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ドイツ語圏と中国の刑事施設における 内観法利用の
青山ローフォーラム 第5巻 第1号 2016 年7月 研究ノート ドイツ語圏と中国の刑事施設における 内観法利用の歴史的経緯と現状について 土ヶ内一貴 Ⅰ.はじめに 内観法は自らを見つめる修養法として日本で生まれ、他に類を見ない独特の手法 と効果の点で海外の関心を集めてきた。内観法が本格的にヨーロッパで今日ある形 で導入されていったのは 1980 年石井光によってであった。また行刑機関に対して、 石井光やゲラルド = シュタインケ(Gerald Steinke)の尽力によってニーダーザク セン州を中心とするドイツ行刑、オーストリア行刑の中に矯正処遇法の一つとして 定着していった。ドイツ語圏の刑事施設の中に内観法が定着して 10 年後、今度は 中国で内観法への関心が徐々に高まり、北京刑事施設で試験的な内観研修施行を経 て現在中国の刑事施設の中に内観法が広く取り入れられようとしている。 本稿では内観法が各国に普及していった簡単な経緯と、処遇法としての内観法が 刑事施設で利用されるに至った歴史的展開について端的にまとめている。また本稿 は青山学院大学判例研究所重点課題研究プロジェクト「ヨーロッパ及び中国の刑事 施設における処遇技法としての内観法の現状と課題」の研究成果報告である。そし てプロジェクトの補助金によって、2014 年にドレスデンで行われた第 10 回内観国 際会議に出席して諸報告に接し、また 2015 年春と 2016 年春に上海内観研修所を訪 問した。このときにスタン=トン氏、ウェイ=シウェイ氏、スー=シャオミン氏へ のインタビューを行い、これらに基づいて本稿は書かれている。世界中の内観関係 者の尽力によって、内観法は多分野に渡って活用されているが、本稿では特に刑事 ─1─ 青山ローフォーラム 第5巻 第1号 司法関連に絞って報告する。 Ⅱ . ドイツの刑事施設における内観法の導入過程 ⅰ.ドイツ語圏への内観法の導入 内観研修がドイツ語圏で初めて行われたのは 1980 年で、 オーストリアのニーダー エーステライヒ州シャイプスにおいてであった。ここではフランツ=リッター (Franz Ritter)主催の元で 5 名のヨーロッパ人が内観研修を受けた 1)。このとき面 接を担当したのは石井光で、主催のフランツ=リッターも同時に内観研修を体験し た 2)。この時まで内観法は日本特有の手法であり、日本文化になじまない人たちに は効果が薄いと考える者もいたが、このシャイプスでの内観研修によって、「内観 は日本文化にのみ親和的な手法というわけではなく、国際文化的にも有用な手法で あるということが証明され」3)た。シャイプスでの内観研修は個人の主催によって 始められたが、ドイツ語圏で内観法の利用が広まりはじめてから、刑事施設で特定 の矯正プログラムとして採用されるまでにはかなり長い年月が経過している。 海外の刑事施設で内観法が初めて利用されたのは 1976 年オルデンブルグ州フェ ヒタ刑事施設においてであった。しかしこの時の内観研修は、篤志面接員であった ロター=フィンクバイナー(Lothar Finkbeiner)牧師 4)が個人的な司牧活動として 面接を行っており、刑事施設で行われる矯正プログラムの一つとして行われたわけ ではなかった。この後も例えば 1986 年にオーバーエーステライヒ州のエーレンホ フ薬物依存施設で、薬物依存治療プログラムの一つとして内観法が導入され、重要 な手法として重視されるようになったり、ウィーンのボーディングバッハにある内 気道指圧学校では、指圧師になるための職業訓練学校の教育課程の一つに、内観法 が取り入れられている等、民間の施設においては内観法が利用されていたが、刑事 施設で内観法が利用されるのはより後のことであった。