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>> 愛媛大学 - Ehime University
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中東欧における通貨・為替制度と資本自由化 : IMFプログ
ラムとアジアとの比較
大田, 英明
愛媛経済論集. vol.29, no.1, p.1-19
2009-12-25
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/2194
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IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/
<論文>
中東欧における通貨 ・為替制度と資本自由化
1MFプログラムとアジアとの比較
C虹ency Regimes and Capita1A㏄ounf1ibera1ization in Centra1and East European Countries
−Comparison with Asia in IMF Programs L
大 田 英 明
Hideaki OHTA
Ahstract
This paper discusses inappエ。priate policies towards culrrency regimes and capita1価nancia1
1iberalization,referring to the genera1trends of new EU member countries in Centra1and East Europe,
as we11as IMF programs imp1ementati㎝.
Several Coun出es in CentraI and Eastem Europe(CEE),inc1uding the new EU member
countries,have Iibera1ized the丘mnciaI and capita1markets,which have resulted in over−dependence
on the extemal financial resources and also increased vulnerabi1ity under the capita1outflows since the
g−obaI丘nancial c㎡sis in2008.The peg c㎜ency systems in many Ba1tic and some CEE comtries
have genera11ycausedcuエrencymisa1ig㎜entinthe oom廿ies,whichmighthave triggeredthe crises.
In contrast to the CEE co㎜tries,many Asian and Latin−merican count㎡es which have㎜dergone
crises in theユ990s and ear1y2000s,have a1ready sh冊ed towards more f1exible c1」エrency regimes with
some capita1and拒。reign exchange contro1s.As a resu/t,they have been relieved from鮒。ng
pressures廿。m cuπency crises.IMF has failed to provide some CEE coun耐ies with comprehensive
waming on the risks ass㏄iated with丘x exchange regimes mder the capita1冊ancia11ibera1ization
t11■ough review exeroises,despite its experiences ofinsu箭。ient risk assessment in the Asian Crises−
From the recent experiences in the CEE,the cu1Tent system of ERM I,which requires the
potentia1Euエ。 member countries to a(1here to the ru1es of行xed c㎜ency band,may be changed in
light of the current massive g1oba1capita1and丘mncia1nows.In this context,IMF may be
enoouraged to deve1op ear1y waming system and to change its‘耐aditiona1’overa11冊ameworks in the
monetary and丘sca1po1icies,as we11 as cumncy systems一
キーワード1国際資本移動,ERM I,IMF,
為替制度,通貨危機
Key words:capita1in刊。ws/out刊。ws,ERM]工,
IMF,foreign exchange regimes,currency crises
JEL C1assi丘。ation codes:F3ユ,F32,F33,F36
特に2004年以降EU(欧州連合)加盟国と
はじめ1こ
なったチェコ,ハンガリー,ポーランド,バル
2007年まで世界的な過剰流動性の申でバブ
ト3国などEU新加盟国(EU1O)では多くの
ル的な経済状況にあった中東欧・旧ソ連など移
国でそれまでの資本流入によって投資拡大及び
行諸国では,2008年秋以降の世界的金融危機
EU向け生産・輸出が大幅に拡大してきたが,
の余波を受け資金の流出が相次ぎ,それまでの
」方で通貨の実質高や経常収支悪化などから資
経済状況から一転して経済指標や債務指標など
本が逆流した場合の潜在的な為替リスクも高
全てにわたり悪化している。
まっていた。
一1一
[愛媛経済論集 第29巻,第1号,2009]
規制が撤廃され,ほぼ完全な自由化が進んだこ
ンド,バルト3国)は2004年EUに加盟,‘EU
10’として急速にこれまでのEU諸国との貿
易・投資が拡大してきた。投資資金はEU域内
とがある。EU加盟の条件として域内資本自由
から流入が急拡大したが,2008年秋以降の急
化が推進されたことは,資金のクロスボーダー
激な世界的金融危機に伴い資金流入は大幅に減
取引を急速に加速化させることとなり,その結
少し経済のあらゆる分野で大きな打撃を受けて
果アジア危機時と同様,EU新加盟国の対外債
いる。これは,①主要な輸出先であるEU諸国
務も大幅に増加した。
のみならず旧ソ連諸国での急速な需要減少によ
ただし,通貨の固定化を進めた国(バルト諸
る輸出の減少,②多大な借入(外貨建てローン
国,ハンガリーなど)と変動相場制を採用した
などを含む)を行ってきた家計部門の負債が拡
国(チェコ,ポーランドなど)は,危機的状況
大し,消費の急速な減退,③企業の設備投資の
に陥ったかどうかについて少なからぬ違いが見
減速などが含まれる。
危機的状況が起きた基本的な背景には金融・
資本自由化によってほとんどの国で金融・資本
られ,固定化した国ほど悪化の度合いが大き
い。最近IMF支援対象国になったラトビア,
1.1マクロ経済1急速に悪化する経済環境
ハンガリー,ウクライナなどでは,通貨固定に
2000年代に入り,中東欧の移行諸国で
より実質高が進展したことも金融自由化に伴う
は,2004年にチェコ,ハンガリ」,ポーラン
外資依存に拍車をかけることとなっ㍍ユー口
ドやバルト3国も新EU諸国になったため,多
(EMU)加盟にあたって,通貨の変動幅を制
くの西欧の企業が投資を拡大し,それに伴い資
限し固定化する肌M Iに2年間参加する必要
金流入が大幅に拡大した。同地域では経済成長
があることはハンガリーなどの例をみるまでも
率も大幅に伸び,異常な「バブル」状況となっ
なく,ユー口加盟までに通貨の実質高が進み適
た。しかし,2008年秋の金融危機の影響で2009
切な為替相場水準から乖離する通貨のミスアラ
年に入り成長率は大幅なマイナスを記録してい
インメントが進展する背景となっていると考え
る。特に外資主導で成長してきたバルト3国は
られる。
2000年代に入りGDP成長率は高水準で推移し
最近のIMFプログラムにおいても旧来通り
てきたが,2009年はマイナス10%以上の大幅
の緊縮的かつ構造リストラを基本としたコン
低下が見込まれている。
デイショナリテイを適用しており,アジア危機
一方,新興国・地域の申で特に中東欧では生
以降批判されてきた問題は本質的に変化してい
産拡大とともに輸入も増加したため,経常収支
ない。2009年4月にようやく1MFのプログラ
の赤字幅が大幅に拡大,それに伴い対外借入も
