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オープンソースソフトウェアの著作権 法による保護

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オープンソースソフトウェアの著作権 法による保護
研究ノート
オープンソースソフトウェアの著作権
法による保護
志賀典之*
る。だが従来,日本ではOSSと著作権法の関係
1.本稿の目的
については,裁判例が存在せず,学説において
もさほど盛んに議論されているとはいえない状
オープンソースソフトウェア(Open Source
況にある5。本稿は,直近の米国CAFC判決(Ro�
Software,以下OSS)は一般的にはライセンス
bert Jacobsen v. Matthew Katzer and Kamind
によって,ソースコードの閲覧,改変,使用,頒
Associates, Inc 13. Aug. 2008)及び世界最初に
布等が不特定多数の者によって自由に可能とさ
オープンソースの契約としての有効性を判断し
1
たミュンヘン第1地裁判例の検討を通じて,こ
れているソフトウェアであるとされている 。
2
OSSが近年急激に意義を増すに至り ,従来ソフ
の問題への日本法への示唆を得ることを目的と
トウェアの権利を規律してきた知的財産権法と
するものである。
の関係が問題となる場面が生じている。OSSは,
その源流であるフリーソフトウェアの出現時に
おいては,フリーソフトウェア運動提唱者であ
るRichard Stallmann3の問題意識の影響を強く
2.OSS(又はフリーソフトウェア)の
定義と沿革6
受けて,排他的権利としての性格を有する知的
OSSは各ライセンスによって使用態様を規定
財産権法との敵対的関係,すなわちソフトウェ
されているものであるため,各ライセンスとの
アの排他的権利化を阻止する意図が強調される
関係が問題となる。
場面が多かった4。しかし,OSSはプログラムで
オープンソースモデルの考え方は,フリーソ
あるという点で,著作権法の保護対象たる著作
フトウェア運動に遡るとされる。これは,1983
物(著作10条1項)に該当する。著作権法が「文
年,Richard M. Stallman氏が開始した運動で,
化の発展」
(1条)を目的として,OSSを支援し
プログラムの⑴実行,⑵修正,⑶再配布,⑷修
積極的な保護を付与する可能性も考えられる。
正版配布の4つの自由を唱える「自由なソフト
また何よりも,OSSライセンスは,ライセンス
ウェア」の条件を掲げて,GNU General Public
違反行為に対し著作権を行使するという構成を
license(GPL)を提唱し,Free Software Foun�
とっている点で,著作権法の存在を前提に成立
dation(FSF)を設立した。
している。OSSにこのように著作権による権利
この背景には,1980年改正米国著作権法101条
保護を及ぼすにあたっては,不特定多数による
に「コンピュータプログラム」の定義規定が設
利用に対して開かれることを保障しようとする
けられ7,プログラムが著作権の対象とされた
OSSの趣旨と,排他的性質を基本的特徴とする
こと,加えて商用ベンダがソースコードを非公
著作権法による保護の関係が問われることとな
開にするようになったことが挙げられる。組織
内部において開発され,技術の流出を恐れて
ソースコードを非公開にされたソフトウェアに
* 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程
167
ついて,権利者以外の者はソースコードの閲
3.判例1 2008年8月CAFC判決11
覧・修正もできず,完成品であるソフトウェア
を製品として利用するだけになる(クローズ
3−1 事実
ド・モデル)
。
Stallmann氏 は こ の よ う な 権 利 化 が ソ フ ト
3−1−1 概略
ウェア技術の発展をむしろ阻害すると主張し,
上訴人(原審原告)Jacobsenは,コンピュー
「自由なソフトウェア」の実現のため,排他的性
タのプログラムコードに対する著作権を有して
質 の 解 消 の た め の 方 策 と し てGNU(General
おり,Artistic License12と称するライセンスの
Public License,一般公衆使用許諾)を導入し
もとで,当該コードをウェブページから無償で
た。排他的性質の解消は,単純に(米国)著作
公衆にダウンロード可能にしていた。被上訴人
権法における著作権を放棄し,パブリックドメ
(原審被告)Mattew Katzer及びKamind Asso�
イン化するという方法では,著作物がフリー下
ciates社(以下総じてKatzer/Kamind13)は,鉄
に配布された先でクローズドな商業ソフトに転
道模型会社及び愛好家を対象とする商用ソフト
用されてしまうため,貫徹されない。そこで,
ウェア製品を開発している。Jacobsenは,Kat�
GNU(General Public Licence,一般公衆使用許
zer/KamindがJacobsenのウェブサイトから特
諾)は次のように規定し,この問題の解決を
定の素材を複製し,それらをKatzer/Kamindの
図った。─著作者は対象ソフトウエアの著作
ソフトウェアの素材に,Artistic Licenseを遵守
権を保持した状態で,プログラムのソースコー
することなく組み込んだとして,原審に著作権
ドの入手者に複製,改変,頒布を認めるかわり
侵害訴訟を提起し,仮差止命令preliminary in�
に,改変部分のソースコードを公開し,同一条
junctionを求めたが,拒絶されたため,CAFCに
件で誰でも使えるようにすることを義務付ける
控訴した。
(Copyleftの概念)
。これに違反した者が複製,
3−1−2 詳細
改変,頒布すれば著作権侵害となる8,とする。
カリフォルニア大学バークレー校物理学教授
1997年ごろ,Stallman氏の提唱する「フリー
である上訴人はJava Modell Railroad Interface
ソフトウェア」について,
「Free」という語が
(JMRI)と称するOSSグループを運営管理して
「自由」を意味することによる政治的色彩によ
いた。多くの参加者の集合的成果によって,
る敬遠及び「無料」と誤解9されることによる非
JMRIはDecoderProと呼ばれるアプリケーショ
商業的傾向による企業の敬遠を喚起することが
ンを創作した。これにより,鉄道模型ユーザー
指摘され,従来の「フリーソフトウェア」を
が,デコーダチップをプログラムして,PCを
「オープンソースソフトウェア」と呼称を改め,
使って鉄道模型を操作することができる14。De�
普及を図るEric Raymond氏らによって「オー
coderProファイルは,無料でSource Fourgeと
プンソース運動」が開始され,推進団体Open
称するオープンソース・インキュベータサイト
Source Initiative(OSI)が設立されるに至っ
からダウンロード及び使用可能となっている。
た10。しかしオープンソース提唱後もGNU GPL
原告はJMRIのサイトをSourceForgeに置いて
は依然としてそのライセンスとして使用され,
いる。ダウンロード可能なファイルは著作権に
オープンソースモデルの代表的ライセンスの位
