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ISSN 1349-6085
未
September
2016
を
ひ
ら
く
科
学
技
術
ウェアラブル さらにその先へ
9
来
9
September
2016
3 ウェアラブル
さらにその先へ
羽より軽く、ラップより薄く
柔らかな電子部品が世界を変える
12
14
16
社会への架け橋
~シリーズ2 地球の水を考える 第 2回~
新しい“山の手入れ”で、森の命と水循環を救う
ささいな出来事が長く記憶される仕組みを解明
PTSDなどの精神疾患の治療法に期待 ほか
さきがける科学人 Vol.53
藤田 久美子(京都大学 防災研究所 流域災害研究センター 特定研究員)
表紙写真
手の甲にセンサーシートを貼った東京大学大学院工
学系研究科の染谷隆夫教授 。非常にしなやかで、
手のしわのような複雑な表面の形状にも追従し、
ぴっ
たりと密着させることができる。羽よりも軽くてラップよ
り薄いため、皮膚に貼っても装着感がない。
編集長:上野茂幸/企画・編集:浅羽雅晴・安藤裕輔・菅野智さと・佐藤勝昭・月岡愛美・鳥井弘之・松山桃世・村上美江・山下礼士
制作:株式会社エフビーアイ・コミュニケーションズ/印刷・製本:北越印刷株式会社
2
September 2016
ウェアラブル さらにその先へ
ひとの皮膚や臓器の表面に薄いシート型センサーを貼り付ければ、ス
に開発してきた。皮膚に貼っても装着感のないもの、服のように身に着け
ポーツに熱中している時でも、余暇を楽しんでいる時でも、いつでもどこ
られるもの、体内に埋め込めるものなど、生体と調和する電子部品の実
でも体調の変化や病気の原因や兆候をつかめる――。イラストに描かれ
現をめざしている。
ているのは、間もなく実現するかもしれない、そんなSFのような世界だ。
従来の機器では実現できなかった生体信号の計測や、体に負担の少な
挑んでいるのは、東京大学大学院工学系研究科の染谷隆夫教授が率
い継続的なモニタリングが可能になれば、体の機能や病気の解明が進み、
いるERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトだ。羽より軽く
新たな治療方法や健康維持の秘訣が見つかるかもしれない。ヘルスケア
てラップより薄く、柔軟に伸び縮みする。これまでにない電子部品を次々
や医療、福祉、スポーツ分野の一大革新が期待される。
戦略的創造研究推進事業 ERATO
染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト
ウェアラブル さらにその先へ
羽より軽く、ラップより薄く 柔らかな電子部品が世界を変える
機械はどこまで人と親しくなれるか
染谷 隆夫(そめや たかお) 東京大学大学院工学系研究科教授
1997年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了、博士(工学)
。97年東京大
学生産技術研究所助手、98年同講師、2000年同大学先端科学技術研究センター講師、02年
同助教授。03年東京大学大学院工学系研究科助教授、09年より現職。15年より理化学研究
所主任研究員、創発物性科学研究センター(CEMS)チームリーダー。09年~ 11年 CREST
研究代表者。11年よりERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト研究総括。
生体と調和するエレクトロニクスの鍵となるのは有機半導体だ。軽くて柔らかく、新しい材料を作りやすい有機物質の特徴を生
かして、フレキシブルで薄いフィルムのような半導体を開発し、心電や体温など生体信号を計測するセンサーとして実用化する。
染谷さんは、有機エレクトロニクスをウェア
壊れない、耐久性のある電子部品だ。15年ほ
通しているのは、車の自動運転、生活支援ロ
ラブル端末に使う利点について、こう説明す
ど前から、有機半導体の土台となる基材をど
ボット、人工知能、IoT(モノのインターネット)
る。
「無機材料と比べて、軽く、柔らかく、加
んどん薄くすることに取り組んできた。柔軟
など、生体と機械の調和である。
工しやすく、低コストです。分子設計によって
性の高い有機材料は、薄くすればするほど曲
「細胞など生体組織は硬い素材に触れると
新しい材料を作りやすいなど、優れた点も多
げたときに表面にかかる歪みが小さくなる。
容易に炎症反応を起こしてしまいます。素材の
くあります。それらの特徴を生かすことで、フ
その結果、さらに曲げやすく、しかも曲げても
柔らかさを生かす視点から、生体との親和性を
レキシブルで薄いフィルムのような有機電子
壊れず特性が変化しない電子部品ができる。
高めることを優先に取り組んでいます」
。
部品が実現できるのです」
。
「ウェアラブル端末は、服のように身に着
有機半導体には、印刷というどこにでもあ
もともとは、ロボットの触覚センサーを研究
ける機器ですが 、皮膚に貼り付けて一体化す
る作業工程で、大面積のデバイスが簡単に作
していた。2005年には、温度と圧力が同時に
るような電子部品をさらに進めて、体の中に
れる利点もある。薄くて大きなセンサーを作
測れ、伸び縮みする皮膚のようなセンサーを
埋め込むインプランタブル電子部品の開発を
り、広い面積を一度に計測することで、より
開発し、米国TIME誌に紹介された。
狙っています。人と機械が一体化し、調和す
詳しく正確な生体データを取得できる。
「その薄く柔らかいセンサーを、機械ではな
ることで新たな価値を生み出していく世界を
「新たな付加価値をエレクトロニクスに持た
く人の皮膚に貼り付けたら、新しい世界がひ
実現するためのエレクトロニクスという意味
せたという点で、独自の立ち位置にいるはず
らけるのではないかと考えたことが 、現在の
を込めて、プロジェクト名を『生体調和エレク
です。もちろん、シリコン半導体の微細化とい
研究の出発点です」
。
トロニクス』としました」と、目的を語る。
う主軸は今後も変わらずに重要ですが、有機
電子部品というと、硬くて、無理に曲げれ
エレクトロニクス分野は、これまでシリコン
半導体を生かした技術を組み合わせることに
ば壊れるのが一般的だが 、染谷さんが一貫し
半導体の微細化による性能向上や消費電力低
よって、ウェアラブルやインプランタブルとい
