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A.12.7 巨大生物の生息を可能にする環境要因

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A.12.7 巨大生物の生息を可能にする環境要因
A12.7
〔参考訳〕
1979 年、イギリスの Derbyshire にある小さな鉱山業の町 Bolsover は、予想だにしなかったつかの間の名声を享受
した。地下 500 メートルの石炭屑を掘っていた際、当地の鉱夫が化石化したトンボを掘り出したのだ。トンボの翼長は
50 センチに及び、カモメの翼長に匹敵するものだった。ロンドン自然史博物館の専門家は、この化石が約 3 億年前の石
炭紀のものであることを確認した。この巨大生物は the Bolsover dragnfly と呼ばれたが、化石化した昆虫の中で最も古
く最も良く保存されているものの一つであるとはいえ、決してユニークなものではなかった。南東フランス Commentry
の石炭層から採取された同じような化石が、フランス人古生物学者の Charles Brongniart によって、遡ること 1885 年
という古くに、すでに記載されており、巨大トンボはそれ以来、北米やロシア、オーストラリアでも掘り出されている。
巨大症は石炭紀には異常なまでに一般的なことだったのだ。
The Bolsover dragonfly は絶滅した巨大捕食性飛翔型昆虫のグループに属し、現在のトンボ(トンボ目)と同じ系統に
由来すると考えられ、大トンボ目として知られている。現代の大トンボ目と同じように、細長い体、大きな目、強い顎、
獲物を捕らえるための棘のある足を持つ。最も大きなものは、史上最大の昆虫に相当する巨大なムカシトンボであり、
翼長が最大 75 センチ、胸部の直径がおよそ 3 センチであった。比較に挙げておくと、現代で最も大きなトンボは翼長
が約 10 センチ、胸部の直径が約 1 センチである。原型の巨大トンボは現在生きている近縁種と、翅の構造が最も大き
く異なっている。つまり、数や翅脈のパターンが原始的なのである。巨大なサイズと原始的な翅の構造から、フランス
人科学者の Harle と Harle は 1911 年、ムカシトンボは現代の薄い大気のもとでは飛ぶことができなかったのではない
かと提唱した。この驚くべき主張は 20 世紀科学の回廊をこだまし、古生物学的証明により何度も激しく否定された。
1966 年、ドイツの地質学者、M.G.Rutten は、科学専門誌から永遠に消え去った魅力的な古めかしい表現で、こう記し
ている。
「後期石炭紀、昆虫は優に 1 メートルを超すような大きさに達した。原始的な呼吸法、すなわち外骨格を介した気管を
使うという観点から、これらの昆虫は、より高濃度の酸素を含む大気でなければ生存することができなかったと思われ
る。地質学者として、筆者はこの種の根拠に大いに満足している。しかし、他の地質学者はそうではない。そして、論
争相手を納得させる方法は一つもない。
」
巨大昆虫が飛ぶには高密度で酸素に富む空気が必要だったのでは、という考えは、まだ完全に信用されてないわけで
はなく、消え去るのを頑なに拒んでいる。理論が破綻したところでは、経験的な数値が取って代わる可能性があること
を知ることになるだろう。他の要素からは、現在の植物や動物の時代、すなわち顕生代の間に、酸素濃度が変動したこ
とが示唆されている。疑いようのない地質学的証拠からは、少なくとも 2 億 5000 万年前のペルム紀末における大量絶
滅に相当する短期間では、深海には溶剤酸素がほとんど含まれていなかったことが示されている。そしてこのようなこ
とが起こったことから、私たちが想像できるのは、少なくともわずかばかりは、大気中の酸素濃度が低下しただろう、
ということにすぎない。逆に、物質収支の原則を信じるのであれば、基本的には有機物であり、石炭紀からペルム紀初
期にかけて埋蔵された大量の石炭は、きっと、酸素濃度の上昇をもたらしたに違いない。
大気の変化を計算する上での主な難しさは、地質年代に大気組成を制御する要因や比較的重要ではない要因を決定す
ることである。火を例にしてみよう。火は酸素を消費するため、大気中の酸素の蓄積を制限すると考えられる。人類に