関する注意書きを含んでおり,ユーザーに「複
置を占めている。GPL,各国の著作権法との関
製用COPYING」ファイルを参照させるが,こ
係や,公開すべきソースコードの範囲について
のファイルはArtictic Lisenceを画面前方に画
は問題点が指摘されている。
然と表示するものである15。
GPLは生じた難点を克服すべく,2度に亘っ
被 告Katzer/Kamindは,Decoder Comman�
て全面改訂が施され,現在v3が登場している。
derと称する,原告製品と競合するソフトウェ
168
ア製品を販売していた。この製品も,デコーダ
け,WikipediaやFire Fox Webブラウザ,MIT
チップをプログラムするために用いられるもの
の全学授業支援システムなどの具体例を挙げ,
である。主張によれば,Decoder Commander
その顕著な成果を認める。
の開発期間,Katzler/Kamindの前任者または従
「『オープンソース』と呼ばれるパブリックラ
業者の一人が,デコーダ定義ファイルをDeco�
イセンスは,協同で行うプロジェクトを創造し,
derProからダウンロードし,これらのファイル
一定の成果を公衆(Public)に捧げることを望
の一部分を,Decoder Commander Softwareの
むアーティスト,著作者,教育者,ソフトウェ
一部として使用した。DecorderProの定義ファ
ア開発者,科学者によって広く利用されてい
イルを使用したこのDecoder Commander Soft�
る。
」16
wareのファイルは,Artistic Licenseの条項に
「オープンソースソフトウェア・プロジェク
従 っ た も の で は な か っ た。 特 に,Decorder
トは,世界のコンピュータプログラマをソフト
Commander Softwareには①著作者の氏名,②
ウェアコードの観察・改変・改良へといざなう。
JMRIの著作権に関する注意書き,③COPYING
そのような協同作業を通じて,プログラムは,
ファイルへの言及,④SourceForge又はJMRIが
著作権者がその作業のすべてを独立して行う場
当該定義ファイルのオリジナルなソースである
合よりも速く安いコストで作成され,デバッグ
という表記,⑤オリジナルのソースコードから
が可能となることが多い。著作権者は,この共
の改変箇所に関する記述はいずれも存在しな
同的な成果を考慮して,川下でのユーザの保護
かった。また,Decorder Commander software
とコードをアクセス可能にすることの維持を条
は,DecorderProの フ ァ イ ル の 様 々 な コ ン
件として,ユーザにソフトウェアコードを複製,
ピュータファイルを,オリジナルJMRIファイ
改変,頒布することを許可する。ユーザがライ
ルまたは標準版が取得できる場所に関する情報
センスと情報の帰属に関して再言明を行うこと
を表示することなく改変していた。
を要請されることにより,再頒布されたコン
ピュータコードの受取人は,著作権者の身元
3−1−3 原審 カリフォルニア州北地区連
identityを知ることができ,また,オリジナルの
邦地裁
地裁は当該オープンソースArtistic License
著作権者によって認められたライセンスの範囲
が,有効な範囲が限定されない非独占的ライセ
を知ることができるのである。本件のArtistic
ンスであり,ユーザが頒布に際し文書を掲載す
Licenseは,コンピュータコードに加えられた
るという条件は,ライセンスの有効範囲を限定
変更が記録された結果,川下のユーザにコン
するものではないとし,主張された被告のライ
ピュータコードのどの部分がオリジナルかを知
センス条件違反は,当該非独占的ライセンスの
17
らしめることを要求している」
。
違反を構成する可能性はあったとはいえ,著作
続いて,オープンソースモデルにおける著作
権侵害を生じるものではなく,著作権侵害の責
権者の利益を次のように定義する。
任を生じないとして,仮差止命令を認めなかっ
「伝統的に,著作権者は著作権の存在する素
た。
材を販売して対価を得てきた。しかしながら,
オープンソースライセンスに金銭取引手段が存
3−2 判旨
在しないことが,経済的な動機が存在しないこ
3−2−1 オープンソースライセンスの意義
とを意味するものではない。パブリックライセ
ンスのもとでの,著作権の存在する成果物の創
と性質
CAFC判決はまず,オープンソースライセン
作及び頒布には,伝統的なライセンスのロイヤ
ス,パブリックライセンス,Creative Commons
リティをはるかに上回る,経済的利益を含む十
を名指しし,その意義と性質を一般的に位置づ
分な利益が存在している。例えば,プログラム
169
の創作者は,ある無料のパーツを供給すること
われているArtistic Licenseの条項が契約かつ
によって,自らのプログラムの市場シェアを生
著作権ライセンス条件でもあれば,条項は著作
み出す。同様に,あるプログラマ又は企業が,
権ライセンスの範囲を制限しえ,著作権法が適
オープンソースプロジェクトを培うことによっ
用されうる。しかし,これに対して各条項が単
てその国内外での名声(reputation)を増大さ
なる契約にすぎなければ,契約法が適用されう
せる可能性もある。製品の改良が,著作権者さ
る。……地裁は,Artistic Licenseの制限が契約
え知らないある専門家によって,すばやく,無
か,ライセンスの範囲を確定する条件かを,文
償で行われる可能性もある」として,パブリッ
言上述べていない。だが,その分析が,当該ラ
クライセンスにおける経済的動機を,利益が直
イセンス制限を著作権ライセンスの条件として
接生じない場合にも認めた第11巡回区裁判所の
ではなく,契約として扱っていることは明白で
ランハム法に関する先例(Planetary Mortion
ある」と述べた。
18
Inc. v. Techsplosion, Inc 11th Cir 2001)
を引
これに関するJacobsenの控訴の主張は,「ラ
用する。プログラムの創作者は「報酬(value)
イセンスの各条項は,著作権ライセンスの範囲
をパブリックライセンス下での頒布から得てい
を定義しており,その制限を越えてなされるい
る。なぜなら,彼はエンドユーザから送られる
かなる利用も著作権侵害である」とするもので
提案にもとづいて自身のソフトウェアを改良す
あった。対して,Katzer/Kamindは,「これら
ることが可能であったから。……本件ソフト
の条項はライセンスの範囲を限定するものでは
ウェアが改良されれば,より多くのエンドユー
なく,素材の使用に関して契約上の条項を供す
ザが彼のソフトウェアを利用し,これにより職
る契約法上の単なる契約であり,それらの違反
業における知名度は高まり,ソフトウェアがさ
は損害に関して賠償されるものでもなく,差止
らに改良される可能性が増すと考えることは妥
に よ る 救 済 の 原 因 で も な い 」 と 主 張 し た。
当である。
」
CAFCは,このKatzer/Kamindの主張の前提に
は,
「Jacobsenがそのコンピュータコードを無
3−2−2 争点
Jacobsenが,そのWebサイトで頒布された特
償で公衆に利用可能としたため,Jacobsenの著
定の素材の著作権者であるということ,及び
