...

第 3 節 社会

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

第 3 節 社会
カンボディア援助研究会報告書
第 3 節 社会
1.
貧困問題
の消費水準(あるいはそれを実現する実質所得水
天川 直子
準)」を示す貧困ラインを設定し、その貧困ラインに
達しない個人あるいは世帯を
「貧困層」
と定義するこ
1−1 既存文献
カンボディアの貧困に関する既存文献としては、
1993 / 94 年社会経済調査によって得られたデータ
とによって把握される「貧困」のことである。『1993
/ 94 年貧困プロフィール』では貧困ラインは以下の
ような過程を経て算出された。
を用いて作成された A Poverty Profile of Cambodia
(Nicholas Prescott & Menno Pradhan, World Bank Dis-
①
人の生存にとって必要不可欠な最たるものは食
料である。
cussion Paper No.373, World Bank, 1997. 以下『1993 /
94 年貧困プロフィール』とする。)、及び 1997 年社会
②
長期的な健康を維持し、通常の日常生活をおく
経済調査に基づいて上記内容を更新した形になって
るために必要なエネルギー摂取量として2100カロ
いる A Poverty Profile of Cambodia-1997(Ministry of
リー/日を基準として採用する。
Planning, Royal Government of Cambodia, 1998. 以下
③
2100カロリー/日を摂取する際の典型的な食品
『1997 年貧困プロフィール』とする)の 2 点がある。
の組み合わせとしては、1 人当たり消費支出で中
この2資料では「貧困」の定義として「所得貧困」が
位に属する世帯における食品の組み合わせを採用
する。
採用されている。
「所得貧困」とは、
「それ以下では生
存が脅かされる、様々な財(食料、医療、家屋等々)
④
典型的な食品の組み合わせによって 2,100 カロ
の消費水準(あるいはそれを実現する実質所得水
リー/日摂取するために必要となる各品目の量を
準)」を示す貧困ラインを設定し、その貧困ラインに
求める(食品群の設定)。
達しない個人あるいは世帯を
「貧困層」
と定義するこ
⑤
上記食品群を消費するために必要な支出額を、
とによって把握される「貧困」のことである。こうし
各地域における市場価格を用いて算出する(食料
て定義される貧困が、現在、カンボディアではどの
貧困ラインの設定)。
程度存在し、どのような社会経済的特徴を有してい
⑥
食料以外の支出については、食料貧困ラインと
るか、という点について検討したのが、上記の 2 資
同額の支出を行っている世帯における非食料支出
料である。
額を基準として採用する。
この 2 資料による成果を踏まえ、1997 年社会経済
調査によって得られたデータをさらに積極的に活用
⑦
食料貧困ラインとして設定した額に上記の非食
料支出額を加える(貧困ラインの設定)。
しながら作成されたのが Cambodia Poverty Assessment
(Ministry of Planning, Royal Government of Cambodia,
『1997年貧困プロフィール』
における貧困ラインと
1999. 以下、
『貧困アセスメント』)である。この資料
しては、1993/94年の貧困ラインに対してこの間の
においては、前二資料で展開されたカンボディアの
物価変動を反映させるような修正を施した値が採用
貧困層そのものの特徴はごく簡単に紹介されるにと
されている。それぞれの値は表 3 − 1 にまとめて示
どまっており、カンボディア社会における貧困層の
した。
位置づけ、及び貧困軽減のための戦略について詳述
されている。
このようにして設定された貧困ラインを基準とし
て用いて、カンボディアにおける貧困について推計
した結果を示したのが表 3 − 2 である。これによれ
1−2 貧困ラインの設定と
「所得貧困」
56
ば、貧困層と見なされる人々は、調査対象地域居住
「所得貧困」とは、先述したように、
「それ以下では
者の 4 割近く(1993 / 94 年 39.0%、1997 年 36.1%)
生存が脅かされる、様々な財(食料、医療、家屋等々)
に達している。また、調査の対象となった人口の約
第2部 第1章 第3節 社会
表 3 − 1 カンボディアの貧困ライン
(単位:リエル、カッコ内は米ドル換算したもの 1))
食料貧困ライン
非食料支出
貧困ライン
プノンペン
1,185
(0.45)
393
(0.15)
1,578
(0.60)
1993 / 94 年
その他都市部
995
(0.38)
269
(0.10)
1,264
(0.48)
農村部
881
(0.34)
236
(0.09)
1,117
(0.43)
プノンペン
1,378
(0.47)
441
(0.15)
1,819
(0.62)
1997 年
その他都市部
1,102
(0.37)
305
(0.10)
1,407
(0.48)
農村部
940
(0.32)
270
(0.09)
1,210
(0.41)
注:1)対ドルレートは、ADB 1998,記載の年間平均を使用。
出所:Ministry of Planning
(1998)
表 3 − 2 カンボディアの貧困(概要)
< 1993 / 94 年>
居住人口の割合
プノンペン
その他都市部
農村部
全体(1)
10.7
11.0
78.2
100.0
人数指数(2)
当該地域居住人口の
貧困全体に対する
うち、貧困ラインを
寄与度(%)
下回る人口の割合(%)
11.4
3.1
36.6
10.4
43.1
86.5
39.0
100.0
貧困ギャップ指数(3)
指数(%)
貧困全体に対する
寄与度(%)
3.1
9.6
10.0
9.2
3.6
11.6
84.9
100.0
< 1997 年>
居住人口の割合
プノンペン
その他都市部
農村部
全体(1)
9.9
10.7
79.4
100.0
人数指数(2)
当該地域居住人口の
貧困全体に対する
うち、貧困ラインを
寄与度(%)
下回る人口の割合(%)
11.1
3.1
29.9
8.9
40.1
88.1
36.1
100.0
貧困ギャップ指数(3)
指数(%)
貧困全体に対する
寄与度(%)
2.2
7.5
9.7
8.7
2.5
9.2
88.3
100.0
注:(1)「調査対象地域全体」を指し、「全国」ではない。
(2) 支出が貧困ラインを下回っている人数によって、貧困の出現度を測る指数。
(3) 支出が貧困ラインを下回っている人々の、その下回っている程度の平均値によって、貧困の深刻度を測る指数。
出所: Prescott and Pradhan(1997)及び Ministry of Planning(1998)より筆者作成。
8 割(1993 / 94 年 78.2%、1997 年 79.4%)は農村部に
居住しているが、そうした農村部居住者の約 4 割
1−3 カンボディアの貧困の特徴
−マクロレベル−
(1993 / 94 年 43.1%、1997 年 40.1%)が貧困層であ
『1993/94年貧困プロフィール』及び『1997年貧困
り、しかもプノンペンにおける貧困層よりも貧困の
プロフィール』における貧困推計の基礎となってい
度合いがより深刻であるとの結果が出ている。した
る 1993 / 94 年と 1997 年の社会経済調査の調査対象
がって、貧困層として見なされる人々の大部分
地域(サンプリングフレーム)は、種々の事情により
(1993 / 94 年 86.5%、1997 年 88.1%)は農村部に居
カンボディア全土を含むものとはなっていない。ま
住していることになる。
た、この二回の調査それぞれの対象地域は相互に重
なっていない部分もあるために、厳密にいえば、
『1993/94年貧困プロフィール』と『1997年貧困プロ
57
カンボディア援助研究会報告書
表 3 − 3 世帯主の職業による貧困の出現度の比較(1997 年)
世帯主が従事
している職業
調査人口に
占めるの割合
農業
鉱工業
建設・公益事業
商業
運輸・通信
行政サービス
教育・医療
その他サービス
職種不明
失業中
非労働力人口
報告なし
全体
59.1
4.7
2.0
6.8
3.6
4.7
3.0
1.8
2.3
0.4
9.7
1.9
100.0
人数指数
貧困全体に対する
指数(%)
寄与度(%)
43.6
71.3
28.9
3.8
37.8
2.1
18.7
3.5
19.9
2.0
18.0
2.4
17.0
1.4
26.5
1.3
33.6
2.1
27.0
0.3
31.2
8.4
27.1
1.4
36.1
100.0
貧困ギャップ指数
貧困全体に対する
指数(%)
寄与度(%)
10.8
73.1
4.9
2.6
7.1
1.6
4.4
3.4
4.3
1.8
3.9
2.1
2.5
0.9
7.1
1.5
7.2
1.9
9.8
0.4
8.3
9.2
6.5
1.4
8.7
100.0
出所:Ministry of Planning(1998)
フィール』における貧困推計は時系列の比較をなし
がこのように国民全体の生活水準の低さとして現れ
得るものではない。しかし、表 3 − 2 に見るように、
ている点も失念してはならない。
両者ともほぼ同様の傾向を示していることから、こ
第二に、カンボディアの貧困は政府の産業政策と
れらの推計を
「カンボディアの貧困」
に敷衍して論じ
深く関わっている点が指摘できる。農村部居住者の
ても大きな誤りは生じないと考える。本節では、こ
4 割近くが貧困層であり、カンボディアの貧困層の
の二つの貧困推計から読み取れるカンボディアの貧
約 9 割がこうした農村部居住者で占められているこ
困のマクロレベルの特徴について考察する。
とは既に言及した。このことからもカンボディアで
第一に、国民の約 4 割が貧困ラインを下回る消費
は貧困と農業生産は深い関わりがあるであろうこと
支出しかなしえていないということはすなわち、カ
が十分に推察できるが、世帯主の職業別に貧困の出
ンボディアの貧困は国民全体の生活水準に関わる問
現度を比較することによって、より明確になる。
題であると理解するべきである。1 日当たり 2100 カ
貧困の出現度を世帯主の職業ごとに示したのが表
ロリーの食物摂取、及び 1 日当たり 0.15US ドル(年
3 − 3である。これによれば、世帯主が農業に従事し
間約 55US ドル、1997 年プノンペン)もしくは 1 日当
ている世帯で暮らしている人々の44%が貧困ライン
たり 0.09US ドル(年間約 33US ドル、1997 年農村部)
未満の支出水準で暮らしており、貧困層全体の 7 割
の支出にて得られる食料以外の財・サービスが、カ
強がこうした人々によって占められている。また、
ンボディアにおける
「妥当な最小限」を正しく示して
その下回っている程度も、世帯主が他業種に従事し
いるとすれば、
ここで設定されている貧困ラインは、
ている場合よりも甚だしいことが示されている。し
例えば DAC の『21 世紀に向けて:開発協力を通じた
たがって、政府が農業収益率の引き上げに資するよ
貢献』が「極端な貧困」としている年間所得 370 ドル
うな産業政策を実施すれば、カンボディアの貧困層
の水準を大きく下回っている。また、貧困ラインの
の 7 割が何らかの所得の改善を見ることになる。し
すぐ上とすぐ下とで生活水準にそれほど大きな差が
かもより深刻な貧困に直面している層の貧困軽減に
生じ得るのかという問題点を考慮すれば、国民の少
結びつく可能性が非常に高いと考えられよう。
なくとも半数程度が貧困ライン未満ないしは貧困ラ
インと同程度の支出にて暮らしていると想定しても
あながち的外れではないだろう。
当然のことながら、
58
1−4 カンボディアの貧困の特徴
−戦乱と社会混乱の傷跡−
カンボディアにおいても特定の社会階層に特有の貧
1970 年 3 月にロンノル内閣によって国家元首を解
困状況も存在するであろうが、カンボディアの貧困
任されたシハヌークは、北京にて亡命政府を樹立す
第2部 第1章 第3節 社会
ると同時に、反ロンノル武力闘争を遂行するために
れている。すなわち、その第 2 章では、20 年以上に
民族統一戦線をクメール・ルージュとともに組織し
わたる戦乱と社会混乱の遺産として、国内避難民・
た。一方では、米国がカンボディア領内に展開する
帰還難民、四肢切断者、軍事費が国家財政支出に占
北ヴィエトナム軍・南ヴィエトナム解放戦線を撲滅
める割合の高さ、この 3 点を指摘している。そして、
するためとして、ロンノル政権の了解のもとでカン
このような諸問題の歴史的経緯について叙述するこ
ボディア東部諸州に集中爆撃を行った。こうした戦
とによって、貧困軽減政策に対する含意を導き出そ
乱のために多くの国民が難民化し、農業をはじめと
うとする。そして結論として、政府が特に配慮を払
する経済活動はほぼ完全に放棄された。
うべき点として下記の 2 点を述べている。第 1 の点
1975 年 4 月、民族統一戦線のプノンペン入城とサ
は、カンボディア人の貧困になりやすさ
イゴン陥落により、上述のような戦乱は終わりを告
(Cambodian's vulnerability to poverty)である。この言
げた。しかし、ポルポト派が実権を握り、以後 3 年
葉の意味は、カンボディアには経済成長のプロセス
8カ月あまりの期間、既存の文化や社会・経済システ
に十分に参加できない人々が多いということである。
ムはすべて破壊の対象となった。ポルポト政権下で
特に、戦傷による障害や孤児、土地や資本などの基
死亡した国民は百万人とも二百万人とも推計されて
本的な資産へのアクセスを欠いた人々は、経済成長
いる。健全に機能している社会であれば死亡しな
の恩恵を享受することなく、貧困に捕らわれてしま
かったであろうが、ポルポト政権下であるがゆえに
いやすいとして、強調されている。第 2 の点は、戦
死亡したという意味において、人為的に実に多くの
乱による破壊や財政支出が軍事費に偏重しているた
死がもたらされたのである。
め、社会経済インフラストラクチャーが貧弱である
1979年初め、ヴィエトナムは救国民族統一戦線を
という点である。
さらに、上記の結論を敷衍して、政策立案者がこ
後援するという体裁をとってポルポト政権を打倒し、
人民革命党政権を擁立した。ポルポト政権崩壊直後
れら 2 点を考慮して政策立案と政策的介入を行う際
の惨状に対しては、国際社会は非常に寛大な人道援
には、以下の 5 点が重要であるとしている。
助を行ったが、1982 年、国連によって緊急事態の終
①
近年の平和を確固たるものにし、社会的・政治
的凝集性を強めること。
了が宣言された。その後、人民革命党政権を承認し
ない多くの西側諸国はカンボディアに対する開発援
②
戦乱や地雷被害によって生み出された著しい脆
助を行おうとはしなかった。一方、国連においても
弱性を救うために、所得の再分配制度やセイフ
代表権は人民革命党政権ではなく、引き続きポルポ
ティネットを構築すること。
ト派
(1982年以降は民主カンプチア連合政府)
に与え
③
国内避難民と帰還難民を地域社会に統合するこ
られた。こうして西側諸国と国連という開発援助の
と。そのためには土地やクレジットにアクセスで
主要供与主体から援助を拒絶された人民革命党政権
きるようにさせることが必要である。
は、国土の復興に取り組むにあたって、ソ連やヴィ
④
地雷除去活動を推進すること。
エトナムほかの東側諸国、及び各国NGOによる援助
⑤
財政支出構造の再建の一環として、軍の動員解
のみを頼りにするほかなかった。このような国際的
除を推進すること。
な孤立状態は 1991 年 10 月にカンボディア紛争の政
治的解決のためのパリ和平協定が調印されるまで、
10 年以上に及んだ。
このように見ると、
現在のカンボディアの貧困は、
筆者も上記の『貧困アセスメント』第 2 章の結論を
支持するが、いくつか付言しておきたい。まず、上
記第 1 点目に掲げられている「社会的・政治的凝集
1970 年前後からおよそ 20 年以上もの長期にわたる
性」という言葉はいささかわかりにくいが、国民和
戦乱と国際的孤立のために、暴力的破壊の可能性に
解ないしは国民統合とほぼ同義と理解して差し支え
さらされ続け、発展への方途を閉ざされてきた結果
ないであろう。カンボディアにおいて国民統合の課
として生じているといって過言ではないであろう。
題は、政党政治の定着と表裏一体である。武力によ
『貧困アセスメント』
においても同様の認識が示さ
る抗争ではなく、政策によって国民の支持を取り付
59
カンボディア援助研究会報告書
表 3 − 4 貧困軽減予測
(単位:人数指数)
1997 年
プノンペン
その他都市部
農村部
全国
11.1
29.9
40.1
36.1
低成長のケース
5.8
22.5
31.9
28.3
2005 年
中度の成長のケース
3.6
15.2
21.6
19.1
高度成長のケース
2.3
12.3
18.0
15.8
注:1998 年∼ 2005 年の 1 人当たり消費支出の平均値が、
「低成長のケース」は 1.6%、
「中度の成長のケース」は 3.4%、
「高
度成長のケース」は 4.2%として推計。GDP 成長率にすると、それぞれ、3.5%、5.3%、6.1%に相当する。
出所:世界銀行スタッフ推計。Ministry of Planning(1999)p.33.
