Comments
Description
Transcript
Master Thesis - 山下研ホームページ
修士論文 回転超流動ヘリウム3の研究 低温物理学研究室 山下 学籍番号 1 穣 0406 1章 1-1 序章 超流動ヘリウム3 内部自由度を持つ超流体 ヘリウム3の超流動状態の最も特筆すべき性質は秩序状態に多彩な内部自由度が存在す ることにある。 ヘリウム4や多くの超伝導体が s 波のクーパー対で、ゲージ変換不変性 U (1) が自発的に 破れることによる秩序状態であるため、その内部自由度は存在しない。 ところが、ヘリウム 3―UPt3や、Sr2RuO4等の一部の超伝導体―はP波のクーパー対であ るため、対称性を破って秩序状態へ移る際の対象となる不変性として G = SO (3) × SO (3) × U (1) の 18 個の自由度が存在する。 この高い自由度の為、超流動ヘリウム 3 には複数の秩序相(A,B,A1)が存在し、さらに残 った自由度によって一つの相を表す秩序変数に自由度が残って、内部自由度を持った超流 体という状態が実現されている。 図1-1がヘリウム 3 のゼロ磁場で の相図である。 今回の研究の対象は主として A 相で あるので、以下 A 相について述べる。 A相のオーダーパラメーターはスピ ン を 表 す d̂ ベ ク ト ル と 軌 道 を 表 す ˆ , nˆ )の三つの直行するベクトルの ( l̂, m 組によって、 dˆ µj = dˆ µ (mˆ j + inˆ j ) 図 1-1 ヘリウム 3 の相図とA相のギャップ と 3×3 の行列として表現されている。 オーダーパラメーターに残っている対称性は群論の記号で H = U (1) × U (1) × Z 2 と表現さ れ、剰余群 G / H の第一種ホモトピー群の計算 ⎛ SO(3) × SO(3) × U (1) ⎞ 1 3 ⎟⎟ = π 1 ⎛⎜ S 2 × SO(3) ⎞⎟ = Z 4 ⇒ 0, ,1, (mod 2) Z2 ⎠ ⎝ 2 2 ⎝ U (1) × U (1) × Z 2 ⎠ π 1 ⎜⎜ により、特異点の無い渦(n=0,2,4,,,)特異点のある渦(n=1,3,,,)および、循環量子 1/2 の渦が存 在することが topology により示される。 2 1-2 相互作用と特徴的距離 ヘリウム 3 のギャップは図 1-1 の中の絵にも示したように l̂ ベクトルの方向につぶれてい る形をしているため境界では l̂ ベクトルが壁に垂直でなければいけない。これはギャップエ ネルギーが絡むために強い束縛条件となる。 d̂ ベクトルはスピンに直交する向きを表している。そのため、磁場との相互作用エネル ギーは fH = ( 1 ∆χ dˆ ⋅ Hˆ 2 ) 2 という形をしている。これにより d̂ ベクトルは磁場に対して垂直になるような力が働く。 ここで、∆χ は超流体の帯磁率のうち、A 相のギャップの異方性によって現れる項である。 A 相の帯磁率は χ µν = χ N δ µν − ∆χdˆµ dˆν 2 と表せられる。この異方性を表す項が ∆χ で、ギャップの大きさ ∆ に比例し ( ) 1 [erg cm -3 G - 2 ] ∆χ ≈ 5.4 × 10- 7 1 − T Tc 2 という量である。 また、l̂ ベクトルと dˆ ベクトルの間には双極子相互作用という軌道―スピン間の相互作用 があり、NMR の実験において重要な役割を果たす。その形は、 ( ) Fd = − f d dˆ ⋅ ˆl 2 という形をしていて、図1-2にも示すように 境界の影響を受けないような領域では d̂ ベク トルと l̂ ベクトルは平行になっている。ここで、 f d ≈ 2 × 10 −7 N F ∆20 (T ) である。N F はフェルミ面での状態密度を表し、 図 1-2 ヘリウム 3 の軌道とスピン ∆ 0 は A 相のギャップの最も膨らんでいる所の大きさで、 ⎛ T ∆ 0 (T ) = 3.42 × k B Tc ⎜⎜1 − ⎝ Tc 1/ 2 ⎞ ⎟⎟ ⎠ となっている。 3 このように、ヘリウム 3-A 相の秩序状態を表すオーダーパラメータ-をある方向に向け ようとする相互作用にはさまざまなものがあり、上に書いた 2. ˆl ⊥ wall v dˆ ⊥ H 3. l̂ // d̂ 1. といった相互作用のほかに、 4. ˆl // v s といったものもある。これはギャップのつぶれている方向に超流体の流れを向けたほうが 軽くなるということによるものである。 このなかで、1.はその相互作用にギャップエネルギーが絡むためこれを破るためには 超流体を壊すようなことが無ければならず、一番強い条件となっている。2. と 3. の条件は 磁場 H ≈ 30G のところでつりあうためこれ以上の磁場中では 2. の条件が優先され、それ 以下では 3. の条件が優先される。 これらの、秩序変数に対して方向付けをしようとする相互作用とは別に l̂ ベクトルと d̂ ベ クトルにはグラディエント・エネルギー、いわばその構造に剛性が存在する。 これら二つの相関により超流体の秩序変数は境界や磁場、流れといった条件によってエ ネルギーが最小になるように織目のような空間配置をとることとなる。これを「texture」 織目構造などと呼ぶ。 その変化の距離スケールは関係する相互作用によって決まる。たとえば、コヒーレンス 長 ξ 0 はギャップエネルギーとグラディエント・エネルギーの釣り合いから決まるコヒーレ ンス長で、 ξ 0 ≈ 120Å (at melting pressure)という量である。 また、壁によって l̂ ベクトルがx方向を向いているが、磁場によって d̂ ベクトルが y 方向 を向いているような場合、l̂ ベクトルは壁から離れた所では双極子相互作用を稼ごうとして、 y 方向を向こうとするが、あまり急激に x からyにむくとグラディエント・エネルギーを損 することになる。 ある距離スケール ξ L でオーダーパラメーターが変化した場合のグラディエント・エネル ギーは f gradient ⎛ξ 1 ≈ N F ∆20 (T )⎜⎜ 0 10 ⎝ξL ⎞ ⎟⎟ ⎠ 2 でかける。 