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縮小時代の郊外型コミュニティ開発
まちづくり研究 米国ニューアーバニズムの住宅地に見る 縮小時代の郊外型コミュニティ開発 明治大学理工学部建築学科准教授(2011年4月より) 佐々木宏幸 1 人口の減少と都市の縮小 問われ、さらに言えばその必要性さ 方を考える上で多くの示唆を与えて 都市の縮小は現在の日本が直面す え疑問視されている。 *2 くれた。 本の人口は、2004年をピークに減少 2「2010米国住宅地まちなみ視察」 3 オレゴン州ポートランド市 局面に入った。2055年には日本の人 2010年6月に実施された住宅生産 オレゴン州ポートランド市 Portland, 口は現在の3分の2に、全人口に占め 振興財団主催の「2010米国住宅地ま Oregon は、ウィラメット川 Willamette る65歳以上の高齢者の割合は40% に ちなみ視察」は都市が縮小する中で River 沿いに広がる人口約58万人の なるとされている*1。このように少 の郊外開発のあり方を考える恰好の アメリカ西海岸有数の都市である。 子高齢化に伴う人口の減少が進む日 機会となった。この視察に筆者は講 Tri-Met による MAX ライトレール 本社会において、都市機能や生活機 師として同行するとともに、実施前の システムに代表される公共交通ネッ 能を収容する都市空間という側面に テーマや視察先の選定に参加した。 トワークの整備が進み、主要な農地 限れば、新たな開発の必要性は失わ 当初、財団から示された視察テーマは や緑地を保全しながら既成市街地を れたと言える。かつては都市の成長 「住み続けたくなる街」 。このテーマを 活性化する目的で1979年に採用され をいかに収容するかが課題であった 発展させ「住み続けたくなる都市の た都市成長限 界 線 Urban Growth 都市計画は、いまや都市の縮小や自 住み続けたくなる街」と捉え、都市と Boundary(以下 UGB)は、広域土 然・農地への回帰をいかに行うかが しての魅力に溢れるコロラド州デンバ 地利用計画の先進的取り組みとして 課題となっている。 ー市、オレゴン州ポートランド市、カ 有名である。さらに、ポートランド市 都市の縮小は日本だけの問題では リフォルニア州サンフランシスコ市の からワシントン州シアトル市にかけて ない。世界的に見れば今後も人口総 3都市を視察先として選定した。 は情報技術関連企業の集積が進み、 数は増加を続けると予測されている。 「住み続けたくなる都市」を視察テ 「シリコン・フォレスト」と呼ばれる地 しかし、日本とドイツが人口減少社 ーマに加えたのは、この視察を郊外 域を形成している。これらの取り組み 会に突入し、アジアやヨーロッパの 型住宅コミュニティ開発の訪問や住宅 が奏功し、ポートランド市では近年、 多くの国々でも少子高齢化が社会問 管理組合 Home Owners Association 郊外だけではなく都市部においてもさ 題となっている。また、人口が国レ へのインタビューだけで終わらせるこ まざまな開発が進んだ。特に公共交 ベルでは増加している米国において となく、魅力ある都市の中で郊外住宅 通施設周辺での TOD 開発は郊外、 も、デトロイトなどのかつての自動 コミュニティが果たすべき役割を考え 都市部を問わず盛んに行われている。 車工業都市を中心とし、人口の減少 る契機としたかったからである。各都 これらの 開 発 の 結 果、1990年 か ら と都市の縮小が大きな社会問題とな 市では、グリーンフィールドでの新規 2000年にかけては米国の全国平均の り、さまざまな対策がすでに講じら コミュニティ開発に加え、充填型コミ 2倍の速さで地域の人口増加が進み、 れている。 ュニティ開発、 公共交通指向型(TOD) 10年間で20万人以上が増加した。 このように都市の縮小は世界的な コミュニティ開発、伝統的住宅コミュ 財団の視察では、ポートランド市 課題となり、都市は拡大から縮小へ、 ニティ、充填型都市開発、ダウンタウ 内および 近郊のノブヒル地区 Nob 成長から成熟へと方向転換を迫られ ン再開発等、さまざまなタイプの開発 Hill、パール・ディストリクト Pearl ている。そのような状況の中、郊外 を視察した。特にオレゴン州ポート District、オレンコ・ステーション 開発の意義やあり方が今まで以上に ランド市は、今後の郊外開発のあり Orenco Station の3つの特徴的なプ る避けては通れない課題である。