ける政党政治の試みは、カンボディアではまだ始
ば時系列の比較をなし得るものではない。しかし、
まったばかりである。それゆえに、カンボディアに
『貧困アセスメント』においては、多くの留保をつけ
おいては貧困軽減とガバナンスの関係が強調される
つつも、このふたつのプロフィールに含まれている
のである。次いで、上記第 3 点目の難民等の地域へ
データを比較して、1990年代の経済成長が幾分かの
の再統合の問題であるが、筆者はここに旧ポルポト
貧困の軽減に結びついた、と結論づけている。その
派支配地域への国民経済への統合、及び旧ポルポト
根拠としては、1人当たりの個人消費支出に3%の増
派兵士の地域社会への統合の課題をつけ加えたい。
加が見られること、5分位の最下位層の1人当たり消
最後に第 4 点目に指摘されている地雷除去の課題で
費支出が実質で 2%増加していること、貧困の出現
あるが、ここでも筆者は被害者及び被害者家族への
率が人数指数で見て 39%(1993 / 94 年)から 36%
福祉政策の必要性をつけ加えておきたい。地雷の被
(1997年)に減少していること、そして幼児死亡率や
害は、四肢切断によって人々の労働能力を大きく削
初等教育就学率、平均余命などの主要指標に改善が
ぎ、その結果として被扶養者の実質的増加という負
見られること、などを挙げる。しかしながら、1997
の経済効果とも言うべき影響を及ぼすからである。
年の「7 月政変」とアジア経済危機の影響によって、
このような好ましい傾向が妨げられた可能性が高い、
1−5 カンボディアにおける貧困と経済成長
カンボディアにおいては、貧困は、国民全体の生
表 3 − 4 は、1998 年から 2005 年の間に一定の個人
活水準の低さとして表れている点については既に指
消費支出の拡大が実現されたと仮定した場合の予測を
摘した。したがって、貧困を軽減するためには、所
示したものである。
『貧困アセスメント』は、この表を
得の再分配政策だけでは不十分であり、国内総生産
示しつつも、貧困軽減は貧困層が経済成長に参加する
の拡大そのものが不可欠である。しかも、カンボ
程度に大きく依存しており、したがって、都市部主導
ディアの人口増加率は年率 2.49%(1998 年人口セン
型の現在の成長パターンが続くとすれば、カンボディ
サス)と高いため、1人当たり所得の増加傾向を維持
アの貧困はこの予測にあるほどには速やかには減少し
するためにも経済成長が不可欠である(人口動態に
ない、とする。しかし、筆者にはこの見方は静態的に
ついては BOX 3 − 1 を参照)。
すぎるように思える。政府による社会政策や所得再分
『貧困アセスメント』もまた同様の認識に基づい
配の必要性は、財政支出構造改革とも関連して既に指
て、第 3 章「経済復興と貧困」において、1990 年代の
摘されているが、産業構造の変化についてはこれま
経済復興の実績と貧困との関係について考察を加え
ではまず論じられてこなかった。確かに、第 3 節で述
ている。1990年代の経済状況についての詳細は他章
べたように、カンボディアの貧困は政府の産業政策、
に譲ることにして、ここではその結論のみ紹介して
とりわけ農業振興策と深く関わっていることは明らか
おくこととする。
であるが、同時に、産業構造の変化と、それがカンボ
既述のように『1993 / 94 貧困プロフィール』と
『1997年貧困プロフィール』のデータは、厳密にいえ
60
としている。
ディアの貧困の状況に及ぼす影響についても積極的に
検討されるべきであろう。
第2部 第1章 第3節 社会
1−6 貧困対策プロジェクトのための
力が皆無な世帯」とは同じではないのである。
「男性
ターゲティングにむけて
労働力が皆無な世帯」すなわち母子家庭が貧困にな
既述のように、カンボディアには「所得貧困」が非
りやすいのは、国・地域を問わずかなり普遍的な傾
常に広範囲に存在している。しかし、いかにすれば
向であり、カンボディアもその例外ではないであろ
貧困が軽減できるかということを考えた場合、論じ
う。しかし、母子家庭の貧困の要因を考察するにあ
るべきは所得水準の低さそのものではなく、なぜそ
たっては、単に「男性人口が少ない」というところに
の世帯ないしはその個人がそのような低い所得しか
求めるのではく、まずはカンボディアにおける母子
得られないのか、この点であろう。また、その世帯
家庭のあり方を見極める必要がある。
ないしはその個人がなぜ貧困ライン未満の所得しか
第 2 のカテゴリーが「地雷被害者(四肢切断者)を
得られないのかという点を明らかにすれば、カンボ
含む世帯」である。地雷の被害は、被害者本人のみな
ディア社会において貧困層が特に集中しているグ
らず、世帯レベルで厳しい結果をもたらす。被害に
ループを特定し、狭義の「貧困対策プロジェクト」の
あったのがその世帯の主たる働き手であった場合、
援助対象を設定(ターゲティング)することができ
働き手を失うのみならず、新たに扶養家族を抱え込
る。
むという経済負担がその世帯にのしかかってくる。
しかしながら、カンボディアではこの種の連関性
すなわち、地雷による四肢切断という被害は、被害
に注目した調査はまだなく、この種の連関性を十分
に遭った本人のみならず、世帯全体を貧困に落ち込
に考察し得るデータにも欠けているというのが現状
ませかねないのである。新たな被害者を生まないと
である。それにもかかわらず、歴史的経緯及び経済・
いう観点からは地雷除去は非常に重大な課題である
社会状況から、貧困と深くかかわっていると想定し
が、同時に、既に被害に遭った人々を含む世帯、特
て誤りはないと思われる世帯ないしは個人の属性を
に被害者がかつてその世帯の主たる働き手であった
幾つかは引き出すことはできよう。筆者は以下の 4
世帯の生活水準の改善に焦点をあてることは、すぐ
つのカテゴリーを考えている。
れてカンボディア的な貧困軽減対策であると考えら
第 1 のカテゴリーが「女性と子どものみからなる
れる。
世帯」すなわち母子家庭である。
「カンボディアでは
第 3 のカテゴリーが「プノンペンにおける貧困世
ポルポト時代に男性が多く死亡したので、女性に負
帯」である。既述したように、カンボディアの「所得
担がかかっており、女性世帯主世帯は貧困にあえい
貧困」は農村部に集中している。しかし、プノンペン
でいる」とごく一般的にいわれることが多い。しか
においても居住人口の1割以上(1993/94年11.4%、
し、
『1993 / 94 年貧困プロフィール』と『1997 年貧困
1997 年 11.1%)が貧困ライン未満の生活水準にある
プロフィール』では、
「女性世帯主世帯の方が男性世
とされており、これは決して少ない割合ではない。
帯主世帯に比べて貧困になりやすいとは言えない。
」
筆者の想像にすぎないが、その貧困層の多くは「不
という結果が出ている(貧困層である割合=男性世
法占拠者」と見なされている層と重なるのではない
帯主世帯 39.8%、女性世帯主世帯 34.6%(1993 / 94
であろうか。すなわち、場合によっては、農村部に
年)、男性世帯主世帯 36.7%、女性世帯主世帯 33.4%
おける貧困層よりもより厳しく、社会政策や経済成
(1997 年)
)。ただし、ここには「女性世帯主世帯」の
長から疎外される可能性が強いと考えられよう。
定義上の問題がある。
「女性が世帯主である世帯」に
第 4 のカテゴリーが「地雷埋設地域に居住する世
は、例えば老いた母親が未婚の子ども達や独立前の
帯」である。地雷埋設地はカンボディア北西部に特
娘夫婦などと一緒に世帯を形成している場合なども
に集中し、その後鉄道沿いに南東海岸部まで続いて
含まれることになり、むしろこの場合は複数の男性
いる。中央平原部に比較的地雷が少ないことから、
労働力によって家計が維持されている可能性が高い。
幸いにして稲作可耕地が地雷埋設地となっている割
すなわち、「女性が世帯主である世帯」と「男性労働
合はわずかに 1.8%1 であると推定されている。こう
1
国際農林業協力協会(1997)p.33
61
カンボディア援助研究会報告書
2.
