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報告書(PDF) - 科学技術振興機構

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報告書(PDF) - 科学技術振興機構
再生医学研究の
最先端
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク
第1回合同シンポジウム
再生医療の実現化プロジェクト
(第Ⅱ期)
第2回公開シンポジウム
Regenerative Medicine in Japan
報告書
平成22年1月16日開催
主催
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク合同シンポジウム実行委員会、
文部科学省、独立行政法人科学技術振興機構
1
Regenerative Medicine in Japan
再生医学研究の最先端
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク
第1回合同シンポジウム
再生医療の実現化プロジェクト
(第Ⅱ期)
第2回公開シンポジウム
日 時・・・・● 平成22年1月16日
(土)14:00∼17:40
場 所・・・・● 東京国際フォーラム ホールB7
主 催・・・・● 文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク合同シンポジウム実行委員会、
文部科学省、
独立行政法人科学技術振興機構
参加者数 ● 518人
■ 開会挨拶
3
■ iPS細胞等研究ネットワークについて
4
森口
泰孝 文部科学省文部科学審議官
髙坂 新一 再生医療の実現化プロジェクトプログラムディレクター
■ 第1部 講演
◎司会
赤澤 智宏 再生医療の実現化プロジェクトプログラムオフィサー
幹細胞研究からiPS細胞へ
西川 伸一 独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
5
副センター長兼 幹細胞研究グループ グループディレクター
iPS細胞の臨床応用を支える基礎研究
須田 年生 慶應義塾大学医学部 発生・分化生物学 教授
網膜色素上皮細胞−臨床応用までの道のり
高橋 政代 独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
9
15
網膜再生医療研究チーム チームリーダー
19
企業が期待する再生医療
中 西 淳 武田薬品工業株式会社 医薬研究本部 開拓研究所 主席研究員
■ 第2部 パネルディスカッション
講演者らによるQ&A
23
■ 語句説明・Webサイト紹介
28
2
開会挨拶
森口 泰孝(Yasutaka Moriguchi)
文部科学省文部科学審議官
3
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク第1回合同シン
ると考えております。
ポジウムの開催にあたりご挨拶を申し上げます。
平成21年12月には、中長期的な我が国の成長戦略の基
平成19年11月に、京都大学の山中伸弥先生がヒトiPS細
本方針をまとめた
『新成長戦略』が閣議決定されました。我
胞樹立という成果を発表されました。
これを受け、文部科学
が国の強みを活かす成長分野として
『ライフ・イノベーション
省におきましては、本分野における我が国の研究を加速させ
による健康大国戦略』
が、6つの戦略分野の1つに挙げられて
るため、
オールジャパンでの研究体制を確立する施策を推進
おります。iPS細胞をはじめとするライフサイエンス分野が、
してまいりました。iPS細胞研究等の加速に向けた総合戦略
非常に重要であるという位置づけがなされました。
の策定、
また、研究資金の大幅な拡充および重点的な財政投
また、成長を支えるプラットホームとして
『科学・技術立国
入を図っており、
この研究を総合的かつ効率的に進めるべ
戦略』
も大きな柱の1つとして位置づけられております。
く、平成21年6月にはiPS細胞研究ロードマップを策定して
文部科学省におきましては、iPS細胞研究等の再生医学研
おります。
究を、我が国の未来を切り開く科学技術の一つとして、
引き
いつまでにどのような研究成果の達成を目指しているの
続き重点的な支援の実施に努めてまいりたいと思っておりま
か、具体的な目標を公表し、
またiPS細胞研究の成果が少し
す。科学技術は、何よりも長期的、継続的に支援していくこ
でも早く臨床応用されることを第一の目的としております。
ま
と、
また、文部科学省のみならず省庁横断的に施策を進めて
た、
シンポジウムなどを通じまして、多くの国民の方々に、文
いくことが重要だと思っております。
部科学省の実施する政策についてご説明を行い、十分なご
今後とも皆様方の一層のご理解、
ご支援を賜りますようお
理解をいただいた上でこれらの政策を実施していく責任があ
願い申し上げます。
iPS細胞等
研究ネットワークについて
髙坂 新一 (Shinichi Kohsaka)
再生医療の実現化プロジェクトプログラムディレクター
文部科学省iPS細胞等研究ネットワークは、日本全体の
をされており、細胞のリプログラミング、そのメカニズムの
iPS細胞等研究を加速して総合的に推進することを目的と
解明などの多彩な研究をチームで推進しています。
して、文部科学省の再生医療の実現化プロジェクト、そし
リプログラミングとは、例えば皮膚の細胞は、何回分裂し
て科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業
ても皮膚にプログラムされているわけですが、そのプログラ
(CREST・さきがけ・山中iPS細胞特別プロジェクト)
の3つ
ムを1度切って、非常に幼弱な未熟な細胞に先祖返りをさせ
の研究推進制度を1つに束ね、全体をまとめて推進してい
ていく。
すなわち、
そのプログラムをリセットすることです。
く、
まさしくオールジャパンの研究推進体制です。
( 平成20
『さきがけ』は、理化学研究所の西川伸一先生が研究総
年4月1日設置)
括をされており、iPS細胞等に関連した多彩な研究を推進
このネットワークの第一の目的は、研究を全体的に推進
する、主に若手の個人研究者を応援していく事業です。
することであり、具体的には、主に知的財産や研究成果を
『山中iPS細胞特別プロジェクト』は、山中伸弥先生の個
このネットワークの研究者の中で共有し、最新の知見を皆
人研究を支えていく研究推進制度です。日本だけではな
で共有することで研究を加速しています。例えば、あるiPS
く、世界標準となり得るヒトiPS細胞の樹立技術の完成を
細胞を新しく作製したときには、その最先端の細胞を使っ
目的としています。
てこのネットワークの中の研究者は、広く共通して研究する
これらの事業に参画する500名を超える研究者あるいは
ことができます。
技術者が、一つのネットワークにおいて相互に協力して、
オー
再生医療の実現化プロジェクトは、
ヒト幹細胞やiPS細
ルジャパン体制でiPS細胞等研究の推進を加速しています。
胞といった細胞を用いて、
あるいはその研究を通じて、難病
また、
このネットワークの中で生まれた新しい研究成果
や生活習慣病等に対して、再生医療による新しい治療法を
などを中心として、広く国民の皆様に再生医療の最新の情
開発していく、
より臨床にシフトしていけるような考え方に
報を発信していくことも、
このネットワークの非常に大事な
基づく研究を推進しています。
仕事の一つとして、取組んでいます。
主にiPS細胞を扱う拠点として、京都大学、慶應義塾大
学、東京大学、神戸の理化学研究所の4つの拠点が選ばれ
ており、例えば細胞バンクの整備や、幹細胞の治療開発、
iPS細胞の作製といった技術開発を行っています。
この4拠
点に加えて全国で11の個別課題がこのプロジェクトに参
画して、協調して研究を行っています。
JSTの戦略的創造研究推進事業は、今後の科学技術の
発展や新産業の創出につながる革新的な新技術の創出を
目指しており、iPS細胞等研究に関連した領域として、チー
ム型の研究推進制度『CREST』、個人型の研究推進制度
『さきがけ』、山中伸弥先生を中心とした『山中iPS細胞特
別プロジェクト』が平成20年度より研究を進めています。
『CREST』
は、慶應義塾大学の須田年生先生が研究総括
4
■
第1部 講演1
■
幹細胞研究から
iPS細胞へ
西川 伸一
(Shin-ichi Nishikawa)
独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
副センター長兼 幹細胞研究グループ
グループディレクター
生まれた大きな背景には、
「ヒトES
発生・再生科学総合
研究所の誕生
て、世界じゅうに幹細胞や再生医学
きょうは、日本の幹細胞研究の10
の研究所が多く設立されたということ
年 についてお 話させていただきま
があります。
このCDBでは様々な分野
す。私自身が強くこの分野に関わる
の研究に取組んでいますが、幹細胞
ようになったのは、京都大学の再生
領域では、まず体性幹細胞の研究を
細胞の実現」というニュースを受け
医科学研究所の設立に関わった後、
中心として再生医学研究に取組み始
理 化 学 研 究 所の発 生・再 生 科 学 総
めました。
合研究センター(CDB)の設立に携
私たちの体の細胞には、それぞれ
わることになったときからです。今ま
寿命があり、古くなった細胞は、新た
1973年12月
で日本の大学にはないものを作ると
な細胞に置き換えられる必要があり
京都大学結核胸部疾患研究所附属病院
いう新しいチャレンジで、英語のみを
ます。例えば赤血球は毎日数十億の
1980年7月
公用語とし階 層 制である大 学の構
単位で入れ替わっています。
これは、
京都大学結核胸部疾患研究所
造とは違うものを作りました。幸いに
骨髄にある幹細胞の一種、造血幹細
も2002年に活動を開始することが
胞の働きによるものです。造血幹細
Alexander von Humboldt財団奨学生、
でき、以降高い評価をいただいてお
胞は複 雑な細 胞 環 境 下でさまざま
ドイツ連邦共和国ケルン大学遺伝子研究所
ります。
なシグナルを受け取り、全種類の血
Profile
1973年3月
京都大学医学部医学科卒業
医員・助手と、
臨床部門で7年間医療に従事
細菌血清部門助手
(基礎医学に転向)
1980年11月
1983年1月
私がこのCDBに移ってきたときに、
帰国・復職
1983年9月
液前駆細胞へと分化することができ
「ミレニアム・プロジェクト
(新しい千
ます。実際に、
この造血幹細胞は、が
免疫動物実験施設 助教授
年紀プロジェクト)
:平成11年12月
んの放射線治療で失われた患者の
1987年4月
19日内閣総理大臣決定」
というミッ
血液細胞を補うために、臨床の現場
熊本大学医学部免疫医学研究施設
ションを国から受けました。
このミレ
でも長い間使われてきました。幹細
ニアム・プロジェクトあるいはCDBが
胞が何に分化するのかは、遺伝的、
京都大学結核胸部疾患研究所附属感染
(後に遺伝発生医学研究施設に改組)
教授