日 66 家とまちなみ 63〈2011.3〉 Nob Hill 写真1 ノブヒル地区ノース・ウエスト23番街NW23rd Avenueのまちなみ (写真は全て筆者撮影、2010) ロジェクトや地区を中心に視察した。 写真2 ノブヒル地区の歴史的戸建て住宅エリア んでいる。さらに進むと通りは丘の斜 ホイト通り Hoyt Street 操車場跡地、 面に沿って縫うように登って行き、ダ 市のランドマークであるパウエルズ・ 4 ノブヒル地区 ウンタウンを見下ろすウエスト・ヒル ブックス Powell’s Books、再開発され ノブヒル地区はポートランド市の West Hill の丘の上にある歴史的住宅 た兵器工場やビール工場 Blitz-Wein- ダウンタウンの北西に位置する歴史 エリアに入る。大きく育った街路樹や hard brewery 等の街区がある(図1)。 的住宅コミュニティである。ダウン 住宅の前庭や斜面の豊かな緑の奥に 1990年代後半から都市再生が始ま タウンまで車で約5分、2001年7月に 佇むクラフツマン・スタイルの戸建て ったこの地区には、保存再生された工 開通したストリートカーによりパー 住宅群がコミュニティの長い歴史を感 場の建物の「殻」に囲まれたギャラリ ル・ディストリクト経由でダウンタウ じさせる(写真2)。 ーや芸術家のロフトなどの「真珠」に ンまで約15分で結ばれ、その利便性 ノブヒル地区は緑豊かで良好な居 なぞらえてパール・ディストリクト(真 は近年さらに向上した。 住環境、都心に至近な立地、公共交 珠地区)と呼ばれるようになった。 ノブヒル地区の中心は丘の麓に位 通機関によるアクセスの利便性、地区 パール・ディストリクトは、かつては 置する歴史的メインストリートであ 内の豊富なレストラン、カフェ、店舗、 ユニオン・ステーション Union Station るノース・ウエスト23番街 NW23rd コミュニティの豊かな歴史、それら全 鉄道駅の周辺を中心に、ダウンタウ Avenue とノース・ウエスト21番街 てにおいてひとつの理想的な住宅コミ ンの北側に位置する倉庫街・工場街・ NW21st Avenue である。これらの ュニティ像を実現していると言える。 鉄道操車場として栄えた。しかし、 1950年代からの鉄道・船舶中心の移 ストリート沿いには、近隣の住民だ けではなく周辺の地域や地区からも 5 パール・ディストリクト 動手段から自動車・飛行機中心の移 人々が訪れるレストラン、ホテル、 パール・ディストリクトは、ポートラ 動手段への移行により主要施設が他 カフェ、ブティック、ショップ、バー ンド市のダウンタウンの北、ノブヒル の地区に移転し始め、衰退が始まっ などが建ち並び、歩道にはアウトド 地区の東に位置する約100の街区から た。しかし1971年にパウエルズ・ブ アカフェやレストランのテーブルが なる約300エーカー(約120ha)の地区 ックスがオープンするなど1970年代 置かれている。そしてこれらのレス である。南をウエスト・バーンサイド・ の後半からは、ダウンタウンに近く トランや店舗の上階にはところどこ ストリート West Burnside Street、西 便利でありながら安い家賃、カジュ ろ住宅やオフィスが配され、地区の をフリーウェイの I-405、北をウィラメ アルな雰囲気を目当てに、スタート 中でも最も建物が密に立ち並ぶエリ ット川 Willamette River、東をノース・ アップ・ビジネスや芸術家が移り住 アとなっている(写真1)。 ウエスト・ブロードウェイ通り NW み始め、アートギャラリー、レストラ これらの通りの角を曲がると丘に向 Broadway Street に囲まれ、地区内に ン、カフェなどが集まり始めた。そ かって緩やかに傾斜する通りに入る。 はノース公園街区 North Park Blocks、 れでも1990年頃までは古い倉庫や労 通り沿いには手入れの行き届いた住 13番街歴史地区 The 13th Avenue 働者のためのカフェがパール・ディ 宅のポーチや前庭が歩道に面して並 Historic District、州の主要郵便局、 ストリクトを支配していた。 家とまちなみ 63〈2011.3〉 67 パール・ディストリクトの再生に バー・ディストリクト都市再生計画」 織され、月1回会合を開きながら現行 向けての本格的な動きは1980年代の が採 択された。