...

畜産の研究 第70巻 第02号 (立ち読み)

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

畜産の研究 第70巻 第02号 (立ち読み)
2016年2月1日発行(毎月1回1日発行)ISSN2189−9991 CODEN:CKNKAJ
畜産 の研 究
Sustainable Livestock Production and Human Welfare
2016
第70巻・第 2 号
目 次
産業
酪肉近と研究開発・技術普及
動物
∼その 8(最終回)乳牛の飼料給与・栄養管理∼
…………………………………………………阿部 亮
97
薬物・生物学的製剤を使用した野生動物の
繁殖抑制について……………………………籠島恵介
103
バングラデシュ農村における畜産開発の現状と課題
―南西部メヘルプール県ショドール郡の例を中心に―
………………………………………………大西啓一郎
107
実践飼料学の失敗と成功(6)
―品質管理半世紀の軌跡から―……………本澤清治
123
飼料学(130)―飼料添加物(feed aditives)―
……………………………………岡野圭介・石橋 晃
130
カーフスターターの配合例と離乳方法………大成 清
135
山地酪農(やまちらくのう)の始祖・岡崎正英
(おかざきまさふさ ) …………………………中洞 正
149
パラグアイにおける石こう(CaSO4・2H2O)による
赤色酸性土壌の改良事例
―アルト・パラナ(Alto Paraná)県イグアス(Yguazú)
日系移住地での事例(4)―………………冨田健太郎
157
Dr.Ossy の畜産・知ったかぶり(56)…………押田敏雄
168
書評 「なぜニワトリは毎日卵を産むのか」
鳥と人間のうんちく文化学 森 誠[著者]
……………………………………田名部雄一[評者]
171
畜産界ニュース………………………………………………173 ∼ 176
株式会社
養賢堂
102
畜産の研究
第70巻 第2号 (2016年)
さて,ルーメン pH はどうだったのか,解説の文章をそのまま引用する。「最低ルーメン pH
が 5.1~5.2,5.2~5.3,5.3~5.4 となった牛がそれぞれ 2 頭ずついる一方で,アシドーシスの
リスクが非常に高い TMR を給与されているにもかかわらず,1 日の最低ルーメン pH が 6.0 以
上の牛が 2 頭いたのである」という。
大場さんは,
「アシドーシス対策には,牛群の中での個体差に注意を払い,それに合わせた対
応を考えるという視点が求められる」と結語しながらも,
「将来的に研究が進めば,アシドーシ
スになりにくい遺伝子を特定できるようになるかもしれない」,「もしかすると,将来的には,
子牛時代の栄養管理を工夫することでアシドーシスになりにくい牛を育てることも可能になる
かもしれない」,「これらは現時点では夢物語かもしれないが,これからの乳牛の飼養管理技術
を研究する上での新たな視点となることが考えられる」と述べておられる。
ルーメンアシドーシスを回避する技術(わざ)としては,
「 飼料設計におけるデンプンと繊維の
適正な比率の設定」,「TMR の調製」,「分離給与における穀類の多回給与」,「TMR の選択採食を
防ぐための穀類の加工」,
「粗飼料の質と切断長への配慮」等々が考えられ,実行されているが,
それぞれの技術を個別に,あるいは相乗的な効果を体系的・総合的に評価する実証的な研究と
ともに,明日を目指した,大場さんの言われるような基礎的な内容を持つ研究が同時に行われ,
技術のレベルを引き上げてゆくことが望まれる。
引 用 文 献
1) 家畜改良事業団・中央酪農会議監修, 乳用牛ベストパフォーマンス実現マニュアル, 畜産技術協会, 平成 27 年 8 月
2) 畜産をめぐる情勢, 農林水産省, 平成 27 年 11 月
3) 乳用牛群能力検定 成績のま とめ ~平成 24 年度,平成 26 年度~, 家畜改良事業団・ 乳用牛群 検定全国協 議会
4) N.C.Friggens et al., Animal, 4, 1197, 2010(乳牛における栄養 に由来す る低受胎率, 科学飼料抄訳, 56 巻 4 号, 2011)
5) 富樫研治,生涯乳 量を増や す泌 乳持続性,最新 農業技術 ,畜産,Vol8,農山漁村 文化協会,2015