したことからわかることは、問題は「地雷の多さ」や
ジェンダー
西谷 佳純
「地雷のために可耕地が限られている」ことではな
く、特定地域の人々が特に厳しく地雷の恐怖に脅か
2−1 カンボディアにおけるジェンダーの平等の
されつつ暮らし、地雷のために生産活動を大きく制
現状
約されているという事実である。国民全体、もしく
は農民全体に対する割合としては非常に小さいかも
2−1−1
しれないが、地雷の恐怖の上に暮らしを立てている
ジェンダーの平等と女性の
エンパワーメント
村があり、そうした村々の貧困を考える際にこそ、
地雷除去は極めて重大な問題となるのである。
(1)法律に見る女性の権利
1−7 結論
本項では、一部の例外を除き、憲法に沿った形で
以上の考察より、結論として以下の2点を述べる。
女性の権利について、概観していくこととする。憲
第 1 に、カンボディアの貧困は国民全体の生活水
法は、14 章に分かれているが、国民男女の基本的人
準に関わる問題であるということである。経済成長
権は、第 3 章において主に定義付けられている。同
の波及効果に頼るだけでは、貧困問題の早期かつ完
章第 31 条によると、
「カンボディア」国民は、人種、
全な解決は見込めないという点は押さえなければな
性別、言語、皮膚の色、宗教、政治、経済層に関係
らないが、経済成長なくしてはカンボディアの貧困
なく、法の下において平等である、という基本的な
は軽減されない。さらに付言すれば、経済成長と貧
立場が明確に打ち出されている 2。
困問題を考察する際には、人口増加の影響、及び産
政治活動への参加に関する権利については、同章
業構造の変化についても動態的に分析するべきであ
第 24-25 条によって定義されている。それによると、
ろう。
18 歳以上の女性、及び、男性は、選挙において投票
第2に、カンボディアに特有の脆弱性を理解し、そ
できるという選挙権を平等に享受できること、
また、
のためのセイフティーネットを設定することが必要
25 歳以上の女性、及び、男性は、被選挙人として選
である。しかし、この点については、既存の文献に
挙に立候補できることが、明記されている 3。また、
は、若干安易な思いこみが見られる。現在、ターゲ
労働に参加する権利については、第35条において定
ティングを可能にするようなデータがあるとは到底
義されており、女性と男性は、平等な労働参加機会
いえる状況ではなく、まずは、調査が必要であると
を享受できる権利が打ち出されている。特に、女性
いうほかない。
のライフサイクルを考慮して、女性が妊娠・出産中
に有給休暇を取れることや妊娠・出産のために組識
における序列が下がることはない、という二点が明
記されている。その上、職場における労働条件の向
上を図るために、労働者は、組織化をはかる権利を
持つこと、また、生活水準の維持のため、各種社会
保障へのアクセスが保障されていることが明記され
ている 4。
第 44-45 条では、女性の所有権、女性への差別撤
廃、家庭における女性と男性の権利が、定義されて
いる 5。さらに、第 46 条では、広がる売春産業を憂
62
2
The Cambodian Legal Recources Development Centre (1998) p.9
3
Ibid. p.7.
4
Ibid. p.10.
5
Ibid. p.14.
第2部 第1章 第3節 社会
慮して、人身売買や買売春を禁止する立場が、打ち
6
出されている 。また、1996 年には、同条項に基づい
7
成されたこの表現をクメール社会の文脈で使うため
には、多少なりとも補足説明が必要とされよう。こ
こで述べる「階層的な社会」は、パトロンとクライア
て人身売買禁止法が制定された 。
憲法第 46 条は、特に、不利な立場に置かれている
ントといういわば個人同士の主従関係によって、上
農村女性への特別な支援について言及しており、
「社
下方向に連鎖的に形成されている社会を示す。そこ
会サービスを拡大することを通じ、農村女性の置か
では、仮に、同じパトロンの影響下にあったとして
れている立場を改善する」という立場を打ち出して
も、パトロン以下の構成員が、グループとして何ら
8
かのアンデンティティーを形成したりコミュニ
いる 。
このように、
「カンボディア王国」憲法は、男女平
ティーとして機能するということはほとんどない。
等を前面に打ち出し様々な分野における女性の地位、
むしろ、「従」の立場に置かれている者同士の間で、
及び、権利の伸長をうたっているものの、現実的に
パトロンからの便益を求めるがための競争がますま
は、以下各欄にて概観するように、カンボディア女
す激化するのがこの社会の特徴である 10。
性は、男性に比較して不利な立場に置かれている場
クメール社会が「階層的な社会」であるがために、
合が多い。ジェンダーの不平等を引き起こしている
クメール人は、相対的に自分自身の社会的な位置を
背景には、①各分野での法案整備や法律関係者・治
決めていく傾向があり、それは、クメール語に、顕
安維持者の人的資源開発が、不十分であること、②
著な特徴として反映されている。
「階層」を層化する
人権に関する情報や教育機会が限られているため、
要因の中でも最も重要な特徴は、年齢で、年長者
女性も男性も自らの権利についての認識が不十分で
(baang)と年少者(paong)という表現が、会話におい
あること、③社会的文化的な背景から人権の擁護が
て相手を呼称する際に頻繁に聞かれる。それ以外の
どちらかというと後回しにされることや④人権侵害
層化要因には、性別、財産、知識、家柄、政治的な
がますます悪化するような貧困問題や経済格差の急
地位、経済的な地位、敬虔な仏教徒であること、模
激な拡大の放置、といった理由が挙げられる。
範的な行動をとれることなど多くの要因が挙げられ
ている 11。
(2)家庭・社会構造
(ジェンダー視点からの考察)
上記の層化要因の中でも、最も重要な要因は、南
ジェンダー、すなわち、社会的な性差は、クメー
方上座部仏教の教義、特に、輪廻転生・因果応報に
ル社会を構成する数多くある要素の一つである。そ
よって、人の社会的地位は、生まれる以前からすで
こで、
「男性的」
「女性的」といった単純化された二元
に定められている、という考え方である。すなわち、
的な見解を述べるのではなく、ここでは、まず、ク
生を受けたすべての動物や人間は、前世において積
メール社会構造の大きな特徴を説明し、その上で
み重ねた功徳の大小によって、現世での姿や社会的
ジェンダーへのインプリケーションについて述べる
な位置が決まる、という考えである12。レジャーウッ
のが妥当であろう。
ド(Ledgerwood)の言葉を借りれば、「もとより非常
クメール社会の最も顕著な特徴を描写するために、
に不平等な社会である」ということがいえる 13。レ
「階層的である(hierarchical)
、或いは、階級的である」
ジャーウッドは、その博士論文において、ジェン
9
という表現がしばしば使われてきた 。しかしなが
ダーや女性の地位は、このような仏教的な史観の規
ら、近代ヨーロッパ社会の形成を描写するために生
範の中で理解されるべきだ、と述べている。仏教で
6
Ibid. p.15.
7
Ibid. p.153.
8
Ibid. p.15.
9
Ovesen, J., Trankell et al (1996) p.34
10
Chandler (1993) p.105
11
Ledgerwood (1991) p.4, Ovesen et al, (1996) p.34, p.58
12
Ledgerwood (1994) p.21
13
Ledgerwood (1996) p.16.
63
カンボディア援助研究会報告書
は、僧職など公的な役割と信者など私的な役割にお
かけられてきたのではないか、と推測される。なか
いて、顕著な性別役割分業が観察されるが、特に、男
でも、両親、特に、結納のための金品を得る母親は、
性は出家することによって直接的な功徳を得ること
結婚相手の選択に、かなり強い決定権を持っていた
ができることから、出家できない女性より優れてい
のではないだろうか。天川氏の農村開発(第 2 部第 2
14
る、と考えるクメール人が多い 。文化・社会・宗教
章第7節)で既に報告されているように、カンボディ
上の制約があるため、教育機会や社会的な役割にお
ア人口の集中する中央稲作平原地帯では、人口増加
いても、男女間の相違が顕著で、伝統的に寺におけ
と相続の繰り返しで農地規模が小さくなる傾向が歴
る教育機会を享受したり、寺院を中心とする檀家か
史的に観察されているが、そのような文脈で、家族
らの寄進や催しを計画したりする社会的に重要な役
のあり方、親子関係、結婚、特に、母親と女子の関
割を果たす男性(achar)と比較すると、女性は、伝統
係も目まぐるしく変化していくであろうことは、想
的に、教育機会はほとんどなかった上、居住個所や
像に難くない。
行動範囲も両親の影響範囲から出ることがごくまれ
で社会的な経験にも乏しい、といえよう。
このような伝統の下で、
カンボディアの子どもは、
「階層的な社会」における秩序を乱さないようにとい
カンボディアの女性は、家事や育児だけでなく、
その他の再生産活動に関する資源の配分についても
かなり広い範囲において、意思決定権を持ってい
る。それゆえか、女性は家庭にいるべきである、と
う躾を強く受け、保守的に育てられる傾向にある。
する社会的な価値観が存在するのも事実である。一
女子の場合は、伝統的な女性の行動規範(chbap srey)
方、女性の移動の自由に対する社会的・文化的規制
に基づいて、特に、母親から立ち振る舞い・行動・
はほとんどなく、女性が、小売り業従事者、農業者、
異性との関係について厳しくしつけられる傾向があ
労働集約型製造業労働者として、かなり高い割合で
る。同規範では、理想のクメール女性(srey krab
社会活動に参加している。しかしながら、後欄でも
lakkana)は、内気で、絹スカートの音をさせずに振
示すように、こうした経済参加のほとんどが、無償、
る舞い、1 人では出歩かない、でしゃばらず、夫のも
あるいは、家庭内労働であるため目に見えにくい。
つ潜在的能力を見極め、賢明なアドバイスができな
また、こうした分野での女性の大きな貢献は、公的
くてはならないことなどが指摘されている。また、
な意志決定の場への進出にはほとんど結びついてい
性に関しては、結婚するまでは貞節を守り、結婚後
ない。そのため、母親という役割以外の社会的役割
は、夫の欲求に十分に応える献身的な姿が期待され
モデルとなるような女性の数が、目立って少ないの
15
も特徴である。
ている 。
他の東南アジア地域の女性と同様に、カンボディ
ア女性は、中国やインドの女性に比較すると、はる
2−1−2
教育
かに高い社会的な位置を享受してきたと一般的に考
えられている。その根拠となっているのは、男女両
性に対して土地の相続が行われてきたこと、結婚に
カンボディアでは、1996 年に、義務教育が 9 年制
際して、男性側から女性の母親に対して結納のため
(5-4 年制)から新 9 年制(6-3 年制)に移行した。第 2
の金品が渡されること、また、結婚後、若夫婦は、女
部第 2 章第 5 節人的資源開発においても示されてい
性の両親と居を同じくする傾向が強かったことなど
るように、就学人口における女子の割合は、教育段
16
64
(1)義務教育
が挙げられる 。このような伝統的な結婚・居住個
階が上がれば上がるほど低くなる傾向にある。
特に、
所・相続の形態下では、女子(特に、末子)は、稲作
女子の就学率は、学校への距離が一段と長くなる中
のための男性労働力と結納のための金品を家庭にも
等教育への入学に伴い、伸び悩む傾向が明確に示さ
たらすということで、両親から強い経済的な期待が
れている。
14
Ibid. p.26.
15
Ibid. p.26.
16
Reid (1988) pp.146-148
第2部 第1章 第3節 社会
次に、初等教育最終学年から中等教育における数
の便益がもたらされる。この場合の便益とは、以上
年間の女子の就学率を見ると、学年が上がるにつれ
の教育費がかからなくなることによる貯蓄効果、ま
て低下することが全国的に確認できる。さらに、プ
た、女子の家庭内労働、或いは、賃金労働への参加
ノンペン以外の地域における就学人口に占める女子
によって母親にもたらされる余剰時間や現金収入が
の割合も、やはり学年が上がるにつれて低下するこ
考えられる。そのほかにも理由は多くあるが、女性
とが確認できる。全般的に、地方の方が教育へのア
教員の数が極端に少ないこと 18、男性教員が教育の
クセスが困難であることが確認できる。女子の就学
場で、女子生徒の尊厳に敬意を払わないような差別
率が、初等教育後半から中等教育にかけて低下する
的言動が見られることなどが挙げられる。
理由は数多くあり、それらが密接に関連し合ってい
る。しかしながら、ジェンダーの平等という視点か
ら観察すると、以下の点が特に重要である、と考え
られる。
(2)高等教育
高等教育へ上がると、女子の就学率はさらに低下
する。大学へ入学する前の最終学年11学年の総就学
第一の理由として、社会文化的な要因が挙げられ
人口に占める女子の割合は、全国レベルで28.4%、プ
る。両親の多くが、
「女子に教育は必要ない。」、ある
ノンペンでは 36.6%、その他の州では 22.8%と義務
いは、
「教育を受けると自らの判断で、結婚相手を決
教育で報告された数字をさらに下回る 19。
めてしまう。」と考えていることが報告されており、
大学レベルになると、
女子の割合はさらに低下し、
女子は、思春期に入り初潮を迎える 14 歳ごろから、
総就学人口の 15.8%にとどまる。分野別に女子の進
社会・公的な場所から家庭へ引き戻される傾向にあ
学状況を観察すると、教員養成(22.7%)
、医学の中
17
る 。
第二の理由として、
アクセスの困難が挙げられる。
でも薬学(40.89%)において特に目立つ 20。
上記のように、数多くのハードルを経て、高等教
第 2部第 2 章第5 節人的資源開発において若林・加藤
育まで到達した女性の数は少ない。また、彼女達が
氏が指摘しているように、中学校の数は、小学校と
学んだ専門性を十分に生かしているか、というとそ
比較すると少ないため、入学できる生徒数が限られ
うともいえない。農業学位こそ得たが、農業省のク
ている。また、運よく入学したとしても、登校距離
ラークとして勤務しており、農村へは一歩も出たこ
も自然と長くなる。男子は、親戚の家や仏教寺院の
とがない、という例や、技術大学の女性卒業者も、エ
寄宿しながらでも通学することが可能であろうが、
ンジニアでありながら、やはりクラークとして勤務
女子の場合そのような選択が社会的に困難である。
している例がある。対照的に、同年代の男性は、第
第三の理由として、学校施設が未整備であること
一線の農村普及技術者、あるいは、農業エンジニア
が挙げられる。カンボディア農村では、生理用品の
として活躍している場合がほとんどである。このよ
入手など困難な上、学校では、トイレなど水・衛生
うに、資格を持った女性が、専門分野においてキャ
設備が整備されていないことも、この年齢の女子の
リアの形成を行うことは、様々な社会文化的な阻害
移動を制約する理由となっている。
要因の影響を受けて困難を極めている。自由主義経
第四の理由として、学校教育にかかるコストの高
済への移行に伴って、計画経済下の上位下達式の
さが挙げられる。カンボディアでは、義務教育にも、 「男女平等」が取り払われたため、もともと基層文化
教科書代、制服、授業料などのコストがかかること
として存在していたジェンダーが、阻害要因として
が報告されている。家庭においては、この年齢の女
表面化してきた、と考えられる。
子が落第することによって、生計に短期的な経済上
17
Fiske (1995)
18
国際協力事業団(1995)
19
Ministry of Education, Youth and Sports (1996)
20
Ibid. p. 31-32.
