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コインの両面:アイスランドにおけるイノベーション・エデュケーションと起業

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コインの両面:アイスランドにおけるイノベーション・エデュケーションと起業
コインの両面:アイスランドにおけるイノベーション・エデュケーションと起業家教育
野村 浩志 訳
コインの両面:アイスランドにおけるイノベーション・エデュケーションと起業家教育
野村 浩志 訳
要旨
本稿では,アイスランドの学校システムにおけるイノベーション・エデュケーションと起業家教育を概観す
る。イノベーション・エデュケーションはアイスランドにおける義務教育学校のための公式カリキュラムとし
て位置づけられており,起業家教育は高等学校のカリキュラムとして位置づけられている。アイスランドの高
等学校の職業教育・訓練における起業家教育に関する調査が報告されている。イノベーション・エデュケーシ
ョンと起業家教育は,アイスランドにおいては連続的であるとされており,(学校教育システムの中で)両科
目は時間とその地位を獲得するためにもがいている。学校における科目に対する限定された知識と理解,不明
瞭な定義は,イノベーション・エデュケーションと起業家教育を制限しているように思われる。
イノベーション・エデュケーション
イノベーション・エデュケーション(IE)は,1990 年頃からアイスランドの学校で発展し始めた義務教育学
校の科目である(Svanborg R.Jónsdóttir,2005)。IE の教育と手法は,アイスランドの首都レイキャビックの
Foldaskóli で主に発展してきた(ibid)。IE の教授素材を発展させた二人の先駆者である Rósa Gunnarsdóttir と Gísli
Þorsteinsson は(Þorsteinsson&Gunnarsdóttir,1996),アイスランドの義務教育学校において IE を教えるための主
要な基礎となっていた内容に関する著作を自費で出版した。1999 年に,IE は情報技術教育のためのカリキュラ
ムにおける主要科目になった(Aðalnámskrá. Upplýsinga og tæknimennt,1999)。カリキュラムにおいて科目は特別
な時間割はされず,特別科目としてあるいは他の科目に統合されて教えられた。IE は,生徒自身の環境におい
てニーズと問題を洗い出し,それらの解決策を見出すという概念作業に基づいている(Denton&Thorsteinsson,
2003)。IE に関する Gunnarsdóttir の調査によれば,IE の授業は生徒にプラスの影響を及ぼし,イノベーション
の過程を通じて強い自己効力感を発達させることが示唆された(Gunnarsdóttir,2001)。
若者に起業家精神を鼓舞することは,雇用,成長,競争,革新に関して発展を成し遂げるために重要である
とされている(Expert Group on Education for Entrepreneurship,2004)。21 世紀の始まりである今日,世界の変化
は速く,未来がどのようなものかは分からないが,未来社会のために生徒達を教育しなくてはならない。知識
を収集し,それらの知識を創造的な仕方で用いる能力は,国家群の中で生き残っていくために国家にとって重
要である(Gunnarsdóttir,2001)。多くの学識者は,個人および国家にとっての理由から,創造性と革新性を鼓舞
することが重要であると考えている。個人的レベルおよび社会的レベルでの創造性は共に重要である。個人的
レベルにおいては,仕事や日常生活における問題解決に際して重要であり,社会的レベルにおいては,創造性
は,科学における新発見,芸術における新たな活動,新発明,新たな社会プログラムなどをもたらすことを可
能にする(Sternberg et al.,2003)。革新性と創造性の鼓舞は,科学と芸術,ビジネスとパーソナルライフの双方
に益するものであるべきである。
イノベーション・エデュケーションにおいて,その信条は,「創造性とは,全ての個人における包括的で個
性的な特性であり,スキル(slill)として発展させる(Gunnarsdóttir,2001)ことが可能である」という内容に変遷
を経てきた。イノベーション・エデュケーションは,教師および社会構成主義の観点を有する教師の考え方を
必要とする。イノベーション・エデュケーションの主題は,「生徒は,”自身の学習”および”学習課題のた
めの基礎を自身が供給すること”に対して多くの影響を持つべきである」というものである。生徒は積極的な
参加者であり,教師の役割は,創造的課題において創造的過程を促進し支援することである(Gunnarsdóttir,2001
