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1. 序論 1-1. ソフトマターの秩序構造 ソフトマターは

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1. 序論 1-1. ソフトマターの秩序構造 ソフトマターは
1.
序論
1-1.
ソフトマターの秩序構造
ソフトマターは、高分子・液晶・両親媒性分子・コロイドなど複雑な構造に由来する大きな内
部自由度を特徴とする物質の総称である。このような物質は、外部からの刺激に対して大きな内
部自由度を利用して集団として比較的ゆっくりとした応答をするため、ソフトマターという総称
がついている。このソフトマターと呼ばれる物質群は、その構成要素の複雑さから、豊かな非線
形・非平衡現象を示し、近年物理学の研究対象として非常に注目されてだけでなく、生体系を構
成する基本的な物質群とも一致し、また、多くの材料分野でも中心的な役割を果たしている。ソ
フトマターでは必然的にエントロピーが系の振る舞いを決定づける上で重要な役割を果たし、エ
ネルギー的な相互作用とバランスすることにより非常に多様な秩序構造を自然界に生み出して
いる。ここではまず、ソフトマターがみせる様々な興味深い構造のいくつかを見て、その多様性
を実感して頂こうと思う。
代表的なソフトマターである高分子はセグメントないしはモノマーと呼ばれる基本構造単位
が一次元鎖状に結合した分子構造を有しており、溶融状態では鎖の配位エントロピーを最大にし
ようと、絡まりあった糸まり状の形状をとっている。高分子の中には、この糸まり状態の鎖を適
当な温度条件にもってくると、絡み合いを解きほどいて鎖を構成するセグメントが結晶格子を形
成するものがある。この高分子の結晶化は、一次元の鎖一本全体が伸びきった形で結晶化するの
ではなく厚さ数十 nm の板状結晶の中に折り畳まれる形で結晶化する。そして、板状結晶の周り
には、高分子鎖のトポロジカルな制約(絡み合い等)により結晶化できなかった部分が非晶鎖と
して取り残される。図 1-1 はこの高分子の結晶化に際して観察される特徴的な形態を示したもの
である[1-1,2]。(a)は高分子を溶融状態から結晶化させた時にその初期段階で観察された板状の
結晶を横から眺めた電子顕微鏡像である。この時、厚さ 20 nm 程度の板状結晶は数十枚の結晶
が積層した構造を形成しており、この層間には非晶領域が存在している。さらにこの板状結晶は
(b)に示す様に、結晶の中心から枝分かれを繰り返しながら放射状に成長し、最終的には数十μ
m 程度の空間スケールで、いわゆる球晶構造(図 1-(c):偏光顕微鏡観察像)を形成する。また、
この時、図(c)・(d)に見られる様に球晶構造の動径方向に高分子鎖の板状結晶がコヒーレントに
ねじれることによる周期的同心円構造が観察される事がある。このように、高分子鎖はセグメン
トが連結した1次元鎖構造をもつが、その高分子鎖が結晶化すると、そこで観察される秩序構造
は原子スケールでは低分子と同じ結晶格子像が得られるのであるが、空間スケールを大きくする
と板状結晶、板状結晶が積層したラメラ状結晶、ラメラ結晶がコヒーレントにねじれた周期的同
心円構造、球晶構造が現れ、異なった特徴をもつ秩序構造が典型的な空間階層性をもつことがわ
かる。このような秩序構造の空間階層性はソフトマターがもつ大きな特徴の一つである。
ソフトマターの別の特徴として、その化学構造を人工的に制御することが可能な点がある。化
学的構造制御の一つに、異なる性質の分子を共有結合により強制的に一つの分子内に共存させる
ことにより、新しい物性・構造をもつ物質を創製しようという方向がある。親水鎖と疎水鎖を結
合させた界面活性剤、異なる化学構造をもつ2種類の高分子鎖を共有結合で結び付けたジブロッ
ク共重合体がその例である。これら非相溶な2つの分子を結合させたソフトマターのことをここ
