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イノベーションを取り巻く環境に関連する政策

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イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
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3 イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
3 イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
岡村
浩一郎
要旨
国内総生産(GDP)で世界 3 位に位置している日本は、研究開発費の対 GDP 比でも国際的に最
も高いグループにあり、研究開発活動に多くの資源を投入している。しかし、活発な研究開発活動
はイノベーションや経済成長にとって重要な要素であるものの、活発な研究開発活動がそのままイ
ノベーションに結びつく訳ではない。研究開発活動の成果が経済社会に受け入れられイノベーショ
ンとして結実するまでの過程は数多くの無数の経済的、社会的要因の影響を受けている。本稿では、
イノベーションを取り巻く環境の整備に関連する政策-いわゆる"イノベーション政策”-につい
て、イノベーションの基盤でもある知的財産制度から始まり、"イノベーション政策”として国内外
の関心を集めている、産学連携、公共調達、そして企業家精神(ベンチャー・キャピタル)を取り
上げ、制度・政策の枠組、及び近年の動向について概説する。
イントロダクション
各国が研究開発活動の活性化を目的に、国全体の研究開発支出の目標として、GDP 比 3%以
上を掲げている。しかし、活発な研究開発活動は必ずしも経済や産業の成長・活性化を保証す
るものではない。
仮に研究開発の成果として、何らかの科学・技術上の発明・発見、あるいはアイデアが得ら
れ、それを元に、新たに事業を起こすことを考えている企業家がいるとする。この企業家は、
想定される市場の調査や事業資金の確保、行政上の手続き、研究者・技術者に加え会計処理を
始めとする事業活動全般に必要な人材の確保、あるいは特許の出願・取得、既存特許の確認、
関連規制への対応、実際の製品・サービスの実現に向けた設計や実証、部品供給体制の構築、
製品製造工程の設計、製造、販路の開拓、広報・宣伝活動、あるいは外部からの技術ライセン
シングや企業内・企業間の事業再編の検討等、数多くの課題を検討・対処しなくてはならない。
これら個々の課題は法律・規制の影響下にあり、これら法律・規制もさらに他の法律・規制の
影響下にある。優れた発明・発見であったとしても、これらの課題を解決することが出来ない
場合は事業立ち上げを断念したりする場合もあるだろうし、あるいは予測不可能な出来事が発
生したり、事業立ち上げのタイミングが悪かったりした場合、新事業が失敗に終わる可能性も
ある。
この例が端的に示すように、研究開発の成果が新製品や新サービス、あるいはその一部とし
て経済社会に普及し、生活を豊かにするイノベーションとして結実するまでの過程は、法制度
や規制も含め、数多くの経済的、社会的要因の影響を受けている。そしてそこで中心的な役割
を担っているのが民間企業である。またこのことは、予め設定した目標や目的に向けてイノベ
ーションを設計、あるいは予測し、そしてその実現を目的とする政策の設計・施策が困難であ
ることを示唆している。
このような認識を背景に、科学技術政策分野におけるイノベーションを巡る議論でも、いわ
ば科学技術の「供給サイド」に位置付けされる研究開発活動に加え、技術に対する需要の喚起
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第Ⅱ部 科学技術政策の諸課題
やイノベーション創出に影響を与えている経済的、社会的要因 (1)等、イノベーションを取り巻
く環境の重要性に対する認識が高まっている。
第Ⅱ部 1「基本的枠組みと予算・租税」で示唆しているように、国・地域によって研究シス
テムは異なっている。この差異は、研究開発活動やイノベーションを取り巻く経済社会的環境
が国・地域により異なっていることを反映しており(2)。それゆえ"イノベーション政策”として
重要視される政策項目及びその重要度の認識は国・地域により異なっているものの、留意すべ
きと考えられている政策項目についての認識はおおむね共有されている (3)。そのような認識も
踏まえ本稿では、イノベーションを取り巻く政策の幾つかを取り上げ概説する。
コラム 1:ナショナル イノベーション・システム
「ナショナル・イノベーション・システム」は産業、経済の発展を促進する要素として経済
社会における知識の流れと学習を重要視する立場から、社会制度・慣行等の経済社会的環境、
そしてその影響下にある個人や組織の行動・関係が、国や地域のイノベーションの様相とその
パフォーマンスに与える影響を理解しようとする概念であり、1990 年代、その研究や調査が活
発に行われた。
表 1 は、欧州委員会が 1998 年に刊行した報告書からの抜粋であり、各国のナショナル イノ
ベーション システムの特徴が簡潔にまとめられている。報告書の刊行後 13 年後の今日でも、
各国のナショナル・イノベーション・システムは表中の特徴を概ね有しており、ナショナル・
イノベーション・システムは変化しにくいものであることがうかがわれる。ナショナル イノ
ベーション システムの概念によれば、国、地域間で互いに経済社会的環境が異なっており、
それゆえ、各国・地域のイノベーションの様相やパフォーマンスも異なってくる。このことは、
政策を検討、立案する際、他国・地域の施策は参考になるものの、他国・地域で成功した施策
を(ある程度修正を加えた上で)導入したとしても、必ずしも同様の成果が保証されないこと
を示唆している。
(1) 「経済社会環境」や「イノベーション・フレームワーク・コンディション(innovation framework conditions)」とも呼ば
れる。
(2) コラム「ナショナル・ノベーション・システム」参照
(3) 例えば、経済開発協力機構(Organization for Economic Co-operation and Development ,OECD)が 2010 年 5 月に刊行した
"OECD Innovation Strategy"は、各国のイノベーションについて各国が共有している一定の認識や課題を反映した報告書で
あると捉えることができる。
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表1
ナショナル・イノベーション・システムの概観
特徴
該当する主な国
労働力、労働市
場・条件
資金システム
規制システム
イノベーションの
特徴
「市場」型
英国、米国、カナダ、
オーストラリア
自由度の高い外部労
働市場
発達したシステム、低
コストなベンチャー・
キャピタル
発達した法統治シス
テムによる監視を伴っ
ている市場先導型
急進的イノベーショ
