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アブラナ科野菜の根こぶ病抵抗性育種に関する研究

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アブラナ科野菜の根こぶ病抵抗性育種に関する研究
博 士 (農 学) 吉 川宏昭
学 位 論 文 題 名
ア ブ ラナ科野 菜の根こぷ病 抵抗性育種に関 する研究
学位 論文内容の要 旨
根こ ぷ病は アブ ラナ科 植物に 特異的に発生する病害で,わが国では既に全国的に発生が見られ,
特に 主産地 におい ては 連作に よる菌 密度の 増加に 伴い ,被害 が増大 してい る。本研究は根こぶ病
抵 抗 性品 種 の 育 種を 目 的 と して 行 わ れ たも の で , 内容 の 概 要 は次 の と お りで あ る。
1. 根こ ぶ病抵 抗性育 種を効 率的 に進め るため に,精 度が高 く, 少量菌 の接種 で大量 ・早 期検定
が簡 便にで き,検 定後 の用土 ,資材 の消毒 が容 易で菌 の散逸 の恐れ の少な い接種方法にっいて検
討し た。そ の結果 ,従 来の浸 根接種 法に比 べ, 新しく 考案し た病土 挿入接 種法が,検定精度の点
で 最 も優 れ , ま た 総 合的 に 見 て も 抵抗 性 選 抜 育 種に お け る 実 用性 の 高 いも のと考 えら れた。
2. 病土 挿 入 接 種 法に よ り Wil
liams
法のレース2
種 に 対 す る 根こ ぶ 病 抵 抗性 の育種 素材を 検索
し た 結果 , カ ブ で は 抵抗 性 の品 種間差 が明瞭 に認め られ, 無発 病の品 種5,高度 抵抗性 品種7,
こ れ に次ぐ 抵抗性 品種 2
があ げら れた。 これら の多く は欧州 の飼 料用カ ブであ った。 これ まで抵
抗 性 の育種 素材が n=
10群には 認めら れてい ない ので, ハクサ イ・カ ブ・ ツケナ 類の根 こぷ病 抵
抗 性 因子 源 と し て 重 要で あ る 。 こ れら の 中 で , 高度 抵抗性 の℃ro
ppa
’ はアン トシア ン色素 の
発現 が見ら れずハ クサ イの育 種素材 として 有望 と判断 された 。キャ ベツで は抵抗性に幅広い品種
の 分 布が 見 ら れ , 抵 抗性 品 種と して普 通キャ ベッ14品種( うちサ ボイキ ャベッ 3
),メ キャベ ツ
で 4品種 , ケ ー ル で2品 種 が あげら れた。 ダイコ ンで は,外 国品種 は全般 に弱く ,わ が国の 品種
は強 かった 。抵抗 性品 種とし て無発 病のも の18
, 高度抵 抗性品 種17
が あげら れた。また,ハツカ
ダ イ コ ン で は , オ ラ ン ダ の 育 成 品 種 を 中 心 に 無 発 病 の 品 種が 数 多 く 認め ら れ た 。
3. 病原 菌 の レ ー ス分 化 の 有 無 を 検討 し た 結 果 ,わ が国の レー ス検定 には, 国際比 較の ために
Wil
liams
法 の 4判 別 品種 を , ま た これ に 加 え て 育種 に採 用した 抵抗性 親を判 別品種 に用 いるの
が 良 い と 判 断 さ れ た 。 わ が 国 の 主 要 レ ース と 考 え ら れる Will
iams法の レ ー ス 1,2, 3, 4菌
の 単 独接種 および 4
種 混合菌 の接 種を, キャベ ツ・ハ クサイ を主 とした 2
9品種に 行っ た結果 ,品
種の 抵抗性 にはレ ース による 特異的 な反応 がみ られず ,病原 カの差 による 平行的な反応が見られ
