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資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造: ボールズ・ギンタスの

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資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造: ボールズ・ギンタスの
SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
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資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造 : ボールズ
・ギンタスの平等主義の再構築
遠山, 弘徳
静岡大学経済研究. 6(3), p. 63-78
2001-12-10
http://doi.org/10.14945/00000699
publisher
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This document is downloaded at: 2017-03-28T18:22:58Z
資産 の平等主義的再分配 と経済統治 の諸構造
書
評
資産 の平等主義 的再分配 と経済統治 の諸構造
― ボァルズ・ ギ ンタスの平等 主 義 の再構築―
遠
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山
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“
Samuel BOwles and Herbert Clintis with cOntributiOns by Daniel M.Hausman,
」ohn Eo Roemer, Erik Olin Wright, Kar1 0ve MOene, D√ ichael Wallerstein, Peter
Skott,David M.GordOn,Harry BrighOuse,Elaine 1/1cCrate,Andrew Levine,Paula
England, Steven N.Durlauf, Ugo PaganO, A/1ichael RI Carter, and Karla Hoff.
Edited and lntroduced by Erik Olin Wright。
Sθ rj“ ,LondOni
(Volune
Ⅲ ,Rο αι びι
Opjα s ProJiacι
VersO,1998)
1.は じめ に
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本書 Rθ cα sι jんg Egα ′
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“
“
1の
実的 ユ ー トピア」 プ ロ ジェク ト 成果 の 1つ であるが、 この「 現実 的 ユ ー トピア」 とい う表現 そ
の もの は 一一 同プ ロ ジェク トのオーガナイザ ーであるオ リン・ ライ ト自身 が述 べているよ
うに 一―
形容矛盾である。
「 ユ ー トピア」 はファンタ ジーであ り、現 実性 か らま った く制約 を受 けな い社会
生活 の制度設計である。 だが、 それは、歴史上 では社会変革 に向けた力強 い原動力 となることもあ
る。他面、既存 の制度 を改革す るさい、
「 現実的」 であろ うとすれば、 日の前 の現実性 に基礎を置
かな ければな らない。
「 現実的 ユ ー トピァ」 プ ロ ジェク トは、 フ ァンタジー と実践 とのあいだの緊
監1:樹 'I怒 迅潔
el盤
r批
胤 :]週1:霞 stttSLh鞘 翼
Schlnitter, W01fgang Streeck, Andrew Szasz and lri, Young. Edited and introduced by Erik Olin
1。
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Wright(v01ume I, Rθ α′ しι
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ProJiacι Sθ rJ“ , London: VersO, 1995)、 E9じ α
ιSん arasr ttα たjttg
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れαrん θιsoθ jα ι
rた , by John Roemer, with cOntributions by Richard
」. Arneson, Fred Block,
Harry Brighouse, Michael BurawOy, 」Oshua COhen, Nancy Folbre , Andrew Levine, A/1ieke Meurs,
Louis Putterman, 」oel Rogers, lDebra Satz, Julius Sensat, Willianl Ho Sil■ on, Frank ThOmpsOn,
Thomas Eo WeisskOpf, Erik Olin Wright. Editも d and introduced by Erik 01in Wright(Volume II,
Rθ αJ 1/3opj“ ProJiacι Sarj“ ,London:VersO,1996)な お、 現実 的 ユ ー トピァ プ ロ ジェ
「
」
ク トの詳細 につ
い て は http://WWWosSCoWisc.edu/∼ wright/RealUtopias.htmに お いて
紹介 されて い る。
-63-
経済研究 6巻 3号
張 をはらむプ ロ ジェク トであ り、 そのオル タナティブな構想 は、現実 を超えるイマジネーシ ョンで
あると同時 にその基盤 を現実 の中 に持 たなければな らない
2。
ボールズ とギ ンタスは平等主義 の配役 を交替 させ ること、す なわち、経済、国家 および コ ミュニ
ティに新 たな役割 を与 えるとい う構想を もって、 この「 現実的 ユー トピア」 プ ロジェク トに参加 し
て い る。 それは、富裕 な者 か ら貧 しい者 への資産 の再分配 を提案す る平等主義的 な社会 の制度設計
を示 して い るとい う意味で既存 の制度 を超えるもの
(「
ユー トピア」)で あり、市場 の利点 を取 り込
3。
こぅした構想 は、平
み、効率性 を高 める制度 を提示 して い るとい う意味 では「 現実的」 である
等主義的経済 一一現実経済 に くわえ理論 モデル も含む 一一 の衰退 もしくは失望 が語 られる時代状況
「 プ リンシパ ル・ エージェン ト論」