ン、特許重視、成果は
個人に帰属
社会システムの類型
「政府主導」型
「社会民主主義」型
「中間集団主義」型
フランス、イタリア、ドイ スウェーデン、フィンラ
日本
ツ、オランダ
ンド、ノルウェー
多様な労働力のスキ 高い水準の教育投資 自由度の高い内部労
ル
と職業訓練の重要視
働市場
発達したシステムでは
十分規制された銀行
ないものの、比較的低
低い資本コスト
システムが中心
コストな資本コスト
企業経営者と労働組
(フランス) 中心的位置
合、政府間の交渉が
大企業主導
を占める政府
基盤
(フランス) 政府の役割 社会的、経済的課題 漸進的イノベーションを
が大きな急進的イノ に結びついたイノベー 通した製品やプロセス
ベーション
ション
の模倣と適用に卓越
(出典) Paraskevas Caracostas and Ugur Muldur, Society, the endless frontier: a European vision of
research and innovation policies for the 21st century, Brussels : European Commission,
Directorate-General XII, Science, Research and Development, 1998, p.175, Table 23, quoted in
Bruno Amable.et al., Les systèmes d innovation à l ère de la globalisation, Economica, Paris,
1997.から抜粋。
I
知的財産
研究開発の成果は、製品やサービスとして社会で活用され初めてイノベーションとなりうる。
しかし知識や技術が複雑化している今日、多くの企業にとって自社製品・サービスに必要な最
新技術を全て自社内で研究開発することは難しい。それゆえ企業にとって他企業や研究機関を
始めとする外部組織との連携や外部知識の活用の必要性が高まっている (4)。そこで本章で、連
携や外部知識の活用を始めとするイノベーションの基盤である「知的財産制度」について取り
上げる。第Ⅲ章では「組織間連携」について取り上げる。
知的財産権は、研究開発の成果を始めとするアイデア、あるいは創作活動における表現とい
った無形物に対して与えられる財産権である。知的財産権は細分化されているが、本章ではそ
のうち研究開発活動と直接関連のある「特許権」と「著作権」を取り上げる。
知的財産権が対象とするアイデアや表現等が、有形物と異なる点は、使用しても目減りしな
い点と複数の人が使用可能な点である。このような性質ゆえ、知的財産は、その生産・創出に
携わっていない第三者が、研究開発・創作活動の成果を、正当な代価を負担することなく使用
することが可能である。逆に研究者や創作者の立場からは、このような状態が放置された場合、
研究開発や創作活動に従事する動機が削がれてしまい、結果として、経済社会をよりよいもの
にするはずだった研究開発や創作活動が停滞してしまう。
特許権・著作権制度の仕組みは、個人や私企業に研究開発や創作活動を促すため、一定の制
限の下で発明者や創作者にアイデアや表現に対する権利を付与し、保護するというものである。
しかし新しいアイデアや表現は、既存のアイデアや表現を礎にしている一面を有している。そ
れゆえ既存のアイデアや表現の内容を社会に公開することや、利用可能な状態に置く必要性も
(4) Kenichi Ohmae, The global logic of strategic alliances , Harvard Business Review, Mar-Apr. 1989, pp.143-154. ; Henry W.
Chesbrough, Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology, Boston, MA: Harvard Business
Press, 2003. ; 『平成 21 年度版科学技術白書』文部科学省, 2009.
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ある。
すなわち特許権・著作権制度では、保護・動機付けと経済社会における活用の間のバランス
をとることが重要である。それゆえ新しいアイデアや著作物に、内容の公開と引き替えに、期
間を限定して権利を付与している。このことにより発明者・創作者が自らの発明や表現から利
潤を得ることができると同時に、経済社会も公開された情報から学ぶことが可能となる。
1 特許権制度
さらに特許権は資産としての役割も有する。例えば新たに事業を立ち上げるにあたりベンチ
ャー・キャピタル等の出資者から事業資金を確保する場面で、何かしらの担保や事業の将来性
を示すことが必要となる。有形資産に乏しい技術基盤型中小企業・新興企業 (5)が事業資金を確
保する際、唯一担保となりうる資産が技術、すなわち特許権である。
(1) 国際的な枠組み
特許権に関する主な国際機関として「世界知的所有権機関」、「世界貿易機関」があり、その
所管する主な国際条約として「パリ条約」、「TRIPs 協定」を挙げることができる。
(i) 世界知的所有権機関とパリ条約
特許権を含む工業所有権と著作権 (後述) に関する各国間の調整と推進を行っている国際機
(いわゆる「WIPO」)
関が「世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization), 1970 年設立」
である。特許権に関する近年の活動として、特許出願プロセスの迅速化を目的とした「優先権
書類の交換の電子化」等がある。
(いわゆる「パリ条約」)
特許権に関する国際的枠組みは「工業所有権の保護に関するパリ条約(6)」
が始まりであり、世界知的所有権機関が所管している。現在まで数次にわたる改正が重ねられ
た。パリ条約の主な目的は、内国民待遇の義務化と優先権制度である。前者は輸入品も国内産
品と同様に保護することを義務づけるものである。一方、優先権制度は、条約締結国間で、同
じ発明について複数の出願があった場合、最初の出願者が特許権を認められる「先願主義」の
共通化を目的とした制度である(7)。
(ii) 世界貿易機関と TRIPs 協定
「世界貿易機関(World Trade Organization)、1995 年」
(いわゆる「WTO」)は貿易促進を目的とす
る国際機関であるが、特許権や著作権を始めとする知的財産権の保護に関して「知的所有権の
貿易関連の側面に関する協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)、1994
(いわゆる「TRIPs 協定」)が締結されている。TRIPs 協定の目的は、知的財産権に関する既存
年」
の国際的枠組みの強化である。具体的には、知的財産の国際的保護の強化や外国人を自国民と
同様に扱う最恵国待遇の義務化等である。
(5) 第Ⅳ章も参照
(6) Convention de Paris pour la protection de la propriété industrielle, 1893.
