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水素エネルギーの大量貯蔵輸送技術 - INNOVATIONSEEDS
特集 エネルギー貯蔵への挑戦−電力貯蔵技術の現状と今後の展望− 特 集 水素エネルギーの大量貯蔵輸送技術 岡田 佳巳・安井 誠 ことができるクリーンなエネルギー媒体になり得ることに 1.はじめに よる。 一方,水素エネルギーを大規模に利用するには,大量長 人類は CO2 の大幅な排出削減と化石エネルギーの枯渇に 距離輸送できることが必須である。千代田化工建設(株) で 関する喫緊の課題を抱えている。これに加えて,不幸にも は,グローバルな水素サプライチェーン構想を提案すると 2011 年 3 月 11 日に東日本大震災に見舞われ,福島第一原 ともに,その核となる有機ケミカルハイドライド法水素貯 子力発電所の想定外の事故も相まって,大規模エネルギー 蔵輸送システムの開発を進めている。ここでは,これらの 貯蔵技術は一層重要な技術課題となっている。 概要と開発状況を紹介する 1,2)。 電力は送電が比較的に容易でクリーンであることから利 2.水素サプライチェーン構想 1-6) 便性が高い二次エネルギーであり,再生可能エネルギーを 含めて一次エネルギーの多くは電力に変換して利用されて いる。しかしながら,現時点では蓄電池などのデバイスを 図 1 に水素サプライチェーン構想を示す。天然ガスや石 用いて,電力を水力ダムのように大規模にエネルギー貯蔵 炭等の化石燃料,および風力,水力,太陽光などの再生可 することや,原油や天然ガスのように大洋を越えて日本に 能エネルギーをカーボンフリーな水素エネルギーに転換し 大量長距離輸送することは設備コストや送電ロスの観点か て大量長距離輸送をおこない,炭酸ガスの削減分に必要な ら困難と考えられる。 量を化石エネルギーの補助エネルギーとして利用すること 一方,水素エネルギーは,上記の喫緊の課題の解決と効 で,炭酸ガスの効率的な排出削減をおこないながら再生可 率的なエネルギーの貯蔵,備蓄に極めて有効な役割を果た 能エネルギーの利用拡大をおこない,将来の化石資源枯渇 す資質を有している。これは,水素エネルギーがクリーン 問題の解決も目指した構想である。 な二次エネルギーであり,化石燃料や原子力,および再生 人類の持続可能な成長を実現するためには,炭酸ガスの 可能エネルギーなど,全ての一次エネルギーから製造する 排出を抑制したまま,エネルギー消費量全体は増大できる エネルギーシステムの確立が不可欠である。この際に,再 Storage and Transportation Technology of Hydrogen Energy in Large-scale Yoshimi OKADA 1986 年 横浜国立大学大学院工学研究科エネ ルギー材料専攻修了 2005 年 博士(工学) (株) 技術開発ユニット 現 在 千代田化工建設 プロセス開発セクション 技師長 連絡先;〒 220-8765 横浜市西区みなとみら い 4-6-2 みなとみらいグランドセン トラルタワー E-mail [email protected] Makoto YASUI 1983 年 慶應義塾大学工学部管理工学科卒業 (株) 技術開発ユニット 現 在 千代田化工建設 プロセス開発セクション セクショ ンリーダー(部長) 連絡先;〒 220-8765 横浜市西区みなとみら い 4-6-2 みなとみらいグランドセン トラルタワー E-mail [email protected] 2012 年 11 月 16 日受理 46 生可能エネルギーを利用して水から水素の製造をおこな い,利用後の水を自然循環に戻すエネルギーシステムは, 太陽と水による究極的なエネルギーシステムであり,その 確立はわが国の地球温暖化問題とエネルギー枯渇問題の解 決に極めて重要な技術課題と考えられる。 一方,電力貯蔵の観点で水素エネルギーを考えた場合, 燃料電池は家庭用エネファームや燃料電池自動車(FCV)と して既に実用化されており,水素の大量供給が実現した場 合は,規模を拡大した燃料電池の利用が可能となる。 また,水素を天然ガスに 70 % 程度まで混合した燃料で 発電できる大型タービンは既に実用化されており,技術的 には回転機による火力発電も既に可能となっている。さら に,水素専焼のタービンによる実証試験も海外では実施さ れており,水素供給コストの低減や導入促進の政策などに よって,今後の実用化が期待される。 (46) 化 学 工 学 特 集 図 1 水素サプライチェーン 次に紹介する有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵輸送 よって,メチルシクロヘキサン(MCH)などの飽和環状化合 システムでは,水素を大量に長期間,常温・常圧の条件の 物として水素を固定し,常温・常圧の液体状態で貯蔵輸送 下でロス無く貯蔵可能であり,水素エネルギーの国家備蓄 をおこない,脱水素反応で水素を取り出して利用するとと にも対応できる技術である。 