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第 13 章 中国における国有企業改革と大量失業の発生

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第 13 章 中国における国有企業改革と大量失業の発生
第 13 章
第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
中国における国有企業改革と大量失業の発生
山 本 恒 人 (大 阪 経 済 大 学 )
はじめに
国有企業改革は戦略的改組、すなわち大企業を中心とする集団化と中小企業
の自由化を促進して、国有部門の戦線の縮小と資本構造を最適化することに狙
いを定め、この 3 年に改革の成否を決する局面に入る。それは 1 億人近い国有
企業従業員にとっても死活の問題となり、流動化状況の中で個人間の競争も激
化することになる。中国における経済改革・対外開放体制とそれによって導き
出された市場経済の形成・深化は、自力更生・計画経済体制に対応して形成さ
れてきた中国の産業・経済構造を大きく変動させるとともに、その社会構造を
も大きく揺るがしている。国有企業の再編はその従業員にとっては就業のみな
らず、医療、住宅、育児、子弟教育、老後保障を含む全生涯にかかわる変動を
もたらしている。なぜならば、国有企業従業員がこれまでは終身的に帰属して
(中 国 で は こ の よ う な 帰 属 関 係 を 企 業 と 従 業 員 と の 「 労 働 関 係 」 と 称 し て い る )、
労働と所得の場であるとともに、ゆりかごから墓場までの共同体的保障を享受
す る 場 (「企 業 小 社 会 」)で も あ っ た 「単 位 」と し て の 国 有 企 業 が 、破 産 消 滅 し た り 、
他企業に併呑されたり、外国資本に転売されたりすることによって、帰属関係
そのものが永久性を失ってしまっているからである。
本稿では国有企業改革における労働の諸問題について、政策提言に至る問題
整理の過程として全体像を概観する。分析の基本的視点はつぎのとおり。
A. 中 国 近 代 化 の 有 力 な 物 的 前 提 と し て の 国 有 企 業 は 効 率 を 獲 得 し て は じ め て
真の物的基礎となる。国有企業改革の 2 つの側面。ひとつは経営の革新、技
術 の 革 新 、 国 際 競 争 力 の 構 築 で あ り 、 も う ひ と つ は 「企 業 小 社 会 」、 共 同 体 的
結合の融解である。
B. 都 市 内 部 お よ び 都 市 ・ 農 村 間 の 労 働 の 流 動 化 は 必 然 的 過 程 で あ り 、 中 国 社
会の進歩の標識でもある。現在の過程は労働資源の市場的配分に向かうもの
であり、合理的過程である。都市と農村の分断、そのもとでの国有企業従業
員 ・ 政 府 機 関 お よ び 公 共 事 業 体 職 員 の 「身 分 制 」的 特 権 を 解 除 し 、 市 民 的 平 等
が実現されていく長期の過程である。
C. 現 在 の 政 策 当 局 者 は ト ー タ ル に み て 経 済 開 発 視 点 優 位 、 社 会 開 発 視 点 劣 位
の状態にあり、すくなくとも同位的視点を確立しなければ現在の基本政策の
遂行に齟齬をきたす。社会開発あるいは社会政策の発展は市場の形成・発展
と対立するものではなく、広く途上国における貧困を克服することによって
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
長期的な、持続的な経済成長に道を開く。また、社会開発は構造変動やそれ
にともなう失業、所得格差や地域格差などを緩和し、リスクを極小化するこ
とによって、政治的不安定要因の肥大化に歯止めをかけうる。
Ⅰ
1
余 剰 人 員 ・失 業 者 ・下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 規 模 の 確 定
余剰人員に関する各種推計
中国の国有企業を始めとする企業内余剰人員の推計は、かなり精密度を高め
て い る 。 1995 年 、 ILO と 中 国 労 働 部 が 合 同 で 行 っ た 推 計 で は 、 企 業 従 業 員 総 数
1.14 億 人 の 18.8% 、す な わ ち 2143 万 人 が 余 剰 で あ る と い う (1995 年 の 企 業 職 工
数 11364.6 万 人 、う ち 国 有 企 業 7544.1 万 人 )。こ れ に 対 し て 、国 家 計 画 委 員 会 お
よ び 体 制 改 革 委 員 会 の 余 剰 人 員 推 計 で は 25% 、2850 万 人 、国 家 統 計 局 推 計 で は
20% 、 2280 万 人 、 中 国 労 働 部 単 独 の 推 計 で は 10- 12% 、 1140~ 1368 万 人 と な
っ て い る (注 1)。以 上 の よ う に 、国 有 企 業 改 革 = リ ス ト ラ の 推 進 主 体 が 余 剰 人 員
の存在を大きく見積もり、リストラの後始末、すなわち社会的失業が大量発生
する前に企業から排除された労働者の救済や転職について行政的責任を負わな
ければならない労働部がそれを小さく見積もり、客観的数値の掌握に関心を示
すと思われる国家統計局の推計値がちょうどそれらの中間値を示している。わ
れ わ れ は 、こ こ で は ILO と 中 国 労 働 部 の 協 同 に よ る 推 計 値 を 尊 重 す る 。す な わ
ち 、 中 国 の 企 業 従 業 員 総 数 の 18.8% 、 2143 万 人 が 余 剰 人 員 で あ る 。
2
失業者数と失業率
第 1 表 に ま と め て お く 。こ れ に よ れ ば 、中 国 に お け る 公 式 統 計 上 の 「登 記 失 業
者 」は 96 年 末 時 点 で 553 万 人 (第 1 欄 ) 、「登 記 失 業 率 」3% で あ る が 、こ の 「登 記
失 業 者 」と い う 概 念 お よ び 規 定 は 現 実 の 失 業 を 過 小 に 表 わ す も の と し て 批 判 が
強く、国家統計局は国際的な概念にもとづくサンプル調査を開始している。そ
れ に よ っ て 得 ら れ た 「調 査 失 業 者 」は 約 1000 万 人 (第 4 欄 )に 達 し て お り 、 「調 査
失 業 率 」は 5% に 修 正 さ れ る 。下 崗 (レ イ オ フ )人 員 は 失 業 者 に は 入 ら な い が (後 に
も 見 る よ う に 、 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 は 職 場 の 持 ち 場 か ら 外 さ れ て も 企 業 と の 間
の 「労 働 関 係 」は 消 滅 し て い な い か ら で あ る 、 そ れ ゆ え 失 業 保 険 基 金 か ら の 失 業
給 付 対 象 に は な ら な い )、下 崗 (レ イ オ フ )人 員 と し て 受 け 取 る 月 の 生 活 費 が 地 区
の 最 低 生 活 標 準 (近 年 、中 国 は 最 低 賃 金 制 と と も に 生 活 保 護 の 対 象 と な る 最 低 生
活 標 準 を 各 地 区 毎 に 定 め る よ う に な っ た )に 満 た な い も の は 失 業 者 と 見 な す べ
き だ と し て 下 崗 (レ イ オ フ )失 業 者 と い う 概 念 が 提 唱 さ れ 、 「 調 査 失 業 者 」 数 に 下
崗 (レ イ オ フ )失 業 者 推 定 値 591 万 人 を 加 え た 約 1590 万 人 が 「総 合 失 業 者 数 」(第 7
欄 )と し て と ら え ら れ て い る 。 そ の 場 合 の 「総 合 失 業 率 」は 8.6% に 跳 ね 上 が る 。
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そ れ で も 農 村 部 の 失 業 者 は 除 外 さ れ た 数 値 で あ る 。 96 年 末 時 点 で の 下 崗 (レ イ
オ フ )人 員 は 815 万 人 に 達 し て い る 。
企 業 内 余 剰 人 員 2143 万 人 の う ち 38% に あ た る 815 万 人 が 職 場 の 持 ち 場 か ら
外 さ れ て 転 職 待 機 状 態 に あ り 、 815 万 人 と 現 実 の 失 業 者 1000 万 人 が 「再 就 職 促
進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 当 面 の 対 象 と な る べ き で あ る が 、「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」
は 当 面 そ の う ち の 800 万 人 を 1999 年 ま で に 再 就 職 さ せ よ う と す る プ ロ ジ ェ ク ト
である。
第 2 表は、より長期的な推計を含む失業率と余剰人員の推移をあらわしてい
る 。 こ こ で は 、 公 開 失 業 率 と 潜 在 失 業 率 (都 市 余 剰 人 員 数 を 潜 在 失 業 と 見 る )
を 合 わ せ た 都 市 失 業 者 率 が 95 年 で 14.5% と 計 算 さ れ 、 2010 年 に 余 剰 人 員 が 解
消 さ れ る と 見 込 ま れ て い る 。 そ の 場 合 の 失 業 率 は 3.7 % で あ る 。 こ の 段 階 で も
農村の失業率は今日と変わらないと想定されているのは現実的な判断であろう。
3
失業と失業周辺領域
数値としての失業者をとらえたとしても失業者の具体的形態はわかりにくい
ものである。成都市の次のような分類は失業の実体をよりイメージしやすいも
の と な っ て い る (注 2)。 ① 就 職 待 ち の 新 卒 者 お よ び 登 記 失 業 者 、 ② 下 崗 (レ イ オ
フ )人 員 、③ 操 業 停 止 ・ 半 停 止 企 業 の 長 期 自 宅 待 機 者 、④ 現 代 企 業 制 度 実 験 企 業
の簡素化方針で整理される人員、⑤破産企業で法による企業解散前に再就職を
必 要 と し て い る 従 業 員 、⑥ 開 発 に と も な う 企 業 移 転 に と も な い 整 理 さ れ る 人 員 、
⑦ そ の 他 の 失 業 者 。 成 都 に お け る 以 上 の 総 数 は 25 万 人 、 調 査 対 象 7720 社 の 従
業 員 総 数 86 万 6200 人 に 対 し て 実 に 40% を 占 め て い る 。こ の よ う な 成 都 の 実 態
は、内陸部や東北などかつての重工業基地が全国平均の状況よりもはるかに厳
し い 状 況 に 置 か れ て い る こ と を 明 瞭 に 示 し て い る 。 因 み に 、 下 崗 (レ イ オ フ )の
地 域 的 状 況 が 第 4 表 に 示 さ れ て い る 。 下 崗 (レ イ オ フ )比 率 が 高 い の は や は り 、
遼寧をはじめとする東北三省、湖北・湖南など内陸部であるが、天津も比較的
高 い 。 下 崗 (レ イ オ フ )比 率 が 低 い 地 域 に は 山 東 ・ 福 建 と い っ た 沿 海 地 区 も 入 っ
ているが、比率の低さには国有企業改革の遅れという要因も考えられ、確たる
ことはいえない。
以上が失業者と失業の直接的な予備形態を示しているとすれば、失業者の第
2 予 備 軍 は 次 の よ う に な る (注 3)。予 算 内 国 有 工 業 企 業 中 欠 損 企 業 従 業 員 数 1552