;Jónsdóttir,2006;Þorsteinsson & Denton,2003)。そのような教育の妥当性および多くの学校における有意義な体
験が在るにも関わらず(Jónsdóttir,2004),イノベーション・エデュケーションは,アイスランドの学校におい
ては幅広く受け入れられ理解されているとは言えず,公式な科目として教えている義務教育学校は 10%未満に
過ぎない(Jónsdóttir,2005)。
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技術・職業教育学研究室 研究報告
技術教育学の探究 第 7 号 2010 年 10 月
イノベーション・エデュケーションが注目される前は,情報および技術教育のためのカリキュラムの中に位
置づけられていた。このカリキュラムの中には,「コンピュータの使用」「情報教育」「イノベーション・エ
デュケーション」「デザイン・木工(いくつかの北欧諸国ではスロイドと呼ばれる)」という 4 つの独立した
章がある。技術教育に関する特別な章はないが,技術は,他の全ての章,特にイノベーション・エデュケーシ
ョンに密接に関連する。1999 年のアイスランドの科目の中に登場するイノベーション・エデュケーションは,
例えばカナダやオーストラリア(Haché,2006;Williams,2006)をはじめとする諸外国における技術教育と数多く
の類似性を有する。多くのねらいの中で共通するのは,「デザインと問題解決の重要視」であり,「問題を解
決するために多様な方法と過程を用いる能力を発達させること」である(Hill,2006;Hill & Smith,1998)。
イノベーション・エデュケーションにおける教材
Gunnarsdóttir と Thorsteinsson が発展させた教材は,教師用の(生徒指導のための)素材として書かれていた。
これは IE を教えるための体系的なアプローチを促進する。素材に反映されている IE の観念形態は,”人々は自
身の世界の創造者である”というものである。素材は,「活動と表現(言葉と描画)を確かな方法で生徒達に
教えることにより,生徒の創造性を高める」というねらいで書かれていた。教材は,4 年間の教育という意味で
4 巻から構成されており,「Innovation and Science」と呼ばれた。各巻は,「1.はじめに -創造性,2.イノベーシ
ョン -技術,3.アイデア -独創性,4.環境 -デザイン」という各々のタイトルに反映されているように,異なっ
た主要テーマを有していた。それら全てのテーマは,発明者の取り組み方法の訓練を含む中核を有している。
これは,「ニーズの発掘,解決の取り組み,小型ノートパソコンの活用,モデルの描画と構築」を含んでいた。
また,各素材は仕事の生活との接続を強調しており,各巻は,各々のテーマと関連する企業や官庁の訪問に関
する提言を含んでいる。これらの素材において,学習過程は,”生徒達が学校で学ぶ知識”と”日々の生活”
から知識を活用するための機会を生徒達に提供するように形成されている(Þorsteinsson & Gunnarsdóttir,1996)。
これらの教材は,イノベーション・エデュケーションを提供する学校における影響の源であり,アイスランド
におけるナショナル・カリキュラムと IE 発展のコンテンツの源である。
IE が注目される前にこれら 4 つの中で提供された教材は,人間の活動の大きな部分を含んでいる。それらは,
「人は自身を取り巻く環境とどのように相互作用していくか」,「自身の存在をより安心かつ容易にしていく
ために天然資源や文化資源の助けによって自身の思考力をどのように活用していくか」ということを含む。そ
れらは,「同様の目的のための技術の使用」について当てはまると共に,「アイデアや解決策をどのようにし
て仕事や社会など他の多くにとって価値あるものにしていくのか」,更には,「相異なるニーズを満たしてい
くに際して,環境を構築し改良していくための異なる技術をどのように用いていくのか」ということについて
も当てはまる。教材における全ての取り組みを通じた核心部分は,他の人々,自然,そして自分自身に向けた
「持続可能性と責任の倫理」の強調である。
コインの両面
アイスランドでは,表裏一体(コインの両面)のものとして,起業家教育とイノベーション・エデュケーシ
ョンの考え方を志向した発展があった。イノベーションは,起業家精神を育むために必要な動因と見なされて
いる。世界の様々な諸問題の新たな解決策を見出すことは,前に進むための強いモチヴェーターとなることを
可能にすると共に,課題解決に向けて取り組むことを可能にし,(課題解決のための)アイデアを個人と他の
人々に対して価値あるものにすることを可能にする。起業家教育において,生徒達の起業家としての活動を高
めるために必要なツールは,革新的思考と創造的思考である。起業家教育における焦点は,生徒達の自主性を