の中 にあ つて、 あえて平等主義 の再構築 を 目指 す点 で、 また、
や「所有 の経済学」 を理論的基礎 に、 これまで の平等主義的経済戦略 とま った く異 なる制度設計 を
提起す る点 できわめて刺激的 な もので ある。
本書 は全体 をつ うじてボールズ とギ ンタスの構想 をめ ぐって展開 され、彼 らのオルタナティブな
ー
制度設計 を議論するための コンテクス トを提供す るものとなっている。巻頭 の第 二部 において、 ボ
ルズ とギ ンタスによって「資産 の平等主義的再分配」一 平等 の維持 おび向上 と同時 に経済的効率
って さまざ
性 も達成す る制度設計 一 が提案 される。 これを受 け、第 Ⅱ部以降では、同構想 をめ ぐ
まな角度 か ら議論 され る。第 Ⅱ部 で は同構想 に対 す る「 一般的評価」 が示 され、第 Ⅲ部 で けその
モ ルの批判」 が展
「 具体的 な制度的文脈」 が検討 され る。第 Ⅳ部 では同構想 の基礎 となる「 経済 デ
ールズ とギ ンタス
開 される。次 いで第 V部 では彼 らの「 経済 モデルの拡張」 が示 される。最後 にボ
,
の応答 で閉 じられる。
モ ル
に
本 レビューでは、本書 の第 1章 で展開 されて い るボールズとギ ンタスの平等主義 デ を中心
の
紹介 す ることに したい。 まず最初 に、 ボールズ とギ ンタスのオル タナティブな制度設計 理論的枠
コ ミュニ
ベ
組 みと彼 らの構想 その ものを紹介 す る。次 いで、所得 ースの平等主義 の可能性、 および
ティとノルムの 2点 を中心 に彼 らの構想 に コメ ン トす ることに したい。
2.資 産 の平等主義的再分配
コ ミュニ
経済パ フォーマ ンスは、経済的統治構造 一一 国家 (所 有 のルール)、 市場 (競 争形態)、
ルムや慣習)― 一 ―が コーデイネーシ ョン問題 に影響 を与 えるとい う意味 において、統治構
ティ
(ノ
造 に依存 す る。統治構造 は、個 々の経済的 アクターの直面 す るイ ンセ ンティブや情報構造 を規制す
2ょ り具体的 には、 ライ トは次 のように述 べて い る。人間性 の現実的 な可能性 に基礎 づ けられ るユ ー トピア的
ユー
トピ
理想、実際 に到達可能 な中途駅を有す るユ ー トピアの 目的地、社 会変革 に向 けた実践的課 題を示す
と
る
を
ロジエ
。
ユ
、
トはこうした目標
有す
ク
ー
ピア
プ
ト
」
ア的制度設計 一 「 現実的
3効 率性 を高 める再分配 は、効率性 を低下 させ る再分配 プ ログラムよ りも、一般的 に受 け入れ られる可能性 が
高 い、 とい う意味 で現実的 である。
―-64-―
資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造
るものであ り、理想 的 にはそ うしたイ ンセ ンティブや情報 をつ うじて コーデ ィネー シ ョン問題 を解
決 した り緩和 した りす るものである。 だが、 そ うした方向 に向けた統治構造 の進化を保証す るもの
は何 もない。実際 には、統治構造 は コーディネーシ ョンの失敗 に帰結す ることもある。 ボールズ と
ギ ンタスは、不平等 な社会 ではそ うした コーデ ィネー シ ョンの失敗 を解決 できない、 もしくは解決
しようとす るイ ンセ ンティブを生み出 さない、すなわち、不平等 は生産性 を高 める統治構造 の進化
を妨げ ることで経済パ フォーマ ンスの障害 となると主張する。 こうした主張 の理 由 として、 3つ の
論点 が提示 されている。
●高水準 の不平等を支える制度的構造 の維持 は高 い コス トを要す る4。
●経済的格差を抱 える社会 は平等 な社会 であれば利用可能な協調 と信頼 を
利用 できない。
● 資産 の分配が不平等 である経済 では不効率 なイ ンセ ンテ ィブ構造 が生 まれる5。
こうした 3つ の理由すべてが議論 されるわけではない。第 1の 点 については、たとえば、 ゴー ド
ンによる本書の第 8章
Cο 屁
″jCι
jο
αんαcOttθ κι
れ、GorodOn[1990]が あげられるであろうし6、
第 2の 点 について はボールズとギ ンタスによる本書の最終章 Rθ cα sι j,T attι jι αrjα んjsれ 、 および
Bowles and Gintis[1998]等 があげられるであろう。本章ではとりわけ第 3の 理 由を中心 に議論
が展開 されている。そうした議論の理論的枠組みを図に示せば、以下のようになるであろう。
経済的パ フォーマ ン
ス (経 済的効率性)
コーァィネーショ
ンの失敗
所有権 の構造 (平 等
主義的分配かどうか)
経済的 アクターの直面
するイ ンセ ンティブ・
情報構造
国家
市場
コ ミュニ テ ィ
コ ン トロ ー ル 権
4た とぇば、国家 において は不平等 を もた らすゲ ームのルールの
強制 に資源 を必要 とする こと
いては労働者 の監督費用や警備員 の ための経費がその一例 である。
5た とぇば、労働者か ら労働努力を引 き出す ためのモニ タ ン コス
リ グ
トの存在があげ られ る
、民間経済 にお
。
「平等主義 は時代遅れか ?」 という標題 の下 で とりあげられているが、
そ こで は経験的な証拠 が示 される ものの、必ず しも理論的 な説明は与え られていない
。
6本 章 のボールズとギ ンタスによって も
―-65-
経済研究 6巻 3号
ここか ら理 解 され るよ うに、経済 パ フ ォーマ ンス は コー デ ィネ ー シ ョンの失敗 を解決 しうるか否
か に依存す る。 そ してその成否 を決定す るのは、個 々の経済的 エー ジェン トの相対 す るイ ンセ ンテ ィ
ブや情報構造 を規定 す る統治構造 で あ る。 さ らに、 国家、市場、 コ ミュニ テ ィとい う統治構造 は所
有権 によ って影響 を受 ける。 以下 で は、 そ う した コー デ ィネ ー シ ョ ンの失敗、統治構 造、所有権 の
それぞれ につ いて簡単 に説 明 して行 きた い。
2-1.コ ーデ ィネーシ ョンの失敗
統治構造 が コーデ ィネーシ ョンの失敗 の
図
1
コー デ ィネ ー シ ョンの失敗
望ま しい解決 にとってどのよ うな形 で障害 労働者
とな りうるのか。簡単 な事例で もって示 さ
れる。今 か りに、 企業 の所有者 と、 100人
の同下の労働者 か らなる労働者 チームが存
在す るとしよう。 その さい、両方 の経済的
アクターそれぞれが、 2つ のイ ンプ ッ トの
うちの 1つ を選択するかどうかを決定する。
101
102
103
104
企業 の所有者
労働者 は自分 の仕事 において高水準 もしく
は低水準 の努力 を傾 けるかを選択 し、企業 の所有者 は資本 ス トックを近代化す るために資源を投入
するか投入 しないかを選択す る。 そ して、 そ うした決定が容易 には覆 せない と仮定す る。両者 それ