1993年5月
京都大学医学部分子遺伝学 教授
2000年5月
理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
副センター長
(兼任)
2003年4月
理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
副センター長兼
幹細胞研究グループ グループディレクタ−
現在に至る
図1 理研のwebサイトを用いて紹介
http://www.cdb.riken.jp/jp/05_development/0506_stemcells04.html
5
トレンドもまた確かなものになってい
くのかもしれません。
幹細胞研究
幹細胞というものは、ほんの小さな
決まった場所でしか生存できない、
あ
るいは活性を持てない(ニッチ)細胞
です。幹細胞がどこにいるのかを調べ
るのはとても難しく、幹細胞と幹細胞
以外とを比べ、幹細胞はどこにいるの
かを調べることが研究になります。
骨髄の血液になると、探すことはさ
らに難しくなります。有名な、誰々を探
図2
せというパズルでも、ある人を探そう
とすると、ほかの人と比べて明らかに
そして環境的要因によって分化の方
「パリのアメリカ人」というガーシュ
特徴があるにもかかわらず、
さまざま
向 が 徐々に運 命づけられていきま
ウィンの音楽がありますが、
アメリカ
な人に囲まれてしまうと探すことは難
す。また幹細胞が自己複製によって
にいるときには起こらないことがパリ
しく、
これと同じことが幹細胞にも言
その数を保ち、同時に必要な細胞を
では起こる、つまりおもしろい現象が
えます。幹細胞を探して特定する、純
供給する新陳代謝のメカニズムは、
うまれるわけです。
(図2)
粋にする
(純化する)
ことは血液学の
皮膚や髪の毛、骨といった身体のあ
別の例をあげますと、放射線照射し
重要な課題で、私をはじめとして多く
らゆるところでみられます。
( 図1)
こ
た人の血液をもとの状態に戻す研究
の研究者がその研究に取組んできま
のように幹細胞が毎日新しい細胞を
は正統派の幹細胞研究です。一方、今
した。
作っているおかげで、皆様が毎日を
では臨床に応用されていますが、
当時
実際にこの課題にチャレンジする
迎えられると考えていただいていい
骨髄の細胞を注射すると血管の異常
ために、20年前に私が細胞を特定す
が治るという報告がありましたので、
る抗体を作り、今では世界じゅうで使
どうしてこういうことが起こるのかを
われておりますが、この抗体だけで
調べるのが新しい研究でした。
は、本当に大事な血液幹細胞を、完全
私が「ミレニアム・プロジェクト」を
それがこの10年でどのようになっ
に同定するには至りませんでした。そ
総括するお話をいただいたとき、再生
たのか。
異論もあるかもしれませんが、
のためにほかの細胞を候補から消去
医学研究には、大きな2つの流れがあ
新しいトレンドというものは確かなも
するなど、
さまざまな方法を使って細
りました。1つは、正常な幹細胞の研
のにはなっていない、皆さんの治療が
胞をみつけようとしましたが、20年
究です。
これは、幹細胞がどのように
行えるところまでには達していないと
たってようやく細胞を特定するための
毎日たくさんの細胞を作るのかを研
思います。
2種類のマーカー(抗原)を見つける
究するオーソドックスな学問です。
も
しかし、
まだ原理はよくわかってい
ことができました。
これまでは何種類
う1つは、通常ではその組織には存在
ないのですが、骨髄の間葉系細胞の
もの抗体を組み合わせる必要があっ
のではないかと思います。
再生医学研究の流れ
しない幹細胞を入れると何かおもしろ
利用は、進みつつあります。肝硬変の
たのですが、
このようなオーソドック
いことが起こるというような新しい現
方に骨髄間葉系細胞を注射すること
スな研究も20年を経て、何万個に1
象を研究する学問です。
によって、肝硬変を軽減するという治
個しかないような幹細胞を探すこと
例えば黒い髪の毛を作るために必
療が山口大学で行われていますし、脳
ができる時代が来たのではないかと
要な色素細胞が、
どのように色素を作
卒中の方に同じような細胞を注射す
思います。
るのかを調べるのは正統の幹細胞研
るという治療が札幌医科大学などで
胎児の幹細胞を使うという研究も、
究ですが、色素細胞が全然違うところ
行われています。
世界じゅうで行われています。
日本で
に移されたときに、
どのようなことをす
今後その原理を研究し、
またそれが
は動物のモデル等を使っており、慶應
るのか、通常あるところでは起こらな
本当に効くかという医学的な見地か
義塾大学の岡野栄之先生がかなりこ
いことが 起こるのではないか、そう
らの研究とともに、なぜ効くのかとい
の分野のエキスパートですが、外国で
いったことも新しく研究していました。
う研究が必要だと思いますが、新しい
は胎児の幹細胞研究はかなり進んで
6
http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/
http://www.stemcellforum.org/
図3 パブリックアンダースタンディングへの取組み
おります。
マーク・ペシャンスキーさん
研究者たちは、一度破壊されると
くることなど、移植細胞として使うた
というフランスの研究者は、胎児中の
自己修復が非常に難しい組織を、
こ
めの様々な課題がありました。
細胞移植によるハンチントン病の治
のES細胞からより医療に有用な細
そこから10年が経ちましたが、ES
療をかなり昔、発表されて、今は実際
胞をつくろうとしています。現在行わ
細胞を自由に操って目的の細胞を得
に二重盲検法* で、
これが本当に効く
れている胚性幹細胞や体性幹細胞
ることは、まだまだ難しいと言わざる
かどうかの研究が進んでいます。
についての日々の研究が、
これらの細
を得ません。分子も含めたさまざまな
日本では、胎児の細胞を使用するこ
胞の特性を明らかにし、将来、再生医
発生の知識を使い、
ようやく実際の分
とについては、審議継続中であり、今
療への道を切り開くと考えられてい
化誘導に使える段階が来たというの
は用いることができませんので、ほと
ます。
が現状です。
しかし、ほかの技術を用
んど進んでいない現状がありますが、
このようなヒトのES細胞を作る技
いて、完全に目的の細胞にしなくても、
1
術が出てきたこともあり、
「ミレニア
移植には使えるかもしれないという成
ES細胞の誕生
ム・プロジェクト」の重要なテーマと
果も出てきておりますので、ES細胞を
して、ES細胞からの分化誘導法の解
利用する細胞治療の試みは、最終段
ES細胞は、あらゆる体の細胞を作
決を課題としました。そのほかに、幹
階に来ていると言えます。
ることができる可能性があるために、
細胞を使った治療をどのように臨床
最後にもう一つ重要なテーマとし
細胞をもう一度補充するという治療
に持っていくかという橋渡し研究の
て、幹細胞研究について一般の方の
には最適だと考えられています。
推進や、拒絶反応のないES細胞をつ
理解を得るという課題があります。
こ
世界じゅうでは研究は進んでいます。
体のすべての臓器や組織が再生
できるわけではありませんし、体性幹
細胞は体をつくるすべての種類の細
胞に分化できるわけでもなく、培養す
るのも簡単ではありません。
ところが
ES細胞は、受精卵の内部細胞塊か
ら培養された多能性幹細胞であり、
特定の条件で培養することで体をつ
くる特定の細胞に分化できる上に、
試験管内で無限に培養することがで
きます。
さまざまな培養条件を試すこ
とで、細胞がどのように分化して私た
ちの体をつくり、そして維持している
のか、多くの知見を得ることが出来て
います。
図4
7
のES細胞は誕生の最初からいろんな
いろな技術を活用して研究が推進さ
問題がありました。人の受精卵を使う
れていますし、新しい可能性について
ということで、
パブリックアンダースタ
もさまざまな議論が始まっており、10
ンディングが非常に大事であると考
年前では考えられないようなさまざま
えられてきました。文部科学省におい
な可能性が再生医療には開けている
ても、生命倫理・安全対策室が特別に
と思います。
設置され、パブリックアンダースタン
ディングの問題に取り組んでいます。
あるいは世界にも、インターナショナ
ル・ステムセル・フォーラムという、22
カ国の集まりが倫理的な側面、
あるい
は実際の科学的な側面について、議
論しています。
(図3)
これからの再生医療
日本で再生医療を進めるために本
当に重要なのは、病気を克服するため
のコミュニティの形成であると感じて
います。
(図4)
研究者や国が働きかけるのではな
く、研究者や患者さんの団体、
これら
を支援する人たち、
それからお医者さ
んたちが一緒にコミュニティを作って
いつも情報を発信することに効果が
あると思います。まずは皆さんがコ
ミュニティを作っていただくことが大
事だと思います。
最後に、iPS細胞研究への取組み
についてお話いたします。iP S 細 胞
は、拒 絶 反 応がなく、胚を利用しな
い、さまざまな問題がない多能性幹
細胞です。重要なポイントは、誰の体
の細胞からもさまざまな問題がない
多能性幹細胞であるマイES細胞を
作り、
その1つのマイES細胞から様々
な体細胞を作ることができるというこ
とです。
国も衝撃を受けて、
さまざまな方向
での研究が進められており、私自身も
さきがけの研究総括として、若い人た
ちにこの研究に従事していただくため
の裏方を務めています。最初に遺伝
子に組み込まれるレトロウイルスを使
用してiPS細胞を作製したため、
この2
年間はどうしても安全な、ゲノムの変
わらないiPS細胞作製の研究が行わ
れてきました。今は、日本固有のいろ
8
■
第1部 講演2
■
iPS細胞の臨床応用を
支える基礎研究
遺伝子を使い
(活性し)、E以下は抑制
遺伝子の細胞記憶
します。
あるいは内耳の細胞を作ると
『CREST』
のiPS細胞研究は、比較
きは、A・BとI・Jの遺伝子を組み合わ
的大型の研究で、現在は17チームで
せて活性することで内耳の有毛細胞
研究を推進しています。そのiPS細胞
を作ります。
領域の研究総括として、
その一部を紹
つまりどの遺伝子を使ってどの遺
介させていただきながら、iPS細胞の
伝子を使わないか、
その組み合わせが
臨床応用を支える基礎研究をご紹介
細胞をつくり、
これが細胞の
「分化」
の
させていただきます。
最も重要なポイントになります。
はじめに、体の中にある細胞はどの
受精卵ははじまりの細胞であり、多
ようにして200種類もの多様な形態・
くの遺伝子が抑制された状態になっ
1974年
機能を持つようになるのかを考えてみ
ていますので、
このように
「ある繊細な
神奈川県立こども医療センター 内科
ましょう。
細胞」
になるときには、2万2,000個の
1976年
細胞は、非常に繊細な形をしてお
遺伝子の中の一部が活性および抑制
自治医科大学 小児科 シニアレジデント
り、形も機能も違う細胞が人の体の中
して、
「ある形」
をつくるわけです。
した
にはたくさん存在します。人の体の細
がって、
「ある細胞」になるには、その
シニアレジデント
