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第7章 無重力への曝露による神経筋の反応

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第7章 無重力への曝露による神経筋の反応
第7章 無重力への曝露による神経筋の反応
京都大学大学院人間・環境学研究科神経化学研究室 石原昭彦
大阪大学健康体育部・医学系研究科 大平充宣, 河野史倫
藤田保健衛生大学衛生学部 長岡俊治
宇宙航空研究開発機構 関口千春
1.
はじめに
脊髄の前角部には運動ニューロンが分布している。運動ニューロンは末梢に向けて神経線維を伸
ばして骨格筋内の筋線維を神経支配している。運動ニューロンとそれにより神経支配を受ける一群の
筋線維は機能的および代謝的な特性が一致しており、これらをまとめて神経筋単位または運動単位と
いう。一方、後根神経節には感覚神経が分布しており、筋感覚器 (筋紡錘) からの情報を受け入れて
中枢に伝搬している。ここでは、神経筋単位および感覚ニューロンについて解説し、さらに無重力への
曝露によるそれらの反応について解説する。
2.
骨格筋線維
2.1. 筋線維のタイプ
骨格筋は単一細胞である筋線維 (錘外筋線維) が束をなすことにより構成されている。錘外筋線維
は機能的および代謝的な特性の異なる数種類のタイプに分類することができ、大きな力は発揮できな
いが持続的に活動する遅筋 (slow-twitch (ST) または type I) 線維と収縮速度が速く瞬発的に大きな
力を発揮する速筋 (fast-twitch (FT) または type II) 線維に大別されている 1) (表1)。さらに、type II
線維は持久力のある (酸化系酵素活性の高い) 筋線維 (type IIA または FOG) と瞬発力のある (解
糖系酵素活性の高い) 筋線維 (type IIB または FG) に分類することができる。type I 線維は解糖系の
酵素活性は低いが酸化系の酵素活性が高いために SO 線維としても分類されている。また、筋タンパク
であるミオシンの抗体を用いた免疫組織化学的な反応に基づいて筋線維がどのようなタイプのミオシン
重鎖 (myosin heavy chain, MHC) 成分を持つのかによりタイプ分類されている 2)。なお、この方法では、
異なるミオシン重鎖成分を2種類以上持つ混在型の筋線維 (hybrid fiber) を分類することができる。
表1 骨格筋 (錘外筋) 線維のタイプ分類とその特性 (文献1を改変)
筋線維のタイプ分類
ATPase1
slow-twitch (ST)
fast-twitch (FT)
type I
type IIA
type IIB
Type IIC
Multiple
SO
FOG
FG
FOG
MHC
MHC I
MHC IIa
MHC IIb, MHC IIx
hybrid
酸化系酵素活性
高い
高い
低い
高い
解糖系酵素活性
低い
高い
高い
高い
収縮速度
遅い
速い
非常に速い
速い
疲労耐性
優れている
ある
ない
ある
収縮タイプ
持久型
パワー型
瞬発型
パワー型
ATPase
2
ST+FT
筋線維の代謝的特性
筋線維の機能的特性
ATPase1, ATPase の前処理をアルカリ側で行い, その染色反応から筋線維をタイプ分類している;
ATPase2, ATPase の前処理を酸性とアルカリの両側で行い, その染色反応から筋線維をタイプ分類し
ている; Multiple, ATPase 活性 (アルカリ側の前処理) からみた染色反応と酸化系および解糖系の代
謝特性に基づいて筋線維をタイプ分類している; MHC, myosin heavy chain (ミオシン重鎖); SO,
slow-twitch oxidative; FOG, fast-twitch oxidative glycolytic; FG, fast-twitch glycolytic; hybrid, 2種類
以上のミオシン重鎖成分を持つ混在型の筋線維. type IIC 線維は胎生期に認められ, 発育とともに減
少する. おもにラットのヒラメ筋で認められ, MHC I と MHC II を混在する筋線維である. パワー型は持久
型と瞬発型の中間の特性を示す.