6) P.C.Garnswothy et al., J. Dairy Sci., 91, 3814, 2008(泌乳牛における栄養, 代謝および繁殖, 科学飼料抄訳, 54 巻 4 号, 2009)
7) 栗原光規ら, 気候温暖化に対応 した乳牛の飼養 法, 九州農業試験場 報告, 第 29 号, 1995
8) 板橋久雄, 乳牛の生理機能とヒートストレス, デーリイジャパン臨時増刊「ヒートストレス」, デーリイジャパン社, 1996
9) T. Lundeen, Feedstuffs, 80, 12, 2008(暑熱ストレスに対する栄養対策, 科学飼料抄訳, 54 巻 1 号, 2009)
10) 吉田忠,事 例に学ぶ 蹄病対策, デーリイマン,2014 年 10 月号,デ ーリイマン社
11) M. L. Halperin ら(玉井 洋一ら訳 ), 症例から学ぶ 生化学, 東京化学同 人, 1995
12) Nutrient Requirements of Dairy Cattle,Seventh Revised Edition,National Research Counsil, National Academy Press, 2001
13) C. J. Sniffen et al., A Net Carbohydrate and Protein System for Evaluating Cattle Diets, Ⅱ. Carbohydrate and Protein Availability, J. Animal
Sci., 70, 3662, 1992
14) P.C.Garnwothy et al., Recent Advances in Animal Nutrition, Nottingham University Press, 1994
15) J.R.Achenbach et al., J. Animal Sci., 89, 1092, 2011(反芻家畜の栄 養シ ンポジウム:ルー メン pH の制御に おける有機酸
の吸収の役割, 科学飼料抄訳, 56 巻 12 号, 2011)
16) 三好志朗, SARA の発生と臨床症状の発現にはタイムラグがある, デーリイジャパン, 2007 年 2 月号, デーリイジャパン社
17) S. Li et al., J. Dairy Sci., 95, 294, 2011(亜臨床性ルーメン アシドーシ スの発症がルー メンと下 部消化管に おける発酵
およびエンドト キシンに 及ぼす影響 , 科学飼料抄訳, 57 巻 6 号, 2012)
18) 大場真人, 牛群中の個体差 に合 わせた飼料設計 を~ルー メン・アシ ドーシスへの新 たな視点 ~, デーリ イマン, 2014
年 3 月号, デーリイマン社
19) 飼料中の澱 粉濃度が 泌乳初期乳 生産に及ぼす影 響, 千葉県畜産セン ター特別研究報 告, 第 2 号, 平成 3 年
20) 単味飼料の 成分組成 と混合飼料 中の NDF とデン プンの給与 比率, 北海道立新得畜 産試験場, 北海道農 業試験会議資
料, 平成 7 年
21) http//wether.time-j.net/summer/summer daylist/2015
0369-5247/16/\1000/1 論文/
103
薬 物 ・ 生 物 学 的 製 剤 を 使 用 し た 野 生 動 物 の
繁 殖 抑 制 に つ い て
籠 島
恵 介
1
1 獣 医 師 (Keisuke Kagoshima)
日 本 の 各 地 で ニ ホ ン ジ カ Cervus nippon の 個 体 数 が 増 加 し つ つ あ る 。 狩 猟 者 の 高 齢 化
な ど も あ り , 農 作 物 被 害 は 平 成 24 年 で 230 億 円 を 越 え る ま で に な っ た (農 林 水 産 省 HP
2015 閲 覧 )。 電 気 柵 に よ る 人 身 事 故 も 発 生 し , 大 き な 社 会 問 題 に な っ て い る 。
長年,移入種を含めた様々な種類の鹿類の増加に悩まされてきたイギリス,およびアメリカ
合衆国などでは,薬物・生物学的製剤を使用した繁殖抑制の方策が検討されて実行段階に移り
つつある。それらは,銃やわなをつかった捕殺よりも対国民感情,動物福祉,および事故防止
の点で優れているとされる(Kreeger 1997)。殺処分後の死体処理が要らないことも大きい要素
