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全文 - 研究産業・産業技術振興協会

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全文 - 研究産業・産業技術振興協会
JRIA24 人材
平成 24 年度
技術系人材・教育専門委員会 調査研究報告書
平成 25 年 3 月
社団法人
研究産業・産業技術振興協会
この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。
http://ringring-keirin.jp
平成 24 年度
技術系人材・教育専門委員会 調査研究報告書
平成 25 年 3 月
社団法人
研究産業・産業技術振興協会
は
し
が
き
2012 年度の日本経済を振り返ると、2012 年(暦年)の実質 GDP 成長率は 1.9%となり回
復傾向、2012 年 12 月以降、円安、株高傾向になり、日本企業には好材料が出ているとい
う状況にある。
しかしながら、2012 年 3 月期決算に遡ると、パナソニックが経常利益 8,128 億円の赤字、
ソニーが同 832 億円の赤字、シャープが 654 億円の赤字というニュースは日本の抱える現
状を痛感させられた。また、海外シフトを進める企業が多い中、海外事業で収益を確保で
きている企業、そうでない企業が出てきており、後者の企業の中には再び国内事業の強化
に転換しているところも出てきている。単に海外シフトすれば生き残れるということでは
ないという当たり前のことが突きつけられている状況ともいえる。
そのような中、上記の赤字企業に対し、日立製作所が経常利益 5,577 億円(2012 年 3 月
期決算)、東芝、三菱重工、三菱電機も一定規模以上の利益を確保しているという点は、今
後の日本企業が目指すべき事業構造転換の象徴と捉えることができる。
技術系人材の教育、マネジメントに目を向けると、多くの大手製造業では社員のグロー
バル化(日本人社員のグローバル化、日本人以外の社員の採用及び登用の両面)を進め、
グローバル企業のスタンダードモデルを模倣するという段階から、より自社に合った方法、
効果のある方法を模索する段階に来ている。
昨年度、技術系人材・教育委員会では、技術系人材の教育、マネジメントのあるべき姿
について、グローバル化への各社の対応を論点の中心とした。活動内容としては、先進事
例として、東芝、日立製作所、東レの講演会の開催及び訪問調査を行い、合わせてフィル
ディング大学院大学在籍の研究者によるグローバル人材及び東京大学で留学生の就職支援
ワークショップに関する講演及びディスカッション、中国調査、企業へのアンケートを行
った。
その結果、グローバルに事業展開していても、事業特性により求められる体制は異なり、
研究開発についてもそれぞれに適した拠点体制、コントロールスタイルが異なる、自社の
事業に適した拠点体制、コントロールスタイルを意識し、それにフィットした人材マネジ
メントを行うことが重要という見解が得られた。
今年度は、昨年度取り上げた先行事例を踏まえ、特長のある事例、方法を探ることに焦
点を当て、2 つの要素からのアプローチを試みている。第一には日本でさまざまな取組み
が行われながらも産業界が望むような人材育成が進まない大学教育への示唆を得るため、
アクティブ・ラーニングを進める米国大学の事例、韓国の産学連携での大学教育の事例を
考察した。第二には新興国企業を含めグローバルに展開している企業の事例を講演会の開
催及び訪問等により調査した。
日本が競争力を維持していくためには、入社前の大学教育、企業における技術系人材の
育成、それぞれのブラシュアップと連携が重要である。今年度取り上げた事例は、いずれ
も実務的な取組みに有益と考えられる。
本委員会の活動にご協力頂いた筑波大学 小林信一先生、千代田化工建設様、FPT Japan
様、CeFIL 大場善次郎先生、ベトナム訪問調査にご協力頂いた JETRO ホーチミン事務所様、
ハノイ科学技術大学(HUST)様、東芝ソフトウエア開発様、パナソニック研究開発センタ
ー様、ギソンセメント様、FPT 様、議論に参加された委員、いろいろな助言、準備を頂い
た協会関係各位に深く感謝を申し上げたい。また、本報告を読まれた方が 1 つでも有効な
気付きを得られれば幸いである。
平成 25 年 3 月
社団法人 研究産業・産業技術振興協会 技術系人材・教育専門委員会 委員長
株式会社三菱総合研究所 石塚真理
技術系人材・教育専門委員会
委員名簿
(平成 25 年 3 月現在)
<委員長>
石塚
真理
株式会社三菱総合研究所 事業企画本部 主席研究員
<副委員長>
小林
信一
筑波大学 ビジネスサイエンス系 教授
<委員>
上保
康宏
日本精工株式会社 技術開発本部 技術企画室 主務(課長)
大森
久美子
NTT ソフトウェアイノベーションセンタ 企画部
小沼
良直
一般財団法人日本総合研究所 主席研究員
金子
豊
株式会社リコー グループ技術企画室 事業企画室 シニアマネジメント
鈴木
晃
日本精工株式会社 技術開発本部 技術企画室 室長
寒川
哲臣
日本電信電話株式会社 物性科学基礎研究所 企画担当 主席研究員
武山
尚道
株式会社日本総合研究所 公共コンサルティング部 部長 兼
上席主任研究員
寺井
弘幸
日本電気株式会社 政策調査部 シニアエキスパート
道徳
政明
株式会社住化分析センター 営業本部 営業業務部長
野瀬
正治
関西学院大学大学院 社会学研究科 教授
橋本
雅伸
日本電気株式会社 中央研究所 主席主幹
村山
三素
住友ベークライト株式会社 技術部 副技師長
山崎
晴美
株式会社住化分析センター 営業本部 営業業務部 課長代理
山本
信行
筑波大学 産学連携本部 技術移転マネージャー
(50 音順)
<事務局>
大嶋
清治
社団法人研究産業・産業技術振興協会 専務理事
松井
功
社団法人研究産業・産業技術振興協会 調査研究部長
小林
一雄
社団法人研究産業・産業技術振興協会 企画交流部長
石塚
美香
社団法人研究産業・産業技術振興協会 調査研究部
目
次
はしがき
第1章
調査の目的と概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
1.1
工学教育に関する調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1.2
講演会概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
1.3
講演会結果に基づくディスカッション概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
1.4
まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
第2章
講演会記録・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
2.1
大学教育での人材育成の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
2.2
サムスンの人材育成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
2.3
千代田化工建設「グローバル人材」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
2.4
グローバル展開企業の人材育成(ヒューマンキャピタル 2012 討議) ・・・・・・・・
35
2.5
FPT Japan「FPT ソフトウェア」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
2.6
CeFIL「産学連携連続人材育成」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55
第3章
ベトナム訪問調査記録
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
3.1
概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
3.2
日本貿易振興機構(ジェトロ)ホーチミン事務所・・・・・・・・・・・・・・・・・ 65
3.3
新日鉄住金エンジニアリング社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68
3.4
ホーチミン市国家工科大学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68
3.5
ハノイ工科大学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71
3.6
東芝ソフトウェア開発ベトナム社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74
3.7
三菱重工航空機ベトナム社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78
3.8
ギソンセメント社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80
3.9
パナソニック R&D センター ベトナム社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.10
FPT ソフトウェア及び FPT 大学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85
3.11
まとめ(提言)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第4章
83
86
まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88
4.1
今年度テーマ設定の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
88
4.2
工学教育のあり方に関する示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
88
4.3
新興国企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例からの示唆・・・・
89
第1章
調査の目的と概要
昨年度、本委員会では、グローバル化対応の視点を重要視し、「技術系人材のグローバ
ルマネジメントに関する各社の取組み状況把握」をテーマに活動した。その把握対象範囲
としては、研究開発体制、技術系人材の配置体制、本社採用人材と拠点採用人材の扱い、
技術系人材のグローバル化に向けた教育等とした。その結果、グローバルに事業展開して
いても、事業特性により求められる体制は異なり、自社の事業内容フィットした研究開発
拠点体制、コントロールスタイル、人材マネジメントを行うことが重要という見解を得た。
昨年度の調査結果を踏まえ、本年度は、大きく 2 つのテーマに焦点を当てた。
1 つは日本での技術系人材育成を議論すると大学教育のあり方が出発点となる大学での
工学教育のあり方である。日本の工学教育の現状の考察、アクティブ・ラーニングを進め
る米国のオーリン大学の事例、韓国の産学連携での大学教育の事例の考察である。
2 つめのテーマは、新興国企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例の
収集及び考察である。
調査は、文献、協会外の講演会や調査を材料としたディスカッション、講師を招いての
講演会及び訪問等により行った。訪問調査として、成長が注目されるベトナムを訪れ、日
系資本企業、現地と日系の出資による企業、現地資本企業、工学系の大学と多様な組織へ
のヒアリング及びディスカッションを実施した。
(本章においては、ベトナム調査について工学教育の概要のみ記載、企業への訪問調査に
ついては 3 章参照。)
1.1
工学教育に関する調査
(1)筑波大学
大学研究センター
教授
小林信一氏
講演
日時:平成24年5月30日
タイトル:「大学教育での人材育成の現状と課題」
場所:研究産業・産業技術振興協会 会議室
概要:
○日本の理工学教育の現状
・ 日本の理工系大学教育のマクロ・トレンドとしては、学部が多様化し、学部名称の種
類(文部科学省の学校基本調査による)は過去10年で36種から70種に増えている。一
方、入学者数は2001年度108,207人から2011年度90,141人と18,066人減少している。
・ 理工系学部の就職は学部卒から修士課程終了へ比重を移していると見ることができる。
○高等教育に関する議論における日本の特殊性
・ 日本では、大学の進学率が高水準であり(2010年57.8%)、大学全入による学力水準
を下げているという課題認識があるが、これは国際的に見ると特殊である。そもそも
日本の大学進学率は決して高くはない。加えて、全入による学力水準低下を問題視す
るのは「優秀な学生を入学させて高品質な卒業生を輩出する」という考えに基づくも
のであり、この考えは、「大学はできるだけ多くの学生に付加価値を付けて国民全体
- 1 -
の知識・能力の向上に貢献すべき」という考えを基本に置く国際的な考え方からは特
殊である。
○米国のオーリン大学の事例からの示唆
・ オーリン大学は1997年にF.W.Olin財団からの$450Mの寄付により、ボストン郊外に2002
年に正式に開学した工学の学部教育に特化した大学。入学定員は80人、女子学生は45%
(米国の工学系学部の女子学生比率ではトップクラス)、教育は約40人でテニュア制
度はなし、授業料は高いが授業料の半分は奨学金として補助している(2009年までは
全額補助)。
・ 主体的な学習を重視し、伝統的な講義方式の教育だけでなく、自己学習の場所の提供、
PBL(Project Based Learning)等のactive learningの積極的導入を進めていること、
徹底的に少人数教育をしており半分の科目は受講生が20人未満、50人以上の科目は皆
無という特徴を持つ。
・ オーリン大学の教育方法に関する個々の要素はそれほど目新しいものではないが、そ
の取組みの徹底度合いが突出している。徹底した取組みが成立しているのは、エンジ
ニアリングが分かる人材、イノベーションをリードできる人材を産学連携で本気で作
りたいと臨む企業、教員が存在していること、学生もそれを理解していることが大き
く影響している。
(2)東洋大学
総合情報学部長
教授
大場善次郎氏
講演
日時:平成25年2月14日
タイトル:「韓国の産学連携の現状―韓国の産学連携人材育成を中心に―」
場所:研究産業・産業技術振興協会 会議室
概要:
○特徴ある産学連携教育施策
・ IT名品人材事業
¾
2010年5月スタート。知識経済部(日本の経済産業省に相当)によるグローバルIT
を主導する通渉型創意人材養成のための施策。スポンサーはサムスン電子、LG電
子、SKテレコム、仁川市、Infinity Telecom、政府等。
¾
研究人件費・機器・材料費など研究実施活動に必要な費用を産業界と政府が100%
負担。サポート期間は最大10年間と単年度ではない。
¾
IT融合分野でダ・ヴィンチ型人材(multidisciplinaryな素養と思考法を身につけ
た人材)を10年で320名養成することを目指す。グローバル融合工学部を新設し、
全寮制で100%全額奨学金と生活支援、6カ月以上POSTECH/韓国ニューヨーク州立
大学(SUNY Korea)へ海外研修(無料)と学生にとっては魅力的な体制となってい
る。
・ 契約学科制度
¾
契約学科運営費用の50%以上を産業界が負担する韓国特有の仕組み。地方の企
業・自治体が関係する再教育型と、近年増えつつある採用条件型の2種類があり、
契約形態としては企業単独契約と公的機関等の第3者契約がある。
- 2 -
¾
契約学科の学生数は増加傾向にあり、2008年6,176人から2012年には12,274人とな
っている。2012年4月現在、採用条件型は41大学1,054人、そのうち単独契約はサ
ムスン電子、SKハイニックス、LGイノテック等の大企業中心に11校25学科727人と
なっている。
・ 産学連携先導大学(LINC: Leaders in Industry-University Cooperation)
¾
産学連携で大学教育システムの改善に取り組み、就職ミスマッチ解消、大学と地
域産業の共生発展を目指すもの。事業期間は2段階で捉え、1段階目は2012年~2013
年でテーマは「産学連携先導モデルの基盤造成と充実」、2段階目は2013~2016年
でテーマは「成果創出と拡充」としている。
¾
2012年予算で1,700億ウォン、約50校選別し各大学平均34億円提供している。
・ サムスン電子のタレントプログラム
¾
後述(「企業の産学連携人材育成」の項を参照)
○大学の産学連携人材育成
・ KAIST(Korea Advanced Institute of Science & Technology)
¾
大田市(大徳科学技術団地)にある総合大学で、近年、融合型の研究・教育を重
視。2012年3月現在、学生数10,396人。
¾
技術経営専門大学院(MOT)を設立、コンピュータ科学学科でPBLを実施等の取組
みを行っている。
・ POSTECH(Pohang Univ. of Science and Technology)
¾
1986年に現POSCOが1兆ウォンを投資して設立した私立大学。予算の35%がPOSCO、
他に複数企業が会員制で出資。研究費が50%。
¾
学生、教員とも全寮制。教員は米国出身者が多く、学生/教員比率は5.6人以下。
学費は全額奨学金で返還される。
¾
修士・博士論文テーマはアカデミック中心だが、2011年6月にプラントエンジニア
育成のための大学院であるGEM(Graduate School of Engineering Mastership)を
産官学連携により設立。学生の80%は企業・行政出身、殆どがテーマ持込での入
学となっている。
○企業の産学連携人材育成
・ POSCO
¾
1968年に会社創立、2012年連結売上高約5兆3,177億円、営業利益3,054億円、粗鋼
生産3,799万トン、従業員16,707名。
¾
入社前の早い時期からの人材育成を目的に、大学2年生を対象に教授推薦で募集し、
合格すると3年生から年間200万ウォンを支給する奨学金制度を設けている。合格
率は30%で年間90人に支給。
¾
3年生のときにPOSCO関連企業で実習、ビジネスマナー・鉄鋼プロセスなど学習、4
年生で海外派遣、大学のカリキュラム以外にPOSCOの歴史や経営等の8科目を
e-Learningで学びレポートチェックといった入社前教育を行っている。入社時に
選考基準に達しなかった場合や就職しなかった場合は全額返還する仕組みとなっ
- 3 -
ている。
・ サムスン電子
¾
1961年に設立された韓国最大の総合家電・電子部品・電子製品メーカであるサム
スングループの中核企業で、2011年売上高は約11.5兆円、社員数は21万人超。
¾
大学と一緒に人材育成を行う点に特徴がある。総合技術院の下の産学協力センタ
に各事業部のさまざまな産学連携活動を集約、人材確保を目的に相当の予算を投
入している。技術確保型(委託研究・共同研究)、人材確保型(特別学科、カリ
キュラム運営)、関係強化型(寄付/協賛、社会寄与)、戦略産学(大学内にサム
スン研究センタを設置)の4分類で活動している。
・ シリコンワークス
¾
1999年設立のシステムICファブレス企業で韓国ファブレス業界1位。社長はLG出身
のエンジニアでLGからの委託から出発した。
¾
国の産学連携の枠組みを利用し、社員を3~5年生として大学へ派遣している。
○国・経済界の産学連携人材育成
・ 大徳研究開発特区
¾
1973年に国家R&D促進のため、日本のつくば学園都市をモデルに設置された韓国初
のイノベーション特区。
¾
研究者は約4.5万人、5大学、1,000以上の企業・研究機関が集積している。企業の
事業分野としてはITが40%と最大を占める。
・ 国家科学技術委員会
¾
1999年に設立された科学技術政策の司令塔機能を担う組織。
¾
2011年に大統領直下の機関として体制・権限を強化した。2011年国家R&D予算14.9
兆ウォンのうち75%にあたる11.4兆ウォンは本委員会で決定する。人材育成政策
は、学生は教育科学技術部、産業人は知識経済部という担当になっている。
・ 全国経済人連合会
¾
1961年に設立された民間総合経済団体。会員数は約500。
¾
日本の経済団体と異なり、産学連携への関心は薄い。
○まとめ
・ サムスン、POSCOなどが産学連携をリードしている。これらの企業の取組みに国が支援
する形になっている。
・ 日本と最も異なるのは、企業が優秀な学生を確保するために堂々とお金を出している
点である。選考もインターンシップを経てのものと実践的であり、在学中に企業教育
を先行スタートさせることで、人材確保はもとより、企業の人材育成コストの削減効
果、教育期間の短縮効果は大きいと考えられる。
(3)ベトナムにおける工学教育
○ホーチミン市国家工科大学(HCMUT:Ho Chi Min City University of Technology)
・ HCMUTは1957年に南ベトナム国立研究機関として設立、1976年HCMUTと名称を変更し、
- 4 -
昨年度55周年を迎えた。2011年現在、11学部(工学系10、マネージメント1)で48学科
の4年制・5年制、修士2年制で32専攻、博士3年制(修士卒)と4年制(学士卒)で41専
攻、学生数は26,000人となっている。海外からの留学生は少数で奨学金をもらってい
る学生は10%以下、多くの学生はアルバイトで生活している。海外留学は年間約600人
で、日本へは2年間日本語を特別学習した15~20名程度が派遣される。
・ 大学の運営方針は国家の教育省で決定され、ベトナムの慣習として他の職業と同様に
教員は企業で働く兼業が可能である。
・ PBLは実施している。
○ハノイ科学技術大学(HUST:Hanoi University of Science & Technology )
・ 約32,000人の学生の大学で、ODAやJICAの支援で日本の大学と提携し、日本語教育や日
本への留学やインターンシップを行っている。教育省はHUSTの情報通信関係の学部を、
2009年に情報通信工科大学(SoICT:School of information and communication
technology)と改革した。
・ 日本との連携によるJapanese-market orientated engineerの育成プログラムがある。
ICTの教育を一部日本語で行うと同時に、日本文化の教育などを実施するもので、一学
年で120人程度受講する。卒業生は日本の企業に就職しやすい。
○まとめ
・ ホーチミン市国家工科大学、ハノイ科学技術大学・情報通信工科大学ともODAやJICA支
援を含め、日本、日本の大学とのつながりがある。
・ 人材育成に関する日本企業との関係を見ると、一部寄附講座もあるようであるが、必
ずしも直接の支援や共同での人材育成といった取組みには至っていない模様である。
1.2
講演会概要
(1)エムアイ総研
代表
石田賢氏
講演
日時:平成24年6月27日
タイトル:「サムスンの人材育成」
場所:研究産業・産業技術振興協会 会議室
概要:
・ サムスングループ系列会社78社の2011年売上高は、259兆6,336億ウォン(約20兆円、
韓国の名目GDP1,172兆8,034億ウォンの22.1%に相当)、グループ全体の社員数は約35
万人。サムスン電子の2011年売上高は、165兆ウォンとグループ全体の63.6%、社員数
は22万1,726人(2012年5月現在)、内訳は韓国内と海外がほぼ半々の割合。
・ サムスングループ、サムスン電子の飛躍的な成長の背景には、きめ細やかで徹底した
人材育成がある。特に、早ければ高校生時代からの入社前インターンシップ制度によ
るオーダーメイド型育成を行っていること、入社後から役員までの徹底した社内教育
プログラム(新人向け:価値共有プログラム、リーダ層:リーダ養成プログラム、エ
リート層:グローバル能力強化プログラムの3講座が柱)を運営していることは特徴的
- 5 -
である。
・日本企業と比べて特に特徴的なのは、役員候補者に対し、徹底した教育を行っている
点である。グループ各社から選抜された部長クラスを対象として、5 カ月間、延べ 380
時間の OFF-Line(40%)、ON-Line 教育(60%)の役員候補者養成課程を年 2 回、1 回約
100 人前後の規模で実施している。
(2)千代田化工建設株式会社
HRMユニット
GM
村田敏哉氏
日時:平成24年8月1日
タイトル:「グローバル人材」
場所:研究産業・産業技術振興協会 会議室
概要:
・ 1948年 (昭和23年)に創立、OPEC誕生の1959年に海外営業部署を設置、中東を中心にグ
ローバル企業となっていった。1973年の UAE向けLNGプラント受注(中東地域では日本
企業として初)以降、数々の実績を重ね、EPC( Engineering、Procurement&Construction
=設計・調達・建設)業務としてのプラント建設を、国内外問わず世界各地で数多く
手掛けている。また、触媒技術を核とした自社技術開発を推進、環境・化学分野を中
心に、技術提供を行っている。
・ プロジェクト業務の大規模化、複雑化、短納期化に伴い、仕事上に変化が生じてきて
いる。千代田化工は日本人職人の集合体であり、さまざまな国の労働者をどうマネジ
メントするかが重要となってきており、計画的な人材育成が求められるようになって
きている。
・ これまで、海外指向の学生や外国人留学生の採用、海外現場研修に力を入れていた状
況から、階層別に着実な打ち手を実施してきている。①採用は外国人採用、ストレス
耐性のチェック、②新入社員層は入社後3カ月間の海外現地研修やグローバルビジネス
の実施、③若手層は系統別の育成、④中堅層は抜擢型でプロジェクト遂行上Keyとなる
人材の育成中心、⑤ベテラン層は役割の見直しとして人事制度の改定、役職給の廃止
や組織管理職の明確化を施策としている。
・ ますますグローバル化するプロジェクト遂行の中で、マネジメント能力強化が重要と
認識している。技術を持っていれば英語を後から載せられるとも考えられ、エンジニ
アに対する技術伝承も重要と考えている。自社について、システム化、マニュアル化
が得意なマクドナルドではなく、匠の技を持った料亭という思いが強い。
・ エンジニアリングは経験工学であり、経験させるしかないが、系統別に経験させてい
る。過去の失敗例の共有などのナレッジシェアを進めている。
(3)FPTジャパン株式会社
代表取締役社長
Tran Xuan Khois氏
社長室室長
高橋史氏
第五ビジネスユニットシニアセールスマネジャー
日時:平成25年1月11日
タイトル:「FPTソフトウエアの躍進」
- 6 -
陳平江氏
場所:研究産業・産業技術振興協会 会議室
概要:
・ FPTジャパン株式会社は2005年 (平成17年)にベトナム最大のソフトウエア会社である
FPTソフトウエアの100%出資で設立された。SEの平均年齢は約27歳と若い。FPTジャパ
ンの2012年現在の従業員数は140名で、内訳はベトナム人130名、ベトナム人以外10名
となっている。業務内容は、システム開発,保守,コーディング,ITアウトソーシング,
アプリケーション開発,ソフトウエアパッケージ提供等である。
・ 約100名のSE(ベトナム人)は、日本語能力検定1級または2級を所持し、日本の文化及
びビジネススタイルの理解度が高い。約100名のSEの内、5割は日本の大学を卒業して
いる。2013年度には更にSEを増加する予定。
・ 日本語の能力、SEとしての知識、経験も豊富なブリッジSEが顧客に常駐し顧客とコミ
ュニケーションをとることで、低コストで高品質なサービスを提供している。
・ 当社の優れた点の1つにFPTへのロイヤリティが高く退職率が低いことが挙げられる。
日本において知名度はまだ低いが、取引している大手企業からの信頼も厚く今後の成
長が期待される。
1.3
講演会結果に基づくディスカッション概要
(ヒューマンキャピタル 2012 講演を基に討議)
(1)ユニ・チャーム
講演日時:平成 24 年 7 月 4 日
講師:ユニ・チャーム株式会社
代表取締役 社長執行役員
高原豪久氏
講演題名:「ユニ・チャームの“共振人材”マネジメント」
概要:
・ 1995年中国進出以来、海外展開を積極化し、海外売上比率:約半分、国内成長率5%、
海外成長率20%となっている。2010年の経営計画では4,000億円の売上を2020年には