て追究してきたのは、曲げやすく、伸ばしても
減が主流だった。近年の新たな技術潮流に共
うフロンティアを拡大できると考えています」
。
世界が注目、3年で500件の論文引用も
染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトでは、材料開発から、プロセスの開発、デバイス作製、検証、システム化のステッ
プロジェクトは2011年 8月にスタートし、
プを担う5つのグループが連携して取り組んでいる。画期的なセンサーであるがゆえに、個人情報保護や倫理問題にも触れかね
これまでにいくつもの成果を挙げている。試金
ず、生体調和エレクトロニクスの技術や可能性を広く知ってもらうためのアウトリーチ活動にも力を入れている。
有機エレクトロニクスの新しいかたち
石となったのは、13年に開発した、世界最軽
量で最薄の有機電子回路だったと振り返る。
「1.2マイクロメートルという非常に薄い高
分子フィルムの上に、電気的にも高性能な電
子回路の作製に成功し、薄くて壊れにくいも
のを作るという最初のゴールを達成しました。
かし、1977年に白川英樹博士らが有機材料
ウェアラブル端末を実現する鍵となる。その
院の医療機器、それらの製造に関わる産業機
の1つであるポリアセチレンに導電性を持た
実現に最も近づいているのが 、東京大学大学
般的なラップの5分の1しかありません。ラッ
器の数々——。便利な生活を支える、多様な
せることに成功した。これをきっかけに世界
院工学系研究科の染谷隆夫教授のプロジェ
プと同じようにくしゃくしゃに丸めても壊れま
製品に組み込まれているのが半導体だ。その
的に注目を集め、有機半導体の開発が発展し
クトだ。
せん。ゴムシートと貼り合わせれば伸縮自在
材料には、これまでケイ素(シリコン)を中心
ていった。有機 LEDや有機太陽電池はすで
もっと薄く柔らかく、人の体になじむ素材
です。2倍以上に伸ばしても性能は保たれま
パソコンやスマートフォン、テレビ、車、病
回路も含めても厚さ2マイクロメートルで、一
とした無機材料が多く利用されてきた。近年
に実用化され、有機エレクトロニクス時代が
が欲しい。各種のセンサーを皮膚の表面に貼
す。しかも、この画期的なデバイスの製造に
では、有機材料を用いた半導体も広がりを見
まさに開花しつつある。
り付けたり、さらには体内に埋め込んだりし
は、特別な方法ではなく、既存のエレクトロニ
せている。
新たな応用開発の1つがウェアラブル端末
て、これまで測れなかった生体活動のデータ
クスの製造工程を応用できたのです。他の薄
プラスチックやゴム、繊維や木材に代表さ
だ。まだ腕時計型やメガネ型など硬いものが
を得ることも可能になる。ヘルスケアや医療
膜デバイスの開発につながる重要な成果でし
れる有機材料は、通常は電気を通さない。し
主流だが、有機エレクトロニクスは、柔らかな
の世界に大きな革命がもたらされるだろう。
た」
。
4
September 2016
■世界最軽量・最薄の柔らかい電子回路
羽よりも軽く、ラップよりもはるかに薄い電子回路。くしゃくしゃに折り曲げたり、生理食塩水に2週
間以上浸したり、2倍以上に伸ばしても壊れずに電気的性能を維持できる。
5
戦略的創造研究推進事業 ERATO
染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト
ウェアラブル さらにその先へ
有機半導体の製造プロセス確立へ
成果を発表してから約3年間で、関連する
子がほぼすべて、薄膜フィルム上に作製でき
サー、曲げても測れる圧力センサー、血中酸
論文の中には500件近くも引用され、大きな
た。生体調和エレクトロニクスの可能性を示す
素濃度や脈拍数を計測できる有機光検出器
反響を呼んでいるものもある。同じ時期に開発
のに十分な成果だった。
など、より高度なセンサーを実現できた。ま
した世界最軽量で最薄の柔らかい有機LED、
プロジェクトの中盤で必要な要素技術が
た、それらのセンサーに離れた場所から電力
薄く柔らかい有機デバイスの製造技術を
着方式で性能を確保しつつ、今後の実用化に
このインクで布地に印刷した電極や配線
向けて、低コストで大面積のデバイス製造が
は、元の長さの3倍以上に伸ばすことができ
先んじて成功していた世界最軽量で最薄の有
ほぼ揃ったことで、後半には、その組み合わ
やデータを供給できるシステム技術にも取り
開発しているのが「バイオ印刷グループ」だ。
機太陽電池を合わせると、半導体の主要な素
せで、体温を計測できる柔らかな温度セン
組んでいる。
グループリーダーを務める、東京大学大学院
可能な印刷方式のプロセスも確立していく計
る。印刷に特別な設備は必要なく、スポーツ
工学系研究科の横田知之講師は、こう語る。
画です。とても薄いフィルムなので、製造時
ウェアに使われるような伸縮性の高い布地で
「半導体デバイスの製造方法には、真空中
の取り扱いには細心の注意が必要です。量産
生体信号センサーを簡単に作ることができる。
で材料を加熱して気化させ、基材に付着させ
化に向けた課題ですが、成果を実社会で役立
当面は、スポーツ時の体の動きの計測や、高
る蒸着方式と、大気中で印刷する方式があり
てていくため、1つ1つクリアしなければいけ
齢者のモニタリングをする筋電センサーとし
ます。私たちのデバイスは、どちらの方法で
ません」
。
ての活用が期待されているが 、大面積で、筋
も製造できますが、蒸着方式の場合、薄いフィ
生体と親和性が高く、自由に伸び縮みする
電以外の生体信号を取得できるようになれ
ルムの基材にダメージを与えないように温度
素材として、布地に細かな電気回路を印刷で
ば、応用範囲も広がる。
を低く抑える工夫が必要でした。まずは、蒸
きる導電性インクも開発している。
■服に印刷できる導電性インク
伸縮性のある布地にも、電極や
配線を一度に印刷できる導電性
インク。元の長さの3倍以上に
伸ばしても導電性が保たれる。
着るだけで筋電が計測できるセ
ンサーを実現した。
■フレキシブル圧力センサー
曲げても正確に計測できる圧力センサー。ゴム手袋のように柔らかな曲面
上に貼っても圧力を測定できることから、これまで医師の感覚に頼ってい
た触診を定量化するデジタル触診などに応用できる。
■印刷できるフレキシブル体温計
印刷と同じ工程で作製できる体温計。赤ちゃんでも長時間装着できる。皮