である。
また,生態系に悪影響を及ぼす外来生物の駆除,あるいは狂犬病の撲滅のために一時的
に特定の野生動物の個体数をコントロールする目的でも繁殖抑制剤の研究が行われている。
そのいくつかの薬剤の特徴と欠点を紹介する。
1. GnRH 拮 抗 剤
GnRH(ゴナドトロピン Gonadotropine-releasing hormone)は視床下部で生産され,性腺を刺激
するホルモンを脳下垂体前葉から放出させて排卵・妊娠維持をさせるペプチドホルモンである。
本 剤 は GnRH と 拮 抗 し て 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン が 分 泌 さ れ な く す る 。投 与 さ れ た 鹿 は 雄 雌 と
も に 繁 殖 行 動 を し な く な り , あ る い は 妊 娠 し て も こ れ を 維 持 で き な い 。 も ち ろ ん 100% 有
効ではない。ペプチドホルモンの一種であるため,経口摂取した場合には消化分解されて
効力を失う。
Kreeger(1997)の 整 書 で は , ボ ウ ガ ン ・ 弓 矢 ・ 吹 き 矢 ・ jab-stick・ ダ ー ツ 等 で 薬 剤 を 投 与
する方法の他,弾丸に薬剤をしみこませたものを銃器で打ち込む方法などが包括的に記さ
れている。
少量で効果を示 し,投与を やめれば,2 年ほどで元 に 回復する(Miller 2000)。大 量生産す
れば 1 ド ー ス 当 た り 2-10 ド ル 程 度 と か な り 安 価 と な る と 言 わ れ て い る (ネ ブ ラ ス カ 大 学 HP
2015 閲 覧 )。 経 口 摂 取 し て も 無 効 な の で , 拡 散 し て も タ ー ゲ ッ ト 以 外 の 動 物 や 環 境 へ の 副
作 用 が 少 な い (Muller 1997)。 以 上 の 特 徴 か ら 理 想 的 な 繁 殖 抑 制 剤 と も 言 わ れ て い る 。
繁 殖 抑 制 剤 と し て ,「 GonaCon」と い う も の が 2012 年 に ア メ リ カ 環 境 保 護 庁 か ら 正 式 に
認 可 さ れ た (NWRC Last updated 2012)。 今 後 は 広 く 使 わ れ て い く と 思 わ れ る 。
ア メ リ カ の オ ジ ロ ジ カ Odocoileus virginianus に 対 す る シ ミ ュ レ ー シ ョ ン に よ れ ば , 別 の
個 体 群 か ら の 移 入 が あ る 場 合 ,個 体 群 の 不 妊 率 が 50% よ り 低 く な ら な い と 意 味 が な い と い
う 結 果 も あ る (Seagle 1996)。 最 終 的 な 成 果 は 個 体 群 の 流 動 性 に 左 右 さ れ る た め , 包 括 的 な
数 量 的 評 価 が 必要で,この繁殖抑制剤を使用した理想的な北米の鹿の個体数管理にはハン
ターの狩猟との併用が 望 ま し い と さ れ て い る 。
104
畜産の研究
第70巻 第2号 (2016年)
経 口 投 与 可 能 な タ イ プ も 開 発 中 で あ る (ネ ブ ラ ス カ 大 学 HP 2015 閲 覧 )。 狂 犬 病 の 蔓 延 防
止 の ために本剤と経口予防ワクチン(野生動物用に遺伝子組み換えの生ワクチンが実用化され
ている )と を 餌 に 混 ぜ て も 互 い に 干 渉 し な い こ と が 確 か め ら れ て い る (NWRC)。そ の た め 一
時的に繁殖率を低下させて狂犬病を地域から駆逐するステージでは,両剤を併用すること
が 有 効 か も し れ な い 。経 口 予 防 ワ ク チ ン で 抗 体 保 有 率 を 高 め て も ,未 接 種 の 幼 若 個 体 が 次 々
と生まれることは,経口予防ワクチン単独での撲滅成功率を著しく低くするからである。
Smith ら ( 2003) は イ ギ リ ス 本 土 に 狂 犬 病 が 侵 入 し た 場 合 , 繁 殖 抑 制 に よ り ア カ ギ ツ ネ
Vulpes vulpes の 幼 若 個 体 数 を 減 ら す こ と で , 狂 犬 病 を 撲 滅 す る 計 画 案 に つ い て 疫 学 的 シ
