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創傷と感染

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創傷と感染
形成外科 定期刊行誌
施設訪問
●bFGF製剤を用いた局所治療
2010.12
Ⅱ度熱傷の局所管理のポイントは、残った上皮成分を機
械的刺激や感染から保護し、上皮の素となる組織を傷つけ
北九州総合病院形成外科
ずに最大の再生力を引き出すことにある。
①1歳5カ月、男児。
熱湯を浴びてSDB+
DDBを受傷。受傷当
日来院時の状態。こ
の日よりb F G F 製 剤
の投与を開始した。
「たとえば、草木に害虫がつき、葉や枝が傷んで再生でき
ないようなら、その部分は除去する、すなわちデブリードマ
救急の初期治療からチーム医療を実践
ンします。一方、まだ再生が期待できるなら、栄養剤や肥料
を投与します。それが熱傷治療におけるbFGF製剤の役割
06
です」と、迎先生は述べる。
北九州総合病院形成外科は、先天外表奇形、腫瘍、外傷、
bFGF製剤が登場するまでの迎先生の治療方針は、深達
再建などほぼ形成外科全領域の診療を行っている。また、
性熱傷において、2週間たっても上皮化しない場合は肥厚
同院は救命救急センター(3次救急)であるため、24時間
性瘢痕が発生することが多く、外見的にも機能的にも障害
救急に対応している。特に熱傷については、治療の特殊性
が残る。そのため、積極的に植皮を行っていた。ところが、
から、北九州東部はもとより大分、山口に至る広域からの患
bFGF製剤を投与すると、上皮化まで約5週間かかった症
者も受け入れている。
例でも肥厚性瘢痕は発生せず、軽い瘢痕のみで済み、機能
今回は、同院形成外科部長の迎 伸彦先生に、熱傷治療
的な障害を残さないことが判明した。
についてお話をうかがった。
「bFGF製剤の登場で、熱傷の治療戦略が大きく変わっ
たといっても過言ではありません」と、迎先生は評価する。
■ 軽度から重症熱傷までをすべて
診療・治療する
かつて、約2週間を過ぎると手術を選択せざるを得なかっ
北九州総合病院
形成外科 部長
同科では、軽度の熱傷から重症熱傷までのすべての熱傷
迎 伸彦先生
を扱っている。2009年度の熱傷患者については、外来患
者数は332名、入院患者数は69名であった。
た症例に対して、現在は、bFGF製剤を用いて約5週間まで
は保存的療法を行っており、特に小児において回避できる
■ 熱傷治療をスムーズに行うために
で、幼小児では高温液体による受傷が多く、成人では高温
同科では、手術に備えて、術前2日までに、形成外科医が
液体、料理中の事故や火災などが多いという。重症熱傷は、
手術の手順を示した資料を作成し、麻酔科、手術部担当看
火災や労災事故が多い。周囲に工場が多いことから、広範
護部に配布する。物品の準備はもとより、術中にスタッフ全
囲深達性熱傷や化学熱傷などの特殊な受傷機転による熱
員が手技と手順を理解していることが、安全でスムーズな
傷も少なくない。
手術につながるのである。
bFGF製剤 使用例
迎先生は、若手医師の教育にも熱心である。熱傷は特殊
■ 熱傷の治療方針
な外傷であり、治療経験を積む場が限られている。その点、
●初期管理の重要性
同院は熱傷の外来患者も多く、手術数も多い。
「実際に患
ドマン)、早期創閉鎖(植皮)が原則である。広範囲深達性熱
③ 受 傷 5カ月後 。中
心部も含め、肥厚性
瘢痕が生じていない。
手術が増えたという。
受傷機転は、軽度の場合は家庭内での受傷がほとんど
広範囲熱傷においては、早期の壊死組織除去(デブリー
②受傷4週間後。ほ
ぼ治癒した状態。従
来であれば赤みを帯
びたD D B 受 傷 部 位
は肥厚性瘢痕となる
可能性が高いが、平
坦である。
形成外科スタッフ
者さんに接していくことで、患者さんを思いやる診療がで
きるようになります。また、初期治療から参加するからこそ、
傷では複数回の手術が必須となるが、最も重要である初回
治療経過がよくわかるのです。若い形成外科医には、積極
手術を成功させるには、初期管理(全身管理)がポイントと
的に実地を経験してほしいと願います。受け入れる私たち
なる。
役割を担う栄養管理を求めるという。この厳密な初期管理
もできる限りフォローアップするつもりでいます」と、迎先
「熱傷手術を3段跳びに例えると、初回手術となる最初の
が、迎先生の目指す術前のトップスピードにつながるわけで
生はエールを送る。
ホップでは助走をトップスピード、つまり全身状態をできる
ある。
だけ良好に保ち、次のステップ、ジャンプへと持続しながら
「全身管理と局所管理は表裏一体を成すものです。車の
確実な距離(植皮生着)を獲得していくことが、患者の救命
両輪のごとく、連動しなければなりません。それには、初期
につながります」と、迎先生は解説する。
治療から局所管理のスタッフも参加して、忌憚のない意見
そうした考えのもと、同院の救命救急センターでは、チー
を交わすことが大切です。その点、当院では麻酔医を中心
ム医療を実践し、形成外科も合同カンファレンスへ参加し
とした部門と、当科、そして看護部門やリハビリ部門などが
て局所管理の立場から、①初回手術を念頭においた過剰輸
常に意見交換を行っており、真のチーム医療を行っている
液に陥らない輸液管理と呼吸管理、②予後の改善に重要な
と自負しています」と、迎先生は語る。
bFGF製剤 非使用例
創傷と感染
5歳、男児。沸かしすぎた浴槽へ転落して受傷。写
真は受傷1年後。腋窩部・胸部の一部には皮膚移
植している。腋窩部に瘢痕収縮が生じ、
うまく腕が
上がらない。
感染創の病態と診断、治療方針
施設訪問
北九州総合病院形成外科
【外来診療】
●月曜∼土曜 8:30∼11:00
*土曜は第2・4週のみ
●午後は予約、紹介患者の診療
企画 科研製薬株式会社
発行 株式会社協和企画
北九州総合病院形成外科
〒800-0295 北九州市小倉南区湯川5-10-10
電話 093-921-0560
(代表)
2010年12月作成
FGF170-10L-08-KY1
表紙の写真:椿
+ Topics
創傷と感染
─感染創の病態と診断、
治療方針─
福岡大学病院 副院長(医療安全管理部長)
福岡大学医学部 形成外科学講座 教授
大慈弥 裕之 先生
■はじめに
1 感染創の古典的診断
傷の状態はコロニー形成創から臨界保菌状態、感染創へと進
燥環境の回避)、血腫や死腔の予防(止血やドレナージ、創閉鎖
行する。ブドウ球菌感染の場合、コロニー形成創では組織1g
など)、が基本となる。
当たり10 2 ∼10 3 個、臨界保菌状態では10 4個、感染創では
2)慢性創傷の治療方針
105∼106個レベルの細菌が肉芽組織内に存在していた。