膚に直接貼り付けて体温を常時モニターできる。
有機光検出器
横田 知之(よこた ともゆき)
バイオ印刷グループ
グループリーダー
医療やヘルスケアへの展開が期待され
ていますが 、ファッションやゲームへの
応用からスタートしてもいいと思ってい
ます。超柔軟有機 LEDを皮膚に貼り付
けて模様を浮かび上がらせるとか、日常
生活を楽しくするアイテムとして使うの
も面白そうですね。
ディスプレイ
生体の炎症反応を抑える
ウェアラブルのその先、生体内に埋め込む
■大気中で安定に動作する超柔軟有機 LED
厚さ3マイクロメートルの柔らかい有機 LED。貼るだけで皮膚が
ディスプレイになる。有機光検出器と組み合わせることで、装着感
なく血中酸素濃度や脈拍数を計測して表示できる。
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September 2016
め込むことで、失われた機能を補ったり、病
場合、異物から体を守るために起こる炎症反
インプランタブル電子部品の実現に向けた研
気の早期発見に役立てたりすることが期待さ
応を抑えなければ、長期間安定して生体信号
究も進めている。体内埋め込み型のエレクト
れている。
を計測するのは難しい。
ロニクス機器は、心臓ペースメーカーや人工
生体との親和性の高いセンサーを作るのに
「医用電子システムグループ」では、炎症反
内耳がよく知られているが 、有機材料を利用
大切なのは、組織に直接触れる素材の生体適
応のない生体埋め込み用電極の開発をめざし
した、よりフレキシブルなセンサーを体内に埋
合性を高めることだ。特に、体内に埋め込む
ている。グループリーダーである大阪大学産
7
戦略的創造研究推進事業 ERATO
染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト
ウェアラブル さらにその先へ
業科学研究所の関谷毅教授は、これまでの成
積化したシート型の生体電位センサーを作製
果をこう説明する。
「カーボンナノチューブと親水性のハイドロ
トの心臓表面に貼り付けて血液供給が急に不
そのため、従来とは根本的に異なる材料が必
しました。ゲル電極は、1カ月近く生体内に埋
足する虚血部位を見つける実験も行い、協力
要となりました」と、開発の経緯を語った。
め込む試験で、従来の生体内埋め込み型の金
した医師からも高い評価を得ている。この開発
そこで着目したのが、ポリアクリル酸だ。カ
ゲルを均一に混ぜることで、生体適合性と柔
属電極と比べて、炎症反応が極めて小さいこ
を始めたきっかけは、
「医師から生体適合性の
ルシウムイオンと結合すると凝集する性質を
軟性、導電性に優れたゲル素材を作ることに
とを確認しています」
。
高い、柔軟な電極の必要性と、それを活用した
持つことが知られている。凝集で発光する色
成功しました。フレキシブルな有機薄膜電極
シート型電位センサーには信号増幅回路も
治療への熱い思いを聞いたこと」だという。求
素を組み込むことで、濃度変化を検出するセ
にゲル素材を薄く塗布する手法も開発し、生
組み込まれ、生体活動で発生する微弱な信号
める電極に少しでも近づくため、ゲル素材のさ
ンサーとして利用できないかと考えた。
体適合性ゲル電極を有機薄膜電子回路と集
を安定して計測できる。関谷さんたちは、ラッ
らなる改良などに取り組んでいる。
たくさんの化合物を試して条件に合う色
素を見つけ出して組み込んだ新しい物質は、
カルシウムイオンがあると光り、濃度変化を
ゲル電極層
入力容量シート
可視化できる。ゲル状のため、大面積のシー
トでも微粒子でも、さまざまな形に加工でき
る。このセンサーは、土壌や食品中のカルシ
ウムイオン濃度の検査などにも使えそうだと
見ている。
有機インバーターシート
■紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサー
紙おむつの材料であるポリアクリル酸に、特殊な色素を組み込み、ゲル状のカルシウムセンサー
を開発した。これまでのセンサーでは捉えられなかった高濃度のカルシウムイオンが検出できる。
物理有機化学が専門の福島さんは、別の
実用化していく中で、必ず課題が出てくるで
開拓できます。エンジニアリングとサイエンス
側面からもプロジェクトに期待している。
「工
しょう。それを、理学の領域にフィードバック
を車の両輪のようにして発展させていくモデ
学領域であるエレクトロニクスの研究成果を
することで、さらに一段と新しい研究テーマを
ルケースになるといいですね」
。
有機トランジスター
スイッチシート
■生体適合性を持つ柔らかいシート型生体信号増幅回路
炎症反応が起こりにくく、生体内に長期間埋め込むことができる、柔らかくて導電性の高い生体適合性ゲル電極。この電極と有機増幅回路を組み合わ
せて、シート型の柔軟な生体信号増幅回路を開発した。心臓に貼り付ければ微弱な心電信号でも計測できる。
福島 孝典(ふくしま たかのり)
生体調和電子材料グループ
グループリーダー
条件に合う色素を見つけるまでに無数の
化合物を作りました。材料開発はトライア
ンドエラーの繰り返しですが、分子の気
持ちになって考えれば、いい結果につな
がります。石割文崇助教(中央)が、カル
シウムイオンセンサー開発の立役者です。
関谷 毅(せきたに つよし)
医用電子システムグループ
グループリーダー
生体内埋め込み型電極は、難病のALS
(筋萎縮性側索硬化症)などで体の自由
を失った方々が意思疎通を行うツールと
して、開発が進められています。将来は、
炎症反応の起こらない材料を開発して、
病気で苦しんでいる方を1人でも多く助
けることに貢献していきたいです。
生体動物の体温維持を計測
カルシウムイオンの新しいセンサー
紹介してきたセンサーについては、実際に
すが、関心は日毎に高まっているようです」
。
度差は0.1度しかないことを世界で初めて実
生体の計測やイメージングをしながら、技術的
動物実験などを通じてデバイスの有用性
測した。恒温動物が高精度に体温を一定に保
な改良を図っている。その活動を担っているの
も試している。フレキシブル温度センサーを
つ仕組みを、実際の計測で確認した成果だ。
が、東京大学大学院工学系研究科の関野正樹
使って、実際に呼吸しているラットの肺の表
これは、薄く柔らかい温度センサーがあって
准教授の「生体調和イメージンググループ」
だ。
