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公開シンポジウム
共生細菌により昆虫が獲得する 新規生物機能の解明と制御 への基盤研究
2013年3月6日(水) 9:30 18:00 東京大学弥生講堂一条ホール
主催:
生物系特定産業技術研究支援センター
イノベーション創出基礎的研究推進事業(一般枠) 平成20年度採択課題
「共生細菌により昆虫が獲得する新規生物機能の
解明と制御への基盤研究」 協賛:
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
生物系特定産業技術研究支援センター
公開シンポジウム 共生細菌により昆虫が獲得する 新規生物機能の解明と制御への 基盤研究
2013 年 3 月 6 日(水) 9:30
18:00
於 東京大学弥生講堂一条ホール
主催
生物系特定産業技術研究支援センター
イノベーション創出基礎的研究推進事業(一般枠)
平成 20 年度採択課題
「共生細菌により昆虫が獲得する新規生物機能の
解明と制御への基盤研究」
協賛
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
生物系特定産業技術研究支援センター
入場無料
1
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/map.html 2
プログラム 9:00- 受付開始
9:30-10:00 講演1 深津武馬(産業技術総合研究所)
「共生細菌により昆虫が獲得する新規生物機能の解明と制御への基盤研
究:概要と成果紹介」
10:00-11:00 基調講演1 Lee Bok Luel(釜山大学)
「Host different responses toward pathogenic and gut symbiotic bacteria in
insects」
11:00-11:30 講演2 菊池義智(産業技術総合研究所 北海道センター)
「昆虫の殺虫剤抵抗性に関わる腸内共生細菌の発見」
11:30-12:00 講演3 二橋亮(産業技術総合研究所)
「ホソヘリカメムシと腸内細菌の共生に関わる分子基盤の解明」
12:00-13:30 昼休み
13:30-14:30 基調講演2 嘉糠洋陸(東京慈恵会医科大学)
「マラリア媒介蚊における非共生細菌の役割」
14:30-15:00 講演4 野田博明(農業生物資源研究所)
「ツマグロヨコバイにおける免疫関連分子 PGRP の新機能と細菌の精子
伝播」
15:00-15:30 講演5 二河成男(放送大学)
「比較ゲノムから探るマルカメムシ類のダイズ利用能に関わる共生細菌
遺伝子」
15:30-15:50 休憩
15:50-16:20 講演6 棚橋薫彦(産業技術総合研究所)
「共生細菌の垂直伝達を担う新規タンパク質の発見と機能解析」
3
16:20-16:50 講演7 細川貴弘(産業技術総合研究所)
「トコジラミと Wolbachia の栄養相利共生の発見およびその進化機構」
16:50-17:30 招待講演1 土田努(富山大学)
「昆虫の体色を変える共生細菌:その発見と分子基盤の解析」
17:30- 閉会の辞 野田博明(農業生物資源研究所)
================================
関連情報 生物系特定産業技術研究支援センター イノベーション創出基礎的研究
推進事業(一般枠)平成 20 年度採択課題 「共生細菌により昆虫が獲得
する新規生物機能の解明と制御への基盤研究」
http://staff.aist.go.jp/t-fukatsu/BRAINHome.html 本公開シンポジウム情報
http://staff.aist.go.jp/t-fukatsu/BRAINOpenSymp.html 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究
支援センター
http://www.naro.affrc.go.jp/brain/index.html 東京大学弥生講堂一条ホール
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/index.html 4
共生細菌により昆虫が獲得する新規生物機能の解明と制御への 基盤研究:概要と成果紹介 独立行政法人 産業技術総合研究所 深津武馬
非常に多くの生物が恒常的に微生物を体内に共生させることにより、あたかも1つ
の生物のような複合システムを構築する。この「内部共生」という現象は多くの農業
害虫や衛生害虫の生存に必須であるのみならず、害虫化、寄主植物特異性、新規食物
資源の利用など、新規な生物機能の獲得に重要な役割を果たしていることが近年の研
究から明らかになってきた。
私たちは独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支
援センター イノベーション創出基礎的研究推進事業(一般枠)の平成20年度採択課題
として5年間にわたる支援をいただき、産業技術総合研究所(深津武馬)、農業生物
資源研究所(野田博明)、放送大学(二河成男)の緊密な連携のもと、以下の研究課
題に取り組んできた。
(1) 興味深い性質や機能を有する多様な昆虫類共生細菌のゲノム解析
(2) 多様な昆虫共生器官において発現する遺伝子群のEST解析
(3) 害虫化や植物適応に関わる共生細菌の機能解明および害虫制御への展開
(4) 吸血衛生害虫の生存に必須な共生細菌の機能解明および害虫制御への展開
(5) 昆虫免疫系と体内共生細菌の関係の解明および感染制御への展開
このたび最終年度を迎えるにあたり,本研究課題の概要および研究成果について広
く社会へ情報発信をおこなう一環として、本公開シンポジウムを企画させていただい
た。私たちの取り組みにより何が明らかとなり,どのような展望がひらかれ,今後ど
のような方向性が見えてきたのかについてご紹介し、皆さんからのご意見、ご批判、
ご教示を仰ぐ機会としたい。
研究課題ウェブサイト:http://staff.aist.go.jp/t-fukatsu/BRAINHome.html 特筆すべき成果:
2012 年 4 月 24 日 産業技術総合研究所プレスリリース「害虫に殺虫剤抵抗性を持たせる共生細菌を発
見—殺虫剤抵抗性は害虫自身の遺伝子で決まるという常識を覆す―」
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120424/pr20120424.html Kikuchi Y., Hayatsu M., Hosokawa T., Nagayama A., Tago K., Fukatsu T. (2012) Symbiont-mediated
