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Uchida Report 43 「経済・政治面が油価に圧力」 -トルコ事情、IEA 動向

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Uchida Report 43 「経済・政治面が油価に圧力」 -トルコ事情、IEA 動向
Uchida
Report
43
「経済・政治面が油価に圧力」
-トルコ事情、IEA 動向ー
1.
(1)
需要供給、相場の動向
需要増加速度に対応不可能な供給
世界の石油生産は需要拡大の速度の余りの速さに、世界の生産設備はフル稼働に
近いと思われる。今後既存油田の老朽化に伴う再生投資による生産維持と、新規油
田開発が必要となる。新規油田開発には、探査、開発、生産に長年月を要する。既
存油田の生産低下は年率 4~6%と見られており、このギャップを埋める事は極めて
困難な状況にある。
また、既存油田が一時的に供給を増やしても、その埋蔵量を低下させて将来の供
給不足を拡大するだけで、石油企業には売り急ぐインセンテイブは無い。しかも将
来の石油需要は膨大で価格上昇は疑問が無く、保有石油現物は、価格上昇を見込め
る優良資産となっている。
(2)
相場への投機資金流入
WTI 先物市場で、一ヶ月、二ヶ月先に決済される期近物が半年、一年先に決済す
る期先物より高くなる「逆ざや」状態が続いている。従って高くなった期先物を売
り、その先の期先物を買うと容易に差益が取れる。従って世界から投機資金が流れ
込んでいる。そのため半年、一年先の原油価格が決り、それに対応する経済活動が
なされている
原油は確実に消費されて消えるもので、その需要が減る事はあり得ない、又簡単
に安く採油できる巨大油田が発見される見通しは無い。とすれば長期的な投資リス
クは極めて小さい。
(3)
価格抑制手段無し
原油高を根本的に抑えこむ有効な手段は見当たらない。有機資金を原油商品市
場から退出させる金融引き締めを市場経済では考えるが、今産油国が 1 国でも大幅
減産すれば原油価格を高騰させる事が出来る状況となっている。それを知った供給
側は、世界経済が高価格を吸収し続ける限り、価格低下、資産減少を考える事は無
いと思われる。また、産油国は巨額の「マネー」を有し、実物供給と相場操作の両
面から価格維持が出来る力を持ったと言う事である。
(4)
制御不能な投資
世界の原油実需に対して、先物を含めた欧米原油市場での取引量は 100 倍を超え
るといわれる
1
2007 年 9 月の OPEC 総会で、米国など消費国の意向を受けて、サウジアラビアが
加盟国を説得して 11 月から 50 万バレル/日の増産を決めたが、市場は反応せず結果
的に原油相場は上昇した。反米のイラン、ベネズエラなど多くの国が増産効果無し
との認識を深める結果となった。反米のベネズエラ・チャベス大統領は、OPEC 首
脳会議の開会式典(2007 年 11 月 7 日夜)で、「米国がベネズエラやイランを軍事力で
攻撃したら 1 バレル 200 ドルに高騰すると演説した。サウジアラビアのアブドラ国
王が「石油は争いの道具ではない」とたしなめたと報じられている。OPEC 内で対
立がある一方で、投資マネーはあらゆる事象を利用して利益誘導への猛威を振るっ
ている。誰もそれをコントロールする事は不可能になっている。
2.