慢性創傷では創傷を診察し、感染創に対する的確な評価を
肉芽組織の表層にはエオジン好性に染まる構造物が存在
行う。また、それぞれの創傷の原因となった病態(褥瘡や糖尿
する。この厚さ1㎜前後の薄い層を、われわれはコロニー形成
病など)に対する予防と治療も並行して行う。
図7 臨界保菌状態に対するbFGF製剤の使用
0日
創および臨界保菌状態の病態に深く関わる部位として注目し
①コロニー形成創
ている(図6)。その層(仮に凝固壊死層と呼んでいる)はコロ
コロニー形成創では、治癒促進に主眼をおいた創傷管理
ニー形成創では薄く、臨界保菌状態から感染創へとステージ
が可能である。湿潤環境を維持できる創傷被覆材を使用
が進むに従い厚くなる。臨床的には膿苔に相当する部分であ
し、bFGF製剤などの肉芽増生・上皮形成を促進する外用薬
り、われわれの研究の結果、コロニー形成創や臨界保菌状態
を使用する。植皮術や皮弁形成術などの創閉鎖術も可能で
では細菌がこの層にコロニーを形成していて、細菌を貪食し
ある。
MSSA
9×103CFU/g
コリネバクテリウム 1×103CFU/g
連鎖球菌
2×104CFU/g
7日後
MRSA
セラチア菌
10日後
1×102CFU/g
1×104CFU/g
65歳、女性。仙骨部の褥瘡。臨海保菌状態の創部に対してbFGF製剤を使用し、創面に
は創傷被覆材を貼付した。1日1回の処置を続けたところ、7日目には肉芽組織が改善し、
スワブ検査による細菌量も減少を認めた。10日目には肉芽は鮮紅色となり、周囲からの上
皮形成が進行した
人類の創傷管理の歴史は、感染との戦いの歴史でもあっ
創傷が細菌による感染症をきたすと、創部には膿瘍、蜂巣
た細胞や死滅した炎症細胞が観察されている。慢性創傷で
②臨界保菌状態(局所感染創)
た。古代より人類は創傷ケアにおける植物治療の有用性を発
炎、滲出液などの症状が出現し、組織が破壊され治癒は遷延
は、この部位で病原菌と炎症細胞との攻防がなされているも
臨界保菌状態にある創部に対しては、積極的に局所の感
見し、衛生の重要性や止血方法を代々伝承してきた。以下、
する。また創面は変色して不良肉芽となり、疼痛、発赤、臭気
のと考える。
染を制御する必要がある。創部の洗浄、デブリードマン、滲
表1に詳細を示す。
といった症状が出現する(図1)。感染が高度になると、全身
近年、バイオフィルムが慢性創傷の病態に大きく関与する
出液の排出を促す被覆材の使用、抗菌作用を有するヨウ素
また、時代の流れに伴い、病院で扱う創傷の種類が大きく
的な症状として発熱や、血液検査では白血球増多やCRPとい
ことが明らかとなり、注目が集まっている。細菌はバイオフィ
や銀イオンを含む外用薬の使用が基本となる。洗浄には微
を得ることができる(図7)。
され、院内に散在していた慢性創傷患者(ハイリスク患者)は
様変わりしてきた。従来、戦争や事故による外傷を中心とした
った炎症性マーカーが上昇する。
ルムに包まれると宿主の免疫に抵抗し、抗菌薬治療にも抵抗
温湯を用い、圧をかけるかガーゼなどで膿苔を拭い取るな
局所治療により細菌負荷が低減してコロニー形成創にま
集約化された。病棟処置時の院内感染対策マニュアル(標準
を示す。マクロファージや好中球の貪食作用が阻害されるた
どして、物理的に創面を洗浄する。フィルムドレッシングな
で改善すれば、コロニー形成創の治療方針に戻す。
予防策および接触予防策)を見直し追加加筆を行い、病棟処
め、周囲の組織はこれらの細胞から遊離する過剰な酵素によ
どによる長期間の密封閉鎖は、感染を悪化させる危険が高
③拡大感染創および全身感染症の治療
置手順を作成、処置ビデオも制作した。従来、各病棟、各科で
って障害を受けることになる。
いため行わない。
古典的感染創の症状を示す拡大感染創および全身感染
バラバラであった創処置の手順を標準化しマニュアルの遵守
創周囲のスキンケアも重要である。入浴、シャワー、局所
症(Harding分類)では、切開排膿や拡大デブリードマンな
を徹底した。
の洗浄を含めた定期的な皮膚の清浄化を行う。
ど、さらに積極的な局所感染の制御を行う。また、並行して
多剤耐性菌患者入院から院内感染アウトブレークの認識ま
経口抗菌薬を用いた全身的治療も行う。
で、およそ1ヵ月かかったが、上記対策により2ヵ月で新規アシ
急性創傷が主な対象であったが、20世紀後半には、褥瘡や糖
尿病性足潰瘍といった慢性創傷が急速に増加したのである。
2 慢性創傷と細菌感染
21世紀の現在においては、慢性創傷に対する創傷ケアが医療
慢性創傷では、上記のような典型的な感染創症状の所見を
者の関心の的となっている。
示さない場合が多くある。しかしこのような場合でも、創部に
われわれ形成外科医は、慢性創傷の感染レベルを正確に評
は細菌が感染していて、局所の治癒過程にさまざまな影響を
価し、各段階に合わせた治療や創傷ケアを行う必要がある。
及ぼしている(図2)。
1)急性創傷の治療方針
bFGF製剤は、コロニー形成創および臨界保菌状態に使
また、解放創を扱うので、院内感染の予防に対しても重要な
細菌が創面に定着(感染)していても、局所の免疫とのバラ
急性創傷では特に初期治療が重要である。汚染や異物の除
用可能である。後者においてもスキンケアが適正であれ
役目を負っている。日々の創傷ケアにおいて標準予防策と接
ンスがとれていて、創傷治癒の過程が阻害されずに順調に治
去、
壊死組織の除去
(デブリードマン)
、
壊死組織拡大の予防
(乾
ば、bFGF製剤を用いても細菌数の減少と良好な肉芽形成
触予防策を遵守し、環境も汚染させないよう組織的な取り組
癒が進んでいる状態は、コロニー形成創(colonization創)と
慢性創傷には細菌が定着しやすく、また多剤耐性菌が検
アウトブレークは収束するに至った。
みが求められる。
呼ばれている(図3)。これに対し、蜂巣炎など古典的な感染
出される割合が高いという特徴がある。現在、形成外科領
今回の経験から、慢性創傷を扱う形成外科医は、日常の創
以上の歴史的背景をもとに、現在における感染創の病態、
創の症状は示さないものの、暗赤色または蒼白の肉芽を示し
域で検出される頻度の高い耐性菌は、メチシリン耐性黄色
傷処置にあたり、感染予防策である標準予防策と接触予防策
診断、治療のトピックスについて述べる。
浮腫状で治癒が遷 延した状態は、臨界保菌状態(critical
ブドウ球菌(MRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、バンコ
を厳格に守り、院内感染の防止に務めなければならないこと
colonization)と呼ばれるようになった(図4)。
マイシン耐性 腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター
を痛感した。その際、ベッド柵や包交車なども定期的に消毒
