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2009年度修士論文 夏季アジアモンスーン域における下層ロスビー波
2009年度修士論文 夏季アジアモンスーン域における下層ロスビー波 北海道大学大学院環境科学院 環境起学専攻 渡邊 統合コース 武志 平成21年度 環境科学院 修士論文内容の要旨 夏季アジアモンスーン域における下層ロスビー波 北海道大学大学院 環境科学院 環境起学専攻 統合コース 渡邊 武志 アジア地域の動態は世界の情勢の中で最も注目されており、今後その注目はますます増加していくと 予想される。アジアモンスーンはそのアジア地域の気象に大きな影響を与え、アジア社会に大きな影響 を与える。アジアモンスーンを理解することは重要なことであり、更なる理解の深化が必要である。 本研究に関連する研究としてWang et al.(2008)をあげる。この研究において数値実験によりチベット 高原上空での加熱が東アジアの気象へ影響する機構が説明された。その機構は、加熱によって生じた上 層の擾乱により、上層と下層にそれぞれロスビー波が生成し、それぞれの層において東へ伝播すること により東アジアの気象へ影響を与えるというものである。上層における擾乱がロスビー波として東へ伝 播することはよく理解がなされているが、下層におけるロスビー波の存在について明確に述べているも のは無い。 本研究は、夏季アジアモンスーン域における下層ロスビー波の存在を確認することを目的としている。 また、その擾乱が実際の気象にどのように影響を与えるかを評価する。 研究の主な手法は、1958年から2002年(45年間)のECMWF再解析データを用いたコン ポジット解析である。「各年初夏(5月から6月の期間)に、アフガニスタン上空の200hPa高度 における線形トレンドを取り除いたジオポテンシャルの偏差が最大になる」という条件により標本を抽 出した。 抽出した標本から合成平均を作ると、200hPa高度における擾乱の最大になる日に2日遅れて8 50hPa高度の擾乱が生成することが分かった。擾乱は東へ伝播し、フィリピン付近まで到達すると 同時に南シナ海から日本にかけても有意な変動を示し、擾乱の影響は東アジア地域まで及ぶことが分か った。また擾乱は5日程度の期間、定常的に維持される。南北風の分布は、南風と北風が交互に並ぶパ ターンを示し、擾乱は波列のような構造を持つことが分かった。この擾乱は東へ6°/日の速さで伝播 し、その東西波数は12程度である。これは、環境場に対して理論的に計算された定常ロスビー波のも のと同程度である。鉛直構造からは850hPa高度付近で顕著に擾乱の東への伝播が見られる。これ らの結果からこの擾乱は下層にトラップされたロスビー波であると考えられる。 気象への影響として降水への影響を評価した。1997年から2002年(6年間)のGPCP降水 データを用い、擾乱の発生期間における降水状況を確認した。北緯20度に沿ったインドシナ半島から 中国南部にわたる地域で降水量の有意な増加が見られる。これは擾乱の東への伝播により、南西風が強 化され、水蒸気の輸送が強められたものと考えられる。この擾乱はアジアモンスーン域の降水に影響す るということが言える。また、南アジア、東南アジア、東アジアのそれぞれのモンスーンに対して影響 を与えているというこが示唆される。 参考文献 Wang, et al.,(2008),Tibetan Plateau warming and precipitation changes in East Asia, Geophys.Res.Lett,35,L14702,doi:10.1029/2008GL034330 目 次 1. 研究の背景と目的 1.1 本研究の背景と動機 1.2 関連する研究 1.3 本研究の目的と構成 2. 使用データと解析手法 2.1 全般 2.2 使用データ 2.3 解析手法 3. 第1コンポジット解析の結果 4. 第2コンポジット解析の結果 4.1 結果と第1コンポジット解析との比較 4.2 上層の擾乱と下層の擾乱の相関関係 5. 考 察 5.1 全 般 5.2 下層における波動の存在 5.3 擾乱の伝播速度 5.4 理論的に計算される定常ロスビー波の波数と群速度 5.5 下層ロスビー波に対する渦度解析 6.気象への影響 6.1 全 般 6.2 アジアモンスーン域における降水への影響 6.3 日本での天気への影響(1993年の要素に関する事例) 7. まとめ 7.1 本研究の成果と今後の展開 7.2 他の研究への貢献の可能性 8. 最後に 付 録 付録A 合成平均の作成手順 付録B 本研究における合成平均に対する統計的有意性の考え方 付録C 第2コンポジット標本の抽出手順 付録D 定常ロスビー波の波数と群速度 付録E 渦度解析の計算方法 付録F 1993年災害をもたらした気象事例に関する資料 参考文献等 1. 1.1 研究の背景と目的 本研究の背景と動機 アジア地域は人類の3分の1の人口が暮らしており、また全世界の陸地の5分の1を占 める広大な地域である。社会、経済、文化は多様であり、さまざまな生活が営まれている。 このアジア地域の気象に大きく影響しているのがアジアモンスーンである。気候として のアジアモンスーンの特徴は、季節によって気象を大きく変化させることである。卓越風 は夏季においては海から陸へ、冬季においては陸から海へ逆転する。また、季節変化がは っきりとしており、特に降水活動は顕著である。アジアモンスーンの形成に重要な要素は 以下の3つであると考えられている(朝倉正、関口理郎、新田尚、1995)。 1 夏半球と冬半球のコントラスト 2 大陸(アジア大陸)と海洋(インド洋、西太平洋) 3 チベット高原の存在 アジアモンスーンについてこれまで多くの研究が成されており、多くの成果が上げられ ている。しかし、依然未解明な部分は存在する。モンスーンのオンセットのメカニズムや、 年々変動や季節内振動、陸面との相互作用、チベット高原の役割(積雪の影響等)などに 関して現在も研究が続けられている。 大気中の人為起源の温室効果気体の増加が地球の温暖化を引き起こし、気候、気象現象 が変化することに対する危険が認識され、現在全世界で大きな注目を集めている。アジア モンスーンもこの影響を受けると考えられている。温暖化によりアジアモンスーン循環は 弱められると予測されている。しかし、気温の上昇により大気中の水蒸気は増加し、この 効果が循環の弱化を上回り、降水量は増加すると予想されている(IPCC,2007)。 アジアモンスーンはアジア地域の社会に大きな影響を与えている。豊富な生物生産性や 水資源から大きな受益があるとともに、大雨や洪水、土砂災害等の災害によりしばしば危 険を被ることがある。また、アジア各地域における多様な文化もアジアモンスーンに影響 を受けている。 アジアモンスーンを研究することは、アジアモンスーンに対する理解を深めることにな り、アジア地域の社会とアジアモンスーンの良好な関係を築くことへの貢献である。 また、地球温暖化や局地的な豪雨などによる災害に見られるように、地球規模から地域 規模までの気象に関連した環境問題が大きな問題となっている現在、地球の気候システム の理解をさらに深化することが必要とされている。 - 1 - 1.2 関連する研究 本研究に関連する研究として、Wang et al.(2008)を挙げ、以下この研究の概要について 紹介する。 図1.1に Wang et al.(2008)の数値実験の結果に関する図を示す。チベット高原の地表 面温度が過去50年で約1.8℃上昇している。そして、チベット高原での地表面温度の 上昇と相関を持つ東アジアでの降水パターンは、東アジアでの降水の変化の主成分分析で 得られた第1モードとよく類似している。この2つの現象を結びつける機構を明らかにす ることがこの研究の目的である。主な手法は数値実験であり、チベット高原上のアルベド を減少(増加)させると(チベット高原の温度の上昇(下降)に寄与すると考えられる)、 大気がどのように反応するのかを調べると、観測結果とよく似た降水の変化の分布が見ら れた(図1.1.a)。そして、その機構は、上層と下層にそれぞれ生成するロスビー波に よるものであることがわかった。上層のロスビー波は、上層の西風中を伝播し、東アジア 上空まで到達する(図1.2.b) 。また下層のものは、上層のものに2日程度遅れて、下 層のチベット高原南西部に生成し、南アジアモンスーンの西風に沿って南シナ海まで到達 する(図1.2.d)。上層及び下層のロスビー波は東アジアの西部北太平洋高気圧を強化 するように働く。この結果東アジアに向けて南西風が強化され、東アジアの亜熱帯前線に 向けて水蒸気の供給が増大し降水の変化をもたらす。 チベット高原の昇温と東アジアの降水の変化を結びつける機構は上層と下層それぞれを 西へ伝播するロスビー波であるということがこの研究の結論である。 1.3 本研究の目的と構成 前節で紹介した Wang et al.(2008)において注目したのは、下層に存在するロスビー波の 存在に関してである。アジアモンスーン域における上層のロスビー波の伝播は多くの研究 がなされ、多くの成果が上げられている(Hoskins and Ambrizzi (1993)、Rodwell and Hoskins (1996)、Ding and Wang (2005)等)。しかし下層を西へ伝播するロスビー波の存在について 明確に述べられているものは無い。 そこで本研究の対象を夏季アジアモンスーン域における下層のロスビー波とした。また 対象とする期間を、研究の焦点を絞るために夏季アジアモンスーンへの遷移期である5月 から6月(初夏)とする。 本研究の目的は、「初夏(5月から6月までの期間)における夏季モンスーン域における 下層ロスビー波の存在を確認する」ことである。また「その擾乱によるアジアモンスーン 域における気象への影響を評価する」ことである。 本論文の構成を説明する。 本研究に用いた気象データとコンポジット解析の手法について説明し、標本の抽出条件 - 2 - を設定する(第2章)。抽出した標本から作成した気象変数に関する合成平均を示す(第3、 4章)。作成した各気象変数に関する合成平均を用いて波動の存在を確認しその特徴につい て考察をする(第5章) 。アジアモンスーン域における気象への影響のとして、降水につい ての影響を考察する。また日本の気象、天気について考察を行う(第6章)。最後に本研究 により得られた成果とこの研究の今後の展開、他の研究への貢献の可能性について述べる (第7章)。 