面温度を計測してみた。呼気と吸気で肺の温
初めて実現できたもので、医学や生物学にお
関野さんは、医学と工学の融合領域である
生体工学の立場で、横田さんのフレキシブル
温度センサーや福島さんのカルシウムイオン
カルシウムイオンの濃度変化を捉えるセン
吸水剤であるポリアクリル酸を原料としたカ
センサーを生体に適用し、メリットや課題を
る。脈拍や脳波、体を動かすときに脳から筋
サーそのものは、半導体ではなく化学材料だ
ルシウムセンサーである。
探っている。
肉に伝えられる生体電位信号のほか、体内の
が 、インプランタブル電子部品の重要な要素
「カルシウムイオンの濃度変化を検出する
医療分野への応用に、関野さんは確かな手
情報伝達物質として働くカルシウムイオンの
技術として、
「生体調和電子材料グループ」が
センサーは、すでにたくさんの種類がありま
応えを感じている。
「共同研究者である多くの
濃度変化もその1つだ。カルシウムイオンは
開発してきた。グループリーダーは、東京工
すが 、これまでは細胞内の濃度が低い場合に
医師から、活用のアイデアや計測したい生体
通常、細胞の内側で低い濃度に、外側で高い
業大学科学技術創成研究院化学生命科学研
しか検出できないものでした。めざしているの
信号の要望を得て、開発に反映しています。
濃度に保たれ、その細胞内外の濃度変化に
究所の福島孝典教授だ。
は、生体内に埋め込んで、細胞外の高濃度の
脳外科や心臓外科 、皮膚科 、形成外科 、麻
よって、生体活動に必要な情報を伝えている。
福島さんたちの成果の1つが 、紙おむつの
カルシウムイオンも検出できるセンサーです。
酔科など、いろいろな診療科へ議論に行きま
生体からの信号には、さまざまな種類があ
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September 2016
■ラットの脳に埋め込むための
超薄型フレキシブル刺激電極
わずか2マイクロメートルの薄
さであるため、脳の表面に沿っ
て貼り付けることができ、MRI
測定とも干渉しない。電極から
電気刺激を与えて、誘発される
脳活動をMRIで観察できる。生
体適合性に優れた金とパリレン
(有機薄膜)から作られている。
9
戦略的創造研究推進事業 ERATO
染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト
ウェアラブル さらにその先へ
けるフレキシブル有機デバイスの応用可能性
温度や電気抵抗の信号を一度に、広い面積
今後の重要な課題になる。
を示したといえる。
で、しかも継続して計測できます」
。
「データ解析や情報処理の専門家とも連携
「柔軟性があるので、肺や心臓のように動く
そのようなデバイスは、今のところ世界で
して、その領域に切り込み、体内埋め込み型
臓器でも、追従して生体信号を計測できるの
も例がない。計測データという物理量から、
デバイスの実現に向けて、デバイスの長寿命
が利点ですね。複数の素子を集積化すれば、
いかにして意味のある情報を取り出すかが 、
化にも取り組んでいきます」と展望を語る。
関野 正樹(せきの まさき)
生体調和イメージンググループ
グループリーダー
普通の電子部品はMRIに入れると問題
が起きてしまいますが 、フレキシブルセ
ンサーは有機材料で、しかも非常に薄い
ので、MRIに入れることができます。ラッ
トの体内に埋め込んで生体を刺激した反
応を、MRIで精密にモニタリングする実
験もしています。
産業界との連携で、実用化を加速する
「アポロ計画」に例え、目標を共有する
材料開発も含めてこれほど多くの成果を生
行くためのロケット(手段)は何だろう。それ
な角度から取り組んでいます。当然、費用も
み出している理由は何か。染谷さんはその疑
に自分はどう貢献(役割分担)
できるのだろう」
かかりますが、JSTの支援の仕組みを活用し、
問にこう答える。
ということを明確にするよう言い続けてきた。
新しい産業に貢献できるような、強い特許基
「やはり、各グループがそれぞれの強みを明
プロジェクトの全員が共通の目標を持ち、
盤が築かれつつあります」と手応えを示す。
確に持ち、それらを融合させるグループ間の
自らの責任を果たすのは、決して簡単なこと
このほかにも、成果を産業界に橋渡しする
連携がとれたことが大きかったですね。プロ
ではない。資金だけでなくマネジメントも含め
取り組みとして、
「フレキシブル医療 IT研究
ジェクトの最大の特徴であり、誇りとしてい
た研究支援の下、そうしたことがしっかり実
会」を立ち上げた。フレキシブル有機デバイ
る点です。発表した論文のほとんどが複数グ
現できるプロジェクトに育ったことが、数々の
スの医療やヘルスケア分野での産業応用をめ
ループの共同執筆です。めざしてきたのは、
成果に結びついているのだろう。
ざす産学連携の研究会だ。設立から3年で法
多くの研究者がそれぞれ役割を果たしながら
成果の確実な実用化に向け、知財戦略にも
人会員が100社を超え、今年 7月には9回目
連携して初めて開発できるものですが 、それ
力を入れている。
「われわれの研究が社会に貢
となる研究会を開いた。プロジェクトからの情
ができたのも、CRESTとERATOでJSTの
献していくには、成果を産業界に橋渡しする
報発信だけでなく、市場調査やロードマップ
研究支援を受けながら、研究仲間が増え、優
ことが欠かせません。そのために重要となるの
作成など、会員による主体的な活動も広がっ
秀な若手研究者が育ってきたおかげです」
。
が、使いやすく強い特許を実現するという戦
ている。国内外の企業から技術に対する関心
染谷さんは常に、
「このプロジェクトはアポ
略に基づいた特許出願です。これは研究者だ
が寄せられる中で、こうした産学連携がフレ
ロ計画ほど大きくはないけれど、われわれに
けでできるものではないので、知財の専門家
キシブル医療ITという新たな産業分野の創出
とっての月に行く
(目標)とは何だろう、月に
にもプロジェクトに加わってもらい、いろいろ
につながると期待される。
個人情報保護、倫理問題にも踏み込む
染谷さんがもう1つ力を入れているのが 、
究の価値が伝えられたら、製品化する人だけ
て研究を進めています」
。
プロジェクトの目的や研究成果を広く社会に
でなく、使う人も含めた支援者が増えると信
羽よりも軽く、ラップよりも薄く、柔軟に伸