1.6兆円と年率20%の成長を目標としている。
・ 成長のための共通価値観として「共振の経営」を掲げている。共振とは、「一人一人
が汗をかいて革新の震源」となり、その上で「個々の振動が会社全体で共鳴する」と
いう考えに基づいている。
・ 更に、共振経営のDNAを持つ人材の育成として、
「共振人材」をキーワードとしている。
当社では、ビジネスの領域では人間の能力に差はないと考えており、能力が、開花し
ているか否か、やる気が、充実しているか否かを評価尺度にしている。能力の開花に
は“志”と“型”を重視し、“志”は社長から一人ひとりへの直接メッセージ、“型”
は優秀な人の行動パターン(時間配分・行動計画等)の水平展開・標準化の形をとって
いる。
(2)IKEA
講演日時:平成 24 年 7 月 5 日
講師:IKEA Japan
代表取締役社長
ミカエル・パルムクイスト氏
- 7 -
講演題名:「IKEA にとっての企業理念とは?」
概要:
・ IKEAの精神を守り続けることが最も重要と考えている。
・ 「IKEAのグローバル化」=「ローカルに合わせる」が重要でダイバーシティは当たり
前であり、それぞれの国で異なり、各国での文化はco-workerが作るものと捉えられて
いる。
・ また、会社は小さい時には共通にできるが、大きくなると共通化は困難であると捉え、
ダイバーシティ(価値、人、国)を前提にした経営がなされている。
(3)Apple
講演日時:平成 24 年 7 月 5 日
講師:元 Apple 日本法人
代表取締役
前刀禎明氏(現リアルディア
代表取締役社長)
講演題名:「スティーブ・ジョブズから学んだイノベーションを生み出す人と組織の作り方」
概要:
・ 多くの欧米企業では、「Innovation or die」として、感動を与える製品・サービス作
りに舵を切っている。iPhoneがその好例である。それに対し、Sony、NEC等携帯電話の
日本の雄は、スペックベースの差別化を行ったが、価格は右肩下がりとなり、赤字に
転落している。サムスンはデザイン重視の全く異なるアプローチでAppleを抜いてしま
った。
・ Innovationを阻害する価値観として、
「失敗をしてはいけない」、
「けんかをしない」、
「遊
んではいけない」があるが、いずれも日本企業では基本的な組織風土となってしまっ
ている。また、技術的には徹底したプロトタイピングによる発散と収縮の繰り返しが
重要であるが、現在の日本企業は試作部門を分離、外部委託しているところも多く、
その力が落ちていることも課題である。
(4) (1)~(3)を題材としたディスカッション
・ IKEAのダイバーシティ、Appleのinnovationは日本企業では苦手である。それは、グロ
ーバル市場で戦う上で非常に不利である。
・ 日本企業は同質的であり、その組織風土も一般にはinnovationに向かない。その根源
は日本の教育にあるのではないか。課題設定、課題解決を重視した教育、各自の個性
を重視した教育、多様な価値観を前提とした教育等を行っていかないと、ますます日
本は特殊な国になってしまう。
1.4
まとめ
○工学教育のあり方
・ 大学での工学教育に関して、まず、米国大学でのアクティブ・ラーニング主体の学習
は効果大といえるであろう。韓国でも世界の先行事例でのやり方をさまざまな形で実
現、企業主導で優秀な学生を早期から教育している。
・ 日本の大学では教員毎の努力、試みはなされ、少人数教育等は推進されているが、全
- 8 -
学で上記のような取組みが実現している先行事例は見出せない。産学連携での大学教
育、入社後に有効な力を身につける教育の重要性は誰もが認識しているが、実現のハ
ードルは高い。
・ 委員会では、1社(グループ)で本格的な産学連携での大学教育を実現することは難し
いため、複数企業でグループを作り、そのような取組みをする方法があるのではない
かという意見が出た。
○新興国企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例の収集及び考察
・ 千代田化工ではマニュアル型ではなく料亭型のマネジメント、価値提供を追及してい
る。一方、サムスンでは役員でも継続的な能力開発を求められ、人材育成力が高いが、
社内競争も激しい。その激しさが会社の競争力に繋がっているが、日本主体の日本企
業が同じ方法を採用することは現実的ではない。FPTの人材育成は実践的で強力(常駐
先企業のノウハウの共有、ヨコ展開をして教育に活用等)、平均年齢が若いこと、FPT
へのロイヤリティが高いことも強みとなっている。
・ グローバル競争力に有益な人材育成の方法は一律ではないが、ベトナムのような新興
国や韓国などのモチベーション、若さを日本人に求めることは厳しい。そう考えると、
新興国を含め優秀な人材の確保、国籍を問わない、しかしながら国籍や人種による特
性を考慮したマネジメントノウハウ、育成ノウハウを日本企業が身に付けていくこと
が重要と考えられる。
- 9 -
第2章
2.1
2.1.1
講演会記録
大学教育での人材育成の現状と課題
講演の概要
(1)講演日時:平成 24 年 5 月 30 日
(2)講師:筑波大学
大学研究センター
教授
小林信一氏
(3)講演題名:大学教育での人材育成の現状と課題
2.1.2
講演内容
(1)理工系大学教育のマクロ・トレンド
①理工系学部の減少と入学者の減少
学校基本調査によると、学科分類別の入学者数は、全分野合計で 603,953 人(2001 年度)
から 612,858 人(2011 年度)へ 10 年で 8,905 人増加している。理学分野は 20,936 人(2001
年度)から 18,825 人(2011 年度)へ 2,111 人の減少、工学分野は 108,207 人(2001 年度)
から 90,141 人(2011 年度)へ 18,066 人の減少となっており、特に工学分野の入学者数の
減少が著しい。
この背景には、ここ 10 年くらいの大学設置の規制緩和とその結果としての学部の多様
化という問題がある。表 2.1.1 に示すように 10 年間で学部名称の種類は大幅に増えている。
理工系分野でも同様であり、36 種だった学部名称は 70 種に増えている。70 種のうち半数
を超える 40 種は過去には存在していなかった学部名称である。もっとも、実際の学部数で
みるとほとんどは既存の学部名称の学部であり、新しい名称の学部は 63 学部にすぎない。
つまり、他に例のないユニークな名称の学部が出現しているのである。
2001
学部種類総計(入学者がある学部のみ)
理工系学部種類数
2001 年に存在していた学部種別
2001 年に存在していなかった学部種別
学部数総計(入学者がいない学部を含む)
理工系学部数
2001 年に存在していた学部種別
2001 年に存在していなかった学部種別
入学者数総計(人)
理工系学部入学者数
2001 年に存在していた学部種別
2001 年に存在していなかった学部種別
表 2.1.1
人
253
36
36
1,859
286
286
603,953
127,998
127,998
-
2011
%
100.0
14.2
14.2
15.4
15.4
21.2
21.2
-
人
443
70
30
40
2,476
359
296
63
612,858
115,196
99,857
15,339
%
100.0
15.8
6.8
9
14.5
12
2.5
18.8
16.3
2.5
増減
人
190
34
-6
40
617
73
10
63
8,905
-12,802
-28,141
15,339
学部種類別の入学者数の変化
これは、理工系学部の入学者に対応した大学側の努力の結果だともいえる。この間、大
学設置の規制緩和が進み、学部・学科の改組が実質的に届出制になったことも後押しして、
- 10 -
入学者確保に苦しむ理工系学部、特に工学部は、受験者を増やすために、一部の定員を割
いて、
「工学」のような古臭いイメージの名称を捨て、新しい名称の学部や学科を新設した
りするなどしてきた。その一部は、例えば環境系の学部のように、理工学でなく学際分野
として分類される学部へ転換している。理工系学部が継続している場合でも、入学定員の
一部が他分野へ転換されており、学部数は 286 学部から 296 学部に微増しているにもかか
わらず、入学者数は 28,141 人の大幅減となっている。つまり、理工系学部への入学者の減
少は、理工系人気の低迷だけでなく、大学自身が理工系分野から転換もしくは撤退してい
る結果である。このことは、工学の衰退とも、新しい時代に対応した工学の転進とも、捉
えることもできる。統計上の入学者数の減少だけに注目するべきではない。
②理工系学部の就職者の動向
特に工学系分野の学部卒業者に関しては、卒業者が 103,513 人(2001 年)から 90,049
人(2011 年)に減少している中で、特に就職者数は 60,020 人(2001 年)から 43,292 人(2011
年)に大幅に減少している。ただし、減少分は卒業者総数の減少分と進学者の増加分(28,513
人→34,467 人)の合計よりは小さいのであり、特に就職環境が悪化したということではな
いようである。むしろ、工学系分野の人材供給は、学部卒から修士課程修了者へ比重を移
していると見るべきであろう。産業別就職者数をみると、学部卒の製造業就職者数が大幅
に減少している(20,730 人→13,413 人)。ただし、修士課程卒の製造業就職者数は 1 割程
度増加している(14,518 人→15,808 人)。技術者への就職者数も同様の傾向である(学部
卒 46,111 人→29,991 人、修士卒 19,838 人→22,997 人)。製造業への就職者数の減少は当
然の結果だともいえる。国勢調査でみると、製造業の雇用者数は 2000 年から 2010 年にか
けて 1025 万人から 850 万人へと大幅に減少しているからである。
(2)基礎学力問題は間違ったメッセージ
①「大学生の 4 分の 1 が平均の意味を理解していない・・・」
2012 年 2 月に日本数学会が「大学生の 4 分の 1 が平均の意味を理解していない」などと
大学生の数学力の調査結果について発表をし、マスコミも多数取り上げた。
「大学全入時代
に加え、学力試験を課さないアドミッション・オフィス(AO)や推薦制度で入学する学生
が増えたことで、高校で習う内容の補習をする大学が増えている。」(産経新聞)、「飽学の
時代」
(毎日新聞)など、多くの報道は、大学に入学するために必要な学力を持たない大学
生の増加を問題視し、嘆くものであった。日本では、大学は過剰であり、大学進学者も多
すぎるという言説が流布している。実は国際的に見るとこのような考え方は特殊である。
事実としても、日本の大学進学率は決して高い方ではない。教育指標の国際比較(平成
23 年版、文部科学省)によると、日本の大学進学率は 57.8%(2010 年)であるのに対し
て、英国は 62.5%(2007 年)、韓国は 93.9%(2009 年)であり日本が高いということはな
い。かつて世界で最も大学進学率が高かった米国は 53.9%(2007 年)と日本よりも低い。も
っとも、進学率のようなデータは、単純に比較できない面もあるので、あまり厳密な数値
だと捉えるべきではない。国際的には、在学率という指標を用いて比較を行う。これは高
卒者の何%が進学するかを表現するのではなく、ある程度の年齢の幅で考えた場合に、同
一の年齢層の人口のうち何%が大学に在学するかを表す期待値のようなものであり、兵役
- 11 -
や社会人経験の後に大学進学するようなケースも含めて、長期的にみて何%が大学に在学
するかを表している。在学率でみると、日本は 55.2%(2010 年)、米国 58.5%(2007 年)、
英国 52.8%(2007 年)、韓国 78.3%(2009 年)となり、進学率とは異なった傾向を見せる。
ただし、この数字でみても日本の大学生の割合は国際的にみて過大であるとはいいがたい。
日本の高等教育は国際的にみると特殊な性格を有している。日本では入学者のほとんど
が 18 歳、19 歳である(比較的近いのがベルギー)が、それ以外の国では高卒後すぐに進
学する学生もいれば、社会人経験を経てから 30 歳前後で入学する者まで多様である。つま
り、本来大学というところは、多様な学生がいる「社会」なのであり、小中学校の延長の
ような「学校」ではないのである。卒業に関しても、日本ではほとんどの学生が最短年数
で卒業するが、欧米では伝統的に途中で 1 年程度、海外へ遊学に行ったり、長期的な就労
経験をしたりすることが多いし、なかなか進級できない学生も多いことも事実である。そ
のため、卒業には長い期間を要することも珍しくない。
②「大学生の増加は競争力の源泉」
欧米では、大学進学者が多すぎるという議論はほとんど起きない。「進学者が多すぎる。
進学者を減らせ」ではなく、むしろ、
「大学は、途中でドロップアウトする学生が多いのを
減らして卒業させる努力をせよ」という考え方である。EU では 2010 年に Eupore2020 を発
表した。その中では、欧州では大学生の 7 人に 1 人が中退しているが、EU 全体の高等教育
経験者の割合が低い段階に止まっていることから、学業放棄の割合を 10%以下へ引き下げ
ることを目標に掲げている。米国ではオバマ政権の第 1 期の方針「A Strategy for American
Innovation」(2009 年)で、教育分野の政策目標として「Restore America to first in the
world in college graduates」を掲げた。 2020 年までに大学卒業率世界一を回復すると
いう政策目標である。
このように、欧米各国が高等教育の拡大を目指すのは、知識社会・知識経済での成功は、
高度の知識・スキルを持つ人材にかかっているという信念であり、各国ともに成長戦略と
して教育改革を進めているのである。そのような中で日本では大学の定員割れが話題にな
り、大学生の基礎学力不足が嘆かれ、大学過剰論がマスコミを席巻している。政府の大学
に対する投資も削減圧力に晒され続けている。
このような世界のトレンドに逆行する日本の議論は、危険ですらある。日本では大学に
も「日本的モノづくり」の伝統が浸透している。日本の製造業は繰り返される円高圧力に、
生産性の向上で対処しようとしてきた。大学の先生も同じ発想である。学力のない学生を
受け入れるよりは、優秀な学生を入学させる方が、少ない労力(低コスト)で高品質の卒
業生を輩出できる。欧米の発想は逆であり、大学はできる限り多くの学生に付加価値を付
けて、国民全体の知識・能力の向上に貢献すべきだと考える。優秀な学生にも、そうでな
い学生にも付加価値を付けることを目標とする。日本の大学がそのような考え方を受け入
れるためには抜本的な改革が必要になる。それはリスキーな仕事であり、シニアな大学教
員としては、できればやらないで済ませたい、今までと同じようにして逃げ切りたいとい
うのが本音であろう。そもそも世界の動向を知らないという世間知らずの面もある。
結局、
「コスト削減による生産性向上」至上主義は、日本の大学にも蔓延している。 「乾
いた雑巾を絞る」というコスト削減の圧力は強い。そこで出てくる対応策は、 儲からない
- 12 -
ラインは閉鎖するという選択と集中であり、人気のない学部は閉鎖され、学力が低い学生
の多い大学は不要だということになる。過去の成功経験を忘れられず、付加価値の大きい
教育をしてきた経験がない大学は、 このようなリスクの大きい改革には挑戦しない。つま
りリスク回避である。 顧客満足やユーザ・エクスペリエンスより、あくまでも製品たる卒
業生の輩出と就職にこだわる。このようなトレンドは 結果的には、高等教育の後退と高等
教育の国際競争力の喪失につながる。
大学関係者のみならず、マスコミも社会の雰囲気もこのような固定観念に縛られ、問題
の本質を見失っている可能性がある。このようなステレオタイプから脱して、大学教育の
抜本的改革を進める必要がある。
(3)学習環境の大転換 − オーリン大学を例に −
①オーリン大学とは
米国では、2000 年頃から大学の学習環境、学習方法の転換が多種多様に起きている。主
体的な学習を重視し、伝統的な講義方式の教育だけでなく、自己学習の場所の提供、PBL
等の active learning の積極的導入が進められている。オーリン大学は 2002 年に開学した
大学で新しいタイプの教育方法、学習方法を大幅に取り入れて注目されている。
オーリン大学(Franklin W. Olin College of Engineering)は、1997 年に F. W. Olin 財
団からの M$450 の寄附で、ボストン郊外に創設された大学である。巨額の寄附であったの
で当初から高等教育界の関心を呼んだ。 財団は従来の工学教育と大学運営を再考し、従来
から提案されてきた改革構想を全面的に取り入れるために、既存の大学の中で改革を進め
るのではなく、過去のしがらみに縛られないように、新規に大学を創設することを選んだ。
1999 年からスタッフの雇用を開始するとともに、開学準備を開始した。2000 年には教員
の雇用を開始し、 2001 年には開学前であったが 30 人の学生(Olin partners)を集め、
一緒にカリキュラム開発を行い、開学に備えた。2002 年に正式に学生を受け入れ、開学し
た。この中には 30 人の Olin partners も合流した。2006 年には初めて卒業生を出し、New
England Association of Schools and Colleges のアクレディテーションを取得、翌 2007
年には ABET のアクレディテーションを取得した。
オーリン大学は、工学の学部教育に特化し、大学院はない。ABET が認証している主専
攻分野としては、 Electrical and Computer Engineering, Mechanical Engineering,
Engineering 一般があり、 Engineering 一般の Concentration として BioEngineering,
Computing, Materials Science, Systems が用意されている。学部教育なので、教養教育
(人格陶冶)的側面も有しており、 工学教育だけをするのではなく、基本的に学際的な教
育をしている。芸術、人文社会科学(AHS)も重視されており、日本の工学部教育ほど専門
に特化しておらず、Engineering を通じた、新しい教養教育という捉え方も可能である。
教員は約 40 人で、 テニュア制度はない。 女性教員が 37%を占める。専任の教員は工
学や理数系分野だけである。近隣には Babson College
( 隣接している), Wellesley College,
Brandeis University などの優良大学があり、これらの大学との連携で、人文社会科学等
の分野を補っている。学生の入学 定員は 80 人くらいの小規模大学で department 組織はな
い。女子学生は 45%であり、米国の工学系学部ではトップクラスの女子学生比率である。
徹底的に少人数教育をしており、半分の科目は受講生が 20 人未満、50 人以上の科目は皆
- 13 -
無である。授業料は高いが、授業料の半分は奨学金として補助されている(2009 年までは
全額補助)。
②教育上の特色
エンジニアリング・デザインを教育の根幹に据えて、徹底的な active learning(学生
が主体的に学習する方式の総称)を行っている。実践的、参加型、包括的、学際的な
project-based learning が全科目の半分を占めている(日本でも PBL は導入されているが、
その場合でも 1、2 の PBL 科目を提供しているのが現状)。残りの科目(通常であれば講義
方式 で 実 施 する よ う な 科目 ) の 多 くで も 、 hands-on、team-based project な ど active
learning を導入している。4 年間の学習の総まとめとして SCOPE という通年型の PBL を必
修科目として実施している。これは産学連携教育(Co-op 教育)である(後述)。
また、通常のような教科書はなく、全てパソコンの中に保存されており、全員が同じパ
ソコンを持ち歩いている。教室も講義形式はほとんどないので、グループワークが柔軟に
できるような設えになっている(スタジオということもある)。このように、伝統的な大学
のイメージとはかなり異なった外見になっている。
図 2.1.1
オーリンの三角 形(Olin Triangle)
図 2.1.2
イノベーションのエンジン
教育においては、工学のみならず AHS 及びビジネス分野も重視している。その理念は,
オーリンの三角形(Olin Triangle)として表現されている(図 2.1.1)。三角形は、オー
リン大学の教育における工学,AHS,ビジネス(起業家精神,倫理,フィランソロピーを含
む)の 3 つの側面の調和を象徴し、これら 3 つのバランスの上に創造性,イノベーション,
デザインが実現することを表現している。オーリンの三角形の源流には、工学教育改革に
関する議論だけでなく、産業デザイン分野の議論も影響を与えている。Weiss(L. Weiss,
Developing Tangible Strategies, Design Management Journal, 13-1, pp.33-38, 2002)
は、イノベーションは人的要因(人々の欲求),ビジネス的要因(ビジネスとしての成立可
能性),技術的要因(技術的な実現可能性)の 3 条件が満足されることで可能になるとした
(図 2.1.2)。これらの 3 条件が揃う状況はまさに学際的であり、デザイン・プロセスが 3
条件を組み合わせ、イノベーションのエンジンとして駆動していく役割を担う。この図式
を教育に当てはめたものがオーリンの三角形である。
これらの精神を実現するために、4 年間にわたって AHS,ビジネス,工学,エンジニアリン
- 14 -
グ・デザインの教育を展開している。エンジニアリング・デザイン教育というと、古くは
設計図の書き方の教育であり、最近では仕様や条件を与えられた中で設計し、シミュレー
ションや試作までやるようなものが多い。オーリン大学では利用者指向のニーズを発掘し、
そもそも「何を」設計するのか、からスタートし、どのようにビジネスとして実現するか
のデザインまで幅広く扱っている。
③SCOPE(Senior Capstone Program in Engineering )
エンジニアリング・デザイン教育の総仕上げとして重視されているのが SCOPE(Senior
Capstone Program in Engineering )である。4 年生の 1 年間を通じて行われるキャップ
ストン(総仕上げの活動)である。SCOPE の最大の特色は,それが産学連携の PBL である
点である。スポンサー企業には有名企業が名前を連ねるがベンチャー企業も参加している。
学生は 6 人程度でチームを組織し、企業等が提示する課題に対して、学生自身で計画を
立てて、プロジェクトを進める。多様な技術的課題に対応するために、多様な分野の学生
でチームを編成している。参加企業は 1 年間のプロジェクトに対して 5 万ドルを負担し、
プロジェクトの活動資金に充てられる。教員がアドバイザーとしてチームを担当するが、
基本的には学生がスポンサー側の担当者と定期的に連絡、調整し、プロジェクトを進める。
チームは単に技術的課題だけに取り組むわけではないので、プロジェクト・コーディネー
タ(渉外も担当)、予算管理担当者、安全・倫理担当者、技術リーダ等を分担して進める。
(4)小活
オーリン大学の取組みの個々の要素はそれほど目新しいものではない。1980 年代後半以
降に提案されてきた数々の改革的取組みを導入しているにすぎない。これは大学自身も認
めていることである。ただし、部分的ではなく、全面的に改革的要素を導入しているとい
う点で、米国内でも注目される緒戦的な取組みとなっている。
大学改革に対する、このような抜本的な取組みが世界では展開されている。冒頭でも述
べたように、高等教育の改革に対する取組みには、日本と海外とのあいだには大きい温度
差があるというのが現実であろう。その他の論点については質疑応答の中で述べる。
2.1.3
主な質疑応答
質問:秋入学は企業の採用にも影響があるが、実現は難しいか。
回答:個人的には実現は非常に難しいだろうと思うが、野田首相から指示が出ているので
何らかの答えを導き出さねばならない。米国は 5 月下旬から夏休みが始まるが、現
在の日本の前後期制では 7 月いっぱいもしくは 8 月初旬まで授業をやる必要がある
ため、サマースクールに参加することもできない。少なくとも二学期制をそのまま
にしての秋入学は現実的ではない。むしろ三学期制が現実的だろう(現在の実施は
筑波大、ICU など数校)。本当に秋入学への移行を考えるなら 5~10 年かかる。
質問:オーリン大学の例、日本でやろうとすると元々のブランド力がないと優秀な学生は
集まらないだろう。どのように優秀な学生を確保しているのか。最初のメンバーに
- 15 -
特徴があったのか?
回答:工学院大学のグローバルエンジニアリング学部がやや似ているが、部分的な実施で
あり、日本の伝統的な制度がかなり残っている。オーリン大学は徹底的に既存のし
がらみを排除し、理想の教育を追求し、米国の工学教育協会からも支持され、最初
から話題性があり、評判が高かった。優秀な学生の確保にはいくらか苦労があった
ようだが、2009 年までは授業料を無料、その後は半額免除して、学生を集めている。
学長など初期のメンバーが徹底的にコンセプトを議論し、リーダシップをとり、周
りの人間がうまく整理していった。エンジニアリング・デザイン教育を変えていく
ことは深刻な問題として議論されている。産学連携, active learning,イノベーシ
ョンがキーワード。資金を提供した財団側の意思を持つ人間がしかけた形。
質問:米国でも工学離れがあると聞くが。
回答:一般論としてはそのとおり。オーリン大学は徹底的に学部教育を行うコンセプトで、
明らかに優秀な学生を集めている。黒人や留学生はほとんどいない。アジア系の学
生は多い。米国生まれの米国人の理工離れは大学院では見られるが、学部レベルは
ピンからキリまでのレベルの大学があり必ずしも留学生ばかりの大学でもない。
質問:デザイン思考とは、設計は含めないのか?
回答:日本でのデザインとは製品デザインや設計を指すが、オーリン大学のデザインは「思
いを形にすること全て」。上流から下流まで、課題、ニーズの発見から具現化、事業
化まで全体を指す。
JABEE が国際基準に合わない、このままだと来年度は国際的な認証基準から外れて
しまうと問題になっているが、その最も大きな原因はデザイン教育が実施できてい
ないことである。
質問:産業界でのイノベーションリーダとしての活躍を卒業生像としているのか?
回答:卒業後は院に進む者や就職する者、他に途中で 1 年休学する学生はベンチャーを興
したりする。出口は多様である。エンジニアリングがわかる、イノベーションをリ
ードできる人材を志向している。
質問:最後まで卒業する人は少ないのか?
回答:途中でベンチャーなどの活動をしても戻ってきて卒業する人が多い。卒業率が非常
に高く、その点は米国の大学の中でもまれな例である。
質問:学部 4 年の勉強では薄く広くになり、より深く勉強したいというような動きは?
回答:米国では、エリート層の場合「深く」は大学院でやる。就職してから大学院に行く
人も多い。バイオやナノテクなど競争の激しい分野ではストレートで大学に入るパ
ターンが多いが、オーリン大学の卒業生はパターンがいろいろで有名企業に就職す
る者もいれば、有名大学院に進む者もいる。
- 16 -
質問:落ちこぼれ救済について。
回答:チームで落ちこぼれを出さない工夫として 1 チーム 6 人編成にし、各人に役割を与
えている。また寮生活で助け合うことなどで工夫している。
質問:ビジネスファクターを学部の段階で学ぶという点について、実体験を伴わないと有
効でないのでは。
回答:隣のバブソンカレッジ内のオーリン・スクール・オブ・ビジネスの MBA コースの教
員が学部生相手に指導してくれる。メーカから提示された技術的な課題や発展途上
国の政府から依頼を受けた課題など、かなり具体的なプロジェクトを実施する。チ
ームには必ず会計担当を置くなど実践的にやっている。ビジネススクールの教員と
エンジニアの教員が一緒にチームを作り指導している。ただし、あくまでも教育で
あり、現実ではない。
質問:日本の私立大はできることが限られている。学部を新設するくらいで専門大学院は
採算的に厳しい。米国では収入確保の一つとしてリタイアメントコミュニティがあ
るが、日本が習えるような事例はあるか?事業を維持拡大していくどのような方向
感があるか?
