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消費税増税案の評価と課題
2011 年 7 月 19 日発行 【 社会保障と税の一体改革シリーズ ① 】 消費税増税案の評価と課題 ~長期の消費税率引き上げ計画と税の累進度の提示を~ 要 旨 「社会保障と税の一体改革」(以下、「一体改革」)成案で、2010 年代半ばま でに消費税率を 5%引き上げることが決まった。これが実現すると、政府は 2015 年度の財政健全化目標をほぼ達成することができ、その後の財政健全化への足掛 かりが得られる。少子高齢化のなかで社会保障制度を持続可能にするために消費 税率引き上げが避けられないことを考えると、政府が消費税増税に対して明確な 目標をもって動き出したことは評価できる。 しかし、「一体改革」成案では消費税率の引き上げ時期や引き上げ方法、消費税 収の国と地方の配分など未決定の部分が少なくない。今回の案では比較的合意し やすい事項のみ示された感が強く、今後の議論の行方が不透明である。残された 課題として、次の 3 点が指摘される。 第 1 に、消費税率をいつからどのくらい引き上げて 2010 年代半ばに 10%にす るかである。具体的な増税スケジュールに合意できなければ経済状況等を理由に 増税が先送りされかねない。また、「一体改革」成案では 2010 年代半ばまでし か消費税率の引き上げに言及されていないが、政府が直面している課題は長期の 少子高齢化と財政健全化であるから、2010 年代半ば以降の消費税率の引き上げ についても計画が明示されるべきである。 第 2 に、「一体改革」成案では国と地方の消費税収が全て社会保障財源とされ、 国と地方の配分は社会保障の役割分担に応じて決まるとされたが、具体的な配分 は今のところ不明である。地方単独の社会保障費の扱いや消費税率引き上げ分に 関する交付税法定率分など、今後難しい判断を迫られる問題が数多く残されてい る。 第 3 に、「一体改革」成案では消費税率が 10%を超える状況で消費税の逆進性 をいかに緩和するかに関する記述がない。消費税率が 10%を超える状況では消 費税の逆進性は無視できないため、政府はこれへの対応を明確に示し国民の消費 税増税に対する懸念を払拭する必要がある。より本質的には、消費税のみならず 税と社会保険料の負担全体を捉えて、所得階層別の負担率をどのように設定する かという問題を考えなければならない。 (政策調査部 主任研究員 鈴木将覚) 本誌に関するお問い合わせは みずほ総合研究所株式会社 調査本部 電話(03)3591-1319 まで。 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあり ません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確 性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されるこ ともあります。 目次 1. はじめに ···································································································· 1 2. 「一体改革」の消費税増税案 ········································································· 2 (1) 消費税率 10%までの引き上げ ····································································· 2 (2) 消費税の社会保障財源化 ············································································ 3 3. 今後の課題 ································································································· 5 (1) 消費税率引き上げのタイミング及び 2010 年代半ば以降の消費税率引き上げ計画 · 5 (2) 消費税収の国と地方の配分 ········································································· 9 (3) 消費税の逆進性の緩和策 ···········································································13 4. おわりに ·································································································· 19 1. はじめに 2010 年 6 月 30 日、政府・与党は社会保障と税の一体改革(以下、「一体改革」)の成案に合意し た。当初のスケジュールでは、6 月 2 日に「一体改革」の原案が公表されてから政府は与党の議論を 踏まえて 20 日に成案を得ることになっていたが、消費税率引き上げ等の内容を巡って与党内で意見 がまとまらず、月末まで決着が遅れた。特に、「一体改革」原案において「2015 年度までに段階的 に消費税率を 10%まで引き上げ」と明記されていたことに対して、民主党の「社会保障と税の抜本 改革調査会」では批判が相次いだ。このため、民主党内の議論を踏まえて決定された 30 日の政府の 最終案では、消費税率の 10%までの引き上げの文言は残されたものの、その達成時期が「2010 年代 半ば」に変更された。 本リポートでは、こうした「一体改革」成案の消費税部分に焦点を当てて、その評価と今後の課題を 考えたい。安定した社会保障財源の確保策を考える上で、我々は 2 つの問題に直面している。1 つは、 将来増大が見込まれる社会保障費への対応である。団塊の世代によって社会保障費の増大が見込まれ るため、それに対して安定財源を確保しなければならない。もう 1 つは、現時点で既に社会保障サー ビスを賄うことができず、毎年約 10 兆円の財源不足が発生していることへの対応である。「一体改革」 成案では、2010 年代半ばまでに消費税率を 10%まで引き上げることで後者の財源不足を解消する計 画が示された。一方で、前者の将来の社会保障費増への対応については「一体改革」成案では明確に 示されることがなかった。これは、 「一体改革」成案では政府が消費税増税に対する反発を回避して、 出来るだけ穏便に消費税率引き上げを開始することに腐心したためと思われる。その他の点も含めて 消費税増税案の問題点をまとめると、大きく次の 3 点になる。 第 1 に、消費税率引き上げのタイミングが全く示されておらず、また 2010 年代半ば以降の消費税 増税に関する記述が欠如していることである。当面の消費税率引き上げについては、具体的にいつか らどのように消費税率を引き上げるかが明確にされなければ、国民はなかなか消費税率引き上げを身 に迫る問題として捉えることができない。具体的な増税策に合意がなければ、実施段階で国民の反発 を受けやすく、経済状況等を理由にした先送りの動きも出かねない。また、「一体改革」は持続可能 な社会保障制度の構築という長期的な課題への取り組みであるから、今後 3~4 年の増税スケジュー ルを描けばよいというわけではない。「一体改革」の長期的な目標を国民に伏せたままでは、逆に消費 税率を 10%に引き上げれば社会保障財源はそれで十分に確保できるとの幻想を国民に抱かせること にもなる。 第 2 に、消費税収が国・地方分を含めて社会保障財源化されることは明らかにされたものの、国と 地方の配分についてはまだ決まっていない。その配分は、国と地方の社会保障に関する役割分担によ って決まるとされているが、国と地方の社会保障に関する役割に明確な線引きをすることは容易では ない。「一体改革」成案は、そうした難しい問題を全て先送りしたことから、今年秋以降の来年度予 算の編成作業のなかで議論が難航することが予想される。 