(7) 米国のみ、先進国の中で唯一、出願日にかかわらず最初に発明をした発明者に特許権を付与する「先発明主義」をとっ
ている。
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(2) 日本の枠組・動向
現行の日本の特許制度は「特許法」(昭和 34 年法律第 121 号)」を基としているが、1994 年の
TRIPs 協定への対応のための改正以降、おおよそ 1,2 年ごとに改正を重ねている。この度重な
る改正は主に情報通信技術の発達に伴う特許情報のデジタル化や経済活動のグローバル化を背
景にしたものである。また特許法に加え、需要性を増してきた知的財産の保護と活用に向け、
「知的財産に関わる制度等の改革を集中的・計画的に実施する」ことを目的とする「知的財産
大綱」の制定(2002 年)を発端に一連の制度改革-「知的財産基本法」(平成 14 年法律第 122 号)
成立、
「知的財産戦略本部」設立(2003 年)、あるいは「知的財産高等裁判所設置法」
(平成 16 年
法律第 119 号) 成立等-が行われ、知的財産を取り巻く制度が整備されてきている。
(3) 米国の枠組・動向
米国最初の科学技術関連法律は、米国憲法の発明・著作権に関する条項である (8)。米国の近
年の特許政策は、特許権の対象拡大と効力強化という、いわゆる“プロパテント”政策に特徴
づけられる。日本も含め世界的な知的財産の重要視化は米国が先行しているといってもよい。
例えば、1980 年代以降、従来は特許権の対象ではなかった数式アルゴリズムへの特許権の付与、
あるいは 1990 年代に頂点に達したいわゆる「ビジネス・モデル特許」の問題が挙げられる(9)。
米国では特許権の強化に伴い、訴訟が頻発した。そして訴訟を受け付けた裁判所により、判決
がまるで異なるという問題が生じた。判決の足並みを統一するべく現在は「米国連邦巡回控訴
裁判所(US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC、1982 年設立)」が全米の特許係争を取り扱
っている。
なお、米国は先進国の中で唯一、出願日にかかわらず最初に発明をした発明者に特許権を付
与する「先発明主義」をとっていたが、2006 年に先願主義に移行する旨表明した。現在、移行
に向けた作業が進められている。
(4) 欧州の枠組・動向
欧州各国によって異なっていた特許に関する要件や諸手続の統一・効率化を目的に、
「欧州特
許付与に関する条約(Convention on the Grant of European Patents) , 1973 年」(いわゆる「欧州特許条
約」) が成立し、また「欧州特許庁(European Patent Office: EPO、1977 年)」が設立された。対象と
なる国数はおおよそ 40 ヶ国である。その結果現在は欧州特許庁に特許の取得を希望する国を指
定して出願すれば、一回の出願で欧州内の複数国における特許を取得することが可能となり、
出願に伴う費用や手間が軽減された。しかし特許権の効力については各国の特許法に委ねられ
ており、特許の有効性に関する係争が生じた場合、当事者は個々の国毎に解決を図る必要があ
る。
(8) U.S. Constitution, Article 1, Section 8. Clause 8, 1787.