ぞれが低水準 の労働努力 と投資 を選択す る場合、結果 は図 の fに よ つて示 され る。労働者 が200
(各 労働者 2)、 他方、所有者 が102を 得、企業 の総所得 (付 加価値)は 302で ある。 この場合、彼 ら
の状態 を改善 しようとすれば、 それは可能 であろう。
所有者、労働者 それぞれが高水準 の投資 と労働努力 を選択 す る場合、近代化 されたプラ
ントと効
い
果的 な労働努力 の組 み合 わせが成 立 し、 その利益 の分配方法 に応 じて、 b,cも しくは dの ずれ
かの点 が選択可能 となるであろう。今 か りに選択結果 が cだ としよう。 それぞれの労働者 が 3、 所
有者 が103を 得 る。企業 の付加価値 は403と なる。 あきらかに f点 よ り優 れた結果である。
f点 が既存 の制度 の下 で実行 され るもので あり、 その他 の b、
だ とすれば、重要 なことはその 3つ の点 ―
b、
c、
c、
dが 技術的 に実行可能 なもの
d一一 の どれかに到達す る ことであ つて、 そ
の どれを得 るかとい うことではない。す なわち、 ここでは、問題 の コーディネーシ ョンの側面 を解
決す ることが対立的側面 を解決 す る以上 に重要 なことなので ある
7。
7ボ ールズとギ ンタスは、経済的 アクターの相互作用 が、典型的 には、協調的側面 に くわえ対立的側面 も持 つ、
パ
とい うこと も認識 して いる。 だが、彼 らは、 これまでパ イを再分配 す ることだけに関心 を奪 われ、 イその
して
に
批判的で
は左派経済学者
対
の
もしく
った
主義者
と
こなか
平等
い
従来
をみて
、
の
ると
う課題
を拡大す
も
ある。
-66-―
資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造
だが、労働者 と所有者 の行動 が コーディネー トされていないため に、 そうした点 に到達す ることは
不可能 である。多 くの状況 において、労働者、所有者 それぞれは、他方 が高水準 を選好す る間は、
低水準 を選好す るであろ う。すなわち、 プラン トが比較的近代化 されている場合 には、労働者 は熱
心に働 くことを選好 しないであろ う (e点 )。 他方、産出とコス トロ標を長期 的 に資本支出 に充 て
ることをつ うじてではな く、 ス ピニ ドア ップゃ コス ト削減 に向けた就業規則 の変化 によって達成 し
よ うとす る場合 には、資本家 は低水準 の投資 を選好するであろう (a点 )。 労働者、資本家それぞ
れにとって最悪 の結果 は、他方が低水準を選択す る場合、高水準を選択することである。労働者 が
生産性を引 き上 げる活動 に低水準 の労働努力 しか与 えない場合、高水準 の投資 は利益 のあが らない
操業 に使用者を拘束す ることになろう。労働者 は、使用者が ほとんど投資を行わない とき生産性 を
引き上げる活動 を支持 した場合、身体 は消耗 し解雇 されることにな る。 こうした企業 の所有者 と労
働者 との関係 は周知 の囚人 の ジレンマの状況 であ り、双方 にとって支配戦略は低水準 の投資 と労働
努力を選択す ることにな る。
このよ うに統治構造 はコーデ ィネーシ ョンの失敗 の解決 にとって障害 となることがある こうし
。
た認識か ら、 コーディネー シ ョンの失敗を解決 しうる、 しか も平等主義的な経済的統治 の諸制度が
追求 され る。
2-2.経 済的諸統治構造
これまでの経済政策 の問題点 は 一― ボールズ とギ ンタスによれば 一― そ うした コーディネーシ ョ
ンの失敗を国家 もしくは市場 のいずれか一方 に しか認 めて いない点 にある
。
表
経済
国家
1
経済政 策 へ の代替 的 アプ ロー チ
市場 の失敗 な し
市場 の失敗あ り
国家 の失敗 な し
レッセ フェール と中央計画が最適 ケイ ンズ型お よび他 の国家介入が
配分を実現
最適配分を実現
国家 の失敗 あ り
国家 の'活 動を最小限に した下 での 市場/国 家/コ ミュニテ ィの補完
レッセ フェールが最適配分を実現 性 が最適配分を実現
ケイ ンズ政策は コーデ ィネー シ ョンの失敗を市場 に見 る、他方、それにとって代わ ったネオ
リベ
ラル政策 はコーデ ィネーシ ョンの失敗を国家 に見 る。両者を分 けるの は、選択 される
仮定次第であ
る (表
1)。
上段 の右 がケイ ンズ型であ り、下段 の左がネオ リベ ラル型である。す なわち、 ネオ リ
ベ ラル は、統治構造 としての経済 に欠陥が存在す るとい
うことを認 めず、統治構造 としての国家 だ
けが欠陥を持 つ と見 る。 こうした見方か らは国家が浪費的な レン ト
・ シーキ ングの場 であ り、他方、
市場経済は効率的だ とい う考 えに行 き着 く。 これ とは対照的 に、 ケイ ンズ型経済政策 の提唱者 は
、
-67-
経済研究 6巻 3号
市場 が コーディネーシ ョンの失敗 のために欠陥 を抱 えるものだと扱 い、統治構造 としての国家 の限
界 を認識 で きない。 ここでは国家 は経済 目標 の実行 にとり有効 な手段 だと受 け止 め られる。
だが、両者 とも見過 ごして きたの は、 コ ミュニティも統治構造 として決定的 な役割 を果 たす とい
うことである。平等 を実現 しうる統治構造 を構想 するには、市場、国家 および コ ミュニティの役割
を根本的 に変 えなければな らない。 ボールズ とギ ンタスの手 になる平等主義 の構想 は、 ケイ ンズ と
もネオ リベ ラル とも異 な り、国家 にも市場 にもコーディネーシ ョンの失敗 を認 め る (表 1の 下段 の
右)、 その上で、市場、国家 および コ ミュニテ ィそれぞれが特有 の長所 と短所 を有 し、 しか もその
三者 が相互補完的な役割 を果 たす、 とい う認識 か ら出発す る (表 2)。 たとえば、市場 は個 々のエー
ジェントが 自分 自身 の行動 の結果 を受 け止 めるため、規律 の執行 において優 れて いる。 だが、彼 ら
の行動 に関す る情報 が私的 なもので あ り、所有権 が集中化 されて い る場合、市場 は深刻 な コーディ
ネーシ ョン問題に突 き当たる。国家 の優位点 はそ うした困難 を克服するためにゲームのルールを執
行 す る点 にある。 しか し、国家 が情報 へ のアクセスを制限 されて い る状況 にお いて は、
ルール
(も
しくはノルム)を 執行 す るにあた つて は コ ミュニティが優 れて い る。 たとえば、諸個人 が社会的 ノ
表
長
市
場
2
統治構 造
短
所
情報 の非対称性 が 一一 個人的情報 と資産 の高
・ 私的 な情報 の公開 を誘発す る。
・ 残余請求権 とコン トロール権 が緊密 である 度 の集中化 との組 み合 わせの下 では 一一 信用
パ
ーマ ンス、 イ