第 3 に、「一体改革」成案には消費税の逆進性を緩和する措置に関する記述が欠如している。「一 体改革」成案では、2010 年代半ばの消費税率 10%への引き上げが提示されている一方で、消費税の 1 逆進性には言及されていない。これは、2010 年代半ばの消費税率 10%までは消費税の逆進性の緩和 措置は必要ないとのメッセージとも受け取られるが、少なくとも消費税率が 10%超となれば消費税 の逆進性を無視することはできない。「一体改革」が長期的に持続可能な社会保障制度とそのための 消費税増税を描くことを目的にしているのであれば、消費税率が 10%を超えて引き上げられた場合 の消費税の逆進性の緩和方法とそのための制度改革についても指針を述べる必要があったのではな いかと思われる。 以下では、「一体改革」成案の内容を概観するとともに、上記の 3 つの課題について順に考察を加 えていく。 2. 「一体改革」の消費税増税案 まず、「一体改革」における消費税増税案の内容を確認しよう。 (1) 消費税率 10%までの引き上げ 「一体改革」成案では、2010 年代半ばまでに段階的に消費税率を 5%引き上げるとされてい る。その論拠は次のようなものである(表 1)。2015 年度において社会保障費は社会保障の充 実によって 3.8 兆円増加し、効率化によって 1.2 兆円減少し、差し引き 2.7 兆円が追加的な必要 額となる。これは消費税率約 1%分に相当する。これに高齢化に伴う支出増や基礎年金の公費負 担割合の 1/2 への引き上げに伴う財源確保等の消費税率 3%分を加えて、消費税率は約 4%の引 き上げが必要となる。消費税率引き上げを行うと物価スライドなどによって社会保障費も増加し、 その他の政府の物資調達にかかる支出も増加する。これらを考慮すれば、最終的に 2015 年度に 必要な消費税率引き上げ幅は 5%となる。 政府が昨年策定した「財政運営戦略」(2010 年 6 月 22 日閣議決定)における財政健全化目標 では、2015 年度には国・地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の赤字を対 GDP 比で半減させることになっている。そのために必要とされる消費税率の引き上げは約 3%とされ ているが、「一体改革」成案では社会保障制度の充実と消費税率引き上げに伴う支出増によって 消費税率引き上げ幅は 5%になった。「一体改革」成案では、社会保障の充実によって財政健全 化目標に必要な増税以上のものが求められたと言える1。 1 但し、内閣府の中長期財政試算の最新の数値が公表されていない現状では、「一体改革」の消費税率引き上げ 幅と財政健全化目標達成に必要な消費税率引き上げ幅の関係を正確に判断することはできない。 2 表1 消費税率 5%引き上げの内訳 消費税率換算 (%) 5 1 1 1 2.7 1 1 必要額(兆円) ①消費税率引き上げ案 機能維持 高齢化等 年金2分の1 制度改革 消費税率引き上げに伴う支出増 ②高齢者3経費の「スキマ」(図1) 2015年度 2020年度 ③財政健全化計画(2010年6月22日) 2015年度:基礎的財政赤字を半減(対GDP比) 2020年度:基礎的財政収支を黒字化 12.8 17以下 5 9以下 5.1 23.4 3 10以上 (資料)政府・与党「社会保障と税の一体改革」成案(2011 年 6 月 30 日) 等より、みずほ総合研究所作成。 (2) 消費税の社会保障財源化 1999 年以降、消費税収の国分はその使途が高齢者 3 経費(基礎年金、高齢者医療、介護)に 限定されてきた。2011 年度の消費税収 12.8 兆円のうち、国分は 7.2 兆円となっており、この全 額が高齢者 3 経費(国分)に充てられている(図 1)。しかし、高齢者 3 経費(国分)は 17.2 兆円あるため、消費税収(国分)との差(いわゆる「スキマ」)が 10.0 兆円存在する。これは、 高齢者 3 経費(国分)を消費税収(国分)で賄うことを前提とすれば、毎年 10 兆円だけ国の社 会保障財源が不足していることを示している2。 図1 消費税収の国分と高齢者 3 経費の「スキマ」 (2011年度) 10.0兆円 高齢者3経費 (国分) 17.2兆円 消費税収(国・地方) 12.8兆円 国分 7.2兆円 充当 地方分 5.6兆円 (資料)政府・与党「社会保障と税の一体改革」成案(2011 年 6 月 30 日)。 2 10 兆円の「スキマ」は赤字国債と消費税以外の税収で賄われている。 3 「一体改革」成案では、5%の消費税率引き上げによって「スキマ」の解消が図られることと された。但し、この「スキマ」は国分だけではなく、地方分についても同様に扱われる。2011 年度における国・地方の消費税収は 12.8 兆円で、同高齢者 3 経費は 22.1 兆円であるから、国・ 地方の「スキマ」は 9.3 兆円である(図 2)。この「スキマ」は 2015 年度には 12.8 兆円に拡大 するが、消費税率を今から 5%引き上げればその「スキマ」が埋められる。 図2 消費税収(国・地方)の社会保障財源化 (2011年度) (2015年度) 社会保障4経費(国・地方) 32.0兆円 社会保障4経費(国・地方) 37.0兆円 9.3兆円 うち高齢者3経費 22.1兆円 うち高齢者3経費 26.3兆円 消費税収(国・地方) 消費税率 12.8兆円 5% 消費税率5%弱引き上げ分 12.8兆円 消費税収(国・地方) 13.5兆円 消費税率 5% (資料)政府・与党「社会保障と税の一体改革」成案(2011 年 6 月 30 日)。 消費税収の使途については、今後は高齢者 3 経費を基本としつつ、社会保障 4 経費(年金、医 療、介護、少子化対策)に拡大されることになった。これによって消費税収はより広い範囲の社 会保障費に充てられることになり、将来消費税収が高齢者 3 経費を上回ることがあっても問題が 生じなくなる。 本来、消費税収は一般財源のまま必要な歳出に充てられることが望ましい。消費税収の社会保 障財源化が必要とされるのは、消費税収が政府のムダに使われることはもちろん、政府債務の返 済に用いられることさえ納得できないという国民の消費税アレルギーを考慮してのことである。 しかし、お金には色がないため、消費税収が社会保障財源に充てられることでこれまで社会保障 費に充てられてきた他の税収を社会保障以外の使途に振り向けることができ、財政赤字が縮小す る。重要なことは、社会保障目的税であれ一般財源であれ、増税によって国の借金を減らすこと と、その一方で国・地方を問わず無駄な歳出の増加を防ぐことである。消費税の目的税化は消費 税率引き上げを容易にするレトリックにすぎない。このレトリックによって財政健全化が進むの か、それとも国民が消費税率引き上げの対価として社会保障サービスの充実を求めて歳出が増大 するのかは今後の政策運営次第である。社会保障の充実化によって歳出規模が拡大した「一体改 革」成案をみると、消費税収の社会保障財源化により財政健全化が進みつつも、歳出の増加によ り必要以上に消費税率が高まる懸念があると言わざるを得ない。 4 3. 今後の課題 次に、「一体改革」成案の問題点をみよう。 (1) 消費税率引き上げのタイミング及び 2010 年代半ば以降の消費税率引き上げ計画 第 1 の問題は、消費税率引き上げの具体的なタイミングと 2010 年代半ば以降の消費税率引き 上げ計画が提示されていないことである。 まず、消費税率を現在の 5%から 10%に引き上げる方法としては、経済活動に対する影響を 出来るだけ小さくする方法が望ましいことは言うまでもない。消費税率の引き上げ方法の違いに よる経済活動への影響については、既にいくつかの試算がある。内閣府「中長期の道ゆきを考え るための機械的試算」3(2009 年 6 月 23 日)では、消費税率を 2015 年度までに 5%引き上げる ことを前提に、①消費税率を 2011 年度から 2015 年度にかけて毎年 1%ずつ合計 5%引き上げる 場合、②2013 年度に 3%、2014 年度と 2015 年度にそれぞれ 1%ずつ引き上げる場合、③2015 年度に 5%引き上げる場合の 3 通りの成長率に対する影響が試算された(図 3-①)。