2.2. 筋線維のタイプ構成比
骨格筋の性質は、異なるタイプの筋線維がどのような割合で含まれているのかによって決まる。この
割合を筋線維のタイプ構成比またはタイプ組成比という。type I (SO) 線維または type IIA (FOG) 線維
の占める割合が高い骨格筋は有酸素能力に優れており、遅筋 (slow muscle) といわれている。このよ
うな骨格筋としては、ヒラメ筋や長内転筋がある 3-5) (図1)。一方、type IIB (FG) 線維や type IIA (FOG)
線維の占める割合が高い骨格筋は無酸素能力に優れており、速筋 (fast muscle) といわれている。
このような骨格筋としては、足底筋や長指伸筋がある (図1)。また、前脛骨筋や腓腹筋は速筋の特性
を有するが、筋の部位によって筋線維のタイプ構成比が異なり、骨に近い深層部では type I (SO) 線
維または type IIA (FOG) 線維の占める割合が高く、皮膚に近い表層部では type IIB (FG) 線維や type
IIA (FOG) 線維の占める割合が高い (図1)。
図1. ラットのヒラメ筋 (A と F), 足底筋の深層部 (B と G) と表層部 (C と H), 長指伸筋の深層部 (D と
I) と表層部 (E と J), 前脛骨筋の深層部 (K と P), 中層部 (L と Q), 表層部 (M と R), 球海綿体筋 (N
と S), 心筋の左室壁 (O と T) の横断面 5). 酸性前処理 (pH 4.5) の ATPase 染色 (A-E と K-O) と酸
化系酵素染色 (F-J と P-T) を施してある. 1, type I; 2, type IIA; 3, type IIB. スケールは 50μm.
2.3. 筋線維のタイプと細胞サイズ
ラットの後肢筋についてみると、骨格筋の種類や部位に関係なく、細胞サイズについては type I (SO)
線維 = type IIA (FOG) 線維 < type IIB (FG) 線維の順になり、酸化系酵素活性については type IIB
(FG) 線維 < type IIA (FOG) 線維 = type I (SO) 線維の順になる。すなわち、有酸素能力に優れた
type I (SO) 線維や type IIA (FOG) 線維は、type IIB (FG) 線維と比較して筋線維の細胞サイズが小さ
い。これは、筋線維のサイズを小さくすることにより細胞内での酸素の供給を高く維持できることによる。
筋線維の細胞サイズと酸化系酵素活性の間には負の相関が認められる 6) (図2)。酸素の供給が重要
である心筋 (左室壁) では、他の骨格筋と比較して筋線維の細胞サイズがきわめて小さい。また、肛
門挙筋や球海綿体筋は type IIB 線維だけで構成されており、それらの筋線維は酸化系酵素活性が低
い。前脛骨筋などの大きな骨格筋では、同じタイプの筋線維でも深層部の筋線維は表層部の筋線維
に対して細胞サイズが小さく、毛細血管が発達しており、さらに酸化系酵素活性が高い。
図2. ラットの後肢筋, 心筋, 会陰筋 (球海綿体筋と肛門挙筋) における筋線維のタイプ別にみた細胞
サイズと酸化系酵素活性の関係 5). データは平均 (●印) と標準偏差 (縦棒と横棒) で示してある.
SOL, ヒラメ筋; PL, 足底筋; EDL, 長指伸筋; TA, 前脛骨筋; HEART, 心筋の左室壁; BC, 球海綿体筋;
LA, 肛門挙筋; d, 深層部; m, 中層部; s, 表層部; SDH, 酸化系酵素; OD, 吸光度. 後肢筋については
r = -0.957 (n = 20, p < 0.001) で負の相関が認められる.
