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人材育成から組織変革へ
—組織変革のプロセスをマネジメントする—
ジョイ・アンド・バリュー株式会社 代表取締役
大江 功次(おおえ こうじ)
早稲田大学商学部卒。青山学院大学大学院 Executive MBA にて、国際経営学修士号取得。日産自動車入社後、海
外部門、販売会社出向、秘書室、国際プロジェクトを経て、人財開発を担当。経営改革チームである CFT(クロ
スファンクショナルチーム)#11「ダイバーシティ」(多様性を活用した経営への貢献)チームでサブパイロット
を務める。人財開発では、日産ウェイの開発・世界展開、サクセッションマネジメント、グローバル人財開発の
中核となる日産マネジメントインスティテュートの企画・運営、ルノーとの人材開発戦略を取りまとめた。2007
年 11 月、あらゆる組織で一人ひとりの力を最大化し、現場で喜びと成果を分かち合う姿を実現することを目指し
て、ジョイ・アンド・バリュー株式会社を設立。理論ではなく実践および成果にこだわり、さまざまな「実践の場」
を提供。企業の抱えるリアルな課題・問題解決支援を独自のプログラムで行っている。コンサルティング領域では、
経営の質向上、変革マネジメント、ダイバーシティマネジメント、グローバル人材開発戦略を専門としている。
資格はアニマル・シンキング公式ファシリテーター、ファシリテーター養成担当講師。主な実績は商社、生保・
損保等金融、食品メーカー、電機メーカー、自動車メーカー、化粧品メーカー、土木・建設、エンターテインメ
ント、広告、マスコミ、自治体など、さまざまな業界、経営層からアルバイト社員に至る幅広い対象層に対して、
経営・人事、課題・問題解決コンサルティングを行っている。
前回『経営センサー』
( 2015 年 11 月号)に寄
ロセス設計を行うこと
稿した際、多くの企業において、さまざまな組織
(何の説明もなく「研修に行け!」では、強烈な
‌
課題の解決策が旧来型の研修に偏っていることに
「やらされ感」を生み出します)
ついて述べました。同時にそこから脱却するため
に、以下のような提言を致しました。
1. ‌組織や個人が持っている固定概念を取り除く工
夫を行うこと
(経験は財産にも不良債権にもなりうるので、
‌
固定概念を取り除きながら、新たな知見を取り
入れる余地を創り、互いの経験を活かし合える
場づくりが重要です)
4. ‌ケーススタディーではなく現場のリアルな課題
を扱うこと
(ケーススタディーから大切なことを学び取る
‌
ためには、数百のケースを解く必要があります
が、現場のリアルな課題を教材にできれば、組
織にとっても効果が大きくなります)
5. ‌研修講師ではなくファシリテーターを用意する
こと
2. ‌単なる研修から脱却するためにも、成人学習の
(研修講師はあらかじめ決められている内容を
‌
考え方を理解し、学習のプロセスを丁寧に実行
教え込むことが仕事となりますが、ファシリ
すること
テーターは、演出家、役者、脚本、監督と多岐
(単なる個人の「気づき」で終わっていてはいけ
‌
にわたる役回りを演じながら、参加者を最適な
ない。気づきから深い理解、実践、振り返り、
方向に導きます)
習熟、定着、成果創出に持ち込む必要がありま
今回は、現場の実例を踏まえて、人材開発・組
す)
3. ‌成人の特徴である「自己決定」を促すようなプ
織変革の潮流をもう少し掘り下げてお伝えしてい
きます。
2016.9 経営センサー
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参加者の情熱を冷ます現場の抵抗
最初にご相談を受けたのは、以下のようなお話
でした。
れた理論ではないものの、どことなく人間や組織
のことをうまく描写していると思いますので、彼
の提唱した組織変革のプロセスをご紹介します。
「経営陣から企業で成果を出すためには、現場
と経営陣をつなぐマネージャーの強化が必要だ、
解凍→移動→再凍結
との要望もあって、近年重点的に投資を行ってき
レヴィンは、組織変革を達成するためには、そ
ました。しかしながら、参加者から以下のような
の組織、あるいはグループの信念や態度、価値観
声が、徐々に聞こえてくるようになってきたので
を解凍し、変化(移動)させ、新たな形で再凍結
す。
『現場に戻って学んだことを実践しようと努力
する、という複雑で段階的なプロセスが必要だと
してきたつもりですが、周囲に理解者を得られず、
考えていました。
孤立してしまいました。上司にも協力を得たいの
最初の解凍の段階では、通常グループディス
で、いろいろと相談をしたのですが、
「いいからこ
カッションを行い、そこで参加者各個人が、自分
れをやっておけ!」の一言で片づけられたり…上
の考えと違う他者の考え方に触れ、少しずつ他者
司も同じようなプログラムに参加するようにして
の視点を取り入れつつ、自分の考えに少しずつ適
もらえませんか? むしろ、上司からプログラム
応させるアプローチを取ります。
に参加してもらった方がいいような気がするので
その個人の考え方や行動の変化が少しずつ他の
すが…』この話を最初に聞いたときは、その申し
メンバーにも伝わり始め、組織としての考え方や
出をしてきた個人の問題、つまりリーダーシップ
行動が変わり始めます。それを「移動」と呼んで
の欠如だと思ったのですが、徐々にこうした相談
います。
が組織のあちこちから聞こえてくるようになった
組織に属するメンバーの 3 割程度以上が、
「移
のです。こうした声をどう扱っていったらいいで
動」のプロセスに入りこむと、新たな考え方や行
しょうか?」
動が、今までのものにとって代わるようになり、
多くの日本企業では、ビジネスの国際化、ダイ
バーシティの尊重などの外部環境の変化、あるい
新たな常識として根づき始めます。これを「再凍
結」と呼びます。
は、コーチングがマネジメントツールとして日本
このレヴィンの考え方を先ほどの事例に当ては
に広がりを見せたことを契機に、自社のマネジメ
めるとすれば、どんなことが言えるでしょうか?
