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nascent chain biology vol.1

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nascent chain biology vol.1
1
Announcement:
分野で新鮮さがないのではないか、というよう
に存在する分子でもあります。本領域では、従来
なことです。これを読んでいる方でそう思われ
は別々の分野・コミュニティーで研究がなされ
る方もいるかと思いますし、実際、新生鎖を直接
てきたRNAとタンパク質の研究を新学術領域と
のキーワードとして束ねた分野は世界的にもあ
いう枠組みの中で融合していくのも特徴と考え
りません。
ています。
しかし、さまざまなバイオロジーが新生鎖周
本領域に集った班員一人一人をアミノ酸にな
辺に落とし込まれてきていることは疑いようが
ぞらえてみましょう。多様な化学的な個性をもっ
ありません。ここではその全てを紹介できませ
たアミノ酸が一本の鎖の中で連なってタンパク
んが、象徴的な伏線は Nat. Struct. Mol. Biol. 誌に
質を作ることで無限とも言える機能を獲得でき
掲載された「タンパク質の社会」主催の国際シン
るように、多様な個性をもった研究者が「新たに
ポ ジ ウ ム の 会 議 レ ポ ー ト(Morimoto RI. et al.,
生まれた鎖」として連携し、新しい分野を切り拓
NSMB, 18, 1-4, 2011)でしょう。このレポートの
いていくのが本領域のミッションと言えるで
冒頭にて「…この国際会議の多くのセッションを
しょう。今年度よりの5年間でこの新しい領域を
通じて共通したテーマはnascency, nascent-chain
班員と共に盛りあげ、5年後には「新生鎖の生物
biologyだった」と明確に述べられています。その
学」を生命科学の重要トピックスとして定着させ
例としてまず紹介されたのが伊藤維昭さんによ
るのはもちろんのこと、さらに新たな展開や拡が
るSecMを介した翻訳アレストの話題です。伊藤
りを生み出していきます。ご期待ください。
さんによる「新生鎖の生物学」事始めについては
本ニュースレターでも解説いただきました。
それともう一つ忘れてはならないのが、新生
鎖はmRNAを結合したリボソーム内でtRNAがペ
プチドと結合したまま(ペプチジルtRNA)であ
ることです。新生鎖は生命のセントラルドグマ
におけるRNAとタンパク質のインターフェース
2
「新生鎖の生物学」領域代表
田口 英樹
(東京工業大学 大学院生命理工学研究科 教授)
S c h e d u l e : 関 連ミーティング・シンポジウム情報
2015 年 3 月 8 日(日)∼10 日(火)
「新生鎖の生物学」若手ワークショップ
2015 年 7 月 15 日(水)∼17 日(金)
第 17 回 RNA ミーティング
会場:八王子セミナーハウス(八王子市)
会場:ホテルライフォート札幌(札幌市中央区)
2015 年 6 月 24 日(水)∼26 日(金)
第 15 回 日本蛋白質科学会
2015 年 9 月 13 日(日)∼15 日(火)
第 53 回 日本生物物理学会
会場:あわぎんホール(徳島市)
会場:金沢大学 角間キャンパス 自然科学本館
ワークショップ「再構成アプローチから迫る新生鎖の生物学」
オーガナイザー:未定
演題募集期間:2015 年 2 月 3 日 ( 火 )−2 月 27 日 ( 金 )
2015 年 6 月 30 日(火)∼7 月 2 日(木)
第 67 回 日本細胞生物学会大会
2015 年 12 月 1 日(火)∼ 4 日(金)
第 38 回 日本分子生物学会年会・第 88 回日本生化学大会
合同大会
会場:神戸ポートアイランド
http://www.aeplan.co.jp/bmb2015/
会場:タワーホール船堀(東京都江戸川区船堀)
一般演題締切:2015 年 3 月 4 日 ( 水 )
I n f o r m a t i o n : 活動報告
2014 年蛋白質科学会年会 セッション名:
「新生鎖生物学の
最前線」
日時:2014 年 6 月 27 日(金)
オーガナイザー:稲葉 謙次(東北大)、田中 元雅(理研)
、
演者:田口 英樹(東工大)、稲田 利文(東北大)、門倉 広(東北大)
千葉 志信(京都産大)
、田中 元雅 ( 理研 )
新学術領域研究「新生鎖の生物学」第 1 回計画班・総括班会
議を開催しました。
日時:2014 年 7 月 20 日(日)∼21 日(月)
会場:ホテルニューアカオ(静岡県熱海市)
参加者:田口、今高、稲田、長尾、岩川、田中、稲葉、門倉、河野、藤木、
千葉、伊藤の各計画班員
「新生鎖の生物学」領域発足キックオフミーティングを開催
しました。
日時:2014 年 9 月 30 日(火)13:00∼
会場:東京工業大学キャンパス イノベーションセンター 国際会議室
本領域の発足にあたり、キックオフミーティング(公開シンポジウム)を開催
しました。ミーティングでは、本新学術領域研究のねらいと各研究項目の概
要説明、計画研究の研究構想に関する講演や研究交流会などを行いました。
2014 年生化学会年会 セッション:
「新生鎖の生物学」
日時:2014 年 10 月 17 日(金)9:00∼11:30
オーガナイザー:田口 英樹(東工大)、稲田 利文(東北大)
、稲田 利文(東北大)、門倉 広(東北大)
、
演者:田口 英樹(東工大)
千葉 志信(京都産大)、河野 憲二(奈良先端大学院大学)、
今高 寛晃(兵庫県立大学)、八木田 悠一(九州大)
領域の発足にあたり、各研究計画の概要を説明しました。領域全体の研究の
方向性を確認し、若手の会の担当と日程等について議論しました。
RNA フロンティアミーティング 2014 を後援いたしました。
日時:2014 年 9 月 16 日(火)∼18 日(木)
会場:ラフォーレ南紀白浜(和歌山県)
2014 年分子生物学会年会 セッション:
「タンパク質合成装
置リボソームをハブとする遺伝子子発現制御機構の新展開」
日時:2014 年 11 月 25 日(火)13:15∼15:45
オーガナイザー:山下 暁朗(横浜市立大学)、稲田 利文(東北大)
演者:稲田 利文(東北大・院薬・遺伝子制御)、田中 元雅(理研・脳セ)
、
・
上地 珠代(宮崎大・フロンティア)、椎名 伸之(岡崎統合バイオ(基生研)
神経細胞生物 / 総研大)、藤原 俊伸(名古屋市立大学大学院薬学研究科)
、
柳谷 朗子(マギル大学・生化学)、竹内 理(京大・ウイルス研・感染防御)、
山下 暁朗(横浜市大・医・分子細胞生物)、黒柳 秀人(医科歯科大・難研)
3
Feature Articles:
新生鎖の生物学の始まり
伊藤 維昭 (京都産業大学 シニアリサーチフェロー) 研究室URL http://www.abcdefghijklmn.jp
新生鎖の生物学「事始め」にリアルタイムで参加できることは、
とてもうれしいことです。歴史的背景の解説
を…というお誘いをいただいたのですが、
「歴史」
は、専門家が客観的に記述すべきと思うこと、
また、多少と
も自分も関わった場合はなおさら
「歴史」
を書くのが難しいことから、今回は新生鎖生物学に関して私の色眼
鏡を通したコメントをいくつか、
させていただくことでお許し頂ければと思います。先日開催された
「キックオフ
ミーティング」
でお話ししたことと重なることも多いと思います。
ニュースレターには啓蒙の役割もあると考え、
初歩的なこと、余りにも当たり前のことも説明しています ̶ この点、
班員の方にはお断りしておきます。
二つの生物学と「新生鎖の生物学」
生物の研究には、
(ⅰ)現に存在している 完成品 の研究と(ⅱ)
どのようにできてくるのかという できる過程 の研究の2種類が
あるように思います。例えば、ある分泌タンパク質の構造と機能を
いくら詳しく調べても(研究(ⅰ)
)
、それが遺伝子によって設計され
たものであることはわかりませんし、できてくる過程で 完成品 に
は存在していないシグナル配列やトランスロコンが働いていたとい
うこともわかりません。新生鎖の研究は、まさにできてくるプロセ
スの研究であり、研究(ⅱ)が生命の本質の理解に必須であると考
える分子生物学の命題と言えます。小児が何事にも、何故? 何故?
と問うことに似て、物事の存在の仕組みを知りたいのは、人間の性
かもしれません。
新生鎖の化学的実体は polypeptidyl-tRNA であり、その全ての
残基が必ずリボソームトンネルに収容された状態を経験する
4
図 1. Polypeptidyl-tRNA は翻訳の主役である。
未完成品は全長より短いのは当然ですが、短いだけでは合成途上鎖
なのか、分解産物なのか見分けがつきません。では、新生鎖の 身分
証明 はどのようにすれば得られるでしょうか? 中性条件下で電気
泳動すれば、新生鎖はインタクトな polypeptidyl-tRNA として泳動
されます。高 pH- 高温、あるいは RNase 処理により tRNA を除去する
新生鎖という言葉は少し曖昧で、
「合成途上鎖」の方が明瞭です。
と電気泳動移動度が約 18 kD(tRNA の分)相当分ダウンシフトしま
この新学術領域では、
「新生鎖」とは生まれかけの未完成品(合成途
す … こ れ が 簡 単 に 得 ら れ る 新 生 鎖 の 身 分 証 明 で す。
上鎖)のことであると定義しておくのがよいかもしれません。合成
Polypeptidyl-tRNA を保つ条件下で一次元目の泳動を行い、ゲル中
途上ポリペプチド鎖の C 末端には tRNA がエステル結合を介して連
でエステル結合を切断してから二次元目の泳動を行うことにより、
結しており、リボソームの活性中心(PTC)の P サイトあるいは A サ
新生ポリペプチド(nascentome)を、完全長タンパク質やその分解
イトにドッキングしています。ポリペプチド部分はリボソームトン
産物から分離して検出することができます 1)。Polypeptidyl-tRNA の
ネルを通って順次リボソームの外に出て行きます。翻訳終結が起こ
消長を実際に観察する実験から、翻訳複合体に対する品質管理機構
るまで、トンネルには常に新生鎖の 最も若い 部分 30-40 アミノ酸
が 働 か な い 限 り、大 腸 菌 は 無 駄 な 不 完 全 タ ン パ ク 質
残基が収容されています。トンネルの直径は狭いため、新生鎖はα
(polypeptidyl-tRNA)を作っていることがわかりましたし、翻訳に
ヘリックス程度以上の高次構造は形成できないと考えられていま
おける pausing を polypeptidyl-tRNA の蓄積として網羅的に検出す
す。その上、リボソームタンパク質 L22 や L4 の先端が顔を出してい
ることも試みています。いずれにせよ、ribosome profiling のような
る狭窄部位がトンネルの半ば(PTC から 1/3 程度の位置)に存在して
ハイテク実験だけではなく新生鎖という翻訳の主役を直接愚直に見
います。
ていくことも忘れてはならないと考えています。
新生鎖の化学的特徴として、tRNA が共有結合していることが
伸長をまな板に
挙げられます。すなわち、新生鎖とは (poly)peptidyl-tRNA です。
生命の働きは、 情報高分子 である核酸とタンパク質に担われて
Polypeptidyl-tRNA は翻訳の反応サイクルにおいてほぼ全てのス
いると言ってよいでしょう。DNA を構成する塩基の並びがその生物
、翻訳の主役ですが、これまであ
テップに参加する基質であり(図 1)
を規定し、それぞれの遺伝子から転写・翻訳されたそれぞれのアミ
まり研究の対象にはなっていなかったのが現実です。伸長ステップ
ノ酸の並びが、それぞれのタンパク質の働きを規定します。これら
は単調な繰り返しと思われたため、そして、新生鎖は長さがヘテロ
の生体物質は莫大な情報量を担っていることから、文字の並びが無
な集団であるため、研究に適した対象と認定されなかったのでしょ
限の意味を持ち得る文章に喩えられたりもします。しかし、言うま
う。ペプチドと tRNA 間のエステル結合はアルカリ性条件や高温で加
でもないことですが、アミノ酸たちは、それぞれが独自の化学的性
水分解されてしまうため、通常の SDS-PAGE では保持されないこと
質や反応性を持ち、一次元的な並びから折りたたみによる立体的配
も、新生鎖が無視される原因だったのかもしれません。伸長段階の
置の実現に伴って、個々には固有で全体として無限の反応性(生命
を支える働き)が生じるところが単なる記号である文字とは大きく
こともできます。1 残基伸びる毎に 1 残基分ずつ膜の中に入って行く
異なるところです。ところで、作家が小説を書くとき、休み休み筆
と言った厳密な意味での共役が証明されているわけではないと思い
を進めるのか、一気に書き上げるのかは、出来上がった作品の価値
ますが、膜透過は翻訳の途上で開始され、アレスト状態から再開した
そのものに本質的には影響しません。一方、同じく素材の組み合わ
翻訳過程とともに進行することは確かなことでしょう。
せから情報(=価値)が生じる音楽の場合は、時間軸がとても重要
です。情報高分子の合成も時間軸に沿った展開により実現し、開始
→伸長→終結→再開を繰り返す事により進行していきます。従来、
伸長に関しては基礎的な反応機構がわかればそれ以上追求の対象に
はなりがたい面がありました。
「あるタンパク質の合成が停止した」
と言うとき、大多数の人は、そのタンパク質の合成そのものが起こ
らない、すなわち開始が起こらない状況を想定するでしょう。一方、
この新生鎖の領域では、
「合成の停止」はもっと微視的な意味をもつ
場合が多い。すなわち、ある一つのポリペプチド鎖の翻訳伸長が途
中で停止することを指す場合が多々でてくることと思います。伸長
のステップをまな板に載せるのが、新生鎖・合成途上鎖という中間
状態を対象とするこの領域の使命であると言えます。最近、転写で
も伸長段階の制御が注目されていますが 2)、アミノ酸という多芸な
役者が登場する翻訳では、伸長のプロセスの中にも多くの秘密が隠
されているのではないでしょうか?