この f gradient と f dipole の二つがちょうど二つがつりあうように l̂ ベクトルは変化するの で、このときの距離スケール ξ d は 4 f gradient = f dipole ⎛ξ 1 ⇒ N F ∆20 (T )⎜⎜ 0 10 ⎝ ξd 2 ⎞ ⎟⎟ = −2 × 10 −7 N F ∆20 (T ) ⎠ より、 ξ d ≈ 10µm 程度の量となる。 1-3 超流動ヘリウム 3 A 相の NMR 超流動ヘリウム3の NMR においては l̂ ベクトルと、dˆ ベクトル間の双極子相互作用が重 要な役割を果たす。双極子相互作用はスピンを保存しない相互作用なので、その影響は NMR の共鳴周波数に現れる。 図 1-3 に示すように、境界から離れた一様平衡状態では双極子相互作用により d̂ と l̂ は平 図 1-3 一様な領域でのオーダーパラメーター 行にロックした状態(ダイポールロックされているなどと呼ばれる)にあり、そのような状態 では横振動の共鳴周波数は ω 2 = ω L2 + Ω 2A 2 2 となる。ここで、ω L は Larmor 周波数、Ω A は双極子相互作用による項で ∆ に比例する。 それにより、周波数シフトは (1 − T Tc ) の関数となるので、これを温度計に用いることが出 来る。 図 1-4 に静止下での図 1-4 に渦のある状態の NMR シグナルの典型的な例を示す。縦軸が NMR の吸収を表し、横軸が Larmor 周波数から測った周波数を示している。 前述のように、双極子相互作用により Larmor 周波数からずれた所に吸収のピークが現 れている。 5 図 1-4 静止下での3He-AのNMRシグナル 1-4 超流動ヘリウム 3 A 相の渦の NMR これに対して、回転下での NMR シグナルは渦の構造により双極子相互作用の影響が渦の周 りでは変化し、これが Larmor 周波数からのシフト量の異なる別の NMR 吸収ピークとして 現れる。渦により一様な領域ではダイポールロックされていた l̂ ベクトルと dˆ ベクトルのダ イポールロックが外れて、平行ではなくなっている領域は、 「soft core」とよばれる(図 1-5 参 照)。 図 1-5 渦のソフトコアによるスピン波の模式図 6 このダイポールロックの外れるソフトコアの典型的な距離スケールは「dipole coherence length」とよばれ、texture のグラディエント・エネルギーと双極子相互作用のバランスで きまる。 図 1-6 に soft core による典型的なシグナルの例を示す。双極子相互作用が一様な状態と 同じところからは静止下と同じ吸収ピークが現れるが、渦の周りで双極子相互作用が変化 することにより別の吸収ピークが現れている。 l̂ ベクトルと d̂ ベクトルが平行になっているような一様な領域から来るシグナルをメイ ンピークと呼び、渦由来のピークをサテライトピークなどと呼ぶ。この二つのラーマ-周 波数からのずれの比を Rt2 = ∆f main ∆f satellite と定義する。この量は渦構造を反映する量になるので、できた渦構造を同定する際に重要 2 な量となる。ちなみに、図 1-6 の Rt ≈ 0.5 程度である。 図 1-6 回転下での3HeA相のNMR 7 2 章 Intrinsic Angular Momentum 1 章の所で述べたように超流動ヘリウム3は p 波のクーパー対による超流動である。 そのためヘリウム4や、s 波超伝導体等とは異なり、軌道角運動量 L = 1 と Spin 角運動量 S = 1 を持つ。 そのため、系を回転させたときに回転 Ω と相互作用する軌道角運動量として、超流体の 流れとしての角運動量 L flow とは又別に、クーパーペアが P 波であるという超流体それ自身 の性質による角運動量 Lint が存在するはずである。 この自発的角運動量(Intrinsic Angular Momentum)は超流体全体としてどのように現れ るのだろうか? もし、クーパーペアはフェルミ面の中にまでぎっしり詰まっていて、その全てが角運動 量に参加するのならば、全体として Lint = Nh という軌道角運動量を系は持つはずである。 Cooper pair として存在するのは Fermi 面( E F = 1K )のギャップ( ∆ ≈ 1mK )だけの厚さ の狭い領域で、角運動量に参加するのはその分のクーパーペアのみであるのなら、 Lint ⎛ ∆ = Nh × ⎜⎜ ⎝ EF ⎞ ⎟⎟ ⎠ n n = 1,2 という量になるはずである。この場合、クーパーペアがフェルミ面の中にまで詰まってい ても、有効な量として現れるのはギャップ分のクーパーペアであるという議論もある。 この Intrinsic Angular Momentum(以下 I.A.M.と省略)の (∆ E F ) の次数をめぐる 問題は過去にさまざまな理論家が論文を発表しているが、いまだ決着を見ていない。 この問題に対して実験的に結論を出そうというのが次の章の内容である。 3章 Mermin-Ho texture を回転させる事による I.A.M.の検証 Intrinsic Angular Momentum の (∆ E F ) の次数がどうなるかという問題の検証を行う ためには軌道角運動量と回転の相互作用を調べればよいのだが、そのままでは流れによる 角運動量に隠れてしまうため難しい。 そのため、われわれは円筒容器内に「Mermin-Ho texture」とよばれる状態を作り出し、 その l̂ ベクトルの織目構造が回転に対して変化が、軌道-スピン相互作用によって NMR の シグナルに反映されることを利用して、I.A.M.の問題に結論を出そうとしている。 3-1 円筒容器中の texture l̂ ベクトルは壁に対して垂直ではないといけないという強い条件があるため l̂ の空間構 8 造は境界の形に強く影響される。 円筒容器中では Mermin-Ho texture と Pan-Am texture という二つの texture があると 考えられている。 図 3-1、3-2 にそれぞれの模式図を示す。矢印が l̂ ベクトルを表している。 この二つの大きな違いは円筒容器の軸方向に角運動量を持つか持たないかにある。 Mermin-Ho texture は図にあるように壁から垂直に出た l̂ ベクトルが中心にむかって上 か下に向いていくことにより特異点を持つことを回避する構造をもっている。