insecticide resistance. Proc Natl Acad Sci USA 109: 8618-8622.
2009 年 12 月 22 日 産業技術総合研究所プレスリリース「トコジラミに必須栄養素を供給する細胞内共
生細菌ボルバキアの発見―寄生から相利共生への進化を実証―」
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2009/pr20091222/pr20091222.html Hosokawa T., Koga R., Kikuchi Y., Meng X.-Y., Fukatsu T. (2010) Wolbachia as a bacteriocyte-associated
nutritional mutualist. Proc Natl Acad Sci USA 107: 769-774.
5
【基調講演1】
Host different responses toward pathogenic and gut symbiotic
bacteria in insects
Lee Bok Luel
Global Research Laboratory of Insect Symbiosis, College of Pharmacy
Pusan National University, Jangjeon Dong, Kumjeong Ku, Busan 609-735, Korea
E-mail address: [email protected]
Due to the absence of acquired immunity in invertebrate, insects are good model systems to
study the molecular mechanisms of innate immunity. During last 15 years, we have
performed biochemical studies to elucidate how holometabolous insects recognize invading
pathogenic bacteria and what kinds of molecules are involved in the recognition and
activation of insect’s innate immune responses. Using coleopteran insect, Tenebrio molitor,
we determined the detailed molecular mechanisms of recognition and activation of Toll
signaling cascade, which is a typical innate immune response for the elimination of
pathogenic bacteria from host.
Recently, our laboratory has been interested in symbiosis where symbiotic bacteria escape
from host innate immunity, and especially in the gut symbiotic bacteria harboring in
hemimetabolous insect, the bean bug Riptortus pedestris. This insect acquires a specific
bacterium, Burkholderia, as a gut symbiont from the environment every generation. Because
the biology of Burkholderia-bean bug system was well studied by Drs. Fukatsu and Kikuchi
group of AIST, we adapted this Burkholderia-bean bug system to study the biochemical
mechanism of how gut symbiont regulates host innate immunity and development. When we
characterized the immune phenotypes of symbiotic bean bugs with gut Burkholderia
symbiont or apo-symbiont bean bug, apo-symbiont insects are more susceptible against
pathogenic bacteria infection compared to symbiotic insects, suggesting that gut symbiont
enhances the basal level of host innate immunity. Based on these observations, three
antimicrobial peptides are purified to homogeneity from E. coli-injected symbiotic bean bugs
and then the biological roles of these three peptides are examined. Next, we tried to
understand the biochemical mechanisms of how gut symbiont can regulate and affect host
development. We identified a novel biomarker protein in the insect blood, which is
specifically expressed in the presence of gut Burkholderia symbiotic bacteria. The biological
function and significance of this bio-marker protein are examined in vitro and in vivo. Taken
together, I want to present host different responses toward pathogenic and symbiotic bacteria
using two insect system.