翻訳を止めるcis因子
SRP はリボソームに結合して、外側から翻訳アレストを起こす
trans因子です。これに対して、新生鎖がcis因子として自らの翻訳伸
長に関わることがあります 4)。すなわち、新生鎖がリボソーム粒子
の内部でトンネルや peptidyl transferase center に働きかけて自ら
の翻訳伸長を一時停止させる現象です。立ち止まったリボソームが
mRNA の二次構造などに影響して同一 mRNA からの遺伝情報発現を
cisに制御するケースが知られています。また,新生鎖のリボソーム外
に出た領域が細胞の成分に結合することにより、mRNA- 翻訳装置複
合体の細胞内局在性を決める例も本領域のメンバーにより見出され
ています 5)。発現制御に専門化した regulatory nascent polypeptides
は、生まれかけで働くタンパク質であり、機能をもつ新生鎖の例で
す 6)。さらには、翻訳伸長の一時停止やブレーキによって、そのポリ
ペプチドの co-translational なイベントが促進される可能性が注目
されています。
伸長の緩急やポーズとその意味合い:翻訳は音楽である
音楽の話に戻り、私は新生鎖バイオロジーを音楽に擬えたくなる
ことがあります。音楽は時間軸で繰り広げられる、言わば中間状態
の経過が命の芸術です。音符そのものが音の時間的長さを規定する
ことに加え、演奏者は微妙な緩急やポーズをつけつつ楽譜を音の組
み合わせとして実現します。その展開のしかたによって音の組み合
わせが感動を呼ぶ芸術となっていきます。この時間経過は基本的に
は楽譜によって決められつつも、演奏家は自分の出した音を聴いて
次の音の出し方を微調整しているはずです(言わばcisのフィード
バック)
。さらには、聴衆の反応も音作りに影響するでしょう(言わ
ば、transのフィードバック)。
いろんなタイプの アレスト配列 が知られている
我々は、大腸菌の「分泌モニタータンパク質」SecM が翻訳伸長ア
レストを起こすことを見出しましたが、それ以前にも Erythromycin
などの抗生物質耐性遺伝子の上流 ORF が伸長アレストを起こすこと
が報告されていました。現在では、原核生物、真核生物を通じて 10
種類以上のアレストペプチドが確立しています 4)が、今後その数は
増えていくと予想しています。と言うのも、翻訳アレストを起こす
ことは、予めその可能性を考えて実験を組み立てないとなかなか気
づかないからです。実際、SecM の研究をリアルタイムで見た人がそ
の後 serendipitous にアレストペプチドを発見する経緯を複数回経
験しています。それぞれのアレストペプチドは、それぞれ特異的な
最近では、タンパク質合成におけるポリペプチド鎖の伸長速度も
翻訳ステップを阻害します。図 2 は、アレストした状態を模式的に示
一様ではないと言う考え方が大分市民権を得るようになりました。
しています。アレストに重要なアミノ酸残基をハイライトしていま
伸 長 の 緩 急 に よ り、co-translational な イ
ベント(フォールディング、ターゲティン
グ、アセンブリー、修飾、…)が的確に起
こるようになっているという概念はとて
も魅力的です。
翻訳途上の出来事 … trans因子
Co-translational な出来事が実際に起こ
ることをわかりやすく示したのは真核細胞
小胞体における Sec トランスロコンを介す
る膜透過・組込みの研究だったように思い
ます。膜透過が翻訳と共役して起こること
を保証するため、SRP は自らが膜上の SRP
受容体に結合してリボソームから解離しな
い限り、分泌タンパク質前駆体の翻訳伸長
を停止(アレスト)させます 3)。この伸長ア
レストは、N 末端のシグナル配列がリボ
ソームの外に出る頃に起こると考えられま
す。SRP による伸長停止は、膜透過が首尾
よく起こるための仕組みであると同時に、
分泌タンパク質や膜タンパク質が細胞質に
は決して出現しないような仕組みと捉える
図 2. アレスト配列による翻訳阻害の状態。白い〇は任意のアミノ酸を、緑の〇は、翻訳アレストに重要なアミノ酸残
基を示す。MifM は4つのコドンで連続したアレスト起こすが、他のアレストペプチドは一カ所でペプチド結合形成
(下記以外のもの)、翻訳終結(TnaC, AAP)、転座(CGS-1, XBPu)を阻害し、リボソームを mRNA 上に立ち止まらせる。
P, A はそれぞれ P-site , A-site を白抜きの伴型は tRNA を示す。
5
すが、アレスト配列は多様であり、様々な個別の配列がリボソーム
トンネルと相互作用する能力を持つことが示唆されます。進化の過
程では比較的最近になって、生物がそのような配列を利用するよう
になったようです。種特異性がある場合もあります。例えば MifM は
枯草菌リボソームで翻訳された場合は効率よくアレストしますが、
大腸菌リボソームには
かな効果しか示しません 7)。アレストと呼
べるほど強くなくても翻訳にブレーキをかけるアミノ酸配列があっ
てもおかしくないことは以下に議論します。様々なアミノ酸配列
が、翻訳伸長のスピードを微調整している可能性が充分あると考え
ています。
新生鎖がリボソーム内部と相互作用してリボソーム機能を
阻害する
リボソームトンネルに一部が面しているタンパク質 L22 および L4、
あるいは 23S rRNA のトンネル狭窄部位や PTC 近傍の残基に変異が入
ると、アレストペプチドによる翻訳アレストが起こりにくくなるこ
とから、アレストペプチドはリボソームと特異的に相互作用するこ
とが示唆されました 8)。この考えは、アレストペプチドを新生鎖と
してもつリボソームの電子顕微鏡による構造解析の結果からも支持
されています。ここでは、アレストしたリボソームの構造を解いた
最も新しい論文を二つ紹介しておきます 9, 10)。アレスト配列が個別
的であることを述べましたが、各アレスト配列を構成するアミノ酸
残基は、それぞれ個別の様式でリボソーム成分とコンタクトしてい
ます。一方、PTC 近傍やトンネルの狭窄部位付近には、新生鎖との相
互作用に特に重要な共通のリボソーム RNA またはリボソームタンパ
ク質の残基が存在しているようです。相互作用の結果、PTC の P-site
や A-site の tRNA や rRNA 残基の配向異常が引き起こされてペプチド
図 3. TnaC および SecM 合成途上鎖のリボソームにおける構造の模式図
転移反応やリボソームの転座、あるいは翻訳終結反応の阻害をもた
)
らします 11(図
3)。リボソームの結晶構造が解かれた時になされた
「リボソームトンネルは翻訳産物と相互作用しないように、あたかも
テフロンコートされたように設計されている」という考え 12)は当
たっていなかったようです。逆に、リボソームは自分が合成した新
生鎖がトンネルを通過するとき常に配列を吟味しており、場合に
よっては翻訳を一旦停止したり、減速したりすると言うのが真実の
ようです。リボソームは、遺伝暗号の解読という情報処理、ペプチド
結合形成の触媒という化学反応の実行に加えて、新生鎖のチェック
という第三の機能を持っていると言うのが、アップデートしたリボ
ソームの理解の仕方ではないかと思います(図 4)
。
新生鎖のアミノ酸配列が特定部位での伸長のステップタイ
ムを決める
アレストペプチドの例として SecM のそれを説明します。SecM の
翻訳伸長は Gly165 まで合成が進んだ新生鎖である SecM1-165-tRNAGly が
リボソームの P-site に存在する状態で停止します。翻訳がアレストす
図 4. リボソームの第3の機能
るには、N 末端側の数個のアミノ酸が厳密に特定の位置に存在する
ことが必須です。加えて、A-site には 166 番目のコドンで指定される
Prolyl-tRNA が存在しなければなりません 13)。この翻訳アレストは
SecM 新 生 鎖 が 膜 透 過 を 受 け な い 状 態 で は 安 定 に 持 続 し ま す
(Gly165-Pro166 間のペプチド結合形成のステップタイムは数十分の
オーダーです)
。一方、Pro166Ala 変異が起これば、アレストは見られ
なくなり、ペプチド結合形成のステップタイムはほぼ正常となりま
す。Trp155Ala 変異が起こると
かに pause する程度までアレストが
欠損状態になります。Phe150Ala 変異が入るとステップタイム 1 分程
6
度のポーズとなります(図 5)
。これらの事実は、アミノ酸配列の変化
図 5. SecM アレスト配列の変異により、種々の程度の伸長遅延を起こすことができる。
によってポリペプチド伸長の局所的スピードが種々の程度に遅延す
分泌欠損変異菌でのパルスチェイス実験。新生鎖の tRNA は除いてから泳動した。
ることを明瞭に示しています。実際に天然のタンパク質ができると
きにも、アミノ酸配列によって微妙なスピード制御が行われている
ことが充分考えられると思います。
す。以下の二つのタイプが存在します 4)。
I. 翻訳アレストは特定の小分子化合物の濃度が高い時にのみ起こる。
例 え ば、Trp, Arg, S-Adenosylmethionine な ど の 代 謝 産 物、
スピード制御における mRNA の役割
erythromycin, chloramphenicol などの抗生物質などがアレスト誘
上記はアミノ酸の配列(mRNA 塩基配列ではない)が伸長スピー
導分子として知られています。
ドに影響する例でした。このことは、アレスト配列の多くに関して
frameshift 変異のアレスト打ち消し効果、同義置換の無効果などで
検証されていますし 4)、SecM の場合には Proline の代わりにアナロ
グ Azetidine を取り込ませるとアレストが起こらなくなることから
II. 翻訳アレストは新生鎖のアミノ酸配列以外の低分子物質などを必
要とせず起こるが、既にリボソームの外に出ている新生鎖の N 末端
領域が局在化装置などの作用を受けると解除される。
も裏付けられています 14)。一方、mRNA の塩基配列が翻訳伸長のス
このようにして、Regulatory nascent chains は細胞の状態や活性
ピード制御に関わることも広く言われています。コドンの使い方、
をモニターして、標的遺伝子の発現制御などに働いています。我々
mRNA の高次構造、mRNA とリボソームとの相互作用などの要因が
は、特にⅱのタイプに興味を持っています。新生鎖が細胞内で経験
ローカルな伸長速度に影響します。使用頻度が低い、または対応す
するダイナミズムがその翻訳伸長に影響することは、示唆に富むと
る tRNA 濃度が低い レアコドン で翻訳伸長が停滞すると言われて
考えるからです。新生鎖が経験する co-translational なイベントが逆
いますが、ribosome profiling 実験などによれば、レアコドンは翻訳
に翻訳伸長過程を制御するならば、タンパク質の機能発現に関して
15)
pasusing の 主 な 原 因 で は な い と 言 わ れ て い ま す 。む し ろ、
美しいストーリーが可能になります・・・新生鎖のダイナミズムと翻
Ribosome binding sequence(16S rRNA の 3' 末端近くの配列と相補
訳伸長速度の間に生産的なフィードバックループが形成される可能
的な Shine-Dalgarno 様の配列)が ORF 内に存在する場合に何残基か
性は意識的に追求する価値がある課題であると思います。
下流で翻訳の pausing が起こるのが主であると報告されました 15)。
Codon usage に関しても、コドンがレアかどうかよりも、tRNA の
anti-codon との塩基対形成の方式(Watson-Crick タイプの完全な対
合か Wobbling タイプの対合か)が重要であるという仕事 16) が印象
に残っています。コドン̶アンチコドン対合のパターンは生物毎に
違っており、フォールディングなどに最適な翻訳スピードを実現す
翻訳アレストの解除機構は少しずつ研究されています。SecM の
場合、新生鎖の N 末端にあるシグナル配列が Sec 膜透過装置で引っ
張られることがきっかけになり、新生鎖とリボソームの相互作用が
変 化 し て PTC が 活 性 状 態 に 戻 る と 考 え ら れ て い ま す 20-24)(図 6)。
MifM の場合には N 末端の膜挿入配列が YidC 膜組込み装置によって
るようにコドン使用が進化してきたと言う考え方は魅力的で、実際
に活性ある構造の獲得に影響することが示されています。バイオテ
クノロジー領域では、組換えタンパク質の収量を上げるためレアコ
ドンを避けることや、レアな tRNA を過剰生産するなどの戦略がとら
れますが、速すぎる翻訳はむしろ、凝集などの不都合を引き起こす
ことが示されています 16, 17)。同義置換がタンパク質機能に影響する
結果も注目されます 18, 19)。本領域では「翻訳にどの tRNA が実際に使
われているのか」という、セントラルドグマの中心問題であるにも
関わらず実はよくわかっていない問題にも取り組むようで大いに期
待しています。上でも列挙したように、いくつかの mRNA 上の要因
が翻訳伸長スピードを微調整していますが、それぞれの要素の重要
さを総合的に理解するには至っていないのが現状なのです。
楽譜と演奏 … 新生鎖が応答する
本領域の特徴として、
mRNA に加えて、新生ポリペプチドの翻訳
ス ピ ー ド 制 御 に お け る 役 割 に も 注 目 す る こ と が 挙 げ ら れ ま す。
mRNA 上の要因とポリペプチド側の要因が統合されて初めて翻訳伸
長スピードの制御が的確に達成されるのではないでしょうか? こ
こで、再度音楽との対比をしてみたいと思います。mRNA は楽譜に
相当し、コドンユーセージなどは、言わば音符が音の長さを決める
ことに相当すると考えます。それに対して、翻訳の産物である新生
鎖は演奏された音に相当すると考えます。音楽家は、自分が発した
音(産物)を聴きながら、演奏を微調整し盛り上げていきます。それ
に似て、翻訳装置は mRNA に従って産物(新生ポリペプチド)をつ
くりつつ、作った新生鎖を吟味して更なる翻訳伸長のスピードを決
めるのではないでしょうか?
リボスイッチなど RNA が環境応答することも知られていますが、
多様な反応性をもつポリペプチドの方が、応答能力は高いでしょ
図6. SecM におけるアレスト解除。SecM 自身が分泌タンパク質であり、その合成途
う。実際に翻訳アレストに働く新生鎖は、化学物質や自分自身の動
上鎖が膜透過反応を受けると新生鎖に物理力が加わり、リボソーム内部の相互作用が
的状態に応答して翻訳にブレーキをかけるかどうかを調整していま
変化しアレストが解除される。
7
膜脂質層に引き寄せられることがきっかけになると思われます。こ
品質管理されては困る ポジティブな 翻訳の停滞
れらの Regulatory nascent chain は、C 末端近くのアレスト配列がリ
翻訳の滞りは具合のわるいことであり、品質管理機構によって
ボソームの中で働き、N 末端側の局在化配列が、リボソームの外で
滞った翻訳複合体が取り除かれることが、この研究領域のメンバー
細胞装置の活性をモニターするセンサーの働きをしています。この
の先駆的な発見を始めとする最近の目覚ましい研究の進展で明らか
センサーを介して新生鎖に物理力が加わることが、アレスト解除の
になっています。しかし、上記のように、翻訳は生産的な意味を
きっかけになると思われます。また、逆方向の信号伝達もありそう
持って、制御されたアレストを起こすこともあります。そのような
です。リボソームトンネルの中の新生鎖が、リボソーム表面の状態
生産的な 立ち止まりは、品質管理機構から見逃してもらう必要が
を変化させるためか、まだリボソーム外に顔を出す前から大腸菌
あるでしょう。従来、このような眼で翻訳を見ることは、余りなさ
SRP のリボソームへの結合を促進したり、Sec61 トランスロコンの状
れていなかったように思われますが、品質管理機構がどのように
態を変化させたりさせると言う報告がなされています 25, 26)。このよ
困った 立ち止まりと、 意味ある 立ち止まりを見分けているのか
うなリボソーム内外のコミュニケーションの詳しいメカニズムを解
についても注目していきたいと思います。
明することは、翻訳スピードの動的制御を理解していくための基礎
として重要だろうと考えており、翻訳途上でのフォールディング、
おわりに
アセンブリー、修飾などをよりダイナミックなものとして捉えるこ
以上、好き勝手なことを書かせていただきました。個人的な思い
とに繋がって行くものと思います。
入れからくる勇み足もあることと覚悟していますので、皆さまは、
それぞれ割り引きしながら読んでくだされば幸いに思います。本稿
の執筆を勧めてくださった田口さん、稲田さんに感謝致します。
■ 文献
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14. H. Nakatogawa, K. Ito,
Secretion monitor, SecM, undergoes self-translation
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The anti-Shine-Dalgarno sequence drives translational
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Silent substitutions predictably alter translation
elongation rates and protein folding efficiencies.
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8. H. Nakatogawa, K. Ito,
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9. L. Bischoff, O. Berninghausen, R. Beckmann,
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22. N. Ismail, R. Hedman, N. Schiller, G. von Heijne,
A biphasic pulling force acts on transmembrane helices
during translocon-mediated membrane integration.
Nat. Struct. Mol. Biol. 19, 1018 (2012).
23. J. Gumbart, E. Schreiner, D. N. Wilson, R. Beckmann, K.
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Mechanisms of SecM-mediated stalling in the ribosome.
Biophys. J. 103, 331 (2012).
24. K. Nakamori, S. Chiba, K. Ito,
Identification of a SecM segment required for
export-coupled release from elongation arrest.
FEBS Lett. 588, 3098 (2014).
25. T. Bornemann, J. Jockel, M. V. Rodnina, W. Wintermeyer,
Signal sequence-independent membrane targeting of
ribosomes containing short nascent peptides within the
exit tunnel.
Nat. Struct. Mol. Biol. 15, 494 (2008).
26. S. Liao, J. Lin, H. Do, A. E. Johnson,
Both lumenal and cytosolic gating of the aqueous ER
translocon pore are regulated from inside the ribosome
during membrane protein integration.
Cell 90, 31 (1997).