また、中心 軸周りに超流動速度場 r h 1 − cos β ( r ) V =− ϕˆ r 2m を持っている。ここで、 β ( r ) は l̂ ベクトルのz軸からの角度で、中心で 0 壁に向かうに したがってπになるような関数である。超流動速度は中心で 0 になっていて、A 相特有の 芯の無い渦となっている。これらにより軸方向の角運動量が存在する。 Pan-Am texture は図のような構造をしていて、二ヶ所の特異点がある。超流動速度場は 持たず、超流体は静止している。より、角運動量を持たない。 図 3-1 Mermin-Ho texture の模式図 図 3-2 Pan-Am texture の模式図 l ベクトルが中心で上を向いている 両端に特異点が存在する 9 3-2 Mermin-Ho texture による I.A.M.の大きさの検証 Mermin-Ho texture は軸方向に l̂ が向いていることによって回転に対して応答がある形 をしている。これを利用すると、回転と軌道角運動量の相互作用から角運動量の大きさに よって Mermin-Ho texture の回転に対しての変化が異なるため、I.A.M.の大きさを調べる ことが出来る。 以下、図 3-3~3-6 によってそのおおよその様子を示す。 図 3-3 に Mermin-Ho texture のスピン波の様子を示す。 Mermin-Ho texture の l̂ ベクトルの織目構造が、壁から動径方向を向いて中心で軸方向 を向く構造をしているのに対応して、中心付近でダイポールロックが外れることによるソ フトコアが存在している。 図 3-3 Mermin-Ho texture におけるスピン波の様子 さて、この Mermin-Ho texture をまわしたときにどのようなことが現れるかというと、 v v v (v ) r v 回転との相互作用 − Ω ⋅ L = −Ω ⋅ L flow + Lint rinsic があるため L を大きくしようとするので 10 v v あるが、このときに L flow と Lint のどちらを大きくしようというのが n = 0 と n = 1,2 とでは 違うのである。 n=0 のケース v I.A.M.の次数が 0 だった場合には Lint は大きな量になるので l̂ ベクトルが上を向いてい る領域を増やしたほうが良くなる。 図 3-4 n=0 のときの Mermin-Ho texture のスピン波の様子 この結果、図 3-4 に示すようにソフトコアの領域が広くなり、ポテンシャルも広がるため スピン波の周波数に変化が現れる。 n=1,2 のケース v r n=1,2 の場合は Lint よりも L flow を稼ごうとするため変化の様子が変わる。 11 図 3-5 n=1,2 の時の Mermin-Ho texture のスピン波の様子 Mermin-Ho は先に示したように中心で速度場がゼロで円筒容器の壁の所に循環量子1の r 渦に対応した速度場を持つ、このように外側のほうが速度場が強いため L flow を稼ぐには l̂ ベクトルが面内に倒れている部分を増やしたほうがよくなる。その結果、ポテンシャルの 様子は n=0 の時とは逆に変化する。 以上のように n=0 と、n=1,2 とではそのソフトコアの変化の方向が違うため回転による サテライトピークの変化方向も異なる結果になる。その様子を図 3-6 に示す。 12 図 3-6 回転による Mermin-Ho texture のサテライトピークの変化 2 実際、Mermin-Ho texture の NMR シグナルのメインピークとサテライトピークの比、Rt の回転数を変えていった時の変化が、Lint がマクロかミクロ化で大きく変わることが高木の 計算により示されている(T. Takagi J. Phys. Soc. Jpn. 65(1996) 1722) ので、これを実験に よって示せばよい。 4章 測定セル及び測定方法 実験装置のうち実験セル及び NMR ダイアグラムについて書く。回転冷凍機に関する部分 は7章にかかれている。 Mermin-Ho texture を実現するには円筒のサイズは大きすぎても小さすぎてもいけない だろうと考えられている。 小さいと Mermin-Ho は l̂ ベクトルの曲がり方がきつくなってしまって gradient エネル ギーを損してしまうが、Pan-Am はサイズ依存性が無いため Pan-Am texture がエネルギー 最低状態として実現されることになる。 大きいすぎると渦が入る vc が小さくなって、Mermin-Ho texture の回転に対する応答を 調べることの出来る回転数範囲が小さくなってしまう。 l̂ ベクトルが空間変化する際の距離スケールは、1-2で示したように双極子相互作用と l̂ や d̂ が空間変化するときに必要な gradient エネルギーとのバランスで決まり、おおよそ 10μm 程度の距離である。 このことより、我々は直径 100μm と 200μm の二つのセルを用意した。 結果は、後に述べるように、Berkley の実験では 100μm のセルでは Pan-Am らしきシ グナルが見え、200μm のセルでは Mermin-Ho のシグナルが見えた。 物性研での実験では残念ながら Mermin-Ho は再現していない。 13 4-1 実験セル 図 4-1 がサンプルのヘリウム 3 を詰めるセルの写真である。 物性研における実験はセルの圧力が30bar で行われている。Berkeley ではラインの詰 まり等があり、分からないままであった。 サンプルのヘリウム3を詰めるセルは、温度計用の Pt 粉末の入っているスペース、0. 1φの筒が並んでいるスペース、0.2φの筒が並んでいるスペース、そして核ステージ温 度にするための熱交換器からなっている。 図 4-1 実験セルの写真 図 4-2 がセルの断面図である。一番外側にニオブの超伝導シールドがあり外部磁場により NMR 磁場が不均一になるのを防いでいる。メインの NMR マグネットのほかに一次、二次 の補正マグネットがついている。磁場中心にある 0.1 φのセルの位置での磁場は均一度が 良いため何の補正も要らないが、磁場中心から離れた所にある 0.2φのセルはそのままでは 均一度が悪いため一次、二次の補正マグネットを働かせることで均一度を上げている。 