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自殺免責期間経過後の自殺と保険者免責の可否

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自殺免責期間経過後の自殺と保険者免責の可否
自殺免責期間経過後の自殺と保険者免責の可否
最一判平成16年3月25日民集58巻3号753頁(平成13年(オ)第734号、同年(受)
第723号)保険金請求、債務不存在確認請求本訴、同反訴事件
裁判所時報1360号2頁、判時1856号150頁、判タ1149号294頁、金法1714号105頁、
金判1194号2頁
第一審 東京地判平成11年3月26日判時1788号144頁、金判1111号22頁
第二審 東京高判平成13年1月31日判時1788号136頁、金判1111号10頁、東京高等
裁判所(民事)判決時報52巻1∼12号1頁
[事実の概要]
(1)Ⅹ、株式会社は、Aが昭和42年7月に防水建
築請負を主たる目的として設立した会社であり、
同人は、平成7年10月31日に死亡するまで、そ
の代表取締役であり、死亡後は、その妻Ⅹ2が代
表取締役に就任した。同社は、平成2年度以降、
毎年度の売上高が4億円前後であったが、未処理
損失が次第に増加し、平成6年度には、その額が
1億円を超え、同年度末の借入金総額が2億7千
万円を超えており、平成6年頃の経営状態は相当
に厳しい状況にあった。
(2)Ⅹ1会社は、Aを被保険者、同社を保険金受取
人とする生命保険契約を、平成6年6月1日に4
件、平成7年5月1日に3件、同年6月1日に1
件、締結した。また、Aは、同年7月1日に、Aを
一′■\
被保険者、Ⅹ2を保険金受取人とする生命保険契
約を2件締結した。これらの保険契約の保険者、
保険の種類および保険金額、保険期間は次のよ
うである(なお、下記の生命保険会社の表記は、
Y,生命のように、簡略化した。また、Y4_1生命
とY4_∠生命は、本判決前に合併している)。いず
れの保険契約にも、保険者の責任開始の日から
1年内に被保険者が自殺した場合には、保険者
は死亡保険金を支払わない旨の定めがある。
(a)平成6年契約
Y】生命、定期保険、主契約死亡保険金1億5
千万円、10年
Y2生命、定期保険、主契約死亡保険金1億5
千万円、5年
Y3生命、定期保険、主契約死亡保険金2億円、
災害割増特約の災害死亡保険金9千万円、傷
害特約の災害死亡保険金1千万円、5年
Y。_1生命、定期保険、主契約死亡保険金1億
円、災害割増特約の災害死亡保険金9千5百
万円、傷害特約の災害死亡保険金5百万円、
5年
(b)平成7年契約(保険金受取人がⅩ1の契約)
Y5生命、定期保険、主契約死亡保険金2億円、
5年
Y,生命、定期保険、主契約死亡保険金1億5
千万円、災害割増特約の災害死亡保険金1億
円、5年
Y。_2生命、定期保険、主契約死亡保険金9千
万円、災害割増特約の災害死亡保険金9千万
円、傷害特約の災害死亡保険金1千万円、5
年
Y6生命、定期保険、主契約死亡保険金2億円、
災害割増特約の災害死亡保険金9千万円、傷
害特約の災害死亡保険金1千万円、10年
(C)平成7年契約(保険契約者がA、保険金受
取人がⅩ2の契約)
Y41生命、定期保険、主契約死亡保険金9千
万円、災害割増特約の災害死亡保険金5千万
円、傷害特約の災害死亡保険金5百万円、5
年
Y2生命、定期保険特約付き終身保険、主契約
死亡保険金250万円、定期保険特約の死亡保
険金4750万円、災害割増特約の災害死亡保
険金5千万円、主契約・終身、定期保険特約・
10年、災害割増特約・19年
この他に、Ⅹ1会社は、平成7年8月から9月
にかけて、複数の損害保険会社との間で、被保
険者をAとする5件の傷害保険契約(保険金の
合計額は3億円)を締結した。
Ⅹ.会社およびAが支払うべき保険料の合計額
は、平成7年7月には、本件各生命保険契約のみ
で月額209万8176円となり、同年9月には、別
件の養老保険および上記の傷害保険の各保険料
13
を加えると月額225万円を超える金額に達して
いた。
ものと認めるのが相当である。」と判示し、平成
6年契約の主契約保険金の請求を認容し(第1事
(3)Aは、平成7年10月31日の午前中にⅩ1会社
が屋上防水補修工事を請け負っていた埼玉県
〔略〕所在の集合住宅用建物3棟の中間検査に立
ち会った後、同日午後2時30分頃、1人で上記
建物のうちの1棟の屋上に上がり、同所から転
落し、脊髄損傷等により死亡した。
(4)Aの死亡をめぐって、3つの訴訟が提起され、
件)、平成7年契約に関するYl生命らの債務不
存在確認請求を認容し(第2事件)、併せて、1
年内自殺免責条項により平成7年契約に関する
保険金請求を棄却した(第3事件)。
併合審理された。第1事件は、Ⅹ1会社がYlな
いしY。_1生命に対し、上記4件の平成6年契約
に基づき各保険金およびその遅延損害金の支払
を請求したものである。第2事件では、平成7年
契約のY、ないしY6生命(Y。生命を除く)が、
Xl会社またはⅩ2に対し、平成7年契約の主契
約に基づく死亡保険金について保険金支払債務
の不存在確認を求めた。Yl生命らは、Aが転落
死する数ヶ月前に締結された6件の生命保険契
約はいずれも保険金を不法に利得するための手