場合、市場競争 は規律 メカニズムを提供す と保険、企業経営、作業 フォ
ンテナ ン
ベ
のメイ
ン
ーシ
および資産
ノ
ョ
過程
る。
スの提供 において、市場 の失敗 を生み出す。
ルールを生産す る。私的 エージェン トの相
互作用を統治す るゲ ームのルールヘ の遵守
を もとめ、執行 す る権力 を有す る。
国
所
家
生産者や消費者 の持 つ私的情報 を利用 でき
ない。
国家活動 に民主主義的 な形 で説明責任 を負
わせ ることが難 しい
意思決定 ルールで ある投票 の欠陥
政府介入 が市場 の結果 を抑制 す る場合、 そ
の介入 によ って特定 の経済的 アクターが レ
ン トを得 る :「 レン ト・ シーキ ング行動」
の発生
f i ,' a7.t
相互作用が繰 り返 される場合、 コン トロー ・ 統治構造 の及ぶ範囲 が小規模 である。
ル と残余請求 とを緊密 に連携 させ、社会的 ・ 高 い退出 コス トと持続的 な社会的相互作用
がイノベーシ ョンに負 の影響 を及ぼす。
に破壊的 な行動 に対 して仕返 し行 う
つて
を
うち立て
評判
首尾一貫 した行動 によ
よ うとす るイ ンセ ンテ ィプを提供 し、 それ
により情報 の私的 な性格 を弱 める。
財産権 の定義 が不十分 であ って も、機能可
能 な分配 ルールとその他 のノルムを提供 し、
それによ って契約不可能 な交換 の側面 をめ
ぐる利害対立 の程度 を緩和 す る。
-68-―
資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造
ルムを身 につ けて い るコ ミュニティにお いては、諸個人 は コス トの要す るモニ タリングや制裁 には
依存 せず に、長期的 な合意 を達成す るか もしれない。
市場、国家 および コ ミュニティそれぞれが特有 の長所 と短所 を有 し、 しか もその三者 が相互補完
的な役割 を果 たす 一一 こうした ことを認 め る場合決定的 に重要 な点 は、所有権 の性格 と分配 が市場、
国家 および コ ミュニティの働 きに決定的 な影響 を与 える、 とい う認識 である。 したが って、 この所
有権 を変 えることによって資本主義社会 を構成す る 3つ の統治構造 ――市場、国家お よび コ ミュニ
ティー に影響 を与 え、経済的 アクターの直面す るイ ンセンティブと情報構造 の変化 を引 き起 こし、
コーディネーシ ョンの失敗 を解決 しうる、 もしくは緩和 しうる。 しか も平等主義 の リキャスティン
グにとって もっとも重要 な含意 は、所有権を豊富な資産を有す る者 か ら少 ない資産 を有す る者 に再
分配す る こと 一一 平等主義的な資産 の再分配 一 が コーディネーシ ョンの失敗 を解決す る、 とい う
点 である。
2-3.所 有権 と情報 の非対称性
経済的 エー ジェン ト間 に情報 の非対称性 が存在 し、 エー ジェン トの行動 が契約等 によって事前 に
特定 で きず、 しか もその行動が エー ジェン トの相互作用 に影響 を与 える場合、 コーディネーシ ョン
の失敗 が発生する。所有権 の分配 はエージェン ト間 の情報構造 を変化 させ、社会的相互作用 に典型
的 な利害対立 の型を変化 させる。 したが らて情報 の非対称性 が効率性 に与 える効果 は所有権 の分配
に依存す る。
所有権 はたんに資産 か ら発生す る残余 に対す る請求権 を表現す るだけではない。 それは資産 を コ
ン トロールす る権利 も含 む。 したが って所有権 の再分配 は残余請求権 とコ ン トロール権 の再分配を
意 味す る。資産 の再分配 によって残余請求権 とコ ン トロール権をよ り緊密 に連携 づ ける財産権 シス
テムを確立 できれば、情報 の非対称性が解消 され、 コーディネー シ ョンの失敗 が解決 され る。
一般的 にいえば、 プ リンシパ ル [依 頼人]と エー ジェン ト [代 理人]の 利害が対立す る場合、 あ
るいは両者 の間 に情報 の非対称性 が存在する場合、 エー ジェン トはプ リンシパ ルの 日か ら見 て重要
な意思決定を行 うことがで きるが、 しか しプ リンシパ ル はエー ジェン トに説明責任を負わせる効果
的 な方法 を持 たない。少 な くとも、 エー ジェン トの行動 をモニ ター し、制裁を課す のに資源 を支出
する ことな しにエー ジェン トに説明責任を負わせ る効果的 な方法 を持 たない。 そ うした場合、資産
をプ リンシパ ルか らエー ジェン トに再分配す る 一一 す なわち、 エー ジェン トを残余請求者 とするこ
とによって、 エー ジェン トは効率性 に対する説明責任 を強 め られることにな る。
たとえば、高水準 の生産性を生み出す上 で決定的 に重要 な行動
ハ ー ドヮー クや リスク受容等
―
― はモニ ター困難 であ り、 また低 コス トで執行可能 な契約 において特定化す ることもで きない。
ところが、 そうした行動を担 う経済的 アクター ーー 労働者や経営者 一 ―は自己の行動 が生み出す生
―-69-―
経済研究 6巻 3号
産性 の効果を受け取 る ことがで きない。 このため、経済的 アクターは高水準 の生産性を生み出す イ
ンセ ンティブを持 たない。 こうした問題 は、資産 の再分配 をつ うじて、経済的 アクターを 自己の行
動 の結果発生す る所得 フローや資産価値 に対す る残余請求者 とす ることによ って解決 され る。言 い
換 えれば、生産性 を引 き上 げる上述 のよ うな経済的 アクターの行動 は私的 な情報 であ り、 したが っ
て契約 の規制を受 けない。 こうした場合、所有権 一一 コン トロール権 と残余請求権 一― を私的 な情
報 の保有者 に分権化す ることが生産性 を引 き上 げることにつながる。
2-4.資 産 の平等主義的再分配
こうしてボールズ とギ ンタスは平等主義的経済制度 の設計 のために資産 の平等主義的再分配を提
案す る。資産 の再分配 がより優 れた統治構造 を生み出 し、資産 の残余請求権 とコン トロール権 の分
配 をより効率的 に実施す ることで生産性を引 き上 げるか らであり、 そ して資産 を再分配 す ることで
所得 の不平等 の主たる原因を解決 で きるか らである。
こうした一般的提案 か ら、生産性 を向上 させ る平等主義的な資産 の再分配 について、 4つ の具体
的 ケースが示 される。労働、教育、住宅および養育 である。 こうした事例 はそれぞれ社会生活 の重
要 な領域 一―市場、国家、 コ ミュニティおよび家族 ― ―における財・ サー ビスである。
表 3で はプ リンシパ ル・ エージェン トの関係 か ら、 4つ の ケースが整理 されている。 4つ の どの
ケースで も問題が発生す るの はエー ジェン トの行動 の重要 な側面 が契約不可能 だとい う事実 のため
表
エー ジ ェ ン ト
(A)
労
働