プロジェクトの最終目標は、成果の実用化
産業応用が期待されるプロジェクトの成果
ル技術や関連市場が急速に動き出しているこ
知らせていくためのアウトリーチ活動だ。ウェ
じています」と力を込めた。
び縮みして、体の表面にあっても内部にあっ
である。東京大学大学院工学系研究科の伊
はいろいろとある。昨年11月には、布地に電
とから前倒しした。ゼノマ社では、生体調和エ
ブサイトでの情報発信、ニュースレターの発
プロジェクトの最終段階として、それぞれ
ても違和感のない電子部品——。これまでに
藤章特任研究員の「インターフェースグルー
子回路を印刷したテキスタイル型電子部品に
レクトロニクスの先駆けとして、着用者の全身
行、高校への出張授業、研究室見学の受け入
のデバイスの実用化に向けた改良を進めると
ないエレクトロニクスの領域がひらかれよう
プ」は、その出口に向けた仕上げの部分を担
関する特許をもとに、ベンチャーとしてゼノマ
の情報を計測できる、装置感のないテキスタイ
れなど、研究の合間に積極的に活動している。
ともに、生体調和エレクトロニクスがめざす
としている。これが一大領域として発展する
う。開発した生体信号センサーを組み合わせ、
社を設立した。当初は、プロジェクト終了後に
ル型電子部品の商品化をめざしている。
その理由を、
「研究にかける思いや重要性
「究極の無装着感」を実現するための研究にも
とき、ヘルスケアや医療だけにとどまらない
必要な材料の改良を重ねながら、実用的なセ
起業する予定だったが、世界的にウェアラブ
を、研究者自身がナマの言葉で伝えることが
着手している。
社会のさまざまな領域が大きく変わり、日本
ンシングシステムに仕上げる。
重要だから」と語る。
「これだけ大きな予算規
その狙いを染谷さんはこう語る。
「無装着感
が強みとしてきたモノづくりの世界にも、新た
インターフェースグループには、もう1つ重
模の研究をしているからには、やはり説明責
を実現するには、無装着感というぼんやりし
な風を呼び込むことになるだろう。
「将来は、すべての電子部品が柔らかく生
要な役割がある。
「産業界からも注目され、たく
任があります。論文の発表はもちろん、広く
たコンセプトを、科学的根拠に基づいて、数
さんの問い合わせがあります。それら1件1件
一般の方々に理解してもらうには、研究の面
値化して評価できるようにしなければなりま
体と調和するものとなって、フレキシブルとわ
に対応して、踏み込んだ議論や、製品化の可
白さや大切さを、私やグループリーダー 1人1
せん。人それぞれ異なる感覚なので難しいと
ざわざ言う必要もなくなるかもしれません」
。
能性の調査など、産業界との窓口の役割も担っ
人が語らなければいけません。さらに、そのこ
ころはありますが、プロジェクト終了後も継続
夢を語る染谷さんの顔には自信があふれて
ているのです。私は長らく企業の開発部門にお
とを通じて、支援の輪を広げていきたいとい
して発展させていきたいと長期的視野に立っ
いた。
り、社内での新事業立ち上げなども経験してき
ました。開発から、実証、事業化といった企業
の一連の流れを知っていますから、その経験を
生かしていきます」
。
プロジェクトは、今年1月に米国ラスベガ
スで開催されたエレクトロニクス製品の見本
市「CES2016」に、導電性インクを使った伸
縮性導体を出展し、伊藤さんは現地での案内
役を務めた。
伊藤 章(いとう あきら)
インターフェースグループ
グループリーダー
企業の研究部門では、実験は仕事の
一部でしたし、実験で手を動かすこ
とは大好きでした。もともとの専門
である有機合成化学の知見を生かし
て、必要に応じた材料開発も行って
います。
う思いもあります」
。
科学技術と社会とをつなぐ領域は、研究者
だけでつくれるものではない。特に、ウェアラ
ブルやインプランタブルなデバイスで生体信
号を計測して役立てていくには、個人情報の
保護と活用や、社会と個人の倫理という問題
にも踏み込んでいく必要がある。
「科学的根拠を持って、社会の1人1人にき
ちんと考えてもらうため、正しい情報を伝えて
「米国には新しいものに対する好奇心が強
おきたいのです。われわれだけでできる活動
い方が多く、導電性インクも関心を集めまし
には限りがあります。そもそも理系の技術者
た。海外の反応に直接触れることで、実用化
は説明が苦手ですが 、自分たちがわくわくし
への思いがさらに強くなりました」
。
ながら、寝る間も惜しんで取り組んでいる研
10
September 2016
プロジェクトを訪れた広尾学園中学校の生徒とフレキシブル有機デバイスについて議論した。
イラストレーション(P3): Junichi Kishi、写真提供:東京大学染谷研究室(P5 〜 8、P9下、P11)
、東京工業大学福島研究室(P9上)
11
社 会への架け橋
CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域
荒廃人工林の管理による流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発
~シリーズ 2 地球の水を考える 第 2 回~
新しい“山の手入れ”で 、
森の命と水循環を救う
日本は国土の約 65%を森林が占める「森の国」である。これまで輸入材の増加で国産木材価格が低迷し、林業従事者の高
「50%間伐」で 、流域の渇水問題にも貢献
「水管理には 、人工林の50%間伐が有効」と、CRESTの研究代表者 、恩田裕一筑波大学アイソトープ環境動
態研究センター教授は指摘する。研究チームは 、全国 5か所の人工林で50%前後の間伐を実施し、降水 、蒸発 、
表面流 、地下水流などのデータから間伐の有効性を実証した。
水循環と水の収支をとらえる
「水文観測システム」
ではない。調査する森林の内外に雨量計を設
ことを実証できたことに大きな意味がありま
置し、表面流や林地から排出される水の量を
す」と恩田さん。利根川流域などでの渇水が
測り、全体の流れを把握する。さらに、樹木
心配されているだけに、心強い結果である。
間伐の有効性は、これ以前のCRESTでの
からの蒸発散量、林床からの蒸発量を測定す
この5年間のCRESTの研究では、航空機
齢化もあって人工林の荒廃が進んでいた。鬱蒼と茂った森林は豊かに水を蓄えているように見えるが、雨水は枝葉から蒸発
