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パーキンソン病とパーキンソニズム

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パーキンソン病とパーキンソニズム
病気のプロフィル No.
32
パーキンソン病とパーキンソニズム
変貌著しい最近の症候論と治療学
その2. 薬物療法
パーキンソン病は、中枢神経系の変性疾患のなかで最初に薬物療法が導入され、
それが患者の生活の質向上と寿命の延長に結びついた唯一の病気である。近代医学
の画期的な成果の一つと言われている。
筆者が九大第一内科で臨床研修を始めた1946年ごろには脳炎後のパーキンソニズ
ムの患者が入院していたが、その頃の治療薬はベラドンナ・アルカロイドぐらいし
かなかったと記憶している。今日の発展ぶりを見ると、まさに隔世の感がある。
1967年に開発されたレボドパ
(levodopa;L-dopa)
的な医薬品の一つといわれているが
キンソン病薬
antiparkinsonian
させ、死亡率を低下させた
∼14年に延長
は20世紀に開発された画期
[1]、これは、それ以降に開発された他の抗パー
drug
とあいまって、パーキンソン病の進行を遅延
[2-5]。レボドパ導入の後、生存期間は9∼10年から13
[3]、予測死亡率は以前の2.9倍から1.2倍に低下した
[2]。
専門医への紹介
パーキンソン病およびその他のパーキンソニズムの患者に会ったならば、もより
の神経内科医または全国の123のパーキンソン病専門施設
[6]に紹介することが望ま
しい。この病気の治療となると、やはり「餅屋は餅屋」だからである。
しかし、わが国全土で12万人はいると推測される患者をすべて専門医でカバーで
きるとは限らない。したがって一般の医師も、常に患者に対応できるように、新し
い治療法についてひととおりの知識を身につけておかねばならない。
パーキンソン病治療の大綱
パーキンソン病の治療法には、主要な病変であるドパミン神経細胞の変性を抑制
する根本療法とドパミン生成不全を補正する対症療法とあるが、現状ではまだ前者
の根本治療には程遠く、後者の対症療法に頼らざるを得ない。
対症療法には、(1)
薬物療法、(2)
ション、および
手術などがあるが、その中心は薬物療法である。
(6)
食事、(3)
運動、(4)
生活様式、(5)
リハビリテー
このプリントでは薬物療法を主に述べ、そのほかに薬の効果を上げる食事療法
1
-
タンパク質再配分法
(Karstaedt
&
Pincus
1992)
などについても触れる。
一般に治療学は症候論よりまとめるのがむずかしい。一人一人病態と重症度が異
なる患者に対する治療と看護の仕方には「要領」や「秘訣」といった面があって、
限られた紙数のこのプリントではそのすべてをカバーすることが出来ず、どこかで
線を引かざるを得ない。
パーキンソン病の最新の治療法については、わが国で秀れた総説または成書があ
るが
[6-14]、その中でとくに柳澤
ン」と伊坂篇
(1999)
(1997)
の「Parkinson
病薬物療法のガイドライ
の「水野美邦教授が答えるパーキンソン病―治療と生活.
Q
A」を奨める。
薬物療法の基礎
最初にパーキンソン病に対して薬物療法がなされたのは1860年代のことで、それ
からおよそ100年後の1960年代にレボドパ療法が実地に導入された。表1に示すよ
うに、ここ20数年の間に薬物療法がいかに目覚ましく進歩したかが分る。
表
1.
1971
抗パーキンソン病薬の実地への導入
レボドパ
(内服、注射)
1975
塩酸アマンタジン
1978
レボドパ腸溶錠、ブロモクリプチン
1979
レボドパ
1985
アロチノロール
1989
ドロキシドパ
1994
ペルゴリド
1996
タリペキソール
横地
(1997)
/
ベンセラジド、レボドパ
を一部改篇
/
カルビドパ
[21].