回答:オバマの政策で e ラーニング(オンデマンドのみならず双方向も)が急速に進んで
いる(遠隔地の学生を確保)。が、ほとんどの大学は資金繰りが厳しいと聞く。危機
感を持って変革してきたフィンランドやイギリスに比較すると日本はそこまで切羽
詰っていない。国民性も影響しているのかもしれない。18 歳人口だけを相手にして
いるとダメだろう。
質問:日本の学部は人数が多い。大学院の研究室あたりで取り組み始めたらどうだろうか。
回答:日本では大学院の改革が、一番ハードルが高いだろう。今の大学院生は教員の研究
の手足になっている。博士進学者が減少しているため、特に修士が手足になってい
る。授業に出るのも嫌がる。ましてや自分の専門に関係のないビジネスの勉強を促
すように教員の意識を変えるのは難しい。多くの教員は学生の就職を考えていない。
2.1.4
まとめ
工学教育をはじめとする日本の高等教育は、大きな変革期にあるのは間違いないだろう。
ただし、欧米諸国ほどには危機感が浸透していなのか、日本では改革の方向性が明確にな
っていないだけでなく、大胆果敢に挑戦する大学もない。Co-op 教育のように PBL などを
通じて、人材育成面での産学連携を推進することは、日本の産業界にとっても喫緊の課題
であろう。
なお、オーリン大学の取組みについてはその後、
「小林信一、稲永由紀、大来雄二、玖野
峰也、齋藤芳子、アメリカの工学教育改革を牽引するオーリン・カレッジ、工学教育、60
巻 5 号、pp18-23、2012 年 9 月」や「社会をデザインする工学、朝日新聞、2012 年 12 月
21 日(教育面)」で紹介された。
- 17 -
2.2
2.2.1
サムスンの人材育成
講演の概要
(1)講演日時:平成 24 年 6 月 27 日
(2)講師:エムアイ総研
代表
石田賢氏
(3)講演題名:サムスンの人材育成
2.2.2
講演内容
(1)サムスンの概要
サムスングループ系列会社 78 社の 2011 年売上高は、259 兆 6,336 億ウォン(約 20 兆円)、
韓国の名目 GDP1,172 兆 8034 億ウォンの 22.1%である。グループ全体の社員数は約 35 万
人。
サムスン電子の 2011 年売上高は、165 兆ウォンとグループ全体の 63.6%を占める。サ
ムスン電子の社員数は 22 万 1,726 人(2012 年 5 月現在)、内訳は韓国内と海外がほぼ半々
の割合である。サムスン電子の売上高営業利益率は 2010 年 10.5%、2011 年 9.8%と 10%
前後の高い水準で推移している(図 2.2.1 参照)。なお、2012 年の売上高営業利益率は 14.4%
であった。サムスン電子は、薄型 TV のメーカ別世界シェアでは、22.6%でトップを走り続
けている(図 2.2.2 参照)。
図 2.2.2 薄型 TV のメーカ別世界シェア 1
(2011 年第 2 四半期、金額ベース)
(出展)米国ディスプレイリサーチ
図 2.2.1 サムスン電子の売 上高・営 業利 益の推移
(2)サムスン躍進の原動力
-人材育成-
サムスンでは、経営理念と 5 つの核心価値を設定しており、人材を重視し、「人材第一」
をその両方で掲げている(図 2.2.3 参照)。
1
パナソニックは主力の薄型テレビ事業を縮小する方針(2011 年 10 月 20 日)
- 18 -
図 2.2.3 人材育成の位置づけ
人材育成の制度の 1 つとして、サムスンでは、高校時代からの入社前インターンシッ
プ 制度 に よ る 企業 ニ ー ズ に合 致 し た オー ダ ー メ イド 型 人 材 育成 が 実 施 され て い る ( 図
2.2.4 参照)。
図 2.2.4 入社前のインターンシップ制度
サムスンは、入社後から役員までの徹底した社内教育プログラム(新人向け:価値共有
プログラム、リーダ層:リーダ養成プログラム、エリート層:グローバル能力強化プログ
ラムの 3 つを基本とする)による選抜型人材育成の徹底した社内教育プログラムによる人
材育成を行っている(表 2.2.1 参照)。
これらを俯瞰したのが、21 世紀人材養成体系である(図 2.2.5 参照)。これからもサムス
ンがグループをあげて如何に人材育成を重視しているかがわかる。とりわけ幹部候補者に
はリーダシップ能力が問われている。
- 19 -
表 2.2.1 サムスンの 3 つの基本人材育成プログラム
基本プログラム
①
内容
価値共有プログラム
SVP(Samsung
shared
・サムスンのすべての役職員を一方向で結束させるプログラム
value
・新入社員教育(3 週間の合宿)と夏季修練大会
program)
②リーダ養成プログラム
・次世代リーダを育成するためのプログラム
SLP(Samsung business leader
・1995 年から毎年優秀な人材を対象に海外名門ビジネススクールと
program)
国内経営大学院に 2 年間派遣
③グローバル能力強化プログ
ラム
SGP(Samsung global expert
program)
・サムスン グローバル人材教育の頂点にあるのが
SGP であり、その中でも地域専門家制度が中心
・世界各地域事情に精通した人材を養成する制度で、
1 年間該当地域に派遣
図 2.2.5 サムスンの人材育成の体系
① 価値共有プログラム
- SVP (Samsung shared value program)
体験式の新入社員教育として 3 週間の新入社員研修を実施している。そこでは、以下の
3 つについて研修する。
・Commitment(経営哲学、コア・バリュー、グローバルビジネス遂行力量等)
・Creativity(立体的、創造的思考等)
・Collaboration(自律、責任、協力、意思疎通のための業務態度)
- 20 -
② リーダ養成プログラム
- SLP (Samsung business leader program)
リーダ養成の為、以下の制度も実施している。
¾
サムスン MBA 制度
・1995 年から毎年優秀な人材を対象に、海外名門ビジネススクールと韓国内の主要経営
大学院に 2 年間派遣し、経営実務とグローバル経営を学習できる機会を提供
・海外だけでなく社内大学の存在
¾
役員候補者養成課程
・グループ各社から選抜された部長クラスを対象として、5 カ月間、延べ 380 時間の
OFF-Line(40%)、ON-Line 教育(60%)を受ける役員候補者養成課程
・年 2 回約 100 人前後/回の規模
③ グローバル能力強化プログラム
- SGP (Samsung global expert program)
地域専門家制度が設定されている。1991 年に始まったサムスン地域専門家制度は、これ
までに 4,400 人の地域専門家を養成した。
2012 年は 50 カ国で 285 人が地域専門家として活動中である。地域専門家と MBA に選ば
れた者は、サムスン外国語生活館で 10 週間の合宿教育がある。
1990 年代までは派遣先の 60%が先進国、2000 年以降は中東、アフリカ、中国、インド
等新興国が 80%であった。地域専門家の報告は、世界 700 都市以上に渡り、重要なデータ
ベースとなっている。グローバル人材の評価基準は、現地語での情報収集ができること、
現地スタッフと半分以上時間を使うこと、現地スタッフの家族の名前を言えることである。
④ 外部からの人材確保
通年随時採用(global talent)している。S (super)級、A (ace)級、H (high-potential)
級と分けられ、米国等の人材供給源となる国や地域には GRO(国際採用担当役員)を常駐さ
せている。また、早期退職や転職を防ぐために、金銭・非金銭面に細かい工夫がされてい
る。
2.2.3
主な質疑応答
質問:地域統括の中で売上バランスや戦略において最も重視している地域は?
回答:中国における社員が 5 万 3 千人に達しており、R&D、デザインから生産まで一貫して
いる。中国をはじめ中東アフリカ中南米等の市場が伸びている新興国マーケットに
優秀な人材を送り込んでいる。2011 年 12 月の人事では、アフリカ担当から初めて
副社長が誕生するなど、成果を反映した人事が目立っている。日本の組織では考え
られないことではないか。
ソウルのサムスン電子本社に勤務する外国人は 800 人、2020 年までに 2,000 人に増
やす計画である。
質問:役員候補者養成課程のオンライン教育、オフライン教育とは?
回答:毎年サムスン・グループから選抜された 200 名(年 2 回)が 20 週間(380 時間)のオン
- 21 -
ライン教育、オフライン教育を受ける。オンライン教育(17 週間)では、マーケティ
ング理論、リーダシップ理論等を聞いてレポートを提出する。
オフライン教育(3 週間の合宿)は、社内役員や大学教授等の講義を聞きディベート
を行う。
グループ全体の社員が対象であるが、7 割はサムスン電子の社員である。
質問:教育の指導者は?
回答:人事担当者(サムスン人力開発院、サムスン経済研究所の各 100 人)が基本的な部
分は講師となる。それ以外は有名大学、IBM や TI の役員を講師として招聘する。
サムスンの人材育成は、元々は GE の教育プログラムをベースに作っている。外部の
大学教授にカリキュラム作成の依頼もしているが、サムスン流にアレンジして利用
している。
サムスン電子の CEO(権・副会長)が人力開発院・院長を務めている。
質問:現在地域専門家、実際に現地で活動しているのは?
回答:これまで養成された 4,400 人のうち、現在現地に行っているのは約 1,000 人である。
5~6 年のローテーションには困らなくなった段階である。現在、地域専門家の 8 割
は新興国に派遣されている。
質問:現地でどういう生活をするのかミッションは与えられるのか?
回答:ミッションは事前に人事に申告する。テーマは自由に設定できる。地域専門家は会
社からパソコンとデジカメだけ渡され、あとは全て現地では自力で対応する。サム
スン社員との接触は禁止されている。これまでに地域専門家の派遣先は世界 700 都
市以上に及び、マーケティングの現地情報等のデータベースにも活かされている。
出張旅費も含めて活動費用は会社が全部出す。
質問:国際標準化室とは?
回答:サムスンの得意とする技術がグローバルスタンダードに採用されるかどうか、ある
いはグローバルスタンダードがどの方向にまとまりつつあるのか、など情報収集と
分析を行う。
質問:サムスンと LG の違いについて。
回答:LG は同族意識が残っており、サムスンと比較するとやや温かみのある経営である。
質問:日本企業は役員を含めてグローバル化したほうがいい企業が多く、韓国との差を感
じる。
回答:サムスン電子がグローバル化しているとはいえ、外国人役員の割合は 1.6%と LG 電
子の 2.8%と比べてもまだ低い水準である。
- 22 -
表 2.2.2 役員 に占める外国人の割合(2012 年 1 月現在)
質問:部門横断で人事異動し、事業リーダを育てる。リーダ未満の人達は異なる分野の移
動はあるのか?人材マネジメントについて。
回答:特定の技術分野の人も異動する。深い知識を持って異動することでより広がりが得
られスピードを生む。企画段階で次のステップが見えてくる。日本の組織によく見
られる、ひとつの事業部でのみ育つ蛸壺化が起きない。異動直後 1 カ月は必死に勉
強しマスターする。他部署の知識を活かすことで相乗効果が生まれる。
2011 年からは技術系の役員職として専門理事制度を作った。特殊な技術を世界最先
端で研究しているような人にも出世する道を与える意味である(経営者になること
を目的としていない人たち)。
質問:地域専門化制度の人材配置について。
回答:対象人材はまず人事考課、語学能力等を基準に選抜される。選抜されると、最初に
6 週間語学研修を受ける。合格者から希望配属先、何をやりたいかを聞き、企業の
戦略をクロスさせ調整する。
質問:非金銭面での細かい工夫は?
回答:ソウルに住む外国人のために母国の食材を即座に提供するシステム、子女の教育体
制等アフターケアを細かくやっている。20 年近く諸国に人材を送っているノウハウ
が蓄積されて、LG やポスコの海外拠点に同様のサービスをする会社を 2008 年に設
置し 500 人規模になっている。そのほか、アフリカ駐在者には、家族が欧州で居住
することで、妻子は欧州の生活と教育を受けることができる。
質問:離職率の高さについて、人材育成にカネをかけているから引き留めたいとは考えな
いか?
回答:サムスンは基本的に社会的に役に立つ人間を輩出するという考えがある。辞めてい
く社員は、別の形で韓国社会に貢献していくと考えている。
- 23 -
質問:技術者の部門間異動について、日本でやるとするとかなり抵抗がある。上手くやる
ための工夫は?
回答:課長・部長クラスから横の異動がかなり行われている。韓国企業の中でもサムスン
は特殊である。前述したように米国 GE のやり方を取り入れ韓国流にアレンジして行
っている。役員クラスはリーダシップ力の有無を評価する。異動先で前の事業部の
知識を活かして如何に早く判断するか。複数の事業部を経験することで経営者の資
質があるかどうか診断されている。サラリーマン社長の感覚はない。
質問:地域専門化制度は 1991 年からということだが、その他の制度については?
回答:たくさんあるが、ひとつには SMA (Samsung Management Academy)教育プログラムが
ある。リーダシップ開発センター(人材開発研究所に所属する機関のひとつ)が、課
長クラスから役員クラスまで職級別に多様な‘ビジネス リーダ コース’を運営し
ていることである。その中でもコアは‘サムスン・マネジメント・アカデミー(SMA)’
であり、毎年業務成果が優秀な 50 人前後の首席研究員と次長級を選抜される制度で
ある。会社のリーダに成長するためのエリート教育課程である。
質問:3 つの基本の人材育成プログラムの他のものは?また、予算は?
回答:主だったものだけで 10 はプログラムがある。細かくいえば技術担当役員等、個人単
位にあったカリキュラムまである。韓国人力開発院は一度に 7,000~8,000 人教育で
きる施設で、他にも韓国内に 11 カ所の教育施設があり、総勢 2 百数十人のスタッフ
がいる。2010 年で 280 億円を施設費・人件費にかけている。社員 1 人平均で 8 万円
/年である。
また、地域専門化制度では 1 億ウォン(800 万円)/人+給与は別途支給している。
質問:さまざまな教育制度が実行されているが、優秀人材選抜のための制度ともいえる。
日本企業がベンチマーキングするとしたら、いかに競争原理を持ち込めるようにす
るのか?
回答:サムスンは基本的に上に行けば行くほど厳しい。役員は毎年リストラの対象である。
役員クラスに徹底した信賞必罰がなされるならば、末端までうまく競争原理が働い
ていくであろう。日本は偉くなればなるほど対外的な活動が増え、会社のために働
く割合が減る。2012 年 1 月の新年のメッセージとして、李会長が社内放送で言った
「ひとつの心、ひとつの方向」という言葉に集約される。
質問:サムスン OB の行く末は?日本企業で活躍の場はあるのか?
回答:役員クラスは子会社・協力会社に 3 年間保証されるが給与はサムスン時代の 7 割。4
年目以降、運よく残れた場合は更に 7 割、つまり半分になる。
部長手前でリストラされた人は、サムスンに納入している協力会社 4,700 社に役員
として再就職するケースもある。サムスン OB は日本企業には馴染めない。
- 24 -
2.2.4
まとめ
サムスングループ、サムスン電子が飛躍的な成長を遂げている背景には、実にきめ細や
かな人材育成の教育がなされていることによる。特に、
「人材第一」を経営理念と核心価値
の両方で掲げ、高校生時代からの入社前インターンシップ制度による企業ニーズに合致し
たオーダーメイド型青田買いを行い、また入社後から役員までの徹底した社内教育プログ
ラム(新人向け:価値共有プログラム、リーダ層:リーダ養成プログラム、エリート層:
グローバル能力強化プログラムの 3 つを基本とする)による選抜型人材育成等、グローバ
ルに展開する為の戦略的な進め方をしている。
講演後の質疑では、非常に活発な議論がなされたが、特に、地域専門家制度については、
参加者の多くの方が関心を寄せた。サムスンが、グローバルに展開できている教育プログ
ラムの中核のなすものであり、日本企業が今後グローバル化を進める為にも参考すべき人
材育成方法と考えられているからではないかと思われる。
ただ、サムスン電子の平均勤続年数は約 8 年と短く、教育もストレスフルであることか
ら、日本企業にそのまま適用できるかは疑問である。また、韓国社会も価値観が多様化し、
新しい価値観の世代が多くなってきていることから、サムスンは、優秀な人材が今後も継
続して獲得でき、成長力を維持できるかという課題が出てきているようである。
- 25 -
2.3
2.3.1
千代田化工建設「グローバル人材」
講演の概要
(1)講演日時:平成 24 年 8 月 1 日
(2)講師:千代田化工建設株式会社
HRM ユニット
GM
村田敏哉氏
(3)講演題名:グローバル人材
2.3.2
講演内容
(1)千代田化工建設の紹介
①会社概要
千代田化工建設は、1948 年 (昭和 23 年)に創立され、資本金は、433 億 96 百万円 (2012
年 3 月 31 日現在) 、従業員数は、 4,530 名(連結)、1,361 名(単体)(2012 年 3 月 31 日
現在) である。平成 24 年度 3 月期の連結業績としては、受注高 6,125 億(前年比+160.4%)、
売上高(工事完成高)2,547 億(同+3.1%)、営業利益 242 億(同+37.9%)となってい
る(同社決算概要資料より)。
同社の経営理念は、「総合エンジニアリング企業として、英知を結集し研鑽された技術
を駆使してエネルギーと環境の調和を目指して事業の充実を図り、持続可能な社会の発展
に 貢 献 す る 」 と な っ て い る 。 ま た 、 経 営 ビ ジ ョ ン と し て 、「 千 代 田 化 工 建 設 グ ル ー プ は
「Reliability No.1」、世界で最も信頼性の高いプロジェクト・カンパニーとしての地位を
確立し、「収益成長企業」として持続的に発展してまいります。」を掲げ、現在、世界 40
カ国以上の国々で石油や天然ガスなどのエネルギー、化学・石油化学、医薬品、環境保全、
一般産業設備などの分野で、数々のプラントを建設し、プロジェクトを遂行している。
社会の持続的発展を目指して産業の発展と地球環境の調和をはかり、エンジニアリング
によって社会に貢献することを目指している。その「エンジニアリング」とは、
“構想(ユ
メ)を現実(カタチ)にすること”と捉えられており、
“人”、
“物”、
“金”、
“技術”を集め、
プロジェクトチーム体制で事業が展開している。
②事業内容
同社は、石油産業とともに成長、1957 年に株式公開、1960 年、受注高が 100 億円突破、
従業員約 1,400 人。1961 年東京証券取引所第一部に上場した。OPEC 誕生の 1959 年に、海
外営業部署を設置、中東を中心にグローバル企業となっていった。2000 年に入り、原油価
格が高水準で推移するなか、環境保全の世界的な高まりとともに、エネルギーメジャーの
クリーンエネルギーである天然ガス関連投資への急速な拡大を背景に、液化天然ガス
(Liquefied Natural Gas、以降 LNG)プラント分野、そして LNG を核としたガスバリューチ
ェーン分野の市場が拡大してきた。1973 年の UAE 向け LNG プラント受注(中東地域では日
本企業として初)以降、数々の実績を重ねてきた同社においては、営業戦略上、画期的な
転換を促すこととなった。中期経営計画 DSP2008 の結果を踏まえ、2009 年度(2010 年 3
月期)を初年度とし、2012 年度(2013 年 3 月期)を最終年度とする中期経営計画「変革と
- 26 -
創造 2012」を策定。コアビジネスの更なる強化、事業分野の拡大、グローバルオペレーシ
ョンの推進への取組みを進めている。このように、社会環境の変化に伴いエンジニアリン
グの適用分野を変化させてきた。現在、「エネルギーと環境の調和」をテーマとして、事業
展開を図っている。このように、創業以来、石油精製・石油化学・ガス精製/液化から医薬
品・ファインケミカル・産業設備などの幅広い分野において、EPC( Engineering、Procurement
&Construction=設計・調達・建設)業務としてのプラント建設を、国内外問わず世界各
地で数多く手掛けている。また、触媒技術を核とした自社技術開発を推進、環境・化学分
野を中心に、技術提供を行っている(図 2.3.1 参照)。
図 2.3.1 事業活動の分野
また、豊富なプラント建設実績から得られた技術と知見を活用・展開し、千代田グルー
プとして顧客の技術開発及びその商業化のサポート、事業計画から建設、更には運転支援・
メンテナンス(O&M)に亘る Project Life Cycle の全てのフェーズに対して幅広いサービ
スを提供している(図 2.3.2 参照)。
・事業計画フェーズ(これから事業を計画されるお客様への計画立案・検討の支援)
・プラント建設フェーズ(プラント建設プロジェクト)
・運転・保守フェーズ(既設プラントの運転改良、能力増強、トラブル対応)
図 2.3.2
Project Life Cycle (同社 HP より引用)
- 27 -
グローバル企業として世界が活動のフィールドであり、世界の企業と協働した事業を展
開している(図 2.3.3 参照)。現在、LNG (液化天然ガス)プラント建設では世界でトップ
シェア(50%)を誇る企業である。LNG 事業として、カタール政府から世界最大の 1 系列
780 万t(年産)の天然ガス液化プラントの設計・調達・建設を 6 系列受注し、2004 年 12
月にその第 1 系列目の業務に着手(6 系列の合計で年産 4,680 万tという生産量は、世界
の LNG 生産量の約 4 分の 1 に相当する規模)。かつてない規模のプラント建設のため、最
先端のエンジニアリング技術を駆使。世界中からプラントの機器資材を調達し、86 カ国か
ら文化習慣の異なる労働者を集め、安全や環境衛生の教育を進めながら、高い品質と信頼
性を保持して本プロジェクトを遂行した(2009 年の第 3 回「ものづくり日本大賞」(海外
展開部門)で経済産業大臣賞を受賞)。
図 2.3.3 事業活動のフィールド
(2)千代田化工の仕事の変化
プロジェクト業務の大規模化、複雑化、短納期化に伴い、仕事上に変化が生じてきてい
る。千代田化工は日本人職人の集合体であり、さまざまな国の労働者をどうマネジメント
するかが重要となってきている。
従来の業務は、全体を見わたせる範囲で、阿吽の呼吸が通じる単一企業文化、段階を踏
んだ技術・技能の習熟、仕事を通じた先輩から後輩への技術の伝承、などにより“自然に
人材が育成される環境”があった。しかしながら、業務が分業化・高度化される中で、さ
まざまな文化が混在、阿吽の呼吸が通じないケースが増えている。図 2.3.4 のプロジェク
ト体制の変化にあるように、各層に多国籍人材が混在、従来の担当レベルでの擦り合わせ
が難しく現場では解決できない事態になっており、上層でのマネジメント、調整業務が必
要になっている。一方、安価な現地労働者を活用、日本人はエンジニアでの経験を積まず
にリードエンジニアになる場合もあり、技術の伝承、良質の経験の機会が減少している。
このように、“自然に人材育成される環境”の減少に伴い、計画的な人材育成の仕組み
が必要になってきている。
- 28 -
図 2.3.4 仕事 の変化(プロジェクト体制の変化)
(3)人材育成の打ち手
計画的な人材育成が求められる中、これまで、海外指向の学生や外国人留学生の採用、
海外現場研修に力を入れていた状況から、下記のような階層別の各社員に対して、着実な
打ち手を実施してきている。
①採用時
外国人採用、中途採用の強化を進めている。また。採用の段階で学力試験はしないが、
面接と(一般の)心理テストの分析結果を見ている。心理テストでは、ストレス耐性など
をチェックしており、宇宙飛行士採用時に実施している心理テストも新たに追加し強化し
ている。
また、外国人人材を意図的に採用することはしていないが、たまたま採用したい人物が
留学生だったケースも多い。今後は東南アジアに人材供給源となる人材インキュベーショ
ン機能や育成機能をグループに持つことも視野に入れている。
インターンシップについては、特定の大学から受け入れるが、雇用に直接つなげていな
い。
②新入社員層
入社後 3 カ月間の海外現場研修や 1 カ月間の英語漬けのグローバルビジネス研修を実施
している。グローバルビジネス研修は、単に英語の習得だけを目的とするのではなく、グ
ローバルなビジネス研修として英語を使って多国籍の人材をどうマネジメントするか、コ
ミュニケーションを図り、納得させ、動いて結果を出すかを学んでいく。また、1 年間の
専門教育(エンジニアリング基礎力強化)などがある。
③若手層
若手層の人材育成は、従来、部署別で縦割り傾向が強かったが、系統別育成を導入、プ
ロジェクト系の人材とディシプリン(設計)系の人材に分け、全社の視点で計画的な人材
- 29 -
育成を強化している。若手層には習熟度評価を実施するなど育成状況の透明化を図ってい
る。
系統別育成のキャリアパスは、従来はディシプリン(設計)からスタートし、エンジニ
アとしての経験を積む中でプロジェクトに適する人材をゆるやかにプロジェクト部門に異
動させていたが、現在は採用人数が少なく、要求される育成スピードも速くなっているこ
とから、入社段階でプロジェクト系の人材を仮決めし(3 年毎に見直しあり)、ディシプリ
ン(設計)で 6 年程度経験した後、計画的にプロジェクト部門に異動させている。ディシ
プリン(設計)のエースもプロジェクトに有期限(2 年程度)で出し、プロジェクトで経
験を積ませてから戻すなど、相互に期限を区切って人を動かすことで、それぞれのコアの
育成を図っている。
昨今、多くの作業が自動化されている為、自分で手計算した経験が少なく、間違いに気
がつかないで仕事を進めてしまうケースも多い。そこで千代田エンジニアリングアカデミ
ー(CENA)を開催している。本アカデミーは、若手育成「千代田 10 年人材プラン」の一環
で、技師長経験のあるベテランの OB が講師となり、基礎技術の指導、ノウハウの伝承にあ
たっている。
④中堅層
年功的育成から能力を評価した、抜擢型になっており、マネジメントの研修を強化して
いる。また、PKP(Project Key Personnel=プロジェクト遂行上 Key となる人材)の育成も
強化している。
⑤ベテラン層
人事制度を改定、役職給の廃止や組織管理職の明確化などを進めている。
(4)HR(ヒューマンリソース)体制の再構築
事業環境の変化に対応するため、現在、日本人正社員中心の体制からの脱却を模索して
いる。図 2.3.5 に示すように、現状から、日本人正社員主導のグローバル体制へ移行し、
グループ間での人材の流動化を進め、最終的には、国籍や原籍会社に関係なく、優秀な人
材が国内外の重要なポストを担当する運営体制を目指している。
図 2.3.5 グローバル化に向けた組織と人 材リソースのイメージ
- 30 -
その改定の方向性は、本社サイド機能、プラットフォーム構築、海外サイドでの対応、
の 3 つの柱となっている(図 2.3.6 参照)。
図 2.3.6 HR 体制再構築 改定の方向性
(5)最後に
人材育成の観点では、ますますグローバル化するプロジェクト遂行の中で、マネジメン
ト能力強化が重要である。数値化しづらい匠の技術を、数値化/標準化することにより、日
本人でなくても仕事ができる体制を築くことが必要で、文化的背景の異なる外国人の部下
を如何にマネジメントするかが重要となってきている。今後、人種間の常識を理解し、多
国籍のチームの中で成果を出す人材が活躍していくと思われる。日本人が優秀な外国人人
材に使われる立場になる日も近いかもしれない。グローバル化の中で、英語教育も重要で
あるが、技術を持っている人間に英語は後から載せられるともいえる。エンジニアに対す
る技術伝承を考えた人材育成も更に重要となってくる。
2.3.3
主な質疑応答
質問:将来的にヘッドまでグローバル化した時に擦り合わせの良さを維持できるか、どう
守っていくか?
回答:妙案なし、今悩んでいるところ。マクドナルド型(マニュアル型)になるのか日本
料亭型(暗黙知・擦り合わせ型)でいくのか。日本企業は日本料亭型であるべきだ
ろう。技術をどう残していくか?和魂洋才をどう形作っていくのかが一番の課題。
マニュアル化・標準化は千代田の苦手な部分だが外国人人材を活かすには重要な部
分。
質問:競合他社の中で日本企業がトップクラスで活躍できている理由は?
回答:一つには金額が大き過ぎて失敗できないため顧客は実績を重視する。エンジニアリ
ング・バイ・コード、エンジニアリング・バイ・アナリシスが一つの答え。LNG プラ
ントは年産 100 万トンから 300 万トンになった。千代田化工と日揮以外に LNG プラ
- 31 -
ントができる企業は米・ベクテル社、米・ウィリアムス社。その中で日本企業、特
に千代田はコストダウンではなく大型化にチャレンジしてきたところが評価されて
いる。
当時の LNG 輸入のほとんどは日本であったことも幸いした。欧米企業は追加予算・
納期遅れは当然、我々はどんなことがあっても納期を守る。予算を超えても歯をく
いしばる。
質問:基礎力強化、若手時代の系統別の育成など育成部分にどのくらいのウェイトを注い
でいるか?
回答:以前は全くしなくていいことをする必要が出てきた。以前、設計は OJT で指導でき
ていたが、現在、日本人は設計せずに海外子会社に設計させるようになってきてい
る。担当業務ではない設計の研修が必要になってきている。勤務時間外に残業代を
つけてエンジニアリングアカデミーを受講させている。自分で家に帰って勉強して
ほしいところだが、今は一つ一つ必死に仕組みとして再構築している段階。
質問:人事がかなり権限を持っている?現場との争いはないか?