作権が,Katzer/Kamindに何ら経済的権利を与
Katzer/Kamind がDecoder Pro ソフトウェア
えるものでないこと」があるとした。
「この前提
の 一 部 を 複 製, 改 変(modify) し,Decoder
から,Katzer/Kamindは著作権法が非経済的権
Commanderの一部として頒布していたことに
利を請求原因として認めていないことを
ついて,両当事者間に争いはなかった。
Gilliam判決(1976)20にもとづいて主張してい
争点の中心となったのは,Artistic Licenseの
21
る。
」
(下線筆者)。
条項が,著作権ライセンス条件か,単なる契約
3−2−3 Artistic Licenseに つ い て の 判 断
か,という点である。一般的に,
「著作権を有す
(判決III部分)
る素材の使用につき非独占的著作権ライセンス
Artistic Licenseは表紙で,「この文書の目的
を付与している著作権者は,そのライセンシー
は,Packageの複製が認められる条件Condition
を著作権侵害で訴える権利を放棄しており」
,
を記述することである」と記載し,Artistic Li�
契約違反でのみ訴えることができる。しかし,
censeは,複製,改変,頒布する権利が,条件に
ライセンスが範囲を限定したものであり,ライ
適った場合に(provided that)認められるとし
センシーの行為がその範囲を逸脱したもので
ている。「provided that」は,Artistic License
あった場合には,ライセンサーは著作権侵害訴
の準拠法であるカリフォルニア州契約法におい
19
訟を提起しうる 」
て,条件の典型的な文言であると認められる22
「したがって,上訴人主張によれば違反が行
と し た う え で, 原 審 が,Artistic Licenseは,
170
ユーザが「いかなる方法であれ素材を改変す
著作権者は,他の改変を禁止する権利を保持し
る」ことを認めていると解釈し,Artistic Licen�
つつ,特定の改変を行う権利を,ユーザに認め
seにおける「〜の場合はprovided that」という
ることができる。Artistic Lisenceは,他の一般
限定を認めなかった点を不当であるとして次の
的な著作権ライセンスと同様,頒布されるいか
ように指摘した。
なる複製物も,著作権の注意書きと複製COPY�
「地裁はArtistic Licenseの解釈の際,著作権
INGファイルを同梱することを要求している。
の存する成果物を,ダウンロードした者が改変
ライセンシーが適切な著作権の注意書きをその
し頒布する権利を規定するライセンスの中に,
ライセンシーが発行するすべての複製物に添付
明白な制限が存在するとは考えなかった。著作
せねばならないという(又は暗示された場合も
権者はArtistic License中に改変及び頒布する
ありうるが)条件があれば,ライセンサーの許
権利に関して明らかに各条項を記載し,ダウン
諾なくそのような注意書きを外して行った発行
ロード者が他の取り決めを求めて交渉すること
を侵害行為として訴えることができる」。
を望む場合,直接のコンタクトに応じている。
「著作権の存する素材を,著作権に関する注
これらの制限事項は,経済的利益を含むオープ
意書き及びオリジナルファイルからの改変の記
ンソースライセンスの協同の客体を完全なもの
録を付さずに改変し,頒布する行為は,Artistic
とするに必要であり,かつ,明確なものである。
Lisenceの範囲外にある。もしダウンロード者
さらに,地裁はオリジナルからの改変が,新た
がCOPYINGファイルに記されたこの条件に同
な[ファイル]名と,その改変がオリジナルと
意しなければ,著作権者と他の取り決めをなす
異なる点をすべて記載した別のページを付して
ように指示される。Katzer/Kamindはそのよう
すべて明示されねばならないという要求のよう
な他の取り決めを何らしていなかった。Artistic
な他の制限事項に関して判断しなかった」とし,
Licenseの文言は明白に,パブリックライセン
続いて著作権ライセンスの性質について,
スの適用において問題となっている経済的権利
「オープンソースライセンスを用いる著作権
を保護する条件を定めている。これらの条件は,
者は,著作権を有する素材につき,改変と頒布
ダウンロード可能なソフトウェアパッケージに
を支配する権利を有する。第2巡回区控訴裁判
含まれるコンピュータプログラム及びファイル
所はGilliam v. ABC事件(1976)で,
「無許諾の
を改変する権利を付与する。その帰属と改変に
編集がされたことの立証があった場合は,その
関する明確な要求事項は,直接オープンソー
著作物の侵害があったと認定するものであり,
ス・インキュベーションページにアクセスを促
それは,著作権者から許諾されたライセンスを
し,川下のユーザーにプロジェクトを周知させ
逸脱した他の使用を利用してしまった場合と何
る。これは著作権法が促進しようとする著作権
23
ら異なることはない」 としている。著作権ライ
者の明白な経済的目標である。この情報の管理
センスは独占的権利を支えるものであり,金銭
された拡散によって,著作権者は創作的協力者
的損害だけがこの権利を支持し,実現するもの
を獲得できるのである。川下のユーザによって
ではない。額面金額として表示された料金とし
行われた変更が,著作権者及びその他の者に
てではなく,当該オープンソースの公開及び変
よって可視的であることを要求することによっ
更時の説明要求に応じて,法的判断には厳密な
て,著作権者はそのソフトウェアの使用状況に
理由の選考が求められる」
ついて知ることができ,将来のソフトウェアリ
「本件では,JMRIの著作権の存する素材をダ
リースを発展させるために他人の知識を得るこ
ウンロードしたユーザは,改変と頒布を行うこ
24
とができるのである」
とにつき,Artistic Licenseの制限事項に従うと
以上から,CAFCは,Artistic Licenseに記載
いう「条件でprovided that」許諾が得られる。
された条件は単なる契約ではなく著作権ライセ
171
ンス条件であると判断し,これにより,もしラ
が,ライセンスが「あたかも契約として扱われ
イセンス条件に従わなかった場合,これに関し
る」大陸法圏においてはこの考え方は直接受容
て著作権侵害が成立すると判示した。
されないのではないかとして,異なった受容が
CAFCは,原審判決を取り消し,事実審レベ
想定される可能性が指摘されている。
ルでの証拠が十分ではないとして,地裁に差し
実務への重大な影響としては,著作権侵害訴
戻した。
訟となると,困難な具体的損害の立証を行わず
とも,504条bに規定される法廷損害賠償を主張
3−3 本判決の評価
しうることが指摘される。さらに弁護士費用を
CAFC判決が出てまだ半年程度のため,時事
含めた訴訟費用の回復を505条に基づいて要求
的には大々的に取り上げられたものの25,筆者
しうる。同時に,この判決によれば,ライセン
が収集した限りでは本件を踏まえた論考,本件
ス規定の法的位置づけにつき,ライセンサーの
の評価はいまださほど多くないように思われ
選択した概念に強く依存することも指摘される
26
る 。
としている。たとえばArtictic License2.0(Arti�
