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トップ駆動型のナレッジ・マネジメント −ミクロプロセスと

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トップ駆動型のナレッジ・マネジメント −ミクロプロセスと
論文概要書
トップ駆動型のナレッジ・マネジメント
−ミクロプロセスとマクロプロセスの統合−
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
国際関係学専攻
学籍番号
藤 田
1.
4003S023
東久夫
研究の背景
主題としたトップ駆動型のナレッジ・マネジメントは、従業員数の少ない中小企業やベンチャ
ー企業のスタートアップ期などでは通常実践されている、経営トップと従業員とのインタラクテ
ィブな対話によるナレッジ・マネジメントである。企業が成長し、たとえば 1,000 人超の企業に
なると、トップが直接従業員からナレッジを吸収することは難しくなる。事実、中堅・大企業で
トップが駆動主体となって実践しているナレッジ・マネジメントは事例が少ない。企業の社会的
責任(CSR)が問われる今日、社会の意に反して企業不祥事が多発しているが、その大半はトッ
プが実情を知らなかったことによる。トップが末端の情報を恒常的に仕組みとして得ることによ
って、不祥事を未然に回避するだけではなく、環境に適応しつつ持続的な成長を果たすことがで
きるのではないだろうか。
2.
研究の目的
本研究の目的は、トップ駆動型のナレッジ・マネジメントの仕組みや機能を解明して、経営実
践に提唱可能な仮説モデルを構築することにある。
3.
研究の方法
従業員 1,000 人超の大企業の中から、トップ駆動型のナレッジ・マネジメントを実践している
と思われる企業を見出し、予備的な調査を行った上で特定化し、研究の視点を設定する。事例が
少ないと思われることから、事例対象企業の選定にあたっては、深く掘り下げることが可能なベ
ストプラクティスを求める。研究の方法は実地調査、資料調査、参与観察などの定性的な研究と、
質問票調査による定量的な研究(共分散構造分析)を行い、後に両者を統合する形をとる。
4.
論文の構成
本研究は序章、終章を含めて全 9 章で構成される。
第 1 章では、先行研究を「知識創造型」、「業務遂行型」あるいは「ミドル必要論」、「ミドル不
1
要論」などに分類して論じて行く。
第 2 章では、ナレッジ・マネジメントの現状を概観する。公開事例情報や、セミナーなどから
情報を収集し、情報通信技術やソフトウェアについても概観して行く。
第 3 章では、
「トップの意思決定と経営戦略」の関係で論じる。トップ駆動型のナレッジ・マネ
ジメントが経営に有効に機能するかを間接的に論じることにより、事例研究への理解を深める。
第 4 章では、
「研究への問いと予備的考察」を行う。トップ駆動型 3 社の事例調査を実施した上
で共通項を求め、研究への問いと予備的考察を設定する。事例対象企業、研究の方法を定める。
第 5 章では、事例研究からトップと従業員からのナレッジの関係やフィルタリング、報奨制度
などを見る。トップの創発インフラ、従業員の経営参画意識や能力の向上、ミクロとマクロの自
己組織化のループなど定性的な研究から仮説を導く。
第 6 章では、主に従業員への影響の視点から、定量的研究として従業員への質問票(アンケー
ト)調査を行う。
第 7 章では、
「トップ駆動型のナレッジ・マネジメントの構図」を描く。定性的研究と定量的研
究の成果を統合し、トップ駆動型のナレッジ・マネジメントによるミクロプロセスとマクロプロ
セスの統合モデルを構築する。また、実践への適用に際しての企業規模や前提条件などを特定す
る。
終章では、「本研究の結論と含意」を述べて総括する。
5.