よる余計な干渉がなければ、火は基本的には落雷によって点く。現在の環境下では落雷によって着火することはほとん
どないが、これは、特に雷雨が激しい豪雨を伴う場合、森林の植物が湿っているからだ。しかし、湿った有機物が、25%
以上の酸素を含む空気中で自由に燃える場合、そのような濃度の大気を考慮すると、雷は熱帯雨林であっても大火を引
き起こしうる。酸素濃度が高くなればなるほど、着火する機会も多くなる。そして、火が猛威を振るうにつれ、過剰な
山荘を使い尽くす。酸素濃度があまりに高い場合、火はそのバランスを回復させるのである。
この単純なシナリオは無批判に受け入れられる嫌いがあるが、実際には見当違いである。森林が気化するだけで、そ
のバランスは保たれることになる(私たちが呼吸によりエネルギーを得るために食物を燃焼する際、それを気化し、二酸
化炭素や水を呼気中に放出するのと同様である)。火事の後、森林のみじめな遺残物を見たことがある人は誰でも、大量
の木炭ができるのを知っている。木炭は実質的に、微生物を含め、生物によって分解されないものである。あらゆる有
機炭素は、無傷のまま地中に埋まることはほとんどない。
私たちはすでに、光合成によって産生される酸素量と、呼吸や岩盤、火山ガスによって消費される酸素量とが不均衡
である場合のみ、空気中へ酸素が蓄積しうることを知っている。有機物が恒久的に地中に埋まることは、この均衡を破
る上で最も重要である。なぜならこのことが呼吸による酸素の消費を妨げるからである。地中に埋まった有機物の残り
物は酸化されて二酸化炭素になることはないので、酸素は空中に残る。木炭は、通常の腐敗中の植物物質と比較してそ
のままの状態で埋まる傾向があるため、森林火災が起きた場合、正味の結果としては、炭素埋土物が増えることになり、
従って、大気中の酸素が増えることになる。その代り、これによって火災はより起きやすくなり、地上の生物がついに
は死んでしまうまで、酸素濃度を上昇させる。そうなってようやく、地上における有機物産生や光合成が止まってしま
い、酸素濃度が徐々に減少することになる。これは、酸素が溶出した鉱物や火山ガスと反応して除かれるからだ。
ドイツの地質学者 M.G. Rutten が上で引用したように、昆虫が呼吸に用いる原始的な方法のために、その大きさや飛
翔能力は制限されていたのではないか、と彼は主張した。昆虫は、外骨格中の小孔と体中のあらゆる細胞に張り巡らさ
れている分枝とを介して、空気中に直接開いている細い管や気管を使って、空気を取り入れる。飛翔昆虫では、酸素が
気管系を介して拡散する必要性から、その大きさが制限されるのではないか、というのが考えである。昆虫の大きさが
大きくなるというのは、どんな場合であれ、酸素が気管系を介してより遠くまで拡散しなければならないということを
意味し、それによって飛翔の効率は悪くなってしまう。盲端管を下る受動拡散の場合、その最大効率は(現代の酸素濃度
下では)約 5 ミリメートルだ。The University of Texas の生理学者である Robert Dudley によると、空気中の酸素濃度
が 35%にまで増えると、酸素の拡散率はおよそ 67%上昇し、それによって、より遠くまで拡散することが可能になる
という。言い換えれば、酸素をより多く含む空気によって、呼吸に必要な最低限の量が、昆虫の気管中をより遠くまで
届くということである。このことは飛翔筋の酸素化を向上させ、構造をより薄くすることを可能にし、また、昆虫をよ
り大きく成長させることを可能にしたのであろう。捕食などの他の選択圧もおそらく、より大きくなるという実際上の
傾向を進めたと思われるが、
その一方で、
より高濃度の酸素がサイズの巨大化に対する物理的な障壁を解いたのである。
これまでのところは順調だ。しかし、一連の推論には 1 つ問題がある。気管系はおそらく原始的なものであろう。だ
が、けっして非効率的なものではない。それにより、飛翔昆虫は動物界全体の中で最高の代謝率を達成している。ほと
んど例外なく、昆虫の飛翔は全体として好気性である。すなわち、昆虫のエネルギー産生は完全に酸素に依存している。
私たちは換気用の肺や力強い心臓、
精巧な循環系、
酸素運搬体としてのヘモグロビンを持つ赤血球を持つにも関わらず、