では両親媒性ソフトマターと呼ぼう。これら両親媒性ソフトマターでは 2 種類の分子が分子内
でお互いを避けるため接触面積を最小にしようとする力と、分子鎖の配位エントロピーをできる
だけ増大させる状態をとろうとする力のバランスにより、様々な秩序メソ構造をとることが知ら
れている。その結果、組成によっては 3 次元方向に周期性をもつ、界面面積極小構造(3 次元周
期的極小界面)
を基本とする図 1-2 に示すような複雑な 3 次元ネットワーク格子(Double Gyroid
構造)[1-3]を形成することがある。3 次元周期的極小界面としては、幾何学上この Gyroid 構造
の他に Diamond 構造や P-surface 等30以上にも上る界面が報告されているが、ジブロック共
重合体や非イオン性界面活性剤/水系で報告されている 3 次元周期的極小界面はその殆どが
Double Gyroid 構造である。この多くの秩序構造候補の中から Double Gyroid 構造が選ばれる
過程は「非常に多くの局所安定状態をもつ自由エネルギーランドスケープのなかから如何にして
真の安定状態を選択するのか」というソフトマターの秩序構造が持つ多様性と普遍性を考える上
で最も典型的な例となりうるものである。
さらに異質のソフトマターを複合させることにより、ソフトマターの秩序形成の世界はさらに
広がりを見せる。例えば棒状粒子と球状粒子を混合すると粒子のもつ排除体積により、2種類の
粒子が均一に混ざるのではなく各々の粒子が凝集した方が系全体のエントロピーが増大する効
果(枯渇相互作用)が生まれる。この枯渇相互作用により、例えば、棒状粒子と球状粒子を混合
した系では、図 1-3 に示すように配向が揃った棒状粒子と球状粒子が交互に積層した構造[1-4]
が観察される。また、界面活性剤が形成する膜構造に球状粒子を加えた状態で膜のトポロジーが
変化する相転移させると、粒子が詰まった部屋と粒子が入らない部屋が交互に存在する独特なセ
ル構造(図 1-4:図中の黒いセルには粒子が詰まっており、白いセルには粒子がない)[1-5]が観
察され、膜のトポロジーにより粒子の分配を制御していることがわかる。この様に、ソフトマタ
ーを複合させることにより、系はより複雑な構造を獲得していく。さらに生体膜モデルとして良
く取り上げられる不飽和脂質・飽和脂質からなる2種類の脂質とコレステロールを混合させた複
合膜系では膜内で飽和脂質成分と不飽和脂質成分が相分離を起こすが、この時、膜の弾性エネル
ギーと膜ドメインの境界がもつ線張力のバランスにより、図 1-5[1-6]に示すような様々な形態の
膜構造が観察されることが明らかになってきている。このような膜内相分離によるドメイン構造
は生体膜機能に重要な役割をするラフト構造 [1-7]との関連でも注目されており、ソフトマター
からバイオマターへの橋渡しをする系としてもソフトマター複合系は重要であることがわかる。
本書の目的は、このように非線形・非平衡現象の宝庫であるソフトマターの秩序構造形成を理解
する上で必要な実験および理論的背景を、単純な系からより複雑な系へと系統的に俯瞰すること
である。
ソフトマターはその基本となる大きさの単位が金属・半導体・無機結晶・低分子化合物のよう
な原子スケールではなく、巨大分子ないしは分子集合体のもつ数ナノメートルから数百ナノメー
トルのスケールである。従って、その特徴的な構造は原子レベルのミクロなスケールとセンチメ
ートル以上の大きさをもつマクロなスケールの中間であるメソスケールで現れる事が多く、この
メソ構造がソフトマターの振る舞いを決める上で重要な役割をしている。この為、ソフトマター
の現象を記述する理論は、ミクロスコピックな第一原理的なものよりもむしろそれを粗視化した
統計力学的な手法(平均場理論や Ginzburg-Landau モデル)を用いることが多い。またメソ構