6
昆虫の殺虫剤抵抗性に関わる腸内共生細菌の発見 (独)産業技術総合研究所 北海道センター 菊池義智 殺虫剤(化学農薬)は最も強力な害虫防除資材であり、気候変動や人口増加による
世界的な食糧難が懸念される昨今、食料の安定供給のためにその重要性はますます高
まっている。また農業現場のみならず、マラリアを媒介するハマダラカや睡眠病を媒
介するツェツェバエなど吸血性衛生害虫や、シロアリやゴキブリなどの家屋害虫の防
除にも殺虫剤の使用は必要不可欠である。その一方で、単一の殺虫剤を連続使用する
としばしば殺虫剤抵抗性の害虫が出現することが古くから報告されてきた。現在まで
に約 500 種類の農業害虫、衛生害虫、家屋害虫において殺虫剤への抵抗性発達が報告
され、世界的に大きな問題となっている。抵抗性の機構としては解毒能力の向上や標
的タンパク質の構造変化などさまざまな事例が報告されているが、いずれも「昆虫自
身の遺伝子によって決まるもの」というのが従来の常識であった。本研究では、殺虫
剤分解菌を体内に共生させることで害虫が殺虫剤抵抗性になるという、これまでまっ
たく知られていなかった抵抗性発達メカニズムを発見したので報告する。 ダイズの害虫であるホソヘリカメムシは消化管に盲嚢(もうのう)と呼ばれる袋状
の組織を多数発達させており、その中に Burkholderia 属細菌を共生させている。こ
のカメムシは共生細菌を母子間伝播せず、毎世代環境土壌中から獲得する。我々は野
外調査と操作実験を有機的に組み合わせることで、(1)農耕地土壌中には有機リン
系殺虫剤であるフェニトロチオンを分解できる Burkholderia が生息していること、
(2)フェニトロチオン分解性 Burkholderia はホソヘリカメムシ盲嚢内に定着し共
生すること、(3)ホソヘリカメムシはフェニトロチオン分解性 Burkholderia と共
生することでフェニトロチオン抵抗性になることを明らかにした。さらに、農耕地土
壌にフェニトロチオンを連続散布したところ、土壌中におけるフェニトロチオン分解
菌の密度が上昇し、これに伴いフェニトロチオン分解菌を取り込むカメムシの頻度も
増大することを明らかにした。このことは、殺虫剤の散布が土壌細菌叢に影響を及ぼ
し、これが害虫の殺虫剤抵抗性を引き起こす可能性を強く示唆している。害虫が土壌
細菌を取り込み殺虫剤抵抗性になるという現象は現行の害虫防除法における盲点で
あり、害虫防除戦略の策定に新しい観点を提示する大きな成果といえる。 参考文献: Kikuchi, Y., M. Hayatsu, T. Hosokawa, A. Nagayama, K. Tago, T. Fukatsu 2012.
Symbiont-mediated insecticide resistance. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 109:8618–8622.