効率に劣っている。
気管系がそれほどまで効率が良い理由は、酸素が気相のままとどまるからである。これにより迅速に拡散することが
でき、飛翔筋細胞に入る最後の瞬間まで液中に溶解する必要もない。その結果、気管系の酸素運搬能力は、一般的には、
組織が酸素を消費する能力を超えている。唯一、実際上で非効率なのは、気管が盲端管であることであり、私たちの肺
の細気管支とほとんど同じように、気管が細い小管へと枝分かれしていることである。私たちが物理的に息を吸うこと
ができない場合、窒息してしまうのと同じように、昆虫もまた気管系の袋小路における気体の拡散が大きく制限されて
いる。私たちと同じく、ほとんどの昆虫は、気管を活発に換気することによって、この問題を解消している。
原則として、酸素濃度の上昇により、トンボは同じだけの飛翔性能を獲得するためにそれほど活発に翅を動かさなく
ても良くなったに違いない。あるいは、一定間隔で翅を動かすことにより、体の大きさが大きくなったのかもしれない。
1998 年、the Journal of Experimental Biology 誌で発表された詳細な研究で、Arizona State University の Hon
Harrison と the University of Utah の John Iighton は、この考えをテストし、トンボの飛翔における代謝は酸素に敏
感であるという確たる証拠を、ついにつかんだ。二人は、密閉した呼吸用容器で自由に飛び回るトンボについて、二酸
化炭素の産生、酸素の消費、胸部の温度を計測した。酸素濃度を 21%から 30%、あるいは 50%にまで上昇させると、
代謝率が上昇した。このことは、現在の大気中では、トンボは酸素不足により制限されていることを意味している。も
しトンボが高酸素の大気中でより良く飛ぶことができれば、おそらく巨大化したトンボは、今日の薄い大気中では、空
中に上がるのに十分なだけ体を持ち上げることなど、おそらく全くできないであろうが、仮定される石炭紀の高酸素濃
度の大気下では、飛ぶことができたかもしれない。Bolsover のトンボは実際、酸素を高濃度に含む大気中でのみ、飛び、
獲物を捕らえ生存することができたと考えられている。
石炭紀の巨大生物はトンボだけではない。多くの生物が二度とそれに匹敵することのない大きさを獲得した。トビゲ
ラの中には翼長が 50 センチに及ぶものもあり、1 メートル以上のヤスデや、クモに似たクモ類生物であるメガラクネは
肢を広げた大きさがおよそ 50 センチであった。これらはインディー・ジョーンズの心髄をひやりとさせたかもしれな
い。もっと恐ろしいことに、サソリに至っては長さが 1 メートルに及び、現代の子孫を小さいものに見せてしまう。現
代のものは、最大のものでも体長はかろうじて 5 分の 1 程度だ。陸生の脊椎動物の中で、両生類はイモリのような大き
さから体長 5 メートルにまで成長した。両生類については、イギリス、Northumberland の Howick に最古の足跡の一
つが残されている。その長さは 18 センチ、幅は 14 センチ。植物界ではシダ植物が巨木となった。一方で、巨大なコケ
植物の一種はその高さがおよそ 50 メートルであった。今日まで残っているのは、小さな草性のヒカゲノカズラのよう
なコケで、30 センチ以上の高さになることすらめったにない。
1999 年 5 月の Nature に収録されている Scientific Correspondence には、極地方に生息する甲殻類の大きさに関す
る短報がしまい込まれていた。甲殻類はエビ・カニ・ロブスターを含む綱である。この論文は、長年の謎、すなわち、
巨大化と酸素利用能との関係を、むしろきちんと解決した。著者であるベルギーの the Royal Institute of Natural
Sciences の Gauthier Chapelle と the British Antarctic Survey の Lloyd Peck は、極地方から熱帯地方まで、海洋から
淡水環境まで、およそ 2000 種類の甲殻類について長さを計測した。彼らが注目したのは、ヨコエビとして知られるあ
る分類であった。これは冷血動物でエビのような生物であり、その長さは数ミリから約 9 ミリである。