ム方針が修正され,コンティショナリテイのう
急増した。なかでもラトビアなどバルト3国,
ち厳格なパフォーマンス・クライテリアには原
ハンガリーやルーマニアなどの貿易相手国の大
則的に当該国の政治・社会状況にクリティカル
半はEU諸国であるため,対外借入依存度は拡
な問題である構造問題を採用しないとの方針が
大する申,2008年秋の世界的金融危機の影響
打ち出されているが,本当に実効性を伴うもの
を最も受け,西欧・北欧の金融機関や企業の縮
であるかどうか,欧州移行諸国でのIMFプロ
小がこの地域の経済に大きな影響を与える見通
グラムの今後の適用につき注目される。
しである。
アジアやラテンアメリカ地域の経常収支は
1.中東欧諸国の経済状況
中東欧主要国(チェコ,ハンガリー,ポーラ
2000年代以降改善しているのと対照的に,中
東欧では,急速な投資拡大に伴う輸入などから
貿易・経常収支悪化が続いてきた。景気拡大と
一2一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
図2 バルト3国のGDP成長率
図1 中東欧の成長率推移
(前年比,%)
(前年比,%)
10
95 97 99 01 03 05 07 09
中チェコ
斗一ハンガリー
ルーマニア
95 97 99 01 03 05 0フ 09
出所:IMF,“WorldEoonomioOutlook”より作成
出所:IMF,“World Eo㎝omic Outlook”より作成
(%)
10
図3 中東欧諸国の経常収支
図4 バルト3国のGDP成長率
(%)
(GDP比)
(ネット,GDP上ヒ)
12
10
5
8
0
6
−5
4
−10
2
−15
0
−20
−2
−25
−4
−30
−6
1995 1998 2001 2004 2007 2010
1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008
注12009,10年は予測値。
出所:IMF
出所1IMF,WEO(2009.4)
ともに,高い経済成長率が継続すれば対外債務
外借入や投資受入の拡大に伴い,対外債務も急
返済も可能であったが,今後は生産活動や資金
激に拡大している。
流入の大幅な落ち込みが見込まれ,債務返済負
最近の金融危機の影響で急激に悪化した国々
担増加が続く見通しである。
では,当該国の対外債務拡大と為替下落圧力の
増大によって返済が困難となり,その影響は
1.2債務状況1急速に鉱夫した対外債務
EUの金融機関に及んでおり,貸手側のオース
中東欧地域での銀行借入の拡大に伴う資本流
トリア,ドイツ,イタリア,フランス,ベルギ
入は2000年代に入り急速に進んできた。この
ー,スウェーデンなどの銀行のバランスシート
地域では対外債務の中でも特に民間債務の拡大
は大幅に悪化しており,今後不良債権を抱える
が際立っている。この背景には民間企業の直接
可能性が高まっている。東欧諸国の西側からの
投資などを含む中東欧諸国への進出が急激に進
借入総額は1.7兆ドルに上り,そのうち4,OOO
み,その資金は西欧の金融機関からの対外借入
億ド)レが2009年中に返済期限を迎える。
に大幅に依存していることがある。こうした対
2007/8年まで資金が大量に流入してきたの
一3山
[愛媛経済論集 第29巻,第ユ号,2009]
図6 対外借入/対外準備高の割合
図5 中東欧諸国の対外借入
(100フラドル)
90,000
80.000
一Czech
70,OO0
璋一Hunga}
Poland
60.000
刈一Slovakia
50,OO0
一一曲一一Bulgaria
40.000
−Romania
Estoni邊 ・一
628
30.000
20.000
1■haiI目nd ’・ 16.7
10.000
0
2005
2006 2007 2008
0 100 200
注:2008年9月現在
出所1IMF,BISより作成
出所:BIS
300 400
は中東欧地域で共通している。例えば,ハンガ
(%)
リーの場合,住宅・自動車など高額な消費財の
図7 家計外貨建て債務比率
購入については個人向け外貨建てローンが普及
し低利融資として人気を持っていた。2008年
前半まで多くの国では通貨が上昇してきたた
め,為替リスクが過小評価され家計の長期ロー
ンまで外貨建て借入が拡大した(図7)。同国
では外貨建てローンの殆どはユー口かスイス・
フラン建てであり,中には日本円建てなども
あった。また,ハンガリーではリテール(小口
金融)部門の外貨ローンは2007年末時点では
HU Pし RO 竃量 LV LT
新規融資の9割近くが外貨建てで2008年3月
出所:各国中銀
末時点の外貨ローンの残高は約3兆8,OOO億
フォリント(240億ドル)で,消費者ローン全
は,ハンガリーのソブリン格付けは2009年3
体の6割に達していた。同様にポーランドの住
宅ローンでも,その66.8%(2008年ユO月)が
月末にS&PがBBBからBBB一に引下げ,
スイス・フランなど外貨建でであった。こうし
Moody’sもA3からBaa2に引き下げた。ブル
た状況はバルト3国でも同様で,家計の外貨建
ガリア,ルーマニアやバルト諸国,旧ソ連でも
て債務は非常に高い比率となっている。このた
過去2年間にレーティングは引き下げられてお
め,中東欧諸一国では対外民間債務が過去数年で
り,特にラトビアのS&P格付けでは投資適格
大幅に拡大した。但し,チェコなどは消費者向
から不適格のBBまで大幅に引き下げられてお
けの外貨建てローンよりむしろ企業向けの投資
り,信用低下が著しい。こうした申でチェコや
融資が中心であった点で対照的である。
ポーランドは通貨面で柔軟な変動相場制を採用
大幅な経済ファンダメンタルズの悪化などを
していたため,結果的に為替リスクの過小評価
受けて,一部の国を除き格下げないし見通し引
は回避できたため,急激な資本流入に伴う通貨
下げの動きが一般化している(表ユ)。たとえ
の過大な上昇は抑制された。
皿4一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
表1 ソブリン格付けの変化
2007
チェコ
スロバキア
ハンガリー
A
A
ポーランド
ブルガリア
ルーマニア
2007
A1
A1
A2
A2
Baa3
Baa3
エストニァ
A1
ラトビア
A2
A2
リトアニァ
ロシア
ウクライナ
Baa2
B1
注:2007年は12月,2009年は1ユ月5日現在
括弧内のNはネガティブな見通しを示す。
出所:S&P,Moody’s
2008年ユエ月以降IMF支援の対象となってい
・るラトビアやハンガリーなどはいずれも自由化
を推進し,それまでの通貨取引規制を撤廃して
いる。特にハンガリーは2000年以降ほとんど
規制を撤廃し,為替もERM nに沿って事実上
ユー口にペッグしてきた。
資本流出による為替下落などの危機的状況に
陥った国々(バルト諸国,ハンガリーなど)は,
いずれも2004年以降にEUに新加盟した国々
であり,いわゆるEU「東方拡大」の対象国で
ある。新力口盟国である中東欧諸国の輸出先とし
て急激に拡大してきたEU各国は金融危機の影
響で消費も大幅に減少,生産・輸出も激減して
いる。
2.中東欧諸国の構造的変化とその背景
世界銀行の新規EU加盟国10ヵ国を対象と
した報告書(EU Regular Economic Repo廿
[2009.2])によれば,2009年度の財政政策が
2.1金融・資本自由化に伴う投資拡大と対外
借入∼過剰対外資本依存の進展
プロサイクリカル(pro−cyc1ica1,順循環的)で
EUは,原則的に域内の資本取引の完全自由
あるか,カウンター・サイクリカル(COunter−
化を求めており,これは,EU条約67条施行
CyC1iCal,反循環的)であるかを各国別にあら
のための1988年6月24日の理事会指令1988
年欧州経済共同体361号による1990年7月か
わしている。これは,景気循環に沿って当該国
景気が拡大する際に,財政支出を引締める度合
ら適用されている。
いの強い由と逆にそれに対処するために財政支
もともと中東欧諸国の金融セクター一は従来ほ
出を拡大する国と対応が異なっている。概し
とんど西欧の金融機関に支配されてきた。2003
て,危機が深刻化し,IMFの政策に従う国ほ
年以降世界的な金融市場での過剰流動性に加
どプロサイクリカルな政策を採訓頃向が見られ
え,中東欧への投資ブームが拡大,2004年か
る。これは,結果的に景気悪化を加速化し,財
らのEU新加盟国であるバルト3国,チェコ,
政収支改善を遅らせる1jズクか高まる。
ハンガリー,ポーランド,スロバキアなどへの
ハンガリー,リトアニアでは公務員の給与削
投資は大幅に拡大した。こうした申,西欧・北
減が2009年に実施されるのに対し,ポーラン
欧の金融機関は多額の資金を融資し,中東欧で
ドやスロバキアなどではなんら引下げに踏み
の投資を支えた。EU域内での金融・資本取引
切っていないほか、チェコやブルガリアでは逆