まず,OSSのライセンスについて法的判断が
stic Licenseのヴァージョンアップとして,オー
下された判決はこれまで世界的にさほど多くな
プンソースイニシアティヴによって更新された
く,重要な意義を有する。OSSライセンスはさ
標準ライセンス)は序文でconditionではなく
まざまな種類こそあれ,基本構造としては条件
termの語を用いている��������������
が,������������
これは,元来のArti�
付著作権ライセンスの形式をとっているため,
stic Licenseの文言からの逸脱ゆえにもはやこ
OSSライセンスと著作権との関係について規定
のライセンス規定は条件でなく単なる契約上の
したという点において,本判決は画期的であっ
義務にすぎない,という議論の余地を与えない
た27。
ために,早急に撤回されるべきであるという説
さらに,ライセンス条件を課する著作権ライ
も述べられている29。
センスが遵守されない場合に,著作権侵害訴訟
従来,米国での議論では,GPLをはじめとす
が可能であり,著作権侵害の救済手段が法的に
るパブリックライセンスを著作権ライセンスと
有効であることが示されたことにより,これら
解することを肯定的に捉える立場は,学説とし
のライセンスにもとづいて頒布する者に予測可
て広く見られるところであったが,依然として
能性を与えることになり,法的位置づけの不明
最近でもGPLの契約性を否定する見解が提示さ
確さから,一度紛争が生じた際の不安から導入
れており,2006年ごろの状況においてもコンセ
を躊躇していた者が導入に踏み切ることにより,
ンサスに至っていない状況があるとされる30。
商業利用への加速化が進むことも指摘される。
否定的見解としては,GPLは直接著作権ライセ
しかし,すでにいくつかの問題点が提起され
ンスに適用可能な法律文書として作成されたと
てもいる28。列挙すれば,このライセンスが契
いえないことから,契約としての成立要件の不
約contractでもあるのかについて,明言しては
完 全 性 を 指 摘 す る 学 説 が 存 在 す る。 ま た,
いないことから,従来common low圏で盛んに
Shawn W. Potterは,自由な複製・改変・再頒
行われてきたGPLが契約たりうるかという議論
布を何人に対しても許諾することを制約として
への回答が十分になされていないという点。本
課している点が,過度に反競争的であって公序
件がライセンスという法的ツールの法的効果に
に反し,いわゆるcopyright misuseを構成しう
対する判断か,それとも,さらなる法律的,立
る(米国では著作権濫用法理の適用には,独占
法論的な諸環境の背景があってこそなされた判
禁止法違反の立証は不要)ことから,当該ライ
断かにつき疑問が残るという指摘。本件は英米
センス契約が無効になる可能性を指摘する。
法圏におけるライセンスに関する事例であった
ソースコードの提供や無償性という内容が強行
172
規定に反すると指摘するが,
「従来の商用ライ
アーティスト権利法(VARA)が成立し,視覚
センスにおける制約に比べればごくわずかなも
アート著作物の著作者に氏名表示と同一性保持
のにすぎない,ということを根拠としてcopy�
の権利が認められたが,その適用対象から「電
子的情報サービス」が明示的に除外されており
right misuseを構成するとは考えにくいと結論
31
(101),およそプログラムは保護対象に含まれ
づけている」 。
ていないこともある。
3−4 日本法に対する示唆
Jacobsen CAFC判決は脚注5で次のように
3−4−1 モラル・ライツとの関係
モラル・ライツとの関係について述べている。
判決は,著作者名の表示及び著作物の改変に
「オープンソースライセンスにおける制限事
関して,モラル・ライツとの相違点を強調しつ
項と単なる「著者の氏名表示author attributi�
つ述べている。本判決は,著作権法が財産権的
on」との区別は容易である。著作権法は,著作
利益を保護する法であることを前提としつつも,
権を有する素材に対する名声creditについての
請求の原因として直接の金銭取引手段を要しな
著作者の権利を自動的には保護しない」。Gil�
いことを,商標法の判例(Planetary Mortion
liam判決参照(米国著作権法は,現に記されて
Inc. v. Techsplosion, Inc 11th Cir 2001)のみに
いるように,モラル・ライツを認めておらず,
依拠し述べていること,
「金銭的対価を通例と
また,その侵害に対して何かの訴えを起こせる
する伝統的な著作物」に対して本件の無償配布
ようにはなっていない。なぜなら,著作権法は
の特殊性を強調している点からみれば,著作権
著作者の人格的権利よりも,経済的権利を守る
法に関する先例のない判断であると推察される。
ように作られているからである)
。そのような
この判断が米国における経済的収益を中心とす
権利が特定のライセンスによって保護されるか
るコピーライト・アプローチを修正する方策で
どうかは,ライセンスの文言次第である」とし
あるのか,あるいは財産権中心主義的コピーラ
ている。
イト・アプローチにそのような考え方が原初的
一方で,判決理由本文はこの「自動的に保護
に含まれていることを示そうとした判決なのか
しない」名声reputationの獲得を,経済的な利
の見極めについては,モラル・ライツに関する
益を含む「本質的なsubstiantial」利益の一つと
米国判例法の旧来の態度が関係する。
して例示している(本稿6頁)。
米国判例をみると,モラル・ライツに関する
これを併せ考えると,Jacobsen判決はオープ
ンソースにおいて「名声」が生じることは認め,
判例としてGilliam事件(1976)が,大陸法圏の
著作者人格権に言及しつつも,アーティストの
「名声」は著作権法が直接保護対象として規定
作品の不実表示については,著作権法による救
していないけれども,ライセンスを通じて保護
済ではなく,判例は古くから著作権法以外の理
に値する利益であると認めることを示したもの
論により救済を与えてきたとしている。アー
であると読み取れる。
「経済的利益」を目的とし
ティストが経済的に依拠している作品が不実表
ているとされた当該ライセンス制限事項規定に
示,歪曲されることになれば,経済的なインセ
おける「著者名の表示」と,VARAが保護対象
ンティヴを与える前提が成り立たなくなること
とする「氏名表示権」との区別は意識的に示さ
を認め,その救済のために著作権法ではなくラ
れており,著作権法が財産権的権利を保護する
ンハム法を適用した判例である。このような状
ものであるという大前提を揺るがせずに保護を
況を踏まえて,ベルヌ条約加盟当時の保護の論
与える体裁となってはいる。
争では,米国の法は著作者人格権と実質的に同
ところで,このライセンス事項において経済
等の保護を与えているという結論がなされてい
的権利とされている「著者名の表示」は,大陸
る。併せて考慮すべき背景には,1990年に視覚
法及び日本法との比較の観点からは,従来わが
173
国を含む大陸法圏において著作者人格権の範疇
特にオープンソースオリジナルプログラムの二
に属するとされる氏名表示・同一性保持権が実
次的著作物,改変物を創作したライセンシーに
際に機能する部分までをも含む可能性がある
よる著作権の行使を制限するが,これが,ライ