万 人 、 全 国 破 産 ・ 操 業 停 止 ・ 半 停 止 企 業 4.3 万 社 、 従 業 員 801 万 人 、 国 有 ・ 集
体 企 業 中 賃 金 支 給 停 止 、 減 額 対 象 従 業 員 数 1008 万 人 で 従 業 員 総 数 の 10% 、 未
払 い 賃 金 の 総 額 は 197 億 元 。 東 北 、 西 北 、 西 南 の 困 難 地 区 の 賃 金 支 給 停 止 、 減
額 対 象 従 業 員 の 割 合 は 15% に 達 す る 。う ち 、黒 龍 江 で は 158 万 人 、未 払 い の 総
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額 は 29 億 元 。 同 様 に 四 川 で は 118 万 人 、 13 億 元 と い う 。
Ⅱ
1
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 現 状 と 問 題 点
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 基 本 構 想
余剰人員問題の解決のために最初に進められたのは、効率的な職場を形成す
る目的のもと、ある程度客観的に測定される職場定員を確定し、定員に対して
過 剰 な 人 員 を 職 場 の 持 ち 場 (崗 位 )か ら は ず し 待 機 さ せ る (「下 崗 (レ イ オ フ )」 、 こ
の よ う な 人 員 を 「職 場 の 持 ち 場 か ら 外 さ れ た 人 員 」と い ち い ち 呼 ぶ の は 面 倒 な の
で 、 以 下 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 も し く は 下 崗 (レ イ オ フ )職 工 と す る ) 「 労 働 組 織 最
適 化 」の 取 り 組 み で あ っ た 。当 初 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 は 、地 方 政 府 が 定 め る 社 会
的 失 業 化 許 容 範 囲 の 制 限 (お お む ね 1% )の も と で 、企 業 内 待 業 者 と し て 企 業 内 で
基本生活費を受けとりつつ、転職訓練を受けたり、企業内別置企業に収容され
た。これはもちろん余剰人員問題の本格的解決とはいえず、国有企業改革が深
化し、企業破産や合併、操業停止、賃金未払い問題が現実化するにつれて、地
方 政 府 に よ る 制 限 を 解 除 し 、 実 際 に 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 転 職 を は か り 、 実 際
に 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 を 企 業 か ら 整 理 す る こ と が 課 題 と さ れ る よ う に な っ た 。
こ の よ う な 課 題 を 具 体 的 に 推 進 し よ う と す る の が 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」
(「再 就 業 工 程 」)で あ る 。労 働 部 は 、先 ず 実 験 事 業 と し て 95 年 か ら 5 年 を か け て
失 業 者 と 企 業 内 余 剰 人 員 の う ち 800 万 人 の 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」を 実 施 し 、
こ の 経 験 を ふ ま え て 99 年 か ら は 全 面 的 流 動 の 新 シ ス テ ム に 移 行 す る 方 針 を 示
し、国務院もこれを認可した。このプロジェクトは転職訓練の大々的実施と余
力 あ る 企 業 に よ る 受 け 入 れ 、第 三 次 産 業 に よ る 積 極 的 受 け 入 れ 、自 営 業 の 奨 励 、
労働服務公司企業の拡充などを軸に、政府、企業、労働組合、社会団体、労働
者が共同事業として取り組み、各環節で失業保険基金がバックアップすること
を 主 な 内 容 と し て い る 。 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」は 長 期 的 視 野 に 立 っ て 、 こ
れまですべての要件を整えつつ進展してきた労働の市場化を最後の一点で阻害
してきた国有企業余剰人員の企業内滞留にメスを入れ、流動化を促進するとと
もに社会的失業の大量化を回避しようとするプロジェクトであり、それが経済
的、社会的、政治的にもつ政策的意義は大きく、国有企業改革の成否を左右す
る 課 題 で も あ る (注 4)。 97 年 1 月 に は 「全 国 国 有 企 業 職 工 再 就 業 工 作 会 議 」が 開
催 さ れ 、 企 業 の 破 産 、 合 併 推 進 下 で の 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 重 要 性 が 改
め て 強 調 さ れ た (注 5)。こ れ を 受 け て 、人 民 日 報 評 論 員 論 文 は ① 第 三 次 産 業 の 拡
大 を 急 ぐ こ と 、 ② 地 域 (「 社 区 」 )住 民 サ ー ビ ス の 充 実 、 ③ 国 の 優 遇 政 策 を 活 用 し
た労働服務企業や小企業の発展などによる再就職先の開拓の重要性を指摘する
とともに、④農民出稼ぎ工の都市流入に対する合理的なコンロトールの必要性
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を 指 摘 し た (注 6)。
企 業 内 余 剰 人 員 2143 万 人 の う ち 38% に あ た る 815 万 人 が 職 場 の 持 ち 場 か ら
外 さ れ て 転 職 待 機 状 態 に あ り 、 815 万 人 と 現 実 の 失 業 者 1000 万 人 が 「再 就 職 促
進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 当 面 の 対 象 と な る べ き で あ る が 、「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」
は そ の う ち の 800 万 人 を 1999 年 ま で に 再 就 職 さ せ よ う と 懸 命 に な っ て い る の で
ある。
2
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 類 型
上 海 市 に お け る 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」は 上 に 示 し た 全 国 的 な プ ロ ジ ェ ク
ト の 先 端 を 行 く も の で あ り 、全 国 的 な モ デ ル 方 式 の 一 つ と さ れ る 。上 海 で は 94
年 6 月 時 点 で 失 業 者 14.46 万 人 に 加 え て 、下 崗 (レ イ オ フ )人 員 が 13.6 万 人 お り 、
失 業 ・ 半 失 業 状 態 に あ る 合 計 28 万 人 が 従 業 員 総 数 に 占 め る 割 合 は 5.7% に 達 し
て い た 。 95 年 5 月 末 に は 上 海 の 工 業 系 統 だ け で 操 業 停 止 に よ る 職 待 ち 従 業 員
は 29.8 万 人 、 工 業 系 統 の 従 業 員 総 数 403 万 人 の 7.3% に 達 し て い た (注 7)。 97
年 1-10 月 、 余 剰 人 員 の う ち 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 23.8 万 人 が 7 つ の 「再 就 職 服 務
セ ン タ ー 」に 集 め ら れ 、う ち 半 数 が す で に 再 就 職 の 道 に つ い た 。年 末 に は 7 セ ン
タ ー に の べ 25 万 人 が 登 録 さ れ 、の べ 16.5 万 人 が 再 就 職 す る み こ み (注 8)。こ の
よ う に 、ト ー タ ル で 年 間 平 均 30 万 人 位 が 人 員 整 理 の 対 象 と な り 、大 雑 把 に 言 っ
て 6 割位が再就職し、残りが翌年に積み残されている現状であるが、いずれに
し ろ 以 前 は ど の 地 域 で も 余 剰 人 員 の 社 会 的 失 業 化 を 1% 位 し か 許 容 し な い と い
う枠を設け、企業内に抱え込んできた経緯を考えると隔世の感がある。
上 海 で の 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 規 模 が 大 き い の は 、上 海 独 特 の 「再 就 職
服 務 セ ン タ ー 方 式 」を 取 っ て い る か ら で あ る 。 こ れ は 国 務 院 が そ の 97 年 第 10
号 文 件 「一 部 都 市 で 国 有 企 業 の 合 併・破 産 お よ び 従 業 員 の 再 就 職 を 実 験 的 に 実 施
す る 中 で 生 じ て い る 問 題 に 関 す る 補 充 通 知 (関 於 在 若 干 城 市 試 行 国 有 企 業 兼 併
破 産 和 職 工 再 就 業 有 関 問 題 的 補 充 通 知 )」を 出 し て 、 上 海 の 経 験 を 肯 定 し 、 そ の
普 及 を 提 起 し た 方 式 で あ り 、次 の よ う な 内 容 を 持 つ (注 9)。「産 業 部 門 株 式 制 (集
団 )公 司 」(冶 金 局 、機 電 局 、紡 織 局 な ど の よ う に か つ て の 計 画 経 済 の も と で 各 産
業 分 野 国 有 企 業 の 上 級 所 轄 部 門 で あ っ た 各 工 業 局 が 持 ち 株 会 社 化 し た も の )と
企 業 の 共 同 責 任 の も と に 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 を 「 再 就 職 服 務 セ ン タ ー 」 に 集 中 し 、
政 府 ・ 社 会 団 体 ・ 公 司 = 企 業 三 者 の 共 同 資 金 提 供 (1/3 ず つ )に よ っ て 、 下 崗 (レ
イ オ フ )人 員 の 基 本 生 活 を 保 障 し 、養 老 年 金 、医 療 保 険 の 保 険 料 を 代 理 納 付 す る
と と も に 、下 崗 (レ イ オ フ )人 員 に 転 職 訓 練 を 施 し 、職 業 紹 介 サ ー ビ ス を 提 供 し 、
再 就 職 を 促 進 す る 。1996 年 末 、上 海 市 で 「再 就 職 服 務 セ ン タ ー 」に 入 っ た 下 崗 (レ
イ オ フ )人 員 は 11.5 万 、 再 就 業 に 至 っ た も の は 5.8 万 人 に 達 し た 。
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上 海 方 式 は 全 国 的 に は 「 託 管 」 (再 就 職 問 題 の 管 理 を 企 業 か ら 上 級 部 門 に 移 す )
方 式 と 呼 ば れ て い る 。「こ う し た 組 織 的 な 再 就 業 の 実 施 は 、社 会 保 障 制 度 が 不 完
全で、労働力市場が未発達な現状のもとでは創造的で普及可能な方法である」
という国務院の評価は妥当であり、このような方法が余剰人員の企業からの排