7
ホソヘリカメムシと腸内細菌の共生に関わる分子基盤の解析 独立行政法人 産業技術総合研究所 二橋亮
ホソヘリカメムシは、中腸盲嚢部に特定の共生細菌 Burkholderia を保持する。
Burkholderia の共生は、ホソヘリカメムシにとって、体サイズや産仔数の増加などさ
まざまな面で有利である。他の多くの昆虫の内部共生系とは異なり、ホソヘリカメム
シは共生細菌を毎世代、環境から獲得している。さらに、共生細菌は培養可能である
ことから、昆虫内部共生の分子基盤を解析するモデル系として近年着目されつつある。
ホソヘリカメムシの Burkholderia 共生に関わる分子基盤を解明するため、演者らは
最初にホソヘリカメムシの Burkholderia 感染個体および非感染個体の中腸から EST
library を作製して、共生に関わる遺伝子の探索を行った。その結果、免疫に関わるこ
とが予想される defensin 様遺伝子や c-type lysozyme 遺伝子が感染個体で有意に減少す
ることや、感染個体では共生器官で複数の cathepsin L 遺伝子や cysteine rich protein の
発現が増加することが明らかになった。
次に、より網羅的な遺伝子発現解析を行うため、次世代シークエンサーを用いた
RNAseq 解析を行った。RNAseq でも EST 解析と同様の結果が得られたのに加えて、
感染・非感染の間や、中腸の共生器官とそれ以外の部分で発現の異なる新規遺伝子を
多数見出すことに成功した。さらに、感染・非感染それぞれの個体で、細菌の感染シ
ョックを行ったときの遺伝子発現解析を行ったところ、感染個体の方が全体的に抗菌
ペプチドを多く発現し免疫系のシグナルが活性化しやすいことが確認された。不完全
変態昆虫の免疫系の遺伝子カスケードについては、現時点でほとんど明らかにされて
いないが、細菌感染時に発現が増加する遺伝子として、完全変態昆虫で知られている
Peptidoglycan recognition protein や serine proteinase inhibitor に加えて、既知の蛋白質と
は相同性のみられない新規遺伝子も複数同定された。
以上のように、網羅的遺伝子発現解析の結果から、ホソヘリカメムシと Burkholderia
の共生系、および共生細菌による宿主の免疫系の変化に関わる候補遺伝子を多数同定
することに成功した。さらに、現在進めている共生細菌のゲノム解析や遺伝子機能解
析についても紹介したい。
8
【基調講演2】
マラリア媒介蚊における非共生細菌の役割
嘉糠洋陸
東京慈恵会医科大学・熱帯医学講座
マラリアという病気は、蚊によって伝わることは誰でも知っている。それは時によ
って 吸血時の物理的な接触によって病原体がうつる と誤解されていることが多い。
しかし実際には、マラリア原虫などの病原体は、それを運ぶ節足動物の体内における
固有のライフサイクルを持っており、その体内での増殖・分化の過程を経て、次の宿
主へと媒介される。興味深いことに、節足動物自身は病気になることはなく、「病原
体を運搬するカーゴ」としてのみ機能している。節足動物によって媒介される感染症
には、マラリアの他に西ナイル熱・日本脳炎・フィラリアなどがあり、依然として世
界的に大きな問題となっている。その傍ら、この節足動物を介した病原体のライフサ
イクルは、遙か昔から保存されてきたものであり、その媒体である節足動物自身も多
様な生命現象の宝庫である。
この病原体媒介節足動物(ベクター)の腸管内には、多種多様な種によって構成さ
れる細菌叢が存在する。我々は、齧歯類特異的マラリア原虫(Plasmodium berghei)
と媒介節足動物であるハマダラカ(Anopheles stephensi)、そして広く昆虫から見出さ
れる非共生細菌であるセラチア菌(Serratia marcescens)に着目し、限局されたコンパ
ートメント内における生物間相互作用を解明することを試みた。セラチア菌の各種表
現型の変化と、それに伴うハマダラカのマラリア原虫感染率の推移を詳細に観察する
目的で、ハマダラカ中腸内に生着できないセラチア菌野生株(HB3)に、蚊の中腸内
で選択圧を与えることによって、セラチア菌の形質転換をおこなった。その結果、蚊
の中腸内に生着可能な菌株(HB18)を作出した。オリジナル菌株である HB3 は、各