造を測定する手段としては、光学顕微鏡・電子顕微鏡等の実空間観察法と小角 X 線散乱・小角
中性子散乱等の散乱法を組み合わせて総合的に判断する必要がある。
また、ソフトマターがメソスケールに特徴的な構造を持つと言う事は、そのダイナミクスも原
子スケールでの現象に比べ非常にゆっくりしている事を示唆している。実際にソフトマターを研
究していて重要になる時間スケールは、その着目している構造の大きさにもよるが大体ナノ秒か
ら秒程度である。図 1-6 には代表的なソフトマターである高分子がもつ運動の空間スケールと時
間スケールの関係を模式的に示している[1-8]。この図からも着目している構造の緩和時間はそ
の特徴的な空間スケールが大きい程長いことがわかる。これは、一般にエントロピー的な弾性率
3
が∼k BT/(特徴的長さ) で表されることを反映しており、大きな非線形性・非平衡性をもたらす原
因となっている。このような動的構造を観察する為に、ミリ秒からナノ秒領域での緩和現象は動
的光散乱(準弾性光散乱法)と中性子スピンエコー法により、また秒から時間の領域では実空間
の時分割測定がよく用いられる。
ソフトマターの静的および動的構造を研究する上で、散乱手法は単に構造に関する情報だけで
はなく、統計力学的理論と組み合わせる事により、構造間に働く相互作用に関する知見も得られ
る重要な実験手段となる。しかし、測定データから現象を解析する為には散乱の基礎を理解する
必要がある。そこで、本題に入る前に、静的構造を明らかにする弾性散乱および動的構造に関す
る情報を提供する準弾性散乱の基礎について、まず簡単に解説する。
1-2.
弾性散乱実験の基礎
散乱法は、試料に入射した波が試料内に存在する散乱体により散乱され、その散乱波の干渉パ
ターンから散乱体の大きさや散乱体間の距離に関する情報を得る手段であり、入射する波の種類
により光、X 線および中性子散乱などと区別される。光散乱は束縛された電子の分極による散乱
(屈折率差が散乱コントラストを生む)であるのに対して、X 線散乱は自由電子による散乱(電
子密度差)であり、中性子散乱は原子核による散乱(散乱長密度差)である。このように各々の
散乱過程には違いがあり、その違いにより各々の手法が特徴付けられるが、散乱実験から得られ
る情報は基本的に同じである。ここでは散乱現象の基本である干渉性散乱と実験データを解析す
る上で中心的役割を果たす相関関数について X 線散乱を例にして述べる[1-9,10,11]。
図 1-7 に示すように、試料の媒体中での波長がλである X 線の入射波ベクトル s 0(入射波の進
行方向を持つ単位ベクトル)
、散乱波ベクトル s '(散乱波の進行方向を持つ単位ベクトル)とす
ると、O 地点で散乱された散乱波と P 地点で散乱された散乱波の光路差は P 地点にある散乱要
素の位置ベクトル r を用いて (r " s' ) # (r " s 0 ) = (r " s) で表される。ここで s = s' "s 0 である。X 線散乱
の場合入射 X 線と散乱 X 線の間には厳密な位相の関係(λ/2だけ位相がずれる)が成立するので、
散乱波間の干渉では散乱過程による位相のずれを考えなくて良い。従ってこの光路差による位相
!
!
差φは真空中での X 線波長をλ0、媒体の屈折率を n とすると
"=
2#
2#
n(r %s) =
(r %s) = (r % q)
$0
$
(1-1)
で表される。ここでλは媒質中での X 線の波長で、q は
!
q=
2"
s
#
| q |=
2"
4 "sin$
2sin$ =
#
#
(1-2)
(1-3)
!
で表される散乱ベクトルであり、角度θは図1−7で定義される散乱角である。図 1-7 の点 P にある
点電荷からの散乱波の振幅は自由電子からの散乱(Thomson 散乱)の表式を用いて
!
(1-4)
EP = Ee exp{i (q " r # $t)}
!