さらに2000年には、 のプランや政策の見直し、地区内の 前半から始まった。まず、ポートラ 市の役人、ディベロッパー、コミュニ 開発の優先順位などを話し合った。 ンド開発委員会が新たな開発計画の ティ・リーダー、プランナー、デザイ また、運営委員会とは別に幹部会も 策定に取り掛かり、1998年にはそれ ナーなどさまざまな立場を代表する26 組織され、運営委員会の合間に会合 までに策定された計画をまとめた「リ 人のメンバーによる運営委員会が組 を開きながらプランニングプロセスへ Pearl District 写真3 パール・ディストリクトを走るストリートカー 写真4 パール・ディストリクト内のジャミソン公園 Jamison Park 写真5 パール・ディストリクト内のタナー・スプリングス公園 Tanner Springs Park 図1 パール・ディストリクト位置図(地区としてのパール・ディストリ クトは図中赤線で囲まれたエリアからI-405の西側エリアを除いたエリア) 出典:City of Portland(2001)Pearl District Development Plan : A Future Vision for a Neighborhood in Transition.(City of Portland)p.7 68 家とまちなみ 63〈2011.3〉 写真6 パール・ディストリクトを937 CONDOMINIUMSの6階より望む の助言や提言を行った。このような 規開発は LEED プログラム等に基づ 宅コミュニティである。1997年11月 プロセスを経て、 「パール・ディスト いて環境に配慮しながら計画され、 に開業したライトレール MAX のオ リクト開発計画−過渡期にある地区 公園等オープンスペースの整備でも レンコ駅周辺の約190エーカー(約 のための将来ビジョン」が策定され、 生態系に配慮したエコロジカル・デザ 77ha)の開発であるが、MAX がヒ 2001年10月に市議会により採択され インが実践された。また、官民の密接 ルズボローまで開通した時点で計画 た。この開発計画では、20年から30 なパートナーシップにより実施された はすでに進行していた。オレンコ・ス 年後の完成時に12,500人の居住人口、 この開発では、ストリートカーや公園 テーションは、ポートランド市近郊で 21,000件の雇用を想定している。 の建設整備費は官民双方により負担 行われているニューアーバニストによ 開発計画の策定により、パール・デ され、インフラ整備のための自治体の る TOD 開発を代表する開発である。 ィストリクトの開発は急速に進んだ。 負担は最小限に抑えられた。現在も ニューヨーク・タイムズ New York 特に再生に大きく貢献したのが2001 多数の開発プロジェクトが進行中で、 Times は、 「おそらく全国におけるニ 年7月のストリートカーの開通である パール・ディストリクトからウィラメ ューアーバニストの計画の中で最も興 (写真3) 。これによりパール・ディスト ット川の対岸へのストリートカーの延 味深い実験」と評している。オレンコ・ リクトはダウンタウンと約10分で結ば 伸工事も行われている。 ステーションの開発計画の策定はディ れた。全長4.8マイルのストリートカー パール・ディストリクトの開発は、 ベロッパーと建築設計事務所の共同 の環状路線は、歩道からの容易な乗 今後の日本の都市再生を考える上で チームにより行われたが、いわゆる著 降、短い駅間の距離など近隣のスケ 多くの示唆に富んでいる。地域ぐる 名なニューアーバニストは計画策定に ールに合うようデザインされ、同じル みの再生計画の策定、官民協力によ 参加していない*6。開発チームは、 ートを走るバスの7倍の乗客数を獲得 る開発計画の推進、地区の歴史の尊 オレンコ・ステーションが情報技術関 した。ストリートカーによるアクセス 重による新旧要素の共存、地区のア 連企業の集積地域であるシリコン・フ の向上は、質の高い都市型開発を加 イデンティティの創出、公共交通機 ォレストに囲まれていることに着目し、 速させた。レンガ造りの倉庫は美しい 関の活用によるアクセスの利便性、 周辺のハイテク会社やリサーチ会社 タウンハウスやロフトに改装され、高 多様な用途の複合による都市型ライ への市場調査を行い、その結果に基 層のコンドミニアム、オフィス、レス フスタイルの提供、環境への配慮と づいて開発計画を策定した。 