その結果、 ③のケースでは消費税率を 5%引き上げた年度に成長率が 1%台後半のマイナスになるのに対し て、②のケースではいずれの年度でもマイナス成長にはならない。最も成長率への影響が小さい のは①のケースである。 図3 消費税率の引き上げ方による経済成長率への違い ①内閣府(2009 年試算) ②IMF(2011 年試算) (注)Gradual increase:2012~17 年度に年 1.75%引き上げ。 Faster increase:2012~14 年度に年 3.33%引き上げ。 (資料)Keen et al. (2011) (資料)内閣府 (2011) 3 計量経済モデルを主体とした試算。 5 Keen et al. (2011)は、応用一般均衡モデルを用いて①日本の消費税率を 2012 年度から 2017 年度にかけて 10%引き上げる場合(Gradual increase:年平均 1.75%の引き上げ)と②2012 年 度から 2014 年度にかけて 10%引き上げる場合(Faster increase:年平均 3.33%の引き上げ) の成長率に対する影響を調べた。その結果、Gradual increase のケースでは 2015 年度までは成 長率への悪影響が拡大し、2015 年度では成長率が 1%以上引き下げられる(図 3-②)。しかし、 その後はマイナス幅が縮小し、消費税率引き上げが終了した 2018 年度からは消費税率引き上げ がなかった場合よりも成長率は高まる。2020 年度には消費税率引き上げがなかった場合よりも 約 1.5%も成長率が高くなる。2018 年度以降の時期に、2012~2017 年度の消費税率引き上げが 成長率にとってプラスに働くのは、増税によって政府債務が減少し、それが予備的貯蓄を減少さ せて民間消費を押し上げるからである。Faster increase のケースでは成長率を引き下げる影響 が大きく、2014 年度には成長率が約 2%引き下げられる。Keen et al. (2011)は、潜在成長率が 1% 程度の日本ではこの選択肢は賢明ではないかもしれないと述べている。 消費税率の引き上げ幅を考える際に忘れてはならないのは 1997 年度の消費税率引き上げ(3% →5%)時の経験である。1997 年 4 月に日本は消費税率の引き上げを行ったが、この時期を契機 に日本経済は深刻な景気後退に陥った。景気後退の主因は消費税率引き上げではなく、アジア金 融危機や金融不安など経済活動を抑制する他の要因と考えられる4が、1997 年には消費税率引き 上げ(5.2 兆円)だけでなく所得税の特別減税廃止(2.0 兆円)、社会保険料引き上げ・医療費 負担増(1.4 兆円)が同時に行われ、増税総額が 8.6 兆円にも上った。これによって海外・金融 ショックが生じる前から経済活動に相当な重石がかかっていたことは確かである。所得税増税・ 消費税増税・社会保険料引き上げという一度に複数の負担増を生じさせたことから、他の経済的 ショックに耐えられる体力が日本経済にはなくなってしまったことはやはり政策の失敗として 認めなければならならない。 もう 1 つの教訓は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の発生である。1997 年の消費税率 引き上げ時には当初の予想を上回る大規模な駆け込み需要が発生し、消費税率引き上げ後にはそ の反動として需要減がみられた5。駆け込み需要とその反動が大きく現れたのは自動車と住宅で ある。住宅のような高額商品は消費税率が 1~2%上がるだけでも支払総額が大きく変わるため、 消費税率引き上げ時には高額の耐久財の駆け込み需要とその反動を出来るだけ抑えることが望 ましい。内閣府や Keen et al. (2011)のシミュレーション結果や過去の経験からは、消費税率引 き上げは 1~2%に抑えることが無難であるとの暫定的な結論が得られそうである。 しかし一方で、小刻みに消費税率を引き上げていけば、それだけ事務コストが高くなるという 問題がある。日本の消費税はインボイスが利用されていないため(仕入れ控除型 (Subtraction)VAT)仕入時と販売時で消費税率が異なる場合の処理が難しい。また、頻繁に値 札を変えたり商品に記載された消費税の額を変更するコストは小さくないとみられ、海外でも事 4 5 1997 年における消費税の所得効果は景気後退に導くほど大きなものではなかったとの見方が一般的である(内 閣府, 2011 等)。 駆け込み需要の発生とその反動は、現在と将来の価格が変化することから生じる代替効果と捉えられる。 6 務コストの観点から付加価値税を毎年 1%ずつ引き上げるよりも一度に 2~3%ずつ引き上げる 戦略が採用されることが多い(財務省, 2011)。HM Revenue & Customs (2010)によれば、英 国では税率変更についての習熟、値札の張替え・インボイスの変更、会計・帳簿上の負担、シス テム変更などで総額 3 億ポンド(約 393 億円)のコストがかかる。日本の消費税は、インボイ スがなく軽減税率・ゼロ税率の品目もないことから英国の付加価値税よりも税率変更時の事務 コストは小さいと考えられるが、景気への影響と事務コストをともに小さくする税率引き上げ方 法は見当たらず、政策上のジレンマがあることは諸外国と同じである。 消費税率の引き上げについては、消費税率引き上げは景気の山に近いところで行うと景気後退 を招くリスクがあり、段階的な税率引き上げを行う余地がなくなるとの指摘もある(内閣府, 2011)。先送りのリスクも勘案すれば、先進諸国の多くの例にみられるように景気が成熟する 前の勢いのある段階で税率を引き上げる必要がある(同)。確かに、景気の波を適切に捉えるこ とができれば、成長率が高まるときに 3%程度の消費税率を引き上げることができるかもしれな い。問題は、実際にそれが可能かどうかである。過去 15 年間、日本では潜在成長率の低下も相 俟って実感として景気が良くなるまで待っている間に消費税率引き上げのタイミングを逸して きた感がある。景気が成熟する前の勢いのある段階で税率を引き上げることが望ましいとはいえ、 景気判断の難しさと好景気の実感を重視する世論への配慮から繰り返し消費税率の引き上げの 機会を逃す可能性も否定できない。しかも、「一体改革」成案では消費税率引き上げの前提とし て「経済状況の好転」という文言が盛り込まれた。「経済状況の好転」を測る指標については「政 府・与党において参照すべき経済指標、その数値についての考え方を含め十分に検討」するとさ れており、消費税率引き上げのタイミングはこうした判断基準が具体的にどのように設定される かにも影響される。 ところで、消費税率引き上げに関して避けるべきことの 1 つとして、今後の消費税率引き上げ があと 5%程度で終わるとの認識が広がることがある。「一体改革」成案には明示されていない が、日本は、2020 年度の財政健全化目標(国・地方の基礎的財政収支の黒字化)を達成するた めには、消費税率を 10%引き上げなければならない。これは、政府の債務残高を減少させる目 標ではなく、債務残高をこれ以上増やさないための目標であり、我々が最低限守らなければなら ないものである。日本が 2010 年代半ば以降も消費税率を引き上げざるを得ないことは、日本の 高齢化の状況をみれば一目瞭然である。老年従属人口比率(老年人口/生産年齢(15~64 歳) 人口)の国際比較をみると、日本は 2010 年時点で既に 35.1%と最も高く、2050 年には 74.3% に高まる(図 4)。一方で、1990 年以降の主要国の例をみると、約 10 年間という短い期間で約 10%の引き上げを行った国は見当たらない(図 5)。トルコが 1992 年~2002 年にかけて付加価 値税率を 8%引き上げたのが最高である。Keen et al. (2011)は、約 10 年間で付加価値税率を約 10%引き上げた過去の諸外国の例として、デンマーク(1967~79 年)、スウェーデン(1970~ 77 年)、イタリア(1976~83 年)があり、いずれの国も付加価値税率を段階的に引き上げつつ 年平均約 2.5%の成長率を維持したことを指摘しているが、現在の日本のような低い潜在成長率 のなかで同じ成果を期待することは難しい。 