...

会社を受取人とする団体生命保険における平取締役による被保険者故殺

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

会社を受取人とする団体生命保険における平取締役による被保険者故殺
目 次
会社 を受取 人 とする 団体 生命保 険 にお ける
平 取 締 役 に よ る 被 保 険 者 故 殺 免 責 ‥・
…・
‥= ・1
不慮 の 事故 …・
‥‥… … ‥‥・
‥‥= ‥‥・
… 9
会社を受取人とする団体生命保険における
平取締役による被保険者故殺免責
札幌地裁平成11年10月5日判決(金融・商事判例1079号32頁)
[事実の概要]
1人あたり400万円
・主契約に付加された災害保障特約に基づく
1.Aは、昭和60年頃、名古屋市において、人材派
遣業を目的とするZ産業を設立し、平成5年、Z
産業が事実上倒産すると、札幌市に設立していた
自動車部晶の製作、加工の請負等を目的とするⅩ
会社(原告)にZ産業札幌営業所の事業を引き継
がせ、さらに、同社三島営業所および東北営業所
等の営業権も貰い取らせた。Xは、平成4年1月
28日、商号を株式会社Zとして設立された会社で、
その後、平成5年6月1日、商号を株式会社Tに
変更し、さらに、平成10年9月1日、現商号に変
更したものであり、平成9年5月16日当時、Aの
実弟Bが代表取締役として、Aが取締役としてそ
れぞれ登記されていた。
災害保険金 400万円
(5)期 間 1年
本件契約では、普通死亡保険金については団体
定期保険普通保険約款が適用され、同約款には、
死亡保険金受取人の故意によって死亡保険金の支
払事由が生じた場合、Yは死亡保険金を支払わな
い旨の規定があり、災害保険金については団体定
期保険災害保障特約が適用され、同特約には、災
2.Xは、平成6年10月1日、Y生命保険会社(被
告)との間で、次のような団体生命保険契約を締
結し、同契約は平成9年5月16日まで1年ごとに
更新されていた。
(1)保険の種類 団体定期保険
(2)被保険者 契約当時のXの役員および従業
員であるB外34名
(3)保険金受取人 Ⅹ
(4)死亡保険金
・団体定期保険契約に基づく普通死亡保険金
3.Xの定款によれば、設立当初の発行済株式総数
100株(資本金1000万円)のうち、55株がA名義、
その他の株式についてCおよびDら5名の名義に
なっていたが、その出資金はすべてAが提供して
おり、CおよびDら5名は単なる名義上の株主に
すぎなかった。Xの代表取締役は、当初はZ産業
札幌営業所長であったDであったが、その後Dが
病気で倒れたため、平成5年6月1日付けでEが
就任した。しかし、EはAの運転手で実質は単な
る従業員にすぎず、Ⅹの実質的な経営権はAが有
害保険金受取人または保険契約者の故意による他
殺等の不慮の事故による傷害を直接の原因として、
その事故の日から180日以内に被保険者が死亡し
た場合には、Yは災害保険金を支払わない旨の規
定がある0
しており、Aは接待費の名目で私的な遊興費をⅩ
に負担させていた。
Bは、平成6年2月1日、Aの配慮でⅩの取締
役として登記された。Aは、平成6年以降、肝臓
病が悪化したため、同年10月20日付けでBを代表
取締役に就任させてBにⅩの経営を委ね、その後
は愛知県の自宅で生活を送るようになり、時折札
幌に来てⅩの本社に顔を出すだけになった。
しかし、Aは、その後も、Xの経営に関してB
以下の役職員に指示を与えたり、資金面の面倒を
みたりなどするとともに、引き続き架空外注費の
計上等によって捻出した簿外資金から支給される
いわゆる裏給与を含めて多額の給与を得ていた。
また、Ⅹ所有の乗用車を使用して、そのガソリン
代、税金、保険料、車検代等の諸経費をXに負担
させていた。さらに、Aの元妻Fおよび当時の妻
Gに対し、実際に働いていないにもかかわらず給
料としてⅩからそれぞれ毎月30万円を振り込ませ
ていた。
4.Bは、Ⅹの代表取締役となった後、当初はAの
助言や経営指導に対し素直に従っていたが、次第
にこれを疎ましく思うようになり、ついにはAを
Ⅹから排除しようと考え、平成8年8月頃、当時
取締役名誉会長の地位にあったAに対し、Tの株
式の名義がBになることによって仕事がやりやす