ミ ュ レ ー シ ョ ン を 行 っ た 。こ の 論 文 で は 経 口 予 防 ワ ク チ ン ,100% 効 果 が あ る と の 想 定 の 経
口 不 妊 化 製 剤 ,捕 殺 お よ び そ の 組 み 合 わ せ を 想 定 し て い る 。餌 摂 取 率 50% 未 満 で は 狂 犬 病
撲滅不可,狂犬病の侵入から対応が遅れれば遅れるほど撲滅成功率は下がる,侵入時のキ
ツネの個体数が多いと成功率は下がる,そして生息密度が高ければ,捕殺して生息密度を
低下させた後に,経口予防ワクチンと本剤を併用するのがもっとも効果的であるとの結果
が得られている。
日本でも口蹄疫が侵入し,特定地域の偶蹄類を一時的に減少させる必要がある場合にも
有効かもしれない。
2. 繁 殖 抑 制 剤
Diazacon
近 年 ,ア メ リ カ 政 府 野 生 生 物 局( NWRC)は ,外 来 生 物 の 繁 殖 抑 制 の た め ,薬 剤 Diazacon
(20,25 diazacholesterol)の 研究 も推 奨し てい る。 この 薬物 は, コレ ステ ロー ルの 生産 を阻害
することから,ドバ トの卵 黄の形成を阻害 して繁殖率 を低下させるの ではないか と期待され
ていたが,費用対 効果が悪 いために開発が 断念されて いたものである。しかし,卵黄形成を
阻害する濃度よりもかなり低い濃度でステロイドホルモンの生産を阻害することが分かった。
性ホルモンを抑 制すること で繁殖率を低下 させる。い わば再発見され た薬物であ る。
種特異性が低く ,鳥類 およ び哺乳類に対し て効果があ る。経口摂 取が可能な ため 生態系や
人体に 対 す る 影 響 が あ る の で , 厳 し い 審 査 に よ る 許 認 可 が 望 ま し い 。
プレイリードック(Cynomys 属)は,げっ歯類の一種で巣穴に牛が足を取られて牛が骨折事故
を起こす厄介な存在である。1 頭あたり 45mg を 10 回適用した結果,幼若個体が 59%に低下
した。投与開始時期が繁殖期前の予定通りであったならば,さらに低くなったと考えられてい
る(NWRC 2007)。
都 市 に 住 み つ い た ド バ ト は 感 染 症 を 広 め る 恐 れ が あ る (徐 1981)た め ,場 合 に よ っ て は 公
衆衛生的な意味である程度の個体数のコントロールがなされるべきである。しかしドバト
は周年繁殖するため,一年中投与する必要があり手間とコストが問題である。
野生の鹿に対して本剤を適用した場合,鹿肉を人間が食べ健康被害が起きる蓋然性が高
く,捕獲して確実なマーキングをすることが絶対必要である。また,鹿の死体を食べるワ
シタカ類や哺乳類などが,実施地域に生息している場合は大きな影響を受ける。
近年,日本全国 の河川湖沼 においてカワウ Phalacrocrax carbo による漁業被 害が 増加して
おり,偽卵のよる 繁殖抑制 ,巣落とし,ある いはエア ライフル(音が しないので 有効)などの
対策が採られ て い る (井 上 2012)。営 巣 地 に お い て ,粘 着 性 の あ る 油 剤 に 混 ぜ た 本 薬 剤 を 巣
ま た は 個 体 そ の ものに散布すれば,羽 根についた 油剤 を嘴で除去する 羽づくろい 行動で,か
なりの量を経口 摂取するた め,効果的 な繁殖抑制 が可 能かもしれない 。ドロ ーン を使用すれ
ば高所の巣等に 散布する の も 容 易 で あ る 。
149
や ま ち ら く の う
おか
ざき
まさ
ふさ
山地酪 農 の始 祖・ 岡 崎 正 英
EA
A E
中 洞
正
E AA E
E AA E
E AAE
E
1
1 中洞牧場・東京農業大学客員教授 (Tadashi Nakahora)
1.は じ め に
日本酪農は規模の拡大も頭打ち,小,中規模酪農家の脱落で酪農家戸数の急激な減少,のみ
ならず大規模酪農家によって辛うじて維持されてきた生産乳量も平成 8 年(1996 年)をピークに
減少の一途を辿っている。さらに環太平洋経済連携協定(TPP)の締結による経営不安から更なる
離農が進もうとしている。
この最大の要因は,輸入飼料に過度に依存した工業的加工型酪農の末路と言わざるを得ない。
為替変動に一喜一憂し,国際穀物市場価格に右往左往し,酪農家の自助努力を凌駕する外的要