回答:メーカよりも人事は力がない。当社はエンジニア主導の会社。設計側、プロジェク
ト側で要員の取り合いになり人が固定化することが往々にあった。現在は最初から
コース分けをし、社内で系統を明示している。D 系、P 系を分けて育成することは全
体最適を軽んじているとの評価を受ける場合がある。
質問:系統別の比率は?
回答:今は、およそ半々くらいだろうが、今後の比率は分からない。今後のグローバリゼ
ーションの中で、例えばタンクの技術は現在プロフェッショナルなものだが技術的
限界がきた場合、日本で技術を持ち続ける必要はなくなるかもしれない、マネジメ
ント系の人材が多くなっていくのかもしれない。ある技術をいつまで持ち続けるの
か、いつ手放すのかが課題である。
質問:職務価値の標準化、能力の標準化について。
回答:賃金は職務、ポストに応じて決めることが欧米では主流で、各ポストのジョブディ
スクリプションを明確にし、賃金を決めている。職務価値を各地域のマーケットプ
ライズに照らし合わせ、それを更に当社の互換表に当てはめて賃金を決定する。こ
の形式が、我々の人事制度として値するかどうかを議論した。人材を外部から買え
る人材の流動性が高い社会であれば適合するかもしれないが、日本ではまだ人材を
外部から買ってくることは難しく、社内育成が中心となる。自分のポストを脅かす
次世代の人材を育てないケースもあると聞いており、次世代の人材育成を促す仕組
みがここにはない。弊社は、パーツのように人間を入れ替えて成り立つ企業ではな
い。チームで仕事をしているので誰かのミスを他の人がフォローすることもある。
個人成果主義は、チームで成果を出す我々の業態には馴染みにくい。個別最適では
なく全体最適を求める。組織目的をどう達成するかが重要。新しい人事制度では、
- 32 -
人材育成を強化する為、千代田で評価されるロールモデルをコンピテンシーに落と
し込んだ能力評価を実施する。若手には技術の習熟度もプラスする。
海外と別途設定している職務を基準としたグレーディングと能力を基準とした資格
等級のレベルを合わせる必要がある。数年かけてアラインしていきたいと考えてい
る。
質問:研究者の異動について。
回答:千代田の研究所は触媒開発で研究のプロ。技術のコアはスケールアップエンジニア
リングといい、ビーカーレベルから商業化レベルにどう渡していくか設計していく。
質問:エンジニアリングアカデミーにおいて、暗黙知を伝えるカリキュラムは?
回答:エンジニアリングは経験工学であり経験させるしかない。系統別に経験させている。
また、ウェブ上に「知識の扉」を設け、過去の失敗例を共有。ただ、読むだけで自
分の血肉とはならない。ユニクロはマクドナルドにはなるだろうが、今の我々では
マクドナルドにはなれないし、ならない。我々は料亭である。ただし、外国人でも
働くことのできる料亭になりたい。
今後スマートグリッドが進むにつれて、システム化の部分で日本メーカと協力し、
(日本メーカが大きな船なら)タグボート(水先案内人)の役割を果たせると思っ
ている。日本の技術は捨てたものではない。
(マクドナルドは、マニュアル化・標準作業化の象徴としての喩。料亭とは、仕事
を通じた技術の伝承、暗黙知/擦り合わせ技術の喩。)
質問:外国人人材の処遇について。
回答:定期採用した外国人に関しては、全く差別せず正社員として扱い、日本人と同様に
処遇している。帰化支援や保証人支援も行うので留学生の志望が多い。いずれ本国
への仕事につながる可能性もある。
質問:安全工学の視点については。
回答:学問として遅れている。現場工事の安全は企業レベルでしっかり行っているが、設
計の中での安全志向(この部分が暴走したらどこで食い止めるか)はイギリスが非
常に進んでいる。技術としても学問としても全く追いつけるレベルではない。なぜ
日本で体系化されないのか疑問である。
質問:カタールでのプロジェクトについて。40 カ国、4 万人の人員体制をどこまでみるの
か?
回答:トップが千代田、下に我々発注の工事会社(機器メーカ)がある。機器メーカがそ
れぞれフランスやイタリアの会社に発注して出入りしている。フランス人にイタリ
ア語通訳の仲介をしてもらったり、誰もが分かる安全標識を使用したりし、千代田
の日本人正社員 50 人くらいで 4 万人をマネジメントしていた。
- 33 -
質問:エンジニアリングアカデミーの人材概要について。
回答:講師陣が 1 科目(制御、配管、…)につき 1 人。全体で 12 人。上級編としてプロジ
ェクトマネージャ、エンジニアリングマネージャコースでは現役人材が講師となる。
質問:プロジェクトマネジメントでの PMBOK、CMM の活用について。
回答:体系的には理解できるが、実際は人を動かすこと。5,000 億のプロジェクトを受注す
るには顧客を納得させるプロジェクトマネージャを何人育成するかが重要。一般論
として学習はさせるが、特別に会社として取得を推奨するような制度はない。
2.3.4
まとめ
(1)グローバル企業であるエンジニアリング企業、千代田化工建設殿では、日本人の得意
とする擦り合わせ技術、そしてそれを活かすマネジメント能力の高さが、躍進のキー
ファクターとなっている。
(2)ただ、社会環境の変化(円高、生産コストの低い第 3 国での生産体制、生産技術のコ
モディティ化など)によって、技術の空洞化はエンジニアリング企業にとっても直面
する現実(課題)となっている。
(3)更に、昨今の状況としてプロジェクトの大型化・分業化・多国籍化に伴い、人材育成
の現場においては、従来の OJT ベースにした先輩からの技術の伝承などといった、阿
吽の呼吸による “自然に人材が育成される環境”の崩壊が進んできている。
(4)その対策として、OB を活用したアカデミー研修、系統別育成プランなど、擦り合わ
せ技術の強化を着実に実行するとともに、日本人正社員中心の体制からの脱却を模索
している。
(5)一方、企業のグローバル企業にとっては、多文化を理解する多様性や、メンタル的な
タフさなどの面も考慮した人材教育が必要である。また、
「自分の頭で考える」や、人
を動かすための TOP 教育(一種のエリート教育的な)の視点も今後必要ではないだろ
うか。
(6)上記のような観点から、企業の人材教育に関しても、個別部門の OJT 的育成から、企
業戦略に沿った人材育成、産学連携教育が望まれる。また、その実践においても従来
型からの脱却(座学ではなく、アクティブラーニング型など)を考慮する必要がある。
(7)技術・技能の伝承に関しては、さまざまな業種の企業において共通の課題である。ま
だまだ各社手さぐりの状態も多く、決定打となる事例は少ない。企業全体での組織的
な取組み状況の調査など今後の研究が必要である。
- 34 -
2.4
グローバル展開企業の人材育成(ヒューマンキャピタル 2012 討議)
2.4.1
講演の概要
Ⅰ.ユニ・チャーム
(1)講演日時:平成 24 年 7 月 4 日
(2)講師:ユニ・チャーム株式会社 代表取締役
社長執行役員
高原豪久氏
(3)講演題名:ユニ・チャームの“共振人材”マネジメント
Ⅱ.IKEA
(1)講演日時:平成 24 年 7 月 5 日
(2)講師:IKEA Japan 代表取締役社長
ミカエル・パルムクイスト氏
(3)講演題名:IKEA にとっての企業理念とは?
Ⅲ.Apple
(1)講演日時:平成 24 年 7 月 5 日
(2)講師:元 Apple 日本法人 代表取締役
前刀禎明氏(現リアルディア 代表取締役社長)
(3)講演題名:スティーブ・ジョブズから学んだイノベーションを生み出す人と組織の
作り方
2.4.2
講演内容
Ⅰ.ユニ・チャーム:高原豪久社長
(1)ユニ・チャームの経営戦略
ユニ・チャーム社は、サニタリー会社として、人口減少社会に入った日本市場のみでは
会社の成長は見込めないため、中国を中心としたアジア市場、また対象をそれまでの女性
から全人類として事業構造を変換している(当社がもつ生理用品の技術を活かし、ベビー
ケア用品、ヘルスケア用品などへ領域拡大)。
1995 年中国進出以来、海外展開を積極的に行い、その結果、以下の実績を持つ。
¾
役員 22 人中、半数 12 名が海外赴任中、または経験者
¾
海外売上比率:約半分、国内成長率 5%、海外成長率 20%
この業界は設備産業なので、海外の初期投資が大きいが、10 年で黒字化した。
10 年の経営計画(2020 年目標)として売上 4,000 億円
⇒
1.6 兆円への成長(年率
20%)を掲げ、その実現に向け、
「共振の経営」
(2001)、
「共振人材」マネジメントにより、
その DNA をつくり、それぞれの職場でリーダが発信することを狙っている。
- 35 -
グローバル拠点
国内 No1
アジア No1 へ
(出典)ユニチャームホームページ
図 2.4.1 グローバル拠点と成長の軌跡
<参考>
設立:1961 年
社員数:1,228 名
資本金:15,992 百万円
グループ合計:10,287 名
(2012 年 3 月)
(2)「共振の経営」、「共振人材」と施策
企業理念「NLA&DOLA」(Necessity of Life with Activities&Dreams of Life with
Activities:赤ちゃんからお年寄りまで、生活者がさまざまな負担から解放されるよう、
心と体をやさしくサポートする商品を提供し、一人ひとりの夢を叶えたい)の実現のため、
¾ 「一人一人が汗をかいて革新の震源」となる
¾ 個々の振動が会社全体で共鳴する
との「共振の経営」を目指している。
皆が一つの方向に進むことで、成功確率が上がり、自主性を活かすことができると考え
ているのがその背景であり、
「共振人材」マネジメントを会社の方針として、人がどのよう
に育つかを最も重要としている。
ビジネスの領域では、人間の能力に差はないと考えており、
¾ 能力が、開花しているか否か
¾ やる気が、充実しているか否か
を評価尺度とし、どうやって能力を開花してもらうか、
トップ層(2)
やる気を充実してもらうかの、視点で行動している。
社員の育成では、普通トップ層の牽引により会社の
普通層(6)
業績を上げることが行われているが、同社では努力
層を引き上げることが効果につながると見て実施して
努力層(2)
いる(図 2.4.2 参照)。
努力層の引き上げには、人間は刺激がないと、楽な方
に動く、何も努力しないとの「性弱説」に基づき、『志』
- 36 -
図 2.4.2 ボトムアップ育成
を語り合い、『型』を通じて全社が成長することを推進している。
・『志』=社是
¾ No.1を目指す
¾ 世界の人類の豊かな生活の実現
¾ 企業・社員の共通の幸福の達成
¾ 自主独立
・『志』のすりこみには、社長自ら以下の発信を行っている。
¾ 年:年初に「このような年にしたい」との想いを漢字一文字で表す。
2012 年は「専」としている。海外のライバル展開により競争が激化する年。
より「専」門性を高める意味である。
¾ 月:
¾ 週:イントラ掲示板「社長の部屋」に毎週掲載するコラムを通じて、繰り返し発
信し続け、2003 年 10 月より、2012 年 7 月初めには 440 回を迎えた。
¾ 日:誕生日を迎えた社員へのメール
代筆でないことを示すため、社長だけが本人と共有している情報を書き添える。
社員の『志』では、キャリアビジョン・キャリアプラン(得意分野の専門性)を 10 年の
時間軸で思い立った記載をして、上長と整合を図っている。
『型』とは、茶道、華道等のように、無駄なく、誰でも、どこでも、いつでも再現可能
な勝ちパターンのことである。以下を狙い、
¾ 目標の一致
¾ 思考・行動の PDCA を主体的に行う
¾ 志、収入、健康の実感
「暗黙知」の見える化・形式化により、優秀な人の行動パターン(時間配分・行動計画等)
の水平展開・標準化を行う。
『志』、『型』を見える化するため当社では、フォーマットを決めて記載を行っている。
フォーマットのオリジナルは P&G で、同社流にアップデートしており、全世界共通で使用
され、各地区、数名の集団メンバーで SAP ミーティング(同フォーマットによる検討)が毎
週開催されている(100 分間)。
(3)ユニ・チャームの人材育成のまとめ
・人は育つもの
・そのためにマネジメントが行うこと
¾ 育つ機会、修羅場の提供
¾ 人材像を具体的な要件で示す
¾ 発言と行動結果で判断
- 37 -
・「絶対達成主義」の中での Global 人材とは
Global 人材の要望
6 要件
必要な力
共振
想像力
対局観
共感
コミュニケーション力
解読力、提案力
共通点
直観力
現場力
実践力
形式知
論理
胆力
求心力
徹底力
オーナーシェア
しつこさ
真面目さ
・共振とは
¾ 共振人材の成長
¾ トップと現場の共振で speed 経営
¾ 一気に芽吹く Chance(アジアの成長)の刈り取り
Ⅱ.IKEA:IKEA Japan
ミカエル・パルムクイスト社長
(1)IKEA の歴史と戦略
IKEA 社は、スウェーデン南部の小さな村(アグナリッド)から始まり、60 年で世界最大
の家具メーカに成長してきた IKEA では、「より快適な毎日をより多くの方々に」をモット
ーに、「優れたデザイン・機能、安全、安い」製品を提供してきている。
¾
IKEA の社名:Ingvar
Kamprad
創業者名
Elmtaryd
Agunaryd の頭文字
創業農場名
創業村名
現在、世界 43 カ国にて 296 店舗、社員 131,000 名、売上
250 億ユーロ、9,500 の商品
(毎年 20~25%が新製品)となっている。
IKEA の特徴は低価格にあり、商品開発では、まず価格を決め、次にデザインを考える。
低コスト化のため、サプライチェーンが重要であるとしている。
工場でデザインし、約 60%が工場から直接店舗へ送られる。輸送では、コンテナの空間
を少なくするデザイン上の努力や、店舗は倉庫型とし、現在はパレットを紙にすることで
更に安く、また環境にやさしくすることに取り組んでいる。
店舗では「より快適な毎日」を提供するためイベント・レストラン等も併設し、一日楽
しんでもらえるようにしている。
(2)IKEA の人材育成の考え方
勤勉で、皆で協力して節約した生活をするという発祥地の特質が、IKEA の基本に反映
され、「社員が財産」、「謙虚」、「意志力」、「シンプル」、「個人として、また集団の一員
として成長」を人事理念として、短期間で世界最大の家具メーカに成長した。
リーダの最も重要な役割は、「co-worker」(社員は employee ではない)の育成である。
¾ 人の成長
⇒
会社の成長
価値の共有
- 38 -
・IKEA の価値観(Value、Spirit)
¾ 連帯感と熱意:Super Star はいらない。楽しみながら co-worker と一緒に働く。
リーダが自ら実践(手本を示す、ロールモデル)。
¾ シンプル:効率、常識、自然に。
¾ 現場主義:自分で見たこと、経験したことのみ重要視する。
例えば、ゴールデンウィーク、お盆時等、全員店舗に立ち、お客の意見を直接
きくなど。
¾ 常に走り続ける、できる限り安く(変革):かしこいやり方を考える。
成功したと思ったら、おしまい。
¾ コスト意識:効率よく。Global CEO も移動にエコノミークラスを使用。
¾ プロジェクトの成功に向かって動く。
¾ 謙虚さ:互いに尊重しあう。
¾ 業界(他社)がやっていることはやらない。:他社と「違うやり方でやる」
これが、IKEA を買ってくれる理由。
¾ 責任と委任:若い人に委任することで、信頼感が生まれ、期待以上の成功が
得られる。
上記の IKEA の精神を守り続けることが最も重要である。
「IKEA のグローバル化」=「ローカルに合わせる」が重要でダイバーシティは当たり前。
例えば IKEA Japan の文化とフランスの文化は異なる。それぞれの国で異なって良く、国々
での文化は co-worker が作るもの。
会社は小さい時には共通にできるが、大きくなると共通化は困難である(スウェーデン
から欧州の大陸に進出した時は共通にできたが...)。ダイバーシティ(価値、人、国)は
当たり前であり、多様性の中から多くを学ぶことが大切である。
また全世界のマネージャの 40%が女性となっている。
(3)IKEA の人材育成施策
・IKEA 用語集の作成・配布:IKEA の Value を記載したもの。各国語で作成。
・IKEA Value にこだわったリクルーティング。
・IKEA Way Program:入社後 6 カ月の研修。また階層別研修。
・Co-worker survey
・海外赴任
・バックパッカープログラム:一般社員対象。海外で 1 年間、2 カ国にて半年間づつそ
れぞれの国の課題解決プログラムに参画。80 名/年で実施。
バックパッカープログラムに参加した若手(本人)より以下の紹介があった。
¾ 結果を残さないといけないというプレッシャーを乗り越え、自信がついた。
¾ さまざまなマネジメントを経験できた。
¾ 受け入れ部門の新鮮な視点・多様性は、勉強となった。
- 39 -
Ⅲ.Apple:Apple Japan 元社長
前刀禎明氏 (現リアルディア社長)
(1)Steve Jobs に学ぶ
Steve Jobs は「マッキントッシュが成功したのは、Musician と一緒に仕事ができたか
ら」と語っていた。
元々、Steve Jobs は「心の琴線に触れるものづくり」(Sony 盛田社長)、「期待を超える
感動を与える」(Walt Disney 社長)の言葉に共感してベンチャーを始めた。
Steve Jobs と一緒に仕事をして、innovation を生み出す組織の条件は、以下のように
まとめられる。
Jobs のキーワード
1 Artist
7 つの組織の条件
1)基礎トレーニング
2)才能と価値観の尊重
2 方向性を与える
3)ドメイン(この領域で勝つ)
4)ビジョン
3 真剣に遊ばせる
5)ダイバーシティ
6)ストレッチ
ゴール
7)プロトタイピング
また、innovation を阻害する価値感は、以下の 3 つである(特に日本が課題)。
¾ 失敗してはいけない
エジソン曰く、「失敗したことがない、1 万通りのうまくいかない方法を見つけ
ただけ」位の勇気がないといけないが、勇気を持った行動は、残念ながら創業
者しかできない。
¾ けんかしてはいけない
「和」を貴ぶ日本社会・企業では困難。
¾ 遊んではいけない
これも日本社会・企業になじまない。
では、日本発の innovation は困難となるが、そうではない。実際には、子供は自己表
現欲求に溢れており、学習によって失われてきただけである。
今日から、Self innovation(Think Different:自分らしくあれ)を実践することで世界
は変わると考えている。
- 40 -
マーケティングの世界では、複雑化する世界に合わせて、①トレンド型予測、②シナリ
オ型予測、③範囲へと予測手法が変わってきており、現在は④予測できない世界に変わっ
てきている(図 2.4.3 参照)。
?