トラン、カフェ、クラブ、バー、ギャ アメニティの提供などである。 オレンコ・ステーションは、食料雑 ラリー、ブティック等が相次いで建設 また、パール・ディストリクトの 貨店、レストラン、オフィス、ファー された。住民の流入に伴いスーパー 大きな成功のひとつは、ダウンタウ マーズマーケット等からなる約6,500 マーケットや食料雑貨店なども地区内 ン周辺に居住者を呼び戻したことで の商業スペースを含むタウンセンター に進出し、ジャミソン公園 Jamison ある。パール・ディストリクトの住宅 と約1,200戸の集合住宅、約350戸のコ Park(写真4)とタナー・スプリングス 開発は、7年間でポートランド市の20 ンドミニアム、約300戸の戸建て住宅、 公園 Tanner Springs Park(写真5)の 年後の住宅供給の目標を達成し、ポ 大小さまざまなオープンスペースなど 2つの大規模公園も整備された。2001 ートランド市の住宅戦略や地域や州 により構成されている(図2)。これら 年から2005年の間に、約100件、23億 の成長管理の目標の達成に重要な役 の多くは、オレンコ駅から歩いて約5 ドル相当のプロジェクトが建設され、 割を果たした。また、高密度の都市 〜10分圏内である、4分の1マイル(約 7,000戸を超える住宅のうち25%がア 型地区の創造は、UGB の拡張への圧 400m)から半マイル(約800m)の範 フォーダブル住宅として供給された。 力を軽減し自然・田園地域の保全に 囲に立地している。駅周辺には多くの このようにパール・ディストリクト *3*4*5 貢献した。 集合住宅やタウンハウスが、駅から半 マイル(約400m)ほど離れた幹線道 は、既存の倉庫や工場などの建物を 保存・活用した開発と新規の開発が 6 オレンコ・ステーション 路沿いには商業施設やミックストユー 共存し、操車場や工場街としての面 オレンコ・ステーションは、ポート スの建物が(写真7)、さらに駅から離 影を残しながら、新旧要素の入り混じ ランド市の西に位置するオレゴン州 れるほどに多くの戸建て住宅が配置 った独自の雰囲気を醸し出す地区とし ヒルズボロー市 Hillsboro, Oregon に されている。戸建て住宅はフロントポ て生まれ変わった(写真6)。多くの新 1990年代後半に開発された郊外型住 ーチ、切妻屋根、多くの窓が特徴的 家とまちなみ 63〈2011.3〉 69 Orenco Station 写真7 オレンコ・ステーション内のミックストユースの建物 図2 オレンコ・ステーションの全体マスタープラン。 出典http://www.flickr.com/photos/villebois/page8/(2011年1月27日) 写真8 オレンコ・ステーション内の大規模公園(セントラル・パーク Central Park) 写真9 オレンコ・ステーション内のポケットパークに面して建つ戸建て 住宅 なクラフツマン・スタイルやイングリ 配慮した街灯やストリート名表示板の 民との友好な関係を維持し、グルー ッシュ・スタイルのデザインが多い。 ディテール・デザイン、コミュニティ プ活動や社会活動へも積極的に参加 戸建て住宅エリアの中心には大規模 の自然な交流を生み出す随所に配さ する傾向がある。また、日常生活にお な公園が(写真8)、奥に行くに従って れたストリート・ファニチュア、これ ける徒歩や公共交通利用頻度が高い。 多数のポケットパークが分散配置され らが一体となり良質の居住環境を創 一方、TOD 開発としてのオレンコ・ (写真9)、ガレージには裏側の路地(ア 出している。また、コミュニティ全体 ステーションは、その可能性と限界を レー)からアクセスする。分譲住宅の に巧みに混合されながら配置された 同時に示している。公共交通の駅を 平均密度はエーカー当たり約7戸、賃 多様なタイプの住宅は、79,000ドルか 中心とし、その徒歩圏内にほとんどの 貸のアパートメントの平均密度は約20 ら429,000ドルまでの幅広い価格帯の 建物を配したコンパクトなコミュニテ 戸である。 住宅を提供し、地域の多様な住宅ニ ィデザインは、コミュニティのまとま オレンコ・ステーションの特徴はそ ーズに応えるとともに、コミュニティ りを生み出すとともに、住民の公共交 の巧みな空間デザインと多様な住宅タ 内でさまざまな家族構成や収入層の 通利用頻度を向上させた。一方、駅 イプの混合にある。