欧米石油メジャーの動向
油田開発の高度な技術力と資金調達力を持つのは欧米石油メジャーである。欧米
石油メジャーが、確認埋蔵量を 1 バレル追加するのにかかった費用は、2006 年上位
5 社平均 2.09 ドルで、原油高を前提としたリスクの大きい探鉱では無く、低コスト
で資源基盤を築く経営姿勢が明確に示されている。
欧米メジャー5 社の資源開発を巡る主な指標
(2006 年、カッコ内は前年比増減率、単位は%もしくはポイント▲は減)
探鉱コスト
(1 バレル当たり、ドル)
生産量
確認埋蔵量
(日量、1000 バレル)
1.21
(68)
4.439
シェル
1.59
(10)
3.473 (▲1)
12.942
(6)
B
1.08
(▲39)
3.952 (▲2)
17.700
(▲1)
11.752
(2)
11.120
(0)
エクソン
(8)
(百万バレル)
23.216 (2)
モービル
P
シェブロン
3.61 (▲67)
2.587
(8)
トタル
2.96
(20)
2.309 (▲7)
5 社平均
2.09
(▲40)
3.352
(1)
15.346
(1)
(注確認埋蔵量は天然ガスを含め原油換算。「探鉱コスト」は埋蔵量を 1 バレル
追加するのにかかった費用。出所は大和総研ヨーロッパ)
探鉱は、地層を CT スキャニングの様に解析する技術の向上で効率よく高確率で行える。
その後の石油開発と生産には、経済・政治両面からコストが上昇している。油田の操業
は長期間にわたるために、原油相場の下落の場合でも収益を維持するために保守的な経
営姿勢を維持している様である。
こうした既存油田を中心に、確認埋蔵量を増やすのは、資産価値の拡大が主であって
も、市場最高値をつける原油相場の利益の恩恵を持続させる事が出来ていないようであ
る。石油メジャーの業績は、次の様に減速している。
2
2007 年 7~9 月期利益(前年同月比)
エクソンモービル
94 億 1000 万ドル(10%減)
ロイヤルダッチシェル
69 億 1600 万ドル(増益幅減少)
B
44 億 600 万ドル(29%減)
P
コノコフィリップス
36 億 7300 万ドル(3%減)
生産減少、石油製品価格転嫁の遅れ、治安悪化、油田操業度低下。
新規油田開発コストの大幅増大がある。
これからメジャーは、既存油田の採出増加と新規油田開発の両面が必要である。
これに対して、原油高騰に伴う、諸資材価格の高騰、建設労働力の不足、高度技術者
と設備供給不足に加えて困難な開発僻地環境もあって、必要な投資額の飛躍的増大と
遅々として進まぬ開発から新規供給源確保の見通しは暗い。
3.
政治情勢が原油供給不安定化
石油供給と価格に影響を与える二大政治勢力は、中東地域諸国とロシア・中央アジ
ア諸国である。
政情不安の要因として、イラン問題があり、又イラク石油供給問題と中央アジアに
おける米国・西欧諸国とロシアとの対立がある。イランの供給力は核開発問題が絡み、
開発投資が進まない事情にあるが、一朝米国が軍事行動を起こすとその衝撃は中東
全般から全世界へ波及する。
中央アジアは、アゼルバイジャンの ACG 油田の大型プロジェクトが、今後の新規原
油供給源として西側諸国に大きな期待が持たれている。
この油田周辺には旧ソ連邦の親欧米 4 カ国が存在する。このグルジア・ウクライナ・
アゼルバイジャン・モルドバで組織する GUAM の首脳会議が、2007 年 6 月 18~19
日にアゼルバイジャンの首都バクーで開かれ、GUAM 枠内で各国が領土内に抱える親
ロシア分離勢力との紛争解決のための平和維持軍の創設、エネルギー協力、カスピ海
に埋蔵されるエネルギーを欧州に運ぶ輸送網建設などについて協議し、合意をした。
ポーランド・リトアニア・ルーマニアの首脳も出席している。
議長国アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、カスピ海産の原油をウクライナとポ
ーランドを結ぶパイプラインに供給する方針を表明した。ロシアがエネルギーをテコ
に影響力を強化することに対抗して欧米との連携の下に、ユーラシア新興国の自立
自衛基盤強化への動きである。
イランのアフマデネジャド大統領は、OPEC 首脳会議で訪問していたリヤドの記者
会見でサウジアラビアが提案しているイラン核開発問題の打開案の検討を表明した。
(2007 年 11 月 18 日)
サウジ案は、イランがウラン濃縮を停止する代わりに、中東諸国の共同施設をスイ
スの様な中立国に設立して、そこがイラン向けの濃縮ウランを製造するというもので
3
ある。これにはイランのウラン濃縮を求める米国の関与は排除するという内容で、サ
ウジのアブドラ国王が前向きの検討を求めていたものである。
2007 年 12 月初め米国政府は国家情報評価(NIE)で、「イランは 2003 年秋に核兵
器開発を停止した」とする報告を公表した。ロシアの国営原発企業は、12 月 17 日これ
まで供給を延期していたイランで建設協力しているブシェール原子力発電所向けの燃
