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樹脂材料分野における人工知能技術の応用領域

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樹脂材料分野における人工知能技術の応用領域
The TRC News,
201609-05 (September 2016)
樹脂材料分野における人工知能技術の応用領域
―文献データベースの抄録解析で概観を試みる―
フロンティア事業部門 先端技術調査研究室 鳥田 恵子
要 旨 ビッグデータの出現やコンピュータのハイスペック化により、人工知能は「第3次ブーム」を迎えた。材
料分野でも新局面を迎え、未知なる材料を“計算技術”で創製するという「マテリアルズ・インフォマティクス」
という新しいアプローチでの研究が活発化している。本稿は、樹脂材料分野に着目し、文献調査により人工知能
技術の応用領域を概観することを試みた。
新しい物質や物理現象を探索する手法であり、単なる
1. はじめに
材料開発の効率化だけでなく、研究者の経験や勘では
到達できない未知なる発見につながるアプローチとし
近年、ビッグデータ(大量のデータ)の出現、コンピ
て期待されている。
ュータの飛躍的なハイスペック化、ディープラーニン
これに関連して、
「情報総合型物質・材料開発イニシ
グ(deep learning)の実用化により、人工知能(Artificial
アティブ("Materials research by Information Integration"
Intelligence: AI)は大きく技術進展し、
「第3次ブーム」
「Cross-ministerial Strategic Innovation
Initiative: MI2I)」6)、
を迎えた 1)。
Promotion Program (SIP)-革新的構造材料研究開発」7)、
直近の話題としては、世界のトップクラスの棋士を
「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」
負かした AI 囲碁ソフト「アルファ碁」2)、10 分で特殊
(NEDO)8)など国レベルの取り組みが始まっている。
な白血病を見抜き治療法を助言した AI 診断 3)、自動運
AI 技術による材料創製は、すでに成果が出てきてい
4)
転走行車の登場 、などが有名だ。行政では、特許庁
る。電池寿命を 6 倍以上に伸ばすリチウムイオン電池
が 2017 年度に AI を活用した特許審査の実証試験を開
の正極材料の開発(京都大学)9)、太陽電池や熱電変
始し、特許の権利化までの期間半減を目指すことを発
換材料となる新物質の発見(豊田中央研究所)10)等、
表している 5)。
現時点では、無機・金属系の材料が開発の中心となっ
過去に2度あった AI ブームの頃と違い、AI が人間
ているようである。
と互角な(またはそれを超える)知的処理能を有する
それでは、樹脂材料分野における AI 技術の応用は
ことへの信頼性から、社会的貢献に繋がる事例が多方
どのレベルまで進んでいるのだろうか。本稿では樹脂
面で出てきている点で、世間の期待が高まってきてい
材料分野に着目し、AI 技術の応用領域を概観した。
るといえる。
2. 調査方法
AI 技術の進化は、材料分野にも影響を与えており、
特に材料開発では新局面を迎えている「マテリアル
AI 技術を利用した樹脂材料の技術開発に係る情報を
ズ・インフォマティクス(Materials Informatics: MI)」が
ある。これは、材料のビッグデータや AI を駆使して、
1
The TRC News, 201609-05 (September 2016)
収集するため、
科学技術文献データベース *を用いた。
術開発に AI 技術を応用した文献の抄録情報を中心に
検索では、AI 技術の応用領域の全容を広く捉えるため
解析し、その結果を表 1 に示した。表では、AI 技術の
発行年の条件では絞らず、
“樹脂材料(高分子、プラス
応用領域を概観できるように、樹脂材料の研究・技術
チック、重合体を含む)
”や“人工知能(ディープラー
開発における AI 技術の応用領域について、
対象材料、
ニングなどの機械学習、マテリアルズ・インフォマテ
研究・技術開発目的、AI 技術の役割期待、適用アルゴ
ィクスを含む)
”に関連したキーワード検索を行った。
リズム例をまとめた。
主なポイントは以下の通りであった。
3. 調査結果
1) 全体傾向
3.1 文献の発表状況
樹脂材料分野の研究・技術開発における AI 技術の主
データベース検索の結果、AI 技術(
“人工知能”のキ
な応用領域は、設計(高分子設計・材料設計)
、予測、
ーワード検索)に関しては 68,801 件、そのうち樹脂材
加工、管理などがあり、分子設計から材料製造工程と
料に関しては 268 件の文献情報がヒットした。