なお本論文中においては、図表は節ごとに節の最後にまとめて記載する。 - 3 - 図1.1 Wang et al.(2008)における数値実験の結果 (a)地表面温度(等値線[°C])と降水量(色塗りの単位は[mm/day]、緑は増加、 茶は減少) (b)200hPa高度における風(矢印の単位は[m/s]) (c)東西風と鉛直風の緯度―高度分布図、北緯28°から38°で平均したもの(矢 印の単位は[hPa/day]) (d)850hPa高度における風(矢印の単位は[m/s]) (b)、(d)における色塗りはt検定による95%の信頼度を示す。または線で示し た矢印はロスビー波の波列を、Cは低気圧、Aは高気圧を示す。 - 4 - 2. 2.1 全 使用データと解析手法 般 本章では使用したデータとコンポジット解析の要領とその結果について述べる。2. 2では使用したデータを示す。2.3ではコンポジット解析についてと標本抽出のため に設定した条件について説明する。 本研究で注目する地域の全域と本論文中で使用する地域名を図2.1に示す。 2.2 使用データ 気象データ解析のために、大気再解析データを使用した。また、気象への影響を評価す るために、降水量データを使用した。細部は以下のとおりである。 2.2.1 大気再解析データ 名称 ERA-40 作製機関 European Centre for Medium-Range Weather Forecasts(ECMWF):ヨー ロッパ中期気象予報センター 水平分解能 2.5°×2.5° 鉛直レベル 23層(1000、925、850、775、700、600、500、 400、300、250、200、150、100、70、50、30、10、 7、5、3、2、1 、単位は[hPa]) 時間間隔 6時間(4回/日) 対象期間 1957年9月から2002年8月まで 本研究での使用期間 使用気象変数 備考 1958年4月から2002年8月 東西風、南北風、鉛直風、ジオポテンシャル、地表面気圧 本研究では、6時間データを同一日の4つのデータで平均して1日間隔のデータ を作製、使用した。 2.2.2 降水量データ 作製機関 Global Energy and Water Cycle Experiment(GEWEX) バージョン:1.1 水平分解能 1.0°×1.0° 時間間隔 1日 対象期間 1996年10月から現在まで 備考 GEWEX 内 の サ ブ プ ロ ジ ェ ク ト で あ る Global Project Precipitation Climatology (GPCP) により作製された全球にわたる降水データである。赤外線放射計 - 5 - あるいはマイクロ波放射計を搭載した衛星観測データと全球の雨量観測データを用 いて作製されている。 本研究での使用期間 2.3 1997年から2002年までの毎年5月及び6月 解析手法 本研究で用いる主な解析手法はコンポジット(合成)解析である。コンポジット解析を 用いると、ある母集団から、作為的に標本を抽出することで母集団平均から有意に異なる 標本平均を持った集合を得ることができる。 本研究では2度のコンポジット解析を行っている。結果から述べると第1回目の解析は 第2回目の抽出条件決定のための事前解析となっている。本研究が試行錯誤から始めたた め、このような手順となった。以下、第1回目のコンポジット解析を「第1コンポジット 解析」、2回目のものを「第2コンポジット解析」と呼ぶ。 本研究におけるコンポジット平均の作製手順は付録A「合成平均の作成手順」に、また 抽出した標本に対する有意性検定の要領を付録B「本研究における合成平均に対する統計 的有意性の考え方」に示す。 本研究では、主に気候値からの偏差を擾乱成分と考え表示する。本研究に用いた気候値 は1958年から2002年の各年5月から6月の期間での平均とした。図2.3に20 0hPaにおける水平風の気候値を、図2.4に850hPaにおけるものを示す。 本研究においては、波状の擾乱に注目しているために以下のように用語を使い分ける。 ある群速度をもって伝わることを「伝播する」と言い、ある位相速度をもって伝わること を「位相が伝わる」と言う。 2.3.1 標本を抽出する条件 Wang et al. (2008) で示された数値計算の結果で示された結果(図1.1)を手がかり に解析を開始した。この研究結果の2つの特徴に着目した。1つは、850hPa高度に おいてアラビア海からインダス川流域に向けての南西風の吹き込みが発生するというとい うパターンである。もう1つは、上層での擾乱に2日遅れて、下層での擾乱が生じ始める という関係である。第1の特徴から、アラビア海における南西風の吹き込みが下層での擾 乱の開始の指標になると考えられる。第2の特徴から、着目する下層の領域の風の場は、 上層の変動に対して2日程度遅延して特徴的なパターンを示すと考えられる。 この2つの特徴に着目した抽出条件を定め、2回のコンポジット解析を行った。第 1 コ ンポジット解析は下層の風の南西風に着目し、第2コンポジット解析は上層の擾乱に着目 したものである。また、抽出する要素の単位は日付(年月日)である。 - 6 - 2.3.2 第1コンポジット解析の抽出条件 抽出条件のための指標として、850hPa高度における定義域内での平均風向と風速 を用いる。定義領域は、アラビア海北部からインダス川流域の地域であり、北緯20°か ら30°、東経65°から75°に囲まれた領域である(図2.2) 。 抽出条件は、「850hPa高度における領域内の平均風向が西北西から北北西である 日」とした。またある程度の持続性と強度を考え「各年、風向の条件に適合する期間が3 日以上続くもののうち風速の極大値が最大になる日」という条件を付け加えた。この条件 により各年最大 1 つの標本が抽出されることになり、年によっては該当する標本要素が無 い年も存在する。標本抽出の定義域内での平均風向は西風(平均南北風速/平均東西風速 =-0.03)、平均風速は5.0[m/s]である。 2.2.3 第2コンポジット解析の抽出条件 抽出条件のための指標として、200hPa高度における定義域内で平均ジオポテンシ ャルを用いる。定義領域はアフガニスタン上空で、北緯30°から40°、東経60°か ら70°に囲まれた領域である。(図2.2) 抽出条件は、「200hPa 高度において各年5月から6月の期間中、定義領域内の平均 ジオポテンシャルの正偏差が最大となる日」とした。ここで、平均ジオポテンシャルの偏 差とは、平均ジオポテンシャルの期間中のジオポテンシャルの時間に対する線形トレンド からの偏差である。これは5月から6月までの期間中のジオポテンシャルは増加傾向を持 つことが考えられるためである。細部は付録C「第2コンポジット標本の抽出手順」に示 す。 定義領域を、アフガニスタン上空としたのは、第1コンポジットの結果から決めたもの である。これについては3章での第1コンポジットの結果において考察する。 - 7 - 中国北東部 カスピ海 日本列島 アフガニスタン チベット高原 長江流域 -8- インダス川流域 中国南部 ベンガル湾 アラビア海 インドシナ半島 北太平洋西部 南シナ海 図2.1 研究の対象地域と地域名 8 -9図2.2 コンポジット解析の抽出条件のための指標の定義域 赤い一点破線:第1コンポジット解析における850hPa高度における風向に関する指標の定義域(北緯20°か ら30°、東経65°から75°) 青い破線:第2コンポジット解析における200hPa高度でのジオポテンシャルの偏差に関する指標の定義域(北 緯30°から40°、東経60°から70°) 9 図2-4 1958年から2002年までの5月、6月における200hPa高度 の水平風の気候値 矢印は水平風、単位は[m/s] 図2-5 図2-4に同じ、ただし、850hPa高度におけるもの - 10 - 3.第1コンポジット解析の結果 本章においては、第1コンポジット解析の結果について示す。 抽出条件により抽出した標本の一覧と頻度分布を表3.1に、その頻度分布を図3.1 に示す。標本の大きさは38である。5月に25個(66%)、6月に13個(34%)で あり、5月中旬が最も多い。 図3.2に850hPa高度におけるD0の水平風の擾乱の合成平均を、図3.3に2 00hPaにおけるD-2のものを示す。D0は抽出条件により作成された標本である日 付に対する合成平均であり、D-2は標本である日付の2日前の日付に対する合成平均で ある。 850hPa高度において(図3.2)、ベンガル湾に高気圧性の循環があり、指標の定 義域では南東風である。ベンガル湾の南西には低気圧性の循環が生じ始めている。また中 国南部の沿岸には南西風が見られる。擾乱の風速は、後に示す第2コンポジットの結果と 比べて弱い。 200hPa高度において(図3.3)、高気圧と低気圧が北緯40°付近にに沿って交 互に並ぶ波列状の分布が見られる。アジアモンスーン域に注目すると、アフガニスタンと 中国北部に高気圧性の循環が、中国内陸部、日本列島に低気圧性の循環が見られる。85 0hPa高度におけるのと同様に、擾乱の風速は第2コンポジットの結果と比べて弱い。 下層に明瞭な擾乱が確認されないのは、下層に生じる擾乱(モンスーン低気圧、サイク ロン等)の影響により、風向が大きく影響を受けるためであると考える。また、風向は南 北風と東西風の比によるために、循環の強度に対する評価を十分に取り入れることができ ていないと考えられる。 この結果からは標本抽出の条件が適切でないことが考えられる。しかし、上層において は、強度は弱いが明瞭な擾乱の分布が見られる。この分布は下層の風の場に対する抽出条 件によって見られるものであり、上層と下層の擾乱を結びつける可能性が考えられる。特 に注目するのはアフガニスタン上空(北緯30°から40°、東経60°から70°に囲 まれる領域)にある高気圧性の循環である。そこで第2コンポジット解析においては20 0hPa高度におけるアフガニスタン上空に定義域を設けることにした。 - 11 - 年 月 日 年 月 日 1958 5 3 1979 6 28 1959 5 8 1980 5 3 1960 6 19 1981 5 13 1961 6 19 1983 6 21 1962 6 19 1984 5 2 1963 5 13 1985 5 12 1965 5 12 1986 6 16 1966 5 25 1987 5 24 1967 5 12 1988 6 13 1968 5 18 1989 5 10 1969 6 27 1990 5 29 1970 6 27 1991 6 2 1971 5 27 1993 5 12 1972 5 1 1994 5 16 1973 5 8 1996 5 23 1974 5 6 1997 5 23 1975 6 1 1998 6 24 1976 6 18 1999 5 24 1978 5 21 2000 5 12 表3.1 第1コンポジット解析の標本要素一覧表 第1コンポジット解析の標本に関する頻度分布 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 5上 図3.1 5中 5下 6上 6中 6下 第1コンポジット解析の標本に関する頻度分布図 - 12 - 図3.2 850hPa高度におけるD0の水平風の擾乱の平均場 矢印は風の擾乱成分[m/s]、色塗りは東西方向又は南北方向の両側検定による 信頼限界95%の領域を示し、暖色は南風、寒色は北風である。 図3.3 200hPa高度におけるD-2の水平風の擾乱の平均場 適用は図3.2に同じ - 13 - 4 4.1 第2コンポジット解析の結果 結果と第1コンポジット解析との比較 本章においては第2コンポジット解析の結果について示す。 抽出条件により抽出した標本の一覧を表4.1に、その頻度分布を図4.1に示す。標 本の大きさは45である。5月に18個(40%)、6月に27個(60%)であり、6月 上旬に最も多く分布しており、5月下旬に最も少ない。 図4.2に850hPa高度でのD-10からD+10まで水平風の擾乱の平均を、図 図4.3に200hPaにおけるものを示す。下層の風が上層の擾乱から2日遅れること を考慮して850hPa高度におけるD+2での水平風の擾乱を第1コンポジット解析に よるものと比べると、第2コンポジットほうが風速が強いことが分かる。風向は南西風で ある。また、200hPa高度においても第2コンポジットのものが強いことが分かる。 このことから、200hPaにおけるジオポテンシャルを指標にしたほうがより良いと考 えられる。以下の解析では第2コンポジットの結果について考察していく。 850hPa高度においては(図4.2)、D0にアラビア海からの南西風が強化され、 インダス川流域上空に達する。この南西風はD+2で最も強くなる。その北には低気圧性 の循環が、南には高気圧性の循環が生じている。D+3には北部ベンガル湾に低気圧性循 環が生じ、D+4にはベンガル湾東部に高気圧性循環が生じ始める。D+6に南シナ海に 低気圧性循環が生じる。これ以降擾乱は東には伝播せず、強度を弱めていく。D+5に南 シナ海から南西風が強化され、日本列島南部まで到達する。その後に日本列島上空に低気 圧性循環が明瞭になる。 統計的有意な領域はD0以降時間と共に東に広がってき、D+7には南シナ海と東アジ ア沿岸域まで到達する。統計的有意な領域に注目すると風ベクトルの南北成分は南方向と 北方向が交互に並ぶことがわかる。日がたつにつれアラビア海上では北風、北部インド洋 では南風、ベンガル湾では北風、インドシナ半島では南風、南シナ海上で北風、という南 北風の分布が東へ生じていることが分かる。また、D+6にはインドシナ半島から南東の 風が強化され、東アジア沿岸域での南西風を強化する。D+8にはフィリピン西海上へ低 気圧性の循環が生じる。D+9以降は東へは伝播しない。ベンガル湾にあった高気圧の循 環は西へ移動する。この特徴に関連する解析は第5章で行う。 東アジアにおいては、D+3にチベット高原の東に南風の擾乱が生じる。D+5に中国 南部に有意な南西風領域が生じる。 D0からD+8の期間に擾乱は、西風の領域を東へ向かって伝播する。時間とともに西 から徐々に弱化するが同一地点で数日間維持される。維持された後は西へ移動するように 見え、位相が西へ伝わっていくと考えることができる。この擾乱は準定常的であると言う ことができ、波動の性質を持つということができる。 - 14 - 200hPa高度においては(図4.3)、標本抽出条件での定義域(アフガニスタン上 空)でD0に高気圧性の循環が最大になることが分かる。この循環はD-4から生じ始め、 徐々に強度を増し、D+3までの8日間程度持続する。この擾乱は北アフリカ又は、カス ピ海方向から伝播し、アフガニスタン上空で強度を増した後、波動は引き続き東へ伝播し、 南中国上空を通り、西部太平洋上まで到達するように見える。 - 15 - 年 月 日 年 月 日 1958 6 22 1981 6 29 1959 5 27 1982 6 8 1960 5 16 1983 6 30 1961 6 3 1984 6 4 1962 6 17 1985 5 31 1963 6 2 1986 5 5 1964 5 9 1987 6 6 1965 6 1 1988 6 22 1966 5 4 1989 6 1 1967 6 9 1990 5 13 1968 6 19 1991 6 16 1969 5 28 1992 5 12 1970 5 17 1993 6 10 1971 6 9 1994 6 20 1972 5 19 1995 5 8 1973 6 13 1996 6 22 1974 5 30 1997 6 27 1975 6 17 1998 5 16 1976 6 1 1999 6 15 1977 6 21 2000 5 7 1978 5 2 2001 6 3 1979 5 7 2002 5 10 1980 6 9 表4.1 第2コンポジット解析の標本要素一覧表 - 16 - 第2コンポジット解析の標本に関する頻度分布 14 12 10 8 6 4 2 0 5上 図4.1 5中 5下 6上 6中 6下 第2コンポジット解析の標本に関する頻度分布図 - 17 - 図4.2 850hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D-10からD-7まで、矢印は風の擾乱成分[m/s]、色塗りは東西風成分又は南北 風成分のどちらか又はどちらもが両側検定により信頼限界95%である領域を示 し、暖色は南風領域、寒色は北風領域である。 - 18 - 図4.2(続き) 850hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D-6からD-1まで - 19 - 図4.2(続き) 850hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D0からD+5まで - 20 - 図4.2(続き) 850hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D+6からD+10まで - 21 - 図4.3 200hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D-10からD-5まで、矢印は風の擾乱成分[m/s]、色塗りは東西風成分又は南北 風成分のどちらか又はどちらもが両側検定により信頼限界95%である領域を示 し、暖色は南風領域、寒色は北風領域である。 - 22 - 図4.3(続き) 200hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D-4からD+3まで - 23 - 図4.3(続き) 200hPa高度における水平風の擾乱の合成平均 D+4からD+10まで - 24 - 4.2 上層の擾乱と下層の擾乱の相関関係 第2コンポジット解析により作製した気象変数に対する平均について上層の擾乱と下層 の擾乱の関係を調べるために相互相関係数を計算する。 図4.4に200hPa高度における領域(第2コンポジット解析での指標の定義領域 (図2.2))で平均したジオポテンシャルの偏差の時間変化を示す。D0で最大値をとり、 D-5からD+5の間で正の偏差を持つ。 図4.5に850hPaにおける領域(第1コンポジット解析での指標の定義領域(図 2.2))で平均した風の南西(北東)方向への射影成分の時間変化を示す。正は南西風、 負は北東風を表わす。D+2で最大値をとり、D-1からD+7に間で強度が強くなる。 D-16からD-2は負の値をとる。 200hPaの領域におけるジオポテンシャルの偏差に対する850hPaの領域の南 西風の強度の相互相関係数を計算する。結果を図4.6に示す。lagは200hPaの 領域におけるジオポテンシャルの偏差に対して850hPaの領域の南西風の強度を遅延 (正)又は前進(負)させたものである。相互相関係数はlagが+2及び+3で最大にな る。200hPaの領域におけるジオポテンシャルの変動に対して、850hPaの領域 の南西風は2日から3日遅れて強い相関を持っていることが分かる。 第2コンポジットの結果は、Wang et al.(2008) の結果で注目した下層の南西風のアラ ビア海からインダス川流域に向けての南西風の吹き込みの発生と、下層の領域の風の場は、 上層の変動に対して2日程度遅延して特徴的なパターンを示すという特徴に一致する。ま た、その分布は下層に波状の擾乱の伝播の存在が示唆されるものであった。 Wang et al. (2008)ではチベット高原上空に発生する擾乱を考慮していたのに対して、 第2コンポジットの結果はその西のアフガニスタン上空の擾乱を示す結果であった。しか し、本研究の目的である「下層ロスビー波の存在を確認する」ことを考慮し、今後は第2 コンポジットの結果を使用して下層ロスビー波の存在に関する考察を行うことにする。上 層の擾乱の生成については本研究では詳しくは考察せず、本研究の今後の進展すべき事項 とする。 - 25 - ジオポテンシャル[m2s-2] 1400 1200 1000 800 600 400 200 0 -200 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 -400 日 図4.4 200hPaにおける定義域内での平均ジオポテンシャル偏差の時間変化 2 1.5 風速[m/s] 1 0.5 0 -0.5 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 -1 -1.5 日 図4.5 850hPaにおける定義域内での平均風速の南西方向射影成分の時間変化 1 相互相関係数 0.8 0.6 0.4 0.2 0 -0.2 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 -0.4 lag 図4.6 200hPaの領域におけるジオポテンシャルの偏差に対する850hPaの 領域の南西風の強度の相互相関係数 - 26 - 5.