Column
リボソームプロファイリングと
Googleマップ
新生鎖にまつわる比較的新しい画期的な実験手法にリボ
できるようになっており、例えば、ひどく渋滞している道路
ソームプロファイリング(RP)がある(Ingolia, N., et al. Science
は真っ赤となる(図 1)。これまでは渋滞情報というと、ラジオ
2009)。
などで日本道路交通情報センター(JARTIC)が発表する高速
方法を解説しよう。mRNA のリボソーム結合領域、すなわ
ち、今まさに翻訳されている配列(∼30 塩基)はヌクレアー
ゼ処理から保護される(リボソーム・フットプリント)
。RP で
道路を始めとする一部の道路だけだったが、Google 交通情報
は地図に載っている道路全てが対象であり、ほぼリアルタイ
ムで更新もされるという誠に便利な情報だ。
は、細胞内のリボソーム・フットプリント全体を次世代シーケ
では、Google はこの渋滞情報をどうやって取得しているの
ンサーで網羅的に解読することで、mRNA のどこをどのくら
か?現代では多くの人が iPhone などのスマホの GPS で自分が
いの数のリボソームが結合しているかを定量的に調べること
今どこにいるのか知る時代となっている。Google マップでは
ができる。40 年以上前から知られるリボソーム・フットプリ
GPS がオンになっているスマホの位置情報を大規模に集め、
ントという古典的生化学を次世代シーケンサーでビッグデー
その位置情報を解析してマップに当てはめているということ
タに変えることで質的に違ったリソースになった典型であろ
らしい。これって、RP 的な考え方じゃないだろうか。
う か。RP は 多 く の 情 報 の 宝 庫 で あ る が、筆 者 自 身 は 核 酸
さて、おまけとして、Google マップの交通情報はリアルタ
(mRNA)情報からプロテオーム情報を間接的に得ることがで
イムの情報だけだったが、最近では曜日と時間毎にどのくら
きるという点にいたく感動した。
いの渋滞が発生しやすいかの情報も見ることができるように
さて、この RP は言ってみれば mRNA という道路上を走って
いるリボソームの交通情報をビッグデータとして得る手法で
ある。交通情報のビッグデータということで連想されるのが
なっている。図 2 は日曜の朝 8 時半、図 3 は金曜の夕方 17 時半
だ。これって、細胞周期のそれぞれのフェーズで調べた RP み
たいなものである。
Google マップに数年前から搭載された渋滞情報のリアルタ
細胞内のリボソームに GPS 的なタグが搭載されて3 D で追
イム表示である。ご存じない方のために簡単に説明しよう。
跡できれば、現状の RP をはるかに超えた動的 RP とでも言う
Google マップではオプションとして渋滞状況を色分け表示
べき方法になるなぁ、などと夢想もできる。
(田口英樹)
図 1. Google マップの交通情報の例
図 2. 日曜日午前の渋滞状況
図 3. 金曜日夕方の渋滞状況
9
Research:01
新生鎖フォールディングと
シャペロン効果の網羅解析
生命活動はタンパク質の機能に依存している。多くの生
テム)で個別に合成し、結果として 3200 種類弱のタンパク
物のゲノムが全て解読され、構造生物学が劇的に発展した
。この
質の可溶性を定量した(図 2, Niwa T.et al, PNAS 2009)
ことにより、タンパク質の種類の全貌や完成形である立体
解析によって、大腸菌タンパク質の約3割は非常に凝集し
構 造 の 多 く が 明 ら か と な っ て き た。で は、タ ン パ ク 質 の
やすいことがわかった(図 2)
。この研究に引き続き、800 種
フォールディング研究はどうであろうか? 半世紀以上の
類におよぶ凝集性のタンパク質がどのシャペロンによって
努力から多くの知見が得られてきたとは言え、基本的には
可溶性になるのかについても解析した(Niwa T. et al, PNAS
フォールディングしやすい「理想」的な挙動を示す一部のタ
2012)。
ンパク質の研究だけに終始してきたと言っても過言ではな
このような試験管内での翻訳に共役したフォールディン
い。また、通常の古典的なフォールディング研究では、既に
グ研究の延長上に細胞内でのフォールディングの問題があ
完成したタンパク質を変性させた後にフォールディングさ
る。細胞内でのフォールディングにはシャペロンが必要な
せており(図 1)
、細胞内のようにリボソームにて N 末端から
ことがわかっているが、その分子機構は未解明である。私た
合成されてくる新生ポリペプチド鎖(新生鎖)のフォール
ちは、プロテオミクスと遺伝学を融合することで、大腸菌の
ディングを反映していない。つまり、リボソームから出現す
生育に必須のシャペロンであるシャペロニン GroEL の細胞
る新生鎖がどのようにフォールディングするかほとんど調
内での基質タンパク質を同定した(Fujiwara K. et al, EMBO J.
べられていないと言える。
2010)。
以上をまとめると、これまでのフォールディング研究で
【研究概要】 は、翻訳に共役したフォールディングを大規模に行うとい
そこで、本研究では、大腸菌での大規模な新生鎖フォール
う視点が欠けていたと言ってよい。このような背景の下、私
ディング研究をさらに発展しつつ、真核生物の翻訳の再構
たちは翻訳に共役したフォールディング研究をプロテオー
成系をいち早く取り入れて、新生鎖のフォールディング研
ム規模で既に開始している。 具体的には、大腸菌全タンパ
究を包括的に展開することを目的とする。
ク質(∼4200 種類)を再構築型の無細胞翻訳系(PURE シス
図1
10
田口 英樹
(東京工業大学 大学院生命理工学研究科 教授)
研究室URL http://www.taguchi.bio.titech.ac.jp
(1)新生鎖フォールディングにおけるシャペロンの連携機構の
解明:新生鎖のフォールディングに Hsp70(DnaK)やシャペロ
ニン(GroEL/Hsp60)がどのような連携機構でフォールディン
グを助けているのか不明である。そこで、PURE システムを使っ
た解析に種々のシャペロンを加えてフォールディングに与える
影響を解析する。複数のシャペロンが関与する複雑な系を解析
する最良の方法は 1 分子観察である。申請者が以前行ったシャ
ペロニン GroEL を用いた蛍光 1 分子イメージング系を翻訳系に
拡張し、これまでの生化学的な再構成系を 1 分子観察に発展さ
せる。また、遺伝学も組み合わせて細胞内でのシャペロン間の
連携機構を解明する。
(2)PURE システムを用いた翻訳アレストの普遍性・分子機構
の解明:本領域の伊藤(千葉の分担者)らが発見した翻訳の一時
停止(翻訳アレスト)はタンパク質というものはリボソームか
ら同じリズムで淡々と合成されるというイメージを完全に覆し
た。その一方で、翻訳アレストの普遍性、分子機構はよくわかっ
ていない。私たちが行った PURE システムと大腸菌の全 ORF での
解析は翻訳アレストを同定するのにも最適な実験系であるの
で、翻訳アレストを網羅的に解析することで普遍性を調べ、分
子機構にも迫る。
■ 代表的な論文
1. Okuda M, Niwa T, *Taguchi H. (2015)
Single-molecule analyses on the dynamics of heat shock protein 104
(Hsp104) and protein aggregates.
J Biol Chem. 290 in press
2. Ishimoto, T., Fujiwara K, Niwa T, *Taguchi, H. (2014)
Conversion of a chaperonin GroEL-independent protein into an
obligate substrate.
J. Biol. Chem. 289, 32073-32080
3. Koike-Takeshita, A., Mitsuoka, K., *Taguchi, H. (2014)
Asp52 in combination with Asp398 plays a critical role in ATP
hydrolysis of chaperonin GroEL.
J. Biol. Chem. 289, 30005-30011
4. Koike-Takeshita, A., Arakawa T., *Taguchi, H., *Shimamura, T. (2014)
Crystal structure of a symmetric football-shaped GroEL:GroES2
complex determined at 3.8Å reveals rearrangement between two
GroEL rings.
J. Mol. Biol. 426, 3634-3641
5. Niwa, T., Kanamori, T., *Ueda, T., *Taguchi, H. (2012)
Global Analysis of Chaperone Effects Using a Reconstituted Cell-Free
Translation System.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109: 8937-8942
6. *Takemoto K, Niwa T, Taguchi, H. (2011)
Difference in the distribution pattern of substrate enzymes in the
metabolic network of Escherichia coli, according to chaperonin
requirement.
BMC Syst Biol. 5, 98
7. Kawai-Noma, S., Pack, C.-G., Kojidani, T., Asakawa, H., Hiraoka, Y.,
Kinjo, M., Haraguchi, T., *Taguchi, H., Hirata, A. (2010)
In vivo evidence for the fibrillar structures of Sup35 prions in yeast
cells.
J. Cell Biol., 190, 223-231
8. Fujiwara, K., Ishihama, Y., Nakahigashi, K., Soga, T., *Taguchi, H. (2010)
A systematic survey of in vivo obligate chaperonin-dependent
substrates.
EMBO J., 29, 1552-1564
9. Niwa, T., Ying, B.-W., Saito, K., Jin, W. Z., Takada, S., *Ueda, T.,
*Taguchi, H. (2009)
Bimodal protein solubility distribution revealed by an aggregation
analysis of the entire ensemble of Escherichia coli proteins.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106: 4201-4206
10. Koike-Takeshita, A., Yoshida, M., *Taguchi, H. (2008)
Revisiting the GroEL-GroES reaction cycle via the symmetrical
intermediate implied by novel aspects of the GroEL (D398A) mutant.
J. Biol. Chem., 283: 23774-23781
11. Ying, B.-W. *Taguchi, H., *Ueda, T. (2006)
Co-translational binding of GroEL to nascent polypeptides is followed
by post-translational encapsulation by GroES to mediate protein
folding.
J. Biol. Chem. 281, 21813-21819
12. Ying, B.-W. Taguchi, H., Kondo, M., *Ueda, T. (2005)
Co-translational involvement of the chaperonin GroEL in the folding of
newly translated polypeptides.
J. Biol. Chem. 280, 12035-12040
13. Ueno, T.#, Taguchi, H.#, Tadakuma, H., *Yoshida, M., *Funatsu, T.
[# equally contributed]: (2004)
GroEL mediates protein folding with a two successive timer
mechanism.
Mol. Cell 14: 423-434
■ 総説
1. *Taguchi, H., Kawai-Noma, S. (2010)
Diffuse oligomer-based transmission of yeast prions. (review).
FEBS J., 277, 1359-1368
図2
2. *Taguchi, H. (2005)
Chaperonin GroEL Meets the Substrate Protein as a "Load" of the Rings
(review)
J. Biochem. 137, 543-549
11
Research:02
ヒト因子由来再構成型
翻訳システムの構築とその応用
翻訳は開始、ペプチド鎖伸長、終結、リボソームリサイク
腸菌の抽出液に RNA を添加して遺伝暗号を決定した実験に
ルの 4 つのステージに分けられます。ただしこれは mRNA と
ります。その後、真核細胞の抽出液由来のシステムとし
リボソームの関わりから見た図であり、タンパク質合成と
て、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、昆虫細胞、そしてヒト細
いう視点からすれば、これらのステージでは まだ始まった
胞由来システムが開発され、多くの研究者が様々な目的で
ばかり なのです。合成されたばかりのペプチドつまり新生
使用しています。一方、工学的観点から開発されている翻訳
鎖はリボソーム内のトンネルを通過し下界へと出ていくの
システムが再構成型翻訳システムです。構成因子からボト
ですが、出た瞬間から適切な形へと折り畳み、つまりフォー
ムアップの手法で生命現象を再現する、というシステムで
ルデイングされていきます。これを助けるのがシャペロン
す。原核生物では上田、清水両氏によって十年以上前に開発
です。これだけを見ると新生鎖は単なるポリペプチド鎖で
されています(PUREsystem)。このシステムは新生鎖の研
すが、そうとも限りません。新生鎖の種類によっては、その
究にも利用され多くの成果を生み出しています。一方、真核
アミノ酸配列そのものがリボソームに影響を与え、重要な
生物では Pestova らがヒトの翻訳開始、ペプチド伸長、翻訳
反応を生み出しています。いうなれば、胎児が出産の際に子
終結、リサイクルを試験管内で再現しています。しかし、こ
宮に影響を与え、母親の活動を、そして自分自身の運命を決
れは mRNA とリボソームの関わりから見た再構成であり、
定してしまう、というものです。これらの現象は生物学の教
タンパク質合成自体はできていないため、新生鎖の研究に
科書にはまだあまり記載されてはいませんが、とても
は使えません。
め
いたそして重要な研究課題です。
12
【研究概要】 分子レベルで上記の新生鎖の現象を解析するには、これ
私の研究室では真核細胞、特にヒトの新生鎖に関する研
らを試験管内で再現するシステムが必要になります。つま
究を推進するためにヒト因子で再構成されたタンパク質合
りセルフリータンパク質合成システムです。歴史は古く、大
成(翻訳)システムの開発を行っています。もともと我々は
今高 寛晃
(兵庫県立大学 大学院工学研究科 教授)
研究室URL http://www.eng.u-hyogo.ac.jp/msc/msc15/index.html
ヒト細胞抽出液由来の試験管内タンパク質合成システムを開発
■ 代表的な論文
してきました 2,4,6,7,8,10,11,12)。しかし、抽出液由来のシステムは本
1. Machida, K., Mikami, S., Masutani, M., Mishima, K., Kobayashi, T.,
*Imataka, H. (2014)
A translation system reconstituted with human factors proves that
processing of encephalomyocarditisvirus proteins 2A and 2B occurs in
the elongation phase of translation without eukaryotic release factors
J. Biol. Chem. doi: 10.1074/jbc.M114.593343
質的には細胞内と変わりなく無数の無関係な因子を含んでいる
ため、これではタンパク質合成、新生鎖に関する事象のメカニ
ズム解明に到達することはできません。真核細胞の再構成型翻
訳システムは長らくその開発が待たれていたわけです。
真核細胞の翻訳は特にその開始に多くの因子が関わり、かな
り複雑です(図)
。そこでまず、我々は真核細胞(ヒト)新生鎖の
研究を遂行するために、翻訳開始因子を必要としない再構成系
を開発しました 1)。この系を用いて、脳心筋炎ウイルスの 2A-2B
の分断は翻訳伸長の最中に起こり、翻訳終結因子を必要としな
いことを証明することができました 1)。このように、当システ
ムは「新生鎖の生物学」の研究ツールとして信頼性を持って使
用できます。
5)
目下のところ、このシステムにシャペロニン CTT を始めと
するシャペロン分子を添加し、ヒト新生鎖のフォールデイング
機構を研究できるシステムに発展させようとしています。また、
翻訳開始因子 3,9)を含めた完全再構成翻訳システムを構築しよ
うとしています。更には、これらのシステムをリポソームに包
含し、より in vivo、つまり細胞に近づけたシステムに進化させ
ようとしています。
期間内に以下の課題を行う予定です。
(1)脳心筋炎ウイルス 2A 新生鎖による翻訳終結・再開始機構
の更なる解析
(2)新生鎖フォールデイングにおけるシャペロニン CTT 各サブ
ユニットの役割の解明
(3)様 々 な タ ン パ ク 質(ヒ ト 新 生 鎖)の co-translational な
フ ォ ー ル デ イ ン グ に お け る 各 シ ャ ペ ロ ン(CCT, NAC, RAC,
PFDN, Hsp 群)の役割の解析
(4)翻訳開始因子を含めた完全再構成型翻訳システム(ヒト
型)の完成
2. Kobayashi, T., Yukigai, J., Ueda, K., Machida, K., Masutani, M., Nishino, Y.,
Miyazawa, A., *Imataka, H. (2013)
Purification and visualization of encephalomyocarditisvirus
synthesized by an in vitro protein expression system derived from
mammalian cell extract.
Biotechnology Letters 35, 309-314
3. Masutani, M., Machida, K., Kobayashi, T., Yokoyama, S., *Imataka, H.
(2013)
Reconstitution of eukaryotic translation initiation factor 3 by
co-expression of the subunits in a human cell-derived in vitro protein
synthesis system.
Protein Expression and Purification 87, 5-10
4. Kobayashi, T., Nakamura, Y., Mikami, S., Masutani, M., Machida, K.
*Imataka, H. (2012)
Synthesis of encephalomyocarditis virus in a cell-free system: from
DNA to RNA virus in one tube.
Biotechnology Letters 34, 67-73
5. Machida, K., Masutani, M., Kobayashi, T., Mikami, S., Nishino, Y.,
Miyazawa, A., *Imataka, H. (2012)
Reconstitution of the human chaperonin CCT by co-expression of the
eight distinct subunits in mammalian cells.