(9) 同時期に米国特許庁が、特許出願量を始めとする特許手数料による独立採算制に移行したことも特許出願数の増加の要
因であるという指摘もある。
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2 著作権(10)
今日の経済社会において、インターネットを始めとする情報通信技術の位置づけは高い。出
発物のデジタル化を始め、社会における情報通信技術の活用、あるいはコンピュータ プログラ
ムの保護といった面で、1990 年代以降、著作権やその制度設計の重要性が増している。著作権
が特許権と異なる点は、著作物が創作された時点で発生する点である。特許権と異なり、登録
が不要である (11)。世界的な傾向として、著作権は、保護される期間と対象とされる範囲の両面
において権利強化に向かっている。
(1) 国際的な枠組
先に取り上げた「世界知的所有権機関」は、著作権に関する主な国際機関でもあり、
「文学的
及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(1886 年、いわゆる「ベルヌ条約」) や、インター
ネットへの対応等のため採択された 1996 年の WIPO 著作権条約(WIPO Copyright Treaty)等を所
管している。また、
「世界貿易機関」所管の「TRIPs 協定」は、著作権についても取り扱ってい
る。
(2) 日本の枠組・動向
日本は、早くも 1899(明治 32) 年の段階で著作権法(明治 32 年法律第 39 号) を制定するとと
もに、ベルヌ条約に加盟した。現行法は、1970 年法(昭和 45 年法律第 48 号) である。著作権法
についても、特許法同様に、近年、頻繁な改正が行われている。例えば 2009 年度の改正で、イ
ンターネットの検索サービスのキャッシュ(12)の違法状態が解消された。一方、権利強化につい
ては、旧法下で著作者の死後 30 年であった保護期間が現行法の下では死後 50 年に延長された。
また、WIPO Copyright Treaty に対応するための 1997 年著作権法改正により、インターネットに
対応した公衆送信権が創設されるなど、権利保護が強化されてきた。ただし、最近では、利用
の円滑化を図る動きもみられるようになっている。
(3) 米国の枠組・動向
規模が大きく、洗練された市場と消費者、そして情報通信技術分野における優位性を背景に、
米国(13)の動向が各国・地域の著作権のあり方、あるいは情報通信技術分野の研究開発に大きく
影響を与えている。その一例が「Digital Milenium Copyright Act of 1998(14)」
(DMCA)である。DMCA
は WIPO Copyright Treaty 等の批准のための米国著作権法(15)改正法であるが、DMCA の下、電子
著作権物の権利管理手段 (16) や、著作権侵害の有無に関係なくアクセス管理手段を迂回する技
(10) 「著作権」と言われているものは大別して「著作者人格権」と「著作権(財産権)」に、さらに後者については複製権
や上演権、展示権等々、10 以上の著作隣接権に細分化されている。本節ではこれら個々の権利間の違いは取り上げない。
(11) いわゆる「無方式主義」。
(12) 使用頻度の多い情報やデータの一時的な保存のこと。
(13) 1989 年にベルヌ条約に加盟するまで、米国は、著作権を明示していない著作物には著作権を認めない「方式主義」を
採っていた。
(14) Public Law 105-304.
(15) Copyright Act of 1976 (Public Law 94-553).
(16) 例えば、第三者による無許可複写防止のためのコピー・プロテクト等。
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術・手段の開発・公開を違法化された。その結果、制定当時、大学等における暗号の研究も DMCA
違反となるという問題が生じたりした(17)。
また米国の著作権制度にあり、日本にはない項目として「フェア・ユース」規定がある。こ
れは使用目的が公正であれば、著作権者に断らずに著作物を使用できるという、包括的規定で
ある。米国のインターネットの検索サービスはこのフェア・ユース規定を根拠に、合法的に幅
広く収集したウェブ・サイトの情報をもとに利用者によい検索サービスを提供し、成長してき
た。
なお著作権の保護期間については、建国時期は公開後 14 年であった保護期間が、著作権法の
繰り返しの改正の結果、現在は著作者の死後 70 年に延長されている(18)。
(4) 欧州の枠組・動向
欧州各国はベルヌ条約に加盟している。しかし、特許権と同じように各国の著作権法は異な
っている。欧州各国の著作権法の差異の解消を目的とする欧州指令が複数制定され(19)、かつ個々
の欧州指令についても改正が重ねられ今日に至っている。著作権の強化、保護期間の延長とい
う傾向は日米と同じである。
II
組織間連携(共同研究開発の観点から)
第Ⅰ章で述べたように、企業にとって他企業や研究機関を始めとする外部組織との連携必要
性が高まっている。連携については、色々な切り口がとりうるが、本章では連携のうち「産学
連携」を取り上げる。また、産学連携のうち、大学・公的研究機関 (大学等) から民間企業へ
の技術移転を取り上げる(20)。大きく区分すると研究開発には、大学等が基礎~応用研究を行い、
民間企業が応用研究~開発・実用化という役割分担がある。このことは研究開発のある時点で
大学等の研究成果である技術や知識が民間企業に移転されることを意味している。民間企業が
大学等の研究成果について情報を得て、獲得・活用に至るまでの経路は色々あるが、いずれの
場合にせよ、民間企業にとっては、関心を持つ研究成果の帰属・権利関係が重要である。研究
成果の帰属等が明確でない場合は、その利用を見送る場合がある。なぜなら、第三者による特
許権侵害訴訟等の問題を有しているかもしれないからである。結果として大学等の研究成果が
社会に還元されないままとなる可能性がある。実際、産学連携において重要な要因の一つが、
大学等の研究成果の帰属・所有権の明確化である。
(17) 制定以後、DMCA の運用規定の改定や判決を通して、運用面で DMCA の行き過ぎの面が是正されてきている。
(18) 著作権延長法(いわゆるソニー・ボノ法 : The Copyright Term Extension Act of 1998(Public Law, 105-298))により保護
期間が延長された。
(19) 著作権を対象とした最初の欧州指令は「Council Directive 91/250/EEC of 14 May 1991 on the legal protection of computer
programs」である。これは、コンピュータ・プログラムの保護に関するものである。1993 年の「Council Directive 93/98/EEC
of 29 October 1993 harmonizing the term of protection of copyright and certain related rights」により、著作権保護期間が著作者
の死後 70 年とされた。また、米国の DMCA 同様、WIPO Copyright Treaty の批准を目的とした欧州指令として 「Council
Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of
copyright and related rights in the information society」(いわゆる「The Copyright Directive(欧州著作権指令)」)がある。
(20) 産学連携は大学・公的研究機関と民間企業の間の協力関係を幅広く捉えている概念である。大学等の研究成果の民間
企業への、特許を中心とする技術移転に始まり、民間企業との共同・委託研究、新事業の共同による立ち上げ、あるいは
企業からの研究者受入等までも含みうる概念である。
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第Ⅱ部 科学技術政策の諸課題