( Acinetobacter baumannii )、拡張型βラクタマーゼ産生菌
を施し、環境汚染を予防することも極めて重要である。形成
表1 創傷感染管理の変遷
古代エジプト時代
古代ギリシャ時代
・創傷をワインや酢で洗浄し、抗菌効果のある
蜂蜜や獣脂を塗ってリント布で創面を保護す
る方法で治癒を促進
古代ローマ時代
・ガレン(Galen)による pus bonum et laudabile
( 膿は良く立 派なもの) という教えが 誤って
解 釈され、その考えに基づいた創 傷ケアが中
心となった
・一方でパレは、デブリードマンが創部を清 浄
化・感染を予防することに気づく
18世紀
・外科治療が進歩し、デブリードマンや四肢切断
などが 積 極 的に実 施 。しかし、創感 染による
死亡例は依然として多い
19世紀
・パスツール(Pasteur)が細菌論(Germ theory
of disease)を提唱
20世紀
〈前半・中盤〉
・フレミング(Fleming)が抗生物質を発見。以降、
創傷に対する消毒と抗生物質投与が標準的治
療となった
・リスター(Lister)が殺菌法・消毒法を提唱
〈後半〉
・ウインター(Winter)の発表を嚆矢として湿潤
療法(moist wound healing)の概念が普及
5 感染創の治療方針
3 感染創のステージ分類
図3 コロニー形成創
感染の症状はないが、組織
の細菌学的検査をすると、
MRSAが2.8×10 2 CFU/g
検出された
Kingsleyは、慢性創傷を汚染創、コロニー形成創、臨界保菌
状態、感染創の4段階に分類した。これに対しHardingは、
汚染創、コロニー形成創、局所感染創、拡大感染創、全身感
染 症の5段階に分 類している。Hardingの局所感染創が、
図2 慢性創傷
図1 感染創
周囲の皮膚に発赤・腫脹
が認められる
慢性創傷では、二次治癒の過程をとるため、創部に肉芽組
織が形成される。慢性創傷の肉芽組織を対象に、組織内の細
菌数と臨床像を比較検討したところ、KingsleyやHardingが
提唱する感染ステージと細菌数には正の相関があることが確
認できた。すなわち、組織内の細菌数が増加するに従い、創
2008, Kingsley A
汚染創
コロニー形成創
局所感染創
拡大感染創
全身感染症
(contamination)(colonization) (localized infection)(spreading infection)
(systemic infection)
外科医は創傷に関するプロフェッショナルであるとともに、感
染予防のプロフェッショナルとしても重要な役割を果たさな
院内感染の点からも問題視されている。2008年末に、韓国
ければならない。
から当院救命救急センターに搬送入院した患者から拡がった
<謝辞>
福岡大学医学部形成外科学教室の臨床および基礎研究に多大な貢献をしてくだ
26名に及んだ。細菌が検出されたのは喀痰と創部からであ
さった自見至郎講師、岩崎宏教授(福岡大学病理学教室)、原賀勇壮助教(福岡大
った。後者の中には褥瘡や下腿潰瘍など慢性創傷を有する患
学病院麻酔科)、
および当教室の真鍋剛先生、牧野太郎先生、西平智和先生、大山
者も複数含まれ、慢性創傷患者に対する処置手順の見直しの
拓人先生に深甚なる謝意を表します。
必要性が指摘された。
感染創
(wound infection)
2008, Harding KG
間の徹底した感染対策により、多剤耐性アシネトバクターの
多剤耐性菌による創感染は治療を困難にするだけでなく、
多剤耐性アシネトバクターによる集団感染者数は、院内で
図5 感染創ステージ分類
汚染創
コロニー形成創 臨界保菌状態
(contamination)(colonization)(critical colonization)
6 感染創と院内感染対策
(ESBLs)
である。
図4 臨界保菌状態
蒼白で浮腫状の肉芽を呈
し治癒が遷延。細菌学的
検 査でM R S Aが 1 0 6
CFU/g検出された
Kingsleyの臨界保菌状態に相当すると考えられる(図5)。
4 感染創の病態
ネトバクター分離感染患者は消失した。その後、さらに1ヵ月
アシネトバクターは、水回りなどの環境で普遍的に存在す
る細菌である。院内での環境調査の結果、包交車のハンドル
図6 肉芽組織の構造
肉芽組織表層にはエオジン好性の構造物があり、
コロニー形成創や臨界
保菌状態では、
この層に細菌が存在する
や洗浄用シンク、ベッド柵などから多剤耐性アシネトバクター
が検出された。形成外科病棟および救命救急センターは閉鎖
左から西平智和先生、自見至郎先生、
真鍋剛先生、牧野太郎先生
+ Topics
創傷と感染
─感染創の病態と診断、
治療方針─
福岡大学病院 副院長(医療安全管理部長)
福岡大学医学部 形成外科学講座 教授
大慈弥 裕之 先生
■はじめに
1 感染創の古典的診断
傷の状態はコロニー形成創から臨界保菌状態、感染創へと進
燥環境の回避)、血腫や死腔の予防(止血やドレナージ、創閉鎖
行する。ブドウ球菌感染の場合、コロニー形成創では組織1g
など)、が基本となる。
当たり10 2 ∼10 3 個、臨界保菌状態では10 4個、感染創では
2)慢性創傷の治療方針
105∼106個レベルの細菌が肉芽組織内に存在していた。
慢性創傷では創傷を診察し、感染創に対する的確な評価を
肉芽組織の表層にはエオジン好性に染まる構造物が存在
行う。また、それぞれの創傷の原因となった病態(褥瘡や糖尿
する。この厚さ1㎜前後の薄い層を、われわれはコロニー形成
病など)に対する予防と治療も並行して行う。
図7 臨界保菌状態に対するbFGF製剤の使用
0日
創および臨界保菌状態の病態に深く関わる部位として注目し
①コロニー形成創
ている(図6)。その層(仮に凝固壊死層と呼んでいる)はコロ
コロニー形成創では、治癒促進に主眼をおいた創傷管理
ニー形成創では薄く、臨界保菌状態から感染創へとステージ
が可能である。湿潤環境を維持できる創傷被覆材を使用
が進むに従い厚くなる。臨床的には膿苔に相当する部分であ
し、bFGF製剤などの肉芽増生・上皮形成を促進する外用薬
り、われわれの研究の結果、コロニー形成創や臨界保菌状態
を使用する。植皮術や皮弁形成術などの創閉鎖術も可能で
では細菌がこの層にコロニーを形成していて、細菌を貪食し
ある。
MSSA
9×103CFU/g
コリネバクテリウム 1×103CFU/g
連鎖球菌
2×104CFU/g
7日後
MRSA
セラチア菌
10日後
1×102CFU/g
1×104CFU/g
65歳、女性。仙骨部の褥瘡。臨海保菌状態の創部に対してbFGF製剤を使用し、創面に
は創傷被覆材を貼付した。1日1回の処置を続けたところ、7日目には肉芽組織が改善し、