の自由化がこうした動きを加速化した。金融自
に10%の引上げを行った。これは,財政収支
由化はブーム時の資金流入を引き起こすが,景
の一時的悪化は容認し,景気回復を重視するカ
気動向に左右されやすく,一気に資本が逆流,
ウンター・サイクリカルな政策である。
流出するリスクが高まる。2008年秋以降の世
資本流出入は本来プロサイクリカルであるた
界的金融危機によって,欧米金融機関のバラン
め,そのリスクを緩和するためには,資本流入
スシートが悪化し,中東欧諸国からの資金の回
に関して監督や規制をある程度強化する必要が
収,引き揚げが急速に進み,外貨準備が減少,
ある。アジア(タイ,インドネシア,マレーシ
当該国の景気悪化が進んでいる。
ア)ラテンアメリカ(アルゼンチン,ブラジル)
一5一
[愛媛経済論集 第29巻,第1号,2009]
など一連の「資本収支危機」経験国では,・当時
かった(図9)。
に比べ経済ファンダメンタルズの改善,外貨準
一方,ハンガリーはユ」口加盟を目指し,フォ
備高蓄積,債務状況の改善などに加え,資本監
リントを事実上ユー口にペッグしてきた。「公
視体制の強化をはかってきた。このため,2008
式」には2001年よりそれまでの通貨バスケッ
年秋以降の世界的金融危機の中でも,危機的状
ト制からERM Iによって上下ユ5%までの変動
況に陥っている国は少ない。一方,基本的に域
幅は容認されるが,実際はユー口に固定したた
内の資本自由化が原則となっているEUでは新
め,実質実効為替レートは2000年から変動相
加盟国の中東欧・バルト3国ではこうした為
場制に移行したポーランド通貨ズロチに比べて
替・資本取引制限はそもそも成り立たないこと
も上昇幅は大きかった。ハンガリー・フォリン
になっている。こうしたことも最近までの危機
ト通貨の実質高が進む申,ようやく2008年2
が拡大した大きな背景とならている。
月に変動相場制に移行し,若干是正されたもの
の,それまでに事実上ペッグしてきた通貨リス
2.2通貨リスクの過小評価
クの過小評価が進み,フォリントの上昇を見越
危機の深刻化は通貨固定の度合いが高い国ほ
して企業向けのみならず家計の長期借入なども
ど大きい傾向がある。そして,為替リスクの過
増加した。
小評価が進み,民間借入が増加する傾向がある
さらに,ラトビアでは,2005年1月から通
(図8)。ユーロヘの通貨統合への対応は各国
貨ラットはユー口とペッグして以来実質実効為
異なっており,既にスロバキアやスロベニアは
替レートはバルト3国の申で最も急激に上昇
ユー口加盟しているが,チェコやポーランドで
し,2003年末から2008年末まで(5年間)に
は変動相場制を採っており,EMUには参加せ
50.7%もの上鼻を記録している。これに対し,
ず,金融政策の自由度を確保している。ポーラ
エストニア・クルーンの実質実効為替レートは
ンドの場合,通貨ズロチは1999年まで主要通
同期で22.O%にとどまっている(図ユ0)。ラト
貨バスケットに基づくクローリング・ペッグ制
ビアの場合,エストニアやリトアニアのように
を採用していたが,早い時期(2000年4月)
カレンシーボード制ではなく,単にユー口に
から変動相場制に移行した。このため,ズロチ
ペッグしているのみであり金融政策の縛りが緩
の一方的な実質実効為替レート上昇はみられな
いため,インフレ進行とともに実質高に伴う通
‘船
図8 民間融資伸び率(中東欧)
図9 中欧実質実効為替相場
(2000=100)
100
160
150
140
130
120
110
100
90
80
70
60
gu ngary
80
一一
+ROmani目
60
十1〕o1and
−Laをvia
40
20
一20
2007 2008
2009
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008
注:過去3ヵ月移動平均比
出所:WBO(IMF)
出所:IIP
一6一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
貨のミスアラインメントが起こりゃすかったと
3.1MFプログラムの問題点
いえる。このように,ペッグの度合いが大きい
通貨ほど実質高が進みやすいということは
経済状況の悪化を背景に,2008年11月以降
ユ990年代のアジア危機やロシア危機などの場
ECBやIMFなどからの支援を受ける国が増加
合とほぼ同様である。
している。これらの国(ラトビア,ハンガリー,
このことは,CDSスプレッドによるリスク
ウクライナなど)には①経済白由化とともに金
度の度合いは通貨を固定していた国ほど高く,
融・資本自由化を徹底したこと,②通貨を事実
為替が柔軟な国ほど対外借入比率(全信用供与
上固定したため,実質高が急速に進んだことな
’のうち対外借入の割合)は低いことでもわかる
ど共通点がある。例えば,中欧のEU新規加盟
国であるチェコ,メロバキア,ポーランドなど
(図11)。例えば,2009年3月の水準では,ラ
トビアは756bp,エストニアも鴉8bpであった
では為替制度は原則的に変動相場制となってお
のに対し,チェコやポーランドではそれぞれ
り,ペッグ制をとるハンガリーやバルト諸国と
276bp,320bpの水準にとどまっていた。
は異なっていた。しかし,これまで金融・資本
自由化やペッグ制を中心とした通貨制度を推進
してきたのもIMFの基本的方針であった。
図10バルト諸国実質実効為替相場
(2000=100)
本章では,以下のように欧州諸国における
140
IMFのプログラムや調.査・研究でのいくつか
130
の問題点を採りあげる。
120
110
3.1金融・為替・マクロ経済上のリスク評価
100
IMFは定期的に加盟国のサーベイランスを
90
実施しており,当該国のリスクを把握して適切
な政策を助言できる立場にあるはずであるが,
80
結局最近に至るまでその役割を充分果たせてい
フ0
60
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008
表2:1MFプログラム(1997∼2001vs.2008/9)
出所:I皿
承認期日
図11対外依存度とリスク(CEE)
期間
融資額
[%GDP
(10億㌦)1
比12
ハンガリー
ウクライナ
2008.11.5
800
ラトビア
2008.12.2327ヵ月
24
3.08
700
ルーマニア
パキスタン
2009.3.25
24ヵ月
17.1
4−OO
(bp)
600
」アイヌラシF一
2008.11.6
2008−l1.24,123左月2面ε11η百πカ月一一一
1
タイ
1997.8.20
インドネシア
199フ.11.5
400
韓国
1997.12.4
300
1998.12.2
ブラジル
アルゼンチン2000.1.12
500
17ヵ月
24ヵ月
34ヵ月
36ヵ月
36ヵ月
36ヵ月
36ヵ月
15.7
6,37
16.4
4.14
10.8
2.1
5.52
3.9
0.88
10.1
3.32
15.5
1.33
18.1
1.03
14.O
1.74
200
注1:当初承認額
100
21対GDP比は承認年を基礎に年間分の融資で算
定。
0
3:他にベラルーシ(25億㌦),セルビア(5億ドル),
CZ PL HU 8G LT EE LV
柱1ハンガリーは2008年2月迄事実上固定
アルメニア(5億㌦),モンゴル(2億ド、レ),ガボ
ン(1億㌦)等。
出所:nF WEO(2009.4)
出所1IMFにより筆者算定
一7一
[愛媛経済論集 第29巻,第1号,2009]
ない。
年次レビュー報告(IMF,2008b)では変動制
IMFは,2008年9月の「リーマン・ショッ
に移行したために為替上昇は抑制されるとの見
ク」後の2008年10月に欧州地域の経済報告書
通しの下に更なる金融引き締め(金利引上げ)
(European Economic Out1ook October2008)を
を勧めた。しかし,実際にはフォリント相場は
発表しており,その中で,経常収支赤字拡大の
2008年夏まで上昇した。これはあくまで金利
中で各国の脆弱性についての分析を行ってい
差に基づく資本流入によるものであったと考え
る。しかし,同報告書では全体的に通貨の実質
られる。当時,IWは為替変動要因を主に財
高の問題を正面から採り上げず,深刻なリスク
政収支赤字問題を中心にハンガリー経済の脆弱
と警告していなかった。さらに,中東欧のEU
性を示していたが,実際に為替相場は財政収支
加盟国については,景気悪化の問題に対し,適
問題によって変動したのではなく金利差に基づ
く資本流出入の動きに左右されたのではないか
切なカウンターサイクリカルな措置を揺れば乗
り切れるという楽観的論調であり,世界的金融
とみられる。
危機の発端となった9月中句のリーマン・
マクロ経済予測でもリーマン・ショックの発
ショック直後に発表した報告書としてはリスク
生した2008年9月当初の公表値では,GDP成
の分析は不十分であった。
