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土居委員資料(PDF形式:47KB)

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土居委員資料(PDF形式:47KB)
産業構造審議会基本政策部会
第2回会合の議題に関する私見
2005 年 5 月 10 日
慶應義塾大学経済学部
助教授 土居 丈朗
本日の第2回会合は、講義のため欠席させて頂きますが、本会合の議題に関する私の意
見を下記のように述べさせて頂きます。
Ⅰ.政府債務残高について
政府債務残高について一般的に言われている基本的なことで、政策を議論する上で正し
ておくべきと考える論点に関して、下記のように考える。
1)
2)
政府債務残高をグロスでみるかネットでみるかとの議論があるが、それは政府債務
の返済財源に何を用いるかに依存する。政府債務を主立って租税で償還する政策ス
タンスを取っている現状では、グロスで政府債務残高を認識するのが妥当である。
政府債務残高を抑制するには、基礎的財政収支(primary balance)がゼロないしは少
しでも黒字であればよいわけではなく、利払費相当分以上の黒字を継続的に出し続
ける必要がある。未曾有の水準に達している我が国の政府債務残高を鑑みれば、政
府債務残高は本格的に減少させなければならないのであって、増加速度を遅くする
程度では不十分である。
1)に関して
政府債務残高をグロスでみるかネットでみるかとの議論があるが、それは、政府債務の
返済財源を何に求めるかに依存する。もし、政府債務を全て将来の租税等の収入によって
賄い、政府が保有する資産の売却収入を一切用いない方針で臨むならば、政府債務はグロ
スの残高で把握するのが妥当である。こうした状況では、ネットの残高は無意味なもので
ある。なぜならば、計算上相殺する際に用いた資産は、政府債務の返済以外に用いるため
に保有しているわけだから、資産の売却収入を返済財源として当てにできないからである。
他方、ネットの残高を計算する際に相殺した資産を全て、政府債務の返済財源に用いる
ことを予定しているならば、ネットの残高で把握するのが妥当である。
こうして考えれば、政策スタンスの現状は、明らかに(ネット・ベースの計算上相殺対
象となった)政府保有資産の全てを政府債務の返済財源に充てるとはいえない状況にある。
むしろ、そうしない資産の方が多いとすらいえる。そうならば、我が国の政府債務残高は、
ネットの残高というよりグロスの残高に限りなく近い水準として把握するのが、政策スタ
ンスと整合的である点で、妥当なものであるといえる。
ネットの政府債務残高では、我が国はカナダ、ベルギーとほぼ同水準で、必ずしも突出
して高い水準にあるわけではないことをみて、我が国の政府債務残高の累増は深刻な状況
ではないという趣旨の主張がなされることがある。しかし、こうした主張は誤認した現状
に基づいたものである。基本的には、先進国の中でも群を抜いて高い水準にある我が国の
グロスの政府債務残高を、いかに抑制するかという視点に立って政策を論じるべきである
と考える。
2)に関して
基礎的財政収支は、税収マイナス公債費を除く歳出、と定義される。歳入総額=税収+
1
公債発行だから、歳入=歳出という政府の予算制約式から、基礎的財政収支は、公債費マ
イナス公債発行とも表せる。さらに、公債費=公債償還+利払費、今年度末公債残高=前
年度末公債残高+公債発行−公債償還、との関係があるから、基礎的財政収支は、利払費
+前年度末公債残高−今年度末公債残高、つまり利払費−公債残高増加額とも表せる。
この関係から考えれば、基礎的財政収支がゼロである状態では、公債残高増加額=利払
費となっている。つまり、基礎的財政収支がゼロの状態であっても、公債残高は利払費相
当分だけ増加していることを意味する。さらにいえば、公債残高の増加が止まるのは、基
礎的財政収支が利払費相当分の黒字となったときである。そして、公債残高が減少するの
は、基礎的財政収支の黒字が利払費相当分を超えたときに初めて実現する。
ひるがえって、我が国の政府債務残高を鑑みれば、単に政府債務残高の増加の速度が緩
やかになれば問題ない、といえる状況ではないと考えられる。国内経済、金融市場の状況
を重ねて考えれば、政府債務残高はむしろ適切な水準まで減少させなければならないとさ
えいえる。そうするには、前述のとおり、基礎的財政収支が利払費相当分以上の黒字を出
し続けなければならないといえる。
確かに、対 GDP 比でみた残高が減少すればよいと考えれば、公債残高増加率は経済成長
率を下回るように運営すればよいことにはなる。しかし、今後の少子高齢化や予想される
自然災害などへの財政的対応の余地を残しておく必要性をも鑑みれば、公債残高を(経済
成長率を下回る程度にせよ)増加させ続けるような余裕はないと考える。政府債務残高対
GDP 比を低下させる必要があることは言うまでもないが、それだけにとどまらず、政府債
務残高それ自体の水準も減少させるような政策努力が必要である。すなわち、利払費相当
分以上の基礎的財政収支黒字を継続的に出し続けるために、どのような歳出削減や税制改
革が必要かを議論すべきであると考える。
Ⅱ.政府債務の持続可能性について
政府債務の持続可能性については、経済学の分野においていくつかの先行研究が存在す
るが、その結果については、次のような理解が必要であると考える。
3)
4)
5)
経済成長率と公債利子率の高低を比較することで、政府債務の持続可能性を論じる
べきではない。基礎的財政収支と政府債務残高との関係で論じるべきである。
我が国の政府債務は持続可能でないとの先行研究の結果は、あくまでも従来の財政
運営のままで、政府債務を租税だけを財源として償還するとすれば、将来のいずれ
かの時点で財政破綻に直面する恐れがあることを述べたのであって、今すぐに財政
が破綻するとかその兆候があるとかというわけではない。財政運営のスタンスを変
えれば、持続可能性は回復できる。
先行研究の中で、分析する手法や期間の違いで、政府債務の持続可能性に関する結
論に相違があるからといって、我が国の政府債務の水準に問題がないと断じるべき
ではない。
3)に関して
政府債務の持続可能性については、いわゆるドーマーの条件が一般によく引用される。