料である低濃縮ウランの輸出を開始し国際原子力機関(IEA)の枠組みの中で今後 2
ヶ月間に原発稼動に必要な核燃料をすべて供給すると発表した。米国安全保障会議
(NSC)のジョン・ドロー報道官は「イランは独自にウラン濃縮を進める理由が無く
なった」と述べ独自の濃縮活動停止を求めた。米ロは事前に協議をした事を明らかに
している。(AFP 通信)
4・
トルコの地政的重要性
トルコは、イスラム教徒の国であるが、選挙によって選出された大統領を持つ民
主主義国家で、これまで政教分離で他のイスラム教国と異なる立場にあり、ある程
度西側諸国とも共有感を持つ国である。
トルコは、原油天然ガスに対して重要な立地にある。
(1)
中央アジアの天然ガス・石油
ロシア支配地域を経由しない西側諸国投資の BTC パイプラインがある。
ボスポラス海峡を押さえ、黒海からの搬出に対する支配力を持っている。
(2)
イラクの主要油田からのパイプライン
イラク・キルクークの油田からジェイハンへのパイプラインでイラク石油が西側諸
国へ供給されている。その地区はクルド民族が居住する。
トルコでは、イラク北部を拠点にトルコ内で攻撃を繰り返すクルド人非合法組織、
クルド労働党(PKK)に困惑している。PKK は、トルコからのクルド人の分離独立
を求めて、1980 年代からトルコ政府と衝突し、トルコ政府はイラク領内の PKK 拠
点を度々攻撃している。トルコ議会はイラクへの越境攻撃を承認した。これはイラ
ク問題を一層複雑化する要因となりかねず、米国は対応に追われている。この事は、
原油価格高騰原因の一つとなっている。
クルド人は人口推計 2700 万~3600 万人で、トルコ、シリア、イラク、イランに
またがって住む民族で、約 1400 万人がトルコに住む。トルコ住民の約 2 割を占め、
西部に多く住み、トルコ国民である。政府は分離独立に反対しており PKK をテロ
組織としている。これまで PKK の攻撃・テロによって 3 万人が死亡している。
5・
EU 加盟とイラク原油
トルコは経済的に欧州に関係が深く、EU 加盟を申請しており、西側市場との一体
化を進めて来ているが、イスラム教徒である事から EU 内には加盟慎重論がある。
EU の欧州委員会は、2007 年 11 月 6 日、EU 加盟国拡大に関する年次報告書をま
とめた。トルコやバルカン諸国について「EU 加盟は中長期的には可能」と判断。当
4
面は東方拡大を見送る方針を示した上で、候補国に民主化や経済改革への取り組み
加速を要求している。
トルコは、ロシアと対立した歴史があり、米国や西側諸国は対ロシア政策上も味
方にしておきたい政治、軍事上の思惑がある。
資源豊富な中央アジアを巡り、西から米欧、北からロシア、東から中国の覇権争
いが繰り広げられており、西側へ接近を図るアゼルバイジャン、グルジアからの BTC
パイプラインの安全確保をしたい西欧諸国とそれを抑止したいロシアの圧力を受け
る両国の背後にあるトルコは、米国にとって、イラク、イラン問題と合わせて無視
できない重要な地政学的立場にある。
一方、イラクはサウジアラビア、イランに次ぐ世界第 3 位の原油埋蔵量を持ち、
原油価格が 1 バレル 100 ドルに迫る中で、世界中の有力石油会社がリスクを承知し
つつも石油資源開発などの技術協力を実施している。
嘗て 300 万バレル/日の大産油国イラクは、イラク戦後の混乱が続き現在約 200 万
バレル/日の産出であるが、中期的には無視する事の出来ない資源量と、その搬出に
地中海へ向けてトルコのパイプラインは危険の存在するアラビア湾軽油と異なって、
極めて重要な意味を有しているのである。
6.
IEA 原油 150 ドル突破指摘
国際エネルギー機関(IEA)は、2007 年 7 月版「世界エネルギー展望」を 2007
年 11 月 7 日発表した。
IEA は、加盟 26 カ国の原油輸入価格を予測しており、2015 年にかけて一旦緩や
かに下がる。それはサウジアラビアのクライス油田、アゼルバイジャンの ACG 油田
などの大型プロジェクトの稼動があるとしている。しかし 15 年以降は中国を筆頭に
新興国の需要は拡大して、30 年には標準見通しで 1 バレル 107.59 ドル(物価上昇を
割り引くと実質では 62 ドル)になるとしている。
中国、インドなどが想定以上の成長をしたシナリオでは、150.97 ドル(同 87 ドル)
に達すると見込んでおり、WTI 価格では 159 ドルに相当する水準となる。
IEA は、石油消費国で構成されており、これまで消費国の立場で、原油高は産油
国の減産や投機資金流入で原油価格はかなり嵩上げされていると強調して、意識的
に価格見通しを低価に抑えて来た。このため、原油価格予測は大幅にはずれ、先進
諸国が政治的に OPEC 首脳に述べさせた原油価格 40 ドル台安定に誰も耳を貸さな
くなって来ていた。
IEA の大幅な転換であり、増加需要を満たすには、累計約 22 兆ドルの設備投資が