種表現型が多様であるのに対し、HB18 は細胞形態の多様性および鞭毛の形成能力が
著しく減少していることが明らかとなった。さらに、HB3 はマラリア原虫の分化抑制
能を有する一方、HB18 はこの能力が欠損していることも明らかとなった。マラリア
流行地域である西アフリカ・ブルキナファソにて野生ハマダラカを採取し、その中腸
から分離されたセラチア菌群について解析したところ、細胞形態および鞭毛の形成能
力と、マラリア原虫抑制能力の間に相関関係が見出された。これらの結果は、腸管内
非共生細菌の表現型揺らぎの振幅が、節足動物の媒介能に影響を与えている可能性を
示唆しており、これらの結果をもとにベクターと病原体間相互作用の新しい側面につ
いて議論したい。
9
ツマグロヨコバイにおける免疫関連分子PGRPの新機能と細菌の精子伝播 独立行政法人 農業生物資源研究所 野田博明
ツマグロヨコバイは、共生に特化した器官であるbacteriomeを腹部に一対持っており、その
中にflavobacteriumとβ-proteobacteiumの2種類の細菌(SulciaとNasuia)が共生している。ま
た、さらに身体全体にリケッチアRickettsiaが感染しており、これらの複合共生系の存在がツ
マグロヨコバイの発育・増殖に密接に係わっている。これらの構成員のゲノム解読などを通
じて、共生に係わる重要な因子を探索し、共生の分子機構の解明を目指した。
共 生 細 菌 3 種 の ゲ ノ ム 解 読 : Bacteriome細菌2種(Nc_Sulcia, Nasuia)とリケッチアの合
計3種のゲノムを決定した。Sulciaのゲノムサイズは、192 kbで、これまでにゲノムが解読さ
れているSulcia(244∼277 kb)の中では最小であった。Sulciaのシンテニーは、ほぼ完全に保
存されており、欠落した遺伝子をほぼ完全に解析できた。Nc_Sulciaでは、DNA複製に係わる
酵素がほとんど欠落し、極めて単純な複製機構になっていた。またチトクロームCが欠落する
など、細菌にとって必要と思われてきた分子が失われている。一方、Nasuiaは、ゲノムサイ
ズが、114 kbで現時点では世界最小のゲノムを持つ細菌である。遺伝暗号のストップコドン
であるUGAがトリプトファンとして読まれていた。これらの極小ゲノムにもかかわらず、必
須アミノ酸を合成する酵素群は、これらの2種の細菌に分かれてコードされており、アミノ
酸の供給に関して重要な役割を果たしていると推定できた。リケッチアのゲノムサイズは、
1.56 Mbであり、リケッチアの特徴を理解するためのデータを得た。
ツ マ グ ロ ヨ コ バ イ の EST解 析 と PGRP遺 伝 子:Bacteriomeで特異的に発現する遺伝子の解
析のために、組織別のEST解析を行った。また、その解析データを基に、マイクロアレイを
作製した。免疫に係わることで知られているpeptidoglycan recognition protein(PGRP)遺伝子
がbacteriomeで多く発現しており、しかも、その発現はbacteriomeに限られていた。ESTからは、
160種類以上のPGRP遺伝子配列が検出できた。さらに、RNA-Seq解析により、得られた発現
PGRP遺伝子をクラスター解析したところ、300種類以上の遺伝子が発現していることが明ら
かとなった。PGRP遺伝子はショウジョウバエでは12種類、同じ半翅目昆虫のアブラムシは保
有していない。大腸菌を接種しても、これらのPGRP遺伝子の発現は上昇せず、また発現も
bacteriomeに限定されていることから、従来から知られているPGRPの機能、すなわち細菌認
識による免疫の誘導とは異なる機能を有する可能性が示唆された。配列から推定して、一部
のPGRPで知られている酵素活性は有さず、細菌との相互作用に係わると考えられる。一方、
bacteriomeで高発現していた遺伝子の内の一つ(#35gene)のRNAiを試みたところ、多くの
PGRP遺伝子の発現量が極度に低下することを見いだした。これらのことからbacteriomeでは、
PGRPの発現を制御する機構があり、PGRPは共生細菌の増殖・制御あるいはクロストークに
係わる可能性が明らかになった。なぜこれほど多くのPGRP遺伝子がゲノム中に存在するかに
ついては、進化的な視点から考察する必要がある。
リ ケ ッ チ ア の 父 性 伝 播 : 昆虫の共生細菌は、一般に雌親を通じて子孫に伝わる例がほと