2.4. 筋線維のタイプと毛細血管密度
筋線維のまわりには、数本の毛細血管が蛇行しながら走行している。毛細血管は筋線維膜に付着
しており、細胞に酸素と栄養分を送り込んでいる。筋線維 1 本のまわりに付着する毛細血管の本数を
毛細血管密度または毛細血管分布度という。type I (SO) 線維や type IIA (FOG) 線維は、ミトコンドリア
が多く、毛細血管密度が高く、したがって、有酸素的にエネルギーを産生する能力に優れている。一方、
type IIB (FG) 線維は、ミトコンドリアが少なく、毛細血管密度が低く、したがって、有酸素的にエネルギ
ーを産生する能力に劣っている。毛細血管は筋線維膜に付着しているので、筋線維膜の近くは酸素の
供給が豊富であり、筋線維の中央にいくほど酸素の供給は少なくなる。したがって、筋線維膜に近いほ
どミトコンドリアは多く、酸化系酵素活性は高くなり、一方、筋線維の中央にいくほどミトコンドリアは少
なく、酸化系酵素活性は低くなる。
3.
脊髄運動ニューロン
3.1. 運動ニューロンの脊髄内構築
脊髄の前角部 (内側後部と外側後部) には運動ニューロンが分布している。運動ニューロンは1本
の遠心性の神経線維を末梢の骨格筋に伸ばしており、軸索の先端は骨格筋内で多数に枝分かれして
筋線維を神経支配している。特定の骨格筋を神経支配する運動ニューロン群の脊髄内での広がり
(空間的な領域) をニューロンプールという。どのような骨格筋または筋の部位を神経支配しているの
かによって脊髄内でのニューロンプールの位置が決まっている。脊髄の前角外側後部に分布する運動
ニューロンは四肢の骨格筋を神経支配しており、前角内側後部に分布する運動ニューロンは生殖機能
に関係する会陰筋 (肛門挙筋や球海綿体筋) を神経支配している。
3.2. 運動ニューロンのタイプ
運動ニューロンは、細胞体のサイズが大きく錘外筋線維を神経支配する alpha 運動ニューロンと細
胞体のサイズが小さく筋紡錘内に分布する錘内筋線維を神経支配する gamma 運動ニューロンに分け
られる (図3)。alpha 運動ニューロンは、固有の形態、機能、および代謝的な特性を持つ 7, 8) (表2)。小
型の alpha 運動ニューロンは、細胞膜の入力抵抗が高く、後過分極の持続時間が長い。これは、運動
ニューロンが低い活動強度で容易に参加・動員できること、長時間にわたり持続的に活動できることを
意味している。これらの運動ニューロンは、ミトコンドリアが多く、酸化系酵素活性が高い。一方、大型
の alpha 運動ニューロンは、細胞膜の入力抵抗が低く、後過分極の持続時間が短い。これは、運動ニ
ューロンが高い活動強度でないと参加・動員しないこと、短時間に瞬発的に活動することを意味してい
る。これらの運動ニューロンは、ミトコンドリアが少なく、酸化系酵素活性が低い。gamma 運動ニューロ
ンは、alpha 運動ニューロンと比較して小型で、ミトコンドリアが多く、酸化系酵素活性が高い。これは、
gamma 運動ニューロンが持続的に活動できることを意味している。
図3. 3タイプの脊髄の運動ニューロン. 酸化系酵素染色を施してある. alpha 運動ニューロン (A と B)
は gamma 運動ニューロン (C) よりも細胞体サイズが大きい. slow type の alpha 運動ニューロン (A) は
fast type の alpha 運動ニューロン (B) よりも酸化系酵素活性が高い.