Ee =
E0
e2
1+ cos 2 $ 1/ 2
(
)(
)
R 4 "# 0 mc 2
2
(1-5)
で与えられる。ここで E0, ωは入射波の振幅および角振動数、R は散乱体と検出器との距離、m
は電子の質量、c は光速である。一般にソフトマター系では散乱体と媒質の間の屈折率差が小さ
!
いので、散乱体を通過した散乱波と媒体を通過した波の間の光路差のずれは考慮しなくてよく
(Rayleigh-Gans-Debye 近似)、その場合多くの電子を含む系からの散乱振幅 Et は各々の波の位
相差を考慮して足しあわせればよい。すなわち j 番目の散乱要素の位置ベクトルを rj とすると、
Et (q) = " j E j = Ee exp(#i$t)" j exp{i (q %r j )}
(1-6)
となる。ここでは弾性散乱を対象とするので時間の因子は省略する。また(1-6)の結果を電子密度
!
分布関数
ρ(r)を用いると " (r) = % j # (r $ r j ) に注意して
Et (q) = Ee $ dr" (r) exp{i(q # r)} = Ee F (q)
(1-7)
となり、特にこの
! F(q)を構造振幅と呼ぶ。系の散乱強度 I(q)は Thomson 散乱強度 I e を用いて
(1-8)
I (q) = I e | F (q) |2
!
で表され、
| F (q) |2 = " drk " dr j # (rk ) # (r j ) exp{i (q $rkj )}
(1-9)
!
となる。
rkj = rk " r j = r とすると(1-9)式は次のように書き表わされ
| F (q) |2 = " dr " dr j # (r j ) # (r j + r) exp{i (q $r)} = " dr%# (r) exp{i(q $r)} (1-10)
!
散乱関数は電子密度の自己相関関数
"# (r) = $ dr j # (r j ) # (r j + r) のフーリエ変換で表されることが
!
わかる(付録 1-1 参照)
。ここで、自己相関関数は位置 rj に粒子を見いだした時に距離 r 離れた
!
位置 r に同時に粒子を見いだす確率を表している。また、系が等方的な場合は r =| r | を用いて
k
!
"# (r)dr = 4 $r 2% (r)dr
(1-11)
と表される。このγ(r)と系の密度ρを用いて次式で定義される g(r)を動径分布関数と呼んでいる。
!
(1-12)
g(r)dr = " #2$ (r)dr
!
以上の記述は X 線散乱を基にしたが、中性子散乱でも状況は基本的に同じである。但し中性
子散乱には散乱過程の基本的な違いからくる特徴がある[1-12]。原子による中性子の散乱過程に
!
は i)原子核と中性子との相互作用による核散乱、ii)核外電子の磁気モーメントと中性子の磁気メ
ーメントとの相互作用による磁気散乱がある。通常のソフトマターは磁気モーメントを持たない
ので、核散乱を考えるだけでよい。中性子散乱の強度を表すのに散乱断面積という表現がよく用
いられる。散乱断面積は単位時間当たりに試料から散乱してくる中性子の数を単位面積当たりの
試料に入射する単位時間当たりの中性子の数で割ったものであり、面積の次元をもちσ で表され
る。このσに対して単位立体角 dΩ内に散乱される中性子の割合を微分散乱断面積と呼び dσ/dΩ
により表す。今、一個の原子核からの微分散乱断面積を
d"
= b2
d#
(1-13)
で表し、b は散乱長と呼ばれ、元素の種類により固有の値をもつ。各元素に対する散乱長の表は
例えば http://www.ncnr.nist.gov/resources/n-lengths/の URL から調べる事ができる。この b を用い
!
て試料中の N 原子からなる粒子または分子 1 個からの微分散乱断面積(干渉性散乱に対する)
は j 原子の散乱長を bj とすると
d"
=
d#
2
N
% b j exp{i(q $r j )}
(1-14)
j
により表される。試料中の単位体積当たりの粒子数または分子数を n として " = n# で表し、散
! b の代わりに局所的に平均化した散乱長密度 " (r) = $ N b # d N / M (d: バルクの密度
乱長
b
i=1 i
A
!