長率は2008年にプラス2.0%,2009年には
各国別では,ハンガリー・フォリントが2001
2.8%を達成できるという極めて楽観的な見通
年以降事実上ペッグ制となったことで実質高が
しを示していた。しかし,金融危機発生後の
2008年夏まで進んだが,その通貨リスクにつ
2008年ユ1月プログラムでは2009年のハンガリ
いては1MF報告書では十分認識されていな
かった。2006年の同国通貨に関するIMF報告
ーのGDP成長率予測値はマイナスユ.1%と下
方修正し,さらに2009年3月にはマイナス
書(IMF,2006)でも,同国の財政赤字などが
3.3%,5月には同6.7%と相次ぎ大幅下方修
背景となって一時的にフォリントが弱含んでい
正を余儀なくされている。
ると説明した。しかし,2007年になり再び通
このように適当な目標値を定めるものの,景
貨が上昇したため,2008年2月に変動相場制
気悪化に伴い目標達成が困難となったため修正
に移行した。このとき,インフレ率は既にピー
するという方法は,アジア危機でも頻繁に行わ
クを過ぎていたが,IMFは2008年9月公表の
れてきた手法であり,事後的に予測値を修正し
図12−1
(%)
(%)
(トlF/$)
14
13
図12−2ハンガリー対ユー口相場と金利推移
ハンガリー対ドル相場と金利推移
14
100
11
200
250
250
8
300
7
300
6
5
4
(右軸)
9
7
6
フォ1」ソト相場 200
10
9
8
150
12
150
11
10
100
13 基本金利(左軸)
基本金利(左軸) フ方1」ソト(右軸)
12
(目Fノξ)
350
5
350
4
2000 2002 2004 2006 2008
400
2000 2002 2004 2006 2008
出所:Hu㎎aWNat士。m1B㎝k
出所:HungaryNationa1Ba血
一8一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
図13 ウクライナの為替相場(名目・実質)推移
(2000=100)
(h∼Vnia/$)
1999 2000
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
2009
130
4.0
4.5
120
5.0
5.5
110
6.0
6.5
100
7.0
7,5
90
8.0
柱:2009年の名目レートは8月までの平均。実質実効レートは推定値。
出所:NBU,IIF
ながらも,なお緊縮政策を採らせるため,一層
問に実施しなければ融資が継続されない状況は
当該国の景気悪化と低迷は継続し,財政赤字も
依然としてして続いている・
拡大するのである。
さらに,前記のようにIMFは「楽観的な」
一方,ウクライナ(2008年11月にスタンド
経済予測を行いがちであり,その予測値を元に
バイ取極承認)の場合,2000年代に入り2008
財政収支目標を定めれば,必然的に多少厳しい
年までドルにほぼ固定してきたが,通貨フリブ
支出削減を迫ることになる。しかし,実際には
ナが実質高となってリスクが拡大する恐れにつ
景気が予想以上に悪化したため,目標値達成が
いてはほとんど指摘していない(図13)。
困難となり,さらに修正するということが繰り
もちろん,2008年に鉄鋼価格が暴落し,同
返される場合が多い。これは過去においてアジ
国主要輸出品の鉄鋼価格が大幅減少したことも
ア危機などをはじめとして頻繁にみられる。こ
経済状況の悪化につながっていることもあるも
うした緊縮政策をプログラム実施期間中(数
のの,為替の実質高はやはり大きな問題である
年)継続すれば,景気は悪化することは確実で
ことを十分認識して警告をするべきであった。
ある。それにもかかわらず,依然として成長率
予想は極めて甘い(楽観的)ため,必然的に過
3.2経済プログラム実施上の問題
度に緊縮的政策がその都度採用することにな
IMFの融資方針は2009年4月に正式に「改
る。こうしてプログラムの目標は実際には達成
革」され,柔軟に対処することに加え,構造問
できず,一方で実体経済は悪化するため,結果
題に関して融資継続に影響するコンデイショナ
的に全てのマクロ・金融指標も修正せざるを得
リテイである「パフォーマンス・クライテリア
なくなるのである。
(基準)」からはずし,より緩やかな目標値
(benc㎞ark)とするとされている。
3−2.1 ハンガリー
ところが,IMFプログラムにおける基本的
ハンガリーの場合,年次レビュー報告(2008
なフレームワークや分析手法は,国によって若
年9月公表)において,一般財政赤字は2006
干柔軟化しているとの指摘もあるものの,根本
的には相変わらず緊縮政策と財政収支の短期改
年のGDP比マイナス9.2%から2007年は同
5.5%まで改善したため,2008年には同
善に向けた支出削減が中心となっている。財政
3,8%,2009年には同3.2%まで改善できると
収支を厳しい融資条件(パフォーマンス基準)
し,さらに財政支出合理化を求めていた。しか
として維持しているため,結局構造改革を短期
し,2008年11月のスタンドバイ取極では,金
一9一
[愛媛経済論集 第29巻,第ユ号,20091
表3 最近のlMFプログラムの目標値・条件
財政収支目標目
GDP’ キ洲
[2009](%,GDP比)
[2009,予](%〕
当初 2009.4∼1O
当初2009.4∼10
関連必要措置(趣意書)
銀行監督強化;金融安定化諸政策(2009.3)
ハンガリー
ウクライナ
一2.6 .一3.9
十2.8 −6.7
一1.5 −6.O
十4.2 −14.O
銀行リストラ関連法整備(2009.9)
ラトビア
一4,9 −13.O
一5.0 −18.O
財政赤字縮小法案成立(2009.6)
.ルニヌ三z...
.zイろラ次..パキスタ,
起重書公表匡吸明明1,ユ独自二分麺蝸エ則金且引よ(]β地ユ,銀行資生産ム里B哩蔓斑型qg、;工11銀行監督法案[2009.6]・電力料金引上[2009.9]
一2.9 −7.3
一13.5 −13.9
一9,6 −7.5
一3.4 −4.9
十5.O +2.5
注ユ1括弧内は目標達成期日。当初目標・予測値1ハンガリーぽ2008年9月,ルーマニア,ウクライナは2008年7月公表年次報
告書。ラトビア,パキスタン,アイスランドは2008年11月趣意書。アイスランド2009年9月。右欄は修正後の財政収支・
成長率予測値。2009年10月8日現在,アイスランド第1回レビュー審議中で予測値非公表。
2:ウクライナの当初財政収支目標値はフリブナ実額を基に筆者算も
出所1IMFにより筆者作成
利の大幅引上げ,「構造改革」と財政支出の厳
3.2.2 ラトビア
しい削減が含まれ,一般財政収支赤字は2008
カレンシーボード制を採るエストニアやリト
年のGDP比マイナス3.4%を2009年には同
アニアと異なり,単なるユー口とのペッグ制を
2.6%まで削減を追った。しかし,財政赤字は
維持してきたラトビアでは,金融財政政策の規
予想以上に拡大し,2009年の予想赤字幅,
律が失われやすい構造にあった。同国では2008
2009年3月には同2.9%,さらに5月には同
年ユエ月からIMFのプログラムに沿って非常に
3.9%に下方修正している。
厳格な緊縮政策が行わており,財政収支赤字は
2009年のハンガリーのGDP成長率予測値は
2009年に同5%まで認めたが,20ユO年までに
プログラム開始当初(2008年ユエ月)マイナス
同4%を目標値として支出削減が迫られてい
1.1%であったが,2009年3月にはマイナス
る。
3.3%,5月には同6.7%と相次ぎ大幅下方修
ラトビアでは,2009年第」四半期のGDP成
正を余儀なくされている。また財政赤字は予想
長率は前期比年率マイナスユ8%と1991年のソ
以上に拡大し,2009年の予想赤字幅を2008年
連崩壊以来最悪の景気悪化を記録した。こうし
/ユ月にはマイナス2.6%としていたが,2009
たなか,2009年2月に政権交代も起き,金融
年3月には同2.9%,さらに5月には同3,9%
危機以降支援が承認されたラトビア向けスタン
に下方修正している。このように,当初成長予
ドバイ取極(SBA)では,第一回のIMF融資
測が楽観的すぎるため,それを元にさらなる財
実施(トランシュ)以来,2009年4月にはラ
政支出削減も可能であるという立場から,結果
トビアの財政収支赤字がGDP比5%以上とな
的に必要以上に厳しい緊縮政策を強いられるこ
ることを理由にIMFはスタンドバイ(SBA)
とになる。
第二次トランシュ(融資実施)を棚上げしてき
財政収支改善の一番の効果的なのは景気回復
た。このため,政府はプログラム継続による融
であることは各国の例を見ても明らかである
資を受けるため,6月16日に2010年度までに
が,IMFは何一つ有効な提言をせず,単に緊
GDP比4%もの削減をはかる法案が成立した
縮政策を適用させるのである。この点で参考に
が,これは明らかにIMFから融資を受けるた