Protein Expression and Purification 82, 61-69
6. Kobayashi, T., Machida, K., Mikami, S., Masutani, M., *Imataka, H. (2011)
Cell-free RNA replication systems based on a human cell
extracts-derived in vitro translation system with the
encephalomyocarditisvirus RNA.
J. Biochem. 150, 423-430
7. Mikami, S., Kobayashi, T., Machida, K., Masutani, M., Yokoyama, S.,
*Imataka, H (2010)
N-terminally truncated GADD34 proteins are convenient translation
enhancers in a human cell-derived in vitro protein synthesis system.
Biotechnology letters 32:897-902
8. Mikami, S., Kobayashi, T., Masutani, M., Yokoyama, S., *Imataka, H
(2008)
A human cell-derived in vitro coupled transcription/translation system
optimized for production of recombinant proteins.
Protein Expression and Purification 62: 190-198
9. Masutani, M., Sonenberg, N., Yokoyama, S., *Imataka, H (2007)
Reconstitution reveals the functional core of mammalian eIF3
EMBO J. 26: 3373-3383
10. Kobayashi, T., Mikami, S., Yokoyama, S., *Imataka, H (2007)
An improved cell-free system for picornavirus synthesis
J. Virol. Methods 142: 182-188
11. Mikami, S., Kobayashi, T., Shigeyuki Yokoyama, *Imataka, H (2006)
A hybridoma-based in vitro translation system that efficiently
synthesizes glycoproteins.
J.Biotechnol. 127: 65-78
12. Mikami, S., Masutani, M., Sonenberg, N., Shigeyuki Yokoyama,
*Imataka, H (2006)
An efficient mammalian cell-free translation system supplemented
with translation factors.
Protein Expression and Purification 46: 348-357
(5)リポソームに包含された完全再構成型翻訳システム(ヒト
型)の開発
13
Research:03
酵母由来再構成型翻訳システムの開発:
翻訳伸長制御のメカニズムとその意義
【研究概要】
翻訳速度の制御は遺伝子発現の様々な局面で積極的に利
具体的には以下の課題に取り組む。
用されている。翻訳伸長中のリボソームは、新生ペプチド鎖
をはじめとして、翻訳伸長制御因子(図 1、オレンジ)やリボ
(1)酵母由来再構築型翻訳システムの確立および改良
ソーム結合シャペロン(図 1、ピンク。Ssb, RAC, NAC など)
これまでに、精製した酵母翻訳因子(eEF1A, eEF2, eRF1,
などの様々な因子の作用により翻訳速度 / ペプチド転移反応
eRF3, Rli1 など)と 80S リボソームを利用して、CrPV-IRES 依
の制御を受ける。本研究では、翻訳伸長制御因子やリボソー
存的な酵母由来再構築型翻訳システムを構築している(図
ム結合シャペロンがペプチド転移反応を制御する分子メカ
2)。このシステムを(2)
(3)の解析に応用する。
ニズムを明らかとするとともに、酵母由来再構築型生体外
(2)Non-canonical な翻訳伸長因子の機能解析
蛋白質合成系に翻訳伸長制御因子やリボソーム結合シャペ
作用機序、標的ペプチド配列、生理的役割について調べる。
ロンを導入することにより、翻訳伸長速度を調節できるシ
ステムへ拡張させる。さらにこのシステムを応用すること
•Stm1:翻訳抑制の分子機序とリボファジーにおける役割
により、RNA・新生鎖品質管理機構や蛋白質輸送機構などの
の解明
翻訳と共役した遺伝子発現制御機構を解析する。翻訳速度
•eEF3:ウォブル対合を介したコドン解読における役割の解明
の調節および新生ペプチド鎖の動態制御を介した 正確な
遺伝子発現を維持する仕組み や 遺伝子発現を時空間的に
•eIF5A:膜タンパク質輸送における役割の解明
制御する仕組み を理解することを目指す。
図1
14
富田(竹内) 野乃
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究室URL http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/molbio/
(3)リボソーム結合シャペロンの機能解析
トンネル内の新生ペプチド鎖の配列に依存した翻訳速度の調
節機構、その生理的意義について調べる。
•Ssb・RAC:連続した塩基性アミノ酸配列における翻訳抑制
の解消と Premature Termination の制御機構の解析
•NAC:膜 蛋 白 質 の Signal Anchor 配 列 や Tail Anchor 配 列 に
おける翻訳抑制の解消と SRP や Pre-targeting 複合体との連
携機構の解析
■ 代表的な論文
1. Akabane, S., Ueda, T., Knud H. Nierhaus, KH. & *Takeuchi N., (2014)
Ribosome rescue and translation termination at non-standard stop
codons by ICT1 in mammalian mitochondria,
PLoS Genet., 18;10(9):e1004616
2. Kotani T., Akabane S., Takeyasu K., Ueda T. and *Takeuchi N. (2013)
Human G-proteins, ObgH1 and Mtg1, associate with the large
mitochondrial ribosome subunit and are involved in translation and
assembly of respiratory complexes.
Nucleic Acids Res. 41, 3713-22.
3. Kurata S., Shen B., Liu JO., Takeuchi N., Kaji A. and Kaji H. (2013)
Possible steps of complete disassembly of post-termination complex
by yeast eEF3 deduced from inhibition by translocation inhibitors.
Nucleic Acids Res. 41, 264-76.
4. Akama K., Christian BE., Jones CN., *Takeuchi N., and Spremulli LL.
(2010)
Analysis of the Functional Consequences of Lethal Mutations in
Mitochondrial Translational Elongation Factors.
Biochimica et Biophysica Acta 1802, 692-698.
5. Suematsu T., Yokobori SI., Morita H., Yoshinari S., Ueda T., Kita K.,
*Takeuchi N., Watanabe YI. (2010)
A bacterial elongation factor G homolog exclusively functions in
ribosome recycling in the spirochaete Borrelia burgdorferi.
Mol Microbiol. 75, 1445-1454.
6. Tsuboi M., Morita H., Nozaki Y., Akama K., Ueda T., Ito K., Nierhaus KH.,
and *Takeuchi N. (2009)
EF-G2mt is an Exclusive Recycling Factor in Mammalian Mitochondrial
Protein Synthesis.
Molecular Cell 35(4), 502-10.
7. Ishizawa T., Nozaki Y., Ueda T., *Takeuchi N. (2008)
The human mitochondrial translation release factor HMRF1L is
methylated in the GGQ motif by the methyltransferase HMPrmC.
Biochem Biophys Res Commun. 373, 99-103.
8. Nozaki Y., Matsunaga N., Ishizawa T., Ueda T., *Takeuchi N. (2008)
HMRF1L is a human mitochondrial translation release factor involved in
the decoding of the termination codons UAA and UAG.
Genes Cells. 13, 429-38.
9. Hayashi R., Ueda T., Farwell MA., *Takeuchi N. (2007)
Nuclear respiratory factor 2 activates transcription of human
mitochondrial translation initiation factor 2 gene.
Mitochondrion. 7, 195-203.
10. Suzuki H., Ueda T., Taguchi H., *Takeuchi N. (2007)
Chaperone properties of mammalian mitochondrial translation
elongation factor Tu.
J Biol Chem. 282, 4076-84.
■ 総説
1. 富田(竹内)野乃、上田卓也 (2013)
「翻訳伸長制御のメカニズムとその意義」
実験医学増刊号『生命分子を統合する RNA』31, 1108-1116.
羊土社
図2
15
Research:04
mRNAとタンパク質の品質管理機構に
おける新生鎖の新規機能の解明
正確な遺伝子発現は生命現象の根幹であり、その破綻や
る mRNA 品 質 管 理 機 構 に よ っ て mRNA が 切 断 さ れ る(図
異常は様々な疾患の原因となる。遺伝子発現の各段階での
②)。さらに、リボソームが各サブユニットに解離し、60S サ
エラーや外界からのストレスによって、さまざまな異常
ブユニット上の新生鎖がユビキチン化された後にプロテア
mRNA や異常タンパク質が合成されるだけでなく、タンパ
ソームによって迅速に分解される(図③)。最近申請者は、
ク質のフォールディングにも異常が生じる。細胞の保持す
この異常新生鎖による翻訳アレストの結果として mRNA と
る mRNA 品質管理機構は、DNA 上の変異やスプライシング
タンパク質の品質管理機構が作動するためには、E3 ユビキ
反応等のエラーによって合成される様々な異常 mRNA を認
チンライゲース Hel2 による停滞したリボソーム上の標的因
識し排除する。タンパク質の品質も新生鎖の段階から監視
子のユビキチン化が必須であることを見出した(図①)。
されるが、新生鎖と mRNA の品質管理の関係に注目する研
究は皆無であった。我々は、異常新生鎖の認識と mRNA の品
質管理との密接な関係を見いだした。また、異常な mRNA 由
来の新生鎖の分解機構や mRNA 切断における新生鎖の機能
を明らかにした。リボソームが連続した塩基性配列を持っ
た新生鎖を合成すると、翻訳伸長段階で停止(翻訳アレス
ト)する(図①)
。その結果、No-Go-Decay(NGD)と呼ばれ
16
【研究概要】
本計画研究研究では、遺伝子発現の正確性を保証する
mRNA とタンパク質の品質管理機構における、新生鎖の新
規機能と新生鎖の運命決定機構の解明をめざし、以下の項
目を解析する。
(1)特異的配列を持つ新生鎖による翻訳アレストの分子
稲田 利文
(東北大学 大学院薬学研究科 教授)
研究室URL http://www.pharm.tohoku.ac.jp/~idenshi/inada_lab_HP/Home.html
機構:連続した塩基性アミノ酸による翻訳アレストは、正電荷
■ 代表的な論文
を持つ新生鎖と、負電荷を持つリボソームトンネル間の静電相
1. Kuroha, K., Ando, K., Nakagawa, R., *Inada, T. (2013)
The Upf complex interacts with aberrant products derived from mRNAs
containing a premature termination codon and facilitates their
proteasomal degradation.
J Biol. Chem. 288, 28630-28640
互作用に起因することが予想される。一方、コドンの違いに
よって翻訳アレスト効率が大きく変動することを見出してお
り、新生鎖による伸長反応の制御機構は未だ不明である。試験
管内翻訳系を用いて、新生鎖による伸長反応の制御機構を明ら
かにする。
(2)翻訳アレストによる新生鎖分解と mRNA 切断における E3
ユビキチンライゲース Hel2 の機能解析:Hel2 が翻訳アレスト状
態のリボソームを認識し、標的因子をユビキチン化することで、
mRNA 品質管理機構へと導く分子機構の理解を目指す。
①Hel2 が翻訳アレスト状態のリボソームを認識する機構の解明
②Hel2 によるユビキチン化の標的因子の同定と機能解明
③Hel2 によってユビキチン化された新生鎖の機能解析
(3)フォールディングか分解かの新生鎖の運命決定機構と
mRNA 品質管理因子の機能:NMD (Nonsense mediated mRNA
decay) は、ナンセンス変異を持つ異常 mRNA に特異的な品質管
理機構である。異常な位置での翻訳終結反応に依存して、異常
mRNA 上に NMD 因子群がリクルートされ、迅速に mRNA が分解
される。その一方で、ナンセンス変異を持つ異常 mRNA 由来の短
鎖型のタンパク質の分解経路は全く不明であった。応募者は、ナ
ンセンス変異を持つ異常 mRNA 由来の短鎖型異常タンパク質が、
NMD 因子によって分解促進されることを明らかにした。異常
mRNA 由来の異常新生鎖と相互作用し、分解かフォールディン
グかの運命を決定するシャペロン因子の機能を明らかにする。
従来、新生鎖と mRNA の品質管理は別々に解析され、両者の
2. Tsuboi, T., Kuroha, K., Kudo, K., Makino S., Inoue, E., Kashima, I. and
*Inada, T. (2012)
Dom34:Hbs1 Plays a General Role in Quality Control Systems by
Dissociation of Stalled Ribosome at 3’ End of Aberrant mRNA.
Molecular Cell 26, 518-529.
3. Brandman, O., Ornstein, JS., Wong, D., Larson, A., Williams, C.C, Li, G.W.,
Zhou, S., King, D., Shen, P.S, Weibezahn, J., Dunn, J.G, Rouskin, S.,
Inada, T., Frost, A., Weissman, JS. (2012)
A ribosome-bound quality control complex triggers nascent peptides
and signals translation stress.
Cell 151, 1042-1054.
4. Izawa, T., Tsuboi, T., Kuroha, K., Inada , T., Nishikawa, SI., Endo, T. (2012)
Roles of Dom34:Hbs1 in Nonstop Protein Clearance from Translocators
for Normal Organelle Protein Influx.
Cell Reports 2, 447-453.
5. Kuroha, K., Akamatsu, M., Dimitrova, L., Ito, T., Kato, Y. Shirahige, K. and
*Inada, T. (2010)
RACK1 stimulates nascent polypeptide-dependent translation arrest.
EMBO Rep. 11, 956-961.
6. Kobayashi, K. Kikuno, I. Kuroha, K. Saito, K. Ito, K. Ishitani, R. Inada, T.
and Nureki, O. (2010)
Structural Basis for mRNA Surveillance by Archaeal Pelota and
GTP-bound EF1α Complex.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107, 17575-17579.
7. Kuroha, K., Tatematsu, T. and *Inada, T. (2009)
Upf1p stimulates proteasome-mediated degradation of the product
derived from the specific nonsense-containing mRNA.
EMBO Rep. 10, 1265-1271.
8. Kuroha, K., Dimitrova, L., Tatematsu, T. and *Inada, T. (2009)
Nascent peptide-dependent translation arrest leads to not4p-mediated
protein degradation by the proteasome.
J. Biol. Chem. 284, 10343-10352.
9. Ito-Harashima, S., Kuroha, K., Tatematsu, T. and *Inada, T. (2007)
Translation of poly(A) tail plays crucial roles in nonstop mRNA
surveillance via translation repression and protein destabilization by
proteasome in yeast.
Genes Dev. 21, 519-524.
10. *Inada, T. and Aiba, H. (2005)
Translation of aberrant mRNAs lacking a termination codon or with a
shortened 3'-UTR is repressed after initiation in yeast.
EMBO J. 24, 1584-1595.
関係に注目する研究はほとんどなかった。新生鎖をハブとした
品質管理機構の全体像を明らかにするためには、翻訳伸長複合
■ 総説
体に含まれる新生鎖と mRNA とを同時に解析する必要がある。
1. Inada, T. (2013)
Quality control systems for aberrant mRNAs induced by aberrant
translation elongation and termination.
Biochim Biophys Acta. 1829, 634-642.