ドーマーの条件は、厳密に言えば、公債残高増加率を経済成長率よりも低くすれば、将来
的に公債残高の対 GDP 比が発散するほど大きくならないから、政府債務は持続可能である、
というものである。これを派生して、基礎的財政収支をゼロにする財政運営を続けている
ときには、公債利子率が経済成長率よりも低ければ、政府債務は持続可能である、ともい
える。
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一般には、後者の条件が一人歩きして、公債利子率と経済成長率の比較が用いられる。
しかし、これには、上記のとおり、基礎的財政収支をゼロにすることが前提になっている。
基礎的財政収支がゼロでない現状において、公債利子率と経済成長率の高低で、政府債務
の持続可能性を論じるのは、無意味なことである。
現に、多くの他の先進国で、大半の年度において利子率が経済成長率を上回っているが、
政府債務の持続可能性に疑義がもたれているわけではない。
さらに、利子率と経済成長率の比較は、マクロ経済学の文脈においては、動学的効率性
(dynamic efficiency)と密接に関係する。この文脈からいえば、ある条件の下では、利子率
が経済成長率よりも低い状態とは、動学的に非効率な状態である。動学的に非効率な経済
では、資本蓄積はこれ以上増やさないほうが望ましく、極言すれば設備投資をやめて今あ
る資本を食いつぶすように消費した方が経済厚生が高まる。だから、政策的含意として、
「政府債務を持続可能にするために、ドーマーの条件を満たすような政策運営をする」と
いうことは、「設備投資をやめて今ある資本を食いつぶすように消費した方が望ましい経
済状態にする」ということを意味する。こうした政策的含意が、正鵠を射ているとは考え
られない。
さらに単純化して言い換えれば、巷間で言われているドーマーの条件は、政府債務をね
ずみ講式に回せば持続可能性が担保できることを言わんとしている。さりとて、政府債務
をねずみ講式に回せるよう努力をすることが、全うな政策方針であるとは思えない。むし
ろ、実際に、政府債務は、ねずみ講式に回せなくても、堅実に財政再建を行えば持続可能
にすることは十分に可能であるから、その方策を考えるべきである。
その方向で議論した先行研究では、前年度末公債残高対 GDP 比が上昇したときに、基礎
的財政収支対 GDP 比を改善させる財政運営を継続的に行えば、政府債務は持続可能である、
とするボーンの条件が導かれている。
この観点からいえば、公債残高対 GDP 比が上昇し続けている今日、(対 GDP 比でみた)
基礎的財政収支は、継続的に赤字を縮小させ、やがては黒字に導く政策運営が必要である
と考える。その点で、小泉内閣が掲げる 2010 年代初頭までに基礎的財政収支を黒字化する
との政策方針は望ましい。ただ、現状で不足しているのは、それをもっと強い形でコミッ
トすることである。
4)に関して
政府債務が持続可能でないという研究結果を得たからといって、直ちに我が国の財政が
債務不履行になることを意味するものではない。先行研究での結論から導かれることは、
国有資産売却収入などではなく租税で償還することを前提として、従来の財政運営を継続
したままでは、将来のいずれかの時点において政府債務は持続可能でなくなることである。
したがって、目下我が国の財政が破綻していないからといって、上記の研究結果が非現
実的だと断じるべきではない。目下国債市場において問題なく国債が売買されているから
といって、さらには将来を見越して取引しているであろう長期国債が円滑に売買されてい
るからといって、従来の財政運営を変えなければ、今後もそうであり続ける保証はない。
極端な例で言えば、先行研究の結果は、いわば今後50年間で東京直下型地震がある程
度の確率で起こることを示したようなものである。今日、明日に東京直下型地震が起きな
いからといって、将来も起きないとはいえないのと同様に、目先の国債市場で異変がない
からといって、将来の政府債務も安泰だとはいえない。
そう考えれば、政府債務の持続可能性に関する研究結果からいえること、我が国におい
て、将来起こる可能性がある財政破綻がまだ起きていない今のうちに、中長期的な政府債
務の削減計画、ないしは財政改革の目途をつけることが急務だということである。
5)に関して
政府債務の持続可能性に関する先行研究では、特に分析期間の取り方によって結果が異
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なっている。特に、1990 年代中葉の景気対策に伴う公債の大量発行以前までの期間で分析
したものと、それ以後が含まれているものとでは、結果が異なっているものがある。それ
は、我が国における財政運営と整合的である。だから、分析結果が異なることに注目して、
政府債務の持続可能性についての分析は信頼できないというべきではない。
今日の状況を鑑みれば、特に 1998 年の財政構造改革法停止以降が含まれた分析期間での
結果の方がより現実的であるといえる。
また、政府債務の持続可能性について、仮に経済学者が誤って持続可能でないとの認識
を示し、持続可能であるのが真実であったとしても、政府債務残高が未曾有の水準に達し
ていることは事実であり、大きく政策転換しなければ今後も顕著に増加し続けることは確
実である。したがって、持続可能性に関する結論如何に関わらず、我が国の政府債務の水
準に問題がないと断じるべきではない。
参考文献
Bohn, H., 1998, The behavior of U.S. public debt and deficits, Quarterly Journal of
Economics vol.113, pp.949-963.
土居丈朗, 2004, 「政府債務の持続可能性の考え方」, 財務省財務総合政策研究所 PRI
Discussion Paper Series No.04A-02.
(http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/ron082.pdf)
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