7 図4 付加価値税率と老年従属人口比率の国際比較 (%) 付加価値率(2010年) 80 老齢従属人口(2010年) 70 老齢従属人口(2050年) 60 50 40 30 20 10 オー ストラリア イギ リ ス スイ ス スウ ェーデ ン ス ペイ ン ロシア連邦 ポ ルトガ ル ポー ラ ンド ノルウ ェー オラ ンダ イタ リア ハンガリー ギ リシ ャ ドイ ツ フラ ンス フ ィンラ ンド デ ン マーク ブ ルガリア ベルギー オー ストリア ベトナ ム トル コ タイ シ ンガポー ル フ ィリピ ン 韓国 日本 イ ンドネシア ぺルー コロンビ ア ブラジ ル ア ルゼ ンチン ア メリカ合衆国 メキ シ コ カナダ 南 ア フリカ 0 (資料)国立社会保障・人口問題研究所資料等より、みずほ総合研究所作成。 図5 OECD 諸国の付加価値税率の推移 (%) Australia 30 Austria Belgium Canada Chile Czech Republic 25 Denmark Finland France Germany 20 Greece Hungary Iceland Ireland Italy 15 Japan Korea Luxembourg Mexico 10 Netherlands New Zealand Norway Poland Portugal 5 Slovak Republic Spain Sweden Switzerland 0 90 92 94 96 98 00 02 04 06 07 08 09 10 Turkey United Kingdom (資料)OECD Tax Database より、みずほ総合研究所作成。 8 このように、日本が直面しているのはかなり長期にわたって、しかも国際的にも稀な速いペー スで消費税率を段階的に引き上げていかざるを得ない状況である。これに対応するには、消費税 率引き上げに伴う事務コストを小さくすることに終始することよりも、繰り返し消費税率引き上 げが行われることを前提に、政府、事業者ともに税率引き上げに柔軟に反応できる体制を整える ことではないかと思われる。日本では、消費税率引き上げによる価格変化がある一時点に集中し て生じる傾向が他国と比べて強く、消費税率引き上げの影響が一時点に集中してしまう(内閣府, 2011)。ドイツでは、2007 年 1 月の付加価値税率引き上げに対して、2006 年と 2007 年の両年 にわたって価格の前方転嫁がそれぞれ 24%、49%(合計 73%)であったとされている6。税表 示の方法や税務執行などを含めて、日本では実務的な面で消費税率の段階的引き上げを容易にす る方法が検討されてもよいであろう。 また、現局面では消費税率を引き上げる際に復興増税との関係も考慮に入れておかなければな らない。毎年の復興増税の規模やその期間は復興増税の必要額に依存するが、復興増税の税目と しては消費税以外の税目(個人所得税など)で賄い、社会保障財源は消費税、復興財源は個人所 得税と両者を切り分ける方が政治的な混乱や国民の誤解が少なくてよい。また、復興財源に関し て必ずしも慌てて増税する必要はない。復興財源を早めに確保する必要性は、現役世代が自らの 社会保障費を負担せず政府債務の山を築いたことから、せめて復興財源くらいは将来世代に押し つけるべきではないとの考え方からきているが、仮に「一体改革」により安定的な社会保障財源 が確保され、恒常的に現役世代が将来世代に社会保障負担を先送りする構図から脱却できるので あれば、復興財源はむしろ長期に確保されればよい。そもそも理論的には恒常的ではない突発的 な政府支出は増税ではなく、国債で賄うことが望ましいとされている(課税平準化、Barro, 1979 等)。復興財源のような臨時の財源は国債で調達し、長い期間をかけて調達することが経済活動 の上からは望ましい。将来の災害リスク等を勘案すれば数十年単位の償還は避けるべきかもしれ ないが、少なくとも復興増税は 3~4 年ではなく 10 年間以上かけて償還しても問題はない。復 興増税の期間を長く設定すれば、その財源は個人所得税に限定することも可能であろう7。 (2) 消費税収の国と地方の配分 「一体改革」成案の第 2 の問題点は、消費税収が国・地方分がともに社会保障財源とされる一 方で、消費税収の国と地方の配分についてはまだ明確な基準が設けられていないことである。こ れが明確にならない限り、「一体改革」案が完結したことにはならず、今年秋以降に行われる来 年度予算編成において議論が紛糾する事態も予想される。現在、消費税収は地方交付税(国の消 費税(4%)の 29.5%)と地方消費税(1%)として地方に配分されている(図 6)。これらは、 本来地方税となるべきものを効率的に徴収できるがゆえに国が徴収し、その後地方に配分してい るものである。その結果、消費税 5%と言われているもののうち 2.18%(税収に占める割合は 43.6%)は地方の取り分となっている。これに対して、2011 年 6 月 2 日に公表された「一体改 6 7 Carare and Danninger (2008)による推計。 個人所得税収は年 13 兆円であるから、仮に 10%の付加税をかければ年 1.3 兆円の税収が得られる。 9 革」原案では地方分も含めて消費税収は全て社会保障財源化され、「社会保障給付における国と 地方の役割分担に応じた消費税収(国・地方)の配分を実現」するとされた。また、「地方自治 体が地域の実情に応じて住民合意の下に提供するサービスに関しては、独自に財源が確保できる よう、課税自主権の拡大・発揮について検討」するとされ、地方単独の社会保障費は消費税収で 賄う社会保障費から排除されることが示唆された。 図6 国と地方の社会保障負担(2011 年度) 国の一般会計 歳出 歳入 消費税(4%):10.2兆円 消費税:7.2兆円 (消費税収の70.5%) 社会保障関係費:28.7兆円 (高齢者3経費17.2兆円) 地方交付税:3.0兆円 (消費税収の29.5%) 地方消費税(1%):2.6兆円 国・地方の社会保障負担 国:29.3兆円 地方:10.1兆円 うち高齢者3経費 17.2兆円 うち高齢者3経費 4.9兆円 保険料:59.6兆円 積 立 金 運 用 収 入 等 (資料)財務省資料より、みずほ総合研究所作成。 これに対して、地方側からは強い反発があった。片山総務大臣は「社会保障に関する集中検討 会議」(2011 年 6 月 2 日)において、①国は自治体が実施する社会保障事業の全貌を把握して いない、②単独事業について課税自主権の拡大による税源確保で調達することが全く現実的でな い、③地方消費税成立の経緯を無視して地方消費税収を社会保障財源化することを自治体側が容 認することはないと主張した。 まず、①と②の点は地方単独の社会保障サービスをどう捉えるかという問題に関わる。まず地 方単独の社会保障サービスとは、辞書的な意味では国の社会保障サービスに対する地方独自の上 乗せ分である。図 6 に示されるように、社会保障給付費のベースでは地方の社会保障負担が 10.1 兆円となっているが、地方が支出している社会保障給付はそれだけではなく、地方単独事業とし ての社会保障給付が独自に行われている。総務省の推計では、地方単独の社会保障費は 2011 年 度で 7.7 兆円、2015 年度に 9.2 兆円に達する(図 7)。つまり、地方が提供する社会保障サービ スのうち半分近くは地方が独自に提供するサービスであり、これを含めて考えなければ地方の社 会保障サービスの全貌が捉えられないことになる。「一体改革」原案では、こうした地方単独の 10 社会保障費については消費税収で賄う社会保障の範囲から外して、地方の独自財源で提供すべき ことが示唆されたため、地方側は反発を強めた。「一体改革」成案では、こうした批判を踏まえ て「社会保障給付にかかる現行の費用推計については、そのベースとなる統計が基本的に地方単 独事業を含んでおらず、今後、その全体状況の把握を進め、地方単独事業を含めた社会保障給付 の全体像及び費用推計を総合的に整理する」との表現に修正された。 