考 5.1 全 察 般 本章においては、下層のロスビー波の存在について考察をする。5.2では波動の存在 について、5.3では波動が示す特徴について述べる。5.4では確認された擾乱が理論 的なロスビー波の性質を持つかを考察する。5.5では、下層の波動状の擾乱に対して渦 度方程式を用いた診断的な解析を行い、渦度から見た特徴を考察する。 5.2 下層における波動の存在 波動状の擾乱の伝播が存在するのであれば、伝播方向に向けて南北風が南向き領域と北 向き領域が交互に並んで存在するような風の分布が存在し、その配列が伝播方向に広がっ ていくと予想される。 850hPa高度における南北風の擾乱の合成平均のD-2からD-9までの水平面分 布を図5.1に示す。南アジアから東南アジア地域を見ると、D0にはアラビア海に南風 が強化され、統計的有意な領域が発生し、その後インダス川流域地域の上空へ広がる。D +1にはインド南部に北風の有意な領域が生じ、以後強化される。ベンガル湾上ではD- 1から有意な領域が生じているがD+3に急速に強化、維持される。D+5にインドシナ 半島に北風が生じその後強化される。D+7に南シナ海上に南風が生じ始めその後強化さ れる。 この南北風の分布の時間変化から下層における東へ伝播する波動の存在が示唆され、こ の伝播は北緯10°に沿っていることが見られる。また、南風、北風の位置は5日程度の 期間ほぼ同位置に維持されることから、準定常的な波動であると考えることができる。 また、一定期間維持された後擾乱は西へ移動するように見える。インド亜大陸南端の北 風はD+4以降、ベンガル湾での南風領域はD+6以降、インドシナ半島ではD+7以降 西へ移動する。下層の擾乱の原因と考えられる上層の擾乱がD+4以降減衰することとの 関連が想像される。 東アジアに注目すると、D+3にチベット高原東側の中国南部において南風が生じる。 その後長江流域上まで広がり、徐々に南へ移動する。下層の擾乱として考えると中国南部 に到達するのはD+6以降であると予想され、当初の擾乱は上層の擾乱の影響などが考え られる。D+6には、当初の擾乱に下層の擾乱が影響して南風を生じていると予想される。 北太平洋西部においては、当初南風領域であるがD+1以降北風領域になり、その後強 化されD+5に極大になる。早い時期から生じるため、下層の擾乱の伝播によるものでは ないと考えられる。 - 27 - 図5.1 850hPa高度における南北風成分の水平分布(D-2からD+3) 等値線は、南北風の擾乱の合成平均、寒色は北風、暖色は南風、黒線は0[m/s]、単 位は[m/s]、等値線間隔は0.2[m/s]、色塗りは両側検定により信頼限界95%で ある領域を示し、暖色は南風領域、寒色は北風領域である。 - 28 - 図5.1(続き) 850hPa高度における南北風成分の水平分布 D+4からD+9 - 29 - 5.3 擾乱の伝播速度 高度850hPa高度における北緯10°での南北風の経度―時間分布を図5.2に示 す。時間と共に、北風、南風が交互に並び、極値域、又は南北風の統計的に有意な領域が 東へ伝わっていくことが分かる。また、これらの領域は、南北風はほぼ同経度に5日程度 の期間維持されることが分かる。D+2に東経75°付近に存在した北風の領域があり、 D+7に東経105°付近に北風の領域が存在する。東経90度付近の南風領域はD+2 からD+6まで存在するがD+3からD+5の間で極大である。これからは擾乱の波長は 30°(=105°―75°)程度(約3300km、波数は約12)であると考えられ る。 また、擾乱の東へ伝播する速度を求めると、 30度/5日=6°/日=660km/日 これは、実際に観測された波動状の擾乱の群速度の東西成分と考えることができる。 また、経度90°付近の南風境域に注目すると、D+2からD+6まではほぼ同経度で あるが、その後は、時間とともに西へ移動していくことが分かる。同様のことは南北風の 極値をもつその他の地域についても見ることができる。このことから、擾乱は一定期間は 定常的(位相速度が0)であるが、その後は定常的ではなくなり、西向き(-)の位相速 度を持ち、西に位相が伝わっていくと考えられる。このことを以降では準定常的と呼ぶ。 - 30 - D+10 D+8 D+6 D+4 D+2 D0 図5.2 高度850hPa高度における北緯10°での南北風の経度―時間分布 等値線は、南北風の擾乱の平均、寒色は北風(-)、暖色は南風(+)、黒線は0[m/s]、 単位は[m/s]、等値線間隔は0.2[m/s]、色塗りは両側検定により信頼限界95% である領域を示し、暖色は南風領域、寒色は北風領域である。黒線は東経75°と 105°での極値を結んだもので、この直線の傾きが擾乱の伝播速度と考えられる。 - 31 - 5.4 理論的に計算される定常ロスビー波の波数と群速度 ある緯度におけるロスビー波の群速度は東西風と波数によって決定される。また、定常 ロスビー波を考えると、西風領域においてのみ存在することができ、群速度は常に西向き である。波数と東西風速は分散関係によって関係付けられるため、観測した東西風から、 その環境における定常ロスビー波の波数と群速度を求めることができる。また定常ロスビ ー波は、西風環境においてのみ存在しうる。細部は付録D「定常ロスビー波の波数と群速 度」に示す。 Hoskins and Ambrizzi(1992)によると、ジェットの領域のように南北方向に東西風の傾 度の大きいところでは、ロスビー波が伝播しやすい領域、 「導波管」として働ことが示され た。またロスビー波の群速度の進行方向は、東西風から計算される定常ロスビー波の波数 の大きい方向へ向くように屈折されながら伝播していくという特性を持つ。また、その中 でも、環境における定常ロスビー波の波数と等しいものが定常的に存在する。 図5.3に、850hPa高度における東西風の合成平均をD0からD+10の期間で 平均したものの水平面分布図を示す。アラビア海からベンガル湾にかけて強い西風領域が 存在することが分かる。Hoskins and Ambrizzi(1992)を考慮すると、この強い西風領域が 局地的な導波管として働く可能性が考えられる。 順圧状態を仮定し、850hPa高度におけるD0からD+10の期間の合成平均の平 均を考え、その環境下で存在しうる定常ロスビー波の波数を計算した。結果を図5.4に 示す。色塗りは定常ロスビー波の存在できる領域である。単位は波数であり、2πa/λ (a=Rcosφ、R:地球半径、φ:緯度)で定義する。アラビア海からベンガル湾で の波数は8~14であり、平均波数は12程度である。フィリピンより東(東経125° 以東)では定常ロスビー波が存在することができないことが分かる。また、北緯10°か ら20°に沿った領域は中央部が南北に比べて波数が大きい分布になっており、導波管と して働く条件を満たす。ただし、実際の大気の状態は完全な順圧状態ではないため、順圧 を仮定した理論で正確には説明はできない。本考察では順圧状態を仮定した理論的な値を 合成平均によるものと比較し、第1近似的(定性的)に考察を行う。 全波数8から14までに対して理論的な平均群速度を計算する。考察する領域は赤道か ら北緯20°、東経70°から110°に囲まれた地域(図5.3)とする。この領域は、 前節で擾乱の伝播速度を計算した地域であり、擾乱の伝播が明瞭に観察できる地域である。 南北波数は、擾乱が円形の場合(k=l)と南北に長軸を持つ楕円(l=k/2)の2つ の場合を仮定した。また、領域内での平均東西風速は7.8m/sである。細部の計算式 は付録D「定常ロスビー波の波数と群速度」に示す。 - 32 - (1)k=lの場合(全波数によらない) 平均群速度 (m/s) (km/day) (°/day) 7.8 670 6.1 φ=10°N 条件 地球半径 R=6400(km) 惑星渦度 Ω=7.3E-5(s-1) 平均東西風 U=7.8m/s (2)l=k/2 全波数 東西波数 南北波数 K K l (m/s) (km/day) (°/day) 8 7 3.5 15.2 1320 11.9 9 8 4 13.7 1180 10.6 10 9 4.5 12.6 1090 9.8 11 10 5 11.7 1010 9.1 12 11 5 10.8 930 8.5 13 12 6 10.6 917 8.3 14 13 6 10.2 884 8.0 条件 平均群速度 φ=10°N 地球半径 R=6400(km) 惑星渦度 Ω=7.3E-5(s-1) 平均東西風 U=7.8m/s 5.2節の南北風の擾乱の合成平均分布から決定した擾乱の伝播速度(6°/日=66 0km/日)および東西波数(k=12)と、理論的に計算したもとを比較、考察する。 円形の擾乱を仮定した場合の群速度は合成平均のものと理論的なものはほぼ同程度である ことが分かる。楕円形を仮定した場合においては、合成平均により決定した東西波数は1 2であり、全波数13の場合に対応する。考察する領域内での環境における定常ロスビー 波に対する全波数は12であり、ほぼ同程度の波数である。群速度は全波数12または1 3に対する理論的に計算したものを考えると、理論的に計算される群速度は917m/s から930m/sであり、合成平均のものの1.4倍程度である。以上の結果からこの下 層を伝播する準定常的な擾乱はロスビー波の性質を持つということができる。 - 33 - 図5.5にD0からD+10の期間における東西風の平均を赤道から北緯20度の領域 で平均したものの経度―鉛直分布を示す。アラビア海からベンガル湾にわたる領域では4 00hPa高度以下で西風であり、それより上方では東風である。西風の極大域は850 ~800hPa高度にあることが分かる。このことから850hPa高度付近で擾乱が伝 播しやすく、定常的な擾乱が存在しやすいと考えられる。また、定常ロスビー波は西風環 境でしか存在できないことから、この下層を伝播する擾乱は下層に「トラップ」されてい るということができる。 図5.6にD0からD+10の期間における、南北風の経度―鉛直分布を示す。D0に は850hPa付近で南北風の擾乱が発生している。擾乱は時間とともに東へ伝わるが、 どの位置においても、まず850hPa付近の高度で擾乱が西へ伝播し、その後に上方に 擾乱が発生、強化されていることが分かる。