段としてなされたもので、公序良俗に反して無
効であり、仮に有効であるとしても、1年内自
殺免責規定により免責されるなどと主張した。
第3事件は、第2事件に対する反訴として、Ⅹ
会社がY,、Y。_l、Y5、Yb生命に対し、X2が
Y2、Y。_2生斜こ対し、平成7年契約に基づく各
保険金およびその遅延損害金の支払を求めたも
のである(いずれの請求も災害割増特約等の各
保険金を含む)。
本件では、Aの転落死を不慮の事故であると
して災害割増特約等の各保険金を含め、主契約
の死亡保険金と合計で、Ⅹ1会社が17億4千万
円、Ⅹ2が2億4千5百万円を請求している。こ
れに対し、Yl生命らは、Aの転落死はⅩ1会社
らに保険金を取得させることを専らないし主た
る目的とする自殺であり、本件各契約は、保険
金の不法利得目的を達成する手段として締結さ
れたものであり、全体として公序良俗に反して
無効であること、また、平成7年契約については
被保険者の1年内自殺免責条項により免責され
る旨を主張し、さらに、重大事由を理由とする
解除が行われたこと、過大な保険への集中加入
により危険が著増し保険契約が失効したことに
より保険者は保険金支払義務を負わないと主張
した。
(5)1審判決は、「本件事故は不慮の事故ではな
く、Aが原告会社及びⅩ2に巨額の保険金を得さ
せることを目的として事故死を装って自殺した
14
当事者双方の控訴による2審段階で、Yl生命
らは、平成6年契約に関し、商法680条1項1号
による保険者免責の主張を追加している。控訴
審判決は、契約締結ないし責任開始日から1年
経過後の被保険者の自殺が専らまたは主として
保険金の取得を目的とすることを保険者が主
張・立証したときは、1年内自殺免責特約にも
かかわらず、商法680条1項1号の原則に基づき、
保険者は保険金支払義務を免れると判示し、Y、
生命らの主張を認め、1審判決を一部取消し、
Ⅹ1会社らの請求をすべて棄却した。
(6)Ⅹ1会社およびⅩ2は、主契約死亡保険金のみ
の支払を求めて上告および上告受理を申し立て
た。上告理由は、2審判決の経験則に反する事
実認定として民事訴訟法312条2項6号にいう理
由不備または理由の食違いを指摘する。上告受
理申立て理由中、最高裁判所により取り上げら
れたものは、大要、次のようである。原審判決
は、1年経過後の自殺についても、被保険者が
専らまたは主として保険金の取得を目的として
自殺したときは、商法680条1項1号により保険
者が免責されると解する。しかし、この問題に
関する最上級審の判例はなく、従来の高等裁判
所の判決例では、自殺が保険金受取人に保険金
を取得させることを唯一または主たる目的とす
る場合であっても、それだけで1年内自殺免責
条項の適用が排除されているわけではない。被
保険者の自殺が犯罪またはそれと同視できる行
為によるなど、その方法・態様等を総合して、公
序良俗に反するなどの特段の事情がある場合に
はじめて同免責条項の適用が否定されている。
本件原審判決は、これに反する判断をしている。
また、この間題について判例・学説は混乱して
おり、早急に最高裁判所の法令解釈の統一が必
要である。
[判旨]
一部破棄差戻し、一部破棄自判、一部棄却。
I.原審の確定した事実関係に基づき、最高裁は、
「上記の死亡事故は、上告会社及びAが、上記の
通り、多数の保険会社との間で、多額の保険金
額の本件各生命保険契約等を締結していること、
当時の上告会社の経営状態は相当に厳しく、月
額200万円を超える保険料の支払を継続するこ
とは相当に困難な状態にあったこと、上記死亡
事故に至るAの行動については合理的な説明が
できないことから、自殺によるものと認めるの
が相当である。」とする。そのうえで、原審の自
殺の認定に関して理由の不備・食違いがあると
いう上告理由については、事実誤認または単な
る法令違反の主張であり、民事訴訟法312条1項
または2項所定の上告理由に該当しないとする。
Ⅱ.さらに、職権により、「第2事件の平成7年契
約関係被上告人5社の上記保険金支払債務の不
存在確認請求に係る訴えについては、第3事件
の上告人らの平成7年契約に基づく保険金等の
支払を求める反訴が提起されている以上、もは
や確認の利益を認めることはできないから、平
成7年契約関係被上告人5社の上記訴えは、不
適法として却下を免れないというべきである。
したがって、原判決主文第二項のうち、上記
保険金支払債務の不存在確認請求に関する部分
は、破棄を免れず、同部分につき第1審判決を
取り消して、同請求に係る訴えを却下すること
とする。」
Ⅲ.平成6年契約に関する第1事件について、最
高裁は上告受理申立ての理由があるとして以下
のように述べ、原審判決を破棄差戻している。
「商法680条1項1号は、被保険者の自殺による
死亡を保険者の保険金支払義務の免責事由の一
つとして規定しているが、その趣旨は、被保険
者が自殺をすることにより故意に保険事故(被
保険者の死亡)を発生させることは、生命保険
契約上要請される信義誠実の原則に反するもの
であり、また、そのような場合に保険金が支払
われるとすれば、生命保険契約が不当な目的に
利用される可能性が生ずるから、これを防止す
る必要があること等によるものと解される。そ
して、生命保険契約の約款には、保険者の責任
開始の日から一定の期間内に被保険者が自殺し