なるのは,世界的金融危機発生後,東・東南ア
めの条件であった。実際,2009年6月ユ6日の
ジア諸国では一斉に財政支出を拡大し,景気浮
IMFの公式コメントがあり,「議会での財政関
揚策を採ったことが比較的短期の景気後退にと
連法の通過を見守っている」との事実上圧力と
どまったことが指摘できよう。
も受け取られるものであった。このように小国
一10一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
に対して財政収支均衡への圧力を継続的にかけ
もかかわらず,通貨切下げ圧力が高まる中,輸
続けるのは,従来通りのIMFのやり方である。
出競争力の回復を促す通貨切下げによる実質高
さらに,実際に融資にかかわった北欧(スウェ
の是正については,全く公式にプログラムに入
』デン)の銀行などは通貨切下げリスクを回避
れていない。これは,当該国の景気回復とそれ
するように要請してきた。
による外貨準備の積み増しや経済安定化の効果
当初,EUの意向も財政収支均衡であった
についてほとんど考慮していないことを示して
が,EU側は2009年6月下句に12億ユ]口支
援に合意したが,IMF側は更なる公務員の給
いる。
与20%,年金ユ0%削減を求めている。その公
312.3 ウクライナ
的支出削減のあおりを受けて,実際に公務員の
ウクライナでは,2008年11月一に外貨準備が
給与は35%削減され,教師の約1/3は解雇さ
急速に減少したことからIMF支援を求め2008
れる模様である。こうした政策は経済安定化の
年12月にスタンドバイ取極が承認された。同
目標を達成させず,むしろデフレ・スパイラル
国でも厳しい緊縮政策が融資のコンデイショナ
を引き起こす可能性もある。すでに同国では
リテイとして要求されており,数量的な目標値
2009年のGDP成長率は前年比マイナス18%と
として外貨準備高水準,べ一スマネー上限,財
予測さ札ており,財政支出削減でますます景気
政赤字縮小などこと細かに設定された。また,
が悪化する中,財政収支改善は見込めない状況
融資前に為替制度の変動相場制への移行,中央
に陥っているにもかかわらず,IMFはこうし
銀行の規則改定が迫られ,さらに厳しいコン
た措置を採っている。
デイショナリテイ(パフォーマンス・クライテ
一方,通貨制度の面でみると,ラトビアでは
リア)として財政赤字幅縮小を定めた財政案の
通貨(ラット)がユー口・ペッグされているた
成立,銀行の資本規制とリストラの実施(2009
め,2005年以降急速に実質高が進んでいた
年6月期限)など急激なリストラ策が盛り込ま
が,金融危機発生後は通貨の下落圧力がさらに
れた。
高まっているにもかかわらず,現在に至るまで
IMFのプログラムでは,非常に楽観的な経
IM言及び欧州委員会は通貨切下げを勧告せず
済予測(2009年のGDP成長率を4.2%)を基
現状のペッグ制を支持している暮これは2009
に2009年半ばの経済安定化を前提に厳しい財
年ユ月に作成されたIMFの報告書をみても明
政規律を課し,2009年末に財政収支をゼロに
らかである。「固定相場制から切下げを行うこ
するよう求めた。しかし,2009年2月末のIMF
とは国内及び欧州委員会からの反対がある。」
(IMF[2009a]p.ユO)と述べているが,一方
との交渉では実現不可能な目標は修正さ
れ,2009年5月の第一次レビューでは景気悪
で通貨切下げは多大なバランスシートの悪化を
化に伴い2009年の財政赤字をGDP比4%ま
生むリスクについて指摘し,結局強いコミット
で認め,それを前提に銀行支援も盛り込まれ
メントはしていない。このように,IMFは,
た。さらにその後,9月には財政赤字予測値を
財政緊縮をコンティショナリテイとしているに
同6%まで下方修正した。こうしたわずか数ヵ
月でプログラムの軌道修正を迫られることにみ
ユ)2008年金融危機発生までラトビアなどバルト諸国
に対してスウェーデンなど北欧の金融機関による貸
出が急増していたため,通貨(ラット)の切下げが
合理性を持つにもかかわらず,金融機関は切下げに
反対していた(Engstraem2009)一MFは,こうした
債権者としての金融機関の意向を無視することはで
られるように,その内容は非常に信頼性が低い
といわざるを得ない。
親西欧の大統領と親ロシアのティモシエンコ
首相の政治的対立も加わり,2009年4月に再
開が合意されるまで一時融資交渉が中断した。
きないようである。
一1ユー
[愛媛経済論集 第29巻,第1号,20091
2009年7月下句にようやく第二次レビューが
資本取引への監視強化及び規制が導入されてい
終了したものの,今後実体経済の悪化に伴い政
れば,世界的金融危機の影響ρ深刻化はある程
治・社会的にIMFプログラムの実施は困難と
度避けられた可能性がある。ただし,多くの中
なることが予想される。
東欧諸国は新EU加盟国であるため,域内資本
自由化の原則が崩せないこともあり,規制はほ
とんど政策の選択肢になかった。
4.「資本収支危機」経験国(アジア・
ラテンアメリカ)との比較
一方,従来自由化を推進してきたロシアやカ
最近の中東欧では為替・資本取引の完全自由
危機の打撃を受けながらもIMFプログラムに
化,さらに為替安定化を目指すペッグ制といっ
拠らず持ちこたえてきた。これらの国々では国
た,従来IMFがプログラム実施上推進してき
内で資本規制導入の動きや論議が本格化してい
た政策を継続した国ほど危機的な状況に陥って
る。
ザフスタン,ブルガリアなどでは,欧米の経済
いる。こうした点について,本章では為替制度
現在新EU加盟国の金融機関はほとんどドイ
や金融・資本規制について他地域の資本収支危
ツ・オーストリア,北欧など外資系に支配され
機を経験した国々との比較をしてみよう。
ている状況にある。地場の金融機関が育成され
ない限り,外資系銀行に依存する構造は変わら
4.1為替・資本取引規制
ず,資本監督強化をするとこれまでの民間企業
EU新加盟国であるチェコ,スロバキア,ハ
の資金調達に支障が出る恐れがある。従って,
ンガリ],ポーランド,及びバルト3国(エス
当面こうした国々では資本取引に関する監視・
トニア,ラトビア,リトアニア)は世界的金融
監督強化を実施しながらも,注意深く規制・監
危機の影響を特に大きくこうむったが,他のア
督を誘導する他ないであろう。中長期的には地
ジアやラテンアメリカの新興国では,深刻な危
場の金融機関を地道に育成し,国内資金を国内
機には至っていない。何がそうした違いを生ん
投資に向けるようなメカニズムを構築すること
だのであろうか。それは,アジアやラテンアメ
が重要であろう。
リカ諸国ではユ990年代以降の「資本収支危機」
を経験し,為替・資本取引の監視体制が強化さ
4.2為替制度1主要通貨ペッグを「脱却した」
れたこともその背景の一つである(表4)。
アジア・ラテンアメリカ通貨
新EU加盟諸国では,2000年代に入り,ほ
欧州移行諸国では,全体的にユー口・ペッグ
とんどの金融・資本規制を撤廃した。これは
に伴うリスク過小評価に伴い実質実効為替レー
IMFが助言をしたことも大きな影響を与えて
ト上昇が進む国がある一方,変動相場制を採用
いるとみられる善その結果,クロスボーダー
した国と状況は二極化している。既にユー口圏
の資金移動が活発化したが,同時に資本流出入
に入ったスロベニアやスロバキアを除き,変動
による為替リスクも高まった。2007年までは
相場制を採用した国(ポーランド,チェコ),
同地域への資本流入は大幅に増加していた
ユー口・ペッグを推進した国(ハンガリー,バ
が,2008年金融危機以降の流出に歯止めがか
ルト)と状況は二極化しており,後者で危機が
からず多くの国で外貨準備が不足,対外債務も
深刻化している。
拡大した。従って,欧州でもそのような為替・
世界的な金融バブル(2003−2007/8)の期間
までに変動相場制(管理フロートを含む)に移
2)例えば,中東欧5カ国(チェコ,ハンガリー,ポ
ーランド,エストニア,スロベニア)の通貨制度に
行していた国々(チェコ,スロバキア,ポーラ
ンド)では,通貨の急激な実質高は回避され,
ついて分析したIMF(2000)参照。
一ユ2一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
表4: 各国の為替制度と資本取引規制
為替・資本
取引規制
通貨危機(変更)
時期
通貨バスケット(DM60%:ドル
奮=。.甦資19P万ヨ生士呉よ’圭字一…童些撃λ..
一部資本取引規制
ト)
{9型i金星ヒ上...............
通貨’ベスケット(ユー口100%)、如一リ
2001年5月4日
ング・ハンド(変動幅=上下2.25%
ブルガリア
一部為替規制(居住者法人の内外投
変動相場制(管理フロー
ト)
止菱覇福葛刮悟理フ日ニ
通貨バスケット(DM65%;ポル
35%)、公定レート
ポーランド
現在(最近)の制度
為替制度変更
以前の制度
合計4.5%)
型q些E2月2色目」.