高めることであり,彼らのアイデアを有益で価値ある人工産物やサービスとして実現するために生徒達を支援
することである(Jónsdóttir,2007)。また,起業家教育は,知識の実践的活用と仕事生活への接続を重要視する。
生徒達は,起業家教育の中で教師の支援を得ながら,現実世界(学校外)における様々な種類の知識と自身の
アイデアを利用し,実際に使ってみるのである。この革新的志向と起業家教育を連続的なものとして現実化し
たものの一つが,「The Icelandic Organization of Innovation and Entrepreneurship Education Teachers」と呼ばれる全
ての学校段階を通じた教師組合の構成である(Thorsteinsson,2006)。
義務教育学校(6 歳から 16 歳まで)と中等学校(通常は 16 歳から 20 歳まで)のための,イノベーションと
起業家としての活動の科目との合成が反映された観点とは,「イノベーション・エデュケーションは,若い生
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徒達のクラスにおいて,年を経る毎に育っていく起業家としての活動の強い感覚に対して,より顕著な要因で
ある」というものである。この観点は,イノベーション・エデュケーションあるいは起業家教育として分類可
能な 2 つの相互作用の要素(イノベーションと起業家としての活動)が,様々な仕事の中で時期により,それ
ぞれどの程度重要と見なすことが出来るのかを表した図 1 により説明される。学校の非常に初期の段階で重要
とされるのは創造性とイノベーションであり,学校の終期段階では仕事や仕事生活がより重要とされ,創造性
とイノベーションは中核的な部分とは見なされない。
図 1 : イノベーション・エデュケーションと起業家教育の相対的な影響
高校の生徒達に対して為される起業家教育の典型的な方法は,教育課程の期間内において,小規模の会社を
起業し運営することについての課程を与えることであった。ヨーロッパやアメリカにおいては,起業家教育の
中でこの種の課程が提供され(Mini-Companies in Secondary Education. Best Procedure Projyect,2005;Nakkula, et
al.,2004),ジュニア・アチーブメント(”Junior Achievment”, 2008)1のような国際組織は,教育におけるこのよ
うなプロジェクトを支援するために組織された。
職業教育と訓練(VET)における起業家教育に関するアイスランドの調査(2007 年度)
ヨーロッパの教育において,起業家の姿勢とスキルは重要であると考えられている。一方で,多くの EU 加盟
国の報告によれば,これらのスキルと姿勢は,ヨーロッパにおける訓練と教育では十分に扱われていないと結
論づけている(Expert Group on Education for Entrepreneurship,2004)。2007 年,アイスランドのレオナルド・ダ
・ヴィンチオフィスは,アイスランドの高校の職業教育と訓練における起業家教育(EE)について調査を始め
た。この段階での調査結果によれば,多くの生徒は公式の起業家教育の課程に参加してはいなかった(Jónsdóttir,
2007)。多くの学校は公式の起業家教育の課程を設置しているが,高校生全体の中ではわずかな数の生徒しか
受講していない。一方で,起業家教育や創造的スキルの訓練や,別の課程への参加の事例が数多く見られた。
1
1919 年米国で発足した世界最大の経済教育団体で,民間の非営利活動を展開している。ジュニア・アチーブメント ワールドワイド
(http://www.ja.org )は,現在 97 か国に活動拠点を有しており,毎年 450 万人の青尐年がプログラムを使用し,活動に協力している学校
教員は約 45,000 人にのぼる。プログラムは学校に対し無償提供され,それを支えているのは,約 40,000 社の企業による財政的援助,経営
者を含めた社員の学校派遣などの人的支援なである。
日本本部の設立は 1995 年で,プログラムを導入する学校は全国に拡大している。2010 年 7 月より公益社団法人ジュニア・アチーブメン
ト日本という名称になった(本脚注は,日本本部の Web サイトでから引用しており,URL は次のとおり。http://www.ja-japan.org/profile/ )
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技術・職業教育学研究室 研究報告
技術教育学の探究 第 7 号 2010 年 10 月
アイスランドの教育訓練体系
アイスランドの義務教育学校は 6 歳から 16 歳が対象であり,その後は高校あるいは職業学校に入学し,通常