胞の遺伝子の数は約2万2,000個と
細胞独特の
「細胞の記憶」
を持ってい
1978年
言われていますが、
その2万2,000個
ると言えます。
その
「細胞の記憶」
を形
生部門 助手
の遺伝子がいろいろと使われて、
いく
成していくことが、
「細胞分化」
であり、
1982年
つもの異なる細胞になっていきます。
発生の過程で順序よく作られていく
リサーチアソシエイト
(小川真紀雄教授)
例えば、遺伝子が
「活性」
するほうを
様々な体細胞は、それぞれの段階の
1984年
赤のマークで、
そして
「抑制」
するほう
「細胞記憶」
を得て、
それらを維持する
自治医科大学血液医学研究部施設造血
を青のマークで見せますと
(図1)、膵
ことで一生の間その機能を果たすと
臓の細胞を作るのにはA、B、C、Dの
言えます。
須田 年生
(Toshio Suda)
慶應義塾大学医学部
発生・分化生物学 教授
Profile
1974年
横浜市立大学医学部卒業
ジュニアレジデント
1977年
神奈川県立こども医療センター
自治医科大学血液医学研究施設造血発
サウスカロライナ医科大学内科留学
発生部門 講師
1991年
自治医科大学血液学 助教授
1992年
熊本大学医学部遺伝発生医学研究施設
分化制御部門 教授
2000年4月∼2001年10月
熊本大学発生医学研究センター
センター長
2000年4月
同・器官形成部門 造血発生分野 教授
2002年4月
慶應義塾大学医学部
発生・分化生物学 教授
2005年10月∼2009年9月
慶應義塾大学医学部
総合医科学研究センター センター長
現在に至る
(京都大学 斉藤通紀原図)
図1 遺伝子と細胞
9
エピジェネティクスという言葉は、
こす研究がされていました。例えば、
非常に馴染みのない言葉かもしれま
ヘモグロビンという赤血球の中の血
「初期化」
の技術は、そのように
「細
せんが、例えば一卵性双生児を考え
色素は、生まれる頃になると通常は胎
胞記憶」
を得て、一度分化した細胞の
ていただくと非常にわかりやすいと思
児型から成人型のヘモグロビンに変
遺伝子発現を逆に消去していくことで
います。一卵性双生児の場合には全く
わります。これは、転写制御(メチル
す。例えば核移植がそれにあたりま
同じゲノム配列を持っていますが、年
化)が起きることで、胎児型のヘモグ
す。受精卵の核を除いた後、
その卵子
をとるにしたがって、同じ一卵性でも
ロビンの発現を抑えて、成人型のヘモ
細胞に、
ある分化した細胞の核を移植
かなり違う体質、姿になるということ
グロビンの発現を促すからです。
すると、生殖細胞である卵子細胞は非
はよくあります。DNAのメチル化が起
この成人型のヘモグロビンを作れ
常に特殊な能力を持っていますので、
きると遺伝子の発現が抑えられるの
ない病気で、地中海貧血(タラセミア)
「初期化」が起きます。すなわち、ある
ですが、
その量の差が加齢とともに大
という強い貧血の病気があります。
し
細胞で発現していた遺伝子の発現は
きくなることが、最近のゲノム医学で
かし、
この病気の人も胎児型のヘモグ
止まり、全くフラットな遺伝子の発現
は証明されています。
また、
ゲノムを広
ロビンは作れていたはずですので、そ
状態に戻ります。
このような力を卵子
く調べていきますと、30以上の領域で
の細 胞 記 憶を呼び 戻すために5−
細胞は持っていて、
クローン動物もこ
メチル化のレベルが違うことがわかっ
Azacytidineという薬を使い、
メチル
の力を利用して作ることができまし
ています。
化していたところを脱メチル化し
(抑
た。京都大学の山中伸弥先生の転写
つまり、同じ遺伝子の配列を持ちな
制をなくし)、再び成人でも胎児型ヘ
因子導入という技術(iPS細胞の樹
がらも、領域によって発現したりしな
モグロビンならば作れるようになると
立)が発表されるまでは、
「 初期化」
す
かったりということがあり、遺伝子の
いう治療法が行われていました。
この
るにはこの核移植の技術に頼ってい
配列以外にそれをいかに
「修飾する」
ように薬剤、
その他によって細胞記憶
ました。
要素が関係しているかがわかってい
を呼び起こす試みは、以前からおこな
iPS細胞を作るということは、
「細胞
ます。三毛猫もそうです。遺伝子配列
われていました。
記憶」を呼び起こす、全く新しい初期
は全く同じですが、3色の全く異なる
化の技術です。分化した細胞に3つか
柄(パターン)になります。
この違いを
遺伝情報の修飾
4つの転写因子を入れると、多分化能
生み出す、エピジェネティクスを理解
最近は、
このエピジェネティックな
を持つフラットな状態の細胞になった
することが非常に重要です。
情 報を与える化 学 物 質 、実 体 がわ
のです。
この技術について、
この2年の
なぜなら、iPS細胞はこういったエ
かってきました。遺伝子のDNAを取り
間に研究は進み、細胞で非常に多様
ピジェネティクスという変化の「巻き
囲んでいるヒストンたんぱく質* 6のメ
な変化が起きているのは間違いありま
戻し」
をすることであり、細胞記憶を呼
チル化、
アセチル化*7、
リン酸化*8とい
せんが、何が起きているのかを詳細に
び起こすことだからです。
うようなことが遺伝情報を修飾すると
知ることはまだできていません。
考えら
血液医学の分野では、実は約30年
いうことがわかっています。
ヒストンた
れるのは、
1)
最初に分化した形質を失
前からこのような細胞記憶を呼び起
んぱく質は、遺伝子のDNAを核内に
細胞記憶の呼び起こし
う。
つまり分化特性を失って、
その後に
2)多分化能を獲得し、3)それを維持
し安定化する。そういう大きなステッ
プ
(形成過程)
を経て、最終的にはiPS
細胞ができていると考えられます。
この過程において、遺伝子を修飾す
るような動き
(Epigenetics:エピジェ
ネティクス)
*2を理解することが非常に
重要になります。Epiは
「上」、genetic
は「遺伝子」を意味します。このエピ
ジェネティクスは、DNAの配列によら
ない遺伝子機能の変化で、
これはクロ
マチン構造*3の変化や、DNAのメチル
化*4、microRNA*5などの要素によっ
て動いていると考えられています。
図2
10
収納する役割を担っています。
また、遺伝子DNA自体のメチル化
も起こることがあり、DNAが巻きつい
ているヒストンたんぱく質の端、
ヒスト
ンのしっぽも非常にいろいろな修飾を
受けやすい場所であることも分かって
います。
(図2)
このしっぽの部分が、細
胞のステージ(成長段階)によってか
なり異なり、細胞の初期には、
H2AA
やH2BAという非常に特殊なヒスト
ン
(胚細胞ヒストン)
を発現していてこ
のときには、全能性を持った細胞であ
ることがわかっています。
この全能性
図3
は、細胞の分裂が進むと失われていき
ます。
胚細胞ヒストンに注目した理化学
研究所の石井俊輔先生は、
H2AAや
H2BAというヒストンを体細胞に入
れることで、初期化できるのではない
かと考え、研究を進められています。
(図3)
これは、今までの山中伸弥先生
が転写因子でiPS細胞を作った発想
と全く違う方法で、非常に興味深い研
究です。
理化学研究所の丹羽仁史先生はE
S細胞の研究をされてきた先生です
が、Sox2、Oct3/4、Klf4という、
この
3つの遺伝子を外から入れると、細胞
の中で何が起きるかを調べておられ
てます。
(図4)細胞の中にひとつの
「転
図4
写因子のネットワーク」、
つまり情報網
ができそれが落ちついたときに、グラ
11
ンドステートと呼ぶべき状態(基底状
必要です。それらはどうしてなのか。
の遺伝子が数十個発現してくることを
態)ができて、それが多能性を獲得し
そこにはまだ様々な質問があり、
これ
明らかにしています。
この始原生殖細
ているのではないかということで、国
らに答えを出していかなければなりま
胞が卵子、精子を作る基の細胞であ
際的にも非常に高く評価されている
せん。
ることから、若返りや多様性・不滅性
研究を進められています。
このような答えを出す時に、一番研
を保証していると考えられます。つま
iPS細胞の
成立機構の解明
究対象となる重要な細胞は生殖細胞
り初期化のメカニズムととても近いの
です。受精卵が、神経や筋や血液の細
ではないかと想像できるわけです。
胞になるのか、
あるいは精子または卵
特に斎藤先生が注目しているのは、
iPS細胞を臨床に応用していくため
子を作る始原生殖細胞になるのか、
そ
生殖細胞になることが決定するのは、
に、効率的に理想的なiPS細胞を作る
こにまず分化の大きな分かれ道があ
マウスの場合、胎児で6.5日目あたり
ためにも、成立機構を解明することは
ります。
このうち、始原生殖細胞がど
ですが、
ここからほぼ2日に、非常にド
極めて大事です。
のようにしてできてくるかを京都大学
ラスティックなことが起きることです。
現時点では、皮膚の繊維芽細胞か
の斎藤通紀先生らが非常に詳しく丁
一番大きい変化は、DNAのメチル化
らiPS細胞を作る頻度は0.1%と非常
寧に調べております。
( 図5)彼らは、
が一旦また完璧に消えてしまうことで
に低く、また非常に長い間の培養が
始原生殖細胞においてBlimp-1陽性
す。
それぞれ父方、母方の細胞の染色
体が交じりますので、一度、DNAのメ
チル化を整理しておく必要があるので
はないかと考えられます。
つまり生殖
細胞に決定した後の2日間、24時間
から48時間の間におこるゲノム修飾
の大変換を明らかにしていくことは
iPS細胞研究に必ずやプラスになると
思われます。
(図6)
京都大学の篠原隆司先生らは、精
巣由来の幹細胞を研究しており、精
子を形成することができるGS細胞* 9
(Germline Stem Cell)
の樹立に成功
し、マウスを作ることに成功していま
す。また、
このGS細胞から時に多能
図5
性 を 持 つ E S 細 胞 の よう な 細 胞
(multipotent GS cell)
ができてくる
ことも見つけました。
特にp53という遺伝子を失ったマ
ウスでは、
この精子幹細胞(GS細胞)
から全能性の幹細胞(mGS細胞)へ
の変換がうまくいくことから、
この関係
を明らかにしていく研究が、iPS細胞
を効率よく作るときにも利用できるの
ではないかと考えております。
京都大学の西田栄介先生は、体細
胞からiPS細胞、そしてiPS細胞から
分化して目的の細胞になっていくとき
に、
どんな遺伝子が動いていくか、転
写プログラムの解析をしています。西
田先生は転写シグナル研究のエキス
パートであり、遺伝子解析を情報化す
図6
るための重要なソフトを持っていま
す。
また一方でダイレクトに体細胞を
目的の細胞に誘導する転写の
「自動プ
ログラム」
を樹立する研究も進めてい
ます。
(図7)
iPS細胞生成の
分子機構
iPS細胞の生成頻度が低いことや
培養期間が長過ぎると、
その間に何が
起きているかわからず、形成過程の解
析が困難であることから、我々はiPS
細胞の生成の分子機構を明らかにす
るために、
また、効率を上げて研究を
するためにも、始原生殖細胞の系列を
使って研究しようと考えました。
図7
12
生殖隆起を構成する細胞群から細