1 日本の枠組・動向
日本における産学連携のあり方に大きな影響を与えたものとして、
「産業活力の再生及び産業
活動の革新に関する特別措置法」(いわゆる「産業活力再生特別措置法」。平成 11 年法律第 131 号)
第 30 条(いわゆる「日本版バイ・ドール条項」)と、それに先立って試行された「大学等における
技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(いわゆる「TLO 法」、「大学等
技術移転促進法」。平成 10 年法律第 52 号) がある。前者により、大学等の研究成果の扱いが明確
になり、後者により大学等から民間企業への技術移転を支援する制度が整備された。その後さ
らに「産業技術力強化法(2000 年)」による大学・大学教員による特許取得や、大学教員の民間
企業の役員兼業の規制緩和や、「知的財産基本法(2003 年)」を通した知的財産活用の方向性の
確立等、技術移転の環境が整備されてきている。
2 米国の枠組・動向
産学連携に関する議論は 1970 年代に始まり、その結果、「The Bayh-Dole Act of 1980(バイ・
ドール法) (21)」を始めとする 1980 年代に一連の産学連携関連法が成立した(22)。これら関連法の
目的は、政府助成により実施された研究開発成果の帰属の明確化(原則として実施機関に権利付
与) と、官民の共同研究を含む、利潤獲得を目的とする研究活動への大学等の公的研究機関の
従事の許可による、大学等の研究成果の民間企業への移転の促進である。ただし、大学等には
これらの活動からの収益は研究開発・教育活動に使用するという一定の制限が課せられている。
その後、米国の大学の研究成果の特許化や技術移転は活発となったが、全ての大学が技術移
転等により収益を得ているわけではない (23)。また技術使用料についても限られた特許のみが大
きく成功を収めているだけである(24)のが現実である
コラム 2:地域イノベーション・地域クラスター
「地域イノベーション」、
「地域クラスター」は、イノベーションを核とする地域経済振興に
関連する概念である。地域の大学や企業が有する技術を核に他地域と比較して優位を持つ製
品・サービスを育成し、地域の経済振興に結びつけることを目的としている。米国カリフォル
ニア州のシリコン・バレーが、著名な例である。シリコン バレーの成功を再現するべく、1990
年代以降、世界中の各国、地域が、地域イノベーションや地域クラスターの形成に向け様々な
プログラムを実施している。
日本の近年の地域イノベーション・クラスター政策の例として、「産業クラスター(2001 年
開始)」、
「知的クラスター創成事業(2002 年)(25)」、あるいは 8 府省の関連施策の総称である「地
(21) 正式名称は「Patent and Trademark Act Amendments of 1980(Public Law 96-517)」。
(22) 「Stevenson-Wydler Technology Innovation Act of 1980(スティーブンソン・ウィドラー技術イノベーション法、Public Law
96-480.)」、産学連携(Cooperative Research and Development Agreement: CRADA)の根拠となっている 「The Federal
Technology Transfer Act of 1986(連邦技術移転法 、Public Law 99-502)」、あるいは共同研究促進を目的とする「National
Cooperative Research Act of 1984(国家共同研究法)」等が代表的法律である。
(23) 例えば大学の技術移転組織の半数が赤字という報告がある(Trune, D.R. and Goslin, L.N. (1998). "Univeristy Technology
Transfer Programs: A Profit/Loss Analysis", Technological Forecasting and Social Change, vol. 57, pp.197-204.)
(24) Carlsson, B. and Fridh, A.-C. (2002). "Technology transfer in United States universities: A sruvey and statistical analysis",
Journal of Evolutionary Economics, Vol. 12, pp.199-232.
(25) 知的クラスター創成事業は、2010 年に、他施策とともに「地域イノベーションクラスタープログラム」に統合されて
いる。
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3 イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
域科学技術クラスター連携施策群」が挙げられる。これらプログラムの趣旨は、一定期間の間、
対象となった地域が主体となり、府省からの助成を基に地域クラスター確立を図るというもの
である。
一方米国においては、地域クラスター形成の中心となっているのは各州ある。シリコン・バ
レー以外の地域クラスターの例としてボストンやノース・カロライナ、ピッツバーグ等がある。
またオバマ政権では、景気対策法の一環として連邦レベルで地域イノベーション支援を取り上
げている。
欧州については、まず欧州全体の枠組としては、欧州レベルの研究開発プログラムであるフ
レーワーク・プログラムに関連して、国・地域間の経済発展の差の解消を目的とする「European
Regional Development Fund」等の様々な助成、あるいは人材交流の枠組みがある。また各国・
地域レベルでも地域クラスター確立に向けた試みがなされている。
しかし「地域イノベーション・クラスター」は数年程度で成果が現れる即効性のあるもので
はない。地域クラスターの確立には、一定水準の経済発展レベル-人材の蓄積、技術の素地、
あるいは核となる大学や企業等の集積等-が必要な上に、地域として長期間の継続した努力・
投資が要求されるからである (26)。また実際には地域経済振興策の傾向が強い場合もあり、「地
域イノベーション」、「地域クラスター」の確立は難しい。
III
公共調達
新技術は、その潜在的な可能性が明らかでないため、その評価は難しい。また市場において
は、関連技術との整合性やコスト等の要因も、技術の選択に影響を及ぼすため、たとえ性能面
では優れた新技術であっても、成熟した既存技術を容易に置き換える訳でもない。それゆえ公
共調達を新技術の初期市場として活用し、その新技術の研究開発を支援するという可能性があ
る。実際、情報通信技術分野の礎である半導体やコンピューター、あるいはインターネット研
究開発は、第二次世界大戦~冷戦時代の間、米国政府の公共調達により支えられてきている。
しかしその一方で、十分な国際競争力を有していない国内産業の育成を目的とする保護貿易
(27)
や、国際市場において競争力を有する企業の育成・確立を目的とする産業政策(28)との連想か
らも、公共調達はイノベーション創出に対する有効性が期待されながらも、政府による市場へ
の過度の介入に陥る可能性も否定できない政策手段である。
1 国際的な枠組み
(1994 年、いわゆる「政府
公共調達全般については世界貿易機関の「政府調達に関する協定(29)」
調達協定」) があり、従来からあった内国民待遇及び無差別待遇等の規定に加え、適用範囲の機
関や分野が拡大されている。当協定に従えば、一定の要件を満たした、研究開発活動を含む一
部の物品・サービスをのぞき、政府関係機関や地方自治体等が調達する 1,900 万円以上の物品・
(26) シリコンバレーの成功も一朝一夕に実現したものではなく、長期間に渡る努力・投資の成果である。
(27) いわゆる幼稚産業保護論。
(28) "National champions policy"とも呼ばれる。企業間の競争の公正性という観点から問題を有する。
(29) Agreement on Government Procurement(GPA).