くなるから、形だけ譲渡したことにして、名義を
Bに換えてくれと申し出た。Aは、Bのことばを
信じ、Xの名誉会長職を辞して相談役に退くこと
を了解するとともに(商業登記簿上は取締役のま
まである)、Bに株式を譲渡する旨の書類に署名
捺印した。
ところが、BはAから書類を受叙した後は態度
を豹変させた。事情を聞知したAが問い詰めたと
ころ、Bは開き直り、Xは自分のものであるから
今後は会社に顔を出さないようにとさえ言った。
そこで、Aは札幌弁護士会の相談窓口を訪ね、応
対した弁護士に事情を話してその対応策を相談し
たが、当該弁護士から有効な手だてのないことを
示唆され、Bに騙されてXを乗っ取られたことを
思い知らされたため、Xを自分の手に取り戻すた
めにはBを殺害するほかはないと考えた。
こうして、BはAに代わってXの実質的な経営
者として振る舞うようになった。もっとも、Aは、
相談役の肩書を有するXの取締役たる地位を有し、
Bを除けばⅩにおいてもっとも有力な影響力を有
しうる人物であり、Xから引き続き給料を支給さ
れ、Ⅹ所有の乗用車の使用等の恩恵を受けていた。
5.しかし、Aは、Bの仕打ちを許すことができず、
2
Ⅹの実権を奪還するため、Aが組長をしていた暴
力団の元構成員IIおよび同元構成員でありかつZ
産業の元従業員Iと共謀し、平成9年5月】6日午
後8時頃、名古屋市中区栄四丁目の路上において
Bを狙撃し、よってBは、同日午後8時46分頃、
病院において左背面貫通射創による左肺損傷等に
基づく出血性ショックにより死亡した。
Aは、同年5月18日午後2時頃、Bの通夜のた
めに集まったX幹部社員およびBの妻Jを集めて
Xの新体制を決めるための会合を開いて、自ら会
社の代表権を有する代表取締役会長に就任するこ
ととし、Fを代表権のない社長、腹心の部下Kを
代表権のない専務取締役にそれぞれ選任すること、
Jを顧問とすること等を決定し、出席者一同もこ
れに異論を唱えなかった。
6.Aは、Ⅹの代表者に就任した後、遊興費180万
円、自分用の社宅とした札幌市中央区の高級マン
ションの家賃等月額138,400円をXに支払わせた
り、愛知県にある自己所有の建物を、社宅という
名目でXに借り上げさせ、Xから敷金として500
万円、賃料として月頗65万円を支払わせたり、G
名義のマンションの一室をⅩの社宅としてXに賃
貸させ、月額13万円の賃料をGの口座に振り込ま
せたり、当時Jが使用していたⅩ所有の乗用車を
取り上げて私的に使用し、これにかかるガソリン
代、車検代、税金、保険料等もXに負担させたり、
実際に相応の業務を行っていなかったにもかかわ
らず、独断で、自己の同年5日分以降の給料を手
取り額400万円、FおよびGの給料を各手取り額
100万円と決めてその支払をさせたり、さらには、
同年5月末頃、Jへの仮払いという名目でXから
1000万円の支払をさせたりした。
さらに、Aは、Dから本件保険契約等の保険金
の話を聞き、Bに対して貸し付けたという5200万
円の回収や簿外資金の捻出・保管を目的として、
1億円の裏金を捻出することとし、その一部に充
てるため、Xは、同年6月10日、Ⅹ名義で本件契
約に基づき保険金請求を行ったところ、Yは、同
年8月19日付け書面をもって、本件は本件免責約
款で免責事由として定められている「保険契約者
又は死亡保険金受取人の故意による死亡」に該当
するとして、保険金の支払を拒絶した。
7.Aは、平成9年6月30日、Bに対する殺人等の
容疑で愛知県警察本部に逮捕されたため、Xは、
同日頃、Fを代表取締役社長、Jを代表取締役会
長に選任し、同年7月8R、FとJを代表取締役
とする旨の登記をした。AとJは、同年12月15円、
AがXの株式について一一切の権利を主張しない旨
の和解をし、これによってAはXの株主としての
地位を確定的に失った。
8.Yにより保険金の支払を拒絶されたXは、次の
ように主張した。法人は殺人のような不法行為を
目的とするものではなく、会社の取締役の役職に
ある者が犯罪を犯したとしても、それは会社の行
為とみることはできないのが大原則である。犯罪
に加担した当事者がすべて会社の取締役であった
ような例外的事由がある場合は、会社の行為と認
定されることがあるにすぎないというべきである
が、本件はこれにあたらない。仮にBの殺害時に