このことから、擾乱の伝播は850hPa付 近を最も良く東へ伝播するということができ、上で考察した東西風の鉛直分布と矛盾しな い。また、東経70°から110°までの範囲における鉛直構造からは、擾乱は完全な順 圧的な構造ではないことが分かる。 - 34 - 図5.3 850hPa高度における東西風の合成平均をD0からD+10の期間 で平均したものの水平面分布図 等値線は東西風、実線は正、点線は負、単位は[m/s]、等値線間隔は2[m/s]、長波 線で囲まれた領域内での平均東西風に対して定常ロスビー波の波数を計算する(赤 道から北緯20°、東経70°から110°に囲まれた領域) - 35 - 図5.4 D0からD+10の平均風速に対する定常ロスビー波の波数 等値線は波数、波数は2πa/λ(a:Rcosφ、R:地球半径、φ:緯度、λ: 波長)、色塗りは、定常ロスビー波の存在可能な地域で濃い色ほど波数が小さい。 図5.5 D0からD+10の期間で赤道から北緯20°の領域で平均した平均東 西風の経度―高度分布 等値線は東西風、実線は正、点線は負、単位は[m/s]、等値線間隔は1[m/s]、 - 36 - 図5.6 南北風成分の経度―鉛直分布(D0からD+5まで) 等値線は、南北風の擾乱の合成平均、寒色は北風、暖色は南風、黒線は0[m/s]、単 位は[m/s]、等値線間隔は0.2[m/s]、色塗りは両側検定により信頼限界95%で ある領域を示し、暖色は南風領域、寒色は北風領域である。 - 37 - 図5.6(続き) 南北風成分の経度―鉛直分布 D+6からD+10まで - 38 - 5.5 下層ロスビー波に対する渦度解析 5.5.1 渦度方程式 下層の擾乱に対して、渦度方程式を用いた診断解析を行う。 気圧高度系における渦度方程式は次のように表される。 ロスビー波はベータ効果により存在する惑星規模の波である。順圧状態でのロスビー波 であると仮定すると、右辺は第1項のみとなる。 定常状態を考えると、左辺=0となる。右辺は相対渦度と惑星渦度に関する項が均衡す ることになる。 擾乱は準定常的であり、ある期間は渦度の時間変化は小さくなると考えられる。実際の 大気の状態では、理想的な順圧状態ではないため、相対渦度と惑星渦度が正確には均衡し ない。また、再解析データと実際の大気場の差異による残差項も存在する。渦度方程式に 残差項を加えて、水平移流項を相対渦度と惑星渦度に分けて以下のように式を変形する。 以下右辺の各項を左から、A項(相対渦度の水平移流)、ベータ項(惑星渦度の移流)、 B項(相対渦度の鉛直移流)、C項(収束発散項)、D項(Tilting項)、E項(残差 項)と呼ぶ。 5.5.2 渦度方程式を用いた診断解析 渦度方程式を用いた診断解析には、D0からD+10の合成平均場について渦度方程式 を適用し、それぞれの項を見積もる。考察するのは、アラビア海からベンガル湾(東経5 0°から170°まで)の北緯10°に沿った範囲である。渦度方程式における各項は、 気候値からの偏差を示し、これを擾乱による成分と考える。細部は付録E「渦度解析の計 算方法」に示す。図5.7に、結果を示し、以下考察を行う。 ベータ項(図5.7.d)に注目すると、時間と共に極域は東に移動していることがわ かる。これは図5.2の南北風の分布からも予想される。ここでベータ項の極値域に名前 を付けて、これに対応させてその他の項を考察する。ベータ項の極値域の位置はそれぞれ 次のようである。 - 39 - 節番号 経度 極大である日 1 77.5°E D23 2 90.0°E D25 102.5°E D28 4 115.0°E D29 5 125。0°E D30 3 緯度 10°N 渦度の分布(図5.7.a)を見るとベータ項の極値に対応する点は渦度0の線に対応 しており、ベータ項の極値域は波の節になっていることが分かる。渦度の極値の中間に位 置し、波動が徐々に東へ伝播していることを示している。 渦度の時間変化項(図5.7.b)を見ると、時間変化の極値は時間と共に東に生じて いることが分かる。ベータ項の極値に対応する点は節にあたり変化は小さい。 A項の分布(図5.7.c)を見ると、ベータ項の極域は、水平移流項の極域に対応し ていることが分かり、その符号は逆符号である。ベータ項とA項の大きさが等しくなるか どうかは各地点によって異なる。各地点の様子については後に示す。 その他の項(B~E項) (図5.7.e、f、g、h)は、共通的には東経70°から9 0°の間で大きい値をとることが分かる。その他の地点でも各項極値を取るが、B項とE 項は比較的大きい値をとる部分が多い。これらは非順圧状態によるものであり、東経70° から90°の間では特に強いと考えられる。 D0からD+10の間のA項とベータ項の東西分布を図5.8に示す。節の部分で両方 の項とも強度の増加が時間と共に東へ伝播していくことがわかる。また節の部分では移流 項とベータ項が逆符号をとる。強度はA項が大きい傾向にあるが、節①を除き2つの項の 大きさの比は2以内である。 次に、各節の位置におけるA~E及びベータ項の時間変化を図5.9に示す。 節①では、ベータ項は正である。D+1からD+4にかけてA項が大きく、ベータ項に 比べ3倍程度の大きさである。この節においては、E項が大きいことが分かる。次章で考 察するが、擾乱により降水量が増加すると考えられる地域であり、水蒸気の凝結による潜 熱解放が作用している可能性がある。 節②では、ベータ項は負であり、D+1からD+7にかけて大きくなる。これに対する A項はD+3まではほぼ均衡するが、その後はE項が強くなり、A項はE項に比べ弱くな る。この地域も擾乱により降水が増加すると考えられる地域である。 - 40 - 節③では、ベータ項は正であり、D+2から徐々に強度を増しD+6に極大となる。ベ ータ項とA項はほぼ均衡している。D+4以降、E項の強度が徐々に増しておりD+7に 極大となる。 節④ではベータ項は負でありD+5以降徐々に強くなり、D+8で極小になる。その他 の項は小さく、ほぼ順圧的であると言える。 節⑤ではベータ項は負でありD+4に極小値をとる。A項は小さくC項とベータ項が均 衡しており、A項とベータ項の変化の様子にも逆相関の関係が見られない。この地点では 擾乱はロスビー波として伝播していないことが考えられる。前節での考察によると、定常 ロスビー波として存在することができない地域である。図5.8の東西分布からも、これ より東の地域についてはベータ項とA項は均衡しないことが分かる。 以上の考察から、この擾乱は順圧ロスビー波を考えた場合の、ベータ項とA項がほぼ均 衡することにより循環が生じるということに大きくは矛盾しないと考えることができる。 但し、それは非順圧的な成分を含むものであり、地点によっては順圧状態からは大きく逸 れる場合がある。これは特に擾乱の影響と考えられる降水の増加の見られる地域で大きく、 非断熱的な作用によるものである可能性が考えられる。 - 41 - D+10 a D+8 D+6 D+4 D+2 D0 D+10 b D+8 D+6 D+4 D+2 D0 図5.7 渦度解析の各項の経度―時間分布 赤実線は正、青点線は負(以下の図aから図hで共通)、等値線間隔は2 ×10-6、図aのみ単位は[10-6s-1]、その他は[10-6s-1day-1] (上)a 渦度 (下)b 渦度の時間差分 - 42 - D+10 c D+8 D+6 D+4 D+2 D0 D+10 5 d 4 D+8 3 D+6 2 D+4 D+2 1 D0 図5.7(続き) 上(c)A項 渦度解析の各項の経度―時間分布[s-1day-1] 、下(d)ベータ項、番号は節番号 - 43 - D+10 e D+8 D+6 D+4 D+2 D0 D+10 f D+8 D+6 D+4 D+2 D0 図5.7(続き) 上 (e)B項 下 渦度解析の各項の経度―時間分布 (f)C項 - 44 - D+10 g D+8 D+6 D+4 D+2 D0 D+10 h D+8 D+6 D+4 D+2 D0 図5.7(続き) 上 (g)D項 下 渦度解析の各項の経度―時間分布 (h)E項 - 45 - D0 図5.8 -1 D+1 D+2 D+3 D+4 D+5 A項とベータ項の東西分布図(D0からD+5まで) -1 単位は[s day ] 適 用 ○:A項 +:ベータ項 - 46 - D+6 D+7 D+8 D+9 D+10 図5.8(続き) 適 用 ○:A項 A項とベータ項の東西分布図(D+6からD+10まで) +:ベータ項 - 47 - ① D0 ② D+2 D+4 D+6 D+8 D+10 D0 ③ D0 D+2 D+4 D+6 D+8 D+10 D+2 D+4 D+6 D+8 D+10 ④ D+2 D+4 D+6 D+8 D+10 D0 適 ⑤ 用 ○:A項 □:B項 ◇:C項 △:D項 ×:E項 +:ベータ項 D0 D+2 図5.9 D+4 D+6 D+8 D+10 各節における渦度解析の各項のD0からD+10の間の時間変化 横軸は日、単位は[s-1day-1]、印の適用は欄外 左上から右下へ、節番号①、②、③、④、⑤に対応 ①と②とその他の3つは縦軸の大きさが違う - 48 - 6.気象への影響 6.1 全 般 本章では下層の擾乱のアジアモンスーン域の気象、天気への影響を考察する。6.2で は、GPCP降水データを使用し、モンスーンアジア全域での下層の擾乱の伝播の影響を 考察する。6.3では、1993年における事例に焦点をあて、東アジア、特に日本での 気象への影響を考察する。 6.2 アジアモンスーン域における降水への影響 本節では、GPCP降水データを使用し、モンスーンアジア全域での下層の擾乱の伝播 の影響を考察する。考察する期間は1997年から2002年までの6年間の5月及び6 月である。 本節においては、降水日をGPCP降水データにおいて1mm/日以上の降水のあった 日と定義する。対象とする期間中の降水日の総数を累積降水日とする。 1997年から2002年の5月及び6月の各日を要素とする集合を母集団とする。母 集団の大きさは6(年)×(31(日)+30(日))=366である。以下、母集団平均を 気候値とする。図6.1に対象期間内の累積降水日を、図6.2に降水量の気候値を示す。 降水頻度の大きい地域はインド南西部、ベンガル湾、インドシナ半島、インドネシア、日 本列島南部である。降水量はインド南西部、ベンガル湾、インドシナ半島、中国沿岸、日 本列島南部、西部太平洋で多いことが分かる。 