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第Ⅱ部 科学技術政策の諸課題
サービスから(30)本協定の対象になる。
2 日本の枠組・動向
イノベーション創出を目的とした政策プログラムとして、米国の SBIR(31)に倣った「新事業創
(平成 10 年法律第 152 号)を根拠とする「中小企業技術革新制度」
(いわゆる「日本版
出促進法(32)」
SBIR」)が導入されている。本制度の趣旨は、政府機関による研究開発事業に技術力を有する中
小企業が参加する機会を増やし、さらに低利融資を初めとする特例措置を通してその研究開発
成果の事業化を支援するというものである。
3 米国の枠組・動向
中小企業イノベーション研究プログラム(Small Business Innovation Research Program: SBIR(33)) は
各国が注目している政策プログラムである。SBIR は、Small Business Innovation Development Act
of 1982(34)(中小企業イノベーション開発法) により始まったプログラムである(35)。SBIR は、実用
化に対する期待は高いが実証されていない技術を有する研究開発型中小企業・新興企業への支
援の一環として、各機関が直面している技術課題の解決のための研究開発を研究開発型中小企
業に委託するという枠組みである。現在 11 の連邦政府機関が研究開発予算の 2.5%を SBIR に
振り分けた上で実施している。SBIR は研究開発の最終段階では、政府機関からの公共調達によ
り企業を支援するという仕組みになっている。Small Business Administration(SBA) が SBIR を
統括しているが、実際の運用については各連邦政府機関により異なっている。
4 欧州の枠組・動向
イノベーション促進における公共調達の役割は認識されているものの (36)、欧州レベルではイ
ノベーションに焦点を当てた公共調達プログラムの開始に向け作業が進められている段階であ
る(37)。一方、各国レベルでは、SBIR を倣ったプログラムが導入されつつある。早い時期に導入
(30) 日本円換算、2 年に一度、改定される(出典:内閣官房(2010)「平成 21 年度版 政府調達における我が国の施策と実
績」)。なお日本は協定による義務を超える「政府調達における自主的措置」を定め、協定の対象となる調達金額水準を
「1,500 万円以上」に引き下げている。また米国政府との討議の結果を踏まえ、スーパー・コンピューターや研究開発を
目的としていない人工衛星等、幾つかの個別分野については、日本市場を外国企業にも開放するよう努めている。
(31) 次項「米国の枠組・動向」を参照。
(32) 平成 17 年に、「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法」(平成 7 年法律第 47 号)とともに、「中小企業
経営革新支援法」(平成 11 年法律第 18 号)に統合され、
「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律」(いわゆる「中
小企業新事業活動促進法」。平成 11 年法律第 18 号)となった。
(33) SBIR の概要については National Research Council (2008) An Assessment of the SBIR Program, Wessner, Charles W. ed.,
Washington, DC: The National Academies Press が過去 25 年間の経緯も含め最も詳しい。本節も同報告書を踏まえている。
また同報告書と前後して主要な研究開発関連政府機関の SBIR がプログラム評価され、一連の報告書として全米アカデミ
ーズより刊行されている。その意味で SBIR は政策・プログラムの評価の観点からも重要である。
(34) Public Law 97-219.