おいてAがⅩの株式を100パーセント有するオー
ナーであったとしても、現時点ではAは株主でも
役員でもなく、Xとの問にはなんら関係がないか
ら、Xが保険金を受領することが公序良俗や信義
則に反することはなく、Aがこれを受領すること
と同視できない、と主張した。
これに対してYは、次のように主張した。商法
680条1項2号本文の根拠は、被保険者を殺害し
た者が保険金を入手することは、公益上好ましく
なく、信義誠実の原則にも反し、保険事故の偶然
性の要求にも合わないところにある。法人を保険
金受取人とする生命保険契約において法人の機関
構成員が被保険者を殺害したときに、当該行為を
法人による故殺と評価しうるか否かを判断する場
合には、行為者に関する客観的側面と、主観的側
面とを総合的に考慮することが重要である。本件
におけるAの行為は、法人であるⅩが被保険者で
あるBを故殺したと評価できる。保険金請求権は
保険事故の発生と同時に具体化する金銭債権であ
るから、免責事由の存否は保険事故発生の時点を
基準として判断しなければならない、と主張した。
[判旨]請求棄却【確定】
1.「商法680条1項は、『保険金額ヲ受取ルへキ
者力故意ニテ被保険者ヲ死二致シタルトキ』(2
号)又は『保険契約者力故意ニテ被保険者ヲ死ニ・
致シタルトキ』(3号)には『保険者ハ保険金額
ヲ支払フ責二任セス』と規定しているところ、そ
の文言に照らすと、本件免責条項と同趣旨の規定
と解することができる。そして、右規定(いわゆ
る保険事故招致免責規定)の趣旨は、保険契約上、
保険金受取人とされている者が被保険者を殺害し
た場合に、その死亡を原因として保険金を受け取
るという経済的利得にあずかることができるとか、
あるいはまた、保険契約者が被保険者を殺害した
場合に、なお保険者がその死亡を原因とする保険
金請求を拒絶することができないとすることは、
公益上好ましくないし、契約法を支配する信義誠
実の原則にも反すること等にあると解することが
できる(最高裁第三小法廷昭和42年1月31日判決・
民集21巻1号77貞参照)。また、これを保険契約
の解釈そのものの観点から見ても、保険契約当事
者間の衡平の見地に立脚して、すなわち、保険金
受取人又は保険契約者の故意による保険事故招致
は著しく高度な危険であるため、保険者は、通常
このような異常な危険を引き受ける意思を有しな
いから、このような主観的に危険な事実を排除し
て保険を引き受けたと解するのが当事者間の衡平
に適すると説明することもできるものと思われる。
本件免責条項の趣旨を右のように解する限りは、
そのいずれの見地に立っても、本件各免責条項で
除外している事由は、単に、保険金受取人又は保
険契約者そのものが故意によって保険事故を招致
した場合のみに限定されていると解することは相
当ではなく、むしろ、右のような公益上、信義則
上の見地、あるいは、契約当事者間の衡平の見地
から、保険金受取人又は保険契約者が故意により
保険事故を招致したときと同視し得ると評価する
ことができるような場合をも当然に包含している
ものと解するのが相当である。特に、本件のよう
に保険契約者兼保険金受取人が法人である場合に
は、その契約解釈上も、法人を実質的に支配し、
あるいは、保険金の受領による利得を直接享受す
る者が故意によって保険事故を拍致した場合には、
代表権限を有する者がした場合とは別に、その法
人による保険事故招致と評価することができるも
のというべきであって、Ⅹが主張するようにこれ
を制限的に解すべきものではない。なお、保険事
故発生当時における保険事故招致者の保険金取得
の目的の有無、あるいは、保険契約の存在につい
ての知不知により、本件各免責条項の適用の有無
が左右されるべきものではないことは、その条項
の前記のような趣旨に照らし、当然のことという
べきである。」
2.「本件各免責条項の前記のような趣旨に照らせ
ば、右条項の解釈上、本件の保険事故の前後を通
じて会社を実質的に支配する者と、本件の保険事
故によって直ちに会社を実質的に支配することが
できるような者との取扱いを異にすべき合理的理
由を見出すことができない。したがって、殺害の
着手の時点でこそAはXを支配していたとはいえ
なかった(だからこそ殺害した。)とはいえ、殺
害に伴ってⅩを再び支配し得るようになり、保険