契約不可能 な
エー ジェン トの行動
者 労働努力 の水準 と質
3
財産権 の再分 配
プ リンシパ ル
(P)
間
題
解 決
法
労働 に関連 した資産 の
使用者及 び労働 に関連 Pが Aの 行動 の残余請
所有権 を労働者 に移転
した資産 の所有者
求者
(民 主主義企業 の成立)
Pは Aの 行動 によ って
コ ミュニ テ ィの アメ ニ
住宅 の借家人 テ ィの提供 と住宅資産 住宅資産 の所有者
のケア
引 き起 こされ る資産価 住宅資産 の所有権 を借
値 の変化 に対す る残余 家人 に移転
請求者
学校選択 を生徒/家 族
Aが 関連資産 を コン ト に移転 G知争バウチャー
学 校 運 営 者 教育 サー ビスの質
父
生徒、お よび生徒 の代
ロールするが、Pが サー の利用 )、 そ の結果、
理人 としての家族
ビスの質 の残余請求者 学校 が 自己の行動 に対
す る残余請求者 となる
Aが ケアの水準 を コン
の
養育、 および母親 との 子供、及 び子供 代理 トロールす るが、 Pが
親
Aの 行動 の コス トを負
人 としての母親
関係 のケア
担す る
―-70-―
残余請求 を父親 に割 り
当て ることで、履行を
怠 ってい る扶養義務を
執行 させ る
資産の平等主義的再分配 と経済統治の諸構造
である。 そ して、 どのケースで も、財産権 一一 残余請求権 とコ ン トロール権 T一 を平等主義的 に移
転す ることでそ うした問題 は解決 される。 それによ って同時 に システムの効率性 も高 め られる。
企業 の生産的資産を従業員 に再分配す ることはモニ タ リング・ コス トを引 き下 げ、従業員 が熱心
に働 くイ ンセ ンテ ィブを改善す ることによ って効率性 を高 め る。学校教育 で は、平等主義的 な
就学保証金証書制度 の形態 にお ける再分配 によって生徒 の親 に学校選択を可能 に し、学校 が両親 に
対 して説明責任 を果 たす、 したが って教育 ニーズをより効率的に満 たす可能性 がある。居住者 に住
宅の所有権を再分配することが住宅 ス トックのメインテナンスおよび コ ミュニティの改善 へ と導 く。
子供 もしくはその代理人である母親 に父親 の所得 に対す る所有権 を与 えることによって、養育 が改
善 される。 こうした 4つ のケースの うち、 もっとも詳細 かつ入念 に検討 されて い るの は第 1の ケー
ス ーー労働者 ―使用者関係 一一 である。 それ とい うの も、民主主義企業 はたんに平等主義 モデルの
1例 として示 されて い るだけではな く、経済全体 を平等主義的 に組織化す るための中核的 な制度 と
して位置づ けられて い るか らである。
i
3.評 価
ボールズ とギ ンタスのオル タナティブな構想 の提案 の背後 には、 1970年 代以降、平等主義的経済
および政策 が効率性 と両立 しな くな り、行 き詰 ま って しま ったとい う現状認識がある。 この点 は一
般的 に共有 されている認識 であろ う。 だが、彼 らは、平等主義 その もの は放棄 される必要 はない、
放棄 され るべ きは従来 の平等主義 一一 所得 ベ ースの平等主義 一― であると主張す る。 こうして効率
性 と整合的な新 たな平等主義 モデル ーー 資産 ベースの平等主義 一 が提示 され ることになる。 こう
した新 たな再分配政策 は、市場経済 にとって代 わるオル タナティブな経済 モデルの議論 をめ ぐる従
来 の文脈 の中 に置 いてみ ると、 きわ めて刺激的 な論点 を提起 している。す なわち、
「 効率性」規準
の受容 である。同 じことであるが、市場 一― よ り正確には市場 による規律効果 一― を受 け入れる主
張 である。
彼 らの構想 において市場 は、従来 の平等主義者 の間 で受 け止 め られて いた位置 と異 な り、 もっと
も高 い優先順位 を受 け取 っている。 それ とい うの も、市場 においては経済的 アクターは自己の行動
の結果 に対 して責任 を負 うか らである。 だが、すでに触 れたように、 ネオ リベ ラルの見 るように欠
陥 のない もの と見 ているわ けで もない。市場 は国家 および コ ミュニティと相互補完的な関係にたつ。
こうした認識 か ら、彼 らのオル タナティブな構想 は市場 にとどまらず、国家 および コ ミュニティに
までおよぶ、社会全体 にわたる トー タルな改革 プランとな っている。 そ うした性格 においては、 と
りわけ、社会経済 の統治 におけるコ ミュニテ ィの位置づ けが興味深 い。言 うまで もな く、 コ ミュニ
テ ィはこれまで経済学 の領域 においてはほとんど無視 されて きたものである。 ボールズ とギ ンタス
ははっき りとコ ミュニテ ィを統治構造 の 1つ に位置づ けて いる。 しか もコ ミュニティ特有 の育ヒカ の
-71-
経済研究 6巻 3号
評価 にあたっては、市場 や国家 の分析 と同一の理論的尺度 が適用 される。 コ ミュニテ ィが情報 の非
対称性 を如何 に して処理す るか、 またはエー ジェンシー・ コス トを低下 させ るか、 こうした分析方
法 は統治構造 に対す る理論的 に首尾一貫 した評価 を可能 に して い る。
したが ってボールズ とギ ンタスによる平等主義 の再構築 は、市場、国家 および コ ミュニテ ィにお
よぶ 構
想 であるにもかかわ らず、理論的 にはきわめて首尾一貫 した、 シンプルなものとなって
い る。
ボールズ とギ ンタスのオル タナティブな構想 は「 効率性」規準 を受 け入れて い る点、 および統治
諸構造 の相互 補完的役割 を強調 して い る点、 さ らに首尾一貫 した理 論枠 一一 エージェ ンシー理 論
一 を適用 して い る点 において きわめて刺激的 な ものである。評者 は こうした理論的枠組 みには基
本的 に賛同す る。 だが、
「 現実的 ユ ー トピア」 プ ロ ジェク トとして成功 して いるかど うかについて
は疑 問 な しとは じえない。本 レビューでは、 と くに次 の 2点 をとりあげたい。す なわち、資産 の平
等主義的再分配 とい う提言 に至 った現状 に対す る認識 一一 すなわち、所得 ベースの平等主義 の行 き
詰 まりとい う評価 一一 、 および彼 らの政策提言すべての基礎 にある理論 モデルである
8。
3-1.所 得 ベースの平等主義再考
ボールズとギ ンタスは、平等主義 は時代遅れだ とい う一般的受 け止 め方 に対 しては、 は っきりと
否定的立場をとって い る。 だが、 か といって従来 の ケイ ンズ左派型 の平等主義 ―一所得 ベースの平
等主義 一― を受 け入れ るわけで もない。 それ とい うの も、彼 らの基本的認識 では、資産の平等主義
的再分配 が生産性 を引 き上 げるのに対 して、所得 の平等主義的再分配 が生産性 にプラスの効果 を与