図7 地方単独事業としての社会保障サービス (兆円) 法令等により義務づけられた事業:約 4.8 小計 全国的に実施されている事業:約 小計 1.4 介護 介護保険運営 0.24 医療 国民健康保険事業 0.79 特定疾患治療調査研究 公立病院(一般会計負担分) 0.50 救急医療対策(周産期医療、 0.06 保健所、市町村保健センター 0.30 休日夜間等) インフルエンザ等予防接種 0.14 広域病院負担金、診療所運 がん検診 0.12 営補助 0.06 0.03 新型インフルエンザ対策 0.02 子ども・子 保健所(公立・私立) 0.75 放課後児童対策 0.05 育て 幼稚園(公立・私立) 0.28 児童相談所・一時保護所 0.04 乳幼児健診・妊婦健診 0.11 次世代育成支援対策 0.03 児童館・児童遊園 0.09 幼稚園就園奨励費補助 0.03 準要保護児童生徒援助・給食 0.08 児童福祉施設等運営補助 0.03 母子保健対策 0.02 援助 小計 その他 障 害 者 福 障害者施設 0.08 小規模作業所等運営補助 0.03 祉 0.03 障害者(児)居宅介護・活動 0.02 障害者自立支援・社会参加促 進 障害者地域生活支援 高齢者福祉 養護老人ホーム、軽費老人ホ 福祉事務所 0.01 0.01 その他 0.00 0.26 2.15 乳幼児医療費助成(就学前に 0.27 0.72 その他 0.66 3.53 0.28 その他 0.40 2.32 限る) 1.54 障害者(児)医療費助成 0.26 母子(父子)家庭医療費助成 0.07 子ども子育て関連助成金等 0.27 多子世帯保育料等軽減 0.01 施設運営等 4.04 1.01 1.06 6.11 0.80 0.38 1.92 3.10 0.32 0.71 0.72 1.11 0.88 1.28 2.98 9.21 0.23 支援 障害者(児)福祉手当等 0.11 障害者タクシー・バス等運賃 0.04 0.16 その他 障害者福祉 助成 0.03 精神保健福祉施設 0.01 0.11 老人福祉センター等老人 0.08 ーム等 その他 介護用品等支給 0.06 知的障害児施設 介護、医療、子ども・子育て 約 3.0 0.25 0.04 成人健診 分別未済の事業: 小計 合計 0.31 福祉施設 高齢者バス等運営・助成、敬老 0.07 0.08 その他 パス 0.11 0.26 社会福祉団体運営費補助 高齢者福祉 0.09 0.14 その他 低所得対策等 4.84 合計 1.39 (注)2015 年度ベースの推計、未定稿。 (資料)政府・与党社会保障改革検討本部第 2 回成案決定会合(2011 年 6 月 23 日)片山総務大臣提出資料。 しかし、応益原則を念頭に置けば、本来地方が独自に提供する社会保障サービスは地方の独自 財源で賄われることが望ましい。こうした論理が通らないのは地方単独事業が単純に地方独自の 上乗せ事業と割り切ることができないからである。「一体改革」の成案決定会合における片山総 務大臣の提出資料によれば、地方単独事業のうちの多くを占めるのは「法令により義務づけられ た事業」(約 4.8 兆円)と「全国的に実施されている事業」(約 1.4 兆円)であり、国庫補助負 担事業はその上に立って制度化されている。国民の目からすれば国庫補助負担事業と地方単独事 業が「一体として安心・安全な国民生活に寄与して」(片山総務大臣提出資料)おり、地方単独 事業の資金不足から国民生活に必要な事業が虫食い的に休止に追い込まれる状況は避けなけれ ばならない。 11 片山総務大臣が指摘する③の点(地方消費税の一般財源化の維持)については、「一体改革」 成案が作成される過程で社会保障財源化される消費税収(国・地方)から「現行分の地方消費税」 が除かれることで落ち着いた。また、これに地方交付税の部分も加えて、消費税収については「現 行分の消費税収(国・地方)についてはこれまでの経緯を踏まえ国・地方の配分(地方分につい ては現行分の地方消費税及び消費税の現行の交付税法定率分)と地方分の基本的枠組みを変更し ないことを前提」にすることが決まった。つまり、「一体改革」原案では消費税収の全額が国と 地方に社会保障の役割分担に応じて配分されることとされていたが、「一体改革」成案では消費 税収 5%のうちの 2.18%が地方に配分される枠組みはそのままに、今後引き上げられる 5%分の 消費税収を国と地方が社会保障の役割に応じて分け合うことになった。 以上のような国と地方の綱引きを理解するには、消費税を巡る国と地方の対立の構図を知る必 要がある。現在、国・地方の基礎的財政収支は大幅な赤字であるが、地方の同収支は黒字である。 国・地方全体として同収支を黒字にするためには国の財源を増やす必要がある。国としては、消 費税増税によって出来るだけ国の財政状況を立て直したいが、現在の制度の下では国・地方の消 費税収の少なくない部分(43.6%)が自動的に地方の一般財源に回ってしまう。国は、当初こう した事態を避けるために消費税率の引き上げ分については一切地方に回さないことを検討して いた8。一方で、地方は社会保障に関する地方負担分については消費税率引き上げ分から捻出し てもらわなければ財源不足になるため、消費税増税分のうち社会保障の地方負担分を要求する。 「一体改革」成案の考え方は、国・地方の消費税収を社会保障給付における国と地方の役割分担 に応じて配分することであるが、具体的にどのような配分が実現するかは今のところ不明である。 国と地方がそれぞれ別の思惑を抱えながら、秋以降の議論に突入するものと思われる。 「一体改革」成案にみられるように、消費税収を社会保障財源化して無駄な歳出に回さないこ とと、標準的な社会保障サービスを超える部分は地方が独自財源で賄うという地方分権の発想自 体は悪くはない。しかし、これを上手く機能させるためには、地方分権を進める前提となる改革 を同時に進める必要があるのではないかと思われる。最大の課題は、自治体間の財政力格差の解 消である。よく知られているように、自治体間の財政力格差の主因となっているのは地方法人税 である。地方法人税を地方消費税に振り替える(国と地方の税源交換)ことで自治体間の財政力 格差は大きく縮小する。こうした改革を「一体改革」の条件とするならば、地方分権的な政策を 推進しやすくなるのではなかろうか。地方税は個人住民税や固定資産税、地方消費税といった居 住者が支払う税金によって賄われるという原則が明確になり、より高い水準の社会保障サービス を受けたい住民はより高い住民税や固定資産税を支払うことになる。一方で、地方としては応益 原則が満たされた地方税が構築されるわけであるから、自らの歳出と歳入の関係には今まで以上 に責任を持たなくてはならなくなる。 「一体改革」成案では、地方単独事業に関して「必要な安定財源が確保できるよう、Ⅳ(5)に 掲げる地方税制の改革などを行う」との文言が挿入された。「Ⅳ(5)に掲げる地方税制の改革」 8 与謝野経済財政担当大臣は、2011 年 6 月 10 日閣議後の記者会見において消費税増税分のうち地方への配分は ないものと認識していると発言した。 12 とは、「地方消費税を充実するとともに、地方法人課税のあり方を見直すことなどにより、税源 の偏在性が小さく、税収が安定的な地方税体系を構築」、「税制を通じて住民自治を確立するた め、現行の地方税制度を『自主的な判断』と『執行の責任』を拡大する方向で改革」となってい る。こうした改革は地方にとっても望ましく、「一体改革」の前提として追及されてよい問題で ある。 もしかすると、地方では国の責任で行われる消費税率引き上げによって消費税収の増加分の 43.6%が地方に自動的に流れる仕組みの方が望ましいとの考え方があるのかもしれない。しかし、 それではいつまで経っても国の財政健全化は進まず、地方では無駄な歳出が誘発される。一方で、 国が税収格差が生じる地方税体系を放置し、加えて地方の社会保障費の実態を把握しないまま消 費税収の国と地方の配分を決めれば、地方は当然反発を強める。「一体改革」が地方分権の推進 を伴うものであれば、それを進めるための必要な手続きを踏み、国と地方の社会保障の配分を考 えていくべきであろう。地方分権と国の財政健全化という 2 つの目標は、同時に達成可能である。 (3) 消費税の逆進性の緩和策 「一体改革」成案の第 3 の問題点は、消費税の逆進性への対応に言及されていないことである。 