ントのあり方について再考をし、マネジメントの
恐 ら く、 マ ネ ー ジ ャ ー の 方 々 を 集 め た ワ ー ク
品質向上に取り組み始めているようです。指示統
ショップでは、解凍→移動→再凍結のプロセスが、
制型のマネジメントから、協調・個性を活かすマ
設計上織り込まれていて、参加者の方々の考え方
ネジメントへと。その流れを受けて、次の時代を
や、行動を変革に導くことができたのだと思いま
担う、あるいは現職のマネージャーの方々を中心
す。しかし、本来は現場でも同じように 3 割程度
に投資を行っているのですが、現場に戻ったとこ
の方々が新しい考え方や、やり方について、
「そう
ろで、そうしたプログラムを受けていない方々の
だね」
「やってみてよかったね」と言って頂ける状
洗礼を浴び、組織変革に頓挫してしまう。そんな
況を創り上げるまでの、組織変革プロセスを設計
事例が多いようです。
する必要があったということになります。
ここで、クルト・レヴィンという学者を紹介させ
こうした事例、つまりある階層に投資を行い、
て頂きたいと思います。レヴィンは、1947 年に逝
その対象者は考え方、行動を変えようと努力して
去されていますので、彼が提唱した考え方は、も
いるのだけれども、現場にはびこる何かしらの慣
うずいぶんと昔のものになり、統計的に裏づけら
習が、その変化を拒んでいる。結果、元の状態に
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経営センサー 2016.9
人材育成から組織変革へ
戻るというよりも、変革に携わって努力した方々
加わると言っても、参加者の発言を遮って、持論
が、結局何も変わらない…という無力感を味わっ
を展開するわけではありません。参加者(係長で
て、むしろ組織の状態が悪化している、というこ
あれ、シニアマネージャーであれ)に徹底的に考
とがあるようです。
えさせ、視点を上げ、視点を広げるための「問い」
、
こうした負のサイクルから脱却することはでき
参加者が発表した根拠の曖昧さや、論理的矛盾を
ないのでしょうか? レヴィンの考え方を踏襲す
指摘する「問い」を行っています。
(決して「詰問」
れば、ポイントとなるのは、解凍から移動へのプ
ではありません。
)
ロセスで、ここで組織におけるある程度の人数、3
詰問とならない理由は、上司の方々が全員プロ
割程度が新しい考え方や、行動を実践に移せば
(早
グラム開始前に、どのような思想に基づいてプロ
く目に見える成果を出す必要がありますが)
、再凍
グラムが設計されているのか、従って、上司はど
結に持って行くことができるはずです。
のようなアプローチが求められるのか、具体的な
とある企業の事例となりますが、こうした組織
場面を想定した場合、どのような質問が効果的だ
変革のプロセスをうまくマネージしているケース
と考えられるか、部下の考えていることを引き出
をご紹介します。
すには、どのように傾聴し、どのような質問を組
み合わせれば良いのかなど、事細かくトレーニン
複数の階層が同じプログラムに参加して、
グを受けられているからです。またそのトレーニ
共通言語、組織文化を創り出す
ングも一過性のものではなく、継続して実施され
こちらの企業では、係長およびシニアマネー
ています。
ジャー向けに、それぞれの立場に応じた課題を設
本年度のプログラムが開始されてから半年程度
定し、1 年間を通じて解決するプログラムが実施
が経過していますが、着実に成果に近づいている
されています。最終発表会で求められることは、
様子が分かります。何より同時に参加頂いている
あくまで成果、業績の向上であり、
「~の提言」と
上司の方々からそうした手ごたえを共有して頂け
いった生易しいものではありません。ここまでは、
ています。最初にこの活動がスタートしたのは、
よくあるとは言わないまでも、最近少しずつ増え
もう 3 年前になりますが、着実に組織の文化が強
てきた人材開発および組織開発を同時に成し遂げ
化されていることが肌感覚で分かります。
る方法なのですが、こちらの企業が他の企業と一
今回は、人材育成を組織変革にどうつなげてい
味違うところは、プログラムの参加者の上司も、
くのかという観点で、事例をご紹介致しました。
同時にプログラムに参加して、論議に加わる点が
もちろん組織変革を行うための手段は、これだけ
新しい点です。
にとどまりません。人事制度の変更や、組織診断
具体的には、係長向けのプログラムには、その
の実施、それらを統合した総合的な施策など、さ
上司となるマネージャーやシニアマネージャーの
まざまな手段が考えられます。大切なことは、そ
方々、加えてその方々を統括されている部長の
の企業の実態をよく把握した上で、いつまでにど
方々、加えてその事業の責任を負っていらっしゃ
のような状態であることを目指すのか、目的と目
る事業部長が同席されます。シニアマネージャー
標を決めた上で、考えられる施策を最適な形で組
向けのプログラムには、上司である部長とその上
み合わせて実施することなのだと思います。そう
司となる事業部長が同席されます。
した意味において、人材開発、組織変革を実りあ
つまり、全員で学び、全員で考え、行動を取っ
ているのです。もちろん、上司の方々が、論議に
るものとするためには、計画の質、現場の巻き込
みが重要であるとあらためて感じた次第です。
2016.9 経営センサー
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