14 図4-2 セルの模式図とφ0.1、φ0.2 Cell の写真 NMR の同調は 700kHz でとっていて、磁場の値をスイープする cw-NMR によって観測 している。NMR 磁場は≒25mT である。 セルの上部についているプラチナ温度計は Curie 則によって温度を測るものである。サ ンプルのヘリウム 3 の液にプラチナ粉末が漬けてあるので、セルの液自体の温度を測れる 利点があるが、確度が悪い(~0.5%)、測定に時間がかかる(数分)、NMR 測定とは独立には 行えない、等の欠点もある。 1 章でも述べたように一様な texture から来るメインピークのシグナルの周波数シフトは 1− T / Tc に比例するためセル自身の温度としてはこの周波数シフトが最も良い温度計とな る。 4-2 NMR diagram 15 NMRをするためのブロックダイアグラムを図 6-11 に示す。 図 4-4 NMR diagram 図 7-1 に示したように、測定器類は全て回転する架台の上に乗っているためすべてPCに より、リモートコントロールされている。通信は主としてGP-IBを使った。Kenwood の定電流電源はロックインの補助出力をGP-IBで制御することによって、電圧制御し ている。 NMR の Q 値は 20~30 で、S/N は 100~200 である。 tune box の中身を図 4-5 に示す。はじめはパラレルチューンによる Q メーター方式でシ グナルをとっていたが温度変化が大きかったため、ブリッジを組むことによる以下の方式 に変更した。 16 図 4-5 tune box 17 5章 実験データ 5-1 Berkeley における結果 0.1φセルの結果 次の図 5-1 に結果を示す。 0.1φセルは静止下で Tc を通過させても、回転下で Tc を通過させても差はまったくで なかった。 0.4 0.35 normal liquid 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 -2 0 2 4 6 8 0.1767 T=0.90Tc 0.1515 0.1263 x2 0.101 0.07575 0.0505 0.02525 0 0.10 -2 0 2 4 6 8 0.09 T=0.79T c 0.08 0.06 x4 0.05 0.04 0.03 0.01 0.00 -2.00 0.00 2.00 4.00 6.00 8.00 Frequency shift ( kHz ) 図 5-1 Berkeley での 0.1φセルの結果 0.2φセルのようなサテライトピークが現れなかったこと、回転による変化が無かった ことなどからこれは Pan-Am texture であるとおもわれる。 0.2φセルの結果 18 図 5-2 に示すように、静止下で Tc を通過したときはメインピークしか現れなかったが、 回転下で Tc を通過させた場合にはサテライトピークが現れた。 (b) (a) normal liquid normal liquid 0.931Tc 0.947Tc 0.907Tc 0.913Tc 0.898T c 0.896T c 0.871Tc 0.865T c 0.839T c 0.839Tc 0.812Tc -4.0 -2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 0.812Tc -2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10 Frequency shift ( kHz ) 図 5-2 Berkeley での 0.2φセルの結果 このサテライトピークは Mermin-Ho であると考えられた。その理由として 1. 静止下でも安定してサテライトピークが存在した。 19 2. 回転下でしか生まれなかった。 3. 回転によるサテライトピークの変化が観測された。 4. このときの最高回転速度は~1.5rad/s で渦は入らないと考えられた。 等が上げられる。 そのサテライトピークの回転数依存性が調べられた。図 5-3 にその結果を示す。 0.6 T=0.935Tc T=0.922Tc T=0.890Tc T=0.878Tc 0.5 0.4 0.3 0.2 -1 -0.5 0 Ω (rad/s) 0.5 1 図 5-3 Rt2の回転数依存性 データの精度が悪く、どちらともいえない結果となった。0.2φセルはマグネットの中心 に無いので磁場の均一度が悪いのに加えて、磁場補正マグネットが働かず、良い実験デー タとならなかった。 5-2 物性研究所(ISSP)での結果 物性研究所における実験では装置の改良の結果シグナルはきれいになったが、Berkeley での Mermin-Ho texture のシグナルは再現していない。 実験セルのうち Berkeley で Mermin-Ho が見えたのが 0.2φセルだったので観測は主に 0.2φセルで行われた。0.1φセルは物性研でも今の所目立った変化が見つかっていない。以 下の実験データは全て 0.2φのセルの話である。 現在の所、0.2φセルで見えているのは急速に冷却(–10μK/min)したときに現れるソリト 20 ンと、回転数を大きく上げた(ω>3~4rad/s)ときに現れる渦の二種類であると考えている。 物性研究所における改良点 物性研究で新たに立ち上げた回転冷凍機の主な特徴は、 1. 回転数を±1rot/s まで上げることができ、エアーベアリングによってスムーズな回転が 保持されている。 2. 回転冷凍機に測定器もPCも全て載せて、全ての測定器をPCで GP-IB 通信によって 制御することにより回転下でも NMR 測定、温度スイープ、温度測定、ロックインの調 整等あらゆる測定、操作が可能となった。 3. 回転下の発熱を抑えるため Dewar の外側に地球磁場キャンセルコイルを設置すること によって毎秒一回転下でも静止下とほぼ同じ温度安定性が得られた。 4. サンプルのヘリウム 3 を精製することによって不純物を 20ppm 以下に抑えた。 等である。 これらにくわえ、補正マグネットの調整、NMR 同調回路の改良等により、磁場中心に無 い 0.2φセルのシグナルも非常にきれいになった。 図 5-4 Berkeley と物性研究所でのデータの比較 21 図が Berkeley での実験データと物性研究所究所でのデータの比較である。