た場合には保険者は死亡保険金を支払わない旨
の特約が定められるのが通例であるが、このよ
うな特約は、生命保険契約締結の動機が被保険
者の自殺による保険金の取得にあったとしても、
その動機を、一定の期間を超えて、長期にわたっ
て持続することは一般的には困難であり、一定
の期間経過後の自殺については、当初の契約締
結時の動機との関係は希薄であるのが通常であ
ること、また、自殺の真の動機、原因が何であっ
たのかを事後において解明することはきわめて
困難であることなどから、一定の期間内の被保
険者の自殺による死亡の場合に限って、その動
機、目的が保険金の取得にあるか否かにかかわ
りなく、一律に保険者を免責することとし、こ
れによって生命保険契約が上記のような不当な
目的に利用されることを防止することが可能で
あるとの考えにより定められたものと解される。
そうだとすると、上記の期間を1年とする1年
内自殺免責特約は、責任開始の日から1年内の
被保険者の自殺による死亡の場合に限って、自
殺の動機、目的を考慮することなく、一律に保
険者を免責することにより、当該生命保険契約
が不当な目的に利用されることの防止を図るも
のとする反面、1年経過後の被保険者の自殺に
よる死亡については、当該自殺に関し犯罪行為
等が介在し、当該自殺による死亡保険金の支払
を認めることが公序良俗に違反するおそれがあ
るなどの特段の事情がある場合は格別、そのよ
うな事情が認められない場合には、当該自殺の
動機、目的が保険金の取得にあることが認めら
れるときであっても、免責の対象とはしない旨
の約定と解するのが相当である。そして、この
ような内容の特約は、当事者の合意により、免
責の対象、範囲を一定期間内の自殺による死亡
に限定するものであって、商法の上記規定にか
かわらず、有効と解すべきである。
このような見地に立って本件をみるに、前記
の事実関係によれば、Aが自殺したのは、平成
6年契約の責任開始の日から1年を経過した後
であるから、1年内自殺免責特約により、上記
特段の事情がない限り、商法の上記規定の適用
が排除され、保険者は、平成6年契約に基づく
死亡保険金の支払義務の免責がされないものと
いうべきところ、当時、Aが経営する上告会社
の経営状態は相当厳しい状況にあり、上告会社
及びAは、前記のとおり、多数の保険会社との
間で、多額の保険金額の本件各生命保険契約等
を締結していたこと等が明らかであるが、その
自殺に至る過程において犯罪行為等が介在した
形跡はうかがわれず、その他公序良俗にかかわ
る事情の存在もうかがえない本件においては、
その自殺の主たる動機、目的が、保険金を保険
金受取人である上告人らに取得させることに
あったとしても、上記特段の事情があるとはい
えないものというべきである。
15
そうすると、上告会社の平成6年契約に基づ
く主契約の死亡保険金の請求については、1年
内自殺免責特約により、商法680条1項1号の
規定の適用が排除されるものと解すべきである。
これと異なる原審の判断には、判決に影響を及
ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は
理由があり、原判決主文第一項は破棄を免れな
い。そして、上記請求についてさらに審理を尽
くさせるため、同項に係る部分につき、本件を
原審に差し戻すこととする。
なお、上告人らの平成7年契約に基づく保険
金請求に関しては、上告受理申立ての理由が上
告受理の決定において排除された。
よって、裁判官全員一致の意見で主文のとお
り判決する。」
(上記判旨中のI、Ⅱ、Ⅲという数字は、判例
研究の便宜上、筆者が付したものである。)
[研究]
1.本判決の主旨
上記判旨IおよびⅡの部分は、主として民事訴
訟法の論点に関わる判示であり、本稿では、Ⅲの
部分を中心に検討する。Ⅲの部分に関しては、従
来、最高裁判例がなかったところであり、本件判
決は、最高裁が初めてこれについてその見解を明
らかにしたという意味で、実際上も理論上も重要
である。
Ⅲの部分の本件判旨によれば、①商法680条1項
1号の趣旨は、被保険者の自殺は故意に保険事故を
発生させることであり、信義則に反し、その場合
に保険金が支払われると、生命保険契約が不当な
目的に利用される可能性が生ずるから、これを防
止することなどにある。②約款の一定期間内の自
殺免責特約は、自殺による保険金取得目的で生命
保険契約を締結しても、その動機を長期間持続す
ることは困難であり、一定期間経過後の自殺は、通
常、かかる動機との関係が希薄であるうえに、事
後に自殺の動機、原因を解明する困難などから、一
定期間内の自殺は、その動機、目的を問わず、一
律に保険者免責とすることで、生命保険契約の不
当目的の利用を防止できるとの考えによる。③1
年内自殺免責特約は、1年内に限って自殺の動機、
目的を考慮することなく、一律に保険者を免責し、
生命保険契約の不当日的利用を防止しようとする
が、1年経過後の自殺に関しては犯罪行為等が介
在し、死亡保険金支払を認めることが公序良俗に
違反するおそれがあるなどの特段の事情がある場
16
合以外は、保険金取得目的の自殺であっても保険
者は免責されないとする約定と解される。このよ
うな内容の特約は、商法680条1項1号にかかわら
ず、有効である。④平成6年契約に関しては、Aの