①
トレンド型
②シナリオ型
③範囲
④読めない
図 2.4.3 マーケティング予測手法
その世界では、「自分が世界を変えられると思う人が世界を変える」と考えることが重
要である。言い換えれば「予測するのでなく、未来を想像すること」が重要となる。
そのためには、「感じる力」、「創る力」、「動かす力」=momentum building が必要になる。
何を作れば良いではなく、自分の欲しいものを作ればよい(市場調査ではない)。そして、
それに徹底したこだわりをもって進めること。
Apple の出す製品は、Sony、Disney から学び、市場最高のもの(狂ったようにすごいも
の)としている。それにより、コストダウンしても価値は下がらず、高収益を出している。
Sony、NEC 等携帯電話の日本の雄は、iPhone の意義を感じず、差別化として、他社と
ちょっと違ったもので、価格は右肩下がりの製品のラインアップ揃えといった innovation
からは外れた事業を行い、赤字に転落している。
一方 Samsung では、iPhone の市場性を見抜き、その方向を見習い、Top デザイナーによ
る製品作りで、Apple を抜いてしまった。
多くの欧米企業では、「Innovation or die」として、感動を与える製品・サービス作り
に舵を切り、例えば iPhone の開発では徹底したプロトタイピングによる発散と収縮の繰り
返しを行って成功した(日本の多くの企業では、試作部門を切り離し、プロトタイピング
の力が落ちている)。
そうしたことからも、「感じる力」が重要である。Apple 内では、iPod は聴くなと言っ
ている。その理由は外のことが見えなくなる(感じられなくなる)からである。
感じる力を得るには、
¾ 時代はアナログ
¾ 変化を見逃さない
¾ 身近な変化を捉える
との認識が重要である。
価値観を変えて、Sweet Spot を増やす
Creative さが必要である(図 2.4.4 参照)。
- 41 -
図 2.4.4 Sweet Spot
2.4.3 まとめ
Ⅰ.ユニ・チャーム
経営・人材育成のキーワードは「共振」であり、個々人の振動が共振して会社全体が共
鳴する「共振の経営」を目指している。
人材育成で特徴的なのは、努力層を上げる(ボトムアップ)施策を行っている点である
(人は育つものとの考えに基づく)。現在主流のトップ層牽引策とは一線を画する。
「絶対達成主義」の中でのグローバル人材には、6つの要件(想像力,コミュニケーション
力,直観力,実践力,胆力,徹底力)が求められる。
Ⅱ.IKEA
IKEAのグローバル化は、ローカルに合わせることを重要視している。
ダイバーシティは当たり前であり、全世界マネージャの40%が女性となっている。
人材育成で特徴的なのは、バックパッカープログラム(海外で1年間、2カ国で課題解決
プログラムに参画)であり、年間80名で実施される。
Ⅲ.Apple
事業のキーワードは「イノベーション」。
現在は予想できない世界に変化したため、未来を想像することが重要である。それには、
「感じる力」,「創る力」,「動かす力」が必要となる。
未来を想像し、市場最高の製品を創り出すには、徹底した「プロトタイピング」の繰り
返しが重要である。
- 42 -
2.5
FPT Japan「FPT ソフトウェア」
2.5.1
講演の概要
(1)講演日時:平成 25 年 1 月 11 日
(2)講師:FPT ジャパン株式会社
代表取締役社長
Tran Xuan Khoi 氏
社長室室長
高橋史氏
第五ビジネスユニットシニアセールスマネジャー
陳平江氏
(3)講演題名:FPT ソフトウェアの躍進
2.5.2 講演内容
(1)はじめに
世界各国の企業が産業の高い成長、巨大な市場規模と安価な労働賃金を求めて中国、イ
ンド、ベトナム、ミャンマー、タイ等の新興国に進出している。新興国の中でもベトナム
は社会主義国でありながらも1986年ドイモイ(刷新)政策の下で市場経済化の道を歩んで
きた。
その結果、1990年代後半から外国企業の進出が相次ぎ、1997年のアジア通貨危機の煽り
を受けるまでベトナムブームと呼ばれた。一旦冷え込んだ投資は2000年以降に再び増加に
転じ、再び活発化している。
日本は、ベトナムを市場と生産拠点の両面で有望視している。その理由は、現地マーケ
ットの今後の成長性、安価な労働力、中国等の政治・社会情勢の不安を背景としてリスク
分散の受け皿と考えているからである。世界の多くの企業がベトナム市場への参入による
他社との厳しい競争が課題ではあるが、ベトナムは日本の海外投資先国として上位に挙げ
られる。
(2)ベトナム
ベトナムはアジアにおいて高い経済成長率を記録している。2006年から2011年のGDPの
平均伸び率は7%である。人口8,780万人(2011年度)、平均年齢は27.8歳(2011年度)、
現在も人口増加が続いている。人口の大半が30歳代以下と若いためICT(Information and
Communication Technology)関連商品の普及にプラスの影響を与えている。また人口増加
により20年~30年後も安定したマーケットが見込まれるため、世界各国の企業にとって投
資先国として大変魅力がある国である。
2011年度のベトナム経済について統計総局の速報によれば、実質GDP成長率は5.89%と、
世界同時不況によりベトナム経済が深刻な停滞に陥った2009年の実績をわずかに上回る水
準である。国内消費が低迷する一方で、輸出は963億ドルに達し、目標(前年比10%増)を
大幅に上回る33.3%増。原油,コーヒー,ゴム,コメ等の単価の上昇による部分が少なく
なく、価格要因を除くと前年比11.4%増にとどまるとはいえ、世界経済が低迷する中では
堅調である。主な輸出品目は、繊維・縫製品(140億ドル,前年比25.1%増)、原油(72
- 43 -
億ドル,同45.9%増)、電話及び部品(69億ドル,同197.3%増)、靴・サンダル(65億ド
ル,同27.3%増)等である。電話及び部品の急激な伸びは、携帯電話を生産する外国投資
プロジェクトの稼働によるものである。
2020年までに「基本的に近代志向の工業国となるように努力する」という従来の目標を
継承しつつ、資本や労働力の投入の拡大による従来の成長から脱却し、生産性向上を通じ
た新たな成長モデルへ転換することで持続可能な成長を目指す、という方向性を提唱して
いる。具体的には、年平均GDP成長率7~8%を達成することで2020年における実質GDPを2010
年の2.2倍とし、1人当たりGDPを3,000ドルとするという目標が定めている。GDPに占めるハ
イテク製品の比率(45%)、経済成長への生産性向上の貢献(35%)といった従来の10カ
年戦略には見られなかった指標も新たに掲げられ、成長の「質」を重視する姿勢が鮮明に
なっている。
2010 年 3 月 11 日、日本にて発生した東日本大震災に際して、ベトナム政府は 20 万ド
ルの緊急支援を決定し、もし要請があれば医療隊の派遣を行う旨表明した。また、ベト
ナム赤十字の支援の呼びかけに対し、ベトナム国民から約 612 億ドンもの温かい支援が
寄せられた。
(3)ICT産業
ICT産業とは、Information and Communication Technologyの略で和訳では「情報通信
技術」。日本ではすでに一般的となったITの概念を更に一歩進め、IT=情報技術に通信コミ
ュニケーションの重要性を加味した言葉である。
近年、企業の海外展開が加速する中、ITガバナンスを発揮しつつ海外拠点側にも標準化
されたICTソリューションの導入が求められている。ICT産業には、顧客のセキュリティポ
リシーを把握した上で、海外拠点のグローバルネットワークに加えて、通信機器(ルータ,
スイッチ,ファイアウォール,WAN高速化装置,テレビ会議システム)やサーバ等の構築から
監視、保守運用までを一体化したICTサービスを提供することが顧客から求められている。
急成長しているアジアの国の中で、通信コミュニケーションの中の1つであるテレコミ
ニュケーション市場では、ベトナムは第三位にランキングしている。携帯電話の加入数は、
延べ1億1,100万人とベトナムの人口を大幅に超えている。3G携帯電話使用者数も770万人で
ある。世界の携帯電話サービスプロバイダートップ100にベトナムの3社がランク入りして
いる。インターネット利用者数は2,680万人で世界第21位に達し、ICT産業は急速に成長し
ている。
ベトナムは政府主導にて民間企業と共に早期にICT産業分野に取り組んできた。2005年
~2006年にかけてはマイクロソフトが学校教育者向けのICT教育支援で教育訓練省等と覚
書(MOU:Memorandum of Understanding)を締結し、インテルがeガバメントや高速無線通
信技術WiMAX導入を始めとしたICT化支援で郵電省とのMOUに署名している。現在、ICT系教
育機関が277校、ICT系大学入学者数が56,388人(2010年)と年25~30%増加により人材層
も厚い。
日本ではICT系はきつい職業という印象があるが、ベトナムでは花形の職種である。日
- 44 -
本企業がソフトウェア開発の委託先にベトナムを選択する理由は次の4つである。①人材層
の厚さ,②競争力あるコスト,③近代的なインフラ,④政府からの強い援助である。Gartner
やTHOLONS等の国際調査機関からも図2.5.1に示すように上位に評価されている。
図2.5.1
国際機関の評価
図2.5.1 アウトソーシングのランキング
ソフト・サービス分野はベトナムの産業振興の重点分野であるとともに、税制面におい
て優遇処置があることや、中国、インドに比べ安価な労働メリットを活かすことは日本の
ソフトウェア産業の競争力確保にとって重要である。その観点から、ベトナムは日本企業
のオフショア開発拠点として注目を集めている。
日本企業にとってオフショア開発の最大のメリットは安価な労働力を大量に得られる
ことである。日本での高い人件費を嫌い、オフショア開発を推進する企業が増えているが、
現地採用のスタッフに十分な技術が身についていないことや、主に言葉や習慣の違いから
来るコミュニケーション不足等が原因で発生する納期や品質に関するトラブルも増えてい
る。そこで、ベトナムのソフトウェア産業は、日本を重要な市場と認識し、日本語対応可
能なSEとプログラマーの育成や日本事務所開設等に積極的に行っている。
(4)ベトナム最大のICT企業のFPTソフトウェア
FPTソフトウェアは1998年設立、2011年には売上US$6,250万、従業員3,500名の規模で、
日本、欧米等に活動拠点を展開し、急速に成長しているベトナム最大手のソフトウェア企
業である(図2.5.2参照)。FPTソフトウェアのビジョンは、ソフトウェア産業において国
際レベルの企業となるための不断の努力の中で、知識を広げ、顧客へ国際水準の製品と献
身的なソフトウェアサービスを提供し、新しい繁栄したベトナムの建設に貢献することで
ある。多国籍企業のニーズに合うよう、複数の言語やタイムゾーンにまたがった一貫性の
ある高品質のサービスを提供している。デリバリーセンターネットワーク全体の品質管理
及び情報セキュリティ管理はCMMIレベル5 v1.2、ISO 27001:2005(BS7799-2:2002)及び
ISO9001:2000によって厳密に行われている。
- 45 -
図2.5.2 FPTソフトウェアの概要
図2.5.2 FPTソフトウェアの概要
①拠点
ベトナム(ハノイ、ダナン、ホーチミン)に3カ所、日本(東京、大阪)、アジア太平洋(シ
ンガポール、マレーシア)、フランス、アメリカ及びオーストラリアに数カ所の拠点を持つ
(図2.5.3参照)。
図2.5.3 FPTソフトウェアの拠点
図2.5.3 FPTソフトウェアの拠点
②事業
事業として、ソフトウェア開発や保守、ERP展開、QAテスト、マイグレーションサービ
ス、組み込みシステム開発、ビジネスプロセスアウトソーシング等の最高品質のソフトウ
ェアサービスを海外市場に提供している。IBM社のプレミア・パートナー、Microsoft社の
アジア太平洋地域における戦略的提携会社、日立ソリューションズ社(元日立ソフトウェ
ア社)のコア・パートナー及び日本電子計算社のパートナー・オブ・ザ・イヤー2008等、
グローバル大手企業から厚い信頼を得ている(図2.5.4参照)。
- 46 -
図2.5.4 FPTソフトウェアの品質評価
③FPTソウトウエアが顧客から選ばれる理由
FPTソフトのオフショア開発の利点として、以下のものが挙げられる(図2.5.5参照)。
1)トレーニングコストを削減できる
FPT ソフトウェアは、クライアントのオフショアソフトウェア開発センター(OSDC)
に、優れた人材を配置することができる。また、離職率が低いことからも、FPT ソフ
トウェアが提供する顧客の OSDC 専門チームの開発スタッフは、ソフトウェア開発につ
いて、クライアントの要望と開発工程を的確に理解することができる。
2)開発時間を短縮できる
商品のサイクルの短縮、市場でライバルとの競争に打ち勝つこと、ターゲットとす
る市場での需要の変化に対応すること、そして投資家による利潤の回収の要求に応え
ること、これらの全てを実現するには、クライアントの商品をできるだけ早く市場へ
出すことである。FPT 開発センターは、クライアントのプロジェクトのため、全力で
サポートする。
3)クライアントは本業のビジネス分野へ集中することができる
ソフトウェア開発をオフショアに任せることにより、クライアントは目的とするビ
ジネス分野に人材資源等のリソースを集中させることができる。このため、より素早
く、より効果的に、市場に対応することができる。
4)品質の高さ
ソフトウェア開発のワークフローが組織全体で標準化されているため、各チーム間
の知識共有、アイデアの交換が容易にできる。これにより、ソフトウェア開発をより
速く高品質で行うことができる。知識共有の強化のために、オリエンテーショントレ
ーニング、オンラインディスカッションボード、プロジェクト内の協力的な環境作り
といったさまざまな手法を取り入れている。
- 47 -
図 2.5.5 FPT ソフトウェアのメリット
④人材育成
FPT ソフトウェアは現在、ベトナムで最も多くソフトウェアエンジニア人材を抱え、若
く有能な ICT 専門家を多く育成している。会社を単なる職場と考えるのではなく、帰属意
識を共有する第 2 の家族として、社内にはクラブ、イベント、チャリティ活動、環境保護
活動を始めさまざまなコミュニケーションチャンネルやインセンティブ制度を設けている。
この企業文化は人間関係の強化につながっている。その結果、低離職率 12%以下を維持し
ており、エンジニア訓練のコストを抑えている。将来性の高いキャリアを求めるベトナム
の有能な人たちにとって大変魅力的な会社となっている。
FPTソフトウェアは、IT系大学、FPT Aptech(FPTはインドの世界的に有名なICT教育専
門機関 Aptech Indiaのマスターフランチャイズ権を持っている)等のICT専門教育機関か
ら、またはヘッドハンティングにて人材を集めている(図2.5.6参照)。
インターンシップ、または新入社員向けオリエンテーショントレーニングプログラムを
行った後、各社員が自分の仕事に必要となる専門性を身に付け、テクニカル及びマネジメ
ントスキルを強化していくことができるように、教育コースから資格受験準備コースまで
各種トレーニングが幅広く用意されている。また、社員に生涯学習を奨励し、社内でのト
レーニングの他に社外の教育機関における認知されたコースや資格試験参加のための援助
制度もある。
- 48 -
図2.5.6 FPTソフトウェアの人材育成
1)FPT大学
2006年に設立されたベトナム初の企業大学。学生数は6,000名。キャンバスは、ハノイ、
ダナン、ホーチミンの3カ所。学科は、ソフトウェア工学、コンピュターサイエンス、電子
通信、金融、経営がある。協力教育機関に、九州工業大学、The California University of
Technology、Hochschule Furtwangen University、Neusoft Institute of Information(大
連)がある。世界で通用するITエンジニアを多数養成するために設立された大学でFPTコー
ポレーションの才能教育のための重要な基盤として、中上級の技術専門家の供給源となっ
ている。大学では日本語もしくは英語にて授業を実施し、実践的な技術を習得する。また、
学生は2年生からFPTにてインターン生として企業経験をする。2012年度の卒業生は約420
名。卒業生の約50%がFPTソフトウェアに入社している。
2)インターンプログラム
トレーニングセンターには数百人のインターンが所属し、FPTソフトウェアの標準プロ
セスに沿ったパイロットのソフトウェアプロジェクトの指導を受ける。このインターン生
は主に、ICT系大学から採用している。採用の際には筆記試験(IQ,GMAT,英語)と面接試験
に合格しなければならない。採用された後は、パートタイムで6カ月間トレーニングを受け
る。
3)トレーニングプールプログラム
プロジェクト配置を待っている従業員に対し行う教育。各開発部でプロジェクトに参加
する前に 3 カ月のトレーニングにて能力を磨く。
4)語学スキル
FPT は、ベトナムのグローバルなビジネス展開を目指す ICT・アウトソーシング産業の
リーディング会社として、高い外国語能力を持つ有能な人材育成している(図 2.5.7 参照)。
実践的な職場環境、オンサイトの仕事や毎月の質の高い外国語教育コースとテストの実現
により、語能力向上のための仕事志向の教育やオンジョブトレーニングのプログラムを持
つ。
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図 2.5.7 FPT ソフトウェア従業員の語学スキル
(出展 FPT ソフトウェアホームページ)
(5)FPT ジャパン
2005 年 11 月 13 日、FPT ソフトウェアは 100%出資の FPT ジャパン株式会社を東京都品
川区に設立した。2012 年 12 月、従業員は 140 名(ベトナム人 130 名、ベトナム人以外 10
名)。業務内容は、システム開発,保守,コーディング,ICT アウトソーシング,アプリケーシ
ョン開発,ソフトウェアパッケージ提供等である。
優秀な約 100 名の SE(ベトナム人)は、日本語能力検定 1 級または 2 級を所持し、日本
の文化及びビジネススタイルの理解度が高い。約 100 名の SE の内、5 割は日本の大学を卒
業している。2013 年度には更に SE を増加する予定。平均年齢が 27 歳という若い情熱を持
った人材が世界基準の良品質且つ中国の 2/3、インドの 1/2 という低価格にてサービスを
提供している。
また、クライアントとの仕事の仕組みでは、図 2.5.8 に示すワーキングモデルを構築し
ている。これは、クライアントの拠点に、FPT の人材 (BrSE:ブリッジ SE)が常駐し、ク
ライアントと密接な連携をとりながら、FPT ソフトウェア(ベトナム)にて開発を行い、
成果は FPT ジャパンを通じて行うもの。日本での開発受託の多くはこのモデルにて行われ
ている。
日本において知名度はまだ低いが、取引している大手企業からの信頼も厚く今後の成長
が期待される。
図 5.2.9 FPT
ジャパンのワーキングモデル
図 2.5.8 FPT のワーキングモデル
- 50 -
2.5.3
主な質疑事項
質問:企業として目指すビジョンの共有や愛社精神を生み出す要素には何があるのか。
回答:FPT ソフトウェアは世界的に認知される企業を目指すというビジョンがある。社員
は、さまざまな事業展開の中で海外に行ける機会を得て、欧米企業と仕事ができる。
発展途上国のベトナムにおいて自分の視野を広げグローバル企業と仕事ができるこ
とは非常に魅力的である。日本語の資格が給与に反映されるなど待遇・制度も整っ
ている。
社員には国外に出ても会社が何とかしてくれるという安心感がある。例えば、東日
本大震災時、中国企業の従業員は先を急ぐように本国へ帰国した。一方、FPT ソフト
ウェアの従業員は 2 名の妊婦のみ産休に合わせて帰国しただけであった。FPT コーポ
レーションの会長が震災 2 日後に来日し、「何かあったらチャーター便でも用意して
ベトナムに帰国できるように準備するから、お客様のそばにいるように」と従業員
にメッセージを伝えたことで、従業員は安心して働き、日本企業の信頼を得た。全
社員の社員旅行、年 2 回の社員総会(情報共有)もある。
質問:FPT ジャパンの人種構成について。
回答:日本人は 10 名、ベトナム人は 130 名。計 140 名。
質問:2005 年から 2011 年の年間成長率 40%はすばらしい。成長の著しい会社は一般的に
増員し、受注を獲得するが、FPT ソフトウェアは増員なく売上を伸ばしている。一
人当たりの受注高を高めるため、会社の取組みとして人を大学で教育していること
が売上増につながっているのか?
回答:会社の業績は、FPT 大学とは関係していない。リーマンショックの影響で仕事が減
った。リーマンショックのため仕事が減り人は余っていたがリストラはせず、余人
はトレーニングセンターで新しい技術を身につけていた。
質問:日本企業と韓国企業がベトナムに進出している。韓国企業は今後脅威にも味方にも
なるのではないか。
回答:現在韓国企業との取引はなく、今後の方針も出ていない。これまでベトナムに来て
いる日本企業は製造業が多いが、韓国企業は不動産業やエンターテインメント業が
多い。最近サムスンのベトナム進出が発表されたがこれから。
ベトナムで LG の TV を多く見かけたり、子供たちが K-POP を口ずさんだりするのを
見かけたりするようになった。ゴルフ場に行くと韓国人のゴルフプレーヤーばかり
である。ソフトの部分で日本人の人材交流がまだまだだと感じる。
質問:知的財産についての教育研修は熱心に取り組んでいるのか。
回答:法律が厳しく適用されるので法を順守する精神が浸透している。学校教育、また FPT
でもソフトウェアは IT 部門が管理しているため、勝手にソフトインストールするこ
とは禁止されている。中国は違法コピー産業が確立している。ベトナムはこの産業
- 51 -
が大きくなる前に政府が規制した。FPT ソフトウェアでは個人情報についての教育は
トレーニングを十分に行う。アクセスコントロールについても厳しく教育を行って
いる。
質問:グローバルのワーキングモデルのデリバリチームは何を実施しているのか。1 案件
にブリッジ SE は何人くらいいるのか。
回答:これは大きなプロジェクトの理想的モデル。ブリッジ SE とオフショアチームの組み
合わせはよくある。顧客常駐が多い。一人で地方に常駐する。
案件の内容や規模によるが 1 案件につきブリッジ SE は 10~20 人程いる。また、ブ
リッジ SE がいない場合もある。例えば仕様が決まっているケース、顧客がベトナム
に行くケースではブリッジ SE を置く必要がない。
質問:業務委託契約、ラボ契約について。
回答:ラボ契約は業務委託契約とは別枠。プロジェクト毎に期間が異なる個別の契約の案
件 A、B、C を包む枠としてラボ契約がある。例えば案件 A で必要な 10 人を確保した
場合、次の案件 B で 12 人必要な場合は 2 人補充し、次の案件 C で 8 人しか必要でな
い場合にはそれでも 10 人使っていただく。余剰人員でトレーニングをすることも可
能。
質問:ラボ契約の比率はどのくらいか。
回答:半分くらいはラボ契約。顧客からの指揮監督命令はしない(法律上)。FPT ソフトウ
ェア以外にも同業種はあるがやり方は各社各様。
質問: FPT ジャパンの営業メンバーはベトナム人なのか。どのように日本企業にアプロー
チしているのか。
回答:日本企業にもたらすメリットが大きい。顧客アンケートを実施したところ、知名度
は低かった。FPT ジャパンには 15 名の営業がいるが、既存顧客がメイン。新規はこ
れから開拓していかなければならない。日本企業との仕事は海外展開に係るもので
はなくほとんどが日本国内事業での仕事。これまでは顧客からの紹介で仕事が広が
ってきたが今後はマーケティングをしっかりやっていきたい。中国以外でベトナム
というのが選択肢にあがってきているのでここがチャンスと考えている。本社から
戦略サポートがある。
質問:契約モデルの単価について。
回答:業務請負契約とラボ契約、基本的単価は変わらない。規模・期間による。
質問:日本企業は社内常駐で単価を抑えたいニーズは非常に高いだろう。苦労した点、改
善例等。
回答:オフショアの場合は如何にコミュニケーションをとるか、ブリッジ SE が常駐するこ
とで解決。それ以外にもメール、電話、定例会議等。ラボ契約でもブリッジ SE がい
- 52 -
る。契約が変わってもブリッジ SE のやり方は同じ。常駐により肌感覚でニーズを理
解する。ブリッジ SE はベトナム人、一部日本人、ハーフもいる。国籍問わずコミュ
ニケーションがしっかり取れる人材。
質問:外国人にとって日本企業におけるコミュニケーションの取り方は難しいと聞くが。
回答:我々は日本のビジネスマナーを勉強しているが、日本企業にも今までのやり方を変
えてもらうことが必要。設計書の書き方も平易な日本語を使う、あいまいな表現は
避ける、などのお願いをしている。
質問:実際の仕事のやり方は各社かなり異なり、キャッチアップするのに時間がかかるこ
とがよくある。似たようなことがある。FPT ソフトウェアから日本企業に改善点を提
案するのは、日本企業が海外展開する際にも非常に参考になるのではないか。
回答:ムラ社会的な風土のある企業ではオフショア開発も上手くいかない。柔軟に対応で
きる企業は我々とも長くおつきあいできる。
質問:FPT ジャパンにいるブリッジ SE100 名は両方の上司(ジャパンとベトナム)に報告
して両方の評価を受けるのか。
回答:両方の評価を受けるがメインはベトナムと決まっている。
質問:ポジションのローテーションについて。
回答:職種間のローテーションはあまりない。
質問:プロジェクトチームごとに様々なノウハウが手に入ると思うが、FPT ジャパンとし
てノウハウを集約して仕事の仕方や教育に活かしたりすることはあるのか。
回答:横展開している。
2.5.4
まとめ
2011 年度の我が国の ICT 経済は、サービス部門が前年度比 1.6%と増加を維持したもの
の、同部門が同マイナス 12.2%と減少に転じたためマイナスとなっている。先行きを見る
上で鍵となる設備投資は、通信機、電子計算機をけん引役とし増加を維持し、消費につい
ても液晶テレビ関連の反動減の長期化を除けばモバイル関連を中心に底堅く推移している。
2011 年度は、地上波デジタル放送移行後の液晶テレビ需要の反動減という国内要因と、海
外の ICT 需要の低迷が尾を引いていること、タイ洪水や円高等の外部環境要因が影響して
いる。一方、好調なのはサービス関連である。スマートフォンの普及・浸透、LTE サービ
スの立ち上がり等モバイル関連は堅調だ。スマートフォンの急激な普及を背景に、モバイ
ル需要の急拡大に対応した移動体通信事業者のモバイルネットワークへの設備投資が好調
である。更に国内スマートフォン市場の急速な成長は、モバイルサービス関連の投資を活
発化させ、ICT 消費においてはいろいろな生活シーンにそのモバイルサービスが浸透し、
ICT 経済を下支えしている。加えて、震災後に本格的に注目を集めている企業向けのクラ
- 53 -
ウドサービスは、スマートフォン等のモバイル端末と親和性が高く、モバイル端末の普及・
活用がサーバやクラウドへの投資をもたらし、底堅い需要が今後見込まれる。
日本国内の ICT サービス企業は、コスト競争力確保のため、今回講演頂いたベトナム最
大手の ICT 産業の FPT ソフトウェアのようなグローバル且つ有能な人材を抱える企業と戦
略的パートナーとなり、双方が持つ経営資源を有効活用し、成長市場での活躍が期待され
る。
- 54 -
2.6
CeFIL「産学連携連続人材育成」
2.6.1
講演の概要
(1)講演日時:平成 25 年 2 月 14 日
(2)講師:東洋大学総合情報学部長
大場善次郎教授
(*CeFIL:Center for Future ICT Leaders
副理事長兼事務局長)
(3)講演題名:韓国の産学連携の現状-韓国の産学連携人材育成を中心に-
2.6.2
講演内容
(1)韓国の産学連携教育の特徴
①IT 名品人材事業
IT 名品人材事業とは、知識経済部(日本の経済産業省に相当)による、グローバル IT
を主導する通渉型(Consilience)創意人材養成の為の施策であり、2010 年 5 月スタート。
支援金額:研究所当たり年間 50 億ウォン水準、サポート期間:最大 10 年間、サポート内
容:研究人件費・機器・材料費など研究実践活動に必要な費用支援(産業界と政府が 100%
負担)といった特徴がある。
初年度の 2011 年には、延世大学未来融合技術研究所(Yonsei Institute of Convergence
Technology)が採択され、以下のような特徴を備えたプログラムである。
・IT 融合分野でダ・ヴィンチ型人材を 320 名/10 年で養成
・グローバル融合工学部新設:学部 3 年+修士・博士統合課程 4 年
30 名/年の受入れ、学生(奨学金、宿舎、生活支援)、集中カリキュラム、多数の教
授/研究員、海外研究
・支援金額は 170 億ウォン/年で、10 年間で 1,700 億ウォン
・スポンサー:サムスン電子、LG 電子、SK テレコム、仁川市、Infinity Telecom、政
府系等
2012 年 は 、 POSTECH/韓 国 ニ ュ ー ヨ ー ク 州 立 大 学 (SUNY Korea) が 未 来 の IT 融 合 研 究
(Future IT Innovation Laboratory(i-Lab))を掲げて採択されている。延世大学と同様に
全寮制で宿舎・生活支援・奨学金が手当てされ、以下のような特徴を有する。
・創意 IT 融合学科の新設:学部 3 年+修士・博士 3 年
学部 60 名(20 名/年)、大学院 60~75 名(20~25 名/年:SUNY Korea10 名/年)で 100%
全額奨学金と生活支援、6 カ月以上 SUNY への海外研修(無料)
・支援金額は 170 億ウォン/年、10 年間で 1,700 億ウォン
・スポンサー:POSCO、サムスン電子、LG ハイテック、SK テレコム Vadas 、政府系等
②契約学科制度
契約学科制度とは、契約学科運営費用の 50%以上を産業界が負担するという韓国特有の
仕組みであり、地方の企業・自治体が関係する再教育型(2003 年)と、近年増えつつある採
用条件型(2008 年本格的開始)の 2 種類ある。契約形態として、企業単独契約と公的機関等、
- 55 -
の第 3 者契約があり、ソウル大や KAIST 等の有名国立大学は原則的にはないが、後述する
ようにソフト人材の危機感から直近では開設されている。
・契約学科の学生数は増加:2008 年 6,176 人→2010 年 9,216 人→2012 年 12,274 人
・効果は企業内の教育費用の削減、学生にとっては就職安定化。
2012 年 4 月現在の状況として、105 校に 12,274 人在学し、短大 1,303 人、学士課程 6,579
人、修士課程 3,880 人、博士課程 512 人となっている。その内、採用条件型は 41 学科 1,054
人(8.2%)であり、優秀な人材を事前に確保できることから、企業の教育費用削減のメリッ
トが大きい。単独契約は 11 校 25 学科 727 人在学。サムスン電子、SK ハイニックス、LG
イノテック等の大企業が中心となっている。
第 3 者契約型は、14 大学 16 学科 327 人在学となっており、公共機関(情報通信産業振
興院、コンテンツ振興院、インターネット振興院等)が産業界を支援する制度が主流であ
ることに加え、近年は軍の将校教育の契約も存在する。
一方、再教育型は、地方の中小企業のほか、地方自治体長が地域活性化のために経費を
負担するケースもある。
③産学連携先導大学(LINC:Leaders in Industry-University cooperation)
産学連携先導大学とは、現状の教育システムでは問題が多いとの認識の下、産学連携で
大学教育システムの改善に取り組み、就職ミスマッチ解消、大学と地域産業の共生発展を
目指すものである。具体的には、以下のような取組みがなされている。
・事業期間:2012 年~2016 年(2 年+3 年)
1 段階:産学連携先導モデルの基盤造成と充実
2 段階:成果創出と拡充
・2012 年予算:1,700 億ウォン、約 50 校選別し各大学平均 34 億ウォン
技術革新型:約 30~50 億ウォン/校で約 15 校、全国単位(首都圏は除外)の競争
現場密着型:約 20~40 億ウォン/校で約 35 校、圏域ごとに選別
④サムスン電子のタレントプログラム
サムスン電子は、学生の電気電子分野の人気に翳りが見えてきたことも考慮し、技術人
材育成を目的として、大学と協力して関連分野の技術とカリキュラムを選定し、学生にプ
ログラムを提示する履修コースである。2011 年 3 月に従来の産学連携の名称を変更し、14
大学と契約している。運営資金として 1 億ウォン/大学の支援を行うとともに、サムスン電
子側は総合技術院の下に産学連携センターを設置し、産学連携の一元管理を実施している。
また、以下のような特徴を有する。
・大学と共同でカリキュラムを設定するが、基礎(物理・数学)力を強く要請。2006~
2010 年はサムスン指示が多かったが、2011~2014 年は ICT+ソフト、機械、素材等と
多様化し大学の特長を反映。