中脳における神経伝達物質の生成不全
ある神経細胞の軸索末端から放出され、第二の神経細胞を興奮または抑制させる
作用を持った化学物質を神経伝達物質
neurotransmitterという
[15]。
ドパミンとドパミン・レセプター 中脳の黒質の緻密部から線条体へ投射する神
経経路での神経伝達物質は、ドパミン
(dopamine)である。これは、前のプリント
で述べたように、カテコールアミンの一つで、アドレナリン、ノルアドレナリンの
前駆物質である。
ドパミンと特異的に結合して細胞内に変化をもたらす細胞膜のレセプター
2
(受容
&
体
receptor)
をドパミン・レセ
プター
(dopamine
receptor)
という。
約20種類のアミノ酸の一つチロシンから、図1に示すような生化学的な過程を経
てドパミンが生成されるが、この過程には二つの酵素、すなわちチロシン水酸化酵
素とドパ脱炭酸酵素があずかっている。
タンパク質
チロシン
チロシン水酸化酵素
ドパ
ドパ脱炭酸酵素
ドパミン
ドパミンβ水酸化酵素
ノルアドレナリン
図
1.
ドパミンの生成過程
伊坂 (1999) を改変
[6].
パーキンソン病では前者のチロシン水酸化酵素の活性が著しく低下しており、そ
の結果、線条体でドパミンの生成が不十分になっている。そこで、不足しているド
パミンを人為的に補充すれば、大脳基底核の機能が回復するのではないかという想
定のもとに薬物療法が開始された。
ドパミン - アセチルコリン不平衡
以上の病変のほかに、青斑核でメラニンを含有するノルアドレナリン作動性の神
経細胞も変性・脱落している。この場合には、神経細胞の終末が中枢神経系のすべ
ての部位にわたっているから、脳全体でノルアドレナリンが低下している
[16]。し
かし、この神経伝達物質の変動は比較的軽度で、とくに線条体でドパミンと拮抗し
ているアセチルコリン系はほぼ正常域にある。すなわち、線条体ではドパミンの機
能が低下しているのとは相対的にアセチルコリン系が優位に立ち、ドパミン
チルコリン平衡が破綻している
-
アセ
[16]。
パーキンソン病薬物療法の三つの指針
以上述べたように、パーキンソン病の病態生化学が明らかになるにしたがって、
その薬物療法に次に述べるような指針が立てられた。
(1)
線条体で低下しているドパミンを補給する。
3
(2)
ドパミンの伝達を賦活する。
(3)
ほぼ正常レベルにあるアセチルコリンの機能を抑制して、ドパミン
-
アセチ
ルコリン間の不平衡を平衡に近づける。
以上の三つの指針のうち、最も有効、かつ一般的な方法は
代表的なものがレボドパ療法である。(2)
(1)
の補給法で、その
の指針に副う薬として、ドパミン・レセ
プターを直接刺激するドパミン・アゴニストがある。(3)
の指針に副う代表的な薬
は抗コリン薬である。
また、上に述べたように、パーキンソン病ではドパミン系だけではなく、他の神
経伝達物質が存在する系にも病変がおよんでいるから、ノルアドレナリンの前駆物
質であるドロキシドパ
(droxidopa)も有用である
(後述)。
抗パーキンソン病薬
現在、パーキンソン病の薬物療法で主要な役割を果たしている薬は2種類、補助
的な役割を果している薬は4種類である
表
2.
抗パーキンソン病薬の主な薬理作用
中心的な薬
レボドパ製剤
ドパミン・アゴニスト
補助的な薬
抗コリン薬
塩酸アマンタジン
ドロキシドパ
モノアミン酸化酵素B
久野
(1998)、伊坂
(表2)。
(1999)
脳内のドパミンを補充する。
ドパミン・レセプターを直接に刺激する。
アセチルコリン・レセプターを遮断する。
ドパミンの放射を促進する。
脳内のノルアドレナリンを補充する。
黒質病変の進行を抑制する可能性とドパミンの
阻害剤
代謝を抑制する可能性。
より編成
[6,
10].