本領域内で、タンパク質科学と RNA 科学の専門家とが有機的に
結合することで初めて、新生鎖のフォールディング -mRNA 切断
機構 - リボソームの活性制御を包括的に解析することが可能と
なる。その結果、新生鎖・mRNA・ユビキチン - プロテアソーム
系が組み合わさった新生鎖の品質管理(Nascent-chain Quality
Control: NQC)とも呼ぶべき新たな生命現象の理解が進むこと
が期待される。
17
Research:05
タンパク質の品質管理の
基質となる新生鎖の解明
細胞内ではその生命活動を維持するため常に様々な物質、
が 検 出 さ れ た。詳 細 な 解 析 か ら、こ れ ら の pep-tRNA は
分子が合成され、分解・代謝されている。特に、RNA やタン
non-cognate なアミノアシル tRNA が A サイトに入り、ペプ
パク質は巨大であるためその合成過程において異常な分子
チド転移反応によって P サイト tRNA のペプチド鎖を引き受
ができる可能性は高く、その代謝は細胞にとって重要な課
けた後に drop off したものであることが判明した。また、
題である。タンパク質の合成は、mRNA にリボソーム、開始
non-cognate pep-tRNA は翻訳の次のステップに持ち越さ
メチオニル tRNA、翻訳開始因子からなる翻訳開始複合体が
れないことから、誤って生成された pep-tRNA は drop off に
結合するところから始まり(翻訳開始)
、翻訳伸長、翻訳終
よって積極的に翻訳系から排除されるといった、ペプチド
結・再生といったステップにより厳密に行われる。しかし、
転移反応以後における新しい翻訳校正機構が示唆された。
翻訳伸長へと移行したリボソームが全て翻訳終結・再生に
至るわけではない。バクテリア翻訳系では、翻訳伸長初期段
階において、合成中の新生ペプチド鎖が tRNA に結合した状
態でリボソームから脱離する現象(drop-off)が恒常的に起
きている。我々はこれまで、質量分析法と RNA 単離法を駆
使し、細胞内でdrop offした新生ペプチジルtRNA(pep-tRNA)
を定性的・定量的に解析することに成功している。それらの
ペプチド部分の配列解析の結果、その多くは ORF の開始近
18
【研究概要】
本研究では、翻訳初期における pep-tRNA drop-off が翻訳
精度・効率に与える影響を検証し、新しい遺伝子発現調節機
構 の 提 唱 を 目 指 す。ま た、drop-off に 関 わ る 翻 訳 因 子 や
rRNA・tRNA 分子の構造的要素を特定し、その機能を明らか
にするとともに、新生ペプチド鎖の監視機構として果たす
役割についても追究していきたい。
傍の配列に帰属できたが、大腸菌 ORF の配列と一致しない
(1)pep-tRNA drop-off による新規翻訳制度維持機構の提唱:
ペ プ チ ド 鎖 を 有 す る pep-tRNA(non-cognate pep-tRNA)
これまでの翻訳精度維持機構の分子メカニズムについて
長尾 翌手可
(東京大学 工学系研究科 助教)
研究室URL http://rna.chem.t.u-tokyo.ac.jp/
は、A サイト内で起きる mRNA と tRNA 間のコドン−アンチコド
■ 代表的な論文
ン対合による『Initial selection』と EF-Tu がリボソームから解離
1. Chujo, T., Ohira, T., Sakaguchi, Y., Goshima, N., Nomura, N., Nagao, A.
and Suzuki, T. (2012)
LRPPRC/SLIRP suppresses PNPase-mediated mRNA decay and
promotes polyadenylation in human mitochondria
Nucleic Acids Res., 40, 8033-8047
した後、aa-tRNA が A サイトに順応するかどうかによって判断さ
れる『Proofreading』の二つのチェック機構が主であり、ペプチ
ジル転移反応以降の翻訳精度機構についての概念は確立されて
い な い。Non-cognate pep-tRNA の drop off は 誤 っ た ペ プ チ ジ
ル転移反応以降に起きており新規校正機構を示唆するものであ
ると考えている。本研究ではその分子メカニズムを解明すると
ともに、non-cognate pep-tRNA を産生するコドンと tRNA 種の
関係性について追求していく。また、実際に合成されたタンパ
ク質を解析することで drop off が翻訳精度や効率に及ぼす影響
について調べていく。
(2)drop off に影響する rRNA・tRNA の構造的要素の探索:
tRNA と rRNA 上にはメチル化などの修飾塩基が存在し、それ
らはコドン−アンチコドン対合形成やペプチジル転移反応を担
う領域に多いことが知られている。しかし、その機能は明確に
なっていないものが多く、実際その修飾反応を担う酵素は非必
2. Suzuki, T., Nagao, A. and Suzuki, T. (2011)
Human mitochondrial tRNAs: biogenesis, function, structural aspects
and diseases
Annu Rev Genet., 45, 299-329
3. Suzuki, T. , Nagao, A. and Suzuki, T. (2011)
Human mitochondrial diseases caused by lack of taurine-modification
in mitochondrial tRNAs
WIREs RNA., 2, 376-386
4. Kato, M., Araiso, Y., Noma, A., Nagao, A., Suzuki, T., Ishitani, R. and
Nureki, O. (2011)
Crystal structure of a novel jmjC-domain-containing protein, TYW5,
involved in tRNA modification
Nucleic Acids Res., 39, 1576-1585
5. Noma, A., Ishitani, R., Kato, M., Nagao, A., Nureki, O. and Suzuki, T.
(2010)
Expanding role of the Jumonji C domain as an RNA hydroxylase
J. Biol. Chem.,285, 34503-34507
6. Nagao, A., Suzuki, T., Katoh, T., Sakaguchi, Y. and Suzuki, T. (2009)
Biogenesis of glutaminyl-mt tRNAGln in human mitochondria Proc.
Natl. Acad. Sci. USA., 106, 16209-16214
7. Nagao, A., Shigi-Hino, N. and Suzuki, T. (2008)
Measuring mRNA decay in human mitochondria
Methods Enzymol., 447, 489-499
須遺伝子であることが多い。また、遺伝暗号解読中心、ペプチジ
ル転移反応中心や新生ペプチド脱出トンネル構造を形成する
rRNA はペプチジル tRNA のリボソーム上での安定性や円滑なト
ランスロケーションに関わると考えられる。本研究では rRNA 塩
基あるいは rRNA・tRNA 内の修飾塩基がどのように drop off と
関わっているかについて検証し、これらの新規機能について調
べる。
(3)abortive translation の提唱:
翻訳は tRNA のアミノアシル化反応、転座反応など多くのエネ
ルギーを必要として進行するが、翻訳伸長中 pep-tRNA の脱落は
それまでに消費されたエネルギーを台無しにしている。しかし
ながら、drop off が通常の翻訳において恒常的に起きていると
い う こ と は、翻 訳 を 開 始 し て は や り 直 す と い っ た abortive
translation の存在を示唆しており、この abortive translation は
翻訳効率や遺伝子構成、特に出だしのコドン配列の制約の進化
に影響を及ぼしている可能性がある。本研究では drop off とい
う切り口から abortive translation を捉え、新生ペプチド鎖と遺
伝子発現調節機構を結び付けるような全く新しい概念を樹立し
たいと考えている。
19
Research:06
RISCによる遺伝子発現制御と
RNAとタンパク質の品質管理機構
20
microRNA を代表とする小分子 RNA は Argonaute(AGO)
不明であった。我々は植物由来のセルフリー系を用いるこ
タンパク質と RNA induced silencing complex(RISC)を形
とにより植物 RISC が持つ制御機構を生化学的に切り分ける
成し、相補的な配列をもつ mRNA の遺伝子発現を負に制御
ことに成功した。その結果、植物 RISC は標的を切断するだ
することで、発生や分化のみならず、様々な生命現象を緻密
けでなく(図①)、タンパク質コード領域に結合した場合、
にコントロールしている。植物 RISC は標的を切断すると共
リボソームの進行を物理的に阻害し、翻訳アレストを引き
に翻訳を抑制することが知られていたが、その分子機構は
起こすことを見出した(図②)
。
岩川 弘宙
(東京大学 分子細胞生物学研究所 助教)
研究室URL http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/tomari/index.html
【研究概要】
本計画研究では、RISC による翻訳アレスト機構の解明を目指
すとともに、RISC による標的切断と新生ポリペプチド鎖(新生
鎖)の品質管理機構の関わりを明らかにする。
•RISC による翻訳アレスト機構の解明
我々はこれまで植物セルフリー系を用いて、切断活性を持た
ない RISC がリボソームの進行を物理的に阻害することを明らか
にしたが、標的 mRNA、また標的 mRNA 上の新生鎖がその後ど
のような運命をたどるのかは明らかになっていない。本計画研
究では、翻訳アレストを受けた標的 mRNA が No-Go-Decay と呼
ばれる mRNA 品質管理機構によって切断されるのか、また、翻
訳アレストによって蓄積した異常新生鎖がプロテアソーム系に
よって分解されるのかを遺伝学的、生化学的手法により明らか
にすることを目標とする(図②)
。
■ 代表的な論文
1. Fukaya T#, Iwakawa HO#, Tomari Y (2014)
microRNAs block assembly of eIF4F translation initiation complex in
Drosophila,
Mol. Cell 56, 67-78.
2. Iwakawa HO, Tomari Y (2013)
Molecular insights into microRNA-mediated translational repression in
plants,
Mol. Cell 52(4), 591-601.
3. Endo Y, *Iwakawa HO, *Tomari Y (2013),
Arabidopsis ARGONAUTE7 selects miR390 through multiple
checkpoints during RISC assembly,
EMBO Rep. 14(7), 652-8.
4. Iwakawa HO, Tajima Y, Taniguchi T, Kaido M, Mise K, Tomari Y,
Taniguchi H, Okuno T (2012)
Poly(A)-binding protein facilitates translation of an
uncapped/nonpolyadenylated viral RNA by binding to the 3'
untranslated region,
J. Virol. 86(15), 7836-49.
5. Iwakawa HO, Mizumoto H, Nagano H, Imoto Y, Takigawa K,
Sarawaneeyaruk S, Kaido M, Mise K, Okuno T (2008)
A Viral Noncoding RNA Generated by cis-Element-Mediated Protection
against 5'->3' RNA Decay Represses both Cap-Independent and
Cap-Dependent Translation,
J. Virol., 82(20), 10162-74.
•RISC による標的切断と新生鎖の品質管理機構の関わり
植物の RISC、および動物の一部の RISC は、結合している小分
子 RNA と相補性が高い mRNA を AGO がもつヌクレアーゼ活性に
より切断する。切断された標的 mRNA は最終的に細胞内のエキ
ソリボヌクレアーゼによって 5’ 側、または 3’ 側から分解される
ことが知られているが、分解途中の mRNA 上に溜まったリボ
ソーム、および翻訳終結できない新生鎖がたどる運命は明らか
になっていない。本研究では、動植物の培養細胞系、およびセル
フ リ ー 系 を 駆 使 す る こ と に よ り、RISC に よ っ て 切 断 さ れ た
mRNA 上のリボソームと新生鎖の運命を明らかにする(図①)。
21
Research:07
新生鎖研究のための新規な
翻訳解析技術の開発とその応用
mRNA の翻訳は全ての生命活動の中心的な役割を果たす。
神経細胞のスパイン(樹状突起)における局所翻訳は、神
翻訳の際に使われる tRNA にはコードするアミノ酸が同じ縮
経可塑性や神経回路の形成に深く関わり、ひいては学習や
重したものが存在している。その生理的意義には不明な点
記憶といった脳の重要な機能を司る。それだけでなく、神経
が多いが、翻訳時にリボソームによってどの tRNA が選択さ
回路の形成などを通じて、情動や運動機能も制御するため、
れ る か で 翻 訳 速 度 が 調 節 さ れ、そ れ に よ っ て、新 生 鎖 の
スパインにおける局所翻訳の異常は様々な精神・神経変性
フォールディング構造などの様々な新生鎖の構造、機能に
疾患に関わることが指摘されている。しかし、これまで技術
変化をもたらし、ひいては高次機能にも影響を与えること
的な難しさもあり、スパインにおける局所翻訳の実態には
が最近見出されてきた。本研究では、翻訳における tRNA 選
不明な点が多い。本研究では、スパインにおける局所翻訳の
択の生理的意義の解明を目指し、出芽酵母を用いて、in vivo
全容解明を目指し、そのための新たなゲノミクス、プロテオ
で翻訳に使われている tRNA と mRNA を網羅的かつ定量的に
ミクス解析法の開発を行う。さらに、本研究で開発する新た
明らかにするためのリボソームプロファイリングの技術開
な翻訳解析技術を用いて、スパインにおける局所翻訳異常
発を行う。
や局所翻訳によって制御されるシナプス局在タンパク質の
生成・分解が精神・神経変性疾患にどのように関わるか明
らかにする。
22
田中 元雅
(独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー)
研究室URL http://www.motomasalab.brain.riken.jp/
【研究概要】
本計画研究では、新生鎖研究のための新規な翻訳解析技術の
開発および以下の新生鎖が関わる生命現象の解明を目指す。
(1)酵母や神経細胞における新生鎖研究のための新たな翻訳解
析技術の開発:酵母や哺乳動物細胞、特に神経細胞で、翻訳に使
われている最中の mRNA や tRNA、および新生されたタンパク質
や合成途中の新生ポリペプチド鎖を網羅的かつ定量的に調べる
ための手法を開発する。
(2)翻訳一時停止と環境ストレス下での翻訳制御の分子機構
解明:
(1)で開発した新規なゲノミクス、プロテオミクス技術
を用いて、正常な状態での細胞の翻訳一時停止箇所の網羅的探
索とその翻訳一時停止の生理的意義を解明する。また、栄養枯
渇などの様々な環境ストレス下で生じる翻訳抑制メカニズムの
分子機構を解明する。
■ 代表的な論文
1. Nilsson, P., Loganathan, K., Sekiguchi, M., Matsuba, Y., Hui, K.,
Tsubuki, S., Tanaka, M., Iwata, N., Saito, T., and Saido, T.C. (2013)
Aβ secretion and plaque formation depend on autophagy.
Cell Reports 5, 61-69.
2. Suzuki, G. Shimazu, N., and *Tanaka, M. (2012)
A yeast prion, Mod5, promotes acquired drug resistance and cell
survival under environmental stress.
Science 336, 335-339.
3. Foo, C.K., Ohhashi, Y., Kelly, M.J., Tanaka, M., Weissman, J.S. (2011)
Radically Different Amyloid Conformations Dictate the Seeding
Specificity of a Chimeric Sup35 Prion.
J. Mol. Biol., 408, 1-8.
4. Ohhashi, Y., Ito, K., Toyama, B.H., Weissman, J.S., and *Tanaka, M. (2010)
Differences in prion strain conformations result from non-native
interactions in a nucleus.
Nat. Chem. Biol. 6, 225-230.
5. Nekooki-Machida, Y., Kurosawa, M., Nukina, N., Ito, K., Oda, T., and
*Tanaka, M. (2009)
Distinct conformations of in vitro and in vivo amyloids of
huntingtin-exon1 show different cytotoxicity.
Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 106, 9678-9684.
6. Tanaka, M., Collins, S.R., Toyama, B.H., and Weissman, J.S. (2006)
The Physical Basis of How Prion Conformations Determine Strain
Phenotypes.
Nature 442, 585-589.
(3)スパインにおける局所翻訳異常に着目した精神・神経変性
疾患の病態解明:
(1)で開発した新規なゲノミクス、プロテオ
ミクス技術を用いて、スパインにおけるどのような局所翻訳異
常が自閉症や統合失調症に関わるか、同疾患モデルマウスを用
いた解析から検討を行う。さらに、精神・神経変性疾患モデルマ
ウスを用いて、シナプスにおける新生ポリペプチド鎖の生成と
分解の異常が、疾患にどのように関わるか検討を行う。
(1)−
(3)に加えて、新たな翻訳技術の確立後には、計画研
究および公募研究でこれらの技術を活用して頂けるよう、共同
■ 総説など
1. Sugiyama, S., *Tanaka, M. (2014)
Self-propagating amyloid as a critical regulator for diverse cellular
functions.
J. Biochem. 155, 345-351.
2. Suzuki, G., *Tanaka, M. (2013)
Active conversion to the prion state as a molecular switch for cellular
adaptation to environmental stress.
Bioessays 35, 12-16.
3. *Tanaka, M. (2011)
Tracking a toxic polyglutamine epitope.
Nat. Chem. Biol. 7, 861-862.