− 347−
た ので ,実際 育種に は病原 カの 高い菌 を使用 するこ とで,育成系統の汎用性に大きナょ問題はない
と 推察 した。
4.根 こぷ病 抵抗 性育種 推進上 の基礎 資料 を得る ため, レース 2
菌 に抵抗 性のカ ブ, ケール ,キャ
ベ ッを 用いて ,ハク サイ類 (n二二10
群),キャベツ類(n
二二9
群)の抵抗性の遺伝解析を行った。
‘ ハク サ イ xカ ブ’の F
lの多く は高 度抵抗 性を示 した。 また, 高度 抵抗性 カブと ,高度 り病
性 ハク サイと の交雑 1
2組合 せで, 根こぶ 病抵抗 性は 単一の 優性遺 伝子に 支配さ れる ことが 示され
た 。 同 様 な こ とは , 選 抜 Fz
系 統 , F4
選 抜 系統 でも 確認さ れ,選 抜効果 の高 いこと が示さ れた。
こ れ ら 完 全 抵 抗 性 カ ブ の 遺 伝 子 は ‘ 77b’ の 遺 伝 子 と 同 一 の も の で あ ろ う と 推 定 し た 。
ハクサ イ,ツ ケナに おい ての抵 抗性の 選抜効 果を 検討し た結果 ,親品 種の抵 抗性 が高い 程選抜
系 統 の 中 に 選 抜効 果 の 高 い 系統 が 多 く 得 られる 傾向を 認めた 。白 カブと 赤カブ にっい てFI
の抵
抗 性 を 検 討 し た 結 果 , 組 合 せ に よ っ て 強 度 抵 抗 性 Flが 得 ら れ る こ と が 明 ら か に な っ た 。
‘酸茎 菜’ と‘Mi
la
nW
hi
te
’ の組合 せで ,抵抗 性に複 数遺伝 子が 関与するものと推察され,
葉 の形 質は不 完全優 性の単 一遺 伝子に 支配さ れると 推定さ れた 。また ,根こ ぷ病抵 抗性 と葉の形
質 は互 いに独 立した 遺伝を 示す ものと 推定さ れた。
キ ャ ベ ツ Flの 多 く は , 両 親 の 中 間 ∼ り 病 性 側 に 傾 い た 。 ま た , 高 度 抵 抗 性 の 縮 葉 ケ ―
ル ‘ K 269’ と 高 度 り 病 性 の ‘ マ サ ゴ 三 季 ’ と の 組 合 せ で 根 こ ぶ 病 抵抗 性 は 単 一 の劣 性 遺
伝 子 に 支 配 さ れ る こ と が 示 さ れ , 同 様 な こ と は 選 抜 F3世 代 の 分 離 か ら も 確 認 さ れ た 。 な
お ,一部 で微働 遺伝子 が関与 すると 思われ る系統 が認めら れた。 また, 根こぷ 病抵抗 性
は チリ メン性 などの 植物形 質と は独立 した遺 伝を示 すと考 えら れた。
キャベ ツ類の 抵抗性 選抜 効果を 検討し た結果 ,親 品種の 抵抗性 が高い 程抵抗 性の 強い系 統が得
ら れる 傾向を 認めた 。
キ ャ ベ ツな ら び に ‘ハク サイXカブ におけ る抵抗 性の 遺伝様 式が組 合せに よって 異な ったが ,
こ れは 抵抗性 遺伝子 の根本 的な 相違に よると 考える よりも ,優 性効果 の主働 遺伝子 と相 加的効果
の 微働 遺伝子 を単独 または 複合 した形 で有し ,完全 抵抗性 親を 用いた 場合に は微働 遺伝 子が主と
し て現 れたも のと推 察した 。
5. ‘ ハ ク サイ xカ ブ ’ の交 雑 組 合 せ で ,抵 抗性で 結球 ハクサ イおよ びツケ ナとし て有 望と思 わ
れ る系 統を19
79年以来 1
98
2年に かけて 選抜し ,完全 抵抗 性4
3系統 ,強度 抵抗 性2
0系統 が得ら れ,
さ ら に 形 質 選 抜を 行 い, 1
0組合せ から, 3
0系統 ,14
1個体を 選抜し た。 そのう ち,完 全抵抗 性で