これは、「一体改革」成案では逆進性がそれほど大きくない消費税率 10%までの引き上げが目標 とされていることが背景にあるが、消費税率引き上げを長期的な課題と捉えるのであれば 10% を超える消費税の逆進性の問題を避けて通ることはできない。 よく指摘されるように、そもそも消費税は消費に対して比例的に課税するものであるから、そ れ自体逆進的な税ではない。遺産などの資産移転がなければ、「生涯賃金=生涯消費」となるか ら消費に対する課税は賃金に対する課税と等価である。このため、生涯消費に対して比例的に課 税する消費税は、賃金に対する比例税を意味する。一方で、一時点の所得を基準に所得階層別の 税負担率を捉えると、消費税は逆進的になる。これが、一般に消費税の逆進性と呼ばれるもので ある。現実には、人は一生のうちに所得を全て使い切るとは限らず遺産が発生するため、「生涯 賃金=生涯消費」が成り立たず、消費税は生涯賃金に対する比例税であるといって済ますわけに はいかない。この点だけからみても、俗に言う消費税の逆進性についても一定の配慮が必要とな る。 では、消費税の逆進性に対して我々はどのように対応すべきであろうか。1 つの重要な考え方 は、税制をシステムで考えることである9。税制をシステムで考えるとは、全ての税目で累進性 が確保される必要はなく、ある税目が逆進的になれば他の税目でそれを相殺して全体として累進 的な税制が構築されればよいということである。消費税の文脈で言えば、消費税が逆進的になら ざるをえないとしても、それが累進性の確保を目的とした税でないのであれば消費税が累進的で 9 英国の抜本的な税制改革の提言として知られる Mirrlees Review(Institute for Fiscal Studies, 2010)でも、 税制をシステムで捉えることが税制の 3 つのポイントの 1 つに挙げられている。他の 2 つは、累進性の確保と 経済主体の行動に対する中立性である。また、税制をシステムで考えることのほか、歳出による便益を同時に 勘案することも大切である。 13 ある必要はない。税制全体として累進性が確保されておればよく、消費税では税収を効率的に上 げ、累進性の確保は個人の境遇を柔軟に反映させることができる所得税に任せておけばよいとい うことになる。 税の累進性を考える上で注目すべきものは、税・社会保険料全体に関する所得階層別の負担率 である。図 8 は、個人所得税、個人住民税、消費税、社会保険料それぞれに関する所得階層別の 税負担率を示したものであり、各所得階層の税負担は夫婦子 2 人(配偶者は専業主婦、子どもの うち 1 人は 16~22 歳)のモデル世帯を念頭において計算されている。これをみると、給与収入 が 200 万円の人は個人所得税・住民税を全く払っておらず、主な負担は社会保険料であること がわかる。所得税の負担率は給与収入が 900 万円の人までは給与収入の 5%以下に過ぎない一方 で、2500 万円の人は約 18%となっている。所得税は富裕層ばかりが負担しているという事実は こうした計算からも裏づけられる。 図8 税・社会保険料の実効負担率 (%) 40 35 30 社会保険料 25 消費税 20 住民税 15 所得税 10 5 2500 2200 2300 2400 1900 2000 2100 1600 1700 1800 1300 1400 1500 1000 1100 1200 700 800 900 400 500 600 200 300 0 (給与収入、万円) (注)1. 2011 年 4 月現在。 2. 夫婦子 2 人で子どもの 1 人は特定扶養親族に該当する(住民税のみ)。 3. 社会保険料は、全国健康保険協会管掌健康保険・介護保険、厚生年金保険、雇用保 険について計算。ボーナスは給与 4 か月分(年 2 回支給)と仮定。 4. 消費税については、図 11 の値(全国消費実態調査から推計)を利用。2000 万円以 上の負担率は一定と仮定。 (資料)政府税制調査会資料(2010 年 11 月 1 日)を参考に、みずほ総合研究所推計。 一方で、社会保険料(ここでは厚生年金と健保を想定している)は給与収入に対して定率かつ 上限が設けられていることから逆進的となっている。社会保険料の負担率は給与収入が 200 万 円の人が約 14%であるのに対して、給与収入が 2500 万円の人は約 8%に過ぎない。その結果、 税・社会保険料全体の負担率は給与収入が 200 万円の人が約 18%、給与収入が 2500 万円の人 14 は約 35%となり、税負担率は所得税のみの累進的なイメージが相当程度弱まる。 消費税の負担率は各階層とも相対的に小さいが、所得の低い階層ほど負担率が高い。消費税の 負担率は給与収入が 200 万円の人が約 4%であるのに対して、給与収入が 2500 万円の人は約 1% である。消費税率が 10%に引き上げられる場合、消費税の逆進性が高まることにより、税・社 会保険料全体の負担率は給与収入が 200 万円の人が約 18%から約 21%に上昇するのに対して、 給与収入が 2500 万円の人は約 35%から約 36%への上昇にとどまる。消費税率が 15%に引き上 げられる場合には、税・社会保険料全体の負担率は給与収入が 200 万円の人が約 25%に上昇す る一方で、給与収入が 2500 万円の人は約 37%にとどまる。消費税率の引き上げ幅が大きくなる にしたがって税・社会保険料全体の累進構造に対する影響は大きくなり、その逆進性は無視でき なくなる。 消費税の逆進性を緩和する 1 つの方法は、消費税の負担率が高まる低所得者に対して生活必需 品にかかる消費税負担分を所得税のなかで還付することである(以下「消費税クレジット」と呼 ぶ)。こうした仕組みは、海外では給付付き税額控除を利用して既に行われている10。低所得者 は、消費税率の引き上げによって消費税負担率が大きく上昇するものの、消費税クレジットによ り所得税がマイナスとなるため、税制全体の負担率の上昇が抑えられる。 消費税で食料品のような生活必需品に対して軽減税率を導入することでも低所得者の消費税 の 負 担 率 上 昇 を 抑 え る こ と が で き る が 、 軽 減 税 率 導 入 は 逆 進 性 の緩和に効果的ではない (Crawford et al., 2008 等)。絶対額でみれば富裕層はより多くの食料品消費を行っており、食 料品に対する軽減税率の恩恵をより多く受けるのは実は富裕層である。もちろん、食料品の中で も奢侈品については標準税率を適用し、生活必需品については軽減税率を適用するという考え方 もあるが、両者の線引きは実務的には非常に難しく、欧州諸国では軽減税率の対象商品が必ずし も説得力のある形で決められているわけではない11。また、軽減税率が適用される品目と通常税 率が適用される品目を分けるという作業は、不用な政治的な圧力を生む結果にもつながる。さら に、消費税に軽減税率を導入すると、単一税率の場合と比べて消費税収が小さくなり、一定の税 収を確保するためには軽減税率の分だけ標準税率を高く設定する必要がある。英国の付加価値税 (VAT)では、軽減税率やゼロ税率が多数の財・サービスに対して認められており12、VAT 税 収の約 4 割が失われている。特に、食料品に対するゼロ税率の適用によって、全ての財・サービ スに標準税率を適用した場合の税収の 1 割弱が失われている。 日本の消費税は、諸外国の付加価値税と比べて課税ベースが広く事務コストが低いことが最大 10 給付付き税額控除の活用に関する包括的な説明や海外の事例などは、森信(2008)を参照されたい。 フランスでは、キャビアが標準税率(19.6%)で課税されるのに対して、フォアグラとトリュフは軽減税率 (5.5%)で課税されている。マーガリンは標準税率で課税されるのに対して、バターには軽減税率が適用され る。これらの背景には国内業者に対する配慮があると言われている。英国では、標準税率の外食と軽減税率の 食料品を分ける基準として「気温より高く温められたかどうか」が採用されているが、その基準の妥当性には 議論がある。カナダではドーナツを 6 個以上購入すれば軽減税率が適用されるが、5 個以下では標準税率が適 用される。(財務省資料より) 12 家庭用燃料・電力に対しては軽減税率が、食料品、水、新聞、書籍、国内旅客輸送、医薬品、居住用建物の建 築など多くの品目に対してはゼロ税率が適用されている。 11 15 の特長である。