表2 脊髄の運動ニューロンのタイプ分類とその特性 (文献1を改変)
運動ニューロンのタイプ
Gamma (γ)
Alpha (α)
運動ニューロンが神経支配する筋線維
錘内筋線維
錘外筋線維
α運動ニューロンが神経支配する筋線維のタイプ
α運動ニューロンが属する神経筋単位のタイプ
type I
type IIA
type IIB
SO
FOG
FG
slow (S)
fast (F)
S
FR
FF
運動ニューロンと軸索の形態的特性
細胞体サイズ
小型
中型
中型から大型
大型
細胞質のミトコンドリア密度
高い
中程度
中程度から低い
低い
軸索の太さ
小径
中径
中径から大径
大径
少ない
中程度から多い
多い
中程度
中程度から低い
低い
軸索の枝分かれ (神経支配比)
運動ニューロンの代謝的特性
酸化系酵素活性
解糖系酵素活性
高い
gamma と alpha 運動ニューロン間、および alpha 運動ニュ
ーロンのタイプ間で違いは認められない
α運動ニューロンの電気生理学的特性
細胞の入力抵抗
高い
中程度
低い
軸索伝導速度
遅い
中程度
速い
後過分極電位の持続時間
長い
中程度
短い
錘内筋線維, 筋紡錘内に分布する筋線維で核袋線維と核鎖線維がある; 錘外筋線維, 筋収縮により
筋力を発揮するときに働く筋線維; SO, slow-twitch oxidative; FOG, fast-twitch oxidative glycolytic; FG,
fast-twitch glycolytic; S, slow; FR, fast fatigue resistant; FF, fast fatiguable.
4. 神経筋単位
4.1. 神経筋単位のタイプ
1個の alpha 運動ニューロンとそれにより神経支配を受ける一群の筋線維は機能的および代謝的な
特性が対応しており、これらをまとめて神経筋単位または運動単位という。また、1個の運動ニューロン
から神経支配を受ける一群の筋線維を筋単位という。したがって、ある筋単位に属するすべての筋線
維は、同じ機能的および代謝的な特性を持つ。神経筋単位は、slow (S)、fast fatigue resistant (FR)、
FF (fast fatiguable) の3タイプに大別されており、それぞれの神経筋単位には、type I (SO) 線維、type
IIA (FOG) 線維、type IIB (FG) 線維が含まれる (表2)。神経筋単位は、活動強度の増大にしたがって
S type、FR type、FF type の順で参加・動員する 9) (図4)。ヒラメ筋などの抗重力筋は、おもに S type の
神経筋単位から構成されており、ラットのヒラメ筋 (遅筋) では、alpha 運動ニューロンから1日に 50,000
回以上のインパルスを受けて小さな力で持続的な筋収縮を行う 10)。一方、ラットの前脛骨筋 (速筋) は、
FR type と FF type の神経筋単位から構成されており、alpha 運動ニューロンから1日に約 300 回のイン
パルスを受けて瞬発的な筋収縮を行う。
図4. ネコの内側腓腹筋に所属するタイプ別にみた神経筋単位 (運動単位) の参加・動員様式 1, 9). 活
動強度の増大に伴って S type, FR type, FF type と参加・動員する神経筋単位が増大する. S, slow; FR,
fast fatigue-resistant; F(int), FR と FF の中間の特性を示す; FF, fast fatiguable.