これまでの考察で850hPa高度においてはD+2以降擾乱が発達し、1週間程度を かけてD+8には東南アジアまで到達し、また同時期に東アジアへも影響を与えることが 分かった。以降の解析では、この擾乱が生じている期間のアジアモンスーン域での降水へ の影響を考察する。 第2コンポジット解析で抽出した標本のうち1997年から2002年の6つ要素に対 してD+2からD+6とD+7からD+11の連続した5日間の2つの期間について考察 する。2つの場合とも標本の大きさ30(=6年×5日間)の標本平均を用いて考察する。 前者は、主に擾乱が南アジアから東南アジアへ到達する間に対応し、後者は東アジアへの 影響を考えたものである。統計的有意性検定は、順位和検定により行った。これ以降、D +2からD+6を前期、D+7からD+11を後期と呼ぶ。 図6.3にそれぞれの場合の期間での平均風と平均降水量の水平面分布を示す。前期に おいては(図6.3.a)、北緯20°、及び南緯10°に沿った2つの帯状地域で増加す る。北部インドシナ半島と中国南部においては、擾乱の影響によって平均風向は南西とな っている。このため水蒸気の輸送が強められ、降水量輸送が増加している可能性が考えら れる。また降水量の増加が見られる地域は気候値において降水量が多い地域である。下層 の擾乱の伝播によって、もとから降水活動が活発な地域でその活動を強めるように影響す - 49 - ることが示唆される。 後期においては(図6.3.b)、前期で降水量の増加の見られた北部インドシナ半島と 中国南部では引き続き降水の増加が見られるが、北部インドシナでは有意な増加の領域が 狭くなりまた、西へ移動していることが分かる。水平風からは、前期にベンガル湾南部に あった低気圧性の循環を持った擾乱の位相が西へ伝わっていることが分かり、このために 降水の有意な増加域も移動していると考えられる。また南シナ海に有意な降水の増加が生 じている。南シナ海には前期では見られなかった低気圧性の循環が見られ、擾乱の伝播が 確認できる。南シナ海の降水の増加は、擾乱の伝播によるものであると考えることができ る。日本列島上空には全域を低気圧性の循環に覆われているが、降水の有意な増加は見ら れない。 図6.4に、インド南西部、ベンガル湾、中国南部、日本列島西部、北太平洋西部の5 つの領域での降水量の時系列図を示す。それぞれの地域での降水の変化の特徴について述 べる。 インド南西部では(図6.4.a) 、長期にわたり降水量が大きい。特にD+8、D+9 で降水量の極大値をとる。これはベンガル湾上にあった準定常的な擾乱が後に西へ移動す ることにより生ずるものであると考えられる。 ベンガル湾では、D0からD+9において降水量が増加しD+2とD+6に極大値を持 つ。擾乱が準定常的に存在する期間に対応するものと考えられる。 中国南部ではD+1からD+7において降水量が増加する。D+4で極大であるが、そ の後はD+7までほぼ一定の強度を示す。下層の擾乱の影響はD+6以降であると考えら れるため、当初の降水量の増加は上層の擾乱の影響と考えられる。その後、下層の擾乱の 影響により、降水量の増加が維持、強化されると考えられる。 日本列島西部ではD+10からD+15において降水量が増加する。下層の擾乱の東ア ジアへ影響するのは、下層の擾乱が生じて(D+2)から1週間以降(D+8)であると 考えられ、このために降水量が増加していると考えることができる。しかし、図6.3に おいては有意な増加は見られない。また図6.3から、日本列島は中緯度における擾乱が 気象を支配していると考えられ、下層を伝播する擾乱の影響は限定的であると考えられる。 北太平洋西部ではD+3で極大値となる。この時点では下層の擾乱は伝播していないが 200hPaの擾乱は太平洋の上空へ到達している。このことからこの降水量の増加は上 層の擾乱の影響であると示唆される。 北緯20°、及び南緯10°に沿った2つの帯状地域で増加する降水量の変化の分布は Wang et al. (2008)の結果と類似している。南アジアで発生した下層の擾乱は徐々に東へ 伝播し、南アジア、東南アジア及び東アジアの降水に影響を与えていることを示唆するも のである。しかし、その影響は、その地域の気象を支配するようなものではなく、総観規 模の擾乱の活動を強めたり、活動の引金(トリガー)として働くものであること示唆する - 50 - 図6.1 対象期間中の累積降水日 等値線は頻度、単位は[日]、等値線間隔は50[日] 図6.2 降水量の気候値 等値線は降水量、単位は[mm/day]、等値線間隔は2[mm/day] - 51 - a b 図6.3 850hPaにおける擾乱の平均風と平均降水量 矢印は風の擾乱成分の平均[m/s]、等値線は降水量[mm/day]、間隔は2[mm/day] 上(a)前期(D+2からD+6) 下(b)後期(D+7からD+11) 色塗りは順位和検定による片側95%の信頼度で増加を示す地域 赤長破線で囲った領域は図4-4における各地点を示す - 52 - 1日降水量[mm/day] 15 (a)インド南西部 10 5 0 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 1日降水量[mm/day] 日 20 (b)ベンガル湾 15 10 5 0 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 1日降水量[mm/day] 日 20 (c)中国南部 15 10 5 0 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 1日降水量[mm/day] 日 20 (d)日本列島西部 15 10 5 0 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 1日降水量[mm/day] 日 10 8 6 4 2 0 (e)北太平洋西部 D-20 D-17 D-14 D-11 D-8 D-5 D-2 D+1 D+4 D+7 D+10 D+13 D+16 D+19 日 図6.4 各領域での降水量の時系列図 横軸は日、縦軸は降水量、単位は[mm/day] 上から(a)インド南西部、(b)ベンガル湾、 (c)中国南部、(d)日本列島西部、 (e)北太平洋西部 各領域の位置は図4-3に示す。縦軸はそれぞれの地域で異なっている。 - 53 - 6.3 日本での天気への影響(1993年の要素に関する事例) 本節では、第2コンポジット解析により抽出した標本の中から1993年に対応する要 素(6月10日)について、日本における実際の気象、天気について考察する。 はじめに、850hPa高度における水平風の擾乱の合成平均(図4.2)での日本列 島を中心とした特徴を観察する。D-2から日本南部から日本の南の太平洋上に東寄りの 風が強化される。その後、D0には日本上空には高気圧性の循環が生じる。これは東へ伝 播した上層の擾乱の影響であると考えられる。またその後D+5から中国沿岸に沿って生 じる南西風が日本南部まで到達し、その後D+8には日本上空は低気圧性の循環に覆われ る。この下層の低気圧性の循環は高層の擾乱によって生じているものに、下層の擾乱が東 アジアまで伝播し、影響していると考えられる。 以上の考察から日本の天気への影響を考えると、D0には日本は高気圧性の循環に覆わ れ、天気が良く、また1週間後のD+8以降は低気圧性の循環に覆われ、天気は悪くなる と予想される。また本研究の対象としている5月、6月は梅雨の時期であるので、南西風 の強化により梅雨前線の活動が強化され、降水量が増加することが予想される。 コンポジット標本の1993年に対する要素に対して、実際の天気の様子を考察する。 1993年に対してD0は6月10日に対応する。D+8は6月18日に対応する。 1993年の気象の状況は気象庁のホームページから情報を得た(気象庁HP) 。199 3年は、梅雨前線の活動が長期化し、また、台風の上陸もあり、日本各地に大雨による災 害が発生した。詳しい情報は、付録F「1993年災害をもたらした気象事例に関する資 料」に示す。 この年の九州で災害を引き起こした6月18から19日にかけての強い降水に注目する。 図6.5に6月10日、6月18日の地上天気図を示す。6月10日(D0に対応、以下 同様に示す)には、停滞前線が日本の南の太平洋上にあり、北日本を除く日本列島上空は 高気圧に覆われている。北日本上には低気圧が存在する。6月18日(D+8)には停滞 前線が九州から四国上のあり、中国東北部には低気圧が存在し、日本の南の太平洋には高 気圧が張り出している。この分布は、図4.2のD+8における水平風の擾乱の合成平均 から予想される分布と良く似ている。 再解析データ(ERA40)を使用し、1993年のコンポジット標本の要素(D0= 6月10日)に対するアジアモンスーン域全域での大気場について考察をする。図6.6 に1993年6月10日の850hPa高度における水平風偏差の水平面分布を、図6. 7に200hPa高度における水平風偏差の水平面分布を示す。 6月10日(D0)の850hPa高度において(図6.6)、日本の南東の太平洋上に 北東風の強化が起こる。11日(D+1)には日本は高気圧性の循環に覆われる。その後 高気圧性の循環は東へ移動する。200hPa高度においては(図6.7)、アフガニスタ ン上空に高気圧性の循環が生じている。また波列が並び日本の西上空には、高気圧性の循 環が東上空には低気圧性の循環が存在する。日本の東にリッジが存在することになり、日 - 54 - 本を覆う下層の高気圧は上層の擾乱の伝播によるものであると考えられる。 6月12日(D+2)に850hPa高度において(図6.6)、インダス川流域に南西 風が生じる。アラビア海上にはすでに高気圧性の循環が生じているがその後も維持される。 13日(D+3)には北部ベンガル湾に低気圧が生じ、14日(D+4)にはインドシナ 半島上に高気圧性の循環が生じる。この高気圧性の循環はその後強化され中国南部に南東 風を強化する。18日(D+8)には南東風は日本まで到達する。19日(D+9)には 朝鮮半島にあった低気圧が強化され日本上空を覆う。18日(D+8)の200hPa高 度では(図6.7)、北海道を中心に高気圧性の循環があり、その東に低気圧性の循環か生 じている。日本の西にトラフが存在し、下層での低気圧は上層の擾乱により生じていると 考えられる。この上層の影響に加え、下層の擾乱が伝播することにより南西風擾乱が生成、 強化され、南からの水蒸気の輸送が強められ、前線の活動を強化した結果、災害が生じる ような降水が生じたという説明が考えられる。 