自殺は1年経過後であるから、上記特段の事情が
ない限り、商法680条1項1号の適用が排除され、
保険者は免責されないと解されるが、本件では、自
殺に至る過程で犯罪行為等の介在も公序良俗に関
わる事情もうかがえないから、保険金取得目的が
あったとしても、特段の事情があるとはいえない。
⑤平成6年契約に基づく主契約の死亡保険金の請
求については、1年内自殺免責特約により商法680
条1項1号の適用が排除される。
判旨は、①と②の部分で、商法680条1項1号と
1年内自殺免責特約の趣旨についてその立場を明
らかにしている。③の部分が判旨の核になる判示
である。④と⑤の部分は、本件特約と680条1項1
号との関係を明らかにし、(動は、とくにその約款
解釈の本件への当てはめを論じている。⑤は、そ
の特約と680条1項1号との本件での適用関係を明
らかにしている。
680条1項1号が約款により変更を許すものか否
か、許されるとしてどの範囲かは、同規定がいか
なる趣旨の規定であるか、強行規定か任意規定か
という解釈によって定まる。当事者の合意により
変更が可能であるとして、本件で問題となった1
年内自殺免責条項(本件判決は、1年内自殺免責
特約と表現しているが、災害割増特約などと区別
するため、本稿では、判旨を直接に引用する場合
を除いて、自殺免責条項と記す)と680条1項1号
との適用関係はどのように解すべきかが問われる
ことになる。その際、本件で中心的争点となった
1年経過後の保険金取得を主たる目的とする自殺
の場合に、1年内自殺免責条項のみが適用され、保
険者は免責されるのか否かが問題となる。以下、順
次検討する。
2.商法680条1項1号の趣旨
通説によれば、680条1項1号の一律の自殺免責
は、射倖契約としての生命保険契約の性質上要請
される当事者間の信義誠実の原則に反し、生命保
険契約が不当の目的に利用されるのを防ぐためで
あると解されてきた(大森忠夫・保険法〔補訂版〕
292頁(1985年))。本件判旨①部分は、これとほ
ぼ同じ説明をしており、通説的見解に従うもので
あろう。ただ、判旨は、信義則と不当目的の利用
防止「など」が本規定の趣旨であると説明してい
るので、これらに限定するわけではなく、たとえ
ば、自殺を誘発しないことなどその他の付加的な
理由もあるように含みをもたせている。しかし、判
旨の意味は、そのような付加的な理由もあろうが、
同規定の主たる立法趣旨は、やはり信義則と生命
保険契約の不当目的の利用防止にあるということ
であろう。その意味では、本件判旨は、通説と同
趣旨を述べるものといってよいと思う。被保険者
が保険契約者でも保険金受取人でもない場合に、
その自殺を生命保険契約の当事者に求められる信
義則のみを根拠にして、保険者免責を基礎づけら
れるかどうかには、疑問があるが(中村敏夫・生
命保険契約法の理論と実務581頁(1997年)、竹濱
修「被保険者と保険における自殺免責条項」立命
館法学225・226号315頁(1993年))、不当目的の
利用の防止を中心に考えて、私見も同規定の立法
趣旨の解釈としては、本件判旨に賛成する。
このような立法趣旨から見ると、同規定は、強
行法規のようにも考えられるが、通説は、生命保
険契約の不当目的の利用を防止できる限りは、基
本的に任意規定と解している(田辺康平「生命保
険契約と保険者の免責事由」ジュリスト736号2526頁(1981年)、倉沢康一郎・保険法通論138頁、
141頁注(2)(1982年)、石田満・商法Ⅳ(保険法)
【改訂版】331頁(1997年))。680条1項1号は、全
保険期間を通じて一律の自殺免責を定めており、
不当目的で自殺したか否かを問わない。保険金目
的でない自殺についても保険者免責となる。不当
目的で自殺したか否かの立証問題の困難を回避す
るという保険者の利益を保護する意味で、かかる
一律の自殺免責が定められているとすれば、その
利益を放棄して、保険者が自殺免責について同規
定と異なる定めを置くことは可能であり、同規定
は任意規定であると解することができる(竹濱・前
掲論文316頁)。そうすると、自殺免責条項のない
生命保険契約が可能かどうか問題となるが、任意
規定説を徹底すれば、これも理論的には可能であ
るといわざるをえない。自殺免責条項がないこと
によって直ちにその生命保険契約が公序良俗に反
する契約になるわけではない。自殺による保険金
取得目的で生命保険契約を締結することは、公序
良俗違反になると解することができ(中西正明・追
加説明・保険事例研究会レポート157号8頁(2000
年)、同「生命保険約款の自殺免責条項」大阪学院
大学法学研究31巻1・2号147頁(2005年))、その
場合には、その生命保険契約の内容が問題となっ
て無効となるのではなく、保険契約者側の動機の
不法が問題となって契約が無効となるのであり、
保険者は保険金支払義務を負わなくなる。このよ
うに680条1項1号を任意規定と解しても、法的に
は問題はない。もちろん、自殺免責条項がなけれ
ば、被保険者の不当目的などその主観的事実の立
証の困難が問題となり、不法な保険金取得が容易
になるおそれが生じるが、それゆえに通常は一定
期間の自殺免責条項が約款に設けられているとも
言えるのである。本件判決がこのような解釈を採
るものであるかどうかは明らかではないが、通説