えないか らで ある9。 だが、 こうした所得 ベ ースの平等主義 に対 す る批判 は経験的観点 か らも理論
的観点 か らも全面的に受 け入れ ることはで きない。
ボールズ とギ ンタスによれば、現在 の平等主義 に対す る否定 な的見方 は平等主義があ る特定 の再
分配 モデル と結 びついて い ることに由来 して い る。す なわち、 ナ シ ョナル・ ケイ ンジアニズム と呼
ぶ ことができるマ クロ経済 モデルである。 そ こには 3つ の主要な教義 がみ られるとい う。
● 国民経済 の産出高水準 が財・ サ ー ビスに対 す る総需要 によ って制約 されている。
●総需要 が国内市場 に一致す る。
●所得分配 が平等主義的であれば、総需要水準 が い っそ う高 くなる。
8す でに示 したように、 ボールズ とギ ンタスは、社会経済生活 における重要な領域 において 4つ の具体的 なケー
スを示 して いた。 こ うしたケースの中で も、 とりわけ、教育 サ ー ビスと養育 サ ー ビスの提供 については、 お
もに具体的 な事実 に照 らしなが ら、本書第 7章 Brighouseお よび 9章 Englandが 批判 を展開 して いる。
9所 得 ベ ースの平等主義 に対す る彼 らの評価 は 一一 本書第 11章 の Moene and Wallersteinが 指摘す るように
の
に基 づ く平等主義 の コス トを
一 資産 の再分配 によって もた らされ る便益 を強調す る一 方 で、所得 再分配
バ
ので
ンス
いた
あろう。
も
ラ
を欠
とい
う意味では
しす
ぎる、
強調
―-72-
資産の平等主義的再分配と経済統治の諸構造
彼 らは、 こうした 3つ の主要 な教義 の うち第 1の 点 は支持す るものの、第 2、 第 3、 とりわけそ
のマ クロ経済 モデル にとって もっと も重要 である第 3の 教義 を支持 しない。彼 らの計量経済学的研
究 によれば、賃金 が上昇す る場合、総需要 が上昇 せず、む しろ低下す る。 と りわけ、経済 の開放 が
進むとそ うした可能性 が妥当す るよ うになる (Bowles md Boyer[1995])。
需要 が生産 と雇用 を
制約 しつづ けるとい う第 1の 点 について も、国民経済 がグローバ ル に統合 されて くるにつれて、各
国 の産出高 の水準 が世界規模 の需要 と各国 の競争 の優劣 に感応的 にな り、国内の需要 か らは独立 し
て い くと指摘 している。 こうして彼 らは所得 の平等主義的再分配を主眼 とした従来 の需要 サイ ドの
平等主義 を否定す る。正確 にいえば、需要 サイ ドの経済学 と平等主義 プ ロジェク トの結 びつ きを否
定する。 そ してすでに見たように、平等主義 プ ロジェク トをサプライサイ ドの経済学 に結 びつ ける。
こうした問題 の所在 の診断 と政策 の関係 は以下 の表 4に 要約 されて い る。 ボールズ とギ ンタスは分
配面 では平等主義 プ ロ ジェク トを保持 しなが ら、問題 の所在 がサプライサイ ドにあると診断する こ
とになる。
表4
経済政策 と分配結果
政
平
問題 の診 断
等
主
策
の 分
義
配
面
ト リク ル ダ ウ ン
需 要 サ イ ド 左派 ケイ ンズ主義
低賃金輸出主導型成長
サ プ ライ サ イ ド 生産性 を引 き上 げる再分配
IMFの 「構造調整」政策
こうした、所得 ベースの平等主義 に対す る批判 は、経験的観点 か らとい うよ りも、む しろケイ ン
ズ的需要 サイ ドモデルの問題 に もとづ くものである。 そ うしたモデルでは、平等主義的政策 目標 の
履行動機を十分 に内部化 した、社会化 された意思決定者 が仮定 され、個 々の経済的 アクターの直面
す るイ ンセ ンティブ構造 が考慮 され ることはないЮ
。 だが、経験的観点か らは、必ず しも所得 の平
等 と生産性上昇率 との間 に負 の関係 は見出されてはいないも実際、 ボールズ とギ ンタス自身 も次 の
点を認 めてい る。各国 の経済パ フォーマ ンスの比較では、中国、 日本、 シンガポールおよび韓国 を
含 め、 1960年 代 か ら1990年 代 にか けて生産性上昇率を急速に伸 ば した国 々では経済的平等 の程度 と
10そ うした批判 は、同時 に、 1970年
代以降 の生産 モデル対す る認識 に も由来す るであろ う。 1970年 代以降 の先
進資本主義経済 においては、職場 にお ける労働者 の技能 が企業 の競争力を左右するきわめて重要 な要因 となっ
ている。 その理 由 として、 た とえば、PiOre and Sable[1984]は 次 の 3つ の理由をあげている。安定的 な
需要 を前提 とした画一 的 な製品の大量生産 にかわ って、市場 の ニーズに迅速 に対応す る多様な種類 の製品 の
生産が求 め られるようになる下 では、第 1に 、企業 は小 バ ッチ生産 のそれぞれの生産 ライ ンについて ライ ン
の完全性を確かめるために試行を繰 り返す ことはで きな い、 したが って生産過 程 で エ ラーが発生 した場合 に
は労働者がそ こに関与 し決定的な役割 を果 たす ことにな る。第 2に 、労働者 の知識 は製品および工程 のイノ
ベ ーシ ョンにとって重要 な ものになる。第 3に 、企業 が頻繁 に生産 ライ ンを
変更す る場合、労働者 は新 たな
生産責任 を取得す るため、 また複数 の タスクを受 け持 つ ために、広範 な技能 を必要 とされ るようになる。 こ
うした、現代資本主義 に対す る認識 か ら、分析 の焦点 は需要 サイ ド (所 得)を 離 れ、生産性 に移 ることにな
る。
―-73-―
経済研究 6巻 3号
経済的意思決定 へ の国家 の関与 は、比較的自由放任主義的な工業諸国 と比 べ ると、 かな り広範囲 な
。
ものであ うた。各国間 の所得水準 の平等、投資比率 および生産性上昇率 の集計的 デー タに関す る体
系的分析 において も、平等が マ クロ経済パ フォーマ ンスの障害 だとす る証拠 を発見す ることはで き
ていない (本 書Bowles and Gintis,pp.11-12)。
こうした経験的事実 が示す ことは、所得 の平等 と労働生産性 とを結 びつ けてきたのが ケイ ンズ型
の需要政策 だけではないか もしれない とい うことで ある。 ここか らは次 のよ うな理論的含意 が引き
出 される。す なわち、 ケイ ンズ型 の需要政策 の行 き詰 まりが指摘 されたとして も、所得 ベースの平
等主義 その ものが否定 される必要 はない、 とい うことである。 さらに、 よ り重要 なこととして、所
得 の再分配 と生産性 を結 びつ けるルー トは個人的主観を通 じたものだ けではな く、 マ クロ的条件 を
つ うじて機能す るもの もあるのではないか、 とい うことである。
たとえば、第 3章 で ライ トが指摘 す るように、社会民主主義的 な福祉国家 の平等主義的再分配政
!