は 20 歳までが対象である。1996 年,地方自治体(市町村)は,義務教育学校の運営を県から引き継いだ。一方
で,教育省は,全国的に調整された義務教育学校におけるカリキュラムに対して今も責任を有している。高校
段階における最も一般的な学校の種類は,総合中等学校(comprehensive school)であり,この学校では,生徒達
は普通,職業あるいは両者を混合した資格を得て卒業することができる。職業教育だけを提供する学校はわず
かしかない。
アイスランドの VET における起業家教育に関する調査過程
調査は,教育省における職業教育と成人教育の専門家,およびアイスランド教育大学(IUE)における成人教
育の専門家に対するインタビューから始まった。アイスランドで VET 教育を提供している全ての高校について
情報を収集し,23 校のリストを作成した(VET 教育を提供していない 38 校はリストから除外した)。リスト
は,規模,立地,専門により 4 つのグループにカテゴリー分けされた。各カテゴリーの中から,2~3 校のサン
プル2が選択された(全 11 校)。これらの選択された学校に電子メールで連絡を取り,学校の起業家教育に関す
る情報取得について尋ねた。インタビューの要望は,電話と電子メールの双方により直接伝えた。インタビュ
ーにおいては,明瞭でない事柄があった時にはフォローし,掘り下げて確認することが可能であった。また,
曖昧な事柄について説明を得ることが可能であった。
調査から主として明らかになった内容は次のとおりである。





起業家教育に焦点付けた訓練(公式課程)は,アイスランドの VET においては一般的ではなく,受講し
たのは VET に在籍する生徒の 0~30%であった。
起業家教育の公式課程に出席した生徒数は,全ての高校の生徒数および VET の在籍生徒数に比して極め
て尐数であり,主としてビジネス系列に所属する生徒であった。
起業家教育のいくつかの要素は,提供されている様々な科目や VET の課程の中にその一部を見出すこと
が出来た。これらの課程は,例えば様々な職業コースであり,芸術・生活スキル・言語などのコースで
あった。
- 創造性やイノベーションのような要素,起業運営の様々な観点,仕事生活との接続,独自の
仕事,起業心(進取の気性),協同とリーダーシップ
幾つかの学校において,起業家教育とイノベーション・エデュケーションの興味深い事例が見られた。
学校の教育理念の中にイノベーション・エデュケーションと起業家教育が含まれているのは,1 校のみで
ある(アイスランドの北方にある Framhaldsskólinn a Húsavík)。
また,調査から明らかになったことの一つとして,インタビューを受けた教師や校長の考え方の中で,イノ
ベーション・エデュケーションと起業家教育のコンセプトがやや明瞭ではないということが挙げられる。
調査した高校においては,起業家教育の開始の源がそれぞれ異なっていた。教師は,しばしば彼らの学校に
おいて起業家教育あるいはイノベーション・エデュケーションの扇動者であった。起業家教育の課程は,教師
がいとまごいをしたり,病気になったり,あるいは退職した時などにしばしば無くなってしまう。インタビュ
ーに応じた教師の一人は次のように述べた。「起業家教育の教師は,ある原理を指摘する特別な役割を担って
いる。教師は,生徒をコントロールしようとする(教師に一般に見られる)傾向を押しとどめ,生徒達自身の
アイデアを守るために彼らの独立と自由を許容することや教育方法について,新たな戦略を改良していかなく
てはならない」。革新的で先取性に富む取り組みにおいて,学校内の他の専門課程の領域から,別の教師を引
き込むことが出来た非常に熱心な教師の事例があった。イノベーション・エデュケーションと起業家教育に関
する一般的な知識は,教師,校長,国民の間で共通ではない(Svanborg R Jónsdóttir,2005)。
高校のナショナル・カリキュラムは,起業家教育を始める側面と,ある範囲に限定する側面の両者があるよ
2
全学校に関するプロフィール報告は,次の Web サイトを参照。( http://lmvet.net/page/tg1_analysys )
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野村 浩志 訳
図 2 : アイスランドの教育訓練システム
うに見える。EE は,ナショナル・カリキュラムのビジネスクラスの中に位置づけられており,EE に厳密に従
っている部分は,全ての生徒達に提供されるものとは見なされてはいない。起業家教育は,単にビジネスの科
目というのではなく,アイデアに基づいて最後までやり通し,取り組むための能力を高める意味を有しており,
生徒達にとって様々な学習の系列で役立たせることが出来る。起業家教育に関する European Union EDG の報告
では,「起業家教育は,一般的な考え方として,全ての労働活動と日常生活において有効に適用可能であると