胞をとってきて、iPS細胞様の細胞を
作ります。
この細胞は内胚葉、
中胚葉、
外胚葉に分化することが確認できて
いて、10∼20%の頻度でiPS細胞の
ようなものが現れてきて、3日目や6日
目にはどのような細胞が出てくるかが
わかります。
この細胞を取り出して、遺伝子の解
析をすることや経過を追って見ること
ができるようになりました。
(図8)例え
ば、始原生殖細胞からiPS細胞を作
(慶應 永松原図)
図8
る場合には、Oct3/4やKlf4、Nanog
は多く発現しており、Sox2は余り大
量にある必要はないということがわ
かってきます。今まで外から入れる遺
伝子の「量」は余り気にされておりま
せんでしたが、
これからは、至適なもの
を考える必要があると思います。
さらに臨床的な研究では、大阪大
学の妻木範行先生は、繊維芽細胞か
らiPS細胞を一旦作ってから目的の細
胞をつくるのではなく、直接、繊維芽
細胞から軟骨の細胞が作れないかと
いう試み
(ディレクテッドリプログラミ
ング)
をされています。
胚から中胚葉、
そして間葉系細胞を
経て、
その中の一部が軟骨細胞になる
わけですが、その経路をとらず、皮膚
の細胞を途中までは未分化にさせま
図9
すが、最後まで完全な多能性の幹細
胞になる必要はなく、途中から折り返
す、途中からその経路から離れて軟骨
前駆細胞にならないかということを試
みております。
(図9)
この研究は、部分
的なリプログラミングと軟骨因子を入
れることによって、軟骨前駆細胞を作
ろうとするものです。
京都大学の井上治久先生らは、難
治性の神経変性疾患を対象とした研
究をされています。
アルツハイマー病
やALS(筋萎縮性側索硬化症)
などの
患 者 さん 由 来 の i P S 細 胞 を 作り、
ニューロンや、
グリア細胞*10に分化す
るように働きかけます。
そのときにどん
な遺伝子発現の違いがあるかを、個
体間あるいは健常人と病気の方から
図10
13
由来するiPS細胞の間で比較する研
れらを本当に臨床に応用するために
究が進められています。
しかし、全ての
はどのようなハードルがあるかを明ら
iPS細胞に違いがありますので、健常
かにしていく必要があります。
と病態をどこまで見分けられるかはこ
例えば、分化をした場合には、未分
れからの研究にかかっています。 化の細胞をどこまで除いて腫瘍化の
また、病態の再現が出来た細胞が
問題を無くすことができるか。
また、
ど
出来た場合、
どのような薬がどのよう
こまで分化しているのかも十分に確
に働くか、
または使用する薬に毒性が
認する必要があります。昔のように体
ないかを調べることも可能だと思われ
の中に入れたら適当に分化してくれる
ます。
(図10)
というような考え方は、許されないと
臨床応用への課題
思っています。
しかし、
どこまで安全性を確保する
iPS細胞の臨床応用は人類未踏の
のか。100%の安全まで待っているの
道です。試験管の中で長期培養した
ではなく、必要性と安全性のバランス
細胞を人に戻すということは今まであ
を考えることも重要だと思います。
ま
りませんでした。長期培養された細胞
た医事法と薬事法の違いで、医事法
にはそれなりにDNAの損傷が起きて
ならば患者さんの同意を得て進める
いますので、
どれぐらいまでは使用で
ことも可能ですので、はじめはこの方
きるものなのか傷の許容範囲を調べ
法を取るのかもしれません。
いずれに
る必要があります。
また、遺伝子操作
しても、
アメリカのFDA(アメリカ食品
をした、細胞の安定性、遺伝子細胞の
医薬品局)
にただ倣うだけじゃなくて、
標準化という問題も解決しなければ
日本でも一定の標準を作っていきた
なりません。
いと考えております。
iPS細胞は、細胞株(Cell Line)
で
また、患者さんサイドの意思形成及
す。細胞株研究というのは、細胞株ご
びその意思や活動の情報発信も研究
との違いが研究を混乱させるおそれ
の促進には重要で、西川伸一先生も
がありますので、十分な品質管理をし
言われましたコミュニティみたいなも
て、
リファレンス
(reference)iPS細
のを作って、
そこから外部に発言いた
胞(基準となるiPS細胞)
をつくる必要
だくことが重要ではないかと考えてい
性があります。そのためにはいろいろ
ます。
と意見交換をして同意を得ながら、研
国民の理解や支援を得るための情
究を進める必要があります。
報発信や、
または患者さんなどからど
ですから、iPS細胞は今すぐには標
のような声があるのか、
その両面を伝
準化できません。作製方法もどの細
えるために
「報道」
というものがとても
胞から作るかも、
どの培養方法かも、
重要だと考えていますので、報道関係
まだこれから比較研究して、いかに
者の皆様にも是非ご理解いただきた
安全なiPS細胞を樹立するか、どれ
いと思います。
が理想的なiPS細胞のかたちなのか
最後に、予測できないことを十分
を見極めることが大事であると考え
に考えることも大事ですが、研究の順
ています。
番が今後は特に大事になってくると
また、iPS細胞が安全に樹立できた
考えています。
まず安全なiPS細胞を
場合には、分化誘導して細胞治療に
作ることが一番大事であり、次に安
使うことが考えられますが、安全面、
コ
全に関してどのような同意を得るの
スト面からハードルは高いと考えられ
か。そして最後に、予測不能な問題に
ます。非常にコストがかかりますし既
備えて、
それに対応できるような多面
存の治療との厳しい比較をされます。
的な基礎的研究が必要だと考えてい
細胞が作れたというだけではなく、そ
ます。
14
■
第1部 講演3
■
網膜色素上皮細胞
−臨床応用までの道のり
クロンぐらいの薄い膜です。視神経と
網膜再生−出来ること・
出来ないこと
高橋 政代
いうところで、脳がそのまま出っ張っ
てきて目の中に入り込んでいるような
中枢神経の一部につながっています。
臨床応用に向けての研究の一例と
(Masayo Takahashi)
独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究チーム チームリーダー
(図1)
して、一番早く臨床応用できるかもし
れない臓器と言われている網膜を取り
我々の網膜の再生研究では、
網膜の
上げさせていただきます。非常に大き
外側の層の視細胞という最初に光を
な期待の声をいただく中でひしひしと
受け取る細胞と、
黒い網膜色素上皮細
感じますのは、事実を知っていただか
胞、
この2種類の細胞の部分だけを置
なければならないということです。
例え
き換えて修復することを、
目標として挙
ば、
この研究が臨床応用となっても、
見
げています。網膜疾患の中でも、血管
京都大学医学部附属病院 眼科研修医
えない方がよく見えるようになる治療
閉塞、緑内障、糖尿病といった場合の
1992年
というわけにはいかず、わずかな治療
網膜の障害は、内側の層が悪くなりま
修了
効果を目指しているというのが現状で
すので、残念ながらまだ対象になって
1992年∼2001年
す。研究も診療も諦めないことが大事
いません。
また、脳と目をつなぐ視神経
ですが、
どこを諦めて、
どこを諦めなく
まで治すのは非常に難しく、何千万本
ていいのかを選び出すことが大切だと
も通っている神経の配線をもつれない
思っています。一つできれば、
次にでき
ようにきちんとつなぐ技術は、
次の世代
探索医療センター開発部 助教授
ることをもう一つ増やしていくというふ
の研究であると思います。網膜の再生
2006年10月∼
うに、
諦めずに研究しているということ
と一言でいっても、
できる部分とできな
発生・再生科学総合研究センター
をご理解いただけたらと思います。
い部分があるということをまずご理解
網膜再生医療研究チーム チームリーダー
眼球は、縦に切りますと真ん中は透
いただきたいと思います。
神戸市立医療センター 中央市民病院
明で、光が入り込むようになっていま
さらに、
網膜というのは広がりがあり
す。網膜は、一番奥にある厚さ500ミ
ますので、
疾患によってどこが悪くなる
Profile
1986年
京都大学医学部卒業、
京都大学大学院医学研究科博士課程
京都大学医学部附属病院 眼科助手
(1995年∼1996年)
(アメリカ ソーク研究所研究員)
2001年∼2006年
京都大学医学部附属病院
理化学研究所
眼科非常勤医師
2008年4月∼
財団法人先端医療振興財団
先端医療センター病院
眼科客員副部長
(兼任)
現在に至る
図1
15
神経のネットワークに馴染んで働く必
要があります。
神経回路の構築が非常
に難しいところです。
ただし拒絶反応
は余りないという特徴もあります。
一方で、視細胞の奥にある色素上
皮という細胞は、神経ではありません
ので回路を作る必要はなく、皮膚のよ
うにぺたんと貼りつければ機能するだ
ろうと思われています。
しかし、拒絶反
応が強いので他人の細胞では難しい。
ですから、
ES細胞という他人の細胞
から作った細胞ではなく、
iPS細胞を
使った治療が非常に有力な候補とな
図2
ります。
このように、何が何でもiPS
細胞を使用するのではなくて、適して
かが違いますし、その場所によって症
は視力を上げるためにどうしたらいい
いる疾患や適している状態を絞り込
状も違います。網膜の中心部にある黄
か、
またそこから10年、20年の挑戦が
むことで、効果のある治療につながる
斑は視力をだすという点で非常に大切
始まるのです。
と思っています。
なところです。
黄斑が正常であれば1.0
対象疾患と治療法
手術方法については、既に眼科で
わずか2ミリぐらいのところが悪くなる
さて、具体的にどのような疾患を
ることができます。網膜に小さな穴を
黄斑変性という病気になると、視野が
我々の研究対象としているかといいま
あけて、網膜の裏側の視細胞と色素
あり周りは見えていて、歩くことはでき
すと、
網膜色素変性、
黄斑変性、
強度近
上皮で囲まれた場所に細胞や細胞
るが、細かい字が読めないというよう
視が挙げられます。網膜色素変性は、
シートを注入します。
( 図3)痛くあり
な症状になってまいります。逆に、
周り
光を受け取る非常に大事な視細胞が
ませんし、局所麻酔で安全にすること
の網膜がすべて悪くなっても、
この真ん
全部なくなってしまい、
光を受け取らな
ができます。網膜の細胞移植は、血管
中だけ残っていれば、
視力は良い。
その
くなる病気です。
この病気の方に視細
に流れ込んだりほかの場所へ広がっ
かわり視野がなくなりますので、字は
胞を補うことで修復できないかと考え
たりしない、
このように囲まれた小さ
読めるけれども歩くことができないと
ています。
な空間へ細胞を入れることができま
いう症状になることもあります。
それぞ
視細胞は神経細胞であり、
隣の細胞
す。
そして、
2ミリという非常に小さい
れに対して治す対象の部分、細胞も
に信号を渡さなければなりませんの
部分を治すと、
それだけでも効果が出
違ってきますし、
治療してどう治るかと
で、
うまく組み込まれて、
非常に複雑な
るという利点があります。
の視力が出ます。
(図2)
この中心部分、
毎週おこなっている治療法を適用す
いうことも違ってきます。
網膜全体が悪くなった場合、最初に