32
(特にドイツ著作権法11条など )
。名声(声望
センサーの有力な地位の強化,ライセンシーの
Reputation)は,従来大陸法圏では著作者の人
研究開発意欲の減退,新技術開発の阻害を及ぼ
格に関するものとして位置づけられ,ベルヌ条
すおそれのある場合に該当するかが問題となる。
約ではreputationの語が6条の2(著作者人格
「ソフトウェアライセンス契約に関する独占禁
権)にのみ用いられている。日本法においては
36
止法上の考え方」(2002)
は,
「改変の成果に係
113条6項に導入されている名声概念を,日本
る権利・ノウハウの譲渡,独占的な利用の許
法も含め著作者人格権を法制度に採用している
諾」の事例について,
「ライセンサーに譲渡する
諸国においては,著作者人格権の規定をパブ
義務又は独占的な利用を許諾する義務を課す」
リックライセンスに関する利用許諾において,
場合には,
「ライセンシーの取得した知識,経験
積極的に利用する可能性を示唆しているとも考
や改良発明等を,ライセンシーが自ら使用する
えられる。この点で,
「財産的利益と対立する著
又は第三者にライセンスすることが制限される
33
作者人格権」 という立場とは別の立場が,現在
ことによって」
,ライセンシーの研究開発意欲
でもなお有効な局面が存在することが示唆され
の減退,新技術開発の阻害を及ぼすおそれ等を
うるとも考えられる。
招来するとしている。オープンソースライセン
ただ,我が国の著作権法においては,著作人
ス契約は,主体に関して参加者の差別を禁止し
格権のみならず著作財産権の行使についても直
参加に制限を加えないことを基本としており,
接的な経済的(金銭的)利益は不要であること
ライセンサーへの譲渡義務又は独占的利用許諾
も考えられる。
を規定するものではないため,この態様には該
当しないであろう。とはいえ,契約の当事者の
3−4−2 競争法に関する問題
米国におけるCopyright Misuse該当可能性
市場における地位,具体的運用態様により変化
が学説において示唆されていたことから,日本
する可能性が考えられる。特に商用化の進展に
において反競争的行為に該当する可能性につい
よりライセンサーが営利主体として市場におけ
て若干の検討を試みる。公正取引委員会「特
る地位を獲得した場合には,「研究開発意欲の
許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止
減退の高い蓋然性」適用の可能性が考えられ
法上の指針」
(2000)は,特許法等による「権利
る37。かかる非係争条項問題については,直近
の行使」と認められるような行為であっても,
に重要審決が存在したこともあり,今しばらく
「当該行為が発明を奨励すること等を目的とす
議論の集積を待つ必要があると思われる。
る技術保護制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の
3−4−3 オープンソース形成プロセスにお
目的に反すると認められる場合には,特許法等
ける著作者性
による「権利の行使と認められる行為」とは評
日本法は,共同著作物を「複数の者が共同し
34
価できず,独占禁止法が適用される」
としてお
て創作したものであって,各人の寄与を分離し
35
り,かかる行為の一類型として「非係争義務」
て個別的に利用することができないもの」と規
が挙げられている。非係争事項は原則として不
定する(2条1項12号)。
公正な取引方法には該当しないが,一定の場合
Jacobsen事件では改変部分の明示要求事項
に不公正な競争行為に該当し,違法となるいわ
が存在した結果,著作者と著作物性に関して争
ゆる「灰色条項」とされる。
いが生じていないが,このように「協同的プロ
オープンソースライセンス契約は,ユーザに
ジェクト」の成果としてプログラムを完成させ
複製,自由な改変,再拡布を義務付ける点で,
る場合では,一旦共同著作物の創作的関与を
174
巡って争いが生じた場合,訴訟当事者たる共同
ていなかった。
著作者の認定をめぐる困難が予想される。この
原告の主張によれば,被告はドイツ著作権法
点に関し,以下ドイツのミュンヘン地裁判決が
97条1項(不作為請求権),69c条1〜4項(同
一定の示唆を与える。
意を要する行為)に基づき,ソフトウェアnet�
さしあたり,日本法では,著作権法117条2項
filter/iptablesの使用を中止する義務を負う。原
により,共同著作物であるオープンソースの開
告は,被告ウェブサイトを通じたプログラムの
発者が単独で,OSSライセンス違反を理由とし
使用の同意,その複製及び頒布に関しては,著
た著作権侵害に基づく差止請求を行うことは可
作権法に定める使用権が必要であり,被告が
能である。差止請求権の行使が共同著作者の合
GPLのライセンス規定を遵守していないので,
意が不要で単独で承認されることは,GPLを現
被告はGPLを根拠とした使用権を有することは
実に実効性あるものとし,法的安定性を与える
できないと主張した。原告の主張によると,
ために有効であると考えられる。
GPL 4条に定められるとおり,ライセンスに基
づくすべての使用権は,GPLの2条及び3条違
4 判例2 独ミュンヘン第1地裁
38
2004年判決
反を根拠として消滅するものであり,被告が,
GPLの適用もライセンス規定も表示することな
く,また,ソースコードを利用可能にすること
以下取り上げる最初の判決を含め,ドイツで
なくソフトウェアを公開していたことについて,
は2008年までにGPLに関して地裁で4つの判決
被告は原告の著作権を侵害するとした。
が出されており39,OSSライセンスに好意的な
4−2 理由
傾向が認められる。
2004年4月2日,ミュンヘン第1地裁は申請
4−1 事実
通り被告にnetfilter/iptablesの使用を禁じる仮
原告はオープンソースプロジェクトnetfilter-
処分を下し,これは2004年5月19日のミュンヘ
iptablesのプログラム開発者であり,当該プロ
ン第1地裁により口頭弁論にもとづき確認され,
ジェクト内で,netfilter-iptablesという名称の
仮処分は認められた。
GNU/LinuxOS等向けファイアウォールを開発
裁判所は,原告が当該ソフトウェアの共同著
していた。このプロジェクトはインターネット
作者であると認め,著作権法97条(不作為請求
プラットフォームを通じてファイアウォールを
権),69c(同意を要する行為),8Ⅱ(共同著
ダウンロード可能な状態にしていた。これは
作者),15条(利用権)に基づく請求をなしうる
GNU/GPLのもとで不特定多数の者に利用可能
とした。裁判所は著作権法97条に基づく請求権
とされているフリーソフトウェアである。
が,被告が使用権者でなかったことから生じる
被告は,オランダ国籍会社の子会社である。
とした。判決はまず,GPLの条件は著作権及び
ルーターに用いられるファームウェアを,ウェ
著作権法上の法的地位を放棄するものとは考え
ブサイトを通じてオブジェクトコード形式で広
られず,逆に,ユーザーは,ソフトウェアのさ
告,販売しており,その中にはソフトウェア
らなる発展と拡布というアイデアを確かなもの
netfilter/iptablesがオブジェクトコードの状態
とし,実現するために,著作権を自由に行使す
で含まれていた。このウェブサイトでは,この