レボドパ
パーキンソン病で低下しているドパミンを直接補給できれば良いが、残念ながら
ドパミンを経口または非経口で与えても、これは血液
し、ドパミンの前駆物質であるレボドパは血液
-
-
脳関門を通過しない。しか
脳関門を通過する。
アミノ酸の一種であるレボドパは天然の食品中にはほとんど含まれていない。そ
こでレボドパを薬として与える方法が開発された。すなわち経口的にレボドパを与
えると、これは血液
-
脳関門を経て脳内に入る。
脳内に入ったレボドパは線条体に集る傾向があり、線条体に残存しているドパミ
4
ン神経終末に選択的に取り込まれる
てドパミンに変換される
[16]。そこでドパミン脱炭酸酵素の触媒によっ
(図1)。
以上の仕組みによってドパミンが補充され、神経終末から正常とほぼ等しいレベ
ルでドパミンが放出されて脳の機能が回復する。
レボドパはパーキンソン病の症状改善に最も大きな効果を発揮し、その効果の程
度によってパーキンソン病とその他のパーキンソニズムとが鑑別されているが、こ
の薬が臨床に導入されて20数年経って、いろいろと問題が生じてきた
レボドパ製剤には単剤と合剤がある
(後述)。
(表3)。
レボドパ単剤 これは成分がレボドパだけの製剤である。レボドパを大量に服用
すると、神経細胞の細胞死を加速する可能性が指摘されている
[10]。1日8錠までが
限度で、2∼4錠/日でなお体の動きが不自由であれば、少し増量する程度にとどめ
る。患者の活動量が大きいと、この薬はそれだけ早く体内で消費される
[6]。
レボドパ合剤 これはレボドパと末梢性のドパ脱炭酸酵素阻害剤 DCI
( )
とを合わ
せた製剤で、次に述べるような考えにもとづいて、脳にできるだけ多くのドパミン
を供給する目的で作られたものである。
レボドパをドパミンに変換するドパ脱炭酸酵素は上部消化管や肝臓などの臓器の
到るところに存在するから、体内に入ったレボドパ単剤は血液
-
脳関門に達するま
でに酵素によってドパミンに変換される。このようにして生じたドパミンは嘔気や
不整脈などの副作用をきたすばかりでなく、そのぶん脳内に入るレボドパを減少さ
せる。そこで、レボドパに末梢性のドパ脱炭酸酵素阻害剤 DCI
( )
はどうかという考えが出てきた。もしDCIが血液
-
を合わせて与えて
脳関門を通過しなければ、レボ
ドパだけ効率よく脳内に入る。
この考えは巧く適中し、単剤より有効な合剤が誕生した
(表3)。現在では酵素阻
害剤としてベンセラザイドか、カルビドパを配合した合剤が用いられ、レボドパの
服用量は、単剤に比べて、1/5∼1/10の量で済むようになっている。
ドパミン・アゴニスト
アゴニスト
(agonist)
の用語は、その対語であるアンタゴニスト
(antagonist)
を
考えると分りやすい。生体のある活性物質A のレセプターに結合してA の作用を強
めるか、あるいは似た作用を発揮させる物質 Bをアゴニスト
う
[13,
(受容体賦活物質)
とい
15]。
フリー・ラジカルとその消去 レボドパの服用に関連して生ずる問題の一つに、
脳内におけるフリー・ラジカル
(遊離基
free
とって有害である。
5
radical)
の生成がある。これは生体に
表
3.
一般名
レボドパ製剤
レボドパ単剤
L-Dopa
腸溶錠
レボドパ合剤
L-dopa +
L-dopa
+
六種類の抗パーキンソン病薬
商品名
1日の維持量
ドパゾール
ドパール
ドパストンSE
carbidopa
メネシット、
ネオドパストン
benserazide マドパ、
ネオドパゾール、
EC ドパール
ドパミン・アゴニスト製剤
メシル酸
ブロモクリプチン
メシル酸ペルゴリド
塩酸タリペキソール
主な副作用
嘔気、嘔吐、
食思低下、
600∼3,000mg/日 不随意運動、
幻覚、妄想、
200mg/日
興奮
*
300∼600mg/日
*
300∼600mg/日
パーロデル
7.5∼22.5mg/日
ペルマックス
ドミン
0.5∼2.0mg/日
1.2∼3.6mg/日
嘔気、嘔吐
食思低下、
幻覚、妄想、
興奮
合成抗コリン薬
塩酸トリヘキシ
フェニジル
塩酸プロフェナミン
ビロペプチン
ビペリジン
アーテン
2∼6mg/日
パーキン
トリモール
アキネトン
2∼6mg/日
1∼3mg/日
塩酸アマンタジン
シンメトレル
100∼200mg/日
幻覚、
網状青斑
ドロキシドパ
ドプス
300∼900mg/日
食思低下、
幻覚
モノアミン酸化酵素B
阻害薬
塩酸セレリジン
食思低下、
腹部不快感、
幻覚、妄想、
興奮
幻覚、
不随意運動
エフピー錠
* レボドパの維持量.