スワブ検査による細菌量も減少を認めた。10日目には肉芽は鮮紅色となり、周囲からの上
皮形成が進行した
人類の創傷管理の歴史は、感染との戦いの歴史でもあっ
創傷が細菌による感染症をきたすと、創部には膿瘍、蜂巣
た細胞や死滅した炎症細胞が観察されている。慢性創傷で
②臨界保菌状態(局所感染創)
た。古代より人類は創傷ケアにおける植物治療の有用性を発
炎、滲出液などの症状が出現し、組織が破壊され治癒は遷延
は、この部位で病原菌と炎症細胞との攻防がなされているも
臨界保菌状態にある創部に対しては、積極的に局所の感
見し、衛生の重要性や止血方法を代々伝承してきた。以下、
する。また創面は変色して不良肉芽となり、疼痛、発赤、臭気
のと考える。
染を制御する必要がある。創部の洗浄、デブリードマン、滲
表1に詳細を示す。
といった症状が出現する(図1)。感染が高度になると、全身
近年、バイオフィルムが慢性創傷の病態に大きく関与する
出液の排出を促す被覆材の使用、抗菌作用を有するヨウ素
また、時代の流れに伴い、病院で扱う創傷の種類が大きく
的な症状として発熱や、血液検査では白血球増多やCRPとい
ことが明らかとなり、注目が集まっている。細菌はバイオフィ
や銀イオンを含む外用薬の使用が基本となる。洗浄には微
を得ることができる(図7)。
され、院内に散在していた慢性創傷患者(ハイリスク患者)は
様変わりしてきた。従来、戦争や事故による外傷を中心とした
った炎症性マーカーが上昇する。
ルムに包まれると宿主の免疫に抵抗し、抗菌薬治療にも抵抗
温湯を用い、圧をかけるかガーゼなどで膿苔を拭い取るな
局所治療により細菌負荷が低減してコロニー形成創にま
集約化された。病棟処置時の院内感染対策マニュアル(標準
を示す。マクロファージや好中球の貪食作用が阻害されるた
どして、物理的に創面を洗浄する。フィルムドレッシングな
で改善すれば、コロニー形成創の治療方針に戻す。
予防策および接触予防策)を見直し追加加筆を行い、病棟処
め、周囲の組織はこれらの細胞から遊離する過剰な酵素によ
どによる長期間の密封閉鎖は、感染を悪化させる危険が高
③拡大感染創および全身感染症の治療
置手順を作成、処置ビデオも制作した。従来、各病棟、各科で
って障害を受けることになる。
いため行わない。
古典的感染創の症状を示す拡大感染創および全身感染
バラバラであった創処置の手順を標準化しマニュアルの遵守
創周囲のスキンケアも重要である。入浴、シャワー、局所
症(Harding分類)では、切開排膿や拡大デブリードマンな
を徹底した。
の洗浄を含めた定期的な皮膚の清浄化を行う。
ど、さらに積極的な局所感染の制御を行う。また、並行して
多剤耐性菌患者入院から院内感染アウトブレークの認識ま
経口抗菌薬を用いた全身的治療も行う。
で、およそ1ヵ月かかったが、上記対策により2ヵ月で新規アシ
急性創傷が主な対象であったが、20世紀後半には、褥瘡や糖
尿病性足潰瘍といった慢性創傷が急速に増加したのである。
2 慢性創傷と細菌感染
21世紀の現在においては、慢性創傷に対する創傷ケアが医療
慢性創傷では、上記のような典型的な感染創症状の所見を
者の関心の的となっている。
示さない場合が多くある。しかしこのような場合でも、創部に
われわれ形成外科医は、慢性創傷の感染レベルを正確に評
は細菌が感染していて、局所の治癒過程にさまざまな影響を
価し、各段階に合わせた治療や創傷ケアを行う必要がある。
及ぼしている(図2)。
1)急性創傷の治療方針
bFGF製剤は、コロニー形成創および臨界保菌状態に使
また、解放創を扱うので、院内感染の予防に対しても重要な
細菌が創面に定着(感染)していても、局所の免疫とのバラ
急性創傷では特に初期治療が重要である。汚染や異物の除
用可能である。後者においてもスキンケアが適正であれ
役目を負っている。日々の創傷ケアにおいて標準予防策と接
ンスがとれていて、創傷治癒の過程が阻害されずに順調に治
去、
壊死組織の除去
(デブリードマン)
、
壊死組織拡大の予防
(乾
ば、bFGF製剤を用いても細菌数の減少と良好な肉芽形成
触予防策を遵守し、環境も汚染させないよう組織的な取り組
癒が進んでいる状態は、コロニー形成創(colonization創)と
慢性創傷には細菌が定着しやすく、また多剤耐性菌が検
アウトブレークは収束するに至った。
みが求められる。
呼ばれている(図3)。これに対し、蜂巣炎など古典的な感染
出される割合が高いという特徴がある。現在、形成外科領
今回の経験から、慢性創傷を扱う形成外科医は、日常の創
以上の歴史的背景をもとに、現在における感染創の病態、
創の症状は示さないものの、暗赤色または蒼白の肉芽を示し
域で検出される頻度の高い耐性菌は、メチシリン耐性黄色
傷処置にあたり、感染予防策である標準予防策と接触予防策
診断、治療のトピックスについて述べる。
浮腫状で治癒が遷 延した状態は、臨界保菌状態(critical
ブドウ球菌(MRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、バンコ
を厳格に守り、院内感染の防止に務めなければならないこと
colonization)と呼ばれるようになった(図4)。
マイシン耐性 腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター
を痛感した。その際、ベッド柵や包交車なども定期的に消毒
( Acinetobacter baumannii )、拡張型βラクタマーゼ産生菌
を施し、環境汚染を予防することも極めて重要である。形成
表1 創傷感染管理の変遷
古代エジプト時代
古代ギリシャ時代
・創傷をワインや酢で洗浄し、抗菌効果のある
蜂蜜や獣脂を塗ってリント布で創面を保護す
る方法で治癒を促進
古代ローマ時代
・ガレン(Galen)による pus bonum et laudabile
( 膿は良く立 派なもの) という教えが 誤って
解 釈され、その考えに基づいた創 傷ケアが中
心となった
・一方でパレは、デブリードマンが創部を清 浄
化・感染を予防することに気づく
18世紀
・外科治療が進歩し、デブリードマンや四肢切断
などが 積 極 的に実 施 。しかし、創感 染による
死亡例は依然として多い
19世紀
・パスツール(Pasteur)が細菌論(Germ theory
of disease)を提唱
20世紀
〈前半・中盤〉
・フレミング(Fleming)が抗生物質を発見。以降、
創傷に対する消毒と抗生物質投与が標準的治
療となった
・リスター(Lister)が殺菌法・消毒法を提唱
〈後半〉
・ウインター(Winter)の発表を嚆矢として湿潤
療法(moist wound healing)の概念が普及
5 感染創の治療方針
3 感染創のステージ分類
図3 コロニー形成創
感染の症状はないが、組織
の細菌学的検査をすると、