治したいのは中心に近いところです。
し
かし、
中心部は非常に緻密にできてい
て、
きれいに修復するということは難し
いです。
そこで、真ん中に近いけれども
少し横のところを治療し、視力はそれ
ほど上がらないけれども、視野が少し
広がるというような効果を狙って、研
究をしています。
「再生医療でよく見え
るようになると思っていた」
という方が
たくさんいらっしゃると思いますが、
わ
ずかな効果でも、諦めていたことから
一歩前進することで大きな希望につな
がります。少し見えるようになれば、次
図3
16
ても、機能的にも完全な網膜色素上
皮細胞になっております。
網膜色素上皮細胞の機能というの
はいろいろあります。
まず、視細胞の外
節という部分の古いものを切り取って
食べてしまうことで視細胞を維持して
います。
また、PEDFという神経の保護
因子を出して視細胞に栄養を送って
います。網膜に血管が入ってこないよ
うに、新生血管を抑制するような働き
もしています。
そして、水を漏らさない
タイトジャンクションという細胞接合
でバリアを作り、
それとともに水をどん
図4
どん引くポンプ作用で、網膜が剥がれ
ていかないように色素上皮に引きとめ
視細胞移植
ある視細胞を選び出す方法を確立す
る働きをしています。
る必要があります。視細胞はこの部分
網膜色素上皮細胞はこれだけの機
視細胞移植については2006年に
がクリアされていないため、臨床試
能をもつ非常に重要な細胞で、
これが
非常にブレークスルーとなる研究が
験、臨床研究に行くまでにはまだ距離
なくなりますと視細胞が悪くなって、
ありました。網膜の裏側に胎児の網膜
があると考えられます。
光を受け取れなくなります。視細胞と
視細胞を移植すると、一つ一つの移植
色素上皮は持ちつ持たれつで、
どちら
細胞が接している網膜に入り込んで
網膜色素上皮細胞移植
かが悪くなると必ず片方も悪くなると
見事にきれいな視細胞の形を作り、次
視細胞と比べますと、網膜色素上皮
いうことです。
の神経細胞ともきちんとシナプスとい
のほうはもう一息で臨床研究というと
網膜色素上皮に機能障害があるモ
う結合部を作ってつながるという結果
ころまで来ております。iPS細胞から色
デルラットに網膜色素上皮細胞を移
が出ました。
(図4)
この報告で初めて、
素上皮への分化誘導も、
3週間ぐらい
植すると、移植しなければ死んでいっ
視細胞移植がいつか本当に治療に結
の培養でできます。
ほかの不純物を含
てしまう視細胞を救助することができ
びつくだろうという確信が得られた実
まないようピックアップして徐々に増
て、
ラットの視細胞がなくなるのを抑
験でもあります。
殖しますと、
すべてが網膜色素上皮と
えるという効果が出ます。見えるよう
2009年には、ヒトのES細胞から
いう細胞集団がとれます。
(図5)均一
になるわけではありませんが、進行を
作った網膜細胞で網膜色素変性のモ
性というのが非常に重要なポイントで
遅くするという効果があります。治療
デルマウスを治療することができたと
すが、
これらの細胞は電子顕微鏡で見
をして良くなるということだけではな
いう報告がありました。網膜に光を当
てたときの反応を計測すると、治療し
ていない網膜では反応がなく平坦な
波形を示しますが、視細胞を移植しま
すと、光に反応した波形が出ます。光
が全然見えないマウスに2,500個の
視細胞を入れ込んだところ、光に反応
する網膜を作ることができた、つまり
治療できたという結果がでました。
し
かし、ES細胞から視細胞を作るとき、
視細胞の周りにはほかの細胞もたくさ
んできますので、それらと選別して視
細胞を純化する必要があります。移植
する視細胞に、他のものが混じり込ん
で腫瘍ができないように、ぽつぽつと
図5
17
も決してリスクはゼロにはなりません
が、
ご理解いただきたいのは、
普通の医
療というものもリスクを伴っているとい
うことです。臨床研究の最初の段階で
は、
リスクとベネフィットの差も非常に
小さいかもしれません。
それでもどこか
で一歩踏み出せば、
20年後には花開く
治療になることは間違いないと思って
います。
現在、我々は、網膜色素上皮細胞
の浮遊液の移植、
シートの移植、追っ
て視細胞の移植も約7年のうちに行
いたいと思っています。今は、
どのよう
図6
な症状、段階の患者さんに移植しよう
かということを真剣に毎週の外来で
く、進行を抑える、
あるいは進行するに
例えばそのために、猿(カニクイザ
考えております。網膜色素上皮細胞
してもゆっくりにする、
それだけでも患
ル)
のiPS細胞を作って、実際その猿に
については1例目の移植を3年後から
者さんにとっては非常に有効である場
自家移植する、
あるいは他家移植(他
5年以内にするのが一つの目標です。
合があります。
の猿に移植)
することで比較して調べ
iPS細胞の作り方、色素上皮の作り
移植細胞の
品質管理・安全性評価
ています。
(図6)
方、移植の方法、移植用デバイスの開
そして、形態や画像処理による品質
発、そして患者さんの選択といろいろ
管理や、遺伝子やたんぱく質の解析に
な段階がありますが、順番に行うと
網膜色素上皮細胞移植は、いくつ
よる品質管理を行います。最終産物で
20年くらいかかってしまいますので、
かの施設でのin vivo研究で動物が実
ある色素上皮にiPS細胞が混じってい
全てを並行して進め、最終的に全部
際に治るという成果が積み重なって
ないかを徹底的に見ようと思っていま
がそろうような、最短の形で行いたい
きています。iPS細胞、ES細胞から分
す。移植細胞にiPS細胞が混じってい
と思っています。 化した成熟細胞がきちんとでき、iPS
ない場合は、移植された動物に腫瘍
細胞が絶対混じらないという純化が
ができなかったというデータがあり、
できるのは、唯一、
この色素上皮しか
iPS細胞が混じらなければ移植による
ありません。さらに、少ない細胞数で
安全性が高まります。
また、
センダイウ
治療ができ、10cmディッシュ1枚で
イルスを用いて、遺伝子が染色体まで
一人の患者さんに十分な量が得られ
入り込まなくてもiPS細胞ができると
ます。
いう方法が開発されましたので、
これ
このように研究を進めるにはよい条
も一つ安全性が上がったことだと思い
件が揃っていますので、ベンチャー企
ます。
しかも、色素上皮が出している
業や大企業とも組んで世界じゅうでど
PEDFという神経の保護栄養因子は、
んどん研究が行なわれています。
アメ
実は腫瘍を抑える強力な作用も持っ
リカ、
イギリスではES細胞の色素上皮
ていますので、
これも安全性を上げて
を移植しようとしていますが、拒絶反
います。次に、iPS細胞から分化させて
応がありますから、我々はiPS細胞の
作った細胞がiPS細胞に戻っていかな
色素上皮で移植をすすめたいと思って
いかということを、長 期 間コロニー
いますし、
アメリカ、
イギリスよりももっ
アッセイ
(解析)
したり、いろんなマー
と品質の良いものを目指しています。
カーを微量検出すること等で徹底的
今後は、本当にiPS細胞で拒絶反応が
に確認していこうと思っています。
ないのか、ES細胞では駄目なのか、
ど
の材料の細胞が良いのか、
安全性を調
臨床応用へ向けて
べて選択しなくてはなりません。
このように品質や安全性を追求して
18
■
第1部 講演4
■
企業が期待する
再生医療
にこのような産業の振興がなければ、
再生医療の現状
中西 淳
(Atsushi Nakanishi)
武田薬品工業株式会社
医薬研究本部 開拓研究所
主席研究員
再生医療の実現も非常に難しくなっ
企業の視点から再生医療の現状
てくると言えます。
を、日本だけではなくアメリカの状況
世界で再生医療に関わっている企
も紹介させていただき、製薬企業が再
業は、周辺企業も含めて約700社存
生医療にどのように関わっているのか
在 しており、これらの 大 半 は ベン
についてお話しさせていただきます。
チャーで、
そのうち400社近い会社が
再生医療の成果をできるだけ多くの
アメリカで活動しています。また、再
患者さんに届けるためには、産業化が
生医療関連製品は、
アメリカ、欧米を
必要であり、企業が関わることによっ
中心に10年以上前から製品化され
て、再生医療を非常に広く行き渡らせ
使われています。それらは骨や皮膚、
武田薬品工業株式会社 入社
ることができます。
例えば医薬品として
軟骨の領域の製品がほとんどで、修
1988年∼1989年
の研究開発の道筋を考えると、幹細胞
復を促進する増殖因子・マトリクスや
1997年
を基にする場合、幹細胞を培養し、
目
自家細胞製品です。
これらに続いて、
武田薬品工業株式会社
的の細胞に分化誘導し、
細胞を選別し
世界の中で100近い臨床試験が走っ
て、
いろいろな細胞シートやカプセルな
ていると言われています。
どと合わせて製品にします。
(図1)
その中でも注目すべきものを幾つか
培養には試薬や培地、
もちろん実験
挙げますと、組織の幹細胞を用いた再
機器などが必要ですし、材料や素材、
生医療の製品は、
開発のかなり後期の
安全性を確かめるための動物実験も
段階にあるものもあります。
( 図2)臨
必要です。デバイスや医療機器、
もち
床試験でまず進んでいるのは体の中
ろん医薬品も必要になってきます。再
にある体性幹細胞を用いたもので、
ES
生医療が進歩することによって、周辺
細胞については、
Geronが脊髄損傷で
の産業が発展すると言えますし、反対
臨床試験を準備しており、
目の領域で
Profile
1986年
東京大学薬学系研究科博士課程修了、
米国ハーバード大学医学部留学
開拓第二研究所 主席研究員
(アレルギー疾患の創薬研究)
2001年
武田薬品工業株式会社
開拓第二研究所 リサーチマネジャー
(疾患関連遺伝子の研究)
2005年
武田薬品工業株式会社
創薬第三研究所 主席研究員
(中枢神経系疾患の研究)
2006年
武田薬品工業株式会社
開拓研究所 主席研究員
現在に至る
現在はiPS細胞を用いた創薬研究に取り
組んでいる
図1
19
て、幹細胞やiPS細胞が薬を作るのに
使えるのではないかと考え、
その可能
性を探っています。
例えば、Pfizerという世界最大の製
薬会社では、2008年に再生医療研究
部門を作り、
ロンドン大学と共同で、
眼
科領域において幹細胞治療を目指し
ており、最近では、IBD(炎症性腸疾
患)
の治療に対しても、
ベンチャーと提
携して幹細胞の治療を目指していま
す。世界最大の会社が本気で再生医
療に取り組み始めたという現れです。
そのほかに、GSKという会社は、世界
図2
の幹細胞研究の中でトップを走ってい
ると言われているハーバード大学の研
11
12
は、
Advanced Cell Technologyが、
す。
また、抗体医薬* や核酸医薬* 、
究ネットワークと包括的に共同研究を
臨床試験を準備しています。
感染症のワクチンに、優先的に投資す
開始していますし、
その他の企業でも
これらを総合的にまとめますと、再
るという状況が続いており、再生医療
再生医療の非常に有望なベンチャー
生医療は、
まず幹細胞の中では体性幹
というものに対して、
ビジネスモデルが
に積極的に投資を開始する動きが出