出 を ダ イ ナ ミ ッ ク に 進 め う る 有 力 な 方 式 だ と は 考 え ら れ る が 、中 国 内 で も 「財 力
と 大 き な 経 済 的 背 景 を 欠 く 多 く の 地 方 で は こ の よ う な 方 法 は 取 り 得 な い 」と 、
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 唯 一 の モ デ ル に は な り え な い と す る 議 論 が あ る
(注 10)。 上 に 見 た よ う に 、 従 業 員 の 半 数 が 余 剰 化 し て い る よ う な 西 安 市 や 東 北
部でこのような方法を実施するのは財源的に言っても困難であろう。
黒龍江の方式はもうひとつの典型だといえよう。黒龍江は困難企業も、余剰
人 員 も 多 く 、93 年 に は 生 活 困 難 状 態 の 従 業 員 数 が 最 大 規 模 の 238 万 人 余 と な っ
た 。近 年 、「退 二 進 一 」(第 二 次 産 業 か ら 農 業 、養 殖 業 な ど 第 一 次 産 業 の 持 ち 場 へ )、
「 退 二 進 三 」 (第 二 次 産 業 か ら 第 三 次 産 業 の 持 ち 場 へ )と い う 方 法 が と ら れ て い る 。
石 炭 産 業 で は 、 「三 分 」戦 略 、 す な わ ち 従 業 員 の 三 分 の 一 が 主 業 を や り 、 三 分 の
一は多角経営と第三次産業につき、三分の一は農林牧業につく戦略が実施され
て い る 。鶏 西 、鶴 崗 、双 鴨 、七 台 河 の 4 つ の 国 有 重 点 炭 坑 は 土 地 資 源 を 活 用 し 、
96 年 に 国 か ら 2 億 元 の 利 子 付 き 貸 し 付 け を 受 け 、98 年 ま で に 100 万 ム ー の 荒 れ
地 を 開 墾 す る 計 画 を 立 て 、97 年 に は 23 万 ム ー を 栽 培 し 、1 億 元 の 生 産 額 を あ げ 、
余 剰 人 員 8000 人 を 配 置 し た 。数 年 の 努 力 を 経 て 、賃 金 を 正 常 に 支 給 さ れ て い な
い 従 業 員 数 は 158 万 人 、最 大 時 期 の 31% ま で 減 少 し た 。同 時 に 、96 年 1 年 だ け
で も 、再 配 置 を 終 え た 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 は 60 万 人 余 に 達 し た 。し か し 、利 用
可能な耕地のない大中都市ではこのような方式をそのまま適用することはでき
な い (注 11)。
個別企業の困難を業界全体で克服しようとする上海方式と第一次産業と第三
次産業への構造的移動を追求する黒龍江方式を両端の典型とすれば、各地はこ
の 両 方 式 の 間 で 多 様 な 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」を 試 み て い る 。 今 回 調 査 し た
瀋 陽 市 の 場 合 は 次 の よ う に 概 観 で き る (注 12)。
市 人 口 670 万 人 、 就 業 人 口 370 万 人 、 う ち 第 二 次 産 業 に 180 万 人 、 国 有 企 業
と 都 市 集 団 所 有 制 企 業 従 業 員 130 万 人 。 97 年 6 月 末 時 点 で の 企 業 余 剰 人 員 43
万 人 で 余 剰 人 員 比 率 は 33% 、全 国 平 均 を 大 き く 上 回 っ て い る 。同 時 点 で の 下 崗
(レ イ オ フ )人 員 は 37.8 万 人 、し た が っ て 余 剰 人 員 の う ち 88% が す で に 職 場 の 持
ち 場 か ら 離 れ て い る 。 し か し 、 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 は 職 場 の 持 ち 場 か ら 離 れ た
と は い っ て も 、 企 業 と の 「労 働 関 係 」が 消 滅 し た わ け で は な く 、 直 ち に 社 会 的 失
業 に 転 化 す る わ け で は な い (注 13)。 か れ ら は 生 活 費 を 受 け 取 り つ つ 、 転 職 訓 練
を受け、再就職のチャンスを待つが、その生活費は企業の経営状態によって賃
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金 の 80% 、 60% 、 50% と い う 水 準 で あ る 。 96 年 1 年 間 に 37.8 万 人 の 57% に あ
た る 21 万 人 が 他 の 業 種・産 業 に 再 就 職 す る こ と が で き た 。再 就 職 先 は 、① 第 二
次 産 業 か ら 第 一 産 業 へ 、 ② 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 同 士 が 共 同 で 事 業 を 興 し 、 政 府
が資金援助をしたり、失業保険金の一括払い措置をとる、③小売業を興す場合
は営業税を減免する、④区政府管理下のマーケットの売り場を 1 年間無料貸与
す る 、 ⑤ 社 会 サ ー ビ ス (靴 磨 き 、 銭 湯 、 お 手 伝 い 、 託 児 所 な ど )に 従 事 す る 、 ⑥
企 業 集 団 化 に と も な う 増 員 、⑦ 外 資 系 企 業 へ の 就 職 、な ど で あ る 。瀋 陽 市 の 「再
就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」は 上 海 に な ら っ て 、 市 の 各 工 業 局 の も と に 「再 就 職 服 務
セ ン タ ー 」を 設 け 、 そ の 下 部 に は 大 企 業 を 中 心 に 150 箇 所 の 副 セ ン タ ー を 設 け 、
97 年 の 半 年 で 6600 人 を 収 容 し て い る 。プ ロ ジ ェ ク ト の た め の 財 源 は 1.5 億 元 、
うちわけは市政府財政から 2 割、失業保険基金から 3 割、工業局が 5 割を分担
し て い る 。失 業 者 に つ い て は 、瀋 陽 市 の 「登 記 失 業 率 」は 3% 、「登 記 失 業 者 」は 8
~9 万人である。
や は り 、 遼 寧 省 の 鞍 山 鋼 鉄 公 司 は 従 業 員 37 万 人 を 抱 え る 超 巨 大 企 業 で あ り 、
こ こ で の 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 実 態 に つ い て は 筆 者 も 強 い 関 心 を 持 っ て
い た 。37 万 従 業 員 の う ち 本 体 の 国 有 企 業 は 19 万 人 、あ と の 18 万 人 は 従 業 員 の
子 弟 の 就 職 先 と し て 設 置 さ れ た 「鞍 鋼 実 業 発 展 公 司 」傘 下 の 企 業 内 別 置 企 業 (集
団 所 有 制 企 業 )に 収 容 さ れ て い る 。本 体 19 万 人 の う ち オ フ ラ イ ン の 10 万 人 が 別
置企業に配属されたり、大半は期限前定年退職によって本体から分離された。
残 る 9 万 人 の う ち の う ち 10% に あ た る 9000 人 も 96 年 に ラ イ ン か ら 外 さ れ 、「鞍
鋼 実 業 発 展 公 司 」(飲 料 、 花 、 大 根 の 栽 培 、 雑 貨 製 造 等 を 経 営 )に 配 属 さ れ た 。 毎
年 10% 前 後 の 削 減 を 考 慮 し て い る 。し た が っ て 、現 在 の 整 理 対 象 者 は 公 司 内 の
やりくりで社会的失業化には至っておらず、超巨大企業における余剰人員問題
解決の現状をよく示している。このような状態がいつまでも続くとは考えられ
ず、今後、公司傘下各種企業の合併、破産にともない、鞍山鋼鉄公司でも本格
的 な 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」を 実 施 せ ざ る を え な く な る で あ ろ う (注 14)。
3
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 財 源
「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 財 源 と し て は 、97 年 3 月 の 全 人 代 政 府 報 告 で 李
鵬 首 相 が 「地 方 財 政 、企 業 、社 会 保 障 基 金 か ら そ れ ぞ れ 一 定 量 出 資 し て 再 就 業 基
金 を つ く る 」必 要 性 を 説 い た が (注 15)、 そ の 趣 旨 は (1)各 級 政 府 財 政 支 出 に よ る
就 業 経 費 、(2)失 業 保 険 基 金 の 20% を 生 産 自 営 、転 職 訓 練 の た め の 費 用 と し て 拠
出 、 (3)「託 管 」(各 産 業 部 門 が 傘 下 企 業 の 下 崗 職 工 を ま と め 再 就 業 を 計 る )専 用 項
目資金で構成するというのが、基本である。ところが次のような問題が指摘さ
れ て い る (注 16)。
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
(1)財 政 支 出 に つ い て は 財 政 部 や 地 方 財 政 部 門 に 負 担 増 に 対 す る 異 論 が あ る 。と
こ が 、 現 在 の 就 業 経 費 は 1 年 間 に 2 億 元 余 、 財 政 支 出 の 0.1% 程 度 、 80 年 代
初めに決められた水準の半分程度であり、広西、広東、吉林では予算項目か
ら 就 業 経 費 を 撤 廃 し て し ま っ て い る 。ド イ ツ 、フ ラ ン ス 、ス ペ イ ン な ど で は 、
就 業 経 費 は G D P の 2% 水 準 で あ る 。
(2)困 難 企 業 従 業 員 生 活 救 済 (「解 困 」)基 金 と の 資 金 源 泉 の 重 複 。天 津 市 の 94、95
年 「解 困 」 基 金 の 源 泉 。 救 済 金 総 額 3262.6 万 元 の 資 金 源 泉 、 養 老 保 険 金 か ら
500 万 元 、 失 業 保 険 金 か ら 135 万 元 、 財 政 か ら の 補 填 130 万 元 、 労 働 組 合 か
ら の 拠 出 90 万 元 、 開 発 区 の 税 金 か ら 2407.6 万 元 (注 17)。 生 活 救 済 は 本 来 生
活保護世帯に対して行われる公的救済であり、社会保障の領域である。この
ような生活救済に社会保険の基金が使用されることの是非については第Ⅲ項
でとりあげる。
(3)一 部 の 地 方 で は 失 業 保 険 基 金 だ け に 依 存 し て い る 。
4
下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 構 成 と そ の 特 徴
第 4 表 で は 、 95 年 段 階 で の 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 総 計 と 企 業 類 別 実 数 、 そ の
業 種 別 割 合 (国 有 企 業 の 場 合 )、 ま た 職 場 か ら 外 さ れ る 前 に 従 事 し て い た 職 務 分
類 が 示 さ れ て い る 。 企 業 類 別 で は 国 有 企 業 が 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 総 計 の 65% を