(g/cm3)、M:分子量、NA:アボガドロ数)を導入すると
d"
1
=
d# V
2
% $ b (r) exp{i (q &r}d 3r
!
(1-15)
V
により散乱微分断面積は表され、(1-7), (1-8)式に対応したものが得られる。ここで V は試料の照
射体積である。実際に観察される中性子の散乱強度関数 I(q) (count s-1)と dσ/dΩ (cm-1)は次式で関
!
係づけられる。
I (q) = I 0"A(#a / L2 )[t(d$ (q) / d% )T ]
(1-16)
ここで、I0 は試料位置での入射中性子線強度(count s cm )、εは検出器の検出効率、A は試料位
-1
-2
置での中性子照射面積、Δa は2次元検出器の一画素あたりの面積、L は試料から見た検出器ま
!
での距離、t は試料の厚み、T は試料の透過率である。これらの実験定数を求める事により散乱
強度を絶対値で議論する事が可能になり、高分子の分子量、分子集合体の会合数などの情報を直
接求める事が可能になると同時に測定の精度を定量的に議論できる。また、中性子散乱の特徴は
中性子と原子核の相互作用が両者の全スピン状態にも依存している点である。すなわち中性子が
1/2 のスピンを持っているので、核スピン s を持つ原子核との散乱では2つのスピン状態
S + = s + 12 と S " = s " 12 が存在し、各々に対して散乱長 b+と b-が与えられる。各々の過程は等確率
で起こると考えられるので、これらの値を平均した値がその原子核からの散乱長となる。従って
!
散乱体の原子核の種類(スピン状態)により散乱長が大きく異なり、ソフトマターの分野でよく
!
使われている水素原子と重水素原子の散乱長の違いを利用したコントラスト法(特定の部位また
は分子中の水素原子を重水素原子で置き換える事により、マークした部位のみの構造を知る方
法)の起源もここにある。この他、光散乱、X 線散乱と中性子散乱の実験手法についての詳しい
解説は成書[1-11,13]を参考にされたい。
1-3.
準弾性散乱実験の基礎
ソフトマターのもつソフトという性質は各々の物質が持つ外力に対する緩和過程に特徴があ
るということを示唆しており、その様な緩和過程を測定する散乱手法が準弾性散乱である。ソフ
トマターの実験で多く使われている準弾性散乱は動的光散乱法と中性子スピンエコー法であろ
う。ここでは動的光散乱法を基にして実測される散乱強度と動的構造因子の関係を述べる
[1-13,14]。
図 1-8 に示すように偏光した光が散乱体により散乱され、検光子を通って検出器に入る状況を
考える。入射光の電場 Ei は入射光の波数ベクトル qi、電場ベクトル ni、振幅 E0 および角振動数
ωi を用いて
E i (r, t) = n i E0 exp{i (q i " r # $ i t)}
(1-17)
で表される。入射光は散乱体のもつ誘電率の歪みで散乱されるので、散乱体の誘電率ε (屈折率
n = " 0 )を平均の誘電率ε0 とそこからの揺らぎδεを用いて
!
!
" (r, t) = " 0 I + #" (r, t)
(1-18)
のように表す。ここで I は単位テンソルである。散乱体から十分に離れた距離 R にある検出器
が観察する散乱波の電場は、散乱波の波数ベクトルを qs、電場ベクトル ns として
!
q2E
E s (R,t) = "n s s 0 exp{i (qs R " % i t)} &V dr exp{i (q 'r)}[n s ' ($ (r,t) 'n i ]
4 #R$ 0
(1-19)
qs2 E0
= "n s
exp{i (qs R " % i t)}($ is (q,t)
4 #R$ 0
"# is (q, t) = n s $[ %V dr exp{i(q $ r)}"# (r, t)] $ n i
!
(1-20)
により表される[1-14]。散乱光電場の時間相関関数 G (1) (" ) #< Es* (R, 0)Es (R," ) > は
!
qs4 I 0
< %$ *is (q,0)%$ is (q," ) > exp(&i' i" )
16# 2 R 2$ 02
!