事故発生による利得を直接享受し得る立場に立つ
3
という当時のAのⅩにおける立場に鑑みれば、B
の死亡に関する本件各免責条項の解釈上は、本件
の保険事故発生の時点において、AはⅩを実質的
に支配していた者と同視し得る地位にあったと評
価することができる。また、このようにXを再び
支配するようになったAが保険金の受領による利
得を直接享受する者であることは、自明の理とい
うべきである。」
3.「Xは、Aが現在その株主でも役員でもないこ
とを挙げて、その保険金請求権が公序良俗にも信
義則にも反しないと主張するが、保険金請求権は、
保険事故の発生と同時に発生する権利であって、
本件各免責条項の適用の有無もその時点を基準に
判断すべきものであることから、保険事故発生の
時点で、本件各免責条項に該当する場合に当たる
と判断される以上は、その後の保険契約者ないし
は保険金受取人に生じた事由によってその判断に
消長を来すべきいわれはない。」
[研究]
1.はじめに
生命保険会社の普通保険約款には、商法680条
1項2号・3号と同様の免責規定があるが、保険
契約者又は保険金受取人が法人の場合の規定は一
部の会社の約款を除き存在しない。そこで、法人
を保険契約者または保険金受取人とする生命保険
契約において被保険者が殺害された場合、法人自
身が殺害行為をなしえない以上、商法680条1項
2号・3号の趣旨からみて、法人の構成員のうち
どの範囲の自然人の行為を法人のそれと同様に評
価して保険者免責を認めうるかが問題となる。
本判決は、保険契約者兼保険金受取人である法
人の代表権を有しないが、法人を実質的に支配し、
あるいは、保険金の受領による利得を直接享受す
る者が保険事故を招致した場合には、この者の行
為を法人の行為と同視できるとして、保険者免責
を認めた初めての裁判例である。
以下、本判決に関し、商法680条1項2号・3
号の趣旨を検討した後、法人を保険契約者・保険
金受取人とする契約において保険者が免責を主張
できる範囲について検討する。
2.商法680条1項2号・3号の趣旨
商法680条1項2号・3号の趣旨については、
本判決が引用している最高裁昭和42年1月31日判
決(民集21巻1号77貢。以下、最高裁判決とする)
が、保険金受取人である夫が被保険者である妻を
4
殺害した後、自身も自殺したため、その遺児が保
険金請求をした事案において、被保険者を殺害し
た者が保険金を入手することは、①公益上好まし
くない(公益性)、②信義則に反する、③保険事
故の偶然性の要求に合わない、という3つをあげ
ている。しかし、最高裁判決のこのような解釈に
関して、保険事故の偶然性とはその発生不発生が
契約成立時において不確定なことをいうのである
から、ここで保険の偶然性という語を用いるのは
適当ではないとの批判がある(中西・民商法雑誌
57巻2号258貞、大澤康孝・生命保険判例百選
(増補版)153貞)。
学説は、かかる規定の趣旨として、保険金受取
人による被保険者の故殺を定めた商法680条1項
2号についてはCl)を、保険契約者によるそれを定 ノ、
めた3号については②をあげるもの(田辺康平・
新版現代保険法252頁、西嶋梅治・保険法(第3
版)364貢、江頭憲治郎・商取引法(第2版)441
貢。生命保険法制研究会・生命保険契約法改正試
案(1998年1月版)理由書118貞・119貢を参照)、
前者については①・②を、後者については②をあ
げるもの(坂口光男・保険法329貞、石田満・商
法(d)(保険法)(改訂版)195貞)、双方につい
て1〕・芝をあげるもの(大森忠夫・保険法(補訂
版)147貞・293貞、中西正明・生命保険契約法講
義116頁)、双方について①∼③をあげるもの
(鴻常夫・商法(保険・海商)判例百選109頁)
がある。筆者としては、前者については官を、後
者については萱をあげる立場を支持したい。とい
うのは、保険事故招致は行為者が故意に保険事故
を発生させることであるので、たしかに偶然に発
生するものでないが、この場合の偶然と保険の偶 ■、
然性とは相いれない概念であり、また、保険契約
者と保険金受取人とは直接的に保険契約の当事者
といえるか否かの違いがあるゆえに、保険事故招
致の免責条項に関しては、行為者が保険契約者な
のか保険金受取人なのかの違いによって異なった