の解釈に従うとすれば、本件判旨は、少なくとも
生命保険契約の不当目的の利用を防止できる限り
は、680条1項1号の任意法規性を認めるものであ
ろう。
3.約款の自殺免責条項の趣旨
約款の自殺免責条項の趣旨に関する判旨②の部
分は、基本的に通説的見解と同様であると見られ
る。判旨②は、一定期間内自殺免責条項は、自殺
による保険金取得日的(被保険者が自殺により保
険金受取人に保険金を得させる目的をいう)で生
命保険契約を締結しても、その動機を長期間持続
することは困難であり、一定期間経過後の自殺は、
通常、この動機とは関係が希薄であり、死亡後に
動機・原因を解明する困難から、一定期間内の自
殺は、動機、目的を問わず、一律に保険者免責と
することで、生命保険契約の不当目的の利用を防
止できるという考えによるものであるという。こ
の見解は、契約締結当初からの保険金取得目的の
自殺を排除することを中心にしており、これによ
り生命保険契約の不当目的の利用は防止できると
いう考え方である。本免責条項は、契約締結後に
保険金取得目的を生じ、自殺した場合を含めて、保
険金取得目的の自殺をすべて排除する趣旨とは考
えられていない(中西正明・本件判批・民商法雑
誌131巻2号307頁(2004年)。岡山地判平成11・
1・27金法1554号90頁も、この点の解釈は同様で
ある)。不当目的の立証問題の困難を回避し、生命
保険契約の公序良俗に反する不当利用を予防する
という見地から、約款の自殺免責条項は、最も問
題のある部分を保障範囲から予め除外したものと
解され、判旨は正当であると思う。
このような自殺免責条項は、契約当初の一定期
間内の自殺を一律に保険者の保障範囲から除外す
ることにより、困難な主観的事実の立証問題を回
避し、免責期間により画一的で簡便な処理を可能
にし、法律関係を明確化している。
17
4.1年経過後の保険金取得目的の自殺
(1)判旨③部分は、1年内自殺免責条項について、
1年内は、自殺の動機を問わず、一律に保険者
免責により不当目的利用を防止しようとするが、
1年経過後の自殺は、公序良俗違反のおそれが
あるなど特段の事情のない限り、保険金取得目
的であっても、保険者免責にならない約定であ
るという。この解釈は、原則として責任開始の
日より1年という期間の前後により被保険者の
自殺が保険者免責となるか否かを決する約款文
言どおりの結論を認める趣旨であろう。判旨は
「当該自殺の動機、目的が保険金の取得にあるこ
とが認められるときであっても、免責の対象と
しない旨の約定と解するのが相当である。」と述
べて、このことを明らかにしている。この部分
は、約款の自殺免責条項が、自殺による保険金
取得を意図して生命保険契約を締結する不当目
的の利用を防止する趣旨であることに忠実な解
釈であり、正当であると思う。
問題は、「当該自殺に関し犯罪行為等が介在
し、当該自殺による死亡保険金の支払を認める
ことが公序良俗に違反するおそれがあるなどの
特段の事情がある場合は格別」であって、その
ときは、約款の自殺免責規定の内容として保険
者が免責されると判旨が解している点である。
自殺免責条項には、このような特段の事情があ
る場合には、1年経過後の自殺に対して保険者
が免責されるという定めはない。約款文言の解
釈から、このような結論を導き出すことは無理
である(中西・前掲本件判批310頁)。約款の自
殺免責条項には、上述の特段の事情がある場合
の保険者免責が黙示的に合意されていると解す
るほかには、このような解釈は困難であろう(西
島梅治「自殺免責期間経過後の自殺」生命保険
契約法の変容とその考察204貞(2001年)。甘利
公人・本件判批・上智法学論集48巻1号106頁
(2004年)は、本件判旨は、自殺免責条項の適用
が排除され、680条1項1号により保険者が免責
されるとする従来の下級審判決例と理論的には
異ならないという)。
しかし、被保険者の当該自殺が犯罪行為に関
わって行われたものであったり(前掲岡山地判
平成11・1・27〔友人を道づれの事故偽装の自殺〕、
山口地判平成11・2・9判時1681号152頁〔保険の
実質的な利益享受者による自殺教唆〕。この他
に、酉嶋梅治=長谷川仁彦・生命・傷害保険に
かかわるモラル・リスク判例集105-108頁(2000
18
年)によれば、松山地判平成11・8・17、その控訴
審判決である高松高判平成12・2・25〔不慮の事故
を偽装した嘱託殺人による自殺〕がある)、事故
を偽装して自殺し不正請求となるときなど、公
序良俗に反する事情がある場合は、端的に、そ
れらの保険契約は、公序良俗違反により無効に
なると解することができよう(山下友信・本件
原審判批・保険事例研究会レポート161号18頁
(2001年)、同・保険法467-468頁(2005年)、中
西・前掲本件判批31卜313頁。なお、この見解と
ほぼ同じ方向を示すものとして、甘利公人「商
法680条1項1号と自殺免責条項」上智法学論集
44巻3号33頁(2001年)、播阿憲「保険金支払
義務と免責事由」金融・商事判例増刊号1135号
109頁(2002年)、福島雄一「生命保険契約の自
殺免責約款における免責期間経過後の被保険者
自殺の問題(1)(2)」福島大学行政社会学論集14
巻3号64頁以下、4号55頁以下(2002年)、同
