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メインテーマ(MS Pゴシック 15ポイント)
高齢者用シューズの開発 石川弘之 *1 本明子 *1 友延憲幸 *1 山中康博 *2 秋満茂喜 *2 諏訪智裕 *2 Development of Shoes for Elderly Person Hiroyuki Ishikawa, Akiko Moto, Noriyuki Tomonobu, Yasuhiro Yamanaka, Shigeki Akimitsu, Tomohiro Suwa 身体機能の衰えた高齢者は,歩行中の障害物へのつまずきや滑りやすい路面での滑落などで転倒することが多く, 転倒は大きな社会問題の一つとなっている。その原因として加齢に伴う歩行様態の変化がある。そこで,本研究で は高齢者の歩行様態を解析した。その結果,高齢男性は若年男性と比して転倒の危険性が高いことが確認された。 また,靴が原因による転倒も多く報告されていることから,靴の重心位置を変えることにより転倒危険性を低減さ せることを試みた。その結果,重心位置が踝下付近に位置した靴を履いて歩行することで,歩行中の爪先部分の挙 上が促され,障害物につまずいて転倒する危険性を低減できる可能性が示唆された。また,主観評価結果より,重 心位置が踝下付近に位置する靴は歩きやすいと感じることが確認された。 1 はじめに 高齢者及び高齢障害者は立位能や歩行能が低下し, 自由歩行の様子を進行方向の側方よりビデオカメラで 撮影し,動作解析装置(新大阪商会社製)にて追跡した。 転倒が日常でよくみられることとなる。今後,地域社 被験者の 左足 部には,外踝 点(マーカー ①),足先点 会活動に積極的に参加する活動能力の高い元気な高齢 (マーカー②),腓側中足点(マーカー③),踵点から足 者が増加すると予測されているが,高齢者の転倒の頻 先方向に20mm位置した点(マーカー④)の計4カ所にマ 度は生活の活動性と相関関係にあり 1) ,元気な高齢者 ーカーを取り付けた(図1)。実験室内における歩行実 の転倒事故の増加が懸念されている。転倒の原因は, 験では自由歩行でも緊張を与える可能性があるため, 高齢者の身体の衰え等の内的要因と,路面の状況や履 実験開始前に被験者に実験の主旨を十分に教示し,被 き物などの外的要因が複雑に関与する。転倒による骨 験者はリラックスした状態で歩行実験に臨んだ。 折や打撲を引き起こすと,更に活動性が低下しそのま ま寝たきりとなってしまい,転倒後症候群となる恐れ ① がある等,大きな社会問題の一つとなっている。そこ ② で,本研究では元気な高齢者を対象とした転倒予防機 ③ ④ 能を有した靴の開発をおこなうことを目的とした。本 年度 は ,高 齢 者の 歩 行様 態 の観 察 を目 的 とし た 実験 図1 被験者の左足部に貼り付けたマーカーの箇所 (実験Ⅰ)と,靴の重心位置と歩行中の足部様態の関係 を検証する実験(実験Ⅱ)をおこなった。 2-2 方法(実験Ⅱ) 重心位置を可変できる靴(図2)に,実験Ⅰと同じ箇 2 研究・実験方法 所にマーカーを取り付け,靴を履いた高齢者の自由歩 2-1 方法(実験Ⅰ) 行の様態をビデオカメラにて撮影した。実験は化学繊 高齢者の裸足による自由歩行の様態をビデオカメラ 維研究所内の実験室にておこなった。被験者は健康な で撮影し,歩行様態を観察した。実験は化学繊維研究 高齢男性3名(平均67.7歳),高齢女性3名(平均66.3歳) 所内の実験室にておこなった。被験者は,週に2∼5日 とした。実験に用いた靴の重心位置は,爪先付近 程度労働している日常生活に支障をきたす障害を持た (Front:条件F),中心付近(Center:条件C),踝下付 ない健康な高齢男性4名(平均67.3歳)と,健康な若年 近(Rear:条件R)の3箇所とした(表1)。各条件での歩 男性5名(平均32.6歳)とした。実験室内で裸足による 行終了後に,靴の歩きやすさや重さについて5段階で *1 インテリア研究所 *2 月星化成(株) 評価する主観評価を聞き取り方式で行った。撮影した 画像は動作解析をおこない靴の重心位置と足部様態の 関係の検証を試みた。また,実験Ⅰと同様に実験開始 若年者と比して低くなる 3) という報告があるが,本実 前に被験者に実験の主旨を十分に教示した。 験では後者を支持する結果となった。低くなった要因 としては,足部を背屈させる働きのある下腿の前頚骨 筋の筋力の衰えに加えて,離地時に足底と床のなす角 度が小さい結果から推察すると,足部を底屈させる働 きのある下腿の腓腹筋の筋力の衰えが考えられる。よ って,高齢者は若年者と比して歩行中に障害物に接触 図2 実験Ⅱに用いた重心を可変できる靴 する可能性が高く,転倒する危険性が高いことが示唆 された。 表1 条 件名 実験Ⅱに用いた靴の概要 片足 分の質量 25 全長に対する踵からの 重心位置 * *:p<0.05 24 430g 約71% C 430g 約54% R 430g 約21% 23 角度(°) F 22 21 20 19 18 3 結果と考察 17 3-1 男性高齢者 の歩行中の転倒危険性(実験Ⅰ) 16 足部に取り付けたマーカーを追跡し,歩行中の 左足 図4 遊 脚期のマーカー③が最も床に接近する画面における 若年男性 高齢男性 着地時の足底と床のなす角 度 (平均値+標準偏差) マーカー③と床との距離を求めた。