ることができるとした。そして,GPLライセン
ファームウェアがGPLのもとで作成されたとい
ス条件をドイツ民法典305条以下に規定される
う表示も,GPLのライセンス文言に関する表示
普 通 取 引 約 款Allgemeine Geschäftsbedingun�
も な さ れ て い な か っ た。netfilter/iptablesの
genであるとした。
ソースコードもまた,ここでは一般に公開され
裁判所はまず,BGB305Ⅱに基づく普通取引
175
約款が,原告と被告の間における契約関係にお
及び/又は譲渡になるわけではなく,この恐れ
いて有効に生じたことに疑いはないとする。
は当該契約の構成に関しては限られたものであ
るとした。
「インターネットのサイトでは約款が表示され
ており,さらにこの約款へは一般にアクセス可
条件の規定が,著作物の流通性を「オープン
能とされていた。ドイツ語の翻訳が公的なもの
ソースソフトウェア」であることによって制約
でなくとも,コンピュータ業界において英語は
しうるという点も指摘されたが,頒布者が複製
広く普及した専門語であるという状況を顧慮す
物の作成の時点で例えば権利の返還ゆえにもは
れば,少なくとも,著作者と営利ソフトウェア
や権限を有しなくなった場合には,消尽原則に
企業が問題となっている場合には公式の約款が
は該当せず,ユーザーは無許諾者から複製物を
英語のみであることを理由として有効性が否定
取得することになるとはいえ,第三者がGPLの
されることはない」
承認の際に,いかなる時でも必要な使用権を著
続いて裁判所は,2条に規定された行為類型
作者から直接取得しうるので,この観点は無視
の違反を行った場合に自動的に権利が返還され
して差し支えなく,権利返還の帰結は,純粋な
ると定めるGPL4条は,利用者の契約相手方を
債務法上の制限の場合と似て,主に著作者の契
不当に不利に扱っているとはいえないと判断し
約相手方に該当し,権利の流通性はほとんど損
た。
なわれえなず,
「さらに,侵害の際にも侵害者は
裁判所は,
「条項に規定される自動的返還を
いつでも約款の受け入れと遵守によって権利を
ドイツ法で法的に有効にする法律構成について,
再取得することができるということも考慮され
学説では,ライセンシーが契約義務を遵守しな
うる。それゆえ,この自動的な損失は,侵害者
かった場合に,自動的な権利の返還を予定する
にとって特に酷というものではない」こと,
解除条件付物権的同意を単に承認することが提
第三者はソフトウェアの使用権を無許諾者か
案されている。これは,物権的な法律行為に原
ら得ていたことにかかわらずいつでも取得しう
則として条件が認められていないわけではない
るので,権利と著作物の流通性はこの条件に
ことにより説明される。裁判所は著作権法31条
よって,ごく僅かに損なわれているにすぎない
I2文に関しては,この構成に賛同するもので
こと,さらに返還の結果は契約違反者に帰せら
40
ある」
れることから,裁判所は,GPL 4条は31条Ⅰ項
原則として,解除条件は少なからざる事例で
2文の規定を迂回するものではないと判断した。
著作権法31条の規定の迂回に用いられる恐れが
続いて,裁判所はライセンシーは単に,無償
存在するが,著作権法31条に基づいて著作権法
で利用に供され,場合によっては翻案されたソ
上の使用権の解除条件付きの権利許与が原則と
フトウェアを譲渡し,第三者にもまたそのソフ
して否定されるということにはならず,31条の
トウェアを利用できるようにする義務を負うだ
迂回か否かという問題は,契約全体に基づいて
けであるから,GPL 2条,3条は約款として認
判断されるべきであるとし,そこで問われるべ
められるとし,オープンソースソフトウェアの
きは,解除条件が権利及びソフトウェアに所収
基本原理は,いずれにしても立法者によって著
され(さらに翻案され)た個々の著作物の流通
作権法32条3項3文の規定41に明白に認められ
性について,どのような効果を有しうるかとい
ていると判示した。
う問題とした。使用権の物権的設定の制限につ
以上を主な理由として,本案判決までGPL違
いての重要な観点は,特に何重にもわたる取引
反のソフトウェアが頒布されることを甘受する
の連鎖において権利の流通性を維持することで
ことは,原告には求められないとして,処分は
あり,ゆえに,何らかの行為義務に対するあら
肯定されうるとした。
ゆる違反が,無許諾者によるソフトウェア複製
176
4−3 評価
5 小括
Till Kreutzer氏 はMMR 2008 Heft10の 評 釈
で,
「原告にとって,権利の主張の際に,原告が
裁判所によって,8条1項に基づくソフトウェ
2つの判例においてオープンソース紛争の諸
アの共同著作者と判断されたことは不利にはな
外国における例を見た。すでに米国及びドイツ
らなかった。裁判官は原告を単独で訴訟追行可
の判例において,OSSモデルは著作権に敵対的
能であるとした。実体法的な根拠として,8条
なものとしてはとらえられていないと見ること
2項3文前半が示される42。その際,原告は不
もできよう。特に,OSSライセンスの付与を著
作為請求のみを主張したため,給付はすべての
作権の放棄とする見解はもはや見られないと考
共同著作者について必要とされるという8条2
えられる。残された問題の中心は個々の著作権
項第3分後段の制限は有効ではなかった。8条
規定,支分権及び著作者,契約法規定との関係
2項3文前段は,その際,フリーソフトウェア
であり,各国の状況はかなり異なっている状況
ライセンスに基づく請求権の主張に関して,卓
が見られる。関係をめぐる解釈次第では,OSS
越した意義を有する。特にフリーソフトウェア
ライセンスの帰結につき各国ごとに差異が生じ
開発の領域において,世界的に拡散したデータ
ることが予想される。特に,従来,著作権ライ
のネットワークを通じてのみコミュニケーショ
センスが著作権の経済的利益の実現に用いられ
ンする開発コミュニティは珍しいものではなく,
ていたところ,オープンソースのライセンスが
むしろ通常のものである」
。もし不作為請求訴
直接経済的利益を生じるとは必ずしも言えない
訟に共同著作者全員の参加が必要であるとすれ
ことについて,従来財産権的コピーライト法制
ば,
「たとえば,GNU/Linuxオペレーティング
を採用してきた米国CAFCのとった態度は,経
システムのすべての開発者が,不可欠な紛争当
済的利益の存在を根拠とすることを貫徹する点
事者とみられ,共同で訴訟を行うことが想定さ
で特徴的であり,ドイツ法や,我が国のライセ
れうる。このようなことは実際には不可能であ
ンス契約実務においては相異なった取り扱いも
る。8条2項第2文前段は,ドイツ著作権法に
生じよう。この点は別稿にて引き続き検討する。
とって,バザール形式において生じる著作物に
対する不作為請求が訴訟においても主張されう
注
るために,重大な前提を作り出したのである」43。
として,ドイツ著作権法の共同著作者に関する
規定のオープンソースソフトウェアに関する意
義に言及する。
地裁はGPL普通一般取引約款であると認め,
著作権法31条1項2文に基づきライセンシーが
契約義務を遵守しなかった場合に,解除条件に
よる使用権(ドイツ著作権法31条)の自動的返
還 と い う 学 説(Metzger, Open Source Soft�
ware und deutsches Urheberrecht GRUR Int.