もに,生成したトルエンは回収リサイクルして繰り返し利 用する方法である。 3.有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵 輸送システム 表 1 に代表的な有機ケミカルハイドライドの物性の比較 を示す。千代田化工建設(株)では,有機ケミカルハイドラ イド種として(1)式に示したトルエン /MCH 系を採用して 3.1 有機ケミカルハイドライド法 1-6) いる。この場合,- 95 ~+ 100 ℃の広い温度範囲で液体 有機ケミカルハイドライド法(OCH 法:Organic Chemical 状態を維持できるため,地球上のあらゆる環境下でも溶媒 Hydride Method)は,トルエンなどの芳香族の水素化反応に を用いる必要がないことが最大の理由である。 表 1 代表的な有機ケミカルハイドライドの物性 MCH -トルエン シクロヘキサン-ベンゼン デカリン-ナフタレン デカリン ナフタレン 化学式 C7H14 C7H8 C6H12 C6H6 C10H18 C10H8 分子量 98.19 92.14 84.16 78.11 138.3 128.2 常温での状態 液 液 液 液 液 固 密度(g/cm3) 0.769 0.867 0.779 0.874 0.896 0.975 融点(℃) - 127 - 95 6.5 5.5 Cis: - 43.0 Trans:-30.4 80.3 沸点(℃) 101 111 81 80 Cis: 194.6 Trans:186 218 水素貯 (wt%) 蔵密度 (kg-H2/m3) 6.2 ─ 7.2 ─ 7.3 ─ 47.4 ─ 56.0 ─ 65.4 ─ MCH 第 77 巻 第 1 号(2013) トルエン シクロヘキサン ベンゼン (47) CH 3 CH 3 + 3H2 − 3H2 トルエン メチルシクロヘキサン (MCH) ⊿ =205 kJ/mol(1) H 47 大型タンクやケミカルタンカー,ローリーや貨車輸送の際 て開発されている各法に関して,容器を含めた水素の質量 の容器重量は本法による貯蔵輸送に大きな影響を与えない 貯蔵密度と体積貯蔵密度をプロットした図に,有機ケミカ ことが特長の一つである。 ルハイドライド法の理論値をプロットした比較を示す。 また,トルエン,メチルシクロヘキサン(MCH)ともに, MCH の理論的な水素貯蔵密度は,6.1 wt%,47.0 kg-H2/m ガソリンの成分であることから,本法はガソリンに水素を であり,水素ガスは約 1/500 の体積の MCH の液体となる。 固定して液体貯蔵輸送する方法と言い代えることができ, 液化水素法では約 1/800,天然ガスを液化した LNG は体積 タンカー,ローリー,鉄道貨物車両などの輸送機器やタン を 1/600 にして輸送していることを考慮すると,有機ケミ クなどの貯蔵設備など,既存のガソリン流通インフラを最 カルハイドライド法は,常温・常圧の条件にもかかわらず 大限に転用できることも大きなメリットと考えられる。 高い貯蔵密度を有している。MCH として水素の大量貯蔵 図 3 に有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵輸送システ をおこなう場合,大型タンクの容積に比べてタンク壁の厚 ムの構成を示した。次に,本システムの各工程について概 さはほとんど無視できる程度の容積であることから,体積 説する。 貯蔵密度はほぼ理論値と変わらない値である。質量貯蔵密 3.2 水素化反応工程 度に関しても理論値を大きく損なうことはなく,定置型の 表 2 に代表的な芳香族の水素化プロセスを示す 7)。芳香 3 200 体積貯蔵密度(kg-H2/m3) 特 集 図 2 に燃料電池自動車用等の小規模の貯蔵輸送技術とし 有機ケミカルハイドライド デカリン シクロヘキサン 100 DOE目標値 (2010年) メチルシクロヘキサン (MCH) 50 液体水素 20 GM社 FCV 高圧解離型水素吸蔵合金 ハイブリットタンク (35MPa) 70MPa 圧縮水素 1wt% 35MPa 水素吸蔵合金 10 3wt% 5 0.5 1 2 5 10 20 質量貯蔵密度(wt%) 図 2 水素貯蔵密度の比較 図 3 有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵輸送システムの構成 表 2 代表的な芳香族の水素化プロセス (原料消費量および必要ユーテリィティーは製品シクロヘキサン 1 トン当り) 気相法 反応方式 1段 ライセンサー 触媒系 A社 B社 固定床 スラリ / 固定床 