各章の要旨
第1章
先行研究の検討
先行研究は知識創造型のナレッジ・マネジメントに関するものと、業務遂行型のナレッジ・マ
ネジメントに関するものに分類できる。知識創造型は理論的なものであり、業務遂行型は実践的
なものである。対立項というよりは相互補完的なものであり、前者が知識=ナレッジをどう創造
して行くかを論じるのに対し、後者はそれをどう活かすかを論じている。ナレッジ・マネジメン
トの主体をどう捉えるかについては、ミドル(中間管理層)の扱いにおいて両者は異なる。
知識創造型のナレッジ・マネジメントはミドル主体である。ミドルが知識創造を主導し、トッ
プとロワーの橋渡し役となって経営に活かして行くという。野中ら(1996)のミドル・アップダ
ウン・マネジメントである。業務遂行型のナレッジ・マネジメントの主体はナレッジ・ワーカー
である。P.ドラッカー(1988)はナレッジ・ワーカーがトップの意を受けて自主的・主体的に知
識を共有し活用すれば、経営目標は具現化されると説く。このような情報化組織はヒエラルキー
構造を不要とすることから、ミドル不要論ともいえる。野中らはミドル必要論といえる。
しかし、両者は組織活動における 2 つの側面を捉えているのであり、実際の経営では不可分離
のものである。ナレッジ系にミドルの存在は不要になりつつあるが、アクション系にはミドルの
存在が必要である。むしろ両者の共通点は、トップの打ち出す目標やビジョンないし戦略を所与
の前提にしていることである。ここから本研究の主題であるトップ駆動型のナレッジ・マネジメ
ントへの着想が生まれる。
ナレッジ・マネジメントは情報通信技術の発達により、E.ウェンガーらの実践コミュニティー
の概念を実用化する形で進展した。今日隆盛のナレッジ・コミュニティーの台頭である。
2
第2章
ナレッジ・マネジメントの実践に関する考え方と現状
ナレッジ・マネジメントを経営に活かすことは簡単ではない。現状は情報通信技術の支援を得
て業務に着実に役立てる方向に流れている。ネットワーク技術によって知識コミュニティーは縦
横に形成され、誰でもが社内外から自由にアクセスすることが可能になっている。公開情報やセ
ミナー、シンポジウム、電話インタビューなどからナレッジ・マネジメントの実践に関する現状
を調査した結果、大半は情報通信技術を駆使した業務遂行型のナレッジ・マネジメントであるこ
とが分かった。従業員 1,000 人超の企業でトップ主体のナレッジ・マネジメントを実践している
ものとしては、六花亭製菓、マンダム、サトーの 3 社があった。
第3章
トップの意思決定と経営戦略
先行研究および実践に関する現状から、そもそもトップの意思決定と経営戦略の関係はどのよ
うなものであるかについて本章をあてて論述しておく。つまり、トップは何のためにトップ駆動
型のナレッジ・マネジメントを必要とするのか、である。
ミドル・ハイヤーの計画的・管理的なマネジメント機能が上申する企画書や議案に対して、ト
ップのリーダーシップ機能が思いつき・ひらめきによる主観的でアドホックな意思決定や提言を
行うことによって、両機能は統合されリーダーシップによる成長戦略が描かれる。
近年の戦略論は、主体をミドル・ハイヤー中心のマネジメント一般として論じられている。そ
の中で、河合(2004)はトップの存在意義を明記し、ミドルの創発とインタラクティブに戦略を
即響するものとして描いた。ただ、河合は強いトップの存在とミドルとの協創を提言したものの、
ミドルにのみ創発インフラを想定し、トップを孤独な独創者にしてしまった。
そこから、トップにも創発インフラを用意する必要があろうという示唆を得る。また、結果を
すばやくフィードバックして新たな「良かれ」と思う意思決定につなげて行くフィードバック・
ループのようなものが必要になろう、との示唆も得る。
第4章
研究への問いと予備的考察
六花亭製菓、マンダム、サトーについて予備的な調査を行い、
「研究への問い」と「予備的考察」
の設定を行う。本研究は経営実践に対して提唱する仮説モデルの構築をその使命としていること
から、分析の視点として予備的考察を設定し、仮説へ導くことにした(下図)。
a. ミクロ・ナレッジ収集性
①フィルタリング②報奨制度
b. トップ・リーダーシップ有効性
c. 従業員影響性
③トップ創発インフラ④自己組織化
⑤経営参画意識⑥従業員能力向上
3
株式会社サトーの三行提報の事例(トップが従業員ひとりひとりから気づき、思い、意見、提
案、不満などのミクロ・ナレッジを直接吸収している事例)をトップ駆動型のナレッジ・マネジ
メントの事例研究の対象に定め、定性的な研究方法 1 と定量的な研究方法 2 を設定した。
第5章
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントの定性的研究
株式会社サトーの「三行提報制度」の現状と歴史的経緯を詳述した上で、三行提報をミクロ・
ナレッジとして捉え、その特徴を「だからどうする」で結ばれる具体性と能動性と捉える。独特
なフィルタリングと報奨制度によって、ミクロ・ナレッジはトップに真摯に読まれコメントや指
示を得やすくする。更に短文テキスト(127 文字)を全従業員が毎日のように提出するという「従
業員不偏性」と「定常的多量性」を促進して、トップによるミクロ・ナレッジの収集を 1,000∼
2,000 人規模の企業に可能にさせる。
トップが毎日真摯に読了し、報奨ポイントがトップによるコメントや指示によって加算される
ことから、従業員の経営参画意識を向上させるとともに、従業員の気づきやアイディアなどの創
発能力を向上させる。
トップはフィルタリングによって絞られた具体性・能動性を具備したミクロ・ナレッジと恒常