「生命保険契約の自殺免責約款における免責期間
経過後の被保険者自殺に関する一考察」保険学
雑誌582号30貢以下(2003年)、広瀬裕樹「自
殺免責期間を定める約款規定の効力」愛知大学
法学部法経論集160号171頁以下(2002年)。大
澤康孝・判批・ジュリスト1231号188頁(2002
年)は、この方向の解釈も認める)。このように
して保険者が保険金支払義務を負わないという
解釈は、約款の自殺免責条項の内容としてこの
結論を認めるものではなく、それとは別に、保
険契約の利用のあり方が公序良俗に反すると考
えるものである。約款の自殺免責条項の文言、そ
の制定趣旨および自殺免責期間の前後で画一的
で簡便な取扱いをしてきた従来の実務によれば、
この解釈が適当であると思う。ただ、学説上、公
序良俗に反することになる基準については、若
干の相違があるようである。
いずれにしても、公序良俗に反する事情があ
るときは、保険者はそれを立証して保険金の支
払を免れることができるとする点で、判旨③の
実質論には賛成する。それを約款の1年内自殺免
責条項の中身として、あるいは約款規定の適用
を排除して商法680条1項1号によって実現しよ
うとする解釈は、正当でないと考える。その保
険金請求を認めれば生命保険契約が悪用される
ことになるという事実に基づき、率直に、その
ようなあり方が公序良俗に反すると認めるべき
であろう。
(2)前掲山口地判平成11・2・9等をめぐって展開さ
れた学説の議論では、以前から主張されていた
有力説の見解が改めて注目を集めた。有力説は、
680条1項1号が信義則ならびに生命保険契約の
不当目的利用の防止を根拠とすることを強調し、
これを公序良俗の要請であると捉え、被保険者
が保険金受取人に保険金を取得させることを唯
一または主たる目的として自殺する場合になお
保険者が保険金を支払うものとする約定は、そ
の効力を否定されるべきであると主張していた
(大森・保険法292頁、大澤康孝「生命保険にお
ける自殺免責」エコノミア89号11頁(1986年)、
中村敏夫・生命保険契約法の理論と実務581頁
(1997年。初出・ジュリスト499号(1972年))、
西島梅治・保険法〔第3版〕362頁(1998年。初
版、1975年)、坂口光男・保険法327貞(1991年)
等)。これを基礎にして、最近の有力説は、さら
に、1年経過後の保険金取得目的の自殺は、そ
の不当目的を実現させることになり、許されな
いから、この場合には、1年内自殺免責条項は適
用されず、680条1項1号の趣旨に戻って、保険
者が免責されるべきであると主張していた(石
原全・判批・判例時報1488号220-221貢(1993
年)、笹本幸祐「人保険における自殺免責条項と
証明責任(二)」文研論集125号95-99頁(1998
年)、山下丈「生命保険契約と被保険者の危険」
東海法学23号56頁(2000年)、西島・前掲「自
殺免責期間経過後の自殺」207貞、山下典孝「生
命保険契約における自殺免責条項に関する若干
の考察」法学新報109巻9・10号608-609頁(2003
年))。
しかし、自殺免責期間経過後に実行された自
殺は、たとえ保険金取得目的があったとしても、
契約後の事情の変化による経済的問題や病苦な
どを原因とすることが通常であり、社会的に見
て同情されることもあり、また、遺族の生活保
障および保険金受取人の保護を考慮すると、か
かる場合に保険金が支払われることがつねに公
序良俗に反するとは言い難いであろう。自殺に
追い込まれることも、経済的危険の一つである
と理解すれば、その場合に保険金取得目的が主
たる動機になったとしても、社会的には宥恕さ
れる要素があると考えられる。とりわけ、契約
締結後、数年あるいは十数年して、保険金取得
を主たる目的として被保険者が自殺した場合に
まで保険者が免責されると解することは、保険
契約者側にとって厳格すぎる結論であり、妥当
とは思われない(洲崎博史・判批・1197号108頁
(2000年)、中西・前掲論文128頁、三宅新・本
件原審判批・ジュリスト1261号192頁(2004年))。
それゆえ、保険金取得を主たる目的とする自殺
は、公序良俗に反する行為であり、それは生命
保険契約を無効にするという一般理論は、採ら
れるべきではないと考える(山下友信・保険法
467頁。山野嘉朗・本件原審判批・判例時報1806
号202頁(2003年)もこの趣旨を含むように見
られる)。その意味で、本件判旨が、自殺した被
保険者に保険金取得目的があったとしても、そ
のことだけから保険者が免責されることはない
としているのは、正当であると思う。いうまで
もないが、このことは、始めから自殺により保
険金を取得する意図で生命保険契約が締結され、
自殺が実行される場合に、それが公序良俗に反
して無効になることとは明確に区別されるべき
である。
5.特段の事情
判旨④は、本件被保険者の自殺に至る過程で犯
罪行為等の介在も公序良俗にかかわる事情もうか
がえないから、保険金取得目的があったとしても、
保険者免責となる特段の事情があるとはいえない
とする。判旨は、保険金取得日的はあったかもし
れないが、本件死亡事故を被保険者の通常の自殺
のほうに近いと見ているようである。すなわち、
「上記の死亡事故は、上告会社及びAが、上記の通
り、多数の保険会社との間で、多額の保険金額の