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技術教育学の探究 第 7 号 2010 年 10 月
認識すべきである」と強調されている(Expert Group on Education for Entrepreneurship,2004)。調査によれば,
起業家教育の科目は,たいていは高校のビジネス科目の中に位置づけられているが,時には,選択科目として
全生徒に提供されている。全生徒に対して提供されている時でさえ,履修者の大多数は,たいていはビジネス
系列からの生徒であり,VET に在籍する全生徒数の中ではごく尐数である。起業家教育の科目で付与される履
修単位は,生徒達が卒業するために要する単位数を満たす必要がない場合には,しばしば余分な単位である。
マイスター職人(master craftmen)のための科目は,職人として卒業するためのマイスターの授業という小さな
部分のみならず,企業の運用や運営といった(企業の)創設に関する知識を含む。
独立協会や機構は,アイスランドにおいて起業家教育を支援し広めてきた。The innovation centre Impra は,
生徒達のための課程を提供していると共に,生徒以外の人達に対しても特別科目の活動として課程を提供して
いる。Junior Achievement Iceland は,教師のための訓練や,起業家教育の科目を教えたい学校に対して教材や援
助を提供している。
独立機構の The Entrepreneurship Training Association(Frumkvöðlafræðslan ses)は,起業家教育に関する講座,
教師,教材,援助,訓練を提供してきた。European projects and Nordic projects は,学校における起業家教育とイ
ノベーション・エデュケーションを広める幾つかの事例を有しており,これらの影響は今も健在であった。そ
れらの影響の事例としては,フーサヴィーク(Húsavík)の高校の教育方針におけるイノベーション・エデュケ
ーションと起業家教育の精神や,コウパヴォーグル(Kópavogur)のメンタースコリン(Menntaskólinn)におけ
る職業課程の多くで重要視されているといったことであった(Jónsdóttir,2007)。
アイスランドにおける高校のカリキュラム
アイスランドのナショナル・カリキュラムにおいては,VET に在籍する全生徒に対して EE を提供する義務
はないが,高校に関する法律に記述されているねらいの中には,EE がその遂行を支援することが可能なものが
含まれている。
高校の役割は,民主的な社会において,生徒達が可能な限り積極的に社会参加していくための良好な準
備が出来るように,生徒達の全般的な成熟を高めることである。高校は,仕事生活に対する参画と更なる
学習を,生徒に対して準備する。学校は,責任,包容力を高めるべきであり,規律的で独自の活動方法,
文化遺産の楽しさ,知識の持続的な知的探求の促進に関する訓練を提供すべきである3。(第Ⅱ章 2 節)
また,高校のナショナル・カリキュラムにおける機能と役割に関する章には,EE がその遂行を支援すること
が可能な学校の義務4に関するメッセージの記載がある。
学校は,生徒達の自律性を高めるために努力すべきである。ゆえに学校は,学際的な学習と様々なスキ
ルに重点を置くべきである。進取の気性,独立心,分析スキル,協調,自分の意見を言葉で表現し,記述
する能力。
起業家教育は,単にこれらのねらいを達成するための教育の一種ではなく,実践的な仕方で様々な種類の知
識とスキルを用いる機会を生徒達に提供するものである。アイスランドの高校における起業家教育は,カリキ
ュラムの厳密な解釈が恐らく不要なビジネス系列の科目内に限定されているように見える。何人かの校長は,
全生徒に対して起業家教育を提供することが科目により制限されていることを示唆した。
もし,当局の意志が起業家教育を高めることであるならば,全生徒のために,当局自身により公式カリキュ
ラムにおいて明確に一層の要求が為されるべきである。また,全般的な教育と VET の役割を達成するために,
起業家教育の適用を一層望ましいものにする必要がある。一層望ましいものにするためには,より明瞭な定義
が求められると共に,国民・教師・校長といった全ての利害関係者に対するより良い紹介が求められる。また,
このような教育の影響やどうすれば良い結果が得られるかを提示する研究が求められる。この領域におけるア
3
元論文の著者が,アイスランド語から英語に翻訳。
4
元論文の著者が,アイスランド語から英語に翻訳。
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コインの両面:アイスランドにおけるイノベーション・エデュケーションと起業家教育
野村 浩志 訳