小川 (1997)、久野 (1998)、伊坂
5.0∼7.5mg/日
(1999)、日本医薬品集
6
(2000)
より編成
[6,10,13].
パーキンソン病ではドパミンの量は低下しているから、フリー・ラジカルは生成
されにくい。しかしレボドパを服用してドパミンのレベルが上昇すると、フリー・
ラジカルの生成が高まり、その結果、神経細胞の変性が促進される。
この事実が明らかになってから、ドパミン・レセプターを直接に刺激し、フ
リー・ラジカルを消去する作用があるドパミン・アゴニスト
が使われるようになった
[13,
15,
17,
19,
(dopamine
agonist)
20]。
ドパミン・アゴニスト製剤 わが国で最初に用いられたドパミン・アゴニストは、
ブロモクリプチン
(bromocriptine
mesilate)
である
(表3)。ドパミン・アゴニスト
には5種類の亜型があるが、パーキンソン病の運動機能に関連するレセプターはD1
とD2で、ブロモクリプチンはD2 レセプターとして働く
[13,
14]。ブロモクリプチン
の後にいくつかの製剤が出ている。麥角製剤としてペルゴリド、非麥角製剤として
タリペキソールがある
[15,
20]。
ドパミン・アゴニストに共通する副作用として消化器症状がある。とくに嘔気、
嘔吐があってのめないと訴える患者が多い。それで少量から始めてゆっくりと増量
し、鎮吐剤を併用するという方法が取られている
[13,
19,
20]。
抗コリン薬
上に述べたように、ドパミン
-
アセチルコリン不平衡はドパミン生成不全を是正
することによって平衡に近づけることができるが、抗コリン薬も同様な効果をあげ
る
[7-10,
13,
抗コリン薬
14,
16,
19,
21]。
(中枢性抗コリン薬
central
anticholinergic
agents)
はレボドパが発
見される以前の1860年代にすでにパーキンソン病に用いられていたが、レボドパが
登場してから、その補助薬になった
[6,
7]。
抗コリン薬はレボドパに比べて効果は劣るが、振戦、筋肉の固縮、流涎などによ
く効く。それで、レボドパやドパミン・アゴニストを用いてもなお以上の症状がと
れない場合に、抗コリン薬を使ってみるとよい。しかし高齢の患者では口渇、排尿
障害、一過性の記憶障害、便秘などの副作用が現われることがある。常用量より多
くのまないがよい
[7]。製剤としてアーテンが用いられることが多い
(表3)。
塩酸アマンタジン (ドパミン放出促進薬)
塩酸アマンタジン
amantadine
hydrochloride
は抗ウイルス薬として開発されて
いたが、偶然に抗パーキンソン病作用があることが明らかになった
[22,
23]。
これは抗コリン薬とほぼ似た効果を示し、効果発現の時間が短いことから、レボ
ドパの補助薬として軽症の患者に用いられることが多い。抑うつ症状を示す患者な
7
どに使いやすいが、高齢の患者では200mg/日で幻覚が現れることがある
13,
14,
19,
23]。その薬理作用についてはまだ不明な点が多い
[6-10,
[8]。
ドロキシドパ
ドロキシドパ
(droxidopa)
は人体内には存在しない合成アミノ酸で、わが国で開
発された抗パーキンソン病薬である
[17,
19,
24]。ドロキシドパが体内に入ると、
脱炭酸されて天然型のノルアドレナリンが生成される。
ドロキシドパはすくみ足や突進現象のような治りにくい歩行障害に有効で、また
振戦、筋肉の固縮、起立性低血圧などの症状にも効果がある
[6,
13,
14,
17,
24]。
なかでも、すくみ足はパーキンソン病本来の病状として現れるが、他方、レボドパ
を5∼10年連用している患者でも薬の副作用として見られる。このような場合でも、
ドロキシドパは有効である
[24]。
モノアミン酸化酵素 B 阻害剤 (MAO-I 剤)
MAO-I剤はドパミンの代謝を抑制し、黒質における病変の進行を抑制する可能性
のある薬として有用視されている
[7-9]。しかし現状では、もう少し治験の結果を
待ったほうがよさそうである。
レボドパ効果の変動
レボドパを中心にした薬物療法で長期にわたって巧くいく患者もいるが、なかに
は薬の効果が変動することがある。これをレボドパ効果の変動
fluctuation
という
[24-32]。この点を十分に心得ておく必要がある。
レボドパを服用し始めたころには、ほぼ終日同じ体の状態で動くことができてい
たが、レボドパを数年にわたって服用し続けているうちに、次に述べるような薬効
果の変動が見られることがある。Barbeau
症候群
long-term