2
G (1) (" ) =
(1-21)
I 0 =| E0 |
(1-22)
で与えられる。ここで、 < L > は時間平均をとることを意味しており、
!
T /2
< Es* (R,0)Es (R," ) >= lim T1 &%T / 2 Es* (R,t)Es (R,t + " )dt
!
T #$
(1-23)
!
である。ソフトマター研究においてはこの誘電率を個々の分子の特性である分極率に置き換えて
議論する事が多い。
その場合は個々の分子間の静電的な結合が弱いと仮定し、誘電率の揺らぎの
!
項を j 番目の分極率テンソルαj を用いて
"# is (r,t) = & j $ j ,is (t)" (r % r j (t))
(1-24)
により表す。このうち $ j " (r # r j (t)) の項は時刻 t 位置 r における分子数密度ρm(r.t)になるので、
!
"# m = # m $ < # m > に対して
"# m = % dr"# m (r, t) exp(iq $ r)
!
が得られる。(1-21)式より時間相関関数はρm(r.t)を用いて
!
!
G (1) (" ) =
(1-25)
qs4 I 0
exp(%i& i" ) < ' j ,is (0)' k,is (" ) >< () m* (q,0)() m (q," ) >
16# 2 R 2$ 02
qs4 I 0
=
exp(%i& i" ) < ' j,is (0)' k,is (" ) > S(q," )
16# 2 R 2$ 02
(1-26)
とかける。S(q,τ)を動的構造因子または中間散乱関数と呼ばれる。ただし、S(q,τ)のフーリエ変換
!
S(q, " ) =
1
2#
&
'%& S(q,$ ) exp(%i"$ )d$
(1-27)
も動的構造因子と呼ばれることがある。実際の動的光散乱の実験では散乱光強度 I s (t) =| Es (R, t) |2
の時間相関、すなわち散乱光の電場の四次のモーメント G(2)(τ)を測定する。G(2)(τ)は散乱光電場
!
の時間相関関数 G(1)(τ)((1-21) 式)を用いて
!
G ( 2) (" ) #< E * (0)E (0)E * (" )E (" ) >=< I (0)I (" ) >
=< E * (0)E (0) >< E * (" )E (" ) > + < E * (0)E (" ) >< E * (" )E (0) > (1-28)
=| G (1) (0) |2 + | G (1) (" ) |2 =| G (1) (0) |2 (1+ | g (1) (" ) |2 )
g (1) (" ) = G (1) (" ) /G (1) (0)
(1-29)
により表される。この時 g (τ)は静的構造因子 S(q) " S(q,0) =
!
(1)
!
!
%
$%
& S(q, # )d# で規格化された動的構
造因子である。
動的光散乱で観測にかかるダイナミクスはµs 程度より遅い時間スケールの運動でありかつ、
その空間スケールもµm 程度の領域が主である。ソフトマター研究が主にターゲットとするメソ
領域でのダイナミクスを研究しようとする時、もう少し小さい空間領域(1 nm から 100 nm 程
度)で 1 ns から 100 ns のダイナミクスに関する情報が重要になる場合がある、そのような場
合に用いられるのが中性子スピンエコー法(NSE)である[1-15,16]。この NSE 法の解説は付録 1-2
で取り扱う。
急速に発展するソフトマター物理を研究する上で理論的研究と実験的研究が相補的に進展を
諮る事は非常に重要であるが、物質としてのソフトマターは従来、化学や生物の実験的研究分野
で発展を遂げてきたという歴史的な経緯がある。さらに高分子・液晶・コロイド・界面活性剤等
の各々の研究分野に分れて独自に研究が進められてきた傾向が強く、それらをソフトマターとい
う観点から俯瞰する為には共通の土台が必要である。本書は実験研究者の立場から理論と実験、
および高分子・液晶・コロイド・界面活性剤といった分野間の違いを乗り越えて、ソフトマター
と言う観点でその秩序構造を観る事によって、その土台作りの一端を担おうとするものである。
本書の構成としては、なるべく単純なものから複雑なものへと発展的に記述するよう、まず最も
単純な球状コロイド粒子の秩序形成からスタートし、少しずつ自由度を増やして、棒状粒子、高
分子系での秩序形成を考える。次にソフトマターの特徴である両親媒性ソフトマター(界面活性
剤・ブロック共重合体)における秩序形成を解説した後、最近注目されている異種のソフトマタ
ー(コロイド粒子・棒状粒子・界面活性剤膜・高分子)を複合させた系における秩序形成を概観
した後、最後にソフトマター複合系の生体モデル系への発展として、モデル生体膜における構造
形成についても言及する。
付録 1-A.