・学生は 3 年生後期に応募、学業成績優秀で TOEIC Speaking Level5 以上の優秀な学生
を教授が推薦。インターンシップを優先し終了後、入社決定者のうち大学毎に年間 5
人ずつ奨学金。
・ソフトウェア・サムスンタレントプログラム:履修者は 2 年生 2 学期にサムスン電子
- 56 -
採用選考とインターンを経て、サムスンは全員の就職を保証し、卒業まで全額奨学金
を支給。2011 年 11 月、成均館大学は実習中心専門教育、産業界による現場中心教育、
グローバルインターンシップ等の特別プログラムで、学部・大学院連携の 5 年制で、
高度ソフトウェア人材養成を開始。
(2)大学の産学連携人材育成
①KAIST(Korea Advanced Institute of Science & Technology)
KAIST は、大田市(大徳科学技術団地)にある総合大学校である。その歴史は、1981 年、
工 学 系 大 学 院 大 学 の 韓 国 科 学 院 (KAIS、 1971 年 設 立 )と 研 究 機 関 の 韓 国 科 学 技 術 研 究 院
(KIST、1984 年設立)を統合し開設され、1989 年 KIST 分離、科学技術大学(KIT)を統合し
学士課程を設置し、2009 年に情報通信大学(ICU)を統合した。この組織の特徴として、大
学の産学協力団にて積極的に理論(大学)と実践(企業)の協同を推進するとともに、近年、
融合型の研究・教育を重視している。
2012 年 3 月現在、6 大学(Colleges)、1 学部(Schools)、32 学科/専攻(departments /majors)
の構成、学生数(2011 年 10 月時点)は 10,396 名(学部 4,710、修士課程 2,529、修士博士
課程 1,024、博士課程 2,133)の巨大組織であり、ここでは、技術経営専門大学院(Graduate
School of Innovation & Technology Management (MOT))とコンピュータ科学学科(Computer
Science Department)の取組みを紹介する。
・技術経営専門大学院(MOT)
教員は十数名中 3 名が定年制(テニュア)、3 年の契約制教員、非常勤の企業教員で構
成(日本と異なり、大学人と企業人は別との考え方が支配的であり、原則、大学と企
業の異動はない。但し、近年、サムスンなど企業研究設備の充実で企業への転身もあ
るが、その逆はない。)。教員は厳しい研究・教育実績で評価される。特徴である融合
型コースを目指した取組みとして、チームでのパッケージ型演習(複数教員と学生 )
があるが未だ不十分(人間関係が課題)である。一方、ICU とは順調に進展し、自動
車システム、ファイナンシャル工学、生命工学等での産学連携によるイノベーション
が期待されている。
・コンピュータ科学学科(Computer Science Department)
韓国では企業からの教員は少ないことから、産学連携では政府資金を前提に企業教員
が雇用される。ソウルキャンパスの大学院実践教育では企業教員は多い(学部は基礎
教育重視であり、スキル教育の実践は大学院で行われる。)。
PBL はグループ活動としてテーマを学科側が提案し 3・4 年生に実施。近年はスマート
フォン向けアプリケーション開発が多くなっている。チーム演習として、知識を総合
的に活用したキャップストーン科目(最終学年で OS・ネットワーク・データベース・ソ
フトウェア等の学習前提)を実施し、優秀者には企業からの賞品が提供される。イ ン
ターンシップは盛んで、卒研の代わりに研究所・企業研修も可能である。学科にオフ
ァーが来たテーマに学生が応募する仕組み。卒業生の半分は大学院、就職者は大企業
希望(半数は大企業に就職)だが、インターンシップ先のベンチャー系などの中小企
業に就職するケースも多い(約半数)。
- 57 -
②POSTECH(Pohang Univ. of Science and Technology):浦項工科大学
POSTECH とは、1986 年に浦項製鉄所(現・ポスコ:POSCO)が 1 兆ウォンを投資して設
立した私立大学である。予算は 3,000 億ウォン/年、POSCO は 35%、他に複数企業が会員制
で出資。研究費が 50%。300 人/年の学部生を選抜、70%は修士課程、50%が博士課程に進
学。現在は学部生 1,300 人・大学院生 2,000 人で海外留学生は 7%。学部は基礎技術知識
習得、大学院(19 専攻)は実践的能力育成を目指す。博士取得者 2,500 人は韓国第 1 位。
世界唯一の鉄鋼専門大学院コース(80%は POSCO 社員)を有する。以下のような特徴がある。
・学生と教員は全寮制であり、学費は全額奨学金で返還される。教員は米国出身者が多
く、学生 5.6 人以下/教員の比率は世界的大学ランキングを意識(理工系 28 位)して
保っている(これは KAIST も同様)。
・情報工学系の学生 50 人/年に、高校 2 年生の物理・数学に強い学生対象で応募者 320
人(約 6 倍)と人気が高い。なお、修士・博士論文テーマはアカデミック中心であり
実践的なテーマを行っている訳ではない。
・ GEM( Graduate School of Engineering Mastership)と い う プ ラ ン ト エ ン ジ ニ ア 育 成
のための大学院を産官学連携により 2011 年 6 月に設立。背景として、プラント設計
の大半は米国中心であり、プラントエンジニア不足がある。カリキュラム・研究テー
マは企業ニーズに基づき、プラントエンジニア育成中心のため教員に実務経験者を採
用している。学生 50 人/年(企業・行政出身 80%、アカデミック 20%)で、殆どテー
マ持ち込み入学である。研修(インターンシップ)は半期で、現在、海外(短期留学・
米国中心)22 人、国内 28 人である。国内 28 人中 22 人がインターンシップ中。
ILC(Industrial Liaison Center)の産学連携組織があり、メンバーシップ制で会費
(ダイヤモンド、プラチナ、ゴールド等の区分あり)で GEM の関与度に相違がある。
連携はコンサルタント、技術開発、インターンシップ(国内 6 カ月、海外 2 カ月:企
業課題解決のインターンシップ)等である。
(本プログラムには、プラント会社の他、建設会社、ヒュンダイ、サムスン等も参画)
(3)企業の産学連携人材育成
企業の産学連携人材育成施策に関しては、ここでは、POSCO、サムスン電子、シリコン
ワークスの取組みを紹介する。
①POSCO
1968 年に会社創立、1973 年に粗鋼生産能力 103 万トンの第 1 期設備を竣工、4 回にわた
る拡張事業の末、1983 年に粗鋼生産能力 910 万トン規模の浦項製鉄所が完成。1992 年には
光陽製鉄所が竣工、2000 年に民営化。2002 年 5 月に浦項総合製鉄から現在のポスコに社名
を変更。2012 年連結売上高約 5 兆 3,177 億円、営業利益 3,054 億円、粗鋼生産 3,799 万ト
ン、従業員 16,707 名(2010 年末)。ミャンマーガス田は 2013 年 5 月、インドネシア一貫
製鉄所 2013 年中に立上げ予定。
・奨学金制度
若者層の就職難・失業問題から、学生は就職のための勉強(入社試験問題が公開され
ているため、その対策のみ注力)中心であるため、企業人として資質が十分でない人
材が入ってくるという問題が背景にある。そのため、より早い時期から自分たちの企
- 58 -
業に相応しい人材を育成しようとして奨学金制度を導入(大学 3 年生から入社前提)。
20 大学対象(文系、理系)に大学 2 年生を教授推薦で募集し、合格した際は 3 年生か
ら奨学金を供与する。合格率は 30%であり 200 万ウォン/年を 90 人/年に支給。なお、
選考基準(例:TOEIC700 点以上)未達または就職しなかった場合は全額返還となる。
学部 3 年生は POSCO 関連企業で実習、ビジネスマナー・鉄鋼プロセスなどの学習。4
年生は海外派遣でグローバル経験(現地の歴史・経営・文化等)させ、報告書の義務
付け。また、大学のカリキュラム以外に、e-Learning にて POSCO の歴史・文化、鉄鋼
プロセス、経営等の 8 科目を e-Learning で学ばせ、レポートでチェック。
②サムスン電子
1961 年に設立された韓国最大の総合家電・電子部品・電子製品メーカ、サムスングルー
プの中核企業。世界企業ランキング 20 位(2012 年フォーチュン・グローバル 500)、2011
年の売上高は 165 兆ウォン(約 11.5 兆円)、社員数は 21 万人超。水原(スオン)市に大規模
な事業場、サムスンデジタルシティの名称で過去の工場と工業団地のイメージを脱皮。デ
ジタルメディア部門のグローバルヘッドクオーターとして先端技術と環境に配慮した感性
と活力があふれる事業場に変貌させている。
サムスン電子の産学連携の特徴は、大学と一緒になって人材育成を行う点にある。2010
年に総合技術院の下の産学協力センターに各事業部のさまざまな産学連携活動を集約して
いる。その形態は以下の 4 つに分類される。
・技術確保型(委託研究・共同研究)
・人材確保型(特別学科、カリキュラム運営)
・関係強化型(寄付/協賛、社会寄与)
・戦略産学(大学内にサムソン研究センターを設置)
韓国でも(日本ほどではないが)理工系離れがあり、特に電気・電子・情報系が目立っ
てきていることから、優秀な人材確保が主眼である。産学協力センターには相当の予算を
使っており、2012 年は 1,180 億ウォン(国内 690 億、海外 490 億)で前年比 70%アップで
ある。運営予算は技術確保型と人材確保型が 7:3 の比率で、国内人材確保型は年平均 200
億ウォン規模で運営(運営費、奨学金)と学校支援(学課施設費、施設投資費、プログラ
ム運営費等)である。
全く 別の ア プロ ーチ で ある が、 GRO(Global Research Outreach)と いう 施策 が あり 、 こ
こでは、サムスンが基本計画・課題を策定し世界の大学・研究機関から技術アイデアを募集
している。提供費用は 10 万米ドル、Max 3 年間である(参考:HP やインテルをモデルとし
ており、同様な施策はトヨタも実施中。)。
サムスン電子が投資している産学連携大学を表 2.6.1 に示すが、取組みスタイルとして、
特別学科、特別プログラム、国家事業参加の 3 種類存在する。
特別学課では、成均館大学の半導体システム工学課があり、物理・数学に秀でた人材を
高校 2 年生段階で選抜する。2010 年までは半導体主体の 80 名だったが、2011 年から、ソ
フト 30 名、表示(ディスプレイ)関係 20 名とソフト重視へ戦略変更も行っている。もう
1 つの IT 融合学課は高麗大、延世大、成均館大の修士・博士を対象に行われ、チーム課題
解決型演習(教授 3~5 人、学生 10~15 人で実テーマ)が実施される。この制度ではサム
- 59 -
スン優先採用がうまく機能している。
特別プログラムは、金型 Track、半導体プログラム、タレントプログラムをさまざまな
大学と行っている。一例として、CIC(Center for Intelligent Computing):ソフトウェア
共同研究センターをソウル大学内に 2011 年設立し、技術交流・共同研究、ソフト人材育成
等を実施している。
表 2.6.1
サムスン電子が投資している産学連携大学
③シリコンワークス
1999 年設立のシステム IC ファブレス(fabless) 企業で韓国ファブレス業界 1 位。韓大
根社長は LG 出身のエンジニア、最初は LG からの委託、ソニーとも取引。現在、大田市の
本社(300 人)とソウルに研究所 2 カ所(50 人)とテストセンター1 カ所(20 人)。FPD(Flat
Panel Display)のコアコンポーネントなどを開発、2007 年に Apple 社の MacBook や iPad
にも採用され急速に発展、売上の 40%が Apple 向け、2012 年度 400M$売上目標。従業員は
373 名。外国人採用 44 名(ベトナム、中国)で日本人は無し。国の産学連携の枠組みを利用
し、社員を 3~5 年生として大学派遣。現在、KAIST へ 6 人派遣中。
(4)国・経済界の産学連携人材育成
①大徳研究開発特区(Daedeok R&D Special Zone)
1973 年に国家 R&D 促進のため設置された韓国初のイノベーション特区。日本のつくば学
園都市がモデルで国の研究機関が集積している World Class Innovation Cluster で 5 つの
Zone がある。研究者は 45,526 人(7,661 人 Ph.D.)、5 大学、企業・研究機関、ベンチャー
企業 1,000 社以上があり、企業の対象分野は IT-40%、Nano&Others-38%、BioTech-22%
である。商用化が課題であり、KAIST 技術経営専門大学院(MOT)の教授、スタッフ(約 10
名)と KAIST の OB が常駐して 20 件/月以上のコンサルを行っている。
②国家科学技術委員会(NSTC: National Science & Technology Commission)
1999 年に設置された科学技術政策の司令塔機能を担う組織。2011 年 3 月に改組、大統
領直下の機関として常設委員会(8 専門委員会+5 委員会)
・事務局(4 局 16 部+1 課)の設
置、国家 R&D プロジェクト(国防・人文科学を除く)の予算配分権の獲得等、体制・権限を
大幅に強化。現枠組みの組織はまだできたばかりであり成果はこれからだが、主要業務は
科学技術基本計画策定、国家 R&D 予算配分と調整、科学技術振興政策の調整、国家 R&D の
- 60 -
評価となっている。
・2011 年国家 R&D 予算 14.9 兆ウォンで 11.4 兆ウォン(約 75%)は NSTC 決定。プロジェ
クトは申請型と国家計画(トップダウン)の構成で基礎研究の約 35%が申請型。企業参画の
場合、大企業 50%、中企業 40%、小企業 25%の負担(含む人件費)、中小企業のイノベー
ションに力点を置いている。人材育成は学生が教育科学技術部、産業人が知識経済部の担
当。
③全国経済人連合会(KFI: Federation of Korean Industries)
1961 年に設立された民間総合経済団体、政府に対する政策提言等を実施。日本経済団体
連合会に相当する団体。全経連 Web サイトによると会員数は 500(企業 429、団体 67、名誉
4)(2012 年 10 月現在)。事務局は 5 部門 125 人構成。
日本の経団連と異なり、産学連携への関心は薄い。その理由は、大学と企業とは存在目
的が違い、教授は 3 年以内(任期制)での論文案件に関心があり、企業は知財に関心がある
から。一方、非公式見解として、近年、産学連携の国の政策から大学内に研究所設置や共
同研究も進み始めていることから、徐々にスタンスに変化の兆しあり。
2.6.3
主な質疑応答
質問:サムスンのタレントプログラムについて。
回答:3 年次にサムスン採用試験を受ける。SAT のようなサムスン独自の試験制度を持つ。
試験を通過すると面接を経て合格となるが、インターンシップでチェックし、そこ
で採用決定した人物には卒業まで全額奨学金を出す。契約学科制度で、ソウル大学
は高校生から 50 人選抜する(2011 年から)。サムスンは産学共同研究で大学の先生
に研究支援をしながら学生の教育に注文を出す。サムスン、大学の先生、学生、学
生の親の四者が Win-Win の関係。人材育成で、サムスン、ポスコ、ヒュンダイがや
ると国もすぐに支援する。
質問:サムスンが大学をつくる予定は。
回答:2014 年からサムスン大学をつくる予定。GDP の約 20%がサムスン(ベトナムの場合
は FPT)。日本企業も数社で組んでサムスンのような役割を果たしてほしいが、ある
企業は「当社は学生に人気がない」と言っていた。現状では法律上も制約がある。
制度的にできないことはないが、内々の取り決めや保守的な部分が大学にも企業に
もある。産学連携人材育成で企業も大学も真正面からの取組みが少なく、いつも形
式的である。
質問:韓国の IT 名品人材事業、契約学科制度について。日本は学生がまだいる間に期限が
終わってしまう。
回答:IT 名品は最大 10 年間。契約学科はそれぞれ企業と契約。大学時に採用を決め、大
学院まで面倒を見るケースもある。単年度ではないのが非常にいい。
- 61 -
質問:実務教育が必要だが、日本では単位の認定の議論がある。震災ボランティアを単位
と認めるかについても議論があった。日本でも契約学科制度のニーズはあるのでは。
回答:学生は単位関係なくインターンシップに行く。ポスコの例では、単位以外に 8 科目
付加で昼夜関係なく勉強する必要がある。日本もカリキュラムはある程度自由に作
っていい。北大時代 B4、M1、M2 が海外インターンに 2 カ月間行ったが、単位は付与
しなかった。市場は国内でなくなった。産業界も色々な方法で手を組んでやってほ
しい。
・連携講座にすると企業の人材が講師になれる。できるがやらない。
・私学は国立以上に文科省の主旨から外れないようにやる傾向がある。
質問:これほどたくさんのプログラムがあり大丈夫かと心配になるが。
回答:看板が同じでも中身が変わる可能性はある。
質問:日本でも企業として学生に奨学金を出す制度を作ることはできるのでは。
回答:1 社では景気の影響を受ける。鉄鋼連盟などの単位での複数社でやるのが望ましい
が経団連は難しいようだし、国も単年度予算の制限でやらない。
鉄鋼連盟は昔から支援していた。
・化学工業会や JEITA は講師派遣をやっている。更に一歩という動きはまだない。
(講師コメント)これからは具体的なプロジェクト名、やるべき内容に賛成する大学、学
生を集めるべきと言っているがなかなか進まない。
・景気変動により人材採用に波があった企業は今後悔していると思う。
質問:韓国の大学も企業も変わり身が早い。2,3 年後にどのような姿になっているか。
回答:韓国の科学技術庁(NSTC)に聞いたところ、政権がどう変わろうとやるべき個々の
内容は変えない了解が取れているとのことだった。ICU は理論と実践だけでは持た
なくなったので KAIST に統合した(注:融合型人材育成という面で)。
・異なった大学の学生たち自身が集まるプロジェクトが CeFIL であった。学生たち
の方が感覚的に正しい方向を向いている。
2.6.4
まとめ
韓国では理工離れが日本同様に顕在化しつつも、産学連携の公的枠組みの下に、奨学金
や企業への優先的採用の仕組みによる学生側へのメリットと、企業ニーズにあったカリキ
ュラムや教育・実習プログラムの導入などを通じた企業が求める人材の育成を行うという
企業側へのリターンとのバランスがうまく取れていることに、成功を収めている韓国の産
学連携の特徴を見出せる。日本では、大学教育は聖域であるとの認識が強く、大学発ベン
チャー起業に向けた産学連携に力を入れてきたことなどから大学院の研究レベルでは共同
研究などの産学連携が進みつつあるが、学部教育への取組みはまだまだの状況にある。我
が国においては、大学生の就職活動が学部では 3 年生秋から、修士課程では修士 1 年の秋
- 62 -
から始まり、しかも活動期間が長期化していることから本来の学業・研究活動への取組み
が阻害されていることは憂慮すべき事態である。かつて多くの企業が行っていた学生への
紐付き奨学金は企業側の自粛により今ではほとんど行われていないが、このような現状を
顧みると、韓国の企業のように堂々と学生の教育や生活費にお金を出し、リターンとして
優秀な学生を確保する仕組みを日本でも導入することは、イノベーションを産み出し得る
優秀な若手研究人材の育成に有効であることは明白であることから、未来に向けた投資で
ある科学技術人材育成=国益確保という観点からも非常に重要な取組みであると断言でき
ると思われる。これまで取り組めなかった学部学生を含めた人材教育に産学連携のスキー
ムを導入する仕組みが必要であり、その枠組みの提案が本委員会としても需要な課題であ
る。
- 63 -
第3章
3.1
ベトナム訪問調査記録
概要
(1)目的
グローバル時代の研究開発マネジメント、人材育成、産官学の連携等のあり方を考える
ために、アジア市場に向けた研究開発、アジアのパワーを活用した研究開発・人財育成、産
学連携の実情・動向について調査を行っている。昨年度の中国に続き、近年、産学官におい
て日本との連携が強くなっているベトナムの大学・企業・進出企業の実情及び動向の調査を
行う。
<具体的調査項目>
①日本の進出企業がどのような問題を抱えているのか、人材面ではどうだろうか。
②今後、日本として、ベトナムとどのような連携が望まれるのだろうか。
③産業部門として、どのような業種が必要なのか。
④大学が、研究交流や学生交換を進めることは、意義あることだろうか。
(2)調査期間
2012 年 11 月 22 日(木)~11 月 29 日(木)
(3)調査団メンバー(敬称略)
石塚
真理
(三菱総合研究所事業企画部
シニアコンサルタント)
太田
与洋
(東京大学産学連携本部
大場
善次郎(東洋大学総合情報学部
高田
謙一
(IHI
野瀬
正治
(関西学院大学社会学部
畠山
靖行
(筑波大学研究推進部
産学連携本部
技術移転マネージャ)
山本
信行
(筑波大学研究推進部
産学連携本部
技術移転マネージャ)
小林
一雄
(研究産業・産業技術振興協会
教授)
教授、CeFIL 副理事長兼事務局長)
技術開発本部管理部
技術企画グループ主査)
教授)
企画交流部長)
(4)訪問スケジュール
①11 月 22 日(木)
調査メンバーが成田空港と関西空港からホーチミンに到着後、ベトナム調査日程等の
打ち合わせを行った。その際に、ブルースコープ鋼材(BlueScope Steel)の日本企業向
け販売開発の浅見眞一マネージャに、ホーチミン市と宿泊ホテル近辺の行動でのアドバ
イスをいただいた。
②11 月 23 日(金)午前
1)ジェトロ
(ホーチミン)
ホーチミン事務所
2)新日鉄住金エンジニアリング:ホーチミン工科大学(HOANG NAM 副学部長)を紹介
していただいた竹内健一シニア・マネージャの事務所を表敬訪問。
11 月 23 日(金)午後
- 64 -
3)ホーチミン市国家工科大学(HCMUT)
③11 月 26 日(月)午前
(ハノイ)
4)ハノイ科学技術大学(HUST)
11 月 26 日(月)午後
5)東芝ソフト開発ベトナム社
④11 月 27 日(火)午前
(ハノイ)
6)三菱重工航空機ベトナム社、
11 月 27 日(火)午後
7)ギソンセメント会社(太平洋セメント系)
⑤11 月 28 日(水)午前
(ハノイ)
8)パナソニック研究開発センターベトナム社
11 月 28 日(水)午後
9)FPT ソフトウェア会社及び FPT 大学
3.2
日本貿易振興機構(ジェトロ)ホーチミン事務所
<対応者>
近江健司
研究部長
(1)国の概要
・正式名称は社会主義共和国。人口 8,784
万人(2011 年)、面積約 33 万 k ㎡(日本の
0.87 倍)。
・民族は京(キン)族が約 90%、
宗教は大乗仏教が約 80%と同質的。
・識字率
94.2%(2011 年現在)。
・南北に長く(ホーチミンとハノイ間は約 1,800km)、63 の省・中央直属市からなる。ホ
ーチミンを中心とする南部、ハノイを中心とする北部、ダナンを中心とする中部に大き
く分かれ、人口は南部 36.7%、北部 35.6%、中部 27.7%。
・1975 年のサイゴン陥落(ベトナム戦争終結)後、1986 年からドイモイ(刷新)政策開始。
1994 年米国対越経済制裁解除による第 1 次投資ブーム、2007 年 WTO 加盟による第 2 次
投資ブームにより発展を続けている。
・政治は共産党序列 1 位の党書記長、2 位の国家主席、3 位の首相による「トロイカ体制」
(8 月の新内閣発足後はグエン・タン・ズン首相への権力集中との報道あり)。
・2011 年現在、29 歳以下 50.2%、65 歳以上 7.0%、平均年齢 27 歳と非常に若い人口構成
で都市人口が 30%であり、北部のハノイ、中部のダナン、南部のホーチミンを中心に工
業化・都市化を進めている。
(2)経済動向
・2011 年の GDP は約 1,217 億ドル。一人当たり GDP は全国ベースで 2000 年 403 ドルから
- 65 -
2011 年 1,375 ドルに成長。ただし、経済成長率は 7~8%を維持してきたが、2011 年は
5.9%、2012 年は上期 4.38%、通期予想 5%と若干不安定である。インフレ退治のため
の金融引締め策による副作用として、景気が冷えているため。
・インフレ率は高く 2011 年 18%台。食品は 20~30%上昇し、生活への影響は大きかった。
最低賃金も 2011 年で 2 回上方修正された。その後、金融引締めにより、2012 年に入っ
てインフレは鎮静化(7%程度)、そのため最低賃金は 2012 年には上がらず(2013 年 1
月から上がる)。
・輸出 963 億ドル、輸入 1,058 億ドルという貿易赤字の状況。輸出品目としては縫製品、
原油、各種電話機・部品、履物の順、輸入品目としては機械・設備部品、ガソリン・オ
イル、コンピュータ電子製品・部品の順。部品・原材料についてはベトナム国内生産の
ものは存在しない・品質が許容できないため、日本のほかタイ・中国等から輸入せざる
を得ないのが現状。
・国別の輸出入額を見ると、輸出は米国、EU、ASEAN の順、輸入は中国、ASEAN、韓国の順。
・ODA(円借款等)は、道路、港湾、空港、鉄道から原発に至るまで、あらゆる産業分野に
入っている。
・国営企業はエネルギー、造船、銀行、通信等、広範囲に存在している。軍・警察が保有
する企業等もあり、日本企業の合弁相手がそれらの国営企業ということもまれではない。
・土地は国有で、外国人には 50 年の使用権発給の形をとっている。
(3)海外資本の投資動向
・海外からの直接投資は、2011 年までの金額ベース累計で 1,991 億ドルのうち日本は 24,382
百万ドルと 1 位、同件数ベース累計で 13,440 件のうち 1,555 と韓国、台湾に続き 3 位
となっている。
・日本からの直接投資件数は年によるバラツキはあるものの、2000 年 26 件、2005 年 114
件、2011 年 227 件となっている。また日本からの直接投資許可額も 2000 年 80.6 百万ド
ル、2005 年 945.3 百万ドル、2011 年 2,622 百万ドルとなっている。
・2010 年から 2011 年にかけて直接投資が増えており、2012 年には更に増加傾向にあり、
2012 年前半は特に大型投資が多かった(金額を押し上げているのは大型投資、件数を
押し上げているのは中小規模の案件)。他国からの直接投資が減っていたのとは対照的
だった。2012 年 1~8 月期だけで 172 件(前年同期 108 件)と盛んで、2012 年は国別で
日本が金額・件数とも 1 位、金額はこれまでの累計でも日本が 1 位となった。
・生産拠点としての投資に加え、最近では国内市場が徐々に拡大している。内需向けサー
ビス産業は外資規制が比較的多いが、これも、WTO 自由化約束等により基本的に緩和の
方向にある。販売代理、卸売、小売、フランチャイズについては 2009 年以降出資規制
が撤廃され外資 100%も可能となっている。
・国内需要向けの外資のサービス産業進出は南部ホーチミン市が主流であり、人口ボリュ
ームゾーン型と邦人・富裕層向け高級品型である。
・2012 年では、生産拠点としてはブリジストン、ニプロファーマ、富士ゼロックス、大島
造船等、国内需要向け産業としては、東急電鉄の都市開発、メーカとしてリクシル、共
栄製鋼、ハウス食品、流通のイオン等が、大型の投資を行っている。
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・これまでの進出企業としては生産拠点としてキヤノン、パナソニック、京セラ、日本電
産、マブチモーター、ワコール、グンゼ等、国内向け生産拠点としては、味の素、エー
スコック、ロッテ、ロート製薬、久光製薬、花王、キリン、サッポロ、日清食品、キュ
ーピー、そのほか自動車・二輪各社、共栄製鋼等、そのほか、国内向け非製造業として、
家電輸入販売各社、ファミリーマート等、数多く進出している。
・バイクメーカのホンダや自動車メーカのトヨタはベトナム人にとって存在感が大きい。
・ホーチミン市・ハノイ市とも市街はオートバイ(ホンダのシェアが 5 割を大きく超える)
で溢れ、日本の高度成長期である 1960 年代の様相である。
(4)労働人口、労働基準法等
・2011 年現在の労働人口 5,035 万人。産業別内訳は農林水産業 48.4%、鉱工業 14.9%、
建設業 6.4%。サービス業 30.3%。
・労働基準法上の残業規制が厳しく 1 日 4 時間・年間 200 時間以内。また時間外給与が厚
く、平日で通常給料の 150%、週休日で同 200%、祝日で同 300%、祝日深夜は最大で同
330%となっている。有休も買取りが必要。
・期限付き労働契約は 36 カ月以内、更新は 1 回までで 2 回目以降は期限の定めのない労働
契約となる。そのため、一度雇用すると解雇が出来ない。
・労働組合の設立は雇用者の義務ではないが、早期に設立できるよう有利な条件を整える
責任がある。
・最低賃金は全国を 4 つのレベルに分けて設定。
・失業率は 3.6%(バイクタクシーの運転手等まで就業者と捉えているため、実際の失業
率はもっと高いという見解もある)。
・転職については、マネージャ層、ワーカ層とも日本に比べると気軽。特にワーカ層では
給料水準による離職率が高い。
・兼業をするのが一般的で、公務員も兼業している。
・ベトナム人にとって、日系企業は欧米企業の次の就職先と捉えられているようである。
人気が高いのは警察官との話もあり、小学校の先生は、田舎(ラオス国境等)は危険で
あるとの認識で余り人気はないようだ(通訳談)。
・労働法は 6 年ぶりに改正され、2013 年 5 月 1 日施行予定。現行の労働法は、投資阻害要
因の 1 つとして、外資企業から強く改正を求められており、実際、日越共同イニシアチ
ブの場でも重要テーマとして取り上げられ、両国間で交渉が長く行われてきた。しかし
今回の改正では、外資企業の要求はほとんど実現されていないばかりか、テト(旧正月)
休暇が増やされるなど一歩後退の感もあり、進出日系企業の間では失望感が高まってい
る(JETRO 通商弘報記事)。
(5)教育
・小学校 5 年、中学 4 年、高校 3 年、大学 4~6 年制である。ベトナム政府は教育振興に
力を入れており、大学数は 1997 年の 62 校から 2009 年の 150 校に、2011 年 163 校と増
加、国公立大学中心で近年は非公立系の新設(1998 年~2009 年に 31 校)が進んでいる。
大学は職業大学中心で、統合された総合大学(ホーチミン市国家大学等)もあるが、各
- 67 -
大学の独立性が高く(共産国家の職業大学の名残)、4 年制の学士、5 年制エンジニア、
6 年制の修士での制度充実を進めている。教員構成は教授・シニアレクチャラー・レク
チャラー・アシスタントレクチャラーであり、教授職が少ない。理由は、教授は 50 歳
以上で国家の委員会が決定するためで、定年は男性 60 歳、女性 55 歳である。教員の企
業勤務は規制されているが、殆どの教員は企業でも働いている。
・大学進学率は 16%程度。ただし、大学へ通学する年齢の幅が広いため、実際にはもっと
高いという見方もある。
・大学は貿易大学、国民経済大学、法科大学、工科大学等、専門性を持ち就業につながる
ような大学、学科の人気が高い。
(6)日系企業のベトナム進出メリット・デメリット、その他
・メリットは立地の良さ。
・デメリットは南北間の物流の悪さ、賃金上昇、電力不足。
・特許については、商標ルールはしっかりしているが、きちんと執行されていない。裁判
所が育っておらず、行政への依存が大きい。
・ベトナムは手数料文化の国であり、業務において勝手に取引先にキックバックを求める
なども発生する。
・撤退も多いと言われるが統計はない。
3.3
新日鉄住金エンジニアリング社
<対応者>
竹内健一シニア・マネージャ
・ベトナムでは橋梁建設等を行い、現在は海洋プラットフォーム・パイプラインの建設を
実行中である。
・2012 年 6 月に支店を開設し、海洋資源開発以外の分野・商品の事業展開の市場調査を行
う。当面は日本人 3 名を中心とした市場調査・開拓である。また、新規事業の立上げを
模索しているとのことである。
・竹内シニア・マネージャは土木建築関係での人的ネットワークを持っていて、旧知のホ
ーチミン工科大学のナム副学部長の紹介をして頂いた。
3.4
ホーチミン市国家工科大学 (HCMUT:Ho Chi Min City University of Technology)
<対応者>
・Dr. Nguyen Danh Thao:
Head of External Relations Office
・Dr. Hoang Nam:
Associate Dean of Faculty of Civil
Engineering
- 68 -
・Dr. Nguyen Huu Phuc:
Dean of Faculty of Electric & Electronic
Engineering
・Dr. Phung Hua Nguyen:
Vice Dean of Computer Science & Engineering
・Dr. Huynh Quyet Thang: Dean of School of
Information & Communication Tech.