VAT の課税ベースの広さを測る指標である VRR13(VAT の理想的な課税ベース に標準税率をかけて得られる VAT 税収のうち、実際にどのくらいの割合の税収が得られている かを計る指標)をみると、日本は 0.67 と国際的にみて高い(図 9)。軽減税率、ゼロ税率が多 用されている英国の VRR は 0.46 である。最も VRR が高いのは、ニュージーランド(0.98)で あるが、そこでは技術的に付加価値税がかけられない品目(金融サービス、賃貸など)を除くほ ぼ全ての品目が一律に課税されている。日本の消費税でも非課税とされている教育や医療、公共 サービスも、ニュージーランドでは一律に課税されている。 日本は、課税ベースの広い消費税を維持したまま、そこから安定的な税収を確保することが 望ましいと考えられる。納税者番号の導入やシステムの構築などから給付付き税額控除の導入 には 3~4 年を要するため、当面は消費税率引き上げに伴う逆進性を緩和したい場合には他の方 法を選択せざるを得ない14。しかし、消費税率が 10%を超える状況では、税制全体の累進性を 柔軟に変化させることができる給付付き税額控除の利用が有望である。 消費税クレジットの参考になるのが、カナダの GST クレジットである15(図 10)。GST ク レジットは、(食料品など)消費税負担の一部を低所得者に還付することを目的にしているが、 実際には厳密に特定消費に関する家計の GST 負担が計算されるわけではない。カナダの GST クレジットでは、家族構成を基にして一定額が家計に還付される。 モデルケースとして、夫婦子 2 人の場合を考えよう。GST クレジットでは、まず納税者本人 に対する基礎税額控除として 250 カナダドルが認められ、配偶者分も同じく 250 カナダドル認 められる。子どもについては、1 人 131 カナダドル認められ、子ども 2 人分では 262 カナダド ルとなる。これらを合計すると、夫婦子 2 人で 762 カナダドル(約 6.5 万円)の GST 還付とな る。カナダの GST クレジットでは、世帯の課税所得が 3 万 2506 カナダドル(278 万円)を超 えると、(世帯の課税所得-3 万 2506 カナダドル)×5%だけ減額される。例えば、課税所得 が 4 万カナダドルの場合、(4 万-3 万 2506)×5%=375 カナダドルの減額となり、最終的な GST 税額控除額は 762-375=387 カナダドル(約 3.3 万円)となる。世帯所得が 4 万 7746 ド ル(408 万円)に達すると還付額はゼロになる。 13 VRR は、C 効率性とほぼ同じ概念である。VRR の計算式は VAT 税収/((最終消費-VAT 税収)×標準税 率)、C 効率性の計算式は VAT 税収/(最終消費×標準税率)。 14 政府税制調査会は、所得税の最高税率引き上げなどを通じて税制全体の累進性を確保する意向を示している。 15 カナダの GST クレジットは、付加価値税の逆進性緩和策として軽減税率と対比して紹介されることが多いた め、カナダでは GST の逆進性が GST クレジットによってのみ緩和されていると思われがちである。しかし、 実際にはカナダでは基礎食料品に対してゼロ税率が適用されており、GST クレジットによる逆進性の緩和は食 料品ではなく、主にガソリンや灯油などのエネルギー商品に関するものである。Bird and Gendron (2009) に よれば、GST 導入当時に逆進性対策として GST クレジットが採用されたものの、その後政治的な動きのなか で基礎食料品に対するゼロ税率の適用も決まったことから、基礎食料品に対するゼロ税率と GST クレジットが 並存することになった。 16 図 9:VRR の国際比較(2008 年) 1.0 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 New Zeala nd Luxe mbou rg Switz erlan d Chile Slove nia Israe l Japa n Korea Denm ark Austr ia Neth erlan ds Czec h Rep ubli Swed en Finlan d Hung ary Norw ay Irelan d Ge Slova rmany k Rep ubl Icelan d Cana da Portu ga Polan d Aust ralia Franc e Belgiu m Unite d Kin gdom Gree ce Spain Italy Turke y Mexic o 0.0 (注)VRR=VAT 税収/((最終消費-VAT 税収)×標準税率)。 (資料)OECD, “National Accounts,” “Revenue Statistics”より、みずほ総合研究所作成。 図 10:カナダの GST クレジット (1) 各世帯人員に関する控除額 ・基礎税額控除(basic credit):250 カナダドル(2 万 1378 円) ・配偶者分(credit for your spouse or common-law partner): 250 カナダドル ・子ども分(2 人):131 カナダドル(1 万 1202 円)×2=262 カナダドル(2 万 2404 円) ・合計:762 カナダドル(6 万 5160 円) (2) GST クレジットの減額 ・世帯の課税所得(adjusted family net income)が 3 万 2506 カナダドル(277 万 9666 円) を超える場合、(世帯の課税所得-3 万 2506 カナダドル)×5%だけ減額。 GSTクレジット額 5%ずつ減額 世帯に応じた金額 4万7746カナダドル (約408万円) 3万2506カナダドル (約278万円) (注)1 カナダドル=85.5 円として計算。 (資料)カナダ歳入庁「GST/HST Credit」。 17 世帯所得 カナダの GST クレジットの逆進性緩和の効果を一定の仮定の下で日本に当てはめたのが図 11 である16。消費税率が 10%の場合の逆進性の緩和効果を考え、日本の消費税クレジットをカ ナダの GST クレジットの 2 倍として計算した。モデル世帯は夫婦子 1 人とし、税額控除額は本 人分、配偶者分、子ども分いずれもカナダと同じに設定した。消費税クレジットが減額される 金額は給与収入 300 万円とした。消費税負担額を計算するにあたっては、非課税品目を家賃、 授業料、保健・医療サービス、その他(諸雑費、こづかい等)とした17。 図 11:消費税クレジットと食料品に対するゼロ税率の逆進性緩和効果 (%) 10 消費税率(5%) 8 消費税率(10%) 6 食料品ゼロ税率(10%) 4 2 消費税クレジット(10%) 0 食料品ゼロ税率+消費税クレ ジット(10%) -2 -4 上 0以 200 0 200 ~ 0 150 ~ 0 125 ~ 0 100 ~ 0 90 ~ 0 80 ~ 0 75 ~ 0 70 ~ 0 65 ~ 0 60 ~ 550 ~ 500 ~ 450 ~ 400 ~ 0 35 ~ 0 30 ~ 0 25 ~ 満 0未 20 (万円) (注)1. 夫婦子 1 人のケース。 2. 税額控除額はカナダの GST クレジット(図 10)と同じ。 3. 給与収入が 300 万円を超えると消費税クレジット額が 5%ずつ減額されると仮定。 4. 非課税品目は家賃、授業料、保健・医療サービス、その他(諸雑費、こづかい等)として計算。 (資料)総務省「平成 21 年全国消費実態調査」より、みずほ総合研究所作成。 まず消費税クレジットがない場合、消費税率を 5%から 10%に引き上げると消費税負担率は 給与収入が 200 万円未満の人は 4.7%から 9.3%に上昇するのに対して、給与収入 2000 万円以 上の人は 1.0%から 2.0%に上昇するにとどまる。これが、消費税クレジットを導入した場合に は給与収入 200 万円未満の人の負担率は 1.2%に低下し、現在の 5%の消費税の場合と比べても 負担率は低くなる18。消費税クレジットの導入によって消費税負担が今よりも低くなるのはモデ 16 ここでの分析は佐藤 (2010)を参考にした。 財務省 (2011)に従った。 