細胞、組織幹細胞を用いたものから臨
描けていないという状況がありました。
始めております。緩やかで部分的で、
床試験が進み実用化されていき、
それ
しかし、その状況は変わりつつあり
非常に小規模な動きですが、少しずつ
に続いて、ES細胞が実用化されていく
ます。その背景には、新薬を創出する
再生医療への参入、投資が活発化し
というのが世界の情勢だと思います。
ことが難しくなっているにもかかわら
ていくことが期待されます。
その次に期待されているのがiPS細胞
ず、研究開発費が増えており、
1つの
ということになります。
日本では、
J−
新薬を開発するコストが非常に勢い
iPS細胞への期待
TECの再生医療製品が日本で初めて
よく上昇しているという状況がありま
iPS細胞は、疾患研究あるいは創
承認されています。
日本で最初の製品
す。
こういった状況の中で、企業が競
薬研究にも使える、期待ができると
が出たということは、
それに続く製品が
争に打ち勝って生き残っていくために
いうことが言われています。医薬品、
これから期待できるということでもあ
は、新しい領域に取り組む必要があ
創薬のプロセスにはいろいろな段階
り、非常に意味が大きいと考えられま
り、
まずは抗体医薬や核酸医薬などに
があり、前臨床から臨床試験まで10
す。
ただ、今の状況としては、臨床試験
取り組み始め、次に創薬の成功確率
年から15年という非常に長い時間
の準備の段階がほとんどで、実際に日
を上げるための新しい技術の一つとし
がかかります。
( 図3)非常に多くの候
本の中で臨床試験が行われているとい
う状況にはまだ至っておりません。
製薬企業と再生医療
それでは、医薬品という形で医療と
非常に深く関わってきた製薬会社はど
うかというと、再生医療に今までは本
格的に参入していませんでした。
これは
いろいろな理由があるとは思いますが、
それほど市場規模は大きくないという
ことや、
今までの薬を作るプロセスの枠
を超えた非常に多様な技術が必要で
あること、知財が非常に複雑であるこ
と、安全性、品質管理、
レギュレーショ
ンの問題などが理由としてあげられま
図3
20
補化合物から1つの新薬を作るとい
るいは扱いやすくするかということが
構(NEDO)
プロジェクト
「iPS細胞等
うリスクの高いプロセスを経るわけ
今後の課題だと思いますし、創薬研
幹細胞産業応用促進基盤技術開発」
ですが、iPS細胞は、特に創薬の初期
究の現行のアッセイに対して、
ヒトの
では 、製 薬 企 業 が自社の化 合 物を
の段階、
スクリーニングや毒性試験、
iPS細胞を用いた方法がどのような
もってそのシステムをこれから検証し
あるいは患者さんから作製した疾患
メリットがあるのかを示す必要があ
ていくという段階まで進んでいます
特異的iPS細胞については、疾患研
ります。
し、先端医療開発特区(スーパー特
究、ターゲット研究などの基礎研究
ます。将来的には恐らく、臨床試験の
iPS細胞の
前臨床試験への応用
プロジェクトが推進されています。
段階で、薬剤の感受性や抵抗性の研
その一つの例として、慶應義塾大学
また、もう既に毒性評価の利用に
究などにも利用できるのではないか
の岡野栄之先生のグループが、
マウス
関しては、
日本のベンチャー企業の1
と思っています。
のES細胞およびヒトのiPS細胞を、
つである
(株)
リプロセルが、iPS細胞
スクリーニングというのは、創薬の
ニューロスフェアという凝集塊で分化
から塊状で拍動するような心筋細胞
最初の非常に重要な段階ですが、細
させることによって、神経の非常に未
を作り、
これを用いて電気生理的に心
胞を用いたスクリーニングでは、非
分化な幹細胞、基になる幹細胞を作
筋の毒性を評価する受託研究を商業
常に使いやすい動物由来の細胞株
り、
これを増殖・培養して、維持または
ベースでスタートしています。
さらに、
や、がん細胞株を用いてアッセイ
(解
凍結保存し、そこから分化誘導して、
以前からES細胞を使って毒性評価を
析)していました。これは、品質が一
神経細胞を作ることに成功していま
してきたアメリカの ベンチャー の
定で使いやすく、遺伝子操作が容易
す。
ヒトの神経細胞を無制限に、手に
Cellular Dynamics international
ですし、非常に大量の候補化合物を
することは今まで出来なかったことで
では、細胞をばらばらな状態で分化さ
アッセイするのには向いていますが、
すし、利便性という面からこの方法は
せて、独自の方法(iCell)で生成した
本当に人の組織を反映している保証
非 常 に 優 れ ています 。このような
非常に純度の高い心筋細胞を、創薬
はありません。臨床に近い組織を用
ニューロスフェアの段階で保存してお
の毒性試験あるいはスクリーニング
いるために、初代培養細胞や人の臨
けば、
比較的短い時間でアッセイがで
に非常に汎用性が高い状況で提供す
床検体を用いたアッセイも行われま
きますので、非常に良い方法だと思わ
る、商品化すると発表しています。
すが、
これらは品質が不安定であり、
れます。
供給面で制限されるという問題があ
毒性評価系でのiPS細胞の利用に
ります。
ついては、細胞の標準化や評価系の
疾患メカニズムへの
応用
そこで、
このスクリーニングにiPS
標準化が非常に重要で、産学共同で
次に、患者さんから作製したiPS細
細胞を用いると、理論的に無限に増
いろいろなプロジェクトが進められて
胞を用いた疾患研究について紹介さ
殖し、
ヒトのいろいろな組織の細胞が
おります。その主なものとして、
( 独)
せていただきます。
これまでは病気の
できますので、品質が一定で、人の組
新エネルギー・産業技術総合開発機
人の細胞を手に入れ研究することが
において非常に期待がかかっており
区)
「ヒトi P S 細 胞を用いた新 規 i n
vitro毒性評価系の構築」
でも毒性の
織を反映した細胞が手に入ることに
なるので、人での臨床試験の効果を
予測するような成功確率の高いアッ
セイ系が構築できるのではないかと
期待されています。
ただ、創薬アッセイにiPS細胞を使
用するにはまだ課題があります。分
化した細胞が実際の組織とどう違う
のか、同じような性質を持っているの
かを検証していく必要がありますし、
iPS細胞の分化細胞の純度や、品質
の安定性や利便性が重要となってき
ます。現在の培養方法、分化誘導方
法は非常に複雑で、時間がかかりま
すので、それをいかに短くするか、あ
図4
21
療に対する関心は高まります。近い将
来、本格的に製薬企業が再生医療に
参入していく時代が来ることを期待し
たいと思います。
図5
非常に難しかったのですが、患者さん
㈱)
も創薬という面で、難治性疾患克
から作ったiPS細胞を用いて病態細
服研究事業「疾患特異的iPS細胞を
胞モデルを作製することができれば、
用いた難治性疾患の画期的診断・治
それらを使って疾患のメカニズムの
療法の開発」
の中で疾患特異的iPS細
解析ができますので、創薬ターゲット
胞を用いた研究班に参加し協力して
(効果があがる治療箇所)を発見し、
おります。
新しい治療薬開発につながる可能性
さらに将来の可能性として、遺伝的
があります
(図4)。 な背景の異なる多数の人から作製し
しかし、疾患の中には遺伝的要因
たiPS細胞をバンク化し、そこから分
と環 境 因 子 や 加 齢 、あるいはエピ
化された細胞のセットを用いて、候補
ジェネティクスのようなDNA変異を
薬剤の薬効や毒性評価ができるよう
伴わないような遺伝子発現の変化な
な時代がくるのではないかと考えてい
どが総合的に積み重なって病気が発
ます。
また、実際に臨床試験を行う前
症するということもあります。その場
に、
バーチャルクリニカルテストという
合は、iPS細胞で分化細胞を作ったと
ような形で、
ヒトでの薬効や副作用予
しても、遺伝的要因だけが残り、ほか
測が可能になるのではないかと思っ
の要因はリセットされて残っていない
ています。 ので、病態異常を出すような細胞を
これまでの医薬品は、疾患の原因を
作ることは難しいと考えられます。そ
標的としたものや対症療法がほとんど
の足りない要因を見つけ出して培養
であり、病気が治るというのは、恐らく
条件を工夫するなど発展させていけ
人の体の本 来 持っている治 癒力に
ば、遺伝的な要因だけの病気ではな
頼っているところがあります。
しかし、
く、さらに研究の範囲が広がる可能
今後は製薬企業としても、
まだ治療薬
性があると期待しています。
(図5)
がない難治性疾患の創薬研究に目を
向けていく必要がありますし、そのよ
再生医療の今後と
製薬企業
うな難治性疾患の治療薬を開発する
日本でも、文部科学省iPS細胞等研
では不十分です。そのため、再生医療
究ネットワークの拠点を中心にして、
や幹細胞、特にiPS細胞を用いた新た
幾つかの遺伝性疾患を中心に疾患特
な創薬アプローチが重要です。医療は
異的iPS細胞が作製されて、研究がス
確実に個別化医療に向かっているの
タートしています。私(武田薬品工業
で、今後は製薬企業にとっても再生医
ためには従来の創薬アプローチのみ
22
■
◎司会
行成 靖司
(Yasushi Yukinari)
読売新聞大阪本社 編集局
科学部次長
第2部 パネルディスカッション
■
講演者らによる
Q&A
Q&A
○行成 それでは最初の質問です。iPS細胞を利用した再生
読売新聞の行成と申します。
医療が実用化されるのはいつごろになるのでしょうか。
本日のパネルディスカッションは、参加申込時にい
○高坂 平成21年6月に、文部科学省で
ただきましたご質問やご意見の中から代表的な質問
はiPS細胞研究ロードマップを策定して
を幾つかさせていただきたいと思っています。最後に、
おります。各疾患について、臨床応用がい
フロアの皆様からも質問やご意見をお受けしたいと
つ可能な段階になるか、
いつごろを目指し
思います。
よろしくお願いします。
ているのかを説明しております。
(図1.2)
例えば網膜色素上皮細胞は、平成22年度で基礎研究を
終えて、前臨床研究、
トランスレーショナルリサーチを実施
し、
その後3年から4年後に臨床研究がスタートすると考えら
れています。
それと同じぐらいに目の角膜の移植、例えば角膜
上皮細胞の移植は、比較的早く進む可能性があると考えて
おります。
しかし、中枢神経系、血液疾患、心臓、軟骨といったもの
は、
いずれも、
まだしっかりと基礎研究を要する段階であり、
平成27、8年ごろを目途に臨床研究に推進したいと考えてお
◎コーディネーター
加藤 和人
(Kazuto Kato)
京都大学 人文科学研究所
准教授
ります。疾患によって到達度が違う、
あるいは困難さが違い
ますので、一概にこの技術が臨床応用に何年後に結びつくか
ということは言いがたいということをご理解いただきたいと
思います。
また、
これらの研究の推進に、非常に大きく影響すると考
えられているのが、iPS細胞の標準化です。高品質でリスクが
京都大学の加藤と申します。
少ない、安全性が高くて目的とする細胞に分化しやすいiPS
私自身はもともとこの分野で研究をしていました
細胞をいかに樹立できるか。
そして、
その標準化したiPS細胞
が、今は科学の世界と社会をつなぐというテーマに取