解釈をすべきであると考えるので、保険金受取人
の保険事故招致は公益性に違反するとともに、保
険契約者のそれは保険契約の善意契約性に著しく
反し、保険契約の相手当事者である保険者の信頼
を裏切るものである限りにおいて信義則に反する、
と解しうるからである。
これについて、本判決は最高裁判決とは異なっ
た立場をとっている。すなわち、本判決は免責条
項の趣旨として公益性と信義則違反とを理由にあ
げるものの、保険事故の偶然惟の要求をあげてお
らず、その代わりに、保険者は保険金受取人また
は保険契約者の故意による保険事故招致という異
常な危険を排除して保険を引き受けたと解するの
が保険契約の当事者間の衡平に適する、と判示し
ている([判旨]1.)。それゆえに、本判決は
商法680条1項2号・3号の趣旨につき、①∼③
の他に新たな理由をあげていると解することがで
きる。この点は注目すべきであるが、保険金受取
人は直接的には生命保険契約の当事者ではないの
で、この理由の妥当性はさらに検討すべきであろ
う(甘利公人「法人による被保険者故殺」損害保
険研究62巻2号171頁)。
3.法人を保険契約者・保険金受取人とする契約に
おける保険事故招致者の範囲
本判決のように、法人を保険契約者または保険
金受取人とする生命保険契約において被保険者が
故意に殺害された場合、法人白身が殺害行為をな
しえないゆえに、商法680条1項2号・3号ある
いは同旨の約款規定に基づき、法人の構成員のう
ちどの範囲の自然人の行為を法人のそれと同様に
評価して保険者免責を認めうるかが問題となる。
この問題を扱った裁判例として、名古屋地裁昭
和59年8月8日判決(判時1168号148貢。以下、
名古屋地裁判決とする)がある。すなわち、ある
株式会社がその代表取締役を被保険者として、会
つと同様に、法人の代表取締役を被保険者、法人
を保険契約者兼保険金受取人とする事案であるが、
保険事故を招致した者が名古屋地裁判決では代表
取締役であるのに対して、本件事案では取締役で
あるという点に違いがある。
本判決は、商法680条1項2号・3号の趣旨に
ついて前述のような解釈をしたうえで、法人を保
険契約者兼保険金受取人とする契約における免責
の範囲について、次のように判示している。すな
わち、本判決は、免責条項で保険金受取人兼保険
契約者の故意による事故招致を除外している事由
は、これらの者が故意で事故招致した場合に限定
されると解するのではなく、公益上、信義則上の
見地、契約当事者間の衡平の見地から、これらの
者が故意により事故招致したときと同視しうる場
合をも包含していると解するのが相当である。そ
して、本件のように保険契約者兼保険金受取人が
法人である場合には、法人を実質的に支配し、保
険金の受領による利得を直接享受する者が故意に
よって保険事故を招致した場合には、法人による
保険事故招致と評価することができる、と判示し
ている。
ところで、Xは、平成8年7月1日付けで、
Yノ保険会社との間で、被保険者をB、死亡保険
金受取人をⅩとする死亡保険金5000万円の終身保
社を保険金受取人とする生命保険契約と、被保険
者の妻を保険金受取人とする生命保険契約とをそ
れぞれ締結した。その後、代表取締役が交代した
険契約を締結していた。本件契約には、死亡保険
金受取人が故意に被保険者を死亡させたとき、保
険契約者が故意に被保険者を死亡させたとき、に
が、新たに代表取締役となった者と会社の取締役
等合計4名が代表取締役であった被保険者を殺害
して保険金を詐取しようと共謀し、この者を絞殺
した結果、保険者免責が争われた事案において、
名古屋地裁は、被保険者の故殺という保険事故招
は、Y′は死亡保険金を支払わない旨の特約があ
る。ⅩはBの死亡を理由にY′に保険金請求した
が、Y′が支払を拒絶したので、Y′を相手に訴訟
を提起した事案において、東京地裁は平成11年10
月7日判決で、次のように判示している(金融・
商事判例1079号40頁、判例タイムズ1023号251貞。
致を保険者免責とする約款の趣旨について最高裁
判決の立場を踏襲したうえで、「法人の機関であ
る取締役等の地位にある者の被保険者故殺で法人
による被保険者故殺と評価できるものをもって免
責事由としていると解するのが相当である」と判.