4.2. 骨格筋の種類や部位とそれを構成する神経筋単位のタイプ
特定の骨格筋を神経支配する運動ニューロンの細胞体サイズや酸化系酵素活性が検討されている
11)
。ラットの遅筋 (ヒラメ筋) と速筋 (長指伸筋) を神経支配する運動ニューロンを比較すると、平均の
細胞体サイズは速筋を神経支配する運動ニューロンで大きく、一方、平均の酸化系酵素活性は遅筋を
神経支配する運動ニューロンで高い。また、小型の alpha 運動ニューロンでは、速筋を神経支配する運
動ニューロンよりも遅筋を神経支配する運動ニューロンで酸化系酵素活性が高く、一方、大型の alpha
運動ニューロンでは、速筋を神経支配する運動ニューロンと遅筋を神経支配する運動ニューロンで酸
化系酵素活性に違いは認められない。
酸化系酵素活性の高い筋線維の割合が高い骨格筋や筋の部位を神経支配する alpha 運動ニュー
ロンは、酸化系酵素活性の低い筋線維の割合が高い骨格筋や筋の部位を神経支配する alpha 運動ニ
ューロンよりも細胞体のサイズが小さく酸化系酵素活性が高い。運動ニューロンが小型で高い酸化系
酵素活性を持つことにより、低い活動強度で運動ニューロンを活動させることができ、さらに持続的に
活動できる。
4.3. 神経筋単位の参加・動員様式
発揮する筋力の増大にともなって参加・動員する神経筋単位の数が増加する。さらに、発揮する筋
力の大きさによってどのようなタイプの神経筋単位が参加・動員するのかが決まっている (図4)。ある
タイプの神経筋単位がすべて参加・動員した後は、それぞれのタイプの神経単位で活動量 (放電頻
度) の増大が生じる。しかしながら、軽い強度での瞬発的な筋活動では、FF type など活動閾値の高い
タイプの神経筋単位が選択的に参加・動員する。また、母指内転筋のように小さくて複雑な動きをする
筋では、参加・動員する神経筋単位の順序に一定の規則はみられない。
5.
後根神経節の感覚ニューロン
後根神経節には感覚ニューロンが分布している。骨格筋からの情報 (インパルス) は、筋紡錘内の
錘内筋線維から求心性の神経線維を介して感覚ニューロンに伝えられ、その後、感覚ニューロンから
運動ニューロンにフィードバックされる。感覚ニューロンも運動ニューロンと同様に固有の形態、機能、
および代謝的な特性を有する 12, 13)。細胞体のサイズが大きな感覚ニューロンは酸化系酵素活性が高く、
一方、細胞体のサイズが小さな感覚ニューロンは酸化系酵素活性が低い。筋紡錘内の錘内筋線維か
ら感覚ニューロンにつながる神経線維としては、type Ia と type II がある。これらの神経線維を持つ感覚
ニューロンは、細胞体のサイズが大きく、さらに酸化系酵素活性が高い。
感覚ニューロンの細胞体サイズが大きくなると酸化系酵素活性は増大する。筋紡錘に由来する感覚
ニューロンは大型であり、それらの感覚ニューロンは type Ia や type II などの神経線維を持つ。一方、
骨、関節、皮膚などに由来する感覚ニューロンの細胞体サイズは小さく、それらの感覚ニューロンは
type III などの神経線維を持つ。腱器官より由来する神経線維は type Ib に分類されており、錘内筋線
維より由来する神経線維と同じ太さを持つ。筋紡錘以外の感覚器官からの入力も筋力の発揮や制御
に関わっている。
6.
無重力への曝露による神経筋単位の反応
6.1. 筋線維の反応
無重力への曝露は筋線維の廃用的な萎縮を引き起こす。ラットのヒラメ筋の筋線維では4日間の無
重力への曝露により約 25%の萎縮が認められ、7日間の無重力への曝露により約 36%の萎縮が認めら
れている。筋線維の萎縮によって最大努力での発揮筋力が減少するとともに収縮速度も低下する。ま
た、ラットのヒラメ筋では無重力への曝露により type I 線維から type II 線維へのタイプ移行が生じる。
ヒトの外側広筋の筋線維では、5日間の無重力への曝露により 6∼8%の萎縮が認められ、11 日間の無
重力への曝露により 16∼36%の萎縮が認められている。一般に、無重力への曝露に対しては、姿勢を
維持したり、歩行などで持続的に活動する抗重力筋 (ヒラメ筋など) では萎縮しやすく、さらに抗重力
筋の中の type I 線維は type II 線維よりも萎縮しやすい。また、足関節を伸展させる筋 (足底筋、腓腹
筋など) は、背屈させる筋 (長指伸筋、前脛骨筋など) よりも萎縮が顕著である。これは、無重力下で
生じる足関節の底屈により足関節を伸展させる筋が短縮して求心性の神経活動が減少することによる
と考えられている。新しい MHC (例えば、ラットのヒラメ筋における MHC IIx) の発現、筋線維内のミトコ
ンドリアの減少や酸化系酵素活性の低下、筋線維1本あたりの筋核数の減少なども明らかにされている。
無重力への曝露に対する骨格筋および筋線維の反応については多くの先行研究が認められる。
一方、それらを神経支配する脊髄の運動ニューロンや筋感覚の情報に関係する後根神経節の感覚
ニューロンについて検討した研究は少ない。
図5. ラットのヒラメ筋の横断面 14). 生後 10 週齢 (A) と 12 週齢 (B) のヒラメ筋と生後 10 週齢から 12
週齢まで後肢懸垂を行ったヒラメ筋 (C). アルカリ前処理 (1, pH 10.4) と酸性前処理 (2, pH 4.5; 3, pH
4.3) の ATPase 染色を施してある. 黒い筋線維は type IIA, 白い筋線維は type I.