通貨バス与す町;πこ己Mこ禾,
2000年4月(変動
原則自由、OECD非加盟国に一部為
卜1jE。.§E)雀勤璽定........
制移行〕
資堅亘唯一理....、......
1999年1月
国内外貨決済可能(2000年∼)
カレンシーボニド制(当初
Lev922.41=DM1)1997/7/1
変動相場制(管理フロート)
カレンシーボード制(8Kroon
‘」芋り=Pψ..............
ペッグ(Lats(LVL)三SDR
カレンシーボード制(4Lit昌s
(LTL)=uS$)
ケヨコ了ニヴス,ヴII一
『瓦5軍’’I’I’’
型q暁ユ1.月....
颪貞盾蕾て亡曼0曲1…二τ蚕禾二為替取引
揖担峻黄剋.......
外貨建て有価高正券の流通、居住者1こ
よる外貨建て有価証券の購入、居住
者発行有価証券の非居住者による購
入認可必要;資本移動に関連外貨取
引は実施前1=中央銀行への登録必要
管理フロート(当局が決
定)
アル坦シチン.....
九レンジ=ボ=ド割
プ表ル.......
ク1ロー,∠シグ=ペッグ1二二二
ヌキジコ
鳥著工手幅霞更」
2002 1
...管理2旦一ト....
1994 12
変動相場
△
△
o
二部為替資本取可制限導ム里90量コ
ニ亜分野で現劃i死貨巨摩1塞看到瞑11
一目’由、一需廠蚕〔
道貨ハニ砂山車室よ山企)り、
管理フ旦寸(為替変動幅議定工止」
管理フロート〔為替変動幅言変更)
..9.......
◎
注1:多くのエマ]ジング諸国では変動相場制下でも実際には当局が為替の上下幅を非公表で設定し管理している可能性が大き
い。*最近オフショア勘定に与信制限導入。
2:為替・資本規制は自由度最大が◎であり,△は規制あり。
3:2008年王ユ月以降,IMFプログラムに合意した国々は黄色で示す。
出所:IMF“A㎜ualReport㎝Exoha㎎eAmngem㎝tsandExohangeRo岳tricti㎝畠”,JETRO等より筆者作成
最近に至るまで危機的な状況に陥っていない。
られるように,通貨の柔軟性が増していること
欧州新興国通貨の主要通貨(米ドル,ユー口,
が示される。
日本円)に対する(スイス・フランを介した)
2000年まで米ドルと有意に推移していたロ
回帰式の結果を見ると,ハンガリーの場合,
シア通貨(ルーブル)でも同様で,2008−09
2008年以降急速にユー口との連動性を強めて
年の決定係数は2003−04年に比べ低下してお
いる(表5一ユ)。これをみると,ユー口を説
り,有意でなくなっている。
明変数とする回帰式の係数は200!−2004年に
」方,ラテンアメリカのチリでも主要通貨に
0.0472であったが,2008−09年には2.5324と
対する回帰式の決定係数は著しく低下し,2002
なっており,有意である。これに対し,チェコ
−04年のO.2987から2008−09年のO.1075と
の場合,ユー口との連動性については係数が
なっている(表5−2)。ただし,ブラジル,
O.5869から一ユ.274まで低下していることにみ
メキシコでは円との逆相関の関係がみられ,そ
一13一
[愛媛経済論集
第29巻, 第ユ号,
20091
表5−1
2001−2004
Dollars Yen
欧州新興諸国の通貨と主要通貨の相関
2008−09
Yen Euro
2005−200フ
Euro
DoHars
Yen
EurO
−O.0654
O.0546
O.63346
1.0930
−1.1909 −1.2737
0.58562
(O.9338).
1.6209
Czech
O.3771 ‡ 一〇.0375
O.5869
(Koruna)
.一幽19)一円.申一盤28)
(O.6028)
Dollars
AdI.R2
Hungary
O.6189#紳
一〇.0226
O.0472
(Forint)
(O.2194)
(O・2駕1)
(O.6092)
0.1354
0.0737
1.3544
(O.4592)
0.1159 2.5324綿ヰ
一〇.2913
.(9=葦亨側」
」(9=.亨§07)
Ad一.R2
Poland
O.8418ヰ料
一〇,2859
O.0015
(Zulooy)
(O.2166)
(O.2223)
(0.6015)
0.1379
0.1473
一〇.0756
一〇.2855 1.8617神
(O.3睾.6g)」
(0・3693) (ρ・骨71.蔓!.
1.5675
Ad一.R2
Romania
O.4770榊‡
(Lei)
(O.1514)
O.1693
O.0339
(O.1554)
(O.4205〕
0.3934
一〇.0244
2.2082軸
、.(9珊6〕
一0.0702 1.5822申榊
O.1693
(O.2147)
(0.37戸刀」.
O.3982
一0.1803 0.7764
卵P24)
.(ρ・6291).
Ad一.R2
Russ1a
O.7589#‡‡
(Rouble)
(O.0613)
O.1017
(O.0629)
O.4438紬
O.5666‡料
0.0581
0.6432**
(O.1702)
Ad一.R2
注ユ
2
括弧内の数値は標準誤差。2008−09年は2008年1月から2009年ユ王月まで。
各通貨の変動を説明する主要通貨を説明変数とする回帰式は△lOg.1口m己
冊=・汁・1△109・u;王柵十日・△109eJPWR+・1
△1o9・訓冊柵十εt
出所1 IMF,ECB,BOJ,IIFにより筆者による算定。
表5−2
アジア・ラテンアメリカ主要国の通貨と主要通貨の相関
2002−04
Dollars
Argentina
(Peso)
−O.5110
、..‘.1.・1」、!P{)」、、」.、..
Yen
2008−09
2005−07
Euro
Dollars
1.8619
3.0383
O.9901非柵
(1・3郷ユ.」..
.(3・1例.)
(O.1104〕
Yen
Euro
Do11ars Yen
O.0619
O.3192
(O.1553)
(O.3365)
(9・15011
1.0597
ヰ‡‡
@一〇.1700
Euro
O.11226
C.27094
Ad・.R2
Brazil
(Real)
1.5227軸
(O.6112).」.」」..」
O.2196
(O.7616)
1.4157
1.3523ヰヰヰ
一〇.1505
1.2356
O.9138‡ヰ
一1.0829柚‡ 1.2487中
庄(1・理{).、.止
(O.3732)
(O.5250〕
(1.1372)
(O.3981)
(O・3800) (O・蔓g1O)
AdI.R2
Mexico
O.9711#柚
(Peso)
(O.1834)
O.0339
0.3271
(O.2286)
(O.5187)
O.4987
0.5228
(0.6906)
1.1452拙‡
一〇.0201 0.2317
O.7384神
一0.5344中 1.2724紳
(O.2007〕
(0.2量23) (0.6116)
≡:、鰐9)
(0.2η7) (ρ。与q50〕
1.1821#柚 一〇.5933* 一〇.0305
O.5252
一〇.4945 0.1785
(O.2395) (O.3369〕 (O.7297〕
…姜(04g{5〕
.;9・鯉3).
O.9597
一〇.0352 −O.0998
.、!ρ・0479!....
..(岬言2).
Ad一.R2
舳灘鱗嚢綴灘萎嚢馨
Chile
O.5773申‡
(Peso)
!ρ=2艘
Ad一.R2
1灘1鱗灘萎鱗嚢一一難綴.講一…灘灘鱗萎灘籔
China
1.OO08
一〇.0008
(Yuan)
(0.0006〕
(0・0g宴7)
一〇.OO04
0.9755
O.0163
O.2593
(O.0435)
(0・0612)
(O.1326)
Ad一.R2
Indonesia
O.6560料申
(Rupiah)
(O.2140)
0.9520‡耕
O.2492
O.6865
(O.2666)
(O.6051)
(O.2090)
O.1838
(O・2豊蔓g)
1.7688紬非
(0.6367)
O.3042
(O・336字!.
一0.4188 0.6820
(O・3209) (9型7〕
Ad一.R2
Korea
O.7394#‡
一〇.0512
一〇.0876
O.7825ヰ神
(Won)
(O.1845).
(O.2299)
(0.5217).
(O.1530)
O.1443
0.2676
O.0122
(0・級…一〕
O.9675紳
(O.4663〕
O.2415
(9二33争睾)」.
一0.2726 1.3783紳
(O・3187〕 !O・5795)
Ad一.R2
Thailand
O.7004紳#
(Baht)
、.」(O・凹.!