オープンスペース 人々がともに暮らせる環境を実現して の直近ではなく駅から3街区、半マイ を中心に多様なタイプの住宅が配さ いる。 ル(約400m)ほど離れた幹線道路沿 れた全体配置計画、完成から10年以 オレンコ・ステーションに関する調 いに配置された商業開発は、郊外の 上が経過し樹木が生長したことにより 査は、ここが住宅コミュニティ開発と TOD 開発が商業開発を誘致すること さらに魅力を増した大小のオープンス しての成功例である多くのデータを示 の難しさを示している。これは住宅プ ペース、歩道、前庭、住宅のポーチ している。住民は一般的なコミュニテ ロジェクト完成前でも飲食・物販ビジ が一体となった心地良い街路、コミュ ィの住民に比べ、さまざまな住民が共 ネスが成立するよう自動車利用者を意 ニティ・アイデンティティの創出にも に暮らすことへの理解が高く、近隣住 識した計画であり、本来駅の直近に 70 家とまちなみ 63〈2011.3〉 商業機能を配置する TOD の原則から 増加傾向にある米国においても、ニュ ションエリア等として整備、あるいは は逸脱するものである。また、近くに ーアーバニズムの動きは都市部やその 商業農地に転用する予定である。さ 車での通勤に便利な大規模ハイテク 周辺の「アーバン・コア」に移動し始 らに市は国の補助金を活用し、ダウン 企業のインテルが存在するため、住 め、 郊外の成長の速度は弱まっている。 タウン、ミッドタウンにライトレール 民の通勤手段としての公共交通利用 1990年から2007年の18年間の50の大 を建設する計画を進め、それに伴う の割合は必ずしも高くはない。 都市圏のアメリカの国勢調査における TOD 開発の計画も進行中である。こ このように、TOD の実現に関して 住宅建物許可の調査も、1990年以降 のようなデトロイトの先進的取り組み はいくつかの課題を抱えるオレンコ・ は都市部やその周辺での開発の割合 を参考に、オハイオ州ヤングズタウン ステーションではあるが、住民からは が著しく増加し、リーマンショック以 市等、他の工業都市でも同様の試み 非常に高い評価を得、アメリカ国内で 降の不動産不況の中でもその傾向が *12 が始まっている。 も最も高い評価を受けている郊外型コ *10*11 続いていることを示している。 このように都市の成長に代わり都市 ミュニティ開発のひとつである。住宅 一方、冒頭でも述べたように、全て の縮小が都市計画の重要課題となり、 は、完成以降好調な売り上げを続け、 の都市が成長を続けているわけでは 同時に地球温暖化に代表される環境 現在も類似の開発よりも高値で取引さ ない。かつては自動車工業都市として 問題がますます深刻になる中、21世紀 れている。また、アメリカ国内でも全 栄えたミシガン州デトロイト市では、 に入りランドスケープ・アーバニズム 国住宅建築業者協会 National Asso- 自動車産業の衰退に伴い1950年に約 やエコロジカル・アーバニズムの概念 ciation of Home Builders(NAHB) 185万人だった人口が現在は80万人以 が台頭してきた。これらの概念は、従 によるマスター・プランド・コミュニ 下に減少し、かつては急速に郊外化 来のアーバニズムやニューアーバニズ ティ賞をニューアーバニズム・プロジ の進んだ地区もゴーストタウンへと変 ムの手法では環境問題への充分な対 ェクトとしては最初に受賞するなど、 化した。現在では139平方マイルの市 応がなさないとの立場に立ち、ランド *7*8*9 数多くの賞を受賞している。 域のうち40平方マイルが未利用に、 スケープ・アーキテクチャーやエコロ 33,000住戸が空き家となり91,000の住 ジカルな手法を活用しながら、より環 7 都市・住宅開発の動向 宅区画が売れ残っている。 境に優しく持続可能な都市を創造し ノブヒル地区、パール・ディストリ このような状況の中、すでに開発さ 再生しよとする考え方である。ニュー クト、オレンコ・ステーションの3つの れたデトロイト市の一部を田園的状況 アーバニズムの環境への対応の是非 地区やプロジェクトは、アメリカにお に戻す計画が進められている。過大 はさておき、ランドスケープ・アーバ いて成長を続ける都市の開発動向を なインフラコスト、警察・消防・ゴミ ニズムやエコロジカル・アーバニズム 顕著に示している。 