1999 Heft 10)を採用し,GPLの契約としての
有効性を認めている。
177
1 Open Source Initiative(http://opensource.
org/)の定義によれば,次の10要件を満たすも
のをさす。
(http://opensource.org/)①自由な
再頒布(Free Redistribution)②ソース・コー
ドの公開(Source Code)③改変・派生版の作
成を認めること(Derived Works)④開発者の
ソース・コードの同一性保持(Integrity of The
Author‘s Source Code)⑤個人・団体に対する
ラ イ セ ン ス の 差 別 禁 止(No Discrimination
Against Persons or Groups)⑥領域に対する差
別 禁 止(No Discrimination Against Fields of
Endeavor)⑦ライセンスの分配(Distribution
of License)⑧ライセンスは特定製品に特有の
ものであってはならない(License Must Not
Be Specific to a Product)⑨ライセンスは他の
ソフトウェアを制限してはならない.(License
Must Not Restrict Other Software)⑩ライセ
ウェアの定義は次のように注意を喚起してい
る。
「フリーソフトウェアが問題とするのは価
格ではなく自由である。この概念を理解するに
は,無料のFreeビールではなく,自由な言論
Free Speechを想起すること」
11 Jacobsen v. Katzer 2008 U.S. App. LEXIS
17161 (Fed. Cir.2008)判決文は以下でも入手可
能。http://www.cafc.uscourts.gov/opini�
ons/08-1001.pdf
以下判決文の訳語の選定は,原則として山本
=増田訳,アメリカ著作権法(著作権情報セン
ター)及びシュワルツ著,高林龍監修,安藤和
宏=今村哲也訳『アメリカ著作権法とその実
務』
(雄松堂出版,2004)に依拠した。
12 Open Source Initiativeサ イ ト 内 のhttp://
www.opensource.org/licenses/artistic-license.
php参照。
13 Katzerは,KamindのCEOである。
14 模型車両をデジタル信号で制御するコント
ローラーであるDCC(Digital Command Cont�
roller)を設置し,これをPCと接続する。PCに
本件におけるJMRIなどの制御用ソフトをイン
ストールすることで,模型車両の制御が可能と
なる。
15 Artistic Licenseはユーザに次のような条件
で本ソフトウェアの複製,改変,頒布を認めて
いる。
「ユーザが,いつ,どのようにそのファイルを
変更したのかを記述した目立った注意書きを,
変更された各ファイルに記載するという条件,
及び,以下の少なくとも1つを行うという条
件。
a)ユーザによる改変部分をパブリックドメ
イン(斜体の箇所大文字)とする場合,ま
たは,そうでなくても,例えば次のように
して自由に利用できるようにする場合。
ア 上記改変をUsenetもしくは同様のメ
ディアに投稿すること
イ ftp.uu.netのような著名なアーカイヴ
サイトに置くこと
ウ 著作権者がユーザによる改変を含むこ
とを認めること
b)改変されたパッケージを,そのユーザの
企業又は組織内でのみ利用する場合
c)非標準的な実行ファイルに改名し,名前
が標準的な実行ファイルと抵触しない場合
で,標準ヴァージョンとの相違点を明確に
記載した個別のマニュアルページを提供す
ンスは技術中立的でなければならない(Licen�
se Must Be Technology-Neutral)
。
2 Creative Commons License下には,すでに1
億の著作物が存在するとされている。GPLのド
キュメント用ライセンスGeneral Free Ducu�
ment Licence(GDFL) に よ っ て 保 護 さ れ る
Wikipediaは,約900万の記事を250以上の言語
で 有 し て い る( 後 掲 注11 Jacobson v. Katzer
CAFC判決による)。
3 Richard Mattew Stallman(1953−)米国の
プログラマー。フリーソフトライセンスの祖
GPLを策定し,コピーレフトCopyleftを概念化
した。フリーソフトウェア財団(FSF)を設立。
4 R.ストールマン,長尾高弘ほか訳『フリーソ
フトウェアと自由な社会』(アスキー,2003)参
照。
5 OSSに関する問題提起や言及は頻繁に行われ
ているが,内容につき論じられたものは未ださ
ほど多くないように見受けられる。現状でOSS
と知的財産権につき最も詳細に論じられた文献
としては,平嶋竜太「GPL(General Public Li�
cense)」高林龍,小川憲久ほか『ビジネス法務
大系Ⅰ ライセンス契約』311頁,同「ソフト
ウ ェ ア 関 連 発 明 と 知 的 財 産 法 」『 知 財 年 報
2006』,SOFTIC研究会『オープンソースソフト
ウエアの現状と今後の課題について』(2003),
小川憲久「オープンソース・ソフトウェアの法
的課題」法とコンピュータ22号(2004)特に
67-97頁「法的問題の整理」。GPLに関しては,鎌
田真理雄「オープンソースに関する法的諸問題
(GPLを中心として)」知財ぷりずむ43巻4号
(2006),岡村久道『オープンソースソフトウェ
アのライセンス─GPLv.3を中心に─』コピ
ライト2008年3月号。
6 本節のみ2006年11月28日に行った報告を改訂
した。
7 §101difinitions: A “computer program” is a
set of statements or instructions to be used
directly or indirectly in a computer in order to
bring about a certain result.
8 経済産業省商務情報政策局情報経済課SOF�
TIC研究会『オープンソースソフトウエアの現
状と今後の課題について』59頁。
9 フリーソフトウェア財団FSF(http://www.
fsf.org/)