占 め て い る 。 業 種 別 で は 、 製 造 業 が 最 大 の 51.1% を 占 め 、 以 下 、 卸 売 ・ 小 売 ・
飲 食 業 18.0% 、 採 掘 業 8.9% 、 建 築 7.8% 、 交 通 運 輸 ・ 倉 庫 ・ 郵 便 電 信 6.5% 、
ガ ス ・ 電 力 ・ 水 道 1.7% 、 そ の 他 7.0% の 順 と な っ て い る 。 元 の 職 務 は 労 働 者 お
よ び 見 習 い 工 40.9% を 含 む 94% が ブ ル ー カ ラ ー で あ る の に 対 し て 、ホ ワ イ ト カ
ラ ー は 技 術 者 1.8% 、 管 理 人 員 3.6% と 少 数 で あ る 。
上 海 市 に よ る 調 査 で は 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 特 徴 が つ ぎ の よ う に 指 摘 さ れ て
い る 。 ① 女 子 労 働 者 が 多 く 、 68.2% を 占 め る 。 女 子 従 業 員 で 職 場 を 外 さ れ る 率
は 17.2% で 、 男 子 よ り 5.8% 高 い 。 ② 中 年 層 が 多 い 、 年 齢 構 成 を 35 歳 以 下 、 36
~ 44 歳 、45 歳 以 上 の 3 ラ ン ク に 分 け る と 、職 場 を 外 さ れ る 率 は そ れ ぞ れ 、21.4% 、
63% 、 15.6% と 中 年 層 が も っ と も 高 い 。 ③ 学 歴 が 低 い 、 中 学 卒 お よ び そ れ 以 下
が 93.3% を 占 め 、 高 卒 以 上 は 6.7% 、 う ち 大 学 、 中 等 専 門 学 校 卒 以 上 は 0.6% に
す ぎ な い 。④ 持 ち 場 を 外 さ れ て い る 期 間 が 長 い 、国 有 企 業 で は 1 年 以 上 が 39.5%
を 占 め 、2 年 以 上 も 21.8% に 達 す る 、集 団 所 有 制 企 業 で は そ れ ぞ れ 44.2% 、34%
と よ り 長 期 化 す る 傾 向 に あ る (注 18)。
す な わ ち 、 「 再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 対 象 と な っ て い る 下 崗 (レ イ オ フ )人
員の主力は、女性や文化大革命時代に十分な教育を受ける機会を失った学歴中
卒 以 下 の 中 年 世 代 の ブ ル ー カ ラ ー で あ る 。し た が っ て 、「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
ト 」は そ も そ も 再 就 職 の 機 会 か ら 疎 外 さ れ や す い 人 々 を 対 象 に し て 進 め ら れ る
難度の極めて高いプロジェクトなのである。しかも、かれらは次項に見るよう
に国有企業従業員としての誇りを断ち切れない状態にある。
5
労働者の意識・心理状態
国有企業改革の最大のネックと言ってもよい余剰人員の整理に本格的な手が
つけられ始めたのは画期的なことであり、さまざまな障害を乗り越えて各地に
適合した方式が開発されることを期待したいが、なお普遍的な困難の一つは転
職主体である労働者の再就職に対する意識や心理上の許容度が低いことにある。
これはわれわれが予期している以上に深刻な問題であり、その深刻さを窺わせ
る 事 例 を 掲 げ て お き た い (注 19)。
①既得権としての養老・医療・住宅を喪失することの損失に対する危惧。ある
地 方 で は 「勤 続 歴 買 い 取 り 制 」と 称 し て 、 「補 償 費 」1 万 元 の 1 回 支 払 い で 労 働
者 と の 「労 働 関 係 」の 解 消 を 提 示 し た が 、 上 記 の 損 失 は 「補 償 費 」1 万 元 で は 見
合 わ な い と 、 応 ず る も の は 少 な い 。 一 般 に 下 崗 後 、 「労 働 関 係 」の 解 消 に つ い
て は 誰 も 望 ま ず 、そ れ が 再 就 職 の 妨 げ に す ら な っ て い る 。こ こ で い う 「労 働 関
係 」と は 、計 画 経 済 の も と で 労 働 者 が 国 有 企 業 に 対 し て 終 身 帰 属 関 係 に あ っ た
ことを指している。
② 96 年 、北 京 市 で は 13.8 万 人 の 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 が い る が 、北 京 紅 太 陽 集 団
公 司 が 300 名 の 国 有 企 業 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 を 募 集 し た が 、 問 い 合 わ せ で す
ら 300 名 、 実 際 に 応 募 し た の は 数 十 人 に す ぎ な か っ た 。 こ の 例 は 国 有 企 業 か
ら他の類型企業へ移ることを格下げだと受け取る労働者の意識を反映してい
る。
③ 黒 龍 江 省 佳 木 斯 市 東 風 造 紙 廠 に は 50 名 の 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 が い る が 、倉 庫
での廃紙選別作業に配置しようとしたところ、誰も嫌がって行かなかった。
い わ ゆ る 3K 労 働 な ど を 卑 し い 仕 事 と し て 蔑 視 す る 風 潮 が 強 く 残 っ て い る こ
とを示している。以前は、多くの場合これらの労働は、主として農村出稼ぎ
労働を主体とする臨時工、計画外用工によって担われていた。
このような計画経済時代の特権的身分意識を反映する心理については、重工
業基地として多くの国有企業を擁し、したがって企業赤字も人員整理問題も最
も深刻な状態にある東北部ではとくに顕著である。黒龍江省ハルピン市労働局
で は 、 企 業 余 剰 人 員 ・ 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 の 7 つ の 心 性 を 次 の よ う に ま と め て
いる。ⅰ.あてのない依存心、ⅱ.職業選択上の貴族的意識、ⅲ.競争上の劣
等感、ⅳ.懐旧のうちに潜む屈辱感、ⅴ.主人公としての意識の失落感、ⅵ.
その日暮らしへの満足感、ⅶ.帰属すべきものがない失望感。このように、多
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
く の 下 崗 (レ イ オ フ )職 工 は 就 業 観 念 で 保 守 的 で あ る ば か り で な く 、 就 業 心 理 で
立ち後れ、勤勉さと冒険心に欠け、経済の市場化と失業の公開化に耐えうる心
理 的 受 容 力 に 不 足 し て い る (注 20)。 か れ ら は 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 と な っ て も 企
業 に は 帰 属 で き て い る わ け で あ り 、お そ ら く 第 2 職 業 か ら の 収 入 、家 族 の 収 入 、
貯蓄をあてにできる限りはこのような心理状態が続くように思われる。ひとつ
には国有企業改革がさらに徹底していくことによって帰属関係の最終的な消滅
が到来し、他方に繁栄する改革企業が見えるようになることによって、別な面
からは優位に立つ私営企業やその他の非国有経営体が次々に登場することによ
って、次第にそのような観念が断ち切られていくのであろう。同時に現在の転
職スタイルというのはやはり零細で非近代的な第三次産業や個人経営体への貧
困なイメージが主流であり、産業構造の高度化の産物としての、とりわけ各種
企業経営を情報提供、コンサルティング、各種人材派遣、施設・設備の保守・
警備・環境保全などでバックアップするような新しい第三次産業とか、個人経
営の場合も脱サラなど主体性の発揚形態といった展望がほとんど見えていない
こ と も 、 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 が “ 生 産 に 従 事 す る 国 有 企 業 の 主 人 公 ” と い う 過
去のイメージにとらわれ続ける要因ともなっている。
Ⅲ
1
労働の市場化の現状
労働契約制の定着
第 1 図は公式統計上示される全国従業員に占める契約制度下に入った従業員
の割合の推移を示すものである。いち早く労働契約制を導入した外資系企業の
割 合 が 群 を 抜 い て い る が 、国 有 企 業 を 始 め と す る 国 内 企 業 で も 94 年 を 境 に 割 合
が 急 増 し て い る 。こ れ は 全 員 労 働 契 約 制 が 広 が り 、既 存 の 常 用 労 働 者 (「固 定 工 」)
も労働契約を結ぶことが奨励されるようになったことを反映している。また、
97 年 6 月 末 時 点 で 、労 働 契 約 制 に 移 行 し た 企 業 の 従 業 員 数 は 1 億 697 万 人 、都
市 企 業 の 従 業 員 総 数 の 97.2% に 達 し た が 、 こ の 数 値 と 公 式 統 計 の 差 異 は こ の と
ころ集団労働契約による形式的な契約制への移行が進められていることによる
と 考 え ら れ る 。な お 、郷 鎮 企 業 従 業 員 の う ち 労 働 契 約 を 締 結 し て い る も の 1784
万 人 、 ま た 私 営 企 業 と 個 人 経 営 体 従 業 員 の う ち 、 そ れ ぞ れ 355 万 人 187 万 人 が
労働契約を締結し、労働契約制度は都市、農村の全類型企業の普遍的制度とし
て 定 着 期 を 迎 え つ つ あ る と い う こ と が で き る (注 21)。
2
労働市場ネットワークの形成
企 業 の 破 産 ・ 合 併 に よ る 従 業 員 の 転 職 や 下 崗 (レ イ オ フ )に と も な う 転 職 は 、
労 働 者 や そ の 他 の 企 業 人 員 の 企 業 間 移 動 を 増 大 さ せ て い る 。 96 年 、 都 市 の 企
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
業 ・ 単 位 間 流 動 の べ 1200 万 人 余 、流 動 率 8% に 達 し た と い う 。計 画 経 済 体 制 の
も と で は 労 働 力 の 中 央 ・ 地 方 政 府 に よ る 統 一 配 分 が 主 流 で り 、78 年 段 階 で 市 場
調 節 的 な 就 業 は わ ず か 15% に 過 ぎ な か っ た が 、
93 年 に は 85% ま で に 達 し 、
政 府 配 分 は 15% と 主 客 を 逆 転 し た (注 22)。
こ う し た 移 動 を 仲 介 す る 労 働 市 場 の 具 体 的 機 構 と し て の 職 業 紹 介 機 構 は 、 96
年 末 、 全 国 で 3.1 万 箇 所 に 達 し て い る が 、 う ち 労 働 部 門 所 属 は 2.6 万 箇 所 、 就
業 服 務 セ ン タ ー は 2716 箇 所 で あ る 。 83~ 96 年 に 労 働 部 門 の 諸 機 構 が 行 っ た 職
業 紹 介 は の べ 7000 万 人 、 そ の う ち 失 業 者 に 対 す る 斡 旋 は の べ 3000 万 人 。 労 働
者 の 就 業 促 進 の た め に 、労 働 関 係 部 門 が 設 立 し た り 、監 督 し て い る 「労 働 服 務 企