収集等の公共サービスコストを抑制し の動きはヨーロッパの国々でも盛んに 21世紀の到来に前後して行われた 効率化するために都市をコンパクトに なり、都市の創造や再生において自然 郊外型 TOD 開発としてのオレンコ・ 再構築し、市の資源と人口を選りすぐ 環境をいかに取り込むか、あるいは都 ステーションと都市型充填開発として られたエリアに集中させ、半ば見捨て 市をいかに自然の一部とするかは重 のパール・ディストリクトは、1990年 られ たエリアを農 地や自然に 戻 す 要な課題となってきている。 代に入り活発化したニューアーバニズ “right-sizing”Detroit(デトロイト ム運動を代表する二つの開発形態で の“規模適正化” )戦略が策定され、 ある。一方20世紀初頭に開発された すでに一部の計画が実施されている。 8 まとめ ─これからの郊外開発のあり方 ノブヒル地区は歴史的住宅コミュニテ ダウンタウンやミッドタウンの古い建 すでに述べたように、日本の人口は ィとして色褪せることのない価値をい 物はロフトに改装され、新たな住宅が 2004年をピークに減少を始め、今後も まだに保ち続けている。1世紀の時を 建てられた。過去10年間にミッドタウ 長期的に減少を続けることが確実とな 隔てて開発されたオレンコ・ステーシ ンには3,500戸の住宅が新たに供給さ っている。さらに環境問題の深刻化と ョンの開発も、ノブヒル地区の空間パ れ、若者や芸術家などが市の中心部 ともに、都市をコンパクトに再構築し ターンを郊外の公共交通機関駅周辺 に流入した。また今後3年間で1万戸 自然環境を保全・再生することをめざ で再現したものといえる。 の古い住宅を取り壊し、跡地をコミュ し、都市の開発も新たな郊外の開発 このような状況の中、人口がいまだ ニティ・ガーデン、公園、レクリエー から既存の都市の再生へと大きくシフ 家とまちなみ 63〈2011.3〉 71 トし始めている。すでにニュータウン の中で子供たちを育て、自然との結び 人口の高齢化や都市部への人口流入 つきを通して環境への意識を高める により人口の縮小は郊外から起こり始 教育は、郊外でしか行うことができな めている。すなわち都市の成長の中 い貴重な教育である。 で郊外に建てれば売れた時代は終わ 第三に、地域の中で郊外を適切に りを告げ、否応なく郊外コミュニティ 位置づけるために公共交通ネットワー の淘汰は進んでゆく。そのような状況 クの活用が不可欠である。環境問題 の中、新たに開発される郊外コミュニ が深刻化する中、車が唯一の交通手 ティは、見た目の豊さなどの表面的な 段で日々の生活を車に依存せざるを 価値だけでは受け入れられない時代 得ない郊外はもはや成立し得ない。 に入った。しかし郊外開発の意義が 交通手段のひとつの選択肢としての 失われたかといえば、必ずしもそうで 車利用を提供しながらも、公共交通 はない。いまだに郊外開発への需要 のネットワークの中に郊外を位置づ は存在し、豊かな緑、広い家や庭で け、車に依存することなく暮らせる環 の生活、交通手段の選択肢としての 境を提供することは、今後の郊外開 車利用など、郊外コミュニティならで 発にとって不可欠である。 はの価値も存在するはずである。 第四に、住民同士の自然な交流を では、今後の日本の郊外開発のあ 促しながら良好なコミュニティの形成 り方はどのようにあるべきなのか。ポ に貢献する仕組みづくりが重要であ ートランドの3事例による示唆をもと る。そのためには、多様な用途や住 にまとめてみる。 宅タイプの混合、生活利便施設の提 第一に、環境問題への対応が不可 供、多様なオープンスペースの提供 欠な中、郊外の開発や再生を郊外だ などを通し、住民同士のふれあいが日 けの問題として捉えるのではなく、都 常生活の中で自然に生まれるように空 市部や郊外周辺の自然・農地等を含 間計画を工夫する必要がある。さらに めたより広範な地域的な視点から捉え は空間計画だけではなく、コミュニテ ることが重要である。そして地域の中 ィの管理・運営プロセスにおいても住 での郊外の位置づけと役割を明確に 民が積極的に参加できる仕組みを整 し、周辺のエリアと関連付けながら郊 え、住民が誇れる強いコミュニティの 外コミュニティが部分から地域全体 形成を図っていくことが重要である。 へと貢献する方法を考え、人々のライ 人口減少時代の今日の郊外が、成 フスタイルのひとつの選択肢としての 長時代の郊外のあり方のまま存続す 郊外コミュニティを提供しながら、持 る選択肢はもはやなくなったと言え 続可能な都市構造の創造に寄与する る。今後の郊外開発は、環境の改善 ことが必要である。 