磁場の均一度、 S/Nともに改善している。 しかしながら、Berkeley での実験で見えた Mermin-Ho シグナルが物性研究所では見え ていない。 Tc を通過させる条件が Berkeley の時とは違うのであろうと考え、さまざまに条件を変え て Tc を通過させた。このとき、関係があるであろう条件として、 1. 回転速度、向き(-6rad/s~+6rad/s) 2. Tc を通過する際の温度下降の速度(-0.1μK/min.~-10μK/min.) 3. 磁場の均一度 4. B 相から温度上昇して A 相に入れる 等があるであろうと考えたが、後述するように急な温度降下や高速回転で Mermin-Ho texture とは違ったサテライトが現れる以外は、結果はどれも似たようなものであった。 図 5-5 に表れているように、Berkeley では回転下で Tc を通過させたときにはもうひとつ のピークが現れたが、物性研究所での実験では静止下で Tc を通過させたときも回転下で Tc を通過させたときもまったく同じシグナルが現れている。 図 5-5 回転下で超流体を作っても変化が現れない。 5-2-1 急激冷却して Tc を通過した際に現れるソリトン 通常、超流体を作るときの温度降下の速度は-1μK/min.程度で行っているが、温度変化 を急激に行う(-10μK/min.程度)と少し違う、図 5-6 に示すようにシグナルが現れることが ある。その形から我々はこれを「shoulder」と名づけて呼んでいるが、これらはサテライ 2 トピークの現れる位置がメインピークに近い( Rt ≈ 0.8 )ことや、図 5-7 に示すように回転数 を上げて戻してくるとサテライトが小さくなることなどから、異なる方向に揃った秩序状 22 態の間に出来る格子欠陥による、ある種のソリトンであると考えている。 図 5-6 ゆっくり Tc を通過(-1μK/min.)したときのシグナルと、 急速に Tc を通過(-10μK/min.)したときのシグナルとの比較 回転数を上げ下げした際にサテライトピークが小さくなるのはいわば、中の秩序状態が 焼きなまされてきれいな状態になったからであろうと考えている。 23 図 5-7 回転数を上げ下げしたときの「shoulder」の変化。 濃い青のシグナルが薄い青のシグナルになった。 ところで、ここでゆっくり冷却したというのは –1μK/min 程度の冷却速度で、急速に冷 却したというのは–10μK/min 程度の冷却速度である。実験している人間のタイムスケー ルを基準に「ゆっくり」だとか「急速」という表現をしているが、なぜ円筒容器中に形成され る texture にとってこの二つの差がどうして意味があるのかはよく分かっていない。 5-2-2 高速回転下で現れる渦 急速に冷却を行うほかに、回転数を一定以上に上げるとサテライトピークが現れる。 このシグナルは温度変化しない周波数シフトを持つサテライトピークを持つ。回転に対 する変化は有意には無い。図に示すようにある臨界回転速度以上では回転速度に応じた大 きさのサテライトシグナルが現れ、静止下に戻すと消える。 24 図 5-8 回転下で現れるシグナル 図 5-9 6rad/s での温度変化 この渦のシグナルの温度変化は図 5-9 のようになる。メインピークが温度によりシフトし ていくのに対して、サテライトピークの温度変化はほとんどない。 25 図 5-10 メインピークとサテライトピークの周波数シフトの温度変化 メインピークとサテライトピークのラーマ-周波数から測った周波数の位置をそれぞれ 温度に対してプロットしたのが上の図 5-10 である。これをサテライトピークとメインピー 2 クの周波数の比 Rt = ∆f main ∆f satellite になおしたのが下の図である。 図 5-11 Rt2 の温度変化 この渦の回転に対する変化は次の図のようになる。 26 図 5-12 回転に対する変化 この図は 0.82Tc で回転数を下げていったときの変化である。低い回転数の所ではサテラ イトピークの位置が判別しづらいのでサテライトピークの周波数の回転数依存性はわかり づらい。明らかな変化は無いという程度である。 この渦の臨界速度を求めるため、回転速度を連続スイープしていったときのメイン、サ テライトピークの高さの変化を求めようとしたが、回転数の変化に対する測定器系の安定 性の悪さもありよいデータとはならなかった。 このため、温度を一定に保ちながら回転数を少しずつ刻んでいって(~0.2rad/s)その回転 数での NMR スイープをとるという手法が用いられた。この方法は、ひとつの回転数当り 1 時間ほど測定に時間がかかるため 6rad/s まで回転数を上げて帰ってくるのにほぼ丸一日を 要するが、NMR スイープの裾野が安定したきれいなデータが集まる。 この渦が入ることによって主に、メインピークの高さ、サテライトピークの高さ、線幅 の三つのデータに変化が現れる。以下、それらの回転数に対する変化をプロットしたもの を示す。まず、この渦のシグナルの回転に対する変化をサテライトピークの高さと回転数 に対してプロットしたのが図 5-13 である。 27 図 5-13 サテライトピークの回転変化 回転数が低い所がノイズに隠れてしまって分かり図らいのだが、ある臨界速度が存在し てその回転数以上でサテライトシグナルが大きくなり、減速時もある臨界速度を超えると 急激に小さくなる。 サテライトシグナルと同様にメインピークの高さも小さくなる。 図 5-14 メインピークの回転変化。静止下での高さを100としてある。 28 また、線幅も次の図 5-15 のように変化する。 図 5-15 線幅(Full Width at Half Maximum)の温度変化 渦が抜けた直後に静止下より線幅が小さくなるということが観測されたが、これはなぜ かよくわかっていない。 5-3 渦の臨界速度 これらのデータにより臨界速度を求めることが出来る。 図 5-16 から 5-18 にその様子を示す。メインピークと、線幅(FWHM)のデータはもとも と大きいため変化の様子が良く見えるが、サテライトピークは回転数の低い所での変化が 小さいためノイズに隠れてしまいがちで解析が難しい。 29 図 5-16 図 5-14 を用いた臨界速度の解析 図 5-17 図 5-13 を用いた臨界速度の解析 30 図 5-18 図 5-15 を用いた臨界速度の解析 これらの解析によって臨界速度をまとめたのが次の表1~3である。