65
カンボディア援助研究会報告書
(3)職業・技術・技能訓練
こうした救済措置である complementary education に
カンボディアには、職業訓練所、技術訓練所、教
就学しない(あるいは、できない)理由については、
員養成所(小学校・幼稚園)が職業訓練を行う学校と
十分な調査が行われていない。しかし、これらの学
して報告されている。その中のいくつかは、ドンバ
校が、設置されている場所(コンポンチナン、カン
スコ、Japan International Volunteer Centre といった
ダール、プノンペン、バットンボーン、コンポート、
NGOによって運営されているものもあり、訓練期間
スヴァーイリアン)から判断する限り、距離と時間
は、一年から二年と短期である。職業訓練・技能訓
によるアクセスが困難であろう、ということが考え
練学校の訓練科目は、ラジオ修理、自動車修理、溶
られる。既に義務教育の欄にて説明した社会文化的
接、木工など伝統的に「男性の技術」として考えられ
な阻害要因も考え合わせると、一度落第した女性が
ているコースが多く、女性の足を遠のかせる理由と
再入学できるのは、現時点では識字教室や短期サイ
なっている。
クルの技術訓練コースなど、
限られた機会しかなく、
教員養成所以外の教育施設では、女性の就学は、
報告されていない。小学校教員養成所における女学
生の割合は 26.3%、幼稚園教員養成所の女学生の割
21
合は 68.4%と報告されている 。
女性の人生での選択の幅を狭める一つの阻害要因と
なっている。
女子の教育水準の低さは、中長期的には、カンボ
ディア社会や経済に以下のような負の影響を与える
ことが予想される。①出生率・人口増加率が高くと
(4)識字・落第救済措置
次に、成人識字率(15 歳以上)について概観する。
どまる可能性が強いこと、②そのため、無償労働、有
償労働を問わず、女性の扶養負担が引き続き高くと
1998 年実施の国勢調査によると、
「識字」とは、簡単
どまるであろうこと、③また、労働力の質が低いこ
な文章の読み書きができること、
と定義されている。
とから、経済発展を可能とするような産業の育成が
成人識字率を地域と性別ごとに見ていくと、男女差
遅れ、貧困からの脱却がますます困難となることな
が地域差を上回っていることが確認できる。しかし
どの影響である。
ながら、最近ようやく字が読めるようになった潜在
的非識字者(neo-literate)の数もかなり多いと考えら
れ、非識字問題の規模は、国勢調査の報告より大き
いと考えられる。
2−1−3
保健医療・リプロダクティブヘルス
カンボディア女性の健康指標は、世界中でも最も
劣悪なカテゴリーに入る。本欄では、分娩、家族計
さらに、識字率を年齢層ごとに観察すると、教育
画、エイズ、栄養不良といった問題の現状を概観し
機会が拡大されていることから、若い世代では、識
ながら、カンボディアの女性が直面する健康問題と
字率がかなり高いことが報告されており、成人識字
その背景要因について考察していくこととする。
率における性差もさほど大きくないことがわかる。
しかしながら、どの年齢層においても、性別による
66
(1)母子保健・家族計画
格差が観察される。裏を返せば、今後の識字教育は、
カンボディアにおける妊産婦死亡率は、約 500/
年齢、性別、地域、教室の時間帯、内容と的を絞っ
100,000と報告されている。分娩のほとんど(約90%)
ていくことによって大きな成果をあげ得ることが暗
は、正式な訓練を受けていない伝統的産婆の介護に
に示唆されている。
よって、自宅で行われている。合計特殊出生率は、
次に、落第者の救済措置であるcomplementary edu-
4.11 と報告されているものの、農村ではこれより多
cation について概観する。こうした学校は、全国に 6
産な例が多い 22。家族計画の普及は、ドナーの支援
カ所あり、授業の形態もフルタイム、ある程度フル
を受けて、徐々にではあるが進んでいる。家族計画
タイム、仕事の後など、まちまちであるが、就学者
手段についての知識はあまり高いとはいえず、家族
総数 1,124 人に女性は全く含まれていない。女性が、
計画実行率も、
サービスが改善されているとはいえ、
21
Ibid.
22
Japan International Cooperation Agency Department of Planning (2000)
第2部 第1章 第3節 社会
今だ 22%と低くとどまっている。また、大多数(91
ンボディア赤十字が行った性行動調査によると、
18-
%)のカンボディア女性は、もう子どもを望まない、
30 歳の男性 30-40%が、売春宿に通った経験がある
あるいは、子どもの数と産む間隔を計画したいと希
ことが、報告されている 25。
望しているにもかかわらず、家族計画サービスを受
第二の理由として、違憲であるにもかかわらず、
けることができないため、満たされないニーズが依
性産業が拡大していることが考えられる。アメリカ
然として高くとどまっている
(84%)
との報告がある
の NGO Population Service International が行った調査
23
。その結果、予定していなかった妊娠を経験する女
によると、プノンペンには、約1万人のセックスワー
性が多く、統計的には把握されていないが、妊娠中
カーが、従業していることが報告されている 26。こ
絶を最後の
「家族計画法」の手段として選択せざるを
れらワーカーのほとんどは、クメール人であるが、
得ない事例が報告されている。こうした中絶の方法
ヴィエトナム人、タイ人、中国人、旧東欧・ソ連出
の中には、
「マッサージ法」、
「薬物法」、
「過剰な飲酒」
身者も含まれている 27。また、女性ビール・セール
「階段から転げ落とす」
「素手による吸引」
など医療従
ス・プロモーター、カラオケ・シンガー、ナイトク
事者以外による非医療的行為も含まれるため、人体
ラブにおけるホステスなど、
業務中に顧客を見つけ、
への悪影響も懸念される。
セックスサービスによって収入を得ている女性の数
まで含めると、性産業の規模は、潜在的に大きいと
(2)エイズ
1) エイズ感染の拡大
考えられ、複数の相手と性交渉を持つことで、エイ
ズ感染がさらに拡大することが容易に予想される。
エイズの広がりは、
「カンボディア」社会が最も懸
その上、性産業が拡大する背景には、農村における
念すべき健康問題の一つである。保健省では、四半
貧困問題がある。性産業のように、社会的に最も不
期ごとにサーベイランスを行い、リスクグループの
名誉である産業に参入してまで、収入を得たいとい
感染状況を監視しているが、同サーベイランスによ
う理由として、弟や妹の教育、親の扶養、家族の病
ると、1998 年には、39.3%のセックスワーカー、7.1
気が上げられており、単に、保健医療政策やプログ
%の陸軍兵士、6.0%の警察官、5.2%の結核患者、3.2
ラムだけで解決できる問題ではないことが暗に示さ
%の再生産年齢における女性が、エイズに感染して
れている 28。
いる、と推測されている 24。
第三の理由として、第2部第2章第4節保健医療で
明石氏によって指摘されているように、エイズ以外
2) エイズ感染の背景要因
一般的に、HIV 感染は、国連カンボディア暫定統
の性感染症の感染率が、既にかなり高いことが指摘
できる 29。
治機構が駐屯し始めたころ、急速に外国人国連軍兵
第四の理由としては、不特定多数の相手との性交
士、国連職員、NGO、観光旅行者、ビジネスマンな
渉が頻繁であるにも関わらず、コンドームの使用が
どが増加し、性産業が組織的に行われるようになっ
十分でないためによる。これまでのところ、100%コ
たため、拡大したと考えられている。その他、感染
ンドーム・キャンペーンは、シハヌークヴィルの売
を助長する背景要因として以下の理由が挙げられる。
春宿を中心にパイロット的に行われている。その他
第一の理由として、男性のセックスワーカー通い
の州においても、国立エイズプログラムが、売春宿
が、社会的に容認されていることが挙げられる。カ
をベースにしているセックス・ワーカーを中心に、
23
Long, et al (1995)
24
National Centre for HIV/AIDS (1998)
25
Brown (1997)
26
Population Service International (1998)
27
UNICEF (1995), Derks (1997), Global AllianceAgainst Trafficking in Women (1997), International Labow Office-IPEC Programe
(1998)
28
Ministry of Women and Veterans Affairs (1999)
29
Klement (1995)
67
カンボディア援助研究会報告書
コンドーム使用のための交渉術やコンドームの配布
表 3 − 5 「カンボディア」子どもの栄養問題
を行っている。しかしながら、性産業では、男性ク
(単位:千対)
ライアントや仲介人からの暴力、飲酒、薬物などの
影響によって、コンドームの使用が必ずしも完全で
地 域
ないことが指摘されている 30。
第五の理由としては、自由主義経済への移行に
よって、人口の都市化現象が急速に進行しているこ
とが挙げられる。プノンペンを中心とした不均衡な
開発、農村の貧困と移住労働には、密接な関係があ
り、縫製産業、建設業、サービス産業での雇用を求
農村部
都市部
農村部
都市部
0 − 5 歳の子どもの割合
低体重児
身長発育不良
中度
重度
中度
重度
男 子
0.523
0.189
0.597
0.364
0.426
0.141
0.497
0.280
女 子
0.483
0.152
0.545
0.312
0.425
0.134
0.484
0.276
出所:Deolalikar (1997), p.16-17
め、若年層、かつ、未婚の女性や男性の移住が際立っ
ているのも大きな特徴である。伝統的に、カンボ
ボディアの子どもの栄養問題は、短期的な飢餓から
ディア女子・女性は、セクシュアリティーに関して
起こる極端な体重減少よりも、食習慣など社会文化
は、両親(特に、母親)の強い支配下にあったものの、
的要因による栄養失調から長期的な発育不良が引き
単身でプノンペン市に移住した後は、①同世代の若
起こされているのが特徴である。また、女子の栄養
者同士の自由化した行動様式の影響を強く受けるこ
状態が男子に比較すると劣る南アジアに比較すると、
と、②女性のセクシュアリティーを商品化するよう
カンボディアでは、子どもの性別と栄養不良の相関
なメディアや文化、③売春による現金収入を得る職
関係はほとんどない、と考えられる。
31
業や機会などが多いこと から社会行動や性行動が
さらに、栄養失調児の約半数がカンボディア21州
のうち、4 州(コンポンチャーム、カンダール、ター
急激に自由化している。
その他、国境管理が甘く、タイ・ヴィエトナムの
カエウ、プレイヴェーン)に限定されている。これら
国境を越えた移動が容易であること、プノンペンを
4 州はヴィエトナムよりの一戸当たりの稲作のうち
中心とした不均衡な開発が進んでいること、エイズ
面積があまり広くない州である。
に関する知識がない、ソーシャル・マーケティング
によるコンドームの普及が不十分であること、女性
2) 女性にみられる栄養問題
が内気であるため性的な事柄を表立って話さないこ
カンボディア女性が直面している栄養問題として
となどがエイズ感染を助長する背景要因として挙げ
は、特に、貧血、ビタミン不足、カルシウム不足な
32
られる 。エイズ感染は、一つの経済圏を形成する
どが挙げられている。また、ヨードの摂取不足から
インドシナ地域共通の問題ともとらえられることか
女性に甲状腺腫が多く観察される。栄養摂取に関す
33
ら、地域的な取り組みも必要であると考えられる 。
る知識レベルがあまり高いとはいえず、様々な優良
食材が多くあるにも関わらず、それらを上手に摂取
(3)栄養問題
1) 子どもにみられる栄養問題
68
できていないように見受けられる。さらに、カンボ
ディアの食生活パターンには、誤った思い込みやタ
第一次社会経済調査では、5 歳以下の子どもの栄
ブーがあり、女性だけでなく、子どもの健康にも悪
養失調率はかなり高い、と報告されている(表 3 − 5
影響を与えていることがある。その一つとして、出
参照)。顕著な例として、都市部の最も富裕な20%の
産後に初乳を捨ててしまうこと、さらに、母乳や粉
層にいる 0-5 才児の 34%は、標準以下の体重しかな
乳を必要以上に長く飲ませて、固形食物を与えるの
く、そのうちの 21%はひどく発育不良である。カン
が遅れるということも多い。
30
Asian Harm Reduction Network (1998)
31
Chou Meng Tarr (1995)
32
Janssen (1996)
33
UNDP Bangkok (2000)