幅広いことがわかった。
その年次推移(1983 年~2016 年現在)を図 1 に示し
各領域の AI 技術の役割期待は、新規材料の創製、
た。図の「AI 技術」は AI 技術の推移(右目盛)を、
最適化条件の導出、正確・高速・自動化があり、いず
「樹脂材料」はそのうちの樹脂材料に係る推移(左目
れも“開発や作業の効率化”を目指すものであった。
盛)を意味している。
これらに適用したアルゴリズムは、学習型人工知能
「樹脂材料」は、1990 年と 1996 年に大きなピーク
であるニューラルネットワーク、専門家の意志決定能
を示したが、1997 年に大きく低下し暫く横ばい傾向で
力に近い判断を下すエキスパートシステム、最適化条
あった。しかし、第3次ブームの 2013 年から再び盛り
件を導く遺伝的アルゴリズムが中心で、研究目的に応
上がりをみせている。この盛り上がりは「AI 技術」の
じたアルゴリズムの融合や、パラメータを変えた改良
推移とほぼ同じであることがわかる。
型の構築などがみられた。
樹脂材料分野での検索ヒット件数は、AI 技術全体の
第3次ブームを代表するディープラーニングや MI
約 0.4%と研究規模は小さいものの、研究開発が活発化
を応用した研究開発例はみられなかった。
していることがうかがえた。
2) 設計
設計では、分子、重合、配合の各設計から高分子を設
計する「高分子設計」と、異なる材料を組み合わせて
新たな材料を設計する「材料設計」において AI 技術
の応用があった。AI 技術は、設計するためのパラメー
タ情報が不足していても正確な条件設定や、未知なる
材料創製という点で期待されていた。
高分子設計では、各設計の効率化や新規材料の創製
に AI 技術(ニューラルネット)を適用し、設計した
組成物を物性評価していた。また、高分子設計のため
図 1 「AI 技術」と「樹脂材料」の件数の年次推移
のデータベースの構築を検討する取り組みもあった。
材料設計では、主に繊維強化樹脂などの複合材料に
(検索結果より TRC が作成)
おいて効率的な設計に AI 技術が応用されていた。例
3.2 AI 技術の応用領域の概観
として、物性だけでなく、低コストや環境適応の観点
樹脂材料に関する 268 件のうち、樹脂材料の研究・技
から、樹脂と繊維の材料の最適な組み合わせをエキス
パートシステムでする取り組みがあった。
*
(独)科学技術振興機構が提供している JDreamIII
(JSTPlus ファイル: 1981 年以降の文献情報を収録)を利
用した。
2
The TRC News, 201609-05 (September 2016)
表 1 解析結果: 樹脂材料分野における AI 技術の主な応用領域
樹脂材料分野の研究・技術開発におけるAI技術の応用領域
応用領域
関連キーワード
対象材料
高分子設計
重合体,機能性高分子,
(分子、配合、重合設計) ポリマブレンド
AI技術の適用状況
研究・技術開発の目的
AI技術の役割期待
新規高分子の設計,重合 ・新規材料創製
体組成の決定(研究開発 ・条件最適化
の効率化)
・経済性・収益性(効率化)
適用アルゴリズム例※
ES,GA,ANN,
推論システム,
データマイニング
設計
材料設計
(材料組み合わせ設計)
環境、コスト、特性の観点 ・材料組み合わせの最適化
複合材料(繊維強化樹脂) で最適な材料を効率的に ・低コスト(効率化)
開発
・ロバスト性
予測
特性予測,モデル化
複合材料(繊維強化樹
脂),樹脂,ゴム
加工
成形,接合,穴あけ
・加工条件最適化
最適な加工条件の導出,ト
・高速性
樹脂,複合材料(繊維強化
ラブルシューティングの高
・品質安定性
樹脂),異種材料
速処理化
・工程管理
管理
・利便性
歩留まり向上,欠陥検出や
・高速性
監視・診断(検査,計測, 樹脂,複合材料(繊維強化
材料識別の高速化,工程
・品質安定性
評価)・制御
樹脂),異種材料
スケジューリングの最適化
・工程管理
・最適化条件の導出
重合体の組成予測,材料
・正確性
特性予測の効率化
・ロバスト性
ES,ANN,
知的データベースアクセスシ
ステム,推論システム
ANN,推論システム,
融合システム
ANN,ES
ANN, ES, Alife,
データマイニング,
制御アルゴリズム
※ES:エキスパートシステム,ANN:人工ニューラルネットワーク,GA:遺伝的アルゴリズム,Alife:人工生命
3) 予測
にニューラルネット、エキスパートシステム、最適化
予測では、
設計した繊維強化樹脂の材料特性の予測や、
アルゴリズムなどを導入する研究があった。
合成された重合体の組成予測をするために AI 技術
(ニ
4. おわりに
ューラルネット、
推論システムなど)
の応用があった。
基礎技術の面では、予測精度を上げるためのアルゴリ
ズムの構築などがみられ、各アルゴリズムを融合させ
今注目されている AI 技術が、樹脂材料分野の研究・
たシステムやパラメータの検討による改良などがある。