ヨコエビ類には何千もの海洋種がいるが、極地方における食物連鎖の中で礎となるものであり、タラの幼魚の主食で
ある。これは次いでアザラシの獲物となり、アザラシはホッキョクグマの獲物となる。沈殿物の中には、ヨコエビが 1
平方メートルあたり 40000 という驚異的なまでに高い密度で見られるものもある。この小さな生物は極地方の海中に十
分な食事をもたらしている。すなわち、南極で最大の種は、熱帯地方の近縁種と比較して 5 倍程度もの大きさに達する。
ヨコエビの標準をまさに大きくしたものである。この点については、ヨコエビだけではない。過去 100 年、科学者たち
は極地方の海において無数の巨大種を分類してきた。極地方での巨大化は通常、低温や冷血動物における低い代謝率に
よるものとされるが、子の関係性は決して単純なものではない。驚くべきことに、極地方の巨大化については、これま
でに満足に説明されてきていない。困ったことに、大きさと温度との逆の相関関係は、線形のものというより曲線的な
ものであり、また、よく分からない例外もいくつかある(図 1(a))。特に、温度だけに基づいた場合になるはずであるよ
りも、淡水環境下ではより一層大きくなる種がたくさんある。例えばロシアのバイカル湖から採取した淡水性のヨコエ
ビは同じ程度の水温の海洋にいるヨコエビと比較して約 2 倍の大きさである。
Chapelle と Peck は賢明な考えを思いつき、それをヨコエビのデータに当てはめてみた。もし本当の相関関係が全く
水温ではなく、溶剤酸素濃度であったとしたらどうか?酸素はより冷たい水に良く溶け、熱帯地域の水よりも極地方の
海には約 2 倍溶けている。塩濃度も酸素の溶けやすさに関係し、海水と比べて淡水には 25%も良く溶ける。またしたが
って、酸素飽和が最大となるのは、バイカル湖のように、北極地方のツンドラに接している巨大な淡水湖である。そし
てこここそ、最大の甲殻類が見つかった場所であった。Chapelle と Peck が体長に対する水の酸素飽和を改めてプロッ
トしたところ、ほぼ完全な一致が得られた(図 1(b))。相関からはその仕組みが分からないのも事実だが、酸素を十分に
活用できないことで、
多くの生物では体の大きさが制限され、
逆に高い酸素濃度は巨大化への障壁を高くするのである。
〔解答例〕
A.
現在より大気中の酸素濃度が高かったから。
B.
昆虫の呼吸は外骨格を通じて気管から空気を取り込むので、体が大きくなると酸素が翅の細胞や体全体に十分に届かな
い。そのため、現在の酸素濃度で巨大な構造のメガネウラが飛ぶための大量の酸素は得られないから。
C-1.
肺、心臓、循環系、赤血球
C-2.
昆虫では気体の酸素が気管を通じて直接組織に供給されるのに対し、ヒトでは肺胞で取り入れた酸素の一部がヘモグロ
ビンと結合し、組織まで移動してその一部が解離されて供給されるから。
D.
石炭紀には木生シダ類が繁栄し、光合成により大量の酸素が放出された。一方、合成された有機化合物の多くは石炭と
して堆積し、生物による分解を受けなかったため、呼吸による酸素消費量が光合成による放出量より少なくなり、大気
中に酸素が蓄積されたから。
E-1.
溶液の塩分濃度が高いほど酸素の溶解度が低下する。そのため、淡水中では同じ温度の海水中より 25%程度多く酸素が
溶けるから。
E-2.
塩分が溶解するとイオンのまわりに水分子が水和し、その分溶媒としての自由な水の割合が減少するから。
F-1.
[0℃の海水]
PV=nRT より
V=(355×10-6÷8.3×103×273×103)/(1.0×105)=8.04≒8.0[mL]
[25℃の海水]
V=(210×10-6÷8.3×103×298×103)/(1.0×105)=5.19≒5.2[mL]
F-2.
温度が高いと溶液中の酸素分子の熱運動が活発になり、外に飛び出しやすくなるため、温度が高いほど酸素の溶解度が
低下する。
G-1.
35mm
G-2.
標高の高さが影響する。標高が高くなると気圧が低下し、大気中の酸素分圧も低くなる。気体の溶解度はその気体の分
圧に比例するため、溶解酸素量が少なくなるので、体長は推定値より小さくなると考えられる。
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