MRSAが2.8×10 2 CFU/g
検出された
Kingsleyは、慢性創傷を汚染創、コロニー形成創、臨界保菌
状態、感染創の4段階に分類した。これに対しHardingは、
汚染創、コロニー形成創、局所感染創、拡大感染創、全身感
染 症の5段階に分 類している。Hardingの局所感染創が、
図2 慢性創傷
図1 感染創
周囲の皮膚に発赤・腫脹
が認められる
慢性創傷では、二次治癒の過程をとるため、創部に肉芽組
織が形成される。慢性創傷の肉芽組織を対象に、組織内の細
菌数と臨床像を比較検討したところ、KingsleyやHardingが
提唱する感染ステージと細菌数には正の相関があることが確
認できた。すなわち、組織内の細菌数が増加するに従い、創
2008, Kingsley A
汚染創
コロニー形成創
局所感染創
拡大感染創
全身感染症
(contamination)(colonization) (localized infection)(spreading infection)
(systemic infection)
外科医は創傷に関するプロフェッショナルであるとともに、感
染予防のプロフェッショナルとしても重要な役割を果たさな
院内感染の点からも問題視されている。2008年末に、韓国
ければならない。
から当院救命救急センターに搬送入院した患者から拡がった
<謝辞>
福岡大学医学部形成外科学教室の臨床および基礎研究に多大な貢献をしてくだ
26名に及んだ。細菌が検出されたのは喀痰と創部からであ
さった自見至郎講師、岩崎宏教授(福岡大学病理学教室)、原賀勇壮助教(福岡大
った。後者の中には褥瘡や下腿潰瘍など慢性創傷を有する患
学病院麻酔科)、
および当教室の真鍋剛先生、牧野太郎先生、西平智和先生、大山
者も複数含まれ、慢性創傷患者に対する処置手順の見直しの
拓人先生に深甚なる謝意を表します。
必要性が指摘された。
感染創
(wound infection)
2008, Harding KG
間の徹底した感染対策により、多剤耐性アシネトバクターの
多剤耐性菌による創感染は治療を困難にするだけでなく、
多剤耐性アシネトバクターによる集団感染者数は、院内で
図5 感染創ステージ分類
汚染創
コロニー形成創 臨界保菌状態
(contamination)(colonization)(critical colonization)
6 感染創と院内感染対策
(ESBLs)
である。
図4 臨界保菌状態
蒼白で浮腫状の肉芽を呈
し治癒が遷延。細菌学的
検 査でM R S Aが 1 0 6
CFU/g検出された
Kingsleyの臨界保菌状態に相当すると考えられる(図5)。
4 感染創の病態
ネトバクター分離感染患者は消失した。その後、さらに1ヵ月
アシネトバクターは、水回りなどの環境で普遍的に存在す
る細菌である。院内での環境調査の結果、包交車のハンドル
図6 肉芽組織の構造
肉芽組織表層にはエオジン好性の構造物があり、
コロニー形成創や臨界
保菌状態では、
この層に細菌が存在する
や洗浄用シンク、ベッド柵などから多剤耐性アシネトバクター
が検出された。形成外科病棟および救命救急センターは閉鎖
左から西平智和先生、自見至郎先生、
真鍋剛先生、牧野太郎先生
+ Topics
創傷と感染
─感染創の病態と診断、
治療方針─
福岡大学病院 副院長(医療安全管理部長)
福岡大学医学部 形成外科学講座 教授
大慈弥 裕之 先生
■はじめに
1 感染創の古典的診断
傷の状態はコロニー形成創から臨界保菌状態、感染創へと進
燥環境の回避)、血腫や死腔の予防(止血やドレナージ、創閉鎖
行する。ブドウ球菌感染の場合、コロニー形成創では組織1g
など)、が基本となる。
当たり10 2 ∼10 3 個、臨界保菌状態では10 4個、感染創では
2)慢性創傷の治療方針
105∼106個レベルの細菌が肉芽組織内に存在していた。
慢性創傷では創傷を診察し、感染創に対する的確な評価を
肉芽組織の表層にはエオジン好性に染まる構造物が存在
行う。また、それぞれの創傷の原因となった病態(褥瘡や糖尿
する。この厚さ1㎜前後の薄い層を、われわれはコロニー形成
病など)に対する予防と治療も並行して行う。
図7 臨界保菌状態に対するbFGF製剤の使用
0日
創および臨界保菌状態の病態に深く関わる部位として注目し
①コロニー形成創
ている(図6)。その層(仮に凝固壊死層と呼んでいる)はコロ
コロニー形成創では、治癒促進に主眼をおいた創傷管理
ニー形成創では薄く、臨界保菌状態から感染創へとステージ
が可能である。湿潤環境を維持できる創傷被覆材を使用
が進むに従い厚くなる。臨床的には膿苔に相当する部分であ
し、bFGF製剤などの肉芽増生・上皮形成を促進する外用薬
り、われわれの研究の結果、コロニー形成創や臨界保菌状態
を使用する。植皮術や皮弁形成術などの創閉鎖術も可能で
では細菌がこの層にコロニーを形成していて、細菌を貪食し
ある。
MSSA
9×103CFU/g
コリネバクテリウム 1×103CFU/g
連鎖球菌
2×104CFU/g
7日後
MRSA
セラチア菌
10日後
1×102CFU/g
1×104CFU/g
65歳、女性。仙骨部の褥瘡。臨界保菌状態の創部に対してbFGF製剤を使用し、創面に
は創傷被覆材を貼付した。1日1回の処置を続けたところ、7日目には肉芽組織が改善し、
スワブ検査による細菌量も減少を認めた。10日目には肉芽は鮮紅色となり、周囲からの上
皮形成が進行した
人類の創傷管理の歴史は、感染との戦いの歴史でもあっ
創傷が細菌による感染症をきたすと、創部には膿瘍、蜂巣
た細胞や死滅した炎症細胞が観察されている。慢性創傷で
②臨界保菌状態(局所感染創)
た。古代より人類は創傷ケアにおける植物治療の有用性を発
炎、滲出液などの症状が出現し、組織が破壊され治癒は遷延
は、この部位で病原菌と炎症細胞との攻防がなされているも
臨界保菌状態にある創部に対しては、積極的に局所の感
見し、衛生の重要性や止血方法を代々伝承してきた。以下、
する。また創面は変色して不良肉芽となり、疼痛、発赤、臭気
のと考える。
染を制御する必要がある。創部の洗浄、デブリードマン、滲
表1に詳細を示す。
といった症状が出現する(図1)。感染が高度になると、全身
近年、バイオフィルムが慢性創傷の病態に大きく関与する
出液の排出を促す被覆材の使用、抗菌作用を有するヨウ素
を得ることができる(図7)。
集約化された。病棟処置時の院内感染対策マニュアル(標準
また、時代の流れに伴い、病院で扱う創傷の種類が大きく
的な症状として発熱や、血液検査では白血球増多やCRPとい
ことが明らかとなり、注目が集まっている。細菌はバイオフィ
や銀イオンを含む外用薬の使用が基本となる。洗浄には微
局所治療により細菌負荷が低減してコロニー形成創にま
予防策および接触予防策)を見直し追加加筆を行い、病棟処