研究『森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影
るセンサー、幹に沿って流れる水量の測定装
レーザー測量なども活用し、森林状態の変化
してしまい、土壌にまでは浸透しない。森の機能を回復させる有力な対策が、間伐である。適切な間伐により、雨水の蒸発が
響の解明とモデル化』
(2003-2008年)の成
置、水質を調べる装置などを要所に設置して、
に対応する水と土砂の流出モデルをまとめ、
減り、光が森林下層にまで届くことで下草が回復し、土壌への浸透能力が高まる。同時に、表面流による土砂流失や濁水も
果として得られた。
総合的に水循環をとらえる「水文観測システ
濁りを抑えつつ渇水時の水量を最大化するた
防ぐことができる。
管理放棄された人工林の下層に太陽光が
ム」を整備した。
めの
「森林管理手法シナリオ」
の提示も行った。
JSTのCREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域における「荒廃人工林の管理による流量
増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発」では、水源林の視点から、適切な間伐による森林管理について研究した。
届かず、下草が衰え、土壌浸透力が低下して
このシステムを作り、まず伐採前の基礎
2011年 3月の東日本大震災に伴う原子力
表面流が増加する実態を明らかにした。
「下草
データを収集した。その後、斜面に沿って帯
発電所事故後には、栃木県内などに設置して
状に伐採する「列状間伐」
、等間隔に伐採する
あった「水文観測システム」のデータが、原子
「点状間伐」で、伐採前後のデータを比較して
力発電所からの放射性物質の移行に関する
の回復には50%の間伐が必要なことを証明
したのです」と先行研究の成果を語る。
日本の人工林の間伐は一般的に30%程度
日本の森林面積と人工林の構成
全森林のうち
約 40%が人工林
渇水による影響の発生状況
1983年から2012年の30年間に
渇水で上水道の減断水
のあった年数
0年
1年
2 〜 3年
4 〜 7年
8年以上
その他
136万ha
とされる。成果を実証するには実際に50%伐
採を行う必要があった。今回の研究では、地
研究(J-RAPID)にも貢献した。
効果を確かめた。
「人工林は30年、50年単位で植林、育林、
人工林を持続的に利用していく
伐採を繰り返すことで持続的に利用できま
質や気候などが異なる栃木、愛知、三重、高
この大がかりな観測システムによって、降雨
す。これまでの森林管理は経済性や生態系保
知、福岡のスギ、ヒノキ林で30 ~ 60%の間
が樹木の枝葉にとどまる「樹冠遮断量」の変化
全が中心でしたが 、水管理の面からも間伐の
伐をし、水循環の変化を観測した。
を明らかにした。伐採前の人工林では、森林が
有効性を実証したのは初のケースです。この
森林の水循環(降水から蒸発散、表面流、
存在しない草地に比べて5 ~ 8割程度しか雨
研究が 、私たちにとって大切な水源である森
水が地面に到達しない。残りは枝葉にとどまっ
を守り利用していくために、貢献できればと
て降雨の間にも蒸発してしまう。50%間伐を行
願っています」と恩田さん。
地下水流など)のデータを集めることは容易
うと樹冠遮断量が減少し、間伐前には約3割
この成果は、里山や公園、街路樹の管理に
だったのが間伐後には2割に減った。間伐後は
も活用できるというから心強い。
下草からの蒸発量が増えるものの、土壌への
浸透は確実に増加した。土壌への浸透が増え
ると、豪雨の際にも河川への流出を抑え、地下
水としての貯蔵力を高めることになる。
総面積
2508万ha
天然林
1343万ha
人工林から河川への流出量も増加し、栃木
人工林
1029万ha
県内の森林調査では年流量が約1.4倍に増え
た。また、間伐に伴う土砂の流出は下草が回
復するにつれて抑えられ、河川の水質への影
響もほとんどないことを確かめた。
「特に、渇水期の夏場の河川流量が増える
出典:林野庁 森林資源の現況(平成 24年 3月31日現在)
出典:国土交通省ホームページ
http://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_
tk2_000015.html
恩田 裕一(おんだ ゆういち)
12
September 2016
水文観測システム
森林管理モデル
の概要
荒廃人工林 強度間伐 間伐後の人工林
レーザー観測による
森林現況の推定
蒸発散減少
蒸発散
筑波大学アイソトープ環境動態研究セ
ンター 教授
1990年筑波大学大学院博士課程地球科学研究科
地理学・水文学専攻修了。理学博士。90年日本学術
振興会特別研究員(PD)
、92年名古屋大学農学部助
手。95年米カリフォルニア大学バークレー校 地理・
地球物理学部客員研究員。99年筑波大学講師、03
年同助教授、09年同教授。12年アイソトープ環境
動態研究センター副センター長、13年福島大学 環
境放射能研究所副所長を兼務。15年より現職。
樹液流量計
林内雨の増加
表面流の発生
蒸発散増加
統合モデル
水流出量を増加させ、
水質の向上が望める
画期的な水供給技術の開発
および河川環境の改善。
林床被覆の回復
土砂流出
雨水浸透
濁水
土壌侵食増加
林床裸地化
土壌水
濁水
表面侵食減少
水流出
水質の向上
地下水への涵養
水質
水循環モデル
渇水流量の向上
13
研究成果
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
研究課題「細胞集団の活動動態解析と回路モデルに基づいた記憶統合プロセスの解明」
ささいな出来事が長く記憶される仕組みを解明
PTSD などの精神疾患の治療法に期待
脳は常に経験したことを記憶しますが 、時
いました。それぞれの学習時に共通の神経細
開催報告
戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)
初の公開シンポジウム開催
将来の低炭素技術における ALCA の役割を強くアピール
人間は脳に蓄えられているさまざまな記憶情
地球温暖化問題が深刻化し、対策に向けて
報告がありました(特に森教授は「ステージ
口大国に普及できる技術開発が必要である」
ゲート評価で頭と心が鍛えられた」とユーモ
と指摘しました。