策 の下 では、課税 および所得支援政策 が直接的 な生産性引 き上 げ効果を持つか もしれない。限界税
率 が上昇す るにつれ、 ある一定点 までは、人 々 は一定 の生活水準 目標 を達成 し維持 しようとして労
働供給 (努 力)を 低下 させるのではな く、 む しろ、増加 させるか もしれない。
また、平等 な所得分配 と雇用保障 の拡大 は人 々の社会的 コ ミッ トメントと互酬性 を高 め るか もし
れない。 これは持続的 な交渉 と協調 の社会的環境 を生み出 し、敵対的 な社会環境 に比べ、 イノベー
シ ョンを促すか もしれない。
社会民主主義経済 において は、所得 の平等 一一 産業 の枠 を超えた一律 な平等主義的賃金 一― のサ
プライサイ ドに与 える効果 が制度化 されて いた。 スウェーデ ンにおいては、分権化 された賃金設定
か ら、産業間 および産業内部 の生産性水準 の相違を反映す る賃金格差 が生 じる ことが認識 されて い
た。生産的 な企業 ほど賃金 が高 く、不生産的 な企業 ほど賃金 が低 い。 こうした賃金構造 はもっとも
効率的 な使用者 に課税 を課す ことにな り、 もっとも不効率 な使用者 に補助金を与 えることになる。
こ うした場合、特定 プ ラ ン トの生産性 で はな く平均的労 働生産性 に結 びつ け られる一 律 な賃金 は
一 完全雇用を維持できるほど十分に低いものだと仮定すれば一一平等と投資を同時に引き上げる
ことがで きるn6
したが って、所得 の平等 と労働生産性 との関連 は、 ボールズ とギ ンタスによる所得 ベースの平等
主義 へ の批判 において想定 されて い る以上 に複雑 である。 したが つて、次 のよ うな理論的課題 がさ
らに追求 され るべ きであろう。す なわち、所得 の平等 と労働生産性 の関連 の中 に 一
ミクロ・ ルー
トのみな らず、 マ クロ・ ルー トをつ うじて 一一 労働生産性 を引き上 げるものがあるか否か、 そうし
11だ が、現時点 では こうした政策 が放棄 された ことも指摘 しておかなければな らないで あろう。 1970年 代以降、
スウェーデ ンでは、 プ ラ ン ト間 の賃金平等 が もた らす正 の効果 は、 プ ラ ン ト内部 の賃金圧縮 の もた らす負 の
効果 に凌駕 されるようにな って きた。 こ うした結果、使用者 と熟練労働者 の両方 か ら平等主義的賃金 に対す
る批判が高 まり、同政策 は1980年 代 に終 わ りを告 げた。
―-74-―
資産の平等主義的再分配 と経済統治の諸構造
た点 が検討 され るべ きであろ う。評者 は 一― 政策実現 の ための政治 的 コス トを度外視 した場合 で も
ベ
一 所得 ー スの平等 主 義 には、効率性規準 に照 らし、依然 と して追求 され るべ き価 値 が あ るので
はな いか と考 えて い る。
3-2.コ ミュニテ ィとノルム
資産 の平等主義的再分配 と労働生産性 を結 びつ ける場合、 ボールズ とギ ンタスの代替 モデルは企
業 の ミクロ経済的分析 に基づいて い るし、 またその際引き合 いに出 される経験的証拠 も個 々の ケー
スス タデ ィや個別企業 の調査 に基づいている。 したが って、資産 の平等主義的再分配を評価するに
あた っては、 そ うした提言 の基礎 にある企業 モデル
(よ
り正確 には、労働者・ 使用者 の関係 か らな
る職場 モデル)を 理解す る必要 があるであろ う
2。
ボールズ とギ ンタスが想定す る労働者・ 使用者 の関係 は次 の ように描 かれるで あろう。労働者 は
仕事 が嫌 いで隙 あ らば怠 けようとす る性向を有 して い るとしよ う。 つ まり、労働者 は常 に機会主義
的行動 opportunistic behaviorを とると仮定す る。他方、使用者 はそうした労働者 を働 かせ るた
めに「 アメとムチ」 を利用す る。熱心 に働 いたときには市場 において一般的 な賃金以上 に高 い賃金
― 雇用 レン トーー を与 える
(ア
メ)。 また、怠惰 を発見 したな らば容赦 な く解雇す る
(ム
チ)。 し
たが って、 この場合、労働者へ の動機 づ けはアメとムチ ーー 資源 一― の利用 であ り、 それは純粋 に
労働者個人 の利己心 に訴 えるものである。
だが、資本主義企業において さえ、労働者がそのよ うな動機づ けしか持 たないとは考え難 い。 ボー
ルズ とギ ンタスのモデルにおいて想定 されて い る以上 に、動機 づ けははるかに複雑 であろ う。 それ
というの も、職場 は市場 の一部分 であると同時 に、 まちが いな く―一 ボール ズ とギ ンタス 自身 の理
解 か らも一 コ ミュニテ ィだか らである。 コ ミュニティと呼 ばれ る集団 において は、諸個人 の相互
作用 は比較的長期持続的であ り、繰 り返 し行 われ、非匿名性を特徴 とする。 こうした世界 では諸個
人はノル ムを有す る。す なわち、諸個人 の行動 は、労働者 の側 で も使用者 の側 で も義務感 と責任感
を生み出す ようなノルムによって規制 されて い るB。 このよ うに、職場 が コ ミュニ ティで もあると
12企 業 の生産 的資産を所属 の労働者 に
再分配す る提案 に対 しては、す でに本書 において多 くの批判・ 疑間が提
示 されている。 たとえば、資産 の再分配を実施す るにあたっての政治的 コス ト、資産 の再分配 か らは漏れ る
人 々の存在 (た とえば失業者、NPOの 従事者 )、 資産 の再分配後 も残 る企業間 の格差、民主主義企業 の追加
的雇用 の回避傾向等が指摘 されている。
13戦 略的な意思決定 の コ ンテクス トにお けるフォーマルな
誘引 と制裁 の組 み合 わせ は経済学 の領域 に含 め られ
るものの、経済学 にとって規範的行動 はそれほど関心 の持 たれ る対象 ではない。信頼、服従、熱心 な働 きぶ
り等 の行動規範 は他 の社会科学 の領域 の問題 とされ、非戦略的要因に追 いや られる。 ノル ムが ま った くの非
戦略的要因であるな らば、
「 協調的」労使関係 といったよ うな もの は政策的観点 か らはまった く関心を もたれ
ない。 だが、 ノル ムが協調 の成功 ―― コーデ ィネーシ ョンの失敗 の解決 一 ―に関連 しているか ぎり、す なわ
ち生産 的効率性 に影響を及 ぼす以上 、 その重要性 が強調 され るべ きであろう。信頼や服従等 のノル ムが、社
会的成果や公正、権威 の正当性 といった ものに依存す る意 味 において、 ノル ムを戦略的要因 と理解す ること
は可台旨だと考 え られる (Fairris and Tohyama,2001)。
―-75-―
経済研究 6巻 3号
理 解 され た場合、 コー デ ィネ ー シ ョ ンの失敗 の解決 す るさいの統治構造 と して の コ ミュニ テ ィ特有
の能力 が再 び と りあげ られ る必 要 が あ るであろ う。