全て温度は 0.8Tc で行 われた。 表 5-1 1/9 +1rad/s で Tc を通過 Ωc_in(rad/s) Ωc_out(rad/s) +:同じ向き 5.2±0.3 4.6±0.2 -:逆向き 3.7±0.2 3.3±0.2 表 5-2 1/13 +1rad/s で Tc を通過 Ωc_in(rad/s) Ωc_out(rad/s) +:同じ向き 5.0±0.2 4.0±0.2 -:逆向き 3.6±0.2 3.5±0.2 31 表 5-3 1/23 -1rad/s に Tc を通過 Ωc_in(rad/s) Ωc_out(rad/s) +:逆向き 4.5±0.2 3.9±0.2 -:同じ向き 4.5±0.2 3.9±0.2 表 1,2 から分かるように+1rad/s で回転させながら Tc を通過させた場合の臨界速度には 差が出たが、-1rad/s で回転させながら Tc を通過させた場合には臨界速度に差は出なかっ た。 このように違う超流体には差が出たが、同じ超流体では有意な差は無く、再現よく現れ た。 6章 6-1 考察 Mermin-Ho texture が再現しない理由について Berkeley では現れたダブルピークのシグナルはどうして物性研での実験では現れないの だろうか?回転のスムーズさは上がり、回転数の上限も上がった。磁場の均一度も上がり、 温度安定性も良くなり、サンプルの純度も上がっている。Tc 通過の条件はさまざまに変え て行った。 現在、これから行おうとしている条件の変化として、 1. サンプルの圧力を変える 2. サンプルにヘリウム4を混ぜてヘリウム3の純度を悪くする の二つが考えられている。圧力と純度は Berkeley での実験ではちゃんと測れていないパラ メーターであった。 圧力を変えるというのはヘリウム3の GL パラメーターが圧力に対して大きく依存する 関数ではないのに対して、ヘリウム4を混ぜるというのは、壁に対してヘリウム4のほう が吸着ポテンシャルが強く、壁はヘリウム4で覆われるためヘリウム3と境界の関係を変 える可能性がある。ただ、一度ヘリウム3の中にヘリウム4を混ぜてしまうと再び精製す るのが面倒なので時期及びヘリウム4の量の決断には勇気を要する。 6-2 回転下で見えるサテライトシグナルについて 回転下で現れるサテライトピークの起源はなんであろうか? まず、Mermin-Ho texture のような静止下で存在しているソフトコアの構造が回転によ って連続的に変化したのであればそのサテライトピークの位置は回転数によって変化する ことが考えられる。 ところが、図 5-12 にも見られるようにサテライトピークの位置は回転数に依存するよう 32 には見えない。 これから、渦が外からか入ることによって現れたシグナルであると考えることが出来る。 つぎにヘリウム3にはそのオーダーパラメーターの対称性から芯のある渦(Singular Vortex;以下 SV)と、芯の無い渦(Continuous Vortex;以下 CV)が存在しているので、この SV か CV かが問題となる。 SV はその臨界速度は非常に大きいと考えられる。運動エネルギー m 2 v がギャップエネ 2 2 ルギー ∆ に等しくなるところで臨界速度が決まるとすると、その速度はおおよそ、 κ 1 ⎛ T ⎞ ⎜1 − ⎟ vc ≈ 2π ξ 0 ⎜⎝ Tc ⎟⎠ 1/ 2 3⎛ T ≈ 10 ⎜⎜1 − ⎝ Tc 1/ 2 ⎞ ⎟⎟ ⎠ [mm/s] となる。臨界速度は温度変化し、臨界速度の観測を行っているセルの半径が 100μm で最 −6 高回転速度が 2π[rad/s]であることを考えれば、 Tc 直下わずか 10 Tc の幅の領域にしか臨 界速度は現れない。 2 また、我々が実験を行っている温度領域 0.8Tc では SV は大きな Rt 、すなわちメインピ ークの位置に近いところにサテライトピークがあることが数値計算から示されている(V. Z. Vulovic, D. L. Stein, and A. L. Fetter Phys. Rev. B 29 6090(1984) 及び、H. K. Sepp &a& l &a& , 2 G. E. Volovik J.L.T.P. 51 279 (1982) )。それによると、T=0.8Tc での Rt ≈ 0.9 で、我々 2 の 実 験 デ ー タ が Rt ≈ 0.4 で あ る の と は 大 き く 違 う 。 ま た 、 彼 ら は CV に 対 し て の Rt2 ≈ 0.3 − 0.4 であると計算している。 これらの理論計算がバルクで、渦中心から ξ d より遠い所では l̂ ベクトルは一様になって いるという境界の効かない領域で行われている。われわれのセルは半径 10ξ d で円形の境界 から l̂ ベクトルが垂直に出てこないといけないという境界条件が重要になってくるから、ま ったく同じになるとはいえないかもしれないが、以上により、この渦が特異点のある SV で ある可能性は低く、特異点の無い CV である可能性が高いようにおもわれる。 Helsinki工科大学における初期の回転超流動ヘリウム 3 の研究でも我々のデータとよく 似た渦のシグナルを観測していて(P. J. Hakonen, M. Krusius, and H. K. Sepp &a& l &a& J.L.T.P. 60 187 (1985) )、彼らは先ほどの理論の論文の結果からこれを「Continuous && . Parts et al., Phys. Rev. Lett. 75 3320 Unlocked Vortex」であると結論づけている ( U (1995))。それによると、この渦の構造は下の図 6-1 のようになるようである。 33 図 6-1 CUV(Continuous Unlocked Vortex)の図。灰色の部分がソフトコアである。 ところで、渦が入っているとすると何本入っているかが気になる所であるが、図 5-13 か ら図 5-15 を見る限りでは渦が入ったステップは一つしか見えず、一本しか入っていないよ うに見える。超流体が剛体回転するとして、そのときの渦密度から見積もると循環量子に して最大 6 個分の渦が入る計算になる。