本件各生命保険契約等を締結していること、当時
の上告会社の経営状態は相当に厳しく、月額200万
円を超える保険料の支払を継続することは相当に
困難な状態にあったこと、上記死亡事故に至るA
の行動については合理的な説明ができないことか
ら、自殺によるものと認めるのが相当である。」と
まとめている。
しかし、1審および原審判決は、(a)集中加入に
よる保険金額の巨額化、直後に多額の傷害保険契
約も締結したこと、加入時の言動、経営状態の厳
しいⅩ1会社が月額200万円超の保険料支払いを継
続することの困難から、「本件各保険契約は、健全
な会社経営者の経営判断の枠内では理解し難い異
常なものである」とし、(b)Aの転落時前後の言動
の不自然さおよび不慮の事故を前提とする転落態
様が想定できないことから、「本件事故は不慮の事
故ではなく、Aが原告会社及びⅩ。に巨額の保険金
を取得させることを目的として事故死を装って自
殺したものと認めるのが相当である。」とする。要
19
するに、原審は、本件各保険契約が異常なもので
あり、被保険者の自殺は、事故死を偽装して巨額
の保険金取得を目的としたものであるという。こ
こでは、本件自殺は、単純ではなく、不当性の色
合いが相当に認定されている。
単なる事故死を装う自殺であったならば、これ
のみでは公序良俗に反する特段の事情は認めにく
いであろう。家族のことを考えて、本人が自殺を
隠す意図で、事故死を装う自殺に及ぶこともある。
崖からの自動車転落事故のように、自殺手段に
よっては意図的に事故死の偽装をしたのでなくと
も、事故死か自殺かが判明しにくい場合もある。し
かし、原審のいう「巨額の保険金を取得させる目
的」が、事故死を装うことにより本来請求できな
いはずの災害死亡保険金等までも得させる意図を
含める意味であり、その目的のために事故死偽装
の自殺が行われたとすれば、それは不正な利得を
企図した行為である。これを放置すれば、自殺を
する被保険者は事故死を偽装することにより何ら
損は生じないから、不正請求への歯止めがなくな
る。このような不正または不法な利得を目的とし
た行為は、公序良俗に反するといえよう(大阪地
判平成3・3・26交通民集24巻2号374頁、文研生命
保険判例集6巻307頁〔集中加入、入院給付金の不
正請求に関する公序良俗違反〕等、中西・前掲本
件判批312-313頁、同・前掲論文146頁)。そのう
えに、本件各保険契約は、集中加入であって保険
金額も保険料額も理解し難い異常なものであると
いう事情が加わるときに、果たして単純な保険金
取得目的の(不法利得目的のない)自殺といえる
かは相当に疑問である。保険契約が異常に締結さ
れ、それに基づきかかる不法な利得目的の自殺が
行われた場合、これは、公序良俗に反するおそれ
を生じさせる特段の事情に該当するといってよい
ように思われる(甘利・前掲本件判批112頁は、本
件保険契約は認定事実から総合的に判断すると、
公序良俗違反により無効であるといわれる)。
これに対して、単純な保険金取得目的の自殺で
あるとすれば、本件で支払われる保険金額の合計
は、平成6年契約の6億円であり、これだけではま
だ公序良俗に反するとはいえず、無効になるのは、
約款文言どおりに保険金を支払うことによる結果
が公序良俗に反するといえる程度に社会的相当性
を欠く場合に限定されるべきであるという謙抑的
な立場もある(山下友・前掲本件原審判批19頁、
山野・前掲判批202頁等)。これは、行為の悪質性
の点で、前述の岡山地判平成11・1・27や山口地判
20
平成11・2・9等の事案と比べて、本件Aの事故死偽
装程度では足りないと考える立場である。しかし、
原審のいう「巨額の保険金を取得させる目的」が
上述のようであるとすれば、契約を無効とするに
足る不法性の高い水準に達しているのではなかろ
うか(なお、本件最高裁判決以後に現れた東京地
判平成16・9・6判タ1167号263頁は、実質的に保険
の利益を受けうる第三者が迫死をするかのように
告げて不当に被保険者に自殺を働きかけ、その第
三者の娘が保険金受取人として保険金を請求した
事案において、保険者が免責される「特別の事情」
があるとしている。同判決は、この場合、保険金
を支払うことが公序良俗に反するおそれがあると
も述べている)。
もっとも、私見によっても、災害割増特約や傷
害特約が付されていない2件の平成6年契約につ
いては、主契約の定期保険だけであり、事故死で
も自殺でも支払保険金額は同じであるから、事故
死を偽装しても、不法利得を意図した不正請求に
なることはありえない。その意味で、この2件に
ついて公序良俗違反による保険契約の無効を主張
することは、理論上やや困難が感じられるかもし
れない。しかし、この2件を含めて全体の保険契
約が巨額の保険金の不法の利得目的で計画的に利
用されていたという認定ができるのであれば、そ
のような保険契約の利用の仕方自体が公序良俗の
観点から問題である。原審が「本件各保険契約は、
健全な会社経営者の経営判断の枠内では理解し難
い異常なものである」という意味が、そのことを
指すのであれば、本件各保険契約が全体として巨
額の不法な利得目的に利用されていたと見られる
余地があり、この場合、すべて無効になると解す
ることも十分に考えられよう(中西・本件判批312313頁も本件各保険契約の全部の無効を考えなけれ