第2部 第1章 第3節 社会
表 3 − 6 産業別雇用形態別に見る雇用人口構成比
産業コード
雇用者
賃金労働者
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
105.14
1377.78
388.24
249.13
750.00
1593.75
134.71
209.38
896.55
520.00
466.67
N/A
241.36
210.42
265.41
122.73
285.00
162.42
694.05
170.45
74.42
972.77
610.38
188.00
68.98
491.98
173.95
211.11
1081.46
191.78
134.89
189.06
63.24
239.62
雇用形態
自営労働者
家庭内無償労働者
220.04
29.05
698.27
64.28
198.81
45.02
133.36
44.84
2071.43
1266.67
1187.46
293.01
50.63
24.48
67.93
30.34
1895.22
218.29
201.67
28.57
484.05
244.44
501.73
N/A
337.70
N/A
182.67
21.43
188.43
43.97
75.93
51.25
177.36
275.00
総雇用人口
(人数)
3,668,566
71,079
5,672
150.209
3,211
45,281
334,237
14,560
113,576
1,406
2,927
219,788
80,580
25,979
66,459
10,073
9,585
出所:National Institute of Statistics(1998)Priority Tables より筆者作成 34
3) 基礎食料の分配
表 3 − 7 労働参加率(全年齢グループ)
基礎食料であるカンボディア米生産は、1979年か
ら年率11%の割合で増加しており、カンボディアで
は、米の自給自足を達成した上に、22 万 5,000 トン
の余剰米があると報告されている。しかしながら、
これら余剰米の平等な分配を妨げる制約要因がある
ため、貧困問題や栄養問題の改善がなかなか見込め
地 域
カンボディア
プノンペン
その他の都市
農村
合計
65.8
49.2
60.8
68.7
男性
66.2
56.5
65.4
67.7
(単位:%)
女性
65.4
42.6
56.9
69.7
出所:Ministry of Planning(1997)p.23
ない。これらの阻害要因とは、精米施設が身近にな
かというと、低賃金あるいは無償労働など底辺部分
い、精米施設へのアクセスが高い、精米後の米を買
の労働者として雇用される傾向が強いことがわかる。
う現金が足りない、市場への交通手段がない、市場
「カンボディア」労働参加率では、表 3 − 7 のとお
がうまく機能していない、生産を増大する投入財の
り男女格差はほとんど観察されない。多少数字が古
購入ができない、など多岐にわたっていると考えら
くなるが、第一次社会経済調査によると、年齢 10 歳
れる。
以上人口における労働参加率において、プノンペン
とそのほかの都市では、男性の労働参加率が多少高
2−1−4
経済活動への参加
カンボディアの労働人口は、男女総計で、約 400
万人、そのうちの 48%が男性、52%が女性である。
いが、農村部では、男性 58.8%、女性 58%と男女格
差がほとんどないことが報告されている。
さらに、
同調査による年齢別労働参加率を見ると、
また、産業別では、第一次産業に 75%、ビジネス・
表3−8のとおり他の年齢グループに比べ15-19歳と
サービス・貿易に約 20%が分布している。表 3 − 6
いう年齢グループにおいて、特に、男女格差が顕著
は、産業別雇用人口を雇用形態別に性比で表したも
である。その中でも、農村部で男女格差が顕著であ
のである。網掛け部分が示すように、女性は、農業、
ることが示されている。これは、思春期に入ると、女
小売り業、サービス業といった特定の産業のどちら
子が男子よりも先に落第することによる。また、同
34
国勢調査における産業の分類は、以下。1(農業、狩猟、林業)
、2(漁業)、3(鉱工業)、4(製造業)、5(電力、ガス、水供
給)、6(建設)、7(卸し売り、小売り業)、8(ホテル、レストラン)
、9(運輸、コミュニケーション)、10(金仲介金融)、11
(不動産など)、12(公務、防衛など)、13(教育)、14(保健、社会サービス)、15(その他コミュニティー、社会サービス)、
16(有償家事労働者など)、17(大使館など外国組織)
69
カンボディア援助研究会報告書
表 3 − 8 年齢別労働参加率
年齢グループ
10-14
15-19
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
65-
プノンペン市
男
女
4.0
4.2
17.6
28.9
62.4
60.5
82.6
59.0
91.3
55.1
97.0
66.9
96.5
64.4
97.8
60.3
89.3
52.8
76.3
41.9
59.2
35.5
31.3
9.8
その他の都市
男
女
8.2
12.8
38.4
58.5
83.6
78.7
94.7
69.2
96.6
70.6
97.3
80.5
96.9
76.1
94.0
75.1
96.4
72.1
84.5
62.2
76.2
47.1
49.2
23.5
(単位:%)
農村部
男
女
12.5
15.0
48.1
69.2
93.9
90.4
96.9
90.6
97.0
90.0
96.4
89.9
98.5
90.8
97.6
88.4
98.5
86.7
94.0
77.6
83.9
67.2
49.2
33.2
出所:Ministry of Planning(1997)p.24
年齢グループのプノンペン・その他の都市における
を有するという考えがかなり支配的で、
女性労働は、
労働参加率は、農村の労働参加率に比べておしなべ
男性労働の約三分の一から二分の一の報酬しか受け
て低いが、これは、教育機会が主として都市を中心
られず、農村女性の経済的地位を悪化させる原因と
に拡大しているためと考えられる。
なっている。これは、男性労働力がとりわけ不足し
次に、女性労働者が集中している農業、小売り業、
賃金労働について概観してみたい。まず、カンボ
ている 35。
ディア農業であるが、ほとんどが自給自足の稲作農
土地所有については、伝統的に男女同様に所有・
業である。生産を向上するための投入財(農具、役
占有権を有し、相続についても男女の差別はなかっ
畜、肥料、農薬など)
、これらを購入するための資金
たが、1980年後半に行われた土地分割の際に登記で
の供給は、非常に限られている(マイクロクレジッ
は、夫の名前が登記されたため、離婚の際に夫が分
トの供給率は、全カンボディア人口のたった 3%で
与を拒否する事例が報告されている。また、当時の
ある)。市場金利は、大変高く、US ドルの貸し付け
土地分割は、成人家族の人数にしたがったため、女
は、月平均貸し付け利子 20%にもなる、と報告され
性世帯主に与えられた土地の規模は少なく、結果と
ている。また、農業技術普及サービスは、ほとんど
して農業生産も伸び悩むこととなった。負債や病人
機能していないため、全般的に生産性の向上は大変
を抱えて土地を手放す農民の事例が農村開発の節で
困難な状況にあると考えられる。
も報告されているが、社会的に頼れるあてのない女
市場経済化に伴い、稲作労働にも賃金労働が浸透
してきているものの、核家族を中心とした伝統的な
性世帯主の場合、経済的にますます困難な立場に追
い込まれるであろうことが容易に想像される。
性別役割分業は、続いている。性別役割分業の一般
上記のように、女性は、農業生産に活発に参加し
的な特徴として、男性は力や知識がより必要とされ
ているにもかかわらず、技術訓練や普及の対象とし
ている役割を、女性は繰り返し作業の多い役割を担
て認識されていない。農業省も伝統的に女性農業者
当する傾向にあるものの、その作業分担はそれほど
を対象とした取り組みを見落としてきたきらいがあ
厳格でなく、多忙を極めると性別を問わず様々な作
る。農業普及サービスには、女性普及員の割合が極
業分担をせざるを得ないようである。内戦によって
端に低いが、これは、農業技術学校自体における女
男性が死亡したため、農業労働の過半数以上を女性
性生徒の就学率が低いこと、さらに、基礎教育まで
が担っているが、男性労働の方がより高い市場価値
さかのぼってみると、女生徒の就学率が低いという
35
70
ている女性世帯にとってはさらに厳しい状況となっ
Ministry of Women's Affairs (1995)
第2部 第1章 第3節 社会
現状が浮かび上がってくる。農業普及サービス自体
プごとに資金調達の互助制度を持つ中国系住民と比
が、移動を伴う仕事であることから、文化的な理由
較すると、クメール人のほとんどは、そのようなコ
から未婚の女性には適さず、既婚者で子どもがあれ
ミュニティーネットワークをほとんど持たないため、
ば家庭から離れられないため、一般的に、女性には
事業を拡大する機会に乏しいといえる。また、幼い
36
不適な仕事である、と考えられがちである 。
子どもがいる場合は、
移動の自由がかなり制限され、
カンボディア国民の動物性タンパク質摂取源の約
技術や知識の向上に専念できず、短期サイクルの安
6割までは、淡水魚であるが、そのほとんどをトンレ
い商品を売り買いする以外に利益を得る選択肢が限
サップ湖、メコン河、水田などの内水面漁業に頼っ
られている 37。
ている。トンレサップ湖では、風向きの変わる 11 月
カンボディア女性は、
賃金労働にも参加している。
ごろから漁業権の入札を通じた仕掛け網による大規
カンボディア労働統計の整備は、まだ、あまり進ん
模な漁業が行われるが、それに平行して小規模な漁
でいないが、1998 年の労働省の統計によると、縫製
獲も家族単位で湖内で行われている。漁師のほとん
産業だけでも、約 13 万 5 千人程の雇用が創出されて
どは男性で操船、網の仕掛けや漁獲を行い、女性が、
いる、と報告されている 38。1996 年に制定された労
加工、仲買、販売を行う。収穫された淡水魚は、塩
働法によると、最低賃金は、40 ドルに定義されてい
漬け発酵されたプラホック、つけ汁につけた後自然
るものの39、女性縫製産業労働者のうち約30%は、こ
乾燥させるトルイギアット、生魚として国内に流通
の最低賃金未満の支払しか受けていない。また、こ
するだけでなく ASEAN 地域へも輸出されている。
れら労働者の約半数が、40ドル以下の賃金しか受け
女性労働が集中しているのは、第一次産業だけで
ていないため、移住先のプノンペンでは生活が苦し
はない。市場における小売り業の大半(特に、食料品
く、全女性縫製産業労働者のうち約9%が、性産業で
や衣料品)は、女性によって担われている。これらの
の仕事も掛け持ちしている、と推測される 40。また、
企業のほとんどは、家族経営・小規模企業で、カン
労働者による労働組合組織率は約 30%にも満たず、
ボディア国内の顧客を主な対象とする、輸入品や国
女性組合員のほとんどは一般組合員で、意思決定を
産の一次産品の売買差益が主な収入である。同じよ
行うポストのほとんどは、男性に占められている。
うな場所で似たような品物を売買する売り手が多く、
基本的生活水準が満たされてない不満が、潜在的に
供給過多現象により、収益があまり上がっていない
は高まっているが、労働組合連合 4 団体による足並
ように見受けられる。出身州、言語、血縁関係ごと
みが揃わず、雇用者組合(Garment Manufacturers As-
の結束が固い中国系住民やチャム族の経営形態や互
sociation of Cambodia)
、社会事業労働職業訓練青年更
助制度と比較すると、クメール人によるビジネスス
正省、労働組合連合による三者協議システムが十分
タイルは、現在の経済環境を生き延びる力において
に機能していない。労働者の技術訓練の機会も、日
数段劣っている。必然的な結果として、カンボディ
本の通産省支援によるGMAC-Garment Centre以外に
ア消費者市場や地域市場のニーズを見極めたうえで、
はないため、労働者のモラルが低く、技能が伸び悩
起業していくようなたくましいクメール人の起業家
んでいる。生産品目や生産量は、輸入国からの一般
男性や女性の数は限られている。
関税恩恵措置、及び、輸入割り当てとそれに付随す
クメール人女性起業家が、直面する問題は、多岐
る条件(労働者人権保護・伸長、及び、麻薬売買禁止
に渡っている。彼女達のほとんどが、自信に欠け、経
の徹底)に大きく影響されており、そのほかのアジ
営やビジネス、市場開拓といった知識に乏しいだけ
ア諸国が経験したように最も末端業務で技術革新の
でなく、資金へのアクセスも限られている。グルー
見込めない縫製段階にのみ女性が安価な労働力とし
36
国際協力事業団、Ibid.