距離は,多重比較 検定による群間比較をおこなった。その結果,高齢男 性は若年男性よりも有意に距離が短かった *:p<0.05 90 * (p<0.05)(図3)。 85 角度(°) * :p<0.05 * 2.1 距離(cm) 1.9 80 75 1.7 70 1.5 1.3 65 1.1 若年男性 図5 0.9 0.7 0.5 図3 高齢男性 離地時の足底と床のなす角 度 (平均値+標準偏差) 若年男性 高齢男性 遊脚期における床とマーカー③の 最短距離 (平均値+標準偏差) 3-2 靴の重心位置と足部様態の関係(実験Ⅱ) 足部に取り付けたマーカーを追跡し,歩行 中の左足 遊 脚期のマーカー③が最も床に接近する画面における ま た,左足底と床のなす角度は,着地時および離地 マーカー③と床との距離を求めた。距離は,多重比較 時 において,高齢男性が若年男性よりも角度が有意に 検定による条件間比較をおこなった。検定の結果,条 小さかった(図4,図5)。 件間に有意な差はなかったが, 条件Rが他の2条件と 過去の実験室内の歩行実験 結果では,高齢者はつま ず いて転倒するのを避ける代償的適応として若年者と 比して歩行中の爪先の挙上が高くなる 2) という報告と, 比してマーカー②と床との距離が長かった(図6)。 同じ質量の靴で比較した場合,靴の重心が踝下付近 に 位置することで,爪先の挙上に要する筋負担が小さ くなる。また,全体の質量は同じでも回転の中心に近 ただ,通常の靴は重心位置が全長に対してほぼ中心に いところに質量が分布しているほうが慣性モーメント 位置しているため,本研究のような短期間の実験と併 4) は小さくなる ことから,踝関節を中心とした足部の せて,長期的な観測が必要となると思われる。 背屈方向への慣性モーメントは足部の重心位置が踝直 下に近いところに位置するほど小さくなる。このこと 軽い 4.5 から条件Rが条件FおよびMよりも爪先の挙上が高いの 4 中心として足部を背屈方向に運動させる慣性モーメン トが他の条件と比して小さく,自然と爪先部分の挙上 評価値 は,重心が踝下付近に位置しているために,踝関節を 3.5 3 が促されたことによるものであると考えられる。つま り,重心が踝下に位置する靴は,爪先の挙上が促され 2.5 歩行中に障害物につまずくことによる転倒危険性の低 減に寄与すると考えられる。 重い F 図7 条件F 条件C 条件R 5 4.5 C R 靴の重さに関する主観評価値 (平均値+標準偏差) *:p<0.05 歩き易い 4 距離(cm) 距離(cm) 2 * 3.5 * 3.3 3.5 3.1 2.9 評価値 3 2.5 2.7 2.5 2.3 2 2.1 マーカー② 図6 マーカー③ マーカー④ 1.9 1.7 マーカー③と床の距離が最短になる画面におけ る各マーカーと床との距離(平均値+標準偏差) 歩きにくい 1.5 F 図8 C R 歩きやすさに関する主観評価値 3-3 靴についての主観評価(実験Ⅱ) (平均値+標準偏差) 実験Ⅱにおいて,各条件の歩行終 了後に靴の重さと 歩 きやすさについての主観評価を行った。多重比較検 4 まとめ 定による評価値の平均値の条件間比較をおこなった。 高齢者の歩 行様態を観察した結果,地域社会に積極 その結果,靴の重さに関しては条件間に有意な差は認 的 に参加している元気な男性高齢者においても,男性 められなかったが,条件Rが軽さの評価の平均値が最 若年者と比して歩行中の爪先の挙上が低く,障害物に も高く,歩きやすさの評価の平均値は条件Rが条件Fお つまずき転倒する危険性が高いことが確認された。ま よび条件Cよりも有意に高かった(p<0.05)(図7,図8)。 た,靴の重心位置を可変出来る靴を履いた高齢者の歩 条件Rが他の条件よりも重さを感じにくかったのは, 行中の足部様態を観察した結果,重心が踝下付近に位 3-2の考察と同様に慣性モーメントが小さいためであ 置する靴は,歩行中の爪先の挙上を促し,障害物につ ると考えられる。また,歩きやすいと感じたのも同様 まずくことで転倒する危険性を低減させる可能性があ の要因であると考えられ,重心位置が踝下付近に位置 ることが示唆された。また, 重心が踝下付近に位置 すると,主観的に歩きやすいと感じると考えられる。 する靴は,主観的にも楽に歩行出来ると感じられるこ よって,3-2の結果と併せて検討すると,高齢者にと とが確認された。 って重心位置が踝下に位置する靴は,転倒危険性を低 減させ,なおかつ歩きやすいと感じると考えられる。 5 参考文献 1)眞野行生: 高齢者の転倒とその対策,p.2-3,医歯 薬出版株式会社(1999) 2)淵本隆文:体育科学,第27巻,p.109-118,(1998) 3) 大 嶽 達 哉 : 平 成 14 年 度 東 京 電 機 大 学 修 士 論 文 集 (2002) 4) 臨床歩行 分析研究会編:関節モーメントによる歩行 分析,p.4-5,(1997)