業 」は 20 万 社 、 従 業 員 900 万 人 。 全 国 の 都 市 ・ 農 村 で 職 業 紹 介 ・ 情 報 提 供 の サ
ー ビ ス ネ ッ ト ワ ー ク が 形 成 さ れ は じ め て い る 。96 年 年 間 を 通 し て 、こ れ ら の 機
構が都市・農村で行った情報提供、職業紹介、就業指導などの就業サービスは
の べ 1500 万 人 。う ち 、の べ 890 万 人 に 職 業 を 紹 介 し 、の べ 425.5 万 人 に 各 種 職
業 訓 練 を 実 施 し た (注 23)。
96 年 末 の 各 種 職 業 訓 練 セ ン タ ー は 2850 箇 所 、 年 間 の 訓 練 能 力 は 400 万 人 に
達する。それ以外に、企業による従業員訓練基地、各種社会団体および個人に
よる職業技術養成のための実体的機構がつくられ、大中都市での職業訓練ネッ
トワークが形成されつつある。こうしたネットワークによって職業養成訓練を
受 け た 新 規 就 業 者 は 、 96 年 で 総 数 の 74% に 達 す る (注 24)。
3
都市・農村間の労働力流動
農 村 部 か ら 出 稼 ぎ に 出 る 農 民 は 、80 年 代 初 期 に は 全 国 で 200 万 人 に も 満 た な
か っ た が 、 95 年 に は 関 係 部 門 の 推 計 で 低 く 見 積 も っ て 4000 万 人 、 高 い 場 合 は
8000 万 人 、 平 均 を と っ て も 6000 万 人 、 農 村 労 働 力 の 14% に 達 す る と 見 ら れ て
い る 。 安 徽 省 で は 91 年 の 20 万 人 か ら 94 年 の 300 万 人 へ と 15 倍 化 し 、 全 農 村
労 働 力 の 20% に 達 し て い る (注 25)。ま た 、出 稼 農 民 の 都 市 滞 留 期 間 も 次 第 に 長
期 化 の 傾 向 を 見 せ 、 都 市 に 流 入 し た 出 稼 ぎ 農 民 の 50- 60% は 半 年 以 上 (う ち 、
半 年 - 1 年 、 1- 3 年 、 3 年 以 上 は 20% ず つ )(注 26)滞 留 し て い る 。
広東と貴州、四川、広西等の 9 省は華南労務協作区をつくり、すでに数年を
経 過 し て い る 。 華 東 、 華 北 労 務 協 作 区 も 形 成 さ れ て い る 。 河 北 省 で は 550 ち か
い労務輸出基地を作るとともに、北京、天津に労務輸出弁公室を作っており、
北 京 、 天 津 に 出 稼 ぎ に 来 て い る 50 万 人 余 の う ち 60% は こ の よ う な 組 織 的 な 労
務 輸 出 に よ る も の で あ る 。全 体 と し て 、外 出 農 村 労 働 力 の 30% は 政 府 関 係 部 門
に よ る 組 織 的 な 送 り 出 し 、60% が 民 間 の 仲 立 ち に よ る 送 り 出 し (労 務 請 け 負 い 業
務 、個 人 紹 介 、外 省 に 出 た も の が 連 れ て 行 く )、10% が 個 人 に よ る あ て の な い 流
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
入 と 見 ら れ て い る (注 27)。 す な わ ち , 農 村 労 働 力 の 大 量 移 動 は か な り の 程 度 に
成熟した農村労働市場もしくは広域的労働市場を媒介として進行していると考
えられる。このような労働力の農村・都市間移動は農村から都市への一方的流
れ だ け で は な く 、逆 の 流 れ も 次 第 に 増 大 し て お り 、96 年 、郷 鎮 企 業 に 就 業 し た
都 市 労 働 力 1000 万 人 に 達 す る (注 28)。
農村労働力の,とくに沿海部大都市への移動は各都市でどのような事態を招
い て い る の で あ ろ う か 。 広 東 省 に 流 入 し て い る 出 稼 ぎ 農 民 数 は 700 万 人 、 中 山
市 の 出 稼 ぎ 農 民 数 35 万 人 は 全 市 従 業 員 総 数 の 半 分 に 相 当 す る 。 96 年 6 月 、 広
州 市 で は 「登 記 失 業 」救 済 を 受 け て い る 職 工 が 8 万 人 に 達 す る の に 対 し て 、 国
有 ・ 集 団 所 有 制 企 業 で 正 式 に 労 働 許 可 証 (「 務 工 証 」 )を 受 け て 働 い て い る 出 稼 ぎ
農 民 が 実 に 28 万 人 に 達 す る (注 29)。こ の よ う な 側 面 だ け を 見 れ ば 、都 市 労 働 者
の 失 業 や 下 崗 (レ イ オ フ )が 深 刻 化 し て い る な か で 、 出 稼 ぎ 農 民 の 大 量 流 入 は 事
態をより悪化させていると理解されうる。しかし、ことはそう単純ではない。
上 海 市 の 93 年 調 査 に よ れ ば 、 機 関 ・ 団 体 ・ 企 業 に 就 業 し て い る 50 万 人 の 内 、
上 海 市 内 労 働 力 か ら 調 達 し に く い 、い わ ゆ る 3K 労 働 や 有 害 、高 温 職 種 に は 64% 、
比 較 的 調 達 し に く い 職 種 に は 20% 、市 内 か ら 調 達 可 能 な 職 種 に は 16% が 就 い て
い る (注 30)。 す な わ ち 、 た し か に 流 入 労 働 力 の 1/6 強 は 都 市 労 働 力 と 競 合 し 、
かれらの職を奪っていると言えるのでだが、少なくとも流入労働力の 6 割は現
実の労働需要にもとづいて就業しているのである。しかし、上海や天津で農民
工 が 就 労 す る こ と の で き な い 職 種 を 公 布 し た こ と に も 窺 え る よ う に (注 31)、 こ
のいわゆる労働力競合問題は国有企業改革の進展とともに、また都市労働者が
おかれている状況の深刻化とそれにともなう就業意識の変化とともに、より緊
迫した問題に発展する可能性もあるので全国実態を第 5 表で把握しておくこと
にする。
農 村 か ら 通 年 し て 外 出 す る 出 稼 ぎ 労 働 力 総 数 は 6000 万 人 、う ち 省 間 を 流 動 し 、
と く に 大 都 市 に 向 か う 農 民 工 は 3000 万 人 と 推 定 さ れ て い る が (注 32)、第 5 表 に
よ れ ば 、 こ れ ら の う ち 19.33% が 国 有 企 業 ・ 事 業 体 に 吸 収 さ れ て い る 。 3000 万
人 を 母 数 に 取 る と 国 有 企 業 ・ 事 業 体 の 農 民 工 は 490 万 人 で あ り 、 以 下 、 都 市 集
団 所 有 制 企 業 9.24% 、 277 万 人 、 都 市 私 営 企 業 13.45% 、 403 万 人 、 外 資 系 企 業
5.04% 、 151 万 人 と な る 。 国 有 企 業 に 吸 収 さ れ て い る 農 民 工 は 国 有 企 業 従 業 員
の 5% (企 業 だ け を と れ ば 370 万 人 、 企 業 ・ 事 業 合 わ せ て 495 万 人 、『 中 国 統 計
年 鑑 ・ 97』 に も と づ く 計 算 )、 そ の 年 平 均 伸 び 率 9% と い う 人 民 日 報 の 報 道 か ら
見 て も 、 こ の 推 計 は 信 憑 性 が 高 い (注 33)。 と す る と 、 第 1 表 に あ る よ う に 国 有
企 業 で は 下 崗 (レ イ オ フ )人 員 540 万 人 が 職 場 を 追 わ れ る 一 方 で 、 ほ ぼ 同 規 模 の
出稼ぎ農民が流入していることになる。具体的には現実の労働需要にそって流
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
入しているのであろうが、それにしてもいかにも不合理なことではある。
Ⅳ.社会保険の到達点
1
社会保険各制度の到達点
以下に見るように、社会保険制度として定着しているのは養老年金および失
業保険制度の二つの保険であり、労災保険および計画生育保険は比較的最近始
まったにもかかわらず、普及テンポは比較的早く、医療保険制度が財務的には
一番深刻な状態にあるにもかかわらず、制度改革は全労働者の 1 割にも及んで
いない。他の保険の場合は、業種、企業規模を越えて統一的方式が比較的実施
しやすいのに対して、医療保険の場合は、歴史的に政府機関、公的事業体等で
行 わ れ る 「公 費 医 療 」と 各 種 企 業 で 行 わ れ る 「労 働 保 険 医 療 」と が 別 立 て で 形 成 さ
れ、企業規模などにもとづく医療給付の企業間格差も大きく、統一的な改革方
式や医療費の徴収・保険システムがなかなかまとまらなかったことによる。こ
こ で は 、 先 ず 各 種 社 会 保 険 制 度 の 到 達 点 を 概 観 し て お く こ と に す る (注 34)。
イ.養 老 保 険
1996 年 、28 省 市 自 治 区 と 5 産 業 部 門 で 社 会 統 一 徴 収 と 個 人 保 険 帳 簿 を 結 合 す
る 方 式 を 原 則 と す る 改 革 方 針 を 出 し 、20 万 人 余 の 定 年 退 職 者 が 新 方 法 に も と づ
き、養老年金を受給している。養老年金保険料統一徴収に参加している従業員
数 は 8800 万 人 、定 年 退 職 者 数 2300 万 人 、全 国 養 老 保 険 基 金 収 入 1200 億 元 、支
出 1080 億 元 、 剰 余 金 550 億 元 。
ロ.医 療 保 険
改 革 実 験 領 域 が 拡 大 し て い る 。96 年 、国 務 院 は 鎮 江 、九 江 2 市 の 改 革 実 験 都
市の経験をふまえ、各省で 2 つの大中都市を選び、医療保険改革のテンポを加
速 す る こ と に し た 。現 在 、全 国 58 の 実 験 都 市 が 改 革 方 案 を 制 定 し 、改 革 が 開 始
さ れ て い る 。 1996 年 末 、 過 渡 的 な 実 験 事 業 で あ る 「職 工 大 病 医 療 費 用 社 会 統 一
徴 収 」に 参 加 し て い る 在 職 職 工 数 は 791 万 人 に 達 し て い る 。 当 基 金 の 収 入 17.7
億 元 、 支 出 14.7 億 元 で 、 剰 余 金 は 6.4 億 元 。 定 年 退 職 者 医 療 費 用 社 会 統 一 徴 収
に 参 加 し て い る 定 年 退 職 者 数 は 64 万 人 、 収 入 1.3 億 元 、 支 出 1.5 億 元 、 剰 余 金
67 万 元 。
ハ.失 業 保 険
1996 年 全 国 20 省 市 で 失 業 保 険 料 個 人 一 部 負 担 制 を 開 始 し 、 一 般 に 当 地 平 均
賃 金 の 0.5% を 徴 収 し て い る 。 こ の 費 用 は 、 仮 に 失 業 が な く と も 、 就 業 、 再 就
業 の た め の 技 能 養 成 訓 練 サ ー ビ ス と し て 還 元 さ れ る 。96 年 全 国 の 失 業 保 険 参 加
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
従 業 員 総 数 は 1.1 億 、 救 済 さ れ た 失 業 者 280 万 人 。 転 職 訓 練 等 を つ う じ て 再 就
業 に 至 っ た も の 200 万 人 。
ニ.労 災 保 険
保 険 料 率 は 賃 金 総 額 に 対 し て 平 均 1% 。
1類
鉱山、建築、化学工業
1.5%
2類
精練、機械、交通運輸
1.2%
3類