Ad一.R2
Malaysia
1.OO00‡坤
(Ringgit)
(O.OO00)
O.62フ2#申* 0.1980 1.1588‡#
O.6303非非申 0.0635
嚢榊軸■撒灘盗鮎…姦
(O.1η2).
0.OOOO
O.0000
(0.0000)
(O.0000)
Ad’.R2
一〇.1052
.(具、2書94!
O.6272‡紳
O.1980 1.1588榊
0.5033
O.0297 0−2433
(O.1456)
(0・20個 (O・4437)
萎≡(O・岬・
,!ρ。1988)
.灘灘麗灘11
注1 括弧内の数値は標準誤差。2008−09年は2008年1月から2009年1ユ月まで。
2△1.9押冊㌧鋤十・1伸u昌雪用FR+趾△1oge』PY一一宮I;R+曲9ボ岨冊十ε1
出所:IMF,ECB,BOJ,IIFにより筆者による算定。
一14一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
図14NominalAMUDeviationlndicators
(benchmark year=2000/2001,basket welght≡2004−2006,dally〕
(職
40
30
20
10
“^..,}㌧’バ・1■:㌦へ〆1
, Malay島1目
一10
一20
一30
一40
z
圭圭圭走去圭圭圭圭圭喜主業主圭杢圭圭圭圭圭喜走去圭圭≒缶
出所:経済産業研究所HP
れぞれ有意となっている。このように,米ドル
定化の兆しがある。また,最近ではアジア危機
にほぼ関連して動いてきたラテンアメリカ通貨
(ユ997/8)当時のようにほとんど米ドルにペッ
も最近では多様な動きをしており,全体的にラ
グしていた状況は既に過去のものとなり,上記
テンアメリカ主要通貨も柔軟性を増している・
のようにアジアでは為替制度の柔軟化によっ
主要通貨に対するアジア各国通貨の回帰式で
て,為替・資本取引の監視体制強化と相まって
は,2002−04年まではほとんどの通貨が米ド
アジア地域での通貨危機の再来を防止している
ルとの相関性があり有意であったが,2008−09
ことに貢献していると考えられる。
年には(調整済み)決定係数(Adj.R2)をみて
も多様化している。2005年7月まで米ドルに
5.危機回避に向けた有効な手段
ペッグしてきたマレーシア・リンギも最近で
は,回帰式の(調整済み)決定係数(Adj.R2)
以上のように新EU加盟国である欧州移行国
も2008−09年にはO.6068まで低下している碧
を中心とした最近の全融危機の経験から以下の
さらに,アジア共通通貨指標(図!4)をみ
結論が得られる。
ると,アジア通貨は主要通貨(米ドル,ユー口,
第」に,為替制度選択の重要性である。世界
円)に対して」時拡大したボラティリティも安
的な金融バブル(2003−2007/8)の期間までに
変動相場制(管理フロートを含む)に移行して
いた国々(チェコ,ポーランド)では,通貨の
3)中国人民元は,2008年7月より2009年王O月まで
急激な実質高は回避されたため,大幅な通貨の
米ドルにほぼペッグしていたが,再び米ドルに対し
柔軟な為替相場となっている。上記(表5−2)人
実質高などミスアラインメントは避けられた。
民元に関する図解式では2008年前半までの状況も反
この結果,最近に至るまで危機的な状況に陥っ
映しているとみられる。
一15一
[愛媛経済論集 第29巻,第五号,2009]
ていない。これに対し,通貨を固定(ペッグ)
変動する為替制度を改めるという方法である。
していた国々(ハンガリー,バルト3国,ウク
これまでは,通貨を固定し,資本移動を自由
ライナ)では,為替リスクの過小評価とともに
化していたため,金融政策の自由度は非常に限
資本の過剰な流入によって,2008年秋以降の
定的であった。特に,本来通貨切下げが当面の
金融危機によってその逆流が進み,大きな打撃
危機脱出には望ましい政策であっても,政治的
を受けている。特にラトビアでは過去数年の実
な理由などで採用されない状況にある。
質実効為替レートの上昇が大きく,ウクライナ
従来ユー口への早期加盟を目指して新EU加
でも2008年以降急速に通貨のミスアラインメ
盟国では各国ともERMnなどに基づく通貨・
ントが進んだ。
為替政策を進めてきたが,最近の金融危機の影
第二に,金融・資本取引を全く自由化した国
響で当分棚上げせざるを得ない。このため,今
では,資本流入が急激に拡大し,その反動もま
後は金融財政政策の自由度を拡大するために,
た非常に大きく経済・金融市場に大きな打撃を
通貨バスケット制の採用などより「柔軟な」為
こうむっている。その一方,ある程度の為替・
替相場制を検討する必要があろう。すなわち,
資本取引監督や規制をした国ではその度合いが
通貨固定の度合いを弱め,金融政策の自由度を
少なかった。
確保する方法の検討である。
上記の点は,ユ990年代に本格化したアジア
特に新EU加盟国ではクロスボーダーでの資
危機などの「資本収支危機」で既に示された教
本移動が大きく,金融セクターも外資に依存し
訓であり,現在の国際金融では「常識化」して
ている割合が高いため,急な資本規制は困難で
いることである。したがって,今後とも,極端
あるという事情を考慮すれば,当面この選択肢
な資本の外資依存のリスクを十分に把握した上
は採用されやすいかもしれない。
で,地道に地場の金融機関の育成とともに資本
しかし,バルト3国では,為替のペッグ制を
流出入の管理を当局は厳格化した上で,為替相
弱め,変動制に移行する方法は受け入れられな
場については,管理フロートを含む変動相場制
い可能性がある。既に危機的状況に陥りIMF
や中間的な為替制度を改めて評価することも必
支援を受けているラトビアでは,通貨切下げ圧
要であろう。
力が高まる中,政府の判断で固定相場制を維持
従来外資依存で急速に発展してきたEU新加
しているとされる。これは,理論的には通貨切
盟国は,域内の資本自由化を背景にしてきた
下げが合理的であるにもかかわらず,依然とし
が,今後,どのように対処するべきであろうか。
て2013/4年のユー口加盟を目指してペッグ制
「金融のトリレンマ(トリニティ)」の観点か
を維持しようとしていることがあろう。しか
らみると,これまでの「自由な資本移動」,「通
し,これは表向きの理由であり,IMFや貸手
貨の固定(安定)」,「金融政策の自由度の制限」
の北欧金融機関の意向を受け.EU側から欧米金
という状況から,今後は以下の2通りの選択肢
融機関の貸出残高が多いことからラトビア通貨
があろう。
の切下げに反対していることがあると見られ
第」に,「自由な資本移動」をそのまま維持
る。
した上で,「為替制度の柔軟化」と「金融政策
問題は,再度資本の急激な流出入が起きる場
の自由度確保」というオプションである。この
合,再び通貨は不安定化し,結局ユー口加盟の
場合,例えばバルト3国では通貨のユー口・
条件達成ができなくなる可能性もあることであ
ペッグを続けるのではなく,柔軟性を持たせた
る。
中間的な為替制度を維持することになる。例え
そもそも,ユー口加盟の前にペッグ制を採用
ば,通貨バスケット制を採用し,ユー口のみで
させ,ERMnの期問を2年間と定めている現
一ユ6一
中東欧における通貨・為替制度と資本自由化
在の方法は,今日のように国際資本移動が急激
6.おわりに
に変化する時代に適合するのであろうか。バル
ト3国などを含む新EU加盟国では資本移動の
2008年秋以降の世界的金融危機の影響で資
当該国へ及ぼす影響は大きいため,今後こうし
金流入が大幅に減少してきた中東欧の新EU加
た基準の再検討も必要であろう。また,今後ユ
盟国は大きな打撃を受けているが,各国によっ
」口加盟候補国はその前提となるERlM Iへの
てその影響は異なっている。徹底した金融・資
移行は当面見合わせる方が合理的であろう。し
本自由化を実施し,通貨をペッグ制とした国ほ
たがって,貿易相手国の通貨のバスケットに
ど金融危機の影響による打撃が大きく,危機的
沿って為替相場を決定する制度も検討すること
状況に陥っている。その一方,為替制度が柔軟
が必要であろう。また,当該国もERM Iのも
な国ほど危機的な状況に陥っていない。このよ
とで上下15%の為替変動幅があるのであれ
うに対外資金に大幅に依存して投資や貿易を拡
ば,ほとんど固定するというこれまでの方針を
大してきた欧州新興国の例は,改めて資本自由
採らないことも重要であろう。
化と通貨制度の慎重な選択を迫るものといえ
第二に,「為替制度を固定」したまま「資本
る。
移動の制限」を加え「金融政策の自由度を確保」
する方法である。この場合,これまでの外資依
新EU加盟国ではEU域内の資本自由化が進
展する一方,IMFもこうした地域の資本・金
存政策の見直しも含まれよう。これに関して各
融自由化と規制撤廃を後押しした。また,ユー