研究にも取り組んでいく予定である。
23
Research:08
新生鎖の立体構造形成を支える
ジスルフィド結合形成システムの解明
24
ジスルフィド結合の形成は、全タンパク質の約 3 分の 1 を
ルフィド結合形成を促すのか、未解決の重要問題である。そ
占める分泌タンパク質や膜タンパク質の立体構造形成にお
こで、新生鎖のジスルフィド結合形成をモニタリングする
いて重要な役割をもつ。真核細胞では、主として、リボソー
アッセイシステムを開発すると同時に、ヒト細胞由来の因
ムによって翻訳合成され小胞体膜透過途上新生鎖にジスル
子から成る無細胞タンパク質翻訳合成システム、遺伝子
フィド結合が導入される。実際、ヒト細胞の小胞体には 20
ノックダウン・ノックアウト技術を利用することにより、新
種類以上にもおよぶ PDI ファミリー酵素とその上流に位置
生鎖の翻訳に伴うジスルフィド結合形成機構に関する新た
する複数の酸化還元酵素が複雑かつ巧妙な酸化還元ネット
な概念を提唱したいと考えている。また,構造生物学および
ワークを形成していると考えられるが、その全容は明らか
生物物理学的アプローチにより、これに関わる一連の酵素
ではない。特に、新生鎖合成のどのタイミングで、どの酸化
群の分子機構を詳細に解析し、ヒト細胞におけるジスル
経路・異性化経路がどのような作用機序のもと正しいジス
フィド結合形成・異性化ネットワークの全容を解明したい。
稲葉 謙次
(東北大学 多元物質科学研究所 教授)
研究室URL http://www.tagen.tohoku.ac.jp/modules/laboratory/index.php?laboid=87
【研究概要】
本計画研究では、細胞における新生ポリペプチド鎖のジスル
フィド結合形成機構の解明とそれを支える各因子の作用機序の
解明を目指して、以下の研究課題を遂行する。
(1)新生鎖のジスルフィド結合形成過程をモニタリングするシ
ステムの開発
(2)新生鎖のジスルフィド結合形成過程における個々の PDI
ファミリーの機能的役割の解明
(3)無細胞タンパク質翻訳合成系と小胞体酸化還元経路の組み
合わせによる、分泌タンパク質の効率的な酸化的フォールディ
ングシステムの再構築
(4)構造生物学および生物物理的手法による PDI ファミリーの
基質認識機構の解明と酸化的フォールディング過程における各
酸化還元経路の作用機序の解明
■ 代表的な論文
1. Kojima, R., Okumura, M., Masui, S., Kanemura, S., Inoue, M., Saiki, M.,
Yamaguchi, H., Hikima, T., Suzuki, M., Akiyama, S. and Inaba, K.* (2014)
Radically different thioredoxin domain arrangement of ERp46, an
efficient disulfide-bond introducer of the mammalian PDI family.
Structure, 22, 431-443
2. Sato, Y., Kojima, R., Okumura, M., Hagiwara, M., Masui, S., Maegawa, K.,
Saiki, M., Horibe, T., Suzuki, M. and Inaba, K.* (2013)
Synergistic cooperation of PDI family member proteins in
peroxiredoxin 4-driven oxidative protein folding.
Sci. Rep. 3, 2456
3. Vavassori, S., Cortini, M., Masui, S. Sannino, S., Anelli, T., Caserta, I. R.,
Fagioli, C., Fornili, A., Mossuto, M. F., Degano, M, Inaba, K. and Sitia, R.
(2013)
A pH-Regulated Quality Control Cycle for Surveillance of Secretory
Protein Assembly.
Mol. Cell 50, 783-792
4. Hagiwara, M., Maegawa, K., Suzuki, M., Ushioda, R., Araki, K.,
Matsimoto, Y., Hoseki, J., Nagata, K.* and Inaba, K.* (2011)
Structural basis of an ERAD pathway mediated by the ER-resident
disulfide reductasse ERdj5.
Mol. Cell 41, 432-444
5. Inaba, K.*, Masui, S., Iida, H. Vavassori, S., Sitia, R. and Suzuki, M. (2010)
Crystal structures of human Ero1a reveal the mechanisms of regulated
and targeted oxidation of PDI.
EMBO J 29, 3330-3343
6. Inaba, K.*, Murakami, S., Nakagawa, A., Iida, H., Kinjo, H., Ito, K. and
Suzuki, M. (2009)
Dynamic nature of disulfide bond formation catalysts revealed by
crystal structures of DsbB.
EMBO J 28, 779-791
7. Inaba, K., Takahashi, Y. -H., Ito, K. and Hayashi, S. (2006)
“Critical role of a thiolate-quinone charge transfer complex and its
adduct form in de novo disulfide bond generation by DsbB”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 103, 287-292
8. Inaba, K.*, Murakami, S., Suzuki, M., Nakagawa, A., Yamashita, E.,
Okada, K. and Ito, K.* (2006)
Crystal structure of the DsbB-DsbA complex reveals a mechanism of
disulfide bond generation.
Cell 127, 789-801
9. Inaba, K. and Ito, K. (2002)
“Paradoxical redox properties of DsbB and DsbA in the protein
disulfide-introducing reaction cascade”
EMBO J 21, 2646-2654
■ 総説
1. Sato, Y. and Inaba, K.* (2012)
“Disulfide bond formation network in the biological kingdoms”
FEBS Journal 279, 2262-2271
2. Araki, K. and Inaba, K.* (2012)
“Structure, mechanism and evolution of Ero1 family enzymes”
Antioxid. Redox Signal. 16, 790-799
3. Ito, K. and Inaba, K. (2008)
“The disulfide bond formation (Dsb) system”
Curr. Opin. Struct. Biol. 18, 450-458
■ 抱負
構造生物学、生化学、細胞生物学、プロテオミクス全てを総動員し、
真にオリジナルな融合研究を目指します!忙殺の日々の中、いかに研
究と睡眠の時間を確保するかがキーですね。
25
Research:09
新生鎖の立体構造形成を支える
ジスルフィド結合形成システムの
細胞生物学的研究
26
タンパク質のジスルフィド結合は 2 個のシステインが酸
ンスリンは 3 本のジスルフィド結合をもつ(図)が、小胞体
化されてできる架橋構造である(図)
。多くの分泌タンパク
中のどのような酵素がどのような順番でインスリンにジス
質や膜タンパク質の立体構造形成に重要な役割を果たす。
ルフィド結合を導入するのかという基本的なことさえ、現
ジスルフィド結合が効率よく形成されないと糖尿病などの
時点では不明である。本研究では、細胞内で進行するジスル
疾患の原因となる。よって、その仕組みの理解は、応用の観
フィド結合形成の仕組みを解明するために、まず、リボソー
点からも重要である。真核生物ではリボソーム上で合成さ
ム上で伸長しつつ小胞体に送り込まれてきた新生鎖にジス
れつつサイトゾルから小胞体中へと送り込まれた新生鎖に
ルフィド結合が形成される過程を観察するためのジスル
ジスルフィド結合が導入される。この過程は PDI ファミリー
フィド結合形成モニタリングシステムを構築する。また、
に属する酵素によって促進されると考えられている。哺乳
様々な、細胞生物学的手法を駆使して新生鎖へのジスル
動物の小胞体にはこのような PDI ファミリーに属する酵素
フィド結合の導入に関わる酵素を同定するとともにインス
が 20 種類以上存在する。これらの PDI ファミリー酵素はそ
リンや LDL 受容体などのタンパク質の個々のジスルフィド
の上流にある酸化還元酵素とともに、小胞体内でネット
結合が形成される仕組みの詳細を解明する。このようなア
ワークを形成し、新生鎖のジスルフィド結合形成を促進・制
プローチによって、新生鎖の立体構造形成を支えるジスル
御することによって新生鎖の立体構造形成を支えていると
フィド結合システムを理解するための基盤となる知見を得
予想されるが、まだ、多くのことが不明である。例えば、イ
たい。
門倉 広
(東北大学 多元物質科学研究所 准教授)
研究室URL http://www.lifesci.tohoku.ac.jp/teacher/h_kadokura/
【研究概要】
本計画研究研究では、新生鎖の立体構造形成を支えるジスル
フィド結合形成システムの解明をめざし、主として細胞生物学
的な手法を用いて、次のような研究を行う。
(1)細胞内で新生鎖にジスルフィド結合が形成される過程をモ
ニタリングするためのシステムの開発
(2)新生鎖の生合成を支える PDI ファミリータンパク質の機能
分担の解明
(3)新生鎖の酸化的なフォールディング過程に関わる因子の解析
■ 代表的な論文
1. *Kadokura, H., Saito, M., Tsuru, A., Hosoda, A., Iwawaki, T., Inaba, K.,
*Kohno, K. (2013)
Identification of the redox partners of ERdj5 /JPDI, a PDI family
member, from an animal tissue.
Biochem. Biophys. Res. Commun. 440, 245-250.
2. Chng, S.S., Xue, M., Garner, R.A., Kadokura, H., Boyd, D., Beckwith, J.,
*Kahne, D. (2012)
Disulfide rearrangement triggered by translocon assembly controls
lipopolysaccharide export.
Science 337, 1665-1668.
3. Sopha P., Kadokura H., Yamamoto Y.H., Takeuchi M., Saito M., Tsuru A.,
*Kohno K. (2012)
A novel mammalian ER-located J-protein, DNAJB14, can accelerate
ERAD of misfolded membrane proteins.
Cell Struct. Funct. 37, 177-187
4. Shinya, S., Kadokura, H., Imagawa, Y., Inoue, M., Yanagitani, K.,
*Kohno, K. (2011)
Reconstitution and characterization of the unconventional splicing of
XBP1u mRNA in vitro.
Nucleic Acids Res. 39, 5245-5254.
5. Yanagitani, K., Kimata, Y., Kadokura, H., *Kohno, K. (2011)
Translational pausing ensures membrane targeting and cytoplasmic
splicing of XBP1u mRNA.
Science 331, 586-589.
6. *Kadokura, H., Beckwith, J.* (2009)
Detecting folding intermediates of a protein as it passes through the
bacterial translocation channel.
Cell 138, 1164-1173
7. Eser, M., Masip, L., Kadokura, H., Georgiou, G., *Beckwith, J. (2009)
Disulfide bond formation by exported glutaredoxin indicates
glutathione’ s presence in the E. coli periplasm.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 1572-1577.
8. Zhou, Y., Cierpicki, T., Jimenez, R. H. F., Lukasik, S. M., Ellena, J.F.,
Cafiso, D.S., Kadokura, H., Beckwith, J., *Bushweller, J.H. (2008)
NMR solution structure of the integral membrane enzyme DsbB:
Functional insights into DsbB-catalyzed disulfide bond formation.
Mol. Cell 31, 896-908.
9. Kadokura, H., Nichols II, L, *Beckwith, J. (2005)
Mutational alterations of the key cis proline residue that cause
accumulation of enzyme reaction intermediates of DsbA, a member of
the thioredoxin superfamily.
J. Bacteriol. 187, 1519-1522.
10. Kadokura, H., Tian, H., Zander, Bardwell, J.C.A., *Beckwith, J. (2004)
Snapshots of DsbA in action: Detection of proteins in the process of
oxidative folding.
Science 303, 534-537.
11. Kadokura, H., *Beckwith, J. (2002)
Four cysteines of the membrane protein DsbB act in concert to oxidize
its substrate DsbA.
EMBO J. 21, 2354-2363.
■ 総説
1. *Kadokura, H., *Beckwith, J. (2010)
Mechanisms of oxidative protein folding in the bacterial cell envelope.
Antioxid. Redox Signal. 13, 1231-1246.
2. *Kadokura, H., *Katzen, F., *Beckwith, J. (2003)
Protein disulfide bond formation in prokaryotes.
Ann. Rev. Biochem. 72, 111-135.
27
Research:10
mRNAの局在化に働く
新生鎖の機能解析
小胞体ストレス応答(UPR: Unfolded Protein Response)
XBP1u 蛋白質を発現することが知られている。ストレス下で
は真核細胞がその恒常性を維持するために進化的に発達さ
は IRE1αによるスプライシングを受けるために(26 ヌクレ
せてきた、小胞体とサイトゾル / 核間の情報伝達機構であ
オチドの除去)、コドンの読み枠がずれ、XBP1s 蛋白質の C 末
り、その機構は驚くほど巧みに制御されている。なかでも小
側半分の領域は XBP1u 蛋白質のアミノ酸配列とは全く異な
胞体ストレスセンサーである IRE1 は、酵母から哺乳動物細
る 活 性 型 の 転 写 因 子 XBP1s を 発 現 す る(図 2)。す な わ ち、
胞まで進化的に保存された経路であり、HAC1 mRNA(酵母)
XBP1 mRNA は 2 つの異なる蛋白質を発現することになる。
や XBP1 mRNA(動物)を特殊スプライシングすることによ
それでは、
(XBP1s は転写因子として機能するが)非ストレ
り、それぞれの完成型転写因子を生産、下流の標的分子であ
ス下で合成されている XBP1u 蛋白質は一体何をしているの
る小胞体シャペロン遺伝子を転写レベルで誘導する . これら
だろうか? 我々は、XBP1u の C 末側には、小胞体移行シグナ
のシャペロンは新生蛋白質の凝集を防ぐと共に、folding を
ルとなる HR と翻訳停止を起こす pausing signal があること
助け、小胞体ストレスを沈静化する(図 1)。哺乳動物の IRE1
を見出した。
αの 標 的 分 子 で あ る XBP1 mRNA は、非 ス ト レ ス 下 で は
図1
28
河野 憲二
(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 教授)
研究室URL http://bsw3.naist.jp/kouno/kouno.html;
http://bsw3.naist.jp/courses/courses207.html
■ 代表的な論文
【研究概要】
unspliced form の XBP1u は、pausing signal を使って翻訳アレ
ストを起こすことにより、小胞体移行に必要な領域 HR がリボ
ソームの外側に露出し、このシグナルを利用して自身の mRNA
を小胞体膜上へリクルートし、ストレス下での特殊スプライシ
。この発見は、翻訳
ングを効率良く起こすことがわかった(図 3)
途上の新生鎖が成熟タンパク質とは異なる機能を持つ点、また
翻訳アレストとカップリングした mRNA の細胞内局在化という
点で新しい発見である。本計画研究では、小胞体ストレス応答
を効率良く起こすために mRNA を小胞体膜上に運ぶ仕組みを明
らかにすることを目的に、以下の項目を解析する。
(1)翻訳アレストによる XBP1u mRNA の小胞体膜への標的化
機構
(2)翻訳アレスト機構及びその解除機構の解析
(3)翻訳アレスト時の mRNA と新生鎖の品質管理機構の解析
1. *Kadokura H., Saito, M., Tsuru, A., Hosoda, A., Iwawaki, T., Inaba, K., and
*Kohno, K. (2013)
Identification of the redox partners of ERdj5/JPDI, a PDI family member,
from an animal tissue.
Biochem Biophys Res Commun. 440, 245-250.
2. Adolph, T.E., Kohno, K., and Blumberg, R.S. (25人中13番目) (2013)
Paneth cells as a site of origin for intestinal inflammation.
Nature 503, 272-276.
3. *Tsuru, A., Fujimoto, N., Takahashi, S., Saito, M., Nakamura, D.,
Iwano, M., Iwawaki, T., Kadokura, H., Ron, D., and *Kohno, K. (2013)
Negative feedback by IRE1β optimizes mucin production in goblet
cells.
Proc Natl Acad Sci USA, 110, 2864-2869.
4. Shinya, S., Kadokura, H., Imagawa, Y., Inoue, M., Yanagitani, K., and
*Kohno, K. (2011)
Reconstitution and characterization of the unconventional slicing of
XBP1u mRNA in vitro.
Nucleic Acids Res. 39, 5245-5254.
5. Yanagitani, K., Kimata, Y., Kadokura, H. and *Kohno, K. (2011)
Translational pausing ensures membrane-targeting and cytoplasmic
splicing of XBP1u mRNA.
Science 331, 586-589.
6. Promlek, T., Ishiwata-Kimata, Y., Shido, M., Sakuramoto, M., Kohno, K.
and Kimata, Y. (2011)
Membrane aberrancy and unfolded proteins activate the endoplasmic
reticulum-stress sensor Ire1 in different ways.
Mol. Biol. Cell, 22, 3520-3532.
7. Nakamura, D., Tsuru, A., Ikegami, K., Imagawa, Y., Fujimoto, N., and
*Kohno, K. (2011)
Mammalian ER stress sensor IRE1β specifically down-regulates the
synthesis of secretory pathway proteins.
FEBS Lett. 585, 133-138
8. Yamamoto, Y.H., Kimura, T., Momohara, S., Takeuchi, M., Tani, T.,
Kimata, Y., Kadokura, H., and *Kohno, K. (2010)
A novel ER J-protein DNAJB12 accelerates ER-associated degradation
of membrane proteins including CFTR.
Cell Struct. Funct. 35, 107-116
9. *Iwawaki, T., Akai, R., Yamanaka, S., and Kohno, K. (2009)
Function of IRE1alpha in the placenta is essential for placental
development and embryonic viability.
Proc Natl Acad Sci USA, 106, 16657-16662.
図2
10. Yanagitani, K., Imagawa, Y., Iwawaki, T., Hosoda, A., Saito, M., Kimata, Y.,
and *Kohno, K. (2009)
Cotranslational targeting of XBP1 protein to the membrane promotes
cytoplasmic splicing of its own mRNA.