以上の考察から、南アジアで生じた下層の擾乱が東へ伝播し、東アジアの気象に影響を 与えるという可能性を示した。しかし、これは1つの要素に対するものであり、より多く の事例について、より詳細な考察を重ねなければならない。本研究の解析結果からは下層 を伝播するロスビー波は毎年何度か起こるものと予想される。その中で、どのような状況、 環境においてアジアモンスーン域の気象・天気に影響を与えるのかを考察することは今後 の研究の進展とする。 - 55 - 図6.5 左 6月10日 右 地上天気図 6月18日(気象庁HPより掲載) - 56 - 図6.6 850hPa高度における水平風の気候値からの偏差の水平面分布 1993年6月10日から15日まで 矢印は水平風の気候値からの偏差、単位は[m/s]、 - 57 - 図6.6(続き)850hPa高度における水平風の気候値からの偏差の水平面分布 1993年6月16日から20日まで - 58 - 図6.7 800hPa高度における水平風の気候値からの偏差の水平面分布 1993年6月10日から15日まで 矢印は水平風の気候値からの偏差、単位は[m/s] - 59 - 図6.7(続き)200hPa高度における水平風の気候値からの偏差の水平面分布 1993年6月16日から20日まで - 60 - 7.まとめ 7.1 本研究の成果と今後の展開 本研究において、再解析気象データを用いたコンポジット解析による解析を通じて、夏 季(初夏)アジアモンスーン域において生成する下層ロスビー波の存在を確かめることが できた。また、この下層の擾乱は、準定常的であり、生成後1週間程度の時間をかけ、東 南アジアまで到達し、その後は東アジアへも影響するという特徴が確認でき、アジアモン スーン全域に影響を与えることが分かった。 この擾乱は、アジアモンスーン域の降水に影響を与える可能性が示され、擾乱の東への 伝播により徐々にその影響が広がり、南アジア及び東南アジアにおいてはこの影響は擾乱 到着後1週間程度続く。また東アジアにおいては、下層の擾乱の発生の1週間後に影響が 生じるという結果を得た。1993年の事例解析においては、日本の天気に対する影響を 考察した。当時の天気図はコンポジット解析の結果の分布とよく似ていることが分かった。 擾乱の発生直後、日本は高気圧に覆われ天候は良く、その1週間後、日本上空は移低気圧 に覆われ、天候が悪化する。また、下層の擾乱が東アジアに伝播することによって生じた 南西風が、梅雨前線に水蒸気を供給し、梅雨前線の活動を活発にし、災害の起こるような 降水量をもたらす要因になるということを示唆する結果を得た。 本研究では、下層に生じるロスビー波の存在を確かめることはできたが、その発生の原 因については上層の擾乱との関連は考察したが詳細な考察を行っていない。また、この擾 乱がどのような条件で起こるか、その発達に与える環境条件等についての考察は行ってい ない。また、対象とする時期によってその特性が変わるのではないかとも考えられる。鉛 直方向の構造についての考察も十分ではなく、傾圧的な環境状況を考慮した解析も必要で ある。気象、天気に与える影響に関しても、より詳細な情報と解析を重ねる必要がある。 今後これらのことを考慮することにより、本研究をより進展することができると考えられ る。 7.2 他の研究への貢献の可能性 本研究は、Wang et al.(2008)の結果に着想を得てはじめたものであるが、その研究の目 的であったチベット高原の昇温が東アジアの降水に影響に直接関係するものではない。最 後に、本研究で得られた結果が他の研究に貢献できる部分を、関係すると考えられる2つ の論文を紹介しながら考察する。 7.2.1 Ding and Liu (2001) Ding and Liu (2001)は東アジアモンスーン、特にそのサブシステムである南シナ海モン スーン(South Chaina Sea:SCS)のオンセットに注目した研究である。1998年5 - 61 - 月から8月に期間に行われた The South China Sea Monsoon Experiment(SCSMEX) の結果をもとに1998年5月から6月の期間でのSCSモンスーンのオンセットと進展 を解析し、循環の特徴と気象の過程について考察したものである。 その結果は、 1 SCSモンスーンのオンセットは5月の下旬に2つの段階を経る。第1段階はSC S北部で起こり、第2段階はSCS全域がモンスーンに入る。 2 SCSモンスーンは局地的な現象ではなく、ベンガル湾とインドシナ半島のモンス ーンと同時に起こる。 3 SCSモンスーンの活動度は南アジアモンスーンの活動の影響を強く受けるという ものである。 本研究で第2コンポジット解析により抽出した1998年の要素は5月16日であり、 Ding and Liu (2001)の対象としている期間と同時期である。本研究の解析の結果からは南 アジアで生じた下層の擾乱は3日後(D+5)には中国南部へ到達する。1998年の要 素では5月21日に対応する。その後、中国南部に南西風が強化されるとの同時に、更に 東へ伝播し、南シナ海で3日程度持続する。これは Ding and Liu (2001)で述べられている 2段階のオンセットとの関連が考えられる。オンセットのトリガーとなる可能性のある熱 帯からの流れの特徴や、南アジアモンスーンとの関係が強いことについても矛盾しない。 本研究で考察した下層ロスビー波の伝播が、SCSにおけるモンスーンのオンセットやそ の活動に影響をしている可能性が考えられる。 7.2.2 Flatau et al. (2001) Flatau et al. (2001)は南インドモンスーンにおけるオンセットに注目した研究である。 南インドモンスーンのオンセットの中でも2段階又は多段階のモンスーンオンセットに注 目しており、その力学的な構造と予測可能性について考察したものであり、特に1995 年に起こった2段階のモンスーンオンセットに注目している。その結果は、ベンガル湾と 西太平洋上での大気の対流活動が重要であり、それには海表面温度(SST)が重要な役 割を果たしていると述べられている。 本研究での第2コンポジット解析により抽出した1995年の要素(5月8日)は第1 段目に相当する。本研究の解析の結果から、アフガニスタン上空で発生した擾乱がベンガ ル湾と北太平洋西部における降水の増加に影響を与える可能性を示した。これは、Flatau et al. (2001)における結果と類似する。、Flatau et al. (2001)は、特にインド洋と西 太平洋におけるSSTに注目して述べているが、これに加えて下層のロスビー波の伝播の 影響している可能性も考えられる。 以上、本研究成果の貢献の可能性について述べた。今後、本研究を更に進展させること により、アジアモンスーンへの理解の深化に貢献することができると考える。 - 62 - 8 最後に 本研究を行うにあたり、本当にたくさんの人たちにお世話になった。 山﨑 孝治教授には、担当教員として気象学に関することを詳しく教えてしていただい た。本修士研究の内容に限らず、幅広い気象学の知識を教授していただき、気象学への興 味と理解を深めることができた。 長谷部 文雄教授には、副担当教員として、そして本修士研究の副審査委員として、た くさんお世話になった。また、講義等においてもたくさんの指導をしていただいた。 堀之内 武準教授には、お忙しい中、他専攻の学生であるにも関わらず本修士研究の副 審査委員を受けていただいた。 環境起学専攻の教員の先生方には、講義でたくさんの指導をいただき、環境科学に関す る多くの知識を得ることができた。 環境起学専攻の学生の方々には、日々の学生生活でお世話になった。修士課程の2年間 たくさんの刺激と充実した学生生活を送ることができた。 山﨑研究室の方々には、本研究について多くの助言をいただいた。また、ゼミを通じて たくさんのことを教わり、たくさんの刺激を受けることができた。 修士課程入学時には、気象学に関してまったくの無知識であった私が修士論文を完成す ることができたのは、皆様のご厚意があったからである。心から感謝する。修士課程2年 間を通じて得た知識と思考能力、経験をもって今後社会に貢献することで、皆様への恩返 しとしたい。 本当にありがとうございました。 - 63 - 付録A 合成平均の作成手順 本研究においてコンポジット解析により作成する合成平均の作成手順について説明する。 説明に使用する要素をそれぞれ以下のように表わす。 本研究で対象とする期間の始まりの年:y1=1958 本研究で対象とする期間の終わりの年:y2=2002 d 条件により抽出された標本: D ( y ) y y1, y1 1, , y 2 標本Dのうちy年に対する要素、単位は日(日付):d(y) 標本の大きさ:Y=y1-y2=45 y y年d日(ユリウス暦)における気象データ: X d コンポジット解析により作成する合成平均 C j 、及び、擾乱の合成平均: CA j を以下のよ うに定義する。 y 2 C y y 1 j y d ( y ) X j Y X y 2 CA j y y 1 y d ( y ) j X d ( y ) j Y y 2 X d Y D y y 1 y d Y y 2 d X y1 1 ( y ) y y1, y1 1, , y 2 j=0に対する合成平均 C 0 をD0と呼び、標本Dに対する気象データの合成平均である。 D+1は標本Dにそれぞれの要素に1日足した日付に対する合成平均 C1 である。 - 64 - 付録B 本研究における合成平均に対する統計的有意性の考え方 本研究における、コンポジット解析により作成されたある気象変数に対する合成平均の 統計的有意性の考え方について説明する。 母集団:対象とする期間における全年月日に対する気象データより構成。母集団平均を気 候値と呼ぶ。 標本:条件により抽出された年月日に対する気象データから構成。標本平均を合成平均と 呼ぶ。また気候値からの偏差を平均したものを擾乱の合成平均と呼ぶ。 本研究において統計的有意性を検定する際は、擾乱の合成平均を使用する。これは、本 研究の対象とする期間が5、6月であり、夏季モンスーンへ遷移時期であるために、変数 によっては明瞭な季節変動(時間に対して線形トレンド)を持つためである。例えばジオ ポテンシャルは時間の増加に対して増加傾向を示す。このため、合成平均においてD0と D+10を比較すると、D+10はD0に比べ気候値に対してより正の方向へ存在する傾 向を持つ。