37
Aafjes and Athreya (1996)
38
Ministry of Social Affairs, Labour (1998)
39
Cambodian Legal Resourcs Development Centre (1996)
40
筆者調査結果。
71
カンボディア援助研究会報告書
て雇用されている。工場の生産量は、上記のような
貿易協定に加え、
商業省による輸入割り当ての入札、
サブ契約などにも影響されるため、
雇用が不安定で、
(2)閣議
閣僚評議会の中には、女性閣僚が、二名含まれて
いる。
賃金が伸び悩むなど女性労働者に対する負の影響が
(3)地方政府
顕著である 41。
縫製産業以外にも、ビール・タバコの販売プロ
地方政府には、女性職員も含まれているが、その
モーターとして男性を上回る数の女性が雇用されて
多くは、州女性事業局、教育局、保健局などの職員
いる。しかしながら、労働条件は似たりよったりで、
で、知事や副知事といった要職についている女性は
長時間労働、男性顧客やレストランオーナーからの
少ない。
暴力、強制売春、セクシュアルハラスメントが報告
されている。1996 年に制定された労働法では、男女
(4)Development Committees
同一労働・同一賃金が保障されているものの、現実
現在、農村開発省では、国民全員の意見が草の根
には、軍隊などごく一部の職場を除いて、女性の賃
レベルから反映されるようにと、開発委員会の設置
金は、男性に比較するとかなり低い。男性労働の方
を進めている。これらは、州、地区、コミューン、村
が、仕事量と内容の上からより高い市場価値がある
と各レベルにまで設置されている。農村開発省の報
のだ、と男女ともに考えていることが、女性の低賃
告によると、これまで約1,500委員会が設置され、そ
42
金をさらに正当化するという悪循環を生んでいる 。
のほとんどに女性委員が選出されているということ
前政権下では、農村や都市の職場に、託児所が設
である。女性委員のほとんどは、開発プロジェクト
置されていたため、女性の経済活動への参加が、現
のジェンダーの平等コンポーネントの実施者、
及び、
在に比べると比較的容易であった。しかしながら、
カウンターパートとなって、カンボディア女性の必
自由主義経済への移行後、国家による社会サービス
要性の発掘や女性の参加を促す媒介として活躍して
は、構造調整政策の一環として廃止されたため、子
いる。
どもを持つ女性の経済参加が大きく制約されてい
2−2 カンボディア政府による取り組み
る 43。
このように、市場経済へ急激に移行し、成長を続
けるカンボディア経済は、かなり高い割合で女性の
無償労働、あるいは、無償に近い労働で支えられて
2−2−1
政府によるジェンダーの平等推進制度、
政策・事業、今後の必要性
いる。もちろん、以上の数字は、家庭における再生
産活動を除いたいわゆる生産活動のみに焦点を当て
た数字であるから、現実には、女性の扶養負担はよ
り高いことが指摘できるであろう。
(1)女性の地位向上のための国内本部機構
1) 女性問題・退役軍人省(Ministry of Women's
and Veteran's Affairs)
カンボディア政府による女性の地位向上のための
2−1−5
公的政策決定の場への参画
中心的役割を果たすのは、女性問題・退役軍人省
(Ministry of Women's and Veteran's Affairs)であり、同
(1)国会
女性議員が全議席に占める割合は約 12%で、日本
省は1998年の総選挙後、旧女性事業省から改編され
た行政機構である。同省を中心に女性問題・退役軍
の衆参両院全議席に占める女性の割合とほぼ同じで
人省の前身は、旧社会主義政権下の女性動員組織、
ある。
カンボディア女性協会である。現在の職員のほとん
どが、女性協会の出身者であるが、一部には、サイ
72
41
Gorman (1997). Hall (1999). Nishigaya (1999)
42
国際協力事業団、Ibid.
43
Gorman, ibid, pp.16-25.
第2部 第1章 第3節 社会
ト 2 難民キャンプからの帰還者も含まれており、
正する措置として、女子寮の建設と給食制度の導入
様々な党出身者で構成されている。現在、同省の大
を行うことを計画している。
臣は、ファンシンペック党のムーソックア氏、長官
保健省母子保健センターでは、女性問題・退役軍
は、ファンシンペック党のインカンタパビ氏と人民
人省女性保健課と連携し、リプロダクティブヘルス
党のユウアイ氏である。その他、8名の次官が配置さ
推進プロジェクト
(国連人口基金がドナー)
を実施し
れている。
ており、保健省母子保健センターが医療セクターか
同省の設立目的を以下に挙げる。
らの家族計画手段の普及・普及員の能力強化を行い、
・ 女性の権利伸長についてのアドボカシーを行う
女性問題・退役軍人省が女性に対する家族計画サー
こと。
ビスに関する情報普及、動機づけ、カウンセリング、
・ 経済開発、保健医療、教育、その他の社会サー
アドボカシーを行う、というプログラムデザインと
ビスへのアクセスを拡大し、女性の生活環境を
なっている。保健省母子健康センターはこのほかに
改善する。
妊産婦検診の推進や、すべての行政単位を網羅する
・ 教育や訓練を通じて、女性のもつ技術・技能を
向上すること。
・ あらゆるレベルでの国家計画、復興、開発にお
ける女性の役割と参加を保障すること。
・ 女性同士のネットワークを構築し、女性の孤立
を防ぎ、女性の権利や利害を守ること。
フォーカル・ポイントの設置、ジェンダーの平
等に向けた施策や活動
ような母子保健サービスの設置を推進している。ま
た、国立皮膚病・性病・エイズセンターでは、女性
問題退役軍人省やNGOとの協力のもとに「女性とエ
イズ」政策を策定し、女性のエイズ感染知識の向上、
ケアワークへの支援活動などを強化する予定である。
農村開発省では、前項で紹介したように農村開発
委員会(Village Development Committees)の設置を促
進しているが、ドナーからの支援を受けている州で
は、VDCのメンバーのうち40%を女性とするように
2) 各省におけるフォーカル・ポイントの設置と各
省の活動
働きかけている。また、女性委員が女性の意見を反
映しやすい環境を創出するように、女性委員を対象
設立目的に掲げられた目的を達成すべく、女性問
にジェンダー研修を実施したり、VDCの長が女性の
題・退役軍人省は、各省にフォーカル・ポイントを
述べる意見に対し理解を示すように促している。そ
指名しており、これが、各省の権限内で女性の地位
の他、女性や少数民族といった意思決定の場から阻
を向上、及び、男女の平等を推進する制度となって
害されがちなグループによる、村落開発のための意
いる。
各省におけるジェンダーの平等の推進状況は、
思決定過程への参加を促進している。
各フォーカルポイントが活動的であるかどうかに依
存する。同省、及び、各省のフォーカルポイントに
3) ドナーによる援助の調整業務
よる予算獲得状況は、あまりかんばしくない。ジェ
女性問題・退役軍人省は、各省における女性支援
ンダーの平等・女性のエンパワーメントというイ
プロジェクトの推進役を果たしているほか、女性支
シュー自体が、意思決定の中枢である首相府、閣僚
援プロジェクトを行うドナーの援助を的確に調整し
評議会、財務省やその他経済開発を推進する省庁の
ていく役割を果たしている。主なドナー・ミッショ
主流に浸透していない結果であるともいえる。
ンは、必ず同省を訪れカンボディア女性の地位に関
以下にジェンダーの平等推進活動の取り組みが行
われている省の取り組みをまとめる。
教育省では、女子教育を担当する委員会が設置さ
する背景説明を受けてから案件形成を行う。調整業
務が円滑に行えるよう、同省は日常的に計画省国家
統計局との連携を図り、女性の地位を統計的に把握
れており、義務教育、高等教育、職業・技術訓練と
したり、
州女性事業担当局とともに社会調査を行い、
いった教育省の管轄するすべての分野にジェンダー
女性の地位を定質的に把握することにも努めている。
の平等の視点を統合するべく、委員会が省内での
リーダーシップをとっている。また、男女格差を是
73
カンボディア援助研究会報告書
2−2−2
政策・事業
⑤技術訓練:女性センターを通じ、農村の女性を対
象に技能訓練や啓発研修(手工芸品の生産―絹・
(1)政策
女性問題・退役軍人省は、新政権発足後、女性問
綿・マット織物、ヘアードレッシング、婚礼衣装
着付け、オフィススキル、英語、コンピューター、
題・退役軍人省5カ年計画を立案した(クメール語版
クメール語識字、家族計画情報普及、エイズ予防
の閣議承認済み)。この政策の目的とするところは、
情報普及、労働法、ジェンダー啓発研修など)を
三点ある。
行っている。支援は、民間セクター(縫製産業界)
①生活の質の改善、貧困解消、非識字撲滅のため、開
とのTraining Exchange(訓練後、一括雇用を条件と
発のあらゆる段階、あらゆるセクターへの女性の
したアレンジメント)によるものか、私的ドナー
参加を保障するため
②資源、情報、機会、開発の恩恵を男女で平等に分
配するため
③その他女性が直面している今日の課題を解決する
ための方策・枠組みとして
(モニニアット王妃、ブンラニーフン・セン夫人、
マリーラナリッド夫人など)、NGO、開発銀行、そ
の他ドナー(APHEDA, Asia Development Bank,
Church World Service, European Union, Australian
Quaker Service など)である。
同 5 カ年計画はこれらの目的を達成するための戦
2−3 ドナー、国際連合機関、国際NGOの
略には触れていない。各セクターにおける政策策定
ジェンダーの平等に係る支援の動向
のために、首相を本部長、女性事業退役軍人省大臣
カンボディア女性支援を行う援助機関の数は、か
を副本部長、大臣をメンバーとする省間委員会が設
なり多いといえる。これは、長い内戦や近年の急速
置され、具体的な事業や各省における推進活動は、
な市場化に伴って、カンボディア女性に過剰な扶養
各省フォーカル・ポイントに委ねられる、ことが言
負担がかかっているため、また、様々な深刻な問題
及されている。
に直面しているため、その解決の突破口は、国家予
算だけでは開けないことが早くから認識されてきた
(2)女性問題・退役軍人省による事業
ためと考えられる。
同省自体では、以下の事業を行っている。その一
部は、
ドナーからの支援を受けた上で行っているが、
一部は、そうした支援から既に独立した独自の事業
となっている。
カンボディア女性を支援する
現地NGOについて
カンボディア女性を支援する現地 NGO のほとん
①リプロダクティブヘルス情報教育:保健省母子保
どは、旧女性協会から独立した団体である。これら
健センター・女性健康課との連携(国連人口基金
の団体は、結社の自由が許可され出した UNTAC 統
がドナー)
治時から、ドナーの支援を直接受けるようになり、
②マイクロ・クレジット:経済開発課により 70 万ド
現地NGOとして活動をスタートした。現在、CCCに
ルほどのマイクロクレジットのポートフォリオを
登録されている現地NGOは数多くあるものの、その
農村女性を対象に運営。
中でも女性支援、或いは、ジェンダーの平等をテー
③法識字普及教育:カナダ基金の資金協力を得て、
州女性事業局職員を対象に法識字普及を行ってい
る。
マとした活動を特に活発に行うグループの概要につ
いて以下に述べる。
これらの団体のほとんどは、ドナーからのプロ
④識字・保育:現在 32 団体が教育省と連携して識字
ジェクトファンディングに頼っているため、ドナー
教育の推進を行っているが、女性事業省のトレー
の実施機関となっている場合が多い。団体のほとん
ナーが、コア・トレーナーとなって草の根の識字
どは、女性事業退役軍人省と定期的に情報交換を
訓練者を訓練している。来年度には、教育省へ完
行ったり、共同で事業の実施を行ったりしている。
全に移行される予定である。
74
2−3−1
第2部 第1章 第3節 社会
2−4 ジェンダーの平等支援協力の方向性
2−4−1
ジェンダーの平等協力に向けての
援助戦略・協力の可能性
さて、これまでのところ、1. カンボディア女性の
発・リーダーシップ研修を行った。
(2)ジェンダーに配慮した国際協力実施上の留意点
JICAによるジェンダーの平等協力は、受け入れ国
の社会文化的背景に留意しながら行うとしている。
地位や現状、影響を与える背景要因、2. カンボディ
これまで見てきたようなカンボディアに特有の背景
ア政府のジェンダーの平等に関する政策や事業、3.