1995 年にはヨゼフ=ハル 1 ) Sabine Kaspari/Margit Lendawitsch/Franz Ritter, Naikan Eintauchen ins Sein 50 Jahre Methode Naikan Neue Wege zu sich selbst finden, Norderstedt, 2015, S.299. 2 ) Bindzus,Dieter/Ishii Akira, Strafvollzug in Japan, Köln, u.a.1977, 76. 3 ) Kaspari/Lendawitsch/Ritter, 前掲注( 1 )S.300. 4 ) フィンクバイナーは 2006 年から南アフリカ連邦の最重備刑事施設で定期的に内観研 修を行っている。 ─2─ ドイツ語圏と中国の刑事施設における内観法利用の歴史的経緯と現状について テル(Josef Hartl)とフランツ=リッターにより、オーストリアのゲラスドルフ少 年刑務所で内観研修が行われ、2005 年と 2006 年にも内観研修が行われた 5)。このよ うにして内観法の利用は内観法が初めて伝えられてから徐々に拡大していき、現在 ドイツに 4 か所、オーストリアに 5 か所の内観研修所が作られている 6)。 ⅱ.ドイツの刑事施設(JVA)への内観法の導入 ドイツにおいて、内観法が矯正プログラムの一つとして取り入れられるように なったのは 2003 年のことである。ニーダーザクセン州矯正局長であるモニカ=シュ タインヒルパー(Monika Steinhilper)は、当時のニーダーザクセン州司法大臣ク リスティアーン=ファイファー(Christian Pfeiffer)の指示により、2001 年、タル ムシュテット内観研修所長のゲラルド=シュタインケのもとで内観研修を受け た 7)。シュタインヒルパーの体験を受けて、2001 年ニーダーザクセン州司法省は、 内観法の効果がドイツの受刑者に対しても効果があるのか否かを確認するために、 ゲラルド=シュタインケに対して、2001 年 12 月 17 日から 23 日までリンゲン刑事 施設で、4 人の施設職員とともに計 11 名の男性受刑者を対象として、 試験的プロジェ クトを行うよう命じた 8)。このプロジェクトにはブレーメン総合大学所属ブレーメ ン刑事政策研究所(BRIK)のビルギッタ=コルテ(Bilgitta Kolte)が学術研究員 として同行し、学術的調査を行った。この時の結果をコルテは「内観体験者が経験 5 ) Kaspari/Lendawitsch/Ritter, 前掲注(1)S.299. 6 ) ドイツ国内で定期的に内観研修を行っている内観研修所はタルムシュテット内観研修 所(所長:ドーリ=シュタインケ)、ドレスデン ISISGmbH(所長:アルミン=モーリッ ヒ)、バイエルンの森内観研修所(所長:ザビーネ=カスパリ)、ヴァルテンベルグ内観 研修所(所長:イングリッド=シュテンペル)。オーストリア国内では、ザルツブルグ内 観研修所(所長:ローランド=ディック)、ノイエヴェルト(所長:フランツ=リッタ ー)、オーバーエーステライヒ内観研修所(所長:エルンスト=ストッキンガー)、イン サイトヴォイス内観研修所(所長:ヨハンナ=シュー)、内観ハウス(ヘルガ=ハルテル) がある。 2016 年にタイで初となる内観研修が実施されたが、タイのバンコク内観研修所はオーバ ーエーステライヒ内観研修所の内装を模して造られている。 7 ) Kaspari/Lendawitsch/Ritter, 前掲注( 1 )S.303. 8 ) Beck Jonathan, Naikan im Strafvollzug "Jeder will was wissen, aber keiner wills so richtig glauben", Freiburg, 2012, S.33. ─3─ 青山ローフォーラム 第5巻 第1号 9) したものは極めて意義あるものである」 と結論付け、 報告している 10)。 このプロジェ クトの結果を受けて、ニーダーザクセン州司法省は内観法を学術的な内容を伴った 再社会化プログラムの一つとして利用することを決定し、2003 年ブラウンシュバ イク刑事施設で正式なプログラムとして内観法が行われた。