が考えられる。すなわち、
最初に四法有無について回答させ、該当産業財産権のみのページにスキップさせる調査票
の構成をとる。
また、小規模出願者について四法別(特許向け、実用新案向け、意匠向け、商標向け)
に調査サンプルに選定し、四法別の調査票を用いて別々に調査するといった調査方法の変
更が考えられる。このような再構成された調査票については、出願が小規模の調査対象者
向け、または、抽出階層について対象とする。当然、その際には同じ出願人に 2 種類の調
査票(たとえば特許向け、商標向け調査票)を重複発送しないようにする。
ただし、この提案には様々な問題点が存在する。調査票の再構成については、調査票の
構成が大きく変わるため、回答者が混乱する可能性がある。また、調査方法の変更につい
ては、調査対象者抽出年以外の年に他の権利について出願等があった場合、調査から外れ
てしまう可能性がある。なお、スキップロジックが有効となるのは、四法別の有無に関し
てばらつきがある状況の場合である。言いかえれば、多くの企業が四法のすべてを保有し
ているわけではないというケースが多数存在しなければならない。とすれば、まずはそう
したばらつきがあるかを調査する必要がある。
(ⅳ)ウェブ調査の導入(
(2)(ⅱ)調査票の構成との関係)
回答者と関連する調査項目のみ表示するシステムを持つウェブ調査の導入が考えられる。
その際、ウェブで回答するための ID とパスワードを郵送するのと同時に、紙媒体の調査票
も同封し、ウェブで回答するか紙媒体で回答するかを回答者が選択できるようにする併用
タイプがよい。
-176-
ただし、調査票全体を見渡すことができないため、回答しにくい、回答しないといった
意見もある。また、小規模出願者がウェブ調査を回答できる環境が整備されていない可能
性が否めず、小規模出願者に対するウェブ調査による回収率・回答率向上の効果は小さい
と考えられる。また、回答結果の連続性を保てるかも不安である。
(ⅴ)グループ内外のライセンス状況の記入負担の軽減((2)(ⅲ)グループ内外のライ
センス状況の記入負担との関係)
小規模出願者に対してもっとおおまかなライセンス質問項目でよいのではないかといっ
た提案があった。
ただし、グループ内外の知財管理をしており、グループ内外のライセンス状況を正確に
把握している純粋持株会社が小規模出願者に含まれている限り、これを実施すると、ライ
センス状況把握の精度が落ちるかもしれないといった懸念がある。
(ⅵ)デザインの改善(
(2)(ⅳ)調査票のデザインとの関係)
調査票において、見やすいフォントの選択や見やすいレイアウトの採用といった見やす
さに重点をおいた改善方法が回収率・回答率の向上につながるのではないかといった提案
があった(注記事項の充実化は見にくさを招いているといった意見があるが、注記事項の
省略化は逆に回答者にとって設問の趣旨・意図が読めず回収率・回答率の低下を招く恐れ
があるといった意見もあった)。
(ⅶ)記入済みの調査票による調査の実施(全体との関係)
特許庁で利用できるデータを活用し、一部の調査項目(たとえば、四法の出願件数など)
について記入済みの調査票を送付し、訂正させるといった方式が記入者負担の軽減ひいて
は調査票の回収率・回答率の向上につながるのではないかといった提案があった。
ただし、本調査年までに明らかにされていない未公開情報(調査年の出願件数や審査請
求件数)が漏洩する可能性が否めなず、情報セキュリティの観点から非常に難しいといっ
た意見があった。
(ⅷ)その他(全体との関係)
出願見込みや国際出願などは、小規模出願者の調査結果が集計に加わってもその精度向
上は微々たるものなので(特に特許については甲票対象者で我が国全体の大部分を説明可
-177-
能であるため)、小規模出願者以外の出願者のみを調査対象にするのでは対応ができるので
はないかといった意見もある(表4)。
表4 出願者階級別国内出願のカバー比率(平成 19 年度調査)
出願者階級
特許
実用新案
意匠
商標
小規模出願者
34,072 件
7,268 件
6,212 件
49,235 件
(9.31%)
(79.33%)
(18.14%)
(40.90%)
大中規模出願者
332,083 件
1,894 件
28,040 件
71,136 件
(90.69%)
(20.67%)
(81.86%)
(59.10%)
合計
366,155 件
9,162 件
34,252 件 120,371 件
注:平成 21 年度調査の母集団情報(データは平成 19 年度)を集計・算出。
また、他の調査と重複している基本的項目を脱落させるといった意見もあった。
しかし、
他の調査で回答済項目であれば、本調査に同じ回答内容を複写すれば、それほど回答負担
にならないと考えられ、むしろ、他の調査に回答せずに、本活動調査で回答していた場合
に、当該重複調査項目について、回答データが得られず、惜しいといった意見があった。
(3)
(ⅰ)の詳細な検証の必要性に対して、調査票の未回収に対する督促、不完全回答
についての照会や補訂を積極的に行わないと調査結果の信頼性に不安が生じ、調査結果の
詳細な分析も困難であるといった意見があった。
最後に、調査票の最後に、
「答えにくかった設問はどれか」といった問いを用意しておく
ことも必要だと考える。研究者がデータユーザーの立場から意見を述べるだけでなく、回
答者の意向を吸い上げるのも重要だといった指摘があった。
(西村陽一郎)
-178-
本冊子は、グリーン購入法(国等による環境物品
等の調達の推進等に関する法律)に基づく基本方
針の判断の基準を満たす紙を使用しています。
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