国の脆弱性を持つ外資依存の金融市場を根本的
口加盟を目指して,ユー口にペッグする国が増
に問い直す必要もあろう。特に当局は,今後銀
加した。バルト3国のうちラトビアは,エスト
行を中心としてクロスボーダーの資金移動に対
ニアやリトアニアのようにカレンシーボード制
する監視・監督を強化し,秩序ある資本取引の
ではなく通常のペッグ制であったことも外貨準
構造を確保する。「とト・モノ・カネ」の自由
備の裏づけがなくマネーサプライを容認するこ
な移動はEUの基本命題の一つであり,EC法
第56条で,原則的に資本移動規制は禁止され
ともできたため,それだけ財政・金融規律が脆
弱であるため危機的状況に陥った。同様にユー
ている。しかし,同第57条2項において,理
口加盟の前提条件となるEMU Iの原則のもと
事会の全会一致で認めた規制については,例外
にほぼユー口・ペッグしてきたハンガリーも債
的な適用が認められている。従って,緊急時に
務拡大に財政赤字の問題が加わり危機的な状況
はそうした例外措置を認めることも重要であろ
となり,IMFの支援を受けることとなった。
う。この場合,直接投資資金の流出入は自由化
このように,資本自由化された上で通貨を
したままで,短期的な資金移動の監視・監督が
ペッグする状況は通貨のミスアラインメントを
問題となる。
進め,リスクを高めることが改めて認識され
当分の間,欧州の金融機関のバランスシート
た。その一方,原則的に変動相場制をとってき
は悪化しているため,新たな中東欧地域への貸
たチェコやポーランドのように柔軟な通貨制度
出には一層慎重となることが予想され,同地域
を採っている国は危機的状況を免れている。こ
の対外借入は減少しよう。しかし,今後とも中
れは為替リスクの過小評価を抑制し過大な対外
長期的には生産拠点の移転は「東方」に移動す
借入が回避されてきたことも関係しよう。
る可能性があるため,FDIの流入は再び拡大す
IMFは,2008年11月以降金融危機の影響を
る可能性もある。従って,直接投資案件に関す
受けた欧州新興国向けにスタンドバイ取極に基
る資本流入に比べ,金融機関による短期民間資
づく融資を実施しているが,ハンガリー,ラト
金の移動に慎重な対応が重要であろう。
ビア,ウクライナなどでは,少なくとも2009
一17一
[愛媛経済論集 第29巻,第1号,20091
年8月までは,従来通りのプログラムの融資形
定化フォーラム(FSF)がG20などをべ一スに
式を崩しておらず,相変わらず「楽観的」な経
新たに改組した金融安定化理事会(FSB)やBIS
済見通しの下に緊縮政策を採用し,構造面のコ
一層協力することが求められている。
ンデイショナリテイを導入している。また,構
一方,新EU加盟国の申で新たにユー口加盟
造調整関連項目が厳しいパフォーマンス基準か
を予定する国に対し,従来のように2年間の
ら目標値に切り替わったとはいえ,マクロ経
ERM I採用をその前提とするやり方は,今日
済・金融財政指標のパフォーマンス基準は依然
のように資本・杞憂市場の自由化が進み,資本
として適用されているため,事実上従来とほと
移動が大幅に拡大してきた状況の中,為替相場
んど変化がない。
制の柔軟一性を残しながらユー口加盟への準備を
これらの国では,景気悪化のために財政収支
容認する姿勢も重要となろう。したがって,為
改善目標は結局達成されず,事後的に追認せざ
替の変動をむしろ前提とするようなシステムを
るを得ないことや,政権交代が起きるきっかけ
採用するなど根本的な見直しが必要であろう。
となったことなどアジア危機でも繰り返された
パターンを相変わらず継続している。
【参考文献】
1MFの根本的な問題は,その変わらない緊
BIS,2009,Quarter1y Review,M且rch2009
縮政策による実体経済の悪化のみならず,目標
Engstraem,Mats,2009,“La付ia’s crisisi1Swedish
の一つである財政収支均衡を達成できないこと
曲。tor,”Open Democracy,J㎜e10.2009
である。これは,過度に楽観的な経済見通しを
Frankel,Je脆ワand Shang Jin Wei,1994,.“Y㎝
もとにしており,為替や金融面でのリスクを充
bloc or do11ar bloc? Exchange rate po1icies of the
East Asian eoonomies,”in T.Ito and A.O.Kmeger,
分に評価していないことから生ずる。例えば,
eds。,Macro㏄onomic Linkage=Savings,Exchange
金融危機発生以前から潜在的リスクなどについ
Rates and Capita1Flows,Chic乱go University Press,
ての早期警戒システムの開発の必要性などが指
295−355
摘されていたにもかかわらず,IMFが従来中
1MF,2000,Exchange Rte Regimes in Advan㏄d
小国での金融資本自由化のリスクヘの警告を徹
Transition Economies− Coping with Transition,
Capital In刊。ws and EU Accession,㎜Po万ワ
底していなかった碧さらに,最近の欧州での
〃∫c〃∬土伽Pαρε州Apri12000
経験をみても,適切な為替相場制度に関する助
1MF,2008a,.Wor1d Economic Outlook,October,
言や調査を十分実施しなかったといえる。
2008
最近になってIMFはようやく金融機関のシ
1MF,2008b,。Globa1 Financial Stabi1ity Report,
ステミック・リスクの拡大と途上国・新興国へ
October2008
1MF2009a,“Wor1d Finance Chi出Back Moves to
の金融危機の拡大について分析を始めたばかり
SupPort R㏄overy廿。m Crisis,”㎜舳ηg0〃伽ε、
である (1MF,2009f)。この点についてもIMF
Apri125.2009
は根本的に融資プログラムの見直しのみなら
1MF,2009b,.Wor1d Ec㎝omic Out1ook,April/
ず,適切な通貨制度に関する研究を徹底するこ
October2009
1MF,2009c,G1obal FinanciaI Stability Report,April/
とが望まれよう。また,IMFは金融・資本自
October2009
由化のリスクを充分認識した上で,関連調査・
1nstitute for International Finance (IIF) data
研究面での協力のほか,国際的に金融面の規
JETRO HP htΦ=〃www」etro−gojp/inde刈.htm1
制・監督について2009年6月に従来の金融安
Moody’s,2009,Web.Sovereign Rating Tab1e
Ocampo and J.E.Stig1itz e(1.,2008,. Capita1Market
4)IMFは2009年ユO月の年次総会でようやく早期警
LiberaIization and Deve1opment.New York=
戒システムのための調査体制を整備するとしている
Ox托rd University Press.
が,まだ方向性を打ち出したばかりである。
一18一
中東欧における通貨・ 為替制度と資本自由化
Ogawa,則i and Taiyo Yoshimi,2008,“Widening
Deviation among East Asian C1血encies,”〃万〃
jつ土sc〃∫∫土。〃戸ρρer08−E−010,March18
Prasad,E,R勾an,R一,and Subramanian,A.,2007,
“Foreign Capita王and Economic Grow士h”,〃。o先加g∫
・Pαρe附0〃万。0η0例たノ。允リf軌 2007,1,153−209
㎜ETI(経済産業研究所),2009,HP htΦ=〃ww.㎡eti.
gojp石P伽dex.htm1
Rodrik,Dani and A.Subramanian,2008.“Why Did
FinanciaI G1oba1ization Disappoint?’’,m1meo,
March2008
Standard&Poors’,Web.Sovereign Rating Table
Stiglitz,Joseph.E.,2000,“Capit且1Market Liberaliza−
tion,Economic Growth and Instabi1ity”,mo〃∂
Dεw王。pm舳サVo1.28,No.6.1075−86.
Wor1d Ba企,2009,“EU1O Regu1ar Economic
Repor=”,February2009
一19一
Fly UP