示した。この判旨については、法人契約の場合に
は約款と文言通りに解すると妥当性を欠くから、
法人の機関である取締役等の地位にある者の被保
険者故殺のうち、免責条項の趣旨に照らして法人
による被保険者故殺と評価できるものを免責条項
とする旨約款を読み替えるのが合理的である、と
解されている(石田・ジュリ903号103貢(同・保
険判例の研究II147頁所収)、洲崎博史・生命保
険判例百選(増補版)241貞)。
本件事案は、名古屋地裁判決における契約の1
以下、東京地裁判決とする)。すなわち、東京地
裁は、商法680条1項2号・3号等の免責条項の
趣旨に関して、最高裁判決の立場を踏襲したうえ
で、「本件のように、法人である会社が保険契約
者及び保険金受取人になっている場合において、
会社の取締役が被保険者である代表取締役を殺害
した場合に、保険者が、商法680条1項2号、3
号あるいは本件特約によって免責されるかどうか
は、当該取締役の当該会社における地位や影響力、
さらには被保険者を殺害するに至った動機あるい
は経緯、殺害後の当該取締役の行動等に照らし、
右免責規定の趣旨からみて当該取締役と当該会社
を実質的に同一・とみることができるか否かという
観点から検討されるべきである」と判示している。
5
本件事案において、Xは、法人は殺人のような
不法行為を目的とするものではなく、会社の取締
役が犯罪を犯したとしても、それは会社の行為と
みることはできないのが大原則である、と主張す
る([事実の概要]8.を参照)が、札幌地裁は
この主張を退けている。本判決のような事案にお
いて重要なことは、法人の実質的な支配者が保険
事故を招致したときに法人が保険金を取得するこ
とが、公序良俗または信義誠実の原則に反するの
ではないかとという点である(西島・銀行法務21・
575号58頁)。それゆえに、本判決がⅩの主張を
退けていることは評価できる。
法人による保険事故招致に関して保険者免責が
認められるとする理論は2つに分けられる。l①法
人の機関構成員のように法人と法的、経済的に密
接な関係にある者が保険事故を招致した場合には、
動機を問題とし、その者が法人に保険金を取得さ
せる目的を有していなかった場合には、保険者は
免責されないと解するもの(大森「被保険者の保
険事故招致」保険契約の法的構造275貢以下、窪
性が高い者であり、「リスク実現の鍵を握ってい
る者」(西島・銀行58貞)であるととらえること
ができる。そこで、このような理解に立って免責
条項の趣旨をもあわせて考慮すると、保険事故招
致者として評価されうる者を特定する場合には、
その者の法人における機関あるいは機関構成員と
しての名称に限定するのではなく、法人の実質上
の支配を握っているか否かもその判断基準にすべ
きであろう。すなわち、具体的には、殺害行為者
の殺害の動機・経緯、法人内部における地位、業
務への関与の状況、保険金を実際に使用しうるか
否か等について判断すべきであろう。
この判断基準として、本判決は、法人を実質的
に支配しているか否か、あるいは保険金の受領に
よる利得を直接享受するか否かを、そして、東京
地裁判決は、取締役の会社における地位や影響力、
被保険者を殺害するに至った動機・経緯、殺害後
の当該取締役の行動等をあげている。本判決にお
田宏・商法(保険・海商)判例百選33頁)、ゼ法
人の機関構成員であると否とを問わず、法人に代
わって保険の目的物を事実上管理する地位にある
者の悪意・重過失を法人のそれとみるもの(代表
者責任理論)(坂口「保険事故の招致」法律論叢
43巻240頁(同・保険契約法の基本問題65頁所収)、
黒沼悦郎・商法(保険・海商)判例百選(第2版)
ける保険金の受領による利得を直接享受するか否
かという基準は、東京地裁判決における殺害後の
取締役の行動という基準に通ずるものであると解
することができるから、両判決はほぼ同じ基準を
示しているととらえることができる。両判決が示
したこれらの基準は、l才説の考えに沿ったもので
あるととらえることができる。
25貢、石田・損害保険研究61巻2号224貞)があ
る。
これらのうち雷l説は、損害保険契約における法
人による保険事故招致について検討したものであ
本判決は以上のような基準に立ったうえで、認
定した事実から次のように判示している。本件各
免責条項の趣旨に照らせば、各条項の解釈上、本
るといえなくもない。そこで、法人による保険事
故招致に関する問題について生命保険契約にも妥
当する理論を考えなければならないわけであるが、
その場合、②説が説くところの、法人に代わって
保険の目的物を事実上管理する地位にある者の行
為を法人のそれと評価する、という点を基礎にし
て考えたい。というのは、′2、説によれば、法人の
保険事故招致としてとらえうる者の範囲が広くな
ると解するからである。また、法人格の仮装とと
らえる理論(大森・招致279貞・240貞)、あるい
は法人格否認の法理(中村・前掲474貞以下)に
よって解決すべきであるという見解もあるが、こ
れらの法理を適用するのがむずかしい場合がある
(甘利・前掲175頁)ことからも、笠説に基づき
検討したい。
②説は、法人に代わって保険の目的物を事実上