2005 年にはブラウン シュバイク刑事施設のパイネ支所に内観法を行うための専用棟が設立され、内観セ ンターとして内観研修だけでなく職員研修の施設としても利用されている。そして 2010 年内観センターはハノーヴァーのゼーンデ刑事施設へと移転し、ニーダーザ クセン州全体の内観研修をゼーンデの内観センターで引き受けている。ここの内観 センターには内観を体験した施設職員が常駐し、センターの 1 画には内観研修のた めだけの居室が 10 部屋確保されている 11)。この内観センターのシステムは、 後に中 国の刑事施設でも面接者養成センターとして取り入れられ、職員研修と内観研修の 場として重要な役割を果たしている。このシステムは、2013 年に中国の北京監獄 管理局の使節団が、ドイツのニーダーザクセン州とオーストリアの刑事施設を訪れ た際に中国使節団が見学しており、同時に刑事施設への内観法導入を図るために運 用状況や人事の配分、職員研修状況等を調査している。現在中国北京刑事施設にあ る内観センターと面接者養成システムは、この時の訪問を機としたドイツ・オース トリア式のものが踏襲されていると考えられる。 また、各刑事施設における内観法の利用状況を報告しあったり、内観経験者の体 験報告や内観法の研究報告を行う集会である内観フォーラムが 2008 年に第 1 回内 9 ) Bilgitta Kolte, Naikan Weg der Selbsterkenntnis im Kontext von Resozialisierung, Bremer Institut für Kriminalpolitik, Bremen, 2002, S.43. 10 ) この点につき、詳細は土ヶ内一貴「日本の刑事施設処遇における内観法再導入の検討 ―ドイツ行刑を参考に―(2)」青山ローフォーラム第2巻第2号37頁参照。 ここで行われた学術調査の結果は、中国が内観法の導入を検討する際に資料として一部 引用されている。その他の資料として Nicole Ansorge, Naikan - Stand der Dinge, in: Forum Strafvollzug, 59, 2010, S.223.がある。この資料は従来の研究に加えて、内観研修 1 週間前、内観研修 1 週間後、内観研修終了 6 か月後のそれぞれに対してどのような変化 があったかをデータ化している。結果は研修終了後 6 か月目で研修の効果が小さくなる どころか、研修終了直後よりも大きな効果が表れており、この点が内観法と他の処遇法 と異なる点であると考えられ注目すべきである。このデータも簡潔にではあるが、中国 にも紹介されている。 11 ) Gerhard Dierks, Strafvollzug, in:Naikan Eintauchen Ins Sein 50 Jahre Methode Naikan Neue Wege zu sich selbst finden, Norderstedt, 2015, S.247. ─4─ ドイツ語圏と中国の刑事施設における内観法利用の歴史的経緯と現状について 観フォーラムとしてニーダーザクセン州レーブルグ = ロックムで開かれ、2012 年 に第 2 回がニーダーザクセン州ツェレで行われる等、行刑施設内での内観法に関す る情報交換も活発である 12)。 現在のところ、ドイツ国内でツェレ刑事施設のほかに内観法が他の処遇法と並ん で、社会治療として提供されているのは以下の 10 か所である。ニーダーザクセン 州のブラウンシュヴァイク、ツェレ、ハーメルン、ゼーンデ(ハノーヴァー)、リ ンゲン、ロスドルフ(ゲッティンゲン)、フェヒタ、ウェルツェンの各刑事施設と、 さらにラインラント・プファルツ州のルートヴィヒスハーフェン刑事施設、ザクセ ン州のドレスデン刑事施設(女性課)の計 10 施設である 13)。