紡織、軽工業、電子
4類
流通・飲食、サービス、金融
1%
0.8%
1996 年 末 社 会 統 一 徴 収 参 加 従 業 員 数 3103 万 人 、 収 入 10.9 億 元 、 支 出 3.7 億
元 、 剰 余 金 19.7 億 元 。
ホ.計 画 生 育 保 険
普 及 テ ン ポ が 比 較 的 早 く 、 全 国 の 969 の 市 お よ び 県 で 統 一 徴 収 が 実 施 さ れ て
お り 、 1996 年 の 統 一 徴 収 参 加 従 業 員 数 2016 万 人 、 基 金 収 入 5.5 億 元 、 支 出 3.3
億 元 、 剰 余 金 5.0 億 元 。
2. 大 量 失 業 発 生 と 失 業 保 険 制 度
失業保険制度は養老年金制度と並んで企業の加入率も高く、中国の社会保険
制度としては制度的に先進的な部類に入る。この失業保険制度も現在の大量失
業化を支えるにふさわしい制度として安定的な状況にあるとは決していえない。
楊 宜 勇 は 以 下 3 点 の 指 摘 を 行 っ て い る (注 35)。
(1)失 業 保 険 カバー率 は不 完 全
大多数の国有企業は参加しているものの、大多数の非国有企業は参加してい
な い 。そ れ ゆ え 、多 く の 地 方 で は 失 業 者 の 相 当 数 が 救 済 対 象 と な れ な い で い る 。
湖 北 省 で は 50 万 人 の 失 業 者 に 対 し て 、21% し か 失 業 救 済 金 が 支 給 さ れ て い な い 。
(2)予 測 失 業 発 生 率 と現 実 との落 差 が大 きく保 険 料 引 き当 て率 が低 い
当 初 、 引 き 当 て 率 の 設 定 に あ た っ て 、 失 業 率 2% 、 失 業 救 済 平 均 給 付 率 50%
と 、低 く 見 積 も り 、引 き 当 て 率 を 全 従 業 員 の 標 準 賃 金 総 額 の 1% と し た 。93 年 、
全 従 業 員 の 賃 金 総 額 の 1% に 改 め ら れ た 。 非 国 有 企 業 は 国 有 企 業 に 準 じ て 徴 収
し て い る が 、 外 資 系 企 業 だ け は 2% で 徴 収 し て い る 。 現 在 の 基 金 で は 失 業 保 険
に 参 加 し て い る 全 従 業 員 総 数 の 2% し か 救 済 で き な い の で あ る (1.1 億 人 に 対 し
て 220 万 人 )。重 慶 市 の 失 業 保 険 基 金 の 救 済 引 き 受 け 最 大 能 力 は 15000 人 で あ り 、
そ れ は 失 業 保 険 参 加 従 業 員 の 0.97% に す ぎ な い 。 全 国 の 「登 記 失 業 率 」は す で に
限 度 を は る か に 超 え て い る 。失 業 保 険 基 金 の う ち 、失 業 救 済 (医 療 補 助 費 を 服 務 )
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
準 備 金 は 12 億 元 で 基 金 収 入 総 額 の 67% 、 実 際 の 救 済 金 支 出 は 5.3 億 、 準 備 金
の 44% 、 基 金 総 額 の 29% で あ り 、 基 金 総 額 の 80% 以 上 が 、 基 金 管 理 費 、 地 方
政 府 に よ る 流 用 に 回 っ て い る の が 実 状 で あ る 。 (注 36)。
900 万 の 下 崗 (レ イ オ フ )職 工 を 整 理 し て 社 会 的 失 業 状 態 に し 、失 業 保 険 基 金 の
剰 余 金 40 億 元 す べ て を 失 業 救 済 金 に 使 う と し て も 、支 給 は 一 人 当 た り 平 均 月 支
給 標 準 145 元 と し て 3 カ 月 し か 維 持 で き な い 。 こ れ で は 現 在 の 平 均 失 業 期 間 の
半 分 に し か な ら な い 。労 働 部 就 業 司 の 推 計 に よ れ ば 、1995- 2000 年 の 期 間 に 徴
収 さ れ る 失 業 保 険 基 金 収 入 は 460 億 元 、同 期 間 中 に 2130 万 人 の 失 業 救 済 が 必 要
と さ れ 、 そ の 費 用 は 715 億 元 、 実 に 255 億 元 の 不 足 と な る 。
(3)企 業 拠 出 にのみ依 存 する基 金 および基 金 の地 方 間 格 差
現在の基金は企業からの保険料徴収によりなりたっているが、従業員個人の
負担も政府財政補助もなされておらず、近年の企業の経営実態からすれば基金
の 将 来 は き わ め て 不 安 定 で あ る 。欠 損 企 業 の 増 加 に よ っ て 保 険 料 未 払 い が 増 え 、
現 在 徴 収 率 が 著 し く 低 下 し 、 50- 60% に 低 下 し た 地 方 も 出 て い る 。 全 国 的 な 徴
収 水 準 (保 険 加 入 企 業 か ら の 徴 収 率 )は 93 年 で 88.7% で あ る 。
失業保険基金の管理は長年、市、県を主としてきたため、各基金は赤字のと
ころもあれば、剰余のあるところもあるというようにアンバランスであり、社
会 保 険 と し て の 機 能 を 十 分 に 果 た せ て い な い 。失 業 保 険 基 金 の 流 用 問 題 も あ る 。
各地政府は困難企業の職工救済のために失業保険基金からの拠出を求めており、
現在のところ基金の最大支出項目となっている。これは失業保険の本来的機能
たる失業者引き受け能力を低下させる結果となっている。
指 摘 (1)と (2)か ら 、国 家 強 制 保 険 と し て の 失 業 保 険 制 度 で あ る に も か か わ ら ず 、
制度の現状は保険に対する企業の捕捉水準の面でも、失業給付の面でも、失業
の現実にすでに適合できていないことが明らかである。これは現在の公式統計
で あ る 「登 記 失 業 率 」が 実 際 の 失 業 率 を 大 き く 下 回 っ て い る こ と や 、 失 業 保 険 制
定 時 に 想 定 さ れ て い た 予 期 失 業 率 は そ の 「登 記 失 業 率 」さ え 下 回 っ て い た こ と に
示されるように、失業発生に対する楽観や旧来の観念に起因する基本問題であ
る。経済の市場化や国有企業改革の進展はさらに企業内部の余剰人員の整理・
転職にともなう新しい失業問題をもたらしており、社会保険制度について社会
的不安定要因を極小化する社会的安定装置と本当に位置づけているのであれば、
企業参加義務の法的強制、失業概念の正確化、保険料の適正化と財源の拡大、
失業保険事務の強化など改善課題に迅速に着手される必要がある。なお、指摘
(2)で 外 資 系 企 業 の 失 業 保 険 料 が 2% と あ る の は 筆 者 の 96 年 、 97 年 調 査 で 知 る
限 り で は す べ て 1% で あ る 。
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
指 摘 (2) (3)に あ る 流 用 問 題 は や や 微 妙 で あ る 。 失 業 保 険 基 金 は 通 常 失 業 救 済
金のほかに雇用促進事業にも使用される。雇用促進という場合、失業者の転職
訓練や再就職活動とともに、広く雇用を拡大して失業者を増やさないための事
業も含まれる場合がある。したがって、中国の多くの地方が実質的に失業状態
に あ る 「下 崗 人 員 」の 「再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 」の た め の 費 用 と し て 失 業 保 険 基
金の一部を使用しているのは必ずしも流用には当たらない。このほかに現在操
業停止企業や経営赤字のため賃金未払い問題が深刻化し、生活困難に陥ってい
る 労 働 者 の 生 活 救 済 事 業 (「解 困 」 事 業 )が 進 め ら れ て お り 、 こ れ に も 失 業 保 険 基
金 が 使 用 さ れ る ケ ー ス が 増 え て い る 。 た と え ば 、 天 津 市 が 、 94、 95 年 に 実 施 し
た 企 業 従 業 員 と 定 年 退 職 者 に 対 す る 生 活 救 済 は 総 額 3262.6 万 元 に の ぼ っ た が 、
そ の 財 源 は 養 老 保 険 基 金 か ら 500 万 元 、 失 業 保 険 基 金 か ら 135 万 元 、 財 政 補 填
130 万 元 、 労 働 組 合 拠 出 金 90 万 元 、 開 発 区 税 収 か ら の 補 助 2407.6 万 元 で あ っ
た (注 37)。 こ の よ う な 事 業 の た め に 失 業 保 険 基 金 を 使 用 す る の が 適 切 な の か 、
それとも政府の生活保護事業として財政資金でまかなわれるべきなのかについ
ては、確かに社会保険の本来的目的に照らして検討を進め、基金使用の原則を
明 ら か に す べ き だ と 思 わ れ る 。ま た 、社 会 保 険 基 金 の 流 用 そ の も の に つ い て は 、
養 老 年 金 基 金 に 関 す る 10 省 ・ 市 の 調 査 に よ っ て 、 92- 95 年 の 間 に 流 用 額 が 60
億元にも達していることが明らかになっている。流用の内容は固定資産投資、
資 金 貸 し 出 し 、 株 式 投 資 、 企 業 設 立 な ど で あ り (注 38)、 地 方 政 府 の 管 轄 に 委 ね
られている限り、社会保険のあらゆる分野で生じかねない問題である。
指 摘 (3)は 、 社 会 保 険 の 管 理 責 任 や 政 策 責 任 と も 絡 ん で 重 要 な 問 題 点 で あ る 。
社会保険の形成過程で、定年退職者の多い古くからの工業都市や現在失業率の
高い国有重工業企業集中地域とその他の地域との間に各種社会保険の給付水準
や社会保険料の徴収能力にアンバランスがあり、地方の実状を尊重しつつ地方
ごとに基金が形成されてきたのは理解できる。しかしながら、まさにそのアン
バランスを調整しつつ、長期的な視野から保険制度の安定的発展と徴収と給付
の公平、さらに各基金の拡充を実現し、強制保険の目的を達成していく責任は
やはり中央政府が負わなければならない。もちろん、中国のように広大な国土
でどのような行政的範囲が保険実施範囲として望ましいかについては研究の余
地があるが、それでも最終的な行政管理責任は中央政府にある。また、社会保
険基金の確立の上で中央・地方政府は資金的にも寄与すべきである。その意味
で 、中 国 が こ れ ま で 労 働 部 、人 事 部 、民 生 部 の 三 省 庁 に 分 立 し て い た 社 会 保 険 ・
福 祉 ・ 保 障 部 門 を 今 春 に 統 合 し 、 国 務 院 の 省 レ ベ ル の 「国 家 社 会 保 障 委 員 会 」と
して独立させるという決定を行ったことは、社会保障・社会保険制度改革の推
進 、 成 熟 の う え で 画 期 的 な 意 味 を も つ と 思 わ れ る (注 39)。 こ の よ う な 動 き は す
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
でに地方レベルでも推進されており、瀋陽市では常務副市長を主任とする社会
保障委員会が組織され、体制改革委員会、労働局、人事局、衛生局、民生局、
社会保険公司がこれに参加している。この委員会の職務は社会保険事業の発展
計画の策定、政策法規の制定、費用の徴収とされており、瀋陽市では行政の一
部局として社会保障局もしくは社会保険局を設立すべく準備を重ね、中央の認
可 待 ち だ と い う (注 40)。