管理する地位にある者の行為を法人のそれと評価
6
しているわけであるが、保険の目的物を事実上管
理する地位にある者とは保険事故を招致する可能
件の保険事故の前後を通じて会社を実質的に支配
する者と、本件の保険事故によって直ちに会社を
実質的に支配することができるような者との取扱
いを異にすべき合理的理由を見出すことができな
い。したがって、AのXにおける立場に鑑みれば、
保険事故発生の時点において、AはXを実質的に
支配していた者と同視しうる地位にあり、Xを再
び支配するようになったAが保険金の受領による
利得を直接享受する者であることは明らかである
というべきであり、AがBを殺害した行為は、保
険契約者兼保険金受取人であるXが被保険者であ
るBを殺害した行為と同一視できる、と判示して
いる。とりわけ、保険事故の前後を通じて会社を
実質的に支配する者と、保険事故によって直ちに
会社を実質的に支配することができるような者と
の取扱いを異にすべき合理的理由を見出すことが
できないと判ノJミしている点は、法人における地位
は実質に基づいて判断すべき旨を表しているもの
と解することができる。
本判決で認定された事実から判断すると、本判
決の論理は妥当であると解することができ、その
結論も評価できる。
4.保険事故招致者の保険金取得目的の有無と保険
契約存在の知不知
本判決は判旨1の末尾において、保険事故発生
時における保険事故招致者の保険金取得日的の有
無、あるいは保険契約の存在についての知不知に
より、本件免責条項適用の有無が左右されるべき
ものではないことは、その条項の趣旨に照らし、
当然のことというべきである、と判示している。
また、東京地裁判決は「Xは、Aには保険金取得
の目的はなかったと主張し、確かに、証拠上は、
Aが保険金詐取の目的をもってBを殺害したこと、
さらには、Aが本件契約の存在を認識しているこ
取得することになる実質を問題にすべきであると
しているのである、と解する見解がある(甘利・
前掲176貢)。
この見解はその内容は理解することができるが、
法人による被保険者故殺と評価しうるための要件
につき、両判決は保険事故招致者の保険金取得目
的の有無あるいは保険契約の存在の知不知は要件
にならない旨を判示しているのは明らかであり、
名古屋地裁判決とは異なった結論をとっていると
判断せざるをえない。ただ、本件判決において認
定された事実をみると、Aを含む殺害行為の実行
者は行為時に保険契約の存在を知っていたとはい
えず、それゆえに保険金取得の目的があったとは
いうことはむずかしく、また、AはBの殺害後D
から保険契約等の話を聞いた後に保険金請求をし
ている。その限りにおいて、本件事案では、保険
事故発生時に、事故招致者に保険金取得目的があっ
とを認めるに足る証拠はない。しかし、この点に
関しては、仮にAが本件契約の存在を認識してい
なかったとしても、本件においてXに保険金取得
を認めることは、公益に反し、また信義誠実の原
則あるいは保険事故の偶然性の要求にも合わない
たこと、および保険契約の存在を知っていたと認
定することができず、名古屋地裁判決の判旨とは
異なり、保険事故招致者における保険金取得目的
の有無・保険契約存在の知不知を要件としなかっ
たのではないかと判断できる。このことは東京地
というべきであるから、この点に関するXの右の
結論を左右するものではない」と判示している。
このことから両判決はいずれも、保険事故発生時
における保険事故招致者の保険金取得日的の有無
あるいは保険契約の存在についての知不知は、免
責条項適用の要件にはならない旨を明らかにして
裁判決の判旨から確認できる。しかし、本件事案
では、これらを要件とするまでもなく、Aによる
Bの殺害行為を法人による保険事故招致と評価し
うるに足る事実が認定されたのであろう。なお、
札幌地裁が「代表権限を有する者がした場合とは
いる、と解される。
この点に閲し、最高裁判決は、殺害当時殺害者
に保険金取得の意図がなかったときにも、商法680
別に」と判示している点については([判旨]1.)、
この者が故意によって保険事故を招致した場合に
は、その動機を問うことなく保険者免責としうる
と判示している、と読めなくもない。
条1項2号、2項の適用があり、保険者は保険金
額支払の責を免れると判示している。つぎに、名
古屋地裁判決は保険金詐取目的を法人の被保険者
故殺と評価しうるための要件とすると判示してい
ところで、保険事故招致者の保険金取得日的の
有無あるいは保険契約の存在の知不知を要件とし
ない場合、本件事案とは真なるが、名古屋地裁判
決のように、たとえば保険契約者と被保険者とを
ると解する見解(洲崎・前掲241頁、近藤光男・
損害保険判例百選(第2版)53頁)によれば、保
険契約の存在を知らずに取締役が被保険者を殺害
した場合には、保険者の免責を認めるべきではな
いことになる(洲崎・前掲241貞、江頭・前掲441
貢)。そうであるならば、保険金詐取目的を法人
の被保険者故殺と評価しうるための要件につき、
両判決の判旨は名古屋地裁判決と対立すると判断
できるはずである。しかし、そう考えるべきでは
なく、両判決は、法人が保険契約者兼保険金受取