levodopa
(1971)
syndrome
は、これらをレボドパ長期治療
と名づけた
[27-29]。
ウェアリング・オフ現象 レボドパを数年服用し続けている患者のなかに、「薬
をのむと体の調子が良くなるが、のんで2∼3時間後に薬の効果が薄れて、薬の開始
以前のように姿勢が前かがみになり、手足が動かしにくくなる」と訴える患者がい
る[6]。このように薬の効果の持続する時間が短くなる現象をウェアリング・オフ現
象
wearing
off
phenomenon
という。wearing
off
とは「引いていく」というほ
どの意味である[6]。この現象が発現する仕組みと対策については、阿部ら
の論文に詳しい
(1997)
[24]。
レボドパの血液中の濃度が低下するにしたがって体の動きが小さくなる現象を量
低下無動
end-of-dose
akinesia
ということもある
[30]。
オン・オフ現象 薬を服用する時間に関係なく体の良い・悪いの状態が急激に変
化する現象をオン・オフ現象
on-off
phenomenon
8
という。例えば、体が突然動か
なくなったかと思うと、一定の時間後に急に動けるようになる。電燈のスイッチを
入れたり、切ったりするときの明暗の変化のように急激な変化が一日のうちに何回
も繰り返される
[6,
26,
30-32]。
ヨーヨー現象 薬が効いている間は不随意運動が現れ、薬の効果が薄れて不随意
運動が消失すると体の動きが障害されるといった状態が一日に何回も繰り返される。
動きが良く、不随意運動もないといった時間がごく短いか、ほとんどなくなる現象
をヨーヨー現象
yo-yo-ing
phenomenon
という
[6,
31]。
これは薬効果の変動のうちで最も重篤な場合の現象で、比較的若年で発病した患
者に多い
[31]。
早朝と夕刻の運動障害 早朝の起床時か夕刻に体の動きが低下する早朝または夕
刻無動
early
morning
or/and
evening
akinesia
もよく見られる
[31]。
以上述べたような現象にはレボドパの腸管からの吸収、脳内への移行、代謝速度
の変化、ドパミン・レセプターの感受性の変化、脳内の病変の進行など様々な要因
があずかっていると推測されている
[12,
26,
30]。
治療の実際
パーキンソン病に対する治療と看護の仕方は同程度の重症度の患者についても、
専門家ごとに微妙に異なる。この点は横地
12,
14,
(1995)
その他の論著に詳しい
[6,
8,
9,
35]。ここでは、それらの一端を紹介する。
薬の開始時期 パーキンソン病の診断がついたならば、できるだけ早く抗パーキ
ンソン病薬を使うという考え方と、日常生活にさほど支障がなければ薬を使わずに
暫く経過を観察するという考え方の二とおりある。
一般に後者の考え方のほうが多い。これには、レボドパ中心の薬物療法を続けて
いるうちに上に述べたような薬物効果の変動が見られることがあり、その対策が容
易ではないからである
[6,
9,
24-32]。しかし、軽症であっても、生活に支障をきた
し始めたり、患者が希望すれば、薬物療法を始める。
単一の薬か、複数の薬か これについても意見が分れている。単一の種類の薬か
ら始め、常用量まで増量してなお効果が十分でなければ、別の薬を追加するという
意見が多い
[10]。
薬の選択 薬の選択の順位と量は患者の症状と重症度によって異なる。一般に少
量から少しずつ増量し、その効果と副作用を勘案しながら、一例一例について維持
量を決める。維持量が決まるまでに早くて1∼2ヵ月、遅くて半年以上かかる
8,
[5,
6,
14]。
病気の初期の終りから中期にかけてはレボドパとドパミン・アゴニスト製剤の併
用が有効だとする専門家が多い。この点について水野
9
(1999)
は、さらに次のよう
に具体的に述べている。
60歳以下の患者の場合には、アゴニスト製剤の一種類を使ってみる。それで症状
が十分に改善しないか、副作用が顕著な場合には、レボドパ製剤に変えるか、ある
いはアゴニストにレボドパ製剤を上乗せする。65歳以上の患者の場合には、初めか
らレボドパ製剤を使い、症状が十分に改善しない場合には、アゴニスト製剤を追加
する。60歳と65歳の間の年齢の患者には、以上に準じて治療する。
レボドパを使用する場合には、原則として塩酸アマンタジンや抗コリン薬は減量
するか、中止するが、アゴニストの場合には、その必要はない。
中枢神経系症状以外の症状 パーキンソン病には神経症状以外に便秘、骨粗しょ
う症、感染などがある。とくに便秘はほとんどの患者が訴え、かなりの負担になっ
ているから、緩下剤を与える。
表
4.