んどである。ツマグロヨコバイの2種のbacteriome細菌も卵巣から卵の中に入って、次世代に
伝わる。ツマグロヨコバイのリケッチアは、核内に感染するという特徴を有しており、精子
の核にも感染が認められる。そこで、精子を介したリケッチアの垂直感染を調べたところ、
高い割合で次世代に伝わった。精子核内に感染したまま次世代に伝わることが明らかとなり、
その精子は正常な機能を有していると考えられた。リケッチアには核内に侵入できる特別な
機構が備わっており、核内感染は別の昆虫種の培養細胞でも起こることが確認できた。
ツマグロヨコバイは、巧妙な共生機構の上に成り立つ生命体であることが明らかであり、
さらに詳細な解明と制御への展開が課題である。
10
比較ゲノムから探るマルカメムシ類のダイズ利用能に関わる共生細菌遺伝子 放送大学 教養学部 二河成男
マルカメムシとその近縁種は、必須腸内共生細菌であるイシカワエラをその腸内に
保持している。共生細菌の感染は、メスが産卵時に卵塊に産みつけるイシカワエラの
詰まった 共生カプセル から、孵化幼虫がイシカワエラを吸引することにより成立
する[1-3]。これまでの研究から、1)マルカメムシは害虫としてダイズ上によく見られ
るが、近縁種のタイワンマルカメムシはダイズ上ではあまり見られない。2)ダイズの
みを食餌とする実験において、マルカメムシは通常通り成長・繁殖を行うが、タイワ
ンマルカメムシでは孵化率が低くなった。3)種間での共生細菌の置換実験を行うと、
害虫種であったマルカメムシの孵化率が低下し、ダイズを餌として繁殖できなくなっ
た。一方、非害虫種であったタイワンマルカメムシは、ダイズを食餌として通常通り
繁殖できるようになった。このことは、ダイズを餌として利用できるかどうかは、宿
主昆虫ではなく、共生細菌の遺伝情報によって決まること示している[4]、ことが明ら
かとなっている。そこで、これら 2 種の共生細菌間のどの遺伝的な相違が、宿主昆虫
のダイズでの繁殖に関与しているかを明らかにするため、マルカメムシ[5]、タイワン
マルカメムシのゲノム配列を決定し、比較ゲノム解析を行った。その結果、ゲノム間
に 138 カ所の塩基置換と 35 カ所の indel を同定した。このうち、2 つの indel がタイワ
ンマルカメムシ共生細菌遺伝子に、偽遺伝子化を生じさせるものであった。現在は、
この2つの遺伝子に着目し、複数の地域個体群のマルカメムシ、およびタイワンマル
カメムシのダイズ上での繁殖効率を測定し、ダイズ上での繁殖能に関与する遺伝子の
同定を目指している。
1. Fukatsu and Hosokawa (2002) Appl Environ Microbiol 68, 389
2. Hosokawa et al. (2005) FEMS Microbiol Ecol 54, 471
3. Hosokawa et al. (2006) PLoS Biol 4, e337
4. Hosokawa et al. (2007) Proc R Soc B 274, 1979
5. Nikoh et al. (2011) Genome Biol Evol 3, 702
11
共生細菌の垂直伝達を担う新規タンパク質の発見と機能解析 独立行政法人 産業技術総合研究所 棚橋薫彦
多くの昆虫は必須共生細菌と呼ばれる細菌と相利共生関係を構築している。これら
の共生細菌は宿主昆虫の生存繁殖に必須であり,それゆえに宿主昆虫は必須共生細菌
を次世代へと確実に伝達させる機構を備えている。この機構の分子基盤の解明は,高
度な相互作用を伴う内部共生系の進化の理解において,また 必須共生細菌を保有す
る害虫等の新たな制御方法を開発する上で,きわめて大きなインパクトをもたらす。
しかし,この機構の分子基盤,特に必須な遺伝子や機能についての現在の知見は非常
に限られている。
ダイズなどのマメ科植物の重要害虫であるマルカメムシは,必須共生細菌を含む黒
褐色の「共生細菌カプセル」を卵近傍に産下し,孵化幼虫がこのカプセルの内容物を
吸って共生細菌を獲得するという,高度に進化した伝達機構を備えている。マルカメ
ムシの中腸には,発達したひだを備え共生細菌を大量に保持する領域と,それに続く
黒褐色の肥大した領域があり,前者から排出された共生細菌が肥大部で黒褐色の分泌
物と混合され,これが共生細菌カプセルの内容物となる。この中腸肥大部でどのよう