イスランドの教師教育は,殆ど見過ごされており(Jónsdóttir,2005),それゆえに,(教師教育のための機関の)
設立が行われるべきである。起業家教育において教師教育が欠落していることは,EE を担当する教師達が学校
を去った時に起業家教育の課程が学校から消失してしまったという事実からも結論づけられる。
議論と結び
イノベーション・エデュケーションと起業家教育は,教育において連続的なものとして見ることが出来る。
求められる起業家教育の基礎は,多目的に利用可能で構成的なイノベーション・エデュケーションである。自
然の中に非常に幅広く在る両者の着想は,殆ど全ての科目の一部であり,人間知に関する様々な科目を含むと
見なすことが可能である。これは利点と欠点の両方がある。欠点としては,科目が不明瞭でその境界が非常に
曖昧である時には,教育学的な実践に基づいた Basil Bernstein の理論によれば,その力と効果が減尐してしまう
とされる(Bernstein,2000)。アイスランドの学校システムにおけるこれらの新たな科目の出現から描き出すこ
とが可能な結論は,いくつかある。第一に,イノベーション・エデュケーションと起業家教育が提供できる,
この種の教育のニーズに関する全般的な承認を勝ち取ることが必要である。今日においては,個人の生活と社
会における諸問題を協同して解決していくことが出来る創造的な市民に対するニーズがあり,新たな思考と方
法で持続可能な生産とサービスを創造する能力を有する市民に対するニーズがある。今日の世界において増加
しているニーズの一つは,持続可能性という考え方を教育・社会・ビジネスの中に浸透させることであり,持
続可能な文化を創造することである。
イノベーション・エデュケーショを,別の科目の一部(本稿のケースでは起業家教育)としてどのように発
展させられるのかに関する理解を与えてくれるモデルとして参照した図 1 を見てみると,イノベーション・エ
デュケーションは,最初の段階では必要なものとして大きな部分を占めており,教育の進展に伴って消失する
のではなく凝縮していくものとして捉えられる。ここには,恒久的に思考と行動が変化する必要がある等,多
くの時間と訓練を講じる土台としてイノベーション・エデュケーションは組み立てられる必要がある,という
理解が根底にある。イノベーションの文化の確立,イノベーション・エデュケーションと起業家教育の体質の
統合が必要である。
アイスランドの VET における起業家教育および義務教育学校のイノベーション・エデュケーションに関する
調査から,これらの科目あるいは科目領域のために,”両科目の紹介”が求められるのは明らかであると思わ
れる。これらの領域における全般的な知識の欠落は,教育において「科目の発展が必要な土台を得ることに繋
がるように,教師のための初期教育と現職中の教師のための教育の両者について,教師に対して紹介すること
の必要性」を示唆している。また,例えば生徒やその親といった利害関係者が,これらの科目の重要性を認識
し,伝統的な学習課目とは異なる方法であることを理解できるように,利害関係者に対して重要性を紹介する
ことも必要である。学校のイノベーションニーズの履行は,様々なシステムから社会および学校内における影
響を支えるものである。
アイスランドにおける進展の調査から描き出せる一つの結論は,「IE と EE はゆっくりと広まっており,ア
イスランドの教育システムの中で存在していくためにもがいている」というシンプルなものである。別の結論
は,イノベーション・エデュケーションが現れ始めた 1990 年から 2008 年という,20 年未満という時間的には
長くはない歴史を見つめていくことにより描き出すことが出来るかもしれない。一方で,非常に速く変化する
世界の中で,教育はニーズの変化に迅速に対応しなくてはならないという事情の変化がある。調査および
Bernstein の理論から見て極めて重要と思われることは,より詳細かつ意識的に,イノベーション・エデュケー
ションと起業家教育に関して定義付けをしていくことである。教育の中で明確な定義を獲得することにより,
イノベーション・エデュケーションと起業家教育は学校のカリキュラムの中で時間と位置を得る機会を持ち,
21 世紀において私達が必要とする種類の教育に寄与することができる。
※1 References は省略した。
※2 本稿の原典は,下記を参照。
Svanborg R. Jónsdóttir :
Two sides of the same coin : Innovation education and entrepreneurship education in Iceland
技術・職業教育学研究室 研究報告 技術教育学の探究 ,2008 年,第 5 号,pp.109-118
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