・MA. Tran Thi Phuc: External Relations Office
Program Officer
(1)大学の概要について
HCMUT は 1957 年に南ベトナム国立研究機関として設立、1976 年 HCMUT と名称を変更し、
昨年度 55 周年を迎えた。
①大学の 2011 年の現状
・2 キャンパス 40hr(新キャンパスは市内 26hr)、8 研究センター、96 研究室(内 2 が国立
キー研究室)。
・11 学部(工学系 10、マネジメント 1)で 48 学科の 4 年制・5 年制、修士 2 年制で 32 専攻、
博士 3 年制(修士卒)と 4 年制(学士卒)で 41 専攻である。
・学生数は 26,000 人(学部フルタイム生 65%・パート生 18%、修士・博士生 11%、その
他)であり、新入生は学部生 5,154 人(フルタイム生 3,966、パート生 1,188)、修士生
766 人、博士生 119 人である。
②学生及び教育関係
・海外からの留学生は少数で隣国のラオス・カンボジアである。
・奨学生は 10%以下であり、多くの学生はアルバイトで生活している。
・海外へのインターンシップは奨学金やインターンシップの基金で、2・3 年生を対象に日
本企業へ派遣し、日本企業の文化・習慣を学ぶ。
・入学生は物理・化学・数学のレベルの高い学生を重視、卒業生の 90%は就職している。
工学系では、土木・電気電子・機械の 3 学部の人気が高く、入学生も多い。
・貧しい家庭出身学生はパートタイム学生が多く、奨学金制はない。学生はアルバイトで、
300 米ドル/年の収入で学生生活を送っている。
③産学連携と教員について
・大学は国家の方針(教育省)で決定される。教授資格は 50 歳からであり、国の委員会で決
める。定年は男性 60 歳、女性 55 歳である。
・教員は企業で働くことも可能で、多くは実行している。
・PBL は実施している(教員が企業と連携し、学生が参加する形式)。
・企業人が講義を担当することはなく、頻繁にセミナーを開催し、企業技術・研究者との
交流はある。
・教員と支援スタッフは 1,419 人で、学生 18 人/教員の比率であり、高い方である。
- 69 -
しかし、フルタイム学生を考えると学生 10~13 人/教員になる。
・対応した教員が東大・横浜国立大で博士の学位を受けているように、JICA の貢献もある
が、非常に親日的である。
(2)学部生の特別コース
・フランスのトップ 6 大学との連携コース 5 年制(基本的には HCMUT5 年間とフランス派遣)
で入試成績のトップクラス生を対象とし、航空・通信・エネルギー・機械・新材料・合
成化学・都市工学の 7 部門である。
・2 大学との連携フランス語大学は 4・5 年制で電気電子・土木工学、イリノイ大学(米国)連
携は 4 年制で電気電子工学がある。
・交換留学コース
イリノイ大学(米国)・ラトロベ大学(豪州)と 4 年制(HCMUT で 2 年間)、豪州のアデレー
ド大学・グリフス大学・クィーンズ大学と 4.5 年制(HCMUT で 2.5 年間)、長岡科学技術
大学(日本)と 4.5 年制(HCMUT で 4.5 年間又は 2.5 年間)のコースがある。
・入学 1 年後に、最優秀学生は政府からの認定で支援を受ける。
・海外留学は約 600 人/年であり、日本への留学生は成績の良い学生 15~20 名で、2 年間
日本語を特別学習してから派遣される。
(3)修士・博士生の特別コース
豊橋科学技術大学と修士 2 年制(HCMUT で 1 年間)、北陸先端科学技術大学院大学と修士
2 年制(HCMUT で 1 年間)と博士 4 年制(HCMUT で 1.5 年間)等、他に豪州、オランダ、スイス
の大学との連携がある。
(4)科学・技術開発について
・8 研究センター(計算機、情報・画像システム、建設研究応用工学、工業設備研究、合成
化学、熱・エネルギー、石油工学、建設コンサル)である。
・研究プロジェクト予算は国家プロジェクト 29%、地方政府プロジェクト 11%、国立大学
キープロジェクト 32%、国立大学プロジェクト 8%、大学プロジェクト 13%等である。
(5)将来計画
昨年の 55 周年後に、中長期計画を立てている。
①1957 年設立、昨年 55 周年記念で 5 年発展計画(2011 年から 2015 年)と 2020 年への将
来計画を作成。2015 年には学生 22,225 人(学部生 18,060、修士・博士 4,165)で教員は学
生 15.5 人/教員、2020 年は学生 36,760 人(学部生 18,400、修士・博士 8,360)で 14.9
人/教員の計画である。才能ある人材を英語で教育し、海外との連携での育成と大学院
の拡充することに主眼を置いている。
②終身教員は 2015 年 1,318 人(教授 29、准教授 126、博士卒 374、修士卒 530、学部卒 259)
で、2020 年では 1,668 人(教授 63、准教授 222、博士卒 540、修士卒 584、学部卒 259)
と計画している。博士以上を増強するようだ。
③研究職及び職員は 400 人(研究者・技術者・技能者 62、博士卒 4、修士卒 20、学部卒 38、
- 70 -
職員 338)である。
将来は、学生数の増強と教育・研究の拡充を計画している。
(6)感想
ベトナム視察での印象は親日的であり、日本の高度成長期の前の状況である。中国に対
する感情問題もあり、日本としてはベトナムとの親交を深め、科学・技術の面での協力体制
を強化していく必要があるだろう。
また、国の政策が重要な要素であるが、都市化が極端に進み、貧富の格差が拡大するの
ではないかと懸念され、JICA が調査をしながらの国際支援を行っている。日本の都市化後
の問題等を反省しての援助は、ベトナムとしても必要なことだろう。
3.5 ハノイ工科大学(HUST:Hanoi University of Science & Technology )
:情報通信校(School of Information & Communication Technology)
<対応者>
・Huynh Quyet Thang:
Dean School of ICT
・Pham Huy Hoang:
Vice Dean School of ICT
・Ngo Lam Trung:
Computer Engineering Department
(1)大学概要
・ハノイ工科大学は約 32,000 人の学生(フルタイム 20,000 人、パート(社会人)12,000
人)の大学である。大学は ODA や JICA の支援で日本の大学と提携し、日本語教育や日
本への留学やインターンシップを実施している。
・教育省は HUST の情報通信関係の学部を、2009 年に情報通信工科校(SoICT:School of
information and communication technology)と改革し、日本との連携でこの分野の強
化(ICT でのベトナムと日本のジョイントプロジェクト)を図っている。大学には 5 つ
の学部、ソフトウェア工学(department of software)、情報システム工学(department of
information systems)、コンピュータサイエンス(department of computer science)、
コンピュータエンジニアリング(department of computer engineering)、データ通信ネ
ットワーク(department of data communication and computer networks)と 1 プロジェ
クト(EDSPI:Higher Education Development Support Project on ICT)と 1 センター
(Computer Center)からなる。一学年 500 名の学生が入学する。学生の質はベトナム
の中でもトップクラス。教員は 102 名(内:教授・准教授 10、Dr.34)で職員 32 名、学生
は学部生 2,282 名(4・5 年制)、修士 355 名(1・2 年制)、博士 20 名(3・4 年制)であ
る。修士の 30 人~40 人は日本企業でのインターンシップで就職も希望している。ポス
ト Dr.は欧州・日本・韓国・シンガポールで研究をする。
・学部生の 500 人/年を 4 グループに分けて教育をする。トップグループ(10%)は 6 カ月
- 71 -
のインターンシップ、2 番手(25%)は働いていて、3 番手(50%)は地域の大企業で 4
番手は地域の小企業でのインターンシップである。
・EDSPI のコースは、日本の ODA と JICA の支援で 2006~2014 年の期間での ICT 人材育成
を行う。学部は 5 年制で ITSS の技術者資格取得をめざし、日本語教育も行う。120 人中
で優秀な 20 人は 3 年生から奨学金で日本へ留学する。40 人はマスター学位、12 人は博
士学位取得のために連携する大学へ留学する。日本語の教員が雇用され、日本語教育を
ベトナムでも受けられる。学生にとって、日本への留学は高度な技術習得に有利と考え
られている。
(2)大学院教育
学部卒業生は毎年 500 人、マスター進学は約 130 名、PhD へは 6 名くらいである。卒業
生の 20%は海外の大学院に進学する。進学先は US が第 1 位、日本が 2 位。韓国、シンガ
ポール、オーストラリア等が続く。
(3)学制
4 年制と、5 年制が混ざっている。かつてはソ連の教育制度で 5 年制であったが、3 年前
から米国式の 4 年制に移行しつつある。学部卒業後 1 年の教育を受けると engineer、もう
1 年で master の称号を得る。PhD は通常 3 年だが、論文数などで延びる場合がある。
(4)日本との交流
・ODA や JICA の支援により、Japanese-market orientated engineer の育成プログラムが
ある。これは、ICT の教育を一部日本語で行うと同時に、日本文化の教育などを実施す
るもので、一学年で 120 人程度受講する。卒業生は日本の企業に就職しやすい。
・日本の企業と教育に関するコンソーシアムを持っている。日本企業とのインターンシッ
プを行っている。11 月 20 日に 20 社位の企業が来校し、JICA のトップも出席して会合
を持った。12 月初旬に代表者を日本に送って日本の企業との打ち合わせを予定しており、
小さいテーマやカリキュラム、研究について意見交換する。慶応、立命館とも連携して
いる。ソフトは IPS から支援を受けており、ハードウェアについても企業から支援を受
けている。
・日本の大学とベトナムの大学を連携支援する企業のプログラム等はない。ハノイ工科大
学では日本の企業からの支援を望んでおり、企業の要望に応えたいと思っている。
・卒業生の進路は、以下の 4 つに大別され、学生の実力と家庭事情よっている。
¾
約 10%は海外の奨学金を獲得して、海外の大学院に進学する(日本、米国、欧州が
中心)。6 カ月くらい掛けて日本の文科省は 40 人の奨学生を採用しており、この学
部から数名行っている。
¾
20~25%は家庭の事情等でベトナムにいなければならない理由があるが優秀であり、
その時は外資系企業に就職する。企業に属しながら 1~2 年後は海外勤務も行う。
¾
50%くらいは国内企業に一端就職して、その後大学院に進学してくる。
¾
5~10%はベトナムの地元企業に就職する。
・2000 年から 5 年間くらいは情報系の学生の人気が落ちたが、2010 年位から良くなってき
- 72 -
ている。現在、建築系、土木系の学生は人気がある。これらが名声を得て、良い仕事が
一杯ある。
・企業からの講師はいい学生をリクルートする目的がある。セメスターに 15 人位企業から
呼び、セミナーや特別講義のような形で授業を行う。
・大学の先生の最先端ニーズを理解の方法には、以下の 2 つの方法がある。
① 教員の兼業によるもの。技術の現状理解にも役に立つ。約 40%近い研究者は海外企
業との関係を持っており研究を一緒に行っている。学生も奨学金を得やすくなり、
また海外にも出る。
② 若い研究者は自身で会社を作ったり、パートタイムで企業の仕事を通じて新しい技
術に触れる。学生も同様の機会がある。10%近い研究者は企業を作っており、技術
のキャッチアップの方法として有効だと思っている。
・国立大学の授業料は安く(US$250~300/半年)、私立大学では授業料の規制がなく高くな
る。
・企業とのアライアンスの成功事例として IBM、マイクロソフト、ノキア等が挙げられる。
それらの企業よりの技術の提供、テクノロジーセンター支援等により、その技術を教育
することを期待されている。
・毎年 120 人は IT をベトナム語で教える。日本文化や IT を日本語で教育する。午前中と
午後を分けるとか。日本企業は、このような学生を評価している。定員外の学生でも日
本語の学習をする者はいる。JICA は別に教員を派遣していない、ベトナム人教員が教育
することを支援する。ネイティブの先生が日本語科にいる。この分野でも日本企業と連
携やコンソーシアムを作りたいと思っている。次の段階は、トレーニングに加えて研究
分野でもやりたい。支援を受けたい。
・インドの IT は強い。ハノイ工科大学に対する優位性は?
HUST は企業との関連は強い。英語力は劣る。日本語はこちらが優位。民族的文化的に日
本に近い。韓国との関係。韓国企業はベトナムにある。彼らも韓国語を教育している。
中国の活動はそれほど大きくない。
・Web によれば University は 160(公立 120、私立 47)、college は 209(公立 185、私立
24)ある。(説明によれば)280 ほど国立大学があるが、トップ 5~6 大学が予算を集中
的に受けている(ハノイ工科大学とハノイ大学、ホーチミンの 3 大学、ダナンの大学等)。
・日本では、企業の求める先端技術に関して、日立、富士通、NEC や NTT 等の社員が大学
で講義する。経団連も IT 分野での教育強化を支援している。筑波大学や九州大学には
延べ 100 人の講師を派遣して、PBL 教育をしている。5 人~6 人の学生がグループを作り
PBL の結果を発表している。
- 73 -
3.6
東芝ソフトウェア開発ベトナム社(TSDV)
<対応者>
田部 徹也 社長
(1)会社概要
・2007 年 4 月設立。社員 111 人で、日本人は 3 人
である。
・今後 3 年計画で 200 名弱の組織体にする予定
である。
・主要業務は、東芝向けソフトウェア開発(組込みソフトとエンタープライズ系ソフト)
で、各システム向けソフトウェア開発、ソフトウェア要素技術開発、ツール開発である。
なお、ローカルビジネス、ローカルサポートは行っていない。
・TSDV は東芝グループのグローバルビジネス展開において必要となるソフトウェア開発力
の強化のためにオフショアの自前拠点として設立された。
・優秀な技術者を現地で採用・育成し、自前拠点とすることで、東芝グループのグローバ
ルビジネス展開、ソフトウェア開発コスト抑制、コア技術開発流出防止, 技術の蓄積を
目的とする。
・東芝グループソフトウェア開発部門の分散開発拠点として、ソフトウェア開発を分担す
ることがミッションである。
・東芝のベースとして定常的な開発を行うとともに、日本での技術者不足に対応する。
・将来は、コア開発拠点の一つを担う。
・会社の運営はプロフィットセンター的な運営をしているが、全社的位置づけは、コスト
センターである。
・東芝ソリューションとは戦略的に提携している。20 人ほどは東芝ソリューション向けの
開発に携わっている。
・東芝ソリューションでも社会インフラに関するソフトウェア開発をしているが、振り分
けは東芝本体で行っている。
(2)人的資源
①ベトナム人技術者の能力
・日本とベトナムとでソフトウェア新人技術者を比較したとき、ベトナム新人技術者の方
が全体的に優秀である(仕事ができる)。理由の 1 つとして、ハノイ工科大卒者(75%)、
ベトナム国家大卒者(10%)が大半で、いわゆる一流大学出身者で能力が高く飲み込み
が速いことが挙げられる。
・日本側から日本人社員とトレードしたいとの意見もある。ベトナム人技術者は仕事に対
- 74 -
して熱心で目の色が違うとの評価である。停滞した日本の日本人技術者に対してよい刺
激になっている。
・生産性の日本との比較では、単価に対する生産性は低くはないが、絶対的生産性は低い
との発注側日本企業の認識(IPA『I T 人材白書 2012』)である。この問題については、
コスト面での効果や技術力、得意分野を総合的に評価する必要がある。
・ベトナム IT 技術者の生産性はトータル的にみると、経験の無さやシステムノウハウの無
さなどがあり必ずしも高いといえないが、部分的、定型的な部分においてはベトナム人
技術者の生産性は高い。なお、一口に生産性とはいっても、比較対象集団の質があるの
で、一概には言えない。
・開発プロセスにおいてもベトナムで確立を目指している(最終開発品での第三者テスト
も実施、全体を把握に通じる)。
・ハノイ工科大、ベトナム国家大出身の社員を比較したとき、当社の判断では両大学間で
能力に差はない。違いといえば、ハノイ工科大は 5 年のカリキュラム、ベトナム国家大
は 4 年のカリキュラムである。
②仕事とモラール
・TSDV エンジニアの仕事内容は、単純業務ではなく仕様書にまで至るもので、創造的でや
りがいのある仕事内容になっている。
・2007 年の会社の立ち上がり時は離職者も出たが、現在の要員状況は順調に推移している。
・社員への動機づけについては、キャリアパスとしてマネジメント・パスとエンジニア・
パスを明確にし、社員にステップアップビジョンを持ってもらっている。また、必要と
される能力、その習得の取組み方も指導している。
・会社への高い帰属意識は、仕事へのコミットメントが強い技術者に対して、会社がそれ
に応える魅力ある仕事を提供できていることが理由としてある。東芝からの高度な開発
依頼とその達成時の東芝からの感謝が、技術者のモラールアップに繋がっている。
・社員に対する質問紙調査結果を、日本の情報技術者への調査結果(2011 年 12 月、関西学
院大学大学院
野瀬教授実施)と比較(t 検定)すると、仕事に対するモラールは日本よ
り高く(p=.014, <.05)、また、仕事へのやりがい感も高かった(p=.000, <.01)。な
お、両者とも、職場は個人を重視する風土である、との認識でこの点に有意差はなかっ
た。
・同様に、社員と会社間のコミュニケーションの状況を調整度について比較すると、TSDV
の方が日本より、問題の解決状況が良好であった(p=.008, <.01)。
③採用・配置
・ハノイ工科大の採用は学士で、修士課程修了者の採用状況は、一般に海外(例えば韓国
等)で学位を得て帰国後に TSDV に入社するケースである。
- 75 -
・2011 年からハノイ工科大は、日本マーケット向けカリキュラムコースの卒業生を輩出す
るようになったが、TSDV は 2011 年に 4 人、2012 年に 9 人を採用した。
・採用は、新卒採用が基本である。チームリーダも新卒採用者を社内で育成して配置して
いる。開発リーダは、外部から採用することもある。
・日本での勤務を目的としたグローバル採用は、2~3 人/年である。
・ローカル人材(ベトナム)としての採用は、約 20~30 人/年である。
・今後ベトナムでの採用を維持する方向である。理由として、コスト面の優位性、日本の
少子化に対応するためである(東芝の人材戦略はグローバルで考えざるを得ない状況に
ある。)。
・現在、採用は計画どおりに実施できているが、今後、サムソンがハノイに 2015 年を目標
に 1,500 人~2,000 人規模の合弁会社を設立する計画を立てている。他の企業の採用も増
加傾向である。当社は当社としてのカラー(良さ)を主張する。
・日本への留学生採用のメリットの 1 つは、日本の社会インフラの実際を経験しているの
でそのイメージを具体的に持っている点である。例えば、介護保険、土木の見積ソフト
などを開発する場合は有利である。法規制も含め日本のことを知らないと開発しにくい。
④スキル標準
・ETSS、ITSS(IT スキル標準)をベトナム向けにカスタマイズして利用している。
・ソフトウェア技術センターでグローバル展開に向けて IT スキルを明確にしている。
⑤賃金・評価
・賃金は年収管理をし、次年度の年収は実績を踏まえて決定している。支給方法の基礎は
月給制である。賃金は前年度に比し 20%ほどアップしている。他社の賃金水準も考慮し
てアップさせている。
・初任給に対して、チームリーダは約 3 倍、マネージャは約 5 倍である。
・賃金レベルだと例えばベトナムテレコムは高いが、必ずしもそれだけで技術者が集まる
のではなく、技術者を育成する企業であるかどうかを判断する技術者も多い。当社の人
材戦略は後者の視点に立っている。
・人事評価は、例えば ETSS 等を基準に東芝で実施している技術者スキルテストも利用して
評価している。また、資質・姿勢考課も行い総合的に人事評価を行っている。
・社員に対する質問紙調査結果を、日本の情報技術者への調査結果(2011 年 12 月、関西学
院大学大学院
野瀬教授実施)と比較(t 検定)すると、仕事実績で報酬が決定されてい
る、とする数値は日本より高かった(p=.031, <.01)。なお、日本もベトナムも、企業
風土は業績主義である、と考えておりこの点において有意差はなかった。
(3)一般教育および技術教育
- 76 -
・TSDV では、優秀な人材の確保・育成を行い、拠点形成を図っている。
・教育では、東芝のテキスト、東芝の教材を使っている。e ラーニングも行っている。
・一般教育では、東芝グループ行動基準,輸出管理,情報セキュリティなどを実施。
・技術教育では、設計,開発プロセス,品質管理などを実施。
・教育期間は 2 カ月。
・当初は東芝からトレーナーなどに来てもらっていたが、現在は自前で対応している。テ
キストは、東芝のガイドラインや資料もカスタマイズして利用している。
・ヒューマンスキル(コミュニケーションスキル・リーダーシップスキル)は、現地トレ
ーニング(ハノイ工科大等も含む)に加え、東芝によるリーダ教育を実施している。
・日本語教育は、各人の自助努力を重視しており日本語検定合格者へインセンティブの提
供を行っている。
・現地の日本語学校での教育や日本での OJT を実施している。
・スキル強化は、東芝の中にあるスキル標準を利用。技術者が保持すべき技術の範囲・レ
ベルを定義し、また、東芝のスキル基準や教育ガイドラインを基に強化策を策定。
・製品知識は OJT により習得(製品のドメイン知識等は日本に派遣して習得させる)。
・商品テストを実施しているのを見ると、商品開発まで可能になるだろう。
・日本語通訳,翻訳者を設置。
・TSDV の人材育成においては、更にきめ細かな対応が取れるように、社内に教育委員会を
設置している。必要なスキルや必要な教育を明確にし、社外に講師を求めにくい状況(ベ
トナムでは先進的な講師をあまり見いだせない)のなかで、自分らで教育を実施してい
る。
(4)産学連携
・東芝として、ハノイ工科大で原子力講座を開講している。東芝または東芝関係者から講
師を派遣している。ベトナム国家大にソフトウェアの共同研究室を持っている。
・教員との共同研究としてはベトナム国家大学に委託的に業務をお願いしていることがあ
るが、どちらかというと人材育成面の期待の方が強く、学生を教育してもらい入社させ
ることを狙っている。
・ハノイ工科大、ベトナム国家大と 1 カ月間のインターンシップを実施している。模擬プ
ロジェクトを、5 人、1 チームで、プロジェクト管理し、納期通りに納めるように取り組
んでいる。
(5)その他
・2007 年の会社の立ち上がり時は、開発の依頼先から信頼を得るのが大きなテーマであっ
たが、今はこれまでの実績により信頼を得ていると思う。
・制御用プロセッサーのソフトウェア開発も将来的にはベトナムで可能である。
- 77 -
・TSDV のベトナム人技術者はeメールを日本語で受けて、正確な日本語ではなくても日本
語で返せるが、最終顧客向け日本語のドキュメントの作成までには至っていない。
・社内会議、議事録は英語である。
・東芝との秘匿性の高いネットワークにより対処している(セキュアなネットワーク(イン
ターネット VPN))。
・雇用契約において、営業秘密の守秘義務を課している。
・インドとの共同開発はまだない。インドは、ローカライズした開発もしている。
・欧米系のシステム開発はインドで実施している。
・ベトナムにはいわゆる輸出管理に関わる規制はないが、日本側の規制があるため原子力
等に関わる業務については、まず国家間の取り決め(条約等)が必要である。
・ベトナムは ITC 関係産業を奨励しており奨励金制度等を用意している。TSDV も優遇税制
の恩恵を受けている。
(6)所感
・TSDV は、現在、ハノイ工科大やベトナム国家大から優秀な人材を採用し人的資源を充実
させているだけでなく、質の高いソフトウェア開発技術組織団の形成を行っている。今
後、ベトナムが現在抱えている問題、例えば、ソフトウェア開発経験の無さ、などを克
服し、また、日本語、日本文化なども教育により、ベトナムに新たな拠点が形成される
と感じた。
・日本との比較をするとき、社員平均年齢 27 歳という若さの持つエネルギーに加えて仕事
へのコミットメントの高さ、モラールの高さなど、優れた組織集団としての資質により、
日本より高い発展性、ポテンシャルを持っていると感じた。特に、この点は職場見学を
した際に実感した。
3.7
三菱重工航空機ベトナム社(MHI Aerospace Vietnam Co.Ltd.)
