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他者の行為の観察が行為結果の知覚に及ぼす効果
日心第71回大会 (2007) 他者の行為の観察が行為結果の知覚に及ぼす効果 ○佐藤 德 (富山大学人間発達科学部) Key words: 主体感 順モデル 感覚減衰 目的 通常,我々は容易に自己由来の感覚と環境由来の感覚を区 別することができる。先行する意図により特定の動作が選択 されると運動指令が四肢に伝えられると同時に,その遠心性 コピーに基づき,順モデルによってその動作の結果が予測さ れる。この予測可能な要素は入力する感覚信号から除かれ, 結果として,自己に起因する感覚を減衰させ,外的な原因に よる感覚を相対的に際立たせる。自己の行為に伴う感覚がそ うでない感覚に比べ減衰されて知覚されることは,多くの研 究で報告されている。 しかし,従来の研究では他者による行為の観察時にも順モ デルが起動される可能性については検討されていない。他者 による行為の観察時と自己による行為の実行時には同一の運 動領野が活動することが従来から報告され, 「ミラー・ニュー ロン」あるいは「ミラー・システム」などと呼ばれている。 ミラー・システムのような,行為者が誰であるかに関わらず, 行為がもたらす感覚的結果と行為をもたらす運動パターンと の関係を符号化したシステムが存在するとすれば,十分に学 習された行為であれば,他者による行為の観察時にもミラ ー・システムを通じて順モデルが起動され,自己による行為 と同様に感覚減衰が観察されるのではないかと予測される。 本研究ではこの可能性について検討する。 研究 1 方法 研究対象 右利き健常者 43 名(女 24 名)を対象とした。 実験計画 実際の行為者(自己・他者・統制)の 1 要因計画. 要因は実験参加者内要因であった. 手続き 実験参加者は,実験室入室後,カナル型イヤホンを 装着し,右手に手袋を着用した。まず,練習試行では,右の 示指で反応ボタンを押し,直後に 1000 Hz,74 db(100 ms)の音 を聞いた。練習試行は 200 回行った.本実験では,参加者は 続けて聞こえてくる 2 つの音(1000Hz, 100 ms)のうちどちらが 大きく聞こえたかを判断するように求められた。刺激間間隔 は 800-1,200 ms の間でランダムとした。最初の音は標準刺激 であり,音圧を 74 db に固定した。次の音は比較刺激であり, 71 db から 77 db の間で 1 db 単位で施行毎にランダムに音圧を 変え,各 25 回まで提示した。自己条件では,参加者は自分で ボタンを押し,聞こえてくる音について判断した。他者条件 では,参加者の隣に座った実験者が,参加者と同じ手袋を着 用した上で右の示指で同じ反応ボタンを押し,参加者はその 行為を観察した上で音の判断を行った。統制条件では,特に ボタンを押さずに反応ボタンを見て,音の判断を行った。実 験中,参加者は,必要な動作以外動かないように求められた。 各条件の終了後,参加者は「どの程度最初の音を鳴らしたの は自分だと感じたか」(主体感)について「1. まったく感じな かった」から「8. 完全に感じた」の 8 件法で答えるように求 められた。条件の順序は参加者間でランダムとした。 分析 条件毎に,最尤法によるロジスティック回帰式を解き, 主観的等価値を算出した。 結果と考察 各条件の主観的等価値を従属変数とする,繰り返しのある 分散分析を実施した結果,実際の行為者の効果が有意であっ た(F(2, 84)=8.69, p<.001)。統制条件の主観的等価値(M=73.98, SEM=0.08) は , 自 己 条 件 (M=73.56, SEM=0.11) , 他 者 条 件 (M=73.67, SEM=0.07)より有意に大きく,自己条件と他者条件 の間には有意差がなかった。同様に,主体感について繰り返 しのある分散分析を実施した結果,ここでも実際の行為者の 効果が有意であった(F(1.49, 62.53)=178.12, p<.001)。しかし, ここでは,自己条件での主体感(M=7.42, SEM=0.22)が有意に 統制条件(M=1.90, SEM=0.28)と他者条件(M=2.19, SEM=0.26) より高く,統制条件と他者条件の間には有意差が見られなか った。 以上より,自己の行為の結果に対してのみならず,他者によ る行為の観察時にも感覚減衰が起こる可能性が示唆された。 しかし,行為観察時の感覚減衰が順モデルによるものではな く,単に押されるボタンと音との関係の予測に基づいている 可能性もある。そこで,研究 2 ではロボットアームによる機 械的なボタン押し動作の観察を条件に加えた。 研究 2 方法 研究対象 右利き健常者 17 名(女 17 名)を対象とした。 実験計画 実際の行為者(自己・他者・機械・統制)の 1 要因 計画.要因は実験参加者内要因であった. 手続き 機械条件以外は研究 1 と同じであった。機械条件で は,実験参加者はロボットアームによる機械的なボタン押し 動作を観察し,聞こえてくる 2 つの音について,どちらがよ り大きく聞こえたかを判断した。 結果と考察 各条件の主観的等価値を従属変数とする,繰り返しのある 分散分析を実施した結果,実際の行為者の効果が有意であっ た(F(3, 48)=7.12, p<.001)。機械条件(M=74.03, SEM=0.07)の主 観的等価値 は,自己条件 (M=73.62, SEM=0.08) ,他者条件 (M=73.69, SEM=0.08)より有意に大きく,統制条件 (M=74.05, SEM=0.11)と機械条件,自己条件と他者条件の間にはいずれ も有意差がなかった。同様に,主体感について繰り返しのあ る分散分析を実施した結果,実際の行為者の効果が有意であ った(F(1.93, 30.89)=77.21, p<.001)。下位検定の結果,自己条 件 で の 主 体 感 (M=7.18, SEM=0.43) は , 統 制 条 件 (M=1.65, SEM=0.27),他者条件(M=1.71, SEM=0.33),機械条件(M=1.71, SEM=0.31)の主体感より有意に高く,後 3 者の間には有意差 が見られなかった。 以上より,機械条件と比較しても,他者条件の主観的等価 値は自己条件同様に低く,行為観察時の感覚減衰が単に押さ れるボタンと音との関係の予測に基づいているわけではない ことが示唆された。 総合考察 以上より,他者による行為の観察時にも感覚減衰が起こる 可能性が示唆された。しかし,それに伴う,主体感の混乱は 見られなかった。感覚減衰と主体感は別のメカニズムに基づ く可能性が示唆された。 (SATO Atsushi)