形 質 が 良 く , 揃っ た 系 統 は ,抵 抗 性 ハ ク サイ系 統‘安 濃1∼7号’と して選 抜した 。ま た,ツ ケ
ナ 系 統 と し て 山 東 菜 型 , 小 松 菜 型 , 酸 茎 菜 型 , 体 菜 型 , ナ バ ナ 型 の 各 1系 統を 選 抜 し た 。
夏まき早生型の根こぶ病抵抗性キャベッ品種の育成にっいては,1
97
5年以来198
2年にかけて選
抜し, 形質,揃い共に良好な抵抗 性系統‘安濃1
号,同2号,同3号’とした。1983
, '84
年は
抵抗性がほば目標の域にあることを確認した。
6.移植の困難なハクサイにっいて,水耕法による稚苗期での抵抗性検定の可能性を検討した。
その結果,抵抗性検定にはMa
zi
n液肥を用い,液温2
1--24
℃,胞子濃度10
’∼10°/施,螢光灯
による 16時間照明が適当と考えられ,処理後約3週間目(本葉2∼3
枚期)で抵抗性の選抜が可
能と判断された。
液肥中の肥料成分でt
ま,カりと窒素の発病に及ばす影響が極めて大きく,発病を助長した。な
かでもカりの影響は窒素の場合よりも大きかった。抵抗性の明らかな品種を用いて検定精度を検
討した結果,品種の抵抗性は既知の抵抗性程度とよく一致し,本水耕法での検定精度は高いと判
断された。
根こぷ病抵抗性系統の対抗植物としての利用を検討した。すなわち,根こぷ病菌の接種重汚染
土壌に抵抗性系統を対抗植物として2回春作し,その後作のり病性カブの発病および生育の調査
から,抵抗性系統の菌密度低滅効果を検討した。また土壌中の菌密度測定方法として,土壌から
抽出した精製途中の菌を病土挿入接種する方法を考え,検討した。その結果,根こぷ病抵抗性系
統の作付によるり病性カブの発病低下はほ場試験,ハウス試験ともに見られ,とくにほ場試験で
は顕著であり,抵抗性系統作付による菌密度低減効果は高いと考えられた。り病性カブの発病低
下効果は生育,特に根部形質に強く現れた。同様な効果は抵抗性系統の3
作後,4作後に顕著に
認められ,これらの土壌中菌密度は5 x
i0゜∼5xi
0°/樹の病土よりも低いものと推察された。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 八 鍬 利 郎
副 査 教 授 木 下 俊 郎
副 査 教 授 生 越
明
本論文は表12
6,図13,引用文献68を含む総ぺージ数35
1の和文論文であり,8章に分けて論述
されており,別に参考論文9編が添えられている。根こぶ病はアブラナ科植物に特異的に発生す
る病害で,生産の団地化・連作化の進行と共に発生面積や被害程度が増大し,産地の崩壊する所
-349一
も見られるようになった。本研究は根こぶ病抵抗性品種の育種を目的として行われたもので,内
容の概要は次のとおりである。
1.抵抗性育種の開始にあたり,まず安定した発病の得られる接種検定法の確立に着手し,既往
の接種検定法よりも優れた「病土挿入接種法」を考案した。また,本接種法の適正検定条件とし
て接種菌の休眠胞子濃度は5 x
10゜/耐,病土の培地組成は3パーライト:2
ピート:2粘土(乾
燥重量比),温度は20
∼ 30
℃(2
2℃程度が最適),土壌水分は乾燥を避け,やや多湿気味とする,
培地のp
Hは5.5∼6
.5ナょどを明らかにした。栽培管理方法や抵抗性の評価法にっいても改良を図
り,育種選抜用の検定技術を確立した。
2.わが国の病原菌のレ ース分化の有無を検討した結果,Wil
liams
法では,レース1
,2,3,
4を主とした8種に,ECD法(n―lO群の判別品種に限 る)では,16
と20の2種に区別された。
育種選抜に用いる菌レースの選定に関して主要な4種菌を用いて検討した結果,品種の抵抗性に