Mol. Cell 34, 191-200
■ 総説
1. Kimata, Y., and *Kohno, K. (2011)
Endoplasmic reticulum stress-sensing mechanisms in yeast and
mammalian cells. Curr. Opin.
Cell Biol. 23, 135-142
図3
29
Research:11
新生鎖テイルアンカー型タンパク質
(TA)の輸送・膜挿入と品質管理
総タンパク質の 20~30% に及ぶ膜タンパク質は、物質輸
必要とし、TA の運命決定はより上流のリボソームでの新生鎖
送、細胞内情報伝達、生体防御など生命活動に必須な機能を
翻訳時において実行されることが予想されている。しかしなが
担っている。膜タンパク質のうち、テイルアンカー型タンパク
ら、これら新生鎖 TA の運命決定の分子機構はほとんど不明で
質(TA)は分子内 C 末端に存在する 1 つの膜貫通領域により脂質
ある。
膜にアンカーされる(図 1)。リボゾーム上で翻訳される新生鎖
TA は、翻訳途上のリボゾーム上の時点から Bag6 を含む膜貫通
ドメイン認識複合体(TM domain recognition complex: TRC 複
合体)を介した認識と運命決定がなされると考えられている
(図 2、①)。TA の多くが小胞体に輸送されるが、それらは広く知
られた翻訳共役型輸送の基質とならず、ATPase 活性を持つ
TRC40 を介した GET システムにより post-translational にサ
イトゾルを介して小胞体膜へ直接輸送される(図 2、②)。一方、
我々は最近、哺乳類ペルオキシソーム局在型 TA がペルオキシ
ン Pex19p 依存的かつ TRC40 非依存的にサイトゾルから直接ペ
ルオキシソームへ輸送されることを見出した(図 2、④)。従っ
て、翻訳に共役したフォールディングおよび品質管理(図 2、
③)を含め、C 末端膜貫通ドメイン中の局在化シグナルに依存
した TA の翻訳後輸送はその局在先によって異なる分子機構を
図1
図2
30
藤木 幸夫
(九州大学 大学院理学研究院 特任教授)
研究室URL http://www.organelle.kyushu-u.ac.jp/
【研究概要】
本計画研究では TA をモデルとして、翻訳と共役した新生鎖の運
命決定機構の解明、および品質管理システムと共役したタンパク質
翻訳後選別輸送機構という新たな概念の創出を目指し、以下の 2 課
題を解明する。
(1)新生鎖 TA の認識および翻訳速度調節を伴う品質管理システム
新生鎖 TA がリボソーム上、あるいはその近傍で選別認識され
る分子機構を明らかにする。膜貫通ドメイン認識複合体 (TRC 複
合体 ) の構成成分の一つである Bag6 はリボソーム結合性シャペ
ロンであり、TA の輸送とタンパク質分解という二面的な機能を
有する。新生鎖 TA がフォールディングして標的膜への輸送に向
かうか、または分解されるかの運命決定がどのようになされる
のか、Bag6 の関与と翻訳速度調節を含めた機能切り替え機構に
ついて、試験管内翻訳系を用いて明らかにする。
(2)新生鎖 TA のオルガネラ選別輸送および膜挿入機構
TRC 複合体は小胞体 TA 新生鎖の膜貫通領域を捕捉し、小胞体
への標的化因子 TRC40 への受け渡しに関与するが、その選別の
詳細な機構は未解明である。小胞体局在型 TA、ミトコンドリア
局在型 TA、およびペルオキシソーム局在型 TA との比較を軸と
して仕分けの分子機構を解析する。また、新生鎖 TA の脂質二重
膜層への正確な挿入機構を明らかにする。
TA をモデルとしたリボソーム翻訳時における新生鎖の選別輸
送や分解といった運命決定機構の解明は、品質管理システムと
共役したタンパク質翻訳後選別輸送機構という新たな概念を創
出すると考えられる。本研究課題で得られる TA 翻訳後輸送機構
についての新たな知見は、まだほとんど未解明のミトコンドリ
■ 代表的な論文
1. Tamura, S., Matsumoto, N., Takeba, R., and *Fujiki, Y. (2014)
AAA peroxins and their recruiter Pex26p modulate the interactions of
peroxins involved in peroxisomal protein import.
J. Biol. Chem. 289: 24336-24346.
2. Yamashita, S., Abe, K., Tatemichi. Y., and *Fujiki, Y. (2014)
The membrane peroxin PEX3 induces
peroxisome-ubiquitination-linked pexophagy.
Autophagy 10: 1549-1564.
3. Honsho, M., Asaoku, S., Fukumoto, K., and *Fujiki, Y. (2013)
Topogenesis and homeostasis of fatty acyl-CoA reductase 1.
J. Biol. Chem 288: 34588-34598.
4. Yagita, Y., Hiromasa,T., and *Fujiki, Y. (2013)
Tail-anchored PEX26 targets peroxisomes via a PEX19-dependent and
TRC40-independent class I pathway.
J. Cell Biol. 200: 651-666.
5. Otera, H., and *Fujiki, Y. (2012)
Pex5p imports folded tetrameric catalase by interaction with Pex13p.
Traffic 13: 1364-1377.
6. Itoyama, A., Honsho, M., Abe, Y., Moser, A., Yoshida, Y., and *Fujiki, Y.
(2012)
Docosahexaenoic acid mediates peroxisomal elongation, a
prerequisite for peroxisome division.
J. Cell Sci. 125: 589-602.
7. Miyata, N., Okumoto, K., Noguchi, M., Mukai, S., and *Fujiki, Y. (2012)
AWP1/ZFAND6 functions in Pex5 export by interacting with
Cys-monoubiquitinated Pex5 and Pex6 AAA ATPase.
Traffic 13: 168-183.
8. Okumoto, K., Misono, S., Miyata, N., Matsumoto, Y., Mukai, S., and
*Fujiki, Y. (2011)
Cysteine-ubiquitination of peroxisome-targeting-signal type 1
(PTS1)-receptor Pex5p regulates Pex5p recycling.
Traffic 12: 1067-1083.
9. Su, J. R., Takeda, K., Tamura, S., *Fujiki. Y., and *Miki, K. (2009)
Crystal structure of the conserved N-terminal domain of the
peroxisomal matrix protein import receptor, Pex14p.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106: 417-421.
10. Matsuzaki, T., and *Fujiki, Y. (2008)
The peroxisomal membrane-protein import receptor Pex3p is directly
transported to peroxisomes by a novel Pex19p- and
Pex16p-dependent pathway.
J. Cell Biol. 183: 1275-1286.
11. Matsumoto, N., Tamura, S., and *Fujiki, Y. (2003)
The pathogenic peroxin Pex26p recruits the Pex1p-Pex6p AAA-ATPase
complexes to peroxisomes.
Nature Cell Biol. 5: 454-460.
アや葉緑体局在性 TA 輸送の理解に繋がるだけでなく、TA タンパ
ク質以外の翻訳後輸送されるオルガネラ局在性膜タンパク質、
さらには可溶性のオルガネラ局在性タンパク質の輸送・品質管
理機構の解明にも波及効果を及ぼすことが期待される。
■ 総説
1. *Fujiki, Y., Okumoto, K., Mukai, S., and Tamura, S. (2014)
Molecular basis for peroxisome biogenesis disorders. In: Brocard, C. and
Hartig, A. (eds) Molecular machines involved in peroxisome biogenesis
and maintenance,
Springer-Verlag, Wien, Austria. pp. 91-110
2. *Fujiki, Y., Itoyama, A., Abe, Y., and Honsho, M. (2014)
Molecular complex coordinating peroxisome morphogenesis. In:
Brocard, C. and Hartig, A. (eds) Molecular machines involved in
peroxisome biogenesis and maintenance,
Springer-Verlag, Wien, Austria. pp. 391-401
31
Research:12
働く新生鎖の生理機能と分子機構
翻訳途上の新生鎖は未成熟の合成中間体であり、生理機能を
翻訳アレストは解除されるが、SpoIIIJ の活性が低下すると、翻
持たないと信じられてきた。我々は、翻訳途上で自らの翻訳伸
訳アレストが持続する。mifM の翻訳アレストは、mifM-yidC2
長を一時停止(アレスト)させ、そのことを利用して蛋白質の
mRNA 上にあるステムループ構造を unfold 状態に維持する。そ
分泌装置や膜組込装置などの活性をモニターし、遺伝子発現の
の結果、yidC2 の翻訳開始に必要な Shine-Dalgarno(SD)配列
調節を介してこれら蛋白質局在化装置の恒常性を維持する因
と、細 胞 質 に あ る リ ボ ソ ー ム と の 相 互 作 用 が 可 能 に な り、
子(大腸菌 SecM および枯草菌 MifM)を見出し、また、解析を進
yidC2 の翻訳レベルでの発現誘導が起こる(図 参照)。枯草菌細
めてきた。これらの「働く新生鎖」の発見は、翻訳途上の状態
胞においては、MifM のこのような働きによって、生育に必須で
で生理機能を発揮するユニークなタンパク質群が存在するこ
ある蛋白質膜組込装置の恒常性が維持されている。
とを示した。
SecM や MifM は、その翻訳途上鎖がリボソームの大サブユ
働く新生鎖の生理機能と分子機構を理解する上で、翻訳アレ
ニットにあるポリペプチド鎖排出トンネルと特異的な相互作
ストのメカニズムと、それを解除するメカニズムを理解するこ
用することで、翻訳伸長を阻害する。一方、リボソームの外で、
とが必要である。そこで我々は、
新生鎖の N 末端付近にある分泌シグナルや膜組込シグナルがそ
(1)翻訳アレスト機構の解明
れぞれの蛋白質局在化装置と相互作用すると、翻訳アレストは
(2)翻訳アレスト解除機構の解明
解除される。逆に、局在化装置の活性が低下すると、翻訳アレ
ストが持続する。翻訳アレストの持続は、標的遺伝子の発現を
32
【研究概要】
といった中心的課題に取り組みつつ、
(3)翻訳アレストを利用した新規モニター因子の探索や構築
翻訳レベルで活性化する。例えば、MifM は、膜組込装置 YidC ホ
といった発展的課題にも取り組むことで、働く新生鎖の可能性
モログの一つ SpoIIIJ によって細胞質膜に組み込まれると、その
を模索したいと考えている。
千葉 志信
(京都産業大学 総合生命科学部 准教授)
研究室URL http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~k4563/index-j.html
(1)翻訳アレスト機構の解明
翻訳アレストは、MifM や SecM とリボソームにあるポリペプチド
鎖出口トンネルとの間で起こる相互作用に依存して引き起こされ
ることが明らかになりつつある。そこで、翻訳アレストの分子機構
を理解するために、新生鎖とリボソーム・トンネルとの相互作用
を、遺伝学、生化学、および、構造生物学的に明らかにしたいと考
えている。
(2)翻訳アレスト解除機構の解明
MifM の翻訳アレストは、MifM の膜組込に依存して解除される。
一方、SecM の翻訳アレスト解除は SecM 自身の分泌に依存する。ア
レスト解除機構を明らかにするためには、アレスト解除に必要なエ
レメントを全て明らかにすることが必要である。その中には、例え
ば、アレスト因子自身が分子内にもつ内在性エレメントや、細胞質
や細胞質膜にあり、翻訳の途上で MifM や SecM と相互作用する外在
性エレメントなどが想定される。MifM や SecM のシステマティック
な変異解析やゲノムワイドの変異スクリーニングから、これらのエ
レメントを同定しつつ、in vitro でアレスト解除を再構成する試み
からアレスト解除に必要な因子を明らかにしていきたい。
(3)翻訳アレストを利用した新規モニター因子の探索や構築
既知のアレスト因子の改変から、本来のものと性質の異なるセン
サーを構築出来る可能性が示されている。例えば、蛋白質の膜組込
をモニターする MifM の N 末端の膜貫通領域を分泌シグナルに置き
■ 代表的な論文
1. Nakamori, K., Chiba, S. and Ito, K. (2014)
Identification of a SecM segment required for export-coupled release
from elongation arrest.
FEBS Lett. 588, 3098-3103.
2. Kumazaki, K*., Chiba, S*., Takemoto, M., Furukawa, A., Nishiyama, K.I.,
Sugano, Y., Mori, T., Dohmae, N., Hirata, K., Nakada-Nakura, Y.,
Maturana, A.D., Tanaka, Y., Mori, H., Sugita, Y., Arisaka, F., Ito, K.,
Ishitani, R., Tsukazaki, T. and Nureki, O. (2014)
Structural basis of Sec-independent membrane protein insertion by
YidC.
Nature, 509, 516-520.
(*These authors contributed equally to this work)
3. Chiba, S. and Ito, K. (2012)
Multisite ribosomal stalling: A unique mode of regulatory nascent
chain action revealed for MifM.
Mol. Cell 47, 863-872
4. Ito, K., Chadani, Y., Nakamori, K., Chiba, S., Akiyama, Y. and Abo, Y.
(2011)
Nascentome analysis uncovers futile protein synthesis in Escherichia
coli.
PLoS ONE 6(12): e28413.
5. Saito, A., Hizukuri, Y., Matsuo, E. -i., Chiba, S., Mori, H., Nishimura, O.,
Ito, K. and Akiyama, Y. (2011)
Post-liberation cleavage of signal peptides is catalyzed by the site-2
protease (S2P) in bacteria.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 108, 13740-13745.
6. Chiba, S., Kanamori, T., Ueda, T., Akiyama, Y., Pogliano, K. and Ito, K.
(2011)
Recruitment of a species-specific translational arrest module to
monitor different cellular processes.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 108, 6073-6078.
7. White, R., Chiba, S., Pang, T., Dewey, J. S., Savva, C. G., Holzenburg, A.,
Pogliano, K. and Young, R. (2011)
Holin triggering in real time.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 108, 798-803.
8. Chiba, S., Lamsa, A. and Pogliano, K. (2009)
A ribosome-nascent chain sensor of membrane protein biogenesis in
Bacillus subtilis.
EMBO J. 18, 3461-3475.
換えると、この改変型 MifM は、蛋白質の膜組込ではなく分泌をモ
ニターするようにその性質を変換する。このことをさらに発展応用
することで、様々な性質を持つ調節性アレスト因子を人工的に構築
■ 総説・書籍
することが出来るかも知れない。そのようなセンサーは、翻訳途上
1. Ito, K. and Chiba, S. (2014)
Biological significance of nascent polypeptides that stall the ribosome.
pp 3-20, Regulatory Nascent Polypeptides (Ed. Ito, K.), Springer Japan
で新生鎖の身に起こる多様なな動的相互作用を感知するセンサー
として、新生鎖研究に応用することが出来るのではないかと期待し
ている。
2. Chiba, S. (2014)
MifM, a regulatory nascent chain that monitors membrane protein
integration. pp 257-277, Regulatory Nascent Polypeptides (Ed. Ito, K.),
Springer Japan
3. Ito, K. and Chiba, S. (2013)
Arrest peptides: cis-acting modulators of translation.
Annu. Rev. Biochem. 82, 171-202.
4. Ito, K., Chiba, S. and Pogliano, K. (2010)
Divergent stalling sequences sense and control cellular physiology.
Biochem. Biophys. Res. Commun. 393, 1-5.