10 これに対して,Stallman=FSF側から,ユー
ザが持つ自由の権利を想起させないとする再批
判がなされている。GNUによるフリーソフト
178
ること。
d)その他の頒布に関する協定を著作権者と
結んでいる場合」
16 LEXIS 17161,pdf版Full Text, p.3.
17 Ibid.
18 商標に関する事件。商標権者はGPLのもとで
ソフトウェアを頒布していた。インターネット
を通じて商標を付したソフトウェアの頒布は,
その販売が行われない場合であっても,ソフト
ウェア名に関する商標権を認めるに足りるとさ
れた。上記引用箇所の直前には次のようにあ
る。「特定の標章のもとでソフトウェアを開
発・頒布して当該ソフトウェアのパブリックド
メイン化を阻止する行動をとることにより,商
標権者はそのソフトウェアの帰属の権利ow�
nership rightsを保持しようとし,当該ソフト
ウェアが,同様の又は関連するソフトウェアを
頒布する可能性のある他の開発者から識別可能
となるよう努力していた。競争行為が,直接の
金銭的利益を要求することにより助長されるこ
とまでは要求されない」(p.9)。
19 この問題につきシュワルツ,前掲書341頁は
述べる。「民事上の救済手段─ライセンシー
による権利付与の条件違反がときどき,著作権
法違反ではなく,単なる契約covenant違反であ
ると解釈されることは,注目に値する。かかる
状況の下での唯一の救済は,契約違反に対する
訴訟の提起であり,ここで特定される救済手段
[著作権侵害の民事上の救済手段:筆者補足]
を利用することはできない。」また「著作権法の
もとに生じたのか,契約法のもとに生じたの
か」ゴーマン=ギンズバーグ,詳解340頁以下参
照。
20 「米国著作権法は,モラル・ライツを認めず,
その侵害を請求の原因とは認めていない。なぜ
なら,著作権法は著作者の人格的な権利より
も,経済的な権利を守るように作られているか
らである」このGilliam事件では,著作物の同一
性を毀損するような広汎かつ無許可の改変につ
き翻案権侵害(106条2項),氏名を伴う切除さ
れた著作物の公開につきランハム法違反
USC1125(a)が判示された。シュワルツ・実務
225頁,ゴーマン=ギンズバーグ・詳解558頁参
照。
21 Lexis 17161, p.4 “Katzler/Kaminds argues
that copyright law does not recognize a cause
of action for non-economic rights“
22 Diepenbrock v. Luiz, 1911
23 ゴーマン=ギンズバーグ・詳解556頁。
24 LEXIS 17161, p.7
25 “Ruling Is a Victory for Supporters of Free
Software” New York Times, 8/13など。
26 ここでは判決の評釈として,Fitzgerald, Bri�
an F. and Olwan, Rami (2008)The legality of
free and open source software licences: the case
of Jacobsen v. Katzer, in Perry, Mark and Fitz�
gerald, Brian F., Eds. Knowledge Policy for the
21st Century. Irwin Law.を特に参照した。
27 Fitzgerald ibid
28 Fitzgerald, ibid
29 Julia Fitzner, „CAFC:Urteil zur Durchsetz�
barkeit von Open-Source-Lizenzen“MMR 2008
Heft 12 XV f.
30 平嶋・前掲「GPL」328頁。
31 Shawn W. Potter. 2000 Opening Up to Open
Source.6 Rich J.K. & Tech. 24.及び平嶋・前掲
「GPL」331頁脚注28頁参照。
32 「第11条:著作権は,著作者を,その著作物に
対するその精神的かつ個人的な関係において,
及びその著作物の使用において保護する。著作
権は,同時に,著作物の使用に対し相当なる報
酬を確保することに寄与する」
(本山雅弘訳,
CRIC,2007)
33 中山信弘『著作権法』391頁(有斐閣,2007)
は,
「デジタル時代においても著作権は重要で
あるが,他方,情報化時代においては著作権の
経済的価値が増大しており,著作者人格権の要
請と経済財としての要請が相反する場合も少な
くない」と述べる。
34 「指針」
(2002)4頁。
35 指針17頁。
「特許ライセンス契約において,ラ
イセンサーがライセンシーに対して,ライセン
シーが所有し,又は取得することとなる全部又
は一部の特許権等をライセンサー又はライセン
サーの指定する者に対して行使しない義務(ラ
イセンシーが所有し,又は取得することとなる
全部又は一部の特許権等をライセンサー又はラ
イセンサーの指定する者に対してライセンスを
する義務を含む。
)を課すことは,ライセンサー
が特許製品若しくは当該特許に係る技術の分野
における有力な地位を強化することにつながる
こと,又はライセンシーの特許権等の行使が制
限されることによってライセンシーの研究開発
の意欲を損ない,新たな技術の開発を阻害する
ことにより,市場における競争秩序に悪影響を
及ぼすおそれがある場合には,不公正な取引方
179
法に該当し,違法となる(一般指定第13 項(拘
束条件付取引)に該当)」「専ら公正な競争秩序
維持の見地に立ち,被審人の行為の態様,競争
関係の実態及び市場の状況等を総合考慮して,
当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を
個別に判断して公正な競争を阻害するおそれが
あるか否かの観点から検討する」。例えば,マイ
クロソフト非係争条項に関する平成20年9月16
日審決)被審人の行為は,「OEM業者の保有す
る特許権を極めて広い範囲で,極めて長期間に
わたり,事実上,一方的かつ無償で,被審人ら
に利用させることを可能とさせるという意味に
おいて被審人とOEM業者の間で均衡を欠いた
ものである」とする(101頁)。
36 著作権法と独禁法委員会「著作権法と独占禁
止法に関する調査研究」(CRIC,2006)77頁以
下参照
37 2007年策定のGPLv.3第11条は,ソフトウェア
特許につき,
「一対一の取引や協定に基づき,あ
るいは関連して,GPLソフトの一部ユーザに対
してソフトウェア特許のライセンスを与えた場
合に,そのライセンスの対象者がユーザ全員へ
と自動的に拡張されるとしている」岡村前掲
1)17頁。この規定が設けられた趣旨は,かか
る 合 意 が ノ ベ ル 社 とMicrosoft間 で 結 ば れ,
Linuxユーザー間に不公平感を与えたことを踏
まえたものである(岡村久道・前掲注3))。米
国ではオープンソースが反競争的か,技術開発
に阻害をもたらしたかに関していくつか判例が
あるが,阻害は認められていない。
38 LG München, Urteil vom 19.5.2004 -21 O
6123/04 (GPL-Verstoß),GRUR-RR 2004
Heft12,MMR 2004 Heft 10
39 LG München, Urteil vom 19.5.2004 -21 O
6 1 2 3 / 0 4 ( G P L - V e r s t o ß ), L G F r a n k f u r t
a.M.:Urteil vom 06.09.2006 -2-06 O 224/06, LG
Berlin, Beschluss vom 21.02.2006 - 16 O
134/06, LG München I, Urteil vom 12.07.2007 7 O 5245/07 は現在OLG Münchenに控訴され
ている。ここで援用された学説は,Metzer/
Jaeger, GRUR int. 1999. 839 ff. ; Omsels, in FS
Hertin ; Pla·, GRUR 2002, 670 ff.
40 第31条 使用権の許与……「使用権は,単純
使用権又は排他的使用権として,地域的,時間
的,又は内容的に制約を付して許与することが
できる」
。
(本山雅弘訳,著作権情報センター,
2007) こ こ で 援 用 さ れ た 学 説 は,Metzer/
Jaeger, GRUR int. 1999. 839 ff. ; Omsels, in FS
Hertin; Pla·, GRUR 2002, 670 ff.
41 ドイツ著作権法第32条 相当なる報酬……⑶
契約の相手方は,前2項に反する合意で著作者
の不利益となるものを援用することはできな
い。前2項の規定は,それらの規定が別途の手
段によって潜脱される 場合にも,適用するも
のとする。ただし,著作者が他人に対して単純
使用権を無償で許与することは,これを妨げる
ことができない。(本山訳・前掲注40)
42 「各共同著作者は,共同著作権の侵害を根拠
として,請求権を行使することができる。ただ
し,各共同著作者が求めることのできる給付
は,すべての共同著作者に対する給付にかぎら
れる」。(本山訳・前掲注40)
43 MMR 2008 Heft10. S.696
180
Fly UP