人である場合には、たとえ行為者に保険金取得の
同じくするが保険金受取人を異にする2つの保険
契約があり、被保険者が保険契約者に故殺された
場合、保険事故招致に関与しなかった片方の契約
の保険金受取人が保険金取得目的もなく、保険契
目的がない場合であっても、法人による保険事故
招致と評価するにあたっては、行為者が保険金を
約の存在も知らなかった場合には、保険金受取人
の保護の観点から、両判決と同じ結論を導いても
よいのかという疑問が残る(今井蒸・判夕614号2
3頁を参照)。
5.保険事故招致者の招致行為を法人のそれと評価
しうる時期
本件事案において、Xは、Bの殺害時において
.\がXの全株式を有する者であったとしても、公
7
判の時点ではAは株主でも役員でもないから、X
が保険金を受領することが公序良俗や信義誠実の
原則に反することはなく、Aがこれを受領するこ
とと同視できないと主張して、行為者の保険事故
招致行為が法人のそれと評価される時期は行為時
ではない旨を述べている。
これについて本判決は判旨3において、保険金
請求権は保険事故の発生と同時に発生する権利で
あって、本件免責条項の適用の有無もその時点を
基準に判断すべきものであるとして、原告の主張
を退けている。妥当な解釈および結論であると評
り、これが保険事故招致免責規定の趣旨に反するも
のであることは明らかである。従って、保険事故招
致免責規定の上では、実質的支配者Aの行為は会社
の行為と同視されると解する必要がある。私見は、
この意味で本判決の判旨に賛成である。
(2)本判決の理由中に「代表権限を有する者がし
た場合とは別に」との文言がある。これらからみる
と、本判決は、代表取締役が故意に保険事故を招致
6.おわりに
本判決は、法人を保険契約者兼保険金受取人と
した場合には、会社が故意に事故招致をしたことに
なると考えているものとみられる。私見はこの見解
にも賛成である。代表取締役は同時に会社の業務執
行機関であり、保険契約に関する事項は契約の締結
から保険金の支払を受けるところまで、代表取締役
する生命保険契約において被保険者が故殺された
場合に、商法680条1項2号・3号あるいは生命
保険の普通保険約款の同旨の規定に基づき、法人
の権限に属する事項である。この点からみて、代表
取締役が故意に保険事故を招致した場合には、会社
が故意に事故招致を行なったものとして、保険者免
による保険事故招致と評価して保険者免責するた
めには、行為者が保険金を取得することになる実
質を問題にすべきであるとし、その判断基準とし
て、法人を実質的に支配しているか否か、保険金
の受領による利得を直接享受するか否かをあげて
責の効果を生ずると解するのが正当であると思う。
この間題について学説では、代表取締役が会社に
保険金を取得させる意図であった場合にかぎりこの
結論を認める見解が有力であるが、商法680条1項
2号・3号では、保険金取得の意図があったことを
いる。そのうえで、本判決は、法人の代表権を有
しないが法人を実質的に支配し、あるいは、保険
金の受領による利得を直接享受する者が保険事故
保険者免責の要件としていない。有力学説の見解は、
私見によれば、法律に定めのない要件を加えて保険
者免責の範囲を制限するものである。
(3ノ 上記2)の後段で述べたことは、本件のように
会社の実質的支配者が事故招致をした場合について
価できる。
を招致した場合には、法人の行為と同視できると
して、保険者免責を認めた初めての裁判例であり、
その結論は評価できる。ただし、本判決について
は、商法680条1項2号・3号および約款規定の
趣旨に関する解釈について、および保険事故招致
者の保険金取得目的の有無と保険契約存在の知不
知に関する解釈についてはそれぞれ疑問が残る。
[追加説明]
中西 正明
:1:判旨認定によれば、被保険者殺害行為を行なっ
たAは、商業登記の上では平取締役であるが、会社
の創業者であり、弟Bに株式を騙し取られるまでは
会社の株式の全部を所有し、会社事業の運営を自己
の意思にもとづいて行なうなど、会社を実質的に支
配しており、Bを殺害した後は、もとの実質的支配
者としての地位を回復している。これによれば、会
社の利益は実質上はAの利益であり、保険金の受領
による利得も実質上はAに帰属するものである。こ
のようなAが保険事故を招致した場合には、会社が
事故招致をしたのと同じであると認めるほかはない。
これが会社による事故招致にならないとすれば、実
8
質的支配者Aは、自分で保険事故招致を行なうこと
により、実質上自分が保険金を取得できることにな
も同様に解してよい。従って、保険事故発生当時に
保険事故招致者が保険金取得日的を有していたかど
うか、又は保険契約の存在を知っていたかどうかは
問題とならないとの判旨も正当というべきである。
[4:保険事故招致免責規定の立法趣旨として高度
の危険の除外をあげる見解は、学説では、損害保険
契約に関する商法641条に関連して、従来から支持
者があるものである。生命保険に関する判例でこれ
をいうのは、本判決がはじめてであると思われる。
(大阪:平成12年9月22日)
報告:神戸学院大学 岡田 豊基氏
指導:古瀬村教授、中西教授、坂本弁護士
Fly UP