様変わりしてきた。従来、戦争や事故による外傷を中心とした
った炎症性マーカーが上昇する。
ルムに包まれると宿主の免疫に抵抗し、抗菌薬治療にも抵抗
温湯を用い、圧をかけるかガーゼなどで膿苔を拭い取るな
で改善すれば、コロニー形成創の治療方針に戻す。
置手順を作成、処置ビデオも制作した。従来、各病棟、各科で
を示す。マクロファージや好中球の貪食作用が阻害されるた
どして、物理的に創面を洗浄する。フィルムドレッシングな
③拡大感染創および全身感染症の治療
バラバラであった創処置の手順を標準化しマニュアルの遵守
め、周囲の組織はこれらの細胞から遊離する過剰な酵素によ
どによる長期間の密封閉鎖は、感染を悪化させる危険が高
古典的感染創の症状を示す拡大感染創および全身感染
を徹底した。
って障害を受けることになる。
いため行わない。
症(Harding分類)では、切開排膿や拡大デブリードマンな
多剤耐性菌患者入院から院内感染アウトブレークの認識ま
創周囲のスキンケアも重要である。入浴、シャワー、局所
ど、さらに積極的な局所感染の制御を行う。また、並行して
で、およそ1ヵ月かかったが、上記対策により2ヵ月で新規アシ
の洗浄を含めた定期的な皮膚の清浄化を行う。
経口抗菌薬を用いた全身的治療も行う。
ネトバクター分離感染患者は消失した。その後、さらに1ヵ月
急性創傷が主な対象であったが、20世紀後半には、褥瘡や糖
尿病性足潰瘍といった慢性創傷が急速に増加したのである。
2 慢性創傷と細菌感染
21世紀の現在においては、慢性創傷に対する創傷ケアが医療
慢性創傷では、上記のような典型的な感染創症状の所見を
者の関心の的となっている。
示さない場合が多くある。しかしこのような場合でも、創部に
われわれ形成外科医は、慢性創傷の感染レベルを正確に評
は細菌が感染していて、局所の治癒過程にさまざまな影響を
価し、各段階に合わせた治療や創傷ケアを行う必要がある。
及ぼしている(図2)。
1)急性創傷の治療方針
bFGF製剤は、コロニー形成創および臨界保菌状態に使
また、解放創を扱うので、院内感染の予防に対しても重要な
細菌が創面に定着(感染)していても、局所の免疫とのバラ
急性創傷では特に初期治療が重要である。汚染や異物の除
用可能である。後者においてもスキンケアが適正であれ
役目を負っている。日々の創傷ケアにおいて標準予防策と接
ンスがとれていて、創傷治癒の過程が阻害されずに順調に治
去、
壊死組織の除去
(デブリードマン)
、
壊死組織拡大の予防
(乾
ば、bFGF製剤を用いても細菌数の減少と良好な肉芽形成
触予防策を遵守し、環境も汚染させないよう組織的な取り組
5 感染創の治療方針
間の徹底した感染対策により、多剤耐性アシネトバクターの
6 感染創と院内感染対策
アウトブレークは収束するに至った。
慢性創傷には細菌が定着しやすく、また多剤耐性菌が検
今回の経験から、慢性創傷を扱う形成外科医は、日常の創
癒が進んでいる状態は、コロニー形成創(colonization創)と
出される割合が高いという特徴がある。現在、形成外科領
傷処置にあたり、感染予防策である標準予防策と接触予防策
みが求められる。
呼ばれている(図3)。これに対し、蜂巣炎など古典的な感染
域で検出される頻度の高い耐性菌は、メチシリン耐性黄色
を厳格に守り、院内感染の防止に務めなければならないこと
以上の歴史的背景をもとに、現在における感染創の病態、
創の症状は示さないものの、暗赤色または蒼白の肉芽を示し
ブドウ球菌(MRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、バンコ
を痛感した。その際、ベッド柵や包交車なども定期的に消毒
診断、治療のトピックスについて述べる。 浮腫状で治癒が遷 延した状態は、臨界保菌状態(critical
マイシン耐性 腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター
を施し、環境汚染を予防することも極めて重要である。形成
colonization)と呼ばれるようになった(図4)。
( Acinetobacter baumannii )、拡張型βラクタマーゼ産生菌
外科医は創傷に関するプロフェッショナルであるとともに、感
表1 創傷感染管理の変遷
古代エジプト時代
古代ギリシャ時代
・創傷をワインや酢で洗浄し、抗菌効果のある
蜂蜜や獣脂を塗ってリント布で創面を保護す
る方法で治癒を促進
古代ローマ時代
・ガレン(Galen)による pus bonum et laudabile
( 膿は良く立 派なもの) という教えが 誤って
解 釈され、その考えに基づいた創 傷ケアが中
心となった
・一方でパレは、デブリードマンが創部を清 浄
化・感染を予防することに気づく
18世紀
・外科治療が進歩し、デブリードマンや四肢切断
などが 積 極 的に実 施 。しかし、創感 染による
死亡例は依然として多い
19世紀
・パスツール(Pasteur)が細菌論(Germ theory
of disease)を提唱
20世紀
〈前半・中盤〉
・フレミング(Fleming)が抗生物質を発見。以降、
創傷に対する消毒と抗生物質投与が標準的治
療となった
・リスター(Lister)が殺菌法・消毒法を提唱
〈後半〉
・ウインター(Winter)の発表を嚆矢として湿潤
療法(moist wound healing)の概念が普及
(ESBLs)
である。
3 感染創のステージ分類
図3 コロニー形成創
感染の症状はないが、組織
の細菌学的検査をすると、
MRSAが2.8×10 2 CFU/g
検出された
Kingsleyは、慢性創傷を汚染創、コロニー形成創、臨界保菌
状態、感染創の4段階に分類した。これに対しHardingは、
汚染創、コロニー形成創、局所感染創、拡大感染創、全身感
染 症の5段階に分 類している。Hardingの局所感染創が、
図2 慢性創傷
図1 感染創
周囲の皮膚に発赤・腫脹
が認められる
多剤耐性菌による創感染は治療を困難にするだけでなく、
図4 臨界保菌状態
蒼白で浮腫状の肉芽を呈
し治癒が遷延。細菌学的
検 査でM R S Aが 1 0 6
CFU/g検出された
Kingsleyの臨界保菌状態に相当すると考えられる(図5)。
染予防のプロフェッショナルとしても重要な役割を果たさな
ければならない。
院内感染の点からも問題視されている。2008年末に、韓国
から当院救命救急センターに搬送入院した患者から拡がった
<謝辞>
福岡大学医学部形成外科学教室の臨床および基礎研究に多大な貢献をしてくだ
多剤耐性アシネトバクターによる集団感染者数は、院内で
さった自見至郎講師、岩崎宏教授(福岡大学病理学教室)、原賀勇壮助教(福岡大
26名に及んだ。細菌が検出されたのは喀痰と創部からであ
学病院麻酔科)、