自己相関関数
散乱実験と統計物理学を用いた理論を結び付ける上で重要な役割を果たすのが自己相関関数
である。自己相関関数は物理量 X(今の場合、密度 ρ )の空間分布 ρ(rj)に対して、距離 r だけず
らした分布関数ρ(rj+r)との積 ρ(rj) ρ(rj+r) を全空間に渡って足し合わせたもの(平均)である。
図 1-A-1 には、相関関数の概念を模式的に示してある。図の(A)には数個の粒子が空間に分布し
ている様子を密度の空間分布 ρ(rj)として実線で示してある。また、破線はそこから距離 r'だけず
らせた空間分布ρ(rj+r)を併せて示してあり、その積ρ(rj) ρ(rj+r) は下の図の様に表される。この距
離 r'に対する相関はこの積の値を全ての空間で足し合わせたものであり、図からも解る様に距離
r'離れる事により元の粒子とどの程度重なっているのかを表す尺度になっている。したがって、
ここからは粒子のサイズや形状に関する情報が得られる事になる。一方、ずらす距離を大きくす
ると元の粒子との重なりはなくなり、隣の粒子との重なりが現れる様になる(図(B)参照)。これ
から距離 r''離れた所に存在する粒子の存在確率を表している事がわかる。このように密度の自己
相関関数には、粒子のサイズ、形状および粒子間距離に関する情報が含まれている。重要なのは、
(1-10)式からもわかるようにこの自己相関関数をフーリエ変換することにより散乱曲線(パワー
スペクトル)が得られる事であり、この関係を Wiener-Khinchin の関係と呼ぶ。これが散乱関数
を解析する上での基礎となる。
同様に、空間ではなく、時間に対しても同様に相関関数を定義する事が出来、これを時間相関
関数と呼ぶ。これは緩和現象等を測定する準弾性散乱を記述する上での基礎となる相関関数であ
り本書では 1-3 節で取り扱う。
付録 1-B.
中性子スピンエコー(NSE)法
NSE 法によるダイナミクスの測定では、中性子の持つスピンという自由度をうまく利用する
事により散乱過程での中性子のエネルギーの変化を非常に精度良く測定し、そのエネルギー変化
の分布から動的構造因子を求めようとするものである。図 1-A-2 に NSE 装置の概念図を掲げ、
その測定原理を NSE の特徴であるスピン向きに注目して順に説明する。まず、ある波長分布を
もって進んできた中性子線は速度選別機により単色化された後、中性子のスピンの向きを偏極子
により進行方向に揃えられる。その後π/2 フリッパーによりスピンの向きは 90°変えられ、進行
方向に対し垂直の状態になり、そのまま進行方向に H0 の強さをもつ Larmor プリセッションコイ
ル内へと導かれる。この時磁場に対して垂直な向きを持つ中性子は歳差運動(Larmor precession)
を開始し、その回転角φは磁場の強さ H0、磁場の距離 l、中性子の速度 v、および中性子の Larmor
定数 " L = 2.916 kHz/Oe を用いて
" = #L
!
lH 0
v
(1-A-1)
で表される。その後で中性子は試料により散乱され中性子のエネルギーと運動量は以下のような
変化を受ける。
!
h" = mv' 2 / 2 # mv 2 / 2 $ mv(v' #v)
(1-A-2)
(1-A-3)
hq = mv' "mv
ここで v'は散乱後の中性子の速度、m は中性子の質量である。散乱された中性子はπフリッパー
!