を国内外に配布する体制をいかに早く構築し、研究者に活用
組んでいます。
よろしくお願いいたします。
していただける段階にたどりつけるか。
まずは、最初の関門で
約100問の質問をご参加の皆様からいただきまし
あると思われる、安全で高品質なiPS細胞の樹立をこの1、2
た。最も多かったのは病気の治療に関する質問です。
年の間にしっかりと確立したいと考えています。
それから、iPS細胞の分化やがん化のメカニズムなど
○赤澤 iPS細胞研究ロードマップは、
の基礎研究に関する質問、再生医学研究の進め方、
文部科学省のホームページに掲載され
産業化・ビジネスとの関係、社会への情報発信などに
ています。
さまざまな疾患の到達点が記
ついてご質問をいただいております。
されておりますので、
ご参照いただければ
と思います。
○高橋 網膜色素変性であっても、網膜色素上皮細胞を移
植する場合と、視細胞を移植する場合では研究の進捗が異
なり、網膜色素上皮細胞の移植は、5年以内に1例目を目指
したいと思っています。
しかし、視細胞の移植の場合は少し
難しく、7年から10年の間に1例目を目指したいと考えてい
ます。
23
Q&A
○行成 iPS細胞は安全性が重要な課題であるということで
○須田 そうですね。
今、
がん幹細胞の研究もよく進んでいま
すが、
分化誘導した細胞が非常に高い確率でがん化する原因
して、
がん幹細胞といったときには、
最も未分化の細胞から発
について教えてください。
生しているわけではなくて、次の段階の前駆細胞レベルでも
○須田 今の技術では、
分化誘導して作った細胞の中にも未
非常によく増殖しますので、遺伝子にダメージが入る可能性
分化の細胞、iPS細胞そのものが残ると考えられています。
そ
は結構高いと思います。
の細胞は、
幹細胞が幹細胞を作る能力
(自己複製能)
を持って
○西川 補足ですが、iPS細胞は、
もとに
いることから、
腫瘍化の危険性が非常に高いと言えます。
なった細胞から考えると遺伝子は変わっ
そのほかにも様々な課題がありますが、
この100%分化し
ていません。遺伝子を変えずに異常な増
た細胞にできるかという問題と、使用する細胞数の問題があ
殖を起こしており、
このような変化をエピ
ります。
網膜色素上皮細胞や角膜の細胞は、
恐らく10の4乗、
ジェネティックな変化と呼んでいます。多
5乗個の細胞が必要であると考えられます。
この場合、
精度的
くの製薬会社は、
このプロセスを標的にした薬を開発されて
には、一つもiPS細胞が、
つまり未分化な細胞が混じっていな
いますし、DNAにちょっと印がつく
「メチル化」
自身に対する
いと言えるかもしれませんが、10の8乗個の細胞が必要にな
薬が、
骨髄異形成症候群にはすでに使われています。
りますと、
それだけで未分化な細胞が1万個入っている可能
つまり、
遺伝子が変わると何かが起こるわけですが、
私たち
性があります。
の体は、全く遺伝子が変わらずに、
これだけ全然違う細胞が
また、使用する細胞は本人の細胞ですので、免疫拒絶もな
生まれて、
なおかつ、
同じ細胞もどんどん増えている、
というこ
いため、
腫瘍化する可能性が非常に高いと考えております。
とも考えていただきたいと思います。
Q&A
○行成 がん化は、
コントロールできるのでしょうか。
○須田 がん化する機構が幾つかに分か
Q&A
○行成 アメリカではオバマ政権のもと、連邦資金が解禁に
なり、iPS細胞等研究が一気に加速すると言われています
れると考えられますので、
それに対処する
が、今後の、
日本の再生医学研究の進め方、戦略については
方法も幾つか考えられます。例えば染色
いかがでしょうか。
体に組み込まれて作用するレトロウイル
○西川 日本にも力を持った企業や研究者の方がおられま
スでがん化する可能性が高くなるなら、
エ
すので、
そういった方が結集すれば十分に世界に対抗できる
ピゾーマル
(核内染色体外)
のセンダイウイルスなど別のもの
だけの研究推進ができるだろうと思います。実際のところ、研
を使うことで防ぐことができるかもしれません。
究費についてはアメリカにはどうしようもないぐらい負けます
理想的なのは、
がん化しそうな細胞だけをあらかじめ除く
し、
もう少しすれば中国にも負けるでしょう。
しかし、研究費
ことができれば良いのですが、
なかなか難しいです。
まずは少
が小さい国がすべての研究で負けているわけではありませ
数の細胞でやってみて、
次に、
がんのマーカーになるものを探
ん。
日本の多様な分野をうまく利用すれば勝てる可能性はあ
し出していくということが大事であると思います。
ると思っています。
○加藤 未分化にすること自体が、
がん化しやすい能力を増
日本の場合、
お金をかけてもそれに見合うだけの人が日本
やしているということが、
時々話にあがりますが、
iPS細胞から
だけではすべて調達できないという現状があります。
アメリカ
しっかり分化させれば大丈夫と考えてよいでしょうか。
ではお金をかければ他国の人が集まる、
また受け入れる体制
■図1 ロードマップ
■図2 ロードマップ
24
が整っています。
これらの点が非常に重要で、そこを解決す
れば日本の研究も加速できると考えられます。
○加藤 再生医学の研究者として先生方のように仕事をす
るためには、
どのような道がありますか。女性研究者として高
○高坂 臨床応用に向かっていく研究についても、
そのベー
橋先生いかがでしょうか?
スは基礎研究ですので、
自由な発想に基づく
「基礎研究」
を
○高橋 例えば再生医学の一翼を担うと
しっかり伸ばしていくことも見直していくべきだろうと思って
いうことでしたら、理学部、農学部、薬学
います。
自由な発想のもとで研究の幅を広げていくこと、
つま
部、工学部、
あらゆる方面からの研究者、
り研究者の数、研究の裾野を広げていくことも大事だと考え
テクニカルスタッフがいらっしゃいます。
ています。
ただ、PI(Principal investigator:その研究の責任者)として
Q A
&
家庭と両立して活躍するには、
今の再生医学はすでに競争が
○行成 研究者側だけではなく、一般の方からの支援の仕
厳しくなりすぎていると思います。新しい分野を見つける必
組みがないでしょうかというご意見をいただいておりますが、
要があると思います。
いかがでしょうか。
○加藤 正直なところが出てしまいました。
そう言わずに頑
○西川 一番重要なことは、皆さんがまずスタートされるこ
張りましょう、
皆さん。
とだと思っています。研究者や公的機関が中心になって組織
を作るのではなく、疾患克服のためのコミュニティというの
は、患者さんと、
その患者さんをサポートする人たち、
その中
Q&A
○行成 それでは、会場からご質問やご意見をお受けしたい
と思います。
には病気を治す研究をしている人も含め、同じ目的を共有す
○質問者 網膜色素変性は、光を感じる網膜に異常な色素
る1つのコミュニティをつくり、
そこから募金などの支援を呼
があらわれ、光の明るさを感じる桿体(かんたい)細胞、続い
びかけることが大事だと思います。
て物や色を感じる錘体(すいたい)細胞が働かなくなる病気
1つ例を挙げますと、
アメリカのⅠ型糖尿病財団(JDRF)
だそうですが、
どのように機能しなくなるのでしょうか。
は、研究費として年間約100億円を配っています。
日本にも、
○高橋 網膜色素変性の場合、桿体と錐体の2種類の視細
Ⅰ型糖尿患者を支援する
「日本IDDMネットワーク」があり、
胞が弱って、
だんだん細胞が消失してしまいます。光を受け
JDRFに触発され、今ではいろいろな活動をされています。
取る細胞がなくなっていきますから、光を受け取れなくなる
団体を立ち上げ活動するということは、
いろいろ難しい問
わけです。治療に関しては、再生医療だけではなく、今は人工
題があることは確かですが、
やっていこうという気持ちが大
網膜が一番進んでおり、
日本でも治験が始まります。
事だと思います。それぞれの皆さんがまずスタートしていた
だければ、私たち研究者もコミュニティに積極的に参加でき
ると思います。
Q&A
○質問者 ディレクテッドリプログラミングが、一番効率の
良い方法ではないかと思いますが、分化やリプログラミング
○行成 再生医療を実現化するためには、我々もできること
は、
メチル化が支配しているのでしょうか。
から活動することが大事だということですね。
○須田 直接的に目的とする細胞を誘導するというのは、非
Q A
常にスマートな考えで、最も未分化なiPS細胞まで戻さない
&
○加藤 日本における再生医療分野の産業化にはどのよう
で作った細胞が、例えば非常にがん化しにくいとか、効率が
なハードルがあるのでしょうか。
高いということがわかれば、一躍その方法は推進すべき研究
○中西 アメリカの再生医療が進む原動
力には、
ほとんどベンチャー企業が関わっ
ています。新しい革新的な技術は、新しい
会社を興してそこで実用化に向けて研究
していく、
そういう流れが非常に盛んに起
こっています。
しかし、
日本はベンチャー企業が溢れ出てくる
風土や、国民性ではありませんので、そういった形での推進
力が無いという現状が底辺としてあると思います。
しかし、iPS細胞が出てきて状況はかなり変わってきている
と思います。政府も官民挙げてプロジェクトや研究を支援し
ていますし、
その周辺に医療機器関連の企業も入って、産業
化に向ける体制が起こりつつありますので、
もう少し時間が
たてば、
日本でも実現化する動きが盛んになってくると思い
ます。
25
Q&A
となると思います。
目標とする遺伝子群をエピゲノム上で修
飾するのはなかなか難しいため、
リプログラミングだけで研
究を進めることは難しいと思っています。
しかし、
山中伸弥先生がiPS細胞を樹立するのに転写因子
を使ったというのは、非常に印象的なことですし、常に心にと
めておくことかなと思っています。
Q&A
○質問者 今日のテーマは厚生労働省の範囲ではないか
と思いますが、
このネットワークや文部科学省との違いを解
説いただけますか。情報公開を進めることは大賛成ですの
で、イニシアチブをとっていただいけることは良いことだと
思いますが、医学の話をしているのになぜ文部科学省なの
でしょうか。
○高坂 このiPS細胞等研究ネットワークは文部科学省や
JSTを中心に構成されていますが、最終的には全日本的な
ます。
iPS細胞等研究ネットワークの形成を目指しています。
まず文
ただ、
アメリカにおいても個別化医療が非常に重要視され
部科学省を中心としたネットワークをきちっと作って、
厚生労
てきており、
メジャーな疾患についても、
それぞれの患者さん
働省や経済産業省とも連携をとって、
それぞれの研究の進捗
に合った治療を、合った治療薬をこれから開発していかなけ
や情報交換をいち早くおこなっていこうと考えています。我々
ればならなくなっています。
しかしそういったメジャーな疾患
も三省庁の連携の必要性については、
しっかり認識をしてお
の治療薬の開発が非常に難しくなっています。
これは、現在
り努力をしてますので、
いましばらくお待ちいただきたいと思
の非常にいいブロックバスター*13が次々にジェネリック*14に
います。
なっていますので、その安い医薬品よりももっと良いものを