はレースによる特異的な反応が見られず,病原カの差による平行的な反応が見られたので,実際
育種には病原カの高い菌を使用することで,育成系統の汎用性に大きな問題はないと推察され,
レース2
菌の使用が良いと判断した。
3.レース2菌を用いた病土挿入接種法によるアブラナ科作物の根こぷ病抵抗性素材を検索した
結果,ハクサイ,ツケナ類,ハナヤサイ,ブ口ッコリ一,コールラビ,カラシナ類,ナタネ,ハ
クラン,Bras
sicacarin
ata,雑草のナズナなどはいずれも激しく発病し,抵抗性育種素材は全
く認められなかった。一方,カブ,ダイコン,ハツカダイコン,ケール,Raph
anobr
assic
aに
は免疫型抵抗性の育種素材が認められ,キャベツ,メキャベツ,B. n
igraにも高度抵抗性の品
種が若干認められた。以上の抵抗性素材のなかで,抵抗性カブはB.camp
estri
s群の抵抗性育
種素材として,またキ ャベツ‘Bohmerwaldkohl 72755,同72756’やケール‘K―2
69’など
はキャベツの抵抗性の育種素材としてそれぞれ有望と判断された。
4.レース2菌の病土挿入接種法により,抵抗性親に用いたカブ,ケール,キャベツ品種のもつ
抵抗性の遺伝解析を行った結果‘ハクサイxカブ’の交雑組合せで,カブの持つ根こぷ病抵抗性
は単一の優性遺伝子に支配され,葉身の形など植物形質とは独立した遺伝を示すこと,結球性は
ハクサイの戻し交雑で急に向上することを明らかにした。
キャペツの抵抗性育 種では,抵抗性親に用いた‘ Bohmerwaldko
hl 72
755’外3品種の根こ
ぷ病抵抗性は2∼4対の 複数主働遺伝子に支配されること,また縮葉ケール‘K
269’の根こぶ
病抵抗性は単一の劣性遺伝子に支配され,かっチリメン性などの植物形質とは独立した遺伝を示
― 350−
すことを明らかにした。
5
.‘ハクサイxカブの交雑組合せで抵抗性育種を実施し,根こぷ病抵抗性のハクサイ系統‘ハ
クサイ安濃1∼7号’(うち 安濃1∼4号は‘中間母本農1∼4号’として農林登録された),
ツケナ系統として山東菜型,小松菜型‘ツケナ安濃1
号’(同‘中間母本農1
号’),酸茎菜型,
体菜型,ナバナ型‘ツケナ安濃2号’の各1系統を,カブでは‘カブ安濃1号’(‘中間母本農
1
号’)を育成した。キャベッでは,‘愛知大晩生XBohm
erwal
dkohl7275
5’を主とする交雑
組合せから,‘安濃l∼5
号’(うち安濃5
号は‘中間母本農1号’として農林登録された)を
育成した。
6
.ハクサイの水耕法による稚苗期での抵抗性の検定が可能であることを明らかにした。また,
根こぶ病の発生様相を肉眼観察した。水耕法の肥料成分を変える処理でカりと窒素は発病の助長
効果 が高 く, リン 酸は 効果 は小 さい もの の発 病抑 制 作用 を示すことを認めた。
7
.根こぷ病抵抗性系統の対抗植物としての利用を検討し,抵抗性系統の作付による菌密度低減
効 果は 高 く , 対 抗 植 物 と し て の 実 用 性 の 高 い こ と が 明 ら か になっ た。
以上のように本研究は,学術上重要な知見を加えたばかりでなく,根こぶ病対策に貢献すると
ころが頗る大きく,応用面においても高く評価される。
よって審査員一同は,別に行った学力認定試験の結果と合わせて,本論文の提出者古川宏昭は
博 士( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 が あ る も の と 認定し た。
ー 351
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