に導かれ、スピンの向きが反転された後、2番目の Larmor プリセッションコイルに入る。2番
!
目のコイルは 1 番目のコイルと全く等価に作られている(磁場 H0、長さ l)とすると、2番目の
プリセッションコイルの出口での中性子スピンの回転角は2番目のプリセッションコイルによ
る回転角をφ'とすると
"# + # ' = $ L H 0 l(
1 1
1
$ H l
" ) % $ L H 0 l 2 (v' "v) % L 30 h&
v' v
v
mv
(1-A-4)
で表される。ここで再びπ/2 フリッパーでスピンの向きを中性子の進行方向に揃えられると、検
出器の前に置かれた進行方向に偏極した中性子のみを通すアナライザーを通る中性子(進行方向
!
成分)は、試料での準弾性散乱がない場合に比べて
cos("# + # ' ) $ cos(
% L H 0l
h& )
mv 3
(1-A-5)
だけ減少する。従って観察される偏極成分 Px は試料での準弾性散乱による中性子のエネルギー
変化の確率すなわち動的構造因子を用いて、 t = " L H 0 lh /(mv 3 ) より
!
% S(q, $ ) cos($t)d$
Px =< cos("# + # ' ) >=
% S(q, $ )d$
!
S(q,t)
=
S(q,0)
(1-A-6)
と表され、規格化された動的構造因子が求められる。実際の測定では磁場の強さを変化させてフ
ーリエ時間を変えながら偏極成分を測定し、中間散乱関数を求める。
!
参考文献
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Chemistry, Biology and Materical Science" Adam Hilger, Bristol, (1988).
図 1-1
高分子の結晶化で観察される階層的秩序構造
(a)結晶核でのラメラ結晶、(b)結晶核から結晶が分岐しながら放射状に成長する様子(sheaf-like
aggregate)、(c)放射状に成長した結晶が作る球晶構造(偏光顕微鏡像)、周期的同心円状帯構造
の周期は約 1µm、(d)球晶構造に観察される周期的同心円構造の電子顕微鏡像図。
図 1-2
ブロック共重合体で観察される Double-Gyroid 構造の 3 次元トモグラフィー像。
図 1-3
棒状粒子(fd virus)と球状コロイド粒子の複合系で観察された柱状構造(球状粒子の
円柱状凝集構造)と棒状粒子と球状粒子の積層構造。図の中央部がモデルで左右に顕微鏡像が示
されている。
図 1-4
非イオン性界面活性剤/コロイド粒子/水 3 元系を均一スポンジ相からスポンジ相とミ
セル相の共存領域へと相分離させた時に観察される、コロイド粒子の分割セル構造。黒いセルに
は粒子が充満しており、白いセルには粒子が入っていない。
図 1-5
飽和リン脂質/不飽和リン脂質/コレステロール 3 成分巨大単膜ベシクルで観察される
膜内相分離によるマイクロドメイン構造。組成・温度により様々な形態が観察される。
図 1-6
高分子鎖の各運動に対する緩和時間(t)またはエネルギー(E)と運動体の大きさ(r)または
散乱ベクトル(q)との相関関係を表す模式図。
図 1-7
入射波と散乱要素による散乱波の位相の関係を表す図。O;基準原点、P;P-散乱要素の位
置、2θは散乱角。
図 1-8
光散乱測定における幾何学的配置図。入射光の偏光方向を n i・波数ベクトル q i、散乱光
の偏光方向を n s・波数ベクトル q s、散乱ベクトルを q とする。
図 1-A-1
自己相関数の概念図。(A)粒子のサイズ・形状を表す空間領域での自己相関関数、(B)
粒子間距離を表す空間領域での自己相関関数。
図 1-A-2
中性子スピンエコーの測定原理を示す概念図。
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