まだまだ、入る可能性があるので Tc 通過時の速度 を変えたりして測定する必要がある。 6-3 臨界速度について 3He-A相の渦の臨界速度はHelsinkiによってバルクな系(半径 2mmの円筒容器中)で行 われている(V. M. H. Ruutu, et al., Phys. Rev. Lett. 79 5058 (1997) )。 それによると、渦の臨界速度は 0.3mm/s~1.5mm/s と幅が広い。これは円筒容器内にで きる texture の構造が不安定なためで、かける磁場の方向や、回転させながら超流体にした 後に回転を止めずに測定したか、しないかで結果が異なり、再現よく現れているとはいえ ない。 我々はまだ十分な数のデータを取ったとはいえないが、同じ超流体ではその臨界速度は それぞれの回転向きに対する 2 回の測定は精度(0.2rad/s)の範囲で一致する。 臨界速度が静止下での texture の構造によっていると考えると渦を入れて、抜けたあとも 再び同じ臨界速度が再現するということは、渦の抜けたあとに再び同じ構造が復活してい ることを示している。 また、彼らは入っている渦は CUV であり、臨界速度が温度に対してはあまり依存しない という結果を出している。われわれはまだ 0.8Tc でしか測れてないので、われわれも温度依 存性を測り、芯のある渦か無い渦かということを見極めなければいけない。 臨界速度の違い まだ 3 回しか測れてない段階では断定的なことはいえないが、5 章の表1~3にあるよう に+向きに回した場合には臨界速度が回転向きによって異なり、-向きに回したときには 差が出ないという結果を得ている。 34 臨界速度が超流体と常流体の速度差からきていると考え、臨界速度 vc とすると常流体は 剛体回転しているから、 v n − v s = rΩ − v s = v c となる回転数 Ω c のときに渦が入るはずである。 もし、臨界速度 vc が回転の方向に依らないのであれば、この Ω c に回転の向きによって違 いが生まれるということは、それは渦の入る前にも Tc 通過時と同じ向きに rΩ c / 2 だけの 速度場が存在しているということになるのではないだろうか。 5 章の表 1,2 からその Ω c の差を 1.5[rad/s] と見積もり、壁の所( r = 100µm )で渦が入 るものとするなら、その速度場は 0.075mm/s となるはずである。 循環量子1の渦が壁のところでもつ速度場が~0.1mm/s であるので、この速度場は芯の 無い循環量子2の渦によるものと考えるより、循環量子 1 のものである可能性が高い。 すなわち、循環量子が1の芯のある SV がはじめから入っていて静止下でも抜けずに残っ ているか、循環量子 1 の芯の無い渦構造を持つ Mermin-Ho texture が本当は出来ていると いったことが考えられる。 しかし、芯のある渦が静止下でも安定して存在しているのは変だし、Mermin-Ho texture にしても存在するなら NMR にサテライトピークがあってもいいはずである。 また、-向きに回したときには臨界速度に差が出なかったというのは何を意味するのだ ろうか。 +向きに回して Tc を通過させたときと、-向きに回して Tc を通過させたときとでは通 過後の NMR シグナルが微妙に違う。それを図 6-2 に示す。 35 図 6-2 Tc を通過後の NMR シグナルの比較。 この図にあるように+向きに Tc を通過した超流体より-向きに Tc を通過させた超流体 のほうが線幅はせまく(~85%)、ピークが高い(~115%)。図の温度は 0.8Tc で回転数は Tc 通過時と同じ回転数における NMR シグナルの比較であるが、それぞれ静止下のシグナルを 比較しても同じ傾向が現れる。 これから Tc 通過の向きの違いによって異なる texture をもつ構造が出来ていたのかもし れない。 なんにせよ、臨界速度についてはまだまだデータが足りないため、確定的なことはまだ 何もいえない。 今後温度をかえて臨界速度を測ったり、Tc 通過時の回転数を大きくして渦が最大何本は いるかを見たりして理解を深めていく必要がある。 36 7 回転核断熱冷凍機の概要 物性研における回転核断熱消磁冷凍機について、その概略を図 7-0 に示す。 図 7-0 東京大学物性研究所の回転核断熱消磁冷凍機の概略図(五十嵐さんの提供) 37 7-1 全体の写真 図 7-1 が物性研の回転クライオスタットの全体写真である。 写真は冷凍機立ち上げ段階の 写真で、測定器がまだ全てのって いなかったり、外部からケーブル がつながっていたりする。 測定器は PC の乗っている架 台に全て載せられ、GP-IB 等に よって全て PC から操作されて いる。回転する PC は赤外 LAN を通じてつながっている LAN 上 の別の PC により遠隔操作され ている。回転実験は回っている測 定器に触れないため全ての測定 器は PC から制御されるように しないといけないため、必然的に 測定は全て全自動化されること となる。 回転は CANON のエアーベア リングによってスムーズな回転 が保持されているが、このエアー ベアリングは常に 5 気圧程度の 清浄な空気を流しつづけていな いといけないため停電等の非常 事態には非常にもろい 図 7-1 回転クライオスタット全景 液体ヘリウム Dewar を取り囲むように地下にいるのが地球磁場キャンセルコイルである。 回転による発熱の原因となる地球磁場による横磁場(数百ミリ Gauss 程度の大きさ)をキャ ンセルしている。 また、写真には写っていないが、測定器の等の AC100V 電源は外から水銀のスリップリ ングを通して供給されている。 38 7-2 Dewar内部 図 7-2 希釈冷凍機の模式図 (五十嵐さんの提供) 図 7-3 冷凍機の 4K 以下の写真 図 7-2 が冷凍機の混合器部分を 10mK まで冷やすための希釈冷凍機の模式図で、図 7-3 が4K以下の冷凍機の全体写真である。 2~3気圧で加圧されたヘリウム3ガスを液体ヘリウムバスによって4Kまで冷やし、 39 インピーダンスで減圧することによって、温度を下げた後、分留器で液化する。液化され たヘリウム3が混合器で相分離している濃い相から薄い相へ“蒸発冷却”することによっ て混合器の温度を10mK近くまで下げることが出来る。 