また 2012 年にツェレ で行われた第 2 回内観フォーラムによれば、ニーダーザクセン州以外の州で内観法 を行刑に導入している州は、ヘッセン州、ラインラント・プファルツ州、バーデン・ ヴュルテンベルク州、ザクセン州と報告されており、さらにメークレンベルク・フォ アポンメルン州、バイエルン州、ノルトライン・ヴェストファーレン州といった州 が、興味深い処遇法であるとして内観法の動向に関心をもっている 14)。 Ⅲ.中国の刑事施設における内観法の導入 ⅰ.内観法が心理教育手法として採用されるまで 現在中国全土の刑事施設のうち、内観法が導入されている刑事施設は北京第一刑 事施設、北京第三刑事施設、新疆第一刑事施設の 3 か所である。これらの刑事施設 の中に内観法が導入されるにあたって、教育处と北京監獄管理局の職員が中心的な 役割を担って推進してきた。この教育处は国家全体の刑事施設の処遇内容や刑事政 策を決定する機関で、同時に刑事施設職員教育を担っている機関でもある。中国の 刑事施設で行われている処遇は 4 つの種類に分かれており、①管理、②労働、③教 育、④心理、に大別できる。①管理とは受刑者の施設内における規律訓練や、出所 12 ) Kaspari/Lendawitsch/Ritter, 前掲注(1)S.304. 13 ) Johannes Wohlschlegel, Prävention und Rehabilitation im Strafvollzug - Die Naikan Methode, Mecklenburg-Vorpommern,2012, S.25. この資料の全訳は土ヶ内一貴訳青山ロ ーフォーラム第 1 巻第 2 号参照。 14 ) Jonathan, 前掲注( 8 )S.34. ─5─ 青山ローフォーラム 第5巻 第1号 後に社会の規則や法律を遵守できるようにするための訓練で、主として刑事施設の 安全な管理運営を目的とした教育である。②労働とは、日本でいう刑務作業のこと で、施設内で一定の作業を行う。③教育は職業訓練と学科教育の 2 つにわかれ、職 業訓練は出所後安定した職業につけるようにするため、資格や能力を獲得する機会 と学習場所を提供する教育である。学科教育は最低限度の学校教育を身に着けるた めに提供される教育である。④心理が、内観法の導入と深く関係しているもので、 「心理教育」が行われる。心理教育は 1970 年後半の文化大革命終了まで、心理学と いう学問分野がそもそも中国国内では学問として認められておらず、中国の矯正教 育の中には存在していなかった。しかし 1980 年代後半に入り、心理学の重要性が 再認識されるようになり、人間の行動の背景には心理的影響があると学者や専門家 が再び唱えるようになった。そして国や司法局も徐々にそれを認めはじめ、政策に 反映するようになっていった。現在は「精神衛生法」の中で心理衛生の概念が認め られている。そして現在の中国では、全刑事施設職員のうち一定の割合の職員が心 理カウンセラーの資格(中国労働社会保障部の主催する試験をパスする必要がある) を持つ専門の技官でなければならないという政策が採用されている。現在中国の刑 事施設の中では、心理教育を反映させるための設備としてカウンセリングセンター、 音楽・ストレス解放ルーム、心理学的深化へのアセスメントルームが存在する。北 京の刑事施設では、職員の 10% が心理カウンセラーの資格を持っており、北京の どの刑事施設にも心理センターが設置され、カウンセラーの資格を持った心理職員 が 5 名常駐している。心理カウンセラーの資格は一定期間ごとに更新が必要で、資 格習得後も訓練を受ける義務があり、心理センターで矯正教育手法として採用され ている心理劇(サイコドラマ)、絵画療法(アートセラピー) 、心理学と仏教を合わ せた独自の手法、正念(マインドフルネス)といった手法を駆使できるよう、職員 は訓練されている。 2000 年頃、司法局は上記の手法のほかに、より効果的な心理教育手法の導入を 検討するようになり、新しい手法の調査・研究を行うよう教育处に指令を出した。 内観法はこの過程の中で、新しい心理教育手法の一つとして北京教育訓練所に持ち 込まれ、その由来や根拠、刑事施設内で利用することができるか否か等が検討され た結果、北京監獄管理局が採用し、北京刑事施設に導入されることとなった。 ─6─ ドイツ語圏と中国の刑事施設における内観法利用の歴史的経緯と現状について ⅱ.北京監獄管理局に内観法が紹介されるようになったきっかけ 中国行刑で内観法が利用される最初のきっかけとなったのは、現上海内観研修所 長のスタン=トンが日本の信州内観研修所で内観法を体験したことである。トンは 自身の内観体験から内観法に強い関心を持つようになり、中国においても内観法が 利用できるようにならないかと企図するようになった。そこで内観法の存在を中国 内に紹介し、学術的に研究するために、自身が主催した上海内観研修所における第 二期内観研修で、上海の各大学の心理学主任教授を内観研修に招待し、複数人の大 学教授が信州内観研修所長の中野節子と石井光の面接の下で内観法を体験した。こ の時の内観研修を受けた中の一人に、復旦大学の心理学主任教授である孫時進教授 がいた。孫教授は自身の体験をきっかけに、中国最大のカウンセラー養成会社であ る华夏心理社のオーナーの息子である苏丹に内観法を体験するよう推薦した。中国 の刑事施設では、全職員の一定割合が心理カウンセラーでなければならないが、こ の华夏心理社は刑事施設で課せられる労働社会保障部の試験をパスさせるために、 心理カウンセラーになるための教育を「北京華夏心理培訓学校」という訓練施設で 行っている。苏が内観研修を受けたところ、内観研修前後での変化が非常に大きく、 また良い結果であったことに気づいた华夏心理社のオーナーである苏の父親は、今 度は华夏心理社の社長である魏世伟を研修所に派遣し、内観研修を受けさせた。魏 は内観体験を通じて、中国の刑事施設の矯正教育にも内観を導入したほうが矯正教 育として有効であると考え、職員教育を担当している华夏心理社の立場から、関係 の深かった北京教育訓練所の所長である刘に内観法を受けるよう推薦した。刘所長 は苏と魏両者の推薦を受け、内観法は効果的な処遇であると感じたが、新しい矯正 教育法として正式に導入することに対しては慎重であった 15)。そこで、刘所長は当 時の北京刑事施設心理センター所長であった曹を上海内観研修所に送り、内観研修 を受けさせ、曹の意見を待つこととした。曹は北京刑事施設副所長である孙ととも に上海内観研修所で研修を終え、この二人が北京刑事施設に内観法を 2012 年に試 験的に導入した。この時点ではまだ内観法は北京刑事施設独自の教育手法であり、 北京監獄管理局からの命令で行われる手法の一つとして採用されているわけではな 15 ) 2015 年 3 月 29 日より筆者の所属する研究グループが魏、苏にインタビューを行った 際の記録による。 ─7─ 青山ローフォーラム 第5巻 第1号 かった 16)。 北京教育訓練所の所長刘は、北京刑事施設での内観法の試験的導入を見て、内観 法を新しい教育手法の一つに採用すること及び運用が可能であるか否かを検討し た。この後、正式に内観法を処遇法の一つとして導入することを検討するために、 すでに内観法を矯正教育の一つとして採用し、制度として確立させているドイツの ニーダーザクセン州とオーストリアの行刑を 2013 年に参観した。ここで参加した のは北京刑事施設教育処遇所長の尉、北京刑事施設教育訓練所長の刘らであった。 ニーダーザクセン州では内観面接者の養成施設や養成法、研修の内容や様式等、一 定水準のものが確立して 10 年以上経過しており、これらの説明をシュタインヒル パーから受け、各所を見学した後に中国へと戻り、3 度にわたる会議を開き、具体 的に内観法を導入する方法を検討した。その後刑事施設内で実際に面接を担当する 者を養成するために、曹は 2 人の刑事施設職員を上海内観研修所に送り、その後研 修所で面接助手を経て面接者としての訓練を積ませた。内観体験を経た後、面接助 手を体験するという方式はドイツやオーストリアの中では確立された面接者養成法 であり、中国でも同様の方式が採用されている。こうして行刑現場で内観の面接を 行える準備が整い、2014 年から北京刑事施設で内観研修が正式に行われるように なった。 