技術開発にどのように応用されているのか、文献抄録
これらの研究により精度向上の報告がある一方で、分
の解析により概観した。今回は抄録情報での調査を実
子構造や合成反応が複雑な系への応用にはまだ課題が
施したが、
原報の詳細な読み込みや特許解析を行えば、
示唆される報告もあった。
AI 技術の応用領域や技術的なレベル・課題点について、
より詳細な調査と深い考察が可能である。
今回の解析でわかったことは、AI 技術を利用した樹
4) 加工
成形(射出、押出、プレス)では、成形条件の最適化、
脂材料分野の研究規模は当初の想定よりも小さかった
成形品の品質安定化のための間接的評価、成形不良対
ことである。第3次ブームに入り、樹脂材料分野でも
策(トラブル回避)の部分に AI 技術の応用がみられ
AI 技術応用への注目の兆しはあるが、特に材料開発の
た。ニューラルネットやエキスパートシステムを導入
面では、無機・金属材料分野に比べるとディープラー
し、材料表面状態やユーザニーズに応じた成形条件の
ニングや MI を利用した研究は少し遅れているように
制御を可能にした成形機の開発が進んでいた。
思えた。
文献抄録において、高分子材料では、その高次構造
接合や穴あけ加工では、品質安定性のために最適な
に起因する様々な物性を理論的に実用レベルで計算す
加工条件を AI 技術で導出する取り組みがあった。
る難しさについて触れられていた。これが樹脂材料分
5) 管理
野の材料開発のスピードを遅くする一要因ではないか
高分子の合成や樹脂材料の製造工程では、工程管理の
と考える。
正確性・自動化・迅速性が要求される部分に、AI 技術
材料開発にも“スピードアップ”が要求される時代
が導入されていた。具体的には、重合体のプロセス制
である。そのためにもコンピュータ能力の高速化と AI
御の最適化、材料/製品の欠陥検出の高速・自動化、
技術の活用が一層求められることになるが、樹脂材料
工程スケジュールの最適化など、歩留まり向上のため
分野については、上記の計算技術の難しさがあること
3
The TRC News, 201609-05 (September 2016)
から、高分子化学と情報科学の両知見を有する研究者
の育成促進などについても政策的な支援が期待される
ところである。
AI 技術の飛躍的な進歩により、世間を驚かす話題が
出てきている。次はどのような分野でどのような貢献
事例が出されてくるのか、楽しみに待ちたい。
引用文献
1)
”平成 28 年版 情報通信白書(PDF 版)”. 総務省.
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja
/h28/pdf/index.html (参照 2016-09-01)
2)
日本経済新聞電子版ニュース「囲碁AI、トップ
級棋士を圧倒 5局勝負で3連勝」 2016 年 3 月
9 日.
3)
産経新聞 「人工知能ががん治療法助言 国内初
か 白血病 10 分で見抜く」 2016 年 8 月 5 日.
4)
日刊工業新聞 「日産、新型「セレナ」発売-予
約7割が自動運転機能搭載」 2016 年 8 月 25 日.
5)
日刊工業新聞 「特許庁、来年度に「AI 審査」実
証-権利化までの期間半減」 2016 年 6 月 23 日.
6)
“情報統合型物質・材料開発イニシアティブ”. 物
質・材料研究機構. http://www.nims.go.jp/MII-I/
(参照 2016-09-01)
7)
”戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)”. 科
学技術振興機構. http://www.jst.go.jp/sip/k03.html
(参照 2016-09-01)
8)
“超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト”,
新エネルギー・産業技術総合開発機構.
http://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100119.html
(参照 2016-09-01)
9)
“研究成果「革新的材料設計手法により超長寿命 2
次電池開発に成功 -多数の高精度計算データを
活用して材料開発を大幅に加速-”. 京都大学.
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/
2014/140730_1.html (参照 2016-09-01)
10) 日刊工業新聞「豊田中研、ビッグデータ・AI 活
用した設計手法で太陽電池と熱電変換材料の実
用材発見」 2016 年 8 月 20 日.
鳥田 恵子(とりた けいこ)
フロンティア事業部門
先端技術調査研究室
趣味:秘湯と八重山諸島巡り、お絵描き
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