このため、有意性を検定する際D31がより正の方向に有意に検定されやすく なる。D0以前(D-20~D-1)については、逆の傾向である。 このため、統計的有意性を検定する際は、季節変動を除去されている擾乱の合成平均を 使用し、考察の際もこの結果を使用する。 - 65 - 付録C 第2コンポジット標本の抽出手順 本研究で行う第2コンポジット解析における標本の抽出の手順について説明する。以下 2000年におけるものを例にして示す。 1 定義域(200hPa高度、北緯30~40度、東経60~70度で囲まれる領域、 本文図2.2)内におけるジオポテンシャルの平均を求める。 124000 ジオポテンシャル[m2s-2] 123000 122000 121000 120000 119000 118000 235 226 217 8月 208 199 190 7月 181 172 163 6月 154 145 127 5月 118 109 91 100 4月 116000 136 117000 日 図C-1 2 定義域内で平均したジオポテンシャルの時系列[m-2s-2] 4月26日から7月5日の期間での時間(日)に関するジオポテンシャルの領域平均 の単回帰直線を求める。この期間は夏季モンスーンへの遷移時期であり、全年について傾 きは正である。解析の対象とする期間は5月1日から6月30日であるが、擾乱を10日 ジオポテンシャル[m2s-2] 程度と考え、解析の対象とする期間の前後それぞれ5日を含めて単回帰直線を計算する。 124000 123000 122000 121000 120000 y=46.283417x+114480.0 119000 r=0.876 118000 117000 5月 6月 116 121 126 131 136 141 146 151 156 161 166 171 176 日 図C-2 定義域内で平均したジオポテンシャルの時系列[m-2s-2]と計算した単回 帰直線(青直線) - 66 - 3 ジオポテンシャルの領域平均と求めた回帰直線の差を計算する。この偏差をジオポテ ンシャルの偏差と考える。 ジオポテンシャル[m2s-2] 1500 1000 500 0 121 125 129 133 137 141 145 149 153 157 161 165 169 173 177 181 -500 5月 6月 -1000 図C-3 4 日 ジオポテンシャルの偏差[m-2s-2] 5月1日から6月30日の期間でジオポテンシャルの擾乱の最大になる日付を200 0年における標本要素とする。この例では128日(5月7日)である。 以上の手順を1958年から2002年の計45年間について行い、45個の要素から なる標本を抽出する。 - 67 - 付録D 定常ロスビー波の波数と群速度 ベータ平面におけるロスビー波を考え、基底状態における東西風Uが南北方向に変化す る場合を考える。この場合東西風u及び南北風ⅴは以下のように表わされる u u u , v v この場合の分散関係は以下のように表される。 Uk *k K2 ここで * 2U y 2 であり、絶対渦度の南北傾度である。また、Kは全波数で K k2 l2 1/ 2 であり、kは東西方向、lは南北方向の波数である 位相速度cは c k U * K2 定常ロスビー波に関しては 0 であるので、定常ロスビー波の波数をK sとすると K K s * U 1/ 2 上式からKが存在するためには U が正である必要があることがわかる 球座標系においては以下のように表わされる 2 1 v cos 2 v K s 2 cos 1/ 2 cos v U a cos また定常ロスビー波の群速度は以下のように表わされる。 c gx 2U k 2 k2 l2 U 2 k k2 l2 k2 l2 c gy 2kl l k2 l2 k 2 2U kl 2 l2 - 68 - 付録E 渦度解析の計算方法 渦度方程式を用いた診断解析における擾乱成分に関する計算手順について説明する。 気圧高度系における渦度方程式は次のように表される。 (1) 移流項をを相対渦度と惑星渦度のそれぞれの移流成分に分解し、左辺と右辺の差である 残差項Rを加えて (2) Rには非断熱による効果、摩擦による効果、実際の気象と再解析データの差等が含まれ ていると考えられる。 渦度の気候値に関して以下が成り立つとする (3) (2)式の右辺のそれぞれの項を左から、A項、ベータ項、B項、C項、D項、E項と呼 ぶ。 (4) (3)式についても同様に (5) (4)式から(5)式を引いて (6) 右辺の()を擾乱成分による項と考える。以下の解析ではこの擾乱成分を用いて考える。 改めて最右辺の括弧を左から(擾乱に対する)A項、ベータ項、B項、C項、D項、E項 と呼ぶ。 - 69 - 付録F 1993年災害をもたらした気象事例に関する資料 (気象庁ホームページ→気象等の知識→災害をもたらした台風・大雨・地震・火山噴火等 の自然現象のとりまとめ資料→災害をもたらした気象事例) ( http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/1993/19930513fr/19930513 .html) 梅雨前線、台風第4号 平成5年(1993 年) 5月 13 日~7月 25 日 前線の活動が長期間活発、台風第4号四国に上陸。九州南部で年間降水量に匹敵する大雨。 災害概要 (消防白書より) 死者・行方不明者 26 名、負傷者 37 名 住家全壊 58 棟、半壊 64 棟 床上浸水 1,025 棟など 概 要 この期間、梅雨前線が日本付近に停滞し、北上・南下を繰り返し、前線の活動が活発となる 都度大雨となった。宮崎県えびの市ではこの期間(5月 13 日から7月 25 日)の合計降水 量が 4,076mm となり、年降水量の平年値(4,582.2mm)に近い降水量となった。 この期間の主な大雨は、次の通りである。 6月 13 日から 15 日には、低気圧が日本海を東北東進し、前線が本州付近に停滞した。 13 日には、えびの(宮崎県えびの市)で 530mm、小林(宮崎県小林市)で 313mm の日降水量を 観測した。大分、宮崎、鹿児島県を中心に土砂災害が発生した。 6月 18 日から 19 日には、西日本から伊豆諸島にかけて東西に停滞する前線に向かって 暖湿気流が入ったため前線の活動が活発となった。 18 日には白髪岳(熊本県あさぎり町) で 295mm、俵山(熊本県西原村)で 285mm の日降水量を観測した。熊本県を中心に土砂災害 発生した。 7月2日から7日には、日本の南海上に停滞する前線上を低気圧が発達して進み、前線 の活動が活発となったため、5日には稲取(静岡県東伊豆町)で 271mm、7日には枕崎(鹿 児島県枕崎市)で 316mm の日降水量となるなど、西日本、東海地方及び関東地方の一部で 日降水量 200~300mm の大雨となった。このため九州をはじめ、中国地方、近畿、東海地方 で多数の土砂災害が発生した。 7月 25 日には梅雨前線が東日本に停滞し、日本の南海上を北上してきた台風第4号が 25 日 02 時過ぎに徳島県日和佐町付近に上陸した後、同日 05 時前に岡山県備前市付近に再上 陸し、日本海に進み温帯低気圧になった。 25 日天城山(静岡県中伊豆町)で 224mm の日降 水量を観測するなど、東海地方、関東地方で大雨となった。 - 70 - 参考文献等 朝倉正、関口理郎、新田尚 編、1995、新版気象ハンドブック、朝倉書店 Ding, Q. and Wang, B. (2005) : Circumglobal Teleconnection in the Northern Hemisphere Summer. J. Climate, 18, 3483-3505. Ding, Y. and Liu, Y. (2001) : Onset and the evolution of the Summer Monsoon over the South China Sea during SCSMEX Field Experiment in 1998. J. Meteor. Soc. Japan, 79, 255-276. Flatau, M. K. , Flatau, P. J. , Rudnick, D. (2001) : The Dynamics of Double Monsoon Onset. Amer. Meteor. Soc., 14, 4130-4146. Hoskins, B. J. and Ambrizzi, T. (1993): Rossby Wave Propagation on a Realistic Longitudalily Varying Flow. J.Atmos.Sci., 50, 1661-1671. IPCC (2007) : Climate Change 2007 - The Physical Science Basis Contribution of Working Group 1 to the Forth Assessment Report of the Intergavernmental Panel on Climate Change[Solomon,S., D.Qin, M.Manning, Z.Chen, M.Marguis, K.B.Averyt, M.Tignor and H.L.Miller(eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA. Rodwell, M. J. and Hoskins, B. J. (1996) : Monsoon and the dynamics of deserts. Q. J. R. Meteorol. Soc, 122, 1385-1404. Wang, B . , Bao, Q. , Hoskins, B. J. , Wu, G. and Liu, Y. : (2008), Tibetan Plateau warming and precipitation changes in East Asia. Geophys. Res. Lett, 35, L14702, doi:10.1029/2008GL034330. 気象庁ホームページ http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/1993/19930513fr/19930513.h tml - 71 -