3. 社 会 保 険 制 度 の 当 面 の 課 題
筆者はかねてより、中国の社会保険制度では企業の負担が過重であり、個人
の 負 担 が 過 少 で あ る ほ か 、政 府 負 担 が 行 わ れ て い な い こ と を 問 題 と し て 指 摘 し 、
い く つ か の 提 言 を 行 っ て き た (注 41)。 中 国 で も 養 老 年 金 制 度 で は す で に 個 人 保
険料負担が原則化され、医療保険や失業保険にも個人負担制が取り入れられよ
うとしている。現在検討中の長期的な改革方向については、現在試行中の社会
保 険 制 度 (養 老 ・ 医 療 ・ 失 業 ・ 労 災 ・ 生 育 )の 改 革 が 普 及 し た 時 点 で の 企 業 負 担
率 は 「賃 金 総 額 の 34% 、 個 人 負 担 率 は 4.5% 」(注 42)と 想 定 さ れ て い る 。 現 在 の
全 国 保 険 福 利 費 総 額 の 対 賃 金 総 額 比 は 94 年 で 29.4% で あ る 。 「こ の な か に は 文
化・スポーツ宣伝費、集体福利事業補助、集体福利施設費が含まれており、保
険 福 利 費 総 額 の 28.9% を 占 め て い る 。 し た が っ て 、 そ れ を 差 し 引 け ば 、 社 会 保
険 の た め の 実 質 費 用 は 賃 金 総 額 の 20.9% と な る 。 社 会 保 険 制 度 改 革 が 上 の よ う
に 普 及 す れ ば 、 企 業 負 担 は さ ら に 約 13% 引 き 上 げ ら れ る こ と に な る 」と 言 わ れ
て い る (注 43)。し か し 、97 年 8 月 に 公 布 さ れ た 新 養 老 年 金 制 度 が 個 人 負 担 率 を
3% か ら 8% に 引 き 上 げ る 方 針 を 示 し た こ と に あ る よ う に 、 「個 人 の 負 担 率 を 養
老 年 金 で 賃 金 の 8% 、医 療 保 険 で 賃 金 の 3% に 引 き 上 げ 、他 方 、企 業 の 負 担 率 を
引 き 下 げ る 方 向 が 検 討 さ れ て お り 、そ の 場 合 の 最 終 的 な 企 業 の 負 担 率 は 27% と
な り 、現 在 よ り 6% 程 度 引 き 上 げ ら れ る 見 込 み で あ る 」(注 44)。社 会 保 険 制 度 の
拡 充 を 織 り 込 ん だ 対 賃 金 総 額 比 で の 企 業 負 担 率 34% が 、個 人 負 担 率 の 引 き 上 げ
を 見 込 ん で 27% に 引 き 下 げ る と い う こ と が 検 討 さ れ て い る の は 、筆 者 の 視 点 か
ら い っ て も 望 ま し い こ と で あ る が 、そ れ で も 中 国 の 専 門 家 は 「こ の 割 合 は 、エ ジ
プ ト 24% 、 シ ン ガ ポ ー ル 20% 、 マ レ ー シ ア 12.75% 、 ス リ ラ ン カ 12.00% 、 フ
ィ リ ピ ン 7.35- 9.05% な ど と 比 べ て も 高 く 」、 改 革 過 程 の 「企 業 の 負 担 能 力 か ら
す れ ば 非 常 に 厳 し い 」と 指 摘 し て い る (注 45)。外 資 系 企 業 も 住 宅 を 含 む 保 険・福
利全体として大きな負担を負い、社会保険についても国有企業とほぼ同じ負担
率にある。社会保険の負担割合について、住宅をもおり込んだ次のような見通
し が 別 に な さ れ て い る の で 参 考 ま で に 掲 げ て お く (第 6 表 )。
社 会 保 険 料 の 個 人 負 担 率 を 合 計 11% に 引 き 上 げ る こ と を 見 込 ん だ と し て も 、
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
企 業 負 担 率 を な お 27% と い う 高 率 に 設 定 せ ざ る を え な い と い う の は 、形 成 期 に
ある社会保険制度の社会保険会計上のそれなりの計算根拠があるのであろう。
しかし、筆者はさらに中国における社会保険制度確立の上で果たされるべき中
央・地方政府の役割について言及したい。それは前項で失業保険制度の問題点
について検討した際にも一部ふれた。
第 1 に、社会保険が養老年金、失業保険等それぞれ個別の保険項目や個別の
管理機関によって行われるべきか、あるいはそれらを統合した保険や機関によ
って行われるべきか、また保険行政機関方式によるのか社会保障銀行方式によ
るのか、さらには保険行政範囲を全国レベルで実施するのか、望ましい組み合
わせにもとづく広域的レベルで実施するのかは、まさに中国の実状に即して決
定されるべきである。しかし、社会的強制保険であるからには、個々の地方や
企業や中央の個別省庁の恣意性を排し、全国的範囲にわたる公共性と保険目的
それ自体の遂行とが中央政府の責任として追求されなければならない。
第 2 に、社会保険の基本的基金がそれぞれの加入者の保険料によって形成さ
れるのは当然だとしても、社会保険支出の全てを保険料収入だけでまかなうと
すれば企業や個人の負担が過重となり、社会的強制保険としての意義を減ずる
ことになる。したがって、先進国諸国で行われているように保険事務費やその
他必要な追加的財政補填が中央、地方政府財政から適切な按分比例で行われる
必要がある。日本の社会保険における政府補助は、年金制度では基礎年金拠出
金 の 1/ 3、お よ び 保 険 事 務 費 全 額 、医 療 保 険 で は 医 療 給 付 費 の 補 助 、お よ び 保
険 事 務 費 の 全 額 、 雇 用 保 険 で は 給 付 費 の 1/ 4 を ま か な う も の と な っ て い る (注
46)。
そのためにも政府の社会保障関係費の拡充と財政収入の強化が図られなけれ
ば な ら な い が 、こ こ で と く に 強 調 し た い の は 個 人 所 得 税 制 度 の 強 化 で あ る 。1980
年 に 、 月 800 元 以 上 の 所 得 者 か ら の 累 進 税 徴 収 に 始 ま っ た 中 国 の 個 人 所 得 税 制
度 は 、94 年 に 新 制 度 と し て 拡 充 を み た は ず で あ る が 、依 然 と し て 徴 収 範 囲 も そ
の捕捉率も低水準である。社会保障や住宅・教育を企業内でまかなう形式から
保険形式、公共的サービスの提供という形式、商品供給という形式に変えるに
は、さまざまな面で政府の社会基盤形成のための膨大な支出を必要とするが、
個人所得税もまた政府財政を支える強力な大衆的基盤なのである。個人所得税
徴 収 水 準 は 97 年 上 半 期 徴 収 実 績 123.4 億 元 、 97 年 度 徴 収 計 画 240 億 元 で 96 年
財 政 収 入 と の 対 比 で は 3.2% に 過 ぎ な い 。 97 年 実 績 の 工 商 税 収 入 7548 億 元 は
当 然 と し て も 、関 税 収 入 354 億 元 に す ら 及 ば な い (注 47)。こ れ に 対 し て 、96 年
末 貯 蓄 残 高 は 3.85 兆 元 、前 年 度 か ら の 増 加 額 は 8856 億 元 で あ る (注 48)。失 業 ・
疾病・災害などのリスクから個人生活を守り、老後保障や都市農村の環境・衛
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
生など生活水準の向上を実現する社会的基盤の形成のために、中国国民は社会
保険料とともに、さらに個人所得税の面でもいま少し大きい負担を引き受ける
べきである。
第 3 に 、し か し な が ら 、各 種 社 会 保 険 制 度 を 都 市 、農 村 に わ た っ て 全 面 的 に 、
かつ緊急に確立し、整備するという課題は、中国の中央・地方政府財政の現状
からいっても、社会的観念の実状からいっても大きな難題であることは間違い
ない。ここでも途上国における貧困を克服し、社会的安定を実現するための社
会 開 発 に 対 し て 、先 進 国 の 協 力 が 要 請 さ れ て い る と い え る の で は な い だ ろ う か 。
日本政府が、近く組織される予定の国務院社会保険・福利・保障委員会が作る
長期計画や当面の政策の検討を通じて、困難を打開し、効果的な社会保障を推
進するために必要な借款を含む協力課題を設定することを強く希望したい。こ
こでいう協力課題とは、保険会計そのものや政府の財政補填部分に直接関係す
るものではなく、例えば社会保険制度の統合に必要な全国的情報ネットワーク
の形成、社会保険事務の中央・地方レベルの幹部の海外研修、農村部や都市個
人経営体での社会保険の形成に必要な施設・設備に対する助成、内陸部貧困地
域やいくつかの広域的範囲での近代的医療センターや職業訓練センターを設立
していくための助成など、全国的な社会保険制度の確立・拡充のために緊要で
はあるが、中国政府が直ちには手がけ難い分野での課題を想定している。
Ⅴ
労働争議の現状
労 働 争 議 の 急 増 の 状 況 と 企 業 別 う ち わ け が 第 7 表 、第 2 図 (い ず れ も 96 年 末 )
に示される。労働争議は政府機関・公共事業体を含む全類型企業で発生してい
るが、もちろん国有企業が最大を占め、準国有企業の集団所有制企業と合わせ
る と 53% に 達 す る 。し か し 、参 加 人 数 で は 件 数 で 合 計 21% を 占 め る に す ぎ な い
外 資 系 企 業 お よ び 香 港 ・ マ カ オ ・ 台 湾 系 企 業 が 53% と 最 大 と な る 。こ れ は 従 業
員数では小さな比重でしかない外資系企業の労働争議が多発していること、お
よび外資系企業の労働争議はいったん発生すると全工場をまきこんだ争議にな
りやすいことを示唆するとともに、国有企業の労働争議はどちらかというと未
だ個別・分散的な争議が主流となっていることを示唆している。今後、破産や
転売等で人員整理が大量化すれば事態は変化するものと思われるが、現在のと
こ ろ で は 、 労 働 契 約 の 不 履 行 や 下 崗 (レ イ オ フ )問 題 な ど 、 従 業 員 の 間 に 不 利 益
を集中的に蒙る層とそうでない層との二極分化があることによると思われる。
97 年 第 1・ 四 半 期 に 仲 裁 機 関 に も ち こ ま れ た 労 働 争 議 件 数 は 10501 件 、 前 年
同 期 比 99% と 激 増 し た 。結 審 件 数 は 9132 件 で 結 審 率 は 87% 、前 年 同 期 よ り 1.5%
低 下 し て い る 。集 団 争 議 は 935 件 で 前 年 同 期 比 3.22 倍 と さ ら に 深 刻 度 を 増 し て
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中国における国有企業改革と大量失業の発生
い る (注 49)。
ストライキなど労働争議の深刻化を明瞭に伝える情報は香港からの情報に限
ら れ て い る 。 97 年 10 月 度 だ け で 455 件 の ス ト ・ デ モ ・ 集 会 事 件 が 発 生 し た 。
う ち 391 件 (86% )は 国 有 企 業 の 従 業 員 ・ 幹 部 に よ る も の で あ る 。 ま た 、 同 じ 10
月 に は 中 央 政 府 に 対 す る 集 団 的 な 請 願 行 動 が 735 件 に 達 し た (注 50)。 こ う し た
労 働 争 議 深 刻 化 の 原 因 に つ い て は 、97 年 10 月 8 日 に 国 務 院 が 招 集 し た 「経 済 体