に貢献しながら地域の中での役割を 第二に、周辺の自然や農地に配慮 明確にし、郊外ならではのライフスタ し自然環境を保全するだけではなく、 イルと価値を提供しながらコミュニテ 郊外を自然の一部として捉えながら自 ィとしての成熟を遂げていくことが求 然環境の再生や向上に貢献する発想 められている。 が求められる。その中で、多様なオー プンスペースやアメニティなど郊外な らではの価値を居住者に提供してゆ くことが重要である。豊かな自然環境 72 家とまちなみ 63〈2011.3〉 (注記) *1:大野秀敏+アバンアソシエイツ『シュ リンキング・ニッポン:縮小する都市 の未来戦略』鹿島出版会 , 2008, pp.6-9 *2:「2010米国住宅地まちなみ視察」の詳 細は、財団法人住宅生産振興財団「2010 米国住宅地まちなみ視察調査:米国に お け る“ 住 み た く な る 街 ” の デ ザ イ ンと管理を探る」2010を参照 *3:City of Portland(2001)Pearl District Development Plan : A Future Vision for a Neighborhood in Transition (City of Portland). *4:http://newurbannetwork.com/article/cities-study-success-portlandstreetcar(2011年1月27日) *5:http://www.lightrailnow.org/news/ n_por-stc-photoessay_2005-02.htm (2011年1月27日) *6:Kadlub, R., Costa Pacific Communities, Chief Executive Officer, 2010.6.15 インタビューより *7:Steuteville, R., Langdon, P. & Contributors(2009)New Urbanism Best Practices Guide, 4th edition , pp.58-59 (New Urban News Publications Inc.) *8:Schleimer, J.(1999)Orenco Station takes master planned community honors. New Urban News March/April 1999 p.12(New Urban News Publications Inc.) * 9:Steuteville, R.(2009)New urban community promotes social networks and walking. New Urban News September/October 2009 p.1, (New Urban News Publications Inc.) *10:Haas, T.(Ed.) (2008)New Urbanism and Beyond: Designing Cities for the Future, in: Fishman, R., New Urbanism in the Age of Re-Urbanism, pp. 296-298.(Rizzoli International Publications) *11:http://newurbannetwork.com/article/infill-outpaces-greenfield-development(2011年1月27日) *12:Langdon, P.(2010)The shrinking city: Detroit considers concentrating growth, letting vacant areas go rural. New Urban News October/November 2010 pp.1-9(New Urban News Publications Inc.) 佐々木宏幸(ささき・ひろゆき) 1963年横浜生まれ。神戸芸術工科 大学デザイン学部環境・建築デザイ ン学科准教授。2011年4月からは明 治大学理工学部建築学科准教授。東 京大学工学部建築学科卒業。カリ フォルニア大学バークレー校大学院都 市地域計画学科修士課程修了。博士 (芸術工学) 。一級建築士。米国公認 都市計画士(AICP) 。Freedman Tung + Sasaki Urban Design 日本代表。