および当教室の真鍋剛先生、牧野太郎先生、西平智和先生、大山
った。後者の中には褥瘡や下腿潰瘍など慢性創傷を有する患
拓人先生に深甚なる謝意を表します。
者も複数含まれ、慢性創傷患者に対する処置手順の見直しの
4 感染創の病態
慢性創傷では、二次治癒の過程をとるため、創部に肉芽組
織が形成される。慢性創傷の肉芽組織を対象に、組織内の細
菌数と臨床像を比較検討したところ、KingsleyやHardingが
提唱する感染ステージと細菌数には正の相関があることが確
認できた。すなわち、組織内の細菌数が増加するに従い、創
図5 感染創ステージ分類
必要性が指摘された。
2008, Kingsley A
汚染創
コロニー形成創 臨界保菌状態
(contamination)(colonization)(critical colonization)
アシネトバクターは、水回りなどの環境で普遍的に存在す
感染創
(wound infection)
2008, Harding KG
汚染創
コロニー形成創
局所感染創
拡大感染創
全身感染症
(contamination)(colonization) (localized infection)(spreading infection)
(systemic infection)
る細菌である。院内での環境調査の結果、包交車のハンドル
や洗浄用シンク、ベッド柵などから多剤耐性アシネトバクター
図6 肉芽組織の構造
肉芽組織表層にはエオジン好性の構造物があり、
コロニー形成創や臨界
保菌状態では、
この層に細菌が存在する
が検出された。形成外科病棟および救命救急センターは閉鎖
され、院内に散在していた慢性創傷患者(ハイリスク患者)は
左から西平智和先生、自見至郎先生、真鍋剛先生、牧野太郎先生
形成外科 定期刊行誌
施設訪問
●bFGF製剤を用いた局所治療
2010.12
Ⅱ度熱傷の局所管理のポイントは、残った上皮成分を機
械的刺激や感染から保護し、上皮の素となる組織を傷つけ
北九州総合病院形成外科
ずに最大の再生力を引き出すことにある。
①1歳5カ月、男児。
熱湯を浴びてSDB+
DDBを受傷。受傷当
日来院時の状態。こ
の日よりb F G F 製 剤
の投与を開始した。
「たとえば、草木に害虫がつき、葉や枝が傷んで再生でき
ないようなら、その部分は除去する、すなわちデブリードマ
救急の初期治療からチーム医療を実践
ンします。一方、まだ再生が期待できるなら、栄養剤や肥料
を投与します。それが熱傷治療におけるbFGF製剤の役割
06
です」と、迎先生は述べる。
北九州総合病院形成外科は、先天外表奇形、腫瘍、外傷、
bFGF製剤が登場するまでの迎先生の治療方針は、深達
再建などほぼ形成外科全領域の診療を行っている。また、
性熱傷において、2週間たっても上皮化しない場合は肥厚
同院は救命救急センター(3次救急)であるため、24時間
性瘢痕が発生することが多く、外見的にも機能的にも障害
救急に対応している。特に熱傷については、治療の特殊性
が残る。そのため、積極的に植皮を行っていた。ところが、
から、北九州東部はもとより大分、山口に至る広域からの患
bFGF製剤を投与すると、上皮化まで約5週間かかった症
者も受け入れている。
例でも肥厚性瘢痕は発生せず、軽い瘢痕のみで済み、機能
今回は、同院形成外科部長の迎 伸彦先生に、熱傷治療
的な障害を残さないことが判明した。
についてお話をうかがった。
「bFGF製剤の登場で、熱傷の治療戦略が大きく変わっ
たといっても過言ではありません」と、迎先生は評価する。
■ 軽度から重症熱傷までをすべて
診療・治療する
かつて、約2週間を過ぎると手術を選択せざるを得なかっ
北九州総合病院
形成外科 部長
同科では、軽度の熱傷から重症熱傷までのすべての熱傷
迎 伸彦先生
を扱っている。2009年度の熱傷患者については、外来患
者数は332名、入院患者数は69名であった。
た症例に対して、現在は、bFGF製剤を用いて約5週間まで
は保存的療法を行っており、特に小児において回避できる
■ 熱傷治療をスムーズに行うために
で、幼小児では高温液体による受傷が多く、成人では高温
同科では、手術に備えて、術前2日までに、形成外科医が
液体、料理中の事故や火災などが多いという。重症熱傷は、
手術の手順を示した資料を作成し、麻酔科、手術部担当看
火災や労災事故が多い。周囲に工場が多いことから、広範
護部に配布する。物品の準備はもとより、術中にスタッフ全
囲深達性熱傷や化学熱傷などの特殊な受傷機転による熱
員が手技と手順を理解していることが、安全でスムーズな
傷も少なくない。
手術につながるのである。
bFGF製剤 使用例
迎先生は、若手医師の教育にも熱心である。熱傷は特殊
■ 熱傷の治療方針
な外傷であり、治療経験を積む場が限られている。その点、
●初期管理の重要性
同院は熱傷の外来患者も多く、手術数も多い。
「実際に患
ドマン)、早期創閉鎖(植皮)が原則である。広範囲深達性熱
③ 受 傷 5カ月後 。中
心部も含め、肥厚性
瘢痕が生じていない。
手術が増えたという。
受傷機転は、軽度の場合は家庭内での受傷がほとんど
広範囲熱傷においては、早期の壊死組織除去(デブリー
②受傷4週間後。ほ
ぼ治癒した状態。従
来であれば赤みを帯
びたD D B 受 傷 部 位
は肥厚性瘢痕となる
可能性が高いが、平
坦である。
形成外科スタッフ
者さんに接していくことで、患者さんを思いやる診療がで
きるようになります。また、初期治療から参加するからこそ、
傷では複数回の手術が必須となるが、最も重要である初回
治療経過がよくわかるのです。若い形成外科医には、積極
手術を成功させるには、初期管理(全身管理)がポイントと
的に実地を経験してほしいと願います。受け入れる私たち
なる。
役割を担う栄養管理を求めるという。この厳密な初期管理
もできる限りフォローアップするつもりでいます」と、迎先
「熱傷手術を3段跳びに例えると、初回手術となる最初の
が、迎先生の目指す術前のトップスピードにつながるわけで
生はエールを送る。
ホップでは助走をトップスピード、つまり全身状態をできる
ある。
だけ良好に保ち、次のステップ、ジャンプへと持続しながら
「全身管理と局所管理は表裏一体を成すものです。車の
確実な距離(植皮生着)を獲得していくことが、患者の救命
両輪のごとく、連動しなければなりません。それには、初期
につながります」と、迎先生は解説する。
治療から局所管理のスタッフも参加して、忌憚のない意見
そうした考えのもと、同院の救命救急センターでは、チー
を交わすことが大切です。その点、当院では麻酔医を中心
ム医療を実践し、形成外科も合同カンファレンスへ参加し
とした部門と、当科、そして看護部門やリハビリ部門などが
て局所管理の立場から、①初回手術を念頭においた過剰輸
常に意見交換を行っており、真のチーム医療を行っている