因で経営が揺るがされているのである。
おかざき
今から去ること約 60 年前,高知県の一酪農家が急峻な山地放牧に挑んだ。その人の名は 岡崎
まさふさ
正英 ,当時 42 歳。
岡崎正英が挑んだ山地酪農は現在行われ
ている輸入飼料加工型酪農の対極にあり,
日本在来の草を活用して日本の国土の約
7 割を有する山地に牛を放牧するという手法の
酪農方法であった。彼が実践した山地放牧
の姿は,現在の TPP で戦々恐々としている
ニュージーランドの酪農の姿,そのもので
ある。
歴史的岐路に立たされている日本酪農の
新しい指針となる山地酪農を展開するに当
たり先駆者,岡崎正英の生涯を振り返り,
山地酪農がこれからの日本酪農の中興の礎
になることを確信して以下,論を進めたい。
2.岡 崎 正 英 の 生 い 立 ち
岡崎は大正 3 年(1914 年)高知県高知市円
行寺の農家に生まれる。昭和 6 年(1931 年)
高知農学校を卒業した翌年,急性腎臓炎を
患い医師からは死の宣告を受けた。絶対安
静の中でも岡崎の向学心は萎縮することな
く読書に励んだ。中でも二宮尊徳の著書に
感化され,その思想がその後の岡崎の人生
写真 1
岡崎正英(昭和 41 年頃)
150
畜産の研究
第70巻 第2号 (2016年)
指針となった。幸いにして命をとりとめ再度農作業に従事できるまでになった。自家の農業に
勤しみながら農会技手として地元の大規模な暗渠排水工事の責任者を務めたりした。
時,折しくも太平洋戦争まっただなかで満州開拓が国策として推進していた頃,岡崎にも
満州入植の声がかかり 19 年(1944 年)1 月に満州国に渡った。
しかし翌年には終戦を迎え,命からがらで帰国することとなった。以後,再び自家の農業に
勤しみ,昭和 22(1947 年)に乳牛 1 頭を導入して酪農が始まった。しかし産後の起立不能や乳房
炎などが多発して苦境に立たされた。
3.山 地 酪 農 と の 出 会 い
岡崎は苦しい経済の中でも技術を磨くための幾ばくかの本を買うことと,県外農事視察のた
めの金は惜しまなかった。努めてその道の最高権威者を訪ねると言う,行動力と学究心旺盛な
農民であった。
な お は ら きょう じ
昭和 31 年(1956 年)元農林大臣である石黒忠篤の紹介で,山地酪農の提唱者 猶 原 恭 爾 理
学博士を訪ねた。
「君,山はあるかね」と博士に問われ「あります」と,答えたものの崖のように急峻で表土
は浅く地味痩薄の蛇紋岩の山で,「あります。」と答えたことを一瞬後悔した。その旨,博士に
伝えたところ「大丈夫,牛は四足だから」と,博士は言下に答えた。
猶原博士の唱える山地酪農は,岡崎が今まで学んだ従来の牧野造成の考え方や放牧の仕方も
大分違っていた。しかし岡崎は,博士の考えが乾いた砂が水を吸い込むように岡崎の頭脳と心
に浸透して行った。
猶原博士が提唱した山地酪農の使命と目的は,その著書「日本の山地酪農」(柏書房刊・1974)
に以下のように述べている。
「低生産のまま放置されている山地を高度の生産地にすることにある。そして牛を良くする
のでもなく,また草地社会を良くするのでもなく,創造的生産によって日本の人間社会を良く
するのが使命である。」と。
また,「乳牛は 20 年間研がなくても切れ味は悪くならない自動草刈り機である。4 本の足は
燃料も要らない動力つきの車輪である。頭には電子機器が備わっていて原料(草)のある所を感
知し原料の適否を識別し,刈り取り,必要量を測定して詰め,運搬し,化学処理を行って,最
良の牛乳をつくる全工程を制御する電子計算機である。」と述べている。
酪農を単に牛乳生産業としてのみではなく総合的社会性を追及して,牛の本来あるべき機能
をフルに活用する山地酪農に岡崎は感銘を受け即座に実行を誓った。
4.山 地 酪 農 提 唱 者
猶 原 恭 爾 博 士
猶原博士は明治 41 年(1908)岡山県生まれ,東北帝国大学理学部で植物生態学を専攻した。
「草
しとね
を 褥 に木の根を枕に」全国津々浦々を行脚した牧野富太郎宜しく学生時代から南は九州,台
湾,北は樺太,北海道と行脚し草の研究に明け暮れ「草の神様」とまで言われた植物に精通し
た人であった。
自らの草の研究をいかに国家国民の生活向上役立てるかを真摯に考えたとき,そこに牛の介在を思い
つき自ら牛を 10 年間に亘って飼育し,乳を搾りその理論を実践した学者でもあった。その理論と実践