制 改 革 工 作 研 討 会 」の 席 上 で 、次 の よ う な 点 が 指 摘 さ れ て い る (注 51)。陝 西 省 宝
雛市、河南省鄭州市、吉林省吉林市等では、国有企業が長期にわたって赤字に
陥り、賃金半額支給とか 5 ヵ月欠配の状態にあるにもかかわらず、行政命令に
よって株式会社への移行が宣言され、従業員は定められた期間中に株式を購入
す る こ と を 求 め ら れ 、応 じ な い 者 は 、40 歳 以 下 の 場 合 自 動 的 離 職 、40 歳 以 上 の
場合定年繰り上げの事由にされる。これが原因で従業員のスト、集会、集団的
な中央請願行動が発生している。宝雛鋼鉄廠では、株式購入の資金を調達でき
なかった従業員が企業の正門前で一家全員服毒自殺するという事件が発生した。
こ う し た 指 摘 を 受 け て 、朱 鎔 基 は 同 会 議 の 席 上 で 、「単 純 か つ 無 責 任 に 破 産 や 競
売を宣伝、実施したり、あるいは大量の人員整理を行い、行政手段を用いて従
業 員 に 離 職 や 定 年 の 繰 り 上 げ を 強 制 」し て い る 問 題 を 指 摘 し 、 ま た 「指 導 的 幹 部
が盲目的に株式会社への移行を推進したとしても、企業自体の条件や市場が整
っていなければ、株式会社が引き続き欠損を出すという事態となり、従業員が
身銭を切ったり、借金して株を買っても報われないばかりか丸損という結果に
なる。このようなことが続けば、従業員の不満が爆発するのは当然であり、動
乱 に よ る 社 会 全 体 の 秩 序 の 動 揺 が 引 き 起 こ さ れ か ね な い 」と 強 い 懸 念 を 表 明 し
た。労働争議の激増は、労働環境や社会構造の変動に必然的にともなう摩擦を
反映するとともに、中国が改革という不可避の課題の本格的な遂行過程にあっ
て、共産党や政府の上部から末端までがその過程を導きうる能力をもつかどう
かの瀬戸際に立ち、その意味で社会的な緊張期に入っていることを実感させる
情報である。
おわりに
この調査報告は中間報告であり、結論はさしひかえる。上記の全体像の概観
にもとづく今後の調査・研究の方向性について列挙してまとめとしたい。
1. 失 業 お よ び 下 崗 の 実 態 、 再 就 業 工 程 の 動 向 を 国 有 企 業 改 革 の 動 向 (株 式 会 社
化 と い っ て も 「抓 大 放 小 」、 大 企 業 と 中 小 企 業 で は 労 働 問 題 へ の 対 応 が 異 な っ
て く る )と の 関 連 で 、綿 密 に 把 握 す る 。視 点 と し て は 国 有 企 業 の 改 革 全 体 に 有
利 で あ り 、か つ 労 働 権 の 侵 害 、し た が っ て 社 会 的 摩 擦 を 最 小 限 の も の と す る 、
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
ということにおく。
2.体 制 的 背 景 、文 化 的 背 景 、歴 史 的 背 景 を ふ ま え た 中 国 国 有 企 業 の 労 働 者 の 意
識状況と意識改革についての調査・研究がわれわれが予期している以上に重
要になると思われる。
3.労 働 市 場 の う ち 、労 働 力 供 給 過 剰 の 一 般 状 況 の 中 で 、こ と 人 材 市 場 に つ い て
は国有企業も外資系企業も過剰下の不足に悩んでいる。これは人材市場の機
能不全を物語っている。市場経済の深化に対応する技術者、経営者、営業マ
ン、各国語通訳、電算処理技術者の養成や流動化については、日本の豊富な
経験が役立つと思われる。
4.労 働 問 題 と 社 会 保 険 ・ 社 会 保 障 問 題 は チ ー ム を 作 り 、労 働 省 ・ 厚 生 省 の 関 連
調査研究との連携を模索し、中国と日本・世界の比較研究-日本の雇用促進
事業、日本の社会保険、失業問題に悩む先進国の諸経験-を通じて、中国に
適用可能な方策と経験を研究する。しかも、その研究は国有企業改革を促進
するという視点を貫く。
5.日 本 の 直 接 投 資 が 、雇 用 創 出 、労 働 者 の 素 質 の 向 上 ・ 技 術 者 の 技 術 水 準 の 向
上、労働者の意識改革、社会保険や住宅など生活的社会基盤の形成などに寄
与し得ている内容と問題点を、トータルにできるだけ正確に掌握する。
6.日 本 の ア ジ ア・中 国 へ の O D A が こ れ ら の 面 で 寄 与 し 得 て い る 内 容 と 問 題 点
をトータルに調査し、寄与すべき領域を探る。
なお、今回の中間報告では楊宜勇の文献を多用した。それは情報が多岐にわ
たるとともに体系的であり、筆者のこれまでの研究で未解明であった問題につ
いて突っ込んだ分析がなされていたことによる。楊宜勇は国家計画委員会社会
発展研究所社会保障室主任を務めるという。
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第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
注記
1 楊 宜 勇 等『 失 業 冲 撃 波 - 中 国 就 業 発 展 報 告 』今 日 中 国 出 版 社、1997 年 9 月 、
48 頁 。
2 韓 志 堂 「分 流 安 置 企 業 富 余 人 員 保 証 改 革 順 利 進 行 」『 中 国 労 働 科 学 』、 1996
年 2 月 、 33- 35 頁 。
3 楊 宜 勇 、 219、 220 頁 。
4 「国 有 企 業 改 革 に と も な う 余 剰 人 員 へ の 対 応 - 〈 再 就 職 促 進 プ ロ ジ ェ ク ト 〉
を 中 心 に 」『 日 中 経 協 ジ ャ ー ナ ル 』 1997 年 2 月 、 32 頁 。
5 『 人 民 日 報 』 1997 年 1 月 10 日 。
6 「高 度 重 視 誠 真 実 実 施 再 就 業 工 程 」『 人 民 日 報 』 1997 年 1 月 29 日 。
7 同 上 、 103 頁 。
8 『 解 放 日 報 』 1997 年 11 月 7 日 。
9 楊 宜 勇 、 208、 230 頁 。
10 楊 宜 勇 、 231 頁 。
11 楊 宜 勇 、 208 頁 。
12 1998 年 1 月 8 日 、 「瀋 陽 市 労 働 局 」で の ヒ ア リ ン グ に も と づ く 。
13 こ の 点 に つ い て は 明 確 な 規 定 が あ る わ け で は な い が 、労 働 部 と 国 家 統 計 局
が 1997 年 261 号 統 計 報 告 表 の 説 明 の 中 で 「下 崗 (レ イ オ フ )職 工 と は 企 業 の
生産経営状況等の原因により、すでに本人の生産もしくは仕事の持ち場を
離れ、かつ当該企業のその他のいかなる仕事にも従事していないが、依然
と し て 使 用 単 位 と の 労 働 関 係 を 保 留 さ れ て い る 人 員 を 指 す 」と 規 定 し て お
り 、 そ の 理 解 が 規 範 と さ れ て い る 。『 中 国 労 働 科 学 』 1997 年 12 期 、 50 頁 。
14 1998 年 1 月 7 日 、 「鞍 山 鋼 鉄 公 司 」に お け る ヒ ア リ ン グ に も と づ く 。
15 『 北 京 週 報 』 1997 年 4 月 13 日 、 No.13、 資 料 9 頁 。
16 楊 宜 勇 、 224- 225 頁 。
17 『 中 国 労 働 科 学 』 96 年 9 月 、 10 頁 。
18 拙 稿 「外 資 系 企 業 に お け る 労 働 問 題 と わ が 国 企 業 の 対 応 」日 中 経 済 協 会 編
『 中 国 の 対 外 開 放 政 策 の 変 動 と 外 資 系 企 業 』 (第 7 章 )日 中 経 済 協 会 、 1997
年 6 月 、 104 頁 。
19 楊 宜 勇 、 235 頁 。
20 楊 宜 勇 、 235~ 236 頁 。
21 『 複 印 報 刊 資 料 ・ F102』 1997 年 9 期 、 6 頁 。
22 楊 宜 勇 、 120、 128 頁 。
23 楊 宜 勇 、 119、 189 頁 。
24 同 上 。
25 馮 海 發 「中 国 農 業 労 働 力 転 移 的 現 状 、 前 景 及 対 策 」『 複 印 報 刊 資 料 ・ F102』
1997 年 3 期 21 頁 。
26 楊 宜 勇 、 100 頁 。
27 楊 宜 勇 、 100、 111 頁 。
28 楊 宜 勇 、 120 頁 。
29 楊 宜 勇 、 102 頁 。
30 丁 金 宏 「外 来 民 工 対 上 海 市 職 工 再 就 業 的 影 響 及 対 策 研 究 」『 複 印 報 刊 資 料 ・
F102』 95 年 7 期 、 31-38 頁 。
31 詳 細 は 、 上 海 に つ い て は 同 上 、 天 津 に つ い て は 注 4 の 文 献 、 33 頁 。
32 楊 宜 勇 77 頁 。
Ch13 本文-22
第 13 章
中国における国有企業改革と大量失業の発生
33 阜 勝 阻 「国 有 企 業 改 革 与 富 余 労 働 力 安 置 」『 人 民 日 報 』 1995 年 3 月 23 日 。
34 「1996 年 度 労 働 事 業 発 展 統 計 公 報 (摘 要 )」『 中 国 労 働 科 学 』1997 年 7 月 42、
43 頁 、 一 部 楊 宜 勇 に よ り 補 完 。
35 楊 宜 勇 、 225-227 頁 。
36 楊 宜 勇 、 80 頁 。
37 注 4 の 文 献 、 33 頁 。
38 新 華 社 = 中 国 通 信 97.8.20。
39 『 日 本 経 済 新 聞 』 98.1.18。 な お 、 そ の 後 の 情 報 に よ れ ば 、 こ の 委 員 会 は
単 独 で 独 立 す る の で は な く 労 働 部 を 母 体 に 労 働・社 会 保 障 部 に な る と い う 。
40 1998 年 1 月 9 日 「瀋 陽 市 体 制 改 革 委 員 会 」で の ヒ ア リ ン グ に も と づ く 。
41 拙 稿 「重 慶 市 社 会 開 発 の た め の 提 言 - 重 慶 市 の 社 会 保 険 制 度 改 革 」中 国 重
慶市改革・開放促進日中共同研究会日本委員会編中国重慶市社会開発の課
題 と 提 言 』太 平 洋 人 材 交 流 セ ン タ ー 、1995 年 3 月 。こ れ は 公 刊 さ れ な い も
の で あ っ た の で 、同 じ も の が『 経 済 情 報 学 研 究 』(姫 路 獨 協 大 学 )No.8、1995
年 9 月 、 pp.9-16 に 再 録 さ れ た 。
42 楊 宜 勇 、 197 頁 。
43 楊 宜 勇 、 198 頁 。
44 同 上 。
45 楊 宜 勇 、 196 頁 。
46 注 41 の 文 献 、 12~ 14 頁 。
47 新 華 社 = 中 国 通 信 97.8.21、 98.1.8、 中 国 新 聞 社 = 中 国 通 信 98.1.11、『 中 国
統 計 年 鑑 ・ 97』、 233 頁 。
48 『 中 国 統 計 年 鑑 ・ 97』、 293 頁 。
49 『 複 印 報 刊 資 料 ・ F102』 1997 年 9 期 、 6 頁 。
50 羅 冰 「文 件 透 露 企 改 陥 瓶 頸 」『 争 鳴 』 1997 年 12 月 、 17 頁 。
51 羅 冰 「国 企 改 革 大 危 機 」『 争 鳴 』 1997 年 11 月 、 25、 26 頁 。
Ch13 本文-23
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