(35) 1992 年、2000 年にそれぞれ延長された。2008 年以降は予算継続審議の形で数回、暫定的な延長が繰り返されつつ、現
在に至っている。SBIR に類似する政策プログラムとして、「Small Business Technology Transfer Act of 1992(Public Law
102-564, 中小企業技術移転法)」により開始された「中小企業技術移転プログラム(Small Business Technology Transfer
Program: STTR)」がある。プログラム規模が小さいこともあり、SBIR の陰に隠れてしまっている。
(36) 公共調達全般、あるいは特定の分野を対象とする欧州指令として「公共調達指令」
(EU directive 2004/18 - procurement contracts for public works, public supply and public service)や公共事業・サービスに対する「公益事業契約指令」
(EU directive
2004/17 procurement in the water, energy, transport and postal services sectors)等がある。
(37) 報告書としては Europe Commission (2006), Broad Based Innovation Strategy for the EU"1COM (2006) 502 final)、及び
Europe Commission (2007), Pre-commercial Procurement: Driving innovation to ensure sustainable high quality public services in
Europe, COM (2007) 700 final がある。
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3 イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
した国として、2001 年に Small Business Research Initiative(SBRI) を開始した(38)英国 や、2004
年に Small Business Innovation Research(SBIR) (39)を開始したオランダがある。オランダはさら
に 2008 年には Public Procurement of Innovation(PIP) を開始している。オランダの SBIR と PIP
は、技術シーズと政府機関のニーズの橋渡しをする、調達専門家ネットワーク PIANOo(40)との
連携の下、運営されている。
コラム 3:イノベーション誘発コンテスト
研究開発支援を目的とする従来型の助成制度や公共調達を補う可能性のある新たな枠組と
して近年、「イノベーション誘発コンテスト (41)」への関心が高まっている (42)。通常の助成では、
研究助成機関が、研究者が自ら提案する研究課題とその研究提案書、あるいは事前に助成機関
が提示した研究課題に対する研究者からの研究提案書に基づき、個々の研究への助成の可否を
決定する。対照的に、イノベーション誘発コンテストでは、事前に提示された特定の社会的・
技術的課題の解決に向け実質的に貢献した、あるいは最も優れた成果を収めた研究や技術に対
し、事後的に懸賞金が授与される。すなわち、イノベーション誘発コンテストは、懸賞金や、
市場における実用化、政府機関からの受注や受託等の経済的インセンティブによる、課題解決
へ向けた研究開発の促進を目的とした枠組みである (43)。有名なイノベーション誘発コンテスト
の例を表 2 に挙げた。オバマ政権の科学技術政策の方向性を明示した「米国イノベーション戦
略 (44)」でもイノベーション誘発コンテストの活用について言及している。日本でも一時期検討
されたものの、結果的に導入に至っていない (45)。
もっともイノベーション誘発コンテストそのものは新しい概念・枠組みではない。1707 年に
英国が経度の測定に対して実施した 「経度法(the Longitude Act)」まで遡ることができるもの
である (46)。
表 2 イノベーション誘発コンテストの例
コンテスト名称
目的
主催者
開催時期
優勝者への賞金額
グランド チャレンジ
アンサリ X-prize
L-Prize
自律走行自動車の 民間友人宇宙旅行
LED電球の実用化
実用化
の実現
米国国防高等研究
X-prize財団
米国エネルギー省
計画局 (DARPA)
2004, 2005, 2007
2004
2008~開催中
未定 (さらに公共調
$2M
$10M
達の可能性あり)
(38) SBRI は 2008 年に改定された。
(39) 米国のプログラムと同名称である。
(40) Professioneel en Innovatief Aanbesteden, Netwerk voor Overheidsopdrachtgevers(英語:the Dutch Public Procurement Expertise
centre).
(41) Innovation inducement contest
(42) NAE (2000)
(43) Davis, L. and Davis, J. (2004), "How Effective Are Prizes as Incentives to Innovation?: Evidence from Three 20th Centure
Contests", Paper for the DRUID Summer Conference on Industrial Dynamics, Innovation and Development. Elsinore, Denmark.
(44) Executive Office of the President of the United States, A Strategy for American Innovation: Driving Towards Sustainable Growth
and Quality Jobs, 2009.9.
(45) 懸賞金型の補助金制度として平成 21 年度に開始された「イノベーション実用化助成事業」
(NEDO)は、懸賞金型とい
うよりもむしろ従来型の助成制度である。
(46) Sobel, D. (1995), Longitude: The True Story of a Lone Geneus Who Solved the Greatest Scientific Problem of his Time, New York,
NY: Walker & Company Publishing.
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第Ⅱ部 科学技術政策の諸課題
IV
ベンチャー・キャピタル(企業家精神)
研究開発費に占める割合で見ると、大企業が研究開発活動の中心的な役割を果たしている(47)。
しかし経営資源の豊富な大企業が自社で開発した技術であっても、事業規模が小さい場合、自
社の事業戦略から外れた技術である場合等、事業化が困難な場合がある。そのような新技術の
商業化の一手段として、また大学等の研究成果の実用化の経路として、さらには雇用の創出と
いう点で技術基盤型中小企業・新興企業が果たす役割は大きい。そのような技術基盤型中小企
業・新興企業による新事業の立ち上げや事業の展開においてベンチャー・キャピタルが主要な
資金源であることから本章ではベンチャー・キャピタルを取り上げる。
1 日本の枠組・動向
過去 10~20 年の間、技術基盤型中小企業・新興企業に限らず全体として、概ね企業の開業率
が廃業数を下回っている状態が続いている(48)。また日本のベンチャー・キャピタルによる資金
供給は欧米諸国と比較して低い水準に留まっている(49)。日本のベンチャー・キャピタルを取り
巻く政策・法制度は 2000 年前後から整備されてきている。例えば融資面では日本政策投資銀行
や産業革新機構をはじめとする政府系金融機関・企業が独自で、あるいは民間企業と共同で行
う資金供給、ファンドの創設が挙げられる。
一方税制面ではいわゆる、平成 9 年度税制改正/租税特別措置法により創設された「ベンチャ
ー企業投資促進税制」
(いわゆる「エンジェル税制」)がある(50)。これは、一定の条件下で、個人投
資家による新興企業への投資と株式売却時に、税制面で優遇するという制度である。
2 米国の枠組・動向
米国のベンチャー・キャピタルによる資金供給額は OECD 諸国のほぼ 50%を占めている(2008
年) (51)。現在の米国ベンチャー・キャピタルの成長の発端は The
Employee Retirement Income
Security Act of 1974(ERISA)(52)の運用規制の改定(1978 年)による、ベンチャー・キャピタル分
野への企業年金基金の流入であった。その一方で 1970-80 年代のベンチャー・キャピタルによ
るミニ・コンピュータ分野への投資の成功の結果、マイクロ・コンピュータや通信ネットワー
ク分野における新興企業の資金源となり、さらにその後バイオテクノロジー分野に繋がってい
ることも、米国が情報通信・バイオテクノロジー分野において優位を持った一因である(53)。
3 イスラエルの枠組・動向
イスラエルは近年、情報通信・バイオテクノロジー分野の新興企業を輩出しているが、その
(47) 例えば、総務省統計局実施の科学技術研究調査(2010 年実施)によると、日本で使用される全研究開発費の 50%強、
民間研究開発費の 70~75%が資本金 100 億円以上の企業によるものである。
(48) 中小企業庁(2010). 中小企業白書(2010 年版)、 「開業率・廃業率の推移(非一次産業)」、付属統計資料 4 表, p.290.