をベースにして構築したのが国土の 7 割を有する山地を放牧地として活用する「山地酪農」であった。
157
パ ラ グ ア イ に お け る 石 こ う (CaSO4・ 2H2O)に よ る
赤色 酸性 土壌 の改 良事 例
ア ル ト ・ パ ラ ナ (Alto Paraná)県 イ グ ア ス (Yguazú)日 系 移 住 地 で の 事 例 (4)
冨 田
1 (株)宏
健 太 郎
1
大,元パラグアイ国立ピラール大学農牧地域開発学部客員教授 (Kentaro Tomita)
1.は じ め に
前報においては,石こう施肥水準におけるヒマワリおよびトウモロコシの栽培試験の成果
(収量および経営評価)について報じてきた。本稿から,石こうの施肥水準が土壌の残存養分
の下降移動に及ぼす影響について報告していく。
なお,前報との継続であるため,土壌の断面調査期日を記載した表 1 の重要性も考慮して,
『2.実験材料および方法』は,本稿でも繰り返し記しておく。
2.実 験 材 料 お よ び 方 法
本実験は,CEPTAPAR 実験圃場において,ヒマワリ(Helianthus annus) (主作物として:雑種
MG-60CL)およびトウモロコシ (Zea mays)(裏作物として:雑種 DK-910)の輪作栽培体系
におい て,ヒ マワリ の播 種 前に,石こう の施肥 水準 (0, 250, 500, 1000, 1500, 2000 および
2500kg/ha)を実施した。次作のトウモロコシ栽培においては,この残効に依存する形とした。
米国包括分類法による土壌分類では,オキシソル(Rhodic Kandiudox, 傾斜: 0-3%)に類別され,
9,45m
海抜は 290m である。
ブロック 1
7
3
5
1
6
2
4
5m
図1
ブロック 2
ブロック 3
1
4
2
2
3
6
4
7
5
1
6
5
7
3
20m
2.5
5m
2.5
5m
試験区画
1.8m
(出所 Mitui and Tomita, 2011)
PS:ブロック内 の数字 1-7 は,石こ う処理区 0, 250, 500, 1000, 1500, 2000 および 2500kg/ha の通し番 号である。
総実験面積は 189.0m2(12.6m×15m)であり,7 水準の石こう処理区を 3 反復設けた形で構成
されている。1 反復の面積は総面積の 1/3 である 63.0m2(12.6m×5m)であり,1 反復内に 7 水準の
石こう処理区,つまり各石こう水準の面積は 9m2(1.80m×5m)となっている。そして,この 9m2
における有効区画は 3.6m2 (0.9m×4m)とした(図 1)。つまり,一因子法の不完全配置法に基づく
統計処理を実施した。この他,Duncan Multiple Range Test を実施し,各処理区間に有意差が得られるか
158
畜産の研究
第70巻 第2号 (2016年)
どうか検討した。この統計処理に関しては, Sergio Mitui 氏にとっては不得意領域であったため, 本
誌前報等で CETAPAR スタッフに対する統計学教育を実施したように,基本的にこの領域は筆者が
担当し,その後,前記スペイン語雑誌取りまとめに当たって,彼に指導する形とした。
なお,病害虫ならびに雑草防除に関しては,CETAPAR における慣行法に準じて実施された(表 1)。
表1
石こう施肥比較試験におけるヒマワリおよびトウモロコシの栽培サイクル
石こう施肥
石こう施肥日
2011年8月30日
播種日
2011年9月2日
化成肥料
08-20-10
施肥量
240kg/ha
0,45m
列
主作物
ヒマワリ
1mあたりの株数
haあたりの株数
65,000
収穫日
2011年12月27日
第一回目土壌断面調査
2011年10月8日
第一回調査播種後日数
第二回土壌断面調査
裏作
2.93 種子
第二回調査播種後日数
播種日
化成肥料
施肥量
尿素追肥 (46-00-00)
トウモロ 列
1mあたりの株数
コシ
haあたりの株数
収穫日
第三回土壌断面調査
第三回調査播種後日数
38
2012年2月2日
152
2011年1月25日
08-20-10
240kg/ha
100Kg/ha
0,45m
2.63
58000
2012年6月6日
2012年6月6日
276
(出所 Mitui and Tomita, 2011)