を考慮した上で、カンボディアに対してジェンダー
ドナー、国連援助機関、NGO のジェンダーの平等に
の平等支援協力を行う際に、どのようなアプローチ
対する取り組みについて概観してきた。ここでは、
が必要とされているか、また、それらのアプローチ
日本政府のこれまでの支援についての概要を取りま
をどのように具現化した活動が必要とされているの
とめ、今後の方向性を示唆したい。
かを以下に述べてみたい。
(1)わが国のジェンダーの平等支援協力の経緯
対カンボディア支援では、内戦や移行期経済によ
①エンパワーメント・メインストリーミングアプ
ローチ双方の必要性
る負の影響から、女性に対する直接支援やジェン
貧困および、上記カンボディア女性の地位の概
ダーの平等に関する視点からの支援が重要であるこ
観から、カンボディアにおける貧困解消の戦略と
とが長く認識されてきた。日本大使館による草の根
して草の根レベルにおける女性の生活改善機会へ
無償資金協力により、農村女性の識字教育、健康教
のアクセスを意図して強化していかなければなら
育、技能訓練のため、1996-1997 年に、4 件の女性セ
ない。つまり、エンパワーメント・アプローチの
ンターの建設(コンポンチャーム、コンポンチナン、
必要性が示唆される。また、カンボディア政府や
カンダール、コンポンスプー州)
、機材供与、講師派
援助機関の投入が、ジェンダーの平等を推進する
遣への協力が行われてきた。これらのセンターは、
ような活動に投入されるよう、意思決定の中枢に
NGO 等からの資金協力を得て、これまで約 1,500 名
対して働きかけること、すなわち、メインスト
ほどの女性に対する技能訓練機会を提供してきた。
リーミングアプローチの必要性が示唆される。
また、1995 年には、企画調査員(開発と女性)の派
遣、女性事業省へは、個別派遣専門家(1996-1999 年
まで長期1名、1999年から現在まで長期1名)
、及び、
②経済的エンパワーメント
これまでの経済開発は、外国投資を優遇し、労
その他短期専門家、第三国専門家が派遣され、現状
働集約型産業を誘致する方法と、カンボディアの
調査、人材育成、案件形成への支援(女性の経済的エ
第一次産品を輸出する方法によって進められてき
ンパワーメント、健康教育)が行われてきた。また、
たが、その結果、都市化の進行や農村における貧
総理府男女共同参画室、文部省、地方自治体の女性
困の深刻化、地場産業の低迷がもたらされた。今
センターとの協力により(北九州市)、主に、公務員
後は、カンボディア人口の大半が居住する農村に
を中心とした人材育成事業が行われてきた。今年度
おける収入の向上と男女双方の雇用機会の向上を
からは、女性の経済的エンパワーメントを目的とし
目指し、地場産業の振興を推進していく必要があ
たコースが、横浜女性協会との協力により開始され
ると思われる。また、そのために、地域や世界市
る予定である。
場の動向を注視、政策的な助言を行うことも必要
さらに、開発福祉支援事業「農村女性のリプロダ
と考えられる。
クティブヘルス向上プロジェクト」への資金協力を
行った。同事業は、NGO への資金協力を通じ、草の
根レベルでの技術協力機会を提供するもので、コン
③総合的なアプローチへのジェンダー視点の統合
これまでの検討してきたように、貧困は様々な
ポンチャーム州の女性約 2,000 人に対して、法識字、
「顔」を持っており、女性の参加が阻害されること
家族計画手法に関する知識の普及、ジェンダー啓
により、未来へ再生産されていく傾向がある。貧
75
カンボディア援助研究会報告書
困解消に向けての短期的な協力については、投入
参考文献
財も限られていることから、モデル事業に関して
は、地域を限定することや、貧困解消に関する政
<貧困>
策対話やセクターにおける活動においてジェン
国際農林業協力協会(1997)
『カンボディアの農林業
ダーの平等を強調していく必要がある。
−現状と開発の課題』
(1997 年版)国際農林業協
会
④意図した男女格差の縮小
未来の貧困問題を未然に予防するには、今後、
人間開発において男女格差を意図して縮小してい
く必要がある。具体的には、保健、教育、労働、産
業の振興においてジェンダーの平等を明確に打ち
出した政策や事業の実施を支援することが必要で
あると考えられる。
⑤人材育成
これまで、女性事業省に割り当てられたジェン
ダーの平等分野の JICA 研修事業の数々を引き続
き同省や各省のフォーカルポイントに割り当て、
人材育成への協力を続けていくことが是非望まれ
る。
Prescott, Nicholas and Menno Pradhan (1997) A Poverty
Profile of Cambodia, World Bank Discussion Paper
No. 373, World Bank
Ministry of Planning (1998) A Povervy Profile of Cambo-
dia-1997, Royal Government of Cambodia
----- (1999) Cambodia Poverty Assessment, Royal Government of Cambodia
<ジェンダー>
国際協力事業団(1995)
『国別 WID 情報整備調査』国
際協力事業団
Aafjes, A. and Athreya, B. (1996) Working Women in
Cambodia: Phnom Penh
Asian Harm Reduction Network (1998) The Hidden
Epidemic: A Situation Assessment of Drug Use in
⑥女性の地位向上、及び、ジェンダー平等の推進に
関する当事者同士の協力態勢の必要性
Southeast and East Asia in the Context of HIV
Vulnerability: Bangkok
また、2. でも既に述べたように、カンボディア
Brown, J. (1997) Sexual Knowledge, Attitudes and
では、動員組織であった女性協会から女性支援
Behaviour in Cambodia and the Threat of Sexually
NGOや女性事業退役軍人省が派生した。意志決定
Transmitted Diseases, Cambodian Red Cross and
の場で重要視されにくい女性の地位向上やジェン
Australian Red Cross: Phnom Penh
ダーの平等を優先事項として取り上げるよう働き
かけるには、同省と現地 NGO、また、現地 NGO
Cambodian Legal Resourcs Development Centre (1996)
Labour Law: Phnom Penh
同士、州女性事業局と女性開発センターなど、女
CARE International Cambodia (1999) Sewing a Better
性事業の解決のため、連携協力していく当事者同
Future: A Report of Discussions with Young Gar-
士の関係をより緊密化していくこと、あるいは、
ment Factory Workers about Life, Work and Sexual
意思決定機関をより高い位置に持っていくことが
Health: Phnom Penh
必要かも知れない。
CARE Cambodia and Focus on Young Adults (1999)
Baseline Survey for the Factory Based Reproductive
Health Programme in Phnom Penh: Phnom Penh
Chandler, D. (1993) Pol Pot: Brother Number One:
Bangkok
Chou Meng Tarr (1995) The Cultural Dimensions of
Young, Unmarried Females Sexual Practices in Cambodian Society: Phnom Penh
76
第2部 第1章 第3節 社会
----- (1996) Contextualizing the Sexual Cultures of Young
Ministry of Education, Youth and Sports (1996) Educa-
Cambodians: Phnom Penh CARE, Meeting on Mi-
tion and Training Statistics Phnom Penh, 1995-1996.
gration and HIV/AIDS in Cambodia, Phnom Penh,
Ministry of Planning (1998) Report on the Cambodia
1998.
Deolalikar, Anil (1997) Poverty and Human Development
In Cambodia: A National Human Development
Report: Phnom Penh
Derks, A. (1997) Trafficking of Cambodian Women and
Children to Thailand: Phnom Penh
Fiske E. (1995) Using Both Hands: Women and Educa-
tion in Cambodia: Manila
Garment Manufacturing Association of Cambodia (1999),
List of Members: Phnom Penh
Socio-Economic Survey 1997, National Institute of
Statistics: Phnom Penh
Ministry of Social Affairs, Labour (1998), Vocational
Training and Youth Rehabilitation, Labour Inspection Department Statistics: Phnom Penh
Ministry of Commerce (2000), List of Garment Manufac-
turing Factories
Ministry of Women's and Veterans Affairs (1995) Rural
women and the Socio-Economic Transition in the
Kingdom of Cambodia: Phnom Penh
Global Alliance Against Trafficking in Women (1997)
----- (1999) A Situational Analysis, Needs Assessment,
Cambodian and Vietnamese Sex Workers along the
and Draft Action Plan on Women and HIV/AIDS:
Thai-Cambodian Border: Bangkok
Phnom Penh
Gorman, S. (1997) Implications of Socio-Economic
MWVA (1999) A Situational Analysis: Phnom Penh
Change for Women's Employment in Cambodia: A
National Centre for HIV/AIDS (1998) Dermatology and
Case Study of Garment Factory Workers: Phnom
STDs, Ministry of Health, Behaviour Surveillance
Penh
Survey: Phnom Penh
Hall, John (1999) Human Rights and the Garment Indus-
try in Contemporary Cambodia: Phnom Penh
International Labour Office-IPEC Programme (1998)
Combating Trafficking in Children for Labour Exploitation in the Mekong Sub-Region: Bangkok
Janssen, P. (1996) A Report on the Situation of HIV/AIDS-
Alliance: Phnom Penh
Nishigaya, K. (1999) Poverty, Urban Migration and Risks
in Urban Life: A Report on Labour Serminars for the
Japan International Cooperation Agency: Tokyo
Ovesen, J., Trankell et al (1996) When Every Household
is an Island: Social Organization and Power Structure in Rural Cambodia, Stockholm
Population Service International (1998) Census of Com-
Japan International Cooperation Agency Department of
mercial Sex Establishments 1998: Phnom Penh
Planning (2000) Country WID Profile: Tokyo
Reid, A. (1988) Southeast Asia in the Age of Commerce
Klement, J. (1995) HIV/AIDS Assessment Cambodia
USAID Report: Phnom Penh
1450-1680: Bangkok
The Cambodian Legal Recources Development Centre
Ledgerwood, J. (1991) Changing Khmer Conceptions of
(1998) Laws of Cambodia 1993-1998 Adopted by the
Gender: Women, Stories and the Social Order, Ph.D
National Assembly of the Kingdom of Cambodia Vol-
thesis: Ithaca
ume II: Phnom Penh
Ledgerwood (1994) Gender Symbolism and Culture
Change: viewing the Virtuous Woman in the Khmer
UNDP Bangkok (2000) ASEAN Workshop on Popula-
tion Movement and HIV Vulnerability: Bangkokk
Story "Mea Yoeng" In: Cambodian Culture since
UNICEF (1995) The Trafficking and Prostitution of Chil-
1975: Homeland and Exile edited by Mortland C. A.
dren in Cambodia: A Situation Report: Phnom Penh
et al, 1994, p. 21.