6.2. 運動ニューロンの反応
ラットの尾部を吊り上げて後肢に負荷が加わらないようにする (後肢懸垂) と後肢の骨格筋は萎縮
する 14) (図5)。骨格筋の萎縮は筋活動の減少ではなく、骨格筋に負荷が加わらないことによるものと考
えられている。一方、後肢筋を神経支配する運動ニューロンの細胞体サイズや酸化系酵素活性は後
肢懸垂の影響を受けない。後肢懸垂中も後肢の骨格筋に筋活動が認められることから、運動ニューロ
ンは後肢懸垂の影響を受けることなく正常な活動を維持しているものと考えられる。
スペースシャトルを用いた2週間の宇宙飛行後にラット脊髄の前角外側後部 (腰部の第5および6セ
グメント) に分布する運動ニューロンの細胞体サイズと酸化系酵素活性を検討したところ、運動ニュー
ロン全体の細胞体サイズや酸化系酵素活性に変化はみられなかったが、細胞体サイズが 500μm2 か
ら 800μm2 の中型サイズの運動ニューロンで酸化系酵素活性の低下が認められた 15-17) (図6と7)。これ
らの運動ニューロンは酸化系酵素活性の高い type I 線維を神経支配しており、このような運動ニューロ
ンでの酸化系酵素活性の低下は、type I 線維の萎縮や type I 線維から type II 線維へのタイプ移行に
関係しているものと推察される。
同様に、ラットを2週間にわたり無重力に曝露した後、9日間にわたって地上で飼育して回復期にお
ける運動ニューロンの細胞体サイズと酸化系酵素活性の変化を検討した 15-17) (図6)。その結果、9 日
間の回復期を経過しても中型サイズの運動ニューロンでの酸化系酵素活性の低下は継続していた。
脊髄の前角内側後部には生殖機能に関係する会陰筋 (球海綿体筋や肛門挙筋など) を神経支配
する運動ニューロンが分布している。会陰筋は type II 線維だけで構成されており、短い時間に高強度
で収縮する 18)。会陰筋には筋紡錘が認められない。したがって、これらの筋を神経支配する運動ニュ
ーロンには小型な gamma 運動ニューロンが認められない。スペースシャトルを用いた2週間の宇宙飛
行後にラット脊髄の前角内側後部 (腰部の第5および6セグメント) に分布する運動ニューロンの細胞
体サイズと酸化系酵素活性を検討したところ、運動ニューロンの細胞体サイズや酸化系酵素活性に変
化はみられなかった 16, 17) (図8)。会陰筋は、type II 線維だけで構成されている。type II 線維は type I
線維とは異なり重力に抗して活動する必要がないので無重力の影響を受けがたいと考えられる。した
がって、それらの筋線維を神経支配する運動ニューロンにも変化が認められなかったことは合目的と
考えられる。
これらの結果は、無重力への曝露が筋の種類や部位に関係なく、特定のタイプの神経筋単位に選
択的に影響を及ぼしていることを示唆している。
図6. ラットの脊髄 (A-D) と後根神経節 (E-H) の横断面. 酸化系酵素染色を施してある. A と E, 宇宙
飛行群に対する対照群; B と F, 宇宙飛行群; C と G, 宇宙飛行後の回復群に対する対照群; D と H, 宇
宙飛行後の回復群. スケールは 100μm.