18 同じことを図 8 の税制全体の負担率で捉えると、消費税率が 5%から 10%に引き上げられることによって所 得 200 万未満の人の消費税負担率が 4.7%から 9.3%に上昇する一方で、所得税負担率が 0%から-8.1%(8.1% 17 18 ル世帯や消費税クレジット額、減額率とそれが始まる給与水準などの設定によるものであり、 消費税クレジットを導入することで必然的に現在よりも消費税負担が小さくなるわけではない。 重要な点は、カナダの GST を基にした消費税クレジットを導入すると消費税負担率カーブが 低所得層から中所得層にかけて大きく高まり、中所得層から高所得層にかけて緩やかに低下す ることである。食料品に対してゼロ税率を導入する場合には、消費税負担率カーブはそれとは 全く異なるものになり、低所得者の税負担率は相対的に高いままである。消費税クレジットと 食料品に対するゼロ税率の効果を比較すると、消費税クレジットの方が消費税の逆進性を緩和 する効果が高いことは明らかである。カナダのように食料品に対する軽減税率と消費税クレジ ットの両方を導入すれば、低所得層の税負担率はさらに低くなり、所得 200 万円未満の人の負 担率はマイナス 1.9%となる。 子どもの数によって金額が変化する GST クレジットは、見方を変えれば家族構成を基準に税 額控除額が変化する家族クレジットのようなものと捉えられる。つまり、消費税負担を厳密に 計算しなくても何らかの根拠や基準によって低所得者に税還付を行うことで消費税の逆進性は 緩和される。最適な消費税負担率のカーブには様々な議論があろうが、われわれの公平感を満 たしつつ労働インセンティブを与えられるような消費税クレジットを設計することが重要であ る。 「一体改革」成案では長期的に 10%超までの消費税率引き上げという目標が掲げられなかっ たことから、消費税の逆進性への対応という重要な論点には言及がなかった。しかし、以上で みたように消費税率が 10%を超える場合の所得階層別の累進構造の変化は大きく、それに対す る消費税クレジットや軽減税率による逆進性緩和の効果は異なる。消費税率が引き上げられる なかでは、欧州諸国の失敗の経験にもかかわらず食料品などに関して軽減税率の導入を求める 声が高まることが予想される。このため、「一体改革」では給付付き税額控除を利用した消費 税の逆進性緩和策を打ち出すとともに、税制全体の累進性を維持する提案によって消費税増税 に対する国民の理解を得ることが大切なのではないかと思われる。 4. おわりに 以上のように、「一体改革」成案の税部分についてその評価と課題を考えた。「一体改革」成 案の評価できる点は、曲がりなりにも消費税率引き上げによって当面の社会保障財源不足を解消 する方針を示したことである。これまで歴代の総理が自らの在任中は消費税率引き上げはしない と明言する状況が続いていただけに、持続的な社会保障制度を支える消費税増税が実現する方向 に動き出したことは大きい。 しかし、「一体改革」成案では 2010 年代半ばまでに消費税率を 10%まで引き上げることが提 示されるにとどまっており、その先の議論が欠けている。このままでは、消費税増税について の還付)に変化する。 19 2010 年代半ばまでに消費税率を 10%まで引き上げればそれで社会保障財源が足りるとの幻想が 国民の間に広まる恐れがある。消費税率を 10%まで引き上げることで解消されるのは現状の財 源不足だけであり、今後増大する社会保障費の財源不足ではない。消費税率を今後 10%を超え て段階的に引き上げていかなければならないのであれば、政府はそれを明確に述べて、どのよう な税率の引き上げ方法が経済活動への悪影響が少ないのか、また消費税の逆進性を緩和して我々 の公平感を満たす税負担構造を作り上げるにはどうしたらよいかを議論し、コンセンサスを得る ことが必要である。 消費税は課税ベースが広く、生産活動を阻害しない、効率性の観点からみて優れた税である。 社会保障の安定財源確保を前提にすれば、消費税増税が避けられる場合には個人所得税などの大 幅な増税が必要になる。これは、労働者にとって消費税よりもはるかに厳しく、勤労意欲を損ね るものになる。消費税は、遺産にも課税することができ、公平性の観点からみても少子高齢化の 時代に適した税と言える。政府は、国民の消費税アレルギーを消費税収の社会保障財源化で克服 しようとしているが、消費税と所得税の組み合わせで効率的かつ公平な税制を構築することで消 費税アレルギーを解消することが望ましい。昨今の政治情勢をみれば、今回の「一体改革」成案 の役割は消費税増税の第一歩を踏み出すことにあったとも言えるが、今後はその実現のために政 府がより具体的な改革像を提示して国民の理解を得ることが必要とされよう。 20 【参考文献】 財務省 (2011)「消費税の税率構造のあり方及び消費税率の段階的引上げに係る実務上の論点に ついて」社会保障・税一体改革における消費税の実務上の論点等に関する研究会、社会保 障改革に関する集中検討会議(第 5 回)提出資料 佐藤主光 (2010)「消費税と給付付き税額控除」東京財団『給付付き税額控除 具体案の提言』 内閣府 (2011)「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」社会保障改革に関する集中検 討会議(第 5 回)提出資料 堀江奈保子・鈴木将覚・大嶋寧子 (2011)「社会保障と税の一体改革案の評価と課題」みずほ総 合研究所緊急リポート(PowerPoint 資料) 森信茂樹 (2008)「給付つき税額控除―日本型児童税額控除の提言」中央経済社 Barro, Robert (1979), “On the Determination of the Public Debt,” Journal of Political Economy, 87(5), pp. 940-71 Bird, Richard and Pierre-Pascal Gendron (2009), “Sales Taxes in Canada: The GST-HST-QST-RST “System”,” Revision of paper present at American Tax Policy Institute Conference on Structuring a Federal VAT: Design and Coordination Issues, Washington, D.C., February 18-19 Carare, Alina and Stephan Danninger (2008), “Inflation Smoothing and the Modest Effect of VAT in Germany,” IMF Working Paper, WP/08/175 Crawford, Ian, Michael Keen, Stephen Smith (2008), “Value-Added Tax and Excises,” Background paper for the Mirrlees Review, Reforming the Tax System for the 21st Century HM Revenue & Customs (2010), Impact Assessment of Change to the Standard Rate of VAT Institute for Fiscal Studies (2010), Tax by Design: The Mirrlees Review, Reforming the Tax System for the 21st Century for the Institute for Fiscal Studies. http://www.ifs.org.uk/mirrleesReview/design Keen, Michael, Mahmood Pradhan, Kenneth Kang and Ruud de Mooij (2011), “Raising the Consumption Tax in Japan: Why, When, How?” IMF Staff Discussion Note, No. 2011/13, June 16 21