33
Meeting Report:01
Translational Control 2014 に参加して
牧野 支保
(東北大学大学院 薬学研究科 博士後期課程2年)
半日以上の長い飛行時間を経て、ジョン・F・ケネディー国
ですが、より英語を話すことが出来たらさらに深いディス
際空港へ到着。2014 年 9 月にニューヨーク郊外のコールド・
カッションが出来たのにと、毎度のことながら能力不足を痛
スプリング・ハーバー研究所にて開催された、 Translational
感しました。もちろん上手く英語を話せるに越したことはな
Control 2014 に参加させて頂きました。稲田先生からミー
いですが、セリフのように準備された英語よりも熱意のこ
ティング・レポートの寄稿依頼がありましたので、感じたこ
もった下手な英語なら、その方が伝わるのかもしれないな、
となどを記したいと思います。
と何度かのポスター発表を通して感じているところです。
コールド・スプリング・ハーバー研究所は、DNA の二重ら
トークの発表で印象的だったのは、発表の巧みな技術や話
せん構造を発見した James Watson も所長を務めたことのあ
術はもちろん、女性発表者の多さでした。およそ半分が女性
る、分子生物学の礎となる研究が行われてきた研究所です。
発表者だったでしょうか、もうすぐ独立して PI になるからポ
この研究所では多くの meeting が開催され、各分野の最前線
スドクを募集中という方、トップジャーナルに自分の論文が
で活躍する研究者が集います。 Translational Control はそ
公開されると宣伝する大きなお腹の妊婦の方など、非常にア
の名の通り、翻訳段階における制御に焦点を当てた meeting
クティブな方が多かったです。欧米と日本との研究環境の違
です。
いといった背景があるかもしれませんが、出来る限り今回の
meeting で発表された方々のように、アクティブな女性研究
初めての国際学会でのポスター発表が、ちょうど二年前の
者を目指したいと感じました。
同じ meeting でした。研究成果を世界に発信する機会として
心待ちにしていた反面、英語での説明が正確に伝わるだろう
34
私にとっての学会初参加は、京都で開催された国際学会の
か、質問に答えられるだろうか、と不安な思いで臨んだこと
RNA meeting 2011 で し た。同 じ ポ ス タ ー を 見 て い た 方 が
を思い出しました。今回はというと、不安が無くなったと言
「Beautiful!」と発表者にコメントしていたことを鮮明に覚え
えば嘘になりますが、どんな方がポスターを見に来てくれる
ています。なぜなら、なぜ美しいと言うのだろう、研究・実
のだろう、と期待する気持ちの方が大きくなりました。いざ
験結果が美しいとはどういうことなのかと、そのときはよく
ポスター発表の時間が始まると、私のポスターの前にはすで
分からず疑問に思ったからです。それから3年経った今回の
に何人かの方が居ました。近づいて名前を見てみると、論文
自身の発表で、
「Interesting」というコメントを頂きました。
上で何度も名前を見たことがあり、近い内容の研究をしてい
Interesting でももちろん十分嬉しいのですが、個人的には
る方ということが分かりました。
「最もディスカッションし
「Beautiful!」の方が嬉しいということに気付きました。研究
て欲しい方、研究内容の近い方はポスター開始時間の最初に
を始めたばかりの大学院生に過ぎませんが、日々論文を読み
居る」という前回の経験から学んだ法則?をその時すっかり
実験を行い、ディスカッションを繰り返す中で、単なる見た
忘れていました。発表の序盤は英語での発表に慣れておら
目だけではない研究の美しさに気付き、魅了されてしまった
ず、終盤よりも滑らかに話せなかったことが悔やまれます。
ようです。そしていつか私も、
「美しい」と感じてもらえるよ
また、多くの質問やアドバイスをしてくださり嬉しかったの
うな仕事をしてみたい、そう思いました。
Translational Control 2014の学会会場にて
Reviewerのコメントについてディスカッションをしている場面を
撮影されていました。
東北大学大学院薬学研究科遺伝子制御薬学分野 稲田研究室のメンバー
ラボ旅行で訪れた蔵王山頂にて。最前列の左から二番目が著者、
三番目が稲田利文先生。
Meeting Report:02
JAJRNA Meeting
池内 健
(東北大学大学院 薬学研究科)
2014 年 11 月 2 日 ~5 日 に オ ー ス ト ラ リ ア、シ ド ニ ー の シ ド
ニー工科大学 (UTS) で開催された Joint of Australia and Japan
RNA Meeting (JAJRNA) に参加しました。この Meeting は日本
とオーストラリアの RNA society の交流・相互活性化を目的
としており、今回が初開催。日本とオーストラリアにおいて
勢いのある RNA 研究者が invited speaker として発表し、聴き
応えのある非常に濃い内容でした。また、大学院生・ポスド
クをメインとした若手研究者にも口頭発表の機会が与えら
れ、私を含め貴重な経験が得られた Meeting になりました。
オーストラリアにはスギ花粉症がない
シドニーへは成田から直行便が航行しています。移動は 10
時間とやや長いですが、時差が無いため北米や欧州よりはし
んどくない。シドニー国際空港は市街地のすぐ近くにあるた
め、空港からホテル・会場への移動は快適でした。
口頭発表にて
筆者にとって今回は初めての南半球。時差はほとんどない
が、太 陽 は 北 に 昇 る。季 節 は 真 逆 の 春。さ く ら に 代 替 わ り
さて、本題のセッション内容について。特に議論が活発で
ジャカランダのむらさき色が街を飾っていました。街中をし
印象深かった演題は、核内構造体 Paraspeckle。Paraspeckle
ばらく歩いていた時、筆者はあることに気づいた。重度の花
はヒトの主要な細胞において観察される核内構造体で、特徴
粉症であるにも関わらずくしゃみひとつでない。なんとオー
的なタンパク質およびノンコーディング RNA(ncRNA) が局在
ストラリアにはスギが無いらしい。すばらしい。学会発表準
することがわかってきましたが、その機能は未だ不明です。
備に追われ、気づけば何もオーストラリアについて調べてこ
Paraspeckle の第一人者 Archa Fox、ncRNA ネオタクソノミ領
なかったが、第一印象は非常に良好でした。
域代表の廣瀬哲郎先生による発表が行われ、活発な議論が飛
び交っていました。miRNA や piRNA 関連の研究も含めて、日
本とオーストラリアの ncRNA 研究のレベルは非常に高いと再
認識しました。そうとなれば我々コーディングも負けてはい
られません。我々を含む翻訳制御機構の演題や、コーディン
グ領域の多様化を担う細胞内現象であるスプライシングや
Alternative Polyadenylation についての発表も非常に精力的
で興味深いものでした。
初の英語口頭発表、質疑応答は今後の課題に
本ミーティングでは多くの若手、特に大学院生にも口頭発
表の機会が与えられました。筆者はありがたいことに、これ
まで二度の海外学会にてポスター発表する機会を頂いていま
したが、口頭発表の経験はありませんでした。今回も演題登
録の際はポスター発表としていましたが、オファーを頂き口
頭発表を行う事になりました。
ジャカランダとSt. Mary大聖堂
2 日目の最後のセッションでの発表でしたが、やはり英語
ということもありかなり緊張しました。質疑応答では第二言
語ならではの難しさに直面し、即座に答えることができず苦
日本の RNA 研究は質が高い。
い経験になりました。今回の発表では「英語」での発表の難
会場の UTS はセントラル駅のすぐ近くにあり、近未来的で
しさを知るいい機会になりました。同時にもっと英語の発表
立派な建物でした。ゆえに複雑でわかりにくく、初日は迷っ
スキルを磨いて再び発表したいと思いました。今後の目標と
た参加者が多かったようです。
して 2016 年に日本で開催される RNA Society Meeting に参加
35
Meeting Report:02
し良い発表ができるように、研究も英語も頑張りたいと思い
ます。とりあえず無事(?)に発表が終わったため、その日の
夜は日本とオーストラリアの学生さんたちと、美味しいビー
ルやサングリアを満喫しました。
おわりに
今回は海外での口頭発表という貴重な経験を得ることがで
き幸運でした。学生ではなかなか海外学会には行けない、特
に口頭発表の機会は得られないので、企画・演題推薦してい
ただいたオーガナイザーの先生方や、旅費支援をしていただ
いた日本 RNA 学会の皆様には心より感謝を申し上げます。
また今回は一番若い方で、修士 1 年の学生さんたちも口頭
発表をしていました。学生の方々、もし機会があればですが、
ぜひ積極的に海外の学会に参加して研究発表してみてはいか
日本・オーストラリアの学生さんたちと
がでしょうか。もちろんまずは研究をしっかり頑張る必要が
ありますけどね。
Essay
河合(野間) 繁子
新生鎖がもらたす
生体コントロール
2002年 東京学芸大学大学院 教育
学研究科 理科教育生命科学修了
後、東工大吉田研にて研究補佐員
として酵母プリオン研究に没頭。
そ
の後東大新領域にて学位を取得。
2012年10月 千葉大工学部共生応
用化学科にて助教として着任、現
在に至る。3秒に一回ケンカをする
∼ミクロから赤ちゃんまで?
!
姉妹の母。好きな言葉は、辛いとき
こそ上り坂。今まさに上り坂?
2011 年 9 月 1 日。妊娠 37 週を迎えた私は、お腹の中でモゴモ
切開… 私には自然分
ゴしている赤ちゃんの顔を想像しながら妊婦検診にむかっ
も、生まれるときは必ず、産道を通って世の中に出てくるの
た。
「河合さん、血圧が 140 近いので、危険ですから、このま
ではないのか。
は許されないのか。どんな赤ちゃん
ま入院しましょう。ご主人に着替えをもってきてもらってく
からだの約七割を占める、からだを作るためのもっとも重
ださい。」
要な材料のひとつであるタンパク質。私たちのからだの中に
は?… 何を言われているのか分からなかった。至って健
は約 10 万種類もあると言われている。その 10 万種類ものタン
康、このまま走って帰ることだってできそうだ。でも、頑に
パク質はどんなものもかならず、新生鎖、つまり赤ちゃんの
病院から帰宅を拒まれた。強制的に入院させられた私は、元
状態をとる。mRNA の塩基情報に従って、tRNA によって運ば
気が有り余っていたが、血圧が上がるからと本など細かい文
れてきたアミノ酸がリボソーム上でペプチド結合によって
字を読むことを禁止された。もちろん論文も。仕方なく、暇
つながれ、リボソームトンネルといういわば産道を通過し
になってしまった私は、アメトークをみてけらけら笑ってい
て、細胞という一つの世の中(社会)に放出されるのだ。こ
た。翌朝、血圧を測った看護士が険しい顔で、
「あなたは今日
帝王切開で出産します。赤ちゃんをださないと、母体がもた
ない。」言われていることの意味が分からなかった。予定日
より三週間近く早い。こんなに元気なのに、なぜ帝王切開を
れがまさにタンパク質誕生の瞬間だ。一生(タンパク質の一
生)を仲間と協同する(タンパク質の社会)ことで駆け抜け
るための、どんなタンパク質にも共通の、そのスタートがこ
こにある。
しなくてはならないのか… 私の血圧は 150 を遥かに上回って
をする人は、健康な人でも出産時には
このプロセス、つまり翻訳されて新生鎖ができていく過程
200 を超えるそうだ。今の私なら、300 を超えるだろう。帝王
がいろんな生命現象に関わっていることが最近の研究から
いたのだ。自然分
36
分かってきた。新生鎖がもたらす翻訳アレストを介した遺伝
チ説に分かれていた。まだ決着がついたとはいえないが、あ
子発現スイッチがそのひとつである。よく知られている遺伝
れから 10 年の間に、Sup35 や Ure2 だけではなく、数多くのタ
子 ス イ ッ チ と は、レ ギ ュ レ ー タ ー タ ン パ ク 質 が DNA オ ペ
ンパク質が酵母プリオンとして振る舞い、機能スイッチする
レーター配列に結合することで下流の遺伝子の発現を転写
ことで酵母に有益をもたらす現象であるがわかってきた。ま
レベルで制御する。Lac システムや Tet システムが代表的であ
たウミウシの CPEB がプリオン化することで記憶の長期増強
る。しかし今回のシンポジウムで千葉志信さんから報告され
を制御することがわかり、プリオンは生物種を超える普遍的
た枯草菌の MifM-YidC システムはこれら転写制御系とは異な
な現象となった。目の前で新規プリオンがどんどん発表され
り、新生鎖によるリボソームトンネル内での翻訳アレストが
ていく様は、田口研も研究していたので悔しい思いもした
mRNA の二次構造を制御することで遺伝子の翻訳をスイッ
が、
「機能スイッチ」であるプリオンが普遍的な現象になっ
チしているというものであった。具体的には、N 末側に膜貫
て い く 様(つ ま り 特 異 な 現 象 で は な い)に 興 奮 し た。
通領域をもつ MifM の新生鎖が、同じ mRNA 上に乗っている
SecM-SecA システムおよび MifM-YidC システムの発見によ
下流の YidC(膜タンパク質)の膜組込み活性をモニターし、
り分かってきた新生鎖の翻訳アレストによる遺伝子スイッ
制御している。mRNA 上の MifM と YidC の間には下流の YidC
チ現象も、今まさに、普遍的な生命現象になっていく途上に
の SD 配列があるが、二次構造で SD 配列がマスクされてい
あるのではないか。
る。上流の MifM が翻訳され新生鎖がトンネルからできてく
ると、C 末側にリボソームと相互作用するアレスト配列があ
るため、翻訳スピードが落ち、アレストされる。しかしこの
とき、N 末側の膜貫通領域が YidC によって膜にくみこまれ、
引っ張られるとアレストが解除される。YidC が発現していな
いと、アレストにより、マスクされていた YidC の SD 配列が
オープンになり、下流の YidC の発現が ON になる。つまりこ
れは、新生鎖に制御された遺伝子翻訳スイッチなのだ。
本新学術領域は、タンパク質の赤ちゃんである新生鎖が主
役である。この赤ちゃんがまだ世に出る前から何かしら生命
現象に関与している。しかし、そこには未知の現象がまだた
くさん解かれずにいる。そこに道を通すのがこの領域の目的
である。私は結局、帝王切開で出産することになり、娘は産
道を通ることなくこの世に誕生した。しかし、彼女は私のか
らだの中で、まだ世に出る前に、私の生命の危険を訴えてく
れたのだ。まるで新生鎖のごとく。妊娠高血圧症。未だ原因
大腸菌の SecM-SecA システムが同様のシステムとしてす
の分かっていない妊婦の病気のひとつだ。彼女が切り開かれ
でに発見されている。新生鎖による翻訳アレストが遺伝子翻
た私のお腹から出てくるとき、下半身麻酔をしていたにもか
訳スイッチとして機能するという興味深い生命現象が、ほか
かわらずペンチでへその緒をねじられるような、みぞおちを
にも少しずつ生物種を超えて報告され始めている。興味深く
抉られるような感触をおぼえ、無性に具合が悪くなった。し
ても、ひとつの生物種でしか発見されていないと、特異な現
かし、彼女が生まれてくる瞬間、彼女がお腹から出てくるの
象ではないかと見られることもある。しかし、生物種を超え
が感覚的にわかり、感動がこみあげて涙が止まらなかった。
た普遍的な現象として認知されていくその様をみるのは、研
2360g と小さかったが、元気な泣き声が手術室に響いたと
究当事者にはたまらないものがあるだろう。
き、私の出産という大きなイベントは終わった。そしてその
2002 年、酵母の細胞生物学を学んで修士取り立てほやほや
の私は、特定領域「タンパク質の一生」で研究補佐員として
東工大の吉田賢右研究室に雇われた。当時東工大の助手だっ
た田口英樹さんにつき、酵母プリオンの研究にたずさわるこ
と に な っ た。そ の 頃 の 酵 母 プ リ オ ン に 対 す る 考 え 方 は、
ときから、育児という終わりなき物語がスタートしたのであ
る。今は二児の母。嵐と地震が毎日同時にきているかのよう
な日々を過ごしているが、この先私は、世には出たけれども
まだまだ未熟な新生鎖である彼女たちをしっかり介添えす
べく、育ててゆかねばならない。
Wickner による病気の原因説と Lindquist による機能スイッ
編集後記
「新生鎖の生物学」のニュースレター第1号が完成しまし
研究においては重要性が十分認識されてこなかった、合成途
た。特 定 領 域 研 究「タ ン パ ク 質 の 一 生」
(吉 田 賢 右 代 表)、
上のポリペプチド鎖の生理的機能とその運命決定機構を解
「タンパク質の社会学」
(遠藤斗志也代表)で発行されていた
明することを目標としています。様々な関連分野における研
ニュースレターは質量共に充実しており、毎号楽しみに読ま
究内容や手法の導入が領域の発展に必須であり、本ニュース
れた読者も多いことと思います。
レターでも領域間の融合を目指した企画を立ち上げたいと
本新学術領域「新生鎖の生物学」は、従来の遺伝子発現の
思います。
(稲田)
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