図7. 細胞体サイズ別にみた脊髄の前角外側後部に分布する運動ニューロンの酸化系酵素活性. ラッ
トの腰部第5および6セグメントに分布する運動ニューロンを分析してある (5匹のラットの平均と標準
偏差で示してある). Control, 地上飼育の対照群; Spaceflight, 2週間の宇宙飛行群; SDH, 酸化系酵
素; OD, 吸光度. *p < 0.05 (同じ細胞体サイズの control と比較して).
図8. 細胞体サイズ別にみた脊髄前角内側後部に分布する運動ニューロンの酸化系酵素活性. ラット
の腰部第5および6セグメントに分布する運動ニューロンを分析してある (5匹のラットの平均と標準偏
差で示してある). 小型な細胞体サイズを持つ gamma 運動ニューロンは存在しない. Control, 地上飼育
の対照群; Spaceflight, 2週間の宇宙飛行群; SDH, 酸化系酵素; OD, 吸光度.
7.
無重力への曝露による感覚ニューロンの反応
スペースシャトルを用いた2週間の宇宙飛行後にラットの後根神経節 (腰部の第5セグメント) に分
布する感覚ニューロンの細胞体サイズと酸化系酵素活性を検討したところ、感覚ニューロン全体の細
胞体サイズや酸化系酵素活性に変化はみられなかったが、細胞体サイズが 1,000μm2 以上の大型サ
イズの感覚ニューロンで酸化系酵素活性の低下が認められた 19) (図6と9)。これらの感覚ニューロンは、
おもに type Ia や type II 線維に由来する求心性神経線維を持つニューロンであると考えられる。これら
の感覚ニューロンで認められる酸化系酵素活性の低下は、筋力の調節・制御に影響を及ぼすものと考
えられる。
同様に、ラットを2週間にわたり無重力に曝露した後、9日間にわたって地上で飼育して回復期の感
覚ニューロンの細胞体サイズと酸化系酵素活性の変化を検討した 19) (図6)。その結果、9日間の回復
期を経過しても大型サイズの感覚ニューロンでの酸化系酵素活性の低下は継続していた。
図9. 細胞体サイズ別にみた後根神経節に分布する感覚ニューロンの酸化系酵素活性. ラットの腰部
第5セグメントに分布する感覚ニューロンを分析してある (5匹のラットの平均と標準偏差で示してある).
Control, 地上飼育の対照群; Spaceflight, 2週間の宇宙飛行群; SDH, 酸化系酵素; OD, 吸光度. *p <
0.05 (同じ細胞体サイズの control と比較して).
8.
おわりに
短期間の無重力への曝露でも神経筋単位は顕著な影響を受けて、筋線維が萎縮したり、運動ニュ
ーロンや感覚ニューロンの酸化系酵素活性が低下する。このような変化は特定のタイプの神経筋単位
で認められる。しかしながら、そのメカニズムの解明については今後の課題である。さらに、無重量へ
の曝露によって生じる神経筋単位または感覚ニューロンの変性を抑制する方法を検討していくことが
今後の課題である。我々は宇宙実験に関する国際公募 (98-HEDS-02-432) などでこれらの課題を検
討・解明していく予定である。2003 年2月1日のスペースシャトルコロンビアの事故により研究計画の見
直しが行われているが、今後もこれらの研究を継続していきたい。
文献
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