(49) 日本のベンチャー・キャピタルによる投資が国民総生産に占める割合は OECD 諸国中最下位である(出典:OECD
(2009)OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2009)。
(50) 最近では平成 20 年度に改正。
(51) OECD (2009) OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2009
(52) Public Law 93-406.
(53) Mowery, David D. & Nelson, Richard R. (1999) Sources of Industrial Leadership: Studies of Seven Industries, Cambridge Univ.
Press.
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3 イノベーションを取り巻く環境に関連する政策
要因の一つとして豊富なベンチャー・キャピタルがある。今日、ベンチャー・キャピタルが同
国の GDP に占める割合は世界で 1,2 位の水準である(54)。しかし 1990 年代初頭まではイスラエ
ルにはベンチャー・キャピタルはなかった。そこで本節ではイスラエルのベンチャー・キャピ
タルの成長に貢献した政策プログラムの Yozma program を紹介する。同プログラムは 1992~93
年にかけ開始された、産業育成目的とする政策プログラムである (55) 。プログラム開始当時、
Yozma program の下、政府とイスラエルおよび海外企業の共同出資により、10 の投資ファンド
(各ファンド規模は$20~25M) が設立された。投資企業には、事前に決定された特定の価格で政
府出資部分を購入する権利が与えられた。すなわち、Yozma program は資金供給を通した投資
リスクの分散という効果に加え、ファンド・マネージャーによりよい運営を心がける前向きの
動機付けを付与した効果があった。初期の成功が同国の現在の豊富なベンチャー・キャピタル
につながっている。
おわりに
本節では、イノベーションを取り巻く環境の整備に関連する政策-いわゆる"イノベーション
政策”-について、知的財産制度から始まり、産学連携、公共調達、そして企業家精神(ベン
チャー・キャピタル)を取り上げ、制度・政策の枠組、及び近年の動向について概説した。これ
らは国内外で関心を集めている政策であるが、イノベーション、そして研究開発の成果がイノ
ベーションとして結実する過程において中心的な役割を担っている民間企業を取り巻く環境を
形作っている数多くの要因のごく一部でしかない。
コラム 1 では 1990 年代に研究や調査が活発に行われた「ナショナル・イノベーション・シス
テム」を取り上げた。続く 2000 年代には国・地域間の「競争力」比較が活発になった。著名な
競争力報告書として、IMD による"IMD World Competitiveness Yearbook"(1989 年以降毎年刊行)
や、世界経済フォーラム(World Economic Forum)による"The Global Competitiveness Report"(2001
年以来毎年刊行) がある(56)。これら報告書は、多数の投入指標や成果指標を組み合わせることに
より、国の競争力の現状と競争力への影響要因の俯瞰を目的としたものであり、採用されてい
る指標の個数と種類の多さが、イノベーションを取り巻く環境の複雑さを端的に表している。
これら競争力報告書に加え、民間企業を取り巻く事業環境に焦点を当て、各国の状況を報告し
ている報告書として、世界銀行による「ビジネス環境の現状("Doing Business")」(2003 年以降毎
年刊行) がある。この報告書では、各国の事業環境を、事業資金確保や許認可、契約履行等、
立ち上げから閉鎖までの一連の過程を 9 に分けた上で、事業を営む上で必要となる諸手続きに
要する費用や時間等を調査・比較している。
"イノベーション政策"の検討・議論に際しては、新規の政策プログラムの検討・推進に加え、
ここで紹介した報告書が試みているような、企業を取り巻く環境の再点検も必要であろう。
(54) OECD Science, Technology and Indutsry Outlook 2008.
(55) Avnimelech, Gil & Teubal, Morris (2004), "Venture capital start-up co-evolution and the emergence & development of Israel's
new high tech cluster", Economics of Innovation and New technology, 13(1), pp. 33-60.
(56) このほか、国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)による "Summary Innovation Index"(2000
年以来毎年刊行)や、米国の競争力評議会(Council of Competitiveness)による "Competitiveness Index" Where Ameria Stands"
(2007 年)、ITIF
( The Information Technology and Innovation Foundation)による"The Atlantic Century: Benchmarking EU and U.S.
Innovation and Competitiveness"(2009 年)、Economist Intelligence Unit による "Innovation: Transforming the Way Business
Creates"(2007 年)がある。IMD の競争力報告書を除きいずれも 2000 年代に入り刊行されている。
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