2段 3段 2段直列 C社 D社 E社 Ni 系 Ni 系 Ni 系 Ni 系 /Pt 系 Ni 系 150 ~ 200 220 250/160 ─ 180 ~ 200 反応圧力(Kg/cm2G) 7 ~ 30 30 <10 ─ 20 ~ 40 原料ベンゼン純度(%) >99.9 >99.9 >99.9 >99.9 >99.9 製品シクロヘキサン純度(%) >99.5 >99.9 >99.9 >99.9 >99.9 935 ─ 935 928 930 99.26 >97 99.26 100 99.80 820 ─ 803 ─ 816 97.38 >97 99.44 ─ 97.85 電 力(kWH) 50 ─ 20 28 8.8 蒸 気(kg) ─ ─ 0 208 184 冷却水(kg) 28 ─ 25 304 11.2 触 媒(kg) 0.1 ─ 0.06 ─ 0.05 発生蒸気(kg) 800 ─ 800 608 944 反応温度(℃) ベンゼン消費量(kg) 収 率(%) 水素消費量(Nm3) 水素利用率(%) 48 液相 / 気相法 多管式固定床 (48) 化 学 工 学 ニア法とともに,MCH 法として検討された経緯がある 9,10)。 以上の高い収率で数多くの大型プラントが稼動している。 当時の MCH 法は,顕著な炭素析出(コーキング)による脱水 トルエンの水素化による MCH の製造はシクロヘキサン製 素触媒の劣化が著しく実用化が困難であった。千代田化工 造と同様のプロセスでの製造が可能である。本システムで 建設(株)では,本システムのための脱水素触媒の開発を は既存のプロセスをベースとしとした独自の水素化プロセ 2002 年に着手し,2008 年に工業的な利用が十分に可能な スの開発をおこなっている。 脱水素触媒のラボ開発を完了し 4,11),2010 年には数万 Nm3/h 3.3 貯蔵工程 以上の大型システムの実用化に必要な脱水素触媒の大量供 トルエン,MCH ともに原油と同様の危険物第 4 類第 1 石 給体制を確立している。また,開発された脱水素触媒を用 油類に分類され ,7 万 kL クラスの化学品用大型タンクに いた反応シミュレーターの開発をおこない,これを駆使し よる貯蔵が実用化されており,既存設備の転用も可能であ た反応器およびプロセス全体の設計開発を完了している。 る。また,化学品は原油のように 10 万 kL の大型タンクで 脱水素反応は吸熱反応であり,本プロセスでは熱交換器 貯蔵されることはおこなわれていないが,化学品用タンク 型の簡便な多管式固定床反応器を利用することができる。 の大型化や既存設備の改造による転用は技術的に可能と考 触媒を充填した複数の反応管の外部に高温の熱媒体を供給 えられる。トルエンおよび MCH は,常温・常圧の液体で して入熱することで脱水素反応が進行する。脱水素反応に 大量貯蔵が可能なことから,貯蔵設備は比較的に安価であ 必要な熱は,水素精製工程に PSA(Pressure Swing Adsorption) り,貯蔵期間中の水素ロスがないことから,水素エネルギー を用いる場合は,そのパージガスを燃料として利用できる の国家備蓄も可能と考えられる。 ほか,製鉄所,製油所,発電所,ゴミ焼却場などの廃熱を 3.4 輸送工程 購入利用することが CO2 排出抑制の観点から好ましい。こ トルエンおよび MCH は通常のケミカルタンカーでの国 の際に利用される廃熱は,水素エネルギーに転換されるた 際的な大量輸送が実用化されている。現状では,5 ~ 7 万 め,例えば,ごみ焼却の廃熱を水素エネルギーに転換利用 トンの MR(Middle Range)クラスのタンカーが建造されてお できることとなる。 8) り,5 万トンの MCH 輸送で 3,000 トン以上の水素を一隻で 4.実証計画 輸送することができる。この水素量は 60 万台の FCV に 5 kg の水素を充填できる量に相当する。 また,現状では需要がないことから,原油タンカーのよ 上述のように,脱水素触媒とこれを用いた脱水素プロセ うな 20 万トン以上の VLCC(Very Large Crude Carrier)に相当す るケミカルタンカーは存在しないが,既存タンカーのス ケールアップによって,VLCC クラスのケミカルタンカー の建造が可能である。液体水素は密度が 71 kg/m3 であるこ とから,16 万 kL 積載の液体水素タンカー一隻で 11,360 ト ンの水素輸送が可能であるが,MCH の場合は,同量の水 素を 23.6 万 kL 積載のタンカー一隻で輸送可能である。常 温・常圧の液体輸送のため極低温を維持する必要なく,タ ンカーの建造費が安価なことが特長である。 3.5 脱水素工程 上述のとおり,有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵輸 送システムの各工程において,脱水素工程以外はすべて実 用化されている技術を用いることができる。