2014 年 5 月の第 11 回研修会から、これまで刑務官の教育訓練を行っていた華夏 心理社のオーナーと社長とである苏と魏が直接刑事施設の中で面接と面接者の指導 を行うようになった。この時に北京刑事施設内に面接者養成センターが作られ 17)、 このセンターで面接訓練を受けた刑事施設職員が中国全土の刑事施設で面接者を担 当することとなっているが、これはドイツ・オーストリアと同じ様式のものである。 2015 年新疆第一刑事施設長と副所長が上海内観研修所で内観研修を受け、第一刑 事施設と第三刑事施設の刑事施設職員計 3 名に対し、ウルムチ内観研修所で研修を 受けさせた 18)。そして 2015 年 7 月 22 日から 28 日までの間、 北京以外の刑事施設で 16 ) 北京監獄管理局は北京周辺地方の各刑事施設を統括する刑事施設の上位組織。2012 年の時点では北京刑事施設が施設内で独自に内観法を利用していたに過ぎず、上位組織 からの命令で内観法を提供していたわけではなかった。 17 ) 内部資料による。 18 ) ウルムチ内観研修所は 2014 年に開設し、2015 年 8 月までに 3 回の研修が行われてい る。この研修の中で刑事施設職員が内観法を体験している。 ─8─ ドイツ語圏と中国の刑事施設における内観法利用の歴史的経緯と現状について は初めてとなる内観研修が新疆第一刑事施設で行われた。 2016 年中に、中国教育处は中国内に内観法を心理教育の一つとして導入する刑 事施設をあと 6 か所増やす意向で、少年刑務所、女子刑務所等異なる特徴の刑事施 設に導入し、さらに中国内の東西南北の地域にそれぞれ振り分ける予定である。そ の後各刑事施設での内観法適用の結果を収集分析し、中央政府に報告することを予 定している。全国に配置される新たな 6 か所の刑事施設の中で内観面接を担当する 者は、北京刑事施設の内観センターで決定される。面接を担当する候補者は各刑事 施設から 6 名選ばれるが、内観センターで内観研修を受けた後、4 名が面接助手と して選抜される。選抜された面接助手は内観研修所や内観センターで、魏と北京第 一刑事施設心理センター所長で内観班長でもある曹の監督の元、1 回の面接者養成 訓練を受け、その後に正式に各刑事施設の面接者として内観面接にあたることとな る。今後、ドイツ・オーストリアから踏襲した内観センターの運用動向と、中国各 地での内観法適用結果の分析についての報告を待ちたい。 Ⅳ.おわりに 最後に本稿の主旨からは少し外れるが、世界における内観法の動向について簡単 に報告したい。2014 年、バイエルン内観研修所長のザビーネ=カスパリと、日本 国内と上海、バイエルン内観研修所で幾度となく面接助手を務めている村上里奈が ネパールで内観研修を行った。これを契機として今後ネパールでの内観研修も予定 されている。また 2015 年にはタイで内観研修が行われ、2016 年に 2 度目の内観研 修が行われた。これによって 2016 年 4 月現在、世界で内観研修を開催したことの ある国は、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、オランダ、ベルギー、スペ イン、アメリカ、カナダ、ブラジル、ネパール、オーストラリア、韓国、中国、台 湾、フィリピン、タイで、これに日本を加えて 18 か国となっている。 現在世界で内観法が矯正処遇法として刑事施設の中に組織的に導入されているの はドイツと中国であり、日本でも少年院で利用されている。ただ国外の刑事施設の 内観法の広がりを正確に把握している機関はほとんどないため、今後とも本プロ ジェクト下で世界の内観法の動向を把握、報告して行く必要がある。 ─9─ 青山ローフォーラム 第5巻 第1号 (追記) 本稿は、青山学院大学判例研究所 2014 年度重点課題プロジェクト(ヨーロッパ 及び中国の刑務所における処遇技法としての内観法の現状と課題)、及び同研究所 2015 年度ワークショップ(薬物犯罪総合)による研究成果の一部である。 ─ 10 ─