な遺伝子が発現しているかを調べるためにEST解析を行った。その結果,驚いたこと
に約6割を単一の転写産物が占めていた。この転写産物の全長配列をRACE法で決定
したところ, 転写産物の全長は829塩基で,単一のタンパク質がコードされていた。
このタンパク質(以下PMDP)の推定アミノ酸配列中には,分泌シグナル以外には,
データベース中の既存のタンパク質との間に有意な類似性は認められず,新規なタン
パク質であった。一方,PMDP遺伝子は調査したマルカメムシ類6種すべてから見い
だされ,系統解析の結果から本遺伝子はマルカメムシ類の共通祖先で一度獲得された
事が示唆された。PMDP遺伝子の発現はメスの中腸肥大部にほぼ特異的で, 4齢幼虫
から開始する。また,中腸肥大部での分泌物質の動態を免疫組織化学および透過電子
顕微鏡により解析した結果,中腸肥大部は機能的に少なくとも2つの領域に分かれて
おり,前半部では主にカプセル内容物であるPMDPが生産され,後半部ではカプセル
の外殻となる多糖類の膜も生産されていることがわかった。
PMDP遺伝子の発現をRNAiで抑制したところ,RNAi処理の3日後にはPMDP遺伝
子の発現量は約1/100に低下し,中腸肥大部の黒褐色部は縮小または完全に消失した。
また,処理からおよそ2週間後には,メスは黒褐色の物質をほとんど含まないカプセ
ルを産下するようになった。メスの中腸肥大部と産下されたカプセル内の共生細菌は
異常に膨張し,崩壊していた。このとき,共生細菌は次世代幼虫に伝達されず,次世
代幼虫の成長パフォーマンスは劇的に低下した。興味深いことに,RNAi処理はメス
の産卵パフォーマンスには直接影響しなかったが,メスの死亡率を有意に低下させた。
これらの結果から,PMDPがカプセルの主要構成成分であり,かつ共生細菌の垂直
伝達に必須な新規タンパク質であることが判明した。PMDP遺伝子は必須共生細菌の
垂直伝達の実行因子として同定された世界初の遺伝子である。 12
トコジラミと Wolbachia の栄養相利共生の発見およびその進化機構 独立行政法人 産業技術総合研究所 細川貴弘
シラミ目・ハエ目・カメムシ目に属する一部の昆虫は脊椎動物の血液のみを餌にし
て生活しており、ヒトや家畜から吸血する害虫となっているものが多い。これらの昆
虫は一般的に体内に共生微生物を保持することが知られており、宿主と共生微生物の
相互作用の解明は進化生物学だけでなく害虫管理に対しても重要な情報をもたらす
ことが期待される。トコジラミ(カメムシ目)は吸血によって激しい痒みを引き起こ
す不快害虫であり、過去の大規模薬剤散布によって個体数は激減したものの、近年再
び被害件数が増加してきている。本研究ではトコジラミの共生細菌の系統的位置と生
物学的機能、さらにはその進化機構を解明した。
共生細菌の 16S rRNA 等の遺伝子配列を決定して系統解析をおこなったところ、こ
の共生細菌は Wolbachia 属の一種であることが明らかとなった。抗生物質を投与して
Wolbachia を除去するとトコジラミはほとんど成長・繁殖できなくなったが、餌の血
液にビタミン B 類を添加すると正常に成長・繁殖できるようになった。したがって、
多くの昆虫類で寄生者として知られている Wolbachia が、トコジラミでは宿主に必須
ビタミン B 類を供給する相利共生者になっていると考えられた。Wolbachia の全ゲノ
ム配列を決定して他の昆虫の寄生型 Wolbachia のゲノムと比較すると、意外にもゲノ
ムサイズや構成遺伝子の数および組成に大きな違いは見られなかった。しかしトコジ
ラミの Wolbachia にはビタミン B 類であるビオチンおよびチアミンの合成に関わる遺
伝子群が特異的に見られ、興味深いことにこれらの遺伝子群は他の細菌からの水平転
移によって獲得されたことが示唆された。この遺伝子水平転移がトコジラミと
Wolbachia の相利共生関係の進化において重要であったと思われる。
参考文献:
Hosokawa T., Koga R., Kikuchi Y., Meng X.-Y., Fukatsu T. (2010) Wolbachia as a
bacteriocyte-associated nutritional mutualist. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107: 769-774.