薄い層のヘリウム3は分留器で気化することによって分留器の温度を1K近くまで下げ るので、入ってくるヘリウム3を液化する。 このようにヘリウム3ガスを循環しながら低温を作るわけであるから、ポンプとつない だヘリウム3ガスの循環ラインを回転中も大気からの漏れが無く保持することが必要であ る。 この問題を我々は「磁気シール」(RIGAKU RMS series)とよばれる製品により解決して いる。強磁性を持つ粒子を油のようなものに溶け込ませることで磁場の方向に伸びる力の ある粘性流体が作れる。 これにより、スムーズな回転と気密性の保持を両立できる。 図 7-5 磁性流体のスパ イク現象 図 7-4 磁気シール模式 7-3 核ステージ 希釈冷凍機の所で書いたように、 (高圧、4K)のヘリウムガスを低圧にすると温度が下 がるのと同じで、(高磁場、10mK)の状態から磁場を抜くと温度が下がる。 40 この核断熱消磁法により、ヘリウム3の超流動転移温度(約2mK)以下を実現する。 そのため図 7-3 にあるように核ステージと呼ばれる銅の塊が冷凍機の一番下についてい て、ここに磁場をかけて、核断熱消磁を行う。 ここで、回転特有の問題として、金属の塊を磁場中でまわすと発電機を回しているよう なものだから発熱してしまうという問題がある。 数mKの温度領域で温度を止めて、実験を行うには熱流入を 10nW 以下に抑える必要が あるが、実験空間には数百ミリガウスの横磁場があるため、そのままだと 100nW 以上の発 熱により、回転下で温度を止めた実験が出来ない。 この問題を、 1. 銅の塊にスリットをたくさん入れる。 2. 地球磁場を打ち消すような磁場を外からくわえる。 の方法で解決している。 1.は、核ステージを卍型にする方法をとっている。ちなみに、この加工際には向きを 間違えてナチスドイツの紋章と同じにならないようにする。 2.は図 7-1 にあるように冷凍機の周りに地球磁場キャンセル用のサドルコイルを置き、 これを用いて地球磁場をうまくキャンセルすることによって、発熱を抑えている。 現在、磁場の大きさと向きの調整により、毎秒一回転の条件下でも回転による発熱が問 題にならない(~nW)程度に抑えることに成功している。 図 7-6 核ステージを底からとった写真 41 図 7-7 核断熱消磁部分の模式図 (五十嵐さん提供) 42 7-4 実験空間の様子 実験空間は主に混合器と熱的に切り離すためのヒートスイッチ、ヘリウム3の融解圧 曲線を利用した温度計(MCT)、サンプルの詰めてあるセルと、NMR 用のマグネットからな る。 図 7-8 実験空間の様子 セル、セルの圧力計及び、マグネットは写真にあるように Nb の超伝導シールドに囲まれ ているため、中身は写っていない。 ヒートスイッチは Al の超伝導状態を磁場によって ON/OFF することで、熱伝導を ON /OFF している。(高磁場、10mK)の状態を作り出すときはスイッチをONにして混合 43 器のクーリングパワーを利用し、(低磁場、数mK)の状態を作り出す前にOFFにする。 MCT はいわば熱交換器つき圧力計で、ヘリウム 3 の融解曲線を利用することによって、 圧力から温度を求めることが出来る。融解圧上に A 相への超流動転移(A 点 3.43380[MPa], 2.48mK)、A 相から B 相への超流動転移(B 点 3.43580[MPa], 1.932mK)、固体ヘリウム 3 の核磁気秩序転移(S 点 34.39052Mpa, 0.931mK)の3つの温度定点が存在するため、一次 温度計として利用することが出来る。また、NMR 測定等とは独立して行えるのも利点であ る。実際の校正では B 点はほとんど見えないので、A 点と S 点を用いて行われる。 La-CMN は帯磁率のキューリー則を利用して温度を求めるもので、MCT に比べて感度や 温度変化に対する反応の速さが良いと期待していたが、なぜか感度が上がらず、また回転 させた際に MCT とは逆の反応(主に温度が下がる方向)を示すなど挙動がおかしいため現在 は使っていない。 44 まとめ 回転核断熱消磁冷凍機の建設は順調に終わった。最初の断熱消磁をはじめてからもうす ぐ4ヶ月になるが、いまだに大きなトラブル無く実験が出来ている。 0.2φセルは Berkeley のときのような周波数シフトを示すダブルピークは現れていない。 それにより当初の目的であった自発的角運動量の問題にはまだ決着がついていない。 急冷下でみえているシグナルは秩序変数の格子欠陥によるソリトンである。 高速回転下で渦のシグナルが見えているが、どのような渦によるものなのかはまだまだ 臨界速度の温度変化や、Tc 通過時の条件がどのように影響するかこれから調べなくてはい けない。 当初の目的であった自発的角運動量の大きさの問題を解決するためには Mermin-Ho texture を探さなくてはいけないので、セルの圧力、純度を変えて測定を続けていかなくて はいけない。 45 謝辞 この回転超流動ヘリウム3の研究は京大、東大物性研究所、大阪市大を中心として実に さまざまな人の共同研究によって成り立っています。 京大の水崎さん、佐々木さん、大見さん、大阪市大の石川さん、東大物性研究所の石本 さん、久保田さん、福井大の高木さんには実験、理論両面においてここに書ききれない、 さまざまな教えをいただきました。ここに深く感謝を申し上げます。 京大の石黒さんには一緒に実験をしつつ、さまざまな面においてご指導いただきました。 ここに、深く感謝いたします。 物性研の五十嵐さん、高橋さんには冷凍機の立ち上げに際して多くの苦労をともにしな がら手伝っていただき、まことにありがとうございました。 又、物性研の研究室の皆様および秘書の青山さんにも物性研での実験や生活においてさ まざまにご支援いただきました。ここに感謝申し上げます。 京大の松原さん及び、研究室の皆様にはヒートスイッチの作成や、MCT の製作及び京都 での運転テストを手伝っていただきまことにありがとうございました。 大阪市大の畑さん及び、研究室の皆様には市大でのサンプルヘリウム3の精製のさいに お世話になりました。ここに感謝いたします。 最後に温かく見守ってくれた両親と心を支えてくれた友人に感謝を申し上げます。 ありがとうございました。 まだまだ実験は続くので、これからもよろしくお願いいたします。 2001年1月31日 46 山下 穣