Long, et al (1995) KAP Survey on Fertility and Contra-
ception in Cambodia: National Birth Spacing
Programme: Phnom Penh
77
カンボディア援助研究会報告書
BOX 3 − 1 カンボディアの人口
保健医療、教育をはじめ、経済、都市、農村開発な
ど様々な分野に関して、政策立案上、大きな意味を持
つカンボディアの人口動態について、1998年3月に36
年ぶりに実施された国勢調査及びこれをもとにまとめ
られた 2 次資料から特徴をまとめる。
1 − 1 一般的特徴
1998年3月の国勢調査によるカンボディアの総人口
は 1,143 万 7,656 人で、その内訳は男性 551 万 1,408 人、
女性 592 万 6248 人となっている。なお、治安上の理由
により、調査が行われなかった農村の推計人口 4 万
5000人とタイの難民キャンプに一時的に退避していた
6万人は国勢調査には含まれていないことが調査後の
検証で判明している。
年齢別構造は、年少人口 0 − 14 歳 42.8%、経済生産
年齢にあたる 15 − 64 歳人口 53.7%、65 歳以上の老齢
人口 3.5%によって構成されており、非常に若く、発
展途上国の人口転換の初期の段階の人口構成の定型と
されている。
カンボディア人口の特徴としては、①1970年代の紛
争・混乱による死亡率の激増(超過死亡率)によって成
人人口に損失がみられること、②成人人口でも男性人
口の損失が顕著であること、③1980年からの人口急増
(ベビーブーム)により、20歳未満の人口の割合が非常
に高いことが指摘されている 1。1973 年から 1978 年の
間に生まれた 20 − 24 歳の人口グループは、内戦、米
国による空爆、クメール・ルージュによる粛正の影響
を受けており、明らかに前後のグループに比べて小さ
く、また、0 − 4 歳人口が前後のグループに比して小
さいのは、調査漏れと 20 − 24 歳グループの過少によ
るものであることが指摘されている 2。この時代の混
乱による人口の損失は男性人口でより大きく、総人口
の性別比を見ると、女性 100 人に対して男性 93.0 人の
割合で、20 歳以上の人口では 82.3 人、60 歳以上で 71.8
人と男性が過少となっている。成人男性人口の過少は
女性世帯主の多さの要因となっており、女性世帯主の
世帯数の割合は25.7%と高く、このうちほとんどの女
性世帯主は 40 歳以上である。
農村部では、男性の成人人口の不足によって、肉体
労働を要する活動において労働力不足を引き起こして
いる例も指摘されている 3。女性を世帯主とする世帯
は、脆弱なグループとして認識されている一方で、女
性世帯主の多くが、子どもと同居し、世帯内に複数の
78
1
Huguet et. al.(2000)
2
Huguet et. al.(2000)
,雇用・能力開発機構(2000)
3
Hayes(2000)p10
4
Ibid. p10
5
Ibid. p11
6
雇用・能力開発機構(2000)p27
7
Ministry of Planning(2000)
8
雇用・能力開発機構(2000)p27, Ministry of Planning(2000)p3
表 1 カンボディアの人口ピラミッド
年齢
80+
75 - 79
70 - 74
65 - 69
60 - 64
55 - 59
50 - 54
45 - 49
40 - 44
35 - 39
30 - 34
25 - 29
20 - 24
15 - 19
10 - 14
5-9
0-4
0.2
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.5
1.8
男性
0.3
0.4
0.6
0.8
1.0
1.3
1.6
2.1
2.6
3.2
3.6
4.0
3.4
2.8
3.2
3.7
3.1
女性
5.8
6.0
7.4
7.9
7.1
7.6
6.5
10
8
6.3
6
4
2
0
2
4
6
8
10
%
出所:Ministry of Planning(1999a)p11
収入のある者が含まれるケースがめずらしくなく、男
性世帯主の世帯より貧しくないという報告もある 4 。
女性世帯主の世帯についてはさらなる研究の必要性が
指摘されている 5。
(1) 人口増加率
クメール・ルージュ時代には政治的粛正や飢餓に
よって人口減少がみられたが、1996 年から 1998 年の
間での年間人口増加率は 2.49%であり、ASEAN 諸国
のなかではラオス(2.9%)に続く 6。
高乳児死亡率、低識字率、女性の低就学率そして家
族計画普及率の低さなど人口増加の要因がそろってい
ることに加え、1980年代初頭以降急増した人口グルー
プが、出産可能年齢にさしかかっているため、女性 1
人当たりの出生数が低下しても、全体の人口増加率は
高い値で維持されると見込まれている。計画省統計局
の暫定値によれば 2010 年には総人口が 1,600 万人、
2020 年には 1,900 万人、2021 年には 2,000 万人を超え
ると予測されている 7。
従来、カンボディア政府はカンボディアの人口規模
がヴィエトナム(7,000万人)
、タイ(6,000万人)に比し
て小さいことから、明示的ではないが、人口増加政策
をとってきた 8。しかし、SEDPII(ドラフト)には、依
然として具体的施策はないながらも、高人口増加率の
もとでは、開発目標である 1 人当たりの所得向上及び
貧困削減が困難であるとの視点が盛り込まれている。
(2) 出生率
合計特殊出生率(Total Fertility Rate:TFR)は、5.3 人
と、ASEAN 地域では、ラオスを除く他の国々よりも
第2部 第1章 第3節 社会
BOX 3 − 1 続き
高い。出生率は女性の年齢とともに上昇し、45歳∼49
歳人口では平均5.56人と高くなっているが、地域特性
や教育程度など、社会経済的属性の相違によっても開
きがある(表 2 参照)
。都市での出生率が 4.42 人(プノ
ンペンでは 3.74 人)であるのに対し農村部では 5.47 人
(ラッタナキリー州では8.16人)、識字能力のある女性
の出生率が 4.9 人であるのに対し、識字能力のない女
性では 5.9 人となっている。また、識字能力のある女
性の間でも、教育を受けたことがない女性では5.66人
であるのに対し中学校以上の教育を受けた女性は3.18
人と大きな差が見られる。
(3) 死亡率
乳児死亡率は、出生 1,000 人当たり 80 人(男女平均)
となっており、1970 年代後半の 263 人に比べると減少
してきているが、国際的には、発展途上国の平均63人9
と比して高い値となっている。乳児死亡率は出生率と
同様、地域特性や教育の程度によって開きがある(表
2 参照)
。
出生時平均余命は女性 58.3 歳、男性 54.4 歳であり、
発展途上国の平均、女性 65.0 歳、男性 61.8 歳よりも低
い。計画省統計局の予測では出生時平均余命は 5 年間
の予測期間ごとに 2 年ずつ伸びていくとされている。
しかし、1991年にカンボディアで最初の感染者が見つ
かった HIV がその後 10 年間で急速に伝播し、感染率
は成人人口で 3.8%とアジア最大となっており、AIDS
による死亡も増加することが予想され、平均余命の伸
びの鈍化は避けられないと思われる。ただし、HIV/
AIDS の蔓延による死亡率の上昇を加味しても、高い
人口増加率で推移するのは確かであろう。
1 − 2 人口移動
長年の内戦や動乱によって、非常に多くのカンボ
ディア人が国内での移住を強制されたり国外へ難民と
して流出してきた。1998年の国勢調査の結果では総人
口の 31.5%(360 万人)が移動の経験がある。移動の主
要な理由は、37%が家族の移動、14.5%が求職、13.9
%が帰還、13.2%が結婚となっている。
近年、1993 − 1998 年の 5 年間の移動についてみる
と、人口の 10.4%が移動している。このうち 58.2%は
農村地域から農村地域への移動であり、19.2%が農村
地域から都市部への移動、
14.5%が都市部から都市部、
8.1%が都市部から農村への移動となっている 10。
カンボディアにおける人口移動は、人々が生活の向
上を望み、機会を求めて移動をしたのではなく、人命
の損失やトラウマ、絶望、社会制度(相互扶助の役割
表 2 カンボディアの人口諸指標
TFR
乳児死亡率 幼児死亡率 平均余命
(出生千対)(出生千対) (歳)
カンボディア
全体
5.30
80
53
56.3
男性
女性
都市
農村
非識字
識字
−
−
4.42
5.47
5.93
4.89
88
72
65
82
96
70
60
45
39
55
68
43
54.4
58.3
60.0
55.8
52.7
58.9
教育を受けた
ことがない
5.66
88
60
54.4
小学校中退
小学校終了
下級中等学校
中学校以上
5.29
4.28
4.19
3.18
78
57
49
41
50
32
25
19
56.9
62.1
64.4
66.7
出所:Ministry of Planning(1999)pp.132 − 135 をもと
に作成
を担っていた伝統的コミュニティーなど)
・人的資源・
社会資本の崩壊を伴ったものであったとの認識がなさ
れており、このような視点から SEDPII(ドラフト)で
は、多くの農村で開発の促進力となる人的資源、地域
に根ざした社会組織・社会資本が損失していること、
孤児や障害者、除隊兵士といった脆弱性を持ったグ
ループが存在することを開発計画上、考慮するべきで
あるとしている。
1 − 3 地域特性
カンボディアにおける都市人口は途上国一般の水準
と比べて低く、総人口の 15.7%にすぎないが、増加傾
向にあり 11、都市における人口増加率は5.6%とされて
いる 12。
総人口の 8 割は農村に居住しており、圧倒的多数の
貧困人口は農村に居住している。カンボディア全体で
の人口密度は 64 人 /km2 であり、周辺諸国に比して希
薄であると考えられやすいが、これらの人口のほとん
どが、全国土の約 3 分の 1 ほどの約 60,000km2 にわた
るメコン河とその支流ならびにトンレサップ湖中心に
広がる低地に居住し、生計を立てている。同地域にお
ける人口密度は 155.1 人 /km2 となる 13。また、地理的
環境からみても大量の人口に雇用機会を提供できるほ
ど農業開発に適した余裕地はない 14。
社会経済の状況は、都市と農村の間に歴然とした格
差があり、農村居住者は様々な生活面において、より
不利な状況におかれている(表 3 参照)
。また、農村に
おける若年人口の急増により農地需要が逼迫してお
9
世界人口白書 1999
10
Ministry of Planning(2000)
11
州都のある都市全て、及び Krong Preah Sihanouk, Krong Kaeb、パイリン、プノンペンの 4 つの地区が都市として分類されている。
12
UNFPA(2000)
13
雇用・能力開発機構(2000)p13
14
Ibid
79
カンボディア援助研究会報告書
BOX 3 − 1 続き
図 2 人口密度の分布
Density in sq. km.
501
200
100
50
20
1
to 3,450
to 500
to 199
to
99
to
49
to
19
出所:Ministry of Planning(1999a)p11
表 3 都市・農村の格差
都市
所得(リエル)/ 月
1,139,553
成人識字率
79.1%
安全な飲料水へのアクセス
60.3%
電力へのアクセス
53.6%
トイレ設備へのアクセス
49.0%
小学校以上の学歴保持者
31.4%
出所:Hayes(2000)p18 をもとに作成
農村
314,247
64.9%
23.7%
8.6%
8.6%
12.8%
り、土地所有をめぐる問題をはじめ、資源分配や環境
劣化など人口増加圧力の社会経済問題の深刻化が危惧
されている(人口分布と農村における人口増加圧力、
土地所有については第 2 部第 2 章第 7 節農村開発 2 −
1、2 − 3 を参照)。
1 − 4 労働力人口
総人口に占める経済的な活動を行っている人口(経
済活動人口 15)、あるいは労働力人口の割合は 44.7%、
510 万人となっている。労働力参加率は 15 − 24 歳グ
ループの61%から35−44歳グループの91%までと開
きがある。通常労働力人口の対象とされない 7 − 9 歳
では 0.4%、10 − 14 歳では 4.5%の年少者が労働力と
して参加しており、10 − 14 歳人口の参加率は都市で
2.7%、農村で 4.8%となっている。
男女の比較では全国的には15−19歳人口を除けば、
女性よりも男性の労働力参加率の方が高いが、農村部
の 15 − 19 歳人口は、女性の労働力参加率が男性のそ
れを17%近くも上回っている。都市では男性の労働力
15
80
参加率の方がやや高く、農村部における女性の中等教
育の就学率の低さと表裏一体である 16。
7 歳以上の人口に占める経済活動人口(粗経済活動
率)は 55.47%、15 歳以上人口に占める経済活動人口
(経済活動率)は 77.04%となっている。高年齢者が経
済活動を続けている割合が高く、65 − 69 歳人口では
男性で 79%、女性で 50%が、75 歳以上の人口におい
ても男性で40%、女性でも19%が労働力として参加し
ている。
従属人口指数 17 は86.16%で、このうち79.3%が年少
従属人口であり 18、労働力人口に対して年少従属人口
が非常に大きく、中でも14歳以下の年少従属人口が多
いのが特徴で、人口構造上負担が大きくなっている。
同指数は都市部よりも農村部において高く、年少人口
が教育や就業機会が不足する中で増え続けると、十分
な教育を受けてない人口が増え、失業者を増加させ、
貧困人口がさらに増加するおそれがあり、年少人口へ
の教育機会の充当や雇用の創出が、非常に重要な課題
となっている。
雇用形態をみると賃金労働者の割合は 12%にすぎ
ず、46%が自営、42%が給与の支払われない家内労働
に従事している。女性の賃金労働者は 6%のみで、31
%は自営、63%が給与が支払われない家内労働となっ
ている。
産業分野別の就労者比率を見ると、農村部では第一
次産業(84.6%)が圧倒的であり、都市部では第三次産
業が中心(54.9%)となっている。都市部でも第二次産
業での就労者は11.4%にすぎず、行政機能(サービス)
が主な就労機会となっている。(産業分野別の就労者
比は第 2 部第 1 章第 2 節経済を参照)。
1998年国勢調査では不完全就労について統計を取っ
ていないが、1996年の社会経済調査によると都市で男
性 8.6%、女性 14.7%、農村では 13.9%、18.1%となっ
ており、不完全就労率の高さは、低賃金とともに、35
%以上の就労者が複数の収入獲得活動に従事している
といった状況を作り出している。
1980年代に出生した人口の労働市場への参入により
労働力人口が急増している点、除隊兵士・公務員改革
の推進によって更なる労働力が市場に放出されている
点、さらに農村における雇用吸収力が楽観視できず、
産業化が進展していない状況を考慮すると、失業及び
不完全雇用や低賃金問題の解決は、容易ではない 19。
Economically Active Population(Labor Force)7 歳以上の人口のうち、雇用または失業している人口を意味する。国勢調査の結果過去
12カ月間の主たる経済活動の状況に基づいて就業と失業を区分している。主たる経済活動とは同期間にその人が6カ月間以上従事
したものを指す。ここでは経済活動人口と労働力を同じ意味で使用している。Ministry of Planning(2000)、雇用・能力開発機構
(2000)p42
16
雇用・能力開発機構(2000)p57
17
従属人口:0 − 14 歳と 65 歳以上の人口の合計を 15 − 64 歳までの人口で割ったもの
18
Ibid. p26
19
雇用・能力開発機構(2000)
第2部 第1章 第3節 社会
BOX 3 − 1 続き
参考文献
世界人口基金(1999)
『世界人口白書 1999』
大友 篤(2000)
「1998年国勢調査によるカンボジアの
人口」
『世界と人口』
(2000 年 12 月)
雇用・能力開発機構 財団法人アジア人口・開発協会
(2000)
『アジア諸国の職業安定制度と雇用政策に
関する調査研究報告書−カンボジア王国−』
Mammen, Priya
(1998)
Rebuilding Public and Private Health
Care Systems in Cambodia in an Environment of Civil
War and Unrest., Establishing and Maintaining Reproductive Health Programs in Countries Coping with the
Effects of War and Civil Strife: Experiences in Albania, Cambodia, and Eritrea, SEATS, the paper Presented
to the American Public Health Association Conference,
November 18, 1998
Ministry of Planning(1999)General Population Census of
Cambodia 1998:Analysis of Census Results Report 1
− 4, National Institute of Statistics
----(2000)
"Chapter 4 The Development Challenge: Population and Poverty", First Draft of the Second Five Year
Socio Economic Development Plan, 2001 − 2005(5
March 2001), Royal Government of Cambodia
Hayes, Adrian C.
(2000)
Population and Development Strategy for Cambodia, UNFPA Consultant's Report prepared for the Ministry of Planning, Royal Government
of Cambodia with support from UNFPA under Project
CMB/99/P51: PhonPenh
Huguet et al.(2000)"Results of the 1998 Population Census in Cambodia", Asia-Pasific Population Journal,
Vol.15, No.3, 2000, pp.3 − 22
Unicef(2001)The State of The World Children 2001
(事務局作成)
81
Fly UP