ばならない状況であるという。もっとも、1審お
よび原審は、平成6年契約は、社会的な許容範囲
から逸脱しているとは言えず、不法利得目的の手
段として締結されたとも断定できないという(民
集58巻3号802頁)。これは、平成7年契約等を考
慮しない場合の判断であると思われる)。
以上のように考えられるとすれば、本件判旨の
判断枠組みにおいては、かかる事情を公序良俗に
かかわる「特段の事情」として考慮すれば、保険
者免責とする結論が導かれる可能性があるものと
思われる。
なお、本件保険契約は、8件がⅩ1会社の代表取
締役Aにより締結された契約である。代表者Aの
意思と行為は、Ⅹ1会社の意思と行為と解すること
ができる。以上の検討は、このことを前提として
いる。
6.680条1項1号と約款の自殺免責条項の関係
判旨③では、原則として1年内自殺免責条項は、
自殺の動機等を問わずに1年の経過の前後により
自殺に対する免責の可否を決定するが、上述の特
段の事情がある場合は、1年経過後も保険者免責
になるという約定として有効であると解している
ようである。そうであれば、特段の事情がある場
合の保険者免責もその約定の効果として認められ
ることになる。特段の事情がある場合でも、680条
1項1号が適用される余地はない。特段の事情が
あるときは、680条1項1号が適用されるという原
審の考え方は、採っていないようにも思われる。
ところが、判旨⑤では、「上告会社の平成6年契
約の死亡保険金請求については、1年内自殺免責特
約により、商法680条1項1号の規定の適用が排
除されるものと解すべきである。」という。本件に
は特段の事情を認めない最高裁の結論としてはそ
の通りではあるが、敢えてこのような言及をする
のは、上述の特段の事情がある場合の保険者免責
は、約款の自殺免責条項によるのではなく、680条
1項1号の適用による趣旨のようにも思われる。
特段の事情がある場合にも保険者が免責されな
いとする約款規定は、680条1項1号の趣旨から許
されないが、本件はそのような約款規定ではない
から、680条1項1号と異なっても有効であるとい
う意味を含むものであるとすると、同条1項1号は
単純な任意規定ではなく、一部に強行規定の性質
を持っているということになりそうである。この
点に関して、最高裁の見解は、必ずしも明らかで
はない。
従来の通説も、同規定を完全に任意規定と解し
ていたのかどうか定かではない。1年内自殺免責
条項の有効性を認める点では、判例、学説は一致
していたが、これをさらに、たとえば1カ月内自
殺免責条項でも有効かという議論は、現実味もな
いため、およそ正確な議論はなかったように思わ
れる。680条1項1号を任意規定と解するときは、
理論的には、それも可能と解さざるを得ないと思
う(ちなみに、山野嘉朗「生命保険契約における
自殺免責期間短縮および自殺免責条項不適用に関
するフランス保険法典改正(1998年7月2日法)に
ついて」愛知学院大学論叢法学研究40巻3号142145頁(1999年)は、団体生命保険について自殺
免責条項を設けないでよいとする改正が行われた
ことを紹介している)。保険金取得目的で自殺する
意図をもって生命保険契約を締結することは、も
ちろん公序良俗に反するから、無効と解されるが、
自殺免責条項がないまたはそれに等しい生命保険
契約の場合は、保険者がそのような不法な意図を
一々証明する必要に迫られるということであろう。
このため、通常は、一定期間、たとえば最近では
2年または3年という自殺免責期間を設けて、そ
のような危険に対処しているものと考えられる。
そうだとすると、保険者が、約款規定により一
旦、任意規定である680条1項1号を排除した以上、
その約款規定が適用されない場合に、排除された
任意規定に戻るということは、変則であり、通常
は、もはやその任意規定の適用はないと考えられ
る(三宅・前掲判批191-192頁参照)。本件判旨の
論理では、「特段の事情」があるときは、約款の自
殺免責条項の内容として保険者免責になると解す
ることになると思う。したがって、平成6年契約
の死亡保険金請求について、680条1項1号の適用
が排除されるという説明は言わずもがなの説明で
あるように思われる。
「特段の事情」がある場合には、680条1項1号
によって保険者が免責されるというのであれば、
これは同規定がいわば強行法規化している解釈で
あり、「特段の事情」があるときは保険者免責にな
るということを約款の自殺免責条項の中身として
取り込んだはずの判旨③の部分の解釈との整合性
が問われることになる。その際は、680条1項1号
の強行法規的内容を約款解釈に取り込んだので、
680条1項1号のその部分と約款内容となっている
「特段の事情」とは同一であるとでも解するのであ
ろうか。この点は、判旨からでは不明である。
(大阪:平成17年5月13日)
報告:立命館大学 教授 竹演 修氏
指導:大阪学院大学教授 中西 正明氏
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(
編集 ・
発行者
財団法人 生 命 保 険 文 化 セ ンター
〒1∝
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