必要と試算している。また、価格の急騰へのリスクも認めている。
この解析にこれまで述べてきたような視点
(1)
金融不信による現物投資志向への動き
(2)
中東、ロシアなど供給国の資源ナショナリズム
5
(3)
政治対立と資源争奪の世界大戦
(4)
不慮の政治紛争勃発の可能性が存在
この考慮は予測不可能で、それらは上ぶれしても下ぶれするとは思われない。原
油 200 ドル説も非現実的ではない。原油 100 ドル時代は確実に到来しているのであ
る。
7.エネルギー安全保障体制の強化
IEA は、価格予想が産油国へ消費国がその価格容認と受け止める事への警戒から、
低価格表示の姿勢が抜けきれない。従って、IEA 予測値は世界経済が破綻して原油
消費が激減しない限り、最低ラインの価格と見ておく方が良い。
消費国の潜在的危機感は強い。大消費国中国とインドは IEA が運営する石油備蓄
メカニズムに参加して、緊急時対応訓練に初参加する。石油備蓄のインフラ整備や
省エネルギー対策でも IEA の助言を受ける。
2007 年12月の IEA 理事会に、中印両国のエネルギー当局幹部がオブザーバーと
して出席して参加方針を示した。これは、特定地域での石油供給の途絶を想定し、
国際間の取引、原油相場への影響などを検討の上、加盟各国の備蓄の協調放出の手
順などを確認するもので 2008 年 6 月に実施される。
IEA 加盟国は、純輸入量の 90 日分を備蓄する事を課せられている。中印両国は、
石油備蓄を始めたばかりでとても加盟条件に及ばないが、両国だけで今後 20 年の世
界需要の 4 割強を占める予想から、
「両国抜きでのエネルギー安全保障体制強化はあ
り得ない」と IEA 田中伸男事務局長は語っている。
中印は、IEA から専門家を招いてエネルギー関連の統計を IEA の共通基準で整備
する。また、備蓄情報を IEA とやり取りする事になる。
これが実現して初めて中印両国の確かなエネルギー消費の実態が数的に把握が可
能になると言える。
IEA の「世界エネルギー展望」(2007 年 11 月 7 日)によれば、2030 年世界のエネ
ルギー需要は 2005 年に比べて 55%増えると予測している。この増加分の 45%を中
国とインドが占める。両国の参加無しには世界のエネルギー問題は協議出来なくな
っているのである。化石燃料はその増分の 84%、その内石油の比率は 32%(1 億 1600
万バレル/日)となっている。電力需要は最終エネルギー消費の 22%(倍増)と見込んで
いる。
エネルギー消費は経済と密接に関係する。先進国クラブの OECD は、新興国との
関係強化の必要性から加盟国対象とは別枠の「優先的な関係強化国」にブラジル、
インド、中国、南アフリカ、インドネシアの 5 カ国を指定して政策論議に参加させ
る事を進めている。OECD 加盟国の GDP は世界全体の半分を割り込み低下しつつあ
る事と、世界地域の人口、食糧、資源、文化、市場、通商などのアンバランスも問
題視して対処しなくてはならない状況となっている為である。
6
8.日本輸入原油最高値
財務省の 2007 年 11 月の貿易統計速報によると、円建ての原油輸入平均価格(運賃・
保険料込み)は、1 リットル 57.99 円である。これは 1982 年 11 月の過去最高値の 56.96
円を 25 年ぶりに上回っている。
日本国内の経済は「円」で動いており、4 分の 1 世紀前と経済の規模、産業構造は大
きく変貌している。又国民生活のエネルギー依存、車依存も拡大している。このため
日本経済に厳しい影響を与える事になる。
原油輸入価格はドル建てでは、1 バレル 81.1 ドルで、2 ヶ月連続で最高値を更新し
ており、初めて 80 ドルを超えた。82 年 11 月当時のドル建て輸入価格は 1 バレル 33.2
ドルであった。当時原油高値でパニックに陥ったが、その後低落して、25~28 ドル/
バレルのバスケット価格へと落ち着きを取り戻した。
政府は、近年の原油価格上昇に対して、82 年の為替相場は 1 ドル 270 円台で、その
後の円高で、ドル建て原油高騰のショックは 82 年当時より低いとこれまで繰り返し示
していた。IEA の政治的価格予測動向をそのまま使っていた様に思われる。
現在ドル離れ円高状況の中で、原油価格が最高値となった現実を元に、一層の省エ
ネ対応が求められる。地球温暖がス削減への京都議定書義務の達成とも関わりがある。
また、省エネは優れた成果を示しているが、生活者はガソリン価格の急騰、食品価格
の上昇から、消費抑制への自己防衛へ動いており、このため中小企業を主として原燃
料高を製品価格へ転嫁する事が難しくなっている。この影響を受けるのは人件費でそ
の抑制はまた消費に悪影響を及ぼす事になる。
日本経済と国民生活の設計を抜本的に変化させる転換点に立ったのである。
(2007 年 12 月 22 日)
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