<対応者>
増田浩隆
社長
(1)会社概要
・民間航空機用コンポーネントの構造組立。主要
製品はボーイング 737 フラップ組立。部品は全
て日本(名古屋)から支給を受けている。
・2012 年 10 月 1 日現在、186 名。日本人駐在員は
5 名(定常は 4 名)。
・住友商事と現地企業が共同開発し、キヤノン、パナソニック、ヤマハなど日系企業が多
- 78 -
く入居するタンロン工業団地内に所在。
・19,000 平方メートルの土地に現在の建物敷地面積は 4,500 平方メートルであり、将来の
事業拡大のために用地を確保している。
・第 1 ライン、第 2 ラインを設置済で、今後、第 3 ラインを設置予定。
・工場は生産効率アップにムービングラインを導入し、品質は日本と同等以上である。
・社員の平均年齢 24.0 歳(日本人込み)。
・賃金平均は月額 220 ドル。
(2)沿革
・2007 年 12 月設立。ベトナム進出のきっかけはコスト削減ではなく、日本国内での技能系
人材確保の難しさによるもの。MHI の航空機部門にとってはアジア初の生産拠点。
・2009 年 8 月初号機出荷。2010 年 10 月 100 号機完成/米国直接出荷開始、2012 年 5 月通
算 300 号機出荷。
・当初、名古屋航空機製作所と並行生産していたが、2012 年からは 100%当社生産に切り
替えた。また、当初、最終検査の為に名古屋へ返送していたが、ある時点から米国の Boeing
社へ直接出荷に切り替え、製品に「Made in Vietnam」と表記するようになった。
・当社には現・国家主席、ワシントン州知事など多数の VIP が表敬訪問しており、ベトナ
ム国内で貴重な存在となっている。
(3)マネジメント
・経理・人事等の管理部門では英語を使用しているが、工場内では日本語を社内公用語に
している。重要な言葉はひらがなで記載し、各自が辞書を引く形にしている。
・部品を全て日本から輸入していることは設立当初から変わりがないが、①ベトナムで骨
格を組立て、その後、名古屋で塗装、②ベトナムで骨格の組立+塗装を行い、名古屋で
最終検査、③ベトナムで組立+塗装+最終検査を行い、米国・Boeing 社に直接納品とい
う 3 段階のステップを踏んでいる。
・何百人もの命を預かる機体の重要な一部の製造を担うということへの緊張感とプライド
を徹底して教育している。
・現在、品質には全く問題ない。
・旅行+パーティー+同じ食堂で同じ昼食等、組織の一体感を醸成している。
・タンロン工業団地は殆どが日本企業で、MHI は 1.9 万平方mで 180 人である。団地でのス
ポーツ大会、駅伝大会等を実施している。
(4)人財育成
・スタート時は 20~30 名採用し日本へ派遣(1 期生、2 期生)。7 期までは日本人リーダ+
ベトナム人リーダペアで教育していたが、8 期以降はベトナム人のみで教育している。
- 79 -
・社員の 1 期生 24 人は 3 カ月間の日本語研修、日本に派遣し 11 カ月の技能研修後、2009
年 9 月に開所した。3 期生以降はベトナムで技能研修(ベトナム人 1+日本人 1 の教員)
し、7 期生(2012 年 3 月)64 名で研修中。8 期生以降はベトナム人のみで指導する予定。
日本への派遣は帰国しないケースが多いので、慎重に対処している。
・一般的にベトナム人は 99%の完成度で良しとする傾向があるため、
「決められた手順通り
厳格に」作業することを教育し、不良品の発生率も測定している。現在は平均以下の水
準となっている。
・入社後 3 カ月日本語教育→1 カ月技能研修→2 カ月作業担当別の研修。1 日の流れを覚え
ることが重要。
・事務スタッフ、技術スタッフは大卒。電気出身者が多い。メカニックは短卒 50%、職業
訓練校 30%、高卒 20%。
・ハノイ工科大学へは奨学金を提供しているが人材確保までは期待しておらず、社会貢献
として行っている。
・日本での技能実習生経験者を採用したことがあったが態度が良くない事例があったため、
現在は採用していない。
・当社人材の日本への派遣は一方通行になってしまうリスクがあるため(日本へ行く前の
給与水準での雇用継続が難しい)、行っていない。
・チーフリーダ、リーダ、サブリーダは 1 期生、2 期生中心、厚遇している。作業リーダク
ラスは 29 歳と若い。
(5)まとめ
・収益面(コスト面)では既に MHI 民間航空機事業にかなり寄与。
・「門外不出」とされていた技術ノウハウをベトナムへ移管。当初、国内空洞化の懸念も指
摘されたが、現在はフラップを当社で製造することで、収益面(コスト面)だけでなく、
名古屋・航空機製作所では他の部分に注力できるという効果が生まれている。
・日本で開発中の MRJ にも、将来的には何らかの形で関わりたいと考えている。
3.8
ギソンセメント社(NGHI SON CEMENT CORPORATION)
<対応者>
朝倉秀明
社長
(1)ギソンセメント社の概要
・ギソンセメントコーポレーション(以下、ギ
ソンセメント社)は、1995 年設立(1991 年に
進出)のベトナムセメント公社(35%)、
- 80 -
太平洋セメント・三菱マテリアル(65%)の合弁会社である(表 3.8.1 参照)。
・ベトナムのセメント需要は年々急増しており、2010 年度は約 5,020 万トン。これは、日
本国内のセメント需要(約 4,160 万トン)を上回っている。ギソンセメント社は、この
旺盛な需要を取り込み、ベトナム屈指のサプライヤーとなることをめざしている。タイ
ンホア省の工場で建設を進めてきた第 2 生産ラインが 2010 年 4 月 23 日に竣工し、稼働
を開始した。第 2 生産ラインは、急速な経済発展に伴うベトナムのセメント需要の増大
に応えるため、2007 年 4 月に着工。年間生産能力は 220 万トン、既存の第 1 生産ライン
と合わせた生産能力は年間 435 万トンで、ベトナム最大級のセメント製造工場となって
いる。また今年からベトナムからの輸出も開始した。黒字である。
・2000 年に第 1 ライン(2.15 百万トン/年)、2010 年に第 2 ライン(2.20 百万トン/年)が
竣工し、ベトナム最大のセメント企業で、販売先は特約販売店を販社としているので心
配はないが、現在は非常に不景気であり、50 万トン程度を輸出している。石灰石山は、
工場から山一つ越えた所での採掘であり、トンネルを通して搬入する。利益は配当とし
て日越両国へ還元する。
・社員は 623 人で、日本人は 20 人(ハノイ 5、ホーチミン 5、工場 10)、工場は 500 人(オ
ペレータ 350、保守 100、石灰掘削 50)の体制で、社長・副社長以外は組合員であり、組
合長は選挙で選出され現在は営業副部長がなっている。
競争力は工場要員でみるとギソンは 500 人+下請け企業であり、国営企業は 3,000~5,000
人で、生産性が圧倒的に違う。
当初はハノイ工科大学出身者等を採用したがかなり退職したので、その後は大学卒も現
地出身者(大学卒・短大卒・高校卒)を雇用し、離職率は 1~2 人/年と安定している。
ベトナム人は田舎を非常に嫌う傾向である。
(2)ギソンセメント社を取り巻く課題
・セメント産業は、石灰石鉱山の開発からインフラ資材であるセメントの生産、流通まで
を行う装置産業であり、経済状況の変化によって次々と移転するようなことは困難であ
ることから、常に長期的な社会変化を見据え、最新技術の展開などにより競争力を保持
するとともに、地域社会との関係性を大切にし、万全の環境対策により環境面の配慮を
行うことが重要である。
・ベトナムは順調に経済的成長を続けてきた一方で、社会インフラ整備は遅れている。ま
た、同時に先進国が過去に経験した工業化や開発に伴う公害問題もすでに顕著化してき
ている。ギソンセメントは、ベトナムにおけるセメント産業のトップランナーとして、
メンテナンスやインフラ利用による生活環境改善の効果など、インフラの「品質」とい
う面にも着目し、大気汚染防止や水質汚濁防止などで、日本で培った環境技術を用いて
ベトナムの規制を超える対策の実施、更に高エネルギー効率の生産技術の展開や、廃熱
発電など「熱」の有効利用を進めている。経済発展に伴う廃棄物増加の問題に対しても、
- 81 -
スラグやフライアッシュを利用した資源循環型のセメント製造技術などが活かされる予
定である。
・持続可能なビジネスの推進という観点から、優秀な技術者の確保も重要であることから、
ギソンセメントでは創業以来、地元での採用をポリシーとして掲げ、全従業員 623 人の
うち日本人は約 3%(2012 年 3 月現在)であり、多くが現地採用者である。また、雇用・
教育機会の拡大だけではなく、より広い意味での雇用環境の整備も重要との考えから、
工場では、社宅の整備や幼稚園の開設など、共働きが多い生活スタイルにも対応した整
備が進められている。
表 3.8.1 ギソンセメント社の概要
社名
Nghi Son Cement Corporation
資本金
1 億 8,018 万米ドル
本社/工場
ベトナム社会主義共和国 タインホア省ティンザ県
(ハノイ市から南へ約 230km の沿岸部)
出資比率
ベトナムセメント公社(VICEM)35%、
エヌエムセメント(日本側投資会社)65%
(太平洋セメント 70%、三菱マテリアル 30%)
代表者
社長 朝倉 秀明
従業員数
623 人(ベトナム人 600 人、日本人 20 人)
セメント生産能力
435 万トン/年(第 1 生産ライン:215 万トン、第 2 生産ライン:
220 万トン)
セメントターミナル
ホーチミン市:1 万 5 千トンサイロ×2 基、3 万トンサイロ×1 基
カインホア省:1 万 5 千トンサイロ×1 基
支店
ハノイ市、ホーチミン市
増設設備の概要
第 2 生産ライン
セメント生産能力 220 万トン/年(第 1 生産ラインに並列して増
設)
石灰石鉱山拡張
新鉱床開発
セメントタンカー
1 万 5 千トンセメント専用船新造(建造中)
中部セメントターミナル
カインホア省ニンホア県、1 万 5 千トンサイロ×1 基
(3)ギソンセメント社の労務環境
・社長及び総務担当役員以外の社員全員が労働組合員である。労働組合委員長は営業担当
副部長であり、労使の関係を調整している。組合人事は、共産党の関与もあるが、組合
員の意向も反映されている。また、当社は、ベトナムセメント公社との合弁会社である
ことから、良好な労使関係を維持している。
- 82 -
(4)ギソンセメント社の人材育成
・従業員の人材育成では、鉱山採掘、セメント生産、保守等のグループで、数十人単位で、
日本での技術研修を実施した。
・社員教育は 3 カ月間の日本語教育後は OJT であり、日本での研修を 3~5 年目と 10 年目
の 2 回位実施している。日本派遣はモラール向上に有効である(高い技術を身に着けた
との理由で)
。単純作業は得意だが、グループ活動は不得手である。
・リーダを中心に日本での研修を充実させることにより高いモチベーションを維持してい
る。工場での定着率の観点から、タインホア省出身者の雇用を重視している。結果とし
て、4 年間で退職者は年に数人であり、きわめて高い定着率を確保している。
3.9
パナソニック R&D センター ベトナム社
(PRDCV:Panasonic R&D Center Vietnam Co., Ltd.)
<対応者>
湯川泰平
社長
古川未記
副部長
(1)会社概要
デジタルネットワーク関連商品及び IT 関連
ソリューションの各種ソフトウェア研究・設
計・開発を行っている。
社内言語は英語である。英語にしている理由はグローバル市場への対応のためである。
日本語にすれば、欧米、韓国の競合他社に移籍されるリスクは下がるが、採用範囲が狭ま
るという課題も鑑みたものである。
事務所の所在地は、ハノイ旧市街の西側のオフィス街にある。Panasonic グループの工場
があるタンロン工業団地からは、11km ほど南に位置している。
(2)位置づけ
PRDCV は、Panasonic グループにおけるコーポレートの研究開発部門のソフトウェア開発
会社という位置づけである。各事業部門にもソフトウェア開発会社がある。
シンガポールにある研究開発拠点と連携しながら ASEAN 市場向けの製品開発を行うこと
を狙って 2007 年に設立された。これまで Panasonic の海外拠点は、製造と販売が主であり、
開発拠点の場合もオフショア開発が主になっていた。近年の現地向けは現地という方針に
沿って、PRDCV は ASEAN に向けての開発を広げていくことがミッションとなっている。
(3)事業内容
- 83 -
組み込みシステムのソフトウェア開発が中心であり、特に検証業務について日本のオフ
ショア拠点として活用されているが、それだけでは生き残れない。特に今年は景気が悪く、
組み込みシステム関連の仕事が減っている。そのため、業務系の仕事にも取り組みつつあ
る。なお、仕事はドル建てで受注している。
ソフトウェア開発は、対象領域ごとにそれぞれ難しさは異なるものの、開発技術的には、
個別の機器ごとに組み込まれるソフトウェア,オープンソースなどの共通ライブラリを利
用して開発するソフトウェア,ハードウェアも基本ソフトウェア(OS)も固定されている条
件で開発する業務用の PC ソフトウェアの順に難易度が下がる。
なお、日本で実施されている研究開発は日本市場に特化したものが多く、その開発成果
を ASEAN で展開できるような取組みが求められてきている。
(4)労務・人材育成・給与等
離職率は、2010 年が 35%,2011 年が 14%,2012 年が現時点で 4%である。経営の改善も
あるが、2012 年は不景気の影響も大きく離職率が下がっている。雇用は、ベトナムの法律
に従い、短期契約を 2 回更新したあとは、永年雇用となる。従業員のキャリアパスは、技
術者,プロマネ,管理者の 3 コースを設定している。最近はプロマネが人気である。プロ
マネは複数の案件を担当する。
個人のスキルに対する評価項目が 100 項目程度あり、それによって個人のグレードを決
めている。個人のグレードに応じて毎月の給与が支払われる。一方、ボーナスは組織目標
に対する成果への貢献度に応じて決めている。給与やボーナスの計算式・表は社員に公開
されている。
研修は、Panasonic グループでの研修だけでなく、外部機関のマネジメント研修を受講さ
せている。ある段階で Panasonic の技術レベルと整合を図っている。
従業員は全員大卒以上でハノイ工科大の卒業生が多い。今までの傾向からすると、高校卒
業後、留学して海外の大学を卒業した学生が最も優秀である。経験的に、大学卒業後海外
留学して博士号を取得して帰国した学生は転職のリスクが高く、最近は採用は慎重に判断
している。また、ベトナムの大卒のレベルはソフトウェア開発技術に着目すると日本の大
学 2 年生終了レベルであり、正答がある問題は解けるが正答がない課題への対応能力が劣
る。今後は、1~2 年程度社会人経験のある人を採用したいと考えている。
ベトナムの大学との産学連携については、以前はハノイ工科大学に短期特別講座を開い
ていたが、現在はフェードアウトしている。ハノイ工科大学の学生は優秀であるが、大学
組織としては、学生の企業への就職への関与度合いが低く、Win-Win な関係を構築すること
ができなかったことが原因である。なお、ホーチミン市を中心とする南部では企業と大学
の間で、商業ベースでの関係を構築できる様子である。
ベトナムでは、南部と北部との人の移動は少なく、特に南部から北部への移動は稀であ
る。
84
3.10
FPT ソフトウェア及び FPT 大学
<対応者>
・Mr. Phan Phuong DAT:
トレーニングセンター部長
・Mr. Nguyen Viet Hung:
ビジネス推進マネージャ
・Ms. Le Thi Thanh Tan:
ビジネス推進マネージャ
・Mr. Nguyen Xuan Phon:
FPT 大学副学長
・Ms. Nguyen Thi Mo:
Senior officer /FPT University
(1)会社概要
FPT グループは、FPT コーポレーションを持ち株会社として、通信,システムインテグレ
ーション,ソフト開発などの専門会社群からなるベトナム最大の IT 企業である。FPT コーポ
レーション会長の チュオン・ザー・ビン氏(ロシアの大学卒)のカリスマ経営のもとで、急
成長している。 今回の訪問では、ビジネスの中核企業でありかつ日本からの受注の多い FPT
ソフトウェア社と FPT グループの人材供給源にもなっている FPT 大学が訪問団に対応して
くださった。
(2)FPT 大学
・大学、短大、専門学校よりなる。
・学生数 1 万 5 千名(内、学部生 6 千名)
・教員数 700 名(企業の実務家が講師を務める比率が多い模様。内訳は非公開)
・日本の大学とも連携(九工大、信州大、農工大、文教大)15~30 名の交換留学を実施
・日本語教育も行っており、日本語検定 2 級の水準(全員か、最高レベルでかは言及せず)。
SBI(ソフトバンク)には 4 名が 2 カ月のインターンを実施し、その後全員が採用され
た。
・日立が新採社員の海外研修を行っており、そのうち 10~20 名を受け入れている。
私立大学なので政府の財政支援は無(土地、建物の支援はある)。
・授業料は、1万ドル(80 万円)/4 年分(国立大学は 3 万円/年)
・20%の学生に奨学金またはローン。
・大学から会社(FPT)に入っての OJT 実習(4~8 カ月)が可能で、実案件に入れば賃金も出
る。また優秀者には奨学金も出る。
- 85 -
・日本市場向けのビジネスが大きいので、教育も日本(語)を重視している。
・FPT グループ(従業員 1 万 3 千名)には毎年 3 千名を採用(内、FPT ソフトが 1 千名)
--> 新採の 90%は国立大卒業生
・ FPT 大学卒業生(2006 年設立なのでまだ 1 千名)の半分が FPT グループに入社している。
(3)FPT ソフトウェア(一部、FPT グループ全体の話もある)
・従業員の平均年齢は 27 歳(グループ全体)と若い。
・売上の 54%が日本向け。
・ソフト開発を日本から受注する場合は、日本語の仕様書で受注し社内のブリッジ SE が英
訳をしている。
・離職率は極めて低い(ほとんどゼロ)。ベトナム最大の IT 企業なので、大きな仕事がで
きることが低離職率の理由。離職理由は、起業か進学に限られる。
3.11
まとめ(提言)
○工学教育について
1)工学教育の環境そのものは日本の大学の方が恵まれているといえるかもしれないが、ITC
等の分野には力を入れていると考えられる。研究以上に教育面で如何に就職に有利になる
技術を身につけさせるかということを配慮しているように見える。
2)日本の大学との連携を積極的にすすめ、学生も積極的に知識・スキルの獲得を行ってい
る。ODA 支援による影響もあろうが、IPA がスキル標準である ITSS や ETSS 等を指導する
など、日本企業への就職を意識した教育プログラムが採用されている。特殊な例かもし
れないが、FPT 大学では大学でのインターンシップが FPT ソフトウェアの OJT の入口機能
も果たし、OJT 先企業ノウハウの吸収と教育への横展開が一体となっている。このような
方法が、育成スピードの短縮、育成コストの低減に貢献していると考えられる。
3)近年、世界の高等教育はイノベーション人材(融合型人材)育成を意図しての急激な改
革が進んでいる。日本も、大学教育制度や教育内容等の議論や志向ではなく学生のモチ
ベーションを高めて、国際的に活躍できるようにする施策を早急に実行に移すべきであ
る。特に情報通信技術者育成や就業施策を真剣に取り組まないと若者の将来が心配とな
る。
○新興国企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例からの考察
1)今回訪問した東芝ソフトウェア開発ベトナム社、パナソニック研究開発センターベトナ
ム社は、現地のトップレベルの人材を採用している。日本でコストが見合わなくなった
業務を発注しているだけではなく、優秀な人材が面白がりそうな高度な仕事をアサイン
していることが、採用された人材のモチベーションになっていると考えられる。三菱重
- 86 -
工航空機ベトナム社においても、スタート時から担う役割を拡大している。日本国内で
は工業高校や高専の優秀な人材が不足しており、その代替として高いモチベーションで
働く豊富な若い人材は魅力的である。
2)各社では、日本国内と同じように技術や資格評価で採用し、自社の理念やノウハウに基
づいた教育を行っている。その教育システムにベトナムの一流大学卒者がハングリー精神
で挑戦しているため、習得速度、アウトプットの品質の高さは日本を凌ぐという。仮に同
じ水準であったとしても、給与差(約 10 倍)から考えると、日本の技術者の職務範囲は限
定される傾向にある。
3)ベトナム進出企業はかなりの部門をベトナム技術者に技術移転する努力をしている。
コストとしての国際競争からは当然であろうが、日本での技術開発・コア技術の担保の仕
方を考えないと、半導体と同じ道を歩むことが懸念される。
4)ベトナムの都市化と急速な産業の発展が進む中、高度成長の経験を有する日本は、環境
技術、省エネルギー技術、廃棄物処理技術や労働環境の整備等を併せ、今以上に技術支援
すべきであろう。単発の ODA、企業単位の進出、支援だけでなく、双方にメリットのある
形で、ある程度のパッケージで継続的に支援することが重要と考えられる。
5)人件費削減でのアウトソーシングや企業進出を進める場合には、“もの”“こと(概念・
ソフト)”創りが日本の国際競争力の原点であるべきであり、日本に残すべきコア技術、
研究開発・技術開発体制について取り組むことが喫緊の課題である。更に、それらを支え
るトップ人材育成の育成は特に緊急の課題であり、産官学で真剣に取り組むことが求めら
れる。
- 87 -
第4章
4.1
まとめ
今年度テーマ設定の背景
現在、国、企業の盛衰は過去の延長線上での努力や改革に留まらず、如何に知識創造で
きるか、イノベーションできるかにかかっている。
知識創造社会への転換を意識したさまざまな施策、企業の人材育成の取組みは行われて
いるものの、残念ながら大きな転換が図られているという実感には乏しい。
このようなテーマで議論すると、必ず教育の問題に着地する。それは、企業や社会のマ
ネジメント層が、入社後の教育で成果を上げにくい部分があり、大学教育である程度のベ
ースを作っておいて欲しいという思いがあるからである。そのため、本年度の 1 つのテー
マに技術系人材のベースとなる工学教育のあり方を取り上げた。工学教育に関して、本委
員会の限定された時間での議論が充分でないことは承知しているが、企業での人材育成、
産官学連携での人材育成で何らかの取組みを行っている委員の共通認識は有益なものと考
える。
また、グローバル企業の人材育成方法、日本でグローバル展開している先行事例での人
材育成や人材マネジメントについては、一定の情報と理解が得られていると考えられる。
これからは、情報収集、分析のフェーズをたて、インプリメンテーションのフェーズに入
っていると考えられる。すなわち、理想的なあり方は理解できても、自らがどのように取
り組むか、どのように成果を上げていくかは別問題ということである。そのため、新興国
企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例(自社なりのやり方をしている
特徴的な事例)を収集し、考察を行った。
4.2
工学教育のあり方に関する示唆
日本の理工系大学教育のマクロ・トレンドとしては、学部が多様化している一方で、入
学者数は10年間で約2割減少している。同時に大学全入による学力水準を下げているという
課題認識があるが、これは国際的に見ると特殊であり、「大学はできるだけ多くの学生に
付加価値を付けて国民全体の知識・能力の向上に貢献すべき」という考えを基本に置く国
際的な考え方からは特殊である。
大学での工学教育に関して、まず、米国大学でのアクティブ・ラーニング主体の学習は
効果大といえる。韓国でも世界の先行事例でのやり方をさまざまな形で実現、企業主導で
優秀な学生を早期から教育しており、このような国、主要企業、大学が一体となった大掛
かりな取組みをしないと、韓国と人材育成力で大きく劣後していく可能性が高い。韓国に
おいても全てが統制されている訳ではないが、全体としては一体として取り組んでいる状
況であり、日本とは大きく異なる。
日本の大学では教員毎の努力、試みはなされ、少人数教育等は推進されているが、上記
のような取組み規模とはなっていない。大企業トップグループ1グループのGDPに占める比
率が韓国に比べ小さいことも影響していると考えられるが、同等の影響度を持つような取
組みをしていくことが必要である。
- 88 -
委員会では、1社(グループ)で本格的な産学連携での大学教育を実現することは難し
いため、複数企業でグループを作り、そのような取組みをする方法があるのではないかと
いう意見が出た。
4.3
新興国企業を含めグローバルに展開している企業の特徴ある事例からの
示唆
千代田化工建設の外国人を如何にマネジメントできるかということにポイントをあて、
また技術的には料亭型(匠の技を重視)のマネジメント、サムスンでの徹底した教育、能
力開発と社内競争、FPTの大学と企業が一体となった人材育成等、いずれもグローバル競争
を前提に自社なりの育成方法が工夫され、突き詰められている。
グローバル競争力に有益な人材育成の方法は一律ではないが、共通している点としては、
国境に捉われない、単純に他社のマネはせず理念と一体となった自社のやり方を持ってい
るという点にある。そう考えると、マネジメントや人材育成において、グローバルな常識
を知りつつも自社の方法・型を持つことが重要だということがわかる。また、その前提と
しては、グローバルな中で自社が勝ち残るベクトル(視点)を持っているということであ
る。今後、新興国を含め優秀な人材の確保、国籍を問わない、しかしながら国籍や人種に
よる特性を考慮したマネジメントノウハウ、育成ノウハウを日本企業が身に付けていくこ
とが重要と考えられる。
- 89 -
JRIA24 人材
平成 24 年度
技術系人材・教育専門委員会 調査研究報告書
平成 25 年 3 月
発行所:社団法人 研究産業・産業技術振興協会
〒113-0033 東京都文京区本郷 3 丁目 23 番 1 号
クロセビア本郷 2 階
TEL:03-3868-0826
URL:http://www.jria.or.jp/HP/
C JRIA 2013 年
○
禁無断転載
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