的に向き合うことから、創発インフラ(ミクロ・ナレッジの集積)を形成することが可能となり、
これによりトップのリーダーシップを有効に機能させる。
また、トップのコメントや指示は本人や関係者にリアクションされることから、企業内に「ゆ
らぎ」を生じさせる。ミクロ・ナレッジは新たな自己言及性となって再びトップへ向う。くり返
されるゆらぎ、自己言及性、リアクションは自己変革行為とも捉えることができ、ミクロ・マク
ロの自己組織化のフィードバック・ループが形成される。
以上のことから、仮説 1∼6 を得る。
仮説 1:
短文のミクロ・ナレッジを全従業員に毎日のように求め、それをトップが読める量
に具体性・能動性基準でフィルタリングすれば、2,000 人程度の企業においてもトッ
プはミクロ・ナレッジを吸収できるだろう。
仮説 2:
トップのリアクションによって評価する報奨制度を連動させれば、2,000 人程度の企
業においてもトップはミクロ・ナレッジを吸収できるだろう。
仮説 3:
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントは、トップの創発インフラを日常不断に形
成することによって、トップのリーダーシップを有効に機能させるだろう。
仮説 4:
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントは、自己組織化のフィードバック・ループ
を日常不断に形成することによって、トップのリーダーシップを有効に機能させる
だろう。
仮説 5:
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントは、全従業員に毎日のようにトップあての
ナレッジを供給させることにより、経営参画意識を向上させるだろう。
仮説 6:
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントは、全従業員に毎日のようにトップあての
ナレッジを供給させることにより、気づきやアイディアなどの創発能力を向上させ
るだろう。
4
第6章
トップ駆動型ナレッジ・マネジメントの定量的研究
従業員への影響について、株式会社サトーの従業員への質問票調査及び回答への共分散構造分
析を行う。分析の視点は、三行提報の特定化・概念化を行った上で仮説を導出し、ミクロとマク
ロの両観点から相互関係性を見て行くというものである。
質問(QUESTIONNAIRE)は属性質問、追加質問を含めて 85 問とし、対象者 1,550 名から
1279 の回答を得た。情報の圧縮と操作仮説の導出を経て共分散構造分析を行った結果、仮説の大
半が採択された。マクロ観点、ミクロ観点、ミクロ・マクロ・ループ観点の分析結果によって第
5 章の仮説 3、5、6 を採択するものとなった。
第7章
トップ駆動型ナレッジ・マネジメントの構図
第 5 章、第 6 章の定性・定量研究を統合し、トップ駆動型のナレッジ・マネジメントによるミ
クロプロセスとマクロプロセスの統合モデルを提示する。本研究が目的とした経営実践のための
仮説モデルである(下図)。1,000∼2,000 人規模の事例から得られた仮説モデルであるため、巨
大企業への拡張性については限界があると思われること、及びフィルタリングには工夫が必要で
あること、運用はファジーに行うとよいことなどを付記する。
ミクロプロセスとマクロプロセスの統合
従業員影響性
リアクション
・コメント
・指示
評点
報奨制度
評点
自己変革(自己組織化のフィードバック・ループ)
自己組織化
トップ駆動型のナレッジ・マネジメントの仮説モデル
(出典:本論文第 7 章)
5
ビジョン ・目標 ・戦略
フィルタリング
・ロワーな選別者が
・短時間で
・ファジーに
フィルタリング
バイアスへの対応
ミドル・
ハイヤーのマネジメント機能
・具体性
・能動性
(だからどうする)
トップのリーダーシップ機能
(自己言及性
の転嫁)
トップの創発インフラ
経営参画意識
従業員能力の向上
ゆらぎ
(ミクロ・ナレッジ
選別基準
の供給)
トップ・リーダーシップ有効性
トップ読了・
トップが駆動
定常的多量性
従業員不偏性
改善・
改良による組織ルーチン
短文テキストを
全従業員が
毎日のように
提出する
ミクロ・ナレッジ収集性
終章
本研究の結論と含意(含意は省略)
本研究により、トップ駆動型のナレッジ・マネジメントは中小企業のみならず 1,000 人∼2,000
人の企業であっても、従業員(ミクロ)からトップ(マクロ)あてにナレッジを供給することが
可能であり、トップに対して創発インフラを提供すること、従業員の経営参画意識と能力特性が
向上することが仮説化された。ミクロ・ナレッジは従業員の組織ルーチンを進捗させるだけでな
く、トップに日常不断に供給されることにより、企業内外で実際に何が起きているかをトップに
知らせることになる。トップのリアクションによってゆらぎが発生し、自己言及性、自己変革を
伴って自己組織化のループをも形成する。また、情報や意思決定の選択肢をミドル・ハイヤーの
マネジメント機能に依存することなく、独自の創発インフラによって意思決定や提言を行うこと
ができるようになる。トップ本来のリーダーシップ機能の発揮である。このようなミクロとマク
ロのナレッジの交流は、
「ミクロプロセスとマクロプロセスの統合」と提言することができる。中
小企業やベンチャー企業のスタートアップ期では当然のごとく行われていたトップ駆動型のナレ
ッジ・マネジメントは、本研究の成果である仮説モデルによって 2,000 人規模の企業においても
実践可能なものとして提言できる。
以
6
上
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