3. 石こう施肥水準別における土壌残存養分の下降移動に関する結果および考察
1)実験圃場における降水量および気温
図 2 に実験圃場における 2011 年 9 月から翌年の 2012 年 6 月までの降水量および気温の動態
図を示す。とくに,9 月および 10 月には高い降水量が記録され,その一方で,11 月から翌年の
3 月まではその降水量が激減しており,乾季に匹敵する。最高気温は 1 月に記録され,4 月から
降水量が増大し,トウモロコシ栽培にとって最適な環境であったと判断した。
図2
2011 年 11 月から 2012 年 6 月までの降水量および気温の動態 (出所 CEAPAR, 2012)
171
書評
「な ぜニ ワト リは 毎日 卵を 産む のか 」
鳥 と 人 間 の う ん ち く 文 化 学
森
誠 〔 著 〕
こ ぶ し 書 房
著者が静岡大学農学部の学生に講義を担当していたが,
多くの学生が退屈して寝てしまう。そこで対策として,
学生の興味をひいてくれるような話を入れて進めた講義
のネタ帳をまとめてこの本にした。
この本にはニワトリや鶏卵について,興味のある話題
が満載されている。次にそれらについての正しい情報が
書かれている。しかもこの本の特色であるが,その出典
がすぐ下の欄に記載されている。これは従来の本のよう
に巻末にまとめて文献(参考文献のこともある)をつける
よりはるかによい方法である。
また,話題の選び方や説明に著者の個性がよく出てお
り,かつ説得力がある。それに所々にきわめて刺激的な
記述が含まれている。
そこで思い出すのは米国の各大学で行われている口述
表現法(スピーチ)の授業である。強調される点は 3 つの Is と 3 つの Ps である。それは内容
に 興 味 が あ る こ と (Interest) , 情 報 が 入 っ て い る こ と (Informative) , 印 象 を 与 え る こ と
(Impressive),個性的なこと(Personal),論理立って説得力のあること(Persuasive)と刺激的なこ
と(Provocative)である。この本はまさにこの条件を満たしている。
コレステロールはヒトの細胞膜の必須成分であり,生命維持や性機能に必須なステロイドホ
ルモンの生合成の起源物質である。そのためヒトはコレステロールを肝臓で生合成している。
食物で過剰にコレステロールを摂取すると,この生合成量を減らして調節するので,鶏卵を食
べても全く心配ない。近年では生合成を止めるスタチンという薬が開発されているので,対策
は万全である。本書にも触れられているが,肝臓にコレステロール合成を減らす機構を持たな
いウサギにコレステロールを与えても動脈硬化を止めることから,このスタチンが開発された。
また「ニワトリの脚気」の項では,ヒトの脚気病は日本特有の病気のため,欧米医学者の研
究対象にならなかった。また当時パスツール,コッホなどの研究から,病気にはすべて微生物
などの病原体があると考えられていた。
オランダのエイクマンは,精白した米でニワトリを飼うとヒトの脚気と似た症状を起こすこ
とを知った。その後,米糠を与えると治癒することと,その有効成分がビタミン B1 であること
がわかった。その後多くのビタミンが見つかり,微量栄養素の欠乏がヒトに病気を起こすこと
がわかった。
その他,ニワトリや鶏卵の知識が盛り沢山なので,畜産学,畜産業に携わる研究者・技術者
に一読をお勧めする。
田名部 雄一 (岐阜大学名誉教授)
174
目
畜産の研究
第70巻 第2号 (2016年)
次
はじめに
第一章
みんな大好き卵のウンチク
一
卵からリンゴまで
二
卵料理オンパレード
●採卵養鶏の実際
第二章
卵は物価の劣等生
一
鶏卵の自給率九六%
二
卵は腐らないか
第三章
子孫を残すための卵細胞
一
卵と蛋
二
黄身か、卵黄か
三
卵が先だ
第四章
人間が作った鳥たち
一
鳥の家畜化
二
日本人の飼い鳥文化
●ブロイラ養鶏の実際
第五章
鶏肉食のすすめ
一
日本人と肉食
二
焼き鳥とホルモン
三
鳥の病い
あとがき
判形・ページ数
4―6・190 ページ
本体価格
2,000 円+税
ISBN
9784875593119
発
行
有限会社 こぶし書房
〒113-0021
電
話
東京都文京区本駒込 3-4-1-101
03(3823)0524
ファクス 03(3823)0527
Fly UP