したがって, 脱水素プロセスの確立と全体構成の最適化によって,本シ ステムを実用化することが可能となる。この際に,MCH のような環状炭化水素の脱水素反応によって,芳香族を製 造プロセスは現状では存在しないことから,新しい脱水素 プロセスの技術確立が必要であった。 有機ケミカルハイドライド法自体は,1980 年代にカナダ の水力エネルギーを水素に転換して欧州に輸送,利用する ユーロ・ケベック計画において,液体水素法,液体アンモ 第 77 巻 第 1 号(2013) (49) 図 4 実証装置のイメージ 49 特 集 族の水素化プロセスは古くから実用化されており,99 % スの設計開発の完了によって,本システムは実証段階に移 5.おわりに 行している。千代田化工建設では,2012 年に実証プラン トを横浜の R&D センター内に建設して,2013 年に実証運 特 集 転をおこなう予定である。 千代田化工建設(株)では,本システムの実用化を通じて, 図 4 に実証装置のイメージ図を示す。水素化反応ユニッ 我が国の効率的な炭酸ガスの排出削減と将来のエネルギー トと脱水素反応ユニットからなる反応セクションと,トル 問題の解決に貢献してゆきたいと考えている。 エン用タンクおよび MCH 用タンク各 2 基からなるタンク ヤードから構成されている。実証運転では,所定の反応成 績と触媒寿命を確認するとともに,連続的なデモンスト 引用文献 レーション運転を実施予定である。本装置の規模は 50 1)坂口順一 , 国分紀之:圧力技術 , 42(3) , 121 (2004) 2)Okada, Y. et al.:Int. J. Hydrogen Energy, 31, 1348 (2006) 3)岡田佳巳:化学工学 , 74 (9), 20 (2010) 4)岡田佳巳:PETROTECH, 3(2) , 37 (2011) 5)岡田佳巳:燃料電池 , 11 (4), 56 (2012) 6)Okada, Y.:J. Japan Institute of Energy, 91, 473 (2012) 7) (財)石油産業活性化センター , 平成 18 年度将来型燃料高度利用研究開発報告 書 , PEC-2006L-01, p.20 (2007) 8)Okada, Y. et al.:水素エネルギーシステム , 33 (4), 8(2008) 9)Gretz, J. et al.:Int. J. Hydrogen Energy, 15(6) , 419 (1990) 10)Gretz, J. et al.:Int. J. Hydrogen Energy, 19(2) , 169 (1994) 11)岡田佳巳:化学と教育 , 59(12), 598 (2011) Nm3/h であるが,触媒および反応管は大型システムで使用 する実際のサイズの反応管を備えており,反応管の本数を 増やすことでスケールアップが可能なため,実証運転の完 了によって,大型設備への対応が可能となり,実用化段階 へ移行する。 平成 24 年度化学工学技士 (基礎) 合格者決定 人材育成センター 化学工学会では平成 18 年度から資格制度を制定し,平成 23 年度から化学工学技士(基礎)の資格試験を実施 しました。このたび平成 24 年度化学工学技士 (基礎)試験の合格者を決定いたしました。 平成 24 年度の化学工学技士(基礎)試験は,仙台,東京,名古屋,大阪,岡山,広島,徳島,宇部,福岡の 9 会場および団体受験の群馬大学,工学院大学,横浜国立大学,京都大学の 4 校の 13 会場で 9 月 29 日に実施 いたしました。 その結果,受講申し込み者数 272 名,受験者数 244 名,合格者数 158 名でした。企業からの受験者は 27 名で した。また,本年度は高専生が 1 名受験され,合格されています。 化学工学技士(基礎)は化学工学の基礎に関する問題を 200 分にわたって解答するものです。その概要は以 下の通りです。従って,この試験合格者は化学工学関連分野の業務に携わるための基礎能力を有している方 ですので,企業におかれましては採用試験の際の参考になるものと思われます。また,受験者にとりましては, 自分の化学工学の能力の良い指標になると思います。 化学工学技士(基礎)試験概要: 1.問題内容および形式 化学工学に関する基礎的な内容とし,計算問題および用語説明問題。択一式の問題が主体 (一部解答を記入するものを含む) 2.出題範囲 (1) 単位と次元,化学工学量論, (2)気体の性質と相平衡,(3)流動,(4)伝熱,(5)分離, (6) 反応工学, (7)粉体, (8)プロセス制御 (過去問:http://www.scej.org/content/view/1383/11/) 50 (50) 化 学 工 学