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昆虫の体色を変える共生細菌:その発見と分子基盤の解析 富山大学 先端ライフサイエンス拠点 土`田 努
動物の体色は、種の認識、配偶者をめぐる競争、天敵に対する隠蔽色・警告色・擬
態など、生態的に重要な役割を担っている。多くの昆虫と同様に、エンドウヒゲナガ
アブラムシ Acyrthosiphon pisum には種内に明瞭な体色多型(主に緑色型と赤色型)が
存在し、捕食や寄生回避に重要な役割を担っていることが知られてきたが、我々はこ
のような体色多型が、共生細菌の感染によって生じうることを見いだした。
ヨーロッパの野外集団から採集したいくつかの系統のアブラムシを飼育していた
我々は、緑色の母虫から赤色の幼虫が産み出されるという未知の現象を見いだした。
体色の変化するアブラムシを調べたところ、その体内には、これまでアブラムシから
は報告のなかった Rickettsiella 属の共生細菌が存在していた。抗生物質処理等を用い
た感染操作実験や、定量 PCR を用いた解析の結果、アブラムシ体内の Rickettsiella 密
度が高くなるほど体色が緑色に変化するという有意な関係が示された。これらの結果
は、Rickettsiella の感染がエンドウヒゲナガアブラムシの赤色の体色を緑に変える要因
であることを明確に示していた。本研究は、自然界においてさまざまな役割を果たす
生物の体色 に共生微生物が大きく影響するという事例を世界ではじめて示したも
のであり、生物の生態や環境適応の理解に新たな観点を提示するものと言えよう。
現在我々は、Rickettsiella 感染が引き起こす体色変化の分子基盤の包括的な解明に取
り組んでいる。アブラムシの体色を構成する色素を薄層クロマトグラフィーによって
解析したところ、Rickettsiella 感染によって新規の色素は現れず、特定の緑色色素の量
が、感染アブラムシでは非感染虫のおよそ 3 倍に増加していることが明らかになった。
このことは、Rickettsiella が感染することで宿主アブラムシの緑色色素の生産がなんら
かのかたちで活性化され、その結果、体色の変化が生じていることを示唆している。
化学構造解析により、これらの緑色色素がポリケチド化合物であることが明らかにな
った。次世代シークエンサーを用いた RNA-seq 法により、感染によって発現が変化
する宿主アブラムシの遺伝子を網羅的に解析し、体色変化の原因遺伝子の探索を行っ
た。これまでに、感染によって発現量が有意に変動したものとして、54 の遺伝子を同
定した。多くの機能未知遺伝子や転写調節因子とともに、脂肪酸/ポリケチド合成酵
素遺伝子の高発現が確認された。前述の化学構造解析の結果とあわせ、本遺伝子が体
色変化に関与している可能性が示唆された。
今回はこれらの解析結果に加えて、Rickettsiella のエンドウヒゲナガアブラムシ自然
集団中での感染実態や、共生細菌̶宿主間相互作用が体色形成に与える影響について
も概説する。
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