コ ミュニ テ ィは 一―ボ ールズ とギ ンタス によれば 一一 次 のよ うな方法 で モ ニ タ リングや制裁 の コ
ス トに影響 をあたえ る。
● 低 い制裁 コス ト :諸 個人 が合 意 され た契約 に従 わな い場合、制裁 が必要 とされ るが、 その コス
トは コ ミュニ テ ィの中 で はそれ ほど コス トのかか る もので はな い。 コ ミュニ テ ィにお いて は今
日相互 に関わ り合 う構成員 が将来 にわた つて も関わ り続 ける確率 が高 い。 したが って、将来 に
おける仕返 しを避 けるため、現在 において集団的 に合理 的 な方法 で行動 しようとす るイ ンセ ン
ティブが強 い。 こうした コ ミュニティ内において は、 フォーマルな制裁 が利用 されるの は稀 だ
か らである。
●低 いモニ タ リングコス ト :コ ミュニティの中の諸個人 は他 の諸個人が共有 された了解 や合意 に
したが っているかど うかを モニ ターで きる。 そのさい、 コ ミュニティでは諸個人が長期 にわた
り非匿名的 に関 わ りあ うことで、他 の個人 の行動 について容易 に、正確 に知 ることがで きる。
このおか げで モニ タリングコス トはよ り低 い ものとなる。
● ノルムによるコーディネーシ ョンの失敗 の解決 :コ ミュニティにおいて共有 されるノルムのお
かげで コ ミュニティの構成員 は じぶん達 の行動 を コーデ ィネー トでき、 それによ って効率的 な
相互作用 に同意で きる。合意 された ノルムが コス トのかかる対立 を抑制す ることで協調 の発生
を可能 にす るので ある。
ニ
資本主義企業 においてさえ、職場 が コ ミュニテ ィで もあるか ぎり、上述 のよ うな コ ミュ ティ特
有 の統治能力が発揮 されると考 え られる。 そのか ぎりでは、資本主義企業下 の職場 においてでさえ、
ボールズ とギ ンタスが描 いたような機会主義的行動 が発生す るとは考 え難 い。 もちろん、 こうした
点 は、民主主義企業 が資本主義企業以上 に高水準 の協調 と熱心 な仕事 ぶ りを生み出す イ ンセ ンティ
ブ構造 を創造す る可能性 のあることを否定す るもので はない。 ここでの重要 な点 は、職場 が コ ミュ
ニティで もあるか ぎり、資本主義企業 の中 にあ つて も協調 とコ ミッ トメ ン トが出現 しうるとい うこ
とである。 あるいはボールズとギ ンタスが描 く企業 モデル よ りも低 いモニ タ リング コス トや制裁 コ
ス トですむ資本主義企業 が存在 す る可能性 がある、 とい うことである
14。
したが って、職場 におけ
る諸個人 の相互作用 が交換 によ って組織化 されるだけではな く、 ノル ムによって も構造化 されて い
14こ れが一般的 な現象 だ と主張す るもので はない。 たとえば、本書 の ゴー ドンが指摘す るように、先進資本主
ニ
義諸国 の中 には協調的 な労使関係 もあれば、敵対的 な労使関係 も存在す るように、 コ ミュ ティとしての性
格 の強 い職場 もあれば弱 い職場 もあるであろう。
-76-―
資産の平等主義的再分配 と経済統治の諸構造
ると受 け止 めた場合、経済的 アクターの行動 はモニ タ リングや制裁 だけではな く、社会的 ノル ムに
も依存す ると認識 され る必要 があるであろう馬
。
すべての経済的 アクタニが、 ノルムを共有 せず、利己的動機 づ けにもとづ き行動す る場合、最適
なパ フォーマ ンス は市場 において生 み 出 され るか もしれな い。経済的 アクター は機会主 義的行動
― 欺 いた り、出 し抜 いた リーー をとることを合理 的 だと受 け止 め る。 したが って そうした行動 を
抑制す るために、 モニ タ リングや制裁 の コス トが必要 とされるであろう。 だが、経済的 アクターが
社会的 ノルムを身 につ けて いる場合、 そ うした行動 をとることに諸個人 は、 たとえば罪悪感 を感 じ
るか もしれない。諸個人 が罪悪感 とい うコス トを受 け止 める場合、 モニ タ リングや制裁 の コス トは
あきらかに節減 されるであろう。 そ うした人 間行動 が、資本主義企業 の職場 を コ ミュニテ ィと見 る
とき、人間行動 の動機的基礎 として受 け止 め られるべ きではないだろ うか。 したが って、資産 の再
分配 が コーデ ィネーシ ョンの失敗 を解決す ることを否定 しは しないものの、 コーディネーシ ョンの
失敗 の解決 はかな らず資産 の再分配 を必要 とする、 というものではないで あろう。
これまで述 べて きたように、 ボールズとギ ンタスの平等主義 プ ロ ジェク トは、効率性を引き上げ
る再分配、平等主義 へ の コ ミットメ ン ト、 さらに新 たな動機 づ けの基礎 ―一 ホモ・ エコノ ミクスに
代 わるホモ・ リシプ ロカ ンズの構築 一― を、理論的 に きわめて首尾一貫 した形 で提示 して い る。す
なわち、 そ うした刺激的 な論点すべてが資産 の再分配 に結 びつ けられる。 しか し、 これまで見 てき
たように、 そ うした論点 はかな らず しも資産 の平等主義的再分配 と結 びつ けられる必要 はないので
はないか。効率性 と整合的 な平等主義的経済 の設計 にあた っては所得 の再分配 も依然 として重要 で
あろう。 また、協調、互酬性および社会的 コ ミッ トメン トを促進す る動機的基礎 は資本主義企業 に
お いて も、 あるいは資本主義的 な社会環境 において も、成立可能 ではないだ ろうか。
15よ り積極的には、利 己主義的で もなければ利他主義的で もない新 たな「 経済人」 が構築 される必要 があるの
か もしれない。 こ うした観点 か らきわめて興味深 いの は、 ボールズ とギ ンタスが、持続可能な資産 の平等主
義的再分配 の ための動機 づ けの基礎 と して提示 した「 ホモ・ リシプ ロカ ンズhOmo reciprocans」 である。
「 ホモ・ リシプ ロカ ンズは協調 し共有す る性向を持 って新 しい社会状況 に出現 し、 自己の協調水準 を維持 した
り引 き上 げたりす ることで協調的行動 に応え る。他者 の側 での利 己的なただ乗 り行動 には、 たとえ 自分 に コ
ス トがはねかえ るとしも、 また、合理的 に考 えれば、報復 か ら将来 の個人的 な利益を期待できない場合 で も
、
違反者 には報復 で応え る。 ホモ・ リシプ ロカ ンズ は、 ユー トピア社会主義者 にお ける無条件 の利他主義者 で
もなければ、新古典派経済学 の快楽主義的社会病質者 で もない。 む しろ彼 は、条件 つ きの協力者 である。す
なわち、適切 な条件下 であれば共有を求 める、 その強 い本能 が社会的 に平等主義的な目標 を達成す る方向 に
向けて引 き出 され うる、 そ ういった協力者 である。
」 (本 書p.370)
一-77-―
経済研究 6巻 3号
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