抗パーキンソン病薬の副作用とそれに対する注意点
消化器系の症状
心配ない。馴れると自然に弱まる。
循環器系の症状
多少注意を要する。
頭痛、めまい
薬の副作用以外の原因を調べる必要がある。
起立性低血圧
治療の必要がある。
不随意運動
ときには薬を調整する必要がある。
精神症状
最も注意を要する。
伊坂
(1999)
を一部改篇
[6].
抗パーキンソン病薬の副作用 抗パーキンソン病薬の副作用は薬ごとに異なる
(表4)。主な副作用は胃腸症状
(興奮、錯乱、幻覚、妄想など)
(嘔気、嘔吐など)、すくみ足、不随意運動、精神症状
である
[6,
9,
14,
17,
19]。加えて、上に述べたよう
な薬物効果の変動がある。これらに対する対策は水野らの論著に詳しく示されてい
る
[6,
8,
9,
11-14,
19]。
外来通院治療か、入院治療か ヤールの重症度分類
(表5)
のⅠ∼Ⅲ度の場合には
外来通院で治療するが、Ⅳ∼Ⅴ度の場合には短期間入院し、その後は外来通院で治
療する
[6]。
日常生活の在り方 薬物療法と並行して、当然、食事、酒、タバコ、便通、睡眠、
体動、ストレスなどに留意して規則正しい生活を心がける
[6,
14]。
食事におけるタンパク質再配分法 レボドパは大型の中性アミノ酸と競合して脳
内に取り込まれるから、レボドパを服用するときに血液中のタンパク質のレベルを
低くする目的で、食事の取り方を変えようとする方法である。
朝と昼に取るタンパク質の量を7∼15g に減らし、その不足分を夕食で補う方法で、
10
三度の食事で取るタンパク質の配分を変えるのであるから、タンパク質再配分法
protein
redistribution
検法で確認されている
diet
Ⅲ度
Ⅳ度
Ⅴ度
[33]。この方法が有効なことは二重盲
[34]。
表
Ⅰ度
Ⅱ度
と呼ばれている
5.
ヤールの重症度分類
症状が片側の手に限られている。
いくぶん症状が進み、症状が両側に現れるようになったが、歩くのはほ
ぼ独りで出来、会社にも行ける。日常生活も支障なく続けている。
小刻み歩行や緩慢動作などの症状が現れ、これまでの仕事を続けるには
かなりの努力を要する。しかし日常生活は、周りの人の助けを借りなが
ら、十分に出来る。
どうにか歩くことが出来る。しかし転びやすく、自身の力で姿勢を立て
直すことがむずかしい。
独りで歩くことができず、車椅子が必要である。
わが国におけるパ−キンソン病の専門書、総説を参考に筆者再編.
む す び
筆者は、前回のプリントで、パーキンソン病およびパーキンソニズムの病因、診
断、および治療はヒトの全ゲノムの解読によって著しく進展するであろうと述べた。
家族性または遺伝性パーキンソン病については、わが国では水野教授一門によっ
て精力的に研究されており
[36]、また2000年4月7日の朝日新聞にはヒト・ゲノム
の全塩基配列はほとんど解読されたと報じられている。このぶんでは、おそらく21
世紀の初めごろに、ヒト・ゲノムの全貌解明とともに、この難病の診断と治療は一
段と進展するであろう。
[謝辞]
立川義倫氏
(九大第三内科、福岡逓信病院内科)
の御協力に深謝する。
柳瀬 敏幸 (2000.
4.
11.)
参 考 文 献
[1] Cotzias
CGet
al
(1967)
Aromatic
11
amino
acids
and
modification
of
276: 374
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