○西川 こういった医学の研究は、
いろいろな基礎研究から
開発しなければならないからです。
そういった背景から、今後
始まり、臨床研究を経て、産業化があるということで、全てが
は市場が小さくても、今まで有効な治療薬がないような疾患
つながっています。
しかし、
それを主に管轄する省庁が分かれ
に目を向けていく傾向が少しずつ多くなり、そういった薬の
ているところから、疑問が浮かぶのだと思います。
これからの
開発も製薬企業が生き延びていく一つの戦略になるのでは
科学技術を、
どのような形でサポートしていくのか、新しい方
ないかと思います。
法をいろいろ考えていかなければならないと感じています。
Q A
&
○質問者 iPS細胞の実用化とは、
最終的には患者さんのた
Q&A
○質問者 RPE(網膜色素上皮細胞)
と視細胞の注入箇所
について教えていただけますでしょうか。RPEの場合の自家
めに役に立つことだと思いますが、
いざ治験となると、特に難
移植とは、
自分の組織を使うのでしょうか。
また、
どれぐらい
病と言われる数の少ない希少疾患は、
たとえ日本発のもので
の回復が、
いつ可能なのか、現状をお聞かせください。
あっても、欧米で確立されてから最終的に日本に来るという
○高橋 まず、視細胞と網膜色素上皮細胞は、
それが2つ並
ようなことが往々にしてあります。その辺の支援体制につい
んでいる場所にちょうど注入できますので、深さとしてはどち
て、現状をお聞かせください。
らも同じ場所(神経網膜と網膜色素上皮の間)に移植しま
○中西 まず日本が遅れるという現状は、
これは希少疾患に
す。網膜の広がりの中での移植の部位については、真ん中近
限ることではなく、臨床試験の問題として、
そういう問題が起
くに移植しますけれども、視力を出す真ん中の黄斑は、
きれい
きている可能性はあります。
これは臨床試験の進め方という
に構築しようとすると難し過ぎるので、
そこを修復することは
よりは、今の製薬企業がグローバルに展開していることもあ
ちょっと難しいです。
り、
日本も並行して推進しているのですが、
どうしてもその市
自家移植に関しては、
自分の目の端のほうの網膜色素上
場が大きいアメリカが先に臨床試験を始めていくという状況
皮細胞を切り取って真ん中に持ってくるという手術もありま
が関係していると思います。
すが、危険過ぎますので、iPS細胞で作れるとすごくいいなと
次に、患者数が少ない難病に製薬企業が取り組めるかと
いう状況です。
いう問題ですが、製薬企業の規模にもよりますが、薬を開発
視力の回復に関しては、7年後の視細胞の移植で本当に光
するのに非常に多くの研究開発経費が掛かりますので、
それ
の形がわかるとか、0.01というレベルを目指しています。網
に見合うリターンが得られるぐらいの患者規模の難病をまず
膜色素上皮細胞の移植は、疾患の進行を遅らせるという効
対象として考え、優先的に開発するということになると思い
果があります。将来的には、網膜色素上皮細胞と視細胞をき
26
れいに密に並べて解像度を上げるという治療が50年後の
○高坂 本日は長時間にわたりまして、本当に熱心に聞いて
ゴールで、
そのときは1.0になるかもしれません。
いただきましてまことにありがとうございました。
Q A
も早く実用化していきたいと研究者一同頑張っております。
コントロールが非常に完全に作用しているわけですが、
自然
また、文部科学省やiPS細胞等研究ネットワークのWebサイ
の幹細胞の分化の作用機序は解明されているのでしょうか。
トに、
さまざまな最新情報を掲載しておりますので、
ぜひご参
解明されているとすれば、
それを人工の幹細胞の分化の参考
照いただけたらと思います。皆様方のますますのご協力とご
にならないものでしょうか。
支援をよろしくお願いいたします。
○西川 もちろん参考になると思います。
さまざまな幹細胞
皆様、
どうもありがとうございました。
について研究が進んでおります。例えば血液に関して言え
ば、赤血球になるために何が必要であるかということがわ
かった上で、既にエリスロポエチンという薬が臨床応用され
ています。
しかし、血液の全貌がわかったかというと、
もちろん
まだわかっていないこともあり、
あらゆる血液を皆様に提供
できる状況ではありません。同じようなことは皮膚移植にも
言えて、皮膚移植はできますが、皮膚移植をしても毛は生え
てきません。毛がないと汗もかけませんし、脂肪も出てこない
という不都合が生じます。
つまり、
どこまで解明すればよいの
かというのは、
それぞれにゴールがありますし、常にさらなる
ステージとゴールが設定されるものです。
それぞれの研究者が、解決したいゴールのために、協力し
合いながらあるいは競争し合いながら研究をすすめています
ので、
それらの一つ一つの研究過程またはゴールが、未熟な
細胞からの分化に役に立つことは間違いないと思います。
そ
ういった研究の推進というものについて、ぜひご理解いただ
きたいと思います。
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この日本発のiPS細胞という成果を日本国内において一日
&
○質問者 普通の幹細胞は、
スピードや分化のステップなど
語句説明・Webサイト紹介
本書に記載されている語句やwebサイトについて、簡単に説明およびご紹介させていただきます。
語句説明
*1 二重盲検法:治験薬の薬効を客観的に調べる臨床試験の方法。多数の患者に調べたい薬と
偽薬とを投与し、
だれにどちらを与えたかは患者にも医師にもわからないようにしておき、結果を
統計学的に判定する。
*2 エピジェネティクス:DNA一次配列の変化ではなく、
ヒストンのアセチル化、
DNAのメチル化など
の細胞内部の分子的機構により、
可変的に遺伝子情報の発現が制御される機構。
*3 クロマチン構造:核DNAの基本となるDNAとタンパク質の複合体であり、
ゲノムDNAをコンパ
クトに収納する構造をいう。遺伝子の発現制御においても積極的な役割を担っている。
がつくこ
*4 DNAメチル化:ゲノムDNAのCpG配列の部分でC
(シトシン塩基)
にメチル基
(CH3-)
と。遺伝子を制御している部分
(プロモーター)
がメチル化されると、
その遺伝子は抑制される。
遺伝子の発現制御
*5 microRNA:細胞内に存在する長さ20−25塩基ほどの1本鎖RNAをいい、
に関わる機能性をもつ。
タンパク質を合成しないnon-cording RNAの一種である。
(なお、
RNA
は遺伝子という設計図の情報を核の中でコピーし、
核の外に持ち出す働きをする。)
(染色体)
を構成するタンパク質の一群。非常に長
*6 ヒストンたんぱく質:真核生物のクロマチン
い分子であるDNAを核内に収納する役割を担う。
ヒストンとDNAの相互作用は遺伝子発現の
最初の段階である転写に大きな影響を及ぼす。
タンパク質の合成後、修飾として水素がアセチル基(CH3C(=O)-)で置
*7 アセチル化:細胞内で、
換される反応のこと
*8 リン酸化:各種の有機化合物、
なかでも特にタンパク質にリン酸基
(H2PO4-)
を付加させる化学
反応のこと。
タンパク質の構造や機能の変化を引き起こす。
*9 GS細胞:精原幹細胞(精子幹細胞)を体外で培養できるようにした細胞株を指し、精巣の精細
管内に注入することで精子を形成できる。精子幹細胞は体の中で唯一個体の遺伝情報を伝え
ることのできる幹細胞である。
*10 グリア細胞:中枢神経系および腸管神経叢のニューロンの間を埋めている細胞。多くの突起を
出して網目を作り、
ニューロンを支持し、栄養補給に関与している。神経膠細胞
(しんけいこうさ
いぼう)
とも呼ばれ、神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称であり、
ヒトの脳では細胞
数で神経細胞の50倍ほど存在していると見積もられている。
*11 抗体医薬:ある抗体がある抗原を認識する特異性を利用して、特定の抗体を投与あるいは産生
させる治療に使われる医薬品。化合物を患部に反応させることで治療を図る。
*12 核酸医薬:DNA
(デオキシリボ核酸)
やRNA
(リボ核酸)
を構成する塩基配列の組み替え技術を
利用した薬のこと。遺伝子に直接働きかけることで病気の原因を取り除く。
*13 ブロックバスター:
(blockbuster drug)
:新しい発想で作られた画期的新薬で、
なおかつ、
その対
象疾患領域でダントツの売り上げを誇る医薬品。
*14 ジェネリック:新薬の特許期間の切れた後に、
他社が製造する新薬と同一成分の薬。
効能、用法、用量も新薬と同じ。開発費がかからないため価格が安い。
シンポジウムで紹介されたWebサイト
理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
(発生・再生とは?)
● http://www.cdb.riken.jp/jp/05_development/0506_stemcells04.html
文部科学省 ライフサイエンスの広場 生命倫理・安全に対する取組
● http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/
インターナショナル ステムセル フォーラム
● http://www.stemcellforum.org/
文部科学省 iPS細胞(人工多能性幹細胞)研究ロードマップの策定について
● http://www.lifescience.mext.go.jp/files/html/7_212.html
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク関連Webサイト
文部科学省 ● http://www.mext.go.jp/
文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク ● http://www.ips-network.mext.go.jp/
再生医療の実現化プロジェクト ● http://www.stemcellproject.mext.go.jp/
CREST人工多能性幹細胞
(iPS細胞)
● http://www.ipscc.jst.go.jp/
作製・制御等の医療基盤技術 さきがけ iPS細胞と生命機能 ● http://www.ips-s.jst.go.jp/
山中iPS細胞特別プロジェクト ● http://y-ips.jst.go.jp/
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文部科学省iPS細胞等研究ネッ
トワーク
第1回合同シンポジウム 再生医学研究の最先端 報告書
平成22年3月発行
写真・図版提供:西川 伸一/須田 年生/髙橋 政代/中西 淳
発行:文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク合同シンポジウム実行委員会
http://www.ips-network.mext.go.jp/
無断での転載・複写を禁じます。
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