液に陥らない輸液管理と呼吸管理、②予後の改善に重要な
と自負しています」と、迎先生は語る。
bFGF製剤 非使用例
創傷と感染
5歳、男児。沸かしすぎた浴槽へ転落して受傷。写
真は受傷1年後。腋窩部・胸部の一部には皮膚移
植している。腋窩部に瘢痕収縮が生じ、
うまく腕が
上がらない。
感染創の病態と診断、治療方針
施設訪問
北九州総合病院形成外科
【外来診療】
●月曜∼土曜 8:30∼11:00
*土曜は第2・4週のみ
●午後は予約、紹介患者の診療
企画 科研製薬株式会社
発行 株式会社協和企画
北九州総合病院形成外科
〒800-0295 北九州市小倉南区湯川5-10-10
電話 093-921-0560
(代表)
2010年12月作成
FGF170-10L-08-KY1
表紙の写真:椿
形成外科 定期刊行誌
施設訪問
●bFGF製剤を用いた局所治療
2010.12
Ⅱ度熱傷の局所管理のポイントは、残った上皮成分を機
械的刺激や感染から保護し、上皮の素となる組織を傷つけ
北九州総合病院形成外科
ずに最大の再生力を引き出すことにある。
①1歳5カ月、男児。
熱湯を浴びてSDB+
DDBを受傷。受傷当
日来院時の状態。こ
の日よりb F G F 製 剤
の投与を開始した。
「たとえば、草木に害虫がつき、葉や枝が傷んで再生でき
ないようなら、その部分は除去する、すなわちデブリードマ
救急の初期治療からチーム医療を実践
ンします。一方、まだ再生が期待できるなら、栄養剤や肥料
を投与します。それが熱傷治療におけるbFGF製剤の役割
06
です」と、迎先生は述べる。
北九州総合病院形成外科は、先天外表奇形、腫瘍、外傷、
bFGF製剤が登場するまでの迎先生の治療方針は、深達
再建などほぼ形成外科全領域の診療を行っている。また、
性熱傷において、2週間たっても上皮化しない場合は肥厚
同院は救命救急センター(3次救急)であるため、24時間
性瘢痕が発生することが多く、外見的にも機能的にも障害
救急に対応している。特に熱傷については、治療の特殊性
が残る。そのため、積極的に植皮を行っていた。ところが、
から、北九州東部はもとより大分、山口に至る広域からの患
bFGF製剤を投与すると、上皮化まで約5週間かかった症
者も受け入れている。
例でも肥厚性瘢痕は発生せず、軽い瘢痕のみで済み、機能
今回は、同院形成外科部長の迎 伸彦先生に、熱傷治療
的な障害を残さないことが判明した。
についてお話をうかがった。
「bFGF製剤の登場で、熱傷の治療戦略が大きく変わっ
たといっても過言ではありません」と、迎先生は評価する。
■ 軽度から重症熱傷までをすべて
診療・治療する
かつて、約2週間を過ぎると手術を選択せざるを得なかっ
北九州総合病院
形成外科 部長
同科では、軽度の熱傷から重症熱傷までのすべての熱傷
迎 伸彦先生
を扱っている。2009年度の熱傷患者については、外来患
者数は332名、入院患者数は69名であった。
た症例に対して、現在は、bFGF製剤を用いて約5週間まで
は保存的療法を行っており、特に小児において回避できる
■ 熱傷治療をスムーズに行うために
で、幼小児では高温液体による受傷が多く、成人では高温
同科では、手術に備えて、術前2日までに、形成外科医が
液体、料理中の事故や火災などが多いという。重症熱傷は、
手術の手順を示した資料を作成し、麻酔科、手術部担当看
火災や労災事故が多い。周囲に工場が多いことから、広範
護部に配布する。物品の準備はもとより、術中にスタッフ全
囲深達性熱傷や化学熱傷などの特殊な受傷機転による熱
員が手技と手順を理解していることが、安全でスムーズな
傷も少なくない。
手術につながるのである。
bFGF製剤 使用例
迎先生は、若手医師の教育にも熱心である。熱傷は特殊
■ 熱傷の治療方針
な外傷であり、治療経験を積む場が限られている。その点、
●初期管理の重要性
同院は熱傷の外来患者も多く、手術数も多い。
「実際に患
ドマン)、早期創閉鎖(植皮)が原則である。広範囲深達性熱
③ 受 傷 5カ月後 。中
心部も含め、肥厚性
瘢痕が生じていない。
手術が増えたという。
受傷機転は、軽度の場合は家庭内での受傷がほとんど
広範囲熱傷においては、早期の壊死組織除去(デブリー
②受傷4週間後。ほ
ぼ治癒した状態。従
来であれば赤みを帯
びたD D B 受 傷 部 位
は肥厚性瘢痕となる
可能性が高いが、平
坦である。
形成外科スタッフ
者さんに接していくことで、患者さんを思いやる診療がで
きるようになります。また、初期治療から参加するからこそ、
傷では複数回の手術が必須となるが、最も重要である初回
治療経過がよくわかるのです。若い形成外科医には、積極
手術を成功させるには、初期管理(全身管理)がポイントと
的に実地を経験してほしいと願います。受け入れる私たち
なる。
役割を担う栄養管理を求めるという。この厳密な初期管理
もできる限りフォローアップするつもりでいます」と、迎先
「熱傷手術を3段跳びに例えると、初回手術となる最初の
が、迎先生の目指す術前のトップスピードにつながるわけで
生はエールを送る。
ホップでは助走をトップスピード、つまり全身状態をできる
ある。
だけ良好に保ち、次のステップ、ジャンプへと持続しながら
「全身管理と局所管理は表裏一体を成すものです。車の
確実な距離(植皮生着)を獲得していくことが、患者の救命
両輪のごとく、連動しなければなりません。それには、初期
につながります」と、迎先生は解説する。
治療から局所管理のスタッフも参加して、忌憚のない意見
そうした考えのもと、同院の救命救急センターでは、チー
を交わすことが大切です。その点、当院では麻酔医を中心
ム医療を実践し、形成外科も合同カンファレンスへ参加し
とした部門と、当科、そして看護部門やリハビリ部門などが
て局所管理の立場から、①初回手術を念頭においた過剰輸
常に意見交換を行っており、真のチーム医療を行っている
液に陥らない輸液管理と呼吸管理、②予後の改善に重要な
と自負しています」と、迎先生は語る。
bFGF製剤 非使用例
創傷と感染
5歳、男児。沸かしすぎた浴槽へ転落して受傷。写
真は受傷1年後。腋窩部・胸部の一部には皮膚移
植している。腋窩部に瘢痕収縮が生じ、
うまく腕が
上がらない。
感染創の病態と診断、治療方針
施設訪問
北九州総合病院形成外科
【外来診療】
●月曜∼土曜 8:30∼11:00
*土曜は第2・4週のみ
●午後は予約、紹介患者の診療
企画 科研製薬株式会社
発行 株式会社協和企画
北九州総合病院形成外科
〒800-0295 北九州市小倉南区湯川5-10-10
電話 093-921-0560
(代表)
2010年12月作成
FGF170-10L-08-KY1
表紙の写真:椿
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