間の経過とともに記憶は薄れてしまいます。
胞が働くことで、ささいな出来事の記憶と強
報を関連付けることで知識を得ています。記憶
世界の気運が再び高揚しています。発足 6年
ただ、とても辛い出来事や大きな事件に遭遇
烈な体験の記憶が相互作用し、ささいな出来
が関連付けられる仕組みが解明されることで、
目を迎えた先端的低炭素化技術開発(ALCA)
アを交え、会場の笑いを誘っていました)
。
橋本 PDは戦略的な研究における国際連携
した前後のささいな記憶を、妙に鮮明に覚え
事が長時間記憶される行動タグが成立するこ
トラウマの記憶から起きるPTSDなどの精神疾
は、これまでの取り組みや成果を広くアピー
パネルディスカッションでは、ALCA国際
は慎重にすべきこと、技術普及と企業収益と
ていることがあります。
とを見いだしました。
患の治療につながることが期待されています。
ルするための、初めての公開シンポジウムを
評価委員の池上徹彦元会津大学長が 、
「CO2
のバランスを考慮すべきことを述べた上で、
富山大学大学院医学薬学研究部の井ノ口
6月30日に横浜で開催しました。
排出低減という明確な目標を掲げたプログラ
ALCAのさらなる飛躍の期待とPDとしての
馨教授らは、マウスを使い、通常ならすぐに
基調講演では橋本和仁プログラムディレク
ムであるのでトップダウンマネジメントは有効
決意を表明しました。企業からの参加者が約
忘れてしまうようなささいな出来事でも、その
ター(PD)より、昨年のCOP21で日本が国
である。さらに国際的な取り組みが必須だが
6割を占め、ALCA発の新技術への注目の高
前後に強烈な体験をした場合、ささいな出来
際的に約束したCO2 排出削減目標は、現状の
現時点では不十分」と指摘しました。また、本
さがうかがえる中、ALCAの存在をさらに強く
事が長く記憶される、そんなメカニズムを解
技術の延長線上では達成できず、革新的な低
部和彦東京大学教授は「インドや中国など人
印象づけることができました。
明しました。
炭素技術開発が必要であること、そのための
基調講演を行う橋本プログラムディレクター
パネルディスカッションにおいて話題提供する
池上元学長(右から2番目)
マウスにささいな出来事(弱い学習課題)と
ALCAにおける“ゲームチェンジング”な研究
強烈な体験(新規環境の経験)の両方を与え、
開発課題の採択と、研究成果を節目毎に厳し
いつまで記憶が保存されているか調べた結
くチェックする“ステージゲート評価”の取り
果、30分後までは覚えているのに24時間後
組みが紹介されました。
には忘れてしまうようなささいな出来事の場
また成果紹介では、
「ALCAの主力技術で
合でも、その弱い学習課題を行う前後1時間
ある次世代蓄電池の研究は世界のトップであ
以内に強烈な体験を経験したマウスでは、24
る」
(首都大学 金村聖志教授)
、
「独自の手法
時間後のテストでもささいな出来事を覚えて
記憶が神経細胞の集団として符号化され、脳内に蓄えられる様子 。
で大口径、高品位な窒化ガリウム結晶成長が
飛躍的に進歩」
(大阪大学 森勇介教授)との
研究成果
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」
研究課題「超高速・超低電力・超大面積エレクトロクロミズム」
自由に切って 、表示できるディスプレイを開発
開催報告
知財活用支援事業
イノベーション創出を促進する大学の知的財産マネジメントの実現に向けて
日本の持続的な発展のため、大学の研究成
坂本修一文部科学省科学技術・学術政策
を全国の大学に普及させ、知財マネジメント強
果に基づくイノベーション創出が強く期待され
局産業連携・地域支援課長は、オープンイノ
化をぜひとも図ってほしい」と提言しました。
ています。そんな中、今年3月に文部科学省の
ベーションへの期待の高まりを背景とする組
「大学がめざすべき知財マネジメントについ
織トップが関与する「組織」対「組織」の本格
て方向性を共有できた。知財マネジメントの
文字や絵を表示できる一般的なディスプレ
このディスプレイシートは、回路全体を曲
されるため、表示を変えた後は電源ユニット
イは、スマートフォンなどの電子機器をはじめ、
げて使うことのできるフレキシブル基盤を使
からディスプレイを取り外すこともできます。
私たちの身の回りで幅広く使用されています。
います。透明電極を付けた基盤に、ポリマー
エレクトロクロミックは近年世界的に研究
検討会にて、報告書「大学の成長とイノベー
柔らかいものや薄いものなど、ディスプレ
をスプレーでコートして製膜したものと、固体
が盛んになっていますが 、このシートの作製
イの多様化が進む中で「液晶」と「有機EL」
電解質層を取り付けたものとを合わせて作製
に成功したことから、今後は乗り物や建物、
ション創出に資する大学の知的財産マネジメン
的な産学官連携の推進、そのための大学にお
高度化と重要性を改めて実感。各大学と研究
がよく知られていますが 、どちらも完成後に
します。このポリマーの、湿気や酸素に対す
サングラス、レインコートなどさまざまなもの
トの在り方について」がとりまとめられました。
ける研究経営システムの確立、大学の知的財
機関で、知財マネジメントなどの方針につい
て議論を深めてほしい」と、伊藤洋一文部科
ディスプレイを切って再度使用することはで
る高い安定性により、ハサミで切っても電圧
を透明にしたり着色させたりできる、
「色の着
そこで取り上げた大学の知的財産マネジメ
産マネジメント強化を呼びかけました。
きません。また、
「不揮発性」であるエレクトロ
を加えることにより繰り返し表示させることが
替えを楽しむ新しいライフスタイル」を提案し
ントのあり方を、産学官が共有し、意見交換
後藤吉正JST理事は、
「先進大学で成功した
学省科学技術・学術政策局長は、シンポジウ
クロミックディスプレイは、酸化還元状態を
できます。また、電源を切っても表示が保持
ていく予定です。
することを目的として、文部科学省とJST主
知財・技術移転ロールモデル(一気通貫モデル)
ムを締めくくりました。
講演に聴き入る参加者
JSTの知財マネジメントの今後の方針を提言す
る後藤吉正JST理事
維持することにより外部からの電力供給がな
催シンポジウム「イノベーション創出を促進す
くても継続表示が可能ですが 、実用化に耐え
る大学の知的財産マネジメント~大学の成長
られる材料が少ないため、応用箇所は限られ
とイノベーション創出の実現に向けて~」が開
ていました。
催され、400人を超える参加がありました。
物質・材料研究機構の樋口昌芳グループリー
「日本の競争力低下を大いに危惧している。
ダーの研究グループは、電気をかけることで色
大学経営力強化の一環としての大学知財マネ
が変わるエレクトロクロミック特性を持つポリ
ジメントこそが重要で、日本再生にも不可欠
マー材料を使用して、ハサミで好きな形に切れ
である」と、濵口道成 JST理事長が開会早々
る新しいディスプレイシートを開発しました。
14
September 2016
好きな形に切った後でもきれいに表示できる。
に強調しました。
15
vol.53
藤田 久美子
F
u
j
i
t
a
K
u
m
i
k
o
京都大学 防災研究所
流域災害研究センター 特定研究員
プロフィール 1995年、関西外国語大学米英語学科を卒業。財団法人 日本国際協力センターや財団法人 砂防・
地すべり技術センターなどを経て、2007年、米国コロンビア大学 国際公共学部で修士(環境科学政策学)を、
12年に京都大学大学院地球環境学舎で博士(地球環境学)を取得。ユネスコのコーディネーターなどで海外勤務
を経験し、14年より現プロジェクトに参加。
言葉のつなぎ役から、人と技術のつなぎ役へ
防災技術を現地の生活に活かす
に通訳をしていた時でした。アジアの国々か
い政府が、いくら防災情報や技術を提供して
ら来て、日本で防災技術を学び笑顔で帰国し
も、人々は動きません。現地の事情を把握し
テロ事件がなければ、今年の夏もバングラ
た彼らが、1年もたたずに別の道に進むと耳に
て人と技術をつなぐ人文系の研究者と、防災
デシュで調査をするつもりでした。洪水で雨
しました。技術を生活に組み込むつなぎ役と、
技術の開発者が力を合わせれば、きっと人を
季ごとに地形が変わる砂州を訪れ、住人の話
流域全体での連携した対策がなく、せっかく
救えるはずだと確信を持つようになりました。
を聞きます。今まで洪水に何度遭ったか、災
の技術を活かせなかったのです。
害の情報はどこから得るか、いつ、どう逃げる
もどかしさから一念発起し、米国に渡りコ
息子ともども自分らしさで勝負
のか。こうした調査に出向くといつも笑顔で迎
ロンビア大で環境学を学びました。英語学が
幼少期から海外に憧れ、関西外語大に進み
えられ、データ集めには苦労しません。
専門だったため、まったく分野の違う気象学
ました。留学前に海外でのサバイバル術を大
現地の習慣に合わせ、毎食カレーを食べ、
や地学、毒物学などをゼロから学ぶことに苦
学で徹底的に学びました。自分のことは自分
露出の少ない服装で出かけます。文化が違う
労しました。無理のきいたあの頃を懐かしく
で決断する。トップダウンで物事を進める。ま
ように、洪水の形態や規模も日本とは大違いで
思います。
ず結論を伝える。こうした精神面から、感染症
す。水位はじわじわと上がり、2 ~ 3 ヵ月間は
大学院修了後は、ベトナムやインドネシア
を避ける入浴法や香水のつけ方などの生活面
水が引きません。毎年、国土の3割ほどが浸水
の現場で経験を積みました。いつ、誰から、ど
まで、幅広い内容でした。
します。その間、家を捨てて土地を移り、水が
のような情報を人々に伝えるかが鍵です。財
当時は、米国に行けば米国流に合わせ、日
引くのをじっと待つのが彼らの防災対策です。
産も移住先も、代わりの職も保障してくれな
本に戻れば大和撫子に戻る方法を学ぶ時代で
洪水そのものによる人身被害よりも、畑が
した。今、私は日本人らしさを大切にしていま
水面下に沈み、収入が途絶え、食べ物が手に
す。現地の文化を尊重しながらも、
「ハグは苦
入らずに餓死するのです。道ばたに倒れ、そ
手」などと、自分の習慣にないことは伝えます。
のまま命を失っていく姿を初めて見た時の衝
髪や肌の色から言葉までがすべて違うイン
撃は忘れられません。気候変動で洪水の頻度
ドネシアの小学校に、7才から放り込まれた息
や規模が変化する一方で、人口は日本よりも
子は、他人との違いに極めて寛容です。日本の
増え続け、貧困層はより危険な場所に住まざ
保育園では「男の子らしくない」とからかわれ、
るをえなくなっています。
ひた隠しにしていたピアノも、今は人前で堂々
災害に苦しむ人々を、なぜ最先端の技術で
と披露します。私も息子も、自分らしさを見つ
救えないのだろうか。疑問に思ったのは、20
代後半にJICA(国際協力機構)の研修生相手
けてそれぞれ勝負する時代なのでしょうね。
現地の人に囲まれ、熱心に話を聞く藤田さん(右下)
。
民間企業から財団法人、国際公務員、NPO、
大学など、さまざまな組織を渡り歩く中で、私
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)防災領域
らしさが発揮できる場は、被災地の人と技術の
研究課題「バングラデシュ国における高潮・洪水被害の防止軽減技術の研究開発」
間にあると気付きました。国籍も組織も研究分
バングラデシュでは、高潮や洪水などの災害が繰り返し、貧困が加速しています。この負のスパイ
ラルを断ち切るため、ハザードマップを作成し、河岸侵食や堤防決壊、有害物質の拡散による被害を
抑える対策を提案しています。避難システムを開発して、災害に強い地域社会の構築をめざします。
野も違うさまざまな人のつなぎ役として、これ
September 2016
からも私らしく、現場に通い続けます。
(JST広報課・松山桃世)
発行日/平成 28 年 9月1日
編集発行/国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)総務部広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町 5-3サイエンスプラザ
電話/ 